暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

リスクを指す人のイメージ画像

【もくじ】―――――――――――――――――――――――――

1.反社リスク対策の今後の方向性(2)

1) 反社チェック実務の深化

2) 事業者における反社リスク対策の現状~平成28年政府指針アンケート

2.最近のトピックス

1) 特殊詐欺を巡る動向

2) テロリスク/テロ資金供与対策(CTF)の動向

3) アンチ・マネー・ローンダリング(AML)の動向

・米財務省による経済制裁指定

・犯罪組織の連携

4) 捜査手法の高度化を巡る動向

5) 薬物を巡る動向

6) カジノ/IR法案を巡る動向

7) フィンテック/ブロックチェーン/仮想通貨を巡る動向

8) 忘れられる権利の動向

9) 犯罪インフラを巡る動向

・格安スマホ

・不動産事業者

・バイク便

・記録の不備

10)その他のトピックス

・反社債権の買い取り等の状況

・暴力団との密接交際と専門家リスク

・宅配事業からの暴排

・株主からの暴排

・生活口座の解除

・再犯防止対策

・工藤会を巡る裁判の動向

3.最近の暴排条例による勧告事例ほか

1) 警視庁による公共工事からの排除要請事例

・神奈川県

・川崎市

・横浜市

・稲城市

・東京都および港区

2) 暴力団対策法に基づく中止命令の発出事例(群馬県)

3) 利益供与違反(参考)

1.反社リスク対策の今後の方向性(2)

1) 反社チェック実務の深化

 指定暴力団六代目山口組が平成27年8月に分裂して1年半が経とうとしていますが、現時点で、新たに指定暴力団となった神戸山口組ともども、「特定抗争指定暴力団」に指定される事態や、資金的に大きな打撃となる組長ら幹部に対する使用者責任が問われる事態を避けたいためか、表立って激しい抗争には至っていない状況が続いています。例年12月に執り行われる「事始め」では、新たな年の方針が示されますが、今年は、六代目山口組は「和親合一」、神戸山口組は「風霜尽瘁」が掲げられました。「和親合一」は三代目田岡組長の時代に定められた組の綱領に含まれる言葉で、神戸山口組との抗争状態にある中、改めて組織の団結を求める狙いがあるものと推測されます。一方の「風霜尽瘁」は、厳しい状況下でも全力を尽くすという意味があります。
 なお、六代目山口組は分裂前には直系団体が72団体ありましたが、現在は53団体と減少した一方で、13団体で結成された神戸山口組は25団体となりました。ただ、報道によれば、当初目立った六代目山口組から神戸山口組への移籍だけでなく、神戸山口組から六代目山口組への逆流や、指定暴力団住吉会への流出なども実際に起きており、暴力団の世界では絶対と言われた「盃」がもはや意味を成さず、暴力団は、今や、大義も忠誠心もない、「金」「シノギ」至上主義の、専ら犯罪によって組織を存続させているだけの「犯罪組織」でしかないことを実感させられます(例えば、暴力団対策法における指定暴力団の指定の要件として、「組の威力を使って資金を得ている」「犯罪歴がある組員が一定以上いる」「組長の下、階層的に構成されている」の3つが規定されていますが、「組織の統制」が崩壊しつつあるのであれば、そもそも「指定暴力団」への指定自体が揺らぎかねない状況にあるのではないでしょうか)。
 (それまでも萌芽はありましたが)山口組の分裂を契機として、社会全体による暴力団排除の厳しい包囲網に対して、正に「暴力団の終焉の始まり」の最終ステージに突入したといえ、暴力団を中核とする反社会的勢力のあり様の変化・変質に対して、社会や事業者は、その動向を冷静に見極め、反社リスク対策の本質を見失うことなく質的向上に努めていく必要があります。

 さて、「反社リスク対策の本質を考える」とは、例えば、後述する「忘れられる権利」と関連しますが、今後、暴力団の非合法化が実現する一方で、匿名報道化傾向やネット配信記事の削除(削除要請への報道機関の対応等も含む)が進んだ場合、反社チェック実務は極めて難しい状況になるという変化に本質的に対応していくことを意味します。詐欺事件や薬物犯罪などの報道において、「匿名での報道」「元暴力団員等の属性の報道がなされない」「ネット配信記事が早期に削除される」ことなどが行われるようになれば、事業者の反社チェックにおいては、それらの情報をリスク情報として認識することが難しくなる(そもそもアクセスすること自体が困難になる)ため、結果的に目の前のリスクを見逃してしまうおそれが高まる(=反社チェックの精度が落ちる)状況が容易に想定されます。

 さらには、たとえ暴力団が非合法化されても、所属していた暴力団員やその周辺者が自動的に「シロ」と認定されることはあってはならないと考えられる(ただし、時間の経過とともに自動的に「クロ」とする判断の合理性・妥当性には問題が生じるでしょうし、そもそも警察の情報提供のあり方がどう変わるかも実務にとっては極めて重要な問題となります)一方で、属性に関する情報収集や属性のみでの取引可否判断がこれまで以上に難しくなることも間違いないところです。さらには、「5年卒業基準」が機械的に判断基準として使われることの問題はこれまで以上に顕在化・深刻化することになります。
 そして、この問題をさらに複雑にする要因としては、「離脱者支援対策」の観点もまた重要であるという点があげられます。離脱者支援は再犯防止対策と関連付けながら、まずは国や自治体が主導して行うべきではありますが、今後は事業者や社会全体の認識の変化も求められることになります。単なる非合法化による離脱と、真に更生をしたい者とをリスク管理上どう区別するかは、企業姿勢に関わる問題でありながら、後者に対する社会全体の理解が進まない限りは、厳格なリスク管理と離脱者支援の適切なバランスがうまく機能していかないと考えられます。今年は、そのあたりの議論が深まることを期待したいと思います。

 また、反社チェックの実務については、上記のような問題に加え、反社データベース(DB)の限界(そもそもDBは、過去のリスク情報の集積であり、「今」の属性を100%正しくは反映できない限界があります。一方で、「今」を把握している警察庁と銀行との間で、今年、DB連携がいよいよ本格化しますが、その提供範囲や利用範囲は大きく制限されています)を前提に、企業実務としては、DBへの過度の依存からより「実務に即したモニタリング」を重視する方向に力点を移していく必要があり、新規取引開始時のチェックの限界(抜け穴)をモニタリングによってカバーしていくという視点から実務を再構成していくことが求められます。例えば、賃貸事業においては、新規契約時・更新時にDBをフルに活用して、「契約者」「入居者」「保証人」等のチェックを行うことが一般化していますが、反社チェックや反社会的勢力排除の本質(反社リスク対策の本質)は、「真の受益者からの排除」であり、「実際の居住者が誰か」「実際の利用状況は適正か」の確認こそが本来チェックすべきことです。
 したがって、不審者の出入りをはじめ、端緒情報をどのように収集するか(相談・受付窓口の設置と周知、見回りや監視カメラの設置等の対応が考えられます)を実務に即した形で検討し、実践していくことが、反社チェックの精度を上げることに直結します。さらに、この取り組みは、特殊詐欺のアジト対策等にも有効となります。実務上、モニタリングには何らかの負荷がかかるものですが、「実務に即した」手法をとることで、負担感を軽減しつつ実効性のある取り組みが可能となるものと考えられます。

 また、モニタリングの充実と関連して、AI(人工知能)等の活用も今後は考えられるところです。例えば、京都府警は、国内で初めて「予測型犯罪防御システム」を導入しました。過去の膨大なデータや犯罪心理学等の理論等から導かれるアルゴリズムを用いて、犯罪が起きやすい地域や時間帯などを予測し、捜査や犯罪防止に活かすとされており、実際に成果も出始めているようです。同様に、事業者の中でも、ビッグデータと独自アルゴリズム等を駆使して不正検知を行う取組みが、与信審査や不審な口座の動きを抽出するモニタリング・システムなどの場面で既に活用されています。
 ただ、犯罪者側も、AI等の最新技術はもちろん、新たなスキームの活用や、高度化する「犯罪インフラ」事業者との連携や海外の専門家との連携によって、事業者側のチェックやモニタリング・システムを突破しようとしてくることが予想されます。事業者としては、自らのビジネスの健全性を担保するためにも、これら反社会的勢力をはじめとする犯罪者との戦いを続けていくことになります(今後のそのような戦いにおいて、当社も、当社DBや危機管理サービスが皆さまのビジネスに広く役立つことを目指していきます)。ただし、一方で、DBやモニタリング・システムへの過度な依存によって、誤検知による審査不通過や口座凍結・契約解除等の不利益につながる事例等も増えています。100%の精度でない以上、実際の運用にあたっては、負の側面にも配慮しながら、機械的な判断に加えて「人」による最終的・総合的な判断が必要不可欠であることは言うまでもありません。

 さて、これら反社チェックの今後のあり方や課題をふまえれば、過去のリスク情報に幅広くアプローチして、過去の「属性」や「行為」その他のリスク情報を収集して判断材料としつつ、目の前の対象者の「現状」を事業者なりの視点で確認するという、反社チェック(入口管理・中間管理)の基本プロセスの一つひとつに、自社のリスク管理の姿勢が深く反映されることになります(なお、現状でも、金融機関の中には、特殊詐欺対策のひとつとして、口座売買防止などの「受け子」対策を重要視して、新規口座の開設時に生年月日と「下の名前」で反社DB検索を行っているところもあります。名字は養子縁組や偽装結婚等で変更可能との理由からですが、実務的には相当負荷がかかるとはいえ、当該金融機関のリスク管理のスタンスが反映されています)。このように、(今がその潮目でもある)反社会的勢力や社会の変化に対応した自立的・自律的なリスク管理が今後ますます重要となり、それこそが、「反社リスク対策の本質を見失うことなく質的向上に努めていく必要がある」と指摘した意味となります。

2) 事業者における反社リスク対策の現状~平成28年政府指針アンケート

 警察庁や全国暴力追放運動推進センター、日本弁護士連合会(日弁連)民事介入暴力対策委員会が定期的に行っている「『企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針』(以下「政府指針」)に関するアンケート」の平成28年度版(以下「28年アンケート」)が公表されています。本アンケートは、過去にも平成24年と平成26年にも実施されていますので、それらと比較しながら、反社リスク対策の現状について確認してみたいと思います(なお、過去のアンケート結果の分析については、暴排トピックス2016年12月号を参照ください)。

警察庁 「平成28年度 企業を対象とした反社会的勢力との関係遮断に関するアンケート(調査結果)」

警察庁 平成26年度「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」に関するアンケート(調査結果)

警察庁 平成24年度「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」に関するアンケート(調査結果)

 28年アンケートは全国10,000社を対象として実施され、3,210社からの回答を得ています(回収率32.1%)。なお、24年アンケートと26年アンケートの間では問題として指摘した属性の相違ですが、26年アンケートと今回の28年アンケートでは、業種・所在地・売上高・従業員数等の属性の分布に留意すべき大きな差異は認められませんでした。

