SPNの眼

危機管理と5S+「S」(4)

2019.01.09
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 あけましておめでとうございます。いつもSPNの眼をごらんいただき、ありがとうございます。
 本年もよろしくお願いします。

 前回に引き続き、今回も「危機管理と5S+『S』」について論じていきたい。1月から3月まで、それぞれ10個ずつ、残りの30個を紹介していきたい。
 今月は、31個目~40個目までを解説する。

■睡眠(健康管理上、不可欠)
 31個目の「S」は、「睡眠」である。
 睡眠不足による判断力や集中力の低下、反射神経の低下などは、事故やトラブルを誘発する原因になりかねない。これまでも、睡眠不足による事故は多く起きている。重大事故を防止する上でも、睡眠は非常に重要であり、リスクマネジメントとして不可欠であるといえる。
 また、有事対応においては、特に指揮官の判断は重要となるが、指揮官が過労や睡眠不足の状態にあれば、適切な判断がなされない可能性が高まる。あるいは、判断に当たっての事実確認や情報精査の過程で睡眠不足が原因でヌケモレが生じる可能性もある。クライシス対応を適切に行う上でも、睡眠は不可欠である。
 もちろん、健康を維持していく上でも、睡眠は不可欠であり、睡眠不足は健康状態の悪化や、メンタル不調の遠因になりかねない。
 したがって、危機管理を行っていく上でも、「睡眠」は重要な要素であるといえる。

■姿勢(健康管理上、体の姿勢は大事)
 32個目の「S」は、「姿勢」である。
 不安定な状態や無理のある姿勢で作業を続けることは、長期的には作業者の体調に影響がであるし、無理な姿勢での対応は長続きせず、作業効率や精度も著しく低下する。
 「姿勢」の悪さが、作業の品質のみならず、効率性に大きな影響を及ぼし、それが事故やトラブルを誘発する要因になりかねない点を考慮すれば、「姿勢」もリスクマネジメント及びクライシスマネジメントの観点から、極めて重要な要素であるといえる。
 エコノミークラス症候群等も問題となる場合もあるが、同じ姿勢をとり続けることで、身体への不調を来たすことも知られており、担当者が体調面での不安を抱えていては、リスクマネジメントやクライシスマネジメントも十分な効果を期待できない状況にも陥りかねない。
 その意味で、「姿勢」も、危機管理において、重要な要素といえるであろう。

■私生活
 33個目の「S」は、「私生活」である。
 私生活の面で借金を抱えている従業員が不正に手を染めたり、私生活においてギャンブル等の遊興にはまり、そのためのお金を工面すべく、業務上横領等の犯罪を犯してしまう事例は、これまでにも多く発生している。
 また、私生活や家庭事情で深刻な事態を抱えていると、仕事中も仕事の集中できなかったり、そのストレスが原因でトラブルや事故を誘発したりしてしまうにもなりかねない。
 荒れた私生活は、暴飲暴食、睡眠不等、別の要因も合わさって、判断力や集中力、体力を低下させるため、やはり、事故やトラブルの遠因になりかねない。
 その意味では、このような事態にならないように私生活を安定させることも重要になってくるし、そもそも私生活が原因で事故やトラブルを誘発していては、リスクマネジメントが十分にできているとはいえないし、日々クライシスの状況に直面してしまうことになる。
 したがって、リスクマネジメントやクライシスマネジメントを適切に行う前提として、私生活は重要な要素となっており、危機管理の成否を左右する、重要な要素の一つである考えておくべきであろう。

■質問・相談
 34個目の「S」は、「質問・相談」である。
 種々の課題を踏まえたリスクマネジメントを行う際にも、詳細の事情や状況を的確に把握しなければならないが、そのためには、担当者等に対して適切な質問ができることが重要になる。質問は、分からない場合はもちろんであるが、確認の意味での質問も重要であり、ヌケモレの確認や最新の状況、細部の確認には、やはり「質問」が欠かせない。
 また、トラブルや事案への対応についても、事実確認、状況確認は必須であり、事実確認でも「質問」は重要な要素となる。また、実際にどのように対応するか、関係者や上長と相談しながら進めなければ、事態の更なる悪化を招きかねない。相談についても、方針や対応手順が分かっていても、念のため相談して、しっかりとコンセンサスを諮っておかなければ、状況認識の違い等から、危機対応を失敗しかねない。
 リスクマネジメントやクライシスマネジメントを行う上で、実務的には、「質問」「相談」は極めて重要なスキルであり、危機管理を行う上で必須の要素といえる。

■サイエンス(科学的思考)
 35個目の「S」は、「サイエンス(科学的思考)」である。
 リスクマネジメントにしろ、クライシスマネジメントにしろ、「不確実性」のある状況を対象とするものであり、また、確率的には極めてまれな状況を想定・前提として、対処・対応していく必要があることから、危機管理には本来的な意味でのサイエンスは馴染まない側面もあることは否定できない。
 現に、複雑系の事象は科学の限界事象として、トランス・サイエンスの問題として整理されることも多く、危機管理の対象となるインシデントや災害なども、この分野にカテゴライズされるケースが少なくない(要素還元主義を前提とする科学的アプローチからは、複数の要素が複雑に絡み合う複雑系の事象はそもそも前提条件が異なる)。
 しかしながら、危機管理はサイエンスと無縁かというと、そうではない。「科学的」の定義付けの仕方にもよるが、リスクマネジメントにおいても、クライシスマネジメントにおいても、種々の要因を踏まえた合理的なアプローチ、プロセスは存在しており、細部・個別事象については、ケースバイケースで再現性はなくても、大枠での対応手順には一定の法則性・標準型があり、その意味では、サイエンスの枠組みは維持できる。
 また、危機管理対策においては種々のシステムや仕組み、構造物を利用するが、それらは、やはり科学的な根拠を持った合理的な設計であることが重要であり、科学が技術に反映され、科学技術として、より高度かつ強固な仕組み、システムは、危機管理を行う上でも有用性が高い。その意味では、サイエンスは種々の危機管理対策を土台として支えていることは間違いのない事実である。
 したがって、「サイエンス(科学的思考)」も、危機管理の重要な要素の一つとして、ピックアップしておきたい。

