暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

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1. 反社会的勢力との不適切な関係~吉本興業「闇営業」問題を考える

 吉本興業などの芸人らが、会社に無届けで反社会的勢力のイベントに出席、報酬を得ていたとして処分を受けました。同社では、過去の反省をふまえ継続的にコンプライアンス研修を繰り返し実施してきたといいます。報道(令和元年6月24日付毎日新聞)によれば、「警察に協力を仰ぎ、コンプライアンスに関する授業を毎年続けている。拳銃や覚醒剤、暴力など、芸人でなくても決して手を出してはいけない犯罪に近づかないよう、警察が丁寧に指導する。芸人の卵たちは、「昔の芸人ならば許されたかもしれない」という甘い言葉は、現在では全く通じないということを、思い知らされるのだ」と反社会的勢力排除に向けて徹底した取り組みを行っており、大崎会長も、報道各社のインタビューで、「(処分した芸人たちは)自分たちの物差しと、世間の物差しとの違いを整理していなかった」、「かつて吉本は一部上場していて、反社会的勢力であろう株主さんもいたし、創業家を取り込んで乗り込んでくる人もいた。(2010年に)非上場にしてそういう人たちを一掃したつもり。同じ頃に暴力団排除条例(暴排条例)が各地ででき、24時間態勢でタレントが反社問題を相談できる電話のホットラインも整備した」、「コンプライアンスに関する社内教育用の小冊子も作り、すべての所属タレントへの講習会もやって…。でも、まだ分かっていなかった」と述べています(筆者としても、吉本興業自体は、過去の反省をふまえ、反社会的勢力排除に真剣に取り組んできたと一定程度評価していますが、それでも一部に綻びがあったとの認識です)。しかしながら、たとえ「知識」を伝えることはできても(本当に「知識」として浸透していたのかは結果的には何ともいえませんが)、一人ひとりの「常識」や「良識」にまで働きかけることはできなかったということになります。さらにいえば、そもそも「闇営業」というルール違反に踏み込むかどうかや、相手の素性の確認、相手を反社会的勢力と認識した場合の対応さえ、結局は一人ひとりの「倫理観」「良識」「リスクセンス」などに委ねられてきたのが実態であって、反社リスクの高い業界の中心に位置する同社としては、リスクの高さに見合ったルール・制度上の脆弱性があったことは否定できない事実だといえます。

 しかしながら、同社がどれだけ取り組んできたつもりでも一部の綻びによって極めて大きな「レピュテーション・リスク」に晒されてしまう反社リスクの恐ろしさを目の当たりにしたことは、多くの事業者にとって「対岸の火事」ではなく、正に「他山の石」として厳しい自省につなげるよい機会にすべきだと思われます。コンプライアンス・リスク管理が真に機能するためには、「知識」だけでなく「常識」や「良識」レベルにまで落とし込み、一人ひとりのリスクセンスを磨いて底上げを図ることが求められますが、その困難さをあらためて痛感されるのではないでしょうか。この点について、大崎会長は、前述のインタビューで、「やれることは、出来ていたつもりだった。でも今回こういうことがあった。まだまだ道半ばで、本当に芸人それぞれ一人一人の心のところまで、ちゃんと吉本興業の思いが伝わっていなかったのかな、という反省もある」と続けたうえで、「無念だけど再度、もう一度全社的に確認していこうと思う。所属タレントが直接受けた営業についても報告させ、反社会的勢力が関わっていないかどうかなどをチェックする。社員や所属タレントに対し、反社会的勢力との関係断絶などを誓約する「共同確認書」を交わす。不安を取り除くヒアリングもする」と述べています。事業者としては、今回のような不祥事を受けて、自社のルールや制度の不備を見直すこと、継続的に改善内容を落とし込んでいくこと、徹底したモニタリングを行って効果を検証していくことなどが、今すぐ「できること」、「すべきこと」として重要であり、同会長の述べているとおりだと思います。そのうえで、何より重要なことは、その「根本的な背景要因」を突き止め、根本的な改善に向けて取り組むことであり、その出発点となるのが「ヒアリング」など「徹底的な実態把握」です。同社も、その一環として、タレントが依頼された仕事をすべて会社に報告することなどを定めた「共同確認書」を新たに作成し、7月中に所属する約6,000人の全タレントに署名させる取り組みを行うとしています。報道によれば、確認書では、把握できた仕事の依頼主と反社会勢力の関係の有無を会社が徹底調査すると明記、暴力団や暴力団関係企業の関係者らとの交流も禁じ、コンプライアンス研修の受講や守秘義務、知的財産権の尊重などにも言及、差別的な発言を防ぐため、SNSについては不用意な発言でトラブルが起こりえることから「危険性を十分に理解して利用すること」も定めているといいます。さらにいえば、同社が所属する全てのタレントと、こうした文書を交わすのは初めてだということです。これだけ充実した確認書を取り付けることは、事業者ができる「目に見える」取り組みとして極めて望ましいものですが、その効果(現時点での深い理解、今後も行動を規律し続けられる持続性を確保できるか)を、それだけで十分に引き出せるとは限りません。同社にはまだまだ「できること」があるように思われます。たとえば、背景要因にあるといわれている「やむにやまれぬ」経済的側面の解消、すなわちギャラや仕事の「適正な配分」、そして「マネージャーの労働環境」の見直しによる「行き届いた管理」の実現や、「見て見ぬフリ」をしてきた組織の不作為体質の一掃(おそらくはビジネスモデルの根幹に関わる問題を含んでいるようにも思われます)にまで踏み込むべきではないかということです。現時点では、残念ながらそのようなアプローチからの改善活動を同社からうかがうことができません。この点について、大崎会長は、「芸人が「取り分は会社に9、本人は1」と発言したりしているが、笑いのネタとして言っていると理解している。実際にはあり得ない。ただ、芸は何十年かかって苦労を積み重ねてつくるものだ。見習い期間に本職で食べられないなら居酒屋でアルバイトするのは普通。デビューしたばかりの子に給料25万円を払うのが芸人への愛情としていいのか。金を払わないから、そういうこと(闇営業)をするんだというのは間違っている」との見解を述べています。たしかに、経済的な困窮を理由に闇営業を正当化することは間違っています(誤解ないようにお伝えすると、闇営業をした芸人の中には「売れっ子」も多いのであり経済的理由だけとは限りません。さらに、呼ぶ側も「売れっ子」でなければ呼ぶ意味がありません)ので、だからこそ、「知識」「常識」「良識」「倫理」「リスクセンス」等に働きかける必要があるのですが、少なくとも、経済的に困窮している多くの芸人からそのような声があがっているのも事実であり、6,000人もの芸人を抱えていることが適正なのか(管理が行き届き、業務とギャラを適正に配分できる範囲の適正な人数に絞り込むことも必要ではないか)、マネージャー等社員の数や業務量が適正なのか(同社は以前、長時間労働で労働基準監督署から是正勧告を受けています)といった観点からビジネスモデルを見直すべき状況にあるのではないかと思われます。このような根本的な構図を変えない限り、これまでも、今後も一人ひとりの「知識」や「常識」「良識」「リスクセンス」等に依存するビジネスモデルであろうとする限り、同様の問題は起こりうるはずです。

 今回の件は、マスコミ等の報道も相次いだこともあって、同社だけでなくすべての事業者も、あらためて反社会的勢力の恐ろしさを知る機会となったと思われます。社会全体が反社リスクに敏感となっている今こそ、社内で啓蒙するのに最適なタイミングだといえます。

 さて、令和元年7月14日付産経新聞に、論説委員の別府育郎氏のコラムが掲載されていました。(やや感傷的な部分や踏み込み過ぎの部分もありますが)共感できる部分も多く、やや長いですが、以下に抜粋します。

 やくざに強く堅気に弱いのが真の侠客(きょうかく)であるならば、老人や弱者を標的とする特殊詐欺を仕切る現代の暴力団を、どう表現すればいいのか。形態も複雑化し、暴力団の周辺者や半グレ、犯罪者集団も含めた「反社会的勢力」という用語が生まれた。ただし、その定義はあいまいである。

 吉本興業などの芸人らが、反社が関わる会合で闇営業を行ったとして処分を受けた。反社の恐ろしさを知るべきだろう。一度持った関係を断つことは極めて難しい。関わった事実が恐喝の材料となり、脅しに屈すれば新たな恐喝のネタとなる。彼らはどこまでも許さない。そこに義理や人情の介在はない。

 芸人らは謝礼をもらったことで批判されているが、対価がなければそれは便宜供与である。反社との関係は、どう転んでも悪い方へ落ちていく。芸能やスポーツ界が、かつてやくざ組織と密接な関係にあったことは事実だ。時代の要請がこれを禁じたが、遮断の動きは新たな脅しを生む。例えば過去の関係を証明する写真が出回るような。あくまで私見だが、厳しすぎる処分は反社の思うつぼではないか。復帰もかなわぬとなれば口をつぐみ、ぬかるみで耐えるしかなくなる。

 過去の不適切な関係については一定の謹慎を経て仕事の再開を許す。水面下に潜ったままの関係についても会社がまとめて進んで明らかにし、処分と復帰時期を明示する。これ以降は会社が矢面に立って芸人を徹底的に守る。反社との絶縁には、それしかないのではないか。

 あらためて芸能人は反社会的勢力に利用されるリスクが高いことを思い知らされた今回の問題は、もちろん「氷山の一角」に過ぎないでしょう。個人事業主として活動するタレントのモラル任せの部分が多いほど、反社会的勢力とのつながりを遮断することはもはや困難だといえます。彼らにコンプライアンスの意識が欠けていたことが最大の原因とはいえ、それを誘引した会社のコンプライアンス態勢の脆弱性、さらには会社の監督も甘かったと指摘せざるをえません(繰り返しとなりますが、吉本興業の反社会的勢力排除の取り組みは一般の事業者のレベルより高いものと推察されます。あくまで、それを上回る反社リスクに晒されているのが芸能界・興業の世界ということです)。大崎会長が述べていたように、これまでの啓蒙活動をさらに徹底して愚直に行うとともに、仕組みとして、契約書や確認書を交わして「闇営業」を厳格に禁じ、組織としてすべての営業先の健全性をチェックすることがタレントを守ることにつながると信じて取り組むことが何より重要となります(一方で、反社会的勢力を事前に見抜くことは極めて難しく、組織全体のリスクセンスの底上げが急務となります。そして、「疑わしいものとは関係を持たない」姿勢で今のビジネスモデルで貫けるのか、業界の反社リスクの高さに見合ったビジネスモデルへの転換も急務だといえます)。世間が騒ぐほど反社が脅しやすい危うい状況となる今こそ、「当たり前」のことに「本気」で取り組むことが求められているともいえます。

 以上、今回の件を吉本興業としてどうあるべきかを中心に考察してみましたが、それ以外にも論点は無数にあり、そのうちいくつかについて簡単に考えみたいと思います。

 まず、「特殊詐欺グループ」の宴会への出席が「反社会的勢力との密接交際」として問題視された本件ですが、そもそも特殊詐欺グループを明確に反社会的勢力と位置付けて論じられている点に着目する必要があります。もちろん、特殊詐欺グループは、「反社会的な集団」であることは論を俟ちませんが、いわゆる「反社会的勢力」であるとする根拠は何かが気になるところです。まず、反社会的勢力の定義からみると、政府指針によってその属性のひとつとされた「特殊知能暴力集団等」については、組織犯罪対策要綱(警察庁)では、「暴力団との関係を背景に、その威力を用い、又は暴力団と資金的なつながりを有し、構造的な不正の中核となっている集団又は個人」と定義されています。さらに、反社会的勢力の定義に含められる「共生者」については、その5類型のうち、「暴力団員等に対して資金等を提供し、または便宜を供与するなどの関与をしていると認められる関係を有すること」、「役員または経営に実質的に関与している者が暴力団員等と社会的に非難されるべき関係を有すること」などといった部分に包含されるイメージがあろうかと思います。一方、特殊詐欺グループと暴力団等との関係については、(1)特殊詐欺グループの首謀者が暴力団員である、(2)特殊詐欺グループのメンバーの中に暴力団員(元暴力団員、暴力団員であることを隠してなど)がいる、(3)特殊詐欺グループの首謀者が半グレ・準暴力団である、(4)特殊詐欺グループのメンバーの中に半グレ・準暴力団メンバーがいる、(5)特殊詐欺グループの首謀者が暴力団員と個人的な関係がある(個人的に上納金を支払っている/支払いは特にない)、(6)特殊詐欺グループの首謀者が半グレ・準暴力団と個人的な関係がある(個人的に上納金を支払っている/支払いは特にない)、(7)特殊詐欺グループから暴力団に直接的(組織的)に上納金が支払われている、(8)特殊詐欺グループから半グレ・準暴力団に直接的(組織的)に上納金が支払われている・・・といったさまざまなパターンがあり、その関係の濃度や距離感、資金的なつながりもまた多様なものとなっています。ただし、特殊詐欺グループは、暴力団やその周辺者と人的・経済的(資金的)なつながりを直接・間接にもっているケースが多いのは事実であり、厳密にいえば「反社会的勢力」と定義付けしてしまうのが早計なケースもあるとはいえ、そのつながりを合理的に推測できることから「反社会的勢力」とみなすことについては大きな問題はないのではないかと考えます。そして、何より、今回の件を通じて、特殊詐欺グループを反社会的勢力とみなすことに社会が「問題ない」と判断している(社会的合意が得られている)ことが大きいと思われます(なお、本件についてのみいえば、このグループには広域指定暴力団の組員も多数加わっており、グループの主賓で「会長」と呼ばれる男性の結婚披露宴も兼ねたものでもあったとの報道もあり、暴力団との密接な関係については大変分かりやすいケースではありました)。暴排条例が2011年に導入された当時、芸人と暴力団の密接な関係は「アウト」だということが明確になり、それを「厳しくなった」と感じた市民も多かったようですが、反社会的勢力の定義はあいまいな部分も多いとはいえ、現時点の「常識」が判断基準なのであって、それは社会(時代)の変化とともに変わるもの(厳しくなるもの)と認識して取り組むことが重要だといえます。言い換えれば、正に「社会(世の中)がアウト/疑わしいというのだから、アウトとみなして取り組む」ことが求められているといえます。そしてそれは、反社会的勢力を見抜くことの限界に対しても同様であり、会社も社員一人ひとりも「怪しい、疑わしいと思ったら近づかない(断る)」、「怪しい、疑わしいと思った時点で撤退する」スタンスを明確にもつことの方が、データベースや反社チェックを行って形式的に判断するだけでは見抜けないという「限界を乗り越える」ことにつながるのです。採りうる手を尽くして、それでも分からなかったことを、後になって社会から追求されることがあったとしても、それは「限界」であって、真摯に受け止め、今後の改善に努めるとすべきであり、不作為や故意、重過失とは別次元の話です(なお、今回の件でもマスコミ報道が過熱した部分がありますが、反社リスクは、多くの「限界」があるにもかかわらず、それが「レピュテーション・リスク」に直結してしまうという恐ろしさがあり、不作為や故意、重過失等と混同されがちという意味で極めて対応が難しいものだといえます)。

 次に、テレビ局の対応についても考える必要があります。

 たとえば、宮迫氏の出演番組を放送しているテレビ朝日は、当初、この程度のことは吉本興業内で解決できる問題だと高をくくっており、事態は沈静化するものと軽視していたフシがあったように思われます。報道によれば、同局では宮迫氏の発言に対して、「実際にスタジオに呼び込まれていたか」の調査をしたということですが、「社内で調べたところ、呼び込まれたという事実は確認できませんでした」として「放送予定には変更はない」と(やや安易な)結論を出しています。またフジテレビは、「反社会的勢力との接触があったのは極めて遺憾。総合的に判断し、該当タレントの出演する番組の放送などを控えることにした」、「コンプライアンスの徹底をさらに進めてもらい、再発を防止してほしいと強く申し入れた」、「コンプライアンスを徹底するという話を聞いている」といった幹部の発言が並びました。さらには、各局とも「対応を検討中」や(世の中の反応を見ながら)番組差し替えるといった「受け身」のスタンスが目立ったように思います。本来は、事件が発覚した時点で、関係した者の「番組降板」を決断すべきであり、別番組に差し替えるべきだったのではないでしょうか(その点、NHKの対応は素早かったですし、問題となった番組のスポンサーもいち早く広告を取りやめるなど素早い対応が目立ちましたので、その対応の違いに違和感を覚えました)。そもそも、芸人を起用する時点や起用後の状況についても、厳格なチェックやモニタリングを「能動的に」「主体的に」実施すべきはテレビ局であって、コンプライアンスやリスクマネジメントの徹底をすべきは吉本興業だけでなくテレビ局もそうであるべきだとの意を強く持ちました。

 今回の件は、芸人と反社会的勢力の関係が問題となりましたが、古くから興業の世界の反社リスクの高さは広く知られているところであり、反社会的勢力サイドが今回の一連の騒動を受けて、「旨味」を感じているとすれば、今後、歌手やスポーツ選手らと反社会的勢力の関係にまで飛び火する可能性があります。それを見越して、興業の世界が「自浄作用」を働かすことができるのかにも注視していきたいと思います。

 さて、前回の本コラム(暴排トピックス2019年6月号)で取り上げた西武信用金庫に対する行政処分について、その後、同庫は、業務改善計画を金融庁に提出しています。内部統制面では、内部監査部門を従来の理事長直轄から5月に業務・管理部門から分離した監事会直轄とし独立性を確保する形としたほか、常務以上の部長職委嘱と理事支店長を廃止、けん制機能強化へ内部統括副支店長も創設するといった対応をとっています。さらに業務運営では、資料改ざん業者の排除へ審査の本部決済、資料の原本確認をルール化することや、融資審査の階層別・職能別研修強化、貸出実績を過度に評価する業績評価基準も見直巣などの対応を行いました。反社会的勢力排除への態勢については、リスク管理統括部の人員を2倍の12人とし、反社会的勢力の管理区分を精緻化、検索システムも勘定系と連携し、モニタリング精度を高める工夫に取り組むとしています。また、投資用不動産への不適切融資に関わった職員のべ144人を懲戒処分しています(処分の内訳は、減給2人のほか、譴責22人、戒告108人など)。

▼西武信用金庫 業務改善計画の提出について
  • 第1章 根本原因
    • 理事長の在任期間が長期化するにつれ、その経営姿勢は営業推進に偏重したことや、役員の人事や報酬についても、理事長への過度な権限集中があり、役員間での情報共有や役員相互が牽制する機会を喪失するなど、発言力の強い経営トップへの十分な牽制を欠く状況にありました。このような経営態勢が適正な業務運営を阻害する根本的な要因であったという課題認識のもと、業務運営体制の抜本的な見直しと同時に、役員の相互牽制を含む、ガバナンス態勢の再構築に取り組んでまいります

  • 第2章 内部統制の強化(外部の視点を取り入れたガバナンス態勢の強化等)
    • (1)業務改善委員会
    • (2)人事・報酬評議会
    • (3)内部監査部門の独立性の確保
    • (4)常務理事以上の部長委嘱廃止並びに牽制機能の強化
    • (5)営業店における牽制機能強化
    • (6)理事支店長の廃止

  • 第3章 業務運営体制の見直し
    • 1.融資審査管理を含む信用リスク管理態勢の強化
      • 従来の規定、与信管理、組織体制、研修体系などを抜本的に見直し、融資審査管理を含む信用リスク管理態勢の強化を図ってまいります。
    • (1)営業地域のエリア特性に応じた審査体制
    • (2)不芳チャネル(資料の改ざん等を行う紹介業者)の排除と偽装・改ざん対応
    • (3)与信管理の強化
    • (4)営業店における融資審査体制の強化
    • (5)階層別・職能別研修の実施
    • (6)目標設定・業績評価制度の見直し
      • これまで業績優先の営業を過度に推進し、信用リスク管理を含む内部管理態勢の整備が十分に行われていなかったという反省のもと、以下のとおり、目標設定や業績評価制度を見直してまいります。
        • エリア特性に応じた目標設定と評価手法の導入
          今年度下期より、営業店のエリア特性や営業店人員に応じた目標を、営業店との双方向の議論を尽くしたうえで、積み上げ方式により納得感のあるものとします。また、かかる業績評価についてもプロセスを重視しバランスの取れた評価手法を取り入れてまいります。
        • 貸出実績を過度に評価する業績評価基準の見直し
          本年1月より貸出実績を過度に評価する業績評価基準を見直しておりますが、今年度下期からは、業績評価基準について、融資管理に関する取組みについても評価基準に加えることとしており、今後もプロセスを重視したバランスの取れた評価基準を目指し、かかる見直しと運用を行ってまいります。
    • 2.反社会的勢力等の排除に向けた管理態勢の抜本的な見直し
      • 反社会的勢力等の排除は、地域金融機関として、公共の信頼の維持と業務の適切性及び健全性の確保のために必要不可欠との認識のもと、その排除に向けた管理態勢の抜本的な見直しを行ってまいります。
        • (1)排除に向けた管理態勢の強化
          • 本年5月より反社会的勢力等の排除に向けた取組みに係る担当役員(常務理事)を明確にし、当該担当役員が同取組みを一元的に所掌するとの観点から、関連部署であるリスク管理統括部、事務部、システム企画部を管掌し、反社会的勢力等の排除に向けた管理態勢の強化を図っています。
        • (2)管理部門への適正な人員配置
          • 本年5月より反社会的勢力等との排除に向けた管理部門であるリスク管理統括部に、新たに6名の人員を配置し12名体制とするとともに担当者を明確にして警察との連携を強化しています。
        • (3)管理区分の精緻化と管理手法の強化
          • 本年5月28日に金融犯罪に係るリスク評価書(特定事業者作成書面)を、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドラインに基づくリスクベース・アプローチにより再評価したうえで、反社会的勢力等に係る管理区分をより精緻にし、対応方針を明確化して厳格な運用を行っています
        • (4)システム対応
          • 反社会的勢力等の排除に向けたシステム対応として、サブシステムにて運用している検索システムと勘定系システムとの情報連携を強め、モニタリング等の精度を高めてまいります。なお、当該対応については本年4月から開始しており、今後本年9月末までに順次導入し、入口や中間管理での監視機能を強化するなど管理強化のためのシステム対応を実施してまいります。
        • (5)意識改革のための研修の実施
          • 反社会的勢力等の排除に向けた役職員の意識改革を徹底するため、本年6月に全ての役員、支店長、部長、副部長に対し外部講師による研修を実施しました。また本年10月までに全職員(パート職員等含む)に「反社会的勢力等の排除、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策」などのコンプライアンス研修を実施し、全役職員の意識改革を図ってまいります。

 次に、暴力団と特殊詐欺の関係が争点となった裁判について紹介します。

 前回の本コラム(暴排トピックス2019年6月号)では、(1)措定暴力団住吉会系の組員らによる特殊詐欺の被害に遭った茨城県の女性3人が暴力団対策法上の使用者責任規定に基づき、住吉会の関会長と福田前会長に計約700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、水戸地裁が、3人のうち2人に対する605万円の賠償を会長らに命じた判決と、(2)住吉会系組員らによる特殊詐欺の被害者が、組員と住吉会最高幹部ら8人に1,950万円の損害賠償を求めた別の訴訟の判決で、東京地裁が、実行犯の組員に1,100万円の賠償を命じた一方で、幹部ら7人への請求は棄却、「詐欺に暴力団の影響力が使われたとは認められない」と判断した判決について紹介しました。

 直近では、指定暴力団稲川会系組員が関わった振り込め詐欺事件の被害者4人が辛炳圭(通称・清田次郎)会長ら4人に計約2,600万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は、計約1,500万円の支払いを命じたというものがありました。暴力団対策法では、組員らが「暴力団の威力」を使って市民に経済的被害を与えた場合、暴力団の代表者らの責任を問える形となっていますが、今回の判決では、会長の使用者責任を認めた内容となっています。報道によれば、「事件は組織的、計画的に実行された。組員が加担し、暴力団の威力を背景に資金を獲得した活動に当たる」と指摘。暴力団対策法上の使用者責任を負うと判断したとされます。なお、事案の概要としては、原告4人は2014年、息子を装う稲川会系組員らの詐欺グループからの電話で「知り合いの女性を妊娠させた。示談金が必要」などと言われ、それぞれ250万~400万円をだまし取られたといったものでした。

 また、みかじめ料を払わされたとして、愛知県内の会社経営者の男性が、指定暴力団六代目山口組の篠田建市(通称・司忍)組長と同組傘下の幹部を相手に、払わされた金や慰謝料など約1,073万円の損害賠償を求めた訴訟の初弁論が名古屋地裁で開かれました。報道(令和元年6月20日付朝日新聞)によれば、原告の男性は2005年10月~2016年8月、会社の営業を妨害されることなどを恐れ、「事務所立ち上げ費用」や「誕生祝い」などの名目で、組幹部にみかじめ料計776万円を支払ったといい、「暴力団の威力を利用した資金獲得にあたり、篠田組長も賠償の責任を負う」と主張したのに対し、組長側は請求棄却を求め、争う姿勢を示しています。なお、みかじめ料と組長の使用者責任を巡る訴訟では、名古屋地裁で2017年に篠田組長の使用者責任を認め、賠償を命じる判決が確定しています。

 さて、先月閉会した東京都議会で、東京都暴排条例の改正案が可決されました。改正内容については、以前の本コラム(暴排トピックス2019年2月号)でも紹介しましたが、あらためて以下に紹介したいと思います。

▼警視庁 「東京都暴力団排除条例」の一部改正について
▼「東京都暴力団排除条例」の一部改正概要
▼暴力団排除特別強化地域

 今回の改正の背景としては、「平成23年10月に施行された東京都暴力団排除条例では、「暴力団と交際しない」等を基本理念に掲げ、事業者等と暴力団との関係遮断を推進してきた。しかし、都内の主要な繁華街では、事業者が未だ暴力団と交際し、暴力団へ利益供与している事案が後を絶たず、関係遮断が図られていない実態が散見されている。よって、東京都暴力団排除条例を一部改正し、都内の主要な繁華街を「暴力団排除特別強化地域」と定め、同地域内においては、特定の事業者と暴力団員との間で、用心棒料等の利益の授受等を禁止する措置を追加した」と述べられています。

