リスク・フォーカスレポート

緊急事態対応編(上)(2015.7)

2015.07.29
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 みなさんこんにちは。現在、「リスクの神様」(フジテレビ・水曜日22時から)というドラマが放映されている。ドラマでは、企業における緊急事態への対応がコミカルに描かれており、緊急事態対応が非常に簡単なように感じている方もいるかもしれないが、実際にはそれほど簡単なものではない。

 当社でも、これまで多くの企業の緊急事態対応を支援してきた。中には、当然記者会見を含むマスコミ対応を直接支援したものもあれば、主にコールセンターの運営面を危機管理の観点から支援したもの、不慣れな企業には対策本部の立ち上げから実際の危機対応まで全面的にサポートしてきたケースもある。今回から3回に渡り、各種の企業の事例等を取り上げながら、企業における緊急事態対応の成否のポイントや実施の際の留意点、ポイントについて、解説していくこととする。

 なお、この連載では、皆様に比較的なじみのある事例を取り上げ解説していく(各種事例は、報道ベースの情報等を元に記載している。また当社が関わった案件については、守秘義務に反しないように、事例を一部修正・抽象化している)。また、危機管理広報については、弊社石原が詳細に掘り下げた論考を既に執筆・公表しているので、主たる解説はそちらに譲ることとし、最低限の指摘にとどめたい。

▼リスクフォーカスレポート統合版「緊急事態対応の理論と実際編」

▼リスクフォーカスレポート統合版「広報と危機管理編」

一、事例からみる緊急事態対応のポイントと成否の分水嶺

1.外国製エレベーター事故による高校生死亡事案

(1)事案の概要及び同社の対応

 この事案は、平成18年6月3日、東京都港区の区営賃貸住宅(23階建て)の12階で高校2年生(16歳)が、エレベーターを降りようとしたところ、扉が開いた状態で突然上昇したため、かご部分と外枠天井部分との間に体を挟まれ圧死した事案である。
本件発生後のエレベーター製造会社の対応について、Wikipediaを参考に整理すると、次のようになる

  1. 事故直後、国土交通省が、同社製エレベーターの全リストの提出をメーカーに要求するも、個人情報保護を理由に拒否⇒6月9日になってようやく提出
  2. メーカーの本部(スイス)は、6月9日、声明を発表。「 (事故は)欠陥ではなく他社の不適切な保守点検か、閉じ込められた乗客による危険な行為が主因」との内容。2年前から資本関係のない会社がエレベーターの保守点検を行っていた
  3. 事故当初より、メーカー側は記者会見の要請を拒み続け、事故から9日経過した6月12日になってようやく記者会見。6月13日に、初めて住民説明会を開き、社長(外国人)が謝罪。会見では、同社による保守業者への情報の提供が不充分であったことが明らかになった
  4. 同年11月、国土交通省が、同社製エレベーター6273基の緊急点検結果を発表。 1基あたりの1か月の不具合の発生率は1.7%であった(大手5社の不具合発生率は1.2%)。国土交通省は、エレベーターに構造上の問題はないが保守管理が充分でないとして、重点的検査を行うよう注意喚起
  5. 翌年1月1日、新社長に交代。学者や弁護士等による独立アドバイザリー委員会」を設置し、同委員会のアドバイスの元に、日本での事業を継続することを発表(~2007年6月30日)
  6. 事故後、同社製のエレベーターの国内での新規受注はゼロ(産経新聞、2012年11月3日)

(2)事例分析

 それでは、上記経緯を元に、実際に同社が行ってきた危機対応を分析しつつ、緊急事態対応のポイントや留意事項について解説していくこととする。

 まず、同社は、事案発生直後に、国土交通省からのエレベーター設置場所リストの提出要求を「個人情報保護」を理由に拒否している。エレベーターの設置場所が、何ゆえに「個人情報」に該当するのか、同社のロジックは不明だが、若い高校生の尊い命が失われたという重大な事案を前提とした場合、企業の判断としては、誠実さが感じられない。

