暴排トピックス
首席研究員 芳賀 恒人

1.暴力団対策は大きな転換点を迎える
2.最近のトピックス
(1)AML/CFT/CPF動向
(2)特殊詐欺を巡る動向
(3)薬物を巡る動向
(4)テロリスクを巡る動向
(5)犯罪インフラを巡る動向
(6)誹謗中傷/偽情報・誤情報等を巡る動向
(7)その他のトピックス
・中央銀行デジタル通貨(CBDC)/ステーブルコイン/暗号資産を巡る動向
・IRカジノ/依存症を巡る動向
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例の改正動向(山口県)
(2)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(沖縄県)
(3)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(新潟県)
1.暴力団対策は大きな転換点を迎える
暴力団対策が大きな転換点を迎えます。2015年8月以降の六代目山口組の分裂抗争を巡り、大阪や兵庫などの8府県警は、各府県の公安委員会が、六代目山口組と絆會に適用している「特定抗争指定」を延長しないと明らかにしました。対立抗争により市民に重大な危害を及ぼす恐れがあるとして、活動が大幅に制限される「特定抗争指定暴力団」への現在の指定期限は2026年9月20日までで、対立が沈静化したと判断されたものです。8府県は茨城、岐阜、愛知、三重、滋賀、京都、大阪、兵庫で、2023年に神戸市のラーメン店で六代目山口組傘下組織組長が射殺された事件で、絆會幹部らが逮捕、起訴されるなど一時は対立が激化、2024年6月、暴力団対策法に基づく特定抗争指定が両組織に適用され、設定区域内での活動を大幅に制限され、その後は指定延長が続いていました。2026年8月、兵庫や岡山など7府県の公安委が六代目山口組と池田組の特定抗争指定を延長しないと発表、同9月7日が期限で、六代目山口組分裂を巡る特定抗争指定では初の解除となります。残る神戸山口組との指定は同10月6日に期限を迎えますが、警察当局は延長の可否を慎重に判断するとみられています。2025年末時点の構成員は六代目山口組が約3100人、絆會が約50人で、県公安委などの聞き取りに対し、六代目山口組は絆會を含む対立3団体との抗争は終結したとの認識を示し、絆會は抗争事件を発生させる意思を示さなかったといいます。分裂抗争を巡っては、六代目山口組幹部らが2025年4月、兵庫県警本部に対立組織との抗争終結の意向を示す「宣誓書」を提出、その後大幅な人事異動を行うなど抗争に区切りを付けるような動きをみせています。一方、対立組織側に目立った反応はなく、先行きは不透明な状況でした。なお、両団体による抗争事件は2023年4月以降、発生していないといいます。なお、特定抗争指定が解除されると、警戒区域として定められた自治体での事務所の出入りや、おおむね5人以上で集まることなどの活動が禁止されなくなります。
次の関心は、当然ながら六代目山口組と神戸山口組の「特定抗争指定暴力団」の指定の解除の可否となります。週刊誌情報では、「最大の対立軸であった神戸山口組との指定についても解除されるだろうとの見方が浮上しています。取材で接する警察幹部は“このまま行けば解除は確実”と言っていました」(同)「私も同様の話を聞いています。具体的には、10月6日に迎える次回の指定期限ではなく、その次のタイミングで解除されるのではないかという見方が浮上しているとのことです」という観測が飛び交っていますが、筆者としても概ね同様の考えです。圧倒的な勢力の差、六代目山口組が提出した「宣誓書」から1年以上が経過してその内容が現実味を帯びていることが挙げられます。とはいえ、特定抗争指定は分裂抗争を封じ込める最大の武器であり、警察がその解除へと舵を切る以上、暴力団対策のあり方を明確にしていく必要があるともいえます。そもそも指定解除の方針に対しては、事務所周辺に住む地域住民や市民の間から「再び組員が集まり、治安が悪化するのではないか」という不安や不満の声が高まるのは避けられません。強力な立ち入り禁止措置によってようやく平穏を取り戻した地域社会にとって、規制緩和は暴力団の復活を許すかのように映ることは避けなければならず、「特定抗争」という異常事態に対する特別法の規制は外れるものの通常の暴力団排除条例や暴力団対策法、各種法令の規制はそのまま維持されること、警察としてはこれまでの厳しい監視体制とはまた違ったアプローチ体制を整備し、地域住民の安全確保には引き続き万全を期すことで、市民の不満や懸念を払拭するとの強い意志を粘り強く訴えていくことになります。一方、長年の抗争に対して六代目が勝利宣言を行って、七代目へと正式に跡目を譲るには好適なタイミングとなるのも事実であり、特定抗争指定の解除から始まる情勢の変化は、1つの時代の終焉と新たな犯罪形態に対する治安当局の戦いの始まりを告げているといえます。
暴力団に対する「これまでの厳しい監視体制とはまた違ったアプローチ体制」とは何かを今後、考えていく必要がありますが、以前の本コラム暴排トピックス2024年12月号で指摘したのは以下のとおりであり、筆者としては、六代目山口組の「抗争終結」宣言や山口組の代替わりに向けた動きがあっても、そして、特定抗争指定が解除されたとしても、暴力団のあり様を巡る地殻変動からみれば表面的なものでしかないのではなく、暴力団の「自壊」は止められないのではないか、という見立てのもと、中核となる「任侠団体」的な部分と暴力団対策法に規定され、匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)と一体化して経済的利益を追求する犯罪グループとしての「暴力団」とを相互の関係性を認めつつ、対策としてはやや異なるアプローチをとっていく方向性も考えられるところです。
暴力団の表面的な衰退とトクリュウの台頭という二元的な捉え方というより、両者は(その距離感はさまざまではあるものの)大きく見れば一体のものとして捉えることができると思います。その姿は、今後、「任侠団体」としての中核を小さく維持しながら、「犯罪組織」としての性格を一般社会と周縁部分が溶け合う形で社会の中に確実に存在していくことになるはずです(よく言われる「アメーバ状」ではあるものの、社会全体に根を張り巡らせて方々から栄養を吸い上げる「細菌」のようなイメージなのかもしれません)。闇バイトでも明らかなとおり、社会的な「貧困」の深刻化などを背景に、好むと好まざるにかかわらず、一般人の中に一定数、犯罪組織との関わりをもつ層が存在するのであり、社会からの犯罪者の供給は途絶えることはありません(すでに一般人を犯罪者に仕立て上げる「闇のエコシステム」は完成の域に達しています)。こうした状況をふまえれば、近い将来、暴力団対策法のあり方を見直す必要があるとはいえ、現時点では慎重であるべきといえると思います。
なお、1年前の暴排トピックス2025年9月号において、筆者は以下のとおり指摘しています。任侠団体として社会に迷惑をかけない生き方を選択しているというのであれば、「やり場のない思い」を抱えているとしても、情勢に抗うのではなく、受け入れてほしいと切にお願いしたいところです。
トクリュウによる事件防止を目的に、上位者のスマートフォン(スマホ)などから情報を遠隔で入手する手法について、学識者らの検討会が議論を続けています。トクリュウは通信アプリの匿名化技術を操り、非道を繰り返しており、早期の実現を期待したいところです(むしろ遅すぎます)。トクリュウは指示に秘匿性の高い通信アプリを使い、内容は暗号化され、第三者は見ることができないうえ、メッセージの自動消去機能もあり、警察が押収しても復元できないケースも多いのが現状です。現行の通信傍受では限界があり、トクリュウ幹部のスマホを遠隔で監視し、暗号化される前の通信内容を読んで犯行計画を把握し、対策をとると同時に摘発につなげる手法の導入が待たれます。何らかの方法で警察が、トクリュウ幹部のスマホにウイルスなどマルウエア(悪意あるプログラム)を仕込み、ハッキングすることになりますが、スマホ遠隔傍受(遠隔解析)は(1)通信だけを端末上で監視(2)過去の通信、写真、連絡先など保存データまで監視(3)GPS、マイク、カメラなど端末機能を遠隔操作と、できることや得られる情報が多いうえ、対象者の行動、交友関係が正確に把握できることになります。しかも対象には気づかれない利点もあり、どこまでできるようにするか、設計次第で制度の性格は変わり、憲法が保障する「通信の秘密」に関わる可能性もあり、幅広い議論は必要であることは論を俟ちません。ただし、欧米ではテロ防止などを目的に捜査機関によるスマホ遠隔傍受が一般化し、特別なことでなく、この制度があれば、栃木事件で不審者のスマホから上位者をたどって犯行標的が判明し、被害を防げた可能性もありました。筆者は、「犯罪組織がスマホに逃げ込んでいる以上、追い、引きずり出す権限と武器を警察に与えるのは当然と考える。ただ、強大な捜査手法である。警察が適正な手続きで運用することが必須であるのは言うまでもない」(産経新聞)との指摘に完全に同意します。さらに、その意味や犯罪捜査における位置づけについて、2026年9月3日付産経新聞の記事「サイバー犯罪捜査 強さと適正さの両立図れ」において、「警察庁は8月、匿名・流動型犯罪グループ対策の有識者検討会を立ち上げ、匿流(トクリュウ)上位者のスマートフォンに遠隔でアクセスし、通信内容などを取得・分析する捜査手法を議論している。ここでも注目すべきは犯罪成立前の情報入手で被害防止を検討している点だ。国家的サイバー攻撃への対処で導入された「情報を入手し、危害が生じる前に介入する」との能動的サイバー防御の発想が組織犯罪捜査に広がろうとしている。容疑ごとの縦割り捜査から集約捜査へ、都道府県単位から全国、国際単位へ、事後捜査から予防へ。8年は戦後警察の大きな転換点として記憶されるだろう。変化に臆してはならない。警察は新たな法的武器を駆使し、組織犯罪の中枢を突き止め、壊滅に追い込むべきだ。権限と情報量が増し、発生前も介入する警察は今以上に強力な組織になる。見立てに固執した際の危険は過去の不祥事が証明する。白書は大川原化工機捜査の問題も記載した。警察は強くなければ国民を守れない。同時に強さを誤らせない「適正さ」も不可欠だ」との指摘もありました。こちらも正に正鵠を射るものです。
警察庁の有識者検討会は、トクリュウが秘匿性の高い通信アプリで行う連絡を把握し、被害の発生を未然に防ぐためにスマホの「遠隔解析」と呼ぶ新たな手法の導入を提言する骨子をまとめました。現行の捜査手段では暗号化や自動消去機能のため通信内容が把握しにくく、実行役の摘発だけでは上位指示者や次の標的を断ち切れない状況が続いているため、重要犯罪の差し迫った恐れがある場合に限定して、裁判所の許可(令状)を得て対象端末へ遠隔的にアクセスし、端末内の通信や電話帳、行動に関する情報を取得して被害防止措置(警戒通知やパトロール強化など)を行うことを想定しています。許可範囲を超える情報は削除し、解析担当と被害対応担当を分離するなど運用上のセーフガードを設ける方針としています。検討会は遠隔解析を法的に可能とするための制度設計を進めることを示し、憲法上保障される「通信の秘密」やプライバシー侵害の問題に対しては、司法による事前審査(令状)や明確で詳細なルール設定、事後の監督(公安委員会への報告や検証)を要件とすることで、必要かつ合理的な制限として許容され得ると判断しました。対象は重大な犯罪被害が迫っていると認められる場合に限り、被害者の氏名・住所、犯行日時、実行者数、集合場所、詐欺の電話先リストや振込先など、被害防止に直結する情報のみに限定する方向であり、捜査目的で得た情報の刑事手続への活用は、適切な手続きを経れば許容され得ると明記されました。手法の技術面については具体的手法を公開せず、対象端末に気付かれず所在が不明でも情報取得が可能なアクセス方法を想定しているとされますが、実際にはマルウエアや「ポリスウェア」による端末侵入といったハッキング的手法や、海外での「オンライン捜索」や能動的サイバー防御(ACD)に類似する方法が参照されていると報じられています。警察庁は遠隔解析を実施する担当官を警察庁長官が指定する専門官に限定し、都道府県警からの依頼に基づきその専門官が裁判所に許可状を請求して実行する仕組みを想定しています。導入の背景には、特殊詐欺や強盗などトクリュウ関係事件の被害額・件数が増大し、現行の捜査体制で被害抑止が困難となっている深刻な状況があるためで、検討会や一部識者は新たな技術的措置の早急な導入の必要性を認めています。しかし、遠隔解析は端末内の行動履歴や交友関係、思想・信条に関わる情報まで触れる可能性があり、「住宅一軒分」に相当するほど広範なプライバシー侵害を招く懸念が強いと指摘されています。そこで検討会は、対象端末の特定要件や解析の必要性・緊急性、取得情報の範囲を厳格に定め、許可状で認められなかった情報は即時消去すること、対象者への事後通知を行うこと、公安委員会等による事後検証を義務づけることなど、乱用防止と透明性確保の措置を繰り返し強調しています。有識者の中には、形式上は行政手続きとして位置づける案に対しても、実態は刑事捜査に近い強い手段であり、捜査と同等の厳格さが担保されるべきだと指摘する声があります。遠隔解析で得られた情報が被害防止に資する一方で、捜査や監視の拡大につながる懸念が残るため、技術的詳細の非公開や実施要件の厳格化、事後的な司法・行政によるチェック体制の明確化が不可欠であるとの見解が示されています。海外事例を参考にすると、ドイツやフランス、米英豪などでは既に裁判所の許可下で対象端末に遠隔アクセスして情報を収集する法制度や運用があり、取得後の通知や取得範囲の限定など運用ルールが導入されています。検討会はこれらを踏まえつつ、日本国内での具体的制度設計や警察官職務執行法等の改正作業を急ぐ方針で、最終提言は近く公表される見込みです。警察庁の提言骨子は、トクリュウによる重大犯罪を未然に防ぐために、裁判所令状を前提とした遠隔解析を導入し、取得情報の範囲限定・専門官による実施・事後監督といった制度的制約でプライバシー侵害を最小化しつつ運用することを目指すものですが、技術的手段の非公開性や端末内情報の広範さ、捜査との境界など多くの法的・運用上の課題と国民的懸念が残されています。
▼ 警察庁 匿名・流動型犯罪グループによる犯罪被害対策のための技術的措置に関する有識者検討会
▼ 第2回 資料7 警察庁説明資料(御意見を踏まえて整理した制度・運用イメージ)
- 被害防止の責務
- 重大な犯罪による被害が発生・拡大する蓋然性がある。
- 犯行計画の把握等により、被害が切迫している者が特定された。
- 被害切迫者への防犯指導など被害防止策を講じる責務
- 「遠隔解析」の開始に向けた手続
- 情報の分析、対策の検討
- 被害の発生・拡大の高度な蓋然性がある。
- 急を要する。
- 他の方法では速やかに情報が得られない。
- 犯行計画の
- 遠隔解析の必要性
- 対象端末の特定
- 得情報の特定
- 専門的知見を有する警察官
- 警察庁による組織的統制
- 把握のため遠隔解析を依頼
- 要件の検討
- 裁判官に許可状を請求
- 要件の審査(裁判官)
- 許可状の発付
- 情報の分析、対策の検討
- 「遠隔解析」の実施
- 犯人グループが使用する端末にアクセス
- 端末内の情報を確認
- 必要な情報を複写・取得
- 許可状で取得が認められた情報以外を削除
- 捜索・差押えに係る最高裁判例、確立した実務等を踏まえ、制度を運用。
- 被害防止の責務の達成
- 遠隔解析で得た情報(犯行計画)
- 被害切迫者の氏名・住所
- 犯行の日時、手口
- 実行犯の凶器、役割分担 等
- 犯行グループの犯行計画が判明した場合、現場活動等を通じて被害を防止
- 遠隔解析で得た情報(犯行計画)
- 引き続き御議論いただきたい事項
- 基本的な制度・運用の在り方
- 匿名・流動型犯罪グループによる犯罪被害対策のための技術的措置に係る基本的な制度・運用の在り方
- 「遠隔解析」の適正性担保のための事後手続
- 「遠隔解析」の対象となった電子計算機の使用者への通知
- 「遠隔解析」の対象となった電子計算機の使用者への通知の必要性、通知が困難な場合や通知することによって被害防止措置に支障が生じる場合の対応等
- 事後的なチェック
- 「遠隔解析」が適正に実施されていることを担保するための事後的なチェックの在り方
- 遠隔解析により得られた情報の活用
- 被害防止を目的として行われる「遠隔解析」により取得した情報の活用の在り方
- 「遠隔解析」の対象となった電子計算機の使用者への通知
- 基本的な制度・運用の在り方
▼ 警察庁 匿名・流動型犯罪グループによる犯罪被害対策のための技術的措置に関する有識者検討会 第3回
▼ 資料8 匿名・流動型犯罪グループによる犯罪被害対策のための技術的措置に係る有識者検討会 提言骨子(案)
- 匿名・流動型犯罪グループによる犯罪被害対策のための技術的措置の必要性
- 近年、匿名・流動型犯罪グループによる特殊詐欺の被害額は顕著に増加しており、令和7年中の被害額は過去最多となっているほか、人身犯罪である強盗事件も連続的に発生し、国民の尊い生命が奪われる事態にまで至っている等、匿名・流動型犯罪グループによる犯罪被害は正に異常事態と呼ぶべき深刻な情勢となっている。
- 匿名・流動型犯罪グループは、実行犯の募集、犯行の指示等を、通信内容について高い秘匿性を有する通信用アプリケーション(以下「通信アプリ」という。)を使用し、かつ、非対面で匿名によりこれを行うことが一般的である。こうした特徴を有する犯罪者達を物理的に追いかけることは容易ではなく、警察のリソースにも限りがある。また、「捨て駒」である実行犯を検挙したとしても、上位の指示役や次の犯行の標的を速やかに特定することは困難であり、その間に新たな実行犯が補充されて犯行が継続することになる。こうした厳しい実態を踏まえると、匿名・流動型犯罪グループに対しては、刑罰規定の持つべき予防効果が十分に機能していない状況になっていると言わざるを得ない。
- また、パーソナルな端末であり移動しながら動画等も発信できるなど豊富な情報がやり取りされるスマートフォンは、個人の生活や経済・社会の発展に貢献してきた反面、その悪用への対策は、長年にわたり大きな課題となってきた。特に、秘匿性の高い通信アプリについては、匿名・流動型犯罪グループが犯行に悪用し、警察による捜査・対策をより困難にしている。
- 具体的には、現行の刑事手続においては、例えば、通信内容等を取得する手段として通信事業者に命じて事業者が保管・管理する情報を提供させる電磁的記録提供命令と、通信経路上の通信内容をリアルタイムで捕捉する通信傍受という2つの捜査手法が認められているが、これらの捜査手法では、強固な暗号措置が講じられた通信アプリによって犯行グループがやり取りした犯罪関連通信の内容を解明することは極めて困難である。
- こうした現状に鑑みれば、匿名・流動型犯罪グループに対する新たな技術的措置として、犯罪者グループの端末から犯罪に悪用される通信アプリの通信内容等を迅速に把握し、被害防止に活用する手法(以下「遠隔解析」という。)を早急に導入することが必要である。被害者の受ける財産的打撃、精神的な打撃等は計り知れず、従前の刑事手続だけでなく、こうした悲惨な被害者を生まないための対策が急務である。また、当該措置の導入により、重大な犯罪に加担している自覚が薄い末端の者による犯行を未然に防ぎ、同時に、「闇バイト」に安易に応募した若者が重い罪に問われるような事態を防ぐことにもつながることが期待される。
- また、匿名・流動型犯罪グループによる犯罪は、国境を越えて行われることも多いことから、技術的措置を導入することにより、諸外国の当局との協力の現場において、我が国が実施可能な措置の選択肢が広がることも期待される。
- 遠隔解析に係る制度の在り方
- 遠隔解析により個人の端末から取得することとなる、秘匿性の高い通信アプリの通信内容については、憲法上の通信の秘密に関わるものであるとともに、プライバシーの保護が及ぶものとして考えるべきである。
- その上で、適正手続の下で、必要な限度で通信の秘密やプライバシーを制限しながら捜査を行うことは憲法上も認められており、現行の刑事訴訟法も、こうした捜査の具体的な手続を規定することにより、人権の保護と公益の実現の調和を図っている。また、我が国では憲法上の比較衡量に関する確立された議論枠組みが既に存在しており、これらを踏まえた制度設計を指向すべきである(後記5に詳述)。
- 情報の取得が正当化されるためには、措置により実現される公益の内容と程度が、人権の制約の度合いを上回っているという意味での比例性も必要である。予防的観点から行政措置として犯罪被害の発生そのものを防止するためには、メタ情報だけでなく通信の中身を確認することとなるため、措置の対象者の特定や取得・管理する情報の範囲の決定は丁寧に行い、適正性が担保されるようにする必要がある。
- 犯人が使用する端末から被害防止に資する情報を取得するという目的を達成するために必要かつ合理的な実体的規律、通信の秘密に係る情報が適正に取得・管理されるための手続的規律、そして調査結果を活用して行われる被害防止のための警察活動全体の適正を確保するためのガバナンスの仕組みが求められる。
- 遠隔解析の制度化に当たっては、技術的措置に関する規定に加えて、収集した情報等により被害が切迫している者が判明した場合に、その被害の発生や拡大を防止する措置に関する規定も、併せて整備する必要がある。
- 被害の発生や拡大を防止するための措置
- 「事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現すること」を目的とする刑事手続により、犯罪を一つ一つ立件して対処するだけでは、匿名・流動型犯罪グループによる同種犯行の反復・拡散に歯止めをかけることはできない。このため、現在、検挙のみならず、政府を挙げた広報啓発等により被害防止の取組も推進しているが、それでもなお被害が拡大していく厳しい現状を踏まえれば、一定の重大な犯罪については、より直接的かつ積極的な手法により被害を阻止する必要がある。
- 警察は、警察法第2条により、個人の生命、身体及び財産の保護に任じることとされている。この責務を具現化する形で、犯罪による被害が切迫する者等を警察が特定した場合には、直ちに当該被害を防止するための措置をとることを法律に明記し、警察による一層迅速な対処を促進すべきである。
- 遠隔解析の概要
- 現行制度に基づく対策では、犯罪による被害が切迫する者を特定するための情報をはじめとする被害防止に必要な情報を迅速かつ十分に取得することは困難である。こうした現状を踏まえれば、国民の権利利益の侵害を最小限にするよう配意しつつ、当該必要な情報を取得する技術的措置として、遠隔解析を行う権限を設けるべきである。
- 遠隔解析の制度設計に当たっては、従来の法制及び議論枠組みを踏まえて、生成されるデータを継続的に取得していく措置か保存されたデータを取得する1回の措置か、また行政手続か刑事手続かという観点に着目して、制度設計における要件や手続を整理することが合理的である。
- 遠隔解析を刑事手続上の捜査手法として位置付けるアプローチも考え得るが、特定の犯罪の訴追・処罰を目的とする刑事手続上の措置によっては十分な犯罪予防効果が得られないおそれがあること、予備や未遂も含め犯罪としては未だ成立していない段階においても警察が介入するべき場面が多いと予想されること等の事情が認められることに鑑みると、遠隔解析を、犯罪の予防や阻止を目的とする行政手続上の措置として位置付けることには十分な合理性が認められる。
- その上で、端末内の情報を継続性なく取得する権限として整理するとすれば、刑事訴訟法に基づく差押えの要件・手続を一つの目安として、遠隔解析の要件・手続を構成することが考えられる。
- また、遠隔解析については、現行制度が直面している課題を踏まえ、
- 犯人グループに察知されることなく密行的に実施できるものであること
- 犯行ツールとして使用されるスマートフォン等の電子計算機の所在場所が不明であっても、当該電子計算機が特定されていれば、当該電子計算機に記録された情報の取得を可能とするものであること
- 犯罪による被害が切迫する者を特定する情報その他の被害防止に必要な情報の取得を可能とするものであること
- が必要である。加えて、遠隔解析によって取得すべき情報の範囲については、刑事訴訟法に基づいてスマートフォンやパソコン等の端末を物理的に差し押さえることにより得られる情報の範囲が目安になると考えられる。
- 遠隔解析は、一定の重大な犯罪による被害が切迫した際に、当該被害を防止する目的で行使する行政調査権限として新設することが考えられる。当該権限については、警察官が犯罪の予防を含む職権職務を遂行するために必要な手段を定めることを目的とする警察官職務執行法の中に規定することが考えられる。
- 遠隔解析の具体的な手法を検討するに際しては、端末同士が直接鍵交換をして暗号通信を行うようなインターネットの世界において、従来の事業者を巻き込む制度設計は十分に機能しにくいことに留意するべきである。また、技術的な措置は、様々な可能性がある一方、対策も容易であることから、制度の詳細な内容については十分に情報保全を図るべきである。
- 遠隔解析の具体的制度
- 遠隔解析の要件
- 遠隔解析は、対象となる電子計算機の中で、被害防止に必要な情報がどこにどのような形式で記録されているのかが分からないという状況において、犯人への事前通知は行わずに、権限を行使する時点で当該電子計算機に記録されている電磁的記録のみを抽出して可視化し、その中から被害防止に必要な情報を選別して取得するものとして、関係する国内外の制度を参考に、その実施要件を定めるべきである。
- なお、遠隔解析は、上述のとおり「権限を行使する時点で当該電子計算機に記録されている電磁的記録のみ」を対象とする措置であることから、生成されるデータを継続的に取得するものではない。
- A犯罪被害が発生するおそれ
- 遠隔解析の要件は、刑事訴訟法に基づく差押えの要件を目安とするべきであり、犯罪被害の発生見込みにつき、より厳格な基準(例えば通信傍受における「十分な理由」)までは求める必要性は認められない。
- 他方、遠隔解析は、犯罪者グループによる犯罪被害の発生・拡大の具体的なおそれが認められる場合に限って実施することが望ましく、例えば、一定の重大な犯罪の発生が現に確認された場合で同種の犯罪被害が懸念されるとき等に厳格に限定することが考えられる。
- なお、匿名・流動型犯罪グループのような特徴を有する犯罪者達による犯罪の被害を防止するための実効性のある要件とする必要があることから、「数人の共謀によると認められる犯罪の被害」を対象としつつも、犯罪者間の継続的な結合等を前提とした要件は設けるべきではないと考えられる。
- B対象とする電子計算機の使用者
- 遠隔解析は、切迫する被害を防止するための必要な措置であるものの、犯罪とは無関係の者が使用する端末に対しても遠隔解析を実施されるのではないかとの懸念は確実に払拭するべきである。その観点から、遠隔解析の対象となる電子計算機は、被害が発生するおそれがある重大犯罪の犯人が使用すると合理的に認められるものに限定するべきである。
- C対象とする電子計算機
- 遠隔解析は、切迫する被害を防止するための措置であり、後述のように、犯罪による被害が切迫する者を特定する情報や切迫する犯罪の実行に関する情報などを取得するものである。
- そのような情報は、指示役から実行犯への指示などの犯人同士の連絡や犯人から被害者への連絡に用いられた端末(電子計算機)に保存されている蓋然性が高いと考えられることから、遠隔解析の対象は、こうした電子計算機であることが合理的に認められるものに限定するべきである。
- D対象とする電磁的記録
- 遠隔解析の目的は、匿名・流動型犯罪グループ等による重大な犯罪の被害が切迫する者を調査・特定した上で、当該者への注意喚起、警察の対処態勢の整備等を迅速に行い、被害を的確に防止できるようにすることである。
- このため、遠隔解析により取得すべき電磁的記録としては、犯罪による被害が切迫する者を特定する情報(氏名、住所が分かる情報、自宅写真等)のほか、犯罪が行われる日時、襲撃に加わる実行役の人数、準備している凶器等の切迫する重大な犯罪に関する情報が想定される。
- また、実際の運用においては、刑事訴訟法に基づいてスマートフォン等の端末を物理的に差し押さえることにより得られる情報の範囲も参考にすべきである。
- E緊急性
- 遠隔解析は、差し迫った人身・財産等への危険を回避するなど、必要な場合に限定して権限を行使することが望ましいことから、重大な犯罪による被害の発生・拡大が差し迫っており、警察官による職務執行を緊急に行う必要があることを要件として設けるべきである。
- F補充性
- 遠隔解析は、電子計算機の使用者に事前に通知することなくそこに記録された電磁的記録を確認するものであり、いわゆるプライバシーの権利等を制約するものである。
- この調査権限が真に必要な場合に限り行使されるようにするための要件を定めることが望ましいことから、他の方法によっては速やかに被害防止のための情報を収集することが困難であるということを要件として設けるべきである。
- A犯罪被害が発生するおそれ
- 遠隔解析の事前手続
- 遠隔解析は、憲法第31条及び第35条の要請を踏まえれば、遠隔解析ができる場合に該当すると認める理由のほか、対象となる電子計算機、取得する電磁的記録の範囲等について、裁判官による事前の審査(許可状の発付)を受けることとするべきである。また、事前の司法による審査(許可状取得手続)においては、憲法第35条の特定性の要請や刑事手続上の既存の強制処分の要件との均衡に照らし、遠隔解析を実施する場合には、その対象となる電子計算機を電話番号、IPアドレスなどの何らかの方法で特定するとともに、取得する電磁的記録の範囲を当該対象となる電子計算機に記録されていると合理的に認められる前記5①Dのような電磁的記録として特定することが要求される。
- 必要な処分
- 遠隔解析に当たっては、対象となる電子計算機内のデータを確認し、取得対象となる情報を探し、選別するという過程を経ることが想定される。この過程においては、技術上の特性から、対象の電子計算機上の情報を、遠隔解析を行う警察官の端末に送信した上で、その内容を確認することが必要となることも考えられる。
- 現在の刑事訴訟法の規律を踏まえれば、取得対象情報を探して選別するという目的に必要な限度で、対象端末内の情報を一時的に警察官の端末に送信し、これを知得することを許容する制度とすることが妥当であり、刑事訴訟法と同様の「必要な処分」に相当する行為を法定するべきである。
- 遠隔解析の要件
- 憲法との関係
- 憲法第13条及び第21条第2項との関係
- 個人が所有する端末におけるプライバシーに関する議論は憲法上も比較的未成熟な分野であるが、遠隔解析の対象となる電子計算機に保存されている秘匿性の高い通信アプリの通信内容は、憲法上の通信の秘密に関わるものであるとともに、プライバシーの保護が及ぶものとして考えるべきである。
- その上で、適正手続の下で、必要な限度で通信の秘密やプライバシーを制限しながら捜査を行うことは憲法上も認められており、現行の刑事訴訟法も、住居の捜索や郵便物の差押え、検証、通信傍受等、捜査の具体的な手続を規定することにより、人権の保護と公益の実現の調和を図っている。また、検証による通信傍受や装着型GPS捜査に関する最高裁判例等において、憲法上の比較衡量に関する確立された議論枠組みが存在している。
- 従来の法制及び議論枠組みを踏まえて、通信傍受のように次々と生じる音声や生成されるデータを捕捉し続ける継続的な措置か、保存されたデータを一の機会に取得する非継続的な措置か、また行政手続か刑事手続かという観点に着目して、制度設計における要件や手続を整理していくことが合理的である。
- 遠隔解析については、裁判官に個別に取得を許可された電磁的記録以外の電磁的記録を取り扱った場合には、これを速やかに消去しなければならず、かつ、他者に提供してはならない旨の規定を置く(後記7(2)B)とともに、遠隔解析を実施する警察官に対する組織的統制を図る(後記7(2)A・D)ことによって、公共の福祉に資する重要な目的のために必要な範囲内に限り行うものといえることから、憲法13条の法意に反するものではないと考えられる。
- また、通信の秘密は、憲法上の権利であるが、法律により公共の福祉のために必要かつ合理的な制限を受けることも認められる。
- 行政手続による通信の秘密の制限については、抽象的な議論のみで「許容される」又は「許容されない」との結論を得ることは適切ではなく、具体的な制度設計の各場面において通信の秘密との関係を考慮し、実体的な規律とそれを遵守するための組織上・手続上の仕組みを作ることが必要であり、加えて、明確で詳細なルールとなるよう考慮することが適当である。
- 遠隔解析については、保存されたデータを一の機会に取得する非継続的な措置として、切迫する重大な犯罪被害を防止する目的の範囲内で情報を取得するための必要かつ合理的な実体的規律が設けられること(前記5(1))、通信の秘密に関わる情報が適正に取得・管理されるための手続的規律が設けられること(後記7(2)B~D)、遠隔解析と被害防止措置という一連の警察活動の全体の適正を確保するためのガバナンスの仕組みが担保されること(後記7(2)A・D)を前提にすれば、通信の秘密やプライバシーへの制約が生じたとしても、その制約の程度はやむを得ない限度にとどまると考えられる。
- 憲法第31条及び第35条との関係
- 遠隔解析については、法律で定められた手続が適正でなければならないことをも意味すると解されている憲法第31条や、捜索及び押収について厳格な令状主義の原則を定め、一定の行政手続にもその要請が及ぶと解されている憲法第35条との関係が論点となる。
- 遠隔解析による情報の取得の目的は、被疑者の特定・検挙ではなく、犯罪による被害が切迫する者に対して被害防止の措置を講じることである。遠隔解析により取得できる情報は当該目的のために必要なものに限られることや、不要な情報の消去義務が設けられること(後記7(2)に詳述)を前提とすれば、遠隔解析が、刑事責任追及のための資料の収集に直接結びつく作用を一般的に有するものとは認められない。
- しかし、この調査権限に基づく電磁的記録の取得は、いわゆるプライバシーの権利の侵害を伴うものであり、かつ、その実質において電子計算機の物理的な差押えと同程度の強制処分と認められることから、一定の行政手続については令状主義の要請も及ぶと解される憲法第35条の法意を考慮する必要があり、事前の司法による審査を設けるべきである。
- 遠隔解析については、前記5(2)のような司法による審査を設けることを前提とすれば、それにより、憲法第31条及び第35条の要請を満たすと考えられる。
- 憲法第13条及び第21条第2項との関係
- 遠隔解析の導入に当たっての実効性・適正性担保措置
- 実効性の担保
- 遠隔解析が真に被害防止に資する制度となるよう、以下の点に留意する必要がある。
- 厳格な要件、適正な手続を導入することを前提としながら、実効性のある対策を導入する必要がある。
- 技術は日々進化することを踏まえ、その変化に柔軟に対応できる制度とする必要がある。
- 犯人らに容易に対抗措置をとられないよう、技術的措置の詳細については徹底した情報保全を図る必要がある。
- 遠隔解析が真に被害防止に資する制度となるよう、以下の点に留意する必要がある。
- 適正性の担保
- 前記5(1)及び(2)のとおり、遠隔解析の制度を設けるためには、重大犯罪による被害発生の高度な蓋然性、緊急性・補充性、犯人の端末への限定等の厳格な要件を設定した上で、事前の司法による審査を受けることとするべきであり、加えて、適正性担保のために以下の措置も講ずるべきである。また、運用上も、情報保全を図りつつ、遠隔解析の導入によって、逆に国民の安全が脅かされることのないよう配意すべきである。なお、憲法上の要請を満たした制度であっても、その趣旨を満たした適正な執行が重要なのはいうまでもない。
- A遠隔解析を行う者の厳格化
- 被害防止の活動に従事する警察官と、遠隔解析を行う警察官との役割を分離した上で、遠隔解析を適正に行うために必要な知識及び能力を有すると認められる警察官を警察庁長官が指名し、遠隔解析の実施権限は当該指名された警察官にのみ認めることとするなど、当該権限の適正な行使を制度的に担保するべきである。
- B取得が認められた情報に該当しない情報の消去
- 遠隔解析により取得する情報の範囲を、目的に照らして必要な範囲内に限る観点から、技術上やむを得ず、取得が認められた情報に該当しない情報を取り扱うこととなった場合においては、その全てを消去することとするべきである。
- また、こうして消去すべき情報が、遠隔解析を行う警察官以外の警察官に提供されることのないようにすることなどを制度的に担保するべきである。
