暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

特殊詐欺のイメージ画像

1.2018年の反社リスク対策(1)

 指定暴力団六代目山口組が平成27年8月に分裂して2年半が経とうとしていますが、現時点で、指定暴力団神戸山口組、任侠山口組の3団体に分裂してもなお、「特定抗争指定暴力団」に指定される事態や、資金的に大きな打撃となる組長ら幹部に対する使用者責任が問われる事態を避けたいためか、表立って激しい抗争には至っていない状況が続いています。それどころか、覚せい剤や大麻などの薬物事犯やみかじめ料、用心棒代を巡る当局の取り締まりがにわかに厳しさを増し、ただでさえ厳しい資金獲得活動において、(回帰の傾向すらあった)伝統的資金獲得活動の分野にまで深刻な影響を及ぼしているのに加え、各地で組事務所の利用中止の差し止め請求・使用中止の仮処分命令が多発しているなど、暴力団の活動の根幹から認めないとする社会の要請は厳しさを増しており、抗争どころか存続をかけるところまで追い込まれています。そのような中、例年12月に執り行われる「事始め」では、新たな年の方針が示されるところ、今年は、六代目山口組は昨年に引き続き「和親合一」が、神戸山口組は「一燈照隅」が、任侠山口組は「実践躬行」が掲げられました。六代目山口組の「和親合一」は三代目田岡組長の時代に定められた組の綱領に含まれる言葉で、神戸山口組や任侠山口組との抗争状態にある中、改めて組織の団結を求める狙いがあるものと推測されます。一方の神戸山口組の「一燈照隅」は、「一人一人が一隅を照らす事になれば人の和が成り立つ」といった意味があると考えられます。また、任侠山口組の「実践躬行」は、「口先ではいけない。まず行動せよという意味。理論や信条を自ら進んで行為にあらわしていくこと」と組員に説明が行われたということですが、その背後には神戸山口組への強烈な皮肉・批判が込められているようにも思われます。

 いずれにせよ、暴力団を取り巻く環境は厳しさを増す一方であり、2018年もその傾向はますます強まるものと予想されます。本コラムとしては、そのような時代背景をふまえ、暴力団をはじめとする反社会的勢力に対して事業者はどのように対処していくべきか、(事業者を中心にすえた)今後の反社リスク対策のあり様について、最新動向を織り交ぜながら、今回と次回の2回にわたって考えてみたいと思います。

 まず、この1月から、新規の個人向け融資取引などの申込者が暴力団員かどうかを確認するため、銀行がオンラインで警察庁のデータベース(DB)に照会するシステムの運用が開始されています。同様の仕組みは、既に証券業界で平成25年1月から稼働していますが、今回のスキームは、職務上知り得た個人情報などの秘密保持が法律で義務付けられている預金保険機構のサーバーと警察庁のサーバーを接続、銀行に設置された専用端末から申込者の氏名や生年月日などを入力し、機構を通じてオンラインで照会するもので、回答は該当の有無のみ、該当した場合は改めて都道府県警に個別に照会する流れとなっています。警察への照会の結果、同姓同名の別人でないことなどを確認し、最終的に暴力団員らと認められれば取引を拒否することになります。報道によれば、警察側が回答するのはプライバシーを守る観点から、組員かどうかの情報に限定されているとのことです(別の報道では、「所属はしていないが組織の活動に関わる準構成員などに該当するかどうか回答」されるとしているものあります。なお、実際のところ、当事者である金融機関に対して、どのような範囲のDBであるか、詳細は知らされていないようです)。

 以下、本システムのスタートがもたらす反社チェック業務への影響等について少し考えてみたいと思います。警察庁からDBで提供される情報の範囲は「暴力団構成員(および準構成員)」ということになりますが、まずは、そもそもの平成25年12月の警察庁内部通達(暴力団排除等のための部外への情報提供について)の内容を確認しておきたいと思います。

警察庁 暴力団排除等のための部外への情報提供について

 以前の本コラム(暴排トピックス2017年10月号)でも説明した通り、本通達では、「提供する暴力団情報の内容」として、具体的に、「暴力団員、暴力団準構成員、元暴力団員、共生者、暴力団員と社会的に非難されるべき関係にある者、総会屋及び社会運動等標ぼうゴロ、暴力団の支配下にある法人」が列記されています。実際に警察に照会されたことのある方は経験があるかもしれませんが、これらのカテゴリーに該当する確度が高いと事業者側が思っていても、警察からは十分な情報が提供されないケースも少なくありません。それは、例えば、「元暴力団員」の情報提供については、「現に自らの意思で反社会的団体である暴力団に所属している構成員の場合と異なり、元暴力団員については、暴力団との関係を断ち切って更生しようとしている者もいることから、過去に暴力団員であったことが法律上の欠格要件となっている場合や、現状が暴力団準構成員、共生者、暴力団員と社会的に非難されるべき関係にある者、総会屋及び社会運動等標ぼうゴロとみなすことができる場合は格別、過去に暴力団に所属していたという事実だけをもって情報提供をしないこと」といった規定があり、その規定にしたがって回答をしていることによるものです。

 同様に、例えば、「暴力団員と社会的に非難されるべき関係にある者」の情報提供については、「例えば、暴力団員が関与している賭博等に参加している場合、暴力団が主催するゴルフコンペや誕生会、還暦祝い等の行事等に出席している場合等、その態様が様々であることから、当該対象者と暴力団員とが関係を有するに至った原因、当該対象者が相手方を暴力団員であると知った時期やその後の対応、暴力団員との交際の内容の軽重等の事情に照らし、具体的事案ごとに情報提供の可否を判断する必要があり、暴力団員と交際しているといった事実だけをもって漫然と「暴力団員と社会的に非難されるべき関係にある者である」といった情報提供をしないこと」と規定されています。

 つまり、単純に「元暴力団員」や「暴力団員と社会的に非難されるべき関係にある者」に外形的に該当するというだけでは警察としては情報提供できず、現時点(照会された時点)の属性の状況(更生の状況)や事情の軽重等を踏まえて個別具体的な事案ごとに検討のうえ回答を行うことが決められています。したがって、DB照会とはいえリアルタイムでの100%の回答が困難であることはある意味当然であり、「事実確認・実態確認」を所轄等に行う運用となっているものと考えられます(その結果、回答までに時間を要することになります)。一方、警察庁が(DBの更新等の運用をどのように行っているか分かりませんが)スピーディに回答しようと思えば、「確実に該当している情報(確実に該当していることが分かっている情報)」のみの提供に限定されることになります。したがって、今回のスキームでは、確実(あるいは確実である可能性が高いもの)であって、スピーディに回答できるものとして、「暴力団構成員(および準構成員)」のみに限定されていることは当然の帰結と言えます。

 さて、このようなDB接続が銀行の(さらには、それを参考とする事業者の)反社チェックに影響を与えるかどうかですが、おそらく「あると助かる」といった程度のレベル感ではないかと思われます。平成25年の銀行等の不祥事(みずほショック)を受けた、平成26年の金融庁の監督指針の改正におけるパブコメ回答で、金融庁は、「警察庁データベースとの接続のみをもって、「反社会的勢力との関係を遮断するための取組みの実効性を確保する体制」や「適切な事後検証を行うための態勢」が構築されたと判断するものではありません。また、警察との連携体制の構築にあたっては、監督指針案のとおり「平素より、警察とのパイプを強化し、組織的な連絡体制と問題発生時の協力体制を構築すること」が特に重要と考えます」と回答しています。今回のDB接続においても、金融庁のスタンスとしては、「これがすべてではない」として、これまでの運用に重ねて利用されることを想定しているものと考えられます。

金融庁 (別紙1)コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方(平成26年6月)

 せっかくですので、本文書に示されている金融庁のスタンスをあらためて確認することで、反社チェック実務の本質的な部分について、もう少し深く考えてみたいと思います。まず、回答の中には、「反社会的勢力はその形態が多様であり、社会情勢等に応じて変化し得るため、あらかじめ限定的に基準を設けることはその性質上妥当でないと考えます。本ガイドラインを参考に、各事業者において実態を踏まえて判断する必要があります」との記述があり、これが、金融庁の想定している「反社会的勢力の捉え方」であると思われます。これをふまえて、DBの整備のあり方については、「データベースについては、それぞれの金融機関の事業特性等を踏まえ、反社会的勢力との取引に晒されるリスクに応じて、反社会的勢力との関係を遮断するために必要な程度の情報を備えたものである必要があると考えます」と述べているほか、反社会的勢力の認定のあり方については、「反社会的勢力であることの判定については個別取引毎に具体的状況に即して行う必要があり、一般的には、自社のデータベースや現場での交渉記録、警察等からの提供情報等を総合的に勘案した上で判断することが必要となると考えます」とされています。これらを総合すると、警察庁DBもまた「反社チェックの要素のひとつ」であり、自社DBや現場からの端緒情報等をふまえて反社会的勢力を見極めていくというスタンスこそが反社チェックのあり方であることが理解できます。前述した通り、警察庁の暴力団排除における情報提供の範囲に比べて、今回の警察庁DBの提供範囲がそもそも限定的であること(警察庁DBの内容が反社会的勢力のすべてではないこと)、適切な見極めのための必要な判断材料を収集するためには、実際の現場の端緒情報や「真の受益者」の特定の観点から相手の関係者まで含めて疑わしさがないか確認していく姿勢(KYC/KYCC)や手を尽くして(積極的に)情報を収集すること、などが反社チェック実務の本質的な部分にあたるのではないかと思われます。

 また、入口での反社チェックに限界があることをふまえ、適切な事後検証の必要性については、「取引開始後に属性が変化して反社会的勢力となる者が存する可能性もあり、また、日々の情報の蓄積により増強されたデータベースにより、事前審査時に検出できなかった反社会的勢力を把握できる場合もあると考えられることから、事前審査が徹底されていたとしても、事後検証を行うことには合理性が認められるものと考えます」と述べていますし、日々の情報を「積極的に」収集・分析することを実務として盛り込むよう求めていますが、その「積極的に」の意味については、「日頃から、意識的に情報のアンテナを張り、新聞報道等に注意して幅広く情報の収集を行ったり、外部専門機関等から提供された情報なども合わせて、その正確性・信頼性を検証するなどの対応が考えられます」といった形で、継続的な情報の収集およびその分析・活用に向けた体制の整備を求めています。

 なお、本文書は、今読んでも特に事業者側のコメント(質問・意見)に認識の甘さが見受けられますが、現時点での事業者の認識が4年前より進化・深化しているのかは気になるところです。この認識の甘さが意味しているのは、DBによるスクリーニングを反社チェックの唯一の方法と考え、過度にデータベースに依存することの危険性です。つまり、DBに過度に依存することは、(反社会的勢力から見れば、自らに代わってDBに該当しない者に取引をさせればよいということですから)反社会的勢力の不透明化・潜在化、手口の巧妙化をさらに助長しかねないのであって、一方で、そこに安住することによって現場の目利き力の低下も招きかねません。その結果、「取組みの実効性が確保されない」のは当然の帰結となると言えるでしょう。また、「適切な事後検証」のためには、DBだけではなく、日常業務を通じた端緒の把握や継続的なモニタリングなどにも取組むべきであり、(繰り返しになりますが)DBの利用だけでは十分でないとの指摘もまた的を得たものだと言えます。

 今回の警察庁DB接続スキームについては、照会してから(該当があれば)段階を踏んで具体的な回答が得られるまで相応の時間を要すること、新規取引における取引可否判断のスピードにも影響が及ぶこと、銀行と競合する貸金業などは本スキームの対象外であり競合戦略上も無視できない影響が考えられることなど、実務上の限界や課題があるとはいえ、これまで積み重ねてきた反社会的勢力排除の実務に、実効性を高める有力な武器が増えたとして、歓迎すべきものと言えると思います。

 また、ここ最近の動向で特筆すべき点としては、「みかじめ料の摘発の厳格化」、「組事務所使用差し止め請求・使用中止命令の仮処分事例の増加」、「組長の使用者責任の認定事例の増加」といった、暴力団の活動を根底から揺るがすようなところにまで、官民挙げた暴排の気運が浸透し実効性を持つに至ってきたことが実感できる点にあります。

 直近では、神戸・三宮の繁華街にある神戸山口組傘下の有力組織である「山健組」団体の事務所について、暴力団追放兵庫県民センターが、使用禁止を求める仮処分を神戸地裁に申し立てたことが典型的な事例です。同事務所は、山健組の重要な資金源である飲食店からのみかじめ料(用心棒代)の徴収拠点とされていますが、六代目山口組、任侠山口組との三つどもえの対立が続くなか、付近の事業者や住民らが平穏に暮らす権利を脅かされているとして、地域住民約30人の代理として同センターが神戸地裁に仮処分を申し立てたものです。

 本コラムでも取り上げたように、神戸山口組の淡路島にあった本部事務所についても、同様に使用禁止の仮処分申請を申し立てられたことで移転してきたばかりです。そして、このような動きに加え、報道(平成30年1月1日付神戸新聞)によれば、兵庫県警が、今年、暴力団事務所など県内の拠点施設の撤去に乗り出す方針を固めたということです。50カ所以上ある拠点施設の危険性などを判断し、使用差し止めを住民と進める全国初の専門チームを今年春にも編成するとしています。暴力団対策法に基づき、暴力団追放兵庫県民センターが住民に代わって訴訟を担う制度の活用を見込み、センターなどが訴訟費用を立て替えたり一部負担したりするための予算措置も目指すとしており、これが実現すれば、暴力団の活動の根幹に大きな楔を打ち込むことができることになり、暴力団の「弱体化」、「壊滅」に大きく近づくことになります。

 正に、今年、「神戸方式」として全国の範となるようなスキームを構築し、成果を挙げていただけるものと期待したいと思います。そして、(今度こそ)本格的な暴排の気運の高まりに乗じて、事業者や地域住民の側も、みかじめ料の被害に泣き寝入りしない姿勢、暴力団事務所を地域から撤退させようという強い姿勢を、暴力団対策法に後押しされながら形にしていくこと、それが全国的に大きなうねりとなって拡がって欲しいものです。

 もう一つ、組事務所撤去に向けて新たな手法として注目したい事例として、茨城県古河市の建物を借りていた指定暴力団住吉会系の組事務所が、賃料滞納を理由に貸主側から明け渡しを求める訴訟を起こされ、退去したことが明らかとなったというものがありました。茨城県警が、不動産登記の調査で滞納を把握し、建物の所有者に弁護士を紹介するなどして協力した結果であり、同県警幹部が「資金力の弱い暴力団を追い出す有効な手段だ」と述べたとの報道がありましたが、正に、この手法についても、資金源の枯渇化で弱体化した暴力団を拠点から追い出し、最終的には廃業に追い込んでいく新たな手法として、他にも広く共有しながら、全国で成功事例を積み重ねていくことを期待したいと思います。

 また、みかじめ料被害に関連して、福岡地裁で公判が進んでいる特定危険指定暴力団工藤会の野村総裁の所得税法違反事件において、ゼネコン側が「北九州市の印刷会社発注の工事で工藤会側に現金2,000万円を払った」と具体的に事情聴取で話していることが明らかになっています。「報復の恐れがある」として法廷では証言はしなかったものの、暴力団へのみかじめ料を巡り、ゼネコン側が具体的な関与を認めるのは異例だと言えます。検察側は、この金が地元対策費(みかじめ料)として工藤会に入り、その一部が野村被告の個人所得となったことを立証する方針です。

