リスク・フォーカスレポート

震災時における防災・減災編 第一回(2015.2)

2015.02.25
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 皆様こんにちは。今月より第4週目のリスクフォーカスレポートは、「震災時における防災・減災」と題して、連載してまいります。さて、日本の震災時における防災・減災の知識や経験は、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災を経て、大きく向上したはずでした。しかし、2011年3月11日に発生した東日本大震災でも多くの方々が亡くなられ、現在も避難所での生活を余儀なくされている方々が、たくさんおられます。

 この東日本大震災で生じた様々な防災・減災に関する課題は、阪神淡路大震災以降、現代の日本社会が目指してきた安全・安心な社会の構築を大きく揺るがしたと言えます。阪神淡路大震災発生から今年で20年、さらに東日本大震災で生じた課題を踏まえ、今一度震災時における防災・減災を見つめ直し、今後発生しうる震災への備えについて、改めて考え直していくべき重要な節目の年を迎えているといえるのではないでしょうか。

 そこで、今回から東日本大震災で生じた被害状況を踏まえ、震災時における、「火災」「情報リテラシー」「防犯」「心のケア」「事業の継続」等にスポットを当て、危機管理の視点を踏まえ、考察を行っていきたいと思います。阪神淡路大震災・東日本大震災ともに、震災直後に大規模な火災が発生しています。さらに、停電復旧後の通電火災等で職場や家屋を火災で失ってしまうといった事例も見受けられます。このように、震災には火災がつきものですが、震災時の防災・減災対策において、往々にして火災対策が欠落していることが少なくありません。本日第1回目では、震災時における「火災」をテーマに取り上げ考察を行っていきたいと思います。

1.東日本大震災での火災発生状況

 2011年3月11日(金)に発生した東日本大震災に伴って生じた巨大津波は、太平洋地方沿岸の街を次々と飲み込み、かつてない被害をもたらした。この想像を絶する津波被害の凄まじさの影に隠れてしまい、火災による被害はあまり目立たなかったかもしれないが、「火災」の被害も、大規模かつ広範囲に発生していたことは紛れもない事実である。例えば、東日本大震災当日の夜のテレビ中継では、自衛隊が上空から撮影した気仙沼市の市街地火災の様子が流されており、今でもインターネット上でみることができる。

 映像からは、気仙沼湾内の石油タンク等の破壊によると思われる漏えい油に、何らかの原因によって着火した数多くの火種状のものが、岸壁沿いの家屋や山林にたどり着いて着火し、次々に集落内や市街地側へと延焼していった様子がうかがえる。この他にも、炎上する家屋や瓦礫が津波に流される様子や、船や車が延焼するという衝撃的な映像もたびたび流されていたのである。

 また、震源から遠くはなれていたものの、震度5弱から5強を記録した首都圏においても、東京台場にある高層ビルから黒煙が立ち上り、千葉県のコンビナートではLPGタンクが大規模な爆発を起こし、タンクから噴出した火炎が夜空を赤く染めるなど、震災後に生じた火災が現地の被災者をさらなる不安に陥れたことは言うまでもない。

 しかし、翌12日昼過ぎに発生した、福島第一原子力発電所の原子炉建屋内での水素爆発により、「放射能の拡散」という緊急重大事故が発生し、それを境に震災関連火災に関する報道の影が薄くなっていったことは否めない。世の多くの人々の記憶の中には、地震後に発生した巨大津波による被害の大きさは、しっかりと脳裏に焼き付いていると思われるが、その一方で、東北の被災地域では、水素爆発後もなお市街地火災が連続発生していたことは、現地以外の人々にはあまり知られていないのではないかと推測される。

 総務省消防庁が発表した3月11日から21日までの東日本大震災によって生じた各都道府県別の出火件数によると、青森県から静岡県の1都11県にわたり、303件の火災が発生しており、都道府県別では、震源に近い政令指定都市仙台を有する宮城県の140件が最も多く、茨城県37件、東京都33件と続いている。