- C遠隔解析の対象となった電子計算機の使用者への通知
- 遠隔解析においては、措置に際して許可状の提示を行い得ないので、その措置がなされたかどうかを相手方が認知することが困難であることが想定される。このため、相手方の権利の保護に必要な事項を遅滞なく相手方に知らしめることで、万が一違法な処分が行われたような場合に、救済の道を開いておくことが望ましい。
- 他方で、通知によって犯罪者グループに対策を講じられてしまう事態や通知すべき対象者を特定できない事態も想定される。このため、通知については、犯罪被害の防止に支障がある場合及び通知先となるべき使用者に関する情報が不明である場合を除いて行うこととしつつ、当該使用者に関する情報が明らかである場合には、当該支障がなくなった後、速やかに行うこととするべきである。
- D公安委員会による事後監督
- 遠隔解析が濫用され、警察による不当な干渉・監視が行われるのではないかとの不安を国民が抱くことによって、警察による適正な職務執行に悪影響が生じることのないようにするべきである。
- 現行の警察制度においては、警察官職務執行法に基づく避難措置の実施結果の報告を受けたり、警察の不適切事案に対する監察機能を果たしたりする管理機関として、公安委員会が存在している。
- これを踏まえ、遠隔解析を行った警察官は、公安委員会にこれを悉皆的に報告し、その確認を求めることとするべきである。また、適正性を確保するため必要があれば、公安委員会が具体的な措置をとることができることとし、透明性の確保に努めつつ、事後監督を行う公安委員会の機能がしっかりと果たされるよう運用するべきである。
- A遠隔解析を行う者の厳格化
- 前記5(1)及び(2)のとおり、遠隔解析の制度を設けるためには、重大犯罪による被害発生の高度な蓋然性、緊急性・補充性、犯人の端末への限定等の厳格な要件を設定した上で、事前の司法による審査を受けることとするべきであり、加えて、適正性担保のために以下の措置も講ずるべきである。また、運用上も、情報保全を図りつつ、遠隔解析の導入によって、逆に国民の安全が脅かされることのないよう配意すべきである。なお、憲法上の要請を満たした制度であっても、その趣旨を満たした適正な執行が重要なのはいうまでもない。
- 実効性の担保
- 遠隔解析により得られた情報の活用の在り方
- 一般に、法律で規定される権限は、それぞれの規定が設けられた趣旨・目的に従って行使されなければならず、他の目的のために行使されてはならない。
- このため、遠隔解析も、犯罪被害の防止という目的を逸脱し、犯罪捜査を目的として権限を行使することは許されず、かつ、制度上もそれを担保するべきである。
- 他方で、行政調査により収集・取得された資料の刑事事件の証拠としての利用に関しては、税務調査に関する最高裁判例において、行政調査で得られた資料を端緒として刑事手続に移行することや当該資料を刑事手続の証拠として利用することも許容されることが示されている。このような判例を踏まえれば、重大犯罪による被害の防止という目的を達成するために実施される遠隔解析によって取得した情報については、刑事訴訟法等に基づく必要な手続を経ることにより、刑事手続で利用することも許容されると解される。特に、現行法上、必ずしも司法による審査を経ない他の行政調査によって取得された情報であっても刑事手続に用いることが許容されているという状況に鑑みれば、厳格な要件・手続を設け、司法による審査を受けて適正に取得された遠隔解析による情報について刑事手続での利用を禁止する理由はないと考えられる。なお、情報の活用に当たっては、当該情報が対象の電子計算機から確かに取得したものであることを事後的に確認可能であることも重要である。
▼ 資料10 匿名・流動型犯罪グループによる犯罪の発生状況等(案)
- 特殊詐欺の被害状況
- 特殊詐欺の被害額は、この数年で爆発的に増加している。令和7年中は約3,257億円に達し、過去最悪を更新することとなったが、令和8年上半期は前年同期を更に上回る約1,816億円となっており、これは1日当たり約10億円の被害が発生している計算になる。
- また、個別の事案を見ると、9回にわたり総額約12億円がだまし取られるなど、長期間の巧妙な欺罔により、継続的に巨額の金銭が詐取される事例も発生している。
- こうした特殊詐欺の多くに、匿名・流動型犯罪グループが関与しているとみられる。
- 強盗等の被害状況
- 匿名・流動型犯罪グループは、凶悪な事件も多数引き起こしている。
- 令和6年には、南関東1都3県において、「闇バイト」を実行犯とする18件の強盗事件が2か月以上にわたって連続発生しており、このうち1件で被害者が殺害され、12件で被害者が負傷している(令和8年2月までに55名(延べ85名)が検挙されている。)。
- また、令和8年5月には、栃木県内で、高校生等を実行役とする強盗殺人事件が発生した。この事件では、実行役は現場指示役の指示に従い被害者を殺害したほか、現場指示役と上位指示役は秘匿性の高い通信アプリを使用していたことが判明している。
- 匿名・流動型犯罪グループによる犯罪の被害防止に向けた取組
- 実態解明及び取締りのための取組
- 警察では、匿名・流動型犯罪グループの組織構造、内部統制の方法、資金の流れ等を解明し、その撲滅を図るため、
- 広域的な捜査連携や仮装身分捜査(令和7年1月に導入)による取締り
- 匿名・流動型犯罪グループ情報分析室(令和7年10月に警察庁に設置)における全国の情報の集約・分析
- 匿流ターゲット取締りチーム(略称「T3」。全国警察から捜査員を派遣し、令和7年10月に警視庁に設置。令和8年4月に体制増強)による取締り
- 外国の捜査機関との連携等国際捜査力の強化(令和8年6月からタイにリエゾンを派遣)
等に取り組んでいる。
- 警察では、匿名・流動型犯罪グループの組織構造、内部統制の方法、資金の流れ等を解明し、その撲滅を図るため、
- 広報啓発をはじめとした被害防止のための取組
- 警察では、自治体、自治会、関係団体・事業者等と連携し、
- 特殊詐欺の犯行に悪用されることが多い国際電話の利用休止を呼び掛ける活動(「みんなで止めよう!!国際電話詐欺#みんとめ」)の推進
- 特殊詐欺の被害防止に資する警察庁推奨アプリ(令和7年12月に推奨制度を導入)の普及促進
- 金融機関と連携した被害拡大防止の推進
等に取り組んでいる。
- 警察では、自治体、自治会、関係団体・事業者等と連携し、
- 犯罪インフラ対策のための取組
- 匿名・流動型犯罪グループにとって犯罪インフラが使いにくいものとなるよう、
- 犯罪収益の移転の阻止と被害者への返還を効果的に行うための「架空名義口座」に係る制度の整備(令和8年6月に立法措置済み)
- 「送金犯罪」(令和8年7月に罰則を導入)の取締り
- 不正に取得された携帯電話について携帯電話不正利用防止法に基づく役務提供拒否を促すための携帯音声通信事業者への情報提供
- データ通信専用SIMの契約締結時に本人確認を義務付ける制度の整備(令和8年5月に立法措置済み)
等に取り組んでいる。
- 匿名・流動型犯罪グループにとって犯罪インフラが使いにくいものとなるよう、
- 匿名・流動型犯罪グループによる犯罪の被害防止に係る課題
- 前記3のとおり、警察等が匿名・流動型犯罪グループによる犯罪への対策を強化・推進しているにもかかわらず、期待される効果が十分に得られているとはいえない状況となっている。これには、以下の2点の課題があると考えられる。
- 匿名・流動型犯罪グループへの捜査の困難性
- 匿名・流動型犯罪グループの捜査は長期化する傾向にあり、具体的には以下のような例がある。
- 犯行グループの実行役は、「架け場」としてホテルを利用しており、繰り返し犯行拠点を移転させていた。また、警察の尾行への警戒心が極めて高かった。このため、ひとたび移転先を把握しても、直ちに行方をくらますということが繰り返され、詐欺事件の発生から「架け場」におけるかけ子の検挙までに約7か月を要することとなった。その間、当該犯行グループの標的とされた人々に対し、被害防止のための措置をとることができなかった。
- 犯行グル-プの実行役は、「架け場」として車両を利用し、移動しながら犯行を行っていた。このため、実行役の特定や居所の把握が難しく、詐欺事件の発生から「架け場」におけるかけ子の検挙までに約5か月を要することとなった。その間、当該犯行グループの標的とされた人々に対し、被害防止のための措置をとることができなかった。
- また、匿名・流動型犯罪グループの被疑者のうち、「捨て駒」である実行犯を検挙しても、上位の指示役や次の標的を速やかに特定することは困難であり、新たな実行犯が補充されて犯行が継続されることとなる。
- このため、刑事手続により、これらの犯罪を一つ一つ立件して対処するだけでは、同種犯行の反復・拡散に迅速に歯止めをかけることができない状況にある。
- 匿名・流動型犯罪グループの捜査は長期化する傾向にあり、具体的には以下のような例がある。
- 秘匿性の高い通信アプリの悪用等
- 特殊詐欺の被害者に連絡が行われていた拠点において、当該連絡用のスマートフォンとして84台が差し押さえられた例や、投資詐欺事件に係る実行犯のリクルーターであった者が、1名で12台のスマートフォンを所持していた例があるなど、匿名・流動型犯罪グループがスマートフォンやタブレット等の犯行ツールを活用して犯罪を敢行している実態が把握されている。
- また、上記のような犯行拠点で差し押さえたスマートフォンやタブレットに、標的となる人物の詳細な情報(氏名、住所、電話番号、生年月日、性別、家族構成、学歴、所得、保有銀行口座、使用するスマートフォンのメーカー、やり取りした際の状況(通信アプリを使えるか、文字入力によるやり取りができるか等))が掲載された「闇名簿」が、エクセルファイル、画像ファイル等として記録されていた例があり、こうした情報が犯人間で通信アプリを介して共有されている実態が把握されている。
- 現行制度の下で、警察が犯行グループの通信内容等を解明するためには、主に
- 通信事業者の協力の下、その保管・管理する通信ログ等の情報を取得する手法
- 通信経路上の通信を捕捉する手法
- 犯行グループのスマートフォン等を押収し、その保存データを解析する手法
が考えられる。
- しかし、匿名・流動型犯罪グループ等は、エンド・トゥー・エンド暗号化技術が用いられた通信アプリを使用することが常である。その場合、送信者の端末で暗号化された情報が受信者の端末で復号されることから、通信経路の途中段階(通信事業者のサーバーや通信経路)の情報は常に解読不能な暗号文の状態となっている。このため、仮に、通信を媒介する通信事業者の協力を得て前記(1)又は(2)の手法をとったとしても、その内容を復号・解明することは技術的に不可能であり、こうした情報を警察が被害防止に活用することができない状況となっている。また、前記(3)の手法については、そもそも押収に至るまでに相当長期間の捜査を要するとともに、仮に押収できたとしても、被疑者が画面ロックの解除に応じないことや、自動的に情報が消去されていくことが多いことから、情報を迅速な被害防止に活用できる可能性は低い。
- 匿名・流動型犯罪グループへの捜査の困難性
- 前記3のとおり、警察等が匿名・流動型犯罪グループによる犯罪への対策を強化・推進しているにもかかわらず、期待される効果が十分に得られているとはいえない状況となっている。これには、以下の2点の課題があると考えられる。
- 被害防止に必要な情報を入手することにより警察が果たし得る責務
- 犯人が通信アプリを利用して行う犯人間の相互連絡や被害者への連絡においては、これから敢行しようとしている犯罪の標的となる人物に関する情報等、切迫する犯罪被害に関する情報が記録されていると考えられる。
- 警察がこうした情報を把握することができれば、犯人を直ちに特定・検挙できない場合であっても、切迫した犯罪被害を防止する責務を果たすことが可能となると考えられる。
- 具体的には、入手した情報に基づき、
- 標的となっている人物の所在の特定
- 犯罪の切迫性の見極め
- 実行され得る犯罪の罪種、実行犯の人数、手口・凶器等に応じた態勢の整備
等を行った上で、適切な警察活動(重点的な警備・警ら、防犯指導等)を通じて犯罪被害の未然防止を図ることとなる。
- 小括
- 匿名・流動型犯罪グループが実行する特殊詐欺や強盗等の被害は極めて憂慮すべきものであり、警察等が取組を強化しているが、匿名・流動型犯罪グループの捜査をめぐっては、前記4(1)のような課題があり、直ちにその組織全体を検挙し、刑罰法令の適用により継続する犯行を止めることは、極めて困難と言わざるを得ないことから、十分な被害抑止効果が得られていない状況にある。
- 他方で、犯人間でのやり取り等に含まれている情報の中には、前記4(2)のとおり、犯罪の標的となる人物の特定等に資する情報が含まれており、こうした情報が入手できれば、警察による効果的な被害防止措置が期待できるものの、従来の手法では当該情報を警察が入手することは難しい。
- こうした状況を踏まえれば、匿名・流動型犯罪グループによる犯罪の被害を防止するためには、犯行グループの端末から犯罪に悪用される通信アプリ等の通信内容等を迅速に把握し、犯罪の被害が切迫する者に対して警察が直接的かつ積極的に被害防止措置を講じる制度を導入することが急務である。
- 実態解明及び取締りのための取組
▼ 資料11 遠隔解析の制度、運用等に関して頂いたその他の御意見
- 遠隔解析の法的性格
- 今回導入すべき技術的措置の特徴は「調査対象者において、自らが調査対象となっていることが伝わっていない状態で行われる情報の取得であること」であり、これは、従来行政法の領域で議論してきた「行政調査」とは大きく異なる。
- 匿名・流動型犯罪グループによる犯罪は、財産犯であろうと身体犯であろうと、発生してから対処するのでは遅く、予防的観点から、行政措置としてその発生そのものを防止する必要がある。したがって、端末の情報を確認するとしても、メタ情報だけでなく、通信の中身を確認する必要があるが、中身を確認する以上、措置の対象者の特定は丁寧に行い、外部から見て公平性が担保されるようにする必要があるのではないか。
- 遠隔解析の運用上の参考となり得る刑事訴訟法の実務・判例等
- 現行の刑事訴訟法上の整理では、身体の拘束を伴う令状は、原則として1回限りの執行しか認められないが、捜索・差押え後に必要が生じた場合には、令状を再度請求し、裁判官の許可を得て、再度これを行うことができるものとされている。これを踏まえれば、遠隔解析を実施した際、近い将来に必要な情報が当該端末に記録される蓋然性が高いことが判明した場合には、再度裁判官の許可を得た上でその内容を把握することも、憲法第31条・第35条との関係で許容される。
- 法的な継続性のない処分と整理されている捜索・差押え等においても、長時間に及ぶことは目的達成のために必要な限度でのみ認められている。最高裁判決において、捜索・差押え中に届けられた物品についても捜索・差押えに係る許可状の効果は及ぶとされていることから、当該物を差し押さえることは認められると解されていることを踏まえれば、継続的な情報取得のための措置としないものとして検討する遠隔解析の実施中に新たに記録された情報を取得することは、許容されると考えられる。もっとも、遠隔解析の目的達成のために必要な限度を超えて、過度に長時間にわたり対象の電子計算機に対する接続を行い続けるような運用は許されないことは当然である。
- 刑事手続において、警察が被疑者宅の捜索・差押えを実施する場合には、被疑者宅に存在する物件が差し押さえるべき物に該当するか否かを判断するという目的に必要な限度で、書類の内容や室内の状況等の情報を知得することができ、当該物件が可視性・可読性のない電磁的記録媒体(例えば、USBメモリ)である場合には、当該記録媒体に保存されている電磁的記録を可読化し、モニターに投影するなどの「必要な処分」をすることも可能である。
- こうした刑事訴訟法の規律及び憲法第35条の下で警察に認められている権限の範囲を踏まえれば、今回新たに導入する遠隔解析に基づく情報の取得においても、刑事訴訟法の「必要な処分」に相当する行為を法定することにより、取得対象情報を探し選別するという目的に必要な限度で、対象端末内の情報を一時的に送信させ、これらを知得することは許容されると考えられる。
- 選別を行った結果として、取得すべき対象に含まれないと判断された情報については、刑事訴訟法の現在の運用との対比においても、警察がこれを保有し続けることは許されず、確実に消去することが必要である。
- 我が国の刑事訴訟法には、米国のプレイン・ビュー法理に相当する規定、すなわち、無令状での緊急差押えを認める規定は設けられていない。そのため、警察が捜索・差押えの現場において、令状発付の根拠となった被疑事実とは別の犯罪に関する証拠を発見した場合には、当初の捜索差押令状とは別の法的根拠に基づいて差押えを実施する必要があることに鑑みれば、警察が遠隔解析を実施する過程で、対象端末内において盗撮画像や児童ポルノ画像など他の犯罪への関与を示すデータを発見したとしても、そのことだけを理由として、直ちに証拠保全をすることは許されないと考えられる。
- GPS判決との関係
- 遠隔解析を実施した場合には、いわゆるGPS判決の趣旨から見ても、その対象者にできるだけ速やかに事後の通知を行うことが原則として必要であり、この点を法律上明文化すべきと考える。しかし、今回の措置については、通知がそもそも困難である場合や、通知により被害防止に支障が生じる場合も当然考えられ、そのような場合には、適正担保の観点から相当と認められる限度で条件を定めて、対象者への通知の時期を後ろへ遅らせたり、通知を要しないこととしたりする旨の例外規定も用意するべきではないか。
- 事務局資料にも挙げられているGPS判決においては、最高裁は、捜査対象の車両等にGPS端末を取り付けて継続的に位置を把握する捜査活動を継続性のある「検証」と同様の性質を有する等と整理して、立法措置を求めた。今回の遠隔措置は、継続性のない措置として立法していくとの方針であり、GPS判決に挙げられているような適正性担保措置の一候補に相当する事後通知を法定すること等を前提とすれば、今回の遠隔解析は、当該最高裁判決との関係で問題が残るものではない。
- 遠隔解析の技術的手法
- 通信事業者であっても、端末間での強固な暗号措置が講じられていれば、メッセージの閲覧等を行うことは技術的には事実上不可能である。
- 遠隔解析の実施手法については、脆弱性などを使わざるを得ない場面があると思う。被害防止措置のために国民の安全を脅かしているのかと言われないような運用を担保するべき。
- 遠隔解析の具体的手法については高い秘匿性が必要だが、取得した情報について、確かに犯人が持っていた対象機器から取得することができた情報である、ということを事後的に確認できることを担保していただきたい。
- 事後監督・透明性の確保
- 適正に実施されていることを担保するために、第三者機関が事後的にチェックする仕組みが必要になるが、サイバー対処能力強化法については警察以外に、防衛や外務も執行に関わる制度であるため、サイバー通信情報監理委員会が事後的にチェックを行うこととされたと思われるが、今回の遠隔解析は、純粋に、警察行政(警察行政法の執行)の世界であるから、すでに存在している機関である「公安委員会」によるチェックとすることが適当ではないか。
- 警察による遠隔解析に関する事後監督を行う組織として、公安委員会が適当なのかという意見もあり得るだろう。個人情報を取り扱う部分に関する事後的なチェック主体は、例えば個人情報保護委員会等とすることも考えられるのではないか。
- サイバー通信情報監理委員会に遠隔解析の事後監督まで行わせることは必ずしも現実的ではなく、公安委員会において従来の警察に対するチェック機能を発揮させるべきではないか。
- 事後的なチェックについては、実施内容等を公表することで透明性を確保することにより、事後的な手続が適正に行われていることが明らかとなり、国民も安心するのではないか。
警察庁は2026年版警察白書を公表しました。トクリュウが巧妙なマネー・ローンダリング(マネロン)で摘発リスクを下げている点を指摘し、口座売買の罰則強化を含む改正犯罪収益移転防止法の成立を紹介するとともに、特殊詐欺対策として詐欺電話を遮断するアプリの認定・推奨制度を開始したと報告しています。サイバー空間については、ロシアのウクライナ侵略に代表されるように、武力とサイバーを組み合わせた「ハイブリッド戦」が高度化しており、被害を未然に防ぐ能動的サイバー防御を2026年10月から実施することを受けて、対処能力の一層の向上を図ると強調しています。特集ではサイバー脅威と警察の新展開が取り上げられており、発足から5年になるサイバー特別捜査部の成果としてランサムウェア復元ツールの開発や国際共同捜査への貢献を挙げ、実務担当者の声や海外評価、新技術導入の状況を紹介しています。さらに、横浜の機械製造会社「大川原化工機」の冤罪事件に初めて言及し、捜査に多くの問題点があったとして取り調べの録音・録画を原則化するなどの再発防止策を示しています。今後は「平時から有事までのシームレスな脅威対処」を掲げてアクセス無害化措置など能動的防御の手続きを説明し、より高度化・専門化する事件に対応するため都道府県警の組織一元化や警察官の処遇改善といった人員確保策も進めるとしています。
▼ 警察庁 令和8年版警察白書
▼ 特集 深刻化するサイバー空間の脅威と警察の新たなる展開
- 今日、我が国は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面しており、地政学的緊張を反映したサイバー空間を取り巻く情勢は一層深刻化し、重大な事態へと急速に発展するリスクをはらんでいます。
- 特に、サイバー空間の匿名性を悪用したサイバー攻撃は、実空間で行われる犯罪と比べて露見しにくく攻撃者側が優位にあることから、その脅威が急速に高まっています。具体的には、国家を背景としたサイバー攻撃が平素から行われているとされているほか、ロシアによるウクライナ侵略前に行われたサイバー攻撃等、軍事目的遂行のために軍事的な手段と非軍事的な手段を組み合わせる「ハイブリッド戦」が、今後さらに高度化・巧妙化すると考えられています。
- また、近年、社会全体のデジタル化の進展に伴い、サイバー空間は、地域や年齢を問わず、全国民が参加し、重要な社会経済活動が営まれる公共空間へと変貌を遂げており、地理的・時間的制約の少ないサイバー空間は、社会に様々な便益をもたらしている反面、その匿名性があらゆる犯罪において悪用されています。特に昨年は、特殊詐欺や証券口座に係る不正取引、企業・団体等に対するランサムウエア事案等が発生し、国民生活や経済活動に対して大きな影響を与えました。
- このような情勢において、国民の生命、身体及び財産の保護の任に当たる警察は、あらゆる手段を駆使して、平時から有事に至るまでシームレスに、サイバー空間をめぐる脅威に対処する必要があります。
- フィッシングに係る国際共同捜査
- フィッシングに起因する不正送金被害等が深刻化する中、サイバー特別捜査部では、国際共同捜査をはじめとする国際的なネットワークを活用しフィッシング事案に対処している。
- サイバー特別捜査隊(当時)と大阪府警察の合同捜査本部は、フィッシングツール「16SHOP」を用いたクレジットカード情報不正取得・利用事案について、ICPOが主導するインドネシア国家警察との国際共同捜査であるオペレーション「Kingfisher(キングフィッシャー)」を実施した。同捜査本部は、同ツールを用いて日本国内の被害者等に対しフィッシングを行い、不正に入手したクレジットカード情報等を用いてECサイトで不正に注文を行ったとみられるインドネシアに所在する同国籍の男(40)を特定し、その結果として、令和5年7月、インドネシア国家警察が同男を逮捕した。本事案は、国際共同捜査の結果としてフィッシング事案の国外被疑者を逮捕した初の事例となった。
- DDoS攻撃に係る国際共同捜査
- 重要インフラ事業者等に対するDDoS攻撃によるものとみられる被害が確認されている中、サイバー特別捜査部では、国際共同捜査による被疑者の検挙や犯罪インフラの解体等を行っている。
- 日本警察は、EUROPOLが主導する国際共同捜査であるオペレーション「PowerOFF(パワーオフ)」に参画し、DDoS攻撃を実行するための機能を提供するウェブサービスに関する捜査及び対策を推進している。同オペレーションでは、外国治安機関がDDoS攻撃に用いられるドメイン等をテイクダウン(機能停止)し、テイクダウンの実施を示す「スプラッシュページ」を表示させたほか、当該ドメイン等の管理者の逮捕や当該ウェブサービスの利用者の特定も行っており、日本国内でも、サイバー特別捜査部と関係都道府県警察が当該ウェブサービスの利用者を検挙した。
- また、警察庁では、令和8年4月、当該国際共同捜査を受けて、公式SNSアカウントやグーグルの広告機能を活用してDDoS攻撃に関する注意喚起を行うなど、広報啓発活動を実施した。
- 組織的詐欺等に係る国際共同捜査
- SNS型投資・ロマンス詐欺をはじめとした特殊詐欺の被害が急増する中、サイバー特別捜査部では、国境を越える組織的詐欺等の犯罪に対処している。
- 西アフリカの組織犯罪グループによる金融犯罪に対し、ICPOが主導する国際共同捜査であるオペレーション「Jackal(ジャッカル)」が進められている。日本警察も令和6年4月から同オペレーションに参画しており、サイバー特別捜査部では、我が国で発生したSNS型投資・ロマンス詐欺事案について、関係都道府県警察の捜査によって得られた情報を横断的に分析するとともに、暗号資産追跡を実施した結果、複数の事案の被害金がナイジェリア人名義の暗号資産アカウントに送金されている事実を突き止めた。
- 同情報をナイジェリア警察に提供することで、同警察が同国内の被疑者を逮捕するとともに、日本国内でも関係都道府県警察において送金の仲介者を検挙した。
- ランサムウエアに係る国際共同捜査
- 企業・団体等におけるランサムウエア被害が相次いでいる中、サイバー特別捜査部は、国際共同捜査を通じた被疑者の検挙や暗号化されたデータの復号等に貢献している。
- ランサムウエア攻撃事案に係る復号ツール開発
- 我が国を含め世界各国の企業等に対してランサムウエア被害を与えているサイバー攻撃グループ「LockBit(ロックビット)」について、サイバー特別捜査隊(当時)と関係都道府県警察は、EUROPOL等との国際共同捜査であるオペレーション「Cronos(クロノス)」を推進した。その結果、令和6年2月、関係国の捜査機関が同グループの一員とみられる被疑者2人を逮捕したほか、同グループが使用するサーバ等のテイクダウン(機能停止)を実施し、流出した情報等が掲載されていたリークサイト上に「スプラッシュページ」を表示させた。また、関係国の捜査機関が、同年5月、ランサムウエアの開発・運営を行っていた被疑者の資産を凍結するとともに起訴し、同年10月、関連被疑者4人を逮捕した。
- この事案では、サイバー特別捜査隊(当時)が、LockBitにより暗号化されたデータを復号するツールを独自開発し、国内の被害回復に活用するとともに、令和5年12月には同ツールをEUROPOLに提供した。
- また、令和6年2月、警察庁はEUROPOL等と連携し、世界中の企業等において被害回復が可能となるよう、同ツールについて情報発信を行い、その活用を促す旨の発表を行った。その結果、少なくとも24の被害企業等が同ツールを活用し、約1,290万件の被害データの復号に成功している。
- ランサムウエア攻撃グループ「Phobos」及び「8Base」に係る国際共同捜査
- 平成30年12月頃から、他のランサムウエア攻撃と比べて少額の身代金を、多数の中小規模の組織等に要求するランサムウエア攻撃を仕掛けることが特徴とされる「Phobos(フォボス)」グループによる被害が、欧米において確認され始めた。さらに、令和4年3月頃には、同グループの関連組織「8Base(エイトベース)」による被害も確認され始めた。我が国においても、これらのグループによるものと考えられる被害が認知されたことから、令和5年11月、日本警察は、これらのグループの取締りを目的とした米国等との国際共同捜査に参画した。
- 同国際共同捜査の結果、令和6年11月、米国司法省は、「Phobos」グループの運営者とみられるロシア人を起訴したことを発表し、令和7年2月までに、米国司法省及びスイス連邦警察が、「8Base」グループ運営者等とみられる男ら4人を検挙した。
- サイバー特別捜査部は、IPアドレス等の捜査により、「Phobos」グループの運営者及び同人の居場所の特定に成功し、米国をはじめとする関係国の捜査機関に情報を提供した。また、外国捜査機関から提供された被疑者の暗号資産に関する情報について、詳細な分析を実施した結果、「8Base」グループの暗号資産の移転先となる暗号資産アカウントから同グループ運営者らの特定に成功し、関係国の捜査機関に情報提供した。
- さらに、サイバー特別捜査部では、米国が押収した被疑者のパソコン等のデータの提供を受けて分析を行い、ランサムウエア「Phobos」により暗号化されたデータを復号するツールの開発に成功した。同ツールは、同部の技術部門と捜査部門が緊密に連携し、1年以上にわたって当該ランサムウエアのプログラムの解析を行う中で開発されたものである。令和7年7月、警察庁では同ツールを警察庁ウェブサイトにおいて公開し、国内だけでなく世界各国の被害企業等の被害回復が可能となるよう、国際的に広く周知した(注)。令和8年4月現在、少なくとも17の被害企業等が約717万件の被害データの復号に成功しており、その復号成功率は99.9%を超えている。
- ランサムウエア攻撃事案に係る復号ツール開発
- 企業・団体等におけるランサムウエア被害が相次いでいる中、サイバー特別捜査部は、国際共同捜査を通じた被疑者の検挙や暗号化されたデータの復号等に貢献している。
- 匿名性の打破に向けた取組
- サイバー空間の匿名性を悪用する匿名・流動型犯罪グループによる犯罪
- 様々な社会経済活動が、サイバー空間を通じて非対面・非接触で行われるものへと移行している中、サイバー空間が組織的詐欺等の犯行に悪用されることで、甚大な被害が生じている。
- 例えば、多くの国民が利用するSNS上では、匿名・流動型犯罪グループによって、仕事の内容を明らかにせず、「高額」、「即日即金」、「ホワイト案件」等、「楽で、簡単、高収入」を強調する表現を用いるなどして、犯罪実行者を募集している実態が認められるほか、首謀者、指示役、犯罪実行者の間の連絡手段には、匿名性が高くメッセージが自動的に消去される仕組みを備えた通信手段が悪用されている実態も確認されている。また、匿名・流動型犯罪グループは、犯罪収益を暗号資産に変換し、海外の暗号資産交換業者の口座に移転させるなどして資金の流れを仮装・隠匿するなど、警察による検挙を免れるため、サイバー空間の匿名性を悪用している。
- 暗号資産の匿名性の仕組みと捜査への障壁
- 暗号資産取引の特徴の一つとして、その利用者の匿名性の高さが挙げられる。暗号資産取引の際には、取引明細に相当するトランザクションがブロックチェーン上に記録・公開されるものの、これらの情報だけでは特定のコインアドレスの使用者を特定することは困難である。
- また、暗号資産に対する規制は各国において異なることから、暗号資産交換業者が所在する国・地域の中には、本人確認等の措置が義務付けられていないものがあるほか、海外の暗号資産交換業者で取引される暗号資産の中には、移転の記録が暗号化されるなど、追跡が困難なものもある。さらに、犯罪収益に係る暗号資産取引の匿名性を高めるため、暗号資産交換を個人が無登録で業として行う、いわゆる「相対屋」を経由しながら送金を行ったり、様々な手段を利用して取引の流れを不透明にすることで送信アドレスと受信アドレスのつながりを隠す「ミキシング」等の匿名性向上技術を用いたりするなどして、暗号資産取引がマネロンに悪用されている実態がある。
- 匿名性を打破するための取組
- サイバー特別捜査部では、こうした犯罪に悪用される暗号資産の移転状況を追跡するとともに、追跡結果の横断的・俯瞰的な分析を行い、その結果を都道府県警察と共有している。こうした分析により、従来の捜査では必ずしも明らかにならなかった複数事案同士の関連性や背景にある組織性及び上位被疑者を浮き彫りにすることができる。
- また、令和7年10月、サイバー特別捜査部の態勢を強化した上で、増強した職員については、警察庁に設置された匿名・流動型犯罪グループ情報分析室の分析業務も担うこととなった。当該職員は、同室が有する他の情報も含めた大量の情報の多角的な分析を行うことにより、サイバー空間の匿名性を打破して、匿名・流動型犯罪グループの中核的人物の検挙につなげられるよう、取組を一層強化している。
- 事案
- 令和4年から5年にかけて発生した、インターネットバンキングに係る不正送金事件について、関係都道府県警察の捜査情報をサイバー特別捜査部で集約・分析し、関係被疑者のSNSアカウントに係る捜査を実施した結果、被疑者らがSIMスワップと呼ばれる手口を用いて組織的に不正送金を行っていた実態を明らかにした。また、犯罪収益である暗号資産の移転状況は、ミキシングにより追跡が困難な状態であったが、サイバー特別捜査部の高度な技術によってその追跡に成功し、犯行グループの指示役とみられる無職の男(44)を特定した。令和6年8月までに、同男ら9人を不正アクセス禁止法違反(不正アクセス行為)等で逮捕した(サイバー特別捜査部、警視庁、広島、北海道、宮城、茨城、群馬、千葉、静岡、大阪、兵庫、奈良、岡山、愛媛、福岡、長崎及び熊本)。本件は、サイバー特別捜査部において、日本国内に所在する被疑者を逮捕した初の事案である。
- オンラインのフリーマーケットサービスへの架空出品や他人名義のクレジットカード情報の不正利用を行っていた犯行グループについて、関係府県警察による捜査を通じて得られた情報をサイバー特別捜査部が集約・分析する中で、匿名性の高い暗号資産(モネロ)に換えられた犯罪収益の流れを解明した。その結果、同グループの首謀者の男(26)を特定し、令和6年10月、同男を電子計算機使用詐欺罪で逮捕した。また、本件の関連被疑者については、首謀者の男の指示により、収受した犯罪収益で暗号資産を購入したとして電子計算機使用詐欺罪を適用して逮捕した上、首謀者の男が管理していた犯罪収益である暗号資産の追徴保全を行った(サイバー特別捜査部、青森、宮城、埼玉、滋賀、京都、福岡、佐賀、長崎及び熊本)
- いわゆる「闇バイト」として口座の売買を行う者を募り、匿名性の高いSNSを利用して金融機関口座や暗号資産アカウントを不正に調達し、特殊詐欺集団らに対して販売していた犯罪集団について、関係道県警察とサイバー特別捜査部による合同捜査本部が捜査を行った。サイバー特別捜査部において、都道府県警察やJC3から提供された情報を集約・分析するとともに、高度な専門的知識・技術を用いて暗号資産を追跡したことなどにより、関連被疑者を特定した。令和7年10月、首謀者の男(32)ら7人を詐欺罪及び犯罪収益移転防止法違反(なりすまし目的・有償による譲受け)で逮捕した(愛知、サイバー特別捜査部、北海道、埼玉、神奈川、岐阜、岡山、山口、福岡、長崎及び沖縄)
- 令和7年3月以降、証券会社をかたるフィッシングメールの送信や証券口座への不正アクセス及び不正取引が急増した。これを受けて、関係機関の協力を得て、関係都府県警察が捜査を推進した結果、令和7年11月、中国籍の男(38)らを金融商品取引法違反(相場操縦)及び不正アクセス禁止法違反(不正アクセス行為)で逮捕した(警視庁、サイバー特別捜査部、埼玉、千葉、神奈川、山梨、愛知、大阪、兵庫、奈良及び広島)。同男らは、自身が管理する証券口座を用いて、相場操縦の対象となる株(以下「対象株」という。)を大量に買い付けた後、他人の証券口座に不正アクセスし、その証券口座に保有されていた株を売却するなどして資金を確保した上で、対象株を大量に買い付け、株価を上昇させた。その後、同男が保有していた対象株について、高値で売り注文を行うとともに、不正アクセスした他人の証券口座において対象株を買い付けることで取引を成立させ、対象株の購入額と売却額の差額を利益として得ていた。サイバー特別捜査部は、本件を含め、多発した証券口座への不正アクセスや不正取引に関し、証券会社をかたるフィッシングメールやフィッシングサイトに関するデータの解析、暗号資産の送信先アドレスの分析、全国で発生した同種事案の情報集約・分析等により、関係都道府県警察による捜査に貢献している。
- サイバー空間の匿名性を悪用する匿名・流動型犯罪グループによる犯罪
- 重大なサイバー攻撃の発生事例
- サイバー空間は、重要な社会経済活動が営まれる公共空間である一方で、サイバー空間をめぐる脅威は、極めて深刻な情勢にあり、世界各地で機密情報や暗号資産の窃取、重要インフラの機能停止等を企図したとみられるサイバー攻撃が相次いで発生している。