 しかしながら、現状の公判の状況では、資金の流れのメモを書いていた金庫番とされる幹部は、「上納金は工藤会の運営に使われていた」、「他団体と付き合うための公務費(交際費)だった」として、野村被告の私的利用を否定、「被告個人ではなく、工藤会に帰属する口座だ」として課税対象である「個人所得」には当たらず無罪だと主張しているほか、資金源とされる地元対策費(みかじめ料)については「支援者が工藤会の運営の足しにと持ってくる」と説明しています。さらに、野村被告本人も「運営には関与しておらず、会からの収入はなかった」と述べるなど、これを切り崩す検察側も簡単にはいかないようです。

 なお、関連して、福岡県行橋市発注の工事を受注したゼネコン側が工藤会に地元対策費(みかじめ料)として2013年に4,270万円を騙し取られた事件について、福岡地検が被害回復給付金支給制度に基づき800万円をゼネコン側に支払う支給開始決定をしています。制度が暴力団のみかじめ料被害者に適用されるのは極めて異例のことですが、暴力団の資金源に打撃を与えることができるものとして評価できるものの、社会的責任があるゼネコンが不当要求に漫然と応じていた(あるいは、積極的に支払っていた)場合、純粋な被害者として救済することへの疑問や、むしろ「利益供与」を行った行為ではないかといった見方もあり、今後の議論の成熟が待たれます。

 一方、同じ工藤会の一連の襲撃事件については、福岡高裁が、懲役18年8月とした1審・福岡地裁判決を支持し、被告側の控訴を棄却しています。1審が認めた工藤会トップの野村被告の指揮命令もそのまま認定し、報道によれば、「工藤会によるとみられる事件が頻発していたことや被告の組員としての活動歴を踏まえると、被告は実行犯が人を銃撃することが想定できた」と述べ、「組織的殺人を被告が共謀していたことは優に認定できる」としたということです。

 このように、みかじめ料の取り締まり強化、事務所の使用差し止め請求・使用中止の仮処分命令の発出の多発、使用者責任追及訴訟の多発といった暴排を巡る大きな流れは、暴力団の資金源や活動拠点に対して直接的に大きなダメージを与えることになり、中小規模の組であれば撤退や廃業に直結するほどのインパクトを秘めています。今後、外部環境的には、今回の「力強い暴排の風」がこれらの取り組みを後押しするでしょうし、内部環境的には、暴力団員の少子高齢化のますますの進行、資金源獲得活動の枯渇化などもあり、正に、「暴力団」は今の形では存続できない状況が、今年、全国で出現する可能性が高まっています。暴力団という組織のあり方自体は最終的に消滅することはないと考えられますが、多くの組織自体は極限までスリム化し、一方で、準暴力団や周辺者という、それを取り巻く「反社会的勢力」の範囲や役割が拡大していく傾向も、今年あたりからより明確になると思われます。

 したがって、事業者としては、反社チェックにおいて確認すべき範囲を拡大する必要に迫られることになり、これまでの反社チェックのあり方では「限界」が露呈し、より踏み込んだ実務に取り組む流れとなることが予想されます。加えて、例えば、みかじめ料・用心棒代と関係の深い飲食業界や建設業界、活動拠点を提供し暴力団や特殊詐欺等の犯罪を助長しかねないという意味で不動産業界などにおいては、暴排の「実効性」がこれまで以上に問われることになるでしょう。そして、これらの状況の変化をふまえれば、「DB依存」、「対象会社のみ/現役役員のみを対象」とするような手法ではもはや反社チェックが意味をなさない状況が早晩訪れることになります。その限界を乗り超えるべく、今後、チェック範囲や手法の再構築が進むということであり、先進的な事業者やチェックツールが現れるなどすれば、反社チェックのレベル感(スダンダード)が飛躍的に高まるのではないかと考えられます。

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2.最近のトピックス

(1) 特殊詐欺を巡る動向

特殊詐欺の認知等の状況

 昨年1年間の特殊詐欺の統計資料についてはまだ出揃っていませんが、現時点で公表されている主要なデータについていくつか紹介しておきたいと思います。まず、警察庁からは、昨年1月~11月における特殊詐欺の認知・検挙状況等が公表されています。

警察庁 平成29年11月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

 平成29年1月~11月における特殊詐欺全体の認知件数は16,389件(前年同期12,680件、前年同期比+129.3%)、被害総額は293.5億円(352.4億円、▲16.7%)となり、ここ最近と同様、件数の大幅な増加と被害総額の大幅な減少傾向が続いています。件数の増加については、(前年比で)還付金等詐欺の猛威が衰えつつあるにもかかわらず、代わって架空請求詐欺の増加が激しいことがその主な要因となっています。類型別では、特殊詐欺のうち振り込め詐欺(オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺及び還付金等詐欺を総称)の認知件数は16,139件(12,193件、+32.4%)、被害総額は278.8億円(322.7億円、▲13.6%)であり、特殊詐欺全体および前月と全く同様の傾向(前年比の数値もほぼ同一)を示しています。

 また、振り込め詐欺のうちオレオレ詐欺の認知件数は7,482件(5,219件、+43.3%)、被害総額は139.0億円(141.0億円、▲1.4%)と相変わらず高止まりの状況にあるほか、架空請求詐欺の認知件数は5,206件(3,275件、+59.0%)、被害総額は100.4億円(136.6億円、▲26.5%)、融資保証金詐欺の認知件数は497件(373件、+33.2%)、被害総額は5.7億円(6.3億円、▲9.5%)、還付金等詐欺の認知件数は2,954件(3,326件、▲11.2%)、被害総額は33.7億円(38.8億円、▲13.1%)などとなっています。融資保証金詐欺は、ここ数か月、前年同月比で増減を繰り返していますが、前月に引き続き減少傾向になったほか、還付金等詐欺がここにきて前年同月比で件数・被害総額ともに大きく減少している点が特筆されます。

 なお、参考までに、犯罪インフラの検挙状況については、口座詐欺等の検挙件数は1,427件(1,495件、▲4.5%)、検挙人員は831人(958人、▲13.3%)、犯収法の検挙件数は2,299件(1,781件、+29.0%)、検挙人員は1,899人(1,342人、+41.5%)、携帯電話端末詐欺の検挙件数は328件(480件、▲31.7%)、検挙人員は292人(390人、▲25.1%)、携帯電話不正利用防止法の検挙件数は50件(71件、▲29.6%)、検挙人員は50人(52人、▲3.8%)となっており、犯収法の検挙が大きく伸びている一方で、特殊詐欺の「三種の神器」における「口座」「携帯電話」の検挙が減少傾向にある点が気になります。また、特殊詐欺全体における被害者の年齢別では、70歳以上が62.4%、60歳以上では77.3%を占めているほか、男女比では、男性27.8%、女性72.2%となっている点については、これまでと同様の傾向にあります。

 次に警視庁管内における特殊詐欺の認知状況(平成29年1月~11月)および大阪府警管内における特殊詐欺の認知状況(平成29年1月~12月)についてあわせて紹介します。

警視庁 特殊詐欺被害状況(平成29年11月末)

大阪府警 大阪府下の特殊詐欺発生状況(暫定値)

 まず、特殊詐欺全体について、警視庁管内分の認知件数は3,121件(前年比+1,359件、+77.1%)、被害額は69.1億円(+16.0億円、+30.2%)、大阪府警管内分は1,597件(前年比▲2%)、被害額は計約37.5億円(▲29%)と極めて対照的な結果となっています。警視庁管内においては、全国の傾向(件数+129.3%、被害総額▲16.7%)とも異なり、件数・被害額ともに大きく増加していることが分かります。一方の大阪府警管内においても、全国の傾向と全く異なり、件数・被害額ともに大きく減少しており、いずれも過去最悪だった平成28年を下回る結果となっています(なお、統計を取り始めた平成23年以降、被害額が前年を下回るのは初めてです)。報道によれば、上半期に493件だった還付金詐欺が、下半期は51件に大きく減ったことが主な要因だとされていますが、以前の本コラム(暴排トピックス2017年4月号)でも紹介した通り、大阪府警が平成29年4月に、捜査2課内に特殊詐欺対策官をトップとする約110人体制からなる特殊詐欺対策室を設置し、特殊詐欺対策に本腰を入れたことが功を奏した形となったと言えます。特殊詐欺の被害の増加傾向に歯止めをかけるとともに、「だまされたふり作戦」や詐欺グループの拠点摘発などで過去最多の266件、143人を検挙するといった成果が挙がっており、特筆されます。

 また、警視庁管内のオレオレ詐欺の認知件数は1,853件(+620件、+50.3%)、被害額は12.1億円(+12.1億円、+32.5%)であるのに対し、大阪府警管内は、認知件数が486件(+20%)、被害額が約17.8億円(+24%)となり、こちらも全国の傾向(件数+43.3%、被害総額▲1.4%)と異なる状況となりました。特に、被害額はともに全国の足を大きく引っ張っているほか、警視庁管内における件数増加率が全国を大きく上回る一方で、大阪府警管内は(件数増加率で言えば)全国を下回るという対照的な結果となっています。

 さらに、架空請求詐欺については、警視庁管内における認知件数は601件(+305件、+103.0%)、被害額は10.5億円(▲0.6億円、▲5.4%)となった一方で、大阪府警管内における認知件数は502件(+32%)、被害額は約12.2億円(▲52%)となり、全国の傾向(件数+59.0%、被害総額▲26.5%)と同様の傾向ではあるものの、特に警視庁管内分は全国の足を大きく引っ張る形、大阪府警管内分は全国より減少傾向がより鮮明となるといった相違が見られます。

 また、還付金等詐欺については、警視庁管内における認知件数は597件(+457件、+326.4%)、被害額は7.4億円(+5.8億円、+351.2%)であるのに対し、大阪府警管内における認知件数は544件(▲25%)、被害額は約5.8億万円(▲29%)となり、全国の傾向(件数▲11.2%、被害総額▲13.1%)との比較で言えば、特に警視庁管内での猛威がいまだ衰えていない状況が明らかとなっています。

 これらの数値だけ見た場合、大阪府警管内における特殊詐欺の鎮静化に向けた取り組みが顕著に成果として表れたと評価できる一方で、警視庁管内においては全国の傾向以上に特殊詐欺被害が深刻化している状況が明らかとなっており、さらなる取り組みの深化が求められていると言えます。

だまされたふり作戦の有効性

 さて、特殊詐欺対策のひとつとして有効と考えられている「だまされたふり作戦」については、以前の本コラム(暴排トピックス2017年6月号)でも紹介した通り、訴訟でその有効性が争われており、1審の福岡地裁では、「被告は被害者がだまされたと気づいた後に加担しており、罪に問えない」「被告の加担後は、だます行為は行われておらず、荷物を受け取った行為は詐欺未遂の構成要件に該当しない」と判断して無罪判決を下したうえ、捜査側に対して「『だまされたふり作戦』の有効性は否定しないが、捜査は慎重に行うべきだ」と指摘しました。

 それに対して、2審の福岡高裁は、一転して逆転有罪の判決を下し、「被告はだまされたふり作戦が行われていることは認識しておらず、外形的に見れば詐欺に至る危険性があった」と判断、「報酬欲しさから安易に関与した点で非難に値する」とも指摘しています(参考までに、以前、別の「だまされたふり作戦」の事件について、名古屋高裁は、詐欺グループと共謀していれば荷物の受け取り行為は犯意が継続し、罪に問えるとの見方を示して、同作戦の捜査手法そのものは容認しています)。

 それに対して、今般、最高裁第3小法廷は12月11日付の決定で、受け子として逮捕された被告の上告を棄却し、「だまされたふり作戦が行われていても、被告が作戦開始に気づかずに荷物を受け取った場合、詐欺未遂罪の責任を負う」との初判断を示し、作戦の有効性が認められることが確定しました。「だまされたふり作戦」を逆手にとった悪質な事例(詐欺の電話をうそと見抜いた直後に、偽の警察官からの捜査協力を求める電話を信じ、現金をだまし取られた事例など)も登場していますが、特殊詐欺の鎮静化に取り組む大阪府警の「だまされたふり作戦」については、報道によれば、昨年11月末までに54人の男女を逮捕する成果を挙げています。このように「だまされたふり作戦」が有効であることは間違いなく、その捜査手法が最高裁で認められたことで、従来以上に高齢者を中心に周知を行うなどして、犯行グループの解明や組織の摘発に役立てられることを期待したいと思います。

行動経済学を応用した消費者詐欺被害の予防

 特殊詐欺の発生要因や対策については、官民挙げて知恵を絞る必要がありますが、「金融広報中央委員会(事務職・日銀)」から行動経済学で特殊詐欺を分析した論文が発表されており、極めて興味深い内容となっていますので、少し長くなりますが、重要と思われる部分について、抜粋して紹介したいと思います。

金融広報中央委員会 行動経済学を応用した消費者詐欺被害の予防に関する一考察

 まず、京都府警察管下の京丹後警察署がホームページ上で公開している「特殊詐欺キーワード集」を分析した結果として、最もキーワード数が多く全体の約4 割を占めたのが、加害者の意図する方向に被害者を誘導しようとする「説得的話法」に関連する用語だということです(驚くべきことに、報道などで頻繁に紹介される、「オレオレ」、「(風邪をひいて)声が出ない」、「携帯の電話番号が変わった」などは実は約1割程度にすぎないということです)。この「説得的話法」に関連する用語には、警察や銀行員などの肩書詐称、被害者の息子を装って「会社を首になる」、「逮捕される」、「交通事故にあった」などと偽る、「必ず儲かる」、「損しません」などの謳い文句による投資勧誘、「今日中」、「あなたにだけ」など行動促進を目的としたものなどが含まれているといいます。また、「説得的話法」については、「利得意識を高めたり、不安を解消したいという気持ちを強めたりするなど「人としての潜在的願望」を喚起し、被害者を感情的に高ぶった状態に陥らせようとする。被害者がこのような状態に陥ると、犯人が発する虚偽的なメッセージを「何かおかしい」と感じる精神的な余裕を失い、詐欺被害に繋がる不合理行動を起こしやすくなる」と指摘しています。さらに、説得的話法の効果は、主に「発信源効果」と「メッセージ効果」という二つの効果の組み合わせで発揮されることが多いといい、例えば、加害者が電話口で、警察や裁判所など公的当局の職員を騙ったり、手続きの案内を装って銀行員や司法書士などと名乗ったりするのは、「発信源効果」を高めるためであり、「メッセージ効果」としては、受け手に現実的な脅威が迫っていると説いて怖がらせた後、直ちに、その脅威を回避するための対応策を提示することで、受け手にとっては、恐怖喚起メッセージと回避策がセットで伝えられるため、発信者から提示された要請を直ちに承諾し、目先の脅威を回避しようとする強い感情が働くといったものがあると指摘しています。

 そして、このような心理的メカニズムをふまえた予防策は、以下の3つの原則に基づくべきだとしており、大変興味深いものとなっています。

  • 消費者に提供する予防策は、極力情報を厳選し、要点をせいぜい3つ程度に絞り込むなど、情報過多を避ける工夫を行うことが望ましい
  • 消費者は、平常時には、「自分は騙されない」という自信過剰傾向にある。こうした心理状態では、自ら予防策を講ずる必要性を軽視したり、無関心になったりしやすいことに配慮する必要がある
  • 消費者は誰しも、「自分が詐欺被害に陥るほど愚かであるとは思いたくない」という自尊心を有しており、特に高齢者層はこの傾向が強い。また、高齢者は、否定的・ネガティブな情報よりも、肯定的ないしポジティブな情報を無意識のうちに重要視する傾向があることから、詐欺予防策のメッセージは、なるべく禁止的、強制的な表現を避けることが望ましい

