SPNの眼

「気づかない加害」を見逃さない―無自覚セクハラの対応と再発防止

2025.06.03
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総合研究部 上級研究員 加倉井 真理

1.はじめに

セクシュアルハラスメントに対して、ここ数年で日本の風向きは大きく変わってきました。2018年の財務相福田事務次官の記者に対するセクハラによる辞任(本人はセクハラは否定)が大きく取り上げられて以降、大物芸能人が表舞台に出られなくなったり、セクハラで経営トップを解任するという明確な企業姿勢を示した企業もありました。特に、フジテレビについては、組織ぐるみの構造的な問題が明るみになり、企業を揺るがすほどの大きな問題に発展しています。これらの事例からは、過去には見過ごされたり、暗黙の了解とされてきた言動に対して、社会が「NO」を突き付ける時代になったということを読み取ることができます。企業も、個人も、「知らなかった」「冗談だった」「個人間の問題だ」では済まされない厳しさの中にあります。

一方で、「うちの会社は、パワハラの問題は出るけど、セクハラはないよ」と、経営者や担当者がおっしゃることは少なくありません。厚生労働省の指針においては、セクハラの典型的な例として「事業主が労働者に対して性的な関係を要求したが、拒否されたため、当該労働者を解雇する」「上司が労働者の腰、胸等に度々触った」「事務所内にヌードポスターを掲示している」などが挙げられているため、「セクハラとはそのくらい極端な行為」と捉えられているケースが未だにあるように思います。しかしながら、実際に職場で被害者を悩ませているセクハラの多くは、もっとあいまいで、複雑なプロセスの中で起こっており、セクハラか否かの判断も難しいものです。また、行為者は 「善意」や「無自覚」のもとに加害行為を繰り返しているケースもあり、会社からセクハラの指摘をされて、初めて自分の行為が相手を苦しめていたと知り、ショックを受けるというケースもあります。そのような微妙なラインのセクハラが表面化した際には、人事担当者や内部通報担当者は、対応に苦慮することが多い現実があり、当社にもそのようなケースのご相談が寄せられます。本稿では、無自覚セクハラに人事担当者や内部通報担当者がどう向き合うべきかを考察します。

2.飲み会や職場での無自覚セクハラ

職場の飲み会は、チームの結束を高める機会として有効な一方で、セクハラやパワハラが発生しやすいリスクの高い場でもあり、企業文化の本質が表れやすい場でもあります。以下のような特徴がある職場はセクハラリスクが高いと考えられます。

  • 飲み会の場等で、“盛り上げ役”の性的なネタが許容されている
  • 容姿や恋愛経験などをいじる文化がある
  • 若手や女性社員に“ノリの良さ”を求める風土がある
  • 性的なネタや恋愛ネタで結束を深めるような文化がある

また、飲み会の場で役職者の隣に女性を配置し、お酌や料理の取り分けをさせる慣習があったり、新入社員の容姿品評会のようなことが行われたりする職場、性的な話題や恋愛の話題を通じて同性同士の結束を強める文化があるような職場も無自覚なセクハラ加害者を生む背景となります。

会社としては、飲み会を含めた非公式な場でも、職場の延長であることを明確にし、社内では「性・恋愛・容姿」に関する話題が不適切であるという価値観や、性別役割分担意識による同調圧力等を排することが必要です。「昔は性的な冗談が笑いとなり、ある種の結束を強めたかもしれないが、今は時代錯誤であり、非常に恥ずかしい行為として見られる」という認識を持たせることが効果的な抑止につながります。組織が多様性を尊重し、誰もが安心して働ける環境を築くためには、「笑いのネタとして誰かを傷つける」文化にNOを突き付けること肝要です。

3.恋愛型無自覚セクハラ

(1)中高年男性の若手女性への好意

中高年の男性が若手の女性社員に対して、頻繁に声をかけ、業務にかこつけて会話を引き延ばしたり、メッセージツールで頻繁に連絡をしたりといった行為を繰り返し、受け手を疲弊させるといった構図があります。1つ1つの会話や行為は一見すると問題がない内容であることも多いのですが、これらの行為が長期間にわたって継続すると、受け手にとっては心理的負担となり、会社に相談がある段階では退職を検討するほどに追い込まれていることがあります。こういったケースでは、男性側は「自分は慕われている」、「相手も自分とのやり取りを楽しんでいる」とさえ思っていることが少なくありません。業務上完全には避けられない関係であるがゆえに、女性側が距離を取れず、またその立場上、「関係を悪くしたくない」という心理から、無理をして愛想笑いや柔らかい対応を続けることで、結果的に、行為者側の勘違いを助長し、関係の歪みを深めていくこともあります。

