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小売業におけるデジタルトランスフォーメーションの現状と課題

2021.06.22
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総合研究部 上席研究員(部長) 伊藤岳洋

デジタル化のイメージ画像

皆さま、こんにちは。

本コラムは、消費者向けビジネス、とりわけ小売や飲食を中心とした業種にフォーカスした経営リスクに注目して隔月でお届けしております。

小売業におけるデジタルトランスフォーメーションの現状と課題

新型コロナの世界的な流行で、日本におけるデジタル化の遅れが露見しました。特に行政や自治体での遅れが目立ちますが、かつての飲食や流通業界も「遅れ」がさまざまな表現で揶揄されてきました。しかしながら、かつてからの人手不足の解消手段としてデジタル活用による省力化に加えて、新型コロナによって、それが急速に進み始めました。コロナ禍において、企業の危機感が強まり、あらためて自社のデジタル化を推進しなければ事業を継続できなくなるのではないかとの危機感が高まっています。そして、そのデジタル化は企業の業績への影響のプラスとマイナスは比較的はっきりと出てきています。

直近では、コロナ禍で苦戦が目立つ飲食業のなかで、デリバリーや持ち帰りなどの需要を取り込み、利益を伸ばしている企業があります。少しおさらいをしてみると、日本マクドナルドホールディングスの20年12月期の営業利益は、前期に比べて1割増えて300億円強になったようだといいます。11年12月期の281億円を9年ぶりに超え、過去最高益となる見込みです。売上高は2,900億円程度と3%伸びたようです。それらの要因は、持ち帰りと宅配の増加です。約3,000店のうち5割以上の店舗でドライブスルーに対応しており、全店の売上高の半分以上が持ち帰りになったといいます。店内で飲食する人が減り、客数は9%減となりましたが、家族分の購入などで客単価が17%上昇しています。この結果は、14年~15年に鶏肉偽装や異物混入の不祥事による赤字転落を受け、店舗改装や商品の見直し、CMなどの積極的な販促とともに、持ち帰りや宅配を強化してきたことによります。

また、スーパーの宅配「ネットスーパー」や回転すしなどの飲食店の持ち帰りのオーダーシステムなどデジタル化を進めた企業が好業績につながっている傾向があります。すでにデジタル投資を進めていたファーストリテイリングやBEAMSなどのアパレルでは、ECが大きく伸びた一方で、百貨店やショッピングセンターの出店に依存するブランドは、苦戦しています。ただし、ECの伸びは店舗販売の落ち込みをすべてカバーできるわけではありません。それでも、デジタル投資に先んじていたからこそ、幾分かはカバーできているともいえます。一方で、デジタル化が進んでいない業界は、もろに客数減少により苦戦しています。コンビニは、外出自粛により店舗前の通行人数が減少し、特にオフィス街やターミナルの店舗の売り上げ減少が顕著です。コンビニは、ポイントカードのアプリ化や電子マネー決済などの対応は進んでいたものの、販売面でのデジタル化はそれほど進んではいません。また、百貨店もデジタル化が進んでいるとはいえず、そもそも店舗が営業できない期間はECの商品調達にも影響する仕組みであるため、売上自体のECへのシフトは進みませんでした。このようにデジタル化の取り組みの格差が、収益に大きな影響を及ぼすことが鮮明になってきています。

デジタル化といっても、その進捗にはおおよそ3段階あります。第1段階は、デジタイゼーション(Digitization)です。デジタイゼーション(Digitization)とは、業務にデジタル機器を導入したり、アナログ作業をデジタル処理に変えたりして効率化することです。プラスチックの会員カードをスマホアプリに置き換えていくことなどがあたります。第2段階は、デジタライゼーション(Digitalization)です。デジタライゼーション(Digitalization)とは、デジタル技術を活用して、ビジネスモデルを変革して新たな収益モデルへと変えることです。アプリなどで事前にオーダーと決済などができ、近隣の店舗もしくは提携先で商品を受け取れることなどがあたります。第3段階は、デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation=DX)です。この段階は、第1段階と第2段階を取り入れながら、企業が変革していくことです。デジタル経由の売り上げ構成が過半を占めるようになり、店舗の役割や商品構成、さらには業務内容や組織構成そのものが変わることなどがあたります。