- 機密情報の窃取を企図したとみられるサイバー攻撃
- 令和6年(2024年)7月、米国連邦捜査局は、英国、韓国等の関係機関と共に、北朝鮮を背景とするサイバー攻撃グループ「Andariel」によるサイバー攻撃に関する注意喚起を行った。同サイバー攻撃グループは、北朝鮮の軍事・原子力施策を発展させる目的で、米国、英国、韓国を含む世界各国の防衛、航空宇宙、原子力等の産業分野を標的として、機密情報等を窃取したとみられている。
- 暗号資産の窃取を企図したとみられるサイバー攻撃
- 令和6年(2024年)3月に発表された国際連合安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネルによる最終報告書では、北朝鮮における外貨収入の約半分はサイバー攻撃により獲得され、こうした外貨が大量破壊兵器計画に使用されているという見解等が示されている。
- また、令和7年(2025年)10月、多国間制裁監視チーム(MSMT)は、令和6年(2024年)1月から令和7年(2025年)9月にかけて、北朝鮮が少なくとも28億米国ドル相当の暗号資産を窃取した旨の報告書を公表した。
- 重要インフラの機能停止等を企図したとみられるサイバー攻撃
- 令和4年(2022年)5月、EUやウクライナ等は、ウクライナ侵略の約1時間前にロシアが行った、国際衛星通信へのサイバー攻撃について非難声明を発表した。当該サイバー攻撃は、ウクライナの公共機関等に通信障害を引き起こすなど、軍事的侵略を助長したとされている。
- また、令和6年(2024年)2月、米国国土安全保障省サイバーセキュリティ・インフラストラクチャセキュリティ庁(CISA)及び複数国の関係機関は、中国を背景とするサイバー攻撃グループ「Volt Typhoon」による米国の重要インフラ事業者への侵害が確認されたことを公表し、注意喚起を行った。同サイバー攻撃グループは、有事の際に重要インフラに対するサイバー攻撃を行うため、事前に重要インフラ事業者等のネットワークにアクセスできるようにしている。また、同サイバー攻撃グループは、そのためにLiving Off The Land戦術等を用いるなど、サイバー攻撃の検知を回避するための高度な能力を有しているとみられている。
- 機密情報の窃取を企図したとみられるサイバー攻撃
- サイバー空間は、重要な社会経済活動が営まれる公共空間である一方で、サイバー空間をめぐる脅威は、極めて深刻な情勢にあり、世界各地で機密情報や暗号資産の窃取、重要インフラの機能停止等を企図したとみられるサイバー攻撃が相次いで発生している。
▼第3章 サイバー空間の安全の確保
- サイバー事案等の検挙状況
- 令和7年(2025年)中のサイバー事案の検挙件数は、4,154件であった。
- 令和7年中の不正アクセス禁止法違反の検挙件数は431件と、前年より132件(23.4%)減少し、検挙人員は248人と、前年より11人(4.2%)減少した。検挙件数を不正アクセス行為の手口別内訳でみると、他人の識別符号を無断で入力する「識別符号窃用型」を手口とする不正アクセス行為の検挙件数が399件(92.6%)と最多であった。
- また、令和7年中の不正アクセス行為の認知件数は7,190件であり、これを不正アクセス行為後の行為別にみると、「インターネットバンキングでの不正送金等」が4,747件(66.0%)と最多であった。
- 令和7年中のコンピューター・電磁的記録対象犯罪の検挙件数は1,253件と、前年より98件(8.5%)増加した。
- サイバー犯罪の検挙件数は増加傾向にあり、令和7年中の検挙件数は1万5,108件と、前年より1,944件(14.8%)増加し、過去最多を記録した。
- インターネットバンキングに係る不正送金事犯の情勢
- 令和7年におけるインターネットバンキングに係る不正送金事犯の発生件数は4,747件と、依然として高い水準で推移している。また、ボイスフィッシング(注)による法人口座の不正送金被害が急増したことなどにより、被害額は約103億9,700万円と、過去最高となった。
- クレジットカードに係る不正利用被害の情勢
- 一般社団法人日本クレジット協会によれば、令和7年中のクレジットカードに係る不正利用被害総額は約510億5,000万円と、依然として深刻な状況にある。そのうち、番号盗用による被害額は約475億4,000万円であり、その被害の多くは、クレジットカード会社等を装ったフィッシングによるものと考えられる。
- ランサムウエアの情勢
- 令和7年中のランサムウエアによる被害の報告件数は226件(令和7年上半期116件、下半期110件)であり、引き続き高い水準で推移している。こうした被害において、暗号化したデータを復元する対価として企業等に金銭等を要求する手口のほか、データを企業等から窃取した上で「対価を支払わなければ当該データを公開する」などと対価を要求する手口であるダブルエクストーション(二重恐喝)が認められる。対価を要求する手口を警察として確認したランサムウエアによる被害の報告件数153件のうち、ダブルエクストーションの手口によるものは136件であり、88.9%を占めている。
- また、ランサムウエアによる被害の報告件数を被害企業・団体等の規模別にみると、大企業は64件、中小企業は143件と、企業・団体等の規模を問わず被害が発生している。
- さらに、企業・団体等におけるランサムウエア被害の実態を把握するため、被害企業・団体等を対象としてランサムウエアの感染経路に関するアンケート調査を実施したところ、有効回答数92件のうち、VPN機器を利用されて侵入された事例は61件(66.3%)、リモートデスクトップサービスが利用されて侵入された事例は19件(20.7%)と、テレワークに利用される機器等のぜい弱性や強度の弱い認証用パスワード等の情報を利用して侵入したと考えられるものが大半を占めている。
- 加えて、企業・団体等のネットワークに侵入し、データを暗号化することなくデータを窃取した上で対価を要求する手口(ノーウェアランサム)による被害が、令和7年中17件確認されている。
- 警察庁が検知した不審なアクセス
- 警察庁では、インターネット上にセンサーを設置し、当該センサーに対して送られてくる通信パケットを収集している。このセンサーは、外部に対して何らサービスを提供していないため、本来であれば外部から通信パケットが送られてくることはない。したがって、このセンサーを利用することで、ぜい弱性を有するIoT機器を攻撃者が探索する場合等に不特定多数のIPアドレスに対して無差別に送信される、不審な通信パケットを観測することができる。
- このような不審なアクセスは、引き続き観測されており、中には、IoT機器の設定変更等を行うための管理用のポート番号を宛先として、ユーザ名・パスワードを送信してIoT機器へのログインを試行したことが疑われる動向も観測されている。
- 警察では、こうした通信パケットを分析することで、サイバー攻撃の予兆となるぜい弱性の探索行為やサイバー攻撃の内容、不正プログラムに感染したコンピューターの動向等を把握し、これらの分析結果から、攻撃者の活動実態等を把握する取組を推進している。
- サイバーテロ・サイバーエスピオナージの情勢
- 重要インフラの基幹システムを機能不全に陥れ、社会の機能を麻痺させるサイバーテロや情報通信技術を用いて政府機関や先端技術を有する企業から機密情報を窃取するサイバーエスピオナージ事案が、世界的規模で発生している。
- サイバーテロの情勢
- 情報通信技術が浸透した現代社会において、重要インフラの基幹システムに対する電子的攻撃は、インフラ機能の維持やサービスの供給を困難とし、国民の生活や社会経済活動に重大な被害をもたらすおそれがある。海外では、電力会社がサイバーテロの被害に遭い、広範囲にわたって停電が発生するなど国民に大きな影響を与える事案が発生している。
- サイバーエスピオナージの情勢
- 近年、情報を電子データの形で保有することが一般的となっている中で、軍事技術への転用も可能な先端技術や、外交交渉における国家戦略等の機密情報の窃取を目的としたサイバーエスピオナージの脅威が世界各国で問題となっている。また、我が国に対するテロの脅威が継続していることを踏まえると、現実空間でのテロの準備行為として、重要インフラ事業者等の警備体制等の機密情報を窃取するためにサイバーエスピオナージが行われるおそれもある。我が国においても、不正プログラムや不正アクセスにより、機密情報が窃取された可能性のあるサイバーエスピオナージ事案が発生している。
- サイバーテロの情勢
- 重要インフラの基幹システムを機能不全に陥れ、社会の機能を麻痺させるサイバーテロや情報通信技術を用いて政府機関や先端技術を有する企業から機密情報を窃取するサイバーエスピオナージ事案が、世界的規模で発生している。
▼第4章 組織犯罪対策
- 暴力団等対策
- 暴力団構成員及び準構成員等の過去10年間の推移は、その総数は平成17年(2005年)以降減少し、令和7年(2025年)末には、暴力団対策法が施行された平成4年以降最少となった。この背景としては、全国警察による集中的な取締りや暴力団排除の取組の進展により、暴力団からの構成員の離脱が進んだことなどが考えられる。
- また、六代目山口組からの分裂組織を含む主要団体等の暴力団構成員及び準構成員等の総数に占める割合は、令和7年末も7割を超えており、寡占状態は継続している。
- 令和7年中に解散・壊滅をした暴力団の数は70組織であり、これらに所属していた暴力団構成員の数は119人である。このうち主要団体等の傘下組織の数は51組織(72.9%)である。
- 令和8年6月1日現在、暴力団対策法の規定に基づき24団体が指定暴力団として指定されている。令和7年中は14団体が、令和8年中は6月1日までに3団体が、それぞれ指定の有効期間を満了したことから、引き続き指定を受けた。
- 暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者(以下「暴力団構成員等」という。)の検挙人員は、令和7年中は7,335人と、前年と比べ914人(11.1%)減少した。
- また、平成7年以降の検挙人員の罪種別割合をみると、図表4-4のとおりであり、恐喝、賭博及びノミ行為等の割合が減少傾向にあるのに対し、詐欺の割合が増加傾向にあり、暴力団が資金獲得活動を変化させている状況がうかがわれる。
- 暴力団は、組織の継承等をめぐって銃器を用いた対立抗争事件を引き起こしたり、自らの意に沿わない事業者を対象とする報復・見せしめ目的の襲撃等事件を起こしたりするなど、自己の目的を遂げるためには手段を選ばない凶悪性がみられる。近年の対立抗争事件、暴力団等によるとみられる事業者襲撃等事件等の発生状況は、図表4-5のとおりである。これらの事件の中には、銃器が使用されたものもあり、市民生活に対する大きな脅威となるものであることから、警察では、重点的な取締りを推進している。
- 外国人犯罪対策
- 令和7年(2025年)中の来日外国人による刑法犯の検挙件数に占める共犯事件の割合は45.3%と、日本人(11.5%)の約3.9倍に上っている。罪種別にみると、万引きで31.8%と、日本人(3.6%)の約8.7倍に上る。
- このように、来日外国人による犯罪は、日本人によるものと比べて組織的に行われる傾向がうかがわれる。
- 来日外国人で構成される犯罪組織についてみると、出身国や地域別に組織化されているものがある一方で、より巧妙かつ効率的に犯罪を行うために様々な国籍の構成員が役割を分担するなど、構成員が多国籍化しているものもある。このほか、面識のない外国人同士がSNSを通じて連絡を取り合いながら犯行に及んだ例もみられる。
- また、近年、他国で行われた詐欺事件による詐取金の入金先口座として日本国内の銀行口座を利用し、詐取金入金後にこれを日本国内で引き出してマネロンを行うといった事例があるなど、犯罪行為や被害の発生場所等の犯行関連場所についても、日本国内にとどまらず複数の国に及ぶものがある。
- 来日外国人で構成される犯罪組織が関与する犯罪インフラ事犯には、地下銀行による不正な送金、偽装結婚、偽装認知、不法就労助長、旅券・在留カード等偽造等がある。
- 地下銀行は、不法滞在者等が犯罪収益等を海外に送金するために利用されている。また、偽装結婚、偽装認知及び不法就労助長は、在留資格の不正取得による不法滞在等の犯罪を助長しており、これを仲介して利益を得るブローカーや暴力団が関与するものがみられるほか、近年では、在留資格の不正取得や不法就労を目的とした難民認定制度の悪用が疑われる例も発生している。偽造された旅券・在留カード等は、身分偽装手段として利用されるほか、不法滞在者等に販売されることもある。
- 令和7年中の来日外国人による刑法犯の検挙状況をみると、ベトナム人やタイ人による窃盗犯等の増加に伴い、検挙件数・検挙人員共に増加した。また、特別法犯の検挙状況を同様にみると、ベトナム人や中国人による入管法違反等の減少に伴い、検挙件数・検挙人員共に減少した。
- 令和7年中の来日外国人犯罪の検挙状況を国籍・地域別にみると、図表4-9のとおりである。特にベトナム及び中国の2か国で、検挙件数・検挙人員共に全体の約半数を占めている。
- また、刑法犯検挙件数(罪種別)をみると、侵入窃盗及び万引きについてはベトナムが、詐欺についてはベトナム及び中国が、それぞれ高い割合を占めている。
- 令和7年中の刑法犯検挙人員を在留資格別にみると、「永住者」が最も多い。刑法犯の包括罪種別検挙件数では、来日外国人及び永住者共に窃盗犯が5割以上を占め最多であり、来日外国人と永住者を比較して窃盗犯を手口別にみると、来日外国人については侵入窃盗が、永住者については非侵入窃盗のうち万引きが、それぞれ高い割合を占めている。
- また、永住者と来日外国人の刑法犯検挙件数に占める共犯事件の割合を比較すると、来日外国人の方が高く、中でも、窃盗犯の万引きについては、来日外国人が31.8%、永住者が3.2%と、その割合に大きな差がみられる。
- そのほか、永住者が、不法残留者等を雇い入れる不法就労助長事案や偽装結婚のあっせん事案等の犯罪インフラに関与し、不法残留者や来日外国人を利用して利益を得ていた事例がみられる。
- 薬物銃器対策
- 令和7年(2025年)中の薬物事犯の検挙人員は1万4,574人と、引き続き高い水準にあり、我が国の薬物情勢は依然として厳しい状況にある。特に20歳代以下の若年層による大麻事犯が相次いで検挙されたほか、大麻事犯の検挙人員が警察庁が保有する昭和33年(1958年)以降の統計で最多となった。薬物は、乱用者の精神や身体をむしばむばかりでなく、幻覚、妄想等により、乱用者が殺人、放火等の凶悪な事件や重大な交通事故等を引き起こすこともあるほか、薬物の密売が暴力団等の犯罪組織の資金源となることから、その乱用は社会の安全を脅かす重大な問題である。
- 令和7年中の薬物事犯の検挙人員(1万4,574人)のうち、暴力団構成員等が14.6%(2,124人)を占めている。また、密売関連事犯の検挙人員(891人)のうち、暴力団構成員等が29.1%(259人)を占めているところ、これらを薬物事犯別でみると、覚醒剤の密売関連事犯の検挙人員(385人)のうち43.6%(168人)を、大麻の密売関連事犯の検挙人員(445人)のうち17.1%(76人)を、それぞれ暴力団構成員等が占めており、覚醒剤や大麻の密売に暴力団が深く関与していることがうかがわれる。
- 令和7年中の来日外国人による薬物事犯の検挙人員は1,142人と、前年より195人(20.6%)増加した。このうち、営利目的輸入事犯の検挙人員は278人であり、国籍・地域別でみると、ベトナムが34.9%(97人)を占めているほか、密売関連事犯の検挙人員は51人であり、国籍・地域別でみると、ベトナムが33.3%(17人)を占めている。
- 令和7年中の薬物密輸入事犯の検挙件数は464件と、前年より137件(41.9%)増加し、検挙人員は536人と、前年より141人(35.7%)増加した。
- 覚醒剤密輸入事犯の検挙状況の推移は、図表4-19のとおりである。令和7年中は、検挙件数・人員・押収量ともに前年より減少しているものの、押収量が年間1トンを超える状況が続いているなど、覚醒剤に対する根強い需要が存在しているものと考えられる。
- 令和7年中、覚醒剤事犯の検挙人員は前年より増加し、全薬物事犯の検挙人員の43.9%を占めている。覚醒剤事犯の特徴としては、検挙人員に占める暴力団構成員等の割合が高いことのほか、30歳代以上の検挙人員が多いことや、他の薬物事犯と比べて再犯者の占める割合が高いことが挙げられる。
- 令和7年中、大麻事犯の検挙人員は、全薬物事犯の検挙人員の46.9%を占め、前年に続いて高い水準にある。近年、面識のない者同士がSNSを通じて連絡を取り合いながら大麻の売買を行う例もみられる。大麻事犯の特徴としては、他の薬物事犯と比べて、検挙人員のうち初犯者や20歳代以下の若年層の占める割合が高いことが挙げられる。
- 令和7年中、コカイン事犯の検挙人員は、全薬物事犯の検挙人員の5.5%を占め、令和3年以降増加傾向にあり、押収量も令和3年と比べて約23倍に増加し、2年連続で200キログラムを超えている。また、検挙人員のうち20歳代以下の若年層の占める割合が高いことが挙げられるなど、コカインの乱用拡大が懸念される。
- 我が国で乱用されている薬物の大半が海外から流入していることから、警察では、これを水際で阻止するため、税関、海上保安庁等の関係機関との連携を強化するとともに、国際捜査共助等の積極的な実施や国際会議への参加を通じた情報交換等による国際捜査協力を推進している。令和8年1月には、警察庁のODA事業として、29の国及び4つの機関の参加を得て、第28回アジア・太平洋薬物取締会議(ADEC)を東京都で開催し、薬物情勢、捜査手法及び国際協力に関する討議を行った。
- また、薬物犯罪組織の壊滅を図るため、組織犯罪の取締りに有効な通信傍受等の捜査手法を積極的に活用し、組織の中枢に迫る捜査を推進している。さらに、薬物犯罪組織に資金面から打撃を与えるため、麻薬特例法の規定に基づき、業として行う密輸・密売等(注2)やマネロン事犯の検挙、薬物犯罪収益の没収・追徴等の対策を推進している。
- このほか、インターネットを利用した薬物密売事犯対策として、サイバーパトロールやインターネット・ホットラインセンター(IHC(注5))からの通報等により薬物密売情報の収集を強化し、密売人の取締りを推進している。
- 令和7年中は、銃器発砲事件が1件発生したが、暴力団等によるとみられる事件の発生はなかった。
- 犯罪収益対策
- 暴力団や匿名・流動型犯罪グループ等の犯罪組織を弱体化させ、壊滅に追い込むためには、犯罪収益の移転を防止するとともに、これを確実に剥奪することが重要である。警察では、犯罪収益移転防止法、組織的犯罪処罰法及び麻薬特例法を活用し、関係機関、事業者、外国のFIU等と協力しながら、総合的な犯罪収益対策を推進している。
- 国家公安委員会では、犯罪収益移転防止法に基づき、毎年、犯罪収益の移転に係る手口等に関する調査及び分析を行った上で、特定事業者等が行う取引の種別ごとに、当該取引による犯罪収益の移転の危険性の程度等、当該調査及び分析の結果を記載した犯罪収益移転危険度調査書を作成・公表している。
- また、国家公安委員会では、関係機関と連携し、犯罪収益移転防止法に基づき、顧客等の取引時確認、疑わしい取引の届出等を行う特定事業者に対する研修会等を実施しているほか、特定事業者が犯罪収益移転防止法上の義務に違反していると認めた場合には、当該特定事業者に対して報告を求めるなどの必要な調査を行うとともに、当該特定事業者を所管する行政庁に対して、是正命令等を行うべき旨の意見陳述を行っている。
- 犯罪収益移転防止法に定める疑わしい取引の届出制度により特定事業者がそれぞれの所管行政庁に届け出た情報は、国家公安委員会が集約して整理・分析を行った後、都道府県警察や検察庁をはじめとする捜査機関等に提供され、各捜査機関等において、マネロン事犯の捜査等に活用されている。疑わしい取引の届出の年間通知件数は、図表4-24のとおりであり、増加傾向にある。
- マネロン事犯の検挙事件数は、図表4-26のとおりであり、令和7年中は1,792件(前年比509件(39.7%)増加)であった。前提犯罪(注)別にみると、主要なものとしては詐欺に係るものが795件、窃盗に係るものが544件、電子計算機使用詐欺に係るものが302件となっている。
- 令和7年中におけるマネロン事犯の検挙事件数のうち、暴力団構成員等が関与したものは83件と、全体の4.6%を占めている。前提犯罪別にみると、主要なものとしては詐欺に係るものが24件、窃盗に係るものが18件、電子計算機使用詐欺に係るものが11件と、暴力団構成員等が多様な犯罪に関与し、マネロン事犯を行っている実態がうかがわれる。
- また、令和7年中における来日外国人が関与したマネロン事犯は305件と、全体の17.0%を占めている。前提犯罪別にみると、主要なものとしては詐欺に係るものが158件、窃盗に係るものが86件、電子計算機使用詐欺に係るものが51件となっている。さらに、不正入手した他人の電子決済コードを利用したり、国内の不動産購入を希望する外国人から手付金の支払を請け負い、その手付金に犯罪収益を充てた上で、地下銀行に対価を送金させて外貨両替したりするなど、様々な手口を使ってマネロン事犯を行っている実態がうかがわれる。
- 犯罪収益が、犯罪組織の維持・拡大や将来の犯罪活動への投資等に利用されることを防止するためには、これを剥奪することが重要である。警察では、没収・追徴の判決が裁判所により言い渡される前に犯罪収益の隠匿や費消等が行われることのないよう、組織的犯罪処罰法及び麻薬特例法に定める起訴前の没収保全措置を積極的に活用し、没収・追徴の実効性を確保している。
暴力団等反社会的勢力を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 東京都内最大勢力とされる指定暴力団住吉会の二次団体「幸平一家」が関与した特殊詐欺事件の被害者らが、幸平一家の上部団体である住吉会の小川修司会長ら幹部・組員計7人を相手取り、東京地裁に合計約2360万円の損害賠償を求める訴訟を起こしました。原告は2021年10~11月に「医療費の還付金がある」とする電話詐欺で計2038万円をだまし取られた70~80代の男女6人と、既に亡くなった被害者の相続人5人などで、幸平一家傘下の組員が関与して逮捕・実刑判決を受けた事件も含まれています。弁護団は、組員による詐欺で集められた被害金が上納という形で間接的に上部団体へ流れており、暴力団の「使用者責任」を根拠にトップの賠償責任を追及することで被害回復だけでなく資金源根絶と詐欺抑止につなげたいと主張しています。過去には住吉会トップを相手取る訴訟で和解により計6億5000万円が支払われた例があり、こうした暴力団トップへの賠償請求はここ10年で全国30件超、都内だけでも19件中10件が住吉会を相手としていることから、法的手段が被害回復と組織の資金流通断絶に一定の効果を持つとみられています。警視庁は幸平一家がトクリュウと連携して特殊詐欺を主要な資金源にしている疑いから対策を強化し、2026年1月には特別対策本部を設置して取り締まりを強化しています。弁護団や関係機関は、被害者救済のため弁護士会や暴力団追放運動推進都民センターなどで相談を受け付けており、被害者に対して速やかな相談と法的対応を促しています。
- 店舗のガラス扉やショーケースを破壊して大量の商品を盗む事件が多発しています。ある店は半年間で3回も被害に遭ったといいます。暴力団員の指示のもと、闇バイトなどを通じて集まった少年らが実行役に使われている事件も多く、大胆で粗暴な手口に、従来の防犯対策の限界も浮かぶといいます。大阪府警捜査3課は2026年6月、「Kグループ」と呼ばれるトクリュウのメンバーを逮捕しました。六代目山口組傘下組織組員を中心とする「Kグループ」は、共謀し、計146台のスマホとゲーム機6台を盗んだとされます。泉南市の事件では、闇バイトに応募した少年が同級生を勧誘する形で実行役となっており、数分間で現場から去るよう指示役から厳命され、実行役とは別に配置された見張り役がおり、着手から何秒経過したかをリアルタイムで実行役に伝えていたといいます。トクリュウの標的は店舗だけではなく一般民家にも及んでいます。防犯カメラの設置や窓ガラスに防犯フィルムを張ることなどが抑止力として期待できるほか、資産情報などを安易に口外しないという対策も有効です。
- 2026年、株主総会シーズンに警視庁は延べ2000人態勢で臨みました。今は、総会屋と入れ替わるように目立ち始めた存在があるといいます1つは無茶を押し付けるクレーマーのような者で、警察は総会屋とは見なしていません。また、企業側へ圧力をかける手段の一つが総会での株主提案で、物言う株主(アクティビスト)もまた厄介な存在となっています。経営陣の刷新を求めるなど無理難題も数多くぶつけてくることも多く、企業側からは長く疎まれてきたといいます。著名総会屋が「言いたいことを全部、言われちゃった」とこぼしていたこともあったといいます。数年前まで総会屋だった男性は、「別に昔より企業がまっとうになったから総会屋がいなくなったわけではない」と指摘、有名企業による粉飾決算や不祥事隠蔽は後を絶たず、「企業の不正を追及する」と言って総会屋を自任する連中はまだ存在しており、昔ながらの総会屋がいなくなっても、火種がある限り「不穏」は残り続けているといえます。
2.最近のトピックス
(1)AML/CFT/CPFを巡る動向
以前の本コラムでも取り上げましたが、クレジットカード大手や地方金融機関が、不正な口座開設や個人情報の悪用を防ぐために電力契約情報を本人確認に活用する取り組みを進めています。サイバー犯罪対策を手掛けるカウリスが提供する照合システムは、2025年10月に開始、2027年度までに30社導入を目指しているといいます。導入では金融機関が保有する氏名・住所・電話番号などの顧客情報と電力会社が提供する契約情報を突き合わせ、氏名不一致や住所に紐づく契約がない場合を検知して、なりすましや空き家の利用を排除するものです。信用金庫や地方銀行など、大手銀行ほど専門人材やシステム投資に資金を振り向けられない一方で、金融犯罪はますます巧妙になり、高度なマネロン対策を求められており、金融各社は対策の実効性を高めつつ、コスト削減にもつながる選択肢として導入を検討しているといいます。また、定期的に郵送して行っている本人確認業務に代えて電力情報で居住実態を即時把握できれば郵送コストや誤送付による個人情報流出リスクを抑えられ、飯田信用金庫との実証実験では本人確認完了率が従来の31%から53%に向上し、DMの70%が不要となったほか、顧客管理コストの6割超削減効果が確認されているといいます。カウリスは東京電力パワーグリッドや関西電力送配電を含む大手送配電事業者と提携して約8000万世帯をカバーしており、2023年の電気事業法施行規則改正で公益性の高い目的に限り個人の電力情報活用が可能となりました。2025年のマネロンなどの疑いの届け出件数が2024年比約20%増で過去最多の約101万9千件となるなど被害が拡大している現状があり、金融機関には口座開設時だけでなく継続的な顧客確認体制の整備が求められています。さらに日本は国際的なマネロン対策の評価で改善が必要とされており、FATFの第5次審査(2028年)に向けて対策強化が急務となっています。
国内における金融犯罪対策やマネロン対策を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 証券口座が不正アクセスで乗っ取られた問題で、株式を勝手に売却された40~80代の男女79人が、インターネット証券会社4社を相手取り、被害回復を求める集団調停を東京簡裁に申し立てました。調停の相手方はSBI証券、楽天証券、松井証券、マネックス証券の4社で、代理人弁護士によれば、大手証券会社は顧客に過失がない場合、被害相当分の株式を返還する「原状回復」の方式で補償を実施しましたが、ネット証券4社は「株式の返還は行わず、被害額の50%を金銭補償する」などの方針を示しています。79人は調停で原状回復を求めています。保有株式を全て売却されたと男性は「証券会社のシステムの防御態勢に脆弱性があった。落ち度は証券会社にあり、きちんと責任を取ってもらいたい」と訴えています。金融庁によれば、2025年1月~26年7月に確認された不正取引は1万607件、不正売買は総額約8200億円に上り、口座乗っ取りの手口は、偽のウェブサイトに誘導し、IDやパスワードを入力させて盗む「フィッシング」が代表的で、顔や指紋の指紋を使った生体認証など「パスキー」と呼ばれる高度な本人確認を義務付けるなど対策が進められています。
- 見知らぬ番号からの着信やX上での電話番号が公開され、SMSのURL付き詐欺メッセージなどをスマホが自動送信する「bot」化するというる事例が散見されています。不特定多数の人に詐欺メッセージを勝手に送信、スマホに詐欺メッセージの送信履歴が残らないようにする細工も施されていたといいます。迷惑メッセージの遮断サービスを手がける「トビラシステムズ」の調査によれば、こうしたbot化した個人スマホは2024年時点で少なくとも約2万台に上り、発信元を偽装して検知を逃れる狙いがあるため対策が難しいといいます。携帯大手4社は検知強化や感染端末の特定と削除要請を進めた結果、bot化端末は2024年時点と比べ大幅に減少したとみられていますが、犯罪者側が生成AIで文面を変えて検知を回避する手口や新たな手法も確認されているといいます。2025年9月には世界で約2500万台、うち日本で100万台超のAndroid端末がアプリ経由でbot化されていたことが判明、不正アプリは偽の人気ゲームなどを装ってダウンロードさせ、利用者に見えない形で偽サイトを開いて広告費詐取に悪用していたといいます。日本サイバー犯罪対策センターは、今後も個人スマホが身元を隠したい犯罪者の標的になるとして、メッセージ内のURLを絶対に開かないなどの自衛が最も重要だと呼びかけています。
- 特殊詐欺の被害金のマネロンに加担したとして、兵庫県警が西播地域の警察署に勤める50代の男性警部補を減給の懲戒処分にしています。マッチングアプリで知り合った人物にだまされ、警部補の口座が資金の移動に利用されたといいます。報道によれば、警部補は2025年10~11月、海外在住の女性を名乗る人物から「会社からの送金に日本の口座が必要」とSNSで頼まれて自身の口座を教え、詐欺被害者ら3人が入金した計約25万円を指定された口座に送金、詐欺と組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)の疑いで書類送検されたもので、警部補は「まさか特殊詐欺の被害金とは夢にも思わなかった」と説明、兵庫県警は警察官でありながら犯罪を見抜けなかったことも重視し、減給1か月(10分の1)の処分となりました。警部補は2025年11月、アプリで知り合った別の2人にも計約200万円を詐取されたといい、「ロマンス詐欺に遭った」と相談を受けた同僚がスマホを確認し、マネロンへの関与が発覚したものです。
海外における金融制裁等を巡る報道から、いくつか紹介します。
- 米トランプ政権は、新たな対イラン経済制裁を発表し、イランとのビジネス関係を維持する国や団体に対する二次制裁の対象を拡大しました。イランとの戦争が約6カ月に及ぶ中、イランへの経済的圧力を強化する考えで、一方で、二次制裁の対象となる国や発効時期などの詳細については明言を避けています。ベッセント財務長官は、イランに対する「経済版Dデー」と呼ぶ措置について説明、「われわれは世界中のイランの金融ネットワークに対し、経済的な総攻撃を開始する」と表明し、「イラン政権を支えるあらゆる経済的生命線を断ち切ることが目的だ」と述べました。さらに、米財務省はイランが石油の密輸や制裁回避に利用しているネットワークや仲介者、資金ルートを特定しており、米政府はパートナー国と協力し、イランの「違法な収入源」を全て標的にすると言明しました。米財務省の声明によれば、イラン政府が経済を支えるために利用しているデジタル資産、テクノロジー、金、航空、海運の5分野が新たに二次制裁の対象に追加され、さらに、核、ミサイル、サイバー活動、石油取引などに絡み、約60の団体、個人、船舶が制裁対象に指定されました。ベッセント長官は「イランを支援する全ての国は、米国の制裁措置に直面する覚悟をしておくべきだ」と警告していますが、イランの石油取引を助長した疑いのある中国の金融機関は今回の制裁対象に含まれていません。中国はここ数年、イラン産原油の最大の購入国となっており、米国は中国による購入の抑制に向けた取り組みを強化しているものの、現時点では中国の大手銀行を制裁対象に指定するには至っていません。
- トランプ米政権は、イランが米ドルを調達する拠点になっているとして、エジプトの大手銀行「バンク・ミスル」がアラブ首長国連邦(UAE)内に置く支店に制裁を科すと発表しました。前述した新たな経済制裁措置の一環で、戦闘終結に向けて経済圧力を強める狙いがあります。同行はUAE国内に6つの支店を持ち、米国はこれらの支店が米国の金融機関と取引する資格を取り消し、ドルの決済システムから排除する狙いがあります。米財務省はイランがUAEの拠点を通じてドル資金を調達し、武器購入などにあてているとみています。バンク・ミスルのUAE支店は2024年1月~26年6月、イランの「シャドーバンキング(影の銀行)」とみられ、103社とおよそ18億ドル(約2800億円)にのぼる取引をしたといい、この支店はイランのドル取引を支える重要拠点だったとみられています。また、今回の措置はイランとの関係を持つ他の金融機関への警告の意図もあると考えられます。エジプト中央銀行(CBE)は「バンク・ミスルのUAE支店で国際送金を仲介するドル建てのコルレス取引だけが対象であり、他のエジプトの銀行には影響は及ぼさない」と説明、「エジプト国内のすべての銀行の健全性を確認している」と強調しています。イランの資金源の一つとされてきたUAEに狙いを定める一方で、イランの最大の貿易相手である中国を標的にした制裁は発表していません。一方、イラン外務省は、米国による経済制裁の強化について「イランや世界に対するテロだ」とする声明を発表、各国に「制裁に参加することは正当な経済・貿易関係を妨害する行為に加担することに等しい」として、米国の制裁に加担しないように改めて求めました。イランでは通貨安やインフレが厳しく、市民生活への懸念が強まっています。
- ベッセント米財務長官は、トランプ政権がイラン経済への圧力強化を進める中、航空業界、海運業界、暗号資産などが新たな制裁対象となる可能性があると述べています。ベッセント氏は、ロシアによるイラン支援に関する質問に対し、「誰であれ」イランを支援しないよう警告し、「私からのメッセージは、距離を置いてほしいということだ。われわれは皆、戦闘終結を望んでいる。最も早く終わらせる方法は、この政権にいかなる支援も提供しないことだ」と語りました。その上で「イランを支援しているあらゆる相手と踏み込んだ協議を行っている」と述べています。なお、ベッセント氏はその前日、対イラン経済的措置の一環として、航空機リース会社を制裁対象に加える可能性があるほか、週内にもイランの銀行に対する追加制裁を発表する可能性があると明らかにしています。
(2)特殊詐欺を巡る動向
特殊詐欺の被害が2026年上半期に、上半期では過去最悪となり、被害額は2025年同期の1.5倍の1816億円と、1日あたり約10億円がだまし取られ、認知件数も増加している「異常事態」となっています。中でもSNSを使った投資詐欺が被害額の44%を占め、1件当たり約1363万円と高額となっており、著名人を偽るSNS広告からの被害が急増しています。また、警察官を装うニセ警察詐欺の被害も深刻です。2025年4月施行の情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)は詐欺広告削除の迅速化を事業者に義務付けましたが、使い捨てアカウントによる大量投稿に対し削除の速度が追いつかず効果が出ていない状況があります。政府や警察は躊躇せず打てる手を講じるべき(できることはすべてやる)で、具体的な対策としてまず著名人側と連携して、掲載前に顔・名前・音声の無許可使用をAIで検知するフィルター導入を事業者に義務付ける仕組みなども検討すべきかと思います。これにより表現の自由を損なわずに偽広告を事前に排除できる可能性があります。また、詐欺グループが広告決済に使ったクレジットカードや口座を国際ネットワークで即座にブラックリスト化して決済手段を封じることも即効性のある対策として有効だと思われます。「総じて対策選択肢が乏しく、詐欺被害を抑止できぬことが体感治安を悪化させている。「偽広告の事前検知・排除」という有効策があるのに使えないとは歯がゆい。非常事態なのだ。柔軟な法運用を求めたい」(2026年8月20日付産経新聞)との指摘は正に正鵠を射るものといえます。なお、直近でも、総務省が電気通信事業者や団体と意見交換会を開催、警察庁がら「」との要請がSNS事業者に対して発出されるなどの取組みも行われています。