 まず、「過去5年間に反社会的勢力からの不当要求を受けた経験がある」企業の割合は、全体の2.8%(89社)となりました。前回、24年アンケートでは11.7%(337社)、26年アンケートでは4.0%(107社)と2年間で3分の1まで激減するという結果でしが、今回はさらに減少する結果となり、反社会的勢力からの不当要求については、その手口の巧妙化(反社会的勢力からの不当要求と気付かない)や申告しにくいといった事情を考慮しても、暴排実務の浸透により、確実に減少していることが確認できたと評価できると思います。

 さらに、今回、不当要求に応じた89社について、その頻度をみると、「4~5年に1回程度」が20.2%と最も多く、全体の57.3%の企業が1年に1回以上の不当要求を受けていたとの結果となりました(26年アンケートでは、1年に1回以上の不当要求を受けていた割合は51.4%でしたので、やや上昇しましたが)おおよその傾向としては前回と大きな変化はありません。また、相手方をどのように認識したかをみると、「社会運動標ぼうゴロ(えせ同和等)」が34.8%と最も多く、以下「政治活動標ぼうゴロ(えせ右翼等)」29.2%、「相手が何者かわからなかった」27.0%、「暴力団員ではないが、暴力団(暴力団員)と何らかの関係を有する者」24.7%、「暴力団員」15.7%と続いています。この点、24年アンケートでは、「暴力団員ではないが、暴力団(暴力団員)と何らかの関係を有する者」が最多でしたが、今回は26年アンケートとはほぼ同様の傾向となりました。さらに、不当要求行為の内容をみると「機関紙(誌)、書籍、名簿等の購読(入)を要求する行為」が44.9%と最も多く、以下「因縁を付けて金品や値引きを要求する行為」20.2%、「寄附金、賛助金、会費等を要求する行為」13.5%と続きますが、24年アンケートや26年アンケートと比べて(多少の順位の変動はあっても)上位の顔ぶれにあまり変化はないことが分かります。

 また、不当要求に対してどのように対応したかをみると、「警察、暴力追放運動推進センター、弁護士等の外部の専門機関と連携し対応した(法的措置も含む)」が39.3%と最も多く、以下「代表取締役等のトップ以下、組織として対応した」37.1%、「反社会的勢力対応部署が対応した」33.7%と続きます。この点は、24年アンケートと26年アンケートでは「組織として対応した」がトップでしたが、外部専門家の連携がより進んだと見ることも可能かと思います。なお、「担当者のみで対応した」が22.6%→29.0%→20.2%と推移し、いずれにおいても一定程度の割合となっていますが、案件として問題のないのであればよいのですが、対応を担当者任せにしているとの結果であれば、改善が必要な項目であると指摘できると思います。一方で、「暴力団排除条項を活用し対応した」とする割合が、0.9%→3.7%→5.6%と着実に増加傾向にある点は、外部専門家の連携の傾向とあわせれば、不当要求対応・出口対応としては、実務として定着しつつある状況がうかがえます。

 ただ、「不当要求には一切応じなかった」企業が72社(80.9%)となっている一方で、「不当要求の一部に応じた」が14社、「不当要求に全て応じた」が3社あり、過去5年間に応じた不当要求の合計金額をみると、「1万円以上10万円未満」が7社と最も多く、「10万円未満」の要求に応じた企業が11社と過半数を占めた一方で、1000万円以上の要求に応じた企業も2社という結果となりました。この点も前回と大きな変化はありませんが、いまだに巨額の不当要求に応じている企業が存在することが残念であり、この事実こそ反社会的勢力のアプローチがなくならない理由であると思われます。

 また、「指針」に沿った取組を行っているとする企業1,562社について、その取組内容をみると、「契約書・取引約款等に暴力団排除条項を盛り込んでいる(又は盛り込む予定である」が79.6%(1,244社)と最も多く、以下、「反社会的勢力対策の基本方針を示し、社内外に宣言した」46.4%、「反社会的勢力との関係遮断について、社の内規に明文規程を設けている」45.1%と続きます。実は暴排条項の導入(予定も含む)割合は、24年アンケートと同水準で26年アンケートより8%ほど低下しています。これをどう評価するか難しいところですが、(数値の変動理由というよりも)全体として取り組みの浸透がまだ不十分であることを示唆していると考えるべきだと思います。企業姿勢の明確化や規程の制定、社内研修の実施状況も同様であり、反社リスク対策のベースとなるこれらの取り組みの間に「正の相関関係」があることから、今一度、底上げを図っていく必要を感じます。
【注】 この正の相関関係については、当社が平成21年3月に公表したレポートにおいて、「全体として、『総合評価』と、『企業姿勢』中の『社内周知』及び『社員教育』、『規程類の整備』との間に比較的強い正の相関があり(『社内周知』との相関係数0.676、『社員教育』との相関係数.681、『規程類の整備』との相関係数0.655)、『総合評価』の高い企業は、『社内周知』及び『社員教育』、『規程類の整備』の達成度が高い傾向にあることが確認された(P15))と指摘しています。

エス・ピー・ネットワーク 「SPNレポート~企業における反社会的勢力排除への取組み編」コンプリート版

 なお、「契約書・取引約款等に暴力団排除条項を盛り込んでいる(又は盛り込む予定である)」と答えた企業1,244社のうち、当該条項を活用して契約等を解約・解除した企業は11.0%という結果ともなっています。24年アンケートでは9.5%、26年アンケートでは10.7%でしたので、着実に増加していると言えますが、むしろ、横ばいでまだまだ活用事例が少ないと考えるべきだと思います。
 また、「反社会的勢力情報を集約したデータベースを構築している(又は構築する予定である)」と答えた企業282社について、情報の蓄積件数をみると「1万件以上5万件未満」が33.0%と最も多く、「1万件以上」の情報の蓄積件数を有する企業が全体の6割以上を占めています。これについては、DBを構築(予定も含む)割合が18.1%である一方で、「金融」「不動産」業界が本アンケート回答企業全体の23.7%を占めていることを考えれば、保有情報「1万件以上」の割合が高いのも理解できるところです。
 また、これら金融・不動産業界においては反社チェックを既に組織的に実施している割合が高いことをふまえれば、それ以外の業種においては、むしろ反社チェックの実施率やDB構築・共有がまだまだ進んでいない状況と懸念されます。これを裏付けるものとして、反社会的勢力の情報を収集しているとする割合(31.4%)やDBを共有しているとする割合(20.1%)を考慮しても、(複数回答であるため)DB等を適切に活用している割合は多くはないことがうかがえることがあげられ、反社チェックの実務レベルについてはまだまだ発展途上であると言えると思います。
 なお、関連して、情報を入手する方法については、「警察から情報提供を受ける」が24.1%と最も多く、以下「加盟している業界団体等から情報提供を受ける」23.9%、「無料のインターネット検索を利用する」19.1%、「暴力追放運動推進センターから情報提供を受ける」15.1%と続きますが、これらは26年アンケートとほぼ同じ傾向を示していますが、警察や暴追センターからの情報提供やインターネット風評チェックの実施は、反社チェックを適切に実施している企業(おそらくは金融・不動産、あるいは上場企業を中心とした層)とほとんどが重なることが考えられます。その結果、一部のそのような企業以外の多くの企業においては、警察・暴追センターやインターネットの活用が不十分であるとの実態が浮かび上がります。

 24年アンケートや26年アンケートの結果同様、28年アンケート結果においても、反社リスク対策を巡る取組み実態については、全体的には大きな進捗があったとは評価しにくいこと、金融機関や不動産業、上場企業等の取組み状況とそれ以外の取組み状況とではまだまだ差があることが推測されること、したがって、全体的な傾向としては、数値が示している以上にまだまだ十分とは言えないレベルにあると捉える必要があると言えます。

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2.最近のトピックス

1) 特殊詐欺を巡る動向

 特殊詐欺を巡る動向にこの1年間で様々な変化が生じています。

 例えば、振り込め詐欺被害が全体的には減少傾向にあるのとは逆に、以前猛威をふるって最近は下火であった「還付金詐欺」被害がここにきて急増しています。その背景には、振り込め詐欺が「だまされたふり作戦」などによって逮捕されるリスクが高くなっているのに対して、還付金詐欺では実際に引き出される場所が遠隔地であることから容疑者特定に時間がかかるなど逮捕されるリスクが低いことが考えらますが、それ以外にも、詐欺の手口は(よく言われるように)10年前後の周期で一巡していることとも関係があるように思われます。還付金詐欺は、「自治体や税務署、年金事務所などの職員を名乗り、医療費や税金などの還付手続があるかのように装ってATMまで誘導し、ATMの操作を指示して、犯人の口座へお金を振り込ませ、だまし取る詐欺」ですが、前回は平成18年頃から流行り始め、オレオレ詐欺や架空請求詐欺の減少と入れ替わるように急激に増加し、平成19年11月に振り込め詐欺の一類型となっています。その後は、取り締まり強化や防犯対策の強化などから減少しましたが、平成23年頃から再び増え始め、(後述するように)平成28年1~11月に全国での被害額は38億円を超え、前年同期の約1.7倍に急増している状況となっています。

 また、注目される変化としては、犯罪インフラの代表格であった「レンタル携帯」に代わり、「格安スマホ」が悪用される事例が急増している点も挙げられます(この点は犯罪インフラの動向の項で後述します)。「レンタル携帯」に対する当局の摘発の厳格化に対応した変化とも言えますが、共通項は「本人確認手続きの脆弱性」にあります。昨年は、レンタル携帯事業者やアジトを提供する悪質な不動産事業者、バイク便事業者、インターネット合鍵事業者等の摘発が相次いだほか、サイバー攻撃等による情報の窃取、ネット不正送金、ダークウェブや仮想通貨などの新たな技術やスキームの登場(悪用)など、いずれも「犯罪インフラ」事業者自ら、あるいは犯罪組織と密接に連携しながら、犯罪の高度化を支えているという構図が一層明確になったことも大きな変化だと言えます。また、「犯罪インフラ」として犯罪を助長しているものとして、診療報酬制度や生活保護受給、介護給付金制度など行政等の「審査の甘さ」や「モニタリング態勢の脆弱性」も際立ったと言えます。

 さらに、大阪など関西圏での特殊詐欺被害も急増しています。昨年は遂に被害額が50億円を超えて過去最悪となる見込みであり、大阪府警も、これまで、ひったくりや路上強盗、自動車盗、強制わいせつなど、地域住民に大きな不安を与える9種類の街頭犯罪を「重点犯罪」に指定し、抑止対策を進めてきたところ、今年1月から特殊詐欺も新たに追加して重点的に対策を強化するとのことです。そもそも大阪は、平成23年のオレオレ詐欺の被害額が全国で107億円あった中でも、わずか5500万円の被害額にとどまるなど、特殊詐欺の被害に遭いにくい土地柄と言われていましたが、最近は関西の詐欺グループの台頭などによって、高齢者を中心に被害が急増している状況(特に還付金詐欺の被害額では全国最多)にあります。