 「自分は騙されない」という自信過剰傾向にある点については、以前の本コラム(暴排トピックス2017年4月号)でも紹介した内閣府「特殊詐欺被害に関する世論調査」の結果から、広義の「被害に遭わないと思う」の回答比率は、どの年代でも8 割程度でさほど変わりはないものの、その内訳をみると、高齢者になるほど、「どちらかといえば自分は被害に遭わないと思う」が減少する一方、「自分は被害に遭わないと思う」の選択比率が上昇しており、自信過剰傾向が強まっていることが読み取れます(それに加えて、「だまされない自信があるから(家族の声やうそを見分けられる自信がある)」が70歳以上で高い傾向にあることも分かっています)。

 また、具体的な対応についても、突然の電話への三つの対応原則として、「電話を受けた際に、犯人が説得的話法を利用していることに気が付いたら、速やかに会話を打切ること」、「資金の振込みなど、相手の要請に従った行動をとる前に、できるだけ、家族、親戚、消費生活センター、警察、弁護士など第三者と相談する機会を設けること」、「会話が犯人のペースで進行するのを牽制すること。このためには、個人情報の秘匿や、質問や反論の投げかけが有用」といったものが提示されており、説得力があります。さらに、本論文の中で紹介されていた英国の被害者調査をみると、一度被害を受けた消費者のうち約3 割は、12か月以内に再被害に遭っているということです。これは一般的消費者の被害遭遇率の約5 倍に相当するレベルだということであり、再被害防止のためには、一度被害を受けた消費者に対して、「説得的話法」への警戒方法の学習を促すとともに、家族など周囲の見守りなどのサポートが一層重要となると認識する必要があります。

ビジネスメール詐欺

 さて、米国などで近年大流行し、「企業版振り込め詐欺」とも言われている「ビジネスメール詐欺」については、日本ではまだ十分な認識がなされていませんでしたが、日本航空が、昨年8~9月、取引先を装った第三者から「振込先の口座を変更した」などとする偽メールを送られ、計約3億8,400万円をだまし取られたと発表しました。米金融会社に支払っている航空機のリース料について、同社の取引担当を装った者から「料金の振込先の口座が変更になった」という趣旨のメールが日本航空本社の担当者に届いたのに対し、担当者はこれを信じ、指定された香港の銀行口座に振り込んだというものです。一方、スカイマークにも同様の偽メールが2度届き、計200万円超を請求されましたが、不正に気付くなどし、実害は発生していないということです。本事案の発覚を受けて、警察庁も注意喚起サイトを公開しています。

警察庁 ビジネスメール詐欺に関する注意喚起サイトの公開

 本サイトでは、ビジネスメール詐欺について、「犯罪者が実際の取引先や自社の経営者層等になりすまし、メールを使って振込先口座の変更を指示するなどして、犯罪者が指定する銀行口座へお金を振り込ませようとする」ものであり、具体的な例として、以下を紹介しています。

  • 犯罪者が取引先の担当者等になりすまして、「財務調査が入っており、従来の口座が使用できない」、「従来の口座が不正取引に使用され、凍結されてしまった」、「技術的な問題が発生しており、従来の口座が使用できない」など様々な理由をつけて、メールで振込先口座の変更を指示する
  • 犯罪者が経営者層等になりすまして、「極秘の買収案件で、資金が支給必要になった」などの理由で、指定する口座への入金を指示した上、さらに、「緊急かつ内密に送金してほしい」などと付け加えて、担当者のみに判断させ、詐欺であることが発覚するのを防ごうとする

 そのうえで、被害防止対策として、以下が紹介されていますが、いずれも情報セキュリティ対策上当然実施しておくべき対策を適切に実施すること、メールの発信元や内容などの不自然さがないかリスクセンスを発揮することが重要であることが分かります。ただし、無差別に仕掛ける特殊詐欺とは異なり、(標的型攻撃メールなどを通じて侵入し)一定期間メールのやり取り等を監視したうえで、一見して見分けがつかないほど巧妙にアプローチを仕掛けてくることやスパムメールなどと異なりシステム的な検知が難しいことから、属人的なリスクセンス、支払い手続き(とりわけ、原則や通常から逸脱した手続き)にかかる内部統制システムが厳格に運用されていることなどが、従来以上に求められることになります。

  • 送金に関するメールを受信した際には、送信元とされている取引先担当者や経営者層に対し、電話やFAXなどのメール以外の方法で送金内容について確認。ただし、メールに記載されている電話番号などの連絡先は偽装されている可能性があるため、名刺や自分のアドレス帳などに載っている連絡先を使う
  • 特に送金先の変更や緊急の送金に関するメールを受理した場合は、そのメールの送信元メールアドレスをよく確認する。本来のメールアドレスによく似たメールアドレスに偽装されている場合がある。また、メール内容もよく吟味し、指示されている内容に不自然なところがないか、よく確認する
  • 犯罪者はタイミング良く振込先の変更に関するメールを送付したり、メールの体裁も本物と同じように作成するなど、事前に何らかの方法(コンピュータ・ウイルス等)により、普段のメールのやりとりを盗み見ているのではないかと考えられている。よって、日頃からコンピュータ・ウイルスへの感染を防ぐ対策をしておく必要がある
  • 動画サイト等のウェブサイト閲覧時には不審な広告バナーやダイアログボックス等をクリックしない
  • 知っている人や企業等からのメールであっても、内容をよく確認して、心当たりのない内容であれば不用意に添付ファイルを開いたり、リンクをクリックしたりしないように注意する
  • コンピュータ・ウイルス対策として、OSやウイルス対策ソフトは随時更新を実施して最新の状態を維持する
  • 犯罪者はメールアカウントを乗っ取ってメールサーバへ不正アクセスし、普段のメールのやりとりを盗み見ている可能性もある。よって、メールアカウントには複雑なパスワードを設定する、他のサイトで利用しているものと同じパスワードの使い回しをしないなどの不正アクセス対策も重要
  • ある社員がメールの不審点に気づいて、ビジネスメール詐欺の被害を食い止めたとしても、犯罪者は社内の他の社員も同じ手口で騙そうとしてくる可能性もある。社内での情報共有体制を整え、不審なメールや犯罪の手口等の情報を集約し、会社全体でのセキュリティを高める必要がある

 また、情報処理推進機構(IPA)からも注意喚起がなされていますので、あわせて紹介いたします。

IPA 注意喚起 偽口座への送金を促す”ビジネスメール詐欺”の手口

J-CSIP(サイバー情報共有イニシアティブ)から得られた手口の詳細とその対策

 IPAでは、ビジネスメール詐欺を、「巧妙に細工したメールのやりとりにより、企業の担当者を騙し、攻撃者の用意した口座へ送金させる詐欺の手口」と定義し、「金銭被害が多額になる傾向があり、日本国内にも広く潜行している可能性が懸念される。また、手口の悪質さ・巧妙さは、諜報活動等を目的とする”標的型サイバー攻撃”とも通じるところがあり、被害を防止するためには、特に企業の経理部門等が、このような手口の存在を知ることが重要」と指摘しています。また、攻撃者の手口について、「最終的には自身の口座へ送金させることが目的だが、その過程において、偽のメールアドレスを使うだけでなく、様々な騙しの手口を駆使している」として、以下のような事例が紹介されています。

  • 請求者側と支払者側の両方になりすまし、取引に関わる2つの企業を同時に騙す
  • メールの同報先(CC等)も偽物に差し替え、他の関係者にはメールが届かないよう細工する
  • メールの引用部分にある、過去のメールのやりとりの部分について、都合の悪い部分を改変する
  • 事例によっては、企業担当者から「口座名義に問題があり送金できない」旨を伝えると、1時間後に別の口座を連絡してきたり、送金がエラーになった際には30分で訂正のメールが送られてきたりと、非常に攻撃の手際がよいことも特徴的

特殊詐欺を助長するインフラ

 インターネットショッピングサイトを装って代金を騙し取ることを目的とする「詐欺サイト」の被害が相次いでおり、警察庁も摘発に本腰を入れています。

警察庁 日本サイバー犯罪対策センターによるインターネットショッピングに係る詐欺サイト対策について

 詐欺サイトによる被害防止を目的として、平成29年5月以降、一般財団法人日本サイバー犯罪対策センター(JC3)が対策を実施しており、JC3が愛知県警察と共同で開発したツールの活用等により発見した詐欺サイトのURL情報について、JC3からAPWG(フィッシングサイト対策を目的として平成15年に国際的な非営利団体として米国に設立。警察庁では、平成28年7月から偽サイト等の情報を提供)等に対し19,834件を提供しているということです。これらは、利用者が気付かないまま病院や商店などの実存するサイトを改ざんした転送サイトを経由し、自動的に詐欺サイトへ誘導する仕組みが大半だということです。また、JC3等が発見した国内の272転送サイト(詐欺サイトに転送するよう改ざんされた正規サイト)について、埼玉、愛知及び福岡県警察によるサイト管理者等に対する修復依頼及び再発防止の注意喚起を実施しています。さらに、JC3からの情報に基づき、20都道府県警察が詐欺サイトに係る振込先の口座名義人等に対する取締りを実施し、犯罪収益移転防止法違反や詐欺の疑いで計43名を検挙、78件を送致する成果を挙げています(報道によれば、摘発されたのは家具や時計、かばんなどの販売を装った詐欺サイトで、改ざんした医院のサイトなどを踏み台にして、詐欺サイトに自動転送していたというものです)。ただ、代金を支払っても商品を発送しないほか、個人情報やクレジットカードを盗み取る悪質な詐欺サイトが現在も出回っているということで、詐欺サイトの多くは、インターネットで商品を検索した際に上位に表示されるようSEO(検索エンジン最適化)対策を行っており、誤ってアクセスしやすいとのことです。また、JC3は、詐欺サイトの特徴として、(1)URL末尾のTLD(トップレベルドメイン)が「.top」「.xyz」「.bid」など見慣れないものになっている、(2)URL冒頭が「https:」ではなく暗号化されていない、(3)支払い方法の説明と実際の決済画面とで、対応可能な支払い方法が異なっているなどがあるとして、注意を呼び掛けています。

 振り込め詐欺などの特殊詐欺やビジネスメール詐欺が犯行グループ側が能動的にターゲットにアプローチしてくるのに対し、詐欺サイトは、犯行グループがSEOやフィッシングサイトや詐欺サイトなど犯罪インフラをトラップに仕立て上げて仕掛けるといった受動的なアプローチをとっており、今後の手口の巧妙化や被害の拡大に注意が必要な状況です。

 また、最近では、コンビニエンスストアで十数桁の番号を店員に伝えたり、端末に入力したりしてショッピングの支払いができる収納代行を悪用した新手の詐欺被害が各地で増えています。はがきやメールで「訴訟の取り下げ費用」などと称して現金を請求し、電子マネーなどを買わせているケースが目立つということです。電子ギフトカードを使う手口については、警察当局はコンビニ各社に対し、購入者にレジで声をかけたり、啓発チラシを渡したりするよう要請しており、実際に店頭でだまされたことに気づいて思いとどまる被害者も出てきている一方、マルチメディア端末から印刷される伝票には金額が記載されている程度で、何を購入するための伝票かは店員にも分からないということから、今後、被害の拡大が危惧されるところです。そして、このような手口を助長する場が「コンビニエンスストア」であることにも注意が必要です。結局、利用者にとって便利なコンビニは詐欺グループにとっても便利だということになります。報道(平成30年1月9日付産経新聞)にもあるように、今のコンビニにはATMもあり、現金を入れた小包配送もでき、電子マネーの購入もマルチメディア端末の利用もできます。正に犯罪インフラが集約している場がコンビニだと言い換えることができ、24時間確実にこれらのインフラが使えること、犯罪を見抜くべき最前線の店員にできることには限度があるうえ、人材確保の問題から外国人の店員が増えているといった要素も加えれば、犯行グループにとってコンビニはますます魅力的な場となっているように思われます。コンビニに犯罪インフラ化の阻止に向け、事業者はまだまだできることがあり、知恵を絞っていく必要があると言えます。

 また、それ以外にも特殊詐欺や詐欺を助長する犯罪インフラとしては、直近で報道されたものだけでも、以下のようなものがあります。

  • 容疑者が実質経営する合同会社2社名義で契約したSIMカード約200枚を、NTTドコモの承諾を得ないまま、別の容疑者に不正に譲渡するなどしたとして、男ら3人が逮捕されています。SIMカードの一部は特殊詐欺グループに渡ったとみられ、このカードを使った詐欺被害が都内で少なくとも10件、約3,000万円確認されています。
  • マレーシア人の男らが偽造クレジットカードを悪用し高級ブランド品をだまし取ったとされる事件で、兵庫県警組織犯罪対策課は、詐欺などの疑いで、これまでにマレーシア人6人を逮捕しています。被害額は646万円に上り、報道によれば、容疑者は「マレーシア国内の上層部から『大丈夫だ』といわれたので偽造カードを使った」と供述しているようです。同様の事件は全国で相次いでおり、マレーシア国内の組織が関与した疑いがあるということです。
  • 病気の治療で使うコルセットなどの「治療用装具」の製作をめぐり、この3年間で計324件、総額724万円の不正請求があったとのことです。健康保険組合などに申請すれば作製費の7~9割が医療保険から支給される仕組みのところ、病名・装具名を書いた医師の証明書や業者の領収書が必要となるものの、装具の現物や写真を示す義務がないことが悪用され、治療用装具を装い安眠枕を作るなどの不正請求が相次いで発覚したものです。
  • 個人で建設業などの仕事を請け負う「一人親方」向けの労災保険制度を悪用し、男らが他人になりすまして埼玉県内の労働基準監督署から休業補償給付金をだまし取った詐欺事件で、一連の手続きで写真付きの身分証明書などを使った本人確認が一切行われていなかったことが分かっています。

(2) テロリスクを巡る動向

 イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)掃討作戦を展開する有志連合の調整を担当する米大統領特使が、シリア、イラク両国でISが支配していた地域の98%が奪還されたと発表しています。ISがリアルな支配地域をほぼ失ったことで、世界は、「IS後」のテロリスクとの戦いのステージに突入しました。

 その「IS後」の戦いの1つの側面として、ISが新たな拠点を求め、各地の過激組織との連携も模索していることが挙げられます。世界には、政情が不安定化しているリビアなど中東・アフリカを中心に「テロ集団に対して無力ともいえる危うさを抱えた国」(平成29年12月31日付産経新聞)が少なくなく、アフガニスタンではイスラム原理主義組織タリバンが依然、勢力を維持し、政府が支配する地域は国土の6割にとどまる中、ISが浸透を始めているなど、今後、「超IS」とでもいうべき巨大化した過激勢力が新たに生じる恐れも否定できない状況です。政情不安の国へは、解消のための支援も必要であり、本コラムでたびたび指摘している通り、伊勢志摩サミット等で示された「多元的共存」「寛容」「平等」といった行動指針のもと、宗派や民族に関係なく、公平・公正な政治が行われる土壌が育たない限りは、テロとは、いつでも、どこででも発生しうるものであることをふまえ、日本も、日本のできることを日本らしいやり方で積極的に「IS後」のテロリスク対策に関与していくべきだと言えます。

