専門家の集まるBCPカフェ

感染症とBCP~インフルエンザ等や新型感染症への対応~

2025.12.16
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エス・ピー・ネットワークのBCP担当者たちが、最近起きた事象をテーマに座談会形式でざっくばらんに語り合う「BCPカフェ」。個人の防災から職場のBCPまで、様々なテーマについて、企業のBCPご担当者のヒントになるよう、わかりやすく解説していきます。

マスクをした海外の女性
本日の参加者
西尾 BCP担当歴14年目のベテラン担当者。災害対応のみならずカスハラ対応、緊急事態対応など、様々な危機管理に精通した専門家。総合危機管理学会監査役。
大越 記者、広報担当、企業の危機管理専門誌編集長等の経験を経て現在はBCP策定コンサルタント。災害のみならず感染症、海外危機管理、危機管理広報などの様々な分野を担当する。
永橋 損保会社等にて、防災・リスクマネジメント・危機管理等の実務経験を経て現職。災害のみならずERM(全社的リスクマネジメント)や情報セキュリティ等の幅広い知見を持つ。
小田 BCP担当歴6年目の中堅担当者。BCP策定支援や演習支援、研修などを実施。防災士。
植野 BCP担当歴1年目の若手担当者。前職では保育士として防災教育を実施。現在はBCPについて勉強中。防災士。
笹嶋 BCP担当歴3年目の若手担当者。前職は防災関係の研究機関で広報対応に従事。現在はBCP策定や訓練・演習の支援を実施。今回の進行を担当します。防災士。

保育園での感染症対策例について

笹嶋: 今回は植野さんから要望があり「感染症とBCP」というテーマで話します。よろしくお願いします。ただ植野さんの前職が保育士ということで、BCPと呼んでいたのかはわからないですが、職場に感染症のマニュアルはしっかりしたものがあったのではないかと思うのですがどうでしたか。
植野: 感染症についてはしっかりしていましたね。例えば子どもは嘔吐するものなので、私の保育園には「嘔吐セット」が存在していました。「①使い捨てエプロンを付ける「②マスクをつける」というようにマニュアル化され、あなたは処理、あなたは園児の対応という形に分かれて対応していましたね。
笹嶋: それは冬場など関係なく一年中ですか。
植野: 一年中ですね。事前にハイターなどを薄めておいたものを用意しておいて、1日おきに新しい溶液に取り換えて何かあった時には対応できるようになっていました。
笹嶋: 日頃からそこまで準備が出来ていると、例えば新型コロナの時もその延長線上のような心構えで対応していたのですか。
植野: コロナに関してはアルコールで全部対応できていたので、一日の保育終了後、棚や床、おもちゃなど毎日全部アルコール消毒して対応していました。
笹嶋: コロナ前はそこまでではなかったのですか。
植野: コロナ前は毎日の乳児クラスの玩具の消毒と、週に1回の玩具の天日干しくらいでした。コロナ禍になってからは毎日全クラスの玩具、家具を消毒したり感染者が出た部屋は封鎖して消毒、換気をし、その日は使わないようにしたりしていました。
笹嶋: 話を聞いていると、感染症のBCPがわからないと伺っていましたが、感染症対策は普段からしていたし、企業ではないけど事業を継続するための行動もしていたことになるのではないでしょうか。
植野: そうなのかもしれません。ただ企業となると相手が大人なので、例えば体調が悪い場合は出社しないと思うので、そこはやはり違うのかなと思います。
ですので、企業ではどの程度どのあたりまでBCPで対応するのか、感染者に対応するのか、等を皆さんに教えていただきたいと思って今回このテーマを希望しました。

定期的にあらわれる新型感染症

大越: 昔で言うと2000年代初頭のSARS(重症急性呼吸器症候群)や2009年のH1N1タイプの新型インフルエンザなど、新型感染症が大流行しそうな気配はありましたね。
植野: 関西を中心に流行していましたね。当時の知事が学校を休校にしますと言って学生だった私も影響を受けた記憶があります。
大越: あの時にインフルエンザBCPを作らないといけないという流れになって、感染症はBCPの中では比較的メジャーなものとして今も扱われています。
西尾: 過去を見るとSARSの他にもMERS(中東呼吸器症候群)など、大体7年~10年くらいのスパンで新しい感染症が流行していますね。
大越: そういえば小田さんは最近、感染症BCPの策定業務を担当していましたね。
小田: はい。企業の感染症BCPですと、特に店舗や工場の営業判断基準をどうするかあらかじめ策定しておくことで、実際に感染者が発生した際もスムーズに対応できます。
 