 そして、約1週間経った6月9日になって、ようやくエレベーターの設置場所一覧のリストを国土交通省に提出すると共に、「 (事故は)欠陥ではなく他社の不適切な保守点検か、閉じ込められた乗客による危険な行為が主因」との声明を発表している。この段階で、同社がどこまで事実確認を出来ていたのか定かではないが、警察の捜査等が行われており、現場への立ち入りや実機の確認が制限されている状況に鑑みると、欠陥を否定できるほどのエビデンスが確保できていたとは想定しがたい。

 とりわけ日本においては、緊急事態が発生した場合、事案が発生したことに対して、企業としては道義的責任・社会的責任を果たしていかなければならない。法的な責任は後々、裁判等で明らかにされるとしても、自社の商品・サービス等に絡み「世間をお騒がせしたこと」への謝罪がまずもって必要である。まして、本件の場合は、高校生が亡くなっている。未成年の若者の命が失われたことに対する世間の同情を考えた場合、不誠実と受け取られかねない企業の姿勢は、より大きな反感を買うことに繋がりかねない。緊急事態においては、社会への説明(説明責任)と理解を得るための行動が不可欠であると心得ておかなければならない。この点を読み違えて、この段階で「自社の責任を否定」する声明を発表したことは、適切な対応とは言い難い。緊急事態発生後に果たすべき企業としての社会的責任は、「誠実・迅速な対応」と「事態等に関する説明義務」であることを改めて、確認いただきたい。

 後に出てくる事案でも共通するが、緊急事態対応における危機管理に失敗した企業に見られる特徴として、発生初期段階で、「自社の責任否定」や「責任転嫁」の内容を含む見解が発表されることを挙げることが出来る。本件においても然りである。
「現実を受け入れたくない」とか「責任を認めると後が大変だ」という企業の経営陣の心理的葛藤は理解できなくはないが、緊急事態における危機管理としては、いかにダメージを小さくするかが重要となる。これは、当然に「ダメージ」が存在すること、言い換えれば、自社の社会的責任を認めた上で、真摯な対応によりそれを極小化するための行動を行うことに他ならない。ダメージコントロールをしようにも、そもそものダメージを否定してしまえば、コントロールする対象がなくなってしまう。これでは適切なダメージコントロールが出来るはずがない。危機管理の観点からは、自社の責任「否定」から入るスタンスが事態をより悪化させるということを肝に銘じておかなければならない

 次に、メーカー側は事故当初より記者会見の要請を拒み続け、事故から9日経過した6月12日にようやく記者会見を実施した。そして、初めて住民説明会が開かれたのは、翌13日である。その場で社長(外国人)が住民に謝罪したとしても、明らかに対応が遅すぎる。住民は不安を抱えたまま、エレベーターを利用せざるを得ない以上、その不安の払拭に向けた迅速かつ真摯な対応を早い段階で行わなければならない。事故の原因が分からなかったとしても、早い段階で「住民説明会」を開催し、少なくとも、事故が発生したことへのお詫びと他のエレベーターについて、早急に外部の会社による安全点検を実施する旨を住民に説明すべきであった。

 住民としては、高校生が亡くなったことへの怒りもさることながら、自分や子どもが利用するエレベーターが安全なのか、このような事故がまた起こることはないのか等の「不安」を抱いている。この消費者心理を理解して、それに応えるべく真摯な対応・見解表明を行うこと、言い換えれば、緊急事態対応の初動段階における危機管理としては、消費者(利用者)が何を知りたいか(不安の要因)を見定めて、その不安の低減・払拭に向けて、「謙虚な姿勢での説明・謝罪・対応」と「積極的な情報開示」を心掛けることが極めて重要になることを認識しておかなればならない。

 この観点からいえば、まずはご遺族対応、次に住民説明会、そして記者会見、あるいは住民説明会をマスコミに開放(当然、住民側の了解が必要)という順序で対応すべきであったことも付記しておきたい。すでに説明したように、住民は不安を抱えたままエレベーターを利用せざるを得ないのに、その住民への説明より、なぜ記者会見が優先なのか、被害者・直接的な利害関係者対応よりもマスコミ優先なのかという形で被害者感情を逆なでしてしまうことになるからである。そしてもちろん、全国に同社のエレベーターは設置されている以上、多くの国民に可及的速やかに記者会見等通じて、当面の対応等の住民が抱える不安を踏まえたメッセージを発していかなければならない。