▼ 総務省消防庁:災害情報

 東北地方で発生した火災の多くは、本震直後あるいは、津波襲来直後に発生しているが、その後の余震による火災や、数日経て発生した火災も含まれる。さらに、主要な大規模火災は、震災直後の消防力の極度な低下により抑制が困難であったことが原因で発生したものが多く、その後、全国から緊急消防援助隊が本格的に現地に入り始めた地震後3日目ごろからは、急速に鎮圧抑制されるに至っている。

 また、東日本大震災によって生じた火災は、大きく2種類に分類することができる。一つ目は、津波に起因する火災(津波型火災:主に太平洋沿岸で発生)であり、2つ目は従来の地震時もみられた火災(従来型火災:主に内陸で発生)に分けられる。3月21日時点での総火災件数303件の内、津波型火災146件、従来型火災157件とほぼ半数を津波型火災が占めている。従来型火災と津波型火災のそれぞれの危険性と考察に関しては、次項で述べる。

 今日まで教訓として継承されている約90年前に発生した、関東大震災では、本震直後から多数の火災が発生し、大規模市街地火災へと拡大し、全体の死者数約105,000人の内の90%にあたる92,000人の方々が火災による犠牲となっている。特に当時の東京市(現在の東京23区)では、出火した134か所の内77か所の火災が拡大延焼し、50,000人以上が焼死したと記されている。

▼ 内閣府:災害教訓の継承に関する専門調査会報告書1923関東大震災

 また、1995年に発生した阪神淡路大震災時には、神戸市長田区を中心として、特に木造密集市街地で大規模な延焼火災が発生し、出火件数は293件に上り、7,000棟以上の建物が全焼し、全体の12.8%にあたる約600人が焼死している(焼死が直接の死亡原因ではなく、建物倒壊による頭部・内臓・頸部等の損傷による圧死が全体の83.3%を占めている)。

▼ 消防庁:阪神・淡路大震災について

 一方、東日本大震災の被災3県(岩手・宮城・福島)の検死結果を見てみると、津波による死者数の方が圧倒的に多いものの、それでもなお、全体の1.1%にあたる148人が火災によって亡くなっている(津波による水死が全体の92.4%を占める)。

▼ 警察庁:緊急災害対策本部2011年4月19日発表資料

 2004年に発表された中央防災会議「首都直下地震対策専門調査会」での、首都直下型地震発生時の被害想定によれば、建物倒壊および火災延焼による死者が膨大で、死者数は夕方6時・風速15m/sのケースで11,000人、うち火災による死者数6,200人、建物全壊・焼失棟数は約850,000棟、内焼失650,000棟とされている。また、これに対する防災・減災対策として、2007年に内閣府が発表した防災白書内では、建築物の不燃化火気器具の安全対策等による出火防止、市街地の面的整備道路、公園などによる延焼遮断帯の整備等の延焼被害軽減、平常時からの地域コミュニティの再構築や自主防災組織の育成・充実等に基づく初期消火率の向上等が盛り込まれ、今後10年で死者数を半減させる対策をとることが示されている。

▼ 内閣府:平成19年度 防災白書

 しかし、2012年に発表された、東京都地震被害想定では、東京湾北部を震源として、冬の夕方18時、風速8m/sの条件下で地震が発生した場合、出火件数800件、焼死者4,000名、全焼200,000棟という被害が見積もられており、ある程度地震火災対策が進んできているとはいえるが、まだ、実効性に欠ける点等があり、防災・減災に関わる対策が大いに進んだとは言えない状況にあることが指摘できる。

▼ 首都直下地震等による東京の被害想定(平成24年4月18日公表)

 こうしていくつかの震災時の被害状況や、被害想定を考察してみると、わが国での地震発生後の被害として、火災は常に付きまとう「災禍」であることがわかる。さらに一昔前と比較しても、時代の変化に伴い電気・ガス等のエネルギー使用量が格段に増えてきている分、より火災が発生しやすい状況となってきている。この為、当然のことながら、職場の事業継続においても、私生活での家屋の再建の過程においても、火災が大きなボトルネックになってくることが想定されるため、そういった状況を踏まえ対策を講じていかなければならないと言える。