 このように、時の経過とともに犯罪の手口やターゲットは変化するものですが、逆に犯罪組織から見れば、取り締まりや対策の進化や失敗事例を教訓に手口等を洗練させながらも、常に「脇の甘いところ」に向けてシフトし続けている結果であるとも言えます。犯罪の動向を注視していくことの重要性は正にこの点にあり、反社リスク対策にも同じことが言えますが、日々発生している事件から手口やターゲットの変遷を感じ取り、(いたちごっこではあるとはいえ)犯罪組織の動向に対して先んじて対策を講じ、強化していくことが重要だと言えます。

 さて、例月同様、警察庁から平成28年1月~11月の特殊詐欺の認知・検挙状況等が公表されていますので、簡単に状況を確認しておきたいと思います。

警察庁 平成28年11月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

 同期間における特殊詐欺全体の認知件数は、12,680件(前年同期12,312件、前年同期比+3.0%、以下同じ)、被害総額は、351.5億円(同417.0億円、▲15.7%)と件数の減少傾向の底を打ったように感じられる一方で、被害額の減少傾向はまだ続いています。類型別では、オレオレ詐欺の認知件数は、5,205件(同5,324件、▲2.2%)、被害総額は、140.3億円(同150.5億円、▲6.8%)、架空請求詐欺の認知件数は、3,291件(同3,591件、▲8.4%)、被害総額は、136.5億円(同158.3億円、▲13.8%)、金融商品等取引名目の特殊詐欺の認知件数は、312件(同545件、▲42.8%)、被害総額は、22.8億円(同62.6億円、▲63.6%)とやはり減少傾向が続いています。一方、前述した通り、融資保証金詐欺の認知件数は、372件(同365件、+1.9%)、被害総額は、6.3億円(同4.6億円、+37.0%)、還付金詐欺の認知件数は、3,327件(同2,111件、+57.6%)、被害総額は、38.8億円(同22.5億円、+72.4%)と急激な増加傾向を示しており、高齢者を中心とした対策の強化が急がれます。

 また、直近に報道された振り込め詐欺対策について、以下の通りご紹介しておきたいと思います。

  • 岐阜県信用金庫協会は、県内5信金が今年1月から、70歳以上の人を対象に、ATMからのキャッシュカードによる現金振り込みを制限すると発表しています。70歳以上でATMからの現金振り込みを1年以上していない人の振込限度額を「0円」にするもので、高齢者を狙った振り込め詐欺を防ぐ狙いがあるということです。
  • 愛知県警が同県内の3地方銀行に対し、キャッシュカードを一定期間利用していない高齢者が振り込みしようとした場合、限度額を「0円」に設定するよう要請しています。同県内の全15信用金庫では既に同じ仕組みを導入済みであり、顧客数がより多い銀行で導入が実現すれば特殊詐欺被害の減少につながるとみているということです。
  • 振り込め詐欺などの特殊詐欺グループに電話回線が悪用されていたとして、NTTコミュニケーションズが東京都内の業者に卸していた約5,900番号分の固定電話を解約したと報じられています。電気通信事業法で提供義務が厳しく課されている固定電話が犯罪利用を理由に大量解約されるのは初めてであり、今後も同様の取り組みを継続することで、犯罪インフラ化を阻止していただきたいものです。

【注】 同じような構図として、平成26年に中国向け「中継サーバー」を通じたサイバー攻撃にNTTの光回線が悪用されていたという事例がありました。本コラムでは、当時、「日本の通信回線事業者の回線利用契約において犯罪利用などの禁止条項がなく、悪質業者でも接続環境が維持される状況にあること、少なくとも犯罪インフラとして犯罪組織の活動を助長するような悪質な利用者を排除することが社会的に要請されている状況を鑑みれば、インフラ事業者においても、事業の健全性が企業の社会的責任(CSR)の中に位置付けられている以上、何らかの自主規制、事前チェックやモニタリングの仕組み等の導入といった取組みも求められる」と指摘していたところ、平成27年12月にNTT東日本・西日本の両社は、警察からの情報提供などで回線を通じた不正接続などが判明した場合、会社の判断で契約を解除できるとする条項を新たに設けました。他人になりすました通販サイトへの不正接続や、ネットバンキングの不正送金などが対象であり、これによって、サーバーの犯罪インフラ化の抑止や被害の軽減につながるものと期待されています。

2) テロリスク/テロ資金供与対策(CTF)の動向

 昨年はバングラテロなど日本人もテロに巻き込まれるリスクが顕在化しましたが、テロの脅威は国内外を問わずもはや他人事ではありません。事業者にとっても、従業員の安全確保や内通者対策、インフラ等重要施設や工場、多数の人を集める施設等を中心とした安全確保(内外からの脅威への対策)、事業継続などの観点から、今年はテロリスク対策に本腰を入れていく必要があります。さらには、「従業員からのテロリストの排除」の視点も、正にリアルなリスクとして検討すべき状況と言えます(ホームグロウン型かつローンウルフ型のテロリストが世界中で増えている中、日本だけ例外であるはずがありません)。2020年を見据えて、今後、従業員の思想の急進化などの端緒を組織として迅速に把握すること、カウンセリング等による急進化の抑止などの対策も事業者には求められるようになると思われます。加えて、「命を守る」ための実践的な教育も必要です(この点については、暴排トピックス2016年7月号などを参照ください)。「日本ではテロは起こらない」といった甘い認識・幻想を打破すること、厳しい現実から目を背けることなく、近い将来起こり得るテロの脅威に正面から向き合うことが、死に直結するリスクへの対応として不可欠だと言えます。

 さて、国際的なテロ包囲網に日本も参画するうえで必要不可欠と言える「共謀罪」については、2020年の東京五輪やテロ対策を前面に出す形で、罪名を「テロ等組織犯罪準備罪」に変えるなど、テロ対策の一環として明確に位置づける、過去の法案では「団体」としていた適用対象を、テロ組織や暴力団、振り込め詐欺集団などを念頭に置いた「組織的犯罪集団」と明記し、「4年以上の懲役.禁錮の罪を実行することを目的とする団体」と限定、また、「組織的犯罪集団としての活動」「2人以上の具体的な計画」「犯罪実行の準備行為」などを犯罪の構成要件とする方向で見直しがなされ、先の臨時国会での審議が期待されていましたが、結果的に審議入り自体が見送られています。それに対し、政府は、間もなく開会する通常国会に提出する方針を打ち出しました。ただし、不法逮捕や人権侵害につながるとして、野党をはじめ、日弁連や世論などの反対は根強く、過去3回廃案になった経緯があります。今回も強い抵抗が予想されますが、テロリスクのみならず反社リスクを低減させる可能性を秘め、国際的な犯罪対策の連携に貢献するという意味からも、速やかな条約の批准(180カ国以上が締結している国際組織犯罪防止条約)と法整備(共謀罪/テロ等組織犯罪準備罪)が求められていると言え、その成立に向けた動向に注目したいと思います。

 また、テロ資金供与対策(CTF)については、テロの脅威がいまだ続くEUでは、欧州委員会が、高額の現金の持ち運びの管理強化や国境をまたぐテロリストらの資産凍結・差し押さえの効率化などを柱とした新たな対策をまとめたとの報道がありました(平成28年12月21日付日本経済新聞)。具体的には、EU域内への出入りの際に1万ユーロ(122万円)以上を持ち運ぶ人の管理を強化する、現行の税関申告の対象に含まれていないプリペイドカードへの検査や、郵便小包や貨物輸送を使った現金輸送への監視も強める、EU域内の国境をまたぐ資産凍結・差し押さえ命令の執行手続きを簡素化する、アンチ・マネー・ローンダリング(AML)強化に向け、現行では加盟国によって規制にバラつきがあったものを、EU域内の最低ルールを定め、マネー・ローンダリングを巡る域内の犯罪認定や処罰基準をそろえる、といった内容となっています。

 関連して、ドイツのベルリンで昨年12月に発生したトラック突入テロにおいては、その容疑者について、モロッコ政府の情報機関が、昨年9月と10月に「ドイツ国内のIS関係者と連絡をとっている」とドイツの情報機関に伝え警告していたこと、容疑者がドイツで難民申請を却下され、チュニジアに送り返されるはずだったが手続きが滞っていたこと、当局が容疑者を「危険人物」と認識しながら凶行を許したこと、イタリアで警察に射殺されるまでに、フランスを含め少なくとも4回、国際指名手配されていたにもかかわらず国境を越えていたことなどが判明しています。危険人物の監視体制や国境の監視体制などが十分に機能していなかったことが今回のテロを招いたことから、EU各国では、移民・難民対策やEU域内の移動の自由を認めた「シェンゲン協定」の見直しなどテロ対策を重視せざるを得ない状況にあり、それがポピュリズムを助長するという(どちらに傾斜しても)危険な構図がみられます。今年は、EU各国で重要な選挙を控えていることから、このバランスがどうリバランスされるか(あるいは崩壊するか)の重要な転換点となるものと思われます。

 また、テロリスクとインターネット・SNSとの関係については、例えば、プライバシー保護とテロリスクの緊張関係で言えば、アップル社と米連邦捜査局(FBI)の間のスマホロック解除問題がありましたし、表現の自由とテロリスクとの関係でいえば、アフガニスタンの旧支配勢力タリバンがスマホのアンドロイド端末向けアプリを米グーグルのアプリ配信サービス「グーグルプレイ」に公開したものの、翌日には同社が削除したという事例がありました。とりわけ後者については、ISのようにSNSを巧みに利用した広報活動を容易に行わせないという意味で、テロリスクの封じ込めに「手を尽くして、できることを適切に実施していくこと」の重要性をあらためて認識できる対応だと言えます。
 直近では、独ミュンヘンの検察当局が、フェイスブック社が暴力的表現やテロを支援する内容の法律に違反する投稿の削除に応じないとして、民衆扇動容疑でザッカーバーグCEOら経営陣10人の捜査を始めたとの報道がありました(平成28年11月5日付毎日新聞)。また、別の報道(平成28年11月21日付産経新聞)では、グーグル社系列のシンクタンクが、ISに共鳴した人々が共通して検索していると考えられるキーワードやフレーズの検索結果の横に広告を出す「アンチISプログラム」を開始したと報じられています。当該公告の視聴時間は平均の2倍以上に上るなど、一定の効果が出ているとされます。プライバシー保護や表現の自由とテロリスク対策のバランスをどうとるかは、一事業者にとっては大変難しく負担の大きな問題ですが、一方で、グーグル社の「アンチISプログラム」のような取り組みは、事業者がテロリスク対策に対して自らのビジネスのフィールドでその強みを活かす「場」や「機会」があることを気付かせてくれます。

