SPNの眼
総合研究部 研究員 植野 圭香
1.はじめに
新年度を迎え、新入社員として入社された方、新たに防災担当に任じられた方など、これから防災を学び始める方々も多いことでしょう。
一方で、南海トラフ地震は今後30年以内に80%以上の確率で発生するといわれており、企業に勤めるものとして防災知識の取得は必須であると考えられています。また、多くの企業においては、BCP(事業継続計画)の策定が進められています。本稿では今後切迫する大規模地震とともに、東日本大震災、熊本地震、能登半島地震という過去の3つの地震を振り返りながら、震災の教訓を探ってみたいと思います。
目次
1.はじめに
2.切迫する大規模地震~世界で発生するマグニチュード6以上の地震の約2割は日本で発生している~
2-1.南海トラフ巨大地震について
2-2.首都直下地震について
2-3.日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震について
3.過去の災害の教訓を振り返る
3-1.阪神・淡路大震災(1995年)
3-2.東日本大震災(2011年)
3-3.熊本地震(2016年)
3-4.能登半島地震(2024年)
4.おわりに
2.切迫する大規模地震~世界で発生するマグニチュード6以上の地震の約2割は日本で発生している~
日本列島の周辺には4枚のプレート(太平洋プレート、フィリピン海プレート、北米プレート、ユーラシアプレート)がひしめきあっています。そのため、日本周辺では複数のプレートによって複雑な力がかかっていることにより、世界でも有数の地震大国となっています。最近の研究では、世界で発生しているマグニチュード6以上の地震の約2割が、日本周辺で発生しているといわれています。
では、近い将来の発生の切迫性が指摘されている大規模地震にはどのようなものがあるでしょうか。内閣府防災では現在、政府の中央防災会議が対象としている大規模地震として「南海トラフ地震」「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震」「首都直下地震、中部圏・近畿圏直下地震」を挙げています。
なかでも、関東から九州の広い範囲で強い揺れと高い津波が発生するとされる南海トラフ地震は、今後30年以内に発生する確率が80%、首都中枢機能への影響が懸念される首都直下地震は、今後30年以内に発生する確率が70%と高い数字で予想されています。
「日本海溝・千島海港周辺海溝型地震」は前述の南海トラフ地震、首都直下地震より発生確率は7~40%と低いものの、「想定される津波は20m以上と被害の大きさが懸念されています。
2-1.南海トラフ地震について
南海トラフ地震は、静岡県の駿河湾から九州の日向灘にかけての海溝にあるプレート境界を震源域とされる地震のことを指しています。
過去1400年の間に南海トラフ地震は、約90~270年の間隔で蓄積されたひずみを開放する大地震が発生しています。近年では、昭和東南海地震(1944年)、昭和南海地震(1946年)がこれに当たります。この地震からは80年近くが経っており、南海トラフにおける次の大地震発生の可能性は高まってきています。
2025年3月には内閣府の南海トラフ巨大地震については約13年ぶりに被害想定が見直されたものが公表されました。死者数は約29.8万人とされています。そのうち津波での被害は約9.4万人~約21.5万人と想定されています。この数字からもお分かりの通り、津波での被害がとても大きな災害といえます。
また、この死者数には災害関連死(地震が直接的な死因ではないもので、地震による治療の遅れたことものによるものや、避難生活疲れによる死因などが該当します。)は含まれておらず、災害関連死だけで最大で約2.6万人~5.2万人と推計されています。
2-2.首都直下地震について
地震は大きく、南海トラフ地震や東日本大震災のような「海溝型地震」と、関東大震災のような「内陸部直下型地震」に分かれます。関東では江戸時代から元禄の関東地震、安政江戸地震などの直下型の大震災を経験してきました。1923年に発生した関東大震災から100年以上が経った今では、今後30年以内のマグニチュード7クラスの地震が起きる確率は70%といわれており、こちらも低いとは言えません。
2025年12月には内閣府より首都直下地震(首都南部直下地震)についても約12年ぶりに被害想定が見直されたものが公表されました。死者数は約1.8万人、災害関連死は約1.6万人~4.1万人と推計されています。外出時や勤務中に地震に遭遇し、帰宅することが難しくなる「帰宅困難者」は首都圏で約840万人とされています。首都圏の企業では「帰宅困難者対策」として「就業中に地震が発生したら72時間は会社内に留まる」ことを自治体から要請されています。
