暴排トピックス

IR基本方針(案)の公表~IRからの反社会的勢力排除を中心に

2019.09.10
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取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

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1.IR基本方針(案)の公表~IRからの反社会的勢力排除を中心に

国交省は、統合型リゾート施設(IR)の建設地や事業者選定の前提となる「基本方針(案)」を公表し、パブリックコメント(意見公募)の手続きを始めました。IRについては、「国際的なMICEビジネスを展開し、日本の魅力を発信して世界中から観光客を集め、来訪客を国内各地に送り出すこと」により、「国際競争力の高い魅力ある滞在型観光」を実現」することを目指し、「2030年に訪日外国人旅行者数を6,000万人、消費額を15兆円とする政府目標達成」を後押しすることとを掲げ、「都道府県等は、実施方針を作成し、公正性・透明性を確保して、民間事業者を公募・選定」すること、「地域における十分な合意の形成」や「犯罪発生の予防、青少年の健全育成、依存防止のための施策及び措置を確実に実施」することなどを求めています。そのうえで、評価基準として、「国際競争力の高い魅力ある滞在型観光の実現」「経済的社会的効果」「IR事業運営の能力・体制」「カジノ事業収益の活用」「カジノ施設の有害影響排除」の5つの項目が明記されています。IRは2020年にも全国で最大3カ所が認定され、施設の整備が始まり、開業は2020年代半ばと見込まれています。いよいよ、自治体による基本方針を踏まえた事業者の公募と選定の作業が本格化することになります。

なお、基本方針(案)が公表される直前に立候補を表明、一躍最有力候補に躍り出た横浜市は、同市中区の山下公園に隣接する山下ふ頭(47ヘクタール)を候補地に、2021年度頃に国に申請する区域整備計画を策定し、開業のめどは20年代後半としています。報道によれば、IR参入に前向きな複数の事業者から計画を聞き取った結果、経済波及効果は年6,300億~1兆円だとされており、その社会的・経済的効果の大きさが期待される一方で、候補地の山下ふ頭を拠点とする港湾事業団体「横浜港運協会」の藤木幸夫会長が立ち退きを拒否することを明確に表明しているほか、市民説明会でのアンケートでも反対意見が多数を占めるなど、まだまだ紆余曲折が予想されるところです(このような状況は、基本方針(案)において示された「地域における十分な合意形成の確保」に大きな課題があることになります)。

▼観光庁 特定複合観光施設区域の整備のための基本的な方針(案)

以下、公表された基本方針(案)から、反社会的勢力排除を中心とする本コラムの領域に関連する事項について、抜粋して紹介します。

【特定複合観光施設区域の整備の意義】

都道府県等(IR整備法第6条第1項の都道府県等をいい、区域整備計画の認定を受けた後にあっては、IR整備法第10条第2項の認定都道府県等をいう。以下同じ。)をはじめとする地域の関係者及びIR事業者(IR整備法第5条第2項第3号の設置運営事業者等をいい、区域整備計画の認定を受けた後にあっては、IR整備法第10条第2項の認定設置運営事業者等をいう。以下同じ。)が日本型IRの意義を理解し、及び共有した上で、以下が極めて重要な前提条件である

  1. 観光や地域経済の振興、財政の改善への貢献を図る観点から、長期間にわたって、安定的で継続的なIRの運営が確保されること、
  2. 民間事業者の活力と創意工夫が活かされるとともに、カジノ事業の収益の適切な公益還元の観点から、カジノ事業の収益を活用したIR施設の整備その他IR事業の事業内容の向上や、都道府県等が行う認定区域整備計画に関する施策への協力が図られること、
  3. 犯罪防止、治安維持、青少年の健全育成、依存防止等の観点から、カジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除が適切に行われること

【IR施設のあり方 (7)カジノ施設】

国内外から子どもを含めた多くの者が訪れるIR区域においては、カジノ施設に関連する犯罪やトラブルを防止することや、IR区域全体として清浄な風俗環境を保持し、IR区域を訪れる者の安全安心を確保することが極めて重要である。

【IR事業のあり方 (3)IR事業者の廉潔性確保】

IR事業者は、カジノ事業の免許を得るまでに進める準備(IR施設の建設、調達等に係る契約、各種行為準則の策定、従業員の雇用・教育など)の段階から、その役員、株主等、従業員、契約の相手方等からの反社会的勢力の排除の徹底に取り組むことが必要である。

【注】IR事業者の廉潔性を確保するために、準備段階からあらゆる関係者から反社会的勢力排除が求められている点は注目すべき点といえます。これからIR事業者においても協業すべき相手の選定が始まりますが、中途で問題が発覚した場合のダメージを想定すれば、本実務は、選定等が本格化する現時点から厳格に行うべきだといえます。

【IR事業のあり方 (4)事業者によるカジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除を適切に行うための措置】

IR事業者は、区域整備計画において定める事業基本計画において、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(平成3年法律第77号)第2号第6号に規定する暴力団員又は同号に規定する暴力団員でなくなった日から5年を経過しない者(以下「暴力団員等」という。)のカジノ施設への入場の禁止、マネー・ローンダリング防止のための措置、20歳未満の者のカジノ施設への入場禁止、日本人や外国人居住者を対象とした一律の入場回数制限や入場料の賦課、依存防止規程に基づく利用制限措置や相談窓口の設置をはじめとする依存防止のための措置、日本人等に対する貸付業務の規制や広告及び勧誘の規制など、IR整備法に基づき取り組むことが求められるカジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除を適切に行うための措置を盛り込むとともに、これを着実に実施しなければならない。なお、IR事業者は、依存防止のための措置の実効性を確保するため、カジノ施設周辺において貸付機能を有するATM等を設置することや、IR区域内において新規与信機能を有する貸金業の端末等を設置することは認められない。また、公営競技やぱちんこなどのギャンブル等の施設は、カジノ施設と相まって射幸心をそそるおそれやカジノ規制による依存防止のための措置の実効性を失わせるおそれのあるものであることから、IR区域内に設置することは認められない。

【注】暴力団員や暴力団員でなくなった日から5年を経過しない者(暴力団員等)のカジノ入場施設への入場の禁止のためには、証券業界や銀行等がすでに接続している警察庁のDB(データベース)の活用が(あるいは都道府県公安員会等との連携なども)考えられるところですが、IR事業者とのDB接続については現時点ではハードルが高いことや、接続できても「精確な回答」までに時間を要すること、本人確認の方法など、速やかな入場禁止措置の手段としては課題が多いことも事実です。一方、当社のような民間の反社会的勢力に関するDBを活用する場合、本人かどうかの「同一性」をどの程度の情報で判断するか、(警察の情報提供による根拠が不十分な中で)タイムリーにその場からどのような形で排除するのか(同一性や排除の根拠を巡るトラブルが考えられ、実務的にどう対応すべきか)など、今後、十分な検討が必要と思われます。

【選定基準(カ)IR事業者の組織体制に関する事項】

選定された民間事業者は、都道府県等と共同して作成する区域整備計画が認定された場合は、カジノ事業の免許の申請を行うこととなるため、選定の段階においても、カジノ事業の免許の基準を踏まえ、可能な範囲で民間事業者の適格性につき確認を行うことが必要であること。そのため、選定基準には、民間事業者の役員(当該民間事業者がまだ設立されていないときであって、当該民間事業者の役員となる予定の者があるときは、当該者)及び当該民間事業者の株主又は社員(当該株主又は社員が法人である場合は、当該法人の役員。以下同じ。)が暴力団員等に該当しない者であることなど、IR事業者がカジノ事業の免許を取得する上での欠格事由が存在しないことを、基準の一つとして含むこと。また、民間事業者の役員及び当該民間事業者の株主又は社員に、カジノ事業の免許を取得する上での欠格事由が存在しないことについて、民間事業者による表明・確約書を提出させること。さらに、暴力団員等の排除等の観点から、都道府県公安委員会への照会や、必要に応じて民間の調査会社等への調査の委託等を行うこと。加えて、民間事業者において、反社会的勢力との関係を遮断し、反社会的勢力による被害を防止するため、行動指針を作成するなど適切な措置を講ずる予定であることについて確認を行うこと。

【注】民間事業者の役員・株主・社員に欠格事由が存在しないことを担保するために「表明・確約書」の提出が求められている点は当然としても、「民間の調査会社等への調査の委託等」について明言されている点が注目されます。なお、この点については、専門性の高い第三者による客観的な廉潔性の証明が有効となるためには、「民間の調査会社の質」自体が問われることになり、自治体としてはそこから検討を始めるべきだと指摘しておきたいと思います(残念ながら、第三者割当増資等の場面でも、民間の調査会社を起用して割当先等が反社会的勢力と関係がないことの確認を行うものの、調査会社の調査スキルや調査の深度の問題(不十分な調査は反社会的勢力の存在を認知できないことに直結します)や、事業会社と癒着したお手盛りの調査結果(本来は問題があるにもかかわらず問題がないとする)を踏まえた開示など、高度な廉潔性を担保するだけの資格のない調査会社も散見される状況です)。なお、IR事業者となろうとする事業者レベルであれば「行動指針」等の適切な措置は当然のことであり、むしろ、「認知」「判断」「排除」の各プロセスにおける、十分かつ具体的な対応要領等がマニュアル等の形で明文化されているか、それらの実務が十分にこなれて運用されている「実績」があるか、などまで踏み込んだ確認が求められると思われます。

【事業基本計画(IR整備法第9条第2項第4号関係)(エ)IR事業者の組織体制に関する事項】

カジノ事業の免許を得るまでに進める準備(IR施設の建設、調達等に係る契約、各種行為準則の策定、従業員の雇用及び教育等)の段階からIR整備法第41条に基づく免許の基準、第97条に基づく契約の認可の基準、第116条に基づく従業者の確認の基準等を念頭に置いた反社会的勢力の排除等に徹底的に取り組むための措置を記載しなければならない。

【注】前述のとおり、現時点から反社会的勢力排除に厳格に取り組み、その組織体制で十分な「実績」を積み重ねておく必要があるといえます。

【事業基本計画(IR整備法第9条第2項第4号関係)(カ)カジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除を適切に行うために必要な措置】

IR事業者が実施する、カジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除を適切に行うために必要な措置を、その費用の見込みも含め、できる限り具体的に記載しなければならない。なお、それらの措置には、以下の内容を含める必要がある。

  • 暴力団員等のカジノ施設への入場の禁止、マネー・ローンダリング防止のための措置、20歳未満の者のカジノ施設への入場禁止、日本人や外国人居住者を対象とした一律の入場回数制限や入場料の賦課、依存防止規程に基づく利用制限措置や相談窓口の設置をはじめとする依存防止のための措置、日本人等に対する貸付業務の規制や広告及び勧誘の規制など、IR整備法に基づき取り組むことが求められるカジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除を適切に行うための措置を記載しなければならない
  • 都道府県公安委員会との情報共有及び連絡体制の構築、治安維持のための防犯カメラの設置、防犯上の観点も踏まえたIR施設のレイアウトの設計、自主警備のための体制の確保、地域の住民等からの苦情等を受け付ける体制の整備など、IR区域における犯罪の発生の予防のための措置を記載しなければならない。また、IR区域には多数の外国人が来訪することを踏まえ、外国語にも対応できる警備員の配置などについての措置も含めて記載しなければならない

【注】防犯上の観点からのレイアウト設計や苦情受付体制の整備などが列記されているこれらの項目を見る限り、「有害な影響の排除を適切に行うために必要な措置」について事業計画に盛り込む際に、相当具体的な対応要領を検討しておく必要性を感じさせます。なお、本内容からは、「暴力団員等のカジノ施設への入場の禁止」においても、「都道府県公安員会との情報共有及び連絡体制の構築」が求められているように見えますが、前述したとおり、暴力団員等の認定のあり方、排除の具体的なあり方とあわせ、今後の大きな課題だといえます。

【事業基本計画(IR整備法第9条第2項第4号関係)オカジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除を適切に行うために必要な施策及び措置に関する事項(IR整備法第9条第2項第7号関係)】

都道府県等は、次の(ア)から(エ)までに掲げる事項を含め、カジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除を適切に行うために必要な施策及び措置について、その費用の見込みも含めて記載しなければならない。