3) アンチ・マネー・ローンダリング(AML)の動向

米財務省による経済制裁指定

 米財務省は、麻薬密輸やマネー・ローンダリングに関与しているとして、指定暴力団神戸山口組と傘下の山健組、神戸山口組トップの井上邦雄組長ら幹部3人を経済制裁の対象に指定しました。

U.S.DEPARTMENT OF THE TREASURY ; Specially Designated Nationals List (SDN)

OFAC Sanctions List Search

 この制裁措置によって、2団体(指定暴力団神戸山口組、山健組)と3個人(神戸山口組組長の井上邦雄、神戸山口組若頭寺岡修、神戸山口組舎弟頭の池田孝志)の米国内の資産が凍結され、米国の個人、企業に取引が禁じられることになります。なお、平成23年に米オバマ大統領が日本の暴力団を「国際犯罪組織」と認定して以降、今回の追加で日本の暴力団関連の制裁対象は、計17個人と7団体(指定暴力団六代目山口組、同住吉会、同稲川会、同神戸山口組、特定危険指定暴力団工藤会、弘道会、山健組)になりました。

犯罪組織の連携

 平成29年1月5日付産経新聞によると、中国人とナイジェリア人による連携した混成詐欺団が日本で暗躍していた実態が初めて明らかになったと言うことです。ナイジェリア人犯罪組織は世界で暗躍しており、国内でも偽造カードを使った詐欺事件(平成27年に偽装カードの製造拠点が摘発されています)やマネー・ローンダリング事件(平成28年に、海外で得た犯罪収益を日本国内で不正に出金したとして摘発されており、数十の口座から14億円以上が送金されたとされます)などたびたび登場しています。中国人が絡む偽造カードを使ったたばこの詐取事件は関東周辺で続発しており、偽造カードの部分でナイジェリア人と連携(ナイジェリア人が経営する都内の飲食店などで入手した客のクレジットカード情報で偽造カードを作製)していたとのことです。このように、日本国内で外国人の犯罪組織同士が連携して犯罪を敢行するケースは現時点では極めて珍しいと言えますが、今後は増えることが予想されます。昨年のATM不正引き出し事件もまた、国際犯罪組織と日本の複数の暴力団(および特殊詐欺グループ)が連携したものであり、日本にある数多くの「犯罪インフラ」事業者との連携も含め、日本国内で行われる犯罪のグローバル化、海外で行われる日本を拠点とした犯罪等への対応は喫緊の課題となります。

4) 捜査手法の高度化を巡る動向

 裁判所の令状のないGPS捜査の適法性を巡っては下級審で判断が分かれているところ、10月に最高裁第二小法廷が審理を大法廷に回付、上告審弁論を来年2月22日に開くことが決まっており、統一判断が示される見通しとなっています。そのような中、裁判所の令状を得ないまま、窃盗事件の容疑者2人の車両8台に半年間にわたってGPSの発信器を付けて行動確認した警視庁の捜査について、東京地裁立川支部は、「尾行の補助手段ではない」「プライバシー侵害の恐れがあり、令状を取る手続きが必要で違法だった」と判断しています。一方で、容疑者が窃盗事件に関与した疑いが強いことから、「得られた情報を証拠として認めないほど重大な違法性はない」として、証拠採用する決定も下しています。

5) 薬物を巡る動向

 昨年(平成28年)の覚せい剤の押収量は1トン(末端価格で約700億円)を超え、平成27年の約430キロの2倍以上、平成11年に記録した2トンに次いで過去2番目の規模となることが確実な情勢となっています。暴力団の資金源の枯渇化を背景として、表向きは「薬物はご法度」とされていても、国内の流通を暴力団が一手に仕切っている資金源であり、サラリーマンや主婦などにまで購買層が広がっている(需要が拡大している)、伝統的な資金獲得活動に本格的に回帰している表れだと考えられます。
 一方で、昨年の薬物事犯の特徴としては、覚せい剤や大麻につぐ第3のドラッグである「コカイン」の摘発が倍増(昨年上半期の摘発件数が前年同期の86件から172件に増加)していることもあげられます。コカインは、使用頻度が覚せい剤より高くなる一方で、覚せい剤のように暴力団が流通を完全に押さえておらず、組織的なルートが確立されていないこと、体内での残存期間が短いこと、簡易鑑定の精度が高くないことなどから、流通量の割に摘発は極めて難しいと言われています(摘発の増加の背後には、摘発されない相当数の事案がまだまだある実態がうかがえます)。

 また、大麻については、本コラムでもたびたびその動向について取り上げていますが、WHOや米食品医薬品局(FDA)がマリフアナ(乾燥大麻)の毒性や依存性の強さを認めているにもかかわらず、世界的に合法化・解禁の動きが加速しています。その背景には、たばこやアルコールなどより無害とする主張や、医療用途(疼痛緩和等)での大麻利用の正当性の主張、合法化によって犯罪組織の資金源枯渇化や税収増が期待できるとの主張などもまだまだ根強いほか、いち早く米コロラド州では2012年にマリフアナが合法化され14年から販売が始まっていますが、報道によれば、15年にはマリフアナ関連産業で1万8000人分の常勤の雇用が生まれ、関連する州内の経済活動は23.9億ドルに達したほか、嗜好用や医療用のマリフアナを販売する店舗でのマリフアナや関連製品の売り上げは16年に10億ドルを超えるなど、地元経済に大きな波及効果がもたらされたこともあげられます。また、隣国カナダでは、政府による大麻合法化に向けた報告書が公表されています。18歳未満の購入禁止や、広告にたばこと似たような規制を設けることが主な柱で、娯楽目的の大麻合法化はこれまで南米ウルグアイや米国の複数の州で導入されており、カナダで実現すれば国としては2カ国目となります。

 一方の日本では、あくまでも大麻は禁止薬物であり、むしろ、最近の報道(平成29年1月6日付毎日新聞)では、三重県が伝統的な神事に利用する大麻の栽培について、あえて県内で栽培する合理的な必要性を見いだせないこと、盗難防止対策について栽培地への防犯カメラの設置や立ち入り制限などが申請書に記載されていないと指摘して却下するなど、自治体による厳しい姿勢が明確になっています。さらには、産業用大麻で町おこしを掲げたグループに栽培を認めたものの、大麻取締法違反容疑(所持)で逮捕者を出すに至った鳥取県では、全国でも珍しい大麻栽培を全面的に禁止する条例(鳥取県薬物の濫用の防止に関する条例の一部改正)が成立しています。

鳥取県薬物の濫用の防止に関する条例(平成28円12月22日施行)

 本改正によって、以下の通り、鳥取県では大麻草の栽培が全面的に禁止となっています。

第3条 県は、薬物の濫用の防止に関する施策を総合的かつ計画的に推進する責務を有する。

2 知事は、次に掲げる措置をとるものとする。
 (1) 大麻取締法第1条に規定する大麻草の栽培の免許はしない。
 (2) 麻薬原料植物の栽培を行おうとする者に対しては、麻薬及び向精神薬取締法第2条第20号に規定する麻薬研究者の免許はしない。
 (3) 厚生労働大臣に対するけしの栽培の許可の申請については、許可すべきではない旨の意見を付す。

 国や自治体が危険ドラッグを含む薬物に対して厳しい施策を講じている一方で、全国的に青少年による薬物の蔓延が大きな社会問題となっています。京都府警は、京都市内において、高校生の大麻をめぐる事件が相次いで発生していることを受けて、平成27年と平成28年に、高校生対してアンケート調査を実施しています。

京都府警 少年に広がる大麻汚染

 上記は、平成27年11月~12月に同府内の高校生7,860人に対し実施したアンケート結果となりますが、ほとんどの高校生が違法薬物の有害性等に関する知識を持っていたものの、「違法薬物は入手可能だと思うか」に対して「思う」が2,846人(全体の36.2%)を占めたほか、「大麻よりたばこの方が有害である」との間違った認識(8%)や、「違法薬物使用への興味・好奇心」(3%)、「現実に違法薬物使用を誘われたことがある」(1%)といった回答があったということです。また、直近の平成28年11月に実施されたアンケート結果についての報道(平成28年12月30日付産経新聞)によれば、前年とほぼ同一の傾向が見られたほか、「どういう方法で手に入ると思うか」との質問(複数回答)では、73.5%が「インターネット」と回答、「密売人」が47.3%だったほか、「知人」も31.0%いたという驚くべき結果となっています。なお、平成28年11月末で大麻取締法違反容疑で摘発された少年の数は、平成27年が10人だったのに対し、同期比14人増の24人となり、東京(36人)、大阪(35人)に次いで京都府が全国ワースト3だったということで、青少年に違法薬物が蔓延している実態が浮き彫りになっており、(京都府に限ったことではなく)青少年に対する適切な教育の実施が喫緊の課題だと言えます。

6) カジノ/IR法案を巡る動向

 特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案(統合型リゾート(IR)整備推進法案、カジノ法案)が昨年末に成立しましたが、今後1年以内に「実施法案」を策定しあらためて国会で審議されることになります。とりわけ、国民の懸念が強い「ギャンブル依存症対策」「AML/CTF」「暴排」の各分野については、今後、具体的な取り組みが加速していくことになります。そのうち、ギャンブル依存症対策の動きは既に本格化しており、厚生労働省、文部科学省、警察庁など関係各省庁で構成される「第1回ギャンブル等依存症対策推進関係閣僚会議」が開催されています。カジノに限らず、パチンコや競馬・競輪・競艇など既存の公営ギャンブルも含めた包括的な依存症対策を検討していくことになります。

首相官邸 第1回ギャンブル等依存症対策推進関係閣僚会議

 厚労省の資料によれば、平成25年度調査研究の結果として、「ギャンブル等依存症が疑われる者」を成人の4.8%と推計(推計値にはパチンコ等の遊戯を行う者が含まれる。国際的には1~2%の水準)しており、ギャンブル等依存症に関する実態把握について、平成28年度中に都市部の成人における「ギャンブル等依存症」の患者の割合を推計する予定であること、平成29年度も調査対象者を全国規模に拡大して、国内における「ギャンブル等依存症」の患者数を推計する予定であることが報告されています。なお、パチンコホールの市場規模(売上 貸玉料)が平成27年で23.2兆円(日本生産性本部「レジャー白書2015」より)と国際的にみても突出して大きな規模となっており、ギャンブル依存症はカジノの問題に限らないという点に着目する必要があります。したがって、カジノ法案成立をひとつの機会として、包括的かつ本格的に依存症対策に取り組むべきだと言えます。

 一方で、依存症には様々な類型があり、「ギャンブル」以外にも「薬物」や「アルコール」「買い物」などが代表的ですが、依存症治療の世界では、依存する対象を単純に取り上げただけでは問題の解決につながらないことが分かっています。例えば、アルコール依存症の方からお酒を取り上げれば薬物依存に移行する、買い物依存症とギャンブル依存症を行き来する、という具合で、何かに依存する心理的要因を抱えていることがその背景にあると言われています。依存症対策を包括的に検討するのであれば、これらの複数の依存症との相関関係等も視野に入れて行う必要があるとも言えます。

