クレーム対応・カスタマーハラスメント対策トピックス

今こそ必要な経営陣のリーダーシップ

2025.10.14
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総合研究部 専門研究員 森田 久雄

腕を組んでいるビジネスマン

事業主に求められるもの

2026年中に改正労働施策総合推進法が施行される予定になっています。ご存じの方も多い事と思いますが、この条文には事業主に対して、顧客の言動に注意を払うことや、自らがカスハラに対する知識と理解を深めることが規定されています。ということは、努力義務とはいえ、今までのように従業員任せや、消極的な対策推進では事業主としては、コンプライアンス上もネガティブな評価になりかねなくなります。

当社で多くのカスハラ対策整備を支援する中で、これまでも、従業員が“カスハラ対策を進めたい!でも役員会の承認が…”という声を良く聞きました。担当の方から「役員を説得するにはどうすれば良いですかね?」という質問も多々ありました。本来であれば、従業員を守るべき立場である経営陣が自らカスハラから従業員を守るための対策の実施を指示し、能動的に策定・整備していく必要があるものですが、消極的な経営陣がまだまだいるように感じられました。しかし、この労働施策総合推進法の施行によって、体制整備等の雇用管理上の措置が義務化されましたので、このような消極的な姿勢では法令違反になりかねないということです。役員も自らが顧客の言動に注意し、理解を深めるように努めるとも規定されており、同時に労働者の理解を深めなくてはならないとされている訳ですから、従業員から対策実施の有無を問われるというよりも、経営陣自らが率先し対策を推し進めることが重要になります。

ただし、誤解頂きたくないのは法令違反を犯さないことは大変重要なことなのですが、根底にあるのは“自社の従業員を守る”という考え方です。例えば法令・条例がなかったとしても、労働契約法第5条の労働者に対する安全配慮義務を考えると、事業主は労働者(従業員)の安全を図る義務があるということです。改正労働施策総合推進法ができたからカスハラ対策をやるのではなく、そもそも安全配慮義務として、カスハラ対策は当然に含まれる雇用管理上の対策と考えられるのです。本来、従業員をカスハラから守る対策を進めていれば、自ずと改正法にも対応できるはずです。なぜなら、法令は労働者を守ることを目的に改正されるものであるため、企業が先行して従業員を守る対策を推進していれば、法令が改正されたからといって、あたふたと対処する必要はないからです。改めて、経営陣の皆さんには、自社の大事な従業員だから自ら守るという姿勢・先進性を強く持っていただきたいと思います。

よく、企業を傘に例え表現されるケースがあります。大きく開いた傘を支える骨組みは従業員そのものであり、その骨組みが多ければ多いほど強固な傘になりますし、骨組みが太ければ太いほどどのような風にも閉じることのない強い傘になる訳です。そのような強い傘を組成していくためには、やはり強い骨組みを作ることが必要です。もちろん、時には骨組みが傷つき壊れることもあるはずです。できりだけ、骨組みが傷つか無いように、そして傷ついた時には、如何に早く補修・補強し元のバランスの取れた骨組みに修正するかも重要になる訳です。

少し視点を変えて、一部業態ごとにカスハラの実態を探る

(1)医療業界 ~看護師は本当に困っているのか?~

看護師の方に話を伺ったところ、考え方の相違が根底に存在しており、どこまでがサービスでどこからが有料の範囲であるのかが理解されていないケースが多々みられるとのこと。もし、サービスでできる範囲を説明しても了承していただけず、カスハラがエスカレートするような場合には、看護師長に対応を引き継ぐことや、医師に相談するなどの対処に移行するということで、サービス提供の範囲には個々の差が出てきそうですが、エスカレーションについては、決まった方法論があるとのことです。

また、セクハラ部分については、こちらも多々発生しているようですが、特に新人看護師に向けて行なわれるケースが多いようで、恐らくセクハラを行なう側の心理として、“立場が弱い人間であれば文句を言われないのでは?”という心理は少なからずあると考えられ、確信犯的な極めて悪質な行為と言えます。弱い立場の人間を狙うという、犯罪者特有の思考にほかなりません。

さらに、院内での携帯端末を使用した撮影については、昨今では増加傾向にあるようで、発見次第中止して頂くことや、画像の保存をお断りしているとのことであり、このような注意喚起ができる理由もしっかりと把握されており、施設管理権や肖像権侵害などへの教育もなされてい様子がうかがわれます。このようなことから、この病院ではカスハラに困ることはあるものの、先輩看護師や看護師長(上司)へのエスカレーション対応によりスムーズな対応を心掛けているものと推察できます。ちなみに、院内では定期的に撮影やSNSへの投稿へのお断りに関する院内放送を継続的に行なうという努力もされています。※東京都内某総合病院

(2)航空業界 ~客室乗務員やグランドスタッフの奮闘~

空港内での受付業務(グランドスタッフ)、機内での客室サービス部門(客室乗務員)、空港ラウンジ業務等はカスハラ被害だけでなく、盗撮や身体接触行為を受け易い傾向にあります。

