SPNの眼

今この時期だからこそ、テロ対策の基本に立ち返ろう

2021.07.05
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総合研究部 研究員 長谷部純菜

警察官の後ろ姿

(4)CBRNテロ

CBRNテロとは、化学(Chemical)、生物(Biological)、放射線物質(Radiological)、核(Nuclear)を用いた兵器はそれぞれの頭文字をとった総称である。CBRNテロは、使用される有害物質の特性に応じて通常の爆弾などと全く異なる被害・症状が現れ、通常の兵器では考えられないような甚大な被害が与えられる可能性がある。外務省領事局邦人テロ対策室が「海外へ進出する日本人・企業のためのCBRNテロ対策Q&A(平成22年3月)」を作成し、海外へ進出するものに対してCBRNテロ対策についてまとめている。以下、主なものを取り上げつつ、事例と共に紹介したい。

  1. 化学(Chemical)
    • 化学剤は、その特性により神経剤、びらん剤、血液剤、窒素剤などに分類されている。化学物質に触れたり、口に入れたり、吸引することで人体に悪影響を及ぼす。過去には1995年の地下鉄サリン事件で使用されたサリン(神経剤)や、2017年の金正男の暗殺ではVX(神経剤)などで使用されている。多くの化学物質には独特のにおいと色があるが、散布されたことを即座に確認するのは非常に困難である。散布方法については、ドローンの普及により空中散布を行うなどテロを起こす手段が以前より増えていることにも注意が必要である。検知手段を持たずに兆候を判断するためには、下記のような「不自然」の組み合わせから察知するしかない。国内では、過去に青酸カリなどを使った殺人事件等も複数発生しており、身近でも起こりうることは念頭においておかなければならない。
      • 多くの小動物に異変が起きた
      • 付近の植物に変色する・しおれるなどの異変があった
      • 付近で、嘔吐、呼吸困難などの症状が複数人に出現した
    • 化学テロの兆候があった場合は、呼吸を妨げない程度の厚い布で口と鼻を覆って疑わしい場所からすぐ離れることが望ましい。
  2. 生物(Biological)
    • 生物剤は細菌やウイルスのような病原体と動植物などに含まれている毒素に分けることができる。化学剤と同様に触れたり、口に入れたり、吸引することで人体に悪影響を及ぼす。厚生労働省は「生物兵器テロの可能性が高い感染症について(平成13年10月15日)」にて、生物テロに使われる可能性の高いものとして、「炭疽菌、天然痘、ペスト、ボツリヌス」を挙げ、概要や治療法をまとめている。病原体を使用した生物テロが発生した場合、その症状が自然に発生した疾病なのか生物テロによるものなのか判別することが出来ない。生物剤についても、現在ではドローン等を使った空中散布も可能である。下記のような状況から生物テロが発生したことを推測することが出来る。
      • 散布の目撃者がいる
      • 被害者の人数が異常に多い
      • 被害者の地理的分布に兆候が見られる
    • 実際に生物テロの被害にあった場合は、呼吸を妨げない程度の厚い布で口と鼻を覆い、不審物からすぐに離れることが肝要である。また、不審物に触れてしまった場合には、石鹸でよく手を洗うことが必要である。
  3. 放射線物質(Radiological)
    • 放射線物質を利用したテロは、ウラン、ラジウム等の放射線物質から発生する放射線の人体に対する影響を利用したものである。人体に対する影響は、被曝量、被曝時間、放射線物質の種類等に左右されるが、強い放射線に被爆した場合、急性放射線症という深刻な症状が現れる。2006年11月のリトビネンコ氏暗殺事件では、ポロニウム210(強い放射線を出すとされ、放射性元素の中で最も有毒とされている)が使用されたとされている。放射線物質を用いたテロの手段としては、直接飲食物に混入するものや、爆弾の爆発やミサイルなどを利用して放射線を広範囲に拡散させるものが最も懸念されている。これは「ダーティーボム」と呼ばれ、核分裂によって高熱と放射線を発生する核爆弾とは異なり、爆薬によって爆弾の内部や周囲に詰めた放射線物質を拡散させるものである。実際にダーティーボムが爆発した場合、爆発による被害の確認は明白だが、放射線物質が付近に拡散しているかどうかを確認することは非常に困難である。テロリストが放射線物質を散布する最大の目的は、その地域を放射線で汚染し長期間機能不全状態とすることにあると想定されている。
  4. 核(Nuclear)
    • 核兵器の使用には情報に高度な科学技術が必要なため、一般的にテロリストが保有する可能性は低いとされている。IAEA(国際原子力機関)は、核テロリズムとして以下のものを想定している。
      • 原子爆弾、核ミサイルなど核兵器そのものを盗む
      • 高濃縮ウランやプルトニウムなど核物質を盗んで核爆発装置を製造
      • 盗んだ放射線物質を発散させる装置(ダーティーボム)の製造
      • 原子力施設や放射線物質の輸送船などに対する妨害破壊行為。
    • 核爆発が発生すると、強力な爆発により大規模な破壊が瞬間的に引き起こされる。爆発と同時に強力な熱と衝撃波と共に放射線物質が周囲に拡散され、動植物、空気、水、地面などを汚染する。爆発が離れた場所で起きた場合、可能であれば地下に退避することで、爆発及び衝撃波の直接的な被害から身を守ることが必要である。
    • 日本国内には原子力発電所が点在しており、原子力発電所の警備態勢が盤石とは言い難いことから、原子力発電所を狙ったテロも十分に考えられる。警備体制の隙をつき、知識を持った武装集団が原子力発電所を乗っ取ってしまえば、意図的にメルトダウンに導くこと可能である。2020年以降、原子力発電所社員が他人のIDを不正に使用して防護区域内にある中央制御室まで入域した事案や核防護施設設備の機能の一部を紛失していたが適切な点検や保守の未実施により不正な侵入を検知できなくなっていた事案が発生している。前者の事案は、他人のIDカードであったが人的な確認を通過している。また、原子力規制庁の調査結果報告によると、IDの写真と当該者の顔に相違に疑念を抱いたにもかかわらず十分な身分確認をしなかったことや、規定通りでない対応を行っていたことが報告されている。上記のような事例から、「人的」脆弱性を突かれて、核を操作できるような場所まで他人が侵入される可能性があることが推察される。設備面のテロ対策の強化とともに、厳格な入室管理や身分確認、規定の確認・周知など人が関わる面の対策も強化していくことが必要である。

