天災は、忘れぬうちにやってくる!これから始めるBCP

私たちはなぜうまく避難できないのだろう
~「正常性バイアス」の一言で片づけてはいけない、水害避難の難しさ

2021.08.30
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総合研究部 専門研究員 大越 聡

大雨浸水被害のイメージ画像

地球温暖化の影響などにより近年多発する水害。ここ数年だけでも毎年のように深刻な水害が発生している。今年も7月1日から3日にかけて梅雨前線の停滞により東海地方から関東地方南部にかけて記録的な豪雨が降り注ぎ、特に静岡県熱海市伊豆山地区で大規模な土砂災害が発生。消防庁の発表によると死者22人、負傷者5人、負傷者3人という被害を出した。県は急激な土地開発に伴う「盛り土」が被害を拡大させたのではないかと、現在も調査を進めている。まずは今回の水害でお亡くなりになった方のご冥福をお祈りするとともに、一刻も早い被災地の復旧を願っています。

▼令和3年7月1日からの大雨による被害及び消防機関等の対応状況(第31報)

8月には11日から21日ごろにかけて日本列島周辺に停滞した前線の影響で、西日本から東日本の広い範囲で大雨が発生。気象庁は広島県、長崎県、佐賀県、福岡県に大雨特別警報を発表した。九州地方や中国地方では土砂災害による人的被害の発生、河川氾濫に伴う家屋等の浸水など、多数の被害が発生した。同じく総務省消防庁のまとめによると、今回の大雨により死者12人、負傷者16人の人的被害が発生している。7月の豪雨もあわせ、家屋被害についてはいまだに調査中だ。

▼令和3年8月11日からの大雨による被害及び消防機関等の対応状況(第18報)

特に佐賀県嬉野市では8月11日から降った雨が3日強で1000ミリという筆者がこれまで見たことのない数字を記録した。8月の1カ月に降る量の3.6倍に当たり、年間に降る降雨量の約4割にあたるという。

実は水害多発傾向は日本だけのものではない。中国では近年毎年のように水害で数百人規模の死者が発生しているほか、今年7月にはドイツ西部に豪雨が降り注ぎ洪水が発生。183人もの犠牲を出した。過去59年間で最悪という今回のモンスター水害に対し、メルケル首相は「気候変動が原因」と断定し、対策を誓う。8月18日には米ノースカロライナ州で豪雨と竜巻により35人が安否不明だ。

米ニューヨークタイムスは「気候変動により地球村に安全地帯はない」と警鐘を鳴らす。今後も必ず水害は発生すると考え、対策が必要だ。以下、近年の日本国内の主な水害について振り返ってみる。

令和2年7月豪雨(2020年7月3日~7月31日)

2020年7月は、長期にわたり梅雨前線が本州付近に停滞し、西方と南方から流入する大量の水蒸気が九州を中心に西日本から東日本にかけて集まりやすい状態が続いたことなどが原因で、東北地方から西日本にかけて広い範囲で記録的な大雨や日照不足となった。特に3日から8日にかけては、九州で多数の線状降水帯が発生した。鹿児島県薩摩地方・大隅地方で3日夜から4日朝にかけて、熊本県南部では4日未明から朝にかけて、局地的に猛烈な雨が降り、気象庁は4日4時50分に大雨特別警報を熊本県・鹿児島県に対して発表した。このとき熊本県天草・芦北地方や球磨地方付近には、幅約70km、長さ約280kmの大規模な線状降水帯が発生していた。死者82人、行方不明4人、負傷者29人にのぼり、全壊319棟、半壊2009棟、一部破損2230棟。

令和元年台風19号(2019年10月6日~10月13日)

台風は平年よりも高い海水温の領域を通過しながら急速に発達し、7日18時には、同時刻までの24時間での気圧低下77hPaを記録。発生からわずか39時間で中心気圧915hPaとなり、猛烈な勢力に発達した台風の接近により、関東甲信地方、静岡県、新潟県、東北地方では、各地で3時間、6時間、12時間、24時間の降水量が観測史上1位を更新するなど、記録的な大雨となった。もっとも人的被害が大きかったのは福島県で、死者は30人に及んだ。全国では死者105人負傷者375人行方不明者3人となった。

平成30年7月豪雨(2018年6月28日~7月8日)