 2つ目の側面として、ISの戦闘員がなお、地域に約3,000人残っているほか、欧州諸国を含む出身国に戻った戦闘員も5,000人以上いるとされ、それらの多くは過激思想を抱いている可能性が強く、各国でこれまで以上のテロ対策をとる必要があるという点が挙げられます。欧州諸国に限らず、アフリカにおいても、アフリカ連合(AU)高官は、シリアやイラクでISに参加したアフリカ出身の戦闘員最大約6,000人が母国に戻る恐れがあると明らかにし、治安上の脅威になるとしてアフリカ諸国が連携して対策を取るよう呼び掛けています。また、報道(平成29年12月26日付日本経済新聞)によれば、EU各国では刑事罰を科す対応がまずは行われており、仏では、ISらの帰還者全員を一旦拘束し、有罪が確定した130人以上が服役していること、英にもこれまでに400人以上が戻り、少なくとも数十人について、テロ活動への参加、テロ関連の文書保持などで有罪判決が言い渡されているということです。しかしながら、この刑務所自体が洗脳の場となり、受刑者が過激な思想に染まったり、テログループを作ったりする例もあり、刑務所の処遇改善もまた重要な課題となっています。一方、以前の本コラム(暴排トピックス2017年11月号)でも紹介した通り、デンマークでは自治体が中心となり、就業支援などを通じて「脱過激化」を促す取り組みが一定の成果を挙げています。このように、帰還者全員の足取りを把握するのは難しいうえ、過激思想の浸透状況を把握することも不可能に近い中、刑事罰を科すことと、社会復帰支援との間でどうバランスをとるかが今後の大きな課題だと言えます。「IS後」の取り組みとして、各国は、テロや過激思想を「持ち込ませない(入口管理)」「醸成させない・実行させない(中間管理)」「芽を摘む・摘発する(出口)」の3つのプロセスについて、如何に実効性を持って行うかが問われているとも言えます。

 3つ目の側面として、2つ目とも関連しますが、ネット上の過激思想対策について、長期のIS掃討戦を覚悟しなければならない点が挙げられます。報道(平成30年1月11日付産経新聞)にあるように、「(ISにとっての)新しいカリフ国家はサイバー空間にある」(米上院国土安全保障・政府活動委員会委員長)との言葉に象徴される通り、ISは、今後、欧米やその同盟勢力へのジハード(聖戦)という過激思想を軸に、「カリフからのメッセージ」としてローンウルフ(一匹おおかみ)型の犯行を扇動するなどの宣伝活動を再び活発化させる可能性は高いと考えられます。別の報道(平成30年1月11日付時事通信)においては、ISのネット上での弱体化を指摘する声もあります(イラクとシリアで約700万人を支配していた2015年、ISのプロパガンダ要員は西アフリカからアフガニスタンにまたがる地域の38か所のメディア施設から情報を発信していたが、昨年12月の時点では、それらのうち4分の3以上がほぼ完全に沈黙していたとの指摘がなされています)が、最近のISのプロパガンダについて、組織が弱体化し、支持者らを直接統制することができないことから、支持者らに自発的な攻撃の実行を奨励しており、その呼び掛けは高度なセキュリティが売りのメッセージアプリ「テレグラム(Telegram)」や、通常の方法ではアクセスできない「ダークウェブ」や「ディープウェブ」と呼ばれる領域を通じて発信されていること、これらは厳重に暗号化されているため規制することがほぼ不可能だということが指摘されています。さらには、それまでテロ組織とのつながりを持っていなかった人物を勧誘し、攻撃要員に仕立て、サイバー空間を巧みに活用して攻撃を確実に成功させようとしており、「IS後」の戦いの場は、「サイバー空間」にも残されているとの認識が必要です。

 さて、「IS後」の米の動向としては、米大統領が、昨年12月にニューヨークで起きた爆弾テロ事件を受けて声明を出し、拘束された容疑者がバングラデシュ出身だったことを踏まえ、移民規制の強化を訴えています。また、テロ行為関与で罪に問われた者は、死刑を含む「法で許された最も厳しい刑罰に値する」とも主張しており、早速。米国土安全保障省は、ビザなしでの90日以内の米国滞在を認めている日本など38カ国について、テロリスト入国阻止に向けた対策を強化すると発表しました。渡米者情報を米側が持つ情報と突き合わせ、共有をさらに進めることなどが柱となっています。また、ニューヨーク爆弾テロの容疑者がバングラデシュ出身者ということで注目された同国は、これまで穏健なイスラム国家とされていましたが、近年ではISや、ISとつながる過激派勢力の伸長が目立つようになっているとのことです(2016年7月に日本人7人を含む20人が殺害されたダッカテロ事件は、地元イスラム過激組織JMB(ジャマートゥル・ムジャヒディン・バングラデシュ)の分派「新JMB」の犯行とされますが、同組織とISの関連も指摘されています)。ISの過激思想が同国政権への不満などを背景に同国内で拡散しており、インターネットでISに感化された若者がテロ組織に名を連ねるなど、ネットを介してISが深く浸透しつつある状況が危惧されます。また、「IS後」のイラクについて、アバーディ政権は、宗派対立の解消を目標に掲げるものの実現は道半ばの状況が続いています。本コラムでもたびたび指摘している通り、国民の一体性を高めなければ、避難した住民の帰還も、復興も進まず、過激思想の温床となりかねない(復興の混乱期は人心の荒廃から過激思想が浸透しやすく、テロ組織等があらためて力を持つおそれが高まる時期でもある)ことから、一刻も早く、国際社会という枠組みによる貧困や腐敗を減らし、長期的に復興を支援していくことが必要です(間違っても、米露の主導権争いで再び混乱を招く事態はあってはなりません)。

 なお、日本の動向としては、政府が、2020年東京五輪・パラリンピックに向けた「テロ対策推進要綱」を決定したことが特筆されます。以下、簡単に概要を紹介いたします。

首相官邸 2020年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会等を見据えたテロ対策推進要綱(概要)

 本要綱は大きく7項目からなり、「情報収集・集約・分析等の強化」としては、「国際テロ対策等情報共有センター」(仮称)の新設やサイバー空間上の関連情報収集・分析に必要な体制等の充実などが掲げられています。また、「水際対策の強化」では、出入国管理・税関体制の強化、先端技術等の活用と合同訓練等の実施、PNR(乗客予約記録)等の積極的活用に向けた国際的な協力を進めるため、二国間や国際的な枠組みで働きかけなどが掲げられています。また、「ソフトターゲットに対するテロの未然防止」では、施設管理者との連携や訓練の実施、必要な警戒警備体制の構築等、テロ対策に適した環境、資機材等の整備を働き掛け、イベント等における自主警備の強化、車両突入の物理的阻止、レンタカー事業者への働き掛け等、空港ターミナルビルの警備体制の強化などが掲げられているほか、「重要施設の警戒警備及びテロ対処能力の強化」としては、地方公共団体に対するテロを想定した国民保護共同訓練の実施要請、テロ等による外傷の治療を担う外科医の養成、テロ等に対する医薬品の供給体制の整備、ボディスキャナー等の先進的な保安検査機器の導入推進による航空保安検査の高度化などが盛り込まれています。さらに、「官民一体となったテロ対策の推進」としては、インターネットカフェ等の事業者への身元確認等徹底の要請、民泊サービスの適正な運営の確保、違法民泊の取締りの徹底、国内の外国人コミュニティとの連携強化など、「海外における邦人の安全の確保」として、情報発信・注意喚起等の強化、国際協力事業に係る安全対策の推進などが盛り込まれています。また、「テロ対策のための国際協力の推進」として、東南アジア地域に拡大するテロの脅威への対応について、総合的なテロ対策強化策として、(1)テロ対処能力の向上、(2)暴力的過激主義対策、(3)社会経済開発のための取組を推進、国際組織犯罪防止条約等の枠組みを活用するなどした関係国間の更なる連携強化や情報共有の推進などが、それぞれ掲げられています。

 とりわけ、昨年、テロ等準備罪などを新設する改正組織犯罪処罰法が施行されたことで、国際組織犯罪防止条約への加入がようやく実現し、テロ情報の交換など、捜査上の国際連携がスムーズになったのは大きな前進だと言えます。今後は、「IS後」のテロリスク対策に、インフラなどの復興や教育などを中心として日本も積極的に貢献していくべきだと考えます。さらには、北朝鮮有事リスクとも絡み、国民の危機意識の高まりをふまえて国民保護訓練の実施(日本の直面している危機に国民がきちんと向き合うこと)や、広く事業者の取り組みとして「身元確認(本人確認)」実務の厳格化、民泊や薬局など犯罪インフラ化の危険の高い事業者・業界等に対する指導などを行うといった、より民間レベルを巻き込みながら、より実践的な取り組みを促すなどして、テロリスク対策の底上げを図っていくことが重要だと言えます。

(3) 仮想通貨を巡る動向

 ここにきて仮想通貨を狙うサイバー攻撃が増加していると言います。サイバー攻撃のターゲットがインターネットバンキングから仮想通貨取引所や仮想通貨利用者に移行しつつあるだけなく、最近では、仮想通貨の「マイニング(採掘)」のために、パソコンやスマホ、家庭用IoT機器を乗っ取り手伝わせる手口も増加しているようです(トレンドマイクロによると、国内で採掘機能があるウイルスが検出されたパソコンなどの台数は、昨年1~3月に530台だったのが同7~9月には約3倍の1,460台に増加したということです)。これらの犯行の中では、北朝鮮が度重なる国際社会による経済制裁で外貨獲得が困難となる中、制裁逃れの一環として仮想通貨をターゲットとしている状況が大きいと言えます。北朝鮮をはじめとする犯罪者や犯罪組織は、「サイバー攻撃で仮想通貨を奪取することで利益を得る」、「犯罪によって得た仮想通貨が相場の乱高下することでさらに収益を生む」、「他人のパソコンやスマホを犯罪インフラ化させることで、自らの投資を最小にしつつ仮想通貨を増やし、利益をさらに大きくする」といったスパイラルを形成しようとしているといえ、今後、北朝鮮が「国家プロジェクト」として大規模に取り組めば、中長期的な資金源となり、経済制裁の最大級の「抜け道」と化してしまう危険性も考えられます。

 その他にも、国際的には、ベンチャー企業が仮想通貨で事業資金を得る「イニシャル・コイン・オファリング(ICO)」という手法について、低コストで世界中から資金を集められるのが特徴である一方で、詐欺的な手口も一部で出ており、国内でも同様の懸念があるとして、金融庁が注意喚起を行っています(暴排トピックス2017年11月号を参照ください)。ICOについては、ホワイトペーパーに掲げたプロジェクトが実施されない、約束されていた商品やサービスが実際には提供されないなどのリスクがあるほか、ICOに便乗した詐欺の事例も報道されていることをふまえ、金融庁は、「登録など、関係法令において求められる義務を適切に履行する必要があり、登録なしにこうした事業を行った場合には刑事罰の対象になる場合がある」と警告しています。さらに、仮想通貨を巡っては、「インサイダー取引」の懸念事例も登場しています。仮想通貨の取引所を運営するコインベースが、仮想通貨ビットコインキャッシュがコインベースでの取引が可能になるとの正式発表前に急激に値上がりしたことを受けて、インサイダー取引がなかったか調査すると発表しているものです(同社は従業員によるビットコインキャッシュの取引を数週間制限しているようですが、本日(1月17日)取引を再開する旨が発表されています)。

また、最近の動きの激しさの背景に、リアルにおける反市場勢力のような「相場操縦」を大規模に行っている者の存在も疑われています。その意味では、犯罪組織が、相当の資金を投入することで、仮想通貨をマネー・ローンダリングに悪用しながら、莫大な利益を得ている可能性は否定できず、仮想通貨が「犯罪インフラ化」している状況が真に危惧されるところです。

 また、仮想通貨を犯罪インフラとして悪用した事例として、新たに、電子決済サービス「ペイジー」を悪用し、利用者の口座から仮想通貨アカウントへ不正送金するといった手口が登場しており、既に全国で少なくとも1億円超の被害が発生しているということです。仮想通貨の匿名性の高さを悪用し送金ルートを分かりにくくするというもので、報道によれば、犯人が送金先として使用していた仮想通貨のアカウントは、他人のアカウントを乗っ取ったり、悪用する目的で購入したりしたものだった可能性があるとも言われています。このように、仮想通貨をめぐっては、利用者の急増に伴い、さまざまな犯罪に悪用されるケースが目立ち始めています。国民生活センターと全国の消費生活センターなどの情報を集約した「全国消費生活情報ネットワークシステム(PIO-NET)」のデータによると、仮想通貨に関する相談は、平成26年度は194件だったのに対し、平成27年度は440件、平成28年度は634件と右肩上がりに増加してきたところ、平成29年度(11月末現在)になると1,707件と急激に増加しています。この点については、金融庁からも仮想通貨に関する注意喚起がなされています。

金融庁 仮想通貨に関するトラブルに御注意ください!

 この中では、以下のような相談内容が紹介されています。

  • 仮想通貨を購入したが、購入先から購入が完了したというメールが来ない。詐欺かもしれないのでお金を取り戻してほしい
  • インターネットで見つけた仮想通貨事業に参加した。当初の話と違い信用できない。解約を申し出たが、回答待ちにされ不安。詐欺ではないか
  • 知人から1日1%の配当がつくと紹介されて、1000 万円で仮想通貨を購入し海外の投資サイトに預けたが、閉鎖されてしまった
  • 仮想通貨の口座に不正アクセスされ、10 分ほどのうちに預けていた280 万円のほぼ全額が盗まれた。取引所が補償してくれず困っている
  • インターネットで見つけた仮想通貨取引所で、5 万円分の仮想通貨を購入した。自分の口座を誰かが勝手に操作し、第三者に送金したようだ
  • 仮想通貨で送金手続の申込みをしたが、相手に送金されず、「手続中」のままである。事業者に問い合わせているが対応が悪い。

 また、これまでも本コラムで取り上げているように、仮想通貨を巡っては、国によりそのスタンスが異なっている点も特徴的です。最近の状況については、例えば、EU各国と欧州議会は、仮想通貨の取引所を介したマネー・ローンダリングやテロ資金調達を防ぐための規制強化に合意しているものの、それ以外の規制策は打ち出していない状況です(ただし、一元的に管理する当局がない不透明かつ複雑な市場の規制は困難で、損失が発生しても投資家の自己責任で保護を期待すべきではないとの意見が多い一方で、消費者保護の観点から注意を促す努力を強める声も大きくなっているようです)。また、米については、規制当局によってスタンスが異なる状況にあり、米証券取引委員会(SEC)は、ある会社のICOの計画を阻止、仮想通貨の取引や新規公開は連邦証券法に違反する可能性があるとして、仮想通貨に投資する危険性を投資家に警告しています。さらに、報道によれば、エジプトでは、イスラム教最高指導者が、仮想通貨の代表格ビットコインについて、「投機性が高く、イスラム教で禁じる賭博に似ている」として取引を禁じるファトワ(宗教令)を出したということです。また、中国と韓国については、仮想通貨を認めない方向にありますが、特に韓国の当局のスタンスがここにきて定まっていない状況です。例えば、韓国の金融監督院は、仮想通貨を正当な通貨とみなさず、取引を規制しない(規制の導入が通貨としての地位が認められたと投資家が判断する可能性があり、取引を増やす結果になる)と発表していますが、一方で、韓国では仮想通貨投資ブームが過熱化しており、インターネットの不正アクセスにより仮想通貨の利用者の資産が奪われるなどの事件が相次いでおり(例えば、韓国の仮想通貨取引所ユービットが取引所を閉鎖するとともに破産を申請すると発表しています。同取引所は今年に入って2度目となるハッキング攻撃を受けたばかりで、4月に被害に遭った1度目のハッキング攻撃については、韓国の情報機関は北朝鮮が関与したとみており、約4,000ビットコインが盗まれたといいます)、犯罪への悪用を防ぎ利用者保護に努めるとともに、投機熱を防ぐ必要に迫られています。そのため、いったんは「仮想通貨取引所の閉鎖を目標とする『仮想通貨取引禁止特別法』を準備している」との発表があったものの、現行の文政権の支持基盤である若者の猛反発を受けて、その方針を打ち消すといったチグハグな対応となっており、それが、世界の仮想通貨相場の乱高下のひとつの要因ともなっています。