 なお、「暴力団排除特別強化地域」とは、「暴力団排除活動を特に強力に推進する必要がある地域として、都内29地区を「暴力団排除特別強化地域」として選定」、以下がその一覧となります。

千代田区 内神田三丁目、鍛冶町一丁目、同二丁目、神田鍛冶町三丁目
中央区 銀座六丁目、同七丁目、同八丁目
港区 赤坂二丁目、同三丁目、麻布十番一丁目、同二丁目、新橋一丁目、同二丁目、同三丁目、同四丁目、六本木三丁目、同四丁目、同五丁目、同六丁目、同七丁目
新宿区 大久保一丁目、同二丁目、歌舞伎町一丁目、同二丁目、新宿二丁目、同三丁目、同四丁目、同五丁目、高田馬場一丁目、同二丁目、同三丁目、同四丁目、西新宿一丁目、同七丁目、百人町一丁目、同二丁目
文京区 湯島三丁目
台東区 浅草一丁目、同二丁目、同三丁目、同四丁目、同五丁目、上野二丁目、同四丁目、同六丁目、千束三丁目、同四丁目、西浅草三丁目、根岸一丁目、同二丁目、同三丁目
墨田区 錦糸一丁目、同二丁目、同三丁目、同四丁目、江東橋一丁目、同二丁目、同三丁目、同四丁目
品川区 西五反田一丁目、同二丁目、東五反田一丁目、同二丁目、南大井三丁目、同六丁目
大田区 大森北一丁目、同二丁目、蒲田五丁目、西蒲田五丁目、同七丁目
渋谷区 宇田川町、恵比寿一丁目、恵比寿西一丁目、恵比寿南一丁目、桜丘町、神南一丁目、道玄坂一丁目、同二丁目、円山町
中野区 中野二丁目、同五丁目
杉並区 阿佐谷北二丁目、阿佐谷南二丁目、同三丁目、高円寺北二丁目、同三丁目、高円寺南三丁目、同四丁目
豊島区 池袋一丁目、同二丁目、北大塚一丁目、同二丁目、巣鴨一丁目、同二丁目、同三丁目、西池袋一丁目、同三丁目、東池袋一丁目、南池袋一丁目、南大塚一丁目、同二丁目、同三丁目
北区 赤羽一丁目、同二丁目、赤羽南一丁目
荒川区 東日暮里五丁目、同六丁目
足立区 千住一丁目、同二丁目、同三丁目
葛飾区 亀有三丁目、同五丁目
江戸川区 西小岩一丁目、南小岩七丁目、同八丁目
八王子市 旭町、東町、寺町、中町、三崎町
立川市 曙町二丁目、錦町一丁目、同二丁目、柴崎町二丁目、同三丁目
武蔵野市 吉祥寺本町一丁目、同二丁目、吉祥寺南町一丁目、同二丁目
町田市 原町田一丁目、同四丁目、同六丁目、森野一丁目

 また、「特定営業/特定営業者」については、以下が指定されています。

    1. 風適法第2条第1項 風俗営業 キャバクラ、クラブ、パチンコ、ゲームセンター
    2. 風適法第2条第5項 性風俗関連特殊営業 ソープランド、ファッションヘルス、デリバリーヘルス、テレクラ
    3. 風適法第2条第11項 特定遊興飲食店営業 ナイトクラブ
    4. 風適法第2条第13項 接客業務受託営業 コンパニオン派遣業
    5. 食品衛生法第52条第1項 飲食店営業 居酒屋、一般飲食店
    6. 風俗案内所条例第2条 風俗案内業 風俗案内所
    7. 客引き、スカウト等 客引き、ビラ配り、呼び掛け、スカウト

 さらに、「特定営業者の禁止行為」としては、「用心棒の役務の提供を受けること」、「用心棒の役務の対償又は営業を営むことを容認する対償として利益供与すること」が該当し、「暴力団員の禁止行為」については、「用心棒の役務を提供すること」、「用心棒の役務の対償又は営業を営むことを容認する対償として利益供与を受けること」が該当します。さらに、今回の改正の最も肝となる部分である「罰則」については、「1年以下の懲役又は50万円以下の罰金」と定めています。なお、「自首減免」措置も設けられており、「特定営業者が自首した場合については、任意的減免を規定」し、「刑法上の自首に規定されている「捜査機関に発覚する前」の減軽要件は必要なく、被疑者として特定され逃走している者が出頭してきても自首として減免することができる」こととして、「特定営業者の積極的な申告を期待」するとしています。

 今回の改正でみかじめ料を支払う店側にも直罰規定が適用されることになったことから、長年続く慣習等からこれまで関係を断ち切れなかったとしてもそれを断る理由となりうることが期待されます。一方で、本コラムで問題視し続けている半グレ・準暴力団については、今回の改正でも直接は規制の対象となっていません(ただし、暴力団との共謀関係が認定されれば規制の対象になりえます)。やはり、暴力団対策法とあわせ、半グレ・準暴力団を取り締まる何らかの法的枠組みが必要な状況だといえます。

 その他、最近の報道から、暴排に関するものをいくつか紹介します。

  • 特定危険指定暴力団工藤会の本部事務所の土地が、インターネットの複数の不動産情報サイトで一時、マンション用地として売り出されていたことが判明しました。報道によれば、金額は、撤去目的に売買交渉を進める市の査定額を上回る1億4,000万円で、交渉の一環として工藤会側が希望額を示した可能性が指摘されています。
  • 暴力団関係者が金銭目的で狙われたとみられる事件が相次いでいます。兵庫県明石市で4月に暴力団関係者が路上で現金入りのバッグを強奪され、今年初めには姫路市の指定暴力団神戸山口組系組長宅から金庫が盗まれています。報道で捜査関係者が「暴力団の資金集めが厳しく、金のある関係者が標的になっているのでは」とコメントしていますが、なるほど「効率のよいシノギ」だともいえます。
  • 外国為替証拠金取引(FX)で生じた顧客の損失を肩代わりしたとして、東京地検特捜部は、金融商品取引法違反容疑で、中小証券会社「東郷証券」取締役で元プロ野球選手の容疑者ら4人を逮捕しています。雑誌の情報ですが、「なぜ損失補填に手を染めたのか。それは顧客にいたとされる指定暴力団の会長への穴埋めが動機だったとみられている。会長を紹介したのは高校野球経験者で、十数年前に巨額詐欺容疑で逮捕された投資コンサルタント。解説者として活躍する元巨人選手を通じてこのコンサルタントと知り合った林は、暴力団会長から投資してもらい、利益を出そうとして失敗したようだ」との情報もあり、今後の捜査の進展に注目したいと思います。
  • 内閣府の企業主導型保育事業をめぐり、信用組合から融資金名目で約1億1,000万円をだまし取ったとして、東京地検特捜部は、詐欺容疑で福岡市の保育コンサルタント会社「WINカンパニー」代表取締役ら3人を逮捕しています。報道によれば、容疑者らは助成金の認定機関の印鑑を偽造するなどして融資条件だった同事業の助成決定を偽装したとされ、同社は、他にも福岡市内などで複数の企業主導型保育所の開設にかかわっており、特捜部は会社の経営実態や助成金受給の経緯などについても詳しく調べるということです。なお、本件に関連して、同社社長については、過去、関東連合」OB(解散)や元暴力団組長とも密接な関係があった人物との情報もあり、こちらも今後の捜査の進展に注目したいと思います。
  • 報道(令和元年6月14日付ニッキン)によれば、信用金庫・信用組合業界は、警察庁が保有する反社会的勢力に関するデータベース(DB)の融資審査への活用を当面見送る方針を固めています。全国信用金庫協会(全信協)が検討を続けてきたものの、費用負担などを勘案して現時点では難しいと判断、全国信用組合中央協会も、全信協と足並みをそろえるということです。本DBは、警察が管理する暴力団構成員などの情報を集約したもので、証券業界に続いて昨年、銀行業界も接続を開始したものです。信金・信組の両業界では、現在、全銀協から情報提供を受けているほか、全国の暴追センター(暴力追放運動推進センター)に協力を求めるなどして反社会的勢力排除に取り組んでいます。さらに、信金界では地区協会単位で情報共有する活動も進んでおり、当面はこうした連携の深化を通じて対策を強化していくことになるということです。

2. 最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

 先ごろ閉会した第198回国会で、「金融機能の早期健全化のための緊急措置に関する法律の一部を改正する法律(平成31年2月12日提出、令和元年5月17日成立)」と「情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律(平成31年3月15日提出、令和元年5月31日成立)」が成立しました。とりわけ後者について、主な内容を確認すると、まず、「暗号資産の交換・管理に関する業務への対応」として、「暗号資産交換業者に対し、顧客の暗号資産は、原則として信頼性の高い方法(コールドウォレット等)で管理することを義務付け」たこと、「それ以外の方法で管理する場合には、別途、見合いの弁済原資(同種・同量の暗号資産)を保持することを義務付け」たこと、さらに、「暗号資産交換業者に対し、広告・勧誘規制を整備」、「暗号資産の管理のみを行う業者(カストディ業者)に対し、暗号資産交換業規制のうち暗号資産の管理に関する規制を適用」するといったものがあげられます。さらに、「暗号資産を用いた新たな取引や不公正な行為への対応」として、「暗号資産を用いた証拠金取引について、外国為替証拠金取引(FX取引)と同様に、販売・勧誘規制等を整備」、「収益分配を受ける権利が付与されたICO(Initial Coin Offering)トークンについて、「金融商品取引規制の対象となることを明確化」し、「株式等と同様に、投資家への情報開示の制度や販売・勧誘規制等を整備」、さらには、「暗号資産の不当な価格操作等を禁止」といった内容となっています。また、「その他情報通信技術の進展を踏まえた対応」として、「情報・データの利活用の社会的な進展を踏まえ、金融機関の業務に、顧客に関する情報をその同意を得て第三者に提供する業務等を追加、保険会社の子会社対象会社に、保険業に関連するIT企業等を追加」といった内容や、「金融機関が行う店頭デリバティブ取引における証拠金の清算に関し、国際的に慣行となっている担保権の設定による方式に対応するための規定を整備」といった内容があげられます。とりわけ、銀行や証券会社、保険会社が本体の付随業務として、顧客の同意を得れば業務で得た情報を第三者に有償で提供できる規定が追加されたことで、銀行では、決済情報を事業会社に提供してマーケティングを支援するビジネスや、訪日外国人の位置情報を使った取引先の本業支援などが想定されるところであり、個人情報を預かり、他社に提供する「情報銀行」にも参入しやすくなるといったことが考えられます。

 さらに、昨年11月30日、犯罪収益移転防止法(犯収法)における施行規則の一部改正命令が公示され、同日施行されました。この改正により、オンライン上で完結する本人確認方法が一部許容されています。また、銀行によるオープンAPI(銀行と様々な事業者間で安全にデータを連携できるようにする取り組み)について、金融機関が自社システムにアクセスするための仕様を外部の事業者に公開し、契約に至った事業者に接続を許すことで、様々な事業者が金融機関と連携して、便利な金融サービスを提供できると期待されてきましたが、現状、多くの銀行では主にバンキングAPIといわれる口座残高等の口座情報を照会するAPIや資金移動に係るAPIの提供に留まっていました。最近になって、三菱UFJ銀行は、証券会社や消費者金融会社など金融を中心とする事業者が、個人顧客向けオンラインサービスを完結する、新APIサービスを開始、将来的には、ほかの金融機関とも連携し、複数銀行横断での展開を目指す取り組みが始まり、注目されています。今後、ますます銀行によるオープンAPI連携が拡大すれば、新たな「社会インフラ」として本人確認手続きに限らない、さまざまな活用が考えられるところです。

 また、金融庁は、大口送金について、海外のルールを参考に、利用者保護の観点から詳細を詰めています。AML/CFTは現行の資金移動業者より厳格化する見通しで、解禁後は企業間送金での利用が想定され、銀行より低コストのサービスが生まれる可能性があるといいます。

▼金融庁 金融審議会「金融制度スタディ・グループ」 (平成30事務年度第12回)議事次第
▼資料 「決済」法制及び金融サービス仲介法制に係る制度整備についての報告≪基本的な考え方≫ (案)

 まず、「上限額を超える送金に対する利用者のニーズに対応する必要がある」として、「資金移動業に、上限額を超える「高額」送金を取り扱うことができる新類型を設けることを検討する。また、当該新類型について、そのリスクを踏まえ、追加的に必要となる対応を検討する」としています。「現行の資金移動業者に対する規制枠組みは、上限額以下の送金を取り扱うことを前提に設計されている。他方、上限額を大幅に下回るような少額の送金に伴うリスクは相対的に小さいと考えられる。このため、フィンテック事業者の新規参入を促進するといった観点から、数千円又は数万円以下の「少額」の送金のみを取り扱う資金移動業者について、適用される規制を何らか緩和する余地がないかを検討する」というものです。具体的な検討点としては、たとえば、「企業間取引に係る決済などの高額送金に関して、その履行が確保されない場合には、資金の受け手が資金繰りに窮するなど、社会的・経済的な影響が大きくなる可能性があるとの指摘がある。そのため、送金の履行を確保することがこれまで以上に重要となる。したがって、特に、システムリスクを含むオペレーショナルリスクの管理について、より重点的な検査・監督が必要となると考えられる」ことや、「銀行と同様に高額送金を取り扱うことが可能となることから、マネー・ローンダリングやテロ資金供与に係る対策についても、国際的な要請を踏まえ、事業者において、より厳格な態勢整備等が必要となると考えられる」こと、「多種多様なサービスが提供されるようになる中、一部において、資金決済法制定時の想定を超えて、利用者資金が事業者に滞留していることが指摘されている。例えば、その額が10億円以上に上る事例も確認されている。このため、資金移動業者に利用者資金が滞留することによるリスクを低減する観点からは、利用者資金の受入れに、何らかの制限を設けることについて、今後、検討する必要がある」ことなどがあげられています。さらに、「少額」の送金のみを取り扱う事業者であっても、「マネー・ローンダリングやテロ資金供与に係る対策に関する国際的な要請を踏まえると、引き続き、犯罪収益移転防止法上の取引時確認義務等を適用する必要があると考えられる」こと、「資金移動業者が提供する送金サービスと異なり、前払式支払手段は払戻しが認められておらず、マネー・ローンダリングやテロ資金供与に係るリスクが相対的に限定されている。このため、取引時確認義務等については、これを引き続き課さないこととすることが考えられる」こと、「利用者利便の向上の観点からは、送金サービスについて、加盟店に係る規定や、抗弁権の接続に係る規定を、法令上、一律・画一的に設けることは、必ずしも適当ではないと考えられる」ことなどもあげられています。海外送金を3段階に分けるとの構想を当初知ったときは、リスク管理のあり方に懸念を覚えましたが、ほぼ採るべきスタンス内に収まっていることが確認でき、その点は今後の議論を期待していきたいと思います。また、それらに加えて、「仲介業者に関する現行規制は「機能」ごとに分かれている。このため、仲介業者が「機能」をまたいで商品・サービスを取り扱う場合には複数の登録等が必要となり、事業者にとって負担であるとの指摘がある。こうしたことから、複数業種かつ多数の金融機関が提供する多種多様な商品・サービスをワンストップで提供する仲介業者を念頭に、参入規制の一本化を図ることが考えられる」という点は大きな変更点となりうると思われ、今後の議論を注視していきたいと思います。

 以下、今秋のFATF第4次対日相互審査をふまえた(海外送金、外国人口座を中心とした)金融機関の対応に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 城北信用金庫は、9月末をめどに、AML/CFTで法人・個人を含めた全顧客のリスク格付けに向けてロードマップを作成しており、その第一段階として、リスクの高い全外為取引1,500先の格付けを完了したということです。報道によれば、独自開発していた既存の情報系シス特殊詐欺を巡る動向テムなどを使い、4月中旬から外為先のリスク格付けを開始しています。判定シートで低・中・高リスクの3段階に分類。例えば、ドバイに中古車を輸出する企業や、在留期限を管理できない外国人技能実習生は高リスクとしています。営業店では低リスク先には、初回送金時は確認しないなど事務負担の軽減策もあわせて導入しているといいます。
  • ゆうちょ銀行はAML/CFTの一環として、10月から窓口での海外送金を1回500万円までに制限するとしています(なお、1日あたり200万円としているゆうちょダイレクトの海外送金の限度額は変更しないということです)。ゆうちょ銀は口座数が約1億2,000万と国内でもっとも多いほか、外国人が口座を開設しやすい面もあるといい、対策の強化が急務だといえます。また、同行は、インターネットバンキング「ゆうちょダイレクト」による国内送金の限度額を10月4日から1日あたり1,000万円に引き下げると発表しています。AML/CFT強化が目的で、限度額を1,000万円超に設定している利用者が対象となります。
  • 横浜銀行は、外国送金の取扱店を現在の191店舗から51店舗に減らすと発表しています。10月にかけて140店で順次受け付けを取りやめ、対応する店舗を4分の1に減らす方向です。店舗網の見直しで、AML/CFTや不正送金防止で取引内容の確認を徹底するということです。
  • 西中国信用金庫はAML/CFT強化のため、7月から現金による外国送金と預金口座を持たない顧客の外国送金を受け付けない運用を始めています。外国送金は依頼者本人の口座からの振替のみとし、送金目的や原資、職業、事業内容について詳しく照会したり、契約書・注文書・インボイスなどの提示を求めたりするといいます。不正送金の国際的な監視強化に対応するため、現金による外国送金を停止する動きはすでに地方銀行やメガバンクに広がっており、同庫もそれに対応した形となります。
  • 報道(令和元年6月28日付ニッキン)によれば、日本語学校が集まる高田馬場のある大手行の支店では毎年、入学時期に1,500件近くの外国人新規口座開設の対応に追われているといい、周辺金融機関の支店長は「相当な事務負担」と驚く反面、口座の数だけ増える不正利用のリスクを懸念しているといいます。一方、都内郊外でも中小企業の現場で働く外国人労働者が増え、「給与口座開設では取引先社長と一緒に来店するが、(帰国の際に)解約に訪れるのはまれ」(埼玉の信金支店長)と頭を抱えているのが実態だといいます。口座売買の闇市場では、口座凍結対応に時間がかかる金融機関の口座ほど高値が付くとされます。信金支店長は「全て管理するのは難しい。『在留期間に合わせた期限付きの預金口座』を作るなど検討してほしい」と切実に訴えています。
  • 港町の多い北陸では、北朝鮮などアジア諸国がらみのマネー・ローンダリングのリスクは常に潜んでいるといえます。報道(令和元年6月14日付ニッキン)によれば、北陸地区の金融機関は慎重な対策を進めており、外国人の口座開設が確実に増加する流れのなか、同時にAML/CFTも求められており、「案件に対応する即戦力の人材育成が急務で、令和元年の人事研修と言えば、マネロン研修だろう」(信金人事部長)や「正直、口座の不正売買が怖く、他の金融機関で給与振り込みの口座を作ってほしい」(信金役員)との声も聞かれるほどだといいます。

 その他、最近のAML/CFTを巡る動向についての報道から、いくつか紹介します。

  • 欧州警察機関(ユーロポール)は、欧州に流れる犯罪資金の出所の多くはロシアや中国で、バルト3国がマネロンの場として使われることが多いとの見方を示しています。ユーロポールでマネー・ローンダリング取り締まりの担当者は、ソビエト連邦の支配下にあった歴史を持つラトビア、リトアニア、エストニアのバルト3国の一部の金融機関がマネー・ローンダリングに対して非常に脆弱だと指摘、特にロシアからの不正資金の影響を受けやすいとの見方を示しました。また、バルト3国に流れた不正資金は、最終的には不動産、恐らくロンドンやローマなどの物件に投資されることが多いと説明しています。以前の本コラム(暴排トピックス2018年12月号)でも取り上げましたが、デンマーク最大のダンスケ銀行で、エストニア支店を舞台に8年間で総額2,000億ユーロ(約26兆円)もの巨額のマネー・ローンダリングが行われていたという事実は文字通りのスキャンダルでした。本疑惑ではCEOが辞任する事態にまで発展しましたが、調査報告書によれば、2007~2015年の間、エストニア支店を通じて行われた巨額の国際送金について、「このうち相当部分が(不正を)疑われる」と指摘、居住実態のない「非居住者」15,000人の口座を調査対象とし、6,200人について不正が「疑われる」という驚くべき内容が報告されています。なお、資金の出所はロシアとエストニア国内が各23%で最大を占めたといいます。また、バルト三国の1つラトビアでは昨年2月、大手ABLV銀行が北朝鮮の弾道ミサイル開発にかかわる団体と違法取引し、マネー・ローンダリングに関与したとして、米国の制裁を受けています。それにより同行は資金繰りが急速に悪化し、破綻に追い込まれる事態となりました。これらの事実からも、ユーロポールの指摘には相応の説得力があるものと思われます。
  • 中国人民銀行(中央銀行)は、国境を越えたAML/CFTで、欧州を含む各国との協力を強化する方針を示しています。AML/CFT規制、金融情報の交換、資産回復などに焦点を当てるとロイター通信に説明したということであり、その背後には、上記の報道(欧州に流れる犯罪資金の出所の多くはロシアや中国で、バルト3国がマネロンの場として使われることが多いとの見方をユーロポールが示したとの報道)があると推測されます。
  • EUは、マネー・ローンダリングのリスクがある国・地域を指定するリストを見直す用意を進めており、新たに作る「グレーリスト」にサウジアラビアを追加する可能性があるということです。欧州委員会は2月、資金洗浄やテロ資金供与への対策が不十分な国・地域を挙げたブラックリストにサウジを追加することを提案しましたが、サウジアラビアの圧力を受けて加盟国が却下したということがありました。経済面の影響を懸念した英仏などが、欧州委はリスト掲載国に懸念に対処する機会を与えなかったとして反対していたものです。その反省をふまえ、今回の新たなプロセスでは対策が不十分な国を直接ブラックリストに掲載するのではなく、リスクのある国に特定の期限までにルールや慣行を改めるよう求める「段階的アプローチ」をとる(グレーリスト化する)こととしています。そのうえで、グレーリスト指定国は必要な改革を行わなかった場合のみブラックリストに掲載されることになります。

(2)特殊詐欺を巡る動向

 いまだに後を絶たない特殊詐欺に、IP電話などの固定電話が悪用されるケースが多発していることから、政府は、特殊詐欺グループに電話番号を販売する悪質な「電話再販業者」の規制に乗り出すことになりました。犯罪対策閣僚会議で示された「オレオレ詐欺等対策プラン」の中で、警察などが大手通信事業者に協力を要請し、悪質な再販業者が大手事業者と新規の番号契約をできなくしたり、詐欺に使われたことが判明した番号を利用停止にしたりする取り組みをはじめるというものです。これに伴って、電気通信事業法の運用を見直し、「特殊詐欺への悪用」もサービス提供を拒否できる正当な理由に当たると位置付け、新たな対策を進める方針を示しています。被害者の多くは自宅にかかってきた電話でだまされていること、警察が把握した特殊詐欺の番号のうち8割が、アナログ回線やIP電話といった固定電話の番号だったこと、番号は市場で売買され、犯行グループ側が電話転送サービスを多用するなどしていることなどから、利用者の特定は容易ではないところ、これまで通信事業者は固定電話を重要な社会インフラと位置付けており、料金未払いなどがない限り、サービスを止めていないのが現状です。総務省によると、今後、特殊詐欺に確実に使われたことがわかれば速やかに利用を中止できるよう、事業者に約款の変更を求めていくことや、警察が詐欺に複数回使われた番号に警告電話をかけた上で事業者に要請する、といった仕組みを検討しているとされます。「社会インフラ」だからやむをえない(不作為)のではなく、害悪が生じているからこそ「犯罪インフラ」化を阻止すべく、できるところから進めていくとのスタンスに(時間はかなりかかりましたし、これまでたくさんの被害を生じさせてきましたが)ようやく転換できたことは特筆すべきものであり、大変高く評価できると思います

▼首相官邸 犯罪対策閣僚会議(第31回)
▼資料1-1 「オレオレ詐欺等対策プラン」(案)(概要)

 まず現状について、「平成30年の特殊詐欺の認知件数は約1万6,500件、被害額は約364億円と高水準で推移しており、依然として深刻な情勢」にあること、「特殊詐欺被害全体に占める高齢者割合は78.1%で、特にオレオレ詐欺では96.9%に上るなど、高齢者の被害防止が喫緊の課題」となっていること、「最近では、高齢者から電話で資産状況を聞き出した上で犯行に及ぶ手口の強盗事件の発生が相次ぎ、国民の不安感が増大」していることなどが示されています。そのうえで、「被害防止対策の推進」として、以下のような取り組みが示されています。

  1. 広報啓発活動の更なる推進(全府省庁)
    • 高い発信力を有する著名な方々と連携し、各地方公共団体等のあらゆる公的機関はもとより、経済団体をはじめとする社会のあらゆる分野に係る各種団体、民間事業者等の幅広い協力も得ながら、多種多様な媒体を活用するなどして、国民が力を合わせて特殊詐欺の被害防止に取り組むよう広報啓発活動を展開
    • あらゆる機関・団体・事業者等のウェブサイト、SNS等による注意喚起
    • 高齢者と接する機会の多い団体・事業者等による注意喚起
    • 子供や孫世代を対象とした職場や学校における広報啓発の推進
  2. 留守番電話機能の活用等の促進(警察庁、消費者庁)
    • 犯人からの電話を直接受けることを防止するため、高齢者宅の固定電話を常に留守番電話に設定することや、迷惑電話防止機能を有する機器の活用の有効性について、広報啓発を推進
  3. 金融機関と連携した被害の未然防止(警察庁、金融庁)
  4. コンビニエンスストア等と連携した被害の未然防止(警察庁、金融庁、消費者庁、経済産業省)
  5. 宅配事業者と連携した被害の未然防止(警察庁)
  6. 押収名簿を活用した注意喚起(警察庁)