梅雨前線に向かって南から暖かく湿った空気が大量に流れ込んだのが主因で、台風7号も影響。6月28日から7月8日までの総降水量が四国地方で1800ミリ、東海地方で1200ミリを超えるなど、7月の月降水量平年値の2~4倍となる大雨となったところがあった。また、九州北部、四国、中国、近畿、東海、北海道地方の多くの観測地点で24、48、72時間降水量の値が観測史上第1位となるなど、広い範囲における長時間の記録的な大雨となった。各地で河川の氾濫、浸水害、土砂災害等が発生し、広島県、岡山県、愛媛県を中心に死者・行方不明者が多数となった。死者224人、行方不明者8人。住家全壊6758棟、半壊1万878棟、一部破損3917棟、床上浸水8,567棟、床下浸水21913棟。

平成29年7月九州北部豪雨(2017年6月30日~7月10日)

梅雨前線や台風の影響で西日本から東日本を中心に局地的に猛烈な雨が降り、福岡県、大分県を中心に大規模な土砂災害が発生。死者40人、行方不明2人。1600棟を超える家屋の全半壊や床上浸水。

平成27年関東・東北豪雨(2015年9月7日~11日)

台風から変わった低気圧に向かって暖湿気流が流れ込み、西日本から北日本にかけての広い範囲で大雨。14人死亡。鬼怒川の堤防決壊で家屋が流出等するなどして7000棟以上の家屋が全半壊、床上・床下浸水1万5000棟以上。

平成26年8月豪雨(2014年7月30日~8月20日)

相次いで接近した2つの台風と停滞前線の影響で広範囲に記録的な大雨。広島市では、次々と発生した積乱雲が一列に並び集中的に雨が降り続く現象が発生し、土石流や崖崩れが多発、災害関連死も含む死者77人、家屋の全半壊396棟などの被害。

水害に遭遇してしまったときの5つのポイント

以前、本コラムで水害に遭遇してしまったときの5つのポイントについて掲載している。企業のなかには残念ながら従業員の家族が被災してしまったものもいるだろう。また、繰り返しになるが今後も同様の豪雨は毎年のように発生も予想されている。被災していない企業のBCP担当者や危機管理担当者も、ぜひ今回の水害を「自分ごと」としてとらえ、読んでほしい。

▼【緊急レポート】 従業員の家が水害で被災してしまったときに必ず伝えてほしい5つのポイント ~保険証、通帳は無くなっても大丈夫。被害写真は、自分が思う3倍は撮っておこう!~

残念ながら水害に遭われてしまった方々で、未だに避難所で眠れぬ夜を過ごしている方もいるだろう。水害における片づけで最も重要なのは、「乾燥と清掃(消毒)」だ。特に床下部分は、目安として1カ月くらいじっくりと乾燥させる必要がある。十分に乾燥させないと、後に床下や壁裏などにカビが発生し、生活に支障が出ることがあるからだ。また、被災直後は下水道・ガスなどのライフラインも止まっているため、思うように作業はできない。これから長丁場を覚悟して、まずはじっくり休み、情報を収集しながら生活を再建するためのプランを練っていただきたいと思う。

水害における事前避難の重要性

水害のたびに言われるのが、事前避難の重要性だ。現在は気象学とテクノロジーの発達により、天気予報の正確性が長期・短期に渡り改善されてきた。台風や豪雨の時に重要なのは、最も被害が大きくなってから避難するのではなく、できればまだ天気の良いときに避難してしまうことだ。

避難とは、「難」を避けることであり、避難所にいくことだけではない。自宅がハザードマップなどを確認して十分に安全なところにあれば、自宅で過ごすことが良い場合もある。安全な地域の友人や親せきの家に避難することもあるだろうし、ホテルに避難することもあるだろう。自分にとって最も快適に過ごせる避難場所をあらかじめ探しておくことも、重要な家族の防災計画だ。

▼台風・豪雨時に備えてハザードマップと一緒に「避難行動判定フロー」を確認しましょう(内閣府防災)

それでも、「何十年も生きてきて、こんなことはなかったので逃げれなかった」「土砂災害に縁のある場所だと思っていなかった」と、避難が遅れる人は後を絶たない。専門家はそれを「正常性バイアス」と呼ぶ。正常性バイアスとは認知バイアスの一種で、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう人間の特性のことだ。