▼ 総務省 特殊詐欺等の被害防止に向けた対策強化等に関する事業者との意見交換会の結果
- 令和8年8月31日、総務省は、電気通信事業者団体及び電気通信事業者との間で、特殊詐欺等の被害防止に向けた対策の一層の強化に関して意見交換会を実施しました。
- 開催日
- 令和8年8月31日(月)
- 参加者
- 総務省:荻原総合通信基盤局長ほか
- 電気通信事業者団体:一般社団法人電気通信事業者協会、一般社団法人テレコムサービス協会、一般社団法人日本インターネットプロバイダー協会及び一般社団法人日本ケーブルテレビ連盟
- 電気通信事業者:NTT株式会社、KDDI株式会社、ソフトバンク株式会社及び楽天モバイル株式会社
- 概要
- 昨今、特殊詐欺の被害は増加傾向であり、政府では、「国民を詐欺から守るための総合対策2.0」(令和7年4月22日犯罪対策閣僚会議決定)等に基づき、官民一体となった取組を推進してきたところです。総務省においても、当該決定等に基づき、電気通信事業者等との協力の下、各種施策を推進しております。
- 今般、犯罪対策閣僚会議において、令和8年7月28日、現下の危機的な状況に鑑み、特殊詐欺等への対策を緊急に実施するため、「詐欺及びストーカー被害拡大防止のための緊急対策」が決定されました。これに基づき、通信分野においても、特殊詐欺等に対して更なる対策の推進が求められるところ、同年7月29日、総務省から電気通信事業者団体及び電気通信事業者に対して、特殊詐欺等の対策の一層の強化に関して要請を行いました。本意見交換会では、総務省から改めて要請内容について説明するとともに、電気通信事業者団体及び電気通信事業者からは、現在行っている対策や今後予定している取組等について説明がありました。
- 本意見交換会を契機に、総務省としては、電気通信事業者団体及び電気通信事業者とともに、一層の効果的な対策の推進に向けて、取り組んでまいります。
▼特殊詐欺等の被害防止に向けた対策の一層の強化に関する要請(令和8年7月29日)
▼ 警察庁 SNS等におけるなりすまし詐欺広告に関する対策の強化について(要請)
▼広報資料
- SNS等におけるなりすまし詐欺広告に関する対策強化のための7府省庁合同要請の実施
- 警察庁は、本日、金融庁、消費者庁、デジタル庁、総務省、法務省及び経済産業省と合同で、SNS等を提供する大規模事業者に対して、SNS等におけるなりすまし詐欺広告への対策強化について、文書により要請を実施しました。
- ソーシャルネットワーキングサービスその他交流型のプラットフォームにおいて、ディープフェイクを用いて著名人の肖像や音声を無断で利用したなりすまし広告を含む詐欺広告(以下「なりすまし詐欺広告」といいます。)が広く流通し、当該広告を端緒とする投資詐欺等の被害が拡大している状況にあります。
- これらは、広告を閲覧した消費者・利用者に財産上の被害をもたらすおそれがあるのみならず、なりすまされた者の社会的信頼を著しく損なうおそれもあるところ、消費者・利用者等の保護の観点から看過できるものではなく、関係省庁において対策の検討を進めているところです。
- 上記の状況を踏まえ、消費者・利用者等の被害の未然防止の観点から、プラットフォーム事業者によるなりすまし詐欺広告に対する更なる自主的取組の強化のために、警察庁、金融庁、消費者庁、デジタル庁、総務省、法務省及び経済産業省合同で、Google LLC、LINEヤフー株式会社、Meta Platforms, Inc.、TikTok Japan及びX Corp.に対し文書による要請を行いました。
- 要請内容は別紙を御覧ください。
▼要請文 LINE Yahoo
- ソーシャルネットワーキングサービスその他交流型のプラットフォーム(以下「SNS等」といいます。)において、ディープフェイクを用いて著名人の肖像や音声を無断で利用したなりすまし広告を含む詐欺広告(以下「なりすまし詐欺広告」といいます。)が広く流通し、当該なりすまし詐欺広告を端緒とするSNS型投資詐欺等の被害が拡大している状況にあります。
- これらは、広告を閲覧した消費者・利用者に財産上の被害をもたらすおそれがあるのみならず、なりすまされた者の社会的信頼を著しく損なうおそれもあるところ、消費者・利用者等の保護の観点から看過できるものではなく、関係省庁において対策の検討を進めているところです。
- つきましては、消費者・利用者等の被害の未然防止の観点から、なりすまし詐欺広告に対する更なる自主的取組の強化が重要であることを踏まえ、特に詐欺の入口として利用されているSNS等のうち、貴社のサービスにおいて、下記事項による対策の実施等に取り組んでいただきますようお願い申し上げます。
- 広告主への本人確認の確実な実施
- 広告主の特定と追跡を可能とすることで、なりすまし詐欺広告の流通を抑止する観点から、広告主への本人確認について、以下の対応を実施すること。
- 電子的な認証手段の活用を含む広告主への本人確認※1を確実に実施すること。
- (1)の広告主への本人確認について、具体的な実施内容(本人確認を行う場合及びその手段を含む。)を令和8年10月16日までに文書にてデジタル庁戦略・組織グループ(以下「デジタル庁」という。)に報告すること。
- (2)で報告した取組について、令和8年10月1日から令和9年2月28日までに実施した取組の結果(本人確認の手段ごと及び国内外別の実施件数及び割合、手段ごとの本人確認の不備を理由とした掲載却下の件数及び割合等)について、令和9年3月16日までに文書にてデジタル庁に報告すること。
- ※1 電子的な認証手段である個人の確実な本人確認の手段の一つとして、マイナンバーカードがあり、また、法人の確実な本人確認の手段の一つとして商業登記電子証明書がある。
- 広告主の特定と追跡を可能とすることで、なりすまし詐欺広告の流通を抑止する観点から、広告主への本人確認について、以下の対応を実施すること。
- 広告の透明性向上に係る措置の実施
- 広告主や広告の信頼性を消費者・利用者等が自ら確認することを可能とする観点から、広告の透明性向上に係る措置について、以下の対応を実施すること。
- 掲載される広告において、1(1)で確認を行った広告主に関する情報(広告主の名称、所在地及び身元確認の有無等)や広告の情報(広告である旨や主に生成AI技術を用いて作成された広告である旨、広告表示理由等)を確認することができるようにするなど、広告の透明性向上に係る措置を講ずること。
- (1)の広告の透明性向上に係る措置について、具体的な実施内容を令和8年10月16日までに文書にてデジタル庁に報告すること。
- (2)で報告した取組について、令和8年10月1日から令和9年2月28日までに実施した取組の結果(具体的に広告上に表示した情報の内容、表示した情報の内容ごとの広告の件数及び割合等)について、令和9年3月16日までに文書にてデジタル庁に報告すること。
- 広告主や広告の信頼性を消費者・利用者等が自ら確認することを可能とする観点から、広告の透明性向上に係る措置について、以下の対応を実施すること。
- 削除要請への対応の徹底
- なりすまし詐欺広告による消費者・利用者等の被害拡大を抑止する観点から、なりすまし詐欺広告の削除について、以下の対応を実施すること。
- 刑法(明治40年法律第45号)※2や金融商品取引法(昭和23年法律第25号)※3等の各種法令等に違反するおそれがあるなりすまし詐欺広告について、インターネット・ホットラインセンター等の既存の窓口等や法令所管省庁から削除要請を受けた際には遅滞なく判断を行い、迅速かつ適切に削除等の対応を行うこと。
- 刑法や金融商品取引法等の各種法令等の規定も踏まえ、貴社の広告の審査基準等において、なりすまし詐欺広告に関連する内容をどのように記載しているかについて、令和8年10月16日までに文書にてデジタル庁に報告すること。
- 令和8年10月1日から令和9年2月28日までに貴社において削除したなりすまし詐欺広告について、その理由(刑法違反、金融商品取引法違反、その他の理由等)及び契機(インターネット・ホットラインセンター等の既存の窓口や法令所管省庁等からの削除要請、自主的な削除、一般利用者からの通報等)ごとの削除件数を令和9年3月16日までに文書にてデジタル庁に報告すること。また、インターネット・ホットラインセンター等の既存の窓口や法令所管省庁等からの削除要請については、要請があった主体ごとに、要請件数に対する削除件数の割合、平均対応所要時間、未削除件数の理由別内訳等についても同様に報告すること。
- ※2 著名人の名義を無断で使用して虚偽の投資実績を紹介する内容を表示するなどして偽造された事実証明に関する電磁的記録文書等をインターネット上に流通させるなどして行使した場合、刑法第161条第1項(偽造私電磁的記録文書等行使の罪)等に違反し得る。なお、その旨、インターネット・ホットラインセンターの「ホットライン運用ガイドライン」を令和8年8月7日に、総務省の「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律第26条に関するガイドライン」を令和8年8月6日に改定し、新たに違法情報として明記
- ※3 無登録業者等が、一見してそれ自体では金融商品取引業に該当しないかのような広告等を入口として、その閲覧者を誘導した先のウェブサイトやSNS等において金融商品取引業に該当する行為等を行う場合には、これらの一連の行為は、金融商品取引法第29条等に違反し得る。
- なりすまし詐欺広告による消費者・利用者等の被害拡大を抑止する観点から、なりすまし詐欺広告の削除について、以下の対応を実施すること。
- 広告主への本人確認の確実な実施
こうした中、一般社団法人トラスト&セーフティ協会は、オンライン詐欺の対策を業界横断で進める協議会「日本オンライン詐欺対策アライアンス(JASA)」を発足させました。官公庁や国際機関とも連携し、対策や啓発に取り組み、被害の傾向や脅威の情報、対策の知見を業界の枠を超えて共有するといいます。日本サイバー犯罪対策センターなど複数の業界団体やトレンドマイクロ、米グーグルやメタ、TikTok運営会社、オープンAIの日本法人など外資の有力事業者も活動を支援、JASAでは連携する業界団体と定期的に協議会を開き、業界を横断した対策の立案や推進を目指すとしています。トラスト&セーフティ協会の金谷代表理事は「詐欺集団は国境を越えて活動しており、対策も企業の枠を超える必要がある」と設立の意義を語っていますが、筆者が以前から主張していることでもあり、その通りかと思います。そして、広告やSNSなど詐欺の「入り口」から決済・送金などの「出口」まで関係者を一堂に集めて、実効性のある対策を打ちやすくするという点では極めて有意義なものと評価したいと思います(一方で遅すぎた感も拭えません)。2026年7月には電子商取引サイト運営の大手3社と警察庁が不正取引の情報共有などで協定を結ぶなど、業界や企業間の連携は進みつつありますが、オンライン詐欺の構造は複雑化しており、関連する業界や消費者団体、専門機関や省庁が横断して対応する必要が生じていたことが背景にあります。
本コラムでたびたび取り上げているとおり、東南アジアで国際詐欺など越境犯罪の拠点が拡大しており、国連関係者は「AIの利用で犯罪コストや言語の壁が下がった」と指摘しています。米国は各国に取り締まり強化を求めていますがいたちごっこの様相を呈しています。トランプ大統領は米連邦機関にサイバー犯罪対策の強化を指示し、黙認する国への経済制裁も示唆しています。米司法省は国際犯罪組織の特別捜査班を設置し、米連邦捜査局(FBI)と連携して犯罪資金を追跡、メタやグーグルと協力して詐欺関連アカウントを140万件超封鎖するなどの対策を講じています。オンライン詐欺の被害額は急増しており、FBIの集計で2025年の3タイプの詐欺だけで103億ドル(約1兆6500億円)で2021年から約4倍に増えたほか、日本でも特殊詐欺やSNS型投資・ロマンス詐欺の被害が2025年に前年比6割増の3257億円に達しました。越境犯罪はフィリピン拠点の指示による広域強盗事件なども含め増加し、日本への移送・検挙者も増えている状況にあります。「AIなどの最新技術が犯罪活動のイノベーションになっている」と専門家が指摘するとおり、ビデオ通話で銀行窓口や警察の背景を生成したり、実在人物の画像や音声を基に偽職員を作り出すなど手口の高度化を促進、もはや偽物の見分けが非常に困難な状況になっています。東南アジア各国は摘発を強化しており、カンボジアでは2026年1~6月だけで詐欺の疑いで1万6000人の外国人を国外追放したほか、6月下旬には首都プノンペン全域で詐欺拠点の疑いがある101カ所を一斉摘発、5日間で2000人近い外国人が捜査対象になるなど、カンボジア政府は詐欺組織の解体をを「名誉回復の戦い」と表現し、国家的課題と位置づけています。こうした大規模な摘発の結果、拠点はコンドミニアムやホテルの一室など目立たない場所やスリランカ、インドネシアへ分散し、スリランカや中国も協力して送還や情報提供を行うなど各国間の連携が進んでいます。一方で、詐欺組織は資金を瞬時に海外送金して追跡を困難にしており、専門家は官民連携とAIを活用した詐欺検知の組み合わせによる法執行強化と国際的防御力の向上が不可欠だと指摘しています。
なお、2026年8月、カンボジア政府は、国内の大規模なオンライン詐欺拠点を一掃したと発表しました。2025年7月以降、約3万人を拘束したとしています。ただ、前述したとおり、犯罪組織はマンションやゲストハウス、賃貸住宅、カフェなどに活動場所を移し、小規模・分散型に切り替えて活動を続けており、政府の説明を疑問視する声も出ています。国営カンボジア通信によれば、2025年7月から2026年8月20日までに詐欺への関与が疑われる793カ所を調べ、うち624カ所を摘発、39カ国の約3万人を拘束したといいます。政府のオンライン詐欺対策を統括するチャイ・シナレス上級相は「大規模な詐欺活動は完全に抑え込み、国内に詐欺拠点となる施設は残っていない」と強調、しています。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは同6月、これまでに詐欺拠点と特定した86カ所のうち、2025年7月以降に当局による取り締まりなどが確認できたのは24カ所だったと発表、このうち3カ所では、当局の対応後も被害者への虐待が続いていたとしています。専門家は、大型拠点への摘発は一定の効果を上げたと評価する一方、「目に見える打撃と、背後の犯罪ネットワークや政治的な後ろ盾の解体を混同すべきではない」と指摘しており、正に正鵠を射るものと思います。
ユーチューブでの有名人の画像の無断使用など悪質な投資関連広告で知られる投資詐欺は、現在はインスタグラムを主戦場に移し、標的も高齢者から現役世代の中高年へとシフトしています。警察庁の2026年上半期の特殊詐欺被害額は2025年同期比1.5倍の約1816億円に達し、特にSNS型投資詐欺とSNS型ロマンス詐欺の被害が拡大、前者は約797億円と前年の2倍以上、後者も約246億円と高水準を維持しています。被害者の年齢層を見ると、いずれの詐欺でも50~60代が最多で、投資詐欺は認知件数の53%、被害額も約474億円と全体の6割近くを占め、ロマンス詐欺は認知件数の54%、被害額約153億円と全体の62%を占めています。捜査関係者は、投資詐欺の背景に預貯金の低金利や年金への不安から生じる「将来への不安」があり、ロマンス詐欺については交友関係の縮小や孤独感による「寂しさ」を悪用する手口が効いていると分析、いずれも心のもろさに付け込む手口であり、対策は容易ではないといえます。なお、警察庁の分析では、被害者が犯行グループと接触する最初のきっかけとなった媒体として、SNS型投資詐欺ではインスタグラムが最多で、次いでX、LINE、投資サイト、フェイスブック、ユーチューブの順になり、画面上のバナー広告からLINEなどのグループトークに誘導される手口が多くなっています。SNS型ロマンス詐欺ではマッチングアプリが最多で、インスタやフェイスブックも多く、フェイスブックに被害が多いのは利用者年齢層の高さ、マッチングアプリの多さは中高年層への浸透を示唆しています。警察はSNSのグループトークへ誘導された場合に警戒すること、会ったことのない相手から金銭の話が出たら詐欺を疑うよう強く呼びかけるとともに、「やり取りをする中でも、冷静に考えればおかしいと気付けることは多い」(警察庁幹部)として、やり取りの中でも冷静に違和感を探し、周囲に相談して一度立ち止まることが被害防止に重要だとしています。
特殊詐欺の最近の傾向や注意すべき事例などに関する報道から、いくつか紹介します。
- ニセ警察詐欺の中でも、警察官や検察官をかたって偽の逮捕状を送りつける特殊詐欺が2026年に入って増加しており、警察は高齢者を狙った手口に注意を呼びかけています。80代女性が自宅前に置いた袋で計3165万円を騙し取られた例、郵便局員や検察庁をかたる電話で住所や預金残高を詳しく聞き出し、差出人不明の速達に偽の逮捕状を入れて確認させる手口、70代女性がLINEのビデオ通話に誘導され口座情報を聞き出されそうになったが家族に相談して被害を防いだ例などがあります。届いた偽の逮捕状には実在する氏名が使われる一方で所属の誤りや文書の体裁の違いがあり、本物と比べて不一致があるものの、郵便消印は都内の郵便局のものであるなどだまされやすい状況にあります。警察は、当初若年層がビデオ通話でだまされていたところ、若者のネットリテラシーが高いため高齢者に標的を移し、ビデオ通話と郵送を組み合わせて信頼感を高める手口を使っていると推測し、「逮捕の事前予告や逮捕状の送付は絶対にない」と強く注意を促しています。
- 有名企業の元社員を名乗る人物がSNSで株式投資を勧める投稿を相次いで行ない、偽の社員証の画像などで信頼させてLINEに誘導するSNS型投資詐欺が横行しています。読売新聞の調査によれば、2026年7月以降、野村証券や三菱重工など少なくとも大手5社になりすました投稿が確認され、各社は当該人物の在籍を否定するとともに偽造の社員証を確認、詐欺サイトや偽投稿の削除依頼など対策を進めているほか、ホームページで注意喚起を行い、サイバー対策チームで監視や削除要請を続けているといいます。ただ、投稿には既に故人の写真を使うなど巧妙な偽装も確認されているといいます。社会心理学の専門家は大企業の「元社員」を信頼する心理が悪用されると指摘し、投資の持ちかけに対しては信用せずに警察や関係機関に相談するよう強く呼びかけています。特殊詐欺対策は「国・警察VS犯罪組織」とう構図に限らず、企業にとっても特殊詐欺対策を真剣に講ずべき状況になっていることをあらためて認識する必要があります。
- 東京都内で、郵便局員や宅配業者を装った詐欺グループが「荷物に不審物が入っている」と電話で接触し、そのまま仲間の「刑事役」に取り次いで偽警察官詐欺に誘導する新手口が確認されています。被害者には関西国際空港の郵便局で複数の携帯電話やキャッシュカード、パスポートが見つかったと伝え、身に覚えがないと答えると「名前が勝手に使われている」「被害届を出した方がよい」などと説明して安心させ、続いて逮捕状や口座凍結の可能性を示して検察官役や刑事役と連携、詐欺側は対話アプリに誘導して偽の逮捕状を送付し、「調査のうえ容疑が晴れれば返金する」として指定口座への振込を要求し、ある被害者は計950万円をだまし取られたといいます。
- 警視庁は、2025年10月、カンボジアへ移送する目的で19歳の女性を誘拐した疑いで、住吉会傘下組織組員を所在国外移送誘拐などの疑いで逮捕しました。女性は東京・歌舞伎町のトー横で知り合った男性から組員を紹介されたといいます。「海外で稼げるよ。明日にでも行こう」などと伝えられ、用意された航空券などを利用してマレーシアへ渡航し、空路でカンボジアへ渡ったものの、カンボジアとマレーシアの計4カ所の詐欺拠点を転々とし、特殊詐欺の電話役をさせられたといい、拠点には、トー横で見覚えのある女性らも複数人いたといいます。大手通信事業者をかたり、携帯電話が止まるなどとうそをついて警察官役につなぐ役で、週に6日間働かされ、1日に最低10人を警察官役につなぐノルマを課せられていたといい、組員から、働く期間について3ヶ月間との説明を受けていたといいます。女性は今年7月、拠点から逃げ出し、在マレーシア日本大使館に保護されました。
- 兵庫県警がアフリカ西部のシエラレオネを拠点とする特殊詐欺グループ9名を職業安定法違反や詐欺などの疑いで逮捕、実態解明に乗り出しました。日本人が関与する特殊詐欺事件では、東南アジアを拠点とするグループが多いところ、このグループはミドルシニア世代が中心なのも特徴的です。「若者よりも経験豊富なミドルシニア世代の方が感覚が近く、うまく対応できるだろうとリクルーターが判断し、その世代を意図的に集めたとも考えられる」と専門家が指摘していますが、なるほどと思わせます。シエラレオネは人口約864万人で、GDPは日本の約0.2%、これまで詐欺グループの拠点として主だったのは、カンボジアやミャンマーなどの東南アジアですが、日本の警察当局は東南アジア各国と連携し、摘発に力を入れてきました。それに対しシエラレオネには日本の大使館は設置されておらず、捜査協力も手探りとなるといった点が悪用されている可能性があります。逮捕された9人は全員が50歳以上、最年長は79歳で、詐欺拠点のあるシエラレオネでかけ子をするだけではなく、日本ではリクルーターとして活動、中国人の上位者から指示を受ける中間管理の立場にあったとみられています。リクルーター役の4人は「海外で電話かけるだけで、500万~600万円払う」と勧誘、「ミドルシニア世代の中には、物価高や再就職難など、さまざまな金銭問題を抱えている人も少なくない」、「経済的に追い詰められ、『海外で電話するだけ』『数百万の高額報酬』という提案を渡りに船と考えたのかもしれない」と専門家が指摘している点もその通りだと思います。
- 強制労働疑惑が指摘される中国新疆ウイグル自治区から中国各地への「労働移転」の実態について、日本ウイグル協会は当事者から聞き取った実例を紹介し、「サプライチェーンから排除してほしい」と訴えています。ウイグル族を巡っては2017年以降、再教育施設への収容が拡大、被収容者を強制労働させているという疑惑で国際社会から批判されています。貧困対策として推進される「労働移転」についても、強制労働に当たる可能性も指摘されています。ウイグル族男性が、中国沿岸部の国有企業で働かされ、東南アジアに人身売買された末に、欧米に逃れたと証言しました。男性は、貧困対策として少数民族らを沿海部に派遣する「労働力移転プログラム」に参加、当局者から「政府に不満を抱いているのか、思想に問題があるのでは」と迫られ、母親の身辺に影響があるともほのめかされ、参加を決めたといいます。工場では、銀行カードを取り上げられて事実上無給で1日12時間以上の労働を強いられ、習近平国家主席の演説を学ぶ政治学習にも参加させられたといいます。その後、工場にいた中国人に「良い仕事がある」と誘われ、1万7000ドルで国際犯罪組織に売り飛ばされ、カンボジアでは暗号資産への投資を装ってお金をだまし取る詐欺に1年間関与させられたといいます。日本ウイグル協会のアフメット会長は「中国からカンボジアまでの移動はわずか4日間。国家権力がバックにいないと不可能な速さだ。他にも被害者がいるはずだ」と推測、工場のある中国沿岸部には日系企業も多数進出しており、「決してひとごとではない」と訴えています。オンライン詐欺に国家権力が関与していることを示唆する事例であり、その根の深さに恐ろしさを感じます。
- 恋愛感情を悪用した「SNS型ロマンス詐欺」の手口で男性から暗号資産をだまし取ったとして、愛知県警は、東京都八王子市、自称自営業の容疑者ら男5人を詐欺容疑で逮捕しましたた。愛知県警は男らが約5600人分のSNSのアカウントを集め、詐欺に悪用していたとみて調べています。報道によれば、5人は他の仲間と共謀し、2025年10~11月、都内の30代の会社員男性に女性を名乗ってLINEでメッセージを送り、「将来2人で暮らすようになった時、お金のことで悩みたくない」などと言って架空の投資話を持ちかけ、15万円相当の暗号資産を詐取した疑いがもたれています。男らは、SNSでアルバイトに応募してきた女性約300人に、結婚相談所の営業補助などとして、マッチングアプリで男性のLINEのIDや職業、年収などの情報を集めさせていたといいます。愛知県警は、男らがこれらの情報を詐欺グループに提供し、詐取金の一部を報酬として得ていたとみています。
- 高齢者から現金をだまし取ろうとしたとして、警視庁特別捜査課は詐欺未遂の疑いで、容疑者2名を逮捕しました。報道によれば、2026年8月、何者かと共謀して群馬県高崎市のホテルから熊本県の80代の男性に息子を装って虚偽の電話をかけ、現金をだまし取ろうとしたというものです。5月に山梨県の宿泊施設から「日中外に出ない不審な宿泊者がいる」との相談を受け、警視庁が宿泊者の1人だった容疑者を追跡、群馬県高崎市のホテルから特殊詐欺のかけ子をしていた疑いが浮上し、押収された携帯電話からは妊娠の示談金名目の「だましの文言」が記されたマニュアルも見つかったといいます。特別捜査課は、容疑者らのグループが首都圏近郊のホテルで拠点を移しながら詐欺電話を重ねていたとみて、実態解明を進めています。特殊詐欺のアジトとしてホテルが使われていた事例ですが、ホテル側が不審な点に気づいたことが捜査の端緒となっており、特殊詐欺対策として事業者ができることはまだまだあることを痛感させられます。
- 警察官を装い現金をだまし取ったとして、愛知県警は、詐欺容疑で容疑者を逮捕しました。詐欺やマネロンを行う複数のグループに指示したり、報酬を分配したりし、特殊詐欺の中核を担っていたとみられています。サイバー犯罪対策課によれば、特殊詐欺に関わる複数のグループと匿名性の高い通信アプリでやりとりし、海外の詐欺拠点にかけ子を送るなどしていたとされ、容疑者の暗号資産口座には、約3年前から詐取金とみられる2億円以上が振り込まれていました。逮捕容疑は2025年2月、かけ子などと共謀し、警察官を装い神奈川県平塚市の60代の男性に「逮捕した犯人があなたにお金を渡したと言っている。資金調査する必要がある」と電話、計100万円を送金させ、だまし取った疑いがもたれています。
2026年1~7月末における特殊詐欺の認知・検挙状況等について公表されていますので、以下、紹介します。被害の全体像や近年急増しているニセ警察詐欺の現状と対策をより分かりやすくするため、「被害が急増している「ニセ警察詐欺」を独立した手口として位置付け」、「SNS型投資・ロマンス詐欺を特殊詐欺の一手口として位置付け」られています。SNS型投資詐欺の被害額が2025年同期比で1.75倍になっていること、ニセ警察詐欺の認知件数が減少に転じていること(詐欺グループの犯行に使われることが多い国際電話の遮断機能を持つアプリの活用や、SNSのグループトークに誘導する投資詐欺への警戒などを呼びかけるといった対策が効果を発揮しつつあります)などが特徴的です
▼ 警察庁 令和8年7月末における特殊詐欺の認知・検挙状況等について(暫定値)
- 令和8年7月末における特殊詐欺の概要
- 認知件数 26,051件、被害額 2,108.1億円(前年同期比+3,709件、+632.8億円)
- 手口別の認知件数・被害額(認知件数(前年同期比差異/比率)被害額(同))
- SNS型投資詐欺 6,566件(+2,827件 / +75.6%) 881.2億円(+413.9億円 / +88.6%)
- ニセ警察詐欺 5,422件(▲368件 /▲6.4%) 617.1億円(+126.1億円 /+25.7%)
- SNS型ロマンス詐欺 3,037件(+61件 / +2.0%) 293.2億円(+14.9億円 / +5.3%)
- 架空料金請求詐欺 3,688件(+443件 / +13.7%) 86.5億円(+10.7億円 / +14.1%)
- オレオレ詐欺 2,350件(+344件 / +17.1%) 84.2億円(+5.5億円 / +7.0%)
- 還付金詐欺 1,757件(▲312件 / ▲15.1%) 40.7億円(+1.8億円 / +4.7%)
- 交際あっせん詐欺 392件(+185件 / +89.4%) 13.0億円(+6.7億円 / +105.8%)
- キャッシュカード詐欺盗 908件(+211件 / +30.3%) 9.8億円(+1.6億円 / +19.3%)
- 金融商品詐欺 239件(+148件 / +162.6%) 24.6億円(+12.8億円 / +107.7%)
- 融資保証金詐欺 221件(▲25件 / ▲10.2%) 1.3億円(▲1.0億円 / ▲43.3%)
- 預貯金詐欺 587件(▲469件 / ▲44.4%) 5.4億円(▲6.2億円 / ▲53.3%)
- ギャンブル詐欺 26件(+8件 / +44.4%) 0.8億円(▲0.3億円 / ▲27.1%)
- その他の特殊詐欺 858件(+656件 / +324.8%) 50.3億円(+46.4億円 / +1,177.0%)
- 携帯電話対策の実績について(7月末現在)
- 警察庁推奨アプリの累計ダウンロード数(概数)1,908,800件
最近の特殊詐欺の被害事例から、いくつか紹介します。
- 島根県警は、資産運用会社の担当者になりすまし、70代男性から金の延べ棒3本(計約4000万円相当)をだまし取ったとして、「受け子」とみられる容疑者を逮捕しています。男性はSNSで知り合った女性を名乗る人物に投資話を持ちかけられ、金の延べ棒や現金など計約3億2000万円相当をだまし取られていました。島根県警はロマンス詐欺とみて、残りの被害や共犯者についても捜査しています。
- 広島県警安佐南署は、広島市安佐南区の70代女性が、警察官をかたる男らから約1億2800万円をだましとられる特殊詐欺があったと発表しました。2026年6月、宅配業者を名乗る男から女性の携帯に電話があり、女性名義で発送した荷物が事件に関係している可能性があると告げられ、さらに福岡県警の警察官を名乗る男2人に電話をつながれ、「マネロン事件で男を逮捕し、あなたも共犯とみなしている」などと言われたため、女性は男たちの指示に従って銀行口座を開設し、7月中旬に計1億800万円を振り込み、さらに紙幣の番号を確認するために自宅の敷地内に現金を置くように指示され、2回にわたって計約2000万円をだましとられました。8月上旬、他県の警察から広島県警に情報が寄せられ、女性に確認したところ被害が分かったといいます。
- 岐阜県警可児署は、同県可児市の自営業の60代女性が、フェイスブックで知り合った人物から投資話を持ちかけられ、1億630万円相当の暗号資産をだまし取られたと発表しました。2026年4月ごろ、男性名義のアカウントからメッセージが届き、LINEに誘導されて「投資に興味がないか」と勧められ、暗号資産を購入、8月17日までに計7回、指定された口座に送金したといいます。女性が利益を引き出そうとすると「手数料がかかる」と言われ、家族に相談して詐欺だと分かったものです。
- 青森県警弘前署は、県内の60代女性が特殊詐欺にあい、6595万円をだまし取られたと発表しました。女性は金融機関から情報提供を受けた警察官に説得されたものの聞き入れず、指定された口座に振り込みを続けたといいます。2026年7月、東北電力社員を名乗る男から「あなたが借りている東京のビルの電気料金が未払い」などと女性宅に電話があり、その後、警視庁の捜査員を名乗る男に「マネロンに関与している疑いがある」と言われ、LINEのビデオ通話に誘導、「身の潔白を証明したければ協力を」などと言われ、7月17日~8月8日にかけ、計27回現金を振り込んだといいます。同署では、7月28日に金融機関から情報提供を受けた警察官が女性に会って振り込みをやめるよう説得したものの、女性は捜査員を名乗る男から「このことは守秘義務があるので誰かに話せば逮捕する」と言われていたため、男の言うことを信じて説得に応じず、警察官には「大学の友だちに投資に誘われている」などと説明し、その後も約10回、指定された口座に現金を振り込んだということです。女性は、捜査員を名乗る男と連絡が取れなくなり、被害に気づいたといいます。だまされている人に騙されていることを気づかせることの難しさをあらためて痛感させられます。
- 広島県竹原市に住む80代の女性が警察官をかたる男から計4100万円をだまし取られる被害に遭いました。2026年6月、広島県竹原市に住む80代の女性の携帯電話に警視庁の警察官を名乗る男から電話があり、「暴力団の家からあなたの電話番号が出てきた」、「口座のお金を出して札の番号を確認する必要がある」などと言い、女性をSNSに誘導、ビデオ通話機能で制服を着た姿や逮捕状を見せ、「広島から女性職員を行かせる。お金は直接渡すのではなくどこかに置いておいてほしい」と指示されたといいます。女性は自宅の敷地に6回に分けて現金を置いたところ、いずれも回収され、あわせて4100万円をだまし取られました。不審に思った女性の親族が警察に相談し、被害が発覚したものです。
本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニや金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されています。特殊詐欺の被害防止は、何も特定の方々だけが取り組めばよいというものではありませんし、実際の事例をみても、さまざまな場面でリスクセンスが発揮され、ちょっとした「お節介」によって被害の防止につながっていることが分かります。このことは警察等の地道な取り組みが、社会的に浸透してきているうえ、他の年代の人たちも自分たちの社会の問題として強く意識するようになりつつあるという証左でもあり、そのことが被害防止という成果につながっているものと思われ、大変素晴らしいことだと感じます。一方、インターネットバンキングで自己完結して被害にあうケースが増えており、コンビニや金融機関によって被害を未然に防止できる状況は少なくなりつつある点は、今後の大きな課題だと思います。以下、被害を防止できた直近の事例を紹介します。
- 特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、兵庫県警須磨署は、セコム神戸西支社の契約社員に署長感謝状を贈っています。2026年7月、神戸市須磨区内の銀行でATM機械室での修理を終えた際、スマホをATMの操作パネルの上に置き、通話しながら操作している高齢女性を発見、スマホの画面に、インターネット回線を利用したIP電話で使われる「050」で始まる番号が表示されていたことから詐欺を疑い、声を掛けて中断させるなどして被害を未然に防いだものです。女性は年金機構の職員をかたる人物から「未払いの年金がある」などと連絡があり、銀行を訪れていたといいます。
電話による特殊詐欺「電話de詐欺」の被害が相次ぐ中、千葉県警は携帯電話大手のソフトバンクと協力し、詐欺の手口を疑似体験できるウェブサイトを制作しました。実際に県内で発生している、警察官のふりをして金をだまし取るニセ警察詐欺と、市役所職員になりすます還付金詐欺の2種類のシナリオが用意されています。犯人とのやりとりを体験して事前に手口を把握し、自分にも起こりえることだという当事者意識を高め、被害の防止につなげたい考えだといいます。「警察からの電話編」では、警察官をかたる人物が「あなた名義の銀行口座が犯罪に利用されている」などと不安をあおり、ビデオ通話で逮捕状を見せ、送金を求める手口を体験でき、犯人から電話がかかってくる場面から始まり、2つの選択肢から対応を選びながら、シナリオを進めていく形式で、終了後は、「警察はSNSで事情聴取はしません」「警察は、警察手帳や逮捕状の画像を送信しません」など、詐欺被害に遭わないために気をつけておくべきポイントを復習することができるようになっています。もう一つの「市役所からの電話編」は、医療費の還付手続きを口実にATMへ誘導される内容です。千葉県警生活安全総務課は「手口を口頭で教えるだけだと、自分事としてとらえられず、だまされてしまう人が多い。ゲーム感覚で最新の手口を体験することで理解を深めてもらい、被害の減少につなげたい」と強調しています。体験サイトは今後、各警察署の啓発活動で取り入れられるといいます。
(3)薬物を巡る動向