特に中高年の管理職層は、好意や冗談のつもりでも、無意識のうちに部下を「選別」したり「特別扱い」したりすることが、職場の公正性を脅かします。

こういったケースにおける担当者の介入としては、「一つひとつの行為単体」を問題視するのではなく「頻度・期間・対象の偏り」に注目し、行為者に対しては、被害者の「表面の態度」と「内心の意向」が必ずしも一致しないことや、「行為者の意図」と「相手の受け取り方」のギャップを具体的な事実を用いて伝える必要があります。重要なことは行為者の気持ちや人柄は否定せず、「加害行為」を止めることです。

(2)若手男性の微妙なアプローチ

若手男性社員が、同僚女性に対して何度も食事に誘ったり、LINE等のメッセージツールで頻繁に連絡をしたり、時には偶然を装って一緒に帰ろうとしたりといった構図です。2人で会うことを断られると、直接的には無関係であっても、同僚間の飲み会や業務に絡めた飲み会など、断りにくい環境を作って、何度も誘うというケースで、若手男性から派遣社員の女性に対して起こりやすい傾向があります。恋愛感情そのものは自由ですが、職場では、「何度か断られたら、それ以上のアプローチは慎む」ことが原則です。さらに、相手が職場の同僚である場合、どれだけ個人的な感情であっても、日常業務に影響を及ぼす可能性がある以上、非常に慎重であるべきですし、相手が派遣社員の場合、自社と派遣会社との関係性にも影響を及ぼす可能性があります。

こういったケースにおける担当者の介入としては、「恋愛の自由」と「職場の秩序」のバランスをどう取るかが問われます。本人としては純粋な恋愛感情であったとしても、「相手にとって不快かどうか」がセクハラの判断基準であることを、特に若手社員には教育を通じて伝えることが重要です。

(3)交際関係のトラブル

元恋人どうしであっても、別れた後の関係性がこじれると、セクハラにとどまらず、大きな問題に発展することがあります。

たとえば、交際終了後に一方が業務連絡以外の接触を避けようとするのに対し、もう一方が執拗に連絡をし続けたり、ストーカー化することもあります。また、不倫関係だと家族が相手方や会社に責任を追及するなどの行動に出て、問題が大きくなることもあります。

こういったケースにおける担当者の介入としては、過去の関係性ではなく、「現在の職場内の言動」を基準に対応することが大切です。被害者の身に危険が及ぶ可能性がある場合や、行為者が自傷行為等におよぶ可能性がある場合は、個人間のこととして無関与になるのではなく、警察に相談したり、医療につないだり、話し合いに第三者として立ち会うなどの対応が必要になることもあります。

4.被害を申告しにくい構図

職場の関係性、空気、上下関係、昇進への影響などの様々な考えが、抵抗の意志を封じてしまうため、被害者が「はっきりNOを言えない」のは自然な反応です。また、問題を大きくして職場で浮きたくない、行為者との関係が悪くなることが怖い、自分が我慢すれば済むことだと思って、なかなか会社に相談せず、心理的に追い詰められてしまうことがあります。

会社は、「嫌だと思った時点で、すぐ相談してよい」というメッセージを繰り返し伝え、心理的安全性を高めることが重要です。

また、人事や内部通報の担当者は、被害者の声に耳を傾けながら、組織としての安全配慮義務をどう果たすかが重要な課題になります。事実確認や面談を行う際にも、相談者が特定されないようにする配慮や、当事者に圧をかけない進め方が求められます。

5.おわりに ~無自覚セクハラを許さない職場へ 「予防と再発防止」~

無自覚なセクハラは、「気づかない加害」として多くの職場に存在しています。担当者には、個別の事案にとらわれることなく、構造的な課題として捉える視点が求められます。同時に、社員にとっても、「職場での好意の伝え方」や「距離感」は、評価や信頼を左右する重要なスキルです。これらのセクハラ問題は、単なる法令順守にとどまらず、人間関係の成熟度を試されるものでもあります。

会社は、加害者を頭ごなしに否定するのではなく、「今の時代にふさわしい行動」を示し、理解と納得を通じて行動の修正を促すこと、担当者は、単なる処分者ではなく、相手を尊重しながら行動を変えるための伴走者であることが求められます。そのような働きかけの積み重ねや、相手を職場の仲間として尊重する教育、周辺者を含めた誰もが「NO」という声を上げ、注意し合える風土を醸成することが、効果的な予防策となり、また再発防止につながるでしょう。

参照文献・参考資料

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