 さて、本コラムでは、以前から(例えば、暴排トピックス2016年10月号など)、「ギャンブル依存症対策」「AML/CFT」「暴排」の観点から、入場者の審査としては、先進的な取組みとして導入されつつある「厳格な入退場管理制度」をベースとして、事前に、あるいは入場手続きの一環として「会員登録」(結果としての会員証の発行)のプロセスを設け、本人確認を厳格に実施のうえ、その属性について、データベースを活用したスクリーニングを実施することが、現実的かつ効率的な望ましい方法ではないかと指摘しています。さらに、入場者の審査については、AML/CTFやギャンブル依存症対策の観点も加味した形で「一体的に制度設計する」ことが効率的かつ重要だと言えます。

 具体的には、「排除プログラム」と呼ばれる、ギャンブル依存症を患っている、もしくはそのリスクが高いと判断される個人に対して、カジノ施設への入場を禁じるプログラムをベースとした利用許可システムが海外では実際に運用され、一定の効果をあげているとのことです。とりわけ、シンガポールでは、本人申請による「自己排除」、家族の申請による「家族排除」、生活保護受給者や自己破産者など行政によって定められた一定の基準に基づいてすべての国民に対して適用される「第三者排除」の3つの方式で構成されたプログラムが高い実効性を持って運用されており、日本においても十分参考とすべき取り組みだと言えます。そのうえで、依存症対策に限らず、「排除プログラム」の対象を反社会的勢力やAML/CTFにおける制裁対象者まで拡大し、一体的に運用していくことを検討すべきと考えます。

【注】 最近の報道によれば、間もなく開会する今国会にギャンブル依存症対策法案を提出するということです。上記の指摘の通り、包括的な対策基本法となる見通しで、依存症が疑われる人のギャンブル施設への入場を家族からの申請で禁止したり、インターネットを使った馬券購入を制限する、パチンコの出玉を規制することなども検討されているようです。また、カジノへの入場規制では、マイナンバーを活用して入場回数を制限する案なども浮上しているということです。一方、カジノ向けではありませんが、政府が2020年東京五輪・パラリンピックで、インターネット上で本人確認の手段として利用されている電子証明書の技術を活用した観客のチケットレス化を検討しているということです。本人確認を徹底することでテロの防止につなげるほか、高額なチケット転売が暴力団等の犯罪組織の資金源となっている問題の解決にもつながると期待されています。

7) フィンテック/ブロックチェーン/仮想通貨を巡る動向

 年明け早々、三菱UFJフィナンシャルグループ(FG)が独自の仮想通貨「MUFGコイン」を、平成29年度中にも一般向けに発行するとの報道がありました。独自に仮想通貨を一般向けに出すのはメガバンクでは初めてであり、決済や送金の利便性を高め、ITを積極的に活用する若者ら新たな顧客を開拓する狙いがあるということです。みずほFGも仮想通貨の実証実験に着手しているほか、フィンテック関連企業が、ブロックチェーン技術を用いた電子マネーを運営する大規模な勘定システムの実証実験に成功、低コストで記録の正確性が高い新技術として早期に実用化につながるものと期待されています。一方で、独自の仮想通貨を発行し、銀行などを介さずに資金を調達するハイテク新興企業が、まだ少ないながらも急速に増加しつつあるとの報道もあります(ただし、その法的な正当性には疑念が残ります)。また、投資商品が少ない中国の資金がビットコインに集中しており、その取引の9割が中国だと言われています。その結果、人民元の動向がビットコインの値動きに連動し始めており、ブロックチェーン技術が描く「脱中央集権型システム」の主旨とは異なる状況が現出しつつあるように思われます。

 このブロックチェーンの強み・信用の基盤は、その「耐改ざん性」にありますが、一方でその「耐改ざん性」の強さが有用性を制限する恐れもあります。実際に、プログラミングミスに対する技術的な脆弱性を突かれて仮想通貨が窃取された事例や、データの中にわいせつ画像が埋め込まれた事例も報道されています。さらには、米国の金融機関は個人の金融データを記録から完全に削除する必要がありますが、その「削除」にどう対応するのか、といった課題も実務上はあります。ブロックチェーンの本質なインパクトは、「信用」概念のパラダイムシフトであり、銀行等を仲介せず、相互に信用を担保しながら信頼できる取引をするための新たな手段と場を提供した点にあると言えます。ただし、サイバー攻撃など外部からの攻撃や、信用のネットワークの内側に「悪意」が潜んでいた場合への対応、利用者側のリテラシーレベルの相違のもたらす問題、そもそもの概念やシステム、構築作業上の脆弱性が検証され尽くされたわけではありません。そうであるがゆえに、人々の熱狂の割に脆弱性に対しては混とんとした今このタイミングで、犯罪組織がその技術に着目し、様々な犯罪を仕掛けてくることが容易に想像できます。
 急速に拡がる新しい技術や飛躍的に高まる利便性の裏腹に潜む、犯罪への悪用リスクに対しては十分すぎるほど慎重に対応していくことが必要だと思われます。

8) 忘れられる権利の動向

 忘れられる権利を巡る裁判が相次いでいることは、本コラムでも継続的に紹介していますが、最高裁は現在、上告された同様の訴訟を複数取り扱っており、公益性とプライバシー保護とのバランスや、時間の経過による公共性の減少について、今年、統一判断を示す可能性があり、今後の裁判や企業の実務などに大きな影響を与えることが予想されます。先日開催された総務省主催のシンポジウムでは、現在の司法判断の多くは仮処分申請に対するものであり、裁判官ごとの判断の違いや判断資料や基準が社会的に共有されにくい状況などが課題とされており、裁判所の判断についても、正確かつ必要な情報の収集に基づく「裁判所だからできる判断」であって、多くの限界の中で対応を迫られる事業者の判断のあり方とは異なる点も、今後の課題として指摘されていました。

 また、本コラムでは、グーグル社について、欧州で既に150万件の削除依頼が来ており、1件毎に検討している状況が続いているということ、「グーグルが持つコンテンツではなく、他者のコンテンツ(元サイト)に対する判断をしている」ことの困難性、「裁判所とは異なり、当事者がいない中で、削除依頼を出した人の話に依拠して判断しなければならない」問題、「時間の経過」と「公益性」の比較考量の判断が検索事業者の判断に委ねられていることの問題、削除の範囲は記事(違法な記載部分)だけでよいのか、タイトルやアドレスも含めるのか(アクセスの容易性まで考慮すべきか)といった問題などがあることを紹介してきました。

 一方、同じ検索事業者であるヤフーについては、平成28年4月~8月の対応状況として、削除申告数が2,581件(URL数)あり、削除件数が1,096件と全体の約42%を占める状況だと言うことです(前述のシンポジウムでの報告)。さらに注目されるのが、この「1,096件のうち、1,012件までもが同社が確認した段階でリンク先ページに既に対象となるデータが存在しない」との事実です。同社では、「発信者やプロバイダへの削除要請が相応に機能している」結果と捉えていますが、このあたりは欧州と異なる日本に特徴的な事情であり、少なくともグーグル社の直面する課題のうち、「グーグルが持つコンテンツではなく、他者のコンテンツ(元サイト)に対する判断をしている」、「裁判所とは異なり、当事者がいない中で、削除依頼を出した人の話に依拠して判断しなければならない」という第三者性に起因する問題に対しては、ある程度検索事業者としての負担が軽減されている状況と言えるかもしれません。

 また、忘れられる権利と関連して、報道機関の匿名報道のあり方や記事削除要請に対する対応のあり方についても、大きな課題があります。とりわけ、インターネット配信においては、ネットの特性として瞬時に世界中に拡散される点やネット空間に時間を超えて残り続ける点が大きなポイントとなります。前述のシンポジウムでも、大手新聞社の関係者から、これらの課題をふまえた配信基準として、「報道する意義(公共性)が一定の地域に限られるニュースは配信しない」「配信する公益性はあるが、公益性や実名の必要性が低い事件は匿名で配信する」「実名・匿名にかかわらず、短期日(数日から30日)からおおよそ1年で削除する」とのスタンスを採っているとの報告がありました。これに対して、例えば、忘れられる権利を否定した東京高裁平成28年7月12日判決では、児童買春行為から5年を経過した事案について、「児童犯罪の逮捕歴は公共の利害に関わる(親の関心が高い)こと」「時間経過を考慮しても、逮捕情報の公共性は失われていないこと」などを理由としており、本コラムでも妥当と考えていますが、一方で、前述の新聞社による配信基準によれば、当該事案は、「本来は配信されない、または匿名報道される、最終的には削除される」事案と評価される可能性さえあり、忘れられる権利の前提となる「公益性」の考え方がそもそも大きく異なってしまう可能性さえも指摘できます。これに加え、個人情報保護法をベースとして、自らの個人情報の削除を求める権利が一般化しており、報道機関に対して、ニュースサイトや記事DBから削除要請が相次いでいると言います(これに対し、報道機関が比較的安易に要請に応じている状況にさすがに危機感が広がっている一方で、先のヤフーの削除要請への対応実態のデータがその傾向を裏付けています)。つまり、忘れられる権利を巡る動向や報道機関のスタンス等の現状からは、事業者側から見れば、重要と思われるリスク情報が、「報道されない」「匿名報道される」「削除される」傾向が今後一層強まることで、取引可否判断に重要な真実にアプローチしにくい状況となることが予想されます。(本来は、特殊詐欺事案や性犯罪なども含まれるべきだと思いますが、)少なくとも反社会的勢力に関する情報については、それを排除するという社会的要請が強く存在する以上、これらの動きとは関係なく、地域性を超えて、きちんと実名で報道され、時間の経過に伴う公共性の減少の概念も適用されないことが望ましいと指摘しておきたいと思います。

9) 犯罪インフラを巡る動向

格安スマホ

 安価な通信サービスを提供する事業者(MVNO)が販売する「格安スマホ」が、特殊詐欺に悪用される事例が急増しているとのことです。報道によれば、昨年(平成28年)1~10月だけで特殊詐欺に悪用されたと思われるMVNOの回線が239回線(平成27年は年間を通じて5件のみ)にも上っています。その背景としては、インターネットを使った非対面での契約が主流であり、本人確認の脆弱性が突かれていることがあげられます。本人確認資料も、免許証がなくても「顔写真のない健康保険証+公共料金の明細書」でよく、いずれも画像があれば手続きができるといい、偽造免許証によるものや、健康保険証の裏面の手書き欄を書き換えて複数の回線の契約などが横行している(例として、239回線のうち179回線について、95回線が偽造保険証、48回線が偽造免許証が使われていた)とのことであり、正に「格安スマホ」の犯罪インフラ化が顕著となっています。