2-3.日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震について
千島海溝及び日本海溝沿いの領域もこれまでマグニチュード7~9の大小さまざまな規模の地震を経験してきました。869年の貞観地震や1896年の明治三陸地震、2011年東日本大震災など巨大な津波を伴う地震がこれまで発生してきています。
2021年12月には内閣府より日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震についての被害想定が公表されました。死者数は日本海溝地震で最大約19.9万人、千島海溝地震で最大約10万人と推計されています。被害が最も大きくなるケースとして冬の深夜の時間帯とされており、特に積雪によって避難速度が低下することにより津波での死者数が増大することが想定されています。
3.過去の災害の教訓を振り返る
3-1.阪神・淡路大震災(1995年)
1995年1月17日5時46分、淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の阪神・淡路大震災が発生しました。この地震は観測史上初めて震度7を記録しました。神戸市という人口の密集する都市での直下地震であったため、死者・行方不明者数は6,437名、家屋倒壊は約10万5,000棟という大きな被害をもたらしました。
①住民同士で助け合う自助、共助の重要性
上の図は、倒壊した家屋などに閉じ込められた人が誰に救助されたかを示しています。「自助」は自力で脱出した人や家族に救助された数、「共助」は友人、隣人、通行人に助けられた数を示しています。「自助」と「共助」を合わせると97.5%が住民同士での助け合いで助かったことがわかります。
災害時には「公助」である消防機関も被災していることもあり、助けを求める数が膨大となることから、住民同士で助け合わなければならないという日ごろからの意識づけが大切です。
②耐震固定が命を救う
阪神・淡路大震災では人的被害として「圧死・窒息死」が大半を占めました。多くは住宅の倒壊によるものではありますが、阪神・淡路大震災をきっかけに家具の固定が推奨されるようになりました。 自宅だけでなく1日の1/4を過ごすオフィスにおいても耐震固定を行うことが従業員の命を守ります。
③通電火災にご注意!
震災時には火の始末をしなければならないことは、容易に想像ができます。しかし阪神淡路大震災の出火原因が明らかなものの中では、約6割が「電気火災」でした。その代表的なものが「通電火災」といわれています。これは、地震により倒れた電気器具などが、地震の停電復旧時に火事の原因となるものです。地震発生からある程度時間が経過してから火災が発生することから、当時は大きな話題になりました。地震後に避難所に避難するときには、コンロなどの火元確認のほか、必ず ブレーカーを落としておくこと も覚えておきましょう。
④安否確認
阪神淡路大震災の時には、携帯電話の普及率がまだ低く、主な連絡手段は公衆電話や固定電話でした。地震により、電話回線が輻輳したり、住宅の倒壊、火災から逃れた人もいたりしたため、誰がどこにいるのかわからない状態となりました。震災当時、自分の無事と家族の無事を知るために人々は掲示板に伝言を残すという方法を取りました。これらは災害用伝言ダイヤル(171)や現代の安否確認システムの誕生へとつながりました。 いざというときの安否の確認方法について、会社や家族と事前に決めておくことが大切です。
3-2.東日本大震災(2011年)
2011年3月11日14時46分頃宮城県の三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の東日本大震災が発生しました。この地震による巨大な津波が岩手県、宮城県、福島県を中心とした太平洋沿岸部を襲いました。死者19,782名(※災害関連死を含む)行方不明者2,550名と大きな被害を及ぼしました。
①津波は想定を超えてくる
東日本大震災では津波警報の第1報で発表した地震の規模や津波の高さ予想を大きく上回っていたため、被害が大きくなったといわれています。津波警報等に従って高台へ避難し、助かった方も多い中で、地震後すぐに避難しなかった方や、避難後に再度戻り再び襲ってきた津波の犠牲になった方も多くいました。津波警報・注意報を見聞きしたり、海辺で強い揺れを感じたりした時には、 海辺から離れ、より高い安全な場所へ避難するようにしましょう。また車は渋滞に巻き込まれる恐れがあるため原則として徒歩で避難するようにしましょう。