6.企業におけるテロ対策

企業におけるテロ対策として、まず官民連携のテロ対策を紹介する。テロ対策は警察による取り組みだけでは不十分なため、警視庁では、テロ対策に関して官民一体のテロ対策を行っている。東京大会に向け、合同訓練や合同パトロールなどを実施している。薬局やホームセンター、インターネットで購入可能な化学物質から爆発物を製造する事件が発生している。このことから、爆発物の原料となり得る化学物質を販売する事業者に対して、販売時における本人確認の徹底、保管管理の強化、不審情報の通報などを要請している。このほか、宿泊施設、インターネットカフェ、レンタカー事業者などと連携しテロ等違法行為の未然防止を行っている。

企業におけるテロ対策としては、ハード面の対策として、車両が突入しないように、建物入口の前にコンクリートブロックを置くこと、入室管理を徹底することなどが挙げられる。前述にて、原子力発電所における入室管理について述べたが、人的な面の対策として、不審な配達物を開けないこと、不審物があったら警備員を呼ぶこと、身分確認不審者への対応などが考えられる。企業においてはハード面の対策も必要であるが、まずは人的な面の対策を改めて強化するところから始めてみてはいかがだろうか。ソフトターゲットに対するテロの未然防止については、当社BCPコラム「国際的な大規模イベント 今からできる企業のテロ対策を考える」にて詳しく記載されているため併せて確認いただけると幸いである。

また、「内閣府 事業継続ガイドライン第三版」では、BCMを策定する際に様々な発生事象を想定して検討することが必要としている。この発生事象の具体的な事例として、企業・組織の事業の中断をもたらす可能性がある、自然災害、感染症のまん延、テロ、ストライキ等の事件、大事故、サプライチェーンの供給途絶などが挙げられている。企業においても、テロが起きたときにどのような対応をするのか検討しておいたほうがよいと推察される。

在アルジェリア邦人に対するテロ事件では、日本企業の社員が人質となり、邦人10人を含む多数が死亡した。海外で社員がテロに巻き込まれた事案であったが、社外への公表などの対応を行った。また人質になっている方の名前を公表するかについては賛否が分かれた。自社の社員がテロの被害に遭い、人質になったり死傷したりした場合は、緊急事態対応と同様の対応が求められると想定できる。これは日本国内でも同様ではないかと推察できる。

2021年夏の東京大会に向けて、テロに社員が巻き込まれた事案を想定し、緊急事態・事業継続と同様の考え方で、情報収集方法、どのように公表するのか、見舞金を用意するのか、事業所が使用できなくなった場合どうするのか等、企業としてどのように対応するのか考えておくことが必要だろう。そして、企業としての対応はもとより、個人がテロ発生時に適切な行動をとることで被害を小さくすることが出来るため、個人におけるテロ対策も紹介していきたい。

7.個人におけるテロ対策

外務省では、銃撃テロや爆弾テロに遭遇した場合の行動として「伏せる・逃げる・隠れる」を推奨している。外務省発行の「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」の第12話で詳しくまとめられている。このシリーズは企業における海外安全対策全般を紹介しているので、これから海外進出を目指している企業などでもぜひ参考にしていただきたい。また、銃撃については、日本国内では特別な場合を除いて、銃器の所持・利用は禁止されており、日本国民に馴染みのないものだけに、対処方法はぜひ、確認しておいていただきたい。

伏せる:銃声や爆発音を聞いたらその場で伏せる、できれば頭部を守る。その後周囲の状況を確認し、逃げるか隠れるのか判断すること。

逃げる:脱出ルートがあれば避難すること。また、その場所に他の人が入らないように注意すること。

隠れる:犯人から見えない場所に隠れる。ドアをロックするなど侵入を防ぐ。また、携帯電話などの音が鳴らないようにすることが重要。

ちなみにアメリカだと「逃げる・隠れる・戦う」、イギリスだと「逃げる・隠れる・電話する」が推奨されており、国民性などから少し異なる点もあるが、その場から逃げること・隠れることで身の安全の確保することが最優先とされている