そもそもDXとはなにか、おさらいしましょう。一言でいうと、企業がテクノロジーを利用して、事業の対象範囲を根底から変化させる、それがいわゆるデジタルトランスフォーメーション(DX)です。IT専門調査会社のIDC Japanによる以下のDXの定義が、より具体的で分かりやすいので引用します。

「企業がエコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティスク、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンス(経験、体験)の変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立することを指す」

DXの目的は、「価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」です。手段として「新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンス(経験、体験)の変革を図ること」が必要です。

皮肉にも、コロナ禍によって、「エコシステムの破壊的な変化」が加速度的に進んだ結果、DXを進めることもこれまで以上にスピードが求められることになりました。DXは報道等でも毎日のように取り上げられ、今やDXへの取り組みは当たり前の経営課題と捉えられている一方で、流行に乗り遅れてはならないといった「横並び」意識に留まる取り組みも散見されるようになりました。特に経営層の「DXがなんでも解決してくれる」という錯覚や楽観論もあるように思われます。これらの懸念は、経済産業省の「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DXガイドライン)」でも触れられています。

DXガイドラインでは、「多くの経営者が DX の必要性を認識し、DXを進めるべく、デジタル部門を設置する等の取組が見られる。しかしながら、PoC(Proof of Concept:概念実証、新しいプロジェクト全体を作り上げる前に実施する戦略仮説・コンセプトの検証工程)を繰り返す等、ある程度の投資は行われるものの実際のビジネス変革には繋がっていないという状況が多くの企業に見られる現状と考えられる」と現状の課題を指摘しています。したがって、DXを推進していくには、デジタル技術を活用してビジネスをどのように変革するかについての経営戦略や経営者による強いコミットメント、それを実行する上でのマインドセットの変革を含めた企業組織内の仕組みや体制の構築等が不可欠であると指摘できます。

それでは、「企業組織内の仕組みや体制」に着目すると、どのような「内部エコシステム」が「変革を図ることで価値を創出」できるのでしょうか。

新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを生み出し、価値を創造し競争優位を確立するには、革新的な知の成果が必要です。つまり、イノベーションを生み出すことです。経営学では、イノベーションは、広義の組織学習の一部と捉えられています。組織学習のキーワードは、「エクスペリエンス(経験)」であり、「組織の知の変化」ということができます。何らかを経験することで学習し、新しい知を得て、それを成果として反映させることです。つまり、それが極めて革新的ならイノベーションということになります。逆に「改善」のような小さな進歩であるならば、組織学習ということになります。

イノベーションを生み出すメカニズムとして有名なのは「知の探索・知の深化理論」です。「知の探索(サーチ)」とその対立概念である「知の深化」を提示し、探索と深化のバランスの重要性を示したのが、ジェームズ・マーチです。マーチによる探索・深化の定義(March,J.G[1991]Exploration and Exploitation in Organizational Learning.Organization Science,p.71. 高橋伸夫訳)は以下の通りです。

知の探索は「サーチ」「変化」「リスク・テイキング」「実験」「遊び」「柔軟性」「発見」「イノベーション」といった言葉で捉えられるものを内包する。知の深化は「精練」「選択(choice)」「生産」「効率」「選択(selection)」「導入」「実行」といった言葉で捉えられるものを内包する。(筆者加筆)

マーチの研究初期の定義では、知の探索は、「サーチ」を内包し、「リスク・テイキング」でもあるとしています。さらに、「イノベーション」さえも知の探索の一部に内包されています。後に続いた研究者によって、この定義はさらに洗練されていきます。

知の探索は、組織の現在の知の基盤(と技術)からの逸脱であり、知の深化は、すでに存在している知の基盤に基づいたものに関連している。

そして知の探索を活動として定着させるには、一人ひとりという個人レベルでも進めるべきでしょう。なにか特別なことと捉えると、探索の一歩すら踏み出すことができなくなってしまいます。まずは、個人レベルの小さな仕掛けからでもよいので探索を続け、そして慣れることが重要です。慣れることによって、次第に広範な知の探索ができるようになるはずです。時間軸でもポジションでも求められる両利きは変化します。広範な知の探索は、技術的なブレークスルーなアイディアを生み出すことに留まらず、経済的な価値を生み出す可能性が高いことも分かっています。そのような意味では、経営者はより広範な知識の探索が必要になってきます。そうすれば、「内部エコシステム」の変革を促進し、「価値を創出」することにつながっていくはずです。