    • (ア)犯罪の発生の予防、善良の風俗及び清浄な風俗環境の保持
      • IR区域及びその周辺地域における商業施設、繁華街、住宅、学校などの立地状況を踏まえつつ、犯罪の発生の予防、秩序の維持、善良の風俗及び清浄な風俗環境の保持に万全を尽くすための施策及び措置を記載すること。具体的には、国内外から多くの旅行者が来訪することを踏まえ、都道府県公安委員会と適切に連携しつつ、防犯体制の強化、犯罪発生時はもとより平時からの情報共有及び連絡体制の確保、防犯訓練における協力体制の確保、暴力団等の排除のための連絡体制の確保などの取組について記載すること。また、IR区域の周辺地域において、その地域の状況に鑑み、性風俗関連特殊営業の規制(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(昭和23年法律第123号)第4章第1節に定めるものをいう。以下同じ。)等を適切に講ずる旨を記載すること。
    • (イ)青少年の健全育成(省略)
    • (ウ)カジノ施設に入場した者がカジノ施設を利用したことに伴い受ける悪影響の防止(省略)
    • (エ)実施体制(省略)

【注】前述のとおり、都道府県公安員会との連携の重要性が記載されており、有事のみならず平時からの連携、暴力団等の排除における連携が求められています。防犯訓練という平時からの連携など具体的な例示がある点に驚かされますが、たとえば、暴力団排除のための平時からの連携については、やや漠然としていると感じます。

【IR事業者の適格性に関する添付書類】

都道府県等は、IR事業者の適格性を担保するため、(ア)IR事業者の役員及び株主又は社員について、①カジノ免許を取得する上での欠格事由が存在しないことに係るそれらの者による表明・確約書、②暴力団員等が含まれないことを示すための都道府県公安委員会への照会に係る回答書、③暴力団員等が含まれないことについて調査会社等の調査を委託した場合にはその報告書を、また、(イ)IR事業者において、反社会的勢力との関係を遮断し、反社会的勢力による被害を防止するため、行動指針を作成するなど適切な措置を講ずる予定であることを明らかにする書類を、区域整備計画と併せて、国土交通大臣に提出しなければならない。

【要求基準 基本方針への適合(IR整備法第9条第11項第1号関係)(キ)】

①IR事業者の役員及び株主及び社員について、(ⅰ)カジノ事業の免許の欠格事由が存在しないことにつきそれらの者による表明・確約書、(ⅱ)暴力団員等が含まれないことを示すための都道府県公安委員会への照会に係る回答書、(ⅲ)暴力団員等が含まれないことについて調査会社に調査を委託した場合にはその報告書、また、②IR事業者において、反社会的勢力との関係を遮断し、反社会的勢力による被害を防止するため、行動指針を作成するなど適切な措置を講ずる予定であることを明らかにする書類が添付されていなければならない。

【注】これまで確認してきた反社会的勢力排除に関する取り組み内容を添付書類として提出することが求められていることが示されています。前述したとおり、その内容は要求される水準の高さから、相当精緻なものが求められているといえると思います。

【評価基準 オカジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除】

最新の技術を活用したカジノ施設及びIR区域内の適切な監視や警備、国内外の最新の知見やベストプラクティスを踏まえた依存防止対策の強化その他のカジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除を行うために必要な施策及び措置が、確実かつ効果的に講じられることが求められる。

【注】有害な影響の排除のために「国内外の最新の知見やベストプラクティスを踏まえた必要な施策および措置」の中に、反社会的勢力排除も含まれると考える必要があり、IR事業者として選定された時点で「最高レベル」のチェックや取り組みを行っているとしても、(1)「中間管理」(適切な事後検証、継続的な顧客管理、定期・不定期のチェック)も当然に求められていること、(2)チェック体制やチェック手法を不断に見直し、「最新の知見やベストプラクティス」を反映させていくこと、が求められていると捉えるべきだと思います。反社会的勢力の存在の不透明化や手口の巧妙化の進展に対応し、廉潔性を高く保ち続けるためには当然必要なことといえます。

【設置運営事業等の具体的な実施体制及び実施方法に関する事項(施設供用事業が行われる場合には、施設の管理その他の事項に係る認定設置運営事業者と認定施設供用事業者との間の責任分担及び相互の連携に関する事項を含む。)(IR整備法第13条第1項第1号関係)】

次に掲げる事項をその内容に含めることが求められる

  • IR事業者の役員及び当該IR事業者の株主又は社員について、暴力団員等の排除に関する措置、カジノ事業の免許の欠格事由が存在しないことにつきそれらの者の表明・確約書を提出させるなどIR事業者の適格性を担保させるための措置及び当該措置に違反した場合の措置
  • IR事業者がカジノ事業の免許を取得する前及び取得した後の取引先又は委託先について、暴力団員等の排除に関する措置、カジノ事業の免許の欠格事由が存在しないことにつきそれらの者の表明・確約書を提出させるなどIR事業者の適格性を担保させるための措置及び当該措置に違反した場合の措置

【注】前述の「中間管理」の重要性と当然とるべき措置について言及されていますが、あわせて「当該措置に違反した場合の措置」についてもあらかじめ検討しておくべき事項として盛り込まれています。そもそもIR自体、長期的な安定性・継続性が求められており、廉潔性を長期的に持続し続けていく必要があります。その過程においては、反社会的勢力との関与が疑われる者がIRに関与するケースも想定し、その排除に向けたあり方も検討しておく必要があります。結論的には疑わしい状況があれば、十分な調査を行い、速やかに「排除」し「是正」するしかありませんが、たとえば「暴力団員等が委託先の株主になった」場合は欠格事由となり、委託先に暴力団員等の排除を要請する(株主の排除は実務的には難しい問題が多くハードルが高いといえます)か、委託契約自体を解除する(簡単に代替業者が手配できればよいのですが、特殊なスキームの中、長期の関係の中で運用されていることを考えれば、代替業者の手配もハードルが高そうです)といった対応になろうかと思います。一方、「委託先の株主(法人)の株主に反社会的勢力と疑わしい者が変わった」といったようなケースでは、明らかに欠格事由に該当するかが不明だとしても、おそらくはレピュテーション・リスクの観点から同様の対応を検討せざるを得ないものの、「排除」や「措置」の強制性・根拠という点では著しく不足していることから、実務的にはさらにハードルが高くなると考えられます。IRの要請する「高い廉潔性」「長期間にわたる安定性・継続性」の観点を踏まえれば、通常の取引以上に、このような点まで想定し、ある程度の判断基準や対応要領を検討しておく必要があると思われます

【カジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除を適切に行うために必要な施策に関する基本的な事項1犯罪の発生の予防、善良の風俗及び清浄な風俗環境の保持】

IR事業者は、IR整備法において義務付けられている、暴力団員等のカジノ施設への入場の禁止、犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号)に基づく措置に上乗せしたマネー・ローンダリング防止のための措置などの対策を、確実に実施していくことが必要である。また、暴力団員等のカジノ施設への入場の禁止を徹底するためには、都道府県公安委員会と適切に連携しつつ、最新の技術を活用することにより、暴力団員等のカジノ施設への入場の禁止及びカジノ施設内において入場禁止対象者を発見するための措置、カジノ施設及びその周辺地域における監視及び警備を確実に実施する必要がある

【注】前述のとおり、「中間管理」におけるチェック体制やチェック手法の高度化のために、常に「国内外の最新の知見やベストプラクティス」を反映していくことが求められています。ここでは、具体的に「最新の技術を活用することにより」と言及されている点がポイントであり、わかり易い例でいえば、「顔認証技術」によって「(反社会的勢力かどうかは別として)入場禁止対象者」を照合・追跡(監視)・警戒・警備していくようなイメージかと思います。このような手法については、AML/CFTや詐欺等の犯罪への対応であれば、入口における「本人確認」において顔写真が入手できるので正にピッタリですが、暴力団員等のカジノ施設への入場禁止での活用としては、(暴力団員等の写真との照合が現実的に実務として定着するのは困難であると考えられることから)おそらく入口の反社チェックをすり抜けられてしまったものについて、(何らかの理由で)事後的に判明したような場合(当日あるいは後日の排除)が該当するのかもしれません。現時点で将来の技術レベルを正確に予測はできませんが、「最新の知見やベストプラクティス」を常に速やかに反映させて、体制のブラッシュアップに取り組んでいくことは極めて重要だといえます。

2. 最近のトピックス

(1)最近の暴力団情勢

国内最大の指定暴力団六代目山口組が分裂して8月27日で丸4年となりました。その直前、神戸市内の重要拠点(六代目山口組の最大勢力である弘道会事務所)で弘道会傘下組員が銃撃される事件が起きました。兵庫県警は銃撃が計画的だったとみて、殺人未遂容疑で捜査しています。なお、現場近くでは今年4月に、指定暴力団神戸山口組傘下組織の組長が刃物で刺され、六代目山口組系の組員2人が殺人未遂容疑で逮捕された事件が発生しており、今回の事件も抗争の可能性が高いといえ、表向きは平静を装いながらも、表面下では分裂した3団体の間で緊張状態が高まっているように思われます。今後、服役中の六代目山口組若頭で二代目弘道会会長である高山清司が10月に出所するのを控えて情勢がさらに流動化する懸念もあり、その動向には注意する必要があります。なお、報道によれば、3団体で、関係者が絡む抗争とみられる事件は8月中旬までに計125件発生しているものの、直近1年間でみれば12件にとどまり、減少傾向にあるといいます。しかしながら、今後の情勢も鑑みれば、沈静化したのではなく、むしろ「嵐の前の静けさ」を思わせるような状況だといえます(なお、雑誌で警視庁幹部のコメントとして紹介されていましたが、「今年は10月に即位の礼、11月に大嘗祭という皇室の重大行事がある。ヤクザは皇室を重んじるため事件はないと思われていたが、その前に動いたということか。10月には六代目山口組ナンバー2・高山清司若頭の出所も控えるし、時期が時期だけに我々も警戒を強めざるを得ない」との分析からも、このタイミングでの事件であることがある程度納得がいきます)。

さて、吉本興業の「闇営業問題」では、反社リスクの大きさ・怖さや反社リスク対策を考えるうえでの重要な示唆が何点かあり、それについては、暴排トピックス2019年7月号8月号で考察しました(是非、参照いただきたいと思います)。

同社では、問題発覚後、外部識者で構成される経営アドバイザリー委員会が数回開催され、今後の重要な方向性等が示されました。たとえば、第3回委員会では、所属タレントにコンプライアンスの順守などを求める「共同確認書」の締結を年内にも完了させるとの進捗が報告されています。同社は問題発覚を受け所属する約6,000人との間で締結を進めており、これまでに約1,000人と取り交わしたということです。また、反社チェック体制についても議論がなされており、第1回委員会を受けた委員長の会見では、「属性調査 業務フロー」と題した資料が配布され、現在吉本興業では属性調査は最大で6段階にわたって行われており、まず(1)業務担当者が新規取引業者とやり取りを行う際に、総務・専門スタッフに属性調査を依頼、その後、(2)外部委託業者へ1次調査を依頼し、Google検索で関連対象23ワード、G-Searchデータベースサービスで93ワードを調査する。(3)調査の結果を総務・専門スタッフが確認し、懸念事項がなければ取引を開始、(4)懸念事項があれば、日経テレコン、帝国データバンク、日商リサーチに2次調査を照会する。(5)暴力追放運動推進センター、特殊暴力防止対策連合会などとも連携を取りながら、2次調査を行った結果が問題なければ取引を行い、(6)問題があれば取引を行わないという形となっていることが説明されました。また、報道によれば、同会合では委員から、「(反社との関わりについて)知識と意識の乖離を埋めていくことが必要」との意見が出されたといい、委員長も「知識としては持っているけれど、タレントがきちんと意識するにはどうすべきか。これは不断の研修が非常に大事」と述べ、東京と大阪で年20回程度実施しているコンプライアンス研修を続けることを進言したといいます。この点については、研修の継続自体はよいとしても、回数が重要なのではなく、同社として伝えるべきメッセージや必要十分な知識をどう浸透させるかの方が重要であり、その観点からの工夫が求められているといえます(真偽は定かではありませんが、同社の取り組みの目玉のひとつである「24時間ホットライン」の連絡先を、芸人もマネージャーも誰も知らなかったとか、電話しても誰も出なかったといわれており、そのことが暴露話としてイベントで語られていたようです。まさにこのような状況が、今回、同じような問題を数多く発生させてしまった要因のひとつといえるのであって、重要なことをどう浸透させるか、浸透していることをどう確認するかの方がよっぽど重要だといえます)