 この順序を間違えば、やはりダメージコントロールがスムーズにいかなくなることは言うまでもない。緊急事態における危機管理としては、対応の順位付け、対処すべき事項のトリアージが重要となる。

 ここまで見てきたように、同社の緊急事態における危機管理対応には多くの問題があったが、この点について、同社の代表者は後に、日経ビジネスの取材に対して下記のように答えている(日経ビジネス2008年8月25日号 『敗軍の将、兵を語る』より抜粋・要約)。

  • 2006年6月に東京・芝の港区民住宅に設置されていた当社製のエレベーターで死亡事故発生。事故直後から、製造会社としての当社の事故責任を問い、対応を批判する報道が続いた
  • 当社製エレベーターの日本での新規受注はこの2年間で1件もなく、我々の日本におけるビジネスは壊滅的な状況にある
  • 当社は、事故直後の行動と日本の皆さんとのコミュニケーションにおいて過ちを犯し、日本社会から反感を買った。そのことについては非常に申し訳なく思っている
  • 最高責任者を日本へ送ったが、当社は事故原因等の情報は把握できていなかった。事故機の保守点検は約2年前からライバルメーカーに代わっており、直近のデータは持っていなかった。また、事故機は警察が現場検証中で、我々が調査できなかった
  • 日本社会ではそのような場合、法的責任の有無にかかわらず、その視点を超えて、社会的責任の観点から謝るべきところは謝らなくてはならなかった。それを知り、理解したのは、随分と後のこと

 このように、事案発生当初は同社の幹部は日本の国民性や文化等に精通しておらず対応を誤ったことを認めている。危機管理の観点からは、この点も重要な示唆を含んでいる。緊急事態における危機対応としては、現地の国民性や文化、社会動向を踏まえた対応が必須であり、グルーバル社会においては、この視点を忘れてはならない。

2.焼き肉チェーンにおける食中毒事案

(1)事案の概要及び同社の対応

 この事案は、脱サラ社長が一皿100円の豚バラや同280円の和風ユッケなどの低価格メニューを売りに業績を急拡大させていた焼き肉チェーンで、2011年4月21日以降、富山、福井、神奈川などの店舗でユッケを食べた客181人から、病原性大腸菌O-111が検出される食中毒事案が発生した事案である。なお、同社は4月18日のテレビ番組で注目企業として取り上げられており、その番組をみて来店したお客様が増えていた最中で発生した。

 本件についても、事案発生後の同社の対応について、Wikipediaを参考に整理すると、次のようになる。

  1. 4月21から26日の間に同店利用のお客が食中毒症状の報道(潜伏期間2日)。福井県内の店舗で食事し食中毒治療中の6歳男児が27日に死亡。福井県が当該事実を公表。同日、富山県内でも食中毒発生の連絡を保健所が受け、富山県は同日から店舗(複数)の営業停止の処分
  2. 同月29日にも富山県内の店舗で食事し食中毒治療中だった6歳の男児が死亡。この時点で、同社は全店の営業を自粛(停止)。5月4日には40歳代女性が、5月5日には70歳代女性が死亡
  3. 5月2日、同社社長が記者会見。「生食用の肉というのは日本に流通しておらず、加熱用の肉を殺菌のうえ、店の責任で調理するのが慣例」「それを踏まえ、法律で禁止すればいい。すべきです。禁止していただきたい!」(基準を作らない厚生労働省を批判)と発言
  4. 4人目の死者が出たことを聞かされ、土下座の謝罪をするも、パフォーマンスと批判を浴びる
  5. その後、営業を再開することなく、同年7月8日、会社解散。2億円の預金を被害者に優先的に配分できるように債権者(銀行)に依頼したが同意は得られず、全て銀行の貸付金と相殺された
  6. 生食用牛肉の処理に関する基準が同年10月1日に改定され、腸内細菌科菌群を対象とした微生物検査が義務付けられた。牛生レバーの提供も2012年7月1日以降禁止された