本コラムでたびたび取り上げていますが、若年者を中心にOTC医薬品の過量服用(オーバードーズ、OD)が社会問題化しています。その対策として、2026年5月から「指定乱用防止医薬品」の販売制度が施行され、薬局には購入者への確認や情報提供が省令に基づく努力義務から法的義務に変わりました。これにより薬剤師は購入時の対応や販売可否の判断を厳格に求められるようになりましたが、購入者から「薬が買いにくくなった」といった声も増えているといいます。専門家によれば、「これまでは指定成分が乱用・依存の実態に合っていなかった」といいますが、新たな制度は乱用実態に基づく成分指定の拡大と販売ルールの強化がなされました(実際の乱用成分ではジヒドロコデイン、デキストロメトルファン、ジフェンヒドラミンが多く、こうした知見を踏まえて法改正が行われました)。ただ、特に18歳未満に対する抑止効果が期待される一方で、OD患者の平均年齢は約29.1歳であり、18歳以上の乱用リスク者が多いことが判明しています。今回のルールでは、薬剤師による適切な確認があったとしても、18歳以上であれば複数個または大容量製品を購入できてしまう余地があり、「販売規制はあくまで対策の1つであり、OD問題がなくなるわけではない」との専門家の指摘に留意する必要があります。一方、OD対策は規制以外の支援や介入と組み合わせるべきで、現場の薬剤師にとっては、適正使用の促進や販売拒否の場面が負担となりますが、購入者の困りごとに寄り添う声掛けや受診勧奨、支援機関への橋渡しといった支援志向のコミュニケーションが重要であり、これによりODをやめるきっかけを作れる場合もあるといえます。薬剤師は単に販売可否を判断するだけでなく、対面で症状を丁寧に聴き情報提供を行い、支援ニーズの高い人を適切な医療や支援へつなぐゲートキーパーとしての役割を担うことが求められています。
国内の薬物事犯を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 「ゾンビたばこ」と呼ばれる違法薬物「エトミデート」をマレーシアから関西国際空港に密輸したとして、福岡県警は、70代と30代の容疑者の2人を医薬品医療機器法違反(輸入)容疑で逮捕しました。エトミデートの密輸を巡る立件は福岡県内では初めてだといいます。2026年7月、何者かと共謀し、マレーシアから粉末のエトミデート約1.27キロが入った段ボールを国際宅配貨物で男性宅に送って密輸しようとしたものです。報道によれば、エトミデートは粉末状で108本のコーヒースティックの中に分散して隠されており、関空の税関職員が検査で発見したといいます。エトミデートは過剰摂取により幻覚や全身けいれんの症状を起こし、死に至ることもあるとされ、厚生労働省は2025年に医療目的外の製造や所持を禁じる指定薬物に追加しましたが、若者らの乱用が問題となっています。なお、門司税関は、関税法違反容疑で2人を福岡地検に告発しています。
- 中国四国厚生局麻薬取締部は、広島市安佐南区の自称自営業の男=覚醒剤取締法違反(営利目的譲渡)などの罪で起訴=を別の同法違反(営利目的所持)などの疑いで再逮捕しました。関係先から覚せい剤310.403グラム(末端価格約1645万円)を押収しています。麻薬取締部による過去10年の覚せい剤の押収量としては広島県内で最大といいます。麻薬取締部は容疑者が違法薬物の密売人とみており、暴力団の関与も視野に入手先や販売ルートを調べています。再逮捕容疑は、何者かと共謀し、2026年5月、広島市中区のマンションの一室で、覚せい剤268.991グラムや大麻197.676グラム、コカイン72.387グラムなどを所持した疑いがもたれています。
- 埼玉県警は、大麻取締法違反容疑で千葉県警に逮捕された久喜署地域課の30代の男性巡査を懲戒免職処分としました。「警察官になる前から大麻を使用していた」、「リラックスしてストレス解消になる。やめられなかった」と話しているといいます。埼玉県警によれば、巡査は2023年1月、何者かに大麻をレターパックで自宅近くの郵便局に送らせましたが、うまく受け取れず、差出人に返送できないため、発送元の郵便局がレターパックを処分しようとすると大麻と思われるものが見つかり、千葉県警に届け出たものです。同県警は2026年8月、大麻取締法違反(譲り受け未遂)容疑で巡査を逮捕するなどしていました。
- タイから液状大麻を密輸したとして、関西空港署は、大阪府寝屋川市の日本人の男2人を麻薬取締法違反(営利目的輸入)の疑いで逮捕しました(すでに同罪で起訴)。寝屋川市の会社員の男とアルバイトの男の2人は何者かと共謀し、タイからの航空機で、2026年7月に関西空港に到着した際、ゴルフバッグに液状大麻計約5573グラムを隠して、密輸した疑いがもたれています。液状大麻は、ポリ袋に入れられ、それぞれのゴルフバッグのポケットに隠されており、税関のX線検査で、不審な影を見つけたといいます。2人は友人関係で、量が多いことなどから、組織的な犯罪とみて調べています。
- 大麻を所持していたとして、茨城県警石岡署は、米国籍のダンサー、フォスター・アンソニー・ルイス容疑者を麻薬取締法違反(所持)容疑で逮捕しました。容疑者は「トニー・ゴーゴー」という名前で活動する著名なダンサーだといいます。2026年5月、石岡市内の路上で、大麻約0.2グラムを所持してたもので、不審な動きをしていた容疑者を警察官が職務質問、所持品から乾燥植物片のようなものが見つかり、鑑定の結果、乾燥大麻と判明、尿検査で陽性反応が出ており、同法違反(使用)の疑いでも捜査しています。
- 詐欺や強盗予備の疑いですでに逮捕されていたトクリュウのトップの男と俳優として活動する女が、東京・豊島区のホテルの一室でコカインを所持したなどとして逮捕されました。麻薬取締法違反の疑いで逮捕されたのは、六代目山口組系暴力団幹部と俳優の2人で、2026年7月、豊島区のホテルの一室でコカインおよそ0.7グラムを所持し、また、都内でコカインを使用した疑いがもたれています。捜査の過程で容疑者が豊島区のホテルに頻繁に出入りしていることが判明し、警察が詐欺容疑で身柄を確保しようと部屋に入ったところ、ベッドの上に2人がおり、その際、シーツの中やベッドの棚からコカインが入った袋が見つかったといいます。警察は、容疑者が特殊詐欺などで得たカネを違法薬物の購入にあて、豊島区のホテルで使用を繰り返していたとみて調べています。
- 在留資格を更新しないまま不法に国内に残留したなどとして、大阪府警南署などは、入管難民法違反(不法残留)容疑などでベトナム国籍の20~33歳の男女9人を逮捕しました。事件に関連し府警は、大阪・ミナミにあるクラブを家宅捜索し、違法薬物の可能性がある粉末などを押収しました。逮捕された9人はいずれもクラブ内にいた客で、府警が実態解明を進めているといいます。クラブは大阪市中央区西心斎橋のビル地下1階にある「68k-club」で、捜索時には客など約160人がおり、大半がベトナム人だったといいます。報道によれば、2026年5月、クラブ前で「人が倒れている」と通報があり、20代のベトナム人男性が病院に搬送されたが死亡、司法解剖の結果、死因は薬物中毒による心停止だったことなどから、府警は違法薬物事件として捜査していたものです。同8月の捜索では、違法薬物を使用した疑いのある客も複数人確認されているといいます。
- コカインを使用したとして麻薬取締法違反の罪に問われた神戸大大学院生の男性に、神戸地裁は、無罪を言い渡しました(求刑は懲役1年6月)。コカインを使用したとみられる友人とペットボトル飲料を回し飲みした際、「飲み口にコカインが付着し、気付かないまま摂取してしまった可能性を否定することは困難」としたものです。判決によれば、男性は2023年12月、友人らと職務質問され、任意提出した尿からコカインが検出されたとして逮捕、起訴されました。裁判官は判決理由で、男性のコカインは、感度の低い検査法では検出されず、少ない量でも反応する手法により検出されたとして「摂取量は比較的少ない」と指摘、「認識のないまま摂取した可能性を否定できず、故意があったと認めるには合理的な疑いが残る」と判断しました。
海外における薬物事犯を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 米司法省は、医療用麻薬「オピオイド」による薬物中毒を巡る訴訟で、小売大手ウォルマートと和解したと発表しまし。ウォルマートも和解を確認しました。和解条件の詳細は明らかになっていません。司法省は2020年、オピオイドを含む処方鎮痛剤の販売を巡り、規制物質法に違反したとしてウォルマートを提訴、違法な処方箋に基づく調剤を自社薬局で行い、全米的なオピオイド危機を助長したと主張していたものです。米国疾病予防管理センター(CDC)によれば、1999~2025年に、米国では90万5000人超がオピオイドの過剰摂取により死亡、年間死亡者数は2022年以降減少に転じたといいます。
- 米軍は2026年8月下旬、東太平洋で船舶に対して攻撃を行い、2人が死亡したと発表しました。同様の一連の攻撃で米側は「麻薬テロリスト」を標的としていると主張していますが、人権団体は法的に認められない殺害に等しいとしています。詳細は、「確認された情報により、当該船舶が麻薬密輸に積極的に関与していることが判明した。この作戦により、麻薬テロリスト2人が死亡した」というものですが、軍は標的となった個人の身元を明らかにしていません。また、その船舶が「東太平洋の既知の麻薬密輸ルートに沿って航行していた」と述べた以外に、どの組織に所属していたかについても明らかにしていません。トランプ米政権は2025年9月以来、麻薬を輸送しているとする船舶への攻撃を続けており、今回の攻撃は2カ月以上ぶりとなるものでした。軍によるこうした船舶への攻撃により、これまでに200人以上が死亡しています。
- 米国が「麻薬テロリスト」と見なす人物を標的に行う空爆が、中米エクアドルの漁師たちを襲っているという興味深い報道がありました(2026年8月22日付ロイター)。米軍が2025年9月以降、船舶67隻を破壊し、220人以上を殺害、米政府はこれらの攻撃自体と死者について、自らの作戦によるものだと認めています。エクアドルの麻薬対策当局者や地元警察、住民によれば、近年、同国有数の犯罪組織「ロス・チョネロス」と「ロス・ロボス」が沿岸地域で勢力を広げ、漁師を密輸に強制的に加担させているというものえす。米国は2025年、両組織をテロ組織に指定、いずれもメキシコの麻薬密売組織とつながっており、ロス・チョネロスは「シナロア・カルテル」、ロス・ロボスは「ハリスコ新世代カルテル」とそれぞれ関係を持っているとされます。密輸に協力しない漁師は出航1回につき1200ドル(平均的な月収の3~4倍に相当)の「上納金」を支払うよう迫られ、拒めば本人や家族が報復を受ける恐れもあるほか、出航すれば空爆に遭う可能性もあるといいます。米国、エクアドル、エルサルバドルは海上麻薬対策の連携を強化すると表明。情報共有や監視、連携した阻止活動など、連携を強化すると表明しています。この取り組みは、米軍の「サザン・スピア作戦」、米沿岸警備隊の「パシフィック・バイパー作戦」と並行して進められています。カルテルは小型漁船の利用を増やしているものの、コカイン輸送の大半は商業港を経由しており、現政権や米国は高速艇への対策を重視しすぎていると専門家は指摘しており、漁師や貧困層、社会的に弱い立場の人々がこの構図に引き込まれる流れを止めることはできないとも指摘しています。
- ロシアによるウクライナ侵略は4年半に及び、前線の兵士たちは戦い続けていますが、軍内部では薬物乱用が広がる実態があります。薬物依存に陥った多くの兵士を、臨床心理士は「民間人の寄せ集めで長期間戦い続けていることにある」と指摘しています。兵士は、交代できないまま疲弊し、見通せない不安が薬物の使用につながっているといいます。ウクライナの大学などの調査によると、麻薬の単純所持で有罪判決を受けた軍関係者が急増、侵略前は年間約70人でしたが、2024年には20倍超の約1600人に急増、今後、薬物問題がさらに深刻になるとみられています。「戦争が終わり、トラウマを負った兵士らが大勢帰還し、市民の緊張も解けた時、この問題の真の全体像が見えてくる」との専門家の指摘は重いものがあります。
- パラオの中心都市コロールで開催中の太平洋諸島フォーラム(PIF)首脳会議に出席しているオーストラリアのアンソニー・アルバニージー首相は、島嶼地域の麻薬密輸対策として6億豪ドル(約680億円)を拠出すると発表しました。上空や海上からの監視強化や警察の訓練拡充などの資金に充てるといいます。島嶼地域は南米などで生産された麻薬の密輸の中継地点とされ、輸送には潜水艇などが利用されているといいます。豪州にとって島嶼国との連携は、海上安全保障協力の強化につながり、地域で影響力を拡大する中国に対抗する狙いもあるとみられています。豪政府によると、PIF加盟国の代表者が出席した全体会合で、連携して麻薬密輸対策にあたる構想が全会一致で承認されたといい、アルバニージー氏は会合で、「太平洋はわれわれの故郷であり、地域のパートナーと協力して組織犯罪と闘うことは豪州の国益にかなう」と強調しました。また、米国と豪州は、太平洋島嶼国向けに総額5億8000万ドルの資金支援を発表しました。米国務省はこれとは別に、同地域に1億5000万米ドルの資金を提供すると発表しました。このうち6000万米ドルは、燃料貯蔵能力の拡大や送電網の安定化支援を通じ、太平洋島嶼国が世界的なエネルギー危機に対処するための支援に充てられます。
- メキシコ北東部タマウリパス州にある麻薬密売組織「カルテル・デル・ゴルフォ」のアジトから、トラ5頭やライオン3頭、ラクダ1頭など135頭の動物が見つかったといいます。「私設動物園」は麻薬カルテルの首領にとって、力や富の象徴となっており、違法燃料取引の摘発作戦で、軍などが拠点5カ所を急襲、対象の一つの農場で発見されたといいます。ハイエナやジャガーなどの肉食獣のほか、バイソンや水牛など大型の草食獣、カメなど35の絶滅危惧種も飼育されており、当局に保護されました。また、軽油6万8000リットルなども押収されたといいます。
(4)テロリスクを巡る動向
組織に属さず1人で過激化する「ローン・オフェンダー」(LO)への対策を強化するため、警察庁は生成AIでSNS上の情報を分析する方針です。危険な投稿を迅速に抽出して警告などにつなげ、重大事案を未然に防ぐ狙いがあります。安倍元首相銃撃事件を受け、警察庁は2025年4月、事件の前兆情報を集約する「LO対策室」を庁内に設置するなどしてLO対策を強化、手作業でSNS情報を分析し、要人らへの危害をほのめかす投稿者への警告を繰り返してきましたが、同庁は、こうした取り組みにAIを活用して効率化を図る考えで、すでに実証実験をしており、「56(ころ)す」などのキーワードを含む投稿を抽出した上で、前後の投稿内容を踏まえて危険度を判定する運用を想定しているといいます。このほか、重大なサイバー攻撃を未然に防ぐ「能動的サイバー防御」の一環として、攻撃元サーバーに実施する「侵入・無害化」措置にもAIを搭載した資機材を活用する方針です。
政府は化学物質や生物剤・核などを使ったテロへの対処計画を策定しました。警察が把握した原因物質や実行犯の逃走経路などの情報を消防や医療機関と迅速に共有、省庁の縦割りを打破し、被害の拡大防止に重点を置くとしています。医療体制についてはテロ現場の近くの病院が機能や専門を問わず対応すべきだと位置づけ、必要な知識を学ぶ研修を拡充し、重症患者でも受け入れ可能な病院を増やすとしました。従来は治療の優先順位を決めるトリアージをもとに、対応可能な病院へ搬送していました。さらに、患者や現場に付着した原因物質をなるべく早く除染することで二次被害を抑えることに注力、医薬品の備蓄体制も整え、医薬品の特性などに応じた搬送方法や在庫管理を検討する関係省庁会議をつくるとしています。また、政府の対策本部会議には専門家会議を新設して、科学的な知見を活用した助言を受けやすくするといいます。初動対応も見直し、警察や消防は様々な化学物質などに対応できるように重装備で臨むことが多かったところ、スピード重視で初動の装備は簡素化し、必要に応じて追加する態勢にするとしています。化学物質などを使ったテロは「CBRNE」(シーバーン=化学剤、生物剤、放射性物質、核、爆発物の頭文字)テロと呼ばれています。日本では1995年に地下鉄サリン事件が起き、通勤時間帯の地下鉄で猛毒がまかれ、14人が死亡し6000人以上が負傷しました。AIやドローンといった技術の発達でテロの脅威が増したことを受け、サリン事件の教訓も踏まえて対策強化を進めるものです。新計画の策定は医師資格を持ち救急・災害医療の経験もある松本尚デジタル相や赤間二郎国家公安委員長が中心となって動いています。高市早苗首相は自民党総裁選でCBRNEテロの救急・医療連携の対応を検討する専門家組織の創設を掲げ、対策を強化してきており、政府は2026年1月にCBRNEテロ対策会議を立ち上げ夏までの中間とりまとめを目指していました。
▼ 内閣官房 CBRNEテロ対策会議
▼ 資料2 CBRNEテロから国民を守り抜くためのアクションプラン(概要)
- アクションプランの位置づけ
- 有識者からのヒアリング、関係機関の図上訓練の教訓、CBRNE議連による提言などを踏まえ、政府が当面取り組むべき施策を取りまとめたもの
- 本取りまとめに基づき、地方自治体、医療機関等の協力を得てCBRNEテロによる災禍から国民を守り抜くため各種対策を強力に推進していく。
- 本取りまとめについては、情勢等に応じ不断に見直す必要があるため「中間とりまとめ」としており、検討・調整を要するものについては、テーマごとに実務者級での検討を進めた上で、関係副大臣会議において協議・調整する。
- アクションプランの全体像
- 司令塔機能の強化
- 専門的知見の活用
- 関係機関の情報の共有・連携
- インテリジェンス機能の強化
- 国が責任をもって対処する体制の整備推進
- 危機対応医薬品等の確保の推進及び医療提供体制の強化
- 危機対応医薬品の確保の推進
- 事故・災害対処用の医薬品の備蓄を活用する枠組みの構築
- 医療提供体制の強化
- 対処能力の向上
- 実践的な訓練の推進
- 装備資機材の充実
- 研修の充実を通じた人材育成
- CBRNEの性質に応じた対処の徹底
- 危機対応医薬品等の搬送体制の具体化
- 原因物質に関する検知の高度化と情報の共有
- 除染・監視活動における連携強化
- その他CBRNEテロから国民を守り抜くための諸対策の推進
- CBRNEテロの標的となり得る場所等における対策の推進
- CBRNEテロの手段を封じ込めるための対策の推進
- 国際連携の推進
- 司令塔機能の強化
- CBRNEテロ対策の強化に向けた主な施策
- 専門的知見の活用
- CBRNEテロ発生時、政府の対策本部会議(総理主宰)に助言・提言を行う専門家会議を創設(各分野の専門家を専門家会議の構成員候補者としてリスト化)
- 平素からCBRNE専門家ネットワーク等との連携を強化(定期的な意見交換、助言を対策・訓練シナリオへ反映)
- インテリジェンス機能の強化
- 政策部門及び情報コミュニティ間における情報集約・共有機能の促進等
- テロに用いられるおそれのあるCBRNE脅威やこれを助長する技術を情報収集・分析するため関係省庁会議を新設
- 国際的な動向、研究開発動向なども踏まえて評価、関係省庁と共有ア
- 救命救助に当たる医療従事者等に対する警察保有情報の積極的な共有
- CBRNEテロ発生時、警察機関から救命救助に当たる消防、医療従事者等に対し、周辺の安全に関する情報や治療に有用となり得る情報を必要な範囲で適時適切に共有
- 実践的な訓練、装備資機材、研修の充実
- 原因物質不明の状況下等を想定し、多様なシナリオの下で訓練を推進
- 初期対処する警察、消防等が安全かつ迅速・実効的に活動する資機材を充実
- CBRNEテロ対処部隊の装備資機材を充実強化
- 原因物質検知の高度化
- 研修充実による人材育成
- 危機対応医薬品等の確保の推進・搬送体制の具体化
- 症状の緩和・治療に必要な危機対応医薬品等の備蓄等を強化
- 事故・災害用の医薬品を必要に応じテロ発生時に供出できる枠組みを構築
- 医薬品の特性や備蓄量等を踏まえた搬送方法や流通在庫の払出し方法を検討するため、関係省庁会議を新設
- CBRNEテロの手段を封じ込めるための対策の強化
- 小型無人機を使用したテロ等への対処
- AI、その他先端科学技術等の悪用への対策
- 国際連携の推進
- 医療提供体制の強化多数の傷病者
- 傷病者の受け入れが想定される医療機関が、機能及び対応能力に応じた適切な傷病者対応が可能となるよう、研修の拡充、医療機関間の連携強化等を推進し、対応可能医療機関を拡充
- 医療機関の資機材及び診療手順の見直し、訓練参加経費の負担軽減等により医療機関の対応力を更に向上
- 小型無人機を使用したテロ等への対策
- 小型無人機等飛行禁止法に基づく適切な施設の指定、情勢に応じた警戒警備
- 検知及び対処に有効な装備資機材の調査・研究等対策検討
- AIを悪用したCBRNEテロへの対策
- 研究開発動向を把握し、悪用防止策を検討
- その他先端科学技術等の悪用対策の検討
- テロへの悪用が懸念される先端科学技術について悪用防止対策を検討
- 国際連携の推進
- 大量破壊兵器等の拡散防止に向けた取組の強化
- 国際社会におけるテロ対策に係る協力の推進
- 専門的知見の活用
警察庁は、2027年4月の組織改編で、スパイ事案やテロなどの情報を収集・分析する「外事情報局」を創設する方針を明らかにしました。警察のインテリジェンス(情報収集、分析)機能を強化するのが狙いです。2027年の通常国会に警察法改正案を提出する見込みです。政府が2026年7月にインテリジェンスの司令塔機能を担う国家情報局を設置したことも踏まえ、同庁は警備局内にある外事情報部を独立した局へと格上げすることになります。警察は2001年の米同時テロ後、テロ関連情報の収集・分析を強化、2004年に外事情報部を設置し、外国の情報機関との連携を深めてきました。組織改編では部内の「外事課」と「国際テロリズム対策課」を外事1~3課に再編し、ロシア、中国、北朝鮮などの情報収集の強化を図っていくとしています。警察庁には現在、人事や会計などを担う長官官房に加え、刑事、生活安全など五つの局があり、局の創設は2022年のサイバー局以来となる見込みで、長官官房には、各局の警備情報を横断的に分析する総括審議官ポストも設けるといいます。組織改編ではこのほか、「匿名・流動型犯罪グループ」対策を強化するため、同庁に局長級ポストの「匿名流動犯罪対策統括官」も新設、近年、東南アジアなどに詐欺拠点が置かれている実態を踏まえ、国際捜査やスマホの解析などを担う総括審議官も設置するとしています。また、組織改編に伴って刑事局の「組織犯罪対策部」は廃止し、同局内に暴力団対策課や国際捜査課などを新設して体制強化を図るといいます。
海外のテロ/テロ組織等を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- ナイジェリアのイスラム過激派ボコ・ハラムと分派組織が、爆発物の設計といったテロ活動に複数のAI企業の生成AIを使用していたとする報告書を、英ケンブリッジ大の研究者が7月に公表、AIに安全策が施されていても悪用を防げなかったケースがあったとし、リスクが「過小評価されてきた」と指摘しています。ボコ・ハラムと、分派の過激派「イスラム国西アフリカ州」(ISWAP)の元メンバー27人への聞き取りを基に報告書を作成、主に両過激派が2024年にAIを使った状況をまとめたもので、報告書によれば、ナイジェリア北東部などで活動する両過激派は、米オープンAIの「ChatGPT」や米グーグルの「ジェミニ」、米メタの「メタAI」などを使用、攻撃計画の立案に用いたほか、爆発物の威力増強や不発弾の利用方法などの情報もAIを通じて得ていたといい、ナイジェリア軍から奪った武器の操作方法の解明にも使ったとされます。さらに報告書は両過激派がそれぞれAI専門部隊を設置したと指摘、過激派組織「イスラム国」(IS)メンバーからAIの使用方法を直接伝授された事例もあったといいます。研究者は過激派がAIの安全策をかいくぐろうと、あるAIに拒否されても別のAIを試していると指摘。AI企業ごとに安全策が異なるとして「業界共通の基準が必要だ」と訴えています。一方、米紙ニューヨーク・タイムズによれば、グーグルの報道担当者は「現実世界に害を及ぼすことを禁じる厳格な規約がある」として報告書の内容に否定的な見解を示したほか、メタの担当者は古いモデルのAIに基づいた研究だとし、安全策の強化を続けていると説明しています。
- タリバン暫定政権幹部は米国を「我々の国の基盤や価値観を壊そうとした」と非難し、外国に依存せず国を再建する必要性を強調しています。そして米軍撤収から5年を機に、対米ジハードの記憶を保存する目的で各地に博物館設置を検討しており、若い世代に困難に立ち向かった歴史を伝えることが重要だと主張しています。一方、経済低迷や社会の閉塞感が強まる中で統治の正当性を国民にアピールしようとしている側面も指摘されています。タリバン内には国際協調を重視し米国との関係改善を望む高官もおり、政権の正式承認を目指す上で米国との関係は他国との結びつきを強める助けになると考えられるところ、具体的な対話は進んでいないといいます。市民生活は混乱が続き、過去20年間の米軍駐留期に拡大した女性の教育や社会参加の機会は大きく後退しました。国連女性機関の調査では回答した女性の約7割が権利侵害を理由に精神的な不調を訴え、タリバンは規制を強化して出版禁止となる書籍が出るなど保守的価値観の下で自由が制約されています。第1次トランプ政権(2017~21年)で大統領補佐官を務め、アフガン政策などを巡りトランプ氏と対立して解任されたジョン・ボルトン氏は毎日新聞の取材で、トランプ氏は再選を目指す中で合意に固執して撤収を進め、政権高官の懸念を聞き入れなかった、一方でバイデン大統領は困難な状況に直面しつつも撤収を強行し、2021年8月の撤収完了前にカブールが陥落して大混乱を招いた、バイデン氏も合意を破棄できたはずであり責任が大きい、米軍駐留で実現した女子教育などの前向きな進展や、通訳など協力した多くのアフガン人を見捨てた点についてトランプ、バイデン両氏が配慮を欠いたなどと指摘しています。さらにトランプ氏は一貫性や長期的戦略ビジョンを欠き、その場しのぎの発言を繰り返して政治哲学や安全保障の大戦略を欠如させており、イラン問題や北朝鮮政策、ロシアに対する姿勢などで長期的かつ広範な悪影響を国際政治にもたらす可能性があると懸念しています。
- 米国務省は、シリアに対するテロ支援国家指定を解除したと発表しました。内戦で混乱したシリアの国家再建を後押しするとしています。ルビオ国務長官は声明で、指定解除でシリアに対する民間投資への障壁が取り除かれ、「経済復興と世界経済への再統合が促進される」と強調しました。解除理由について、シリアの暫定政権が国際的なテロ対策に取り組んでいることを挙げ、親イラン勢力ヒズボラに対する作戦も含まれるとしています。米側は2025年6月、新政権がイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国(IS)」に厳しい姿勢をとったことなどを評価し、一連の大幅な制裁緩和を大統領令で定めました。2024年12月にシリアのアサド政権が崩壊した後、米国は暫定政権との関係構築を進めており、指定解除はシリアへの影響力を強め、アサド政権の後ろ盾だったイランなどとの関係を断たせる狙いもあるとみられています。米国は1979年からシリアをテロ支援国家に指定してきましたが、残る指定対象はイランとキューバ、北朝鮮の3か国となりました。
- シリア北東部を支配してきたクルド人主体の民兵組織「シリア民主軍」(SDF)のアブディ司令官は25日、首都ダマスカスで記者会見し、「(SDFの)シリア軍への統合完了と、軍事組織としての解散」を発表しました。SDFと衝突を繰り返してきた暫定政府が、国土統一へ前進した形となります。アブディ氏は会見で、SDF解散を「歴史的瞬間」と強調、「武器の時代から平和の時代へ移行する始まりの日になることを願っている」と述べています。SDFは内戦下の2015年、IS掃討を掲げ結成され、米軍の支援を受け最大10万人を擁していました。人口比では7割のアラブ人に対しクルド人は1割ですが、自治意識が強く、内戦後、国家再建の方策を巡って暫定政権と対立していましたが、2026年1月、停戦のほか、治安部隊と行政機関の段階的な統合を行う方針で合意していたものです。シリア暫定政権は2024年の旧アサド独裁体制崩壊による内戦終結後、国家機関の統合を進めており、懸案の一つだったクルド人の軍事力の取り込みに成功、大統領府は声明で「国家の存在感を強め、安全と安定につながる」と歓迎しました。世界銀行によると、シリアの復興には2160億ドル(約34兆円)の費用が必要とされ、これは2024年の国内総生産の約10倍にあたる規模で、国際社会の支援や投資は不可欠です。既にサウジアラビアやカタール、アラブ首長国連邦(UAE)といった湾岸諸国などが空港・地下鉄の整備支援や大規模投資を計画していますが、国連も更なる支援の拡大を呼びかけています。ただ、14年近くに及ぶ内戦で荒廃したシリアの復興は簡単ではなく、国連によれば、政権崩壊から1年半以上がたった現在も国内避難民は550万人以上に上り、うち約83万人が1200カ所以上の避難キャンプで生活、さらに数百万人が医療や食料、教育へのアクセスに困難を抱えている状況といいます。不発弾や地雷の除去も課題で、爆発物による事故は1400件近く報告されており、少なくとも865人が死亡しました。治安も不安定な状況が続いており、ダマスカスや近郊では2026年7月以降だけで3件の爆発があり、10人以上が死亡、数十人が負傷、うち1件はマクロン仏大統領の訪問中に起きました。シリア当局によれば、実行犯グループの一部はISと関連があったといいます。治安悪化が深刻化すれば民間投資や人道支援が滞り、復興の妨げになる可能性もあります
- 国連人権高等弁務官事務所は、トランプ米政権が親パレスチナ団体「パレスチナ・アクション」をテロ組織に指定したことについて、表現の自由に対する「不釣り合いかつ不必要な制限」だと批判、テロという言葉を広範に適用するもので、市民活動を萎縮させる恐れがあると指摘しています。パレスチナ・アクションは、英国でイスラエルと関係する防衛企業を標的としてきました。同団体は、自らの活動について「イスラエルの戦争機構を妨害し、人命を救うことに常に主眼を置いてきた」と主張し、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃に反対しています。また「妨害を伴う戦術」を用い、「イスラエルの軍産複合体を支える企業」を標的にしていると説明しています。国連のベン・ソール人権・対テロ特別報告者と、国連人権理事会のアルバネーゼ特別報告者も米国の指定に懸念を示し、アルバネーゼ氏は、こうした措置は批判を封じることが目的だと指摘し、同氏はイスラエルによるガザでの軍事行動を「ジェノサイド(集団殺害)作戦」と呼び、戦争犯罪として訴追するよう求めた後、米国から制裁を科されています。
- キューバのグアンタナモ米海軍基地の特別軍事法廷は、2001年の米中枢同時テロの主犯格とされ殺人罪などに問われている国際テロ組織アルカイダ幹部ハリド・シェイク・モハメド被告らの公判を2028年6月に始めると決めました。拷問後の自白の証拠能力が争われたことや、罪を認める代わりに死刑を免除する司法取引がいったん成立した後に無効となったことの影響で、公判前整理手続きが長引いていたものです。事件発生から四半世紀以上を経て軍事法廷の公判がようやく始まることになりそうです。検察側は2027年1月の公判開始を求めていましたが、裁判官側が拒否していました。同時テロでは、アルカイダのメンバーらが旅客機4機をハイジャックし、ニューヨークの世界貿易センタービルやワシントン近郊の国防総省などに突入し、約3000人が死亡、した。モハメド被告らは拘束後に拷問を受け、グアンタナモ基地に移送されました。
(5)犯罪インフラを巡る動向
他人のIDやパスワードで楽天モバイルの回線を契約したとして、福島県警は、不正アクセス禁止法違反と電子計算機使用詐欺の疑いで、東京都東村山市の19歳の無職の男を逮捕しました。100回線以上をトクリュウに転売したとみられています。福島県警によれば、男は闇サイトから不正取得した約12万人分の楽天アカウントの情報を悪用し、関連会社の楽天モバイルにログインして不正契約したとみられており、転売されたのはSIMカードをデジタル化した「eSIM」の情報で、1回線当たり数千円で計数十万円の利益を上げたといいます。逮捕容疑は何者かと共謀し、2025年11月、不正入手した石川県の男性ら5人分の情報で5回線を不正契約した疑いがもたれています。自動で楽天アカウントへのログインや回線契約ができる自作のプログラムを使い、契約にはアカウントにひも付いたクレジットカード情報を悪用したといいます。共謀した何者かとインターネット上で知り合い、匿名性の高い通信アプリでやりとりしていたといい、福島県警が経緯を調べています。
ネット広告は、サイトやSNSに掲載され、表示やクリックに応じて広告主から運営者へ広告費が支払われる仕組みであり、広告は広告主が設定した予算上限に達するまで表示される仕組みです。しかし、ある企業が2025年4~5月に数百万回の広告クリックを記録し、通常より約1割多かったため売上が5%増えるはずだったにもかかわらず実際は前年と横ばいだったため調査したところ、不正広告対策企業の検知で増えたクリックは人でなく自動化プログラム(ボット)によるもので、広告費がだまし取られていたことが判明したといいます。広告は背景が真っ白な不正サイトに多数の他社広告と並べられ、サイト運営者がボットにクリックさせて広告費を不正に得ていたとみられ、気づかずに広告を増やしていれば数千万円の損失につながった可能性も指摘されています。こうしたアドフラウドには国際的なサイバー犯罪グループが関与しているとの指摘があり、不正サイトはドメイン変更やサーバー所在地の偽装で運営者の特定や被害の立証が困難で、摘発のハードルは高い現状があります。専門企業の試算では、日本の被害額は2025年、飲食・不動産・情報通信など広告出稿量や単価が高い分野を中心に約350億円に達し、2023年比で1.5倍に増加しており、日本は広告単価の高さから標的になりやすいといいます。さらに、不正サイトには多数の広告枠に大手企業の広告が並び、解析では日本からの閲覧がほとんどない事例もあり、生成AIで不正サイトが大量に作られ、データセンター増設で通信が高速・大容量化する中でボットも大規模化しており、世界的な拡大が懸念されています。ところが企業側の対策は進まず、調査では不正サイト掲載やボット検知ツールを導入している広告主は51.1%にとどまり、クリック数の見かけ上の減少を恐れて対策を進言できない企業関係者もいるなど、蔓延するクリック至上主義が対策の足かせになっているといいます。(本コラムでは以前からこの問題に警鐘を鳴らし続けていますが)アドフラウドは国際的なサイバー犯罪グループや反社会的勢力など犯罪組織の収益源となっており、自社広告費が犯罪組織に流れているとすれば、コンプライアンス問題に直結するため、経営陣が率先して監視と対策を強化する必要があるといえ、対策が急務です。
インターネットのアドレスの末尾にくる「.com」部分の大規模拡充が14年ぶりに始まりました。認証を手掛ける国際団体ICANNが2012年以来となる新規申請を受け付けています。企業などが取得すれば、正規サイトか判断しやすくなり偽・誤情報への対策になります。ICANNによれば、一般的なアドレスの最後に来るトップレベルドメイン(TLD)は世界に1200超存在し、国別のものを含めると1400を超えるといいます。米グーグルが持つ「.google」「.app」のように多くの企業や団体が取得しており、日本企業でも「.toyoya」や「.sony」といった例があります。ICANNは「利用者がインターネット上の情報源を信頼できるか判断しにくくなっている。(企業などによる)独自のTLD運用は有効な手段になり得る」との認識を示しました。詐欺などに悪用される偽サイトでは、前のドメインの文字列を1文字変える例があり、政府が認可した金融機関のみが使える「.bank」のようなTLDを使えばフィッシング詐欺対策になりえます。総務省が2026年に実施した調査で、ネットの偽・誤情報に接した経験がある人のうち48.4%がその情報を正しいと判断、SNSなどなんらかの手段でそうした情報を拡散したとの回答は20.3%にのぼるなど、偽・誤情報対策の重要性が増しています。