また、第2回委員会後の会見でも、委員長は、反社会的勢力との徹底的な決別については、「さまざまな民間企業を通じて、2次調査で一定程度のチェックができる」としつつ、「(当該クライアントに)過去に反社会的活動があれば対応できるが、手を変え品を変え、名前を変えてこられると、チェックできないという部分もある」と、100%の対応は実質的に不可能であるという苦しい状況も吐露しています(関連して、芸人の一人が、「1社をチェックすれば反社会的勢力との関係を断ち切れるという単純な構造ではない」「警察関係者が企業の中にいて、リストと照合してチェックしてOKを出したとしても、あくまでOKが出ているのはフロント企業で、その裏に反社会的勢力が繋がっていて、そこまでは見抜けなかったのが今回の真相」と指摘していましたが、これは岡本社長の「先の先までチェックしきれていなかったことは、非常に反省しなければならない」というコメントと同様、KYCの視点だけでは不十分であり、KYCCの視点が求められるという意味として、同社として困難でも取り組むべき今後の課題のひとつだといえます)。さらに、委員長は、「チェックできるような体制を先進的な民間企業、例えば銀行並に、コストがかかってもやっていくしかないのでは」とも述べていますが、このあたりは、前回の本コラム(暴排トピックス2019年8月号)でも述べたとおり、筆者の考えは、「やるべきことはやっていたと思う。しかし、芸能界を取り巻く反社リスクが高かった」(令和元年7月25日付東スポWeb)とコメントしたとおりであり、そこまでやるべきだろうとの意見です。つまり、反社リスクはその企業を取り巻く状況や当該企業の立ち位置によって異なるものであり、自らがそのリスクを厳しく評価し、それに見合った十分なリスク対策を講じるべきものです。前回と同じ指摘となりますが、本問題に関して言えば、(1)同社と反社会的勢力との関係にかかる過去からの経緯とそれに伴う(2)レピュテーション・リスク、(3)芸能界周辺における反社リスクのあり様、(4)暴力団関係者のみならず特殊詐欺グループや半グレ(準暴力団)の脅威と、(5)社会の目線の厳格化(反社会的勢力の範囲の拡大)、(6)反社会的勢力の不透明化の実態や手口への理解、(7)現状の反社リスク対策のレベル感・実効性など、厳格に評価すべき項目は膨大です。たとえ同社の取り組みが社会的にみて十分な内容であるかのように見えたとしても、反社リスクやそれに伴うレピュテーション・リスクの巨大さ・怖さは、個人や会社の「生殺与奪の権利を握られる」ところにあります(芸人らが同社から契約解消されたり、岡本社長と大崎会長が結果的に1年間の50%減棒処分を科され、会社の体質も厳しく糾弾されるなど、個人も企業も社会的に大きな「制裁」を受ける事態となったことは、一般の事業者にとっても衝撃的だったのではないでしょうか)。今回の問題では、同社が十分に取り組んでいたつもりでも、「結果的に十分に取り組めていなかった」と社会が明確にNOを突きつけたこと自体がすべてです。同社が「最大限の努力としてここまでやっていた」と説明責任を果たそうとしていることは理解できるものの、実際のところ、「反社リスクはもっと大きかった」という現実があり、結果的に社会の要請や社会の目線の厳しさを見誤ったこと、リスク評価の甘さが招いた結果であるとの評価となります。

さて、暴力団対策法の改正により、その活動拠点である組事務所の使用差し止め請求や立ち退き請求が各地で活発化していますが、そのインパクトの大きさから先駆け的な取り組みだったといえるのが、地元の暴力団追放運動で閉鎖に追い込まれた神戸山口組の旧本部事務所(兵庫県淡路市)でした。今般、この土地と建物について、組側が売却の意向を示していることが分かりました。地元からは売却を機に組勢力の一掃を望む声が聞かれるものの、不動産の価格は数千万円に上るとみられ、売却先はまだ決まっていないようです(住民の間からは淡路市に買取を求める声も出ています)。本件については、今後もその動向を注視していきたいと思います。

また、特定危険指定暴力団工藤会の本部事務所(北九州市小倉北区)の売却についても、昨年から話題となっていますが、現時点では買い手が見つかっておらず、早期撤去を実現するため、北九州市がいったん買い取ったうえで民間に転売する方向で検討しているようです。報道によれば、同市と工藤会側との交渉は1億円程度を上限に進められているとみられ、売却金は被害者への賠償に充てられる見通しです。

また、その工藤会を巡っては、特定危険指定暴力団工藤会が関与したとされる一般人襲撃事件のうち、4事件で殺人と組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)などの罪に問われた同会トップの野村悟被告(72)とナンバー2の田上不美夫被告(63)の初公判が、いよいよ10月23日午前10時から福岡地裁で開かれることが決まりました。両被告が審理されるのは、(1)元漁協組合長射殺(1998年)、(2)元福岡県警警部銃撃(2012年)、(3)看護師女性刺傷(2013年)、(4)歯科医師男性刺傷(2014年)の4事件です。本コラムでもその動向を紹介しているとおり、野村被告は上納金を脱税したとして昨年7月に懲役3年、罰金8,000万円の判決を受け控訴中ですが、市民が標的となった事件で野村、田上両被告が審理されるのは初めてであり、裁判員裁判の除外が既に決定されています。今後の公判の過程で、これらの事件において、トップらが組織的にどう関与したのか等が明らかになることを期待したいと思います。

半グレについては、7月27日に放送されたNHKスペシャル「半グレ 反社会勢力の実像」の反響も大きく、その活動をNHKが助長したのではないかといった指摘まで出ています(実は、警察庁は44団体をマークしているとされますが、チームの宣伝につながらないように、すでに公表されている「怒羅権」、「関東連合OB」を含む4団体以外は名前すら明かしていません。その後、大阪府警が取締りの強化を図り「アウトセブン」と「アビス」を公表しました。つまり、名前が公表されているのは6団体となりますが、警察庁に正式に指定されているのは、情報によれば10団体しかありません)。ただし、その実態をある程度、映像の力で明らかにした点は評価できると思いますし、半グレ自体アメーバ状の組織であり暴力団対策の延長線上では取り締まりが困難なことや、一般人を取り込み手先にしながら莫大なシノギを得ている状況などが「リアルに感じられた」という点で興味深いものでした(なお、同番組で顔出ししていた半グレの一人<アウトセブンのメンバーのテボドンこと籠池勇介容疑者>が8月末に恐喝未遂容疑で逮捕されています)。

一方、同番組でも取り締まる側として登場した大阪府警が、半グレ取り締まり強化にむけて初めての対策会議を開催しています。報道によれば、捜査部門だけでなく、生活安全、交通部門などの幹部らが出席し、実態解明を進める方針を確認したといいます。そもそも半グレは暴力団組織に属さない不良集団であって、取り締まりの厳格化により暴力団の構成員が減る一方、暴力団対策法などの規定が直接適用されないため、近年活動が活発化しており、その活動は、特殊詐欺やぼったくり、組織的な窃盗など幅広い犯罪に関わっていることがうかがわれることから、部署をまたいで情報共有するために初めて会議が開催されたとのことです。

さて、暴力団が積極的な関与を強める特殊詐欺で、異なる組織の組員が協力して犯行に及ぶケースが確認されています。報道(令和元年8月22日付産経新聞)によれば、警視庁は今年6月、同一の詐欺グループを運営していたとされる六代目山口組と指定暴力団住吉会の下部団体構成員を逮捕しています。また、兵庫県神戸市の83歳の女性から通帳などをだまし取ろうとしたとして、とび職の男が逮捕された事件で、県警は容疑者が指定暴力団稲川会系暴力団と関係がある人物とみているほか、この事件に指定暴力団任侠山口組系幹部の男も関わっていて、複数の指定暴力団が絡んだ特殊詐欺事件とみて全容解明を進めているといった事件もありました。このように、かつて抗争を繰り返した暴力団同士の共闘(協同)の背景には資金源の枯渇があるとされ、警察当局は特殊詐欺による詐取金への依存度を高める恐れがあるとみて、対策を多角的に練り上げ、組織の弱体化を図るといいます。記事の中で捜査関係者として紹介されている、「特殊詐欺はぬれ手であわ。食い合うのは得策ではないと判断し、関係性を度外視して現場で『共闘戦線』を組む傾向がある」とコメントが事実であれば、まさに「暴力団とは?」「指定暴力団とは?」という暴力団対策法の枠組み自体が問われる状況にもなりかねません。筆者が、このような状況に危惧を覚えたのは、実は2016年のATM一斉引き出し事件や、NHKのクローズアップ現代(2018年)で特集された「貧困暴力団」の実態を知ってのこととなります。この点については、以前の暴排トピックス(暴排トピックス2019年6月号)で考察した内容を参考までに以下にあらためて紹介します。実際、この1年の間でも半グレのさらなる台頭、暴力団のさらなる潜在化、そして組の枠を超えた(個人レベルでの)連携の多発(統制の緩み)などが顕著に進んでおり、暴力団の取り締まりではなく、多面的な角度からあらゆる手段を駆使して反社会的勢力を摘発していく方向に舵が切られてきた状況など、暴力団の再定義・暴力団対策法のあり方の再検討は急務だといえます

離脱者支援が十分に機能していない状況にあっては、社会的な暴排意識の高まりや当局による摘発・事業者による契約解除等が進んだことで暴力団を追い込んだ事実がある一方で、結局、離脱者による再犯率の高さ、暴力団組織にまた戻る者の多さなどから、「暴排が新たな犯罪を助長している」「社会全体の危険性がなくなるわけではない」といった厳しい現実が突き付けられています。

そして、これらの動きは、組による統制が効かない状況、すなわち暴力団や指定暴力団(ピラミッド型の統制が取れていることが指定の要件のひとつ)の枠組みを根本から揺るがす大きな地殻変動を示唆するものであり、いわゆる「貧困暴力団」のあり方が今後の暴力団対策、暴排のあり方に大きく影響を及ぼすのではないかと思われます。具体的には、当局や事業者は、もはや暴力団という組織との戦いから、組織の意向とは関係なく動く個々の組員やそのつながり、共生者や半グレ、離脱者との連携などとの戦いへ移行しつつあるのではないか、暴力団組織は外圧(暴力団対策法や暴排条例、事業者や市民の暴排意識の高まり)よりむしろ内部から崩壊するのではないか、その前後において、組織から個あるいはその周辺へと取り締まりの重点を移さざるを得なくなるのでないか、暴力団という組織犯罪対策から、犯行グループ単位での犯罪取り締まり、離脱者支援・再犯防止対策の方が重要性を増していくのではないか、といったことが考えられる状況です。

自治体の反社チェックの杜撰さが露呈した事案がありました。千葉県館山市長が指定暴力団双愛会系組員の関係する屋形船の就航記念イベントに出席し、祝い金として市長交際費5,000円を支出した問題が発覚したものです。報道によれば、市長は組員とは面識がなく、イベント後に組員が逮捕されたことを報道で知り、初めて暴力団関係者だと気付いたということです。また、屋形船に桟橋利用の許可を出していた千葉県は、その適否を判断するため、申請した運航会社の代表者の男性について同県警に照会しているといいます。同県港湾管理条例では、暴力団組員が事業を「支配」しているなどの場合、桟橋利用などの申請を許可してはならないとの欠格要件を定めているためであり、今後の対応が注目されます。たとえ5,000円の支出であっても、公金である以上、相手をしっかりと確認したうえで対応すべきは当然のことであり、脇の甘さは否めません。

また、高級魚を密漁したとして、長崎県警が六代目山口組系組長の男(51)や組員ら6人を漁業法違反(無許可潜水器漁業)などの疑いで逮捕し、長崎区検は、組長らを同法違反などで長崎簡裁に略式起訴したという事件がありました。報道によれば、暴力団の組長が指示役となり、ダイビングスクールの経営者が酸素ボンベを格安、無料で貸し出し、組長が操舵する船に乗り、同じ暴力団組員が警察や海上保安部の職員がいないかの見張り役を行い、組長の友人である飲食店経営の男が実際に潜り密漁を行っていたというものです。組長らは数年前から密漁をしていたとみられ、密漁した魚は組長の親族が実質的に経営する飲食店でワンコインの海鮮丼などとして提供されており、年間約3,000万円を売り上げていたといいます。