 携帯電話については、これまでレンタル携帯電話やIP電話の本人確認手続きの脆弱性が悪用されていると指摘してきました。レンタル携帯電話事業者の実態については、以前の本コラム(暴排トピックス2016年1月号)で指摘した通り、最終契約者の98%以上で偽造や他人の運転免許証が本人確認に使われていたことや、事業者の9割以上の経営者が詐欺やヤミ金、薬物密売などの犯罪で過去に摘発された経歴が確認されるなど、レンタル電話業者が詐欺グループと結託している実態が明らかになっています。また、IP電話についても、本人確認をしないまま客に貸与したとして携帯電話不正利用防止法違反などの罪に問われたレンタル携帯電話会社の代表に執行猶予付きの有罪判決が言い渡されたケースもあります。IP電話が、同法が規制対象とする「無線での音声通信」に該当しないとして、「抜け穴」的に本人確認義務を行わないまま貸し出されるケースが相次ぎ、犯罪インフラ化している中、この判決では、裁判所が「特殊詐欺は多発しており、携帯電話貸与時の本人不確認もこうした犯罪を助長している」と指摘している点が意義深いものと言えます。

不動産事業者

 特殊詐欺グループのアジトを提供したとして不動産事業者が摘発された事例については、以前の本コラム(暴排トピックス2016年11月号)で紹介しましたが、これに関連して、不動産業者の摘発には大家の(虚偽の賃貸借契約を締結させられたとする)告訴が不可欠であるところ、家賃が払われていたことなどから告訴のメリットがないなどとして、およそ20人の大家が警察の協力要請を断り、刑事告訴をしなかったことが明らかになっています。

 東京都安全・安心まちづくり条例の一部改正(平成27年9月1日施行)により、「建物が特殊詐欺の用に供されていることを知り、当該行為が契約の信頼関係を損なうときは、契約の解除及び建物の明渡しを申入れる」ことが努力義務として明記されていますが、このケース以外でも刑事告訴に結びつく事例は少ないのが現状のようです。特殊詐欺に悪用されることを知って物件を貸すなど、正に、このような悪質な不動産事業者こそが犯罪インフラであることをふまえれば、明らかに特殊詐欺の共犯関係にあること、また、事案の性質上、そもそも告訴が期待できないことが明白な以上、その摘発には法的な手当ても含め、何らかの抜本的な対策が必要ではないかと考えます。

警視庁 東京都安全・安心まちづくり条例の一部改正 改正の概要

第9章 特殊詐欺の根絶に向けた取組の推進

第31条 都民等への情報提供等

第32条 都民等の責務
 (3) 事業者は、商品等の流通及び役務の提供に際し、特殊詐欺の手段に利用されないよう、適切な措置を実施する(努力義務)

第33条 建物の貸付けにおける措置等
 (1) 何人も建物を特殊詐欺の用に供してはならない
 (2) 建物の貸付けをする者は、契約締結に当たり、相手方に対し、建物を特殊詐欺の用に供するものでないことを書面により確認する(努力義務)
 (3) 建物の貸付けをする者は、契約を書面で締結する場合、建物が特殊詐欺の用に供されていることが判明したときは契約を解除できる旨の特約を契約書その他の書面に定める(努力義務)
 (4) 建物の貸付けをする者が、前記の(2)(3)の措置を講じている場合、建物が特殊詐欺の用に供されていることを知り、当該行為が契約の信頼関係を損なうときは、契約の解除及び建物の明渡しを申入れる(努力義務)

バイク便

 バイク便を装って60代の女性の自宅を訪れ、現金100万円をだまし取ろうとしたとして、自称暴力団員の21歳の男が警視庁に逮捕されています。過去には、バイク便業者が振り込め詐欺の「受け子」をしていたとして、詐欺未遂の疑いで、バイク便運営会社のアルバイトと同社社長が逮捕された事案もありましたが、詐欺事件に関与したとしてバイク便会社の経営者を摘発した初めてのケースでした。バイク便が犯罪インフラとして悪用された点は極めて残念であり、類似の犯行が拡がらないことを望みます。

記録の不備

 産業ガスの国内最大手企業がサイバー攻撃を受け、大量の内部情報が盗まれた恐れがある問題で、社内システムの通信記録(ログ)の保存が不十分だったため、侵入の経緯などの詳しい調査ができていない(そもそも社内システムと外部とのログが詳細に保存される設定でなく、ウイルスの感染時期や経路、侵入の経緯を遡って調べることはできない)ことが報じられています。社会的なインフラ企業に対するサイバー攻撃の脅威が現実のものとなっている中で、最低限の対応すらできていない状況には大きな危機感を覚えます。

 前回の本コラム(暴排トピックス2016年12月号)でも指摘した通り、サイバー攻撃を未然に防ぐことはもはや困難であり、いかに早く攻撃を検知してダメージを極小化するかが対応のポイントとなりますが、日本企業の多くがそもそも攻撃を検知できない脆弱性を有しており(侵入されていることに長期間気付いていない現実があります)、それが国際犯罪組織の犯罪を助長している側面があります。さらに、侵入防止対策や再発防止対策に必要な原因の分析が不十分になるという点で、「記録できない仕組み上の不備」が当該企業に限らず、日本企業に対してさらなる攻撃を招くおそれがあり、これも致命的な脆弱性だと言えます。サイバー攻撃は、インフラ機能の停止だけでなく、内部情報の漏えいが次の犯罪に悪用されるという二重の意味で甚大な被害をもたらします。産業インフラ大手事業者のこのような脆弱性の実態が明らかにされたことで、国内外の犯罪組織からの攻撃がこれまで以上に活発になるものと推測されます。現時点において、「サイバー攻撃に対する検知の精度を高めること」「ログ管理を徹底してモニタリングの精度を高めること」「ログの分析から侵入経路や経緯を把握して再発防止策を速やかに講じること」の重要性をあらためて認識し、脆弱性の解消に努めていく必要があります。

10) その他のトピックス

反社債権の買い取り等の状況

 金融機関における反社会的勢力等に対する債権の回収には、大きく2つの流れがあります。一つは、預金保険法に規定される特定回収困難債権(金融機関が回収のために通常行うべき必要な措置をとることが困難となるおそれがある特段の事情があるものと定義されています)である、銀行など預金取扱金融機関の貸出債権、銀行グループ保証会社の求償債権(原債権がグループ銀行であるもの)等については、「預金保険機構」が窓口となっています。一方で、みずほ問題を受けて、平成26年3月から、信販会社・保険会社・ノンバンク・サービサー会社等が保有する債権や保証会社の求償債権(原債権がグループ銀行以外であるもの)等のサービサー法に規定される特定金銭債権について、「整理回収機構」が窓口となっています。

預金保険機構 預金保険法第101条の2に基づく特定回収困難債権の買取実績

整理回収機構 サービサー機能を活用した反社債権の買取実績累計

 預金保険機構における第8回買取り実績(平成28年3月~12月)については、買取債権数36件、買取債権総額1,536,535千円、買取価格総額22,063千円、また、第9回買取り実績(平成28年10月~12月)については、買取債権数13件、買取債権総額54,055千円、買取価格総額35,490千円となり、第1回からの累計(平成24年7月~平成28年12月)では、買取債権数164件、買取債権総額5,621,193千円、買取価格総額255,800千円となりました(平均の買取割合は、4.55%)。一方の整理回収機構については、平成28年9月30日時点における累計の買取実績累計は、買取債権数が198件、買取債権元本額が368,809千円、買取価格が1,125千円となっています(平均の買取割合は、3.05%)。

 しかしながら、報道(平成29年1月4日付日本経済新聞)によれば、実際に制度を利用した金融機関や事業者は全国の1割程度にとどまっていること、大手金融機関の利用が多いこと、債権を譲渡すれば債務者にも通知されるため、報復を恐れて利用を躊躇するケースも少なくないということです。

 以前の本コラム(暴排トピックス2016年9月号)でも指摘しましたが、それ以外にも、金融機関からみれば、本スキームの利用は、反社会的勢力との関係を遮断できる一方で、売却による「損失」(上記の通り、平均の買取割合は5%を大きく下回ります)について合理的な根拠を示せるか、説明責任を果たせるかが悩ましい問題となっていることも考えられます。また、反社会的勢力に対して資金を提供していたことが表面化するかもしれないリスク(レピュテーションリスク)から、対応を躊躇するといった側面も考えられるところです。

 さらに、いくら回収が困難であるとはいえ、そもそも自らの責任で貸し付けた債権の回収ですから、その取引(関係)を通じて得られた収益の正当性の問題や反社会的勢力に対して厳格な対応を取るべきとする観点からは、自らが最大限の回収の努力を行うことが本筋であり、本スキーム最大の目的は、「反社会的勢力を利することがあってはならない」という点であり、単に民間金融機関と反社会的勢力を切り離すこと自体が目的ではないはずです。したがって、「最後の砦」であるこれらの機構が、①最終的にどれだけ回収できたか(整理回収機構の回収率は決算報告書によれば、全体で102.7%と報告されていますが、そもそもの元本に対する割合を考えれば、ほとんどが反社会的勢力によって費消された=利益供与がなされたことをあらためて認識すべきです)、そして、②その回収プロセスが適切なものであったか(手を尽くしたか)もまた、極めて重要な検証事項だと言えます。

 本スキームでは、金融機関が債権を機構に譲渡した時点では、それだけで反社会的勢力を利することになるわけではありませんし、機構が買取価格に対して十分に回収したとしても、本来、元本に対する回収率を考えれば、「結果として」反社会的勢力を利することになっています。どんなに厳格な運用をしても、最終的に反社会的勢力を利することとなった責任関係が曖昧になってしまう点が、本スキームの大きな問題だと思われます。理論的には、反社会的勢力に対する利益供与分(金融機関の損失や機構の損失)や様々なコストに該当する原資の出処が最終的には預金者である国民であることを考えれば、金融機関および機構の回収行為に対して、預金者・国民はもっと厳格な視線を向けるべきだと言えます。

暴力団との密接交際と専門家リスク

 フジテレビ社会部の記者が、自分名義で購入した高級車を、知り合いの山口組系暴力団関係者の男に提供するという問題が発覚しました。この記者はそれ以外にも高級飲食店で20回以上の接待を受けていたとも報道されています。同社は、当該社員を「反社会的勢力か確認できていないが不適切な取材だった」として、休職1カ月の懲戒処分にしたほか、報道担当の役員2人を減俸、男性社員の上司2人をけん責処分にしています。

