リスク・フォーカスレポート

 昨年12月に法制化された「ストレスチェック制度」ですが、みなさまの会社でも準備が進んでいらっしゃるでしょうか。既に実施されている会社もあるかもしれませんね。ですがこの制度、「本当に効果があるの?」と疑う人が多い気がします。そこで今月と来月のリスクフォーカスレポートでは、この「ストレスチェック制度」をうまく機能させるために留意すべきことや、これからの活用方法について、考えていきたいと思います。

1.ストレスチェック制度の「目的」

 では、まずはストレスチェック制度の「目的」から確認していきましょう。

 厚生労働省ホームページに掲載されている「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル(以降、「ストレスチェック実施マニュアル」と呼びます)」によると、このように書かれています。

 この制度は、労働者のストレスの程度を把握し、労働者自身のストレスへの気付きを促すとともに、職場改善につなげ、働きやすい職場づくりを進めることによって、労働者がメンタルヘルス不調となることを未然に防止すること(一次予防)を主な目的としたものです。

 一つの文章の中に、なかなか盛りだくさんなことが書かれていますが、まとめるとこういうことでしょうか。

roumurisk001

 つまり、真の「目的」は「メンタルヘルス不調の未然防止」であって、そのための「手段」として、会社は「労働者のストレスの程度を把握」するためにストレスチェックを実施し、「労働者自身にストレスへの気付きを促す」とともに、「職場改善につなげ」たり、「働きやすい職場づくりを進め」たりしてくださいね、ということになります。このストレスチェック実施マニュアルでは、この「手段」の部分を、どんな流れで実施するか、どんな条件があるかについて、細かく定めています。
 この「手段」に関する制約が非常に多いため、私たちはついついその「手段を正しく行うこと」にばかり目が行きがちですが、最終的に目指すのは「メンタルヘルス不調の未然防止」であり、結果としてそこにつながらなければ意味がないのだということを、まずは心に留めておかなければなりません。

2.ストレスチェック実施の流れ

 では、このストレスチェック制度が、どのような流れで実施されることになっているか、労働者からの目線によるストーリーにのせて確認していきましょう。

 Aさんは、ここしばらく非常に仕事量が多く、毎日遅くまで働いています。お客様からの要望に振り回されることが多い一方で、社内ルールは厳格で、自分に裁量権がありません。毎日大量の仕事を、ミスがないよう常に気を張り詰めながら、ただただこなさなければならないように感じています。毎日へとへとでひどく疲れてしまい、あまり食欲がありません。そのわりに夜はよく眠れず、体のあちこちが痛み、「こんな日々がずっと続くのか・・・」と思うと、ゆううつな気持ちになり、仕事に集中できなくなっています。
 そんなある日、Aさんのところへ、会社からストレスチェックの案内が届きました。個人の結果は、医師から直接本人のみに通知され、会社は本人に無断で結果を見ることはできないとのことなので、Aさんは正直にチェックを受けることにしました。チェックは「職業性ストレス簡易調査票」に基づいたもので、質問は、「A.職場でのストレス原因に関する項目」、「B.ストレスによる心身の自覚症状に関する項目」、「C.職場での他の労働者等による支援に関する項目」に分かれています。Aさんは「Bの項目は頻繁にあるものが多いなぁ」と感じました。
 しばらくすると、一人一人にストレスチェックの結果が届きました。さっそく結果を見てみると、自分のストレスの特徴や傾向が数値や図表で表されています。そして、自分は「高ストレス者」であり、医師との面接指導の対象者だということが書かれていました。Aさんは「面接指導を受けてみよう」と思い、案内に従って人事部へ面接指導の申込をしました。
 程なく面接指導の日程が決まり、医師との面接が行われました。医師はAさんの仕事や心身の状態を詳しく聞くと、「業務量を減らしてもらうよう、あなたの上司にお願いしましょうか?」と言い、Aさんは「お願いします」と答えました。
 その後、その医師から人事部を通して上司に連絡が行ったようで、上司から自分の業務量を調整してもらえました。以前よりも早く帰れるようになり、Aさんの状態は格段によくなり、「あのままだったら、自分はきっとストレスでうつ病になっていたよ。病気にならなくて良かったな。これからもストレスには気を付けよう。」と思いました。

 細かな解説はここではいたしませんが、ストレスチェック実施マニュアル通りに実施すると、おおよそこんな流れになることが想定されているのではないかと思います。しかし、これを読んで、「おぉ!ストレスチェック制度は良い制度だ。これでメンタルの不調が予防できるぞ。」と思う方がいらっしゃるでしょうか。「そんなにうまくいくはずない」と思う方の方が多いのではないかと思うのですが、いかがでしょう。

3.ストレスチェック制度がうまく機能しないケース

 ストレスチェック制度がうまく機能しない例として、たとえばこんなケースが容易に想像できると思うのです。

ケース1

 Bさんの同僚は、頑張りすぎてうつ病になってしまいました。会社はそんな同僚を厄介払いするかのように退職に追い込みました。それを見ていたBさんは、会社を全く信用していません。ストレスチェックの案内が届きましたが、「個人の結果は、医師から直接本人のみに通知され、会社は本人に無断で結果を見ることはできないだって?嘘をつけ!こんな言葉で油断させておいて、結果の悪かった人を体よく辞めさせる魂胆だろ?こんなもの、誰が答えるか!」と思い、無視しました。