また、爆発があった場合、2回目以降の爆発が発生する可能性も踏まえてただちに現場からできるだけ遠ざかることが望ましい。(4)CBRNテロで述べた内容の繰り返しになるが、化学テロや生物テロが発生した兆候がある場合は、呼吸を妨げない程度の厚い布で口と鼻を覆い、不審物からすぐに離れることが肝要である。テロの形態によって直後の行動が異なる部分もあるが、基本的には何らかの異変に気が付いたらただちにその場から離れることをお勧めする。

コロナ禍では路上飲みも増えていることが報道されているが、路上飲みが普通の姿になってしまえば、路上飲みの集団に紛れた不審者にも気づきにくくなることにも、注意が必要である。いつもと違う」に無関心にならず、通報することがテロの未然防止につながる。警視庁では不審者や不審物を言つけた時はすぐに110番、または最寄りの交番、警察署に通報をするように呼び掛けている。警視庁警備部警備第一課 危機管理室が発行している「あなたが救える明日がある」にて、対応方法などがまとめられている。そのような現場に居合わせてしまったときに通報できるよう参考にしていただきたい。以下、主なものを挙げてみる。

不審者

  • 同じ場所を行ったり来たりするなど「不自然」な行動をしている
  • 場所や気候にそぐわない恰好をしている
  • 監視カメラの向きや警備員の様子などを確認している

不審物

  • 放置された荷物などで持ち主が不明である
  • 発見されにくいように隠しておいてある
  • 粘着テープやひもなどで必要以上に厳重な包装、固定がされている
  • 火薬や薬品の臭いがする、中から機械音が聞こえる

「不自然」を見つけたら、警察や警備員に通報することが望ましい。通報する際は下記のポイントを押さえて通報するとより迅速な対応につながるため、確認していただきたい。

通報時のポイント

  • 不審者:年齢、見た目、性別、服装、背格好、立ち去った方向など
  • 車両:車種や色、ナンバーなどを確認する。
  • 不審物:種類、形、大きさ、置いてある場所、見つけた時間

8.おわりに

本稿では、過去の大規模スポーツイベントでのテロについて考察した上で、テロの手法や企業や個人におけるテロ対策について論じてきた。過去の国際的な大規模スポーツイベントの事例を見ると、テロ事件の標的になっていることが分かる。国際的なテロ組織の関与がなくても、日本にいる個人がテロや大規模な事件を引き起こすことができるため、2021年夏に開催が予定されている東京大会でも、何らかの攻撃が想定される。テロが起きるということを前提として、テロはどのような手法で実行されるのかを知り、対策や対応方針を検討しておくことが必要だと考えられる。企業または個人としてできることは、小さな「不自然」に気付いてそれを然るべき場所に報告することや、テロや事件の現場に居合わせてしまったときに正しい行動をして被害を小さくできるようにすることだと推察される。開催まで1カ月を切った東京オリンピックに向けて、改めて企業・個人におけるテロ対策を検討していただきたい。

テロを行う目的を考えた場合、多くの人が集まる場所や重要施設などを狙うことで効果があるため、個人宅等は狙われにくい。総務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、内閣官房、内閣府は、東京都および関係団体と連携し、2021年7月19日~9月5日「テレワーク・デイズ2021」と設定している。大規模スポーツイベントの開催中は、在宅勤務などを励行して、社員が街中でのテロに巻き込まれることのないような対策を行うことも、検討すべきであろう。サイバーテロのリスクがないわけではないが、開催期間中についてはテロ対策としても、新型コロナウイルス感染予防対策としても、在宅勤務は有効であると考えられる。

最後にテロ対策について分かりやすくまとめられている資料や啓もう映像を紹介したい。テロ対策を検討する上で参考にしていただけたら幸いである。

▼外務省「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」
▼外務省「海外へ進出する日本人・企業のためのCBRNテロ対策Q&A」
▼警視庁「『あなたが救える明日がある!』テロを未然に防ぐ小さな勇気」
▼警視庁「テロ対策広報映像『無関心は協力者?!』」

9.参考文献

▼公安調査庁「国際テロリズム要覧2020」
▼公安調査庁「内外情勢の回顧と展望」

▼外務省領事局邦人テロ対策室「海外へ進出する日本人・企業のためのCBRNテロ対策Q&A」
▼外務省「世界と取り組む核テロ対策」
▼外務省「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」

▼厚生労働省「生物兵器テロの可能性が高い感染症について」

▼警視庁「官民を挙げたテロを許さない社会づくり」
▼警視庁「あなた救える明日がある」

▼内閣府「事業継続ガイドライン第三版」

▼原子力規制庁「柏崎刈羽原子力発電所7号炉に関する審査の概要」
▼原子力規制庁「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律第43条の3の23第2項の規定に基づく命令について」

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