 また、「犯行ツール対策の推進」として、(1)電話転送サービスを介した固定電話番号の悪用への対策(警察庁、総務省)、具体的には、「電話転送サービスを介し固定電話番号が特殊詐欺に悪用されている現状を踏まえ、特殊詐欺に利用された固定電話番号の利用停止をはじめとする実効性のある対策を講じる」ことをあげています。さらに、(2)電話転送サービス事業者に対する指導監督の強化(警察庁、総務省)として、「特殊詐欺に利用される電話転送サービスを提供する事業者については、犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号。以下「犯収法」という。)第2条第2項に規定する特定事業者として、取引時確認等の義務履行が求められている。これまでも当該義務の適切な履行を確保するため、犯収法に基づく特定事業者に対する報告徴収等が行われているが、義務違反が認められる特定事業者に対し是正命令を行うなど、特殊詐欺の犯行に利用される電話転送サービス事業者への指導監督を強化する」ことや、(3)犯行に利用されるなどした携帯電話への対策(警察庁、総務省)として「特殊詐欺の犯行に利用されるMVNO等の携帯電話について、携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律(平成17年法律第31号)に基づく契約者確認の求め、役務提供拒否に関する警察から事業者への情報提供を推進するほか、事業者と連携し、特殊詐欺に利用された携帯電話のサービスを停止する取組を推進する」などに踏み込んでいます。さらに、これらに加えて、(4)警告電話事業の推進(警察庁)、(5)犯行に利用された預貯金口座の凍結等(警察庁、金融庁)など、これまでの取り組みの延長線上で強化すべきものもあわせて示されています。

 なお、「効果的な取締り等の推進」として、(1)犯罪者グループ等に対する多角的・戦略的取締りの推進(警察庁)や、(2)犯行拠点の摘発等による実行犯の検挙及び突き上げ捜査による中枢被疑者の検挙の推進(警察庁)、(3)預貯金口座や携帯電話の不正売買といった特殊詐欺を助長する犯罪の検挙等の推進(警察庁)、(4)殊詐欺に加担した少年の再非行防止のための取組の推進(警察庁、法務省)があげられていますが、これらは本コラムでもこれまで指摘してきた方向性に同じものといえます。

 また、警察庁の内部通達で最近、以下のような内容が発出されていますので、参考までに紹介します。

▼警察庁 今後の特殊詐欺対策の推進について

 前回の本コラム
(暴排トピックス2019年2月号)で、「特殊詐欺における地域性を考慮した取り組み」の必要性について触れましたが、本通達においても、「地域の情勢に即した官民一体となった被害防止対策の推進」として、手口や地域性、被害者の分布などを分析して、官民が協働して取り組むことの重要性が示されています。すなわち、「平成30年の特殊詐欺の被害状況を手口別にみると、特殊詐欺全体の認知件数の5割以上を占めるオレオレ詐欺については、被害の大半が首都圏等特定の大都市部に集中し、また、被害者の9割以上が高齢者となっている。他方、特殊詐欺全体の認知件数の約3割を占める架空請求詐欺については、特定の大都市部だけでなく、地方においても被害が一定程度認められ、また、被害者も比較的幅広い世代に及んでいる。さらに、手口ごとに被害金の交付形態等にも違いが認められる」と分析したうえで、「このような状況の下、効果的な被害防止を図るためには、各都道府県警察において、地域ごとに各手口の被害の発生状況に応じた対策を講じることが不可欠である。例えば、オレオレ詐欺に関しては、被害が多発する首都圏等特定の大都市部において、主な被害者層である高齢者に対する注意喚起のみならず、その子供、孫世代に対する働き掛けを強化することが効果的と認められる一方、架空請求詐欺に関しては、地域を問わず、幅広い世代に対して被害実態に即した注意喚起を行うことが効果的と認められるところである。こうした点を踏まえて、関係機関・事業者等との連携の下、被害防止に向けたより直接的・個別的な取組を推進するとともに、幅広い世代に対して発信力を有する著名な方々等とも連携・協力した効果的な広報啓発活動を積極的に展開する必要がある」としています。さらに、「これに加えて、被害者がだまされた後でも被害を食い止めることができるようにするため、警察と金融機関、コンビニエンスストア等の関係事業者等との協働による被害防止対策を更に強化することが重要である」こと、「このため、各都道府県警察は、各々の地域における発生状況を分析し、その結果を踏まえて、被害に遭う可能性のある年齢層の特性にも着目した、官民一体となった効果的な取組を推進すること」、「また、講じた対策の効果を分析し、その結果を踏まえて不断の見直しを行うこと」が示されています。

 また、あわせて、「犯罪者グループ等の壊滅に向けた効果的な取締りの推進」として、「平成30年の検挙件数、検挙人員については、いずれも前年に比べて増加したものの、その多くが受け子や架け子等の末端被疑者の検挙であり、主犯格の検挙については一定程度にとどまっている。また、特殊詐欺の犯行グループは、実行行為の分業化、犯行拠点の小規模化、被疑者間の匿名化等の対策を講じており、一部の被疑者を摘発したとしても、必ずしも主犯格の検挙や組織の実態解明につながらないのが実情である。特殊詐欺の発生を抑止するためには、犯行組織の中枢に打撃を与え、これを弱体化させる必要がある」との厳しい現状を分析したうえで、「このため、既に「総合的な特殊詐欺対策の推進について」(平成30年9月25日付け警察庁丙捜二発第9号ほか *本コラムでも以前紹介しています)等で示達しているとおり、従来の拠点摘発や突き上げ捜査に加えて、特殊詐欺事件の背後にいると見られる暴力団、準暴力団、不良外国人、暴走族、少年の不良行為グループ等の犯罪者グループ等を見定めた上で、都道府県警察の各部門が連携し、特殊詐欺に限らずあらゆる法令を駆使した戦略的な取締りを推進し、これら犯罪者グループ等の壊滅に向けた実効性のある対策を推進すること」の重要性にあらためて触れています。さらに、「特殊詐欺の犯行拠点の多くは首都圏等に集中し、摘発を逃れるために頻繁に移転を繰り返すなどしている一方、受け子やその勧誘役は大都市部以外の地方にも少なからず認められることから、各都道府県警察における捜査対象の選定や摘発に向けた捜査の実施に当たっては、地理的要素等を考慮し、都道府県警察間で積極的に連携して警察組織の総合力の発揮による効率的な捜査に努めること」も指摘されており、「地理的要素」等を勘案することの重要性について、再度言及されている点からも、今後の対策の方向性にとってのキーワードであることを示しているといえます。

 また、「犯行ツール対策の徹底」として、「最近の特殊詐欺の犯行実態を踏まえると、犯行グループに対して、レンタル携帯電話、電話転送サービス等の提供を行ったり、詐取した電子マネー等の転売、買取等を行ったりしている悪質な事業者の存在が認められる」として、本コラムでも継続して注意を促している「犯罪インフラ」の存在に着目することを説いています。そのうえで、「特殊詐欺は、携帯電話、預貯金口座等の犯行ツールがなければ成り立たなことから、その供給を遮断するなどの対策を推進することは、特殊詐欺の犯行を困難にさせ、その抑止にもつながるものである」、「このため、各都道府県警察は、犯行ツールの悪用状況の把握に努めるとともに、悪質な事業者に対する情報収集及び取締りを強化し、あらゆる法令を駆使してその立件に努めること」としています。実際の犯行においては、ここで例示されているものに限らない「犯罪インフラ」が多数存在していることから、犯罪の手口等をより深く分析したうえで、とりうる対策を拡大、深化させていくことが求められているといえます。

 また、同じく警察庁の内部通達において、特殊詐欺や大麻事犯、さらには半グレ等の準暴力団との関わりなど、多方面において問題が顕在化している「非行集団等」の実態把握の強化が指示されています。以下に内容を紹介します。

▼警察庁 非行集団等に対する実態把握等の強化について

 まず現状認識として、「少年非行情勢については、刑法犯少年の検挙人員が継続して減少しているものの、依然として社会の耳目を集める凶悪な事件が後を絶たず、少年事件の共犯率についても、成人の2倍以上と高水準で推移している」こと、「特殊詐欺や大麻事犯での少年の検挙人員が大幅に増加しており、非行集団のような組織性の高い集団のみならず、より緩いつながりの不良交友関係にある少年までもが、事件の背後にいるとみられる暴力団、準暴力団等の犯罪者グループと関わりを持ち、特殊詐欺に加担したり、大麻を乱用し又は周囲への乱用を助長したりしている実態が認められるなど、これら非行集団等の少年を取り巻く情勢は、極めて憂慮する状況にある」と指摘しています。それをふまえて、「各都道府県警察においては、管内の実情等を踏まえつつ、下記のとおり、非行集団等に対する実態把握等の強化に努められたい」といった通達となっています。

  1. 非行集団等
    • 非行集団等とは、「非行集団(組織性・継続性を有し、少年を主とする3人以上の集団であって、自ら非行行為を繰り返すほか、構成員の非行を容認、助長し、かつ、非行により構成員間の連帯を強める性格のもの。)及び非行集団には至らないものの、非行や不良行為を繰り返している少年を主とする3人以上のグループ」のことをいう
  2. 実態把握と情報収集の強化
    1. 効果的な実態把握等の推進
      • 実態把握等に当たっては、事件検挙、交通違反の取締り、職務質問、街頭補導、巡回連絡等を始めとする全ての警察活動を通じて、非行集団等の実態把握を徹底し、情報収集に努めること
      • また、少年のい集場所等に着目した従来からの実態把握の手法に加え、少年らがLINE、Facebook、Twitter等のSNSを利用してコミュニケーションを取っている現状を踏まえ、サイバーパトロールや携帯電話機の解析等によるSNSに着目した情報収集を行うなど、社会情勢に応じた効果的な実態把握等の推進に努めること
    2. 継続的な実態把握の推進
      • 非行集団等の結成・解散や構成員の加入・離脱等による集団的不良交友関係(非行集団等 及びその構成員又はこれに準じる2人以上の交友関係)の変化は、頻繁に起こり得ることから、常に新しい情報の収集とこれに基づく基礎資料の更新に努めること
  3. 関係部門との連携
    • 非行集団等の中には、暴力団や準暴力団と関係を持つ集団も認められ、また準暴力団には、暴走族等の少年の頃からの不良交友関係により、形成されるケースも認められるところである
    • さらに、暴力団や準暴力団等は、非行集団等の少年を特殊詐欺の受け子等として犯行に加担させるなど、自らの手先として犯罪に利用したり、少年への大麻密売により資金獲得を図ったりしている現状も認められるところであり、これら暴力団・準暴力団対策、特殊詐欺対策、薬物対策、暴走族対策等を主管する部門と緊密に連携し、必要な情報共有に努めること
  4. 情報の集約管理
    • 収集した非行集団等の情報は、集団的不良交友関係に関するシステム等を活用するなどして、少年警察部門において、適切に集約管理を行うともに、必要な情報については、各部門との共有化を図ること
  5. 賞揚への配意
    • 非行集団等の実態解明を効果的に推進するため、積極的かつ適切な実態把握活動や非行集団等の検挙解体につながる情報の入手等に対しては、適宜適切な賞揚に配意すること

 さて、特殊詐欺対策に全力で取り組むべきところ、京都府警の現職警察官が、特殊詐欺の被害をいったん防止した高齢者から現金1,180万円をだまし取った疑いで逮捕されるという事件が発生しました(その後、京都地検が詐欺罪で起訴、京都府警も懲戒免職処分としています)。特殊詐欺の被害者の85%以上が60歳以上の高齢者であり、その対策については前述のとおりですが、以前の本コラム(暴排トピックス2019年3月号)でも紹介した警察庁の「オレオレ詐欺被害者等調査」によれば、単に「お金の使い道を聞かれた」、「チェックシート等を示された」といった窓口の対応だけでは、被害の阻止に至らない実態がうかがえる一方で、「警察官が来た」などの対応が被害の阻止につながったことが示され、「被害者が現金を準備しようとする際に、その約5割は金融機関窓口で現金を払い戻していることに鑑みれば、警察と金融機関等が連携して、より踏み込んだ窓口対応を行うことが被害防止に効果的と認められる」と結論付けています。この事件は、「警察の信用」を逆手に取り、被害防止に有効な「連携」が悪用されたという点で極めて卑劣であり、特殊詐欺対策の「盲点」を突かれた事実は極めて重いといえ、警察は信頼回復に全力をあげていただきいと思います(なお、論旨は筆者とほぼ同じですが、令和元年6月19日付産経新聞では、「詐取してまで投資に入れ込むような人間であれば、日頃から素行のおかしさを見抜けなかったのか。警察が国民や金融機関から信頼を失えば、喜ぶのは特殊詐欺犯である。警察は悪質な警察官の特異な犯行だと片付けてはいけない。犯罪に手を染める容疑者の性行を見抜けなかった危機管理も省みて、組織全体で信頼回復に努めなければならない」と相当厳しい論調で指摘しています)。

 次に、例月通り、平成31年1月~令和元年5月の特殊詐欺の認知・検挙状況等についての警察庁からの公表資料を確認します。

▼警察庁 令和元年5月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

 平成31年1月~令和元年5月の特殊詐欺全体の認知件数は5,541件(前年同期6,817件、▲18.7%)、被害総額は82.0億円(117.9億円、▲30.4%)となり、認知件数・被害総額ともに減少傾向が継続し、さらにその減少幅の拡大が続いています。なお、検挙件数は1,937件となり、前年同期(1,871件)を+3.5%と昨年を上回るベースで摘発が進んでいます(検挙人員は923人と、前年同期1,004人から▲8.1%の結果となりましたが、傾向的には摘発の精度が高まっている様子がうかがえます)。また、特殊詐欺のうち振り込め詐欺の認知件数は5,503件(6,725件、▲18.2%)、被害総額は79.2億円(114.1億円、▲30.6%)と、特殊詐欺全体の傾向に同じく、認知件数・被害総額ともに大きく減少する傾向が続いています(検挙件数は1,905件(1,793件、+6.2%)、検挙人員は892人(968人、▲7.9%)というやはり同様の傾向となっています)。また、類型別の被害状況をみると、オレオレ詐欺の認知件数は3,052件(3,832件、▲20.4%)、被害総額は31.7億円(56.6億円、▲44.0%)と3ヶ月前に増加傾向から一転して減少傾向に転じて以降、ともに大幅な減少傾向が続いています(検挙件数は1,221件(1,237件、▲1.3%)、検挙人員は640人(732人、▲12.6%)となっています)。また、架空請求詐欺の認知件数は1,424件(2,059件、▲30.8%)、被害総額は34.8億円(47.2億円、▲26.3%)と認知件数・被害総額ともに大幅な減少傾向が続いています(3ヶ月前は被害総額が増加傾向から減少に転じています。なお、検挙件数は564件(420件、+34.3%)、検挙人員は241人(207人、+16.4%)となっています)。融資保証金詐欺の認知件数は115件(184件、▲37.5%)、被害総額は1.3億円(2.1億円、▲39.3%)、検挙人員は41件(47件、▲12.8%)、検挙人員は4人(13人、▲69.2%)、還付金等詐欺の認知件数は912件(650件、+40.3%)、被害総額は11.3億円(8.1億円、+39.5%)、検挙件数は79件(89件、▲11.2%)、検挙人員は7人(16人、▲56.3%)となっており、特に還付金等詐欺については、認知件数・被害総額ともに増加傾向となっていたところから、一転して減少しており、今後の動向に注意する必要があります。なお、それ以外の傾向としては、特殊詐欺全体の被害者の年齢別構成について、60歳以上が85.5%、70歳以上が71.7%、性別構成について、男性が22.9%、女性が77.1%、また、オレオレ詐欺の被害者の年齢別構成について、60歳以上が98.4%、70歳以上が94.0%、性別構成について、男性が13.1%、女性が86.9%、また、融資保証金詐欺の年齢別構成について、60歳以上が43.0%、70歳以上が15.9%、性別構成について、男性が77.6%、女性が22.4%などとなっており、類型別に傾向が異なっているのは、前述の警察の分析のとおりです。また、犯罪インフラの検挙状況として、口座詐欺の検挙件数は322件(540件、▲40.3%)、検挙人員は202人(288人、▲29.9%)、盗品譲受けの検挙件数は7件(0件)、検挙人員は5人(0人)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は880件(1,028件、▲14.4%)、検挙人員は742人(815人、▲9.0%)、携帯電話端末詐欺の検挙件数は116件(109件、+6.4%)、検挙人員は86人(99人、▲13.1%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は20件(14件、+42.9%)、検挙人員は13人(14人、▲7.1%)などとなっています。

 次に、国民生活センターの注意喚起から、最近の詐欺事例に関するものを2つ紹介します。

▼国民生活センター SNSなどを通じた「個人間融資」で見知らぬ相手から借入れをするのはやめましょう!

 SNSや掲示板サイトなどを通じて、見知らぬ人同士が金銭の貸し借りをする「個人間融資」に関する相談が全国の消費生活センター等に寄せられており、相談事例では、違法な高金利による貸付けが行われたケースもあり、SNSや掲示板サイトなどを通じた「個人間融資」で、見知らぬ相手から借入れをしないよう消費者に注意を呼び掛けています。具体的な相談事例としては、「生活費が不足し、他からの借入れができなかったため、個人間融資の掲示板サイトにお金を貸してほしいと書き込み、返事をしてきた人と直接会って計15万円を借りた。これまでに50万円以上返済したが、さらに400万円を支払うよう連絡がきた。相手は自分の住所を知っている。どうしたらよいか」、「SNSで「個人で融資します」という書き込みを見て相手に連絡を取り、60万円の融資を申し込んだ。すると、相手から「まず2万円を銀行口座に振り込むので、そのままこちらへ振り込んで返してほしい。そこで審査をする」と言われ、銀行口座などの個人情報を伝えてしまった。しかし、心配になりやめたいと伝えたら、「すでに1万円を振り込んだので、1週間後に3万円を返すように」と言われた。まだ、振り込まれているかどうかの確認はできていないがどうしたらよいか」といったものが掲載されています。それに対し、国民生活センターは、消費者に対して、(1)SNSや掲示板サイトなどを通じた「個人間融資」で、見知らぬ相手から借入れをするのはやめる、(2)多重債務などで困っていたら、自治体の窓口や最寄りの消費生活センター等に相談を、といったアドバイスを行っています。

▼国民生活センター 「消費者生活センター」「消費者相談事務局」からのハガキも無視してください!-令和になっても架空請求のハガキが送られています-

 「『消費者生活センター』を名乗る機関から『消費者確認通知』と記載されたハガキが届いた。不当な請求だと思うので情報提供する」「『消費者相談事務局』を名乗る機関から『消費料金確認通知』と記載されたハガキが届いた。身に覚えが無い」等の相談が消費生活センター等に寄せられているといった相談が寄せられており、ハガキの記載内容等について、以下のような特徴を紹介しています。

  • 「消費者生活センター」からのハガキには、「消費者確認通知」との標題で「貴方が以前契約された当確会社に対しての契約不履行に当該会社が裁判所に提訴された事を報告致します」「当センターは御本人様と訴訟内容の正当性を確認する機関になりますので原則的にご本人様からのご連絡をお願い致します」と記載されている
  • 「消費者相談事務局」からのハガキには、「消費料金確認通知」との標題で「貴方が以前契約会社及び運営会社、もしくは有料コンテンツ等から契約不履行による民事訴訟として訴状が提出された事をご通知致します」「個人情報保護法としてご本人様からのご連絡をして頂きます様お願い申し上げます」と記載されている
  • いずれのハガキにも、連絡がない場合は管轄裁判所から口頭弁論呼出状送達後に出廷となり、執行官立会いのもと、給料及び(動産物)財産の差押さえ執行の対象となる事例がある旨の脅して不安にさせる文言も記載されている
  • また、万が一覚えが無い場合でも個人情報が悪用されている可能性があるとして、本人から連絡するように強調している

 それに対し、国民生活センターは、(1)全国の自治体に設置された消費生活センター等は、「消費者生活センター」「消費者相談事務局」と一切関係ない。たとえ「消費生活センター」等を名乗っていても、全国の消費生活センター等から「消費者確認通知」「消費料金確認通知」等の通知をすることはないので、ハガキが届いても絶対に連絡を取らないようにすること、(2)架空請求のハガキや封書(書面)に記載されている機関の名称は、裁判所や法務省の名称を不正に使用したり、消費生活センターや国民生活センターを装ったりするなど様々です。連絡をすると消費者にお金を支払わせようとしたり消費者から個人情報を得ようとしたりするので、このようなハガキや封書(書面)は無視すること、(3)少しでも不安を感じたら、消費生活センター等(消費者ホットライン188(いやや))にご相談を、といったアドバイスを行っています。

 さて、本コラムでもたびたび取り上げている、タイ中部パタヤを拠点に振り込め詐欺をしていたとされる日本人の男15人は、全員が偽名で活動していたことが判明しています。報道によれば、互いの本名は知らないままだったといい、警視庁は、詐欺グループが情報漏れを恐れて指示した可能性もあるとみているということです。また、警視庁が、この事件に関連して、男ら2人を新たに詐欺容疑で逮捕しています。報道によれば、容疑者は拠点のパタヤの住宅を時折訪れ、かけ子たちの様子をチェック、2つのグループに分かれてだまし取った金額を競い合うよう指示し、電話をかける際の演技指導もしていたということです。すでに本コラムでも指摘しているとおり、警視庁は、多重債務者をタイに送り込むなど、国内の暴力団が関与しているとみているといいます。なお、このような犯罪の形態について、「海外にいるかけ子と、日本国内にいる受け子の連携は難しい。高収入の老人宅を狙い撃ちにする、といった丁寧な仕事もできないとなれば、とにかく無差別的に架空請求ハガキを出しまくったり、ワンクリック詐欺のようなサイトへ誘導するメールを送り続けるほうが実行しやすい。タイで逮捕された15人だけでなく、東南アジアなどの国外で特殊詐欺に関わる日本人の多くは、詐欺メールや詐欺ハガキに引っかかった人からの電話に応じるという、いわば”反響営業”をしていたのです」と暴力団関係者が雑誌で述べています。

 最後に、その他、最近の特殊詐欺を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 報道(令和元年7月8日付日本経済新聞)によれば、特殊詐欺でだました相手から現金を受け取る「受け子」として摘発される少年少女が増える中、警察や自治体が保護者への注意喚起を進めているといいます。特殊詐欺で摘発されたうちの3割近くは未成年者で、子供らを詐欺に加担させない手立てが急務だという指摘は正にそのとおりだと考えます。子供の部屋に見慣れないスーツはないか、スーツなどの服装や金遣いに変化がないか、などが保護者らの気を配るべきポイントと紹介しています。ただし、子どもの異常や変化の端緒に気づくべきことは、何も特殊詐欺に限ったことではなく、大麻等の薬物の問題や非行集団等との関わりなども同様です。
  • 特殊詐欺の被害防止を呼びかけるコールセンターの運用を大阪府警が、民間委託で始めたということです。実際に特殊詐欺に使われた名簿を基に、高齢者宅に電話して不審な電話がかかっていないかを確認し、詐欺の手口を説明して注意喚起するというもので、来年3月末まで継続するといいます。名簿は、全国の警察が昨年までに特殊詐欺グループの拠点から押収したもので、記載されていたうち大阪府内の9万カ所に平日の日中、コールセンターから電話するというものです。なお、この取り組み自体は、前述した「オレオレ詐欺等対策プラン」の中の「警告電話事業の推進(警察庁):犯行に利用された電話に対して、繰り返し架電してメッセージを流すことで、電話を事実上使用できなくする警告電話事業を実施する」として、取り組みを強化する方向性が示されています。
  • 銀行の行員がオレオレ詐欺を見破ったという事例がありました。報道によれば、「70代の女性が支店を訪れ、「定期を解約して300万円を持ち帰りたい」と伝えた。ロビーで応対した女性行員が使い道を尋ねると、女性は「ちょっと……」と口を濁す。別の行員には息子を名乗る男から「会社で損を出した。300万円足りないので駅に持ってきてほしい」と電話が来たと明かしたものの、男が「携帯電話が壊れたので公衆電話からかけている」と言うなど、典型的な詐欺の手口だったことから、女性の了承を得たうえで豊中署に通報した」というものです。金融機関の窓口が水際での被害防止に大きな役割を担っていることが分かるものであり、前述の「オレオレ等詐欺対策プラン」においても、「金融機関窓口における声掛け等の推進」(高額の払戻し等を申し込んだ高齢の顧客に対する金融機関における声掛けによって被害を未然に防止するため、声掛けをする際に顧客に示すチェックリストを金融機関に提供するとともに、金融機関等の職員と共同で行う訓練等により声掛けを促進する取組を推進する。また、金融機関窓口における声掛けに加え、各金融機関が定める一定の基準(顧客の年齢、払戻金額等)に基づき警察に全件通報する取組を推進する)と取り組みを強化する方向性が示されています。
  • タクシーの運転手が特殊詐欺の「受け子」を見抜いた事例がありました。従業員の適切な判断で特殊詐欺事件の容疑者逮捕に貢献したとして、群馬県警が、桐生市のタクシー会社「沼田屋タクシー」に感謝状を贈ったというものです。報道によれば、「大きなバッグを持った若い男が同市のコンビニ店で同社のタクシーに乗車。男のスーツはぶかぶかで、「親戚に会う」と言いながらも行き先の指示もあやふやだった。不審に思った男性運転手(52)が男を降ろした後に同僚に相談し、同社が桐生署に通報。男が映ったドライブレコーダーの映像も提供」したというものです。そして、同社の運転手は、防犯講習会などで不審者の見極め方を学んでいるということも報道されており、その姿勢に大変驚かされました。タクシーの運転手という職業の特性をふまえて日ごろから不審者を見極め、特殊詐欺等を防止していこうと取り組むことは、正に「社会貢献」「社会的責任(CSR)」の観点からも優れており、正に好事例として、全国の同業他社においても同様の取り組みが拡がることを期待したいと思います。
  • 「サポート詐欺」という、特定のウェブサイトにアクセスしたウェブブラウザーに偽の警告画面と電話番号を表示して、偽のサポートセンターに電話をかけさせる新手のネット詐欺による被害が国内で相次いでいるということです。電話してきたユーザーに対し、有料のサポート契約などを勧めて金銭をだまし取るといった手口で、注意が必要です。