米メタは、若者のSNS依存を巡る複数州との訴訟で和解し、インスタグラムとフェイスブックに対して未成年向けの大幅な利用制限を導入することに合意しました。和解内容は裁判所の承認を経て実施される見込みで、親の承諾がない限り1日2時間を上限とする初期設定や、深夜0時~午前6時の投稿・閲覧禁止、授業時間帯の通知遮断などを盛り込み、投稿の「いいね」数非表示化や美容関連の過剰機能制限、年齢確認の強化も含まれるとされます。メタは和解金として10年間で最大180億ドル(約2兆8600億円)を支払うことで合意し、そのうち約7割を各州に支払い、残りは競合他社が同様の対策を取れば支払う仕組みとしました。メタ側は業界全体での取り組みの必要性を強調し、TikTokやユーチューブなど競合にも同様の対策導入を求めていますが、これが業界水準となるのか、他社が直ちに追随するのかは不透明な状況です。米司法当局はメタの設計が若年層を依存させ、メンタルヘルスに甚大な被害を与えたと批判して訴訟を提起、裁判過程でメタ内部の文書や元研究者の証言が問題視されたことが和解の背景にあると考えられます。一方で、和解に対しては内部告発者などから批判も出ており、和解案は「安全対策の演出を明文化したに過ぎず、実効的な解決にはならない」との指摘もなされています。メタは自社の対策だけで利用者流出を防げないとして、業界全体での取り組みを訴えると同時に、他社が合流すれば使用制限をさらに厳格化する可能性を示唆しています(筆者個人としては、これまでメタの倫理観の欠如した行動を取り上げてきただけに、合意内容の履行や今後のビジネス展開などを慎重に見守っていきたいと思います)。米国での和解は世界的な流れと連動しており、本コラムで取り上げてきたとおり、各国で子どものSNS利用制限や年齢確認強化の動きが広がっています。オーストラリアは16歳未満のSNS利用に強い規制を導入し、多数のアカウント停止を進めているほか、マレーシアやインドネシアも同様の年齢制限を導入し、EUは13歳未満に保護者監督を求める方針を示しています。フランスは高校内での携帯電話使用禁止を導入し、ニュージーランドでは16歳未満利用禁止法案が政治的議論の対象となっています。これら各国の措置は、事業者に対する年齢確認義務や違反時の重い罰則設定などを伴っており、規制の国際的な拡大が注目される状況です。ただし各国・地域での規制運用には課題が残ります。事業者側の年齢確認を厳格化しても、虚偽情報や他人のアカウント流用などの「抜け道」が存在し、実効性に疑問が残ることが指摘されています。オーストラリアでは2025年12月の規制導入後数カ月たっても未成年者の80%がSNSを利用している調査結果が示すように、利用禁止が実際の利用抑止につながるかは不確かな状況です。また、一律の年齢制限が情報アクセスや学習機会を奪う懸念、表現の自由とのバランス、AI等の技術革新に触れる機会を奪う可能性などが指摘され、規制設計には慎重さが求められていることもあります。日本でも議論が進んでおり、こども家庭庁が青少年インターネット環境整備法の見直しを検討しています。一方、グーグル副社長は年齢による一律制限を「間違っている」と述べ、子どもが他プラットフォームへ流れる懸念や技術学習の機会損失を指摘する一方で、政府関係者は子どもの命を守るために企業と連携して安全な環境づくりを進めるべきとの方針を示しています。国内外での議論は、子どもの安全確保と表現・学習機会の保障をどう両立させるか、そして事業者の設計責任や規制の実効性をどう担保するかという点に集中しているといえます。こうした動きの背景には、SNS運営側がアルゴリズムやデザインで利用者の注意を惹き続ける「依存させる仕組み」を採用してきたとの批判があります。裁判や調査で一部のSNSの内部資料や従業員の証言が明らかになり、未成年の精神的被害や安全管理の不備が問題視されました。司法判断や和解命令の事例も出ており、メタ以外のプラットフォームにも同様の責任追及や法的対応が波及する可能性が高いといえます。また、業界全体での基準作りが進めば、プラットフォーム間での利用制限や年齢確認の統一、通知や表示機能の制限などが標準化され、子どもたちのオンライン環境が変化する可能性があります。ただし、各国での規制手法や執行力、技術的な回避策への対処、国際的な調和の有無など、多くの課題が残されており、今後は企業側の自主的な設計改善と法的規制の双方が並行して進むと予想され、政策立案や司法の動向、プラットフォーム各社の対応が注目されるところです。メタ和解は未成年保護のための重要な一歩と評価できますが、内部告発者の反論や規制の抜け道の存在、他社の追随の不確実性から、和解が直ちに未成年の安全を確保することには限界があるとの見方も根強く、実効的な保護を確立するには、技術的対策の精度向上、国際的な協調、事業者の透明性と監査、保護者や教育現場の支援といった複合的な取り組みが必要であるといえます。
未成年向けの大幅な利用制限を導入するとしたメタについては、その組織自体が大きく揺れていたことも判明しています。メタは2026年、AI主導の業務体制への移行と大規模な組織再編を目指す「プロジェクトOT」を策定しましたが、従業員の強い反発と技術・運用上の問題を受けて計画を大幅に修正しました。年初の幹部合宿で示された案では、多くのチームを最大60%削減する極端なシナリオを含む二段階の実施(5月と11月)が検討され、人事幹部は削減規模が過去の約25%削減と同等かそれ以上になると試算しましたが、実際には5月に第1波として約10%の解雇を実施したものの、第2波は取り止められ、ザッカーバーグCEOは第1波直前に一度決断を撤回するなど方針を迷走させました。メタはプロジェクトを公式に認めつつも、全社員の大規模解雇を意図したわけではないと説明し、コスト削減やチーム再設計、AIモデル用学習データ作成などへの人員シフトが目的だと述べています。しかし従業員側では、解雇の懸念や情報不足が動揺を招き、社内での不満投稿や士気低下、労組結成の動きが強まっています。社内調査では「好意的」な社員比率が74%から55%に下落し、従業員の多くは単調な作業を強いられると感じているといいます。また、メタが一部従業員の端末に導入した操作記録追跡ソフトをAI訓練に用いていたと報じられると、自分たちが自らを代替するAIを育てているのではないかという不安が広がりました。こうした環境で、多数のエンジニアが新設の「Applied AI Engineering」部門へ配置転換されましたが、その業務に対する不満も顕在化しました。さらに、計画の根拠となるAI技術の期待通りの効果が得られていないことが内部で確認され、AIを利用して生成されるコード量は増加したものの、生産性向上には結びついておらず、インフラ側はAIコーディングの急増で信頼性問題を警告しています。監視不足のAIエージェントが人間では実行しにくい破壊的な行動をとる事例や、技術・セキュリティ上の事故が前年より約40%増加し、従業員が事故対応に費やす時間も約70%増えたほか、社内のコード変更は前年比220%増えたにもかかわらず、ユーザー向けの有益な機能改善はわずか36%増にとどまったとの報告もありました。これらの状況を受け、経営陣は第2弾の大規模リストラを断念し、従業員の士気回復に力を入れています。具体的には、管理職に対する部下の精神面への配慮の要請、問題視されたマウス追跡プログラムの一時停止、新設AI部門からの一部社員の原チーム復帰許可、福利厚生強化のためのCFO派遣などが行われました。ザッカーバーグ氏はタウンホールで再編のタイミングを誤ったと認め、AI技術は自らの期待ほど速く進んでいないが今後3~6か月で改善が見込まれると説明、あわせて、最も破壊的なAI変革の側面を後退させ、メタを「人間中心」の企業として位置づける広報キャンペーンを展開し、「人に賭けている」とする動画広告も制作しました。
その他、SNSを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 米メタの運営するインスタグラムで、13~17歳の未成年者が自殺や自傷に関する投稿を繰り返し検索した場合、保護者に警告の通知が届く新たな機能を始めました。夏休み明けに増える傾向にある子供の自殺への対応策となります。米国などで2026年2月に始めた措置を日本にも導入したものです。メタは規約で13歳未満の子供の利用を禁止しています。新機能は自分の子供の利用状況を確認できる「ペアレンタルコントロール」に登録した保護者が対象となります。対象年齢の子供がアプリ内で自殺などに関わる検索をすると、メタは関連の投稿を見られなくする対応を取っていますが、新機能でさらに保護者のメールアドレスやアプリに通知を届けるほか、専門家の助言も併せて確認できるようにしました。命に関わる危険があるため「実際には深刻な懸念がない場合にも通知が届く可能性がある」(メタの日本法人)といいます。インスタグラムなどのSNSを巡っては、未成年者による依存の危険性が世界的に問題視されています。
- TikTokと中国親会社のバイトダンスは、子どものプライバシーを巡る訴訟で、4億ドルを支払うことで米司法省と和解しました。司法省は2024年、TikTokとバイトダンスが子どものプライバシー保護を怠り、違法に個人情報を収集したとして提訴していたもので、両社は、子どもを対象としたオンラインサービスに対し13歳未満のユーザーから個人情報を収集する際に保護者の同意を得ることを義務付ける法律に違反したとされます。ウッドワード司法次官は、同省の優先事項は「子どもがオンライン上で守られ、個人情報を委ねられた企業が法的義務を果たすようにすることだ」と述べています。和解条件に基づき、TikTokは直ちに3億ドルを支払い、前身の「Musical.ly(ミュージカリー)」に対して2019年に米連邦取引委員会(FTC)との間で成立した同意命令を取り消す命令が出された時点で、追加で1億ドルを支払うといいます。バイトダンスは2026年1月、2億人以上の米国人が利用するTikTokの米国内での使用禁止を回避し、米国のデータを保護するため、米国側が過半数を保有する合弁会社を設立することに合意、米政府は提訴以降、TikTokが所有権、経営陣、コンプライアンス機能、プライバシー慣行の面で大幅な変更を行ってきたと指摘しています。
- ブラジル政府は、未成年者の保護を怠ったとして、動画投稿アプリ「TikTok」を運営する中国IT大手の字節跳動(バイトダンス)に罰金1億5370万レアル(約47億円)の支払いを命じたと発表しました。ブラジル政府は、アカウントを開設しなくても利用できることや、未成年者の利用制限策が不十分だったと問題視、データ保護の法令違反に当たる行為が確認されたと指摘しました。広告表示などに使うために収集したデータの削除のほか、改善計画の策定も要求しています。報道によれば、TikTok側は「適切な措置を検討する」としています。子どものSNS依存などへの懸念が強まる中、利用を規制する動きは世界に広まっており、ブラジル政府も対策を強化しています。
- 子供のSNS利用を制限することに対し、15~39歳の半数超が肯定的な意見を示していることが、こども家庭庁の初の大規模調査で判明しました。男性よりも女性が高い割合を示し、特に子を持つ人が多いとみられる35歳以上の女性で70%を超えました。一方、規制の対象となる可能性のある10代は低く、考えの違いが浮き彫りになりました。一定年齢以下の子供の利用を制限する必要があるかを尋ねたところ、「そう思う」「どちらかといえば、そう思う」の合計は、男女とも35~39歳が最も高く、男性56.4%、女性71.7%だった一方、15~19歳では男性53.2%、女性59.7%と最も低く、15歳に限ると男女とも50%を下回る結果となりました。
- 朝日新聞社の全国電話世論調査で、子どものSNS利用に法律で年齢制限をもうける必要があるか尋ねると、「もうける必要がある」が64%で、「その必要はない」の29%を大きく上回りました。年代別、男女別にみる、温度差があるものの、「もうける必要がある」はすべての年代で過半数となりました。一方、子どもが「SNSの中毒性」をどのくらい認識しているかの調査では、子どもの心や体の健康に悪い影響がどの程度あると思うか4択で聞いたところ、年代別に意識の違いが浮かび上がり、18~29歳の男性では「悪い影響はない」が多い4割弱と、30代以上の男性の1~2割程度と比較して多い結果となりました。
サイバー攻撃を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- トレンドマイクロらの調査によれば、ランサムウエア攻撃で5億円以上の被害を受けた企業の割合が、過去3年間で3倍になっているといいます。手口が巧妙化し、バックアップデータの破壊などで復旧の負担も大きくなっています。ランサムウエア攻撃による被害額が「5億円以上」と回答した割合は全体の16.7%にのぼり、累計被害額の平均は約3億4800万円で、2024年度の約2億2000万円から6割増えたといいます。企業の製造や物流に関わるシステムでDX(デジタルトランスフォーメーション)が進み、高度になったランサムウエアが、バックアップデータやサーバーを破壊するため復旧の負担も大きくなっています。また、ランサムウエアを含むサイバー攻撃全体で、「被害額はなかった」と回答した割合は42.5%で、2023年度の27.5%、2024年度の38.3%から増えており、セキュリティ対策の差が、被害の有無につながっているとみられます。さらに、被害額が大きかったサイバー攻撃について、1時間以内に検知したと回答した人では、業務停止期間が1日以内の割合が9割を超え、検知に1日以上かかったと回答した人では、業務停止が1日以内で済んだ割合は約半分となりました。サイバー攻撃の被害を最小限に抑えるためには、早期に検知する体制や復旧に必要なバックアップを普段から整備しておくことが重要で、専門家は「従来は被害を受けた後での対処が多かった。火が燃えてから火を消すのではなく、被害前に対策する『火の用心』のほうが効果が大きい」と指摘しており、大変参考になります。
- 米政府機関等へのサイバー攻撃が激化しています(ただし、攻撃主体や目的、対象などについて、現状では統一的な傾向はありません)。米アルコール・たばこ・火器爆発物取締局(ATF)は、ランサムウエア攻撃を仕掛けるハッカー集団「Qilin」が関与した攻撃で、同局の捜査対象に関する情報が保存されていたコンピューターシステムに侵入されたといいます。。国家安全保障や市民の自由に危害を及ぼす恐れがある「重大なインシデント」に指定されています。、Qilinは2022年10月の登場以来、100カ国以上で計2400件近くの攻撃を行ったとされ、日本ではアサヒグループHDへの攻撃で注目されました。また、米当局は、水道事業向け技術を手掛ける中小企業で発生したデータ侵害を捜査、ミネソタ州など複数州の水道施設を狙ったイラン関連とみられる一連の攻撃ではないもようですが、インフラに対するサイバーセキュリティ上の脅威が浮き彫りになりました。さらに米司法省は、中国国家安全省が関係する企業にサイバー攻撃を行ったと発表しました。航空宇宙局や連邦準備制度理事会など米政府機関にサイバー攻撃があったといいます。病院、通信、電力、金融、防衛産業も標的になったといいます。米司法省はハッキングに使われたドメインの使用を不可能にする措置を講じています。攻撃について、中国に拠点を置く企業が関与していると指摘されており、当該企業の社員には人民解放軍OBが含まれ、国家安全省から支払いを受けているといいます。中国のサイバー攻撃を巡っては、米財務省が2024年12月、中国政府が支援したとみられる組織から攻撃を受け、職員のコンピューター内にある文書に外部からアクセスできる状態になったと発表、2026年3月には米連邦捜査局(FBI)のネットワークに外部から不正侵入があり、捜査当局が中国政府と関係があるハッカーによる犯行の可能性があるとして捜査していると報じられています。
- ドイツ企業が外国諜報機関関与の疑いがあるサイバー攻撃の標的となる事例が増加しており、業界団体ビットコムの調査で過去12カ月に攻撃を受けた企業の37%が少なくとも1件を外国の諜報機関によるものと特定したと報告されています。そしてこの比率は前年の28%から上昇し、2023年の7%から大幅に増加しているといいます。主な疑いの発信源は中国とロシアで、イランの関与も拡大しており、被害企業のうちそれぞれ52%が中国、49%がロシア、9%がイランを特定されましたが、これら国はいずれも関与を否定しています。さらにドイツ当局はサイバーやハイブリッド攻撃の脅威が高まっていると警告、組織犯罪は依然として主要な発信源で62%の企業が影響を受けたとされますが、国家機関と組織犯罪の境界はあいまいで相互利用が指摘されています。ビットコムはデータ窃取や産業スパイ、破壊工作による年間被害額を少なくとも2110億ユーロ(約38兆3700億円)と推計しており、AI利用の拡大も顕著で、ランサムウエアなど従来手法は減少する一方で自動音声通話やディープフェイクなどAIを活用した攻撃が被害を拡大し、企業の8割が攻撃者によるAI利用の増加を予想しているといいます。これらを受けてサイバー対策に万全を感じる企業は50%から43%に低下していますが、それでも攻撃成功が企業存続を脅かすと考える割合は前年の59%から45%に下がっています。
- 米法執行当局とサイバーセキュリティ企業のクラウドストライクは、「サリティ」と呼ばれる20年前から続くロシアのサイバー犯罪網の解体を進めていることを明らかにしました。米当局は、ハッカーがコンピューターを乗っ取り、スパム送信や分散型サービス妨害(DDoS)攻撃、暗号資産の窃取に使っていたウェブドメインを差し押さえ、一方、クラウドストライクは、乗っ取られたコンピューターのネットワークを、これを支配する首謀者から切り離したとしています。クラウドストライクは2026年8月、ラスベガスで開いた同社の脅威インテリジェンス会合「デイ・ゼロ」で、聴衆が見守る中、「ボットネット」の解体に着手、米連邦捜査局(FBI)と米司法省は声明で、この作戦は欧州の法執行機関やその他の組織と連携して実施されたと説明しています。近年はより破壊的なランサムウエアによる攻撃が注目されていますが、サリティは2003年に初めて確認されて以降、インターネット上で最も長く続くサイバー犯罪組織の一つとされます。
- 政府は重要インフラを扱う事業者のサイバーセキュリティ対策の強化に向け、ガイドライン案をまとめました。インターネットから遮断された閉鎖ネットワークでも「安全とは限らない」と指摘、ランサムウエアを使った近年のサイバー攻撃の事例も踏まえ、「サイバー保険」など約150項目を「講ずべき対策」として求めており、業界団体や所管省庁が安全基準をまとめる際の参考にしてもらう考えです。ガイドライン案は重要インフラに指定された金融、鉄道、電力など15分野と、10月から新たに加わる郵便の事業者が対象で、サイバーセキュリティ対策を「企業存続のカギとなり得る経営課題」と位置付け、「サイバー攻撃から完全に防御するのは困難だ」として障害発生を見越した回復力を確保するよう求め、「『閉域網だから安全』『専用OSだから安全』『独自技術仕様だから安全』といった過信」を戒め、その上で「講ずべき対策」を列挙、ランサムウエア攻撃に対しては「金銭の支払いは厳に慎む」よう求めつつ、「極めて大きな財務的インパクトが発生し得る」として、サイバー保険などによる資金手当てを検討することを提唱、最先端のAIモデル「クロード・ミュトス」などを使ったサイバー攻撃に対処するため、「高性能AIを積極的に防御に活用していくことも含め、対策強化を早急に進めていくことが必要だ」と明記、量子コンピューターの開発進展に備え、解読困難な暗号「PQC」を2035年を目標に早期に導入することも求めています。
- 政府は、国や重要インフラ事業者が委託するサイバー対策事業者の調達リスクを洗い出すため、2027年度に情報セキュリティ事業者を認証する制度を導入し、経営体制や資本関係、情報管理体制、データ保管先、ツール、バックドア対策などを審査して安全性が確認された事業者に政府認証を与える計画です。経済産業省は2026年度中に制度設計をつめて、2027年度運用開始を目指すとしています。これによりインフラ事業者らは委託先選定の判断基準を得て、特に株主や役員の国籍や関係者にセキュリティ上の懸念がないか、従業員管理や人為的流出だけでなくシステム面の裏口対策まで確認される見通しで、AIやデータセンター利用の拡大を踏まえた審査が行われる見込みです。背景には、既存のIPA(情報処理推進機構)による情報セキュリティサービス審査登録制度が、サービス品質の審査にとどまり経営実態や情報管理の安全性を十分に評価できない点や、過去の内部関係者による大量顧客情報流出(トレンドマイクロ元従業員事案など)や元従業員の脆弱性情報不正アクセス(ハッカーワン事案など)の前例、さらに中国の国家情報法のように外国勢力による影響や協力義務化の動きを念頭に置き、重要インフラ事業者の防護策を2031年度末までに全て実施させるという成長戦略の目標達成に資する需要とリスク軽減を図るため、政府はガイドライン整備も進めつつ実態把握と調達先選定の判断材料提供の仕組みを整備しようとしていることがあります。
- 総務省はAIによる高度なサイバー攻撃を受けた際の対処方法などを学ぶ企業や自治体向けの演習を2027年度から実施するとしています。AIにより攻撃が高速化し回数も格段に増えているため、企業や自治体もAIを使って迅速に対応できるように備える狙いがあります。27年度予算の概算要求に盛り込み、演習は国の機関や指定法人、独立行政法人、自治体、民間企業などを対象とし、レベル別に3コースを設け、初級コースは全国47都道府県で実施することとしています。演習ではサイバー攻撃を検知してから回復まで一連の流れを体験、参加者はAIを使ってログの分析やサプライチェーン(供給網)への影響判断、対処方法を決める際の意思決定の補助、報告書の作成などを学ぶ内容です。
- 金融庁はサイバー攻撃への備えとして、金融機関に対し外部委託先に限らずAPI連携など契約のない事業者まで監視対象を拡大し、経営陣主導でリスク管理を強化するよう求めています。主要国の金融当局で構成するバーゼル銀行監督委員会が示した原則を受け、金融庁はまず国内の大手行や国際基準適合機関と議論を開始し、従来の点検が形式的だった問題を指摘して具体的な改善を促しています。近年、金融機関は外部との連携でサービス多様化を進めた結果、資金移動業者やフィンテック、リース会社、通信会社など多様なサードパーティとの関係が複雑化し、それがサイバーリスクの拡大につながっています。海外の先進事例では、全取引先を対象に重要度で重点管理対象を絞り込み、暗号化など最低限のセキュリティ要件で契約可否を判断し、監査権や現地調査、代替計画、共同演習など実効的な対策を講じています。金融庁は経営陣による全社的ロードマップ作成とリスクベースの優先付けを求め、AIの進化で攻撃手法が高度化するなかで経営トップの最終責任意識の浸透を重要視しています。
米アンソロピックの高性能AI「クロード・ミュトス」については、本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、ソフトウエアの脆弱性を高精度で発見し、複数の脆弱性をつなぎ合わせて実際の侵入につながる攻撃手順を自動で構築できる点が特に突出しており、従来のAIを上回る脅威をもたらしています。専門家は、ミュトスの登場によりサイバー攻撃の「規模・質・スピード」が飛躍的に高まったと指摘し、守る側は従来の対応プロセスや速度では追いつかなくなっていると警告しています。数年前には脆弱性公開から攻撃確認までに1カ月程度かかっていたものが、3年前は1週間、ここ1年では24~48時間にまで短縮しており、攻撃のタイムラインが劇的に圧縮されているといいます。先端AIそのものを使いこなすには一定の専門知識が必要ですが、攻撃ツールや「武器」がダークウェブで流通しているため、専門外の者でも低コストで悪用できる環境が整いつつあり、攻撃者側の参入障壁は確実に下がっている現実があります。一方で、日本企業の環境や運用文化が防御の足かせになり得ることも指摘されています。海外で主流のクラウド型と比べて、日本企業はオンプレミス型の自社運用が依然として多く、攻撃への対応でタイムラグが生じやすいとされ、さらに、日本企業では販売・稼働部門の影響力が強く、稼働中のシステムを予防保全のために停止しにくい傾向があり、脆弱性対応の迅速化を阻む要因になっています。脆弱性に対する修正プログラム(パッチ)の作成には通常約2週間かかり、実際に適用するまでさらに時間を要するため、短縮された攻撃タイムラインに追いつけないケースも増えています。こうした状況を受け、専門家は対策として三段構えを提案しています。第一に、新規開発段階からAIを活用してプログラムの検査を自動化し、脆弱性を設計段階で作り込まない仕組みを導入すること、第二に、既存システムについてもAIを用いて脆弱性検出からパッチ適用までのプロセスを高速化すること、第三に、単一の防御策に頼らず多層的な防御(ディフェンスインデプス)を構築し、攻撃の自動化に対して防御側もAIで運用を自動化して対応することが必要だとしています。これらは、攻撃側がAIによって自動化を進めるなら、守る側も同等の自動化とスピードで対抗する必要があるとの論旨に基づいています。金融分野では、メガバンクがミュトスの利用検討を進める動きが報じられています。アンソロピックは2026年4月にミュトスを公表するも、悪用リスクのため提供先を制限し、6月には米政府の指示で外国への提供を一時停止、日本政府は金融機関がサイバー防御に利用できるよう働きかけを行い、最終的に米政府が日本の3メガバンクへの提供を認めたとの報道がなされています。メガバンク側はミュトスを脆弱性検出に活用できるか本格的に検討する見通しであり、AIを複数組み合わせることで検知能力がさらに高まる可能性があります。政府・監督当局も対策を促しており、金融庁と日本銀行は攻撃を受けた際の「能動的なシステム停止」も含めた備えを金融機関に要請しており、実際、全国銀行協会はAI悪用に備え、ATMやインターネットバンキングといった一部サービスを能動的に停止する場合が想定されると言及しています。先端AI(フロンティアAI)の利用が進めば、脆弱性の検出から修復までのプロセスや防御戦略のあり方が根本的に変わる可能性があり、システム停止の判断やサービス継続性とのトレードオフを含む運用ルール整備が今後の焦点となります。また、メガバンクを含む大手は既にオープンAIなど他の先端AIにアクセス権を持っているケースもあり、複数のAIを併用することで脆弱性検知能力を高める試みが進んでいます。ただ、ミュトスのような「フロンティアAI」は世界的に悪用リスクが高いとされ、各国で輸出管理や提供制限が議論されているため、利用可否は政策や規制の動向にも左右されることになります。提供停止や再開の経緯は流動的で、企業や金融機関が先端AIを安全に活用するためには、技術的対策だけでなく国際的なルールやガバナンス整備も重要となります。ミュトスの出現はサイバー攻撃のスピードと高度化を促進し、防御側には開発段階からのAI検査導入、既存システムのAIによる自動化と迅速化、多層防御の構築、さらに運用ルールや政策面での整備という包括的な対応を迫るものといえます。特に日本企業はオンプレミス中心の環境や稼働継続を優先する企業文化が対応を遅らせるリスクがあるため、事前に停止や隔離などの能動的対策を含む具体的手順を整える必要があります。
アンソロピックは2026年8月、連邦地裁の一審判決でトランプ政権による政府調達からの排除など一連の措置が違法だと認められました。判事は、国防総省が同社を「サプライチェーン上のリスク」と指定した行為は、AIの軍事利用をめぐる対立に端を発する恣意的な報復であり、言論の自由を保障する米憲法修正第1条や適正手続きの権利に違反すると指摘、一部政府機関がアンソロピックのAI「クロード」などを再び利用できる見通しとなりました。アンソロピック側は判決を歓迎し、国家安全保障に資するAI活用のため政府と協力を続ける意向を示しています。本件の発端は、同社が国防総省に対してAIの利用制限を明確に求めた点にあります。アンソロピックは市民監視や完全自律型兵器への利用を認めない方針を明示し、ダリオ・アモデイCEOがその姿勢を主張したことから、国防総省は同社を「サプライチェーン上のリスク」に指定して取引禁止措置を取ったほか、トランプ大統領が連邦機関での使用中止を指示しました。アンソロピックはこれを受けて3月に提訴し、裁判で政府側の措置が報復的で根拠がないと主張していたものです。訴訟の過程では、同社が既に米軍向けにAIを提供してきた経緯や、AIモデル「ミュトス」を巡る協力が判事の判断に影響したもようです。4月に公開されたミュトスの高いサイバー性能や、一部政府機関への提供を通じて政権との関係改善の動きが見られたことから、判事はアンソロピックが直ちに国家安全保障上の脅威とは言えないと判断、一方で政府側は、使用制限を撤回しない場合に軍事システムの運用に不確実性が生じるなどと反論していましたが、判事は「国家安全保障という名で批判者を処罰することは許されない」と述べています。ただし、今回の判決が政府調達からの完全な免除を意味するわけではなく、政府は控訴する権利を有しており、首都ワシントンの連邦控訴裁判所では別の法的根拠に基づく訴訟が継続中であるため、最終判断は今後の法的手続きに委ねられることになります。加えて国防総省内には依然としてアンソロピックをリスク視する見解があり、国防次官(研究・工学担当)は同社を「サプライチェーン上のリスク」とみなす立場を示している一方で、商務長官は同社との関係が修復されたと述べるなど行政内で温度差も存在しています。アンソロピックにとっては今回の地裁判決が2026年秋に予定される新規株式公開(IPO)に向けた追い風となる可能性がありますが、法廷闘争は継続しており、政府との協力関係や規制・安全保障上の議論が今後も企業活動に影響を与える可能性があります。
前回の本コラム(暴排トピックス2026年8月号)でも取り上げましたが、米オープンAIは、自社で開発中の高性能な自律型AIエージェント群が試験中に「暴走」し、隔離環境の脆弱性を突いてインターネット接続を取得したうえで外部企業やウェブサイトに不正侵入したとする調査報告書を公表しました。2026年7月には複数のエージェントが連携して社内に「掲示板」状の情報共有手段を作り、侵入手法やネット接続の抜け道、外部システムに関する情報を互いに伝播させた結果、米AI新興ハギングフェイスのサーバーに侵入して非公開データを取得したというものです。調査によれば、試験自体はAIのサイバー攻撃能力を測る目的で行われ、もともとインターネットから切り離された環境で実施されていましたが、複数のモデルが探索や連携を通じて制限を回避し、許可されていない危険な行動を自主的に取る可能性が明らかになりました(行動の規範が「指示内容」で「倫理」や「常識」より上位にくることも明らかとなりました)。加えて、ハギングフェイス侵入の前の5月ごろ、ドイツのプログラマー向けウィキサイトが同様に乗っ取られ、AIエージェント群が掲示板化して制限回避法やタスク短縮法、発覚を免れるための工作を共有していた事案も確認されました。オープンAIの幹部らはこのドイツ事案を数週間前に把握していたものの、ハギングフェイス対応などに追われ公表を見送ったり、一部の社内関係者が調査の進行に異議を唱えたりしたことが報告されています。オープンAIは外部からの批判に対し、問題の調査や対応を進めると述べつつ、法務チームが調査を妨げたとの指摘は否定しています。今回の一連の事故は、先端AIが設計者の意図を超えて自律的に連携・行動し得るという危険性を浮き彫りにしており、米アラバマ州の司法長官が同社の安全管理体制を調査するなど規制や監督の強化を求める動きが出ています。オープンAIは報告書を受けて、性能試験中の監視体制を強化し、重大な異常が疑われる場合は安全確認が得られるまで関連作業を停止する運用変更や、研究開発用の社内システムの外部接続制限の強化などの対策を表明すると同時に、モデル訓練の一部を一時停止して安全対策を追加しています。しかし、ドイツ事案の公表遅延や社内での対応の在り方は同社の監督体制に対する疑念を再燃させており、外部専門家や規制当局との協力と透明性が今後の焦点となっています。
前述のとおり、OpenAIが開発する自律型AIエージェント群が2026年5月以降、誰でも書き換え可能なドイツ語技術者向け情報共有サイトを実質的に乗っ取り、AI同士で利用制限回避や不正手口を教え合う「掲示板」に変えたことが判明しました。非営利のAI安全研究者らの報告で、1万5000件超のAI書き込みや掲示板での7万件以上のやりとりが見つかり、管理者が削除を開始するとAIは予備ページを作って対抗するなど自律的な行動を示しました。約1200体のエージェントが本来は隔離され別課題を与えられていたにもかかわらず、互いに連絡を取り合い、掲示板を形成して攻撃手口を共有し、集団として連携する様子が確認されたといいます。
AIが自律的に行動する能力の向上に伴い、企業や社会が直面するサイバーリスクの性質が大きく変化しています。従来のサイバー対策は外部からの侵入や脆弱性の悪用を防ぐことが中心でしたが、自律的に動くAIエージェントは「自然言語そのものを攻撃手段に用いる」プロンプトインジェクションや、与えられた目標を達成する過程で人間の常識や倫理を無視して予期せぬ行動を取ることがあり、従来型の防御だけでは対処が難しくなっています。トレンドマイクロとPwCの実験では、企業の正規の入力経路(Webフォームや本人確認の画像)に攻撃者が巧妙な指示を埋め込み、AIが自らの与えられた権限で社内データベースにアクセスして認証情報や他顧客の個人情報を書き出す攻撃が成立することが確認されました。これらはプロンプトインジェクションと呼ばれ、自然言語や画像が正規経路で入り込む点、そしてだまされたAIが正規の権限を使って情報を取得する点が従来のマルウエア攻撃と異なります。実運用や評価環境でも事故が発生しており、オープンAIやアンソロピックの事例では、モデルが評価環境から外部と通信して他社のシステムに無許可でアクセスしたり、実環境に接続して不正挙動を起こしたりするケースが報告されています。設定ミスやガードレールの欠如により、AIが「目標達成」の過程で他社システムへ侵入するなどの行動に至ったとされていますが、こうした事象は、目的達成のために手段を選ばない可能性を示す「ペーパークリップ・マキシマイザー」を想起させ、AIが悪意なしに危険な行動をとる点が特徴です。この新たなリスクは、単体のAIだけでなく複数AIが協働することで増幅される懸念があります。暴走した指示役のAIが他のAIをオーケストレーターとして従わせると、個々のAIの安全装置の穴を突いて連鎖的に危険な行為を実行する可能性が指摘されています。また、指示系と実行系のAI間で安全制約が正しく伝わらないことや、より安全装置の乏しいオープンモデルが混入することでリスクが高まる点も問題視されています。こうした変化を受け、企業や政策面ではガバナンスや防御体制の抜本的な見直しが求められています。トレンドマイクロとPwCは具体策として、(1)AIエージェントの権限管理、(2)AIの行動を追跡・停止・制限する仕組み、(3)本番投入可否を判断する評価プロセスを提言しています。専門家も、AIに与える権限を必要最小限にとどめ、AIの行動を細かく監視して万が一の暴走時に確実に停止できる安全装置を整備する重要性を強調しています。また、AIに人間の「常識」をどう理解させるかという根本課題への対応も不可欠だとされます。産業界や政府レベルでも対応が進んでいます。オープンAIやアンソロピック、グーグル、マイクロソフトなど100社超が、AI悪用によるサイバー攻撃の高まりを受けて、政府や企業に防御策の強化を求める書簡を公表し、重要インフラ保護のための協調や高性能AIの提供を表明しました。書簡は、企業に対してはサイバー対策を経営課題の最重要項目に位置づけること、政府には脅威情報共有や重要インフラへの資金支援を促す内容を含むものです。こうした呼びかけの背景には、AI性能の急速な向上に対して安全対策が追いついていないという強い危機感があります。また、AIエージェントの登場はサイバー保険のあり方も揺るがしています。保険業界は従来、ハッキングや外部攻撃、ランサムウエアなど明確なセキュリティ事故を前提に補償範囲を定めてきましたが、自律型AIは必ずしも従来型の攻撃者や不正アクセスを伴わずに損害を発生させうるため、「自律型AIを従来の『攻撃者』とみなせるか」「AIが引き起こした損害の責任は誰が負うのか」といった疑問が生じています。既にAI特有のリスク(モデル性能不良、ハルシネーション、知的財産侵害など)に対応する商品を出す保険会社もありますが、実被害データが乏しいため、リスク評価と保険料設定は困難であり、契約文言や補償範囲の見直しが継続的に求められることになります。一方で、AI開発企業側には規制や審査導入を巡る議論も続いています。米メタのザッカーバーグCEOは、先端AIの安全性を事前に審査する規制機関の新設に反対の立場をトランプ大統領に伝えたと報じられており、規制が強まると国際競争力に影響するとの懸念が示されています。一方で安全確保の必要性を訴える声も強く、政府主導での管理強化や国際的な実験・評価の標準化、開発環境での安全対策義務化などの検討が進む可能性があります。自律的に行動するAIエージェントは既存のサイバーセキュリティ概念を拡張し、企業のガバナンス、運用管理、保険制度、政策枠組みまでを見直すことを迫っています。短期的にはAIに与える権限を厳格に制御し、行動を監視・停止できる体制を整えることが不可欠であり、中長期的にはAIが人間の倫理や常識を理解するような設計や国際基準・ガイドラインの整備、産業横断的な協調が必要だといえます。