(2)事例分析

 それでは、本事例についても、上記経緯を元に、実際に同社が行ってきた危機対応を分析しつつ、緊急事態対応のポイントや留意事項について解説していくこととする。

 まず、27日に食中毒治療中の6歳男児が亡くなり、その日のうちに、富山県は同日から店舗(複数)の営業停止の処分を受けている。そして、29日にも食中毒治療中だった6歳の男児が亡くなっている。この時点で既に子ども2人が亡くなるという、世間的にも非常にセンセーショナルな重大事象となっている。しかし、同社が記者会見を行ったのは、5月2日になってからである。記者会見を行うタイミングが遅すぎる。遅くとも、29日に6歳の男児が亡くなった事実を踏まえて、同日中ないし翌日の早   い時間には記者会見を行うべきであった。

 しかも、5月2日の行われた記者会見においては、子ども2名が亡くなっているにも関わらず、「生食用の肉というのは日本に流通しておらず、加熱用の肉を殺菌のうえ、店の責任で調理するのが慣例」「それを踏まえ、法律で禁止すればいい。すべきです。禁止していただきたい!」等の自己弁護、責任転嫁とも取れる発言をしている。事態の深刻さを踏まえれば、社会的責任を踏まえた謝罪と真摯な対応を表明すべき場面であるにも関わらず、世間をお騒がせしたことへの謝罪より、開き直りや責任転嫁を強調したことで、社長の人間性を疑われる事態に陥った。何のための会見なのか、傷口をさらに広げただけの最悪の状況を招いた。結局同社は、営業を再開することなく、7月8日に会社解散に至っていることを考えると、この記者会見での社長の言動が致命傷になったものと考えられる。

 バラエティ番組で取り上げられたことで浮かれていたのかもしれないが、緊急事態対応においても、「死亡者」が出た場合は、命の重みを踏まえた相応の対応は不可欠であることを忘れてはならない。緊急事態対応においては、事案の広がりやリスク評価を、局面に応じて適宜、速やかに、かつ適正に行い、早急な被害拡大処置と危機事態対応のシナリオ策定、迅速な意思決定、信頼回復に向けたアクションが重要となるのである。

 なお、緊急で記者会見を開かざるを得ない状況であったとしても、不慣れな状況、準備不足での記者会見の実施は、事態を更に悪化させかねない。記者会見は、自社の正当性等を釈明する場ではない。この点を踏まえて、しっかりとした資料作成と事前の演習(メディアトレーニング)を行った上で、記者会見を開くべきである。もちろん、記者会見までの時間は限られており、しかも短い。短時間の間に情報を整理し、想定問答や報道機関向けの資料等、必要な資料を作成しなければならない。外部の会場を使う場合は、移動時間も織り込まなければならない。日ごろから、このような状況下でも機動的に動けるように、広報部を中心に対策本部の機能強化を図っておかなければ、効果的な危機対応はできない。クライシスへの対応は、日ごろのリスクマネジメントの充実度合いに左右される。言い換えれば、クライシスマネジメントとリスクマネジメントは車の両輪なのである。消火器が近くになければ、小さな火すら消せないし、消火器を探している間に火はどんどん大きくなる。小さな火を消すためにも、日ごろから、消火器を設置・点検する、使い方をトレーニングする等のリスクマネジメントが不可欠なのである。

3.メーカー2社の危機対応比較

(1)それぞれの事案の概要

 今度は、メーカー2社の商品回収にかかる危機対応を比較してみたい。A社は、対応方針や危機対応要領が明確で、日ごろから危機対応を可能にするリスクマネジメントを行っていたことが功を奏した事例として、B社は、物量作戦の部分で成功例として語られるケースも多いが、初動対応の遅れ、拙さにより、損害を拡大させた。ただし、方針転換後の危機対応を見事(資金力やマーケティング力を含め)に行った事例として、参考になる。それぞれの事案及び対応の経緯は下記の通りである。

① A社(製薬メーカー)