(3)暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

 暗号資産(仮想通貨)交換業者の「ビットポイントジャパン」は、約35億円分の仮想通貨が不正に流出したと発表しました。

▼リミックスポイント 当社子会社における仮想通貨の不正流出に関するお知らせとお詫び(第一報)

 同社は7月12日午前10時半ごろに仮想通貨の取引や送金など全てのサービスを停止しています。流出した仮想通貨のうち約25億円分は顧客から預かっていたもので、残りの約10億円分は同社の保有分だということです(なお、同社はその後の調査で、取引システムを提供している海外の交換所の一部で流出があったと発表、流出額は約2億5,000万円分だということです。さらに流出額についても、約30億2,000万円分と修正公表しています。うち約20億6,000万円分は顧客から預かった資産で、残り約9億6,000万円分は同社の保有分だといいます)。同社が異変を察知したのは11日の午後10時過ぎで、仮想通貨「リップル」で送金エラーを検知、調査の結果、12日未明にリップル、ビットコイン、ビットコインキャッシュ、イーサリアム、ライトコインの5銘柄の暗号資産で流出を確認したということです。暗号資産を巡っては、昨年1月にコインチェックから約580億円が流出、また昨年9月にはテックビューロが運営する仮想通貨交換所「Zaif」からも約70億円が流出する事件があり、金融庁は問題のある業者に業務改善命令を通じて内部管理体制を整備させてきており、今回流出させたビットポイントジャパンも昨年6月に命令を受け、今年6月28日に解除されたばかりのタイミングでした。金融庁は同社に報告徴求命令を出すことを決めているといい、自主規制団体である日本仮想通貨交換業協会も12日、加盟する全業者に対し、業務の緊急点検を要請しています。

 なお、今回流出した暗号資産は、いずれもセキュリティが低いとされる「ホットウォレット」で保管されていたもので、セキュリティの高い「コールドウォレット」に保管していた仮想通貨の流出は確認されていないということで、あらためて「ホットウォレット」管理のあり方が問われることになりそうです。とはいえ、今回の事件では、過去の教訓から顧客資産の保護対策が強化されたため、以前に比べれば「ホットウォレット」管理の比率は小さくなってきた結果、被害額が抑制されたのも事実です。昨年、日本仮想通貨交換業協会は「ホットウォレット」の保管割合を20%以下にする自主規制ルールを作成していますが、ビットポイントジャパンでは、「ホットウォレット」保管割合を全体の15%程度にまで下げていたようです。「ホットウォレット」の利点として、すぐに送金ができる点、QRコードの読み込みでの送受金ができる点などがあげられ、利便性の観点からは一定程度「ホットウォレット」で管理せざるを得ないというのが一般的な認識でしたので、今後、利便性をある程度犠牲にしてでもセキュリティを強化すべき(脆弱性を改善すべき)との風当たりが強まりそうです。

 この点、報道(令和元年7月12日付産経新聞)で、専門家が、「検証すべきことは多い」、「コインチェック事件では事務職員のパソコンに送られたウイルスメールが流出につながったが、ビットポイントが事務系ネットワークと業務系ネットワークを切り離すなどの対策を講じていたかは不明」、「異常を感知してからの対応も検証が必要」、また「過去の流出事件の詳細な情報が業界内で共有されていない」ことも問題視、「各社が対策を取りたくても限界があり、今後の課題だ」と述べていますが、正に今後の課題として改善が急がれます。

 さて、先月、暗号資産交換業者のフィスコ仮想通貨取引所に対し、金融庁は、資金決済法に基づく業務改善命令を出しています。顧客が口座を開設する際の本人確認など内部管理体制に不備があったほか、マネー・ローンダリングを防ぐためのリスク管理体制にも問題があると判断したものです。なお、フィスコ社はテックビューロ社から暗号資産取引所「Zaif」の事業継承手続きを完了させたばかりであり、今年中に、傘下にあるもうひとつの取引所「フィスコ」と統合される予定となっています。金融庁の指摘をみると、かなり杜撰な内部管理態勢だったことがうかがえ、ビットポイントジャパン流出事件とあわせ、内部管理態勢の強化に向け、規制当局の監督がより厳格化していくのではないかと考えられます。

▼金融庁 株式会社フィスコ仮想通貨取引所に対する行政処分について
  1. 株式会社フィスコ仮想通貨取引所(本店:大阪府岸和田市、法人番号1120101054642、仮想通貨交換業者)(以下、「当社」という。)に対しては、資金決済に関する法律(平成21年法律第59号、以下、「法」という。)第63条の15第1項の規定に基づき、本年2月13日、金融庁において立入検査に着手した
  2. 上記の立入検査により、当社の業務運営状況を確認したところ、経営陣に法令等遵守の重要性の認識が欠けていたことから、法令等遵守態勢をはじめとする内部管理態勢を整備しておらず、これにより複数の法令違反を招いていたほか、経営計画等の経営上の重要課題について取締役会で議論していないなど、当社の経営管理態勢に問題が認められた

 このほか、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与に係るリスク管理態勢、外部委託管理態勢などの内部管理態勢においても問題が認められたことから、本日、法第63条の16の規定に基づき、以下の内容の業務改善命令を発出した

  1. 適正かつ確実な業務運営を確保するための以下の対応
    1. 経営管理態勢の構築(内部管理部門及び監査部門の機能が十分に発揮できる態勢の構築を含む)
    2. 法令等遵守態勢の構築
    3. マネー・ローンダリング及びテロ資金供与に係るリスク管理態勢の構築
    4. システムリスク管理態勢の構築
    5. 外部委託管理態勢の構築
    6. 仮想通貨の新規取扱等に係るリスク管理態勢の構築
    7. 帳簿書類の管理態勢の構築
    8. 利用者情報の安全管理を図るための管理態勢の構築
    9. 監査態勢の構築
  2. 上記I.に関する業務改善計画を令和元年7月22日までに、書面で提出
  3. 業務改善計画の実施完了までの間、1ヶ月毎の進捗・実施状況を翌月10日までに、書面で報告

 さて、暗号資産を巡る国際的な動向においては、現在、FBが発行を計画している「リブラ」に関する議論が最もホットです。

 事の発端は、FBが、独自の暗号資産を2020年6月までに発行すると発表したところから始まります。FBと傘下のサービスの月間利用者数は世界全体で約27億人(世界の人口の約3割を占めることになります)に上っており、その使い道としては、利用者同士の送金や、サイトで行った買い物の支払いなどを想定されているほか、価格変動が大きくならないよう、複数の通貨の値動きに連動させること、「グローバルなお金」を標榜し、「大勢の人が金融サービスを利用できるようにする」として、日本など先進国だけでなく新興国や途上国での利用も念頭に置いた革新的かつ爆発力をもった構想であり、これにより暗号資産の普及が加速する可能性も秘めたものと期待されるところです。

 しかしながら一方で、規模が大きくなれば、当然ながら通貨の秩序を揺さぶりかねないインパクトを秘めており、その破壊力の大きさから、各国当局は早くも消費者保護やマネー・ローンダリングへの対応などけん制の声を上げ始めています。そもそもこれだけの圧倒的な経済圏が成立すれば、売り買いや送金の記録が特定企業に握られ、利用されることへの不安もあり、事実、FBは大量の個人情報が外部流出するなど情報管理の甘さが批判されてきたもの事実です。さらに、リブラへの規制の緩い国では、マネー・ローンダリングやテロ資金供与の温床になりかねない危険性も孕んでいます。さらに、暗号資産の規制については世界に先駆けて導入・運用してきた日本においても、リブラはこれに該当しない可能性があるとさえいわれており、何らかの規制の必要性が感じられるところです。なお、これらについては、「銀行口座をもたない新興国の人々などに向けてもビジネスの機会を開く。技術革新とグローバル化を背景とする、まさに21世紀型の金融インフラとなりうる。それゆえに国や業態ごとに細分化された従来の制度や規制の枠におさまりにくいのも事実だ。利用者そして広く経済や社会の安全性を保つため、各国が連携して課題を洗い出す必要がある。国境をまたぐ金融取引が容易になれば抜け穴も増える。対面でも難しい本人確認をどう徹底するかは大事な課題だ」(令和元年6月25日付日本経済新聞)との指摘があり、極めて示唆に富むものだといえます。このような状況だからこそ、利便性とリスクを慎重に見極め、新たなルールの構築に向けて各国と連携して対処してくことが極めて重要だといえます。

 以下、「リブラ」を巡るさまざまな懸念の声や動向について、報道から拾ってみました。

  • 財務省は、金融庁や日銀と、暗号資産「リブラ」に関する連絡会を設置したことを明らかにしています。必要に応じ会合を開き、マネー・ローンダリング対策などのさまざまな論点について議論するとしています。
  • トランプ米大統領は、「(社会の)評価と信頼をほとんど得られないだろう」とツイッターで述べています。「ビットコイン」などの暗号資産が「お金ではない」と厳しく評価し、通貨として流通させるには厳格な規制に従う必要があると主張しています。トランプ氏は、暗号資産は価格変動が激しく、価値の裏付けがないため「好きになれない」と言及しているほか、不法薬物売買などの犯罪に悪用される恐れがあるとして、「世界で格段に支配的な通貨である米ドル」を使えばいいとの認識を示しています。
  • 米財務長官は、資金洗浄の予防策が必要と指摘。資金洗浄に悪用される可能性を巡って重大な懸念があるとして、「FBや他のデジタル金融サービス提供者はテロ資金調達に対抗するため、既存の金融機関と同様の資金洗浄対策を実行する必要がある。財務省はFBに非常に明確に伝えてきた」と述べています。また、高いプライバシー基準で金融規制当局を納得させる必要があると指摘、米国内で当局の承認を得たり、サービスを始めたりするまでに「長い道のり」があるとの見方を示しています。
  • 米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は、「深刻な懸念」が対処されるまで前進させるべきではないと明言しています。議長は「リブラは、プライバシー問題や資金洗浄、消費者保護、金融安定性などに絡み、多くの深刻な懸念をもたらす」と指摘、「こうした懸念に徹底的かつ公に対処すべき」とし、リブラを巡る規制上の精査は「忍耐強く、そして注意深く」行われるべきとしています。さらに、FRBはリブラに関する作業部会を設置し、世界中の中銀と調整中と説明、米金融安定監督評議会(FSOC)がリブラの精査に参加する見通しだともしています。また、同議長は、米上院の銀行委員会で、「最高水準の規制対象とすべきだ」、「リスクを極めて慎重に審査する必要があり、それが1年以内に完了するとは思わない」と指摘しています(したがって、リブラは2020年前半の実用化を目指しているものの、金融当局の認可が遅れて計画自体がずれ込む懸念も出てきています)。また、同議長は、リブラの課題などに関して、仏で開催されるG7財務相・中央銀行総裁会議で討議されるとの見通しも示しています。
  • 米証券取引委員会(SEC)が、「リブラ」が規制対象に当たるかどうかを調べていると米紙が報じています。現段階では、FBは送金や決済手段としての普及を目指すリブラを、価値の急変動を抑制するため、銀行預金や国債など実物資産の裏付けを持たせる形で発行する計画としており、これについてSECは、規制対象である上場投資信託(EFT)に似た仕組みだとして、FBに詳細な情報の提供を求めているとの情報があります。いずれにせよ、今後、SECを含め複数の米規制当局が監督に乗り出す可能性があります。
  • 主要国・地域の中央銀行が加盟する国際決済銀行(BIS)は、米国のフェイスブックやアマゾン・ドット・コム、中国のアリババ集団などの巨大IT企業が提供する金融サービスが「新たな難問」をもたらしかねないと警鐘を鳴らすリポートを公表した。巨大IT企業はデータを武器に一気に市場を支配する可能性があること、巨大IT企業が市場を支配するようになれば、金融規制だけでなく、競争政策やデータ保護といった領域での政策対応も必要になることから、政策面で「より包括的な手法」を確立すべきだとリポートでは指摘しています。本レポートは「リブラ」を念頭に置いたものではありませんが、その指摘内容は、正に「リブラ」への対応のあり方を示唆するものだといえます。
  • 米議会下院金融サービス委員会のウォーターズ委員長は、政府にFBの暗号資産サービス計画を強制的に凍結する検討を求めています。政府が暗号試算や「リブラ」計画を認める前にさらなる調査が必要と訴えています。また、米民主党内で、大手IT・ハイテク企業が金融機関の機能を持ったり、デジタル通貨を発行したりすることを禁止することが検討されているという報道もあります。
  • イングランド銀行(英中央銀行)のカーニー総裁は、「英中銀は『リブラ』に先入観を抱かない姿勢だが、門戸開放というわけでもない。ソーシャルメディアと異なり、リブラのような技術革新に関与する条件を導入前に整備する必要がある」、発行が認められる前に「磐石」であることを示す必要があると述べています。総裁はAML/CFTを巡る統制、リブラの裏付け資産の管理や保管など、最初に取り組むべき問題は多いと指摘、「体系的な決済システムであるなら、常にそうあるべきだ。黎明期に問題があってはならないし、利用者がお金を失うことも避けなければならない」とし、「最初から磐石である必要がある。そうでなければ始まることはないだろう」と述べています。
  • G7財務相・中央銀行総裁会議では、「リブラ」への規制のあり方について議論を始めることになりました。リブラを巡っては法的な位置づけや金融政策への影響、マネロンの防止、運営団体の監督など課題が多く、G7各国もその全貌を捉えきれていないため、まずは課題を洗い出し、規制枠組みの設計に向けた議論を始めるということです。

 これらの報道をふまえてか、直近では、FBのブロックチェーン関連業務を総括するデビッド・マーカス氏が米上院銀行委員会での証言原稿で、規制当局の懸念に対処し承認されるまでは仮想通貨(暗号資産)「リブラ」を発行することはないと述べています。「リブラを管理するリブラ・アソシエーションにソブリン通貨と競合する意図はなく、金融政策の領域に立ち入るつもりもない」、「金融政策は中央銀行の管轄だ」としたうえで、リブラ・アソシエーションはマネーサービス業者として、米財務省の金融犯罪取り締まりネットワーク(FinCEN)に登録する計画で、AML/CFT規制と銀行秘密法(BSA)に完全に準拠する」としています。いずれにせよ、今後もFBや「リブラ」の動向には注視していく必要があります。

 また、暗号資産の規制を巡る国際的に重要な動向として、FATF(金融活動作業部会)が、暗号資産がマネロン等に利用されることを防ぐため、暗号資産関連企業に対する規則を適用する方針を発表したことがあげられます。急速に拡大する暗号資産の規制に向けた初めて国際的な動きとなり注目されますが、以下、コインチョイス(国内外のビットコインやイーサリアムをはじめとした仮想通貨に関する情報を日本のユーザーやトレーダーに配信するための情報サイト)の情報を元に、その概要を紹介します。

▼Public Statement on Virtual Assets and Related Providers
▼FATF Releases Global Standards for Crypto Assets
  • FATFは6月21日、米フロリダ州オーランドで開かれていた全体会議で、G20大阪サミットに提言する新基準とガイダンスを採択した
  • FATFは閉会に当たって、「Interpretive Note to Recommendation 15 on New Technologies(新たなテクノロジーに関する推奨15の解釈ノート)」とそのガイダンスを採択、仮想資産に関係する国際基準(勧告)の修正項目を列挙し、すべての国が伝統的な金融機関と同様のAML/CFT要件に準拠しなくてはならないと述べている。基準はこれまで指針と呼称されていたが、今回は国際的な基準として強化される見込み
  • FATFはその中で、「すべての国は、仮想資産の諸活動とサービスプロバイダに関連するリスクを評価、軽減する義務がある」と定め、「サービスプロバイダがAML/CFT義務を準拠できない時に科すべき制裁とその他の強制措置を実行する」ことを定めている。サービスプロバイダはまた「ライセンスもしくは登録を必要とし、法的権限のある国家機関の監督もしくは監視を受けなくてはならない」と定めている
  • 総会はまた基準実行のための(AML/CFTに関する)2015年ガイダンスを更新した。総会の議長を務めたムニューシン米財務長官は、ガイダンス更新に関して、「FATFは金融の透明性を強化し、期待感を生み出しつつある。これによって仮想通貨プロバイダと伝統的な金融機関を含めて、仮想資産サービスプロバイダに対する公平な競争の場を強化することになる」と述べた
  • 大阪サミットに先立って、福岡で6月8,9日に開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議は、FATFの新しいガイダンスへの支持を表明した。一部の参加国はすでに、ガイダンスの実装を開始している
  • FATFは最後に「仮想資産の犯罪の脅威とテロリストの悪用は、深刻かつ緊急の問題であり、FATFは仮想資産活動とサービスプロバイダと関連するFATFの推奨を実行するため、迅速な行動を取るようすべての国に求める」と宣言。FATFは関連して、今後12カ月(2020年6月)までに、関係国の活動をモニターし業界を含めて基準順守の努力をレビューするコンタクトグループを設立する

 上記を受けて、6月28日〜29日に行われていたG20サミット大阪で、G20は正式にFATFの暗号資産に対する解釈ノート及びガイダンスの採択を歓迎することをG20大阪首脳宣言で発表しています。同宣言で「現時点で暗号資産は世界的な金融市場に脅威を与えるものではないが、G20は今後の暗号資産の動向を注意深く監視しており、既存のリスクや新たなリスクに警戒し続けていく」とした上で「我々は、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与への対策のため、最近改訂された、暗号資産や関連業者に対するFATF基準を適用するとのコミットメントを再確認する。我々は、FATFの解釈ノート及びガイダンスの採択を歓迎する」と記載されています。

 最後に、最近の暗号資産を巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 代表的な暗号資産である「ビットコイン」の価格が、先月、心理的節目の1万ドル(約107万円)を回復しました。2018年3月以来約1年3カ月ぶりの高値をつけ、年初来では約3倍になったということです。FBの「リブラ」構想など短期的な材料に反応する形で個人マネーが流入していることに加え、機関投資家マネーがファンドを通じて運用資産の一部に暗号資産を組み入れる動きを見せていることが背景にあるようです。
  • 大手セキュリティ企業のラックは、組織や個人から暗号資産を盗み出す攻撃を繰り返している、未知のグループを確認したと公表しています。攻撃を受けた対象は明らかにしていないが、このグループの手口や、使用しているウイルスは、昨年1月に約580億円相当の仮想通貨が盗まれたコインチェック事件と共通することがわかったということです。コインチェック事件では、北朝鮮の関与が疑われてきたところ、最近ではロシアの関与を示す証拠等も出てきたとされるなど不透明化しており、犯行グループの追及につながる事を期待したいと思います。
  • 政府は、2019年版の消費者白書を閣議決定しています。昨年全国の消費生活センターなどに寄せられた消費者トラブルに関する相談は約101万8,000件あまりとなり、前年から約10万件増加し、11年ぶりに100万件を超えたといいます。うち、振り込め詐欺などの架空請求関連が相変わらず多く、約25万8,000件と4分の1を占めたといいます。ほかに副業や投資などのノウハウを販売するとうたう「情報商材」や、「暗号資産」に関する消費者の相談が急増し、いずれも過去最高となっています。
  • 大阪観光大学などを経営する学校法人「明浄学院」の前理事長の女性(61)が昨年4月、大学の運営資金1億円を関連会社に振り込むよう指示し、同社を通じて暗号資産の購入に流用した疑いがあることが、関係者の証言や内部資料で判明したとの報道がありました。前理事長は、理事会に諮っておらず、法人内部で問題になり、6月22日付で理事長職を辞任しています。法人は国などから多額の補助金を受けて運営しており、文部科学省が調査に乗り出しているということです。
  • 英国の金融当局である金融行為監督機構(FCA)は、暗号資産を基に組成される金融派生商品(デリバティブ)などの個人向けの取り扱い禁止を提案すると発表しています。値動きの荒さや本質的な価値判断が難しい点を挙げ、投資家保護の面で容認できないと指摘しています。報道(令和元年7月4日付日本経済新聞)によれば、暗号資産を原資産とする商品について、個人への販売や宣伝を規制すべきだとの判断を示し、その理由として、価格の急変動で突然の予期せぬ損失を被る恐れがあり、知識が不十分な個人には金融商品として不適合だと説明したといいます。また、サイバー攻撃による暗号資産の盗難など金融犯罪のリスクも挙げ、暗号資産そのものを規制するわけではないが、その派生商品を禁じることで安易な取引をしづらくし、投資家保護につなげたい考えを示したものといえます。

(4)テロリスクを巡る動向

 4ヶ月前にニュージーランド(NZ)のクライストチャーチで発生した銃乱射テロでは、51人が死亡、50人が負傷するという大惨事となりました。さらに、このテロの実行犯が銃撃の様子を、FBを通じて生中継しています(動画のリンクは実行犯によって「8Chan」と呼ばれる匿名で使えるネット掲示板に提示され、実行犯と直接の面識が無い人でも閲覧できる状態になっていたといいます)。テロ動画の拡散もまた人々の心を傷つけるテロの類型の一つであることが世界中に衝撃をもって伝わったものと思います。それに加えて、動画はその後ツイッターやユーチューブなどで拡散し、事件から数時間近くたっても閲覧可能となっていたことが問題視されました。SNS各社は近年、悪質コンテンツの排除に力を入れていますが、その限界が今回のテロでも露わとなったといえます。特に今回は、監視の目が追いつかない速さで拡散しており、報道によれば、FBは事件発生後24時間で150万の動画を削除したと訴えてはいますが、それでも対応に限界があるのは明らかです。先ごろ閉幕したG20大阪サミットでも、テロリストによるインターネット利用の阻止に向けた声明を発表、「インターネットを、テロリストがメンバーを採用し、テロ攻撃を先導し、準備するための場所にしてはならない」と強調し、ネット事業者に一段の取り組みを求めました。今後も、SNSなどの「犯罪インフラ」化阻止の戦いは続きますので、事業者の取り組みを注視していきたいと思います。

 なお、このNZ銃乱射テロについては、その後、殺人罪などで起訴されたオーストラリア人の被告(28)が、高裁であった司法手続きで無罪を主張しています(公判前の精神鑑定で訴訟能力があると判断されています。また、事件前に被告がインターネット上に投稿したとみられる「犯行声明」には、イスラム教徒を含む移民への激しい敵視がつづられていました。今後の公判の推移を見守りたいと思います)。また、この実行犯の男がモスクを襲撃した際に中継した動画を複製・編集し、知人ら約30人に送信するなどした白人至上主義の被告については、禁錮1年9ヶ月の判決が下されています。この中継された襲撃時の動画は、繰り返し複製され、多くの人が視聴することになりましたが、もたらされた結果の大きさ・重大さに比較して法律上の量刑の軽さを指摘したくなりますが、この点も今後の課題となるものと思われます。さらに、NZでは、今回の銃乱射テロ後に銃規制が強化されましたが、それを受けて、先日、保有や流通が禁止された銃器を政府が買い取るイベントが、事件の起きたクライストチャーチで開催されています。報道によれば、169人から224丁の禁止された銃などを回収し、持ち主側に約43万NZドル(約3,100万円)が支払われたということです。新たな規制では、殺傷能力の高い銃器が違法となることから、その回収を促進するため、買い取り制度が6月から半年間の期間限定で導入されており、期間中に買い取りに出せば罪に問われないということです。

 なお、隣のオーストラリア(豪)政府は、今回の銃乱射テロを受けて、4月にソーシャルメディア事業者に対して「暴力的なコンテンツ」を迅速に削除することを義務づける法案を可決しました。豪議会がわずか2日間の審議で可決したもので「十分な審議が行われなかった」との批判もあるところ、テロや殺人などの写真や動画の投稿、配信が対象として、「迅速な削除」を怠った場合、最長3年の懲役刑か年間利益の最高10%相当の罰金が科せられるという内容です。また、違法なコンテンツを見つけた事業者は、警察に通報する義務を負うことも明記されています。報道によれば、豪モリソン首相は、「大手SNS事業者は、自社のサービスがテロリストに悪用されないようあらゆる可能な対策をとる必要がある」と述べたということですが、正にSNSの「犯罪インフラ」化の阻止という文脈に位置づけられるといえます。なお、「迅速な削除」とは違法コンテンツの発見からどれくらいの時間を指すのかが曖昧だといった指摘や、豪に事務所を構えない企業に対してはどう規制の網をかけるのか、オンライン上で拡散される違法コンテンツをすべて識別し、削除するのは無理ではないかという指摘などもあり、表現の自由の問題と合わせ論議を呼んでいます。

 なお、関連して、FBはヘイトスピーチにまつわる投稿をしたユーザーについて、個人情報をフランス(仏)政府に提出することで合意、仏政府はテロや暴力に関する書き込みでユーザー情報を得ていましたが、この範囲を広げ、FBの協力を得てより厳しい姿勢で臨むことになります。今のところ、FBは仏政府との合意だけであるとしていますが、ザッカーバーグCEOが民間だけの取り組みでは限界があるとして、「政府との協調摘発」を模索しているとされ、仏政府との合意がその第一歩となりそうです。しかしながら、問題投稿が放置されるリスクは減るとみられるものの、仏政府が何を基準にヘイトスピーチを認定するかなどの課題は残ります。

 さらに、米ツイッターは、ヘイトスピーチ対策強化の一環で、「特定の宗教グループ」を非人間的に扱うツイートは、今後削除していく方針を明らかにしています。これまでは「特定の個人」の人間性を否定する内容を規約違反としてきましたが、今回初めて「集団」に対象を広げることとし、まずは「宗教グループ」を対象にしています。今後、「性別」や「人種」、「国籍」など他のグループにも広げていく考えで、投稿者が削除に応じない場合は、アカウントの凍結などの対策をとることも表明しています。

 また、中国インターネット検索最大手の百度(バイドゥ)は、2019年上半期に312億5,000万件の有害情報を削除などの処理をしたと発表しています。わい雑・ポルノや賭博などの情報が多く、AIの能力向上で前年同期の2.1倍に増えたということです。習政権はネット空間の統制を強めており、百度も党の指導に従っていることをアピールした形であり、単純に有害情報を削除するだけでなく、AIを使って有害情報の発信元を特定して、新たな有害情報の発信を根絶したとしています。