暴力団が密漁を資金源としていた点については、ジャーナリストの松岡久歳氏のコラム(現代ビジネス)によれば、「買う側は、密漁品だと薄々気づいていても、地方都市は景気が悪いので割安に魚介類が手に入れば助かるし、狭い地元社会の中で暴力団に睨まれないための、ある種のみかじめ料のような意味もある。売る側が暴力団の密漁品だと明言しない限り、購入者は法律上『善意の第三者』ということになり、刑事責任は問われないことも、密漁品が蔓延する原因となっています」と指摘しています。また、「水産庁によると、2016年の密漁の摘発件数は漁業者が330件、非漁業者が1276件となっている。非漁業者とは観光客や暴力団関係者などを指すが、2004年に初めて逆転するまでは漁業者が非漁業者を上回っていた」という驚くべき事実があるようです。そして、昨今の情勢をふまえれば、「暴力団の資金源根絶や水産資源の管理を進める上でも、正規ルートで採れた魚介類の流通確保や、実効性ある密漁対策が求められるだろう」と指摘していますが、まさにそのとおりだといえます。

さらに、令和元年9月3日付産経新聞では、(暴力団が特殊詐欺や密漁ビジネスなどへ)「“業態拡張”が容易なのは、(1)暴力団の組織がそのまま特殊詐欺など組織性の高い集団犯罪に転用できる、(2)ある程度、元手の資金力がある、(3)摘発されても刑罰の重さに比べ短期間で高収益が期待できるから、との弁護士の指摘があり、納得させられました。さらに、この記事では、「長崎県警が摘発した「海鮮丼事件」の背景にも、密漁ビジネスが刑罰の割に収益が高い「割のいい犯罪」(警察庁幹部)という認識がある。警察庁幹部が「罰則を引き上げ、割の悪い犯罪と認識させシノギとしてのうまみを消さないと、資金源遮断につながらない」と指摘しており、これも正鵠を射るものと思われます。

また、覚せい剤を所持していたとして、警視庁組織犯罪対策5課と広島県警などの合同捜査本部は、覚せい剤取締法違反(営利目的共同所持)容疑で、住吉会系二代目大昇会会長ら5人を逮捕しています。同会は新宿区歌舞伎町に事務所を置き、違法薬物の密売を資金源としていることから、「新宿の薬局」とも呼ばれている組織で、歌手のASKAに覚せい剤を密売したことでも知られています。なお、報道によれば、かつては歌舞伎町周辺で出回っていた違法薬物のほとんどを大昇会が密売していたといわれたほどであり、警視庁は2013年から約1年半かけて暴力団関係者39人と客33人を逮捕し、1億円分の覚せい剤のほか、大麻やMDMAを押収、壊滅状態に追い込んだとみられていたといいます。

最後に、暴力団離脱者支援についても触れておきたいと思います。

現在、暴排先進県である福岡県では、様々な暴力団離脱支援が試みられており、昨年は、警察や暴力追放運動推進センターが離脱支援した者について、全国で643名のうち福岡県は107名にものぼっています。さらに、就労支援した者について、全国で38名のうち福岡県は半数の19名にも及んでいます。このような行政主導の暴力団離脱支援や就労による社会復帰支援は、確かに不可欠なものだといえます。それに対して、本コラムでも以前紹介したことのある廣末登氏の新たなコラム(「組長の娘」が取り組む「元ヤクザ」支援のリアル)では、地域住民のニーズ(あるいは、離脱者・更生者のニーズ)、積極性、創意性が汲み上げられていないという「行政主導の限界」があり、それとは異なる手法での社会復帰支援が必要であり、「コミュニティ・オーガニゼーション」と呼ばれる手法が紹介されています。この手法は、「犯罪・非行の原因について、個人の負責を求める発想から、社会そのものの中に犯罪・非行の要因を認める発想の転換に伴って起こってきた犯罪予防方法」なのだといいます。コミュニティ・オーガニゼーションの先進国であるアメリカでは、「市民の意識と地域活動の展開こそが犯罪の増加を阻み、予防効果をあげる方法」として定着していると指摘しています。福岡県の行政主導の取り組みだけでなく、コミュニティの力を借りてその限界を乗り越えるとの発想は、今後の暴力団離脱支援のあり方にとっても、大変参考になるものと思われます。

なお、今年3月に警察庁の「暴力団員の社会復帰対策について」(初回発出は平成4年)が更新されていますしたので、あらためて、以下に紹介しておきたいと思います。

▼警察庁 暴力団員の社会復帰対策について

暴力団員の組織からの離脱を促進し、その社会復帰を援助するための施策(以下「暴力団員の社会復帰対策」という。)は、暴力団総合対策の重要な柱の一つであるが、暴力団員の社会復帰対策について、当面の留意事項は下記のとおりであるので、事務処理上遺漏のないようにするとともに、都道府県暴力追放運動推進センター(以下「センター」という。)においてもこれを踏まえた事業運営が行われるよう必要な配慮を加えられたい。(注:以下は箇条書きに書き直したもの)

警察は、離脱相談電話等の設置等、暴力団離脱希望者の相談に対応する体制の充実に努めるものとする

  • センターは、警察と協力し、暴力追放相談委員による離脱相談活動の充実に努める等、暴力団離脱希望者を助ける活動の充実に努めるものとする
  • 警察は、暴力団員の事件検挙被疑者等に対し、離脱の説得を行うよう努め、その離脱促進を図るものとする
  • 警察は、暴力団離脱希望者の組織からの離脱に際し、組長への警告、暴力団対策法に基づく脱退妨害の中止命令等、脱退妨害行為を防止するため必要な措置を採るとともに、暴力団離脱希望者が真に組織から離脱したか否かを確認するものとする
  • 暴力団から離脱したものが再び暴力団に加入するような事態を防止するためには、離脱者を正業に就かせることが重要であることから、職業安定機関等の関係行政機関及び事業者団体等の関係団体の協力を得て、雇用機会確保事業(暴力団離脱者に対し安定した雇用の場を確保するための事業をいう。)を行うものとする
  • 警察及びセンターは、暴力団離脱者の社会復帰に際して予想される様々な困難に対処するため、その就業後等においても、必要に応じて定期的な連絡、助言指導等の援助措置を採るものとする
  • 警察は、暴力団離脱者についてのみならず、暴力団離脱者の就業先企業についても、保護対策を徹底するものとする
  • 警察及びセンターは、上記の暴力団員の社会復帰対策における各種施策の実施に際しては、他の都道府県の警察及びセンター並びに関係行政機関等と必要な連絡を取り合うものとする
  • 警察及びセンターは、暴力団員の社会復帰対策の重要性について広く一般市民、企業等の理解を深めるための広報啓発活動を行い、暴力団員の社会復帰対策に広く各界各層の協力が得られることとなるように努めるものとする
  • 警察及びセンターは、暴力団員の組織離脱を促進するため、警察及びセンターの行う暴力団離脱希望者に係る相談活動、雇用機会確保事業等について広報啓発活動を行うものとする

(2)AML/CFTを巡る動向

10月末にも来日が予定されているFATF(金融活動作業部会)による第4次対日相互審査を目前に控え、メガバンク等大手行以外の地域金融機関や中小の金融事業者においても、対策が本格化しています。ニッキン(令和元年8月23日付)によれば、地域銀行では、普通預金などの各種預金規定を一斉に改定する予定といいます。東京スター銀行・西京銀行・南日本銀行は6月から、豊和銀行は7月から、栃木銀行は8月から改定が行われていますが、9月からは、千葉銀行・静岡銀行・滋賀銀行・紀陽銀行・山陰合同銀行・福岡銀行・北洋銀行・きらやか銀行・長崎銀行など20行が、10月から七十七銀行・常陽銀行・横浜銀行・北陸銀行・百五銀行・京都銀行・伊予銀行・京葉銀行・名古屋銀行・愛媛銀行など64行が、11月から山形銀行・東和銀行・高知銀行が予定していると報じられています。改定の細部は各行で異なるものの、取引制限条項の新設と解約条項の追加・変更(たとえば、マネロン関連の法令・規則等に抵触する恐れがあると判断した場合などを追加)が柱となっており、既存預金者を含め、取引監視システムの導入や窓口対応の強化などによって顧客情報や取引目的の確認を厳格化し、協力が得られない場合には取引を制限できるようになります。

また、信用組合業界においても、2020年3月からAML/CFT(アンチ・マネー・ローンダリング/テロ資金供与対策)の新システムの活用を始めると報じられています(令和元年8月30日付ニッキン)。顧客情報を反社会的勢力や海外で重要な公的地位を持つ人物(PEPs)のDBに照合したうえでリスクの高さを3段階に分け、継続的に監視するシステムを開発、共同利用する形で取引謝絶や当局への届け出が必要になる疑わしい先など、危険性が高い取引を速やかに検知できる仕組みを確立するとしています。なお、報道によれば、顧客の点数を決める条件や取引を検知するシナリオは、地域や規模によってリスク管理態勢も異なるため各信組が独自に設定できるということで、比較的小規模な金融機関である信組業界においても、業界全体のリスクベース・アプローチによるAML/CFTの高度化(底上げ)が期待できそうです。

また、金融庁からも窓口対応の強化について、「金融庁・金融機関等は、金融サービスを悪用するAML/CFTに取り組んでいる」として、利用者に向けて協力を依頼する情報を発信しています。

▼金融庁 金融機関窓口や郵送書類等による確認手続にご協力ください

まず、その目的や背景について、「犯罪で得られた資金が、金融機関等を通じてマネー・ローンダリングされると、将来の犯罪活動の資金源となる。このため、金融機関等では様々な確認手続を行うなど、対応を進めている。犯罪組織への資金の流れを止めることで犯罪を未然に防ぎ、ひいては皆様の安全・安心な生活を守るために、ご理解とご協力をお願い」していること、「金融サービスを悪用して、わが国が制裁対象とする国・組織・個人や犯罪者に資金が渡ることとなれば、更なる犯罪行為やテロ行為を助長するということになりかねない。金融機関等は、犯罪組織やテロ組織が資金獲得の手口を日々巧妙化し、一般利用者に紛れて気づかれることなく取引を行おうとする中で、取引に不自然な点があれば、利用者に質問をしたり必要な情報の提供をお願いするなど、厳格な確認を徹底することが求められる」、「国際的に核・ミサイルやテロの脅威が増す中、犯罪者・テロリスト等につながる資金を断つことは、日本及び国際社会がともに取り組まなくてはならない課題であり、AML/CFTの重要性はこれまでになく高まっている」ことや、「2019年のFATF審査については、日本が有効なマネロン・テロ資金供与対策を実施していることを示し、国際的な信認を得る好機であり、金融庁としては、国際送金等の円滑な実施や、犯罪組織やテロ組織を寄せつけない堅牢な金融システムの確立の観点からも、官民一体となって取り組む必要があると考えている」と説明しています。

そのうえで、「皆様が金融機関等を利用する際に、従来よりも厳格な本人確認を受けたり、取引目的の確認、資産及び収入の状況等について従来は求められなかった資料の提出や質問への回答を求められる場合がある」こと、また、「口座開設等の各種取引時だけではなく、定期的に、郵送書類等により現在の住所や職業など(法人の場合、事業内容や株主情報など)について、確認を求められる場合がある」こと、その際に、「金融機関等は、マネー・ローンダリング、テロ資金供与を試みる犯罪組織等が行う様々な手法に対抗できるよう、自社の営業地域や商品特性等も踏まえながら、それぞれに調査手法等を工夫・実施している」こと、このため、「利用する金融機関等や、行う取引の違い等によって、異なる資料の提出や質問への回答を求められる可能性があるほか、場合によっては、同一金融機関・同一取引であっても、利用者によって、求められる資料や質問等が大きく異なってくる可能性がある」ことを説明し、各行の自立的・自律的なリスク管理手法に配慮しながら、利用者に協力を呼びかけています。

また、「以下のような取引を行う場合、金融機関等の判断により、本人確認書類の提示に加えて、取引内容や取引目的について追加的な確認を受けることがある」として、「多額の現金や小切手による取引」「収入や資産等に見合わない高額な取引」「短期間のうちに頻繁に行われる取引」「当該視点で取引をすることについて明らかな理由がない取引」「送金先、送金目的、送金原資等について不明瞭な点がある取引」をあげていますが、このあたりは、「疑わしい取引」の例示にも見られるものです。

さらに、個人の方が金融機関等を利用する際に、「取引の内容、状況等に応じて、過去に確認した氏名・住所・生年月日や、取引の目的等について、窓口や郵送書類等により再度確認を求められる場合がある。また、その際に、各種書面等の提示を求められる場合がある」としています。