■スタイル(やり方)
 36個目の「S」は、「スタイル(やり方)」である。
 上記の「サイエンス」の部分でも指摘したように、リスクマネジメントやクライシスマネジメントを行う上での合理的なアプローチは存在しており、それは見方を変えれば、種々のリスクやクライシスに対応していく上でのスタイル(やり方)と言うことができる。
 組織的な対応を行う上では、マニュアル等の形で標準化することで、多くの人が効率的かつ合理的に一定のクオリティを維持して、リスクやクライシスへの対応をしていくことが可能となるし、それが標準化されていることで人材育成にも資するほか、ブラックボックス化を防ぎ、対応基準や内容に関する一定の説明義務を果たすことも可能となる。その内容も大枠では共通点が多いが、どのような形であれ、スタイルが固まっていることは、リスクマネジメントやクライシスマネジメントを行う上でもメリットがある(それに縛られると、デメリットになるケースもあるが)。
 したがって、「スタイル(やり方)」も、危機管理を行う上での重要な要素と言える。

■Sympathy(思いやり)
 37個目の「S」は、「Sympathy(思いやり)」である。
 リスクマネジメントは事故やトラブルを回避するために行うものであり、そこには事故等による被害者を生まないように、という「Sympathy(思いやり)」が根底にある。
 また、クライシス対応においても、被害の極小化は最も重要な指標の一つであり、組織を守り、社会的損失を可能な限り小さくすべく行うもので、やはり、根底には「Sympathy(思いやり)」がある。
 このように危機管理は、究極的には、種々のステークホルダー、具体的には企業や事業を取り巻く人々を守るために行うものであり、「人間尊重=Sympathy(思いやり)」の思想がそもそも内在しているのであり、この根本思想のない危機管理は、危機管理になりえない。
 その意味で、「Sympathy(思いやり)」は危機管理の重要な構成要素と言うことができる。

■Softness(柔軟性)
 38個目の「S」は、「Softness(柔軟性)」である。
 「サイエンス」の部分でも述べたとおり、リスクマネジメントにおいても、クライシスマネジメントにおいても、「不確実性への対応」を前提としつつ、合理的なアプローチにより進めていくものである。
 しかし、「不確実性への対応」を前提としている以上、状況に応じて、適宜対応していかざるを得ない。そこで杓子定規に定型化した対応に拘りすぎると、不確実な要因に対応できずに、危機対応は失敗する。
 特にリスクマネジメントは、不確実性を前提としつつ、ミスやトラブルをゼロに近づけようという考え方も入っており、そもそもが「不可能への挑戦」的な意味合いをもっている。したがって、一定のリスクマネジメントを行っても、絶えず状況をモニタリングして、ミスやトラブルをゼロに近づけるという目的に向けて適宜修正・改善していかなければ、言い換えれば柔軟性を持った対応をしていかなければ、実効性を担保できないという宿命にある。
 したがって、「Softness(柔軟性)」は、危機管理において、重要な要素と言える。

■使命感・スピリット
 39個目の「S」は、「使命感・スピリット」である。
 危機管理の中でも、クライシスマネジメントは、かなりの過酷状況下でも、平常心を維持して適切な危機対応を行い、うまくいかなくても善後策を次から次へと繰り出して、状況を踏まえて粘り強く行っていく必要がある。その取り組みを支えるのは、担当者や個々人の強い「使命感・スピリット」である。
 リスクマネジメントは、前述のように、不確実性を前提としつつ、ミスやトラブルをゼロに近づけようという考え方も入っており、そもそもが「不可能への挑戦」的な意味合いをもっているため、打ち出した対策が功を奏するかは、やってみないとわからないケースもあり、なかなか効果が出なくても、あきらめずに粘り強く行っていくことが重要で、あるいみ終わりのない取り組みでもある。途中、心が折れそうになっても、強い「使命感・スピリット」を持って取り組んでいかなければならない。
 危機管理に取り組む上では、担当者個々人の危機管理哲学が重要になるが、その中核をなすのが、危機管理担当者としての「使命感・スピリット」である。
 その意味で、「使命感・スピリット」は、危機管理に重要な要素であると言える。

■説得力・説明力
 40個目の「S」は、「説得力・説明力」である。
 危機管理は、前述のように、リスクマネジメントにしろ、クライシスマネジメントにしろ、「不確実性」のある状況を対象とするものであり、また、確率的には極めてまれな状況を想定・前提として、対処・対応していく必要があるが、不確実性を前提とする以上、関係者への説得・説明が重要となる。
 クライシスマネジメントにおいては、例えば、企業不祥事の記者会見で、社長等が失言すれば、事態は更に悪化するように、実施にあたっては、相応の説得力・説明力が不可欠である。
 リスクマネジメントを円滑に進めていく上でも、関係者をうまく動機付けし、協力体制を構築しながら実施していくことが重要であり、その過程では、説得力・説明力が不可欠である。
 コミュニケーションも、説得力や説明力がないと十分に伝わらないし、かえって逆効果になることもある。
 したがって、危機管理においては、「説得力・説明力」は不可欠の要素である。

続く

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