具体的には、何人以上が出勤可能だったら営業をするのか、営業するのに不可欠な資格があれば取得している方のリストアップを行うなどです。また、現場ではなく本部にも有資格者がいるのであれば、場合によっては本部から応援に行かせることができます。災害のBCPと同様に、必要な人員のリストアップは感染症BCPを進めていく上でも有効になります。
大越: 私たちが感染症BCPを作成するときによく参照していたのは「介護施設・事業所における感染症発生時の業務継続ガイドライン」(厚生労働省)ですね。やはり介護事業者などはかなり厳しく書いてあり、フローチャートなどもきちんとしていて、よく使わせていただきました。
定期的に更新されていますが最新版が令和6年3月改訂なので、内閣感染症危機管理統括庁令和6年7月に新しく公表された「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」には対応していませんね。
西尾: 今の感染症法上だと、例えば新型インフルエンザ感染症は2類相当になるので、検査などやらないといけないことが多い。それがコロナの場合だと、季節性インフルエンザと同じ5類に下がった途端、みなさん関心がなくなっていき日常に戻っていきました。
笹嶋: 現在では新型コロナに感染しても例えば1週間自宅療養、出勤停止などインフルエンザのような対応になりましたね。
西尾: 1類感染症はエボラ出血熱やペストなど危険性が高いもので1類感染症になると建物の封鎖なども可能になります。(参考:感染症法における感染症の性格と主な対応・措置(山形県))2類感染症だと状況に応じて入院や就業制限、消毒などの対物措置となります。今回の新型コロナは「新型インフルエンザ等感染症」になっていたため2類感染症相当の対応をしました。
大越: 例えば1類感染症のエボラ出血熱が日本に入ってきた場合は間違いなく外出禁止になりますね。
西尾: ただこれだけ観光客が増えているので、知らない間に未知の病原体が日本に上陸している可能性だってありますよ。

【ポイント】

  • 新型感染症は約10年に1回程度のスパンで流行します。災害のBCPと併せて感染症BCPの整備もしておきましょう。

帰宅困難者の感染と、パンデミック下での避難所運営

植野: これまではBCPの話でしたが、避難所運営や、業務継続でいう帰宅困難者対策の中での感染症はどのような対応をしたらいいのでしょうか。
西尾: まず、パンデミック下での対応と、いわゆる避難所での災害対策は切り分けて考える必要があります。新型コロナウィルス、新型インフルエンザのような国家規模で社会全体が影響を受けている感染症と、避難所単位で蔓延している感染症では性質が違います。避難所単位であれば最悪、避難所で隔離すればそれでいいことになります。
永橋: 少し補足します。帰宅困難者対策として、災害が発生した場合、3日間は社内に留まることになります。その3日間で感染した場合、どこでどのように隔離するのか、ということが感染症対策になります。
 
パンデミック下での避難所感染という話題では、国の方で治療のルートがある程度決まっていて、その感染症の治療をするために感染者をどう動かすのかという話になっていきます。なので「帰宅困難者が感染した」というのと、「社会全体でパンデミックが起きている中で帰宅困難者が感染している」ということは、分けて考える必要があります。
植野: 今まで混ぜて考えていました。
大越: コロナの時に大地震が来ていた場合は、パンデミック下での対応ということになりますね。日本医師会が「新型コロナウィルス感染症時代の避難所マニュアル」という資料を公表していて、そこにはパーテーションをしましょう、ゾーニングをきちんとしましょう、感染者と発熱者の経路を分けましょうということも書いてあります。
西尾: 話題になったダイヤモンド・プリンセス号ではこれが十分ではなくて感染が広まってしまいました。
植野: ダイヤモンド・プリンセス号の中にはゾーニングの考えを持っている方が少なかったのですか。
西尾: 船の中なので動線も限られるなどゾーニングをするにも限度はありましたが、ゾーニングは、感染者対応の基本中の基本です。企業でも、まずはゾーニングをしっかりするというのが基本になります。
植野: ではこうした知識を皆さんに広めていくのが重要ということでしょうか。
大越: 実際に植野さんも知らなかったように、こうした帰宅困難者の感染者の対応の資料はたくさん出ているので日頃から勉強しておくことが重要になりますね。
植野: いつ何時発生するかわかりませんからね。
大越: 災害もそうですが、担当者はまずこういった正しい知識をつけて、日頃から備蓄もしておいて、慌てないようにする、ニュースがあったから慌ててみんなで買いに行くなんてことがないように企業の担当者は注意しておくことが基本です。

