リスク・フォーカスレポート

“ポスト真実”時代の企業広報(2)~フェイクニュースの実態と増殖~(2017.6)

2017.06.28
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英国総選挙のレヴュー

 前回触れた英国総選挙結果は、獲得議席数で過半数割れしたものの、引き続き保守党が第一党を維持した。メイ首相は北アイルランドの地域政党民主統一党の協力を得て、新たな政権の発足を目指し、Brexit政策は前進させると表明している。本選挙ではBrexitを問うた国民投票のときよりは、”ポスト真実”的様相は顕著ではなかった印象がある。

 国民投票以降、フェイクニュースに関する報道も増えたため、これが拡散・浸透し、それを受容する素地が”安定”していなかったとも受け取れる。ここでいう”安定していなかった”とは、逆説的ではあるが、若干リテラシーが高まった、あるいは、それ程フェイクニュース自体に対する興味・関心が集まらなかったという意味である。

 第二党の労働党は議席数を増やしたものの、やはり過半数には達しなかった。投票率は2.3%増となったが、68.7%にとどまったことからも”フェイクニュースを打破する”との熱い盛り上がりにはならなかったようである。

 Brexitの是非を決する国民投票では、結果的に離脱派の嘘に批判が集まった。例えば、離脱派のリーダーの一人英国独立党党首ナイジェル・ファラージ氏は投票前、EU加盟の拠出金が週3億5千万ポンド(約480億円)に達すると主張、一方、残留派は、EUからの英国への分配補助金などを差し引くと拠出金は週1億数千万ポンドであると主張していた。

 結局、ファラージは選挙後に残留派の金額が正しいと事実上認め、その他の離脱派の中心人物たちも公約の前提に誤りがあったことを認めている。これに対し、再投票を求める署名が400万人以上集まったのだが、今回の総選挙で保守党を第一党から引き摺り下ろすことは叶わなかった。

フェイクニュースの新展開

 さて、場所は米国に移る。米国といえば、フェイクニュースの宝庫とも称される拠点である。ただ、この拠点空間は地理的なものではなく、ネット、特にSNSを介したグローバルな空間である。昨年の大統領選挙前から、今なおトランプ派vs.反トランプ派の対立は続いている。これは最早対立というよりも闘争や抗争に近い。より実態に即していえば、武器を持たぬ内戦の観すらある。ただ、内容は米国マタ-であれば良いので、参加者(発言者・執筆者・投稿者)は米国以外のどこにいても構わないわけだ。そこにネットの特性である匿名性やなりすましの上に、そのコンテンツたるフェイクニュースが成立する余地が生まれる。

 実際、トランプ氏の支持者向けに量産されたフェイクニュースの多くは、マケドニアやジョージアなどの若者の小遣い稼ぎだったことが判明している。例えば、バルカン半島に位置する旧ユーゴスラビアの構成国の一つだった小国マケドニア(人口約210万人)のある若者は、大量に偽記事を捏造し、過去6カ月間に6万ドル(約688万円)以上の収入を得たという。これついては、昨年12月9日にNBCニュースが報じている。東欧諸国では、このように偽記事の捏造・拡散によって、自国の同世代の若者が稼げないような多額の広告収入を得ていた若者が多く、その受け皿となるニュースサイトも多数開設されているという。


 これらのフェ-クニュースの大半は、当然のことながらトランプ支持派に向けられたものであり、フェイスブックなどのSNSやグーグルの検索や同社の広告配信ネットワーク「アドセンス」などによって拡散したのだが、その拡散過程には、トランプ政権のスティーブン・バノン首席戦略官兼上級顧問が元会長であった右派ニュースサイト「ブライトバート・ニュース・ネットワーク」などのオルト・ライト(オルタナ右翼)系サイトが多大なる貢献をしている。それが東欧の若者たちの収入を激増させたのである。つまり、フェイクニュースの制作元には金銭的な動機しかなく、それを拡散させた者とそれにより自己満足を得させてくれるニュースとして受け入れた者には、政治的な意図が強かったという構図が見えてくる。

混迷深める米国の状況

 米国大統領選挙を巡るトランプ派vs.反トランプ派の対立を煽るフェイクニュースが量産される中で、代表的事例を挙げるとすれば「ローマ法王、トランプを支持」、「ピザ・ゲート」、「ヒラリーのメール流出問題を追求するFBI捜査官 無理心中」の三つになるだろう。