 処分が妥当なものかどうかは別として、本件では、「名義貸し」という詐欺罪に問われかねない問題であるうえに、さらには、相手が暴力団員であれば、東京都暴排条例第25条(他人の名義利用の禁止等)第2項「何人も、暴力団員が前項の規定(暴力団員は、自らが暴力団員である事実を隠蔽する目的で、他人の名義を利用してはならない)に違反することとなることの情を知って、暴力団員に対し、自己の名義を利用させてはならない」に抵触する可能性もあります。また、本人は「反社会的勢力との認識はなかった」と話しているようですが、「反社会的勢力との密接関係者」であると見なされれば、取引先との契約における暴排条項に抵触する可能性もゼロではありません(厳格な暴排条項の場合、役員や幹部以外の社員であっても、「密接関係者」を排除要件として規定しているケースもあります)。また、本人は、暴力団関係者からディープな情報を入手して核心に迫る記事を配信する(実際にスクープ記事を連発していたようです)ことで、「公益性」の高い情報を社会に還元しているとの認識があった(それにより反社会的勢力との密接交際を正当化していた)のかもしれませんが、暴力団側の都合のよい情報を巧みに織り込まれたことに気付かずに情報を配信したり、利益供与をネタに脅され、都合のよい記事を書かされるなど、暴力団の活動を助長する結果をもたらすおそれすらあったのではないかとも思われます。とりわけ、山口組の分裂で双方が高度な情報戦を行っている状況下でもあり、むしろ利用されていた(本人が、「断れなかった」と話していることからも既に暴力団側の術中に嵌っていた)可能性も十分に考えられます。いずれにせよ、取材対象との距離感を誤った、倫理観の欠如の結果だと厳しく指摘したいと思います。

 なお、本件については、不正行為における「不正のトライアングル(クレッシーの法則)」によるアプローチも有効かもしれません。これは、「動機」「機会」「正当化」の3つの要件がそろった場合に不正行為が行われるという理論ですが、記者という属性においては、いずれも容易にそろってしまいやすい環境下にある(むしろ自らそのような環境を作っていく「記者魂」という危うさがあります)、すなわち、職業としてこのような不正行為が「構造的に起こりやすい」ことが示唆されているとも言えます。

 さらに、この「距離感を誤る」背景要因の一つとして、構造的要因とは別に、記者のように、いわゆる「専門家」の中に、専ら自らの関心事の追究が最大の価値観となり、一般的な社会常識や倫理観から離れてしまう、自らの好奇心や虚栄心、プライド等のためには犯罪者に協力することも厭わない、といった考え方を持つ者がいる(あるいは、自らの行動を正当化するためにそのような考え方に傾斜していく)こともあげられます(暴排トピックス2016年12月号を参照ください)。業務や真実追及のためであれば、倫理的に問題があっても許されるわけはなく、専門家としての個人的な資質はもちろん、それを雇用・利用する側(事業者等)も、構造的に不正行為が起こりやすい事情もふまえて、そのような行き過ぎた専門家の行動を監視していく必要があると言えます。

宅配事業からの暴排

 恐喝未遂容疑で逮捕された指定暴力団松葉会系の組員2人が、モデルガンを使った寸劇を演じて宅配物(代引きのロレックス)を脅し取ろうと企てたものの、配達員の機転と行動力で阻止された(モデルガンも取り上げた)という報道がありました(平成28年11月15日付産経新聞)。本件では、配達所は、「ロレックスの受け取り先住所が組事務所だった」「商品が代引きの高級商品だった」ことからトラブルの気配を察知して、本来、配達先には配達員が1人で配達するという原則があるところ、不測の事態に備え、配達員2人で組事務所に向かわせたということも報じられています。

 さて、記事では、配達員の勇気ある行動と事業者側がトラブルの兆候を察知して対応を強化した点について好意的に書かれていますが、本件については、大きく2点のあらためて検討が必要な事項が潜んでいます。一つは、平成26年に、日本郵便、佐川急便、ヤマト運輸が、宅配便運送約款に暴排条項を追加していることです。

SGホールディングスグループ 【佐川急便】反社会的勢力への対応について(2014/06/02)

 各社は、宅配便運送約款第6条(引受拒絶)への追記条項により、運送の引受を拒絶する姿勢を明確にしています。具体的には、「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなると認められる運送、信書の運送等運送が法令の規定又は公の秩序若しくは善良の風俗に反するものであるとき」「荷送人、荷受人が暴力団員、暴力団準構成員、暴力団関係者その他の団体であると認められるとき」「暴力団または暴力団員が事業活動を支配する法人その他の団体であると認められるとき」「当社に対し暴行、脅迫等の犯罪行為又は不当要求を行う者(荷受人にあっては、同様の行為が行われる蓋然性が極めて高いと当社が判断する者を含む。)であると認められるとき」などを対象に運送の引き受けを拒絶することがあると規定しています。また、該当した場合、運送を行わないこととする場合は、遅滞なくその旨を荷送人に通知した上で荷送人に返送、返送に要した費用は荷送人の負担とする場合があるともされています。したがって、本ケースでは、「荷受人の住所が暴力団事務所であったこと」が事前に判明していたことから、本約款の定めにより荷物を荷送人に返送するべきだったと考えられます(なお、宅配事業者は、その業務の性質上、部屋や居住者等の様子を把握しており、暴力団事務所など不審な所在地についてDB化しています)。

 2つ目は、暴力団関係者とのトラブルを察知したうえで、配達員2人を送り込んでいる点です。相手が暴力団関係者だと分かっているのであれば、事前に警察等に相談をすることはもちろん、約款により運送を拒絶するなどして、配達員の安全確保に事業者として最大限注意を払うべきだったと考えます。結果的に受傷することなく済みましたが、万が一の場合、事業者の安全配慮義務違反に問われかねません。反社会的勢力への対応においては、「複数人で対応する」「相手より多い人数で対応する」などが言われているところですが、それはあくまでも直接的に「対応をする場合」であり、本件においては、約款に則って対応し、直接的には「対応をしない」ことが正解ではないかと思われます。

株主からの暴排

 前回の本コラム(暴排トピックス2016年12月号)で、暴力団関係者が保有する証券口座が大手証券会社に少なくとも数十存続しており、「本人が売却に応じないかぎりは、証券会社は強制的に解約することはできず、株主として暴力団が企業に影響力を行使できる状態にあることが問題」となっていることを紹介しました。さらに、報道(平成28年11月18日付産経新聞)では、「ジャスダック上場企業の大株主に暴力団関係者の名前がある」ともされており、その内容については当社でも確認しているところです(上場企業の第10位の大株主として有価証券報告書に記載されています)。前回も指摘した通り、本株主が会社の経営に関与したり影響力を行使することはあってはならず、株主の立場を利用した不当要求等へ備える必要もありますが、そうでない限りは、(口座の解約に向けて手を尽くす必要はあるものの)株式を売却させるわけにはいかず、したがって、結論としては、その状況をモニタリングしていくことが重要となります。いったん証券口座を開設され、株式を保有さればこのようなリスクを保有リスクとして抱えざるを得ないのが現実であり、レピュテーションリスクにも相当配慮する必要も生じます。そして、現状、かつて反市場勢力として暗躍した人脈が最近もその動きを活発化し始めていることが当社も確認していますので、証券市場からの暴排、反市場勢力の排除は、今まさに古くて新しいリスクとなっています。

生活口座の解除

 暴力団関係者の預貯金口座であっても、その利用が個人の日常生活に必要な範囲に限られる口座(生活口座)の場合でも解除が有効と認められるかどうかについては、現時点でも明確に定まっていない状況にあります。本コラムでは、従来より、「属性のみで機械的に排除するのではなく、継続監視しながら、組織的な資金移動などが確認された時点で速やかに解除できる状態にしておき、問題がない限り契約解除の実行を猶予していると捉える」とするスタンスをとっていますが、判例等においても、大きく2つの立場があります。一つは、「代替性」のない生活口座については暴排条項の適用範囲外であるとする福岡地裁平成28年3月4日判決です(これは上記スタンスに近いものと言えます)。もう一方の東京地裁平成28年5月1日判決では、「反社会的勢力の活動以外の目的に利用されていても、容易に反社会的勢力の活動目的の利用に転用できる。また、預金取引契約の解約により預金者が不利益を被るとしても、それは、電気・水道等のライフラインの使用不能のような大きいものではない。さらに、預金者は、反社会的勢力から離脱することにより前記不利益を回避することができる」として、生活口座といえども暴排条項の適用により解約できることを示しています。

 一方で、メガバンクや地銀などが口座解約を進めた結果、「最後の口座」となるケースが増えているといいます。実際、口座解約を巡ってはこれまで大きなトラブルもなく、「まだ別の口座があるから大丈夫」といった形で比較的素直に解約に応じていたと思われるところ、「最後の口座」の解約には大きな抵抗を示すようになっているようであり、今後、実務の難易度が急激に高まることが予想されます。さらに、「最後の口座」の場合、純粋に生活口座として利用されていたとしても、何らかの形で「異例な取引」が紛れ込む可能性が高まる(その結果、速やかに無催告解除を行う必要がある)とも言えます。いずれにせよ、現状、金融機関においては、「生活口座だから契約解除を猶予している」とのスタンスはもはや採るべきではなく、むしろ、「最後の口座」とならないうちに早めに取り組みを推進することが重要となっています。

再犯防止対策

 前述した通り、暴力団員の離脱者支援対策は喫緊の社会的課題ですが、一方で更生には厳しい現実があることはあらためて認識しておく必要があります。本人が更生に向けて強い意識があったとしても、周囲の目は厳しく、社会や企業(就職先)に適合できず再犯を繰り返すという負の連鎖から抜け出すことは、本人の努力だけでは残念ながら難しく、(本人の強い意志を大前提として)地域のつながりを強化することや社会の意識自体を変えていくことも極めて重要です。

 その社会の意識を変えることにつながるような、再犯防止に関する様々な新しい取組みが始まっています。例えば、先般の国会では、定職や住居の確保ができず、社会復帰が難しい出所者らの支援を充実させる狙いで、刑務所からの出所者らの再犯防止を国と地方自治体の責務と明記した議員立法「再犯防止推進法」が成立しています。

参議院 再犯の防止等の推進に関する法律

 この法律では、「犯罪をした者等の多くが安定した職業に就くこと及び住居を確保することができないこと等のために円滑な社会復帰をすることが困難な状況にあることを踏まえ、犯罪をした者等が、社会において孤立することなく、国民の理解と協力を得て再び社会を構成する一員となることを支援する」として、「社会に復帰した後も途切れることなく、必要な指導及び支援を受けられるようにする」「国は、再犯の防止等に向けた教育及び職業訓練の充実、職業及び住居の確保並びに保健医療サービス及び福祉サービスの利用に係る支援、関係機関における体制の整備、情報の共有・検証・調査研究の推進等についての施策を行う」などが定められています。

 また、一定期間服役した受刑者に対し、刑の執行を猶予して保護観察を付ける「刑の一部執行猶予制度」が昨年6月に導入されたほか、刑法を改正して、刑務作業を義務とする懲役刑を廃止し、禁錮刑と一元化して、再犯を防ぐための様々な教育的処遇を可能にする刑罰の創設に向けて法相が前向きな姿勢を示しています。さらには、子どもへの特定の性犯罪で刑を受けた人について、再犯を防ぐため、警察が出所後に所在を確認したり同意が得られた人と面談したりする取り組みを続けた結果、近年、所在がわからない対象者は大幅に減り(平成22年の27.0%から平成27年末で2.7%まで低下)、再犯傾向もわずかながら改善している(再犯率が平成22年の1.71%から平成27年には1.62%に低下)といった報道もありました。このように、再犯防止のための取り組みが様々に進む一方で、仮出所者や保護観察中の少年らの立ち直りを支援する「保護司」の約3割が、今後7年以内に定年で退任、10年以内に約半数が辞めるとみられ、保護司制度自体の存続が危ぶまれているとのことです。(良い意味で)社会全体で立ち直りを監視していく態勢・受け皿を整えていくために、離脱者支援・再発防止に向けた社会的な意識の高まりが必要だと言えます。