もうひとつの視点であるDXを実現するうえで基盤となるITシステムをどのように構築していくかも問われます。先のIDC JapanのDXの定義のなかでいえば、「第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティスク、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデル」をどのように創出するかということです。

まずは基盤となるITシステム構築のための体制づくりが先決です。DX の実行に際し、各事業部門におけるデータやデジタル技術の戦略的な活用を可能とする基盤と、それらを相互に連携できる全社的な IT システムを構築するための体制(組織や役割分担)が整っているかが重要です。経営戦略を実現するために必要なデータは何であるのかを選定し、それを活用するために、IT システムの全体設計(アーキテクチャ)を描ける体制・人材を確保することが必要です。膨大なデータのストックがあったとしても、戦略を実現するデータの形が描けていないと、単にデータを加工することが目的となりかねず、得たい成果との間に乖離が生じることになります。手段がいつの間にか目的化する罠にはまってしまいます。戦略に沿ったデータを得るために、ストックのデータをどのような形で分析し、加工していくのかという設計図を描くことが必要です。

次のポイントは、全社的な IT システムの構築に向けたガバナンスという視点です。全社的な IT システムを構築するに当たっては、各事業部門が新たに導入するITシステムと既存の IT システムとの連携を円滑に設計することが重要です。ITシステムが事業部門ごとに個別最適となることを回避し、全社最適となるよう、複雑化・ブラックボックス化しないためにガバナンスを効かせていくことも必要となります。全社的な IT システムの構築に向けた刷新の実務に当たっては、ベンダー企業に丸投げせず、ユーザ企業自らがシステム連携基盤の企画・要件定義を行うことが大切です。詳細なフェーズにおいて、要件定義を請負契約にした場合、ユーザ企業が自身のITシステムを把握しないまま、結果として、ベンダー企業に丸投げとなってしまうことは失敗のもとになります。要件の詳細はベンダー企業と組んで一緒に作っていくとしても、要件はユーザ企業が確定することにして、決して要件定義の丸投げをベンダーにしてはなりません。つまり、各事業部門がオーナーシップを持ってDXで実現したい事業企画・業務企画を自ら明確にし、さらにベンダーから自社のDXに適した技術面を含めた提案を集め、そうした提案を自ら取捨選択し、それらを踏まえて各事業部門自らが要件定義を行い、完成責任までを担っていくことが求められます。

新しいITシステムを構築するうえのポイントは、バリューチェーンにおける強みや弱みを踏まえつつ、データやデジタル技術の活用によってビジネス環境の変化に対応して、迅速にビジネスモデルを変革できるようにすべき領域を定め、それに適したシステム環境を構築することです。一方で、経営環境の変化によって、廃棄すべきITシステムはサンクコストとしてこれ以上コストをかけず、廃棄することが求められます。ITシステムの中には、短期的な観点でITシステムを開発し、結果として長期的に運用費や保守費が高騰している状態のものも少なくありません。これは、本来不必要だった運用・保守費を支払い続けることを意味し、一種の負債ととらえることができます。こうした負債は「技術的負債」(Technical Debt)と呼ばれています。特に、刷新後のITシステムにおいてもブラックボックス状態を解消できなかったり、技術的負債を縮減できなかったりするというIT資産の再レガシー化は避けなければなりません。そのためには、標準仕様からのカスタマイズについても、経営者の承認事項として、部分最適の重層化に注意する必要があります。