②避難する場所が生死を分けるかもしれない。
東日本大震災時には指定避難場所(避難場所)と指定避難所(避難所)が必ずしも明確に区別されていなかったことも被害拡大の一因となりました。指定避難場所は、津波、洪水等による危険が切迫した状況において、住民等生命の安全の確保を目的として住民等が緊急に避難する施設又は場所を位置付けるものとなっています。指定避難所は、避難した住民等を災害の危険性がなくなるまで必要な期間滞在させ、または災害により家に戻れなくなった住民等を一時的に滞在させることを目的とした施設となっています。 会社やご自宅の周辺の避難施設は何を目的としているものかを日ごろから確認しておくことも必要です。
③大都市圏では、災害時72時間その場に留まることが原則
帰宅困難者とは、災害の発生によって、交通機関が麻痺するなどの理由から帰宅が困難になった人を表します。この言葉は、東日本大震災をきっかけに広まり、東京都では2013年4月に東京都帰宅困難者対策条例が施行されました。多数の帰宅困難者が一斉に帰ると、道路や歩道に多くの人が集まり、大渋滞が発生することによる救助の遅れ、余震等での二次被害に遭う可能性があります。そのため、人命救助のカギとなる72時間の間はその場に留まることが原則となります。また、事業者は、従業員が施設内に留まれるように3日分の飲料水、食糧などを備蓄するように努めなければならないとされました。特に 東京都など大都市圏にお勤めの方は災害時に72時間は会社に留まる可能性があることを事前に家族内で情報共有するようにしましょう 。
3-3.熊本地震(2016年)
熊本地震においては2016年4月14日、および16日と、2度にわたって震度7の激しい揺れが観測されました。死者は275人となっており、そのうち災害関連死は225人と多くの方が亡くなりました。原因としては医療機関の停止等(転院を含む)による初期治療の遅れ(既往症の悪化及び疾病の発症を含む)、地震による精神的ショック、余震への恐怖、避難所等生活の肉体的・精神的負担といったものが挙げられています。
①大きな地震は一度とは限らない
前述のとおり2016年4月14日21時26分、熊本県熊本地方においてマグニチュード6.5最大震度7を観測する地震が発生しました。その後28時間後の4月16日1時25分にも同一地域にて震度7を観測する大きな地震が発生しました。現在では先に発生した地震を前震と呼ばれ、4月16日に起きた地震を本震と呼ばれています。大きな地震は続かないと安心するのではなく、 次の地震が来るかもしれないという意識を持った行動が大切です。
②災害時の福祉の充実に向けて
東日本大震災において多数の災害関連死が発生した教訓から、DWAT(災害派遣福祉チーム)やDCAT(災害派遣介護チーム)といった福祉面をサポートする災害派遣チームが組織されました。これらのチームが本格的な活動を開始したのは、2016年の熊本地震からです。このような組織が尽力していましたが、それでも災害関連死は多い結果となりました。災害時には、高齢者や障害者、子ども、傷病者といった「災害時要配慮者」が長期間の避難生活を余儀なくされます。そのため、避難生活の早期段階から福祉ニーズを的確に把握し、対応することが大きな課題となりました。一部の自治体では先行して取り組まれていましたが、全国的な体制整備を推進するため、2018年は厚生労働省により「災害時の福祉支援体制の整備に向けたガイドライン」が策定されました。2025年の首都直下地震の新被害想定においても災害関連死の想定が出ており、少しずつ災害関連死を防ぐための対策が取られてきています。
3-4.能登半島地震(2024年)
2024年1月1日16時10分マグニチュード7.6の地震が発生し、石川県輪島市及び志賀町で震度7を観測。この地震により日本海沿岸の広範囲に津波が襲来したほか、奥能登地域を中心に土砂災害、火災、液状化現象、家屋の倒壊、交通網の寸断が発生し、甚大な被害をもたらしました。圧死など直接的に亡くなられた方は228人に対し、関連死は現在も増え続け、2026年4月21日現在で新しく認定された方を含め504人となる見込みです。地震の影響はいま現在でも続いているといえるでしょう。
①災害の8割は勤務時間外に発生する