東日本大震災の時にも多くの津波避難情報が流れるなか、「防潮堤もあるし、ここまで津波が来ることはないだろう」と考えてしまう人が多かったという。もちろん、日常生活のなかにも様々なリスクは潜んでおり、それらすべてを心配していては人間の生活自体が困難になる。それらから身を守りつつ平静を保つために、正常性バイアスは必要な心の作用ともいえる。しかし、災害時などの非常時に正常性バイアスが必要以上に働いてしまうと、危険な状態にあっても「自分は大丈夫だ」と思いこみ、必要な避難ができなくなる可能性がある。

これに対して、最近では「避難スイッチ」が重要といわれている。災害時にはどこかの時点で「今は危険な状態である」ことを認識し、心の中でスイッチを入れなければいけないというものだ。自治体が発する「避難指示」などがこれに当たるだろう。

私たちはなぜうまく避難できないのだろう~「正常性バイアス」の一言で片づけてはいけない!

広島県は2020年2月、「私たちはなぜうまく避難できないのだろう~平成30年7月豪雨を体験した住民たちの証言から考える」と題した小冊子を発行した。

▼行動事例集「私たちはなぜうまく避難できないのだろう~平成30年7月豪雨を体験した住民たちの証言から考える」(広島県)

ここにはとても丁寧な日本語で、住民たちの「避難がうまくできなかった理由」についての証言が記載されている。その大きな理由としては、以下が挙げられている。

  1. 危険を察知できなかった
    • きっと自分は大丈夫だと思っていた。だって、今までも大丈夫だったから。
    • 玄関へ行ったら既に床の下まで水が。玄関に行くまで危険なことに気づかなかった。
  2. 避難することを決められなかった
    • 行ったこともない避難所に行くのが億劫だった。
    • 足の不自由な家族やペットがいるので、避難するかどうか迷った
    • 一人では避難を決断できなかった
    • 周りの人が避難していないので大丈夫だと思った。
  3. 避難先に行く途中にも、危険があった
    • 車で避難しようとしたが、道路が冠水していて勢いのある水に流されそうになった。
    • 避難しようと外に出ると道路に水があふれ、移動すること自体がとても危険だった。
  4. 帰宅経路と自宅の安全性を十分に確認せずに帰宅した
    • 雨が止んだので、もう大丈夫だろうと思い自宅に戻ろうと帰路についたら、途中で水かさが増してきた。逃げられなかった。

冊子では、なかでも「周りの人が逃げなかったから逃げるタイミングを失った」とする人が非常に多かったことを挙げ、まずは自分が避難する「率先避難」の重要性を説いている。防災の専門家は「正常性バイアス」と一言で現象を説明してしまうのではなく、この冊子のように丁寧にコミュニケーションを取っていくことが非常に重要なのではないだろうか。

東北地方では、津波が発生したら「津波てんでんこ」と教えられてきたという。「津波が来たら、取るものも取りあえずまず自分が率先して高台に逃げろ」という意味だが、これは単に「自分だけが助かればいい」というものではない。

京都大学巨大災害研究センターの矢守克也教授は、「津波てんでんこ」について次の4つの意味を多面的に織り込んだ重層的な用語であることを、東日本大震災やその他の津波避難事例に関する社会調査のデータ、そして集合行動に関する研究成果をもとに明らかにしている。

  • 自助原則の強調(「自分の命は自分で守る」)…津波から助かるため、人のことは構わずに、てんでんばらばらに素早く逃げる。
  • 他者避難の促進(「我がためのみにあらず」)…素早く逃げる人々が周囲に目撃されることで、逃げない人々に避難を促す。
  • 相互信頼の事前醸成…大切な他者と事前に「津波の時はてんでんこをしよう」と約束し、信頼しあう関係を深める。
  • 生存者の自責感の低減(亡くなった人からのメッセージ)…大切な他者とてんでんこを約束しておけば、「約束しておいたから仕方がない」と罪悪感が減る。

まさに「率先避難」をあらわすものだが、これらのことは企業のBCPについても同様のことがいえるのではないだろうか。リーダーたちがまず率先して避難行動をとることにより、その他の従業員も避難がしやすくなるだろう。災害時の「率先避難」の在り方について、ぜひともBCP担当者の間でも検討して欲しい。

(了)

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