それでは実際の小売りの現場でのDX戦略について、みてみましょう。米ウォルマートはいち早くDXに取り組んでいたことで有名ですが、DX戦略でさらに素早い方針転換を行っています(日本経済新聞6/4付朝刊)。ネット店舗を融合する「ピックアップタワー」をDXの柱として約1500店舗に導入していました。このタワーは、最大300箱もの注文品を保管でき、顧客は事前にネットで注文を済ませておきます。その後、店舗に行き、タワー読み取り機にスマートフォンに表示させたバーコードをかざすと、注文した商品がタワーから出てきます。ネット通販では商品が届くまで時間が掛かります。リアル店舗はすぐに商品が手に入りますが、買い物で店内を歩き回らなければなりません。双方の利点を融合するモデルとして一定の支持を得ていたようです。巨費を投じて、約1500店舗に導入していましたが、方針を一転させ、これを撤去すると今年の4月に表明しました。タワーは、温度管理が必要な生鮮食品を保管できませんでした。同時にネット注文した生鮮食品は、別の場所で受け取る必要がありました。やはり顧客から「二度手間」という指摘があったことや生鮮品宅配で攻勢をかける米アマゾン・ドット・コムとの競争が激化していることなどから、もっと効率的に商品を受け取れる仕組みへと転換させたものです。その代替策として、ロボットを駆使して、雑貨、家電、おもちゃ、医薬品から食料品までピックアップする店舗併設型の自動配送システムを設けるものです。ピックアップからパッキングまでに要する時間は5分程度とされ、青果や精肉などの生鮮品はスタッフが別途売り場から集めて、ひとつにまとめます。顧客は自宅や職場からネットで注文し、車で店舗駐車場に立ち寄ると、スタッフが車のトランクに商品を入れるという仕組みです。受け取りのプロセスは人力となっていますが、そのほうが効率がよいという判断のようです。今後2~3年で100店舗以上にて稼働させる予定といいます。また、動画投稿アプリのTikTokを通じたライブ販売にも力を入れています。化粧品やヘアケア商品を提案するライブイベントでは、有名なインフルエンサーが登壇し、視聴者は気に入った商品をアプリ上でタップするだけで購入できるというものです。イベントでの売り上げは非公表ですが、化粧品や衣料品などの非食品の売り上げは、約20%台前半の伸びという見方があります。コロナ後も通販需要は継続するとの見方をしており、買い物体験を充実させる戦略です。ウォルマートではDXを中心に22年1月期に約1兆5千億円を投じる予定です。

市場に目を向けると、米国では20年のネット通販市場は前年比31.4%増と記録的な成長を遂げ、EC化率は14%に成長しました。アマゾンにとどまらず、既存の小売り大手から専門ネット通販に至るまで市場全体が成長しています。特徴的なのは、ネット専門店やブランドの台頭です。D2C(Direct to Consumer)ブランドがその典型です。アパレル、ひげそり、衛生用品、旅行用品、食品などの特色ある製品やサービスを既存の流通を使わず、ネットで消費者に直接販売しているのが特徴です。米国でのD2C企業の売上高は17年の68.5億ドルから21年には212.5億ドルと4年で3倍以上に拡大すると推計されています(日本経済新聞6/4付朝刊)。ECの基盤サービスや決済サービスなどを使って、簡便にECサイトを立ち上げることができるようになったことが背景にあります。

一方、日本のネット通販市場規模は1412億ドルと、中国(2兆2969億ドル)、米国(7945億ドル)、英国(1803億ドル)に次ぐ世界4位ですが、米中両国には大きく差をつけられています。EC化率でも日本は6.8%と米国の半分程度にとどまります。それは、楽天グループやアマゾンジャパン、ヤフーによる寡占が進んで新規参入が少ないことが影響しています。

日本ではDXがもてはやされ、毎日のように報道されていますが、米メディアではもはや当たりまえで記事にならないといいます。ネット通販では顧客データをデジタル化して分析することで、より高い確率で顧客に合いそうな商品を進められる利点があります。今後、日本でD2C企業が台頭するかに注目する必要があります。これまでニッチ市場を中心に成長した従来型の通信販売(単品販売)との類似点もありますが、SNSや自社サイトなどのデジタルメディアを基盤としている点、製品そのものよりも顧客とのコミュニケーションにフォーカスしている点、テクノロジーを駆使している点に大きな違いがあります。従来型は、マスメディア、カタログ、電話などのメディアを利用し、コールセンターを主な接点として中高年を主なターゲットとしています。ただ、単品販売の差別化戦略と顧客エンゲージメントを徹底してきたノウハウや世界に誇れる製品を生み出してきた町工場などから、世界的なD2Cブランドを育成できる土壌はあるといえるでしょう。日本企業が独自の進化をするためには、やはりIT人材の獲得に加えて、経営層のITリテラシーを高める取り組みが欠かせません。IT人材を育てる教育制度の変革に加えて、企業内での人材の再教育などの大幅なテコ入れは早急に取り組むべき課題といえます。

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