【ポイント】

  • 感染者対応の基本はゾーニング!
  • BCP担当者が日頃からできることとしては、公的資料の確認や、情報収集を通して感染症について学び、備えておくこと

AAR(対応検証報告書)のススメ

大越: 今こうやって話しているだけで、前こういうことがありましたね、という話が出てきますよね。我々が勧めているのは、AAR(対応検証報告書)を作ってもらいたいということです。今のうちに自分たちがどういった対応をとっていたのかを記録をしてほしい。
植野: 確かに忘れていましたね。あの頃マスクしてたな、くらいの記憶です。
大越: 西尾さんも言っていましたが何年かするとまた新しい感染症が流行し、次回も同じようなことが起こるので、前回はどういうことをやって、どういうことが必要で、パーテーションはいつ設置して、というのは記録をとっておいた方が良いですよね。私が以前勤めていた出版社ですが、2010年に「10年後の危機管理担当者が困らないために インフルエンザ新型の記録を残せ」という特集を組んでいるんです。もう15年くらい前から同じようなことはずっと言われていたわけです。
植野: まさにこの特集の10年後に新型コロナが流行したんですね。
大越: そうですね。そして我々は今回の事を記録に残しておきましょう、と15年前と同じことを言ってるということです。
永橋: 先ほどAARの話がありましたが、一般社団法人では、コロナ禍にそれぞれのシーンで実際に各社が何をやってきたのか、何をすることが望ましいかをリスト化した資料があります。
大越: この資料は公開しているのですか。
永橋: レジリエンス協会のホームページで公開しています。必要であれば、当時のもので少し古い資料になりますが公開資料になっているので出典を明記してもらえればどんどん使っていただいて問題ありません。
大越: 素晴らしいですね。どうしたら良いのか、が当時論争になっていた時期があったので、こうして前回はどうしたかが残っているのは次回ゼロベースで考えていくより参考になります。

【ポイント】

  • 新型感染症の時の対応がすぐ思い出せるよう、AAR(対応検証報告書)を作成して記録を残しましょう。

※参考 AAR詳細

まとめ

西尾: 企業の皆さんもコロナの事はすっかり忘れていると思います。お伝えしたいのは、まずAARは大事だということです。断片的でも良いので当時の記録を時系列で整理しておきましょう。
笹嶋: それは今からでもですか。
西尾: 今からでもです。まだ覚えているうちに。あとまた5年くらいしたら新しい感染症が来るかもしれませんよ。
植野: 懐かしいなとなっているうちに、そんなことあったかな、となる前に。ということですね。
笹嶋: いつ頃パーテーションを設置した、いつ頃マスクを購入した、など細かいことはもう覚えていないかもしれないけれどもまずは記録をしてほしいですね。
大越: 西尾さんの言うように乗り越えた経験というのは財産ですから。
西尾: もう一つは、パンデミックには流れが必ずあるので、そこの情報収集が大事になります。ヒト-ヒト感染が判明したり複数国で感染が判明したり、そういう情報を仕入れることで、じゃあマスク買おう、アルコール消毒を買おう、となれます。
植野: 企業の担当者になったら、ニュースを確認するのも大事ですが先を読んだ動きが出来ると安心して活動できるということですね。
西尾: あと教訓として残しておきたいのは「新型」なので何が起きるのか、どんな毒性なのか、どれくらい感染力があるのかが全くわからなかったわけです。それがわかるのはある程度患者が出てきて、調査をして徐々にわかっていくわけです。しかしその間も感染は続いていくのだから、まずは安全策をとらないといけないということです。前例がないから「新型」なんです。
 
コロナ禍でも最初のころ「それは確実な情報なのか」「エビデンスはあるのか」という論調も一時期ありましたがそれを待っていられないので予防として安全策をとっていくということが重要です。そしてみんな手探りの中やっていくので様々な情報が飛び交います。そのため、日本でいえば国立感染症研究所のような信頼できる機関の情報を信じて、デマに振り回されないようにすることも大切です。
植野: どこの企業であっても、最新の情報を正しいところから入手して、予測と予防をしておくのが大事ということですね。

【まとめ(ポイントの再掲)】

  • 新型感染症は約10年に1回程度のスパンで流行します。災害のBCPと併せて感染症BCPの整備もしておきましょう。
  • 感染者対応の基本はゾーニング!
  • BCP担当者が日頃からできることとしては、公的資料の確認や、情報収集を通して感染症について学び、備えておくこと
  • 新型感染症の時の対応がすぐ思い出せるよう、AAR(対応検証報告書)を作成して記録を残しましょう。

※「BCPカフェ」では、BCP担当者たちに扱ってほしい防災・BCPに関するテーマを随時募集しております。

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