一歩先行く『内部通報制度』考察

内部通報サービスに見る「取締役に関する通報」

2024.02.20
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総合研究部 上席研究員 森越 敦

「取締役」と書かれたニュースの見出し

内部通報制度において、最も難易度が高い事案のひとつが取締役、特に代表取締役に対しての通報である。文字通り代表取締役は、会社の代表であり、基本的には内部通報を担当する部門に属する人も、彼ら彼女らの部下となる。そのため、調査協力の求めに素直に応じなかったり、どこかの首相の答弁のように、はぐらかされてしまったりと、十分な調査が実施できないケースも多いだろう。また内部通報担当者に対して異動・降格などをちらつかせ、調査の停止などを強要することもあるようだ。また一方では従業員が取締役の不正を発見しても、「もみ消されて終わりだ」「どうせ不正は正せないだろう」「こっちが逆襲されてクビになってしまうかも…」という不安から、そもそも通報に至らないケースも多いと考えられる。ところが、当社の内部通報サービスの提供範囲内のことだけではあるが、最近ではその様子が少しずつ変わってきているのではないかと感じることがある。本コラムではそう感じるいくつかの根拠について紹介していきたい。

当社における取締役への通報案件

当社では、約140社より委託を受け、合計年間2,000件を超える内部通報を受付けているが、その中には取締役に対しての通報もいくつか含まれる。下記のグラフは、2019年から2023年までの、全体の通報件数に占める取締役に対しての通報の割合を示したものである。

内部通報における、取締役通報の比率推移

内部通報における、取締役通報の比率推移のグラフ

2019年から2021年までの3年間は1.5%付近で推移していたが、2022年で3%と倍に跳ね上がった(ただし2022年は、同一事案に対しての複数通報が多く入るという特殊事情もあったが)。3%と言うと少ない数字と思われるかもしれないが、年間100件通報があれば、3件は取締役に関する通報が入ることになる。案件の重要度や処理の難易度も高いことが考えられるため、決して軽視できない数字である。翌2023年は2%とやや下がったが、全体としては増加傾向にあるといえる。

次に、通報の具体的な内容を見て行くが、大きく4つのカテゴリーに分類できる。

取締役に対する内部通報のカテゴリー

取締役に対する内部通報のカテゴリーのグラフ

(1)パワーハラスメント(パワハラ)に関する通報

取締役からのパワハラを訴える通報には「威圧」「暴言」「恫喝」といった権威を笠に着た内容の事案が多い。一般的によくある上司部下間のパワハラ通報では、パワハラなのか指導の延長なのか微妙な“グレーゾーン”にあたる案件が多いが、取締役のパワハラは、「一発アウト」的なものが多く含まれているのが特徴と言える。

(2)セクシャルハラスメント(セクハラ)に関する通報

取締役からのセクハラを訴える通報には、「肉体関係を迫られる」や「身体を触られる」などかなり悪質・強引な内容の事案が多い。地位や財力などの武器があれば、「女性をなんとかできるのではないか」という奢りが感じられるものもある。最近はこれに類する事件の報道も多いようだが、たまたまの一致ではない気がする。なお、このタイプのセクハラは通常の上司部下の関係ではあまり見られない。

(3) 不正行為に関する通報

不正に関する通報は、あまりここでは内容を詳しく述べないが、横領や背任などの刑事犯罪に該当するものや、経費の不正使用、反社会的勢力との関係性、会社の設備の私的利用など様々な通報が入ってくる。

(4)任務懈怠に関する通報

割合として2番目に多いのが、取締役の任務懈怠を訴えるものである。特にここ数年では、コロナに対しての対策・対応が不十分、不適切で、社内に混乱を招いているといった類の通報が多く入った。また、経営から必要なメッセージや情報が少ない、朝令暮改で部下が疲弊しているなどの、経営姿勢やマネジメント能力に疑問を投げかける通報も少なくない。

取締役への通報案件の変化

日々、内部通報に接している中、最近の取締役に関する通報が、いままでと少し変化してきていると感じる。取締役に対して通報者の「物言う姿勢」や「改善への期待値」のレベルが以前より上がっているのである。内部通報は社会状況の変化にかなり敏感に反応する。ビックモーターの事件の後は、明らかに取締役に対する通報の数や内容に影響があり、また「旧ジャニーズ事務所における元代表の性加害事件」は企業トップに関するセクハラの通報にかなりの影響を与えていると感じる。加害者であるジャニー喜多川氏が亡くなった後ではあるため、正確な評価はできないと思うが、最高権力者であった人物の違法行為を公然と批判し、会社に経営トップの不法行為を認めさせるに至った一連の流れは、企業コンプライアンスの観点から見て非常に注目すべき動きであった。これにより、強大な権力者であっても、しっかりと不正行為の責任を取らせ、場合によっては退場に至らせることが可能であることを知ったのである。まだまだ小さい動きだが、内部通報における何かしらの変化が始まったのではないかと感じている。