 たしかに、米国は表現の自由を憲法が保障しており、政府が言論を統制することを禁じていますが、これらの動きを見ると、これまで規制がなく自由な言論の場が成長の土壌でもあったネットの世界も状況が変わりつつあることがわかります。言い換えれば、米においてさえも、SNSの「犯罪インフラ性」をこれ以上放置することなく、その「公益性」を認めて適切に管理していく流れになっているといえます(したがって、もはやテロリスクは対岸の火事ではない時期に差し掛かった日本においても、「違法でないから抑止できない」という思考停止レベルを打破する動きが速やかに出てくることを期待したいと思います)。

 さて、日本にとってテロリスクが対岸の火事ではないことを示すものとして本コラムでもたびたび取り上げている、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の戦闘員となるためシリアへ渡ろうとしたとして、当時北海道大生だった男(31)やイスラム法学者の元同志社大教授(58)の存在について、警視庁公安部は、刑法の私戦予備容疑で書類送検しています。さらに、起訴を求める厳重処分の意見を付けたということであり、また、同容疑の適用は初めてとなります。なお、この2人に加え、(外務省から旅券返納命令を受けた)フリージャーナリストの常岡浩介氏(50)、元北大生と渡航しようとした千葉県在住の20代の男、東京・秋葉原で「勤務地シリア」と書かれた求人広告を張り、渡航のきっかけを作った古書店関係者の男の3人もまた同様に書類送検されています。このような動きも、日本でのテロリスクの高まりを感じさせるものとして注目されるところです。

 なお、IS関連の動きでは、国連人権高等弁務官(前チリ大統領)が、ISに加わった約50カ国からの外国人戦闘員の家族がシリアやイラクで拘束中だと指摘して、「訴追されない限り帰国は認められるべきだ」と出身国に引き取りを要請していることにも触れておきたいと思います。国連児童基金(ユニセフ)の推計では、シリアだけでIS外国人戦闘員の子供が2万9,000人いるとされています。報道によれば、同氏は「既に十分、残虐行為に苦しめられてきた子供たちを無国籍にしてはいけない。国家は自国民に重大な責任を負っている」と呼び掛けているということです。外国人戦闘員の家族への対応については、世界的にも分かれているところであり、米は以前から欧州諸国に対し出身国で受け入れ処罰を与えるべきだと訴えているのに対し、欧州諸国では自国の治安上の脅威となりうることから及び腰となっている状況があります。例えば、英ではIS戦闘員となった女性の帰国を拒否し、国籍を剥奪しています。また、仏外務省は声明でIS孤児の帰国を認め、「特に無防備な状況に置かれた極めて幼い子供たちの状況を鑑みて(帰国許可を)決定した」と説明する一方で、大人のIS戦闘員に関しては「罪を犯した国で裁かれなければならないというフランスの立場は不変だ」と強調し、帰国を認めない方針をあらためて表明しています。一方で、帰還者らをいかに「脱過激化」し、日常生活に復帰させるかに取り組んでいるデンマークのような事例もあります。報道(平成29年8月18日付日本経済新聞)によれば、デンマーク第2の都市オーフス市では帰還戦闘員らを罰する代わりに、仕事探しや職業訓練などの援助に力を入れており、個別のアドバイザーが日常的な対話を通じて社会復帰をサポートするなど試行錯誤を続けているということです。このあたりは、暴力団離脱者支援や薬物依存症支援、あるいは「ローンウルフ型テロリスト」対策と同じく、社会から孤立させ、排除していくのではなく、「社会的包摂」によって、社会復帰・更正の機会を提供するという考えであり、ひとつの注目すべき方向性だといえます。

 その他、最近の報道からテロリスク(海外)に関するものをいくつか紹介します。

  • バングラデシュの首都ダッカで日本人7人を含む22人が殺害されたイスラム過激派によるテロ事件から3年が経過しました。同国政府は国内で活動する複数のテロ組織の掃討に力を入れ、いずれの組織も弱体化したとみられていることに加え、治安の安定を背景に経済も好調に推移しています。ただ、一方で、ISの元戦闘員がシリアやイラクから帰国している可能性があるほか、小規模なテロも起きており、そのような状況だからこそ(同じく治安が改善し経済も良好だった)スリランカテロのようなあらたなテロが起こる可能性も残るなど、過激派の脅威は消えていない状況にあるようです。
  • FBは、西部カリフォルニア州メンローパークの郵便物を仕分ける施設で同社宛て郵便物から猛毒サリンが検出された可能性があるとして、従業員を避難させるなどの措置を取ったということです。実際にサリンが検出されたかどうかは不明で、米連邦捜査局(FBI)が詳しく調べています。報道によれば、ある郵便物にサリンの陽性反応が出たということですが、これまでにサリンを浴びた兆候が出た従業員はおらず、地元の消防当局は機械の誤作動の可能性もあるとしています。とはいえ、米では9.11同時多発テロ直後に炭疽菌テロを経験しているだけに、このような事態を楽観視することなく、適切な対応が取れたものとして評価したいと思います。
  • 報道(令和元年7月9日付毎日新聞)によれば、アフガニスタンの旧支配勢力タリバン幹部で、米軍撤収に向けた米国との交渉団を率いるシェール・モハンマド・アッバス・スタネクザイ氏が、カタールの首都ドーハで同紙のインタビューに応じ、米国と合意する際、日本などアジアや欧州の複数の国が「保証人」として合意の履行を担保する形が望ましいとの意向を明らかにしたといいます。同氏が日本メディアと会見するのは異例で、タリバンが今回の交渉に関連して日本の関与の可能性に言及したのは初めてとなり、(日本の国際的プレゼンスという点からも)注目されます。
  • 米財務省は、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラのテロ活動やマネー・ローンダリングに関与したとして、レバノン議会議員を務める同組織幹部ら3人を独自経済制裁の対象に指定したと発表しています。制裁は米国の対イラン圧力強化策の一環で、米政権幹部は「ヒズボラはイランの指示を受け、悪意ある活動を広めている」としています。

 最後に、最近の報道からテロリスク(日本国内)に関するものをいくつか紹介します。

  • 原子力規制委員会が、原発に設置が義務づけられているテロ対策施設の設置期限が守れない場合、原則として原発の運転停止を命じると決めたことを受けて、九州電力の川内原発1号機が来年3月に運転を停止するのが確実となったことが分かりました。報道によれば、テロ対策施設「特定重大事故等対処施設」(特重施設)の建設が遅れ、完成が期限に間に合わないためで、特重施設の完成遅れによる原発の稼働停止は全国初となります。川内2号機も来年5月に停止し、全国で2例目になるのは確実な情勢だということです。なお、同じく九州電力は、定期検査中の玄海原発3号機に新設するテロ対策施設「特定重大事故等対処施設」の工事計画の一部を原子力規制委員会に申請し、原発の稼働停止を避けるために設置期限の2022年8月までに完成を目指すと発表、認可され次第、工事に着手するとしています。
  • 北海道釧路市は、全国で実施された全国瞬時警報システム(Jアラート)による速報訓練で、事前に訓練と告げずにチャイム音を流し、「大地震です」と放送するミスがあったと発表、市民から約100件の問い合わせがあったといいます。報道によれば、訓練は午前10時から行われ、消防庁から受信した情報を防災行政無線と地域コミュニティー放送で放送、本来なら「ただ今から訓練放送を行います」と告知してから速報を流す予定であったところ、担当職員が訓練用に設定変更するのを忘れていたということです。極論を恐れずにいえば、事前に訓練と告げずに実施することは、(住民を徒に驚かし不安に陥れるおそれがあるとはいえ)訓練の実効性を高めるうえで頭から否定されるべきものではないともいえます。事前に周知しておくべきは、「予告なく訓練を実施することがある」という点であり、そのような訓練のあり方があってもよいのではないかと思われます。
  • 警視庁万世橋署は、テロにレンタカーが悪用されるのを未然に防ぐため、レンタカー大手のニッポンレンタカーサービスと協力して、同社の秋葉原営業所で対応訓練を行っています。海外では、車両で人混みに突っ込むテロが起きており、警視庁は来年の東京五輪を見据えて事業者の協力を求めています。訓練では、マスクをした不審者役の男性が顔を見せたがらなかったことから所長が警察に通報、レンタルしたトラック付近で職務質問中に暴れだした不審者を、警察官が取り押さえるという設定で行われたということです。テロを未然に防ぐためには、民間事業者との協力が不可欠であり、レンタカーサービス以外も薬局やホテル、民泊、ネットカフェ、鉄道事業者などとの連携を強化していくことが重要です。なお、一般人や事業者についても、「異常」や「違和感」を感じたら当局やインフラ事業者等に速やかにその端緒を通報していくのが望ましいところ、本当に「通報しやすい」環境にあるのか、「通報してよいのか」判断に困るケースも多いのではないかと思われ、国民に対するより一層具体的な広報が求められるのではないかと感じています。
  • G20大阪サミットや2020年東京五輪・パラリンピックといった大型イベントを控え、神奈川県警幸署などは、「ラゾーナ川崎プラザ」で、小型無人機ドローンを悪用したテロに備える訓練を実施しています。官民の連携強化のため、訓練には川崎市消防局やドローン空撮などを手掛ける民間企業も参加し、爆発物を積んだドローンを飛行させるとインターネット上で予告があったとの想定で、不審なドローンを追跡して地上に誘導して処理し、不審者の確保や負傷者の搬送手順も確認したということです。
  • 成田空港で爆発物などの複合的なテロ災害を想定した訓練が行われました。今年9月のラグビーW杯日本大会や2020年東京五輪・パラリンピックなどの国際イベントに備え、成田国際空港会社が県警、成田市消防本部などと実施したもので、負傷者の救助や避難誘導など、テロ災害発生時の対応を確認しています。訓練は化学、生物、放射性物質、核、爆発物を兵器として用いるテロ「CBRNE」に対処する能力向上と、各機関の連携強化を目的に定期的に実施しているということです。
  • 9月のラグビーW杯開幕を前に、岩手県警釜石署や釜石海上保安部など14機関が、会場となる釜石鵜住居復興スタジアムに近い釜石港でテロ対策訓練を行っています。水際対策の手順を確認する狙いがあり、訓練では、貨物船に潜伏したテロリストが車を奪って逃走したり、自動小銃を撃ちながら小型ボートで逃げたりといったケースを想定して行われ、陸では釜石署員、海では海上保安官らが、テロリスト役を制圧したということです。
  • 9月開幕のラグビーW杯日本大会や2020年東京五輪・パラリンピックを控え、東京消防庁は、競技会場を標的とした大規模テロへの対応訓練を東京都調布市の味の素スタジアムで実施しています。訓練は、爆破テロが起き、多数の負傷者が出たとの想定で、職員約3,200人に加え、W杯の組織委員会など関係機関の約100人が参加する大規模なもので、災害やテロの発生時に臨時的に運用される「統合機動部隊」も出動したということです。
  • 出入国在留管理庁は、日本人が出国・帰国する際に空港で利用している顔認証ゲートを、外国人の出国手続きにも導入すると発表しています。7月末の羽田空港を皮切りに、全国7空港で順次運用開始、観光などを目的とした3カ月以内の短期滞在の外国人が対象となります。政府が2020年東京五輪・パラリンピックに向け、訪日外国人4,000万人を目標に掲げる中、出国手続きの効率化を図り、入国審査により多くの人員を配置する狙いがあるといいます。
  • JR西日本と南海電気鉄道は、関西空港駅で、銃器などの持ち込みを自動検知するセキュリティーゲートの実証実験を報道陣に公開しました。両社として初の試みで、2025年大阪・関西万博までの実用化に向けて課題を検証するとしています。同ゲートは米ロサンゼルスの地下鉄などで実用化されている米国製で、金属探知センサーと電波で刃物や銃器、爆発物を検知できるということです。空港の保安検査で使用されているゲートより精度は落ちるものの、上着を脱がなくても歩くだけで検知でき、1時間に600人を検査できるとされ、改札を大量の乗客が通過する鉄道駅での使用に適しているといいます。新幹線の殺傷事件後、検討はされたものの見送りとなった手荷物検査とまではいかなくても、このような「民間でできる最大限の努力」を講じていくことがテロを未然に防ぐことにつながるものと期待したいと思います。

(5)犯罪インフラを巡る動向

1.スマホ決済サービス

 スマホ決済サービス「セブンペイ」の不正利用事件は、電子決済のセキュリティの甘さを突き、匿名性の高いインターネットツールを悪用した国際サイバー犯罪だといえます。今回の事件では、900人分のIDが乗っ取られ、5,000万円を超える被害を許しており、大半が加熱式たばこの購入に使われたことから、中国の犯罪組織の関与が強く疑われています。本コラムでも以前指摘していますが、中国人の犯罪グループが電子マネーなどを使い、たばこをだまし取る事件が近年目立っていていたところであり、スマホ決済サービスのセキュリティ上の脆弱性(経産相の「基本中の基本である2段階認証を含めた対策が、セブンペイで十分に行われていなかったことは大変残念だ」との指摘は正にそのとおりです)が「犯罪インフラ」化した事例といえると思います。さらに、スマホ決済サービスの中には、セキュリティ能力が低い海外サービスと連携しているケースもあり、そこから情報が不正流出する危険性が高いとも指摘されており、さらなる「犯罪インフラ」化の阻止に向けた対応も急がれます。また、今回の事件を受けて規制やセキュリティが強まると逆に利便性が損なわれ、現金決済に逆戻りしかねないところ、利便性と安全性の高い次元での両立確保は大きな課題だといえます。その意味でも、金融庁が「セブンペイ」に資金決済法に基づき報告徴求命令を出したほか、経済産業省も、他の決済事業者に不正防止のためのチェックリストと、ガイドラインを守っているかなどを確認する誓約書を決済事業者に交付、事業者に誓約書の提出を求め、不正防止対策が不十分だった場合、今年10月の消費税増税時のキャッシュレス決済によるポイント還元事業者の登録を取り消すと表明している(後述します)のは、(事業者任せにすることなく)安全対策を徹底すべき立場にある当局として当然の対応であり、何よりも今後の「不正利用を抑止するためにも、セブンペイが乗っ取られた原因を徹底的に検証する必要があるといえます。

 なお、スマホ決済サービスの脆弱性が「犯罪インフラ」化している状況は「セブンペイ」の事案だけに限らないこと、スマホ決済のみならず「QRコード決済」などキャッシュレス決済全体においても同様の状況にあると認識する必要があります。たとえば、ヤフーとソフトバンクが出資する「ペイペイ」は、カード情報を登録すれば、店頭で現金を使わず、スマホでQRコードを読み取るなどして代金を払えるサービスですが、昨年10月に実施した購入額に応じてポイント100億円分を還元するキャンペーンが狙われ、流出したとみられるカード情報の悪用が相次ぎました。警視庁は、先日容疑者を逮捕しましたが、容疑者が数十人分のカード情報を悪用し、東京都や神奈川県内で家電や電子たばこなど計約400万円分を買ったことを確認、転売目的の組織的犯行とみて、カード情報の入手方法などを調べているということです。また、今年5月24日には、書店で使える「図書カードNEXT」や、無印良品のギフトカード「MUJI GIFT CARD」、西松屋のギフトカード「西松屋ギフトカード」などが使えなくなり、それぞれを運営する企業はウェブページにリリースや障害情報を出したほか、5月29日はQRコード決済の「Origami Pay」がアプリ上で、吉野家や阪急阪神百貨店などで利用できないという障害情報を公表しています。これらにより影響を受けた店舗数は30万にも及び、SNSには、影響を受けた利用客の「カードだけを持って買い物に行ったら、何も買えなかった」「早く直して」といった悲痛な声が多数書き込まれるなど、キャッシュレス決済がすでに「社会インフラ」となっていること、その悪用によって「犯罪インフラ」化していることを実感させられます。

 また、今回の事件では、不正利用に関する相談が十数件、警視庁に寄せられているといいますが、ハッカーによる情報入手のほか、指示、購入、運搬など役割を分担した中国のサイバー犯罪組織の関与が疑われています。報道によれば、セブン側からの情報提供を基に都内の複数の店舗の販売データを警視庁が確認したところ、大量の電子たばこカートリッジの購入が相次いでおり、他の商品の不正決済は確認されておらず、防犯カメラ画像から購入者の特定を急いでいるということです。実行者の勧誘・指示にSNSが使われ、不正使用されたIDやパスワードが闇サイト(ダークウェブ)で入手された可能性があることなど、「セブンペイ」のセキュリティ上の脆弱性以外にも、SNSやダークウェブなどの複数の「犯罪インフラ」が組み合わさって実行された犯罪としても注意する必要があります。なお、今回悪用されたSNSは中国の「微信」ですが、報道で、「指示役が中国にいたままネットで命令しているとしたら特定は難しい。組織のことを分かっている人間を捕まえる必要がある」、「捜査で不正アクセス元のIPアドレス(ネット上の住所)が分かっても、人物まで特定するには中国側の協力がカギになる」といった指摘がなされているように、こうしたSNSの持つ匿名性の高さ、越境性(裏返せば、捜査における国境のハードルの高さ)などもまた「犯罪インフラ」を補強する形となってしまっているのはなんとも歯がゆいところです。

 最後に、あらためて今回の事件を受けた経済産業省の対応について紹介しておきます。

▼経済産業省 コード決済サービスにおける不正アクセス事案を踏まえ、決済事業者等に対し、不正利用防止のための各種ガイドラインの徹底を求めました

 「今般、特定のコード決済サービスにおいて、アカウントが第三者に不正にアクセスされ、不正利用される事案が発生した。当該事案の原因は、引き続き究明中ですが、当該コード決済サービスでは、(一社)キャッシュレス推進協議会が策定した不正利用防止のための各種ガイドラインが遵守されていなかった」としたうえで、「こうした状況を踏まえ、経済産業省は、決済事業者等に対して、改めて、不正利用防止のための各種ガイドラインの遵守を求めるとともに、常に最新のセキュリティ情報を収集し、自己のセキュリティ対策を見直した上で、セキュリティレベル向上に努めるよう要請した」こと、「なお、今年10月1日の消費税率引上げに伴い開始する「キャッシュレス・消費者還元事業」(ポイント還元事業)の実施に当たっては、既に本事業に登録されている決済事業者も含め、改めて、不正対策の徹底を求めていく」こととしています。なお、経済産業省が遵守すべきものとして指摘している(一社)キャッシュレス推進協議会が策定した不正利用防止のための各種ガイドラインについては、ポイントを以下のとおり紹介しておきます。

▼一般社団法人キャッシュレス推進協議会 コード決済における不正流出したクレジットカード番号等の不正利用防止対策に関するガイドライン

 本ガイドラインでは、冒頭、「スマートフォンの普及に伴い、コード決済は、従来のクレジットカード、デビットカード、プリペイドカード等に加えて、新しいキャッシュレス決済手段としてその活用及び発展が期待されるところである。一方で、コード決済の不正に対する対策が十分になされていない場合、コード決済サービスの利用者のみならず、不正利用されたクレジットカードの名義人等、コード決済に係る不正に巻き込まれた者に対して損害が発生する事態をも招来し、さらにはコード決済サービスに対する社会的信用を害することにもなりかねない」とガイドラインの必要性にふれたうえで、「コード決済の更なる普及に向けては、コード決済によって生ずる不正を防止すべく、想定される不正を洗い出した上、これらの不正が発生するリスクに見合ったセキュリティ水準の向上等の対策を講ずることが重要である」こと、「コード決済においては、モバイルデバイスを利用した決済のフローの各時点において、不正の可能性がある。関連事業者は、各時点において生じ得る不正の可能性を意識しながら、適時適切な不正利用防止対策を講ずることが重要である」ことなどを指摘しています。

 一方で、「コード決済に係る不正の手法は、技術の高度化等に伴って常に変化している」こと、「コード決済に係る不正には、関連事業者以外にも、コード決済の利用者や不正に登録されたクレジットカードの名義人等が幅広く関係する。コード決済に係る不正に対しては、これらコード決済に関わる全ての者の役割や関連性等も意識しながら、不正が起きないようにするための防止策や、既に発生している不正の分析・対応等の措置を講ずることが重要である」こと、「コード決済事業者は、コード決済に係るアカウント作成時からクレジットカード登録時に至るまで、クレジットカードの利用に係る正当な権限の有無を判断するのに必要な情報を可能な限り収集し、これをクレジットカード登録時に活用するなどの方法により、正当な権限のない者が不正にクレジットカード番号等を登録する事態を防止していくことが重要である」こと、「コード決済事業者においては、アカウント作成時における本人認証の際に収集する情報が正当な権限のない者によるクレジットカード番号等の利用と判断する一助となる可能性や、利用者の利便性、利用者に係る個人情報保護その他の制約等も考慮しながら、アカウント作成時に取得する情報の内容やその内容を基礎付ける資料の確認方法等を検討・判断することが必須である」こと、「セキュリティコードの入力回数に制限がない場合、クレジットカード番号・有効期限のみを不正に取得した者が、任意のセキュリティコードの入力を繰り返し行うことにより、正当な権限を有することなくコード決済アプリにクレジットカードを登録し、当該クレジットカードによる決済が可能となる。こうした事態を防止するためには、クレジットカード事業者と同様、コード決済事業者においても、クレジットカード登録時において、セキュリティコードによる認証を利用者に対して求めるとともに、その入力回数を制限することが必須である」こと、「コード決済事業者の中には、決済に係る金額や利用回数の上限値を設けている例もある。こうした対策は、不正利用の被害拡大を防止する効果があるほか、利用上限が設定されていることにより、不正を行うインセンティブを減ずる効果も期待できる」ことなどを指摘しています。

 さらに、決済後の対応についても、「コード決済事業者が取引モニタリング等で正当な権限のない者による決済を検知した場合、クレジットカード事業者、契約店、利用者、クレジットカード名義人等への調査依頼や連携等を通じて、不正利用の被害拡大を可及的に防止するとともに、以下の点にも留意しながら、原因究明・再発防止を図っていくことが必須である」として、「クレジットカード事業者との関係では、共有・連携する情報の内容及び範囲により、(略)個人情報保護法制等、情報を共有・連携することに伴う課題が生ずる可能性があること」、「契約店との関係では、不正検知時は必要に応じて利用を一時的に止める等の措置を講じたうえ、調査への協力を依頼するとともに、契約店による行為が不正の原因となっているような場合には、加盟店規約等に基づき契約店に対して指導・解約等を含む適切な対応を講ずること」、「利用者・クレジットカード名義人との関係では、不正利用の検知は、取引モニタリング等によるもののほか、窓口への問合せ等から発覚することもあるため、この点にも留意しながら問合せ窓口を適切に設置する必要があること。また、不正利用等に関する問合せ窓口の設置や寄せられた問合せへの対応等の措置を適切に講ずること」としています。

2.フェイクニュース/ディープフェイク/信用スコア等を巡る動向

 ITやICTの進歩によって、社会インフラである「ニュース」や各種「動画」等が真実を伝えないことによって、「フェイクニュース」や「ディープフェイク」などの「犯罪インフラ」となりうる点にも注意が必要な状況です。

 発信者の悪意にだまされないためには、結局は「見たり読んだりしたものをうのみにしない」という基本以外にないと思われますが、受け手である私たち自身の「メディアリテラシー」をいかに高めるかがポイントとなりえます。しかしながら、モバイル関係調査を手がけるMMD研究所を運営するMMDLaboが実施した「フェイクニュース」に関する調査では、「見破る自信がない」と答えた人が約7割に上ったということです。フェイクニュースという言葉を知っている人は85.8%で、約3割の人が「だまされたことがある」と答えたといい、リテラシーを身につけることの難しさが浮き彫りになっています。なお、参考までに、専門家によれば、情報を受け取ったときに持つべき4点として、「結論を即断するな」、「(事実と意見を)ごっちゃにしてうのみにするな」、「1つの見方に偏るな」、「スポットライトの中だけ見るな」がメディアリテラシーの基本だということです。さらに、海外のメディアリテラシー教育が興味深いのは、社会人だけではなく、小学生や中学生などの子ども達も対象としている点であり、日本ではこうした教育はあまり学校で実践されてこなかったが、これからの世代には必須の知識の1つといえるだろうと指摘しています(令和元年7月6日付日本経済新聞)。

 一方で、発信するSNS側に対しても厳格な対策を求める動きも本格化しており、米下院情報特別委員会は、AIを使った巧妙な偽動画「ディープフェイク」の脅威と対策に関する公聴会を開き、有識者らがデ、ィープフェイクが選挙や企業活動、外交にも影響を与えかねないと警告し、SNS企業に対策での協力を呼び掛けるなどしています。なお、「ディープフェイク」とは、著名人の映像や音声データをAIに学習させ、本物そっくりの偽動画を作成する技術のことで、同公聴会でも「政府、メディア、国民も何が本物で何が偽物か識別できない悪夢のような状況になりかねない」と懸念が示されています。

 以下、参考までに、総務省のWGで示された「フェイクニュース」対策に関する資料を紹介しておきます。

▼総務省 プラットフォームサービスに関する研究会(第10回)配布資料
▼資料1 米国におけるフェイクニュース対策の動向と議論

 まず、フェイクニュースの定義について、「(1)情報の内容が虚偽であることに加え、(2)虚偽であると知りながら公衆を欺くために意図して公表・拡散された情報であることが挙げられることが多いこと、虚偽の情報が意図的に公表・拡散される点が、従来のメディアの「誤報」との相違。もっとも、20世紀前半から新聞やラジオなどを通じて虚偽のニュース、真偽の曖昧な流言、世論の操作を狙ったプロパガンダなどが流布し、各国の世論に影響を与えてきた」と指摘しています。そのうえで、フェイクニュースがもたらす問題として、(1)選挙の候補者に関する不正確な情報を流布するなどして有権者の理性的な判断を妨げることで民主政治を歪めたり政治的分断を深めるおそれ、(2)メディア等の発信する情報への信頼が失われるおそれ、(3)外国政府が誤った情報を自国民に流布することで民主主義と安全保障が毀損されるおそれなどを指摘しています。ただし、「もっとも、インターネット上のフェイクニュースの影響力(だけ)を過大評価すべきではない。現代の先進各国におけるポピュリズムや政治的分断には複合的で構造的な要因がある」とも指摘しています(つまり、発信者だけでなく、受信する私たち側にもフェイクニュースを受け入れる素地があるとの指摘であるともいえます)。