 残念ながら、心身の不調者を、正当な解雇のみならず、じわじわと追い詰め自己都合で退職させるような会社もあります。辞めていく同僚を何人も見送った人であれば、どれほど会社がまともにストレスチェックを実施したところで、誰が信用するでしょうか。日常的に社員を大切にしない態度がありあり見えている会社では、ストレスチェック制度がうまく機能するとは思えません。

ケース2

 Cさんは、非常に忙しいです。あまりにも何度も「まだ受検していない方へ」という通知が届くため、本当はすぐにでも帰って眠りたいところでしたが、無理してストレスチェックを受けました。でも、まともに質問も読まず、適当に答えたので、「とりあえず受けたことにした」というのが正直なところです。
 しばらくすると結果が封書で届きましたが、なんだかよくわからないグラフと、文字がごちゃごちゃ書かれた紙が入っており、忙しいCさんは、「後で読もう」と紙を封筒に戻し入れました。「結果がどうであっても、どうせ仕事を減らしてもらえるわけじゃないんだから、どうでもいいや。」書類の山に紛れ、それきり二度と見ることはありませんでした。

 忙しく時間に追われている人は、ストレスチェックにかける時間さえ惜しむでしょう。本当は非常にメンタルヘルス不調のリスクの高い人でありながら、適当に回答していれば、正しい結果が出るとは思えません。たとえきちんと受けたとしても、結果をまともに確認しなければ、医師の面接指導につながることもないでしょう。また、恒常的に人手不足で、時間外労働が多い職場では、きちんと回答し、医師の面接指導で就業制限がかかった人が出れば、その人の分の業務を同僚たちが引き受けることになり、さらに不調者を増やすことにもなりかねません。
 まずは労働時間の適正化に注力すべきでしょう。

ケース3

 Dさんは、いくら改善策を提案しても、「今までずっとこうだったから」、「上からの命令だから」、「効果が確実とは言えないから」など、なんだかんだと理屈をつけて現状を変えようとしない上司や、そんな上司を出世させてしまった会社を、すっかり諦めています。「いくら真っ当に答えても、どうせ何も変わらないのでしょう?真面目に答えるだけ無駄だわ。」
 Dさんは、模範解答のようなチェックをした調査票を、ため息をつきながら提出しました。

 会社はストレスチェックの結果を集団ごとに集計・分析し、その結果を見て、職場環境の改善につなげるよう努めることになっています。たとえ「高ストレス者」ではなかったとしても、個々人の回答は、この集団ごとの集計・分析には反映されます。問題があったとしても、それをないものとして答えれば、問題はずっと闇の中です。「どうせ改善なんてされない」という意識が強ければ、回答はつい適当になるでしょう。
 会社が本当にストレスチェック制度を活かそうとするならば、結果を本気で活かす姿勢を見せる必要もあるかと思います。

 「努力義務」ですので、「集団ごとの集計・分析はしない」という会社もあるかもしれません。ですが、それで必要な職場改善等ができるでしょうか。集団ごとの集計・分析の手法や活用方法等は、衛生委員会での審議事項ともなっています。そこで「集団ごとの集計・分析はしない」と取り決めれば、「会社は職場改善に取り組むつもりはない」と受け取られても不思議はありません。
 また、そもそもこのストレスチェック制度では、高ストレス者本人が医師との面接を希望するまで、誰が高ストレス者だったかさえ会社にはわからないわけですから、ただ最低限ストレスチェックを実施しただけで、会社が従業員のストレスの程度を把握できるとは思えません。従業員に万が一のことが起きた場合、会社は「努力義務を果たした」と言えるのか・・・安全配慮義務の観点から、会社に非を問われる可能性は否定できません。

 集団ごとの集計・分析は、職場改善や働きやすい職場づくりに必要なステップと捉え、ぜひご活用いただきたいものです。

ケース4

 Eさんは、同僚のFさんが、夜勤のシフトを逃れるために、何かと心身の不調を訴えているように見えてなりません。ストレスチェック制度も、Fさんに都合の良いように利用されるのではないかと恐れています。「Fさんがわざと『高ストレス者』になるように回答して、医師との面接で不調を訴え、深夜業務の就業制限などを勝ち取ったら、私たちはまた夜勤が増えてしまう・・・。」
 Eさんはさらにストレスを募らせます。

 産業医といえども、全社員の普段の様子を知っているわけではないのが普通です。
 会社は個々人のストレスチェックの結果を見ることができませんので、誰を「高ストレス者」とするか、誰に面接指導を案内するか、医師の判断に口を出すことができません。また、面接指導を調整する段階で、会社の窓口となる部署は対象者が誰かを把握することができますが、現場にそれを伝えるわけにはいきませんので、あらためて普段の様子を現場にヒアリングすることも難しいでしょう。
 面接指導の場で、普段の様子をほとんど知らされていない医師が、本人の訴えを鵜呑みにして、本人にとって都合の良い「就業上の措置」を会社に求めることも、ないとは言えないのではないでしょうか。特に、病気による休職では会社が賃金を一定額支給するような「従業員に優しい会社」では、意図的に休職をしたがる人がいないとは言えず、悩ましいところです。