旅客によるカスハラ被害として、メディアでも報じられましたが、夕刻便に乗り遅れた旅客が、搭乗ゲートを突破しようとしてスタッフに暴行を振るう事件が起きていることや、海外便でも飛行中の機内よりドアを無理やり開けようとする行為など、常識では考えられない行為が頻発している中で、航空会社のスタッフはすべての旅客の安全を図るため、全力で業務を遂行しています。

そのような中で特に、夕刻便については注意が必要です。この時間帯の便は、出発時間及び到着時間の関係から、旅客は目的地に到着後は宿泊先や自宅に帰るという目的しかなく、機内での自由な時を楽しめるというある種の解放感から、飲酒・泥酔による迷惑行為に発展する可能性があり、搭乗する時点ではすでに酩酊状態に陥っており、手が付けられない状態になっているケースもあります。もちろん、機内で飲酒に拍車がかかるケースもあります。機内にて騒ぎが巻き起こった場合には、サービス提供云々の問題ではなくなり、運行への安全阻害行為という認定のもとで、厳しい対処を迫られることもあります。

日本人が改めるべき悪習“旅の恥はかき捨て”というのがありますが、多くの旅客に迷惑をかけ刑事事件化するような事態を巻き起こした場合には、かき捨てることのできない大きな社会問題にもなることは言うまでもありません。

(3)飲食業界 ~接客と商品提供の両方で発生する言いがかり!~

飲食業界では、今も昔も変わらず同じようなカスハラが発生しています。例えば、接客面でいえば挨拶をしただのしないだの、スタッフの態度がおかしい、愛想が悪いだの、もはやお客様自身の接客観に合うか合わないかの個人的感情によるクレームやカスハラは日常茶飯事です。また、商品提供についても、あとから入店したお客様に対して料理が早く運ばれたとして差別などと言い出したり、注文した料理と違ったものが提供されているにも関わらず、その殆どを食べ尽くしてから「料理が違う!料金は支払わない!」などというカスハラも飛び出す始末。それで本当に支払いを免れることができると本気で考えているとしたら、愚かと言わざるを得ません。たとえ、自身が注文した商品と違う商品が提供されたとしても、単純に頼んでいない、間違いであることを告げれば、何ら大きなトラブルになることはなく、商品の作り直しによる提供時間が費やされるだけで済むわけです。しかし、そこには「迷惑を被った」ということで(迷惑を被ったかははなはだ疑問ですが)得られた自身の優位性に便乗して、“少しでも得をしよう”“迷惑料替わり”など、客として当たり前に主張できるという身勝手且つ正当化した考え方をもって、不当要求・カスハラを行っているケースが多いのです。間違えてはいけないのは、たとえお店側の間違いであったとしても、提供を受けた商品・有料サービスの対価を支払う必要があることは、消費者にもしっかりと理解して頂きたいものです。

(4)行政職員が受けるカスハラ行為

カスハラ行為というと、一般的に小売店やメーカーなどの一般企業を想像するものかと思いますが、実は行政職員へのカスハラ行為も、大変し烈を極めているケースも多く存在しています。

行政と一般企業の決定的な違いは、一般企業では契約自由の原則などを理由に取り扱う商品やサービスの提供を停止することができますが、行政には各種サービスの提供義務が存在しており、そうはいかないという点です。行政の場合には、必ず住民サービスを提供しなければならないという、ある意味使命が存在しているのです。したがって、辛辣な言葉を浴びせられながらも、我慢しながらもサービス提供を行なってきたのが現実です。※ここでは書くことのできないほどの行為があることを聞いてきました。

昔からよく聞く言葉ですが「お前らの給与は税金だろ!」などという言葉は、行政機関の職員に対する決め台詞かのようによく聞かれます。確かに、行政職員の給与は税金の一部で賄われており、間違いはないのですが、そもそも、税金は公共(行政)サービスを提供するための原資として一部使用されている訳です。

最近ではコンビニエンスストアに設置された機器で各種サービスを受けることができますが、役所などで行なうサービスは書面を出すような事務的なサービスだけでなく、住民の話をじっくりと聞きながら、親身になってその悩みを解決すべく対応を行う部署も多く存在しています。これも重要な行政サービスの一つになりますが、このような職員がいなければ一部サービスの提供を受けることができなくなります。税金は、あくまで住民に対する行政サービスを提供するために使用され、併せて労働力への対価として使用されているという考え方になるのです。通常の行政サービスの範囲を超える住民のわがままに応じるためのものではありませんので、「税金云々」と言い出すのは、認識違いも甚だしいと言わざるを得ないのです。
 

業種別にいくつか紹介しましたが、各業界の傾向も踏まえたカスハラ対策が重要になりますので、各社でも総括されることをお勧めします。

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