また、法人が金融機関等を利用する際に、「取引の内容、状況等に応じて、過去に確認した住所や事業内容、株主情報等について、窓口や郵送書類等により再度確認を求められる場合がある。また、その際に、各種書面等の提示を求められる場合がある」こと、また、「その法人を実質的に支配することが可能となる自然人(「実質的支配者」という)に遡って、当会社の本人確認が求められる」こと、「実質的支配者については、職業や居住国等の確認を求められる場合があるほか、取引によっては、氏名・住所・生年月日等を書面等により求められたり、実質的支配者の確認のため株主名簿等の書類を求められることがある」ことなどが説明されています。

次に、金融庁と金融機関の意見交換会における主な論点から、AML/CFT以外も含めて何点からピックアップして紹介します。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼共通事項(主要行/全国地方銀行協会/第二地方銀行協会/日本証券業協会/生命保険協会/日本損害保険協会)

まず、コンプライアンス・リスク管理に関し、「昨年10月のディスカッションペーパー(DP)の公表後、主な金融機関の現状把握を実施してきた。その結果、DPの主要メッセージである、「ビジネスモデル・経営戦略・企業文化とコンプライアンスは一体」、「法令等の既存のルールの遵守にとどまらず幅広いリスクを捉える必要」といった考え方に対する経営陣の認識・理解が不足しており、具体的な行動に必ずしもつながっていないという点が課題として認識された」と厳しく指摘されています。いまだコンプライアンス・リスク管理が紙上の形式的なもの、所与のもの・受身的なもので自立的・自律的な能動的なものとなっていない(したがって、コンダクト・リスクへの対応はおろか、目の前にあるコンプライアンス・リスク管理上の課題にすら十分な対応ができていない=不祥事リスクが低減していない)状況がうかがえます。当然ながら、「当庁としては、各金融機関が持続可能なビジネスモデルを不断に追求しつつ、企業価値の向上につながるコンプライアンス・リスク管理を進めるための後押しを、今後も行っていく必要があると認識」していると述べていますが、昨今の顧客本位から逸脱した旧態依然としたビジネスモデルが社会に取り残されていることを目の当たりにさせられた不祥事等を見るにつけ、持続可能なビジネスモデルとコンプライアンス・リスク管理が正に表裏一体であること(ビジネスモデル・経営戦略・企業文化とコンプライアンスは一体)、それを追求しない(変革できない)金融機関は市場から退場させられるであろうことを痛感します。

また、AML/CFTについては、「本年10月のFATFオンサイト審査まであと4ヶ月余りとなった。各金融機関におかれては、4月に改訂したガイドラインで明確化した、全ての顧客のリスク評価やリスクに応じた継続的な顧客管理の実施に向けて、取組みを加速して頂きたい」、「また、4月からは新たな在留資格による外国人材の受入れが始まっている。皆さまにおかれても、「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」を踏まえ、外国人の銀行口座の開設等に当たっては、受け入れ先企業等と連携も含め、外国人顧客の利便性に配慮して頂くことはもちろんであるが、在留期間の把握に基づく継続的な顧客管理の実施など、リスクベース・アプローチに基づいたAML/CFTにも留意いただくよう改めてお願いしたい」と要請しています。本コラムでもこれまで指摘してきたとおり、外国人口座の問題については、国が利便性とリスク管理の双方を要請している状況にあり、その相反するものをいかに両立させるか、難しい実務となっています。とりわけ小規模事業者の人手不足は深刻であり、外国人の雇用管理の甘さや雇用条件の劣悪さや不備、相対となる中小金融機関の外国人口座の管理の甘さが、口座転売などを通じたマネロン等のリスクや違法滞在による犯罪等を助長しかねない構図があります。これらの問題解消にあたっては、金融機関だけの対応では限界があり、外国人を雇用する事業者との連携(在留期間の把握、口座転売の防止など)がマストとなります。国や自治体は、金融機関と事業者の連携強化の重要性について、一層の周知・徹底が必要ではないかと考えます。

▼主要行(令和元年6月11日)

主要行のリスク管理のあり方については、「主要行等を取り巻く環境を見渡せば、足下の財務の健全性は維持されているものの、超低金利環境の継続と国内資金需要の低下を背景に、(1)海外業務(含む外貨資産運用)やグループ連携業務を推進しながら収益を確保・拡大する動きが見られるほか、(2)金融サービスニーズや競争環境変化・IT技術の進展を踏まえ、店舗改革やデジタライゼーション戦略に代表される、経営インフラの刷新・非金融業との協業の動きが見られる。その結果、主要行等が抱えるリスクは多様化・複雑化していると考えている」との指摘がなされています。こうした中、「本事務年度のモニタリングでは、各グループにおいて、G-SIB/D-SIBであることも踏まえた最重要課題や、持続的な健全性確保に向けた課題や高度化が期待される分野が認められた。これら課題等に共通する要因としては、リスクが多様化・複雑化しているにも関わらず、以下が考えられる」として、3線管理(スリーライン・ディフェンス)のフレームワークから、「フロント部署においてリスクテイクに対する責任感が不足している(1線のリスクオーナーシップの欠如)」、「リスク管理部署が新リスク領域やグローバルなリスクの拡大に対応できておらず、専門性も不足している(2線のフロントへのフォワードルッキングな牽制機能の欠如)」、「内部監査部署の指摘が表面的で発見事象の背景や原因の掘り下げが十分に行われておらず、経営戦略・業務運営の改善に十分つながっていない(3線による経営に資するフォワードルッキングな提言の欠如)」との分析がなされています。いずれも、3線管理が機能するために必要不可欠な要素が欠如しているとの指摘であり、極めて深刻な状況・構図です。これらから、全体のリスクセンスの底上げの必要性、専門性がこれまで以上に求められる中での人材育成や人材配置の難しさ、収益の厳しさを背景とした営業優先(1線の間違ったリスクテイク、2線の忖度、3線の変化する現場実態の把握不足)の社風の改善が進まない状況(経営陣の変革に向けた覚悟のなさなど)などがうかがえますが、金融庁も、「これら共通要因の背景として、低収益が続く中で収益確保・拡大を第一に考える余り、各グループにおいて、経営資源投入(含むIT戦略投資)・人材育成にあたりフロント部署を優先し、リスク管理部署や内部監査部署を劣後させており、結果として、適材適所の人員配置となっていない、などが考えられる」として、「経営陣においては、内外の事業環境変化によるリスク変化や新たな業務・運用に伴うリスクを遅滞なく確りと認識し、こうしたリスク認識に照らして自社のリスクオーナーシップ、リスク管理態勢、内部監査態勢の整備に遅滞・不全等が生じてないか定期的に検証する必要がある。さらに検証結果を踏まえ、必要に応じ、短期及び中長期の両面において(人材やITをはじめとする)経営資源配分を見直す必要がある」と指摘しています。

▼全国地方銀行協会(令和元年6月12日)/第二地方銀行協会(令和元年6月13日)

地域銀行の内部監査のあり方について、「地域銀行の内部監査について、本事務年度、内部監査関係資料を徴求・分析の上、経営陣から期待される役割の充足状況及び内部監査部門が抱える課題等について対話を実施してきた」ところ、「経営陣が内部監査の重要性をより強く認識し、積極的に関与している先については、経営監査の実現に向け、内部監査部門に対する専門人材等の経営資源の戦略的な配置、取締役会等での議論を踏まえたリスクベース監査の実施などが認められた」一方で、「経営陣による関与が小さい先では、リスクベース監査となっておらず、規程の準拠性などの表層的な事後チェックといった限定的な監査にとどまっていた」ことを指摘し、経営陣の積極的な関与による「内部監査の高度化」を志向すべきことが示されています。

また、貸付自粛制度に絡めてギャンブル依存症対策についても言及されており、「政府の「ギャンブル等依存症対策推進基本計画」が4月19日に閣議決定された。全銀協においては、3月29日から貸付自粛制度の運用が開始された。個人信用情報センターに加盟している各金融機関におかれては、基本計画を踏まえ、店舗において周知用のチラシを利用者の目につきやすい場所に設置するなど、制度の周知をお願いしたい」、また「基本計画においては、各金融機関におけるギャンブル等依存症に関する相談拠点の周知などの取組みの検討が求められており、各金融機関におかれても協力願いたい」としています。

その他、AML/CFTに関連したトピックスをいくつか紹介します。

  • 昨年、引退した歌手(安室奈美恵さん)のコンサートツアーで、チケットの高額転売対策で進む入場時の本人確認強化のため、一部で障害者手帳が証明書として認められず問題となりました。この点について、文化庁は、主催者らに対し、障害者差別解消法の趣旨に基づき、障害者手帳も本人確認の証明書として認めるよう求める通知を出しています(文化庁「興行入場券の本人確認措置に係る措置について」)。具体的には、「特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律(平成30年法律第103号)では、入場資格者の本人確認が興行主等の努力義務とされており、その具体的方法については、興行主等における適切な判断に委ねられています。興行主等において、興行に入場される障害を有する方々への本人確認を行う具体的方法について判断される際には、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(平成25年法律第65号。以下,「障害者差別解消法」という。)を踏まえ、興行主等の負担が過重でない範囲において、障害者手帳についても入場資格者の本人確認の証明書類として認めるようお願いいたします」とし、その根拠として、「興行主等において障害を有する方々への本人確認の具体的方法を判断する際に、個別の事案ごとに具体的場面や状況に応じた検討を行うことなく、「障害者手帳が国から発行されていない」、「障害者手帳に写真がない」といった事由のみに基づいて、本人確認の方法として認めていない場合は、障害者差別解消法にて求められる「必要かつ合理的な配慮」として不十分と考えられます」と示しています。本人確認の証明書類として顔写真付のものに限定している場合にどう整合性をとるのか、障害者手帳が偽造でないことをどう担保していくのかなど、今後も十分な検討が必要だと考えられる一方で、「合理的な配慮」とどう両立させるのかは、本人確認のあり方の視点からも課題だといえます。
  • 長野県諏訪市が今年4月、転入届を出すために市役所を訪れた外国人に別の人物のマイナンバーを交付するミスをしていたことが分かったということです。原因は県外に住む同じ国籍の人物と名前、性別、生年月日が偶然一致したことだといい、市は「確認不足だった」と謝罪しています。実際のところ、これまでも、同姓・同名・生年月日が同一、住所も丁目まで同一で別人という稀なケースもありました。今回も自治体のミスとはいえ、ではどこまで確認すればよかったのかについては、実際の実務では(これ以上疑うこと自体)難しかったかもしれません。本人確認の難しさをあらためて認識させる事例だといえます。
  • ロシア新興財閥との取引でドイツ銀行のAML/CFTが不十分だった可能性があることが米議会の調査で判明したということです。まだ調査の初期段階とはいえ、米下院金融サービス委員会は、ドイツ銀が提出した取引記録や電子メール、文書などを調査したところ、米国などの従業員がロシア絡みの複数の新規顧客や取引について懸念を示したものの、経営陣は対応していなかったことが明らかになったといいます。さらに、ドイツ銀が仲介銀行として海外から米国への違法な送金に関与していなかったかについても同委員会が調べているともされています。なお、ドイツ銀行を巡っては、過去にも、バチカンによるAML/CFTの法令順守が不十分だとして、イタリア銀行(中央銀行)がバチカンでのカード決済業務を担うドイツ銀行に決済業務停止を命じた事案や、米連邦準備制度理事会(FRB)が2017年5月、違法取引を阻止するために義務づけている協力を怠ったとして、同行に4,100万ドルの支払いを命じた事案がありました。直近でも、デンマークのダンスケ銀行による巨額のマネロンへの同行の関与が取り沙汰されています。
  • 報道(令和元年8月27日付ロイター)によれば、豪金融取引報告・分析センター(ASTRAC)が国内大手銀行4行に対し、向こう半年以内にマネロン防止法違反で制裁金を科す可能性があると明らかにしたといいます。ASTRACが2年前にコモンウェルス銀行(CBA)をマネロン疑惑で民事提訴して以降、銀行による違反の自己申告は7割増加したといい、「入手情報の増加を受け、今後6カ月間に民事制裁金も含めさらなる執行措置をとる」としています。なお、CBAは、疑わしい取引の報告を繰り返し怠るなどマネロン防止法に違反したとして、2018年に10億豪ドルの資本積み増しを命じられており、他の大手3行も今年、それぞれ5億豪ドルの積み増しを命じられているということです。疑わしい取引情報の収集により不祥事が明るみに出るリスクは豪に限らず、日本でも今後高まる可能性があり、注意が必要です。
  • 偽造された金地金(金塊)が世界の金業界を揺るがしているとの報道がありました(令和元年8月30日付ロイター)。それによると、密輸された金や違法な金を「洗浄する」ために主要な製錬業者の偽造された刻印の付いた金地金が、世界の市場に入り込んでいるといい、偽造された金地金を検出するのは難しく、麻薬ディーラーなどの犯罪組織や制裁対象国の政権にとって格好の資金源になっているということです。従来から、より安い金属の塊に金をめっきした偽造品は業界では一般的ではあるものの、検出も容易な場合が多いといいます(金地金は一流の精錬業者の刻印がなければ、地下の販売網への流通や低い価格での売却を強いられることになるようです)。ただ今回は、偽造自体は巧妙で、金は本物、純度は非常に高く、刻印だけが偽物というもので、刻印を偽造することで、紛争鉱物の流通阻止やAML/CFTのための世界的な措置をかいくぐる比較的新しい手法だと指摘されています。精錬業者を認定するロンドン貴金属市場協会(LBMA)は、偽造防止の基準を策定、また、セキュリティを強化する手段として、生産されたそれぞれの金地金に関する情報を包含した世界的なDBの構築に取り組む方向とのことですが、それらが導入されるまでの間は、偽造品を介したマネロンが横行するリスクが高いといえ、犯罪組織を利する実態の解消が急務だといえます。