 「現場と、会社のストレスチェック担当窓口」、「会社のストレスチェック担当窓口と、産業医」との、日頃からのコミュニケーションを密にしておくことが求められます。

ケース5

 Gさんは、今の仕事が大好きで、生き生きと働いています。新しい業務にも積極的に取り組み、遅くまで残業した後でも、「飲みに行こう!」と同僚を誘うので、同僚が苦笑いするほどです。休日の急な呼び出しにさえ喜んで対応しています。「自分には仕事のストレスは無縁だね!」Gさんは豪語していますが・・・実はGさんは、家族との関係性に悩みを抱え、自宅に帰るのが嫌なようです。慢性的な睡眠不足や偏った食生活のせいか、今年の健康診断では「要精密検査」の項目が2つもありました。それでもGさんは、家でのストレスから目を背け、「仕事にストレスなんてないよ」と笑いながら、今日も仕事にのめり込んでいます。

 「職業性ストレス簡易調査票」は、あくまでも「仕事」に関するストレスを主にチェックするものですので、その他の要因によるストレスまで把握することは困難です。「周囲からの支援」を問う質問には「配偶者、家族、友人等」の項目もありますが、質問数も少なく、ケースのような、家でのストレスを隠し、「自分にストレスがある」ことさえ認めたくない方が、正直に回答するとは思えません。
 ストレスの原因が職場以外のことであっても、仕事に影響を及ぼすことはあります。家庭内のストレスで仕事に支障が出た人が1人いれば、その周囲の人の職場でのストレスに影響を及ぼすことも十分考えられますので、関係ないとは言えないのですが・・・。

 ストレスチェックは「自己申告」ですので、勤務時間の長さや家族の異動、健康診断の結果等の客観的な情報も含めて見ていかなければ、真の実態把握にはならないのかもしれません。会社では個人が特定できませんので、何ともし難い部分ですが、例えば「ストレスを抱えることは決して恥ずかしいことではない」「ストレスに気付くことが、対処のための第一歩だ」といった、基本的なセルフケア教育を行うことでも、ストレスチェックの効果を高めていけるのではないでしょうか。
 ストレスチェックを受けるか受けないかは、従業員の側で選択できます。ですが、「受けない」「受けたくない」と従業員が思ってしまうこと自体が、既に大きな問題の表れだと捉えるべきだと思うのです。もしかしたら、「労働力を提供できるように心身の健康管理をするのは従業員の義務で、当たり前にやるべきことなのだから、会社がセルフケアの研修などやる必要はない。ストレスチェックを受けないならば、それも従業員の怠慢だ」などと考えている経営者様もいるかもしれません。ですが、現在、従業員がセルフケアをできていない、ストレスチェックを受けていないとわかっていて、それを放置しているのであれば、万が一のことが起きた際、会社は責任を逃れられるでしょうか。会社も従業員も、普通に「やるべきことをやる」ということは、簡単そうでいて、非常に難しいことなのでしょう。

 その他にも、ケースを挙げれば枚挙に暇がありません。

4.ストレスチェック制度を正しく機能させるために

 さて、冒頭で書いたとおり、ストレスチェック制度が目指す目的は、メンタルヘルス不調者の未然防止です。どのケースでも、ストレスチェックはきちんと実施されているようですが、メンタルヘルス不調者の未然防止につながっているでしょうか。いいえ、むしろかえってストレスを増やしたり、ストレスを隠したりしてしまうように感じるのは、私だけではないと思います。

 ケースで挙げただけでも、「会社が従業員から信用されていること」「恒常的な過重労働が放置されていないこと」「会社が本気で職場の環境改善に意欲を持っていること」「ストレスチェックの担当窓口となる人(部署)が、産業医や現場と日頃からコミュニケーションを密にしていること」「自分にストレスがあることを受け入れる下地があること」などなど、ストレスチェック制度をうまく機能させるには、多くの前提条件が必要です。ですが、目的も効果も関係なく、とりあえずマニュアル通りに準備し、マニュアル通りに実施さえすれば、一応「ストレスチェックを実施したこと」にはなってしまいます。「やった気、できた気になりがちな制度」と言えるのではないでしょうか。

 もちろん、今前提が整っていないからといって、ストレスチェックを実施しなくてよいわけではありません。大した結果が出ないならば出ないなりに、ストレスチェックで示された結果が「完全ではない」ことを前提として、「今できること」「今すべきこと」を一つずつでも実行していくことが、結局のところ、職場環境の改善につながり、それがメンタルヘルス不調者の未然防止にもつながっていくのだと思います。

 ストレスチェック制度が、想定されているような流れで効果を発揮する日は遠いかもしれません。ですが、一歩ずつでも、前に向かって進むことが重要なのです。

Back to Top