2.津波型火災と従来型火災の危険性

 東日本大震災では、三陸海岸沿いの市町村をはじめ茨城県・千葉県に至るまでの幅広い地域で津波による多大な被害を受けており、さらに津波による被害後に火災が発生し、大規模市街地火災に発展しているものが多数見受けられた。津波火災は、東日本大震災での特徴的な現象の一つとして指摘できるのではないだろうか。日本が島国である以上、津波型火災は首都直下地震時にはもちろん、南海トラフに沿う地震時においても、発生しうる危険性が指摘できる。しかしその危険性については、専門の学会や業界を除いては、問題提起や課題提示等が今一つといった状況である。

 そこで、今後発生しうる首都直下型地震や、南海トラフに沿う地震を視野に入れ、東日本大震災時に見られた津波型火災と従来型火災の危険性について考察する。

1) 津波型火災

 そもそも津波を起因とした火災の発生は、東日本大震災が初めてというわけではなく、あまり知られていないが、1933年に発生した昭和三陸地震時における、岩手県釜石市内での火災、1964年に発生したアラスカ地震や新潟地震でのコンビナート火災、1993年北海道南西沖地震での奥尻島青苗地区での火災等が挙げられる。しかし、東日本大震災のように、多数の地点で大規模な火災となったのは、今回が初めてではないだろうか。

 テレビやYouTube等で東日本大震災時の映像を見てみると、埠頭エリア内にある破棄された燃料タンク群から漏れ出した油が着火後市街地へ流動し延焼、また津波によって打ち寄せられた家屋や船舶、自動車等が何らかの要因により着火し、炎上しながら漂流していく様子がみてとれる。

 特に興味深いのは、家庭用のプロパンボンベが津波によって流され、衝撃等により圧力調整弁が作動し、漂流しながらガス放出および炎上し、さらには自動車に延焼していくものである。東日本大震災での津波型火災の発生原因として、こうした家庭用のプロパンボンベ等の燃料が及ぼした影響が非常に大きかったことが推測できる

 今後発生しうる首都直下型地震や南海トラフに沿う地震では、震源域が陸域にかかることから地震動は極めて強くなる可能性が指摘できる。また、大規模な被害が想定されている地域は人口過密・木造密集地域であること、さらに太平洋側には、太平洋ベルトを構成する工業地帯が連鎖的に形成されていることを勘案しても、地震動に起因する火災の多発とその延焼拡大は、東日本大震災以上のものとなることが想定される。

▼ 内閣府:南海トラフ巨大地震の被害想定について(第一次報告)

 また、予測される津波の高さも東日本大震災に匹敵するものであるとされ、地震発生後、極めて早い時間に津波が来襲すると考えられており、多数の地点で津波型火災発生が予測されている。

▼ 廣井悠:津波火災に関する東日本大震災を対象とした質問紙調査の報告と出火件数予測手法の提案

 さらに津波型火災については、消火活動の困難さについても指摘しておく必要がある。当然のことながら、津波からの避難により、初期消火が困難であること、津波の最中はもちろん、津波の去った後も多量の瓦礫類が道路等を塞ぎ、消防車や消防隊員の侵入消火活動が困難になること、そして、ライフライン被害に伴い消防用資器材が使えなくなるなどの多くの消防活動障害が発生することが予測される。また、消防隊は消火活動と救助活動という震災後の重点課題の両方を担っている。特に震災直後72時間は、救命救急や災害救助においてきわめて重要な時期であり、消防隊としても人命優先の救助活動に注力せざるを得ない。このため、消火活動のみに徹することが困難である事情があることも考慮しなければならない。

 ところで、東日本大震災での津波起因火災によると考えられる死者数は、全体の1.1%に当たると前項で述べたが、この数に関しては、津波によって建物内等に閉じ込められたケースが含まれるものと指摘できる。さらに津波型火災の危険性については、避難場所によっても左右される。内閣府の津波避難ビル等に関わるガイドラインでは、津波避難ビルの指定基準に津波火災の危険性の項目がまだ盛り込まれていない。