 また、「2016年大統領選挙におけるフェイクニュースの影響に関する実証分析」として、「トランプ候補やクリントン候補に関する虚偽の情報が多数拡散される。フェイクニュースが選挙結果に一定の影響を与えたとの見方も」あるが、「選挙期間中に米国の平均的な成人は1件〜数件程度のフェイクニュースに接しており、クリントン支持のフェイクニュースよりもトランプ支持のフェイクニュースに多く晒されているが、フェイクニュースによる投票行動への影響は選挙結果を左右するほどではなかった可能性が高いと推測。また、ソーシャルメディアは有権者の政治ニュースの主要な情報源ではなかったとの調査結果」もあるといい、「ソーシャルメディアや放送などにより拡散されたニュース記事の関連性を分析することにより、2016年大統領選挙における偽情報とフロパガンダの拡散の主要な要因は、SNS上のアルゴリズムに基づくニュース提供、AIを用いたビッグデータ分析に基づくターゲテイィング広告、外国から発信されたフェイクニュースといった注目を集める新たな因子ではなく、過去30年ほどにわたる米国の党派およびメディアの分極化(特に右派の先鋭化)にあると判断」されるということであり、フェイクニュースを考えるうえで重要な示唆に富むものと思われます。

 さらに、政府におけるフェイク対策の動向と議論については、「表現の自由への配慮もあり、政府による規制には基本的に慎重なスタンスが取られている」こと、「トランプ大統領は、自らに対し批判的な姿勢をとるCNNなどの報道をフェイクニュースと呼ぶ一方で、プラットフォーム事業者による極右のアカウントの停止などについて保守派の表現の自由への検閲だとして批判」するスタンスが取られています。また、「フェイクニュースと表現の自由」の関係については、「米国では、合衆国憲法修正1条により表現の自由を手厚く保障してきた伝統もあり、フェイクニュースへの規制には基本的に慎重な姿勢がとられている」こと、「連邦最高裁の判例によれば、「修正1条の下では誤った思想のごときものは存在しない」とされてきた」こと、「「事実に関する誤った言明は憲法上の保護に値しないが、それは自由な討論に不可欠なものである」とされてきた」こと、「真実の言明が萎縮することなく十分に保護されるためには、一定の範囲で虚偽の言明も保護する必要があると考えられてきた」こと、「虚偽の言明であるという理由だけでカテゴリカルに修正1条の保護が否定されることはない」ことなどが指摘されています。このあたりの表現の自由を巡る考え方は日本とはだいぶ異なる印象があります。なお、フェイクニュースと名誉毀損の関係については、「米国の判例では、New York Times Co. v. Sullivan, 376 U.S. 254 (1964)以来、自由な討論において誤った言明は避けられないとの認識を踏まえ、公共的な論点に関する討論が抑制されることのないよう、公人に対する名誉毀損について民事訴訟において原告が損害賠償請求を認められるためには、被告の現実の悪意を立証する必要があるという「現実の悪意の法理」が採用。公人に対する名誉毀損については、たとえ虚偽の内容であったとしても、被告が虚偽であると知っていたか、または虚偽であるか否か無謀にも気にかけなかったことが証明されない限り免責される」こと、「もっとも、今日では、「現実の悪意の法理」の見直し論も」といった流れにあるということです。

 また、プラットフォーム事業者による自主的な対応として、「Googleは本年2月に報告書を公表し、自社の検索サービス、ニュースサイト、YouTubeおよび広告プラットフォームを通じて流通する偽情報に対応するため、(1)検索ランク等のアルゴリズムの改善などにより情報の質を確保する、(2)身元を偽ったりスパム行為を行う利用者など悪意のある主体に対抗措置を取る、(3)検索サービスやニュースサイトにおいてファクトチェックの情報を見つけやすするなど利用者により多くの文脈を提供する」との方針と示しているほか、「Facebookは、ファクトチェック機関と連携し、虚偽と判断された情報に警告を表示したり、他の信頼性のあるニュースのリンクを表示するなどの対策」を行っているものの、「もっとも、プラットフォーム事業者にとっても、情報の内容の真実性やその背後にある意図を判断することは容易ではなく、特に直近または現在進行中のニュースの場合には一層困難」になっている状況が指摘されており、正にそのとおりだと感じます。

 以上の概観をふまえ、「我が国への示唆」として、以下が示されていて、示唆に富む内容と思われます。

  1. フェイクニュース対策の目的の明確化・具体化
    • 何のためにフェイクニュース対策を行う必要があるのか明確にする必要。目的はフェイクニュースの種類(選挙の候補に関するフェイクニュース、災害時の流言飛語など)によっても異なりうる。フェイクニュースの種類・性質に応じた実質的な害悪に着目するアプローチ
  2. Evidence-basedの検討
    • 国政選挙など我が国の民主政治のプロセスにインターネット上のフェイクニュースがいかなる影響を与えているのかについて、放送など他のメディアの提供するニュースの影響と比較しつつ、実証的に調査研究を行い検証した上で、エビデンスに基づきフェイクニュース対策のあり方を検討する必要
  3. メディア横断的なフェイクニュース対策
    • インターネットのみならず、放送も含めメディア横断的なフェイクニュース対策のあり方を表現の自由に十分配慮しつつ検討する必要。プラットフォーム事業者の責任論に限定しない検討
  4. プラットフォーム事業者、発信者、利用者、広告主の間の役割・責任分担
    • プラットフォーム事業者の役割・責任のみならず、発信者への責任追及、利用者(受信者)のリテラシー向上、広告主の自主的取組についても検討
  5. 現行法を活用したフェイクニュース対策
    • 名誉毀損罪(刑法230条1項)、信用毀損罪・偽計業務妨害罪(刑法233条)、虚偽事項公表罪(公職選挙法235条2項)、不法行為(民法709条)など
    • 表現の自由への手厚い配慮などから公人に対する名誉毀損などの成立範囲が狭く限定されている米国に比べ、日本では現行法によるフェイクニュース対策が可能な範囲が広い
    • 通信品位法230条によりプラットフォーム事業者が広範に免責されている米国と異なり、民法判例やプロバイダ責任制限法に照らしてプラットフォーム事業者の責任を比較的問いやすい
  6. 思想の自由市場の機能を維持・強化する取組
    • ファクトチェックの支援、信頼性のある多様な報道に接する機会の拡大、透明性の向上など
  7. プライバシー・個人情報保護法制との連携
    • ネット利用者の個人情報を適切に保護することを通じてプラットフォーム上でのターゲティング広告などを利用したフェイクニュースの効果的な拡散に対抗できる側面も。例えば、プロファイリングのあり方の検討など

 なお、「フェイクニュース」や「ディープフェイク」とは異なるものの、その真意やロジックが「ブラックボックス」化しており、恣意的な運用や誤った事実認識等に基づいてロジックを組まれるなどすれば、悪用されるなどして「犯罪インフラ」化しかねないものとして、「信用スコア」のリスクについても、現時点で認識しておく必要があろうかと思います。

 報道(令和元年7月12日付東京新聞など)によれば、IT企業が、ネット上の消費行動などから利用者の信用度合いを採点する「スコアリングサービス」が増えてきており、たとえば、ヤフーは「登録会員としてサービスを利用している人を対象に採点を7月から実施。ネット通販など自社サービスでの支払い状況などの情報から、AIが900点満点で点数を付ける。得点に応じた優待制度を検討するほか、利用者が同意すれば外部企業に得点を渡す」といったサービスであり、LINEも、「オンライン家計簿や金融など、LINEの関連サービスの利用状況をもとに、利用者に100から1000点までの点数をつける。スコアが良ければ、レンタカーや宿泊を優先的に予約できたり借り入れの際の金利負担を軽減したりすることができる。やりとりしたメッセージや通話の内容は利用できない仕組みになっており、個人情報保護に配慮」したサービス内容だとされます。ただ、とりわけヤフーの手法は物議を醸しており、「会員登録した時点でスコア算出に同意したことになっており、スコア算出をストップするためにはページを探し出して変更しなければならない。しかも、算出されたスコアは利用者には知らされず、申請して郵送で受け取らなければならない。ヤフーが6月3日にスコアリングについて発表して以降、ネット上では「利用者を軽視している」と批判が噴出。ヤフーは同21日にホームページを更新し、「説明の至らない点があった」と陳謝」する事態となっています。こうしたデータの活用で利便性や効率が高まる可能性がある一方、個人の権利を侵害するとの懸念も出ているのは当然であり、企業は説明責任を果たすこと、消費者も仕組みを十分に理解する必要があること、スコア利用の範囲の限定や、利用者が採点に異議申し立てできる法整備も必要となることなど、「信用スコア」についてはまだまだ課題が多く、一方で、だからこそ「悪用リスク」も高まっており、「犯罪インフラ」化することがないよう、今、事業者の「厳格なリスク管理」と消費者の高い「リテラシー」と「監視の目」が求められている状況だといえます

3.その他の犯罪インフラを巡る動向

 無登録で貸金業を営み、法定金利を大幅に超える高金利で金を貸し付けたとして、警視庁生活経済課は、出資法違反などの疑いで、元ヤミ金業者、私設私書箱運営会社社長の両容疑者ら男5人を逮捕しています。元ヤミ金業者らは顧客から金を回収する際、社長が運営する私設私書箱宛てに送らせていたということですが、ヤミ金業者が私書箱を金の回収に使う例は散見されるものの、運営会社の経営者が逮捕されるのは異例です。なお、郵便物受取サービス業/私設私書箱業者は、AML/CFTにおいても「特定事業者」に指摘されており、悪用されれば「犯罪インフラ」の典型ともいえるものです。具体的には、「私設私書箱」、「バーチャルオフィス」、「レンタルオフィス」、「電話秘書代行」等いかなる名称をもって顧客と取引しているかを問わず、(1)自己の居所や会社の事務所の所在地を顧客が郵便物の受取場所として利用することを許諾している、(2)顧客に代わって顧客宛ての郵便物を受け取っている、(3)受け取った郵便物を顧客に引き渡している、のすべての要件を満たすサービス(郵便物受取サービス)の提供を行う事業者をいうとされています。

 また、SNSの犯罪インフラ性については、本コラムでもこれまでたびたび指摘していますが、最近では、SNSやインターネット掲示板を通じて面識のない人同士がお金を貸し借りする「個人間融資」のトラブルが相次いでおり、ツイッターなどでは、「#個人間融資」のようにハッシュタグを付けた投稿が増加している状況にあります。その背後にはヤミ金融業者が潜んでいたり、保証金名目でお金をだまし取られたりするケースがあるほか、性行為を条件とする「ひととき融資」なども横行しているということです。国民生活センターには、住所を伝えた上で15万円を借り、25倍超の金額を請求された例が寄せられており、「新たなヤミ金」として注意が必要な状況です。

 さらに、ECサイトを巡る不正利用被害が相次いでいますが、その根本的な問題として認識しておくべきは、「パスワードの罠」といわれる、パスワード等の「犯罪インフラ」化の状況です。すでに、世の中には、数十億件ともいわれるほどパスワードやIDに使われるメールアドレスとパスワードの組み合わせが流出しており、一方で消費者の多くは、複数サービスでパスワードやID、メールアドレスを使い回しているため、1つの組み合わせが判明すると、被害は芋づる式に拡大する構図となっています(つまり、1つのパスワードが被害を拡大させるという意味で「犯罪インフラ」性をもつことになります)。報道(令和元年6月13日付日本経済新聞)によれば、本来、ECサイト事業者において、なりすましを防ぐための方策(簡単にいえば、「脱パスワード」)を講じる必要性を認めているものの、コストの問題と「顧客離れ」の懸念から取り組みが進んでいないのが現状ということです。したがって、パスワード等の「犯罪インフラ」化の状況は、ECサイト事業者の「不作為」によってさらに深刻さを増していくことになります。一方で、パスワードを定期的に変更することのリスクも指摘されており(総務省は昨年3月、パスワードの定期変更は不要とする見解を出しています)、定期変更により「より推測されやすいパスワードが採用されやすくなる」ことでリスクを高めることにつながるといいます。パスワード自体は、推測されにくい複雑な設定をする限り、望ましい対策ですが、セットで流出すればそれも意味をなさないことになります。その「犯罪インフラ」性を事業者も消費者も十分に認識したうえで、対策を講じていくことが求められています。

 その他、最近の報道から、犯罪インフラに関するものをいくつか紹介します。

  • 外国人技能実習生を職場に斡旋する「監理団体」の許可申請をめぐり、国に虚偽の書類を提出したとして、兵庫県警組織犯罪対策課などは、技能実習適正化法違反の疑いで、兵庫県姫路市の監理団体「国際バンク事業協同組合」の代表ら2人と、法人としての組合を書類送検しています。同法違反容疑で監理団体を摘発するのは全国で初めてとみられるということです。監理団体の適切性は以前から懸念されていたところですし、国の審査の適切性(脆弱性)などと組み合わされれば、外国人技能実習生の増加が見込まれる中、このような事案は今後も起きうるものと思われ、注意が必要です。
  • 東京都台東区の都営浅草線浅草橋駅構内のコインロッカーに、外国人名義の偽造クレジットカード11枚を隠し持っていた疑いで国際犯罪組織のメンバーと思われる男が逮捕されています。報道によれば、ロッカーからは高級腕時計など貴金属約60点も見つかったということです。容疑者らは昨年10月以降、ほかの仲間とともに繰り返し来日し、偽造カードで少なくとも約40回にわたって計約1,100万円相当の貴金属を購入していたといいます。
  • 国内にある在留カードの「偽造工場」が相次いで摘発された事件で、愛知県警は、在留カードを偽造していたグループの「金庫番」とみられる中国籍の黄強強容疑者ら男3人を犯罪収益移転防止法違反の疑いで逮捕しています。愛知県警は、昨夏以降、愛知、大阪、埼玉の3府県で、在留カードの偽造工場を摘発しており、各工場からは、偽造された運転免許証や学生証なども押収し、捜査を進めていたものです。
  • 万引き被害の深刻化を受け、東京都渋谷区の書店3店舗が7月30日から、顔認証機能のある防犯カメラを使って、万引き容疑者の顔画像を共有する取り組みを始めるということです。顔認証は万引き対策として既に導入されているものの、別の系列の書店が顔画像を共有するのは初めてとなります。さらに、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会は、選手や大会関係者の会場入場時に顔認証システムを導入して、ボランティアを含む30万人以上の顔情報などを事前に登録し、顔認証によって不正入場等を防止すると発表しています。このようにAIなどを使った「顔認証」の活用が広がる一方で、「究極の個人情報」とも言える顔のデータ化にはプライバシーなどの観点から懸念も根強く、「監視社会」への不安払拭が今後の課題でもあります。海外ではAIによる顔認証を制限する動きも出始めており、米サンフランシスコ市は今年5月、「政府の監視なしに生きる自由を脅かす」として、行政機関の利用を禁止する条例を可決しています。その背景には、依然として高い誤認識率や人種・性別などによるバイアスといった問題が解決されないまま、顔認識技術が普及することを問題視する声が高まっていることがあげられます。利便性と安全性のトレードオフはここでも大きな問題となっており、顔認証の「犯罪インフラ」性の払拭が急務です。
  • 不在票盗み免許証を偽造、カードを詐取したとして、詐欺グループ主犯格の男が逮捕されています。逮捕されたのは、準暴力団「チャイニーズ・ドラゴン」関係者で、昨年10月、東京都港区のホテルなどで運転免許証3枚を偽造した疑いがもたれています。報道によれば、容疑者の詐欺グループは、マンションの郵便受けからクレジットカード配達の不在連絡票を盗み、郵便局に偽造した受取人の免許証を提示してカードを騙し取ったとみられ、関係先から数十枚の偽造免許証が押収されたということです。
  • 本コラムでもたびたび取り上げていますが、国際的な脱税や租税回避を防ぐために約100カ国・地域の税務当局が金融口座の情報交換を行う新制度(共通報告基準:CRS)が効果を示し始めています。日本居住者が海外に保有する口座情報の蓄積が進み、国税当局はこれを基にした税務調査に取り組んでいるといいます。CRSを活用し、海外資産がからむ相続税の申告漏れを指摘した事例も出ています。報道(令和元年7月2日付日本経済新聞)によれば、具体的には、「CRSで得られた情報を端緒として、国税庁が親族から遺産を相続した女性の約4千万円の相続税申告漏れを指摘。女性は相続に際して、親族に海外資産があることを知らないまま相続税を申告。東京国税局がCRSで得た海外の口座情報をもとに税務調査を実施したところ、親族が海外に預金と不動産を持っていることが分かり、同国税局は申告漏れを指摘し、約2千万円を追徴課税した」というものです。本コラムでは、今後もCRSが「犯罪インフラ」の代表格である「タックスヘイブン(租税回避地)」にどれだけ対抗していけるのか、注視していきたいと思います。

(6)その他のトピックス

1.薬物を巡る動向

 前回の本コラム(暴排トピックス2019年6月号)でも取り上げたとおり、キャリア官僚が覚せい剤取締法違反容疑などで相次ぎ逮捕、起訴されました。いずれのケースも仕事のストレス解消などで使ったとされ、いずれもインターネットを通じて違法薬物を入手していたとされます。これまで、密売人が売買を持ちかけるネット上のツールは、闇サイト(ダークウェブ)や匿名掲示板など、一般の人が余り目にすることのない、知っている人でなければなかなか気がつかない特殊な場や方法が採られていましたが、最近では、ツイッターなど身近なSNSにも拡大しており、犯罪組織と無縁だった一般社会の層でも違法薬物が容易に入手できる状況にあります。報道(令和元年7月8日付産経新聞)によれば、この10年で取引の場は路上からネットへ、さらにSNSなどより身近なところに移行していること、「売人にとってネット取引は新規顧客の開拓が目的。利用率の高い媒体に敏感に反応している」、「ネット注文で郵送してもらえば密売人に会わずに済む。買い手の心理的ハードルが下がる」との専門家の指摘は核心を突いたものであり、捜査関係者の「違法薬物を唆すネット情報の誘惑に対抗できる効果的な啓発をどう行うかが課題だ。書き込みを調べ、密売人を摘発するなどサイバーパトロールによる地道な捜査も進めていく」とのコメントもまた、これ以上の薬物の蔓延を阻止するために重要な方向性を示唆しているものと思われます。

 また、若年層における大麻の蔓延が深刻化していることはこれまでも本コラムで指摘してきたとおりです。大麻所持容疑などでの中学生の摘発が全国で後を絶たず、違法薬物事件の中でも、大麻に関しては、若年層の摘発者の伸びが大きく、2018年の大麻事件の摘発者は3578人(前年比570人増)のところ、年齢層別での人口10万人当たりの摘発は、14~19歳が14年の1.1人から6.0人へと悪化している状況があります。さらに、国立精神・神経医療研究センターが2018年に実施した全国調査によれば、大麻や覚せい剤、危険ドラッグの使用を「少々なら構わない」「全く構わない」と考える中学生が増えていることが、16年の前回調査と比べ、大麻は1.5%から1.9%と他の薬物よりも伸びていたことが分かったということす(令和元年6月22日付毎日新聞)。こうした容認論の蔓延の背景には、インターネットの影響があると考えられます。なお、回答した中学生約7万人のうち、大麻や覚せい剤の「使用経験がある」とした生徒は0.3%と横ばいだったということですが、操作関係者が「浸透の早さは想像以上。早めに手を打たないと手遅れになる」と述べているとおり、相当の危機感をもって適切な情報提供による正しい知識・理解の浸透を図っていく必要があるといえます。

 さて、静岡県南伊豆町で小型船から過去最大の押収量となる覚醒剤約1トン(末端価格約600億円)が見つかっています。警察などが1年半にわたり密輸グループの動きを調べ、海上で薬物を受け渡す「瀬取り」を摘発したものですが、GPSの発達で船の航行が容易となり、航空便などより大量に密輸できるルートとして海上が使われている恐れが現実のものとなっています(GPSが犯罪インフラ化した事例ともいえます)。なお、本事件では中国人7人が逮捕されていますが、うち一部は日本と香港を空路で複数回往復していたことも判明しており、警視庁は国際的な麻薬密売組織や暴力団が関係しているとみて捜査をしているということです。

 摘発事例としては、他にも、厚労省四国厚生支局麻薬取締部が、大麻を液状に加工した「大麻リキッド」を所持したとして、大麻取締法違反(所持)の疑いで、会社員(27)を逮捕した事例もありました。同部は自宅を家宅捜索し、四国で初めて大麻リキッドを押収したということです。さらに、同部は、スペインとオランダから合成麻薬MDMA計132錠などを輸入したとして、麻薬取締法違反I輸入)の疑いで、容疑者を再逮捕しています。また、大麻草を営利目的で所持するなどしたとして、栃木県警組織犯罪対策2課と宇都宮南署は、大麻取締法違反(営利目的所持など)の疑いで、30~50代の男5人を逮捕、送検した事例もありました。男らが保管場所にしていた同県真岡市のビルから、乾燥大麻など計約15キロを押収、県内で一度に検挙された量としては過去最多ということです。なお、薬物の保管(営利目的所持)を巡って興味深い判決もありました。以前の本コラムでも紹介した名古屋市港区の倉庫で覚せい剤約340キロ(末端価格200億円超)が見つかった事件で、倉庫の借り主として覚せい剤取締法違反(営利目的所持)の罪に問われた中国籍の被告(50)の判決で名古屋地裁は、覚せい剤の隠されたタイヤホイールについて「被告がホイールの取引が正常でないと認識し、模造品だと思っていた可能性を否定できない」としつつ、それをもって「直ちにホイール内に違法薬物が隠匿されていると認識していたとはいえない」として、無罪判決を出しています。

 また、インドから向精神薬約4200錠を営利目的で輸入したとして、厚生労働省北海道厚生局麻薬取締部は、飲食店従業員の男(37)を麻薬及び向精神薬取締法違反(輸入)容疑で逮捕したという事例もありました。男はインターネットで医薬品の販売サイトを運営しており、国の許可なしでインドから向精神薬「エチゾラム」約4,200錠を輸入した疑いが持たれているといいます。報道によれば、「エチゾラム」は不安を和らげる効果や睡眠作用があり、国内では「デパス」などの製品名で流通しているようですが、近年、昏睡強盗などへの悪用が相次いでいたということです。

 さらに、摘発事例として興味深いものとして、覚せい剤約43キロ(末端価格約25億8,000万円)を密輸したとして、警視庁はイランとメキシコ国籍の男3人を覚醒剤取締法違反(営利目的輸入)の疑いで再逮捕した事例がありました。この事例では、覚せい剤約43キロをメキシコから香港経由で東京港大井ふ頭に貨物船で密輸、山梨県富士吉田市の倉庫に保管された後、同県富士河口湖町のコテージに持ち出されるのを確認。減速機を解体して覚せい剤を取り出したイラン人2人とコテージに覚醒剤を持ち出したメキシコ人の計3人を逮捕したというものです。警察の執念の「泳がせ捜査」が実を結んだものとして注目されます。

 また、建物内で営利目的で大麻草を栽培したとして、神奈川県警薬物銃器対策課は、大麻取締法違反の容疑で、県内3カ所に家宅捜索に入るとともに、同法違反容疑などで男女6人を逮捕。これまでに得られた情報から大がかりな栽培実態が想定されたため、家宅捜索には捜査員約90人が動員されたといいます。報道によれば、「大麻栽培にかなり手慣れた者もいたとみられ、現場からは葉より幻覚作用が強いとされる花の部分を効率的に育てられたものもみつかった」と捜査関係者が述べており、栽培事案の増加とあわせ、その栽培手法の高度化なども進んでいることがうかがわれ、注意が必要な状況だといえます。

 前回の本コラムでも紹介した、ケシのドライフラワー販売問題では、やはりこの花店が「違法と認識していなかった」ことが分かっています。この種は、あへん法で栽培や譲渡、所持が禁止されているもので、ケシは東京都の輸入業者がオランダから取り寄せ、同店などに卸したものでした。

 摘発手法のうち、発見の経緯として注目したい事例もありました。

 大阪府の関西空港署と関西空港税関支署は、覚せい剤計約5キロ(末端価格約2億9,500万円)をアメリカから関西空港に密輸したとして、米国籍の自称会社経営(72)を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の容疑で逮捕しています。関西空港で入国の際、容疑者が申告した5日間の滞在日数に比べて荷物が多かったため、税関職員が不審に思って検査をしたところ、リュックサックの仕切り板や背あてに隠していた覚醒剤2袋を発見したというものです。税関職員は、日ごろから書類上の情報と荷物の状況との「正しい関係」を徹底的に叩き込むことによって、「違和感」を感じとる訓練を積んでいますが、正に、その日ごろの訓練で「リスクセンス」が磨かれていたことが摘発につながった好事例だといえます。また、密輸の手口としては、大量の覚せい剤や大麻をマネキン10体の中に隠して密輸したという事例もあり、宮城県警と東北厚生局麻薬取締部は、仙台市内に住む4人の男を大麻取締法違反(営利目的輸入)などの容疑で逮捕しています。この事例では、発見された覚せい剤や大麻の末端価格は計約1億7,500万円に上るということです。さらに、(密輸の手口としては少なくないものですが)覚せい剤を体内に隠して密輸したとして、警視庁は、ポルトガル国籍の男を覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)などの容疑で逮捕しています。覚せい剤約10グラム(末端価格約60万円)が入ったカプセル1個を飲み込んで体内に隠し、ドイツから羽田空港に密輸した疑いだということです。東京税関が実施したX線検査などで、体内から他にカプセル68個が見つかり、密輸した覚せい剤は計約673グラムに上るということです。体内に隠匿して密輸をしようとする事例も後を絶たない状況ですが、(健康被害にも発展するリスクがあるだけでなく)やはり税関の検査から摘発を逃れることは難しいことが分かります。