工藤会を巡る裁判の動向

 特定危険指定暴力団工藤会系の組幹部が殺人未遂罪に問われた裁判員裁判を巡り、裁判員に「よろしくね」と声をかけたなどとして、裁判員法違反(威迫、請託)の罪に問われた2被告の判決公判が福岡地裁であり、いずれも有罪となっています。平成21年の裁判員制度施行後、裁判員法違反事件の判決は初めてとなります。報道によれば、「制度の根幹を揺るがしかねない結果を引き起こした」と厳しく指摘したということです。本件は、声かけ発覚後、直後に予定されていた組幹部の判決期日は取り消され、裁判員と補充裁判員計8人中5人が辞任する事態となり、公判の途中にもかかわらず、裁判員を除外して裁判官だけで審理する方法に変更するという異例の対応となりました。また、最高裁は裁判員の安全確保の徹底を全国に通知、各地の地裁・地裁支部が送迎や付き添いを始めているということです。「最も凶暴」(米財務省)と評された工藤会も今や「頂上作戦」によって組織崩壊の状況に追い込まれていますが、恐怖を与える手口の巧妙さにはあらためて驚かされます。

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3.最近の暴排条例による勧告事例ほか

1) 警視庁による公共工事からの排除要請事例

 暴力団と密接な関係があるとして、警視庁は、「東京都」「東京都港区」「神奈川県稲城市」の3自治体に対し、川崎市多摩区の建設会社を公共工事の指名業者から排除するよう要請したとの報道がありました(平成28年12月17日付読売新聞)。同社のHPでは、平成28年12月11日付の「暴力団等反社会的勢力排除宣言」が掲載されており、本指名停止等措置を受けて改善に向けた対応の一環と推測されます。なお、自治体の公表措置については、前回の本コラム(暴排トピックス2016年12月号)で指摘した通り、自治体によって情報量等に差がありますが、本件が複数の自治体に対して要請がなされていることから比較を試みたところ、以下のような状況となり、大変興味深い結果となりました。

神奈川県

神奈川県 指名停止情報/案件参照 検索結果表示

 上記URLに当該事業者名を入力して検索すると、「暴力団員等と密接な関係を有していると認められたため」として、「平成28年11月17日から3か月を経過し、かつ改善されたと認められ」るまで指名停止等の措置が採られていることが確認できました。

川崎市

川崎市 指名停止等情報一覧

 報道された事業者と報道が確認できない別の1社の計2社に対して、「当該事業者の経営に事実上参加している者が川崎市暴力団排除条例第7条に規定する暴力団等と密接な関係を有すると認められたため」として、「平成28年11月18日から3か月(平成29年2月17日)を経過し、かつ改善したと認められる日まで」指名停止等の措置が採られていることが確認できました。

 なお、川崎市暴力団排除条例第7条とは、「市は、公共工事の発注その他契約に関する事務の執行により暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することのないよう、暴力団員等、暴力団経営支配法人等又は暴力団員等と密接な関係を有すると認められるもの(法人等にあっては、その役員(業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者をいう。)が暴力団員等と密接な関係を有するものをいう。)の市が実施する入札への参加の制限その他の必要な措置を講ずるものとする。」というものです。

 参考までに、「暴力団経営支配法人等」については、神奈川県および同県内自治体や広島県等の暴排条例に規定がみられるもので、「法人その他の団体(以下「法人等」という。)であってその役員(業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者をいい、相談役、顧問その他いかなる名称を有する者であるかを問わず、法人等に対し業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者と同等以上の支配力を有するものと認められる者を含む。)のうちに暴力団員等に該当する者があるもの又は暴力団員等が出資、融資、取引その他の関係を通じてその事業活動に支配的な影響力を有するものをいう」と定義されており、反社会的勢力による経営への影響力の行使について、反社会的勢力の実態をふまえ、直接的な関係だけでなくその「間接支配」についても具体的に言及したものとして特徴的なものとなっています。

横浜市

横浜市 指名停止措置一覧

 報道された事業者に対して、「有資格者又は有資格者の経営に事実上参加している者が暴力団と密接な関係を有していると認められるとき」として、「平成28年11月25日~改善したと認められるまで」指名停止等の措置が採られていることが確認できました。ただし、指名停止の期間については、神奈川県や川崎市とは異なっていることが分かります。

稲城市

稲城市 指名停止措置・排除措置中の事業者

 「現在指名停止中の事業者」「排除措置中の事業者」について、当該事業者のみならず措置対象となっている事業者は全くありませんでした。冒頭の報道内容からは、同市に対して排除要請がなされているとのことですから、神奈川県等の対応等も鑑みれば、やや違和感を覚えます。

東京都および港区

東京都 入札情報サービス「契約制度」

競争入札参加資格等 平成28年12月26日時点 指名停止中の業者一覧

競争入札参加資格等 平成28年12月26日時点 入札参加禁止中の業者一覧

 上記一覧には当該事業者名の表示はありませんでした(なお、港区のサイトでは指名停止等業者の一覧自体を見つけることができませんでした)。稲城市同様、報道によれば警視庁からの排除要請がなされたものと思われますので、現時点で未対応と見られることは残念です(公表措置に至らない理由が別にあるかもしれません)。ちなみに、「東京都競争入札参加有資格者指名停止等取扱要綱」には、「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律第2条第6号に掲げる者を関与させるなど極めて悪質と認められるときは、競争入札参加資格を取り消し、入札に参加させないものとする」との規定があります。

2) 暴力団対策法に基づく中止命令の発出事例(群馬県)

 群馬県警は、指定暴力団松葉会系の組員の男に対し、暴力団対策法に基づき、同県渋川市内で飲食店を経営する女性に用心棒代やみかじめ料として毎月1万円を支払うことを要求しないよう中止命令を出したということです。なお、同県における昨年1年間の命令件数が過去10年間で最多の22件になっています。

3) 利益供与違反(参考)

 全国の暴排条例は都道府県だけでなくほぼ全ての自治体にて整備されていますが、あらためて事業者にとって認識しておくべき「利益供与」違反の事例について、以下の警視庁のサイトから抜粋して紹介しておきたいと思います。これまで数多くの事例を紹介してきましたが、社内研修や通達等で、あらためて役職員に対して周知徹底していただきたいと思います。

警視庁 東京都暴力団排除条例 Q&A

 同サイトでは、利益供与について、「金品その他財産上の利益を与えることをいい、例えば、事業者が商品を販売し、相手方がそれに見合った適正な料金を支払うような場合であっても該当します。ただし、条例で規制される利益供与は、暴力団の威力を利用することの対償として行われる場合(第24条第1項)、及び暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなることを知って行われる場合(第24条第3項)に限られます」と解説されています。平たく言えば、通常の商取引等であっても、「暴力団の威力を利用する」「その活動を助長する・運営に資することになるだろうと『知って』行うこと」はNGだということになります。以下にNGとなる事例を抜粋します。

  • 不動産業者が、所有する土地を売却するに際し、立ち退かない住民を追い出すために「力づくで追い出してほしい。」と暴力団に依頼し、金銭を支払った場合
  • 事業者が、事業に関するトラブルを解消するため、「相手方との話し合いの場に立ち会って、揉めるようなことがあれば、脅しをかけてほしい。」などと暴力団に依頼し、金銭を支払った場合
  • 内装業者が、暴力団事務所であることを認識した上で、対立抗争に備えて壁に鉄板を補強するなどの工事を行う行為
  • ホテルが、暴力団組長の襲名披露パーティーに使われることを知って、ホテルの宴会場を貸し出す行為
  • ゴルフ場が、暴力団が主催していることを知って、ゴルフコンペ等を開催させる行為
  • 飲食店が、暴力団員から、組の運営資金になることを知りながら、進んで物品を購入したり、サービスを受けて、その者に料金を支払う行為 など

 なお、利益供与に該当しない場合として、同サイトでは、以下の4つのケースを挙げています。

  1. 相手が暴力団員等の「規制対象者」であることを知らなかった場合
  2. 提供した利益が「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなること」を知らなかった場合
  3. 提供した利益が「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなること」にならない場合
  4. 法令上の義務又は情を知らないでした契約に係る債務の履行として利益供与する場合その他正当な理由がある場合

 そのうえで、上記の例として、「ホテルや葬祭業者が身内で執り行う暴力団員の冠婚葬祭のために、会場を貸し出す行為」や「飲食店が、暴力団事務所にそばやピザを出前する行為」などが紹介されていますが、現時点の企業実務のレベル感としては、例えば、「身内の冠婚葬祭であっても判明した時点で契約解除に向けて努力する(解除が難しい場合であれば、警察等に相談のうえ、対外的に威力を誇示する形とならないよう申し入れ、警察立会いの下、厳格に監視する等の対応策を講じる)」、「出前であっても、日常的な消費を超えて会合等が想定されるような提供の場合は断る(あるいは、そもそも日常的な消費であっても可能な限りお断りする)」ところまで実際に行われています。また、「暴力団事務所に電気やガスを供給したり、医師が診療行為を行うなど法令に基づいて行われる行為」は「その他正当な理由がある場合」とされていますが、実際には、「電力自由化への新規参入企業においては、契約者の反社チェックを実施しているほか、実際に拒絶した事例もある」、「携帯電話は電気通信事業法が適用されるが、分割払契約締結時には割賦販売事業者による反社チェックが実施されている(暴力団は一括払いのみとなる)」、「携帯電話から派生したサービスに対しては反社会的勢力排除条項を盛り込んでいる」といった状況があり、可能な範囲で積極的に暴排の取り組みがなされている状況にあります。

 以上のような状況について、警視庁のサイトでの紹介事例に比べて、事業者のリアルの対応の方が進んでいるところもありますが、それが「行き過ぎ」かどうかは、社会の状況によりその評価は変わってくるものと思われます。暴排条例施行前後においては、利益供与違反の求める水準に難色を示す事業者も多かったものですが、現時点の事業者における反社リスク対策のレベル感は、暴排条例はあくまで最低限の遵守事項と捉えつつ、それ以上に、自社が「外部からどう見られるか」というレピュテーションリスクへの対応の観点や、「小さな接点でも将来的に大きなリスクとなりかねない」とする予防的なリスク管理の観点など、「一切の関係を持たない」姿勢が意識の高い企業をはじめ定着しており、それらのスタンスが「当然のこと」として社会的に受容されている状況と評価できると思います。

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