(3)特殊詐欺を巡る動向

本コラムでもその動向について取り上げている、特殊詐欺の被害を巡り暴力団トップに損害賠償を請求する民事訴訟が相次いでいる件については、現在、裁判所の判断が分かれている状況にあります。争点は、詐欺の過程で「暴力団の威力」を利用したことを立証できるかどうかですが、裁判所の課すハードルの高さもいまだ定まっておらず、まだまだ予断を許さない状況が続いています。この問題については、令和元年8月30日付読売新聞で詳しく解説されており、参考になります。たとえば、「立証には複数のハードルがある。まず、みかじめ料の徴収や恐喝といった、暴力団の従来型の資金集めと異なり、特殊詐欺の被害者に「暴力団の威力」が直接示されるケースは少ない。起訴された被告の刑事裁判で関連証拠があれば民事訴訟でも使える。ただ、捜査当局が作成した証拠に有用な記載があるとは限らない」と、その立証の難しさが指摘されているほか、今年5月~6月に出た3件の判決が出た件の争点の取り扱いについてもよく整理されています。以下、その部分を引用して紹介します。

水戸地裁(5月23日)は「暴力団の威力利用」について、「共犯者を集めるなどの過程も含まれる」と解釈。特殊詐欺の共犯者が「組の威力を恐れて受け子探しを引き受けた」として、トップの賠償責任を認めた。

一方、東京地裁(5月24日)はその翌日に逆の結論を導いた。組員による受け子の管理方法やグループの中心人物の素性が不明であることを考慮した判断で、「特殊詐欺を行う者は組員に限られない」ともクギを刺した

結論は異なったが、二つの判決はどちらも「威力利用」の具体性に着目した。これに対し、東京地裁(6月21日)が出した3件目の判決で重視されたのは社会常識だった。警察白書などをもとに「暴力団員の多くが威力を利用して特殊詐欺を実行している」という実態が社会で認識されていると判断。さらに、対象となった事件の犯行形態が「暴力団が加担する組織的、計画的な活動に共通する」として、トップに賠償を命じた

被害者側は3件目の判決について、「このレベルなら立証できる」と歓迎する。だが、ある指定暴力団の相談に乗る弁護士は「警察白書は一般論にすぎず、具体的な立証がなされていない」と批判し、「上納などせず、生活費のために個人的に関わっている末端組員もいる」と指摘する。いずれの判決も高裁に控訴されており、引き続き争われる。

筆者としては、「警察白書」は一般論にすぎない」とはいえ、それが社会常識として浸透していれば、特殊詐欺に加担する者らが暴力団の威力を意識することになるであろうし、「生活費のために個人的に関わっている末端組員もいる」から組織性がないというのは暴力団対策法の趣旨からみればやや乱暴であり、暴力団員として生活している以上、特殊詐欺という犯罪に加担する行為は、何らかの「暴力団の威力を利用して資金を得る行為」の性格を帯びるものであり、生活費であろうと一部は上納金となり組織との関係は全面的に否定はできないであろうことなど、実態と暴力団対策法の趣旨をふまえれば立証も可能ではないかと考えます(もちろん、筆者の個的な意見にすぎません)。いずれにせよ、3件の訴訟は東京高裁にて争われることになるため、何らかの方向性が打ち出されること、それが暴力団をいたずらに利することにならないことを期待したいと思います。

また、前回の本コラム(暴排トピックス2019年8月号)では、副業・兼業と反社リスクの関係について指摘しました(従業員が副業を行う中で、反社会的勢力と取引してしまう可能性が高まるのではないか、SNS等で気軽に非対面取引をするような業態であればなおさらではないか、といった趣旨)。その「働き方改革」という文脈でいえば、特殊詐欺との関係でも注意が必要な状況も考えられます。たとえば、一般の事業者やお堅いイメージのある金融機関でもドレスコードを廃止する動きがあり、軽装化が進んでいますが、それは特殊詐欺の若い「受け子」が「金融機関の者」を名乗って接触してくることの不自然さがなくなる可能性を高めることにつながります。若い「受け子」が着慣れないスーツを着ていたことで、「違和感」を感じたためにだまされずに済んだ(タクシーの運転手などが怪しさを感じて警察に通報した)といった事例はたくさんあり、その「違和感」を感じさせなくする効果が考えられるところです。そもそも、特殊詐欺グループが犯行の発覚を逃れるために軽装化を始めたといわれていますが、「働き方改革」の流れとマッチしてしまっている状況があり、注意が必要です。

次に、例月同様、直近の特殊詐欺の認知・検挙状況等について警察庁の公表資料から確認します。

▼警察庁 令和元年7月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

平成31年1月~令和元年7月の特殊詐欺全体の認知件数は9,529件(前年同期10,186件、前年同期比▲5.8%)、被害総額は174.7億円(215.1億円、▲18.8%)となり、認知件数・被害総額ともに減少傾向が継続しています(なお、減少幅の拡大が続いていましたが、前月同様より縮小傾向が続いています)。なお、検挙件数は3,405件となり、前年同期(3,047件)から+11.7%と昨年を大きく上回るペースで摘発が進んでいることがわかります(検挙人員は1,507人と昨年同期(1,556人)から▲3.1%の結果となりましたが、全体の件数が大きく減少している中、摘発の精度が高まっていると評価できると思います)。また、前回から新たに統計として加わった「特殊詐欺(詐欺・恐喝)」と「特殊詐欺(窃盗)」の2つのカテゴリーについても確認します。「特殊詐欺(詐欺・恐喝)」とは、「オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺、還付金等詐欺、金融商品等取引名目の特殊詐欺、ギャンブル必勝法情報提供名目の特殊詐欺、異性との交際あっせん名目の特殊詐欺及びその他の特殊詐欺を総称したものをいう」ということですので、従来の「振り込め詐欺」となりますが、「特殊詐欺(窃盗)」とは、「オレオレ詐欺等の手口で被害者に接触し、被害者の隙を見てキャッシュカード等を窃取する窃盗をいう」とされ、最近の本手口の急増が反映された形となります。その特殊詐欺(詐欺・恐喝)については、認知件数は7,819件(9,540件、▲18.0%)、被害総額は117.6億円(164.7億円、▲28.6%)と、特殊詐欺全体の傾向に同じく、認知件数・被害総額ともに大きく減少する傾向が続いています(なお、、検挙件数は2,783件(2,886件、▲2.9%)、検挙人員は1,328(1,488人、▲10.8%)とやはり同様の傾向となっています)。また、特殊詐欺(窃盗)の認知件数は1,773件(646件、+174.5%)、被害総額は25.3億円(8.5億円、+197.6%)、検挙件数は622件(181件、+243.6%)、検挙人員は179人(68人、+163.2%)と、正に本カテゴリーが独立した理由を数字が示す形となっています。

類型別の被害状況をみると、まずオレオレ詐欺の認知件数は4,142件(5,298件、▲21.8%)、被害総額は40.9億円(78.3億円、▲47.8%)と、認知件数・被害総額ともに大幅な減少傾向が続いています(5ヶ月前に増加傾向から一転して減少傾向に転じて以降、ともに大幅な減少傾向が続いています。なお、検挙件数は1,757件(1,885件、▲6.8%)、検挙人員は908人(1,069人、▲15.1%)となっています)。また、架空請求詐欺の認知件数は2,053件(2,863件、▲28.3%)、被害総額は53.6億円(65.5億円、▲18.2%)、検挙件数は747件(647件、+15.5%)、検挙人員は355人(325人、+9.2%)、融資保証金詐欺の認知件数は166件(251件、▲33.9%)、被害総額は2.2億円(3.7億円、▲40.8%)、検挙件数は58件(109件、▲46.8%)、検挙人員は14人(20人、▲30.0%)、還付金等詐欺の認知件数は1,409件(1,009件、+39.6%)、被害総額は17.3億円(12.6億円、+37.3%)、検挙件数は180件(132件、+36.4%)、検挙人員は13人(26人、▲50.0%)となっており、特に還付金等詐欺については、認知件数・被害総額ともに減少傾向となっていたところから、一転して大幅に増加しており、今後の動向に注意する必要があります。

なお、それ以外の傾向としては、特殊詐欺全体の被害者の年齢別構成について、60歳以上87.5%・70歳以上74.6%、性別構成については、男性24.2%・女性75.8%となっています。参考までに、オレオレ詐欺では、60歳以上98.3%・70歳以上94.1%、男性13.3%・女性86.7%、融資保証金詐欺では、60歳以上38.2%・70歳以上13.2%、男性79.6%・女性20.4%などとなっており、類型別に傾向が異なっている点に注意が必要であり、以前の本コラム(暴排トピックス2019年7月号)で紹介した警察庁「今後の特殊詐欺対策の推進について」と題した内部通達で示されている、「各都道府県警察は、各々の地域における発生状況を分析し、その結果を踏まえて、被害に遭う可能性のある年齢層の特性にも着目した、官民一体となった効果的な取組を推進すること」、「また、講じた対策の効果を分析し、その結果を踏まえて不断の見直しを行うこと」が重要であることがわかります。また、犯罪インフラの検挙状況としては、口座詐欺の検挙件数は514件(744件、▲30.9%)、検挙人員は302人(413人、▲26.9%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,253件(1,446件、▲13.3%)、検挙人員は1,028人(1,172人、▲13.8%)、携帯電話端末詐欺の検挙件数は160件(165件、▲3.0%)、検挙人員は119人(138人、▲13.8%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は33件(24件、+37.5%)、検挙人員は24人(23人、+4.3%)などとなっています。

さて、特殊詐欺の摘発において、最近、詐欺グループとのやりとりがSNS等に残っているケースがあり、そのやり取りの実態が少しずつ明らかになってきています。たとえば、キャッシュカード4枚の詐取未遂容疑で逮捕された男について、大阪府警が押収したスマホには、詐欺グループに、受け子に採用される際の条件が文面で残されていたといいます。条件は、特殊詐欺グループがSNSを通じて容疑者に送信したものとみられ、報道によれば、「顔付きの身分証の写メ」「ご本人様自撮りの写メをお願いいたします」などと要求した上で、自身や配偶者の連絡先などを送るよう指示していたというものです。これは、詐取金の持ち逃げを防いだり、受け子を辞めさせないようにしたりする狙いがあるのではないかと推測されます。さらに、受け子への採用は、直接面談することなく、スマホでのやり取りだけで決まっていたようです。

また、キャッシュカード1枚の詐取未遂容疑で逮捕された女について、大阪府警が押収したスマホからは、警察官などをかたり、高齢者のキャッシュカードを入れた封筒を偽物とすり替える「カードすり替え詐欺盗」の手口の一端がマニュアルとして残されていたといいます。報道(令和元年8月26日付産経新聞)によれば、(1)○○警察△△の件で伺いました。●●と申します。封入作業の件で伺いました。(2)早速ですが、封入作業を行わせて頂きます。→カラの封筒を出す→カードをお願いします(お客様がカードを持ってくる)。そこからの【作業手順】として、「自分で封筒を持って」「自分でお客様のカードを入れる」「今入れますからねー」「はい!全部で○枚、入れましたよ!」「ノリをつける」「じゃあノリつけますねー!」「はい!つけました!」(間髪を入れずに)「※「あ、○○さん。銀行印持ってきてください!」「※印鑑を取りにいかせる」(封筒をキープしたまま隙をつくる)・・・といったものです。このマニュアルでは、被害者宅を訪れたときからの言動を詳細に指示しており、特に、封筒をのり付けした直後に被害者に印鑑を取りに行かせ、その隙に偽の封筒とすり替える場面には※印をつけ、犯行の重要部分であることを示すなどかなり具体的なものであり、このようにセリフや行動を細かく指示する内容からは、犯行に不慣れなアルバイト感覚の少年らを手足に使う組織の特性が見て取れるといえます。さらに、メ一定の時間で消えるように設定されており●●、グループは証拠隠滅を図ったとみられています。