 以下、最近の報道から、薬物に関するものをいくつか紹介します。

  • 前述しましたが、勤務先の文部科学省内で覚醒剤を所持したとして、関東信越厚生局麻薬取締部は、同省キャリア官僚(44)を覚醒剤取締法違反(所持、使用)の疑いで再逮捕しています。報道によれば、覚せい剤は容疑者の机の引き出しから見つかり、麻薬取締部は省内で使用した可能性もあるということです。
  • 陸上自衛隊大村駐屯地は、駐屯地内などで大麻を吸引したとして、第4後方支援連隊第2整備大隊の男性陸士長(21)を懲戒免職処分にしたと発表しています。陸士長は、福岡市で外国人から3回、大麻を購入し、同市の公園や大村駐屯地の喫煙所で計8回吸引したということです。駐屯地で不定期の一斉薬物検査を実施し、陽性反応が出たことで発覚、事情を聞いたところ、吸引を認め、「以前から興味があった」と話したということです。自衛隊や運送事業者の一部では(海外では一般の事業者でも)、薬物の抜き打ち検査を実施しているところもあります。薬物リスクはもはや「自社(自社の従業員)には関係ない」では済まされないところまで蔓延していることを認識する必要があります
  • インターネット上の掲示板に覚醒剤を一緒に使う仲間を募る書き込みをしたとして、警視庁は、麻薬特例法違反(あおり、唆し)の疑いで、埼玉県警蕨署地域課の元巡査の男性(34)を書類送検しています。警視庁がサイバーパトロールで書き込みを発見したとされ、容疑を認めているようですが、違法薬物の使用は否定しており、尿検査も陰性で、自宅から未使用の注射器を押収したものの薬物は見つからなかったともいいます。逮捕容疑は、掲示板に「覚せい剤を持っている人がいれば一緒に使わないか」という趣旨の書き込みをした疑いで、覚せい剤を示す隠語を使ったということです。
  • ミュージシャンのピエール瀧被告が麻薬取締法違反の罪で懲役1年6ヶ月(執行猶予3年)の判決を受けています。裁判では、音楽中心の活動から映画やドラマに活動の幅を広げたことで私生活が圧迫され、ストレスを解消するためにコカインを使ったと認定、「常習的であることは動かしがたい。安易に違法薬物に頼ったとの非難は免れず、同情の余地はない」と指摘しています。一方で、病院で薬物離脱の治療を受けていることや、家族や知人の支援が期待できることを執行猶予の理由に挙げています。
  • 覚せい剤を使用したとして、警視庁荻窪署が今年4月、体操の元五輪代表選手の岡崎被告を覚せい剤取締法違反(使用)容疑で逮捕していたといいます。同被告は、「物をなくした」と東京都杉並区内の交番を訪れた際に挙動が不審だったため、尿検査したところ、覚せい剤の陽性反応が出たといい、一部では「薬物絡みの事件では少なくとも14回目の逮捕」と報じられており、薬物依存症の怖さ、その回復の道の険しさを感じさせます。
  • 現職警官が大麻を所持していたとして、京都府警は、大麻取締法違反容疑で同府警巡査を現行犯逮捕しています。「吸うために実家に置いていたものに間違いありません」と容疑を認めているという。逮捕容疑は、大阪府守口市内の実家で大麻草を所持した疑いで、容疑者は術科指導員の特別枠で4月に採用され、現在は警察学校の学生だったということです。
  • 伊東市宇佐美の駐車場に止めた乗用車の中で、ポリ袋に入った少量の乾燥大麻を所持した疑いで消防士らが逮捕されています。署員の職務質問で発覚したということですが、駿東伊豆消防本部によると、容疑者は非番だったようです。
  • 東京都新宿区の路上で覚せい剤を所持したとして、警視庁四谷署が覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで、東京都市大学人間科学部教授を逮捕しています。後日、同法違反(所持、使用)の罪で起訴されています。容疑者は、昨年4月にも覚せい剤の所持容疑で現行犯逮捕されており、有罪判決を受けて執行猶予中だったといいます。
  • 宮城県警仙台中央署は、乗用車内で乾燥大麻を所持したとして、大麻取締法違反(所持)の疑いで、自称仙台市立中講師を現行犯逮捕しています。パトロール中の警察官が不審に思い、職務質問したところ、「自分の物だ」と容疑を認めたということです。キャリア官僚、自衛隊、警察官、消防士、大学教授、学校の教師など、(比較的高いモラルを有していると思われる)公務員レベルまで薬物のハードルが下がっているのは大変憂慮すべき状況の裏返しだともいえます。
  • 愛知県警は、ラグビーのトップリーグのトヨタ自動車ヴェルブリッツの選手(28)を麻薬取締法違反(所持)の疑いで逮捕しています。豊田市内でタクシーに乗車中、コカイン約1グラム(末端価格約2万円)を所持した疑いで、タクシー会社が、車内にあった財布を交番に届け出たところ、財布の中から透明の袋に入った白い粉末が見つかり、県警が調べたところ、コカインと判明したということです。本事件を受けて、トヨタ自動車ラグビー部は、当面の活動を自粛することを決めています。トヨタ自動車の幹部が日本協会などを訪れ、事件の経緯を説明し、謝罪、トップリーグカップの出場を見送ることとなりました(同選手はその後保釈保証金を納付して保釈され、「多くの方々に迷惑をかけ、申し訳ありません。起訴事実を認めています」と述べていますがトヨタ自動車は容疑者を懲戒解雇にしています)。なお、その後、同チームに所属する別の容疑者についても、麻薬取締法違反(所持)の疑いで逮捕されるという事件が起きています。活動自粛に追い込まれたトヨタ自動車のみならず、ラグビー界にとっても、今秋、日本で開催されるラグビーW杯の開幕を前に水を差す形となり大変残念です。
  • 自宅でコカインを所持したとして、神奈川県警川崎臨港署は、麻薬取締法違反(所持)の疑いで、大手スポーツ用品メーカーのアディダスジャパン役員を逮捕しています。同署に情報提供があり、容疑者宅を家宅捜索して粉末を押収していたもので、容疑者はシニアディレクターを務めていたということです。「お客さまをはじめ、関係者の皆さまに多大なる迷惑と心配をお掛けし、深くおわびする」と同社はコメントを発表しています。

 最後に、海外における薬物を巡る動向について、報道からいくつか紹介します。

  • 米ペンシルベニア州のフィラデルフィア港に停泊したコンテナ船から、15トンのコカインが押収されています。末端価格で10億ドル(約1,090億円)を超え、米国史上3番目の多さということです。このコンテナ船は西アフリカのリベリア船籍。5月19日に南米コロンビアを出て、南米ペルー、中米パナマ、カリブ海のバハマに寄港。フィラデルフィア港には6月17日の早朝に着いたといい、当局は乗組員2人を逮捕し、詳しい事情を調べているということです。
  • 米沿岸警備隊は、南米コロンビアの沖合で麻薬の密輸業者の取り締まりを実施し、小型の潜水艇を拿捕、コカイン約7.7トン(約250億円相当)を押収しています。米紙ワシントン・ポストによると、麻薬密輸用の潜水艇を発見するのは年に1回程度あるということで、沿岸警備隊関係者の「まさに白鯨のようなもの」とのコメントが印象に残りますが、海外の密売組織のスケールの大きさが垣間見える事例だといえます。
  • 米イリノイ州で、嗜好品としてのマリファナ(大麻)が合法化されています。これにより同州は全米で11番目の嗜好用大麻の合法州となり、来年1月1日から大麻が店舗で販売されることになりました。同州の知事は、「われわれは何十万人もの人々により良い生活機会を与えることになる」と述べていますが、本コラムでたびたび指摘しているとおり、嗜好用大麻は決して安全なものではなく、その普及率が一定割合を超えたことで、犯罪経済・捜査経済の観点から、合法化する方が経済合理性が高い状況となったことが背景にあるものと推測されます。米では、医療用または嗜好品としての大麻使用は33州で合法化されているものの、連邦政府は依然として禁止したままとなっている点にも注意が必要です。
  • マレーシア政府は、麻薬の少量の所持や使用を非犯罪化する方針を明らかにしています。保健省は「麻薬依存症は個人の意思の問題ではなく病気だ」との声明を発表し、麻薬常習者には刑罰ではなく治療が必要だとの考えを示しました。マレーシアはこれまで麻薬に対して最も厳しい対応をとってきた国の一つでしたが、報道によれば、全国の刑務所の収容者のうち6割近くは麻薬犯罪がらみで、ほとんどが依存症の者だといわれています。麻薬犯罪者の収容により、年間5億リンギ(約130億円)の税金が支出されているとされており、こちらも米のマリファナ合法化の動き同様、経済合理性の観点からの方針転換でもあるといえそうです。ただ、「薬物依存症は病気」との認識は正しく、刑罰ではなく治療を通じて社会全体で薬物依存症を減らす努力をするという視点からは極めて正しい方針であると評価できると思います。

2.犯罪統計資料

▼警察庁 犯罪統計資料(平成31年1月~令和元年5月分)

 平成31年1月~令和元年5月の刑法犯の認知件数の数総は302,264件(前年同期329,292件、前年同期比▲8.2%)、検挙件数の総数は114,061件(122,760件、▲7.1%)、検挙率は37.7%(37.3%、+0.4P)となり、平成30年の犯罪統計の傾向が継続している状況となっています。犯罪類型別では、刑法犯全体の7割以上を占める窃盗犯の認知件数は213,989件(234,120件、▲8.6%)、検挙件数は70,430件(76,123件、▲7.5%)、検挙率は32.9%(32.5%、+0.4P)と刑法犯全体を上回る減少傾向となっており、全体の減少傾向を引っ張る形となっています。このうち万引きの認知件数は40,537件(43,131件、▲6.0%)、検挙件数は27,082件(30,181件、▲34.9%)、検挙率は66.8%(70.0%、▲6.6P)となっており、検挙率が他の類型よりは高いものの、ここ最近低下傾向にある点は気になるところです。また、知能犯の認知件数は15,009件(17,544件、▲14.4%)、検挙件数は7,206件(7,860件、▲8.3%)、検挙率は48.0%(44.8%、+3.2P)、うち詐欺の認知件数は13,510件(15,900件、▲15.0%)、検挙件数は6,026件(6,538件、▲7.8%)、検挙率は44.6%(41.1%、+3.5P)となっています。今後も、認知件数の減少と検挙件数の増加の傾向を一層高め、高い検挙率によって詐欺の実行を抑止するような構図になることを期待したいと思います。

 また、平成31年1月~令和元年5月の特別法犯については、検挙件数の総数は27,553件(27,514件、+0.1%)、検挙人員の総数は23,505人(23,378人、+0.5%)となっており、こちらも平成30年を上回る検挙状況となっています。このうち、麻薬等取締法違反の検挙件数は370件(358件、+3.4%)、検挙人員は175人(172人、+1.7%)、大麻取締法違反の検挙件数は2,011件(1,655件、+21.5%)、検挙人員は1,590件(1,267人、+25.5%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は4,229件(5,207件、▲18.8%)、検挙人員は2,995人(3,557人、▲15.8%)などとなっており、大麻事犯の検挙が平成30年の傾向を大きく上回って増加している一方で、覚せい剤事犯の検挙が逆に大きく減少している傾向が継続してみられており、今後も注視していきたいと思います(参考までに、平成30年における覚せい剤取締法違反については、検挙件数は13,850件(14,065件、▲1.5%)、検挙件数は9,652人(9,900人、▲2.5%)でした)。また、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は941件(1,059件、▲11.1%)、検挙人員は784人(874人、▲10.3%)、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯の国籍別検挙人員は、中国37人(45人)、ベトナム25人(25人)、ブラジル17人(17人)、フィリピン15人(8人)、韓国・朝鮮12人(21人)などとなっており、こちらも平成30年の傾向にほぼ同じ状況です。

 暴力団犯罪(刑法犯)総数については、検挙件数は7,346件(7,433件、▲1.1%)、検挙人員は3,095人(3,515人、▲11.9%)となっています。うち窃盗の検挙件数は4,415件(4,024件、+9.7%)、検挙人員は485人(597人、▲17.1%)、詐欺の検挙件数は846件(861件、▲4.0%)、検挙人員は506人(638人、▲20.4%)などであり、平成30年の傾向同様、窃盗の検挙が減少する一方で詐欺の検挙が増加していることから、「平成30年における組織犯罪の情勢」で指摘されている「近年、暴力団は資金を獲得する手段の一つとして、暴力団の威力を必ずしも必要としない詐欺、特に組織的に行われる特殊詐欺を敢行している実態がうかがえる」点を示す数字となっています。また、暴力団犯罪(特別法犯)総数については、検挙件数は2,950件(3,737件、▲21.1%)、検挙人員は2,116人(2,661人、▲20.5%)、うち暴力団排除条例違反の検挙件数は6件(5件、+20.0%)、検挙人員は12人(21人、▲42.9%)、麻薬取締法違反の検挙件数は89件(72件、+23.6%)、検挙人員は28人(27人、+3.7%)、大麻取締法違反の検挙件数は452件(451件、+0.2%)、検挙人員は302人(308人、▲1.9%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1,870件(2,552件、▲26.7%)、検挙人員は1,294人(1,707人、▲24.2%)、とりわけ薬物事犯において覚せい剤から大麻にシフトしている状況がより鮮明になっている点が注目されるところです(平成30年においては、大麻取締法違反について、検挙件数は1,151件(1,086件、+6.0%)、検挙人員は744人(738人、+0.8%)、覚せい剤取締法違反について、検挙件数は6,662件(6,844件、▲2.7%)、検挙人員は4,569人(4,693人、▲2.6%)でした)。

 3.金融庁 「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」 「金融機関の内部監査の高度化に向けた現状と課題」「金融機関のシステム障害に関する分析レポート」から

 金融庁から興味深いレポートが3つ公表されていましたので、簡単にポイントを紹介しておきたいと思います。

▼金融庁 「コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題」の公表について
▼コンプライアンス・リスク管理に関する傾向と課題

 金融庁は、利用者保護と市場の公正・透明に関する分野、その中でも特に、法令等遵守態勢や顧客保護等管理態勢として扱われてきた分野を扱うディスカッション・ペーパーとして、「コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方(コンプライアンス・リスク管理基本方針)」(以下「基本方針」という)を、昨年10月に公表しています(本件については、暴排トピックス2018年8月号でとりあげていますのであわせてご確認ください)。その後、「比較的規模の大きな預金取扱金融機関、証券会社、保険会社、外資系金融機関を中心に、経営陣等との対話の機会を通じて、コンプライアンス・リスク管理に関する事例や課題認識の収集を主眼に実態把握を行い、また、上記以外の金融機関に対するこれまでのモニタリング結果も踏まえ、これらの過程で得られた事例(基本方針で示した問題意識を踏まえた取組み事例及び問題事象につながった事例)、そこから抽出される傾向や課題等をとりまとめ公表することとした」のが今回のレポートとなります。

 さて、経営陣等との対話については、「コンプライアンス・リスクが顕在化した際に企業価値が大きく毀損される場合があることを踏まえ、「コンプライアンスは、経営の基礎又は経営上の最重要課題である」、「ビジネスとコンプライアンスは、二律背反でもアクセルとブレーキでもなく、一体として捉える発想が重要である」、「業績に関する評価はいつでも取り返せるが、コンプライアンスに関する大きな問題は事後に取り返せないおそれがある」、「コンプライアンス・リスクは、経営者及び組織にとって最も警戒すべきリスクである」といった発想の下、コンプライアンス・リスク管理に取り組んでいるといった意見が聞かれた」ほか、「経営陣を中心に基本理念に基づいたメッセージを繰り返し発信したとしても、事業部門の職員を含む全役職員に浸透させることは必ずしも容易ではないという課題や悩みも聞かれるところであり、また、実際にどのような企業文化が醸成されているかの検証まで実践している金融機関は多くないことが窺われる結果となった」としています。この基本的な理念や考え方をどう浸透させるかに悩んでいるのは、金融機関に限った話ではなく、昨今、相次いで発覚した製造業における検査不正事例などでも共通して見られる課題でもあります。現場(第1線)が判断に悩まないよう、シンプルかつ誤解の余地がない、その履行に際して葛藤がないような理念や判断基準を打ち出し、それを繰り返し何度も、方法を変えながら、その浸透度合いを測定していく根気のいる取り組みが求められることになります。

 また、本レポートでは、「地域金融機関や小規模金融機関等を中心に、事業部門の業務及びそこに潜在するリスクに関する理解と、リスク管理の専門的知見とを併せ持つ人材の育成及び確保をどのように図るかが課題となっていることも窺われる結果となった」、「金融機関においては、昨今の収益環境を踏まえた事業部門強化や業務効率化の必要性、人的資源の限界等を踏まえ業務を行うことになると考えられるものの、内部監査部門についても、その態勢整備を疎かにした結果、問題事象につながった事例が存在する」といった指摘もありました。さらに、「幅広くリスクを捕捉及び把握することは、金融グループに属する各金融機関においても重要であるが、目の前に直接的な顧客が存在し、事業を行う立場にある金融機関においては、自社及び目の前の顧客の利益やリスクについての検討までは行うものの、金融グループの一員としての自社の対応が社会・経済全体に悪影響を及ぼすことにならないか等のより本質的な観点からリスクを深く洞察することが困難な場合も想定され得る。このような場合においては、金融グループ全体を総括する立場にある持株会社の経営陣や社外役員が中心となり、自社グループの各金融機関の姿勢や対応に問題がないかといった点や、利用者保護や市場の公正・透明に影響を及ぼしグループの信頼を大きく毀損する可能性がないかといった点につき検討し、各金融機関に問題意識を提示する等の対応が期待される」といった金融グループ全体の視点の重要性や、「地域金融機関や小規模金融機関等を中心に、「コンプライアンス・リスク管理に係る人材に限らず、若手職員の離職をどう防ぐのか等、人材確保及び人材流出に関しては企業防衛の観点からも検討が必要な状況である」との意見や、「専門性のある人材が多くないという事情もあり、人材のローテーションを控えている結果、特に管理部門及び内部監査部門の人材の長期在籍や高齢化が生じており、後継者の育成が問題になりつつある」といった意見もあった」といったものも切実な問題として理解できるところです。

 また、その管理手法については、「職員の不適切な行為の事後対応だけでなく、不正の予兆把握又は未然防止の観点から情報通信技術をどのように活用するかについては、AIやデータ・アナリティクスの手法等の進展を踏まえつつ今後検討を進める方針とする金融機関が多く、「AIについては、多くの行動パターンを学習させる必要性や探知の正確性・網羅性が100%でないこと等から、足元では、目視との組み合わせが必要と認識している」、「AIやデータ・アナリティクスの精度が発展途上であるばかりか、そもそも分析対象となるデータ(顧客との交渉履歴等)が適切に入力され管理されているのかという問題がある」といった意見や、特に、比較的小規模な金融機関からは、「足元、マンパワーで対応できており、情報通信技術を活用している状況ではなく、現時点では必要性を強く感じてはいない」等の意見が聞かれるところであり、多くの金融機関において今後の課題の一つと捉えている傾向が窺われた」ということです。さらには、「様々な情報を感度良く捉える姿勢は重要であるものの、把握した一部の情報(制度変更や国内外の当局の発信する情報を含む)につき、自社にとっての影響度や優先順位を十分に検討することなく、過度に反応し過ぎてしまい、際限ある人的・物的資源を不相当に割き、自社にとって真に重要なリスクへの対応が手薄になってしまうのであれば適切ではない」、「潜在的な問題を前広に察知することで、将来の問題を未然に防止することは容易ではなく、様々な手法を試行し、それぞれの金融機関に適した手法を追求すべきと考えられる。また、ルールの整備よりも、社会の目、社会の要請、対企業といった観点では各種ステークホルダーの要請といったものの方が、より早いスピードで変化している。そして、そのような要請に反する行為に対しては、たとえ明確に禁止するルールがない行為等であったとしても、それが不適切だとの見方が社会的に高まれば、容赦のない批判が寄せられ、コンプライアンス・リスクが顕在化し、企業価値が大きく毀損されることが起こり得ることから、経営陣を中心に想像力を柔軟に働かせつつ、企業価値の向上につながるコンプライアンス・リスク管理を実践すべく、継続的な検討を行っていくことが望ましいと考えられる」などといった指摘から、「リスクベース・アプローチ」のあり方、「コンダクト・リスク」への着目、「リスクセンス」と「想像力」の重要性など、今後のコンプライアンス・リスク管理におけるキーワードが示されているようにも感じられました。

 もうひとつのレポートは、上記のレポートでも指摘されていた「内部監査の高度化」にかかわるものです。「金融機関が持続可能なビジネスモデルを構築することにより、業務の適切性や財務の健全性を確保し、金融システムの安定に寄与していくためには、ガバナンスが有効に機能していることが重要」であり、「そのためには、内部監査部門が、リスクベースかつフォワードルッキングな観点から、組織活動の有効性等についての客観的・独立的な保証(アシュアランス)、助言(アドバイス)、見識を提供することにより、組織体の価値を高め、保全するという内部監査の使命を適切に果たすことが必要であり、急激な環境の変化に応じて、内部監査を高度化していくことが求められている」との問題意識から、「本事務年度に実施したモニタリング結果及び外部有識者から得た知見等も踏まえ、2019年6月現在の金融機関の内部監査の高度化に向けた現状と課題について整理・とりまとめたもの」だということです。

▼金融庁 「金融機関の内部監査の高度化に向けた現状と課題」の公表について
▼(別紙)金融機関の内部監査の高度化に向けた現状と課題

 本レポートでは、「大手金融機関は、準拠性監査からの脱却を意識し、経営環境等の変化を捉えた予兆的な観点からの監査を志向している状況」にあると指摘しています。具体的には、「例えば、内部監査部門の地位向上や専門性の確保を図るため、中長期的なキャリアパスを明確化し、計画的な専門人材育成・配置を行い、内部監査態勢を充実させる取組みが見られる。また、海外業務やグループ連携業務が進展している一部の大手金融機関では、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策やサイバーセキュリティといった高リスクの専門分野において、グループ一体の監査を行うため、持株会社の内監査部門に専担チームを設置するといった取組みも見られる」、「他方で、内部監査部門による発見事象の背景や原因の掘り下げが十分に行われておらず、経営戦略や業務運営の改善に十分つながっていないといった課題も認められている」として、以下のような課題をあげています。

  • 個々の発見事項に対する原因分析の深度不足により、複数の事象に共通するような根本原因までの追及が不十分
  • グループ・グローバルベースのリスクアセスメント、監査計画、監査の品質管理及び人材管理等に課題
  • 本部監査やテーマ監査におけるデータ分析の有効活用に課題
  • 一部の大手金融機関では、リスク識別の網羅性、適時のリスク認識及びリスクアセスメント結果の文書化について課題
  • グローバル化の進展等に伴い、海外拠点を含むグループ全体の監査部員を実効的に統括し得る、内部監査の専門家としての監査部門長の採用又は育成が課題
  • 一部の大手金融機関では、年齢・監査経験年数・専門分野等を踏まえた人材のポートフォリオの適正化、キャリアパスの明確化・運用、専門人材確保等の態勢面に課題
  • 一部の大手金融機関では、グループ会社の内部監査の品質向上に向けて、定期的に親会社でモニタリングを実施し、子会社の内部監査結果に依拠可能と評価しているものの、取組みが不十分と認められる事例(監査態勢の整備、監査方針の決定プロセス、リスクアセスメント)が見られ、子会社に対する実効的な品質評価が課題
  • 一部の大手金融機関では、年に複数回の意見交換を実施しているものの、単なる情報や成果物の共有等、一方通行の情報発信に留まっている先も存在

 また、「地域金融機関を含むその他金融機関は、リスクベース監査への転換や経営監査の実施を標榜する一方、依然として伝統的な監査機能(不正・不祥事防止、準拠性監査)を重視する先も多い状況」にあると指摘しています。そして、「もっとも、その背景には、昨今の人口減少・低収益環境下で、収益増加、効率的な経営やスピード感のある業務遂行が求められる中、全社的な人員削減が進展している状況であり、事業部門の自律的統制機能や、管理部門のモニタリング機能が十分ではなく、内部監査部門がこれらの機能を補完している状況下にあり、なおかつ内部監査部門のみに人員を追加的に配置できない事情があることも、高度化を阻害する要因の一つとなっていると考えられる」とも指摘しています。そのうえで、以下のような課題をあげています。

  • リスクに応じて、部署別・テーマ別監査を効果的・効率的に使い分ける先もあるが、本部監査に対する深度不足等が認められる(リスクアセスメント結果は、監査周期の決定に活用するに留まり、具体的な監査手続・プロセスへの反映まで落とし込めていない。また、リスクアセスメント結果が経営陣に報告されず、監査計画は年間監査スケジュールが中心となっている)
  • リスク管理委員会等の会議体への陪席や議事録閲覧といった日常的かつ継続的なモニタリングを実施する先が一定程度存在する一方、データ分析等深度あるモニタリングの実施に課題
  • 多くの先において、人材のポートフォリオの適正化、キャリアパスの明確化・運用、専門人材確保等の体制面に課題
  • IT・市場分野に加え、企画等の本部経験者が不足しているほか、高齢社員の出向待機ポスト化から脱却できない状況
  • 持株会社について、グループ監査態勢の運用状況(監査資源管理、全社的リスクアセスメント)に課題
  • 監査計画・予算の承認は取締役会決議としながらも、監査等委員へは個別の監査結果の報告等の連携に留まっている先も存在
  • 定期的な品質評価(内部評価及び外部評価)を実施していない
  • 内部評価は、チェックリストを充足するための作業となり、PDCAサイクルが機能していないほか、外部評価は、提言事項等の趣旨を理解しないまま形式的対応に終始し、実質的な改善対応がなされていない
  • 内部監査部門又は外部監査人からの単なる情報提供の場に留まり、リスク認識共有を踏まえた各監査主体の活動に活かされていない