公益通報者保護法における取締役に関する通報の扱い

ここで一旦、法律上は取締役に関する通報の取扱いに付き、どのような要請をしているのかを確認しておく。「公益通報者保護法に基づく指針の解説」では、

内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に係る公益通報対応業務に関して、組織の長その他幹部に関係する事案については、これらの者からの独立性を確保する措置をとる

と示されている。取締役が主導・関与する法令違反行為も多く発生している今日、これらの者が影響力を行使することで公益通報対応業務が適切に行われない事態を防ぐ必要があり、またこれらの者に関する内部通報は心理的ハードルが特に高いことを踏まえれば、取締役から独立した内部通報対応体制を構築する必要があるのだ。具体的な方法としては、社外取締役や監査機関など、取締役からの影響を受けない(受けにくい)者を内部通報の枠組み内に組み入れ、それらの機関のモニタリングを受けながら通報対応を行うことなどが推奨されている。他にも、窓口を事業者外部(外部委託先や親会社など)に設置することも有効であると記されている。ただし、実際内部通報システムを機能させるのは人である。取締役に対して、しっかりと物が申せるのか否か?といった個人の力量も問われてくるであろう。

取締役に対しての調査・処分

では実際、取締役の不正に関しての調査や処分をどのように行っているのであろうか。各社の対応などを耳にすると、被通報者が平取締役など、代表取締役でない場合は、「上司」である代表取締役の責任と権限で、ある場面では内部通報部門に指示を出しながら、またある場面では代表取締役自らが動きながら、調査、処分、是正措置が行われているようである。対応の難易度が高まるのは被通報者が代表取締役などトップまたはトップに近いケースだが、印象に残った事例を2つ紹介したい。

(1)物言う監査役・社外取締役

先日とある、大企業の監査役と話をする機会があったが、その際に「もし、代表取締役社長の不正が疑われる場合、どう動くか?」と聞いてみた。すると、「まず、会長の関与が無いと思われる場合は、会長と連携しながら進める。しかし、2人ともに疑惑がある場合は、腹をくくって自分が行くしかない。それが監査役としての職責だと思っている」との答えだった。この時、私が抱いた感情は「なんと頼もしい」であった。会社法上、監査役や監査等委員会は取締役に対して「物言う立場」ではあるが、実際問題「いざとなったら身を挺す覚悟があるのか?」は非常に難しいところだろう。経営サイドからすると、このような監査役は、実際のところ少し邪魔な存在なのかもしれないが、企業のコンプライアンス体制の維持や企業価値の向上のためには、このような気概を持った人材を監査役や社外取締役に選任しておくことが重要なポイントではないだろうか。

(2)世の中の流れを味方にする

ハラスメントを例にとっても、数年前と今とでは社会からの評価はかなり変わってきている。昔なら「社長だから」「権力者だから」で許されていたようなことも、世間からかなり厳しい目で見られたりバッシングを受けるようになった。立場的には違うが、松本人志氏のケースも、一昔前なら「芸人さんならありそうだよね」で終わるような問題であったかもしれず、テレビから一旦退場してしまうような事態にはならなかったであろう。時代は恐ろしいくらい早いスピードで変わっているのだ。つまり、代表取締役に対しても、「このことは取引先や株主、消費者などのステークホルダーから見て許されない行為です。事案の重さ的に、公表せざるを得ない内容ですが、どのように責任をとるつもりですか?」と伝え、自らの退任も含めた是正措置の対応を「迫っていく」ことも可能になってきたような感じがする。実際、最近報道で目にする社長の退任劇でも、このようなストーリーだったのではないか?と考えられるケースも散見できる。

内部通報制度の限界

前出の監査役に同じ時に別の質問も投げかけていた。「もし、あなたがジャニー氏が存命中に、ジャニーズ事務所の監査役だったとして、タレントから性被害を相談されたときどう対応しましたか?」と。これはかなり難しい問題であろう。創業者などで株式の殆どを保有しているような場合は、ほぼ専制君主のようなものであり、内部通報の仕組みの中でこれに対応していくのは不可能に近い。自分一人で臨時株主総会を開いて、一発解任して終了だろう。ビックモーターの事件では、創業者の息子である副社長の命令と言われている保険金の不正請求事案は、社内においての解決が不可能と感じた従業員が損害保険会社へ「外部告発」したことで発覚した。つまり、外圧でしか是正ができない状態だったのである。企業の自浄作用が働かない状況は、内部通報制度の限界を意味する。では、いったいどうすればいいのだろうか。監査役や社外取締役の活躍も期待されるところではあるが、残念ながら、まだ社会全体としても結論が出ていないのではないと感じている。今後はこの点においても解決策を見つけるべく、考えていきたい。

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