さらに、やはり高齢者のキャッシュカードの詐取未遂容疑で逮捕された高校2年生の男子生徒について、大阪府警が押収したスマホからは、「カードすり替え詐欺盗」の図解入りのマニュアルが含まれていたといいます。報道によれば、「仕事の内容の流れ」と題したマニュアルには、カードをすり替える手口を図解付きで説明。「(1)一番下に偽物が入った封筒を用意しておく、(2)お客さんのカードは封筒の束の一番上に入れます。封筒の上と下をひっくり返してしまいます」などと書かれていたということです。

また、架空請求詐欺に使うはがきを印刷したとして、愛知など4道県警の合同捜査本部は、東京都豊島区の無職ら男4人を有印私文書偽造や同ほう助の疑いで逮捕、送検したと発表しています。報道によれば、都内の事務所などから10万枚以上のはがきが見つかり、捜査本部は詐欺グループの印刷拠点とみて調べているとのことです。本コラムでも取り上げているとおり、はがきを使った架空請求詐欺はここ数年多発していますが、印刷拠点の摘発は全国初となります。具体的な手口としてすでに知られているように、実在しない「訴訟通知センター」名義で、はがきに「民事訴訟最終通達書」などとうその内容が印刷されていたものです。その他にも、都内や埼玉県内の関係先などにも段ボールなどに入った大量のはがきや印刷機23台や名簿データが入ったパソコン1台が押収されたということです。

その他、特殊詐欺(詐欺)に関する最近のトピックスから、いくつか紹介します。

  • ITベンダーがAIを活用した特殊詐欺防止に取り組んでいます。たとえば、日立オムロンターミナルソリューションズは、ATM内臓のカメラで撮影した画像をAIで分析し、携帯電話やマスク・サングラスの使用を検知する機能を開発、検知した場合、ATMの画面に注意喚起や、マスクなどを取るように促すメッセージを表示、被害者の振込みと犯人の出金などを抑制することを狙っています。また、LINEは、東京都と連携してアプリから架空請求書を判定できる機能の提供を始めています。
  • レジ打ち中に記憶した客のクレジットカード情報を悪用し、インターネット通販で買い物をしたとして、警視庁深川署は詐欺などの疑いで、パートの男(34)を逮捕しています。買い物客からクレジットカードを預かった際に氏名やカード番号などを瞬時に暗記し、その情報を使ってインターネット通販で買い物を繰り返していたといいます。押収された容疑者のノートには1,300件以上のカード情報がメモされており、警察は関連を調べるということです。
  • 国民生活センターは、消費税率引き上げに便乗した詐欺に注意するよう呼びかけています。銀行の業界団体を名乗る男から、「消費税増税の関係で、高齢者に社会保険料の一部が戻ることとなった。通帳とキャッシュカードの番号を教えてほしい。お宅は4万円戻る」と電話があった」(80歳代 男性)といった事例を紹介し、「社会的に話題になっている出来事を悪用し、言葉巧みに近づく詐欺手口が見られる。今後、消費税率の引き上げに便乗した手口の発生が予想され、注意が必要」、「金融機関や行政等が、消費税増税を理由に消費者個人に電話をかけてくることはない。「お金が戻ってくる」等と言われても信用してはいけない」、「着信番号通知や録音機を活用し、知っている人以外の電話には直接出ないということもトラブルを避ける一つの方法」、「不審な電話があったら、すぐに最寄りの警察やお住まいの自治体の消費生活センター等に相談を(警察相談専用電話「♯9110」、消費者ホットライン「188」)」などとアドバイスをしています。
  • 国民生活センターは、携帯電話会社をかたる偽SMSに注意するよう呼びかけています。具体的に、全国の消費生活センター等には、「携帯電話会社名で『不正ログインされた可能性があるので、IDとパスワードを変更してください』等のSMS(ショートメッセージサービス)が届き、携帯電話会社のID、パスワード、暗証番号等を入力したら、その後携帯電話会社から身に覚えのない決済メールが届いた」など、携帯電話会社をかたる偽SMSをきっかけに消費者のキャリア決済(携帯電話会社のIDやパスワード等による認証で商品等を購入した代金を、携帯電話の利用料金等と合算して支払うことができる決済方法のこと。携帯電話会社によって名称は異なる)が不正利用された」という相談が寄せられているといいます。同センターでは、このようなケースでは、(1)携帯電話会社の名称でSMS・メールが届いても、記載されているURLには安易にアクセスせず、ID・パスワード等を入力しない、(2)偽のSMS・メールに誘導されてID・パスワード・暗証番号等を入力してしまったら、すぐにID・パスワード・暗証番号等やキャリア決済の設定を変更する・キャリア決済で利用された店舗(サイト)や携帯電話会社に連絡する、(3)キャリア決済の不正利用や偽のSMS・メールへの事前対策をする(キャリア決済の限度額を必要最低限に設定するか、利用しない設定に変更する、「2段階認証」を設定する、迷惑SMS・メール等の対策サービスを活用する、ID・パスワード等の使い回しはしない)、(4)不安に思ったりトラブルになった場合は消費生活センター等や警察に相談を、とアドバイスを行っています。
  • 米で「ロボコール」と呼ばれる自動音声による迷惑電話が、詐欺行為などの犯罪の温床になっているとして社会問題化しているといいます。報道(令和元年8月23日付日本経済新聞)によれば、最近では、米通信政策を担う米連邦通信委員会(FCC)もロボコール対策強化を重要課題の1つに掲げているといいます。今回、全米50州および首都ワシントンの司法当局と、ベライゾン・コミュニケーションズやAT&T、ソフトバンクグループ傘下のスプリントなどの通信大手が共同で「迷惑電話対策宣言」を採択、通信会社は自動的に迷惑電話を遮断する仕組みを取り入れたり、悪質な迷惑電話の発信者の特定に州の司法当局と連携して取り組んだりするとしています。一方で、多くの違法な迷惑電話の発信元は今回の共同宣言に参加していないインターネットを使った電話通信会社であることが多いとの指摘もあり、その実効性が疑問視されています。日本の特殊詐欺同様、米でも詐欺は社会問題化しており、その対策と犯罪者との知恵比べが続く状況は同じ構図です。ただ、日本でもユニバーサルサービスである固定電話でさえ、特殊詐欺に悪用された回線の利用を停止する措置がはじめて導入されるなど、その対策もかなり踏み込んできており、犯罪者に負けない知恵と根気が求められる段階にきているといえます。

(4)暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

暗号資産を巡る動向では、現在、米FB(フェイスブック)が発行を計画している「リブラ」に関する議論が相変わらずホットです。以前の本コラム(暴排トピックス2019年7月号)でも、そのインパクトや課題について、以下のように指摘しました。

規模が大きくなれば、当然ながら通貨の秩序を揺さぶりかねないインパクトを秘めており、その破壊力の大きさから、各国当局は早くも消費者保護やマネー・ローンダリングへの対応などけん制の声を上げ始めています。そもそもこれだけの圧倒的な経済圏が成立すれば、売り買いや送金の記録が特定企業に握られ、利用されることへの不安もあり、FBは大量の個人情報が外部流出するなど情報管理の甘さが批判されてきたもの事実です。さらに、「リブラ」への規制の緩い国では、マネー・ローンダリングやテロ資金供与の温床になりかねない危険性も孕んでいます。さらに、暗号資産の規制については世界に先駆けて導入・運用してきた日本においても、「リブラ」はこれに該当しない可能性があるとさえいわれており、何らかの規制の必要性が感じられるところです。なお、これらについては、「銀行口座をもたない新興国の人々などに向けてもビジネスの機会を開く。技術革新とグローバル化を背景とする、まさに21世紀型の金融インフラとなりうる。それゆえに国や業態ごとに細分化された従来の制度や規制の枠におさまりにくいのも事実だ。利用者そして広く経済や社会の安全性を保つため、各国が連携して課題を洗い出す必要がある。国境をまたぐ金融取引が容易になれば抜け穴も増える。対面でも難しい本人確認をどう徹底するかは大事な課題だ」(令和元年6月25日付日本経済新聞)との指摘があり、極めて示唆に富むものだといえます。そして、このような状況だからこそ、利便性とリスクを慎重に見極め、新たなルールの構築に向けて各国と連携して対処してくことが極めて重要だといえます。

以下、前回に引き続き、「リブラ」を巡るさまざまな懸念の声や動向について、報道等から拾ってみます。

  • 令和元年8月25日付産経新聞のジャパン・デジタル・デザインの楠正憲最高技術責任者(CTO)のコメントにおいて、「マネー・ローンダリング対策をはじめ、課題がたくさんあるのは事実だ。どうクリアしていくか考えないといけない。ただ、『(仮想通貨の代表格である)ビットコイン』が出てきた段階でこうした課題は分かっていた。指摘されている一連の課題は27億人のユーザーがいるというスケールの大きさ以外は既に出ていた論点で、リブラによって惹起された問題ではない。リブラが今後、普及することなく消滅したとしても、第2、第3のリブラのようなものは出てくると考えた方がいい」、(リブラは広がるかとの問いに)「それほど簡単ではない。27億人のユーザーがいるといっても規制をクリアするのに不可欠な本人確認はできておらず、一人一人をチェックしていくのは大変だ。銀行口座を持っていないような新興国の人にとってはリブラを買うことも容易ではないだろう」といった指摘がありました。後述するように、中国独自のデジタル通貨などもリブラとの類似性がみられるなど、リブラを規制しても次々と類似のものが出てくる可能性は高いといえます。また、FBのユーザーの厳格な本人確認ができていない現状では規制をクリアすることは高いハードルとなるだろうし、新興国の人々がどうリーチするのかも実現可能性からいえば疑問があるという点はそのとおりかと思います。
  • EUの反トラスト規制当局は、リブラやその消費者データの活用が反競争的な制限を引き起こす可能性について情報を求めているといいます。特にリブラを管理するリブラ・アソシエーションでの消費者データの利用や情報のやり取りに関して懸念を示しており、EUは8月上旬にリブラの各関係団体に質問状を送付、回答まで2~3週間の猶予を与えているといいます。EUは質問状を送付することにより、公式な調査の下地作りを行っている可能性があるようです。
  • カーニー英イングランド銀行総裁は、基軸通貨ドルに代わるデジタルな「合成的覇権通貨」を提唱、その候補としてリブラを挙げたといいます。報道(令和元年9月7日付日本経済新聞)によれば、その発言の背景には、「世界貿易へのドルの横暴な支配を弱める」「ドル依存ののんきな現状肯定への批判」「人民元など新たな覇権通貨への移行リスクを考えれば合成通貨は検討の価値がある」といった背景があるのではないかと指摘しています。一方、中国は、「リブラとドルが結べば強力な通貨になり中国の選択肢を奪うと警戒」しており、8月には中国人民銀行(中央銀行)の高官は「デジタル人民元」の誕生に言及、民間の暗号資産の需要をそぐ一方で、デジタル人民元により国際化を推し進めることで「中国の通貨主権を守れる」と述べています。つまり、中国にとって重要な「ドルに依存しない仕組み」作りがリブラによって加速されたと考えられるというものです。通貨覇権を巡って、批判一色だった米欧の軌道修正と中国との攻防が始まったともいえます。
  • 令和元年8月29日付日本経済新聞で、日本の日銀のスタンスについて、「実はIMFよりも前に日銀の雨宮正佳副総裁が7月の講演でこうした考え方を発信している。リブラへの警戒感を随所ににじませつつも、中銀が自らデジタル通貨を発行するよりも「技術面で優位にある民間部門のイノベーションを促していくことが重要だ」と強調した。この言葉の裏には、うかうかしていると、リブラに根こそぎのみ込まれるという、決済事業に関わる国内事業者に対する警告の意味が込められている。・・・国際的な場では厳しく、国内では決済事業者に危機感を促す題材に。警戒しながらも利用するという日銀の本音が見え隠れしている」との指摘は極めて興味深いといえます。
  • これらの動向をふまえ、令和元年8月25日付日本経済新聞の社説において、「金融のデジタル化は一国ごとに金融機関を中心に監督する現在の金融規制の再考も迫っている。国境を簡単に越えるデジタル通貨をどう監視・監督するのか、利用者の保護はどうするのか、既存の金融機関を通じて実施していた金融政策の有効性にどう影響するのか、など論点はつきない。マネー・ローンダリングや脱税などの犯罪防止にも高度な取り組みや国際協調が必要になるだろう。リブラに限らず、民間企業が発行するポイントなど電子マネーも国際的に利用が広がっていけば、同様の問題は起こりうる。金融のデジタル化で、購買行動など個人データと金融取引が結びつくデータ金融も加速する。個人情報保護と金融サービスの利便性とのバランスをどうとるかという課題も生じる。・・・日米欧の主要先進国は中央銀行による直接のデジタル通貨発行には慎重姿勢をとっている。だが、今後10~20年先をにらめば金融取引の技術革新が一段と進み、通貨のデジタル化が避けられない趨勢になっていく可能性は排除できない。今から通貨のデジタル化に対応した制度や問題点について政府・中央銀行だけでなく、民間金融機関も十分に検討を進めておくべきだろう」と述べている点は、現時点のリブラに端を発した通貨の未来のあり方の考察として妥当なものといえると思います。
  • その意味では、令和元年9月7日付産経新聞の経済本部・蕎麦谷里志氏のコラムでも、「私たちの暮らしを大きく変える可能性のあるリブラを、頭ごなしに否定するのは考えものだ。実は、日本の規制当局者にも「われわれが技術革新の芽を摘んでよいものか」と、過度な規制を憂慮する声はある。インターネットも、登場時に個人情報流出や児童ポルノ拡散などのリスクを過度に心配して規制していたら、今のような便利な世の中は訪れていないからだ。第5世代(5G)移動通信により、超高速での通信が実現し、全てのモノと人がインターネットのようにつながろうとしている時代だ。当然、お金も例外ではない。課題解消やリスクを最小化させる努力が必要なのは言うまでもないが、発行を後押しする応援団がもっといてもいい」と、同様の論調となっている点は興味深く、リブラに対する風向きが一時の短絡的な批判から、「技術革新の未来をふまえた現状肯定への警鐘」というより中長期的な冷静な視点へと変わりつつあることが感じられます。