 そのような中、日本は、仮想通貨取引所について、昨年から金融庁の審査を受けて登録する形で存続する方向で進んでおり、そのスタンスを変更する動きはありませんが、日々新たな技術革新による新しい仮想通貨サービスが登場し、一方で仮想通貨を巡るトラブルも日々深化・深刻化している状況下にあって、資金決済法や金融商品取引法等の規制を監督し、取引所の登録申請を審査し認可する立場にある金融庁も、その技術革新の中身を個別にキャッチアップしながら「ブラックボックス化」しないよう慎重かつスピーディに取り組んでいるほか、揺れ動く「利便性と規制のバランス」に大変な苦労をしているということです。

(4) カジノ/IRを巡る動向

 政府はカジノを含む統合型リゾート(IR)の国内導入に向け、8月に実施したパブリックコメント(意見公募)の結果を公表しました。政府・与党は、パブコメや全国各地で開いた公聴会での意見を踏まえてIRの制度設計を急ぎ、間もなく開催される通常国会への実施法案提出を目指しています。以下、回答の中から、本コラムに関連の深い事項を中心に紹介しておきます。

首相官邸 「特定複合観光施設区域整備推進会議取りまとめ~『観光先進国』の実現に向けて~」に関する意見募集(パブリックコメント)の結果及び説明・公聴会における表明意見に対する回答について

別紙1:「特定複合観光施設区域整備推進会議取りまとめ~『観光先進国』の実現に向けて~」に関する意見募集(パブリックコメント)の結果及び説明・公聴会における表明意見に対する回答(概要)

 IR制度・カジノ規制の基本的な仕組みについては、「高い収益性」の確保と「世界最高水準の規制」の導入の観点からこれらは両立しえず、高い収益性を確保しようとすれば、世界最高水準の規制を徹底できない等の意見や、IRがもたらす「公益」を最大化するため、IR事業者の投資意欲を促進し、IR施設の集客力を高める制度設計とすべき等の意見について、「『高い収益性』と『世界最高水準の規制』との関係については、IR事業者は『世界最高水準の規制』の下で事業を行い収益を得るということであり、事業者の収益性の確保を理由に規制を緩めるものではない。現に、米国ネバダ州やシンガポールのIR事業者は、厳格なカジノ規制の下で、収益を確保している。なお、『世界最高水準の規制』の遵守を徹底させるため、カジノに関する規制を厳格に執行するいわゆる三条委員会としてカジノ管理委員会を設置し、同委員会が厳格な監督を行うこととされている」として、あくまで、「高い収益性」と「世界最高水準の規制」を高いレベルで両立させることを目指していることがあらためて示されています。

 また、カジノに係る依存防止対策については、推進会議取りまとめに記載されている内容に加え、1回当たりの滞在時間制限や賭け金上限制限を設けるべき、生活保護受給者等特定の者の入場を制限すべき等更なる規制を設けるべきなどの意見については、「カジノに係る依存防止対策については、ⅰ)ゲーミングに触れる機会の限定(例:カジノ施設の数の制限)、ⅱ)誘客時の規制(例:広告・勧誘規制)、ⅲ)厳格な入場規制(例:入場回数制限)、ⅳ)カジノ施設内での規制(例:ATMの設置に関する規制)、ⅴ)相談・治療につなげる取組(例:相談窓口の設置)等、重層的・多段階的な対策が講じられることとされている」として、重層的な制限を講じた依存症対策に取り組むことが示されています。

 さらに、マネー・ローンダリング対策・暴力団員の入場禁止等については、IR内のみならず、IR周辺地域においても治安・風俗環境の悪化等様々な問題や犯罪等の弊害が懸念されるため、徹底的に排除するため対策や規制を講じるべきとの意見や、反社会的勢力の排除等に関して、実効性に期待ができない等との意見があり、それについては、「非カジノ事業部門を含めIR事業者が行う全ての事業部門における取引について、カジノ管理委員会による認可制等の下で、反社会的勢力等を排除すべきとされているほか、暴力団員等のカジノ施設への入場を禁止(事業者及び本人の双方に義務付け)し、暴力団員等がカジノ行為を行うことも排除することとされている。また、都道府県等は、懸念事項への対応等を含む区域整備計画をIR事業者と共同で作成し、国の審査・認定を受けることとされており、都道府県等及びIR事業者の双方において、治安対策等を含む懸念事項への対応は適切に実施されるものと考えている」との姿勢があらためて示されています。

 また、暴力団員等の入場禁止の実効性を疑問視する声については、「マネー・ローンダリングの防止その他の不正な行為を防止し、カジノ事業の健全な運営を確保するためには、不適格者を確実に排除する必要がある」ことから、法令により、暴力団員を入場させない義務をカジノ事業者に課し、暴力団員本人に対してもカジノ施設に入場してはならない義務を課すとともに、「暴力団員以外の者であっても、反社会的勢力の者等カジノ施設の秩序維持のために排除の必要がある者についても、カジノ事業者に排除義務を課し、また、カジノ施設利用約款に規定することで、本人に対してもカジノ施設への入場を禁止することを義務付けるべき」とされております。さらに、これらの入場禁止の実施性を確保するため、「カジノ施設への全ての入場者に暴力団員や反社会的勢力の者等でない旨を表明する措置等を導入し、虚偽の表明をした者を事業者が退去させることができるようにすべき」とされております。これらの入場規制の実効性を確保するための具体的な方法については、既存の暴力団排除の枠組みを踏まえつつ、上記規制の趣旨を踏まえ、今後の制度化を通じて検討していく」と回答されています。

 カジノ・IRからの暴排は「世界最高水準の規制」という点からも取り組みの主旨や立て付けは一定レベルには達していると評価できるところ、最終的な実効性については、既存の暴排の枠組みから「どれだけ踏み込めるか」にかかっていると言えます。同様に、「暴力団員でなくなったときから、5年を経過しない者」や「反社会的勢力には該当しないものの、防犯的観点から入場を拒否したい者」の入場禁止についても、「今後の制度化を通じて検討」することとされており、暴力団員等の入場規制のあり方については、今後の具体的な規定化に注目したいと思います。

 なお、カジノに係る依存症対策に関連して、ギャンブル依存症対策として、JRA(日本中央競馬会)が、家族からの申告に基づき、インターネットでの競馬の投票券販売を停止する新たな制度を公表していますので、紹介してます(来年4月には競輪やオートレース、ボートレースへ対象が広がる予定だということです)。本件も、カジノを中心とした統合型リゾート施設(IR)導入に備え対策強化を進める政府方針を踏まえたものとして注目されます。

JRA 家族申請によるネット投票の利用停止について(ギャンブル障害への対応)

 JRAの説明によれば、ギャンブル障害とは、精神疾患の世界的診断基準である「DSM-5(精神疾患の診断/統計マニュアル)」では、「Gambling Disorder(ギャンブル障害)」と呼称される「精神疾患」であり、万が一「ギャンブル障害」に陥った場合、本人のみならず、家族の日常生活にも影響が及ぶこと、特に、重篤の場合は、早期に専門の医師の診断を受け、治療を開始することが望ましいと考えられるとしています(このあたりは、前回の本コラム(暴排トピックス2017年12月号)で取り上げた薬物依存症と同様の考え方です)。

 そのうえで、既に昨年10月から、ネット投票に関して、会員本人からの申請に基づき、その利用を停止する制度を開始しているのに加え、会員の家族からの申請でネット投票の利用を停止する制度を開始したというものです。その対象となる会員としては、「医師からギャンブル障害の診断を受けている会員」、「医師の診断は受けていないが、外形的にギャンブル障害の状況にあるおそれがあると認められるものとして、ネット投票での勝馬投票券の購入金額が、家計の経済状況等に照らして、本人と家族の生活維持に重要な影響を及ぼしている蓋然性が高いと判断される会員等」と規定されています。さらに、ユニークな点としては、契約当事者である会員本人の意思にかかわらず、ネット投票の利用停止を実施するため、 【利用停止前】会員本人による「異議申立て」、 【利用停止後】会員本人による「解除申請」を可能とするものの、いずれも「ギャンブル障害」の回復証明等の要件を設定している点が挙げられます。

(5) 犯罪インフラを巡る動向

SNS

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年12月号)でも指摘した通り、座間市の事件で、容疑者がSNS(ツイッター)を使って、自殺をほのめかしていた被害者と接触していたことを受けて、SNSの「犯罪インフラ化」からの脱却の取り組みが活発化しています。政府などが業界・事業者に対策を求めるなど規制を強化する「公助」、業界が連携した対応を模索する「共助」、事業者が自らあるべき対応・対策を講じていく「自助」の3つのレイヤーがそれぞれ取り組みを深化させており、1つの大きな流れを作り出していると言えます。直近では、米のユーチューバーが日本での不適切な画像を投稿したことで世界的に非難を浴び、ユーチューブは「自殺はジョークではない」と厳しく批判、当該人物のチャンネルを削除する措置を講じたほか再発防止策を講じると発表するといった事例もありました(ただし、ユーチューブの対応の遅さに対して、世界中から非難されています)。

 また、SNSの犯罪インフラ化については、このような側面に加え、特に座間市の事件で明らかになったように、容疑者と被害者の接点がほぼインターネット上だけであり、リアルな関係がほとんどないこと、通信の秘密や個人情報保護法の高い壁によって捜査の実効性が著しく阻害されていることなどがあることも(携帯電話の位置情報の照会すら困難な現実を例に)指摘しました。報道(平成29年12月19日付産経新聞)によれば、警察は、座間市の事件の再発防止策として、サイバーパトロールを委託する民間団体に平成30年1月から自殺勧誘の書き込み対策に特化した人員を配置、常時2人態勢で自殺勧誘の書き込みを監視し、SNS事業者などへの削除依頼を徹底するほか、自殺予告の日時や場所、意思などが具体的な場合は警察官を臨場させるなど自殺を思いとどまらせる活動にもこれまでと同様、積極的に取り組むということです。それでもなお、指摘しておきたいこととしては、社会的な流れとしては、SNS事業者や捜査当局による「監視強化」の方向にあるものの、ネット上の膨大な情報を全て把握することは困難であるうえ、規制や監視を強化することで、より人目につかないアンダーグラウンドな自殺サイトやダークウェブ等の利用などに流れることが予想され、その監視や規制が「及ばない」可能性や危険が助長される可能性も考えられるという点です。犯罪組織や犯人と規制する側の「いたちごっこ」は避けられませんが、だからといって手をこまねいてはいては問題の解決から遠ざかるばかりです。公助・共助・自助それぞれが「もっとできることがある」として、取り組みを厳格化する姿勢を継続していくことしかないと思われます(分野は異なりますが、軍事転用可能な赤外線カメラを無許可で中国・香港に送ったとして警視庁が中国人留学生の男を摘発した事件では、個人による不正輸出へのチェックの難しさが浮き彫りになりました。国は高度な技術の流出を防ごうと不正輸出の罰則を強化し続けていますが、主な対象は企業であり、今後、不正の主体が企業から個人に移行すれば、それを見抜き、摘発していくことにはかなりの困難が伴うことが予想され、正に同様の構図だと言えます)。

専門家リスク

 本コラムでもたびたび取り上げていますが、指定暴力団山口組淡海一家の総長の高山受刑者が平成25年6月に京都地裁で恐喝罪などにより懲役8年の判決を受け、平成27年7月に判決が確定したにもかかわらず、京都府立医大病院からの回答書の提出により刑の執行が停止され、今年2月14日まで収監されなかった事件において、虚偽有印公文書作成・同行使容疑で書類送検された京都府立医大病院の前病院長と元担当医について、京都地検は、嫌疑不十分で不起訴処分としています。報道によれば、地検は「(検察に提出された)問題の回答書の内容が虚偽と断定するに足りる証拠を十分収集できなかった」と説明しているということです。やはり、これまで本コラムで指摘しているように、医師の医療行為の裁量範囲の広さから、虚偽とする裏付けを得るには至らなかったといえ、専門家リスクへの対応の難しさをあらためて浮き彫りにする形となりました。

 また、同大学法人の調査委員会が「反社会的勢力への対応マニュアルを策定し、教職員に周知すべきだ」などとする調査結果をふまえ策定された「コンプライアンス指針」と「反社会的勢力への対応に関する規程」が公表されていますので、紹介します。

京都府立医科大学 コンプライアンス指針について

京都府立医科大学 コンプライアンス指針

 まず、コンプライアンス指針(以下「本指針」)の策定については、本事件が契機であること、本指針は、本学の諸規定や法律、職業倫理など、この社会における様々な約束事を行動規範としてとりまとめたもので、1,200名を超える教職員との意見交換会や、医学部の全学年の学生との対話集会、そして、外部有識者との意見交換等を経て策定されたこと、「本指針を継続的かつ発展的に活用し、大学関係者一人一人が、日常行動の中でコンプライアンス意識を常に持ち続け、府民の皆様への信頼回復に努めて参ります」との決意が対外的に説明されています。

 その中で、とりわけ反社会的勢力への対応については、「法人は、その社会的責任を踏まえ、反社会的勢力とは、取引関係を含めて、医師法その他法令に基づく場合を除き、一切の関係を持たず、法人における被害を防止するとともに、教職員、学生等の構成員の安全を確保し、もって、業務の適正な執行を確保するため、法人の反社会的勢力に対する基本方針及び教職員の反社会的勢力との間における禁止行為等を定めており、本学においてもこれを遵守します。なお、医師法第19条の規定により、生命維持に直接関係する場合や他の医療機関では医学的に対応困難な場合には、医療を行います」と規定され、応召義務との関係に一定の条件は付くものの、「一切の関係」を遮断することが明記されています。また、「必要に応じ、外部専門機関と連携を図る」こと、「重大な事案を認めるときは、反社会的勢力不当要求等対策委員会に対し、対応方針、事後措置等について協議して対応する」こと、「契約事務については、契約の相手方が反社会的勢力ではないことが明らかであるなどの場合を除き、相手方が反社会的勢力でないことを事前に確認する」こと、「反社会的勢力であることが判明した場合には契約を締結せず、また、契約書には反社会的勢力であることが判明した場合等の契約の解除に係る条項を設ける」ものとしています。

 しかしながら、これらの規定内容については、コンプライアンス指針という性格上、政府指針(平成19年6月犯罪対策閣僚会議申し合わせ「反社会的勢力による被害を防止するための指針」)に準じた内容にとどまっており、自ずと限界があります(やむを得ないとも言えます)。結局、本事件のような場合、反社会的勢力として排除するのか、医療行為を行うのかは第三者からみて判然としません。また、全体的に「反社会的勢力による不当要求等に応じない」方針となっており、医療行為やそれに限らない「不当要求等の行為が伴わない、契約事務にもあたらない、反社会的勢力への対応」について、明確な姿勢が示されているわけではなく、とりわけ「医師法その他法令に基づく場合を除き」についてもそれ以上の明確な指針とはなっていません(その線引きが本事件でも問題となりましたが、その基準が明確ではありません)。最終的に「判断に迷う場合は、上司や関係する部署に相談する」とされているものの、コンプライアンス指針としての限界から、「結局どう考える(判断する)べきか」が「高い倫理観」「良識」というワードに収斂されてしまい、「曖昧さ」が残る点は課題かと思われます。