▼ 内閣府:津波避難ビル等に関わるガイドライン

 安全であるはずの避難場所が、たとえ津波に対して十分な確保ができていたとしても、延焼の危険性があり、二次避難が困難な状況や閉じ込められる可能性が高いと想定されるとすれば、その場所は避難場所としての条件は不完全と言える。東日本大震災では、津波避難ビルが延焼し、二次避難を余儀なくされた例も見られるため、首都直下型地震や南海トラフに沿う地震への対策に十分活かしていかなければならない重要事項である。この事を踏まえて考えると、各職場において立地的な要因等も加味しながら、事業継続計画(Business continuity planning、以下よりBCP)や防災マニュアル等について、震災後の火災に関するリスクも勘案しておかなければ、対策としての実効性の確保は難しいと言えよう。

2) 従来型火災

 東日本大震災で生じた従来型火災は、独立行政法人建築研究所・国土技術政策総合研究所によって調査が行われている。

▼ 林吉彦:東日本大震災における津波火災・地震火災

 例として、ロウソクに起因する火災を取り上げてみると、地震後に生じた停電の際に、明かりを得るために使用していたためであることが推測できる。特に震災直後は、揺れによって様々な場所に可燃物が散乱している可能性が高く、比較的大きい余震が続くことが多いため、平常時より火災発生の危険性も高い。

 また、ライフライン再開後の火災(通電再開後etc)に関しては、地震によってダメージを受けた電気配線コードのショート(天井裏etc)・亀裂の入ったガス配管から漏えいした可燃性ガスに着火後、火災に至っていることも推測できる。さらに、賃貸ビルに入居している事業者は、入居ビルのどこに電気配線コードやガス配管が通っているか、正確に把握できている場合の方が少ないのではないだろうか。特に電気火災に関しては、平常時であっても職場を問わず発生する可能性の高い火災の一つであるため、改めてその対策について見直しを行っていただきたい。

▼ 総務省消防庁:「未然に防ごう!電気器具火災」~身近に潜む火災危険~

 賃貸ビルに入居している事業者としても、今後発生しうる地震を視野に入れ、対応マニュアル等の危険性の項目に反映させていくべきである。また、過去の事例を見ても地震直後に使用していた調理器具や暖房器具等から出火する例が多数見受けられる(▼ 近代消防社編集局:東日本大震災・ダイジェスト)。例えば、下記のような事例が挙げられる。

  • ガステーブルに棚が倒れ着火し火災に至る。
  • 地震により、熱帯魚用水槽が倒れ水槽内の鑑賞魚用ヒーターが空焚き後火災に至る。
  • 地震によりエレベータのバランスウエイトがレールからはずれ、復電後その状態で稼働しはじめたため、発生した火花が周囲の潤滑油やほこりに着火し火災に至る。
  • 木材工場において、地震により装置が不具合を起こし粉塵爆発後火災に至る。

 さらに、日本の大都市圏の湾岸部(東京湾・伊勢湾・大阪湾)には、広大な埋め立て地が造成されており、高度経済成長期以降、これらの地区には発電所やコンビナート等が建設されてきているが、これらの地区で震災時に危惧される問題として、液状化が挙げられる。そもそも液状化による被害が確認されたのは、1964年の新潟地震以降と言われているが、上記した発電所やコンビナートの多くは、1964年以降に建設されたにも関わらず、液状化があまり想定されておらず、それに対する対策が十分ではない。

▼ 国土交通省液状化Q&A

 地震と津波、また液状化によってダメージを受けた発電所やコンビナートから火災が発生する可能性は十分考えられる。例えば、東京湾の湾岸には、現在12箇所の火力発電所が稼働している。これまで中央防災会議においては、東京湾が津波に襲われる可能性について、深く議論されてきていないが、万が一、東京湾に巨大津波が押し寄せた場合、津波対策が行われていない老朽化の進んだコンビナートや火力発電所が、被災後、大規模な火災を発生させる可能性があることは、十分想定しておかなければならない。また、東京湾には今後「水素発電所」の建設が予定されており、化学物質を取り扱っているコンビナート(禁水性、自己反応性、暴露発火性etc)の安全性の向上を含めて、安全対策を検討していかなければならない。特に、埋め立て地の液状化等の可能性や安定性確保の検討については、国や自治体もほとんど手を付けられていない現状であり、まさに防災・減災対策の盲点になっていることを指摘したい。