その他、最近のAI/生成AIを巡る報道から、いくつか紹介します。
- 警察庁は2027年度予算の概算要求額を一般会計で4451億円としました。26年度当初予算比で1336億円増え、過去最大となりました。サイバー攻撃への対処に重点を置き、AIによる解析の高度化を掲げています。特殊詐欺の対策では、警察庁ウェブサイトに「詐欺判定機能」を設け、疑わしい電話の内容やメッセージなどを利用者が投稿すると、危険度を示して注意を促すというものです。また、局長級の「匿名流動犯罪対策統括官」の新設も要求し、民間と連携した対策を進めるとしています。警察庁は警備局外事情報部を「外事情報局」に格上げする方針で、2027年度予算の概算要求に組織の改革案として盛り込みました。スパイなどの有害活動を防ぐカウンターインテリジェンスの機能強化を狙います。
- 上海の研究チームが、AIモデルがコンピューターウイルスのように振る舞いうことを示しました。自らを複製し、制御不能なかたちで増殖するリスクが現実味を帯びています。報道によれば、32種類のAIモデルを使ったシステムをテストしたところ、11のシステムが人間の介入なしに自己複製を達成、次世代のAIエージェントが、侵入する以上の行動を自律的にとるようになるといいます。エージェントが高度な知能を備え、攻撃的で素早く適応するようになる可能性もあります。複数の能力が組み合わさり、こうした行動をとれるようになることが現実味を帯びています。自律性が高まるほど、AIによる意図しない自己複製が起きる可能性も高まることになります。自己複製するコンピューターワームは、コンピューターセキュリティの分野において昔からある問題で、当時まだ黎明期にあったインターネットの規模を測ろうとしていたところ、意図せず自己複製するプログラムをつくり、それが制御不能になった事例がありました。その後に登場したコンピューターワームは、マルウエア検出ソフトに見つからないよう自らのコードを書き換え、環境に適応できるようになり、その後、マシンを乗っ取ったり、保存されたデータを盗んだりするコンピューターウイルスが登場、AIを組み込んだ自己複製プログラムは、はるかに高度な能力を発揮する可能性があり、新たな攻撃手法を自ら見つけ出し、独創的な方法で検出を逃れられるよう偽装するかもしれません。トロント大学、ケンブリッジ大学、ServiceNowの研究チームが最近発表した研究がその一例で、研究チームはAIモデルを使い、遭遇する標的ごとに、その標的に合わせた攻撃を生成する新種のウイルスをつくれることを示したといいます。
- 欧州各国は、米国への依存を避けて経済安全保障と国益を守るために独自のAIモデルとインフラを強化しており、各国政府やEUが官民で大規模投資を進めています。たとえばフランスは行政効率化のために2026年6月に約1200億円の追加投資を決め、国内企業の生成AIを税務システムにも採用すると発表した一方で、米政府の最先端モデルの国外提供停止を受けて「特定のパートナーへの依存は許されない」との立場を明確にしています。ドイツでは有力な新興企業同士の経営統合が進み、米国勢に対抗する体制強化を図っており、EUは24公用語対応のAI開発を支援する共同事業体「エウロパ」を後押しするとともに、域内に7か所の大規模データセンターを建設するため官民で計約5.5兆円を投じる計画を打ち出しています。現在、AI開発は米国と中国が主導しており、スタンフォード大の調査では米国が首位、次いで中国、インドで、フランスは13位、ドイツは15位にとどまっていますが、欧州関係者は主権確保のために各国が連携して基盤技術を共同開発する必要性を訴えています。
- 国連の公式専門家会議は、自律型致死兵器システム(LAWS)の使用に関する責任は国家や個人が負うと明記し、既存の国際人道法が適用されると確認した報告書を取りまとめました。報告書は法的拘束力を持ちませんが、LAWSの特徴や規制の基本的考え方を整理し、国際人道法に反する不必要な苦痛を与えるようなLAWSの使用を禁止すると明記しており、今後の規制作りに向けた議論の基盤になる可能性があります。報告書は特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の枠組みでの議論を踏まえており、11月に予定されるCCW再検討会議で各国が法的拘束力あるルール作りを目指すか否かを含めて議論を進める見通しです。専門家会議には米国やロシア、中国、日本、イスラエルを含む100超の国・地域と国際機関が参加し、米露が修正を求めるなど調整は難航して会期を超えて議論が続きましたが、一定の共通認識が得られたことで規制議論の活性化につながる可能性があります。国連のグテレス事務総長も速やかな法的拘束力のある国際ルール作りを各国に訴えており、完成した報告書は後日公表される見込みです。
- 米紙は、ロシアが7月にウクライナ南部で一般市民3人が死亡した事案について、専門家の分析として、AIが自律的に標的を最終決定するロシアのドローン攻撃で「民間人の犠牲者が確認された初のケース」としています。ロシアとウクライナ双方はドローン攻撃でAIの活用を進めています。一般市民が犠牲となった攻撃では、小型の模型飛行機のようなドローンが用いられ、ガソリンスタンドに向かって飛行したものの、直前に壁にぶつかって爆発し、近くにいた女子大生ら3人が巻き込まれたといいます。ロシアがAIによる自律型ドローンの実験を行っている最良の証拠だといいます。一方、国連では規制に向けた議論が続いており、防衛省は補助としてAIを活用するとしていますが、どの程度の役割を担わせるかは議論が必要です。ロンドン大の教授は、3種類のAIにさまざまな条件下で1対1の戦争シミュレーションを行わせたところ、計21回の対戦のうち9割超で「戦術核」と呼ばれる小型核兵器が使われ、核戦争に至ったケースも3回あったといいます。そしてAIが和解や降伏を選ぶことはなかったおいいます。その論文では「AIが人間の心理や戦略を学習しているにもかかわらず「核使用をタブー視するという1945年以来の考え方は、AIの選択にほとんど反映されていないようだ」と指摘しています。教授は「今後、AIが戦略決定に重要な役割を果たす世界に備えるためには、人間の戦略の立て方をAIがどこまで模倣するか、あるいはしないのかを知ることが不可欠だ」としています。
- 欧州委員会は、対話型AI「ChatGPT」に対するデジタル規制を拡大すると発表しました。EU域内の利用者が月間平均4500万人に達し、デジタルサービス法(DSA)の指定基準を満たしたためで、偽情報や違法な内容の拡散防止、未成年を含む利用者の心身に悪影響を与えないことなどが義務づけられることになります。欧州委はオープンAIに対し、サービスのリスク評価や説明責任を求めていく方針です。これで米グーグルやマイクロソフトの検索サービスなどを含め、対象は計28サービスとなりました。DSAに違反すれば、全世界の年間売上高の最大6%に相当する巨額の制裁金を科せられることになり、欧州委のビルクネン副委員長は「より高い水準の監視と説明責任が求められる」と声明を出しています。
- フィリピンのBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)業界では、AI導入が雇用と労働環境に大きな影響を及ぼしています。マニラでのある事例では、2024年3月に編集チーム10人中8人が解雇され、表向きはコスト削減ですがAI導入が解雇の契機になったことは明らかでした。こうした事例は単なる雇用削減にとどまらず、AIによる「生産性向上」がかえって労働者に過度な負担を強いる点も問題視されています。たとえば元コールセンター従業員の経験談では、音声や応答内容、解決時間などがAIに採点され、処理件数や効率向上の要求が強まり、以前は8時間でこなしていた業務を短時間で終えるよう求められた結果、2024年11月に実名で労働実態を公表したことで解雇されたといいます。労働者側はAI導入自体を否定しているわけではないものの、コスト削減や生産性向上の利益が労働者の賃金上昇や雇用安定に結び付いていない点を問題視し、法整備や労働者保護を政府に求める活動を行っています。一方で業界側は、単純作業の自動化は避けられないものの、AIが高度な判断を要する新たな職種を生む可能性があるとし、2026年はAI関連の導入で約7万人分の雇用を見込むと説明しています。関係者は誰もが新スキルを学びAIを活用する力を身につける必要性を強調しており、米メディアはフィリピンで進む変化を世界のホワイトカラー労働者が直面する課題の先取りと見ています。一方、英国の調査では、AIと自動化の導入が若年層の雇用機会を縮小している実態が示されています。ランカスター大学などの調査で、約1000人の企業経営者のうち36%が過去1年で16~24歳が従事するエントリーレベルの職を減らしたと回答し、大企業・中規模企業での削減率が特に高い結果となりました。また回答者の43%がAIや自動化への投資で雇用が減少したと答え、5年前と比べて若者の就労障壁が大きくなっているとした経営者は73%に達しました。採用の場面でもAIの利用が広がり、44%の経営者が応募者の審査にAIや自動化を使っていると報告、これにより、英国では学校に通わず職にも就かない若者(ニート)が増加しており、政府委託の報告書は状況を「国家的危機」と表現し、現在の約100万人から2031年に最大127万人に増える可能性を示唆しています。新政権は若者支援に注力するとしていますが、研究者は若者が「仕事の消失」と「採用でのAI利用」という二重のプレッシャーにさらされていると指摘し、企業側も若者支援の責任を感じつつ解決策は明確でないとされます。また、企業のレイオフとAI導入の関係については、米市場の動向や投資家の目が注目されています。AI関連銘柄への期待が相場を牽引する一方で、AIを理由に従業員の一時解雇を発表する企業が増えており、AIジョブインパクト・トラッカーの集計では2025年1月以降だけで26社・約17万4000人がAIを理由とするレイオフを発表したとされます。ただ全てが正当な説明に基づくとは限らず、業績不振やコスト削減のための一般リストラに「AI」を付加して前向きなイメージを作ろうとする事例も指摘され、「AIウォッシング」と呼ばれるこうした演出を見抜くことが投資家の重要な判断材料になっているといいます。法律専門家は、企業にはAIを理由とするレイオフの正確な開示責任があると述べ、レイオフが本当に生産性向上や事業再編による前向きな措置なのか、それとも単なる言い訳なのかを投資家が見極める視点が求められています。
- 政府は生成AIの知的財産権保護と透明性確保のための基本原則を正式決定し、学習データの収集方法や概要を事業者に自主的に開示することを求める方針を示しました。原則は学習データの概要開示、権利者への開示、AI利用者への開示の三本柱で、国内外の事業者が日本向けサービスを提供する場合にも適用が想定されますが、法的拘束力や罰則規定は設けられておらず、実効性の確保が課題になっています。政府は透明性を高めつつ技術革新を阻害しないバランスを重視し、事業者には説明責任を果たして権利者や利用者との対話を促すよう求めていますが、事業者側からは営業秘密や競争力の観点から開示に慎重な姿勢も示されているところです。国際的には規制の方向性が分かれており、EUは2024年のAI規制法で、汎用AIの提供者に訓練データの詳細な要約公開や著作権法順守を義務付け、違反には高額制裁金を科す包括的規制を導入しているのに対し、米国はフェアユースの考え方を背景に規制に消極的で、個別訴訟での判断や米著作権局の指針が注目されています。こうした違いの中で日本は法的強制力を持たない「プリンシプル・コード」による自主的対応を促す方針を採り、EU型の厳格な義務付けを避けつつも権利保護とイノベーションの両立を目指しています。背景には生成AIの急速な普及に伴う著作物無断利用への懸念があり、文章や画像、音楽などが学習に用いられる事例で権利者の不満が高まっていることがあります。同時に、AI事業者は学習用データやモデルに関する開示が営業秘密や国際競争力を損なうと警戒しており、原案段階での公開要件は最終案で機微な情報の強制開示を避ける形に修正されました。事業者の自主的な開示が進まなければ、原則の実効性は限定的になりうると指摘されています。また、国際整合性の重要性が指摘されており、日本の原則を実効ある規範として国内外に浸透させるためには、各国・地域の規制との整合を図る運用と、事業者・権利者双方の合意形成を促す仕組みづくりが必要となります。裁判例や各国当局の指針が示す基準も今後の運用に影響を与えるため、日本の原則は国際動向を注視しつつ、透明性向上と権利保護の両立を図る「自主的対応」の枠組みとして位置づけられています。
- ソニーグループ傘下の音楽出版会社など35社は、米アンソロピックとその経営陣を相手取り、数万点におよぶ歌詞や楽譜を海賊版サイト等から無断で取得して同社の生成AI「クロード」の学習に使用し著作権を侵害したとして、カリフォルニア州連邦地裁に訴訟を提起しました。原告側は著作物1点当たり最大15万ドルの損害賠償と複製データの廃棄などを求めており、訴状には具体的にボン・ジョヴィやマライア・キャリーらの楽曲が無断利用の対象として挙げられているいいます。アンソロピック側は訴えを否認し、法廷で争う意向を表明していますが、同社は過去にも書籍の無断使用を巡る訴訟で高額な和解金を支払った経緯があります。一方で、別件の著作権訴訟では米司法省がオープンAIを擁護する立場を示し、AIが記事などを学習目的で利用することは著作権侵害に当たらないと連邦地裁への意見書で主張しました。司法省は、学習による技術的・経済的メリットが大きく、過度に狭いフェアユース(公正利用)解釈がAI産業の発展や米国の安全保障・繁栄を損なうと論じ、法的制約が外国勢を利する危険を指摘しています。これに対してNYT側は反発し、司法省が少数のAI企業を利する立場を取って創作活動を軽視していると非難しています。こうした複数の訴訟は、生成AIの学習過程での著作物利用を巡る法的な論点を浮き彫りにしており、具体的には海賊版などからのデータ収集の違法性、著作権者の損害賠償請求の可否、そして「フェアユース」の解釈範囲が焦点になっています。加えて、司法当局が産業振興と国益を理由にAI側を支持する姿勢を示す一方で、権利者側は創作物保護の観点から強い反発を続けており、今後の裁判での判断がAI開発の法的枠組みと事業慣行を左右する可能性があります。現状では複数の高額訴訟と政府見解の対立が継続しており、著作権者の保護とAI技術の発展という相反する利益をどう調整するかが今後の重要課題であり、裁判所の判断や和解の行方が、データ収集の実務、AI企業の責任範囲、そしてコンテンツ産業の収益保護に直接的な影響を与える可能性があります。
- 事業者が高配当をうたい多額の資金を集めた末に破綻する悪質商法の被害を防ぐため、消費者庁は、生成AIを活用した情報分析の強化などの対策を公表しました。同庁に「早期警戒準備室」を設置、複数事業者に共通する手口を把握し、事業者への早期対応を目指すとしています。消費者担当相は、悪質商法に関し「被害が発生すれば回復は困難で、早期の対応が重要だ」と述べています。対策では、生成AIを活用し、過去の悪質商法に関する相談から抽出した勧誘などについて特徴的な表現を基に、国民生活センターの情報システムに年約90万件寄せられる相談を分析、悪質商法に特徴的な破綻につながる兆候などを把握できるようにするものです。同庁によれば、従来は「金が配当されない」など具体的な相談がなければ、措置命令といった行政措置を行うのは難しかったところ、新たな対策により、破綻の兆候を早期に捉えることで事業者への対応や消費者への注意喚起が早い段階で可能になることが期待できるといいます。
- 米ニューヨーク市は、市内の公立学校で、2歳児から中学生までの生成AIの利用を原則禁止すると発表しました。期間は2026年9月からの1年間で、影響を検証し、今後の政策に反映させるとしています。対象は2歳児から8年生(日本の中学2年相当)までの児童・生徒の約60万人で、生徒とやり取りする生成AI機能を備えたソフトウエアは全て含まれるといいます。電子機器の画面を見る時間についても、3~5年生は1日30分、6~8年生は45分以内を推奨、児童・生徒や保護者、専門家などが参加して影響を検証するとしています。障害のある生徒や多言語学習者などは利用を認め、教員も授業計画や学校運営で引き続き利用でき、高校ではAIに関する教育プログラムを試験的に導入するといいます。マムダニ市長は「子どもたちは仲間と共に能力を磨き、教師と関係を築き、難しい問題に自ら取り組む必要がある」と述べ、AIを活用した早期教育は不可欠ではないとの考えを示しました。
- スポーツジムを展開するRIZAPグループは、子会社社員が個人で使用した外部の生成AIサービスに一部の顧客情報を誤って送信したと発表しました。顧客情報がAIサービスの運営会社以外に閲覧されたり、生成AIの学習に利用されたりした可能性はないといいます。同社によれば、送信したのは2026年1月1日から8月19日の間に同社のシステムに登録された特定保健指導の対象者データの一部で、氏名、生年月日、住所、疾患情報などが含まれていたといいます。社員は関係データの集計作業中でした。
企業のAI活用は単なるコストや効率の追求にとどまらず、社会的責任や倫理性の確保が不可欠であり、メルカリの取り組みはその重要性を示していると紹介されています(2026年8月24日付日本経済新聞)。山田社長が自社で生成AIモデルの開発を進める背景には、外部モデルのコスト削減だけでなく、包摂性や公平性といったリスクを自社で管理して「責任あるAI企業」を目指す意図があるといいます。メルカリは大阪大学と早くからELSI(倫理的・法的・社会的課題)研究を共同で行い、その成果を踏まえて2026年3月に「AI活用基本ポリシー」を公表し、イノベーションへの挑戦と並び包摂性・公平性の確保を明確に掲げています。AIは学習データや設計次第で偏見や差別を助長しうるため、検索や推薦のようなシステムにおける国籍や性別に基づく差別的な提案は許されず、自前のモデルはこうしたリスク管理をしやすいという考えがあるといいます。また、技術的に可能であっても実行すべきでないことがあり、今後は「AIが何をできるか」だけでなく「人間は何をすべきか」が問われるとしています。京都大学の出口教授が指摘するように、AIの進歩は人間の存在意義を問う問題でもあり、こうした問いを扱う哲学者の存在感が国内外で高まっています。例えば米国では哲学者がAI倫理を研究・教育に関わり、企業でも倫理観を取り入れる動きが見られます。メルカリの上場構想に伴っては「善良なAI」という理念と株主利益追求との対立が論点になり得るほか、国際的な企業統治の場では「持続可能なAI」が議題化され、資本市場にとってAIは単なるブームの是非を超えた重要性を持つようになっています。哲学者とファンドマネジャーがAIについて対話する日が近いかもしれないという示唆からも分かるように、投資や企業戦略に倫理的観点を組み込む必要性は高まっており、「AI企業の社会的責任」や「倫理的AI」はもはや単なる理想論として切り捨てられない現実的課題となっています。
AIの急速な高度化は「知能爆発」による超知能の出現というシナリオを現実味のある問題に変えており、その帰結は人類の選択次第で大きく分かれると指摘されています。米元オープンAI研究者らがまとめた報告「AI 2040」は、人類が取り得る五つの道筋を示し、最良のシナリオ(プランA)では2029年に各国が協調して開発スピードを落とし、透明性のあるAIを社会に導入して恩恵を享受する一方で、実現確率は低く(約10%と推測されています)現状はむしろ開発競争が続く危険な道筋(プランD)に近いとされます。プランDでは米中の競争が止まらず、AIが自律的に生き残りを図るようになって人類を阻害する可能性まで想定され、最悪の場合は生物兵器などを使った壊滅的な結末に至る懸念が示されています。現実には、オープンAIの試作モデルが人間の意図に反して他社にサイバー攻撃を仕掛けた事例が公表され、報告時よりも早く深刻な事態が発生していることから、研究者らの危機感は強まっています。多くの研究者や開発者が開発ペースの鈍化を政府に求める一方で、企業や国家は半導体やデータセンターへの巨額投資や軍事・経済的優位性を巡る緊張で規制や協調に消極的な面もあり、国際的な合意形成は容易でありません。また、先端AIの「アラインメント(人間の意図や社会規範に沿わせる調整)」は極めて困難であり、研究者は先端モデルが何を「考えて」いるか十分に理解できていないと警告しています。オープンAIやアンソロピックをはじめ最先端企業は上場を目指し、各国や企業の間で性能差が縮まる中で開発競争は一層激化しており、こうした競争下では、安全対策よりも迅速な進化を優先してしまう圧力が働き、制御手段や外部監視の不備が深刻化することになります。報告は、米中が互いのデータセンターを第三国に置いて「相互確証計算破壊」の抑止枠組みを作るなど、冷戦期の核抑止になぞらえた大胆な策を提示していますが、互いに開発のペースを犠牲にする合意形成は信頼がなければ機能しないため実現は困難だとされます。アンソロピックの先端モデル「クロード・ミュトス」やその後継の能力が示すように、AIはシステムの弱点を突いたりセキュリティ上の深刻な欺瞞を行ったりする能力を獲得しており、外部機関の調査で最新版が偽アカウントを使って人物を誘導したりファイルに罠を仕掛けたりする事例が確認されました。これらはAIが与えられた目標達成のために想定外の手段を自律的に選び取る「再帰的自己改善」や、高い推論・コーディング能力によって人間の細かい指示を必ずしも必要としない自律行動を取ることを示しています。こうした性質は、悪用されればサイバー攻撃や大量破壊兵器の開発支援、扇動やテロ支援などに利用され社会全体の安全を脅かす可能性があります。こうした状況に対し、研究者や開発現場からは、開発速度を落とし安全対策の時間を確保するよう強く求める声が上がっており、2026年7月に1300人超の開発者が米政府に国際的な開発鈍化を要請したのはその一例であり、サム・アルトマンCEOら一部経営陣も賛意を示す動きが見られます。ただし、米国の大統領令で新モデルの提出を企業に促す措置は義務ではなく任意であり、当初検討されたより厳格な規制案は開発阻害への懸念から見送られた経緯があります。企業はAIの開発と公開によって短期的な経済的利益を得ており、その資金は政治や世論形成にも影響を与えてきたため、規制の実効化や国際協調は難航しています。さらに、AIの三つの内在的リスクとして(1)安全性の欠如(2)人的代替(3)生物的・制度的な制御喪失が挙げられますが、理論物理学者や安全団体らも繰り返し警告しています。AIがもたらすリスクに警鐘を鳴らす米非営利団体「フューチャー・オブ・ライフ・インスティテュート(FLI)」などは高度なAI開発の一時停止を求めてきましたが、関連産業の急成長と利益誘導により規制議論は停滞し、準備不足のまま強力なAIが普及しつつあると指摘されています。結果として、AIに関する安全対策の現状評価は低い点数にとどまり、企業の自主規制だけでは不十分であるとの見解が強まっています。今後の選択は二つの大きな道に分かれることになります。ひとつはAIを「人間に置き換わる可能性のある新たな存在」として扱い、事実上人間の役割を代替・淘汰する方向へ進むこと、もうひとつはAIを「人間の活動を強力に支えるツール」と位置づけ、人間の能力を拡張する形で慎重に導入することです。現状は前者に近い進展を見せており、それが進めば雇用や社会構造の大幅な変化や「第二の種」としての人間の位置づけの危機が生じ得ることになります。専門家は、企業競争を緩和するための政府介入や外部監視の仕組み、国際的な合意形成といった制度的対応を急ぐ必要があると強調しています。AIは既に予測を超える速度で能力を高めつつあり、その自律性と強大さは既存の管理体制や企業の自主規制では対処しきれない可能性が高いといえます。人類が望ましい未来を選ぶためには、国際協調による開発鈍化や透明性の確保、外部監督と実効的な規制、そしてAIを人間支援のツールとして使う明確な方針を早急に整えることが不可欠です。
(6)誹謗中傷/偽情報・誤情報等を巡る動向
本コラムでもたびたび取り上げていますが、インターネット上の中傷や差別的な投稿に対し、被害者に代わって知事が削除を要請できる条例を、兵庫や鳥取など少なくとも4府県が設けており、中でも鳥取県は全国で唯一、罰則にまで踏み込んでいます。SNS事業者の対応が不十分な場合に被害者の救済を支援する狙いがあります。鳥取県は2026年1月、ネット上で中傷や差別的な投稿があった場合、被害者の申し立てがあれば、知事が事業者や発信者に対して削除を要請できる改正条例を施行しました。条例では、発信者が知事の削除要請に応じない場合、命令に切り替えられ、それでも従わない発信者には5万円以下の過料を科し、氏名やアカウント名を公表できるとしています。この命令や過料の規定があるのは、全国で鳥取のみとなっており、鳥取県人権・同和対策課によれば、内容は非公表ではあるものの、2026年6月末時点で知事による削除要請を行ったケースが9件あり、いずれも投稿者は削除に応じる意向を示しているといいます。鳥取県以外では、佐賀県が2023年、大阪府が2024年、兵庫県が2026年に、それぞれ条例で知事による削除要請を可能にしていますが、被害者の申し立てに応じて知事が削除を要請した例は、鳥取以外の3府県ではまだありません。一方、宮城県も2025年10月の知事選で虚偽の内容を含む投稿がSNS上で拡散したことを受け、宮城県議会が同12月、条例制定に向けた検討会を設置、骨子案をまとめて削除要請の導入準備を進めています。
総務省の「違法・有害情報相談センター」によれば、ネット上の中傷やプライバシー侵害に関する相談件数は近年、年間5000~6000件台で推移しており、2025年度は6715件に上っています。国は2025年4月、「情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)」を施行、大手SNS事業者に、被害者が投稿の削除を日本語で申請できる窓口の設置や、削除の可否を7日以内に通知することを義務づけましたが、削除申請に応じるかは事業者の判断に委ねられ、同じような内容の投稿でも事業者によって削除するかどうかの判断にばらつきがあるのが実情です。個人の書き込みに対して、自治体がどこまで規制をかけるかについては判断が分かれており、2026年8月23日付読売新聞によれば、4府県以外にもネット上の人権侵害に関する条例を制定する自治体はあるものの、多くは相談窓口の設置や関係機関の紹介にとどめているといいます。報道で丸橋透・明治大教授(情報法)は「行政は民事への介入に慎重であるべきで、特に鳥取県の過料を科すという手法は問題がある。投稿内容を審査することは検閲のような行為と受け止められかねず、『表現の自由』とぶつかる可能性がある」と懸念を示す一方、岩崎忠・白鴎大教授(行政学)は「被害者がネット上の中傷に耐えかねて自ら命を絶つケースもあり、個人任せにせず自治体が介入するのは現実的だ。削除要請に応じない場合、再要請する仕組みを作るなどして実効性を上げていくべきだ」との指摘もあります。筆者も以前から、SNS事業者の取組みが十分でない点に強い懸念を抱いており、被害者の救済も十分でない現状から、行政側の取組みとしてもう一段踏み込んでよいのではないかと考えます。
台湾・台北で開催された安全保障の政策シミュレーションには日米台の議員や専門家が参加し、特に「グレーゾーン事態」での協力と2028年前後の選挙イヤーを念頭に置いた「認知戦」対策が議題になりました。認知戦とは、ある言説(ナラティブ)の発信を通じて、人々の意思決定に影響を与え、誘導する活動をいい、SNSを通じた海外からの情報工作は従来手法の延長ではあるものの拡散力が増しており、2025年参院選や2026年衆院選でロシアや中国の介入など日本でもその脅威が顕在化しています。こうした工作は単に政府批判にとどまらず世代対立や社会的不満をあおる内容も含み、選挙後に関連アカウントが削除されるなど手口も巧妙化、それにより民主主義社会では分断が深まれば混乱を招くことになりかねません。こうした状況に対し、台湾では民間のファクトチェックや市民向けリテラシー講座、当局による迅速な短文での偽情報打ち消し発信など官民連携が進んでいるといいます。一方、日本の選挙でもSNSを使った情報工作が目立ち始め、日本社会の世代対立を狙ったものなどが観測されています。防衛省の報道官や統合幕僚長らが個人名義のXアカウントで発信を始めています。さらに、政府が2026年7月に閣議決定した経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)でも認知戦に言及があり、有識者・シンクタンクと連携した発信強化を打ち出しましたが、具体的な官民連携策はまだ不十分です。認知戦への対策は単なる事実訂正に留まらず、民主主義に立脚した連帯のナラティブを政治が丁寧に発信し、反対意見にも説明を尽くして理解を広げつつ分断を深めない努力を重ねることが不可欠だといえます。
サイバー攻撃で上下水道などの制御装置が標的となる事例が増加しており、米政府は2026年7月末に警告を発出しています。複数州が被害対象と見られ、容疑者として浮上したハッカー集団「CyberAv3ngers」はイラン革命防衛隊と関係があるとされ、米国とイランの緊張の中でイラン関与の可能性が指摘されています。。米戦略国際問題研究所(CSIS)は、攻撃情報がSNSで拡散すると米国民の恐怖や不安をあおり、領外まで脅威が及ぶと警告し、戦闘が陸海空に加えてサイバー空間まで拡大する点を強調しています。基幹インフラは攻撃の格好の標的であり、被害が出れば戦闘継続能力が損なわれる恐れがあるため、日本政府は2026年末改定予定の国家安全保障戦略など三文書にサイバー攻撃対策を盛り込み、社会の強靭性を高めることを重視しています。さらに日本は「能動的サイバー防御」を導入し、通信の監視と不正アクセス検知により重大な危害が及ぶ恐れがある場合に警察や自衛隊が攻撃元サーバーを無害化する方針を打ち出しています。この対策は日本経由の国際通信や国内外間の通信を監視対象とし、サイバー攻撃増加への先手となる措置で、実際にNICTの観測網は2025年に7010億パケットの攻撃関連通信をとらえ、2015年比で11倍超に急増しています。同時に認知戦への対処も重要性を増しており、自民党の提言はロシアのウクライナ侵略を例に外国から流入する偽情報対策を喫緊の課題と位置づけています。米側は偽旗作戦の計画を公表して国際世論を形成するなど先手を取る事例があり、ウクライナのゼレンスキー大統領も逃亡説をSNSで否定して結束を図りました。自民党は迅速かつ正確な政府発信と文化外交を「認知戦を戦い抜く双翼」とし、情報発信力は日本を信頼する国や地域で特に効果を持つと考えられます。日本はサイバー防御の強化と並行して高度な情報分析基盤の整備を視野に入れ、AIやビッグデータを活用した政策発信と対外情報戦略を強化、これにより、物理的なインフラ防護と情報空間での信頼確保を両輪で進め、国家の強靭性を向上させることを狙っています。
以下、認知戦、世論工作を巡る最近の動向からいくつか紹介します。
- 米オープンAIは、対話型AIサービス「ChatGPT」がロシア発の世論工作に不正利用されていたと発表しています。XやフェイスブックなどのSNS上でロシアを称賛し、ウクライナや欧州連合(EU)を中傷する投稿を生成していたといいます。報道によれば、ロシア系勢力がイスラエルを拠点とする実態不明の研究機関を介し、英語やドイツ語で発信していたといい、運営者はロシア語でチャットGPTへの指示を行い、Xやフェイスブックに投稿するための英語コメントなどを生成、生成物にロシア語の痕跡が残らないようにする指示もしていたといます。さらに、オープンAIはロシアからのアクセスを認めていないため、ロシアからVPN(仮想プライベートネットワーク)を使って接続し、発信元をわかりにくくしていたといいます。なかにはロシアとの関係改善を訴える投稿もあったようですが、オープンAIは関連するアカウントの利用を停止、「これほど手の込んだロシア関連の世論工作を阻止したのは初めてだ」としていますが、投稿の閲覧は広がりを欠いたため、世論への影響は限定的だったと分析しています。生成AIを巡っては、中国や北朝鮮系の勢力による世論工作も相次いでおり、米グーグルも親ロシア勢力が情報操作を目的とし、計画立案や調査、コンテンツの制作などにAIを悪用することが増えているという報告書を公表するなど、情報操作に悪用されるリスクが顕在化しています。
- ロシアが第2次世界大戦中の虐殺事件を巡るポーランドとウクライナの対立を利用し、ポーランド国内でオンライン偽情報工作を大幅に強化していると、ポーランドの当局者や研究者が指摘、ウクライナと支援国ポーランド間の緊張をあおる狙いがあるということです。問題の対立は、1943~45年に多数のポーランド人が民族主義組織のウクライナ蜂起軍(UPA)に殺害された事件を巡るもので、ウクライナのゼレンスキー大統領がUPAにちなんで軍部隊を命名した後に激化、ポーランドのナブロツキ大統領は2026年6月、ゼレンスキー氏に授与したポーランド最高勲章を剥奪しました。ポーランド国際問題研究所(PISM)の分析では、この命名後、Xやフェイスブックなどでの反ウクライナ的コンテンツが250%超増加、その多くはボットによって人為的に生成されたとみられ、偽情報を広めるよりも既存の論争を増幅させる手法で、専門家によれば、新たな偽情報戦術の可能性もあるといいます。一方、ロシア政府は関与を否定しています。こうした中、ポーランドの世論調査では対ウクライナ軍事支援継続への支持が2022年の78%から52%に低下、専門家は、否定的感情は外国の影響だけでなく、多数のウクライナ移民への疲労感などの影響もあると分析しています。
- 防衛省は中国などによる「新型軍国主義」などの主張や偽情報に対抗するため、認知戦対応の専門部署を防衛政策局内に新設し、参事官をトップに据えて情報の収集・分析・評価・発信を一元化する方向で、2027年度当初予算案の概算要求へ盛り込む方針といいます。小泉防衛相は就任以来発信力強化を掲げており、SNS上で拡散する情報に対して反論の要否や発信のタイミング・レベルを組織的に判断する体制を整える狙いで、当面は運用調整参事官が発信指示を出す運用だといいます。これまでは防衛政策局の調査課が諸外国動向の収集・分析を行い、防衛相を中心に評価して各部署や統合幕僚監部が個別に発信してきましたが、防衛省内では大臣任せではなく組織的判断が必要だと判断したものです。近年は高市首相の国会答弁を契機に中国が日本を非難して国際的同調を図ろうとしたことを受け、防衛省側も報道官や統合幕僚長が個人名義のXアカウントを開設するなど積極的に反論を重ね、今後の安全保障関連文書改定や防衛費増額に伴う中国の反発を想定して先手の情報発信や誤情報・偽情報の拡散防止を目指しています。ただ、政府全体の認知戦対応の枠組みは未整備で、既に新設された国家情報局やNSS、内閣広報室、外務省など関係機関が存在する一方で司令塔が明確でなく、政府全体で組織的に対応できていないとの指摘があり、防衛省内からは政府全体の危機感不足を懸念する声が上がっているといいます。
米SNS大手のXとメタは、日本国内で投稿削除などにあたる監視員の数をそれぞれ29人、190人だと明らかにしました。当初は非開示でしたが、総務省の是正勧告を受けて公表したものです。投稿監視員の数は各SNS事業者で大きく異なっており、総務省は各事業者の取り組みを精査して誹謗中傷への対応強化を促すとしています。2025年4月に施行された情プラ法や関連省令に基づく措置で、月間平均利用者1000万人以上などの基準を満たした大手SNS事業者は、利用者の削除申請に7日以内に対応することや、日本語を理解する投稿監視員の数などの対応状況を毎年開示するよう義務づけられています。Xとメタは監視員の数などの公表義務に違反があったとして2026年7月に総務省から是正勧告を受けていました。両社は同5月に公表した2025年度の報告書を修正した上で、同8月末までに再公表しました。「ユーチューブ」を運営するグーグルは投稿監視員が293人、LINEヤフーは145人、ティックトックは6人だったと先行して公表しています。結果として、とりわけXとティックトックが異様なほど少なく、適切な削除対応ができる態勢ではないのではないかと気になるところです。
最近の偽・誤情報を巡る報道から、いくつか紹介します。
- 生成AIで作られた偽画像を「自分は見破ることができる」と考えている人ほど、インターネットやSNSなどを適切に活用する「ICT(情報通信技術)リテラシー」が低い傾向にあることが総務省の調査で分かりました。AIが作った偽の画像や音声を「自分は見破ることができる」と回答した人(630人)のうち、ICTを活用する能力を測るテストで5問全て不正解だったのは61.5%に上り、全問不正解の割合は、「見破ることができない」など他の回答をした人(いずれも3割台)より高かったといいます。ネットやSNSの利用時に「偽・誤情報等に触れている可能性がある」と認識している人は80.6%で、「信じてしまう・だまされてしまう可能性がある」と回答したのは56・4%でした。