 また、本指針の策定に先立ち、昨年10月1日付で「反社会的勢力への対応に関する規程」も制定されていますので、あわせて紹介しておきます。

京都府公立大学法人反社会的勢力への対応に関する規程

 ただ、内容的にはコンプライアンス指針でも取り上げられているもの以上の詳細なものとはなっていませんので、ここでは、第2条(定義)における「反社会的勢力」と「不当要求等」の定義についてのみ取り上げることとします。まず、反社会的勢力については、「暴力団、暴力団員、暴力団準構成員、暴力団関係企業等の暴力、威力及び詐欺的手法を駆使して不正な利益を追求する集団又は個人をいう」と規定されており、残念ながら、10年以上前に公表された政府指針以上の踏み込んだ内容とはなっておらず、共生者やさらにその外周に位置する周辺者など最近の反社会的勢力の状況をふまえた具体的なものでなく、反社会的勢力の実態と実務の乖離、硬直的な解釈によっては反社会的勢力排除の実効性を阻害する要因となってしまう可能性(例えば、担当者や関係者の知識が十分なければ、怪しいけれど反社会的勢力の定義に該当しないから関係を継続しても問題ない、といった判断がなされる可能性など)も懸念されるところです。その意味では、「高い倫理観」には「適切な知識や良識」「正しい情報」等の裏付けがないと適切に機能しないことを認識する必要があります。

 また、「不当要求等」の定義については、「反社会的勢力が自ら又は第三者を利用して行う、次に掲げる行為をいう」と規定されています。

  1. 暴力的な要求行為
  2. 法的な責任を超えた不当な要求行為
  3. 脅迫的な言動をし又は暴力を用いる行為
  4. 風説を流布し偽計又は威力を用いて法人の信用を毀損し又は法人の業務を妨害する行為
  5. 法人の事業との関係において必要性が認められない状況下で接近・面談等を企てる行為
  6. 職務の遂行に不当に支障を生じさせる行為
  7. その他前各号に準ずる行為

 このうち、(1)から(4)については、通常の「行為要件」と同一となりますが、(5)および(6)は、独自の定義となり注目されます。ただし、「反社会的勢力による接近・面談」として「必要性が認められる状況」として、(トラブル等の当事者として以外に)どのような場面を想定しているのか、「必要性」に様々な言い訳が包含されてしまう可能性があるのではないか、といった点が気になるところです。本事件においても、大病院の組織トップと暴力団トップとの密接交際も問題になりましたが、その接触の「必要性」について、拡大解釈の余地がないか、同様の事案が再発する余地がないか、については、関係者の間で十分な認識の一致を持っておくことが必要かと思われます。

 さて、医療関係の専門家リスクとの関連で言えば、直近では、実際は診察していないのに虚偽の診断書を作成し、女性2人に精神安定剤などを処方したとして、医師法違反の疑いで大阪府市の開業医が逮捕されています。報道によれば、この医師は、知り合いの薬剤師から女性2人を紹介され、SNSで保険証の画像を送らせ、薬を処方したということですが、詳細な背景等に関する情報はないものの、何等かの端緒がない限り、診察自体が虚偽であることを見抜くことが難しいスキームであり、このような悪質な手口が、不正な向精神薬の転売ビジネス等につながらないか懸念されるところです。医師がその「高い倫理観」を見失い、診療報酬目当てでこのようなスキームに加担して犯罪を助長するという「専門家リスク」は結果の重大性をふまえれば、国としても医師に対する倫理教育や(適切な医療行為がなされているかといった)実態把握等にもっと注力していくべきだと考えます。

 また、昨年、高額なC型肝炎治療薬ハーボニーの偽造品が流通した問題については、厚生労働省の有識者会議が、最終とりまとめ案を公表しました。

厚生労働省 医療用医薬品の偽造品流通防止のための施策のあり方に関する検討会 最終とりまとめ 案

 本案では、再発防止策として、「秘密厳守」の取引の根絶、開封した医薬品の販売・授与のルールの明確化、品質に疑念のある医薬品を発見した時のルールの明確化、個人輸入手続の厳格な運用、個々の医薬品にシリアルナンバーを付けることや、不正取引をした薬局開設者への罰則の在り方を検討する必要性などを指摘しています。また、不正取引につながりやすい薬局などでの医薬品の在庫の実態把握を進め、インターネット取引のパトロールの強化や実態調査等の実施などについても言及されています。いずれにせよ、人命に関わる医薬品を取り扱う製造から販売に至る全てのサプライチェーンに携わる関係者について、これまで外部からは見えにくく、リスク対策としては極めてお粗末だった「専門家リスク」への対応として、あらためて当事者意識と「高い倫理観」を求めるとともに、偽造品混入に限らず品質管理全般について、その適正な運用を厳格に監視する体制の速やかな構築が求められます。

(6) その他のトピックス

薬物を巡る動向

 前回の本コラム(暴排トピックス2017年12月号)でも指摘した通り、大麻の蔓延とその影響が深刻化しており、今後の見通しも厳しいものとなっています。危険ドラッグから大麻へのシフトや暴力団の薬物事犯(特に覚せい剤事犯)への関与が強まっていることに加え、「医療用大麻」の存在が知られていることと海外で大麻が解禁(合法化)されている事例が相次いでいることなどによって、「大麻は安全だ」とする誤った認識が浸透してしまっているおそれすらあります。それどころか「吸煙用の大麻」は有害であって、その有害性については、「依存性の高さ(依存症化率の比較で言えば、アルコールが0.9%に対し大麻は10%に上る)」や「脳の海馬の委縮などによる記憶障害(再就労への影響、人生にとって負の影響を及ぼす)」などが挙げられますが、このような正しい理解が十分に浸透しているとは言えない状況にあります。また、海外で大麻の合法化が進んでいる背景については、本コラムとしては犯罪組織の資金源への打撃を与えることが大きな目的と捉えてきましたが、その視点とは別に、経済合理性の観点から蔓延を防ぐ意味を失うことがその背景にあると指摘されています(ある程度十分に蔓延してしまったのであれば、取り締まり費用や刑務所費用、裁判費用などのコストは、これ以上禁止のために投下するより、合法化してしまった方が経済的に合理的であり、それに加えて、管理して課税することで税収すら期待できるとことになります)。したがって、今後、大麻合法化・非処罰化の国や地域(例えば、北米、中南米)などからの流入量の増加や大麻から覚せい剤へのシフトなどの危険な事態の定着化・深刻化が危惧されること、大麻の有害成分であるテトラヒドロカンナビノールが品種改良を経て強力になっていること(有害性が高まっていること)などから、これまで以上に大麻の違法性・有害性を国民にきちんと伝えていくための広報が重要となります

 直近でも、2018年1月から米カリフォルニア州で娯楽用大麻(マリファナ)が合法化されました(米で大麻が合法化されたのは6州目)。報道によれば、全米最大の人口を抱える同州の解禁で、合法化の流れが進むのではないか、合法化の背景として、闇取引が横行する中、当局が管理して課税する方が州の財源にでき現実的だという判断があるのではないか、とも言われています。一方で、米においては、州政府の判断はバラついているものの連邦政府は大麻の合法化に反対の立場を堅持しており、トランプ米政権は、早速、大麻関連の犯罪を積極的に訴追するよう全米の司法当局者に指示、オバマ前政権でいったん緩めた取り締まりに対して、摘発を強化して大麻合法化に歯止めをかける方向性を明確にしています(米国内でも、今後、大麻の合法化を巡る議論が激化する可能性があります)。なお、本コラムでもたびたび指摘している通り、米における薬物問題としては、医療用鎮痛剤「オピオイド」の問題がより深刻化しており、昨年10月には、トランプ大統領は「非常事態宣言」を出しています。さらには、昨年12月に米疾病対策センター(CDC)が、オピオイドの乱用により米国人の平均余命が低下しており、C型肝炎の急増にもつながっていると報告し大きな波紋を呼んでいます。報道(平成29年12月22日付ロイター)によると、CDCの報告書では、2016年は薬物の過剰投与による死亡者数が全体で63,000人と、前年比21%増加し、このうちオピオイドの過剰投与によるものは28%増の42,249人であり、大半が25歳から54歳のグループに属していたこと、薬物過剰投与に関連する死亡者の増加が影響し、米国の平均余命の伸びは頭打ちになっており、2016年は前年より0.1歳低い78.6歳と、1962年~63年以来、初めて2年連続で低下したということです。平均余命を押し下げるほど深刻な蔓延に対し、経済合理性の観点からどこまで対策を講じるべきか、米政権は難しい判断を迫られていると言えます。

 一方の日本では、大麻とともに、覚せい剤の密輸の急増が問題となっています。報道によれば、成田空港から覚醒剤を営利目的で密輸しようとする事件が10月以降、急増しており、(2017年10月25日時点で)覚せい剤取締法違反などで59人が起訴され、その半数超の35人が、10月以降に覚醒剤を持ち込もうとしたといいます。また、手口の多様化も目立ち、当局が警戒を強めています。また、大麻の栽培に関する報道も相次いでおり、直近でも、埼玉県内の大麻事件の検挙人数が10月末時点で56人に達し、昨年1年間(59人)に迫る勢いで増加していること、とりわけ栽培に関する検挙は件数・人数ともに大幅に増えており、一軒家やマンションなどを利用した「栽培プラント」が相次いで摘発されているといったものや、栃木県警が、販売目的で大麻を所持、栽培していたとして、大麻取締法違反容疑で男2人を逮捕し、大麻5.9キロ(末端価格3,540万円相当)と栽培中の大麻草92本を押収した(平成に入ってから栃木県内の押収量としては最大)といったものがありました。なお、埼玉県警のHPでは、大麻栽培プラントに関する情報が掲載されています。

埼玉県警察 大麻の乱用が急増中!私たちの身近な場所で大麻栽培が!

 本サイトによると、「大麻は、覚醒剤のような化学合成品とは異なり、高度な設備や専門知識がなくても生産することが可能なことから、私たちの身近な場所が、大麻栽培プラントとして利用され、違法薬物の供給源となっている可能性がある」、「大麻は「依存性がない」「安全・無害」「世界では合法」などという誤った情報を信じ、安易な気持ちで手を出すと大変危険」、「大麻は、脳神経のネットワークを切断し、やる気の低下、幻覚作用、記憶への影響、学習能力の低下などを引き起こすとともに、脳に障害を起こす可能性がある恐ろしいもの」などと警告しています。さらには、「こんな場所は要注意」として、「玄関の隙間や家屋の換気口から、大麻特有の青臭い・甘い匂いがする場合は要注意」、「光量の調節のためには、外の光をシャットアウトして暗闇を作る必要がある。大麻栽培プラントでは、雨戸や遮光カーテン等を閉め、さらに目張りをするなど、外の光の差込みや匂いの漏れなどを防いでいるケースが多い」、「人が生活している様子がないのに「電気メーターが常に早く回っている」、「常にエアコンの室外機が回っている」などの特徴がある」、「必要な作業のため、「連日深夜等に人が短時間立ち寄る」ほか、栽培に必要な「大量の土、肥料、電気設備、植木鉢、ダクトなどを運び込む」、「収穫した大麻を、ダンボールやゴミ袋に詰め込み、人に見つからないように持ち出す」といった特徴がある」などといった専門的な情報まで掲載されており、大変参考になります。

 また、本コラムではたびたび指摘していますが、薬物犯罪は個人的な犯罪ではあるものの、報道によって所属企業名が明かされるケースも多く、レピュテーションを毀損するという意味では企業を取り巻くリスクのひとつと位置づける必要があります。直近でも、麻薬密輸で起訴された東北電力社員の事例や、覚せい剤や麻薬を密輸したとして、覚せい剤取締法違反や麻薬取締法違反などの罪に問われた元楽天社員に、東京地裁が「複数の種類の違法薬物を大量に密輸し悪質」と指摘、懲役5年の実刑判決が出された事例などが報道されています。とかく「人として、社会人としての常識」だからでは、これら組織の中に潜む「常識が異なる異分子」による犯行を防ぐことにはつながらず(あるいは、周囲は気付いていても見て見ぬフリをしている可能性すらあります)、結果として企業に重大なレピュテーションリスクをもたらしかねません。社会情勢や人々の常識等が変化しつつある状況をふまえれば、薬物リスクについても事業者が主体的に役職員等に対して啓蒙していくことが必要な状況だと言えます。

再犯防止推進計画

 政府の犯罪対策閣僚会議は、平成28年12月に成立した「再犯防止推進法」によって推進計画の策定が義務付けられたことに基づき、「再犯防止計画」を策定しています。本計画は、国民が犯罪による被害を受けることを防止し、安全で安心して暮らせる社会の実現を図るため、今後5年間で政府が取り組む再犯防止に関する施策を盛り込んだ初めての計画となります。

首相官邸 犯罪対策閣僚会議

再犯防止推進計画 本文

 まず、本計画の位置づけとして、検挙者に占める再犯者の割合が48.7%の現状をふまえ、安全・安心な社会を実現するためには、再犯防止対策が必要不可欠であるとしたうえで、政府目標(平成33年までに2年以内再入率を16%以下にする等)を確実に達成し、国民が安全で安心して暮らせる「世界一安全な日本」の実現を目指すとしています。その上で、以下の「5つの基本方針」が明示されました。

  • (1) 「誰一人取り残さない」社会の実現に向け、国・地方公共団体・民間の緊密な連携協力を確保して再犯防止施策を総合的に推進
  • (2) 刑事司法手続のあらゆる段階で切れ目のない指導及び支援を実施
  • (3) 犯罪被害者等の存在を十分に認識し、犯罪をした者等に犯罪の責任や犯罪被害者の心情等を理解させ、社会復帰のために自ら努力させることの重要性を踏まえて実施
  • (4) 犯罪等の実態、効果検証・調査研究の成果等を踏まえ、社会情勢等に応じた効果的な施策を実施
  • (5) 再犯防止の取組を広報するなどにより、広く国民の関心と理解を醸成

 さらに、以下の「7つの重点分野と主な施策」がまとめられています。

  • (1) 就労・住居の確保
    • 職業訓練、就労に向けた相談・支援の充実
    • 協力雇用主の活動に対する支援の充実
    • 住居提供者に対する支援、公営住宅への入居における特別の配慮、賃貸住宅の供給の促進 等
  • (2) 保健医療・福祉サービスの利用の促進
    • 刑事司法関係機関と保健医療・福祉関係機関の連携の強化
    • 薬物依存症の治療・支援機関の整備、自助グループを含む民間団体への支援
    • 薬物指導体制の整備、海外における拘禁刑に代わる措置も参考にした再犯防止方策の検討 等
  • (3) 学校等と連携した修学支援
    • 矯正施設内での学びの継続に向けた取組の充実
    • 矯正施設からの進学・復学の支援 等
  • (4) 特性に応じた効果的な指導
    • アセスメント機能の強化
    • 特性に応じた効果的指導の充実
    • 効果検証・調査研究の実施 等
  • (5) 民間協力者の活動促進、広報・啓発活動の推進
    • 更生保護サポートセンターの設置の推進
    • 更生保護事業の在り方の見直し 等
  • (6) 地方公共団体との連携強化
    • 地域のネットワークにおける取組の支援
    • 地方再犯防止推進計画の策定等の促進等
  • (7) 関係機関の人的・物的体制の整備