さて、暗号資産を巡る最近の動向としては、トラブルが目立っている点が特徴としてあげられます。

まず、暗号資産や情報セキュリティの事業を掲げる「ジュピタープロジェクト」関連会社が投資家から事業資金を集めた後に返還が滞り、トラブルになっているということです。投資家らが近く会社側を提訴するといい、未判明分を含めると集金総額は10億円規模に上る可能性もあるということです。元国会議員や大手企業元役員がジュピター社幹部などとして同社ウェブサイトに名を載せていましたが、一部は辞意を示しています。報道(令和元年8月25日付産経新聞)によれば、ジュピター社は独自の仮想通貨を発行して資金を集める「ICO(イニシャル・コイン・オファリング)」をウェブサイトなどで公表、関連会社は「極秘セミナー」などと称して投資家を集め、3カ月で1.5倍など高利回りをうたっていたといいます。なお、同社は報道に対して「報道の内容を、確認いたしましたが全くの事実誤認であり、関連会社という表記がされておりましたが、ジュピタープロジェクトには、関連会社がございません」と反論しています。

また、最近、金融庁の行政処分の解除がなされたものの、暗号資産約30億円相当が流出したビットポイントジャパンについて、台湾の合弁会社(ビットポイント台湾)が損害賠償を求めて東京地裁に提訴しています。不正流出で損害を受けたほか、台湾の顧客に仮想通貨の取引を仲介するときに、代金として日本の同社に送る資金を過剰に請求されていたというものです。報道によれば、暗号資産の流出やビットポイントジャパンのずさんな帳票管理により、ビットポイント台湾の顧客25,000人の資産は法定通貨で約5億900万円分、暗号資産(5種類)で計約23億7,300万円分がそれぞれ不足しているといい、ビットポイント台湾はこのうち、法定通貨分と暗号資産「イーサリアム」の不足分約5億1,000万円など計約10億2,400万円の賠償をビットポイントジャパンに求めているといいます。なお、親会社のリミックスポイント社(東証二部)は、令和元年8月22日付のリリースで、「当社は、可能な範囲で事実確認をしておりますが、現時点において、訴状の送達を受けておらず、具体的な請求内容等については確認できておりません。今後、仮に送達等があった場合には、早急に事実関係を確認の上、しかるべき対応を行うとともに、開示すべき事項があれば速やかに公表させていただきます。なお、当社およびBPJといたしましては、当該報道における内容は事実と異なる点があるものと考えております」としています(現時点で追加情報等は公表されていません)。

また、暗号資産が流出したという点で、昨年9月に不正アクセスによって約70億円相当の暗号資産が流出した「テックビューロ」の件も記憶に新しいところですが、同社が仮想通貨交換業の登録を返上し、廃業すると発表しています。仮想通貨の登録業者は現在19社あり、廃業は初めてとなります。テックビューロは昨年11月、金融情報サービスなどを手がけるフィスコのグループ会社に仮想通貨の交換事業を譲渡し、現在は残った顧客への返金を進めており、一連の作業が終わり次第、登録を返上する予定で、廃業は年明けになる見通しということです。

(5)テロリスクを巡る動向

前回の本コラム(暴排トピックス2019年8月号)において、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)について、米国防総省がまとめた報告書で、ISはイラクとシリアで多くの支配領域を失ったにもかかわらず、イラクでは戦闘能力を強化し、シリアでは勢いを盛り返していると指摘されたことを紹介し、その背景に、両国の現地部隊が長期的な作戦や複数の作戦を同時にできず、ISはその弱点につけ込んでいる構図があると指摘しました。さらに、この報告書について、報道(令和元年8月26日付産経新聞)によれば、「ISは最高4億ドル(約425億円)を隠し持ち、漁業や車の売買、大麻栽培などに投資。なおもシリアとイラクには最大18,000人の戦闘員を擁し、狙撃や奇襲、誘拐、暗殺などを実行している。シリアでは、対ISで米国と共闘した少数民族クルド人の民兵組織が避難民キャンプを運営し、IS戦闘員の家族らを収容している。しかし、監視の目が行き届かず、ISのイデオロギーが浸透する温床となっているとの指摘もある」ということです。また、最近では、ポンペオ米国務長官が、攻撃能力は大幅に低下しているものの、一部地域で勢力が拡大しているとの認識を示し、「この問題は複雑だ。3、4年前と比べて勢力が強まっている地域もある」とする一方、組織の最高指導者は行方不明で、攻撃能力は一層厳しい状況に置かれているとも述べています。さらに、トランプ米大統領も、「他の国もISと戦う必要がある」との考えを示し、ロシア、パキスタン、イランなどを例に挙げるなど、明らかにISの再復活(リアルIS化)に対する警戒感が強まっています。なお、トランプ氏は、勾留されているIS戦闘員の身柄を欧州諸国が引き受けなければ、米国はドイツやフランスなど、こうした戦闘員が元にいた国に送り返さざるを得なくなると述べ、以前から問題視してきたIS帰還戦闘員への対応について、その解決の必要性をあらためて指摘しています。また、ISについては、仏G7サミットに招かれたアフリカ連合(AU)の議長国、エジプトのシーシー大統領がテロ組織との戦いにおける国際協調の必要性を訴えた点にも注意が必要です。アフリカでは昨年から今年にかけ、ISが多くのテロ事件で犯行声明を出し、勢力拡大をアピールしており(英BBC放送が、今年3月、ISはリビアやエジプト、アルジェリア、ソマリア、ナイジェリアに拠点を持ち、チュニジアやブルキナファソでも活動が活発化していると報じています。その裏付けとして、昨年、欧米で声明を出した事件は7件だったのに対し、エジプト・シナイ半島で181件、ソマリアで73件、ナイジェリアで44件の犯行声明が出されたと指摘しています)、アフリカでの拠点構築にシフトしている状況がうかがえます。この点について、同報道で、「アフリカは国民が貧しく政府も腐敗し、(就職などの)機会も平等でない国が多い」とし、ISが付け入る余地があると専門家(カイロ大学教授)が指摘していますが、その趣旨は本コラムも以前から繰り返し述べているとおりです。2016年に日本がG7伊勢志摩サミットにおいて取りまとめた「テロ及び暴力的過激主義対策に関するG7行動計画」等においては、(1)テロ対処能力向上、(2)テロの根本原因である暴力的過激主義対策及び(3)穏健な社会構築を下支えする社会経済開発のための取組から成る総合的なテロ対策強化がうたわれましたが、テロ発生のメカニズムをふまえれば、(1)や(2)の側面だけで対策は完了せず、(3)すなわち、「人心と国土の荒廃は政情不安だけでなくテロの温床ともなる」ことへの対策も極めて重要だというものです。社会経済的な側面からのアプローチによってテロを封じ込める、社会経済的な精神面・経済面での充足感が人々の「疑心暗鬼」や「憎悪」、「亀裂」「分断」を和らげ、テロ発生の「芽」を摘んでいくといった取り組みがあわせて行われない限り、テロを根絶することは難しいといえます。そして、この部分こそ、日本が国際社会におけるテロ対策において活躍できる領域として今後、力を入れていくべきものです。直近では、イラク北部キルクークで、ISによる攻撃や紛争で心の傷を負った子どもたちをケアする現地と日本のNGOの共同プログラムが、資金不足に苦しんでいるとの報道がありました。日本側はインターネットのクラウドファンディングで10月3日までに400万円の寄付集めを目指しているということです(7~13歳の避難民の子ども約70人を約2カ月間支援できる金額に相当するといいます)。イラク側は「未来を担う子どもたちを癒やし、平和共存の機運を高めたい」と支援を求めていると報じられていましたが、まさにこのような活動の定着、そのための支援こそ日本や国際社会が行うべき(行いやすい)取り組みだといえると思います。

さて、スイスのジュネーブで開かれた国連の「自律型致死兵器システム」に関する政府専門家会合は、兵器使用には人間が責任を持つなどの指針を含む報告書を全会一致で採択しました。AIが人を介さず判断する自律型の「ロボット兵器」を認めないという理念に、法的拘束力はないものの事実上の国際規範として各国が合意した形で、規制につながる国際基準の第一歩となるものと期待されます。指針では、今後あり得る自律型致死兵器の開発や使用を含むあらゆる兵器システムに国際人道法が適用されることを確認、兵器使用の判断には人間が責任を持たねばならないとしましたが、一方で、自律知能技術そのものの進化を妨げてはならないとも記しており、今後の指針の解釈にグレーゾーンがあり実効性に課題が残るといえるかと思います。テロにおいては、その手段としてさまざまな兵器が使用されている一方で、「殉教」を前提とした自爆型テロが多いともいえますが、それでもなお、「殉教」者のリクルートを行うことなく、テロの頻度や精度、威力を最大限に高め、「テロの脅威」だけを社会に植えつける有効な手段としてAI兵器が選ばれないとも限りません。さらに、AI兵器自体の開発をテロ組織が自ら行うことすら考えられ、技術革新の恩恵がテロ組織にももたらされている現実を直視し、理念や指針だけでテロを防ぐことが困難であることも認識しておく必要があるといえます。

また、テロの手段の変化という点では、「サイバーテロ」の視点も重要です。最近では、サイバー空間で米国とロシアの攻防が激化していることがその一例です(国家間のサイバーテロでもありますが、サイバー戦争ともいえます)。報道(令和元年8月23日付日本経済新聞)によれば、2016年の米大統領選でサイバー攻撃を仕掛けたロシアは米国のインフラ網にも入り込み、破壊工作を可能にしているとみられ、米国も対抗措置に動き出していることがわかります。直近の事例として、国土安全保障省や米連邦捜査局(FBI)が電力・エネルギー網が有害プログラムに侵されていると発表、ロシアハッカーが原子力発電所のシステムにも入り込んでいる実態を明らかにしたうえで、ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)が今年6月、「ロシアなど我々にサイバー工作を仕掛ける国に代償を分からせる」と攻撃的なサイバー戦略に乗り出すと表明、その数日後には、米サイバー軍がロシアの電力網コンピューターに入り、「潜在的に大損害を与える有害プログラム」を埋め込んだ

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