  • 2000年6月14日、大阪本社に、カセイソーダが混入された目薬と現金2000万円を要求する脅迫文が送付される。「応じない場合は毒物を混入したものを数十本、店頭にばら撒く」
  • 会社は直ちに警察通報。翌日には「消費者の安全を最優先に考え、万が一の事態を未然に防ぐ」ため、マスコミに公表し、消費者へ注意喚起
  • 2日間で330万個を全国7万の薬局から回収。需要が伸びる夏前の時期にも関わらず直ちに決定
  • 「公表」が効を奏し脅迫状のコピーがコンビニで発見され、防犯カメラから犯人が特定される。同23日逮捕。被害を未然に防ぐ。同28日にリスク対策を施した新パッケージを発表し、7月4日から販売を再開
  • 回収に伴い13億円の減収修正も株価はすぐに回復。迅速な対応振りが評価され、売上急拡大。売上・利益とも前年比アップ

② B社

2005年1月、福島県内で石油温風器使用中に一酸化炭素が漏出。小学生が死亡、父親が重体に。2月、4月にも長野県で2件の事故が発生し、計5人が被害に遭う。11月にも長野県で1人が死亡、1人が重体になる事故。

同年11月29日経済産業省より、消費生活用製品安全法に基づく緊急命令発出。十分な修理や回収を命じる。しかし、直後の12月2日、修理済みの石油温風器を使用して1人が重体に。

当初「キャンペーン」と称して無料点検。事故が起こる可能性は言及せず。4月にようやく事故が起こる可能性を公表。事故の前年に石油機器事業からの撤退、コスト増を避けたい。問題のファンヒーターが昭和60年から平成4年にかけて製造された古いもので追跡が困難。個人情報保護法の影響で昔の顧客リストを廃棄していた。

修理済み製品からも事故が発生したことから、結果的になりふり構わぬ回収をようやく実施。同型温風器を5万円での買取、テレビCMを全て告知に差し替え、国内全世帯に回収を呼びかける葉書を郵送。新聞折込チラシで注意を呼びかけるなど、物量作戦を展開。対策費用249億円(2006年3月期連結決算)。

(2)両者の危機対応の比較

 両者の事案を比較しながら、危機対応のポイントを探ってみよう。今回は、より比較の視点を明確にするため、「「リスク」に対する意識(リスク分析)」、「初動対応の差~いかに早く着手するか」、「初動段階での情報開示の差」、「危機事態に際しての対応の考え方」の4つの視点で比較することする。実際の危機対応を考えていく上でも、この4つの視点は非常に重要な視点である。

① ① 「「リスク」に対する意識(リスク分析)」

 A社は、直接的な被害が出ていない段階で、最悪の事態を想定し、全商品規模でのリスクを想定し、対応している。一方、B社は、実際に被害者が出ているにも関わらず、個々の事例として問題を矮小化している。

 この点は、両者の対応に顕著な差がある。被害が出ていない段階で最悪の事態を想定し、全商品規模の回収判断を行うことは容易なことではないが、顧客の安全・安心を優先してのブレのない経営判断は、危機管理上も見事と高く評価できる。実際の危機対応の局面では、B社と同様の対応を選択してしまう企業も少なくないが、実際に被害者が出ており、それが、小学生が亡くなったという深刻な事態であることに鑑みれば、本来は速やかに告知・回収に着手しなければいけない事案であった。問題を個別の修理対応とした点は、「リスク」に対する意識(リスク分析)に問題があった感は否めない。

② 「初動対応の差~いかに早く着手するか」

 A社は、直接的な被害が出ていない段階で、最悪の事態を想定し、全商品の回収を決定し、すぐに着手。早期の回収を実現(リスクの芽を早期に摘んでいる)。一方、B社は、実際に被害者が出ているにも関わらず、個々の修理で対応している。その結果新たな被害者を出した。

 この点でも、両者の対応に顕著な差がある。確かに、両者の製品の違いや流通過程の差(A社の回収対象商品は店頭在庫であるのに対し、B社の回収対象商品は各家庭(消費者)の手元まで流通してしまっている状況にある。その意味では、B社の場合の回収は容易ではないことは、重要な違いとして考慮する必要がある)はあるにしても、速やかに全品を回収できたA社と、回収に踏み切らなかったB社。両者の企業姿勢は正反対である。B社の回収対象商品は各家庭(消費者)の手元にあり、回収は容易ではないことは確かだが、回収することを決定できるか、公表できるか、その点については両者間で明確な差があったことは、まぎれもない事実である。