 このうち、「暴力団関係者等再犯リスクが高い者に対する指導等」については、「警察庁及び法務省は、警察・暴力追放運動推進センターと矯正施設・保護観察所との連携を強化するなどして、暴力団関係者に対する暴力団離脱に向けた働き掛けの充実を図るとともに、離脱に係る情報を適切に共有する」、「警察庁は、暴力団からの離脱及び暴力団離脱者の社会への復帰・定着を促進するため、離脱・就労や社会復帰に必要な社会環境・フォローアップ体制の充実に関する効果的な施策を検討の上、可能なものから順次実施する」といった取り組みを推進することが明記されています。その他、注目しておきたい具体的な取り組みとしては、以下のようなものがあります。

  • 矯正施設における協力雇用主、生活困窮者自立支援法における就労準備支援事業や認定就労訓練事業を行う者等と連携した職業講話、。社会貢献作業等を実施するまた、矯正施設及び保護観察所において、コミュニケーションスキルの付与やビジネスマナーの体得を目的とした指導・訓練を行うなど、犯罪をした者等の勤労意欲の喚起及び就職に必要な知識・技能等の習得を図るための指導及び支援の充実を図る
  • 協力雇用主の要件や登録の在り方を整理するとともに、矯正施設及び保護観察所において、企業等に対し、協力雇用主の意義や、コレワークの機能、刑務所出所者等就労奨励金制度等の協力雇用主に対する支援制度に関する説明を行うなど、適切な協力雇用主の確保に向けた企業等への働き掛けを強化する
  • 保護観察対象者を非常勤職員として雇用する取組事例を踏まえ、犯罪をした者等の国による雇用等を更に推進するための指針について検討を行い、2年以内を目途に結論を出し、その結論に基づき、各府省は各府省における業務の特性や実情等を勘案し、その雇用等に努める
  • 矯正施設及び保護観察所において、薬物事犯者ごとにその再犯リスクを適切に把握した上で、そのリスクに応じた専門的指導プログラムを一貫して実施するとともに、そのための処遇情報の確実な引継ぎを図る
  • 薬物事犯者の中には、地域において薬物乱用を繰り返していたことにより、あるいは、薬物密売者等からの接触を避けるため、従前の住居に戻ることが適当でない者が多く存在することを踏まえ、更生保護施設における薬物事犯者の受入れ、薬物依存からの回復に資する処遇を可能とする施設や体制の整備を推進し、更生保護施設による薬物依存回復処遇の充実を図る
  • 薬物事犯者の再犯の防止等に向け、刑の一部の執行猶予制度の運用状況や、薬物依存症の治療を施すことのできる医療機関や相談支援等を行う関係機関の整備、、連携の状況自助グループ等の活動状況等を踏まえ、海外において薬物依存症からの効果的な回復措置として実施されている各種拘禁刑に代わる措置も参考にしつつ、新たな取組を試行的に実施することを含め、我が国における薬物事犯者の再犯の防止等において効果的な方策について検討を行う
  • ストーカー加害者への対応を担当する警察職員について、研修の受講を促進するなどして、精神医学的・心理学的アプローチに関する技能や知識の向上を図るとともに、ストーカー加害者に対し、医療機関等の協力を得て、医療機関等によるカウンセリング等の受診に向けた働き掛けを行うなど、ストーカー加害者に対する精神医学的・心理学的なアプローチを推進する
  • 刑事施設における、アルコール依存を含む問題飲酒、ドメスティック・バイオレンス(DV)を含む対人暴力等の再犯要因を抱える者に対する改善指導プログラムの実施や、少年院における特殊詐欺等近年の非行態様に対応した指導内容の整備、保護観察所における飲酒や暴力などに関する専門的処遇プログラムの実施など、対象者の問題性に応じた指導の一層の充実を図る
  • 犯罪をした者等の善良な社会の一員としての意識の涵養や規範意識の向上を図るため、社会貢献活動などの取組について実施状況に基づいて取組内容等を見直し、一層の充実を図る
  • 犯罪をした者等が社会復帰する上で、自らのした犯罪等の責任を自覚し、犯罪被害者等が置かれた状況やその心情を理解することが不可欠であることを踏まえ、矯正施設において、被害者の視点を取り入れた教育を効果的に実施するほか、保護観察所において、犯罪被害者等の心情等伝達制度の一層効果的な運用に努めるとともに、贖罪指導プログラムを実施するなど、犯罪被害者等の視点を取り入れた指導等の充実を図る
  • 検察庁・矯正施設・保護観察所等がそれぞれ保有する情報を機動的に連携するデータベースを、再犯防止対策の実施状況等を踏まえ、効果的に運用することにより、指導の一貫性・継続性を確保し、再犯の実態把握や指導等の効果検証を適切に実施するとともに、犯罪をした者等の再犯の防止等を図る上で効果的な処遇の在り方等に関する調査研究を推進する
  • 国民の間に、再犯の防止等に協力する気持ちを醸成するため、少年警察ボランティアや更生保護ボランティア等の活動に関する広報の充実を図る
  • 更生保護施設が一時的な居場所の提供だけではなく、犯罪をした者等の処遇の専門施設として、高齢者又は障害のある者薬物依存症者に対する専門的支援や地域における刑務所出所者等の支援の中核的存在としての機能が求められるなど、現行の更生保護施設の枠組が構築された頃と比較して、多様かつ高度な役割が求められるようになり、その活動は難しさを増していることを踏まえ、これまでの再犯防止に向けた取組の中で定められた目標の達成に向け、更生保護事業の在り方について検討を行い、2年以内を目途に結論を出し、その結論に基づき所要の措置を講じる
  • 矯正施設について、耐震対策を行うとともに、医療体制の充実、バリアフリー化、特性に応じた効果的な指導・支援の充実等のための環境整備を着実に推進する

 なお、直近では、高齢受刑者の1割超を占めるとされる認知症対策として、法務省が、新年度から、東京など主要8か所の刑務所に入所する60歳以上の受刑者に、認知症検査の受検を義務づけることを決めたという報道がありました。早期の診断、治療の機会を確保するとともに、認知症を抱え、出所しても自立が難しい受刑者に刑務所などが協力して社会福祉施設や医療機関の受け入れ先を見つける「特別調整」の利用を指導するなどし、再犯率を下げる狙いがあり、刑務官向けに認知症への対応の研修も新設するということです。

北朝鮮リスクを巡る動向

 北朝鮮が昨年11月29日に弾道ミサイルを発射して以降、弾道ミサイルは発射されていませんが、発射に向けた初期の兆候に関する報道はいくつか出ており、警戒が必要な状況です。現時点では、2月に韓国で開催される平昌オリンピックへの選手派遣や韓国との南北閣僚級会談の再開、歩み寄りの姿勢等に関する話題を中心に相変わらず慌ただしい報道が続くものの、日本にとっての北朝鮮リスク(北朝鮮有事リスクを含む)は高止まったままです。ここでは、北朝鮮リスクを巡る様々な側面とその動向を確認していきますが、まずは、内閣官房が、全国瞬時警報システム(Jアラート)により弾道ミサイルに関する情報伝達が行われた12 道県に居住されている住民の方々を対象に、当日の意識・行動等について、9月に実施したアンケート調査と民間のインターネット調査の結果から紹介いたします。

内閣官房 北朝鮮によるミサイル発射事案に関する住民の意識・行動等についての調査

 本調査結果からは、ミサイルが発射されたことを知った手段としては、平成29 年8月29 日及び9月15 日の2つの弾道ミサイル発射事案についての両調査ともに、「携帯・スマートフォンへの緊急速報メール」が最も多く、緊急速報メール以外の手段では、「テレビ」や「防災行政無線(戸別受信機を含む)」が多い結果となっています。発射直後に知った人は63.4%で、そのうち「実際に避難した」との回答は5.6%にとどまったことから、Jアラートなどで情報が提供されても、避難行動に結び付いていない実態が浮かび上がっています。さらに、発射情報のメッセージで「何をしたらよいかわかった」と回答した人が、9月15日の事案は8月29日の事案に比べて増加したが、70%台にとどまっています。また、弾道ミサイル落下に備えてとるべき身の安全を守るための行動を「知らなかった」と回答した人が、住民アンケート調査では9月15日の事案は8月29日の事案に比べて減少したものの、インターネット調査では両事案で変わらず30%台後半にとどましました。ミサイルが発射されたことを知っても、避難等が不必要と考え避難等しなかった人や、どうしたらよいかわからず避難等できなかった人が多いこと、避難等をしなかった理由については、「避難等しても意味がないと思ったから」、「どこに避難等したらよいかわからなかったから」が多いという結果となりました。本調査結果からは、「身を守る行動」の認知度がまだ十分でないこと、発射から着弾までの時間が短いことから「時間がない」、「意味がない」と最初から避難をあきらめる人が多い傾向にあること、「身を守る行動」同様、「どこに避難すべきか分からない」とする人が多く、具体的な周知に大きな課題が残されていることが明らかとなりました。調査の対象となった2回のミサイル発射以降も弾道ミサイルが発射されていることから、直近の数字がどのように変化したのか興味深いところです。

 また、昨年12月に公表された、内閣府の実施した「外交に関する世論調査」においても、北朝鮮リスクに関する設問がありました。

内閣府 外交に関する世論調査

 本調査における「北朝鮮への関心事項」について、北朝鮮のことについて関心を持っていることを聞いたところ、「ミサイル問題」を挙げた者の割合が83.0%、「日本人拉致問題」を挙げた者の割合が78.3%、「核問題」を挙げた者の割合が75.3%と高く、以下、「政治体制」(44.6%)などの順となっており、前回の調査結果と比較すると、「ミサイル問題」(71.5%→83.0%)、「核問題」(72.1%→75.3%)を挙げた者の割合が上昇し、「日本人拉致問題」(81.2%→78.3%)を挙げた者の割合が低下するという結果となりました。性別で見ると、「日本人拉致問題」を挙げた者の割合は女性で、「核問題」、「政治体制」を挙げた者の割合は男性で、それぞれ高くなっていること、年齢別に見ると、「ミサイル問題」を挙げた者の割合は18~29歳で、「日本人拉致問題」、「政治体制」を挙げた者の割合は50歳代、60歳代で、「核問題」を挙げた者の割合は40歳代、50歳代で、それぞれ高くなっているといった結果となりました。全体的に「ミサイル」への関心が高まっている一方で、前述の調査から見えてきた「具体的な行動」に関する周知が十分な状況にあるのか懸念されます。

 その「具体的な行動」に関する周知状況が懸念される中、「身を守る行動」について、内閣官房から一部修正した内容が公開されています。

内閣官房 国民の保護に関する基本指針の一部変更並びに指定行政機関及び都道府県の国民保護計画の変更

 一部変更された内容としては、「避難に当たって配慮するべき事項」の箇所に、平素からJアラートによる情報の伝達と弾道ミサイル落下時の行動の周知に努めることが明記されたこと、「避難施設の指定」の箇所に、都市部に限らず地下施設等を避難施設に指定するよう配慮すること及び避難施設の収容人数を把握し、地域的な偏りなく、より多くの避難施設を指定するよう配慮することが明記されたこと、「訓練」の箇所に、地下への避難訓練や様々な情報伝達手段を用いた訓練等、弾道ミサイルを想定した避難訓練の内容が例示として追加されたことなどが挙げられます。

国民保護ポータルサイト 避難施設の指定

 なお、内閣官房の国民保護ポータルサイトの「避難施設の指定」のページでは、11月に「コンクリート造りかどうか」、「コンクリート造りのうち24時間避難可能な施設か」、「地下への避難可能な施設か」の項目が追加され、一目で頑丈な建物の情報が分かるようになりました。さらに、ヤフーやグーグルの地図で位置を確認できるようにし、施設までの経路も検索できます。24時間避難可能な施設を明記し、早朝や深夜に駆け込む施設も把握できるようになっており、一度、確認されることをおすすめいたします。
また、同ポータルサイトではミサイル落下時の行動として、建物が近くにない場合は物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭を守ることを呼びかけていますが、前述の通り、「意味がない」とあきらめる傾向にあることに対して、専門家が「水平方向に向かってくる熱線や爆風の直撃を避けるためにも、伏せて頭を隠す行動は重要だ。何もしなければ0%の生存率を高める可能性がある」(平成29年12月13日付産経新聞)と意義を強調していることを付け加えておきたいと思います(原爆が落とされた広島、長崎の爆心地近くでは遮蔽物のない屋外で被爆した人は100~50%と死亡率が高い熱傷などを負った一方で、コンクリート造りの建物内では死亡率が10%以下だった事実もあわせて認識し、決して「意味がない」ことではないことを、あらためて理解いただきたいと思います)。

 さて、北朝鮮に対しては、国連をはじめ、米、EU、日本など各国が独自に(あるいは共通して)多くの企業・組織や団体に対して経済制裁を課していますが、その「抜け道」の存在も明らかになっています。経済制裁の効果はテロ対策同様、国際社会が協調して制裁の網の目を張り巡らせることが何より重要であり、どこか1か所でも穴(抜け道)があれば、全体の効果を減じてしまう(毀損してしまう)という側面があります。

 例えば、日本でも昨年12月に、北朝鮮に本社を持つ19団体が日本国内に保有する資産を凍結する内容の追加制裁を発表していますが、報道(平成30年1月8日付産経新聞)によれば、そもそもこの19団体が実際に国内に資産を保有しているかどうか不明であり、いずれも「資産ゼロ」の可能性があり、その制裁の実効性には疑問符が付くといいます。これと似たようなケースとしては、日本の暴力団の一部の団体幹部が米財務省の制裁リスト(OFAC SDNリスト)に掲載されており、財産の没収や経済取引の禁止が課されているものの、例えば暴力団名義の銀行口座などは(海外であっても)存在するはずもなく、実質的な効果が疑問視されているといったものがあります。

 また、直近では、北朝鮮が石油精製品を公海上で積み替えて(瀬取り)密輸していることが問題となりました。韓国政府が香港船籍のタンカーを拿捕しました(荷主はオランダ企業)が、台湾当局は、タンカーを借り上げていた台湾南部・高雄市にある港湾関連企業の台湾人経営者を摘発しています。報道によれば、経営者は調べに、「中国人男性から仕事を仲介された。給油先が北朝鮮とは知らなかった」と話しているということであり、中国企業がロシア企業からの密輸を手助けしている実態が明らかになっています(さらに、直近の報道によれば、北朝鮮は、アフリカ船籍などの船舶も使い、さらには定期的に船籍を変えるといった手口で制裁を逃れようとしている実態も明らかになっています。したがって、国際社会が連携して「厳格な監視体制」を敷いていくことがこれまで以上に求められています)。このように、ロシア~中国~北朝鮮の密輸ネットワークは、北朝鮮への石油供給を制限する国連安全保障理事会の制裁の大きな「抜け道」と言え、日米韓を中心とした国際社会のより厳格な監視態勢が求められるところです(また、これとは別に、ロシア船籍の複数のタンカーが過去数カ月間に少なくとも3度、海上で北朝鮮の船舶に積み荷の石油精製品を移し替えていたとする報道もあります。香港船籍の貨物船による北朝鮮船舶への移転も確認されているということです)。また、これに関連して、石油精製製品の密輸の流れと反対方向となる資金の流れについても、報道(平成30年1月1日付読売新聞)によれば、監視されやすい資金の流れを捕捉されないよう、購入資金は、北朝鮮・平壌から大量の米ドル札を国際列車で遼寧省丹東に運び、中国の貿易会社からロシアの石油会社へは人民元建てで送金、北朝鮮の担当者が複数人の護衛付きで、スーツケースに詰めた数百万ドルを丹東に持ち込んだこともあったとしています(なお、報道では触れていませんが、参考までに、大量の現金の金融機関等への持ち込みは、以前は資金の出所等をあいまいなままでも対応していた金融機関もありましたが、今ではAML包囲網が形成されたことによって、大量の現金の入金手続きも厳格化されており、大量の現金の保管や取り扱いが難しくなっています)。