 これら以外にも「クリントン氏がイスラム国(IS)に武器売却」、「オバマ氏がクリントン氏不支持」などのデマも流れた。ただ、クリントン夫妻(クリントン財団)とISとの関係はカタールやサウジアラビアを仲介したものとして、完全否定できない側面も有しているとの疑念は晴れない。

 さて、代表例の三つの一つ目は「WTOE 5 News」なるニュースサイトに掲載された「ローマ法王 世界に衝撃 ドナルド・トランプ氏を次期大統領として支持」という記事である(昨年7月)。このサイトは、現在閉鎖されているが、もともとは”空想ニュースサイト”を謳っていたという。二つ目は、陰謀論とも結び付けられているもので、「ヒラリー・クリントンとヒラリー陣営の元選対本部長ジョン・ポデスタが、ピザレストランを拠点として児童買春組織と関わっている」との作り話であった。これを信じ込んだ犯人が、ワシントンD.C.のピザレストラン「コメット」を襲撃し、ライフルを発砲した事件であるが、犯人は、後にニューヨーク・タイムズの取材に対し「この件に関しては認識不足だった」と認めている。

 三つ目は、架空の「デンバー・ガーディアン」を名乗るメディアの「ヒラリーのメール流出問題を追求するFBI捜査官 無理心中はかり死亡」という捏造記事である。これには、その後の米民主党スタッフの射殺事件を巡る多数のフェイクニュースの中の一つであることは間違いない。この事件の経緯は、昨年の大統領選の最中、民主党全国委員会に対してサイバー攻撃があり、数千通にも及ぶメールなどの内部文書がウィキリークスに流出、その直後に、容疑者とされた民主党全国委員会のスタッフがワシントンDCの自宅に近い路上で銃撃される事件へと連なっている。

 銃撃の実行者は、その手口からロシアの情報機関傘下にあるハッカーグループ「ファンシーベア(APT28)」によるものとされた。民主党へのサイバー攻撃自体がロシアの仕業とする指摘も早くからなされ、ロシア政府による米大統領選介入論に集結し、その後の「ロシアンゲート」事件として、世論を誘導することになる。

 この一連のプロセスにおいては、銃撃事件に関するFBIの捜査が進んでいないこと、それに対する被害者両親の不満、その両親と契約した私立探偵、その私立探偵が契約を打ち切られた後に就任した両親の代理スポークスマン、その代理スポークスマンが所属していた危機管理を得意とするPR会社、そのPR会社の顧客の一つである民主党、捜査を打ち切りにしたワシントンDC警察長の再就職先、FBI長官の交代劇、さらにウィキリークス創設者のジュリアン・アサンジ、FOXニュースやブライトバート・ニュース、ワシントンポストなど様々な登場人物がそれぞれの立場で入り乱れて参画、虚々実々の駆け引きのような報道(フェイクニュース)合戦が繰り広げられているのである。結局、この問題は「ロシアンゲート」を世論の中心に据えるか、脇に追いやるかのせめぎ合いと捉えることができる。

 ”ポスト真実”時代のフェイクニュースは、ネットニュースやネット情報が拡散の機能を強力に推し進めてきたのは事実だが、既存メディアの偏向度合い(左右いずれに関わらず)や情報操作・プロパガンダも参戦・混戦して、訳が分からぬ混沌・混迷とした状況、まさにカオスを呈している。その最前線が米国ということになろう。

 相対立する勢力の攻防は、常時攻守を入れ替えて行われ、互いに自陣営が”攻め”のとき(反論時も含む)に”事実”と”虚偽”を混在させて都合の良いストーリを作り上げていく。この”虚偽”がフェイクニュースであることは言うまでもないが、それがオルタナティブファクト(もう一つの事実)という衣を羽織りながら、双方攻撃を繰り返せば、事実なき、非建設的な論争、単なる誹謗中傷合戦に堕してしまうだけであり、これが民主主義の発展や成熟に資するものとは到底思えない。しかも、それが残念ながら先進国と言われる国々での、今現在の出来事なのである。

 次回は、ファクトチェックやリテラシーの側面から本テーマを考察していく予定である。

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