▼ 政治経済研究所液状化問題研究会:東京湾岸地域における臨海部開発と液状化災害に関する研究2011年度特別プロジェクト研究報告書

3. 今後発生しうる震災火災への備え

1) 震災火災への対応

 平常時であれば、同時刻に同じ場所で火災が連続的に発生することは、極めてまれである。しかし、震災時には、同時多発的に火災が連続発生する可能性が高い。有している消防力を超える同時多発火災が発生した場合には、発生初期の段階で消火できなかった火災が、大規模な市街地火災に発展していく可能性が高い。こういった事態を想定し、業種を問わず一社一社、一人一人が震災時に起こりうる火災を想定し、それに対応するための手段や知識を積み重ねていくことが重要である。震災時に起こりうる火災の危険性とそれへの対策の一例を下記の通りで紹介しておきたい。

◆ 室内火災と初期消火の重要性

平常時に火災が発生した場合には、通常は、すぐに消防が駆けつけ、消火活動が開始される場合が多いであろう。しかし、震災時の場合は、建築物の倒壊により、道路が塞がれ、全ての現場に消防がすぐ駆けつけられる可能性は低い。前項の従来型火災の項目でも述べたが、震災時には揺れやダメージによって可燃物が散乱してしまい、平常時より火災の発生危険性が高い。そこで、大規模市街地火災への発展を防ぐには、初期消火ができるかどうかが重要な点となってくる。しかし、初期消火が可能なのは、一般的に「天井に火がまわるまで」と言われている。火が天井まで届くと、その熱により、しだいに室内にあるものが直接火に触れなくとも発火するようになってくる。このため、初期消火の限界をよく把握した上で、消火活動に当たらなければならない。さらに、当然のことではあるが、火災発生時確実に使用できるよう、消火設備の点検や使用方法の確認を常日頃から行うとともに、老朽化の有無の確認も含めて行っておくことも重要である。たしかに各職場により、避難訓練の実施頻度、初期消火や避難に関する判断基準はまちまちであると考えられるが、平常時からの対策として、まず職場(自部門)のどこに消火器が置かれているか、消火器の薬剤は適切に交換されているか等の確認をしていただきたい。火が出てから消火器を探しているようでは遅いと言える。▼ 総務省消防庁:小規模ビル避難訓練マニュアル

◆ 耐火性の建築物といえども100%安全ではない

最近の建築物は、耐火性の外壁を使用し、火災への対策が採られ始めているため、平常時であれば、隣接する他の建築物からの延焼の危険性は少ないと思われる。しかし、震災時には、地震動により耐火性の外壁がはがれ落ちてしまう可能性が高く、十分な耐火性能を発揮できないことが想定される。また、地震動により亀裂や隙間が生じてしまった場合には、そこから火が侵入し、耐火構造の建築物であっても大規模な火災に発展してしまう可能性も考えられるため、既存の木造建築物と同様に防火対策と合わせた耐震対策が必要である。「耐火性が高いから安全」という平常時の前提に囚われて、火災に関するリスクを過小評価しかねないバイアスが非常に危険であることは言うまでもない。大震災発生後は、もはや平常時ではないことを前提に対処していく必要がある。耐火性が高い外壁が使われていても、建物内に張り巡らされている電気配線コードやガス配管が安全である保障はどこにもない。これらは、日ごろからチェックをしているわけではなく、どこにあるかすら把握できていないことも少なくない為、リスクは低くないと見積もらなければならない。