 また、経済制裁の「抜け道」としては、他にも、北朝鮮への「日用品」の不正輸出事件で、警察当局が日本人容疑者らを逮捕した事件もありました。輸出された物資は核やミサイルの開発に転用される「戦略物資」ではなく「日用品」に該当するものの、日本政府は対北輸出を全面禁止しており、組織や構造を徹底解明して北朝鮮の物資調達網を壊滅に追い込みたいところです。また、海外出稼ぎ労働者について言えば、北朝鮮への送還を国連加盟国に義務付けてはいるものの、対象は「外貨を獲得する北朝鮮人」に限られており、二重国籍をもつ北朝鮮人や、観光や親族訪問などの目的で他国に入国できる限り、不法就労は続く恐れが高いとの指摘や、外交特権に守られた北朝鮮の外交官も密輸やマネー・ローンダリングで重要な役割を果たしており、監視強化が不可欠といった指摘があります(平成29年12月24日付産経新聞)。

 もう1つ、「抜け道」として機能しつつあるのが、(仮想通貨の項でも取り上げた)サイバー攻撃による仮想通貨の奪取です。破たんした韓国の仮想通貨取引所へのサイバー攻撃などへの北朝鮮の関与も取り沙汰されており、今や外貨獲得手段の細る一方の北朝鮮にとっては「ネット空間が頼り」とでも言える状況です。北朝鮮のサイバー攻撃力アップの背後には、ロシア企業が北朝鮮にインターネットへのアクセスを提供し始めているほか、イランも北朝鮮に装置を提供、北朝鮮のハッカーが南アジアや東南アジアの国々から活動しているといった具合に、世界の一部の国が北朝鮮に何等かの協力をしていると言われています。その他、最近の報道では、「北朝鮮のハッカーらが女性専門職を装い、入社志望や業務提携の提案をし、顔写真と共にマルウエアを仕込んだメールを社員らに送付する手口でサイバー攻撃をしかけている」、あるいは、「仮想通貨の採掘コードをインストールし、採掘した通貨を北朝鮮の大学のサーバーに送る仕組みのソフトウエアが発見された」、「北朝鮮のハッカー集団が昨年の秋ごろから、スマホを使ったインターネットバンキング利用者の暗証番号などを盗む攻撃を開始している」といった状況が散見されており、その手口の巧妙化やバリエーションの多様化、攻撃の激化が確認されていることから、今後、その動向により注視していく必要があると言えます。

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3.最近の暴排条例による勧告事例ほか

(1) 兵庫県の勧告事例

 5年間にわたり指定暴力団神戸山口組直系山健組傘下組織の組員に、毎年50~70万円の用心棒代を支払っていたとして、兵庫県公安委員会は、兵庫県暴排条例に基づき、神戸市三宮の歓楽街でキャバクラやガールズバーを運営する2社に今後利益供与を行わないよう勧告しています。報道によれば、今年5月末に兵庫県警が立ち上げた「歓楽街特別暴力団対策隊」(特暴隊)の一斉調査で本件が発覚したということです。なお、この一斉調査では、三宮の飲食店のうち少なくとも約150店舗が、昭和60年代以降、みかじめ料や用心棒代として2億円超を山健組側に支払っていたことが判明したということですが、どれだけ暴力団の資金源として根深く定着していたものであったかが分かります。なお、本事案では、2社の社長を務める男性が「これから暴力団が必要になると思った」と兵庫県警に話していたとされます。残念ながら、暴力団に脅されて支払っていたというより、自ら暴力団の威力を利用しようとしていたことがうかがわれ、みかじめ料や用心棒代の持つ構図の根の深さを感じさせます。兵庫県暴排条例の第20条(利益の供与の禁止)においては、第1項で、「(1)暴力団員がその人の業務を行うことを容認することの対償として、暴力団員又は暴力団員が指定した者に対し、金品その他の財産上の利益の供与(以下単に「利益の供与」という。)をすること、(2)暴力団員がその人の業務に関する他人との紛争の解決又は鎮圧を行うことの対償として、暴力団員又は暴力団員が指定した者に対し、利益の供与をすること」を何人もしてはならないと定められているほか、第2項でも、「前項に掲げる行為のほか、暴力団員又は暴力団員が指定した者に対し、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなることを知って、利益の供与をしてはならない」とも定められています。本事案については、これらに抵触するものとして勧告が出されたものと推測されます。

兵庫県暴排条例

 なお、参考までに、兵庫県暴排条例は昨年8月1日に改正施行されましたが、第13条(暴力団事務所等の運営の禁止)について、「暴力団事務所等は、(省略)又は都市計画法(昭和43年法律第100号)第8条第1項第1号に規定する第1種低層住居専用地域、第2種低層住居専用地域、第1種中高層住居専用地域、第2種中高層住居専用地域、第1種住居地域、第2種住居地域、準住居地域、近隣商業地域若しくは商業地域においては、これを運営してはならない」とする部分が全国で初めて追加されたものとして画期的なものです(ただし、この改正でも、神戸山口組の移転先とされる拠点を規制することはできませんでした)。それ以外にも、兵庫県暴排条例においては、第2条(定義)において、「準暴力団事務所」として、「暴力団の幹部(法第3条第2号に規定する幹部をいう。)が当該暴力団の活動のために行う連絡又は待機の用に供されている施設又は施設の区画された部分その他の暴力団事務所に準ずるもの」を定めて規制している点が全国の暴排条例の中でもユニークな部分となります(その背景として、本条例施行当時の六代目山口組においては、直参クラスの組長を本部や重要施設に交代で泊まらせて忠誠を誓わせる「参勤交代」的な制度があり、それを念頭に規制の範囲を拡げたものと考えられます)。また、第3条(暴力団の排除)において、「暴力団は、県民生活の平穏を害し、青少年の健全な育成を阻害する等の安全で安心な県民生活に不当な影響を与える存在であることから、県民生活から排除されなければなら」ず、「社会全体として推進されなければならない」と定められている一方で、第6条(この条例の解釈適用)において、「この条例は、暴力団の排除のために必要な限度で適用すべきであって、これを拡大して解釈し、又はこれを濫用し、県民の基本的人権を不当に制限するようなことがあってはならない」とも(わざわざ)定めており、本条例制定当時の県民の「行き過ぎた規制」を懸念する声に一定程度配慮したものとして、全国的にみて極めて珍しいものだったと思われます。今回の事案が象徴するように、暴力団等と県民の間にみかじめ料や用心棒代を巡る構図が、現時点でも根深く存在していることをふまえ、(これまでのように)このような構図に配慮するのではなく、真に「暴力団の排除のために必要な限度で適用」する暴排条例として機能してほしいものだと思います。

(2) 三重県の勧告事例

 三重県警は、事業を行うに関し、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなると知りながら、鉄製バリケードの設置工事をしたとして、事業者の男に、また、情を知りながら、当該工事をさせ、利益の供与を受けたとして、暴力団幹部の男に、それぞれ、三重県公安委員会の勧告書を送達したと公表しています。

三重県警察 三重県暴力団排除条例違反者に対する勧告の実施(組織犯罪対策課)

 なお、三重県暴排条例では、事業者の男については、第19条(利益の供与の禁止)第2項において、「事業者は、前項に定めるもののほか、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、情を知って、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる利益の供与をしてはならない」と定められており、暴力団幹部の男については、第22条(暴力団員等が利益の供与を受けることの禁止)において、「暴力団員等は、情を知って、事業者から第19条の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は事業者に同条の規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与をさせてはならない」と定められており、それぞれ抵触することになります。

三重県暴排条例

 なお、これらの規定については、三重県暴排条例が平成27年7月に改正施行されたときに、新たに「事業活動における勧告対象行為の拡充」として導入されたものです。それまでは、第2項の「情を知って、暴力団の活動を助長し、又は運営に資することとなる利益の供与を行うこと」については、一般禁止事項にとどめており、調査・勧告・公表の対象にしていなかったところ、同改正により、暴力団排除の実効性を担保するために、これまで一般禁止事項にとどめていた第19条第2項違反を、調査・勧告・公表の対象に引き上げたというものです。同様に、同改正では、「暴力団員等に対する勧告対象行為の拡充」として、改正前の条例第22条では、暴力団員等が上記に該当する利益供与を受け、または暴力団員等が指定した者に利益供与をさせることを一般禁止規定にとどめていたところ、第19条について調査・勧告・公表の対象に引き上げることに伴い、これを受ける場合等についても調査・勧告・公表の対象に引き上げています。これらの規制強化の見直しの強化が本事案の勧告につながったものとして評価したいと思います。

 なお、三重県暴排条例については、第25条(飲食店事業者等からの暴力団排除対策)において、「警察本部長及び関係団体は、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律第2条第1項に規定する風俗営業及び食品衛生法第52条第1項の許可を受けて飲食店営業を営む者(以下この条において「飲食店事業者等」という。)が暴力団排除の重要性を認識し、次に掲げる暴力団員の不当な要求を拒否することができるよう、飲食店事業者等に対し、情報の提供、助言、指導その他の必要な支援を行うものとする」として、(1) 縄張(正当な権原がないにもかかわらず自己の権益の対象範囲として設定していると認められる区域をいう。次号において同じ。)内で、営業を営むことを容認する対償としての金品等の支払要求(いわゆるみかじめ料)、(2) 縄張内で、営業を営む者の当該営業に係る業務を円滑に行うことができるようにするため、顧客その他の者との紛争の解決又は鎮圧を行う対償としての金品等の支払要求(いわゆる用心棒代)への対応支援を明記している点が特徴のひとつですが、一方で、第23条(不動産の譲渡等をしようとする者等の責務)及び第24条(不動産の譲渡等の代理又は媒介をする者の責務)において不動産事業者が、第26条(旅館事業者等からの暴力団排除対策)において旅館事業者等が、それぞれ調査・勧告・公表の対象となり厳しく規制されていることと比べれば、飲食店事業者等については、みかじめ料や用心棒代がこれだけ社会的に問題となっている中、その規制がまだまだ緩い点は今後、改善の余地がある(とはいえ、運用の厳格化で対応できる余地もある)と思われます。

(3) 岐阜県の勧告事例

 岐阜県公安委員会は、岐阜県の暴力団組長が盃事の儀式に使用するため毛筆で書いた幕30枚の制作を依頼し、同県内の書道家が請け負ったとして、暴力団組長と書道家に対して、岐阜県暴排条例に基づき勧告を行っています。本事例については、岐阜県暴排条例第15条(利益の供与の禁止)第2項「事業者は、前項に定めるもののほか、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、情を知って、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる利益の供与をしてはならない」との規定、また、第17条(暴力団員等が利益の供与を受けることの禁止等)において、「暴力団員等は、情を知って、事業者から当該事業者が第15条の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は事業者に当該事業者が同条の規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与をさせてはならない」との規定にそれぞれ違反することになります。

岐阜県暴排条例

 なお、同様に書を利益供与の対象として勧告を行ったのは全国で初めての事例としては、平成28年12月に行われた「事始め式」で使う毛筆の書を作成したとして愛知県公安委員会が、同県内の美術家の男に対し、愛知県暴排条例に基づき、利益供与をやめるよう勧告、また、書の作成を依頼した指定暴力団六代目山口組系組長と弘道会系組長にも同条例に基づく勧告を行ったものがありました。

(4) 埼玉県暴排条例の改正

 以前の本コラム(暴排トピックス2017年9月号)でご紹介した通り、埼玉県暴排条例の改正案が埼玉県議会で可決され、平成30年4月1日より改正されることとなりました。

埼玉県 埼玉県暴力団排除条例が改正されます

 主な改正内容については、大宮駅周辺の一部地域を暴力団排除特別強化地域に指定するとともに、当該地域の風俗営業等の営業に関し、暴力団員に用心棒料等の利益供与を行うこと等の禁止行為を定め、同禁止行為に罰則を科すものとなります。なお、「暴力団排除推進特別区域」の指定自体は、山梨県や新潟県等でも既に改正施行されているところですが、実は関東圏では、東京都や神奈川県の暴排条例でいわゆる大繁華街を対象とした区域の指定は行われておらず、関東圏の大繁華街のひとつである「大宮地区」を指定することは大きな意義があることだと言えます。また、今回の改正の2つ目のポイントとして、その制裁について、禁止行為に違反した場合の罰則まではなかったところ、新たに、条例で定められた特定の場所で暴力団員であることを知って利益供与等に応じた場合、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる(いわゆる直罰規定)が設けられ、規制が強化された点も挙げられます。みかじめ料や用心棒代による暴力団による資金獲得活動を厳しく制限するものとして、今後に期待したいと思います。


 なお、埼玉県警のHP上では、分かり易い「埼玉県暴排条例Q&A」が公表されているほか、検挙状況や中止命令事案についても公開されていますので、参考になります。

埼玉県警察 暴力団犯罪の検挙・中止命令等の発出状況

 暴力団の検挙状況については、主要3団体と呼ばれる六代目山口組、住吉会、稲川会の占める割合は、(少し古いデータですが)平成27年は88%を占めており、検挙人員の内訳では、住吉会584人、六代目山口組247人、稲川会179人、極東会69人、その他67人となっています。また、埼玉県警察が、暴力団対策法に基づき、指定暴力団員等に対して発出した「中止命令」、「再発防止命令」の数は、暴力団対策法が施行された平成4年3月1日以降高水準で推移し、平成28年中は、中止命令82件、再発防止命令3件だったということです。なお、(少し古いですが)平成28年中に発出された主な中止命令事案として、以下が紹介されています。

  • 指定暴力団員がキャバクラ店を訪れ、従業員に対し、みかじめ料の支払いを求めて断られると、同店のオーナーに電話をかけ、「お宅の従業員に付き合いを断られたんだけど、どういうつもりなんだ。」等と告げて、みかじめ料を要求した事案
  • 指定暴力団員が居酒屋を訪れ、従業員に対し、「うちと年末のしめ飾りを付き合ってくれ。」等と申し立て、「オーナーに聞かないと、私の一存では決められません。」と言われると、「また来るから。オーナーによく言っておけよ。」等と告げて、しめ飾りの購入を要求した事案
  • 組織の活動のため組長等幹部から度々呼び出され、家族との時間も取れないことに嫌気がさし、「家族にこれ以上迷惑をかけられないので、もう組織とは関わりを持たない。」と申し出た者に対し、指定暴力団幹部が「自分勝手なことを言うんじゃない。こっちに来て組長にちゃんと説明しろ。」等と告げて、暴力団からの脱退を妨害した事案
  • 指定暴力団員が、組織を逃げ出し行方をくらましている者の実父宅を訪れ、同人に対し、「あんたの息子は組に借金をして逃げた。お父さんの所に取り立てに来ては困るだろう。息子の居場所を教えろ。」等と告げて、息子の住所又は居所の教示その他の情報の提供を強要した事案

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