 また、今後の高度化に向けては、「内部監査が更に高度化している背景としては、デジタライゼーションの進展により、金融機関の経営環境が急速かつ革新的に変化していることに加え、社内外のステークホルダーからの要求も従来以上に多様化・高度化(SDGs12への対応等)していることが挙げられる」として、「ステークホルダーの要求の多様化・高度化に伴い、その変化を的確に捉えていないことに起因する従業員等によるコンダクト・リスクが高まってきている状況にある」こと、「第四段階に到達した金融機関の内部監査部門は、保証やそれに伴う課題解決に留まらず、信頼されるアドバイザーとして、経営陣をはじめとする組織内の役職員に対し、経営戦略に資する助言を提供することが期待される」と踏み込んでいます。そのうえで、今後の方向性として、以下のような点が注目されます。

  • 加速する環境変化等に対応するためには、リスクの変動を即時に把握し、リスクの高まりが認められた場合には、必要な監査を速やかに実施するとともに、監査の内容も状況変化に合わせて迅速かつ柔軟に変更できる態勢を整えておく必要がある
  • 機動的な監査等を実現するためには、ITインフラの整備及びデータ分析をはじめとするITを活用した監査手法の高度化を図っていく必要がある
  • コンダクト・リスクは、従来のような方針、制度、システム等の整備のみによって低減することは難しいことから、経営陣は、従業員等の行動に影響を与える企業文化を、ステークホルダーの要求を満たすものにしておく必要がある。これに伴い、企業文化に対する監査の重要性は高まっており、海外G-SIFIsにおいても取組みが進められている
  • 内部監査部門が、保証に留まらない、経営戦略に資する助言を行うためには、内外環境変化やビジネスモデルの変革等に対応した積極的な予測を行うとともに、経営戦略の策定段階から、内部監査部門が同時並行でモニタリングを機動的に実施する取組みが期待される

 さて、複数の金融機関において、インターネットバンキング(IB)に関するワンタイムパスワード認証(OTP認証)システムのエラーにより、個人IB、法人IBのログインが不可となる障害が発生しており、その際、ATMや店頭に誘導するといったコンティンジェンシープラン(CP)を発動したものの、実効性が乏しいといった課題が認められたことを受けて、金融庁が「金融機関のシステム障害に関する分析レポート」をとりまとめています。

▼金融庁 「金融機関のシステム障害に関する分析レポート」の公表について
▼別紙 金融機関のシステム障害に関する分析レポート

 まず、本事案については、CPの課題として、「IB等の新しいサービスの重要性や特性に応じたCPになっていない(IBのみ利用する顧客が増えていることや店舗が周辺にないためにIBを利用する顧客がいるといった点を考慮せず、単純にIBが復旧するまで待つ、あるいは、店舗誘導という代替案があるからよしとするといった実効性のないCPになっている)」こと、「委託先の使用するシステムのパーツの特殊開発やパスワード等の把握困難な事象による障害発生が常に起き得ることを想定したCPになっていない」という2つの側面を指摘しています。さらに、「システム障害の復旧作業やシステム環境の変更作業等に関する本番システムでの作業手順誤りにより、システム停止やオンライン開始時間の遅延等、顧客に影響を及ぼすシステム障害が複数認められた。これらの障害の原因には、勘定系システムの共同化やレガシーシステムの有識者の高齢化等による有識者不足が背景にあることが見受けられ、有識者不足を補完するための作業手順書の改善や有識者の育成等が今後の課題であると考えられる」と指摘しています。また、「システム統合・更改は、大規模プロジェクトであること、専門性が非常に高いこと、日常的に経験できるものではないこと等の特質が考えられ、経験不足やプロジェクト管理態勢の整備が不十分のままプロジェクトを開始したこと等に起因し、ネット銀行等において、新システム稼働後に多くの障害が発生し、ATMの取引不能、残高情報の誤更新といった顧客サービスに影響を及ぼすシステム障害も認められた」と分析しています。また、「スマートフォン等のスマートデバイスによる資金決済、全銀システム接続時間拡大対応等の利便性向上やキャンペーン等のイベントによる取引量の増加に伴い、システムカウンターの上限値超過、システムの処理能力不足により、システム停止等の顧客サービスに影響を及ぼすシステム障害が複数認められた。このため、今後、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会等のイベントによる一時的な取引量の増加も考慮した上で、システムカウンター上限値、システムの処理能力、データ保存容量等について、事前検証を行うことが課題であると考えられる」こと、「暗号資産交換業者の障害を事象別に分析したところ、プログラムの誤りや作業ミス等により、取引ができなくなるなど顧客サービスに影響を及ぼすシステム障害が複数認められた。暗号資産技術特有の問題点に起因する事案は少なく、設計考慮漏れといった、一般的なシステムの品質管理態勢が不十分であることに起因するものが大半を占め、業容に比べてシステム担当者が不足していた事例もみられた」ことなどを指摘しています。

 なお、資金移動業者等の障害を事象別に分析したところ、作業ミス等により、決済サービスが利用できなくなるなど顧客サービスに影響を及ぼしており、以下のような傾向や課題であると考えられる事項が認められたとしています(以下については、リスク管理上、極めて初歩的な内容を含んでいますが、だからこそ、一般事業者にとっても十分参考になるものと思われます)。

  • システム移行時等に作業手順書を作成しておらず作業ミスに繋がった事案やシステム能力増強のためのサーバー追加時の本番移行作業ミス等、作業手順書未作成や再鑑不足を主な原因とする障害が認められた。したがって、システム移行時等の作業手順書作成、作業手順再鑑の徹底といった作業品質確保への取組みが課題であると考えられる
  • 要件の考慮不足やプログラミングミス等、設計・製造時の不備に起因する障害が認められた。それぞれの工程でのレビューや埋め込んだ不具合を未然に発見するために本番同等の環境で網羅的なテストを実施するなどのテストの強化が課題であると考えられる
  • 委託先の対応漏れによるシステム障害を起因とし、顧客サービスに影響を及ぼす障害も認められたため、今後、委託先管理の強化が課題であると考えられる

 また、それ以外にも、「子会社が親会社のシステムを活用し、金融サービスを提供しているため、本来であればグループとしてシステムリスク管理態勢等を整備すべきところ、グループとしてのリスクアセスメントを実施しておらず、システムリスク管理態勢が十分でない可能性がある先も見受けられた」ことや、「金融商品取引業者の障害を事象別に分析したところ、ソフトウェア障害、管理面・人的要因による障害が太宗であった。特にネット証券会社からの報告件数が多く、これは、日頃から頻繁に新機能の追加や機能改修を行っており、取り扱う商品に複雑な特性をもったものが多いことなどの背景が考えられるものの、一方で、作業ミスや設計誤りによる障害も認められており、手順書の一部未整備や再鑑の未実施、システム変更の影響調査漏れ等に課題があると考えられる」といった指摘がありました。

(7)北朝鮮リスクを巡る動向

 先月30日、米国のトランプ大統領は、南北軍事境界線上の板門店で、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と会談しました。米朝首脳会談は昨年6月のシンガポール、今年2月のハノイに続き、3回目であり、現職の米大統領として初めて北朝鮮に足を踏み入れたことになります。トランプ大統領は、今回の会談で、停滞する非核化交渉の再開に向け、2~3週間以内に米朝双方で交渉チームを作り、協議を始めることで合意したことを明らかにしていますが、今後の進展については、まだまだ楽観視することはできず、慎重に見極めていく必要があろうかと思われます。

 さて、北朝鮮に対する国連の制裁の履行状況については、相変わらず海上で積み荷を移し替える「瀬取り」が横行している実態があるようです。米国連代表部は、北朝鮮が「瀬取り」による石油精製品の輸入を今年も繰り返しているとして、安全保障理事会の制裁違反を指摘する文書を安保理の北朝鮮制裁委員会に提出しています。それによれば、瀬取りは79回に及んでいるほか、北朝鮮に昨年供給された石油精製品が、2017年12月の安保理決議が定める年間供給上限50万バレルの7倍で「今年も同様のペース」だと指摘、「米国は新たな制裁ではなく、既存の制裁の完全履行を求めている」と強調しています。その背景には、北朝鮮の制裁逃れに関与する中国などの姿勢があり、たとえば、米国防長官代行が5月末、シンガポールで中国の国務委員兼国防相と会談した際、北朝鮮船舶が中国沖で物資を積み替える「瀬取り」で密輸する現場をとらえた写真を大量に手渡して直接的にその姿勢を厳しく質していたほどです(報道によれば、写真は計32枚で、1冊の本にまとめられて会談の冒頭に手渡されたといい、北朝鮮が中国沖で制裁逃れに及んでいたことを示す証拠を中国側に突き付けた形となります)。

 また、韓国についても制裁逃れをほう助していると思われるような報道も続いています。たとえば、北朝鮮の漁船が日本海側の軍事境界線に当たる北方限界線(NLL)から南約130キロの韓国の港近くに接岸し、乗っていた4人のうち2人が亡命申請していたいたといいますが、南北が軍事分野の合意を交わし、緊張が緩和する中、漁船が韓国海軍や海洋警察、地上のレーダーという三重の警戒網を突破していた脇の甘い実態が露呈しています。一方、韓国統一省は、国連世界食糧計画(WFP)を通じ、北朝鮮に対し国内産のコメ5万トンを支援すると発表しています(北朝鮮へのコメの支援は2010年以来9年ぶりとなります)。韓国政府は5月、WFPや国連児童基金(ユニセフ)の北朝鮮支援事業に800万ドル(約8億6,700万円)を供与する方針を決定、800万ドルはすでに送金済みで、この現金に続く支援となります。なお、国連食糧農業機関(FAO)は、世界の食料安全保障と栄養摂取に関する報告書の中で、北朝鮮の栄養不良人口の比率が2004~2006年の35.4%から2016~2018年は47.8%へと大幅に悪化(世界全体では14.4%から10.7%に改善しているのと逆行)しており、北朝鮮の食料事情が悪化している状況を明らかにしています。確かに、食料不足を巡る人々の窮乏の深刻化や国際社会による経済制裁の長期化もあって、このような人道的支援は重要ですが、前回の本コラム(暴排トピックス2019年6月号)で指摘したとおり、北朝鮮はその状況を逆手にとった政治的駆け引き(食糧事情悪化の要因は経済制裁だとの主張など)をしようとする姿勢が見え隠れしているほか、北朝鮮国内では役人の賄賂が横行して食料支援が十分に行き渡っていないなど、人道的支援すら政治的に利用され、結果的に北朝鮮国民にのみ犠牲を強いられているのが実態であり、その支援のあり方については、十分な配慮が求められているといえます。さらに、日本が韓国向け輸出規制を厳格化した品目の一つ「フッ化水素」が韓国から北朝鮮に横流しされている恐れがあると報じています(韓国側はその報道を否定していますが、日本が禁輸措置に踏み切った理由として、これらの管理を巡る「不適切な事案」があったことを理由に挙げています)。これに関連して韓国が、軍事転用が可能な戦略物資を違法に国外輸出したとして摘発された業者の事例が、2015年~2019年3月に計156件に上ったと発表、たとえば、イランには2017年12月、猛毒サリンの原料となる「フッ化ナトリウム」、シリアには2018年3月に実験用設備「生物安全キャビネット」が不正輸出され、摘発されています。いずれも生物化学兵器に転用可能とされますが、輸出した企業名はイニシャルのみで、戦略物資が回収されたかどうかも不明だといいます。この中に日本が不適切としたケースが含まれているかどうかは不明ではあるものの、戦略物資の相次ぐ違法輸出は、韓国政府の管理体制に疑問を生じさせる結果となっており、いずれにせよ、韓国の脇の甘い実態がさまざまに露呈した結果となっています。

 なお、中国や韓国の姿勢とは異なり、日本は引き続き制裁逃れに対する監視を緩めておらず、直近でも、北朝鮮船籍のタンカー「ANSAN1号」が東シナ海の公海上で積み荷を移し替える「瀬取り」を船籍不明の小型船舶2隻との間で行った疑いがあると発表しています。海上自衛隊の護衛艦が確認したもので、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会に通報するといった対応を続けています。このタンカーは、上海の南約400キロの沖合で、計6回にわたり小型船舶に横付けしてホースを接続していたとされ、国連の北朝鮮制裁委員会から資産凍結と入港禁止の対象に指定されているものです。ただ、その日本でも、北朝鮮産ビールを日本に不正に持ち込んだとして、福岡県警が、福岡市の少年(19)を、外為法違反(無承認輸入)の疑いで書類送検するという事件が発生しています。上海で200~300円で入手し、オークションサイトで、1万円以上で転売していたというものです。報道によれば、「経済制裁で輸入できない北朝鮮の品物は希少価値が高く、高額販売できると思った」と容疑を認めているということですが、これだけの経済制裁網を敷いているにもかかわらず、日本の一少年が比較的簡単に突破できてしまうのが実態だといわれれば、日本の脇の甘さも指摘せざるを得ません

 さて、本コラムでもたびたび指摘しているとおり、国連安保理の北朝鮮制裁委員会の専門家パネルが、直近1年間の加盟国による北朝鮮制裁の履行状況の調査結果と加盟国への勧告を取りまとめた報告書によれば、北朝鮮が資金を獲得するため、サイバー攻撃を高度化し、金融機関からの不正送金や、暗号資産交換業者から多額の暗号資産を不正流出させた事例、北朝鮮の外交官が、制裁を回避するため、家族、大使館等の名義を使用して複数の口座を管理し、北朝鮮への輸出を支援した事例等が記載されています。したがって、少なくとも企業の実務においては、北朝鮮制裁リスクは、AML/CFTやサイバーセキュリティの文脈で国際的な抜け穴とならない取り組みが求められているといえるのですが、最近になって、巨額の暗号資産が盗まれたコインチェック事件について、「北朝鮮のハッカー集団の可能性」が指摘されていたところ、報道によれば、「未知のハッカー集団」という見方も出始めています(さらには、ロシア系のハッカーとの関連が指摘されているウイルスが、コインチェック社員のパソコンから検出されたともいわれています)。報道(令和元年6月17日付朝日新聞)によれば、事件発生の直後から、韓国の国家情報院は「北朝鮮が起こした可能性がある」と示唆、北朝鮮のハッカー集団「ラザルス」が、各国の暗号資産交換所に送りつけたとされるメールの文面を示していましたが、コインチェック関係者はメールについて「事件とは無関係だ」と断言、「慎重な判断が必要だ」と指摘しています。

3.暴排条例等の状況

(1)福岡県暴排条例に基づく勧告事例

 福岡県公安委員会は、指定暴力団道仁会系組幹部ら2人にみかじめ料(用心棒代)約810万円を支払ったとして、福岡市博多区中洲でバーを経営する男性に対し、福岡県暴排条例に基づき支払いをやめるよう勧告をしています。報道によれば、このバーは暴力団組員の立ち入りを禁じる標章を掲示していたものの、経営する男性は、27回にわたり組幹部と組員の男にみかじめ料を毎月支払っていたということです。福岡県警博多署の調査で発覚し、3人とも勧告に従う意向を示しているということですが、今後、従わない場合は店舗名などを公表することとなります。また、一方で、この組幹部ら2人に対しても、福岡県暴排条例で立ち入りが禁じられている標章掲示店に立ち入ったとして、中止命令を出しています。

▼福岡県暴力団排除条例

 あらためて福岡県暴排条例に定める「標章掲示制度」について確認すると、同条例第三章の二「特定の地域における暴力団の排除を推進するための措置」第十四条の二の第2項において、「特定接客業者であって、暴力団排除特別強化地域に営業所を置くものは、公安委員会規則で定めるところにより、公安委員会に対し、暴力団員が当該営業所に立ち入ることを禁止する旨を告知する公安委員会規則で定める標章(以下この条において単に「標章」という。)を当該営業所に掲示するよう申し出ることができる」、さらに、第3項において、「前項の規定による申出があった場合において、公安委員会は、暴力団員が当該営業所に立ち入ることを禁止することが暴力団排除特別強化地域における暴力団の排除を強化し、県民が安心して来訪することができる環境を整備するために必要であると認めるときは、当該営業所の出入口の見やすい場所に標章を掲示するものとする」とされています。そして、第4項において、「暴力団員は、標章が掲示されている営業所に立ち入ってはならない」と定められ、第5項において、「公安委員会は、暴力団員が前項の規定に違反する行為をしたときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と定められています。今回の暴力団に対する中止命令のケースはまさにこの第5項に基づく措置だといえます。一方、事業者については、標章を掲示している状態における利益供与について特段の定めがあるわけではなく、第15条(利益の供与等の禁止)における「事業者は、その行う事業の円滑な実施を図るため、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない」、第2項の「その行う事業に関し、暴力団の活動又は運営に協力する目的で、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、相当の対償のない利益の供与をしてはならない」との定めに違反したものと考えられます。標章の掲示を申し出た形である今回の事業者(バーの経営者)の27回にも及ぶみかじめ料支払いの行為は、標章制度の意義を損なうもので、大変残念ではありますが、条例上は、当該条項に該当し、第22条「公安委員会は、第十五条第二項・・・の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる」との規定に基づく勧告であると考えられます。

 なお、道仁会については、本コラムでもたびたび指摘していますが、福岡県警の「頂上作戦」により工藤会の活動が衰退する間隙を縫って、道仁会の活動が活発化している状況がうかがわれ、福岡県警も道仁会が活動拠点とする筑後地方に専門の取締本部を設置するなど対策を強化しています。

(2)茨城県暴排条例に基づく逮捕事例

 茨城県警は、茨城県暴排条例の定める禁止区域内に暴力団事務所を開設、運営したとして、同条例違反の疑いで、六代目山口組系会長と同幹部を逮捕しています。報道によれば、同条例違反による逮捕は初めてだということであり、水戸市内で、条例が禁止する小学校の敷地から200メートルの区域内にあるビルの一室に、2016年1月、暴力団事務所を開設し集会などのために運営したということです。なお、以前は別の暴力団事務所が入っていたということが、昨年10月に近所の住人から容疑者らが新しく暴力団事務所を開設したという情報が寄せられたということです。

▼茨城県暴力団排除条例

 茨城県暴排条例においては、第13条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)において、「暴力団事務所は、次に掲げる施設の敷地の周囲200メートルの区域内においては、これを開設し、又は運営してはならない」、具体的には「(1)学校教育法第1条に規定する学校(大学を除く。)、同法第124条に規定する専修学校(高等課程を置くものに限る。)又は同法第134条第1項に規定する各種学校(小学校、中学校又は高等学校の課程に準ずる課程を置くものに限る。)」と定められており、本条項に抵触したものと考えられます。なお、同条第2項においては、「前項の規定は、この条例の施行の際現に運営されている暴力団事務所及びこの条例の施行後に開設された暴力団事務所であって、その開設後に同項各号に掲げる施設のいずれかが設置されたことにより同項に規定する区域内において運営されることとなったものについては、適用しない。ただし、ある暴力団のものとして運営されていたこれらの暴力団事務所が他の暴力団のものとして開設され、又は運営された場合は、この限りでない」と定められており、別の暴力団が運営していた時点では同条例に抵触しなかったことになりますが、今回のケースでは、他の暴力団によってあらたに開設、運営されたものであり、ただし書きの部分に違反することとなります。

(3)東京都暴排条例に基づく逮捕事例

 前項の茨城県の事例と同じく、専門学校の近くに組事務所を開設した疑いで、暴力団幹部ら2人が東京都暴排条例違反の疑いで逮捕されています。暴力団幹部と知人は、2018年の2月から5月まで、東京・台東区の専門学校から200メートル以内のマンションの部屋を組事務所として使っていたというもので、2人は今年5月に、名義を偽ってこの部屋を賃貸契約した疑いで逮捕されていたといいます。

▼東京都暴力団排除条例

 東京都暴排条例では、第22条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止)で「暴力団事務所は、次に掲げる施設の敷地(これらの用に供せられるものと決定した土地を含む。)の周囲二百メートルの区域内において、これを開設し、又は運営してはならない」と定められており、専門学校は「一学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条に規定する学校(大学を除く。)又は同法第百二十四条に規定する専修学校(高等課程を置くものに限る。)」に該当します。さらに、この規定に違反した場合は、第33条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」のうち、「一第二十二条第一項の規定に違反して暴力団事務所を開設し、又は運営した者」が適用されることになります。

(4)福岡県暴排条例に基づく中止命令の発出事例

  • 最近、福岡県暴排条例の「標章掲示制度」に基づく中止命令発令がいくつか発出されていますので、以下、紹介します。いずれも、前項(1)で紹介したとおり、同条例第十四条の二に違反したものとなります。
  • 福岡県警大牟田署は、暴力団員の入店を禁じる「標章」を掲げた飲食店に立ち入った熊本県荒尾市に住む指定暴力団浪川会系組幹部の男2人に対し、福岡県暴排条例に基づく中止命令を出しています。2人は4月24日、福岡県大牟田市にある標章掲示店に立ち入ったとされます。
  • 福岡県警久留米署は、暴力団員の入店を禁じる「標章」を掲げた深夜酒類提供飲食店に入ったとして、久留米市に住む指定暴力団道仁会系組員の男(47)に対し、福岡県暴排条例に基づく中止命令を出しています。男は3月5日、同市にある標章掲示店に立ち入ったということです。
  • 福岡県警久留米署は、暴力団員の入店を禁じる「標章」を掲げた飲食店に入ったとして、久留米市に住む指定暴力団道仁会系組幹部の男(45)と、同じく組員の男(44)に対し、福岡県暴排条例に基づく中止命令を出しています。男らは4月30日、同市にある標章掲示店に立ち入ったということです。
  • 福岡県警久留米署は、暴力団員の入店を禁じる「標章」を掲げた社交飲食店に入ったとして、久留米市に住む指定暴力団道仁会系組幹部の(42)と、同じく組幹部の男(45)に対し、県暴力団排除条例に基づく中止命令を出しています。男らは5月17日、同市にある標章掲示店に立ち入ったということです。

 なお、上記の状況をふまえ、福岡県公安委員会は、福岡県暴排条例に基づき、指定暴力団道仁会のトップ、小林哲治会長に対し、「みかじめ料」目的などで飲食店などに立ち入らないよう組員に指示するよう命ずる再発防止命令を出しています。報道によれば、団体として適用されたのは、特定危険指定暴力団工藤会に次いで2例目だということです。なお、この再発防止命令は福岡県が全国で唯一、条例で規定しているもので、期間は2020年6月26日までの1年間で、命令に従わなければ6月以下の懲役または50万円以下の罰金を科すこととなります。

 具体的に見てみると、福岡県暴排条例第20条の二において、「暴力団員は、自己の所属する暴力団の暴力団員の縄張(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律第九条第四号に規定する縄張をいう。)を設定し、又は維持する目的で、特定接客業者であって暴力団排除特別強化地域に営業所を置くもの若しくは第十七条の二各号に掲げる者又はこれらの代理人、使用人その他の従業者に対し、次に掲げる行為をしてはならない。ただし、第一号及び第二号に掲げる行為については、当該行為をするに当たり、暴力団員であること又は暴力団と関係を有することを告げ、又は推知することができるような言動を行う場合に限る」として、「一それらの者の事業所又は居宅に立ち入ること」が定められており、本ケースはこれに該当するものと考えられます。さらに、第7項において、「公安委員会は、暴力団員がその所属する暴力団のためにする行為として第一項から第三項までの規定に違反する行為をした場合において、当該暴力団の暴力団員が更に反復してこれらの規定に違反する行為をするおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該暴力団を代表する者又はその運営を支配する地位にある者に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、当該暴力団の暴力団員がこれらの規定に違反する行為をすることを防止するために必要な事項を命ずることができる」と定めているものです。

(5)暴力団対策法に基づく中止命令の発出事例(岡山県)

 岡山県警のサイトでは、暴力団対策法に基づく中止命令発出事例について情報を公開しています。

▼岡山県警察 暴力団員に対する中止命令の発出(6月26日)*リンク切れとなっています

 直近では、「指定暴力団神戸山口組五代目山健組三代目妹尾組二代目物部組組員は、岡山市内で飲食店を経営する会社からみかじめ料名目で現金を脅し取ろうと考え、同社のスタッフが、店のビラ配りをしていたことに因縁を付け、同社代表Aさん(岡山県南居住、30歳代男性)ほかに対し、「うちと付き合ようる店の方も困る。」「3人で月々1万円。」「じゃけん、まあキャッチにしても、うちやこうも今、全部、管理しようるけん、キャッチも大体1つの店で1万円。」等と脅迫するなどして、指定暴力団の威力を示してみかじめ料名目に現金の贈与を要求した」として、暴力団対策法に基づく中止命令を発出しています。

▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴力団対策法)

 なお、暴力団対策法では、第9条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」と定めており、今回の事例は、第4項「縄張(正当な権原がないにもかかわらず自己の権益の対象範囲として設定していると認められる区域をいう。以下同じ。)内で営業を営む者に対し、名目のいかんを問わず、その営業を営むことを容認する対償として金品等の供与を要求すること」に該当するものと考えられます。なお、第11条(暴力的要求行為等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」としています。

(6)暴力団対策法に基づく防止命令事例(群馬県)

 ディナーショーで用心棒をする約束をしたとして、群馬県公安委員会は、北毛地域に住む指定暴力団松葉会系の男性組員に対し、用心棒行為をしないよう暴力団対策法に基づく防止命令書を出しています。報道によれば、防止命令を出すのは県内初だということです。

 前項で紹介したとおり、本件は、暴力団対策法第9条(暴力的要求行為の禁止)に抵触するものであり、具体的には、「五縄張内で営業を営む者に対し、その営業所における日常業務に用いる物品を購入すること、その日常業務に関し歌謡ショーその他の興行の入場券、パーティー券その他の証券若しくは証書を購入すること又はその営業所における用心棒の役務(営業を営む者の営業に係る業務を円滑に行うことができるようにするため顧客、従業者その他の関係者との紛争の解決又は鎮圧を行う役務をいう。第三十条の六第一項第一号において同じ。)その他の日常業務に関する役務の有償の提供を受けることを要求すること」に該当するものと考えられます。さらに、防止命令ということですので、第11条第2項の「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる」が本件では適用されたものと推測されます。

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