◆ 地下街や超高層建築物での危険性

日本の政令指定都市等では、高層建築物が立ち並び、地下街が網目のように張り巡らされていることが多い。このような場所で、火災が発生若しくは火災に遭遇した場合、火や熱に注意することはもちろん「煙」にも注意しなければならない。なぜならば、こういった場所は気密性が高く、一酸化炭素中毒となる危険性が高いからである。このような事態とならないためにも、防煙区画やスプリンクラーが設置されてはいる。しかし、震災時には揺れのダメージ等によって、これらが適切に作動しない可能性が十分に考えられる。特に高層建築物の上層階に行けば行くほど、地震による揺れが増幅されて被害が大きくなるため、防煙・防火区画、スプリンクラーが正常に働かない確率は高くなってくる。もしそうなった場合、煙と炎は防煙区画・防火区画には閉じ込められず、階段などを通って上へ上へと拡散することとなる。そのため、生理的には日常問題ない煙の濃度でも、心理的にパニックに陥ってしまう危険性が出てくる。それを防ぐ意味でも、特に超高層ビルなどには、避難階段が2か所以上設置されている場合が多いため、日ごろから場所を確認し、実際に階段を使用しておくことも必要である。なお、高層ビルにおいては、避難時に避難階段に人々が殺到する為、速やかな避難行動が常にとれるわけではない事を付記しておきたい。負傷者も避難階段を使って搬送するケースも少なくない。また、消防隊が消火活動や救助活動のために避難階段を利用することがあることにも留意しなければならない。参考までに紹介するが、アメリカの同時多発テロ(9・11)の際に、事態が呑み込めない等の事情により、生存者が階下への避難行動をとるまでに平均6分かかり、また世界貿易センターから脱出したと推定される15410人が各階(すぐ下の階)を降りるのに、平均して1分かかっていたことが、(米国)国立標準技術研究所(NIST)の生存者等への聞き取り調査から明らかになっている。1分という時間は、標準的な工学基準から予測していた2倍の時間であるとのことである(▼ アマンダ・リプリー著、岡真知子訳:生き残る判断 生き残れない行動~大災害・テロの生存者たちの証言で判明。

2) 自衛消防隊・自主防災組織のあり方

 震災時には、公的な消防力のみでは対応の手が回りにくいことが想定される。こうした事態を補う役割として、各事業体(者)に設置されている自衛消防隊や地域の自主防災組織が重要となってくる。事実、国の地震防災戦略でも、それらの組織の結成率の引き上げを防災・減災に関する目標達成の重要事項として掲げていることもあり、それらの組織に対する期待は大きい。

▼ 内閣府:防災情報のページ

 そのためには、職場の自衛消防隊が震災時に、どの程度の火災までであれば対応が可能か等を平常時から検討し、防災マニュアル等に反映しておく必要がある。当然のことながら業種・業態により併設されている自衛消防隊には規模の大小、あるいは得意としている部分と不得意としている部分があると思われる。今後発生しうる震災を想定し、場合によっては、近隣や同一区域内の他業種の事業体同士で震災時における相互協定を結んでおき、それを基にした共同訓練等を行っていくことも良い対応策と思われる。

 さらに、震災時には負傷者が数多く発生することが想定される。「第2項、津波型火災と従来型火災の危険性」で問題提起したように、震災時には救助隊が速やかに必要とされている現場まで到着できない可能性が高い。このことを踏まえ、各職場の自衛消防隊に組み込むかどうかは別として、救命救急講習等に参加して応急措置やAED等の取扱いに習熟したスタッフを確保しておくことも重要となってくる。当社が過去に2度実施した防災・BCPに関するアンケートにおいても、心肺蘇生訓練の受講状況に関する項目を設けて、企業の取組状況を調査しているが、応急措置に関する対策も十分に行われているとは言い難い状況にあることを付記しておきたい(詳細については、SPNレポート~企業における震災リスク・BCPの取組み編をご確認いただきたい)。

▼ 株式会社エス・ピー・ネットワーク:「SPNレポート~企業における震災リスク・BCPの取組み編」

3) 震災火災からの避難と情報共有

 例えば東京都では、大規模市街地火災に発展した場合を想定し、火災の被害から身を守るための場所を「避難場所」として指定している。また、この「避難場所」と区別するために、最寄りの小中学校を『一次集合場所』あるいは『一次避難場所』、それと家屋を失ってしまった人々を受け入れる『第二次避難場所』と呼び区別している。