前述の通り、この地震は元旦という多くの人が休暇を過ごすタイミングで発生しました。私たちが会社で働いているのは年間の約2/3。そのうち会社に在籍しているのを一日の約1/3(8時間)とすると、掛算すると2/9。すなわち、災害のうち約8割は勤務時間外に発生することが分かります。企業は 休日や夜間の発災を想定した事前の取り決めや、訓練を通じた備えを徹底しておくことが不可欠です。
②トイレの備蓄は必須。
東日本大震災でも災害時のトイレの重要性は多く指摘されましたが、能登半島地震でも同様に、上下水道の破損や停電など複合的な要因により、トイレが使用できない事態や、道路の被害などにより仮設トイレの搬送に時間を要する事態が生じました。トイレが使用できないことは、心理的なストレスだけでなく、水分を取らないようにするなどの行動に繋がり、脱水症状など健康に害を及ぼす可能性が高くなります。個人においても 簡易トイレ、携帯トイレの備蓄を3日分以上は確保するようにしましょう 。また、平時のうちに簡易トイレを試しておくのも災害時の安心に繋がります。
③複合災害
石川県珠洲市や能登町においては高さ4m以上(推定)の津波が襲来しました。有名な観光地である輪島市の輪島朝市では大規模な火災が発生しました。大規模火災を踏まえた消防防災対策のあり方に関する検討会の資料によると、焼失面積約4万9千m²、約240棟焼損という大規模火災となりました。地震、津波、火災と様々な被害を受けた能登半島でしたが、三方を海に囲まれている上、山にも囲まれていることから平地が少なく、道路の啓かい作業が進まず、被災地支援に時間を要しました。さらに、震災から約9ヶ月が経過した2024年9月21日、復旧・復興の途上にあった被災地を記録的な豪雨が襲いました。地震によって地盤が緩んでいたことも重なり、大規模な土砂崩れや河川の氾濫が発生するなど、地震と豪雨による「複合災害」としてさらなる大きな被害をもたらしました。
6.おわりに
過去の災害は様々なことを教えてくれています。これらを教訓として知っているだけでは、いずれ風化していきます。情報が新鮮なうちに、日ごろの備えとして行動することが自分の身を守ることに繋がります。まずは日ごろから防災意識を高めていきましょう。
【参考文献・出典】
- 南海トラフ巨大地震対策について(報告書)
(中央防災会議 防災対策実行会議 南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ 令和7年3月):2026.4.17閲覧 - 首都直下地震の被害想定と対策について(報告書)
(中央防災会議 防災対策実行会議 首都直下地震対策検討ワーキンググループ 令和7年12月19日):2026.4.17閲覧 - 日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震の被害想定について
(内閣府(防災担当)令和3年12月21日):2026.4.17閲覧 - 特集 阪神・淡路大震災から30年~教訓の伝承と防災まちづくり~
(内閣府(防災担当)令和7年(2025年)3月24日):2026.4.17閲覧 - 大規模地震時の電気火災抑制策の方向性について(報告)
(大規模地震時の電気火災の発生抑制に関する検討会 平成30年3月):2026.4.17閲覧 - 特集 東日本大震災
(内閣府(防災担当)平成23年6月30日):2026.4.20 閲覧) - 津波から身を守るために
(気象庁):2026.4.17閲覧 - 平成30年版 防災白書|第1部 第1章 第2節 2-10 指定緊急避難場所と指定避難所の確保
(内閣府):2026.4.17閲覧 - 東京都帰宅困難者対策ハンドブック
(東京都 令和5年3月):2026.4.19閲覧 - 熊本地震から10年~記憶と教訓を未来へ~
(熊本県HP 2026年2月13日):2026.4.19閲覧 - 災害関連死事例集(増補版)
(内閣府 令和3年4月 令和5年5月増補):2026.4.19閲覧 - 災害時の福祉支援体制の整備について
(厚生労働省 令和7年6月24日):2026.4.21閲覧) - 令和6年度能登半島地震に係る災害応急対応の自主点検レポート
(令和6年能登半島地震に係る検証チーム 令和6年6月):2026.4.19閲覧 - 輪島市大規模火災を踏まえた消防防災対策のあり方に関する検討会報告書
(輪島市大規模火災を踏まえた消防防災対策のあり方に関する検討会 令和6年7月):2026.4.21閲覧 - 『防災士教本 2025年度版』
認定特定非営利活動法人日本防災士機構編集発行, 2025.