 実際の緊急事態対応では、初動対応の迅速性や優劣が大きな差として成否に影響してくる。「リスク」に対する意識(リスク分析)とも関係するが、いかに適正なリスク分析を行い、最悪の事態を想定し、その事態を回避できるように迅速に対応するか、緊急事態対応の重要なポイントはここにある。

③ 「初動段階での情報開示の差」

 A社は、すぐに「消費者の安全」を打ち出し、事態と対応策を公表して、注意を喚起している。一方、B社は、実際に被害者が出ていても、事態を告知・公表せず、当初キャンペーンと言う形で、お茶を濁している。

 この点もA社とB社では明確な違いある。A社は最悪の事態を想定して、消費者視点からその不安の低減を最優先することを徹底している。早期の公表を行うことで早い段階で消費者に注意を喚起し、素早い動きを見せることで、消費者に対して明確な「消費者重視」のメッセージを発する効果を生んでいる。告知が、消費者への注意喚起を行い、消費者が企業の対応に協力できる環境整備に役立つことを踏まえると、B社も、修理対応を進める方針であったとしても、告知を行ったうえでの対応でも問題なかったはずであり、リスクの告知を行わずに個別のキャンペーンとして対処したことは、非常に悔やまれる対応と言わざるを得ない。

④ 「危機事態に際しての対応の考え方」

 A社は、売り上げが伸びる直前の時期であるにも関わらず、採算より消費者の安全と言う使命を優先し、積極的に対応した。一方、B社は、被害者よりも回収費用や事態への責任を重視。嵐が過ぎ去るのを待つかのごとき消極的な対応だったと言える。その結果、厖大な費用を発生させてしまった。

 正に、危機事態に際しての考えが、結果にも顕著に表れている。A社は、採算よりも消費者の安全を優先して徹底した対応を行った結果、回収に伴い13億円の減収修正を行ったものの、株価はすぐに回復。迅速な対応振りが評価され、売上急拡大。売上・利益とも前年比アップと、ピンチをチャンスに変えている。一方でB社は、途中からの急なギアチェンジによる新たなコストが発生している。テレビCMを全て告知に差し替え、国内全世帯に回収を呼びかける葉書を郵送。新聞折込チラシで注意を呼びかけるなど、物量作戦を展開せざるを得なくなり、対策費用は249億円(2006年3月期連結決算)にまで膨れ上がっている。

⑤ 総括

 以上、見てきたように、緊急事態における危機対応の考え方とそれに基づく初動対応の差により、両社の間で対照的な結果をもたらしており、危機管理を考える上でも、非常に参考になるのではないかと思う。自社の経営陣が、いざ、A社のような判断・対応を決断できるか、そこに緊急事態にある危機管理成功のカギがあることを改めて認識いただきたい。

 なお、B社の対応は良かった点もある。ここまでの記述では、B社が全く危機管理ができていなかったかのような誤解を招きかねないことから、B社の危機対応で素晴らしかった点を補足しておきたい。

 B社の回収対象商品は、生産時期も古く、利用している層も比較的高齢者であると考えられた。利用者が高齢者ということであれば、ダイレクトメッセージを発する手段としてはテレビが最も効果的である。新聞は文字が細かくて読むの苦労する場合もあるし、HPでの告知はIT機器になじみのない世代には告知手段としては不向きである。同社は永年時代劇のスポンサーをしており、その時間帯のCMを全面的に回収広告の告知に差しかえた。その意味では、自社の商品特性やユーザー層を踏まえて、より適切な形を選択した点は、さすがと言える。

 

 以上、今回は、第一回目と言うことで、各種の事例分析を通じて、緊急事態対応の重要なポイントを考察した。次回については、さらに重要な事案のひとつである、冷凍食品に対する毒物混入事案とそれへの対応を整理・分析した上で、緊急事態対応の流れとそれぞれの留意点を順に解説していくこととする。多くの緊急事態対応の現場で、どのようなバイアスがかかり、どこでボタンを掛け間違えるのか、その点を意識しながら、解説していきたい

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