▼ 東京都防災ホームページ:東京都防災マップ

 しかし、我々が「避難場所」というワードを聞いて、イメージするのは最寄りの小中学校等ではないだろうか。果たして、この両者を明確に区別でき、状況に応じてその場所を選択し、避難できるだろうか。あるいは、職場や通勤経路の最寄りの小中学校を把握しているだろうか。大学等であれば、おおよそ所在場所の最寄駅等のイメージはあっても、小中学校と言うと、途端にわからなくなってしまう。言い換えれば、常に防災マップを持ち歩かなければ、避難場所すらわからない状況になるのである。震災時には、路上には瓦礫が散乱しており、停電で街灯が切れた状況で避難場所への移動を余儀なくされることも想定しておかなければならない。

 さらに、火災からの緊急避難先としての「避難場所」と、被災後に家屋を失ってしまった人々が生活する『第二次避難場所』に同じ”避難”というワードが入っているため、混乱しやすい状況にあると指摘できる。機会を見つけぜひ職場の防災マニュアルに示されている「避難場所」が本当にその内容に即したものとなっているか、確認していただきたい。

 『名は体を表す』の諺にあるように、「緊急火災避難場所」、「近隣集合場所」、「被災者生活所」等、目的を明確にした具体的な名称を付けて、一度見たり聞いたりしただけで、その内容がわかるようにしていくべきではないだろうか。一か所に避難者が集中してしまった場合、本来その場所が目的としている機能を十分に果たすことができないという事態を生じさせないためにも、関連機関による議論・検討が必要であろう。

 さらに、都内の木造密集地において1,100世帯を対象に行ったアンケートによれば、人々は火災が迫る、あるいは消防等から指示されるなどの切迫した状況にならないと、なかなか避難を決断しづらいという傾向があることが報告されている。これに関しては、特に1990年代以降、台風、ゲリラ豪雨、土砂災害といった自然災害の発生件数が増加傾向にあるため、各職場単位の避難訓練に個々の意思決定を育む訓練項目を取り入れていくことはもちろん、有事の際にその職場において、リーダーの役割を果たすことができ、職員をまとめ上げることができる人材の育成にも精力的に取り組んでいかなければならない。

 また、逃げまどいや混乱を生じさせないためにも、デマや流言飛語を防止し、いかにお互いに適切な情報を提供・共有し合い、避難を円滑に行っていけるかどうかも重要となってくる。特にIT技術の進歩が著しい現代においては、いかにそれらを震災時にうまく活用していけるかが重要となってくる。なお、震災時における全般的な情報リテラシーの部分に関しては、来月第4週掲載予定の「震災と情報リテラシー」で述べたい。

 震災時における、情報の提供方法・共有手段に関しては東日本大震災を踏まえ、地域の実情に応じ、各種情報伝達手段の特徴を加味した上で、複数の手段を組み合わせ、災害に強い総合的な情報伝達システムを構築するための提言がなされている。

▼ 総務省消防庁:地方公共団体における災害情報等の伝達の在り方等に係る検討会報告書

 しかし、情報は単に提供・共有できればよいというわけではなく、適切な行動を喚起できなければ、意味をなさない。したがって、震災火災に関する適切な情報共有を行い、適切な行動に繋げていくためには、火災発生の状況とそれに基づく延焼拡大予測、時間経過ごとの適切な避難経路・避難場所等に関する的確な情報の提供・共有が重要となってくる。そのためにも、職場を問わず、震災火災から命を守るため収集・提供した情報を、どのような手段で共有し、その情報を受けて適切な行動に移せるかどうかの検討や訓練を平常時から、計画的に行っておくことが重要ではないだろうか

 これまで述べてきたように、今後発生しうる首都直下型地震や南海トラフに沿う地震を視野に入れ、震災時における火災による被害を防いでいくには、官庁が進めている道路の拡幅、延焼遮断帯の構築、木造密集地の再整備といった都市防災対策(公助)に頼るのみでは不十分であり、各職場での自衛消防隊の拡充を含めた震災時における広域相互連携(共助)、さらに、職員が一丸となり、「この職場を守るんだ!」という強い意志を持ち、防災・減災体制の見直しを行い、より実践に即した防災マニュアルの作成を各職場単位で行い、それを基にしたより実践的な訓練(昼間を想定した場合、夜間を想定した場合etc)を平常時から行う(自助)等を進め、これらの合わせ技で粘り強く時間をかけていくことこそが、震災時に発生する火災の被害を軽減するための近道であると考える。

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