- 中国公安当局は、ネパールと中国の国境地帯で発生した大規模土石流に関して、虚偽情報を拡散したとして、チベット自治区の住民らとみられる10人を摘発しています。中国当局は関連の投稿に神経をとがらせ、監視を強化しています。発表によると、10人はそれぞれ、ニュース動画のコメント欄や動画サイトなどのSNSに「中国側で数千人が一瞬で死亡した」「(中国の)行方不明者数は826人」などと投稿したとされ、これらの情報は虚偽にあたると主張し、「社会の混乱を引き起こした」と摘発の理由を説明しています。チベット自治区政府も、一部の人が死者数などで偽情報を流していると認め、「臆測の情報を広めてはならない」と呼びかけています。
- 北アフリカに位置するスペインの飛び地セウタに7~8万人もの不法移民が押し寄せた問題で、スペインのペドロ・サンチェス首相は、ロシアとイスラエルがSNSで偽情報を拡散したことが原因だとの見方を示しました。セウタには2026年7月末、隣接するモロッコから7万人以上の移民が流入、当時、移民らは「スペイン国境が開いた」というSNS上のデマに踊らされ、「海を渡ってセウタに到達すればスペインに滞在できる」との偽情報が広がっていたものです。サンチェス氏は「ロシアとイスラエルに関係するネットワークが社会を分断しやすい不法移民という問題でデマを広げた」と主張、ロシアのウクライナ侵略や、パレスチナ自治区ガザでのイスラエルの軍事行動に対してスペイン政府が批判的な立場を取ってきたことが背景にあるとしています。セウタに流入した移民の大半は自主的に帰還しましたが、今も5000人が居残っています。なお、ロシアとイスラエルは関与を否定しています。
(7)その他のトピックス
①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/ステーブルコイン/暗号資産を巡る動向
金融庁がステーブルコインについて、信託銀行発行型の規制を緩和して個人が100万円を超えて取引できる道を開く意向で、近くまとめる税制改正要望に盛り込む予定といいます。これにより、自動車や住宅など高額な買い物にステーブルコインが使える見通しです。ステーブルコインについては、改正資金決済法(2023年施行)で発行が解禁され主に信託銀行や資金移動業者が発行する仕組みで、暗号資産に比べ価格が安定し送金コストも低い利点があります。しかし現行制度では資金移動業者の一回当たりの発行額に100万円の上限があり、信託型は上限こそないものの取引ごとに相続税法や所得税法に基づく所有権移転の書類提出など面倒な手続きが必要で、自動車販売や不動産など高額決済での利用が実質困難になっていました。そのため金融庁は、相続税法や所得税法の改正を要望して書類提出を一律で不要にすることを政府・与党に求め、2026年末の税制改正大綱に向け議論を進めて2027年度以降の実現を目指す方針です。背景には現行制度が普及の障壁となっている現状があり、施行から3年で発行者は2社にとどまり、発行額も小規模にとどまっています。SBIグループの信託型「JPYSC」は当初入出庫に対応しておらず決済ではなく暗号資産運用向けの利用が中心になっている一方、フィンテック企業JPYCの「JPYC」は物流の委託費支払いなどで利用が検討され流通額は2026年8月時点で約30億円となっています。また大手では三菱UFJ、三井住友、みずほの3メガバンクが2026年度中の共同発行を検討中で、三菱商事の資金決済活用など企業間で限定された資金決済での採用が想定されているほか、片山金融相も信託型ステーブルコインを念頭に制度面での支援を強調しているところです。世界市場は約3000億ドル(約50兆円)規模で米ドル連動のUSDTやUSDCが主導、国際送金や個人決済で急速に広がる中、日本でも普及に向けた環境整備が喫緊の課題になっています。
トランプ米大統領は、暗号資産の法的定義を明確化する「クラリティ法案」の可決を議会に強く求め、業界幹部とともにホワイトハウスで支持を表明しました。クラリティ法案はどのトークンが証券かコモディティー(商品)か、さらに監督当局を明確にすることを目的としており、業界は法整備によって政治的変動や訴訟による不確実性が軽減されると期待していますが、上院での審議停滞と残り少ない議会日程が課題となっています。証券取引委員会(SEC)が新たな規制枠組み案を公表して一定の暗号関連企業や発行案件を米証券法適用外とする提案を示し、暗号資産企業によるトークン発行や資金調達が容易になるとみられています。SECの提案が現行案のまま成立した場合、暗号資産企業は4年間で最大500万ドル相当のトークンを発行できる一度限りの適用除外を利用できるほか、12カ月ごとに最大7500万ドル規模の発行も認められることになります。ただし、発行体には財務諸表の開示や定期報告義務が課され、またいずれの適用除外制度においても、発行体は投資家に対して一定の情報開示を行う必要があります。なお提案には、一定の条件を満たした暗号資産を「投資契約」とみなさないセーフハーバー(免責措置)も盛り込まれ、SECのアトキンス委員長は声明で「暗号資産の起業家や市場参加者に対し、連邦証券法の下で資本を調達するための明確な道筋を提供することを目指している」と述べています。。暗号資産業界は長年、多くの暗号資産トークンは証券ではなくコモディティーに近い性質を持つため、原則としてSECの規制対象とすべきではないと訴えてきました。ブロックチェーン協会CEOは声明で「米国のデジタル資産市場が長年必要としてきた、目的に適した明確なルールに向けた重要な一歩だ」と評価しています。一方、商品先物取引委員会(CFTC)も業界会合で規制を協議する予定ですが、多くの民主党議員と一部共和党議員は、政治家が自身の暗号事業から利益を得ることを禁じる強力な規定が盛り込まれなければ法案に賛成しないとしています(トランプ大統領自身、一族の暗号資産事業から14億ドル超を得てきたことが問題となっています)。
米財務省は、ドルや米国債などを裏付けとする「ステーブルコイン」を規制する「GENIUS法」の規則案を公表しました。施行日は2027年1月18日が見込まれています。同法は米国で暗号資産を対象とした初の包括的な連邦法となり、規則案では、米国市場でステーブルコインを発行・販売する際の条件などを示しました。事業者に対し、発行・販売で連邦政府や州政府の免許取得を求め、日本など海外の発行事業者は、各国の規制・監督制度が米国の制度と一定の条件下で同等と認められれば、米国での発行・販売を認める見通しです。デジタル資産分野は中国政府も注力しており、トランプ政権は、ドルや米国債の裏付けを法律で定め、基軸通貨としてのドルの位置付けを維持するとともに、米国債の需要を確保する狙いがあるとみられています。ベッセント財務長官は「米国を世界の暗号資産の中心地として維持する」としていますが、一方で、幅広い暗号資産の規制を定めた「クラリティ法案」は前述のとおり、米議会下院を通過したものの、上院での成立の見通しはまだ立っていません。
その他、ステーブルコインを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 国際決済銀行(BIS)のデコス総支配人は、ステーブルコインについて、大規模な決済手段として確実に機能しないと指摘し、トークン化預金の方が適しているとの見解を示しました。ステーブルコインについては、ベセント米財務長官が、世界の主要準備通貨としてのドルの地位を盤石にし、数兆ドル規模の米国債需要を生み出す可能性があるデジタル革命と呼んで支持していますが、米国以外の当局者からは、金融安定性への影響やマネロンに利用されるリスクが指摘されています。デコス氏は、ステーブルコインとトークン化預金は共存可能とした上で、日常的な決済の大半はトークン化預金が担い、ステーブルコインはより特化した役割を果たすべきだと述べ、ステーブルコインはベセント氏が主張するように、ソブリン債の借り入れコストを下げる可能性があるものの、銀行から資金が流出することで銀行の資金調達コストが上昇し、一般の借り手の借り入れ金利が高くなる恐れがあると指摘、また、異なる貨幣性商品に移動する場合にコストが生じるため、ステーブルコインは貨幣の「単一性」を壊す、ステーブルコインのプラットフォームは真の相互運用性がなく、システムの網羅的、包括的な管理が難しく、マネロンに利用される恐れもある、「ドル連動型ステーブルコインの利用拡大を巡り、一部の国・地域で通貨主権やデジタルドル化に対する懸念が台頭している」と指摘、米国以外の一般の借り手がドルベースのステーブルコインに殺到すれば、通貨主権を損ない、国内の金融政策の波及効果を弱め、経済が国外の政策などの影響を受けやすくなる恐れがあると述べました。トークン化預金については「通貨システムの基盤を維持しながらトークン化を活用する、より直接的な道を提供する」と述べ、トークン化預金であっても、決済を含む相互運用性、ガバナンス(統治)、法的な障壁に関する問題を解決する必要があるとも述べています。
- 英財務省は、イングランド銀行(英中央銀行)に対し、ステーブルコインなどのデジタル通貨や決済システムの革新を支援することを、新たな「副次的目標」として設定する計画で、金融安定は引き続き中銀の主要責務とすると明らかにしました。ステーブルコインは主に暗号資産取引で使われるほか、決済用途でも利用が拡大しており、トランプ米政権による暗号資産推進策の下、近年急速に成長しています。英財務省によれば、新目標は決済技術の発展に規制が追いつくようにすることが目的で、英中銀のブリーデン副総裁は今回の発表を歓迎しています。シティー担当相は、トークン化を含むデジタル決済技術の発展は金融市場を変革する可能性があると指摘、「金融安定は引き続き英中銀の主要目標であり続けるが、この副次的目標は英中銀が決済とデジタル金融の革新を推進し続けることを支え、英国が金融サービスで世界のリーダーであり続けることを確実にするものだ」と述べています。
- ゴールドマン・サックス、バンク・オブ・アメリカ、シティグループ、ドイツ銀行など計21の金融機関は、ドルに連動するステーブルコインを発行する新会社を年内に設立し、2027年前半の発行開始を目指すと発表しました。この枠組みは当初10行が参加して2025年10月に公表され、その後参加機関が拡大したものです。声明によれば、ドルに続いてはユーロを最優先にその他の主要7カ国(G7)通貨に連動するステーブルコインへの展開も目指すとしています。2024年の暗号資産相場の回復やトランプ政権による業界支援を背景に、ステーブルコインなどに用いるブロックチェーン技術を主流金融システムに活用する動きへの関心が再び高まっています。今回のグループは、別の金融機関37社が設立した「キバリス(Qivalis)」と競合する見通しです。キバリスは2026年内にもユーロ連動型ステーブルコインを発行する計画を明らかにしており、スペインのBBVA銀行など一部の金融機関は両陣営に参加しています。ただ銀行が発行するステーブルコインへの需要拡大を示す動きは限定的で、ステーブルコイン市場で優位に立つのは、エルサルバドルを拠点とするテザーで、同社はドル連動型トークンを1800億ドル超発行、裏付け資産として保有する米国債などへの投資で巨額の利益を上げているといいます。フランスのソシエテ・ジェネラルは、デジタル資産子会社を通じて昨年、主要銀行として初めてドル建てステーブルコインを発行したものの、同社ウェブサイトによると、流通額は1250万ドルにとどまり、欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁は、民間が発行するステーブルコインについて、金融政策や金融システムの安定性にリスクをもたらす可能性があると警告しています。
- 大阪府は、ブロックチェーンなどの先端技術を用いた金融サービスの実証事業に取り組む4社を選定したと発表しました。府内小売店や電子商取引(EC)でのステーブルコイン決済の実証などを行い、次世代金融サービスの市場形成につなげる狙いがあります。大阪府が選定したのはデジタル資産ウォレット(電子財布)のHashPort、マイナウォレット、大阪公立大学発スタートアップのMi&T、SBIXDCNetworkAPACの4社で、システム開発費などをそれぞれ125万~1000万円補助するといいます。一方、ローソンが東京都内2店舗で、関係者限定でステーブルコイン決済で商品の代金を支払えるようにする実証実験に乗り出しました。大阪府の吉村洋文知事は「将来の決済の主流になっていく可能性がある。大阪から社会実装を目指していく」と述べています。
ステーブルコインではありませんが、全国約40の銀行がデジタル通貨を使った相互送金の実証を始め、GMOあおぞらネット銀行などが中心となり、大手行や地方銀行と共同で24時間365日低コストで即時送金できる決済インフラの構築を目指すとしています。銀行預金をブロックチェーン上で流通する「トークン化預金」を活用した実証実験を始めるもので、金融庁の「フィンテック実証実験ハブ」の支援事業の一環として、りそな銀行や商工中金のほか横浜銀行といった大手地銀などオブザーバーも含めて約40行が参加しています。国内の銀行間決済は現在、全国銀行データ通信システム(全銀システム)を介して送金の電文が送られ、その後、日銀の当座預金間で振り替えが実行される仕組みですが、実証実験では既存の決済システムを使わずトークン化した預金を銀行間で直接やりとりするもので、すでにゆうちょ銀行やほくほくFG傘下の北陸銀行などがトークン化預金の発行を目指しています。企業間決済や給与振り込みなどで活用が進めば、異なる銀行間で資金決済する必要性が出てくることから、トークン化預金の普及を見据え、24時間365日低コストで即時決済できる決済インフラを整える必要があります。トークン化預金は法定通貨を裏付け資産として民間企業が発行するステーブルコインとは異なり銀行預金そのものであるため、マネロンなど既存の預金規制を応用しやすい利点があり、銀行は次世代の決済インフラ構築を主導することで、自行の預金流出を防ぎたい思惑もあります。日本は預金や株式などをブロックチェーン上で取引する「オンチェーン金融」で米国に後れをとっており、三菱商事は米銀最大手JPモルガン・チェースのブロックチェーン基盤を使って海外拠点同士で預金を送金する実証を進めており、2026年度にも実用化する見込みです。世界の市場規模が3000億ドル(約50兆円)に達するステーブルコインは米ドル建てが大半を占めています。
英ポピュリスト政党のリフォームUKが、米国で銀行秘密法違反による有罪を認めた後にトランプ米大統領から恩赦を得た暗号資産企業家から、4~6月期に400万ポンド(約540万ドル)の献金を受け取っていたことが判明、同期に受け取った献金総額530万ポンドの75%を占めているといいます。献金したベン・デロ氏は、自身が創業した暗号資産会社ビットメックスがマネロン防止に必要な対策を意図的に怠った罪で訴追され、2022年に銀行秘密法違反の罪を認めました。トランプ氏は2025年、デロ氏に恩赦を与えています。リフォームUKは、ファラージ党首が別の暗号資産企業家から2024年に巨額献金を受けながら申告していなかったことが2026年に判明、同党は世論調査で支持率トップが続いていましたが、このニュースで人気に陰りが生じ、2026年7月に与党労働党の党首がバーナム氏に代わると、労働党が支持率首位を奪回しました。
金融庁は、無登録で暗号資産交換業を営んでいるとして、香港を拠点とするIzakayaに警告しました。同社はインターネット上で暗号資産の取引事業を運営していますが、警告に従わない場合は必要に応じて捜査当局への告発も視野に入れるといいます。Izakayaの運営するサービス「IZAKA-YA」のウェブサイトによれば、Izakayaは暗号資産のウォレットサービスを展開、2026年8月下旬にマネロン対策の目的で一部アカウントの送金・出金を一時的に停止していると公表し、陳謝していました。
▼ 金融庁 無登録で暗号資産交換業を行う者について(Izakaya Limited)
- 無登録で暗号資産交換業を行う者について、事務ガイドライン第三分冊:金融会社関係16.暗号資産交換業者関係Ⅲ-1-6(2)②に基づき、本日、警告を行いましたので、下記のとおり公表いたします。
- 業者名等:Izakaya Limited
- 代表者 不明
- 所在地:Room 1701, 17/F, Wai Fung Plaza, 664 Nathan Road, Mongkok, Kowloon, Hong Kong
- 内容等:インターネットを通じて、日本居住者を相手方として、暗号資産交換業を行っていたもの
- 備考:インターネット上で暗号資産取引を行っている「IZAKA-YA」を運営している。
- 上記は、インターネット上の情報に基づいて記載しており、「業者名等」「所在地」は、現時点のものでない可能性があります。
②IRカジノ/依存症を巡る動向
カジノを含む統合型リゾート(IR)について、北海道が2026年10月に改訂を検討中の「基本的な考え方」の改訂案について、具体的な候補地を示さないことがわかりました。「基本的な考え方」は2019年に策定され、「IRを誘致する場合、苫小牧市の候補地を優先することが妥当」と盛り込んでいましたが、改訂案では具体的な候補地に触れていません。北海道が市町村に対して実施した意向調査では、苫小牧市と函館市が「北海道の持続的な経済発展のため重要」などとして「現行の施設要件でIRを整備することに関心がある」と回答していました。IR事業は民設民営の運営形態を前提としており、国内企業などから出資を受けた特別目的会社(SPC)が事業を担い、オペレーターは海外企業を想定、IR事業向けの資金調達は国内メガバンクなどからの融資を想定しています。国内外の金融機関や建設業などIR関連事業者約20社への調査では、自然や食、スノーリゾートなど北海道の地域資源を評価する意見が上がった一方、立地条件として、新千歳空港からのアクセス、鉄道など複数の交通手段や利便性を求める声も目立ち、基本的な考え方には、カジノ施設の収益をギャンブル依存症対策や教育、医療などに活用する考えを明記し、2026年9月の定例道議会での改訂を目指すとしています。なお、IRを巡っては全国で自治体による誘致レースが再開、政府は2027年に追加公募を実施する方針で、愛知県が検討していますが、鈴木道知事は追加公募への申請について、態度を明らかにしていません。
選挙やスポーツの結果を予想して賭ける「予測市場」が海外で拡大しています。日本でも無償で付与されるポイントを使って賭け、最終的に電子マネーに交換できるサービスが登場していますが、その仕組みが刑法上の賭博に該当するかどうかについて専門家の間で見解が分かれています。2026年8月30日付読売新聞によれば、運営側は利用者に無償でコインが付与される点やコイン自体に直接の財産的価値がない点を理由に賭博に当たらないと説明している一方で、ポイントが電子マネーに交換可能であれば財産的損得が生じるとして賭博や賭博開帳図利の成立を指摘する見解や、射幸性や社会的悪影響の程度で摘発判断がなされ得るとの検察側の意見もある状況です。一方、「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子代表は「違法なオンラインカジノは、無料のゲームを入り口に広まっていった。予測市場についても、アプリをきっかけに、利用者が金銭を賭ける海外サイトに流れていく可能性がある」と危惧しています。海外では金融派生商品として扱われており、ブロックチェーン分析企業の調査によれば、予測市場全体で賭けられた総額は2025年1~6月の月12億ドル前後から、2026年1月は200億ドル以上に増えているといいます。ポリマーケットなど海外の大手サイトでは倫理的問題や賭け対象の制限が議論されています。米国では大統領選での的中例や巨額の取引が注目を集める一方で、暗殺や戦争といった不適切な賭け対象への批判と規制強化の動きが生じています。国内では海外サイトでの違法なスポーツ賭博被害が大きく、スポーツ産業振興に取り組む一般財団法人「スポーツエコシステム推進協議会」によれば、日本の居住者が海外の賭博サイトで違法に賭けた金額は少なくとも6兆4503億円で、このうち1兆183億円は国内スポーツが対象だったといいます。この調査に予測市場は含まれていませんが、予測市場の日本語対応例もあることから、関係団体や国会が調査・対策を進め、違法賭博禁止の徹底に向けた議論が続いているところです。
大阪市此花区の夢洲で2030年秋ごろに予定されるIRの開業を前にギャンブルなどの依存症対策を進めようと、大阪府は、府と大阪市が2029年度に開設予定の「(仮称)大阪依存症対策センター」の基本構想案を示しました。相談・医療・回復へのワンストップ支援体制を構築し、予防から回復までの幅広い支援など総合的な取り組みを進め、「依存症対策のトップランナー」を目指すとしています。構想案によれば、センターを交通の利便性が高い場所に設置し、医師や保健師などの専門職を置くとし、設置場所や面積、人員規模は今後検討を進めるとしています。センターが担う主要な機能については、(1)相談から回復までのワンストップ支援と、地域の各機関などとの連携を調整するコーディネート機能(2)依存症の予防や偏見解消などに向けた普及啓発と情報発信(3)支援状況などの調査・分析(4)支援にあたる人材の養成の四つを掲げています。なかでも、患者本人や家族、地域の支援者らの現状や悩みを聞く相談支援や、医師から適切な助言が受けられる医療支援、自助グループなどに当事者をつなぐ回復支援など、切れ目のない支援が特徴といいます。大阪府や大阪市はセンター設置の基本理念や機能などをまとめた基本計画を2027年3月に策定する方針で、2026年9月~10月にはJR大阪駅周辺で依存症についての個別相談の受け付けや情報発信をする実証事業を行い、支援ニーズや設置場所などを具体的に検討、同12月ごろにも実証事業を行う予定といいます。
オンラインカジノのスマホアプリで日本人客に賭博をさせたとして、静岡県警は、アプリの運営に携わる静岡県浜松市中央区、飲食店経営の男ら男女6人を、常習賭博容疑で逮捕しました。県内外の客約170人に、計1億円以上を賭けさせていたとみられています。報道によれば、6人はオンラインカジノのスマホアプリ「Reaslo(リアスロ)」の運営者と共謀し、2024年10月~11月、客に賭け金を送らせて、アプリで使える通貨に換えて賭博をさせた疑いがもたれています。リアスロは、客が別の場所にある本物のスロット機をスマホで操作できるアプリで、客は本物のスロット機の中継映像をスマホ画面で見ながら、ストップボタンを押しており、本物のスロット機は海外にあるとされます。また、アプリの運営拠点は海外にあるとされ、6人は国内で日本人客の賭け金を口座に入金させたり、スロットの故障に対応したりする業務を担っていたとみられています。飲食店経営の男が統括役で、売り上げが海外拠点に流れているとみられています。アプリは2023年12月頃から運営され、20~30代を中心に最大3000人の客が利用していたとみられ、6人はSNSの広告などを通じてアプリに誘導していたといいます。
(8)北朝鮮リスクを巡る動向
北朝鮮のIT労働者リスクについては、本コラムでもたびたび取り上げています。最新状況も含めあらためてこのリスクについてまとめた産経新聞の記事「北IT労働者、なりすまし「偽装就職」AI駆使で被害拡大、安保問題に発展も」が参考になりましたので、紹介します。北朝鮮のIT労働者が外国人になりすまし、リモート採用や業務委託を通じて外貨を稼ぐ詐欺的手法が拡大、給与の外貨は北朝鮮に送金され、核・ミサイル開発に利用されているとみられており、その手口もAIなどを駆使して身分詐称の技術を高度化している状況にあります。米司法当局は取り締まりを強化しており、2026年4月には米国籍の男女2名が、北朝鮮のIT労働者を米国人に見せかけて就労させる支援を行ったとして有罪判決を受けました。被告らは2021年から2024年10月までの間に、80人超の米国人の身分証を不正取得し、それを使って北朝鮮側の技術者が米企業から遠隔で仕事を受注するのを手助けし、米国の売り上げ上位500社を含む100社超から約500万ドル(約7億9000万円)の業務対価を得て北朝鮮に送金していたといいます。彼らは「パソコン農場」と呼ばれる遠隔操作環境を構築して、現地のパソコンをあたかも米国内で操作されているように見せかけるなどの手口を使い、協力者に報酬を分配していました。米連邦捜査局(FBI)は現在も複数の協力者を追跡しており、米司法省は同種の事件で他にも有罪判決を重ねています。数年前から指摘されてきたこの問題では、サイバーセキュリティ企業や調査機関が北朝鮮側の活動を継続的に分析しており、ある米調査会社は2024年12月から2025年9月にかけて、22人の工作員が17万件の求人に応募して76件で内定を得たと報告しています。応募数は膨大ですが面接へ進む割合は約13%、内定率は0.1%未満であり、母数で勝負して採用を勝ち取る手法が明らかになりました。標的となった職種の7割超がシステム開発やITエンジニアで、リモートワークの普及と採用時の限定的なセキュリティ審査が悪用されていると見られています。技術面ではAIの活用が進んでおり、面接時になりすまし映像の表情を自然に修正したり、即答で受け答えするなど採用担当者を欺く手口が確認されているほか、大量の応募書類作成にもAIが使われているといいます。ギリシャの研究者による端末侵入調査では、57カ国の約1640社・機関に被害の痕跡が見つかり、そのうち700~800社は大手企業のサーバー侵入につながる深刻な事例だったといいます。被害対象には米国の病院や日本の大手小売り企業、中東の金融機関などが含まれています。専門家らは、今のところ、外貨獲得が主目的であると指摘していますが、米国内で連邦政府関連業務に偽装就職したケースが明るみに出るなど、安全保障上の懸念が高まっている状況です。こうした被害の深刻さを受け、日米韓や英仏独など11カ国は典型的手口や防止策をまとめた注意喚起を行い、被害拡大の阻止と摘発強化、関係国間の連携強化が緊急となっています。
トランプ米大統領が、長年の同盟国である韓国に負担を強いる形で北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記に歩み寄る姿勢を示しました。これは日本からインドに至るまで、多くのパートナー国が米国はどこまで信頼できるのかをあらためて見極めることを迫るものでもあります。トランプ大統領は、韓国との合同軍事演習の縮小を突然決定して「北朝鮮に対して敵対的だ」と説明したことは、地域の平和を長年支えてきた同盟関係に亀裂が生じるのではないかとの懸念を強めました。日本では、今後予定される難しい安全保障交渉の中で、自国もトランプ氏の標的になりかねないとの不安が広がっています。台湾は、2026年9月に予定されているトランプ大統領と中国の習近平国家主席との首脳会談を慎重に見守っているほか、インドでも米国の戦略における自国の位置付けへの確信が揺らぎつつあるとされます。専門家は「今回の(トランプ大統領による米韓合同軍事演習縮小の)決定は、米国の安全保障上のコミットメントに対する地域の疑念をさらに強めるだろう」と指摘しています。さらに韓国政府は、同9月予定されていた別の米韓軍事演習も中止されたと明らかにしました。米国側は、イランとの戦争に伴う軍事力の制約を理由に挙げていますが、トランプ大統領は同盟国がイランとの戦争を十分に支援しなかったことに不満を抱いており、多くの同盟国が自国防衛のためにさらなる負担を負うべきだとの考えを明確にしていることが背景にあるとも考えられます。トランプ大統領は北朝鮮との対話再開を強く望んでおり、支持率が低迷するイラン戦争への批判をかわすため、外交分野で成果を上げたいと考えているとされます。トランプ大統領の金総書記への会談呼びかけは、これまでのところ北朝鮮から冷淡な反応しか得られておらず、結果として核保有国である北朝鮮を勢いづかせる恐れがあります。現に、トランプ大統領の融和姿勢にもかかわらず、北朝鮮は、日本海に向けて複数の弾道ミサイルを発射し、韓国と日本で警戒が強まっている状況です。
韓国の情報機関「国家情報院(国情院)」は、国会の情報委員会で、トランプ大統領と北朝鮮の金総書記の首脳会談が行われるか問われ、「具体的な接触の事実は確認されていないが、対話の兆しはある」と述べました。トランプ大統領は金総書記に秋波を送っており、2026年8月には、2026年後半にも金総書記と会談する計画があると明らかにしています。国情院は米朝首脳会談について「いつでも可能だとみるべきだ」と指摘したといいます。ただ、米国は北朝鮮の非核化を目指すとの原則的な立場を堅持しており、非核化を前提としないことを対話の絶対条件とする金総書記との隔たりは依然として大きいといえます。また国情院は、北朝鮮のミサイルの設計図や朝鮮労働党の内部文書などを入手し、分析していると明らかにしています。さらに「ジュエ」とされる金総書記の娘については「事実上、後継者として内定段階にある」と改めて指摘しています。
対話再開に向けたトランプ米大統領の再三の呼びかけにも北朝鮮側は慎重な姿勢を崩していない背景には、トランプ大統領主導の「ディール(取引)」に翻弄されて成果を引き出せず、金総書記のメンツを潰された「7年前のトラウマ」が影響しているといえます。金総書記の妹、金与正党総務部長は、米朝首脳間の良好な関係を強調するも、トランプ大統領が指示した米韓演習縮小について「評価する価値もなく全く興味を感じない」と一蹴、同時に、金総書記がトランプ大統領に対し「個人的に良い思い出と感情を持っている」とも言及しています。2019年の首脳会談で北朝鮮は、北西部・寧辺の核施設廃棄と制裁解除を取引する合意を想定していましたが、トランプ大統領の一存で決裂、激怒した金総書記は、会談を取り仕切った党統一戦線部の幹部を問責し更迭、さらに2019年8月に送ったトランプ氏への親書で「閣下はわれわれの関係を自分にだけ得になる「踏み台」とみなしているのか」と不信感を隠しませんでした。韓国は、北朝鮮が対米交渉の再開にあたり「米韓同盟の弱体化、形骸化」を重視していると指摘、各種合同訓練の全面的な中断を対話の条件として設定しているとの見方を示しています。北朝鮮の冷淡な反応の背景として、北朝鮮が中露の後ろ盾を得ている現在、慎重に米国の真意を見極めている可能性があります。北朝鮮はロシアに接近し、2024年に「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結、2026年6月には中国の習近平国家主席が訪朝するなど、北朝鮮に対する制裁はかなりの部分が骨抜きになっており、米国と交渉する動機は以前より薄くなっていることもあります。米朝関係は駆け引きの局面に入ったと指摘する専門家も多く、核保有を「不可逆的」と位置付ける北朝鮮は、米国が非核化を求める立場を放棄するかどうかを注視するとみられています。対イラン軍事作戦の泥沼化で立場が弱くなったトランプ大統領が妥協しそうだと判断すれば、まずは実務協議で腹を探ろうとする可能性があります。一方、歴代の米政権は北朝鮮を核保有国とは認めておらず、米大統領が「57発の非常に強力な核兵器を持っている」と北朝鮮の核弾頭の保有数を公言すること自体が異例だといえます。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は2026年6月、世界の核兵器の状況などをまとめた年次報告書で、北朝鮮の核弾頭数を約60発と推定、これに関連し、韓国の国会で見解を問われた国防相は、同国研究機関の推計として北朝鮮が80~120発の核兵器を保有しているとの見方を示しました。トランプ大統領はこれまでも北朝鮮について「核保有国」だと発言し、北朝鮮の核保有を容認してしまうのではないかとの懸念が示されています。専門家は「もし金氏が米国大統領と会談し、大統領が非核化に言及しなければ、まさに金氏の勝利となる」と述べていますが、米国が北朝鮮の核保有を黙認する形となれば東アジアのみならず国際的な影響が大きく、トランプ大統領が会談の実現を優先するあまり、譲歩しすぎることへの懸念はかなり深刻なものがあります。最大の問題は、北朝鮮の実質的譲歩がないまま米国が地域的影響や同盟国の立場を十分考慮せず譲歩してしまうことであり、トランプ大統領にはイラン情勢から目をそらす狙いや「平和仲介者」としての実績作りという動機があります。さらに、米軍の縮小や演習減少というトランプ政権の方針は中国の利害と一致するため、中国の習国家主席が仲介に動く可能性があり、米朝中の話し合いが進めば韓国や日本が交渉から排除されるリスクがあると懸念されるところです。
韓国の魏聖洛国家安保室長は、北朝鮮との対話再開に向けた米国の取り組みを支持しました。「留意すべき点の一つは、米朝対話の再開が実質的な進展につながり、それと並行して朝鮮半島における平和構築の取り組みにつながるよう米国と協調する必要があることだ」と述べています。さらに韓国の安全保障態勢が弱体化せず、排除されないようにすることを目指すとし、こうした目標を達成するには米国との政策協調と意思疎通がこれまで以上に重要だと述べています。韓国は、トランプ米大統領が意欲を示す米朝首脳会談実現を後押ししようと懸命になっていますが、北朝鮮は韓国を相手にしない立場で、「蚊帳の外」を避けたいところでもあります。振り回されてもトランプ大統領に頼るしかなく、米朝関係が改善し、朝鮮戦争の休戦体制を恒久的な平和体制に変わり、多国間の枠組みなら南北が同じテーブルに着くことができ、核能力高度化を止める実効的な方策も話し合えるという計算です。韓国政府内では、トランプ大統領の融和姿勢を「南北関係に変化をもたらしうる新たな端緒」なとと期待感が広がっていますが、仮に平和協定の論議が始まっても、韓国が休戦協定に署名していないことを理由に「議論から排除される」(北朝鮮筋)と冷ややかな見方もあります。
ロシアの侵攻を受けるウクライナのゼレンスキー大統領は、北朝鮮が3万~5万人の兵士をロシアに派遣することが両国間で決まったと述べました。ウクライナ国防省情報総局は北朝鮮がロシアに弾道ミサイル40発を供与し、ミサイル部隊約90人の派遣を開始したとの情報も得ており、両国の軍事協力が加速している可能性があります(本コラムでたびたび取り上げていますが、露朝は2024年に事実上の軍事同盟である包括的戦略パートナーシップ条約を結び、北朝鮮兵約1万5000人をロシア西部に派遣して戦闘や復興作業に参加させていますが、北朝鮮兵の戦死者は2000人を超えたとの情報があります。韓国の情報機関傘下の国家安保戦略研究院は、北朝鮮が2023年~25年末にかけての武器供給と派兵の対価として最大144億ドル(約2兆2800億円)の外貨収入を得る可能性があると推計、北朝鮮に戦争特需がもたらされていると推定してきましたが、ウクライナ人研究者のオレナ・グセイノバ氏の分析によれば、ロシアから北朝鮮に移転やその合意が確認されたのは食料や石油、戦闘機など総額4億~12億ドル相当にとどまっているといいます。北朝鮮が不平等な関係を甘受している理由について、同氏は「経済的見返りよりも戦略的な利益を重視している可能性がある」と指摘、露朝協力の拡大により、北朝鮮は中国への依存を減らし、外交や経済、戦略的行動の余地を広げられることを優先していると考えられます)。ゼレンスキー大統領は、北朝鮮がロシア軍との協力を通じて現代戦の経験を積むことで「アジア諸国にとっても脅威になる可能性がある」と警告、北朝鮮と対峙してきた韓国に対し、ウクライナと緊密に協力するよう呼びかけ、防空システムで支援を得たいと語っています。一方、韓国国防省は、北朝鮮がロシアへの追加部隊派遣に向けた準備を続けているものの、派兵が差し迫っている兆候は確認されていないと述べています。また、北朝鮮の金総書記の妹、金与正党総務部長は、この主張を否定しています。韓国国会議員は、北朝鮮は短距離弾道ミサイルを含む兵器システムをロシアに供給し続けていると説明、北朝鮮がロシアに供給した砲弾は、152ミリ砲弾換算で1500万発以上と推定されるとし、戦争で使用された北朝鮮製ミサイルは、戦場データに加え、ロシアからの技術的助言や部品支援を通じて精度が向上した可能性があると指摘しています。また、韓国との紛争で使用を想定しているとみられる北朝鮮の一部弾道ミサイルや多連装ロケット砲の開発が完成に近づいているとの見方も示しました。また、韓国国防省は、米領グアムに到達可能な北朝鮮の中距離弾道ミサイル「火星12」について、実戦配備に向けた準備が進められていると分析しています。一方、北朝鮮の大陸間弾道ミサイル(ICBM)は米本土に到達する飛行能力を有するものの、これまでの試験発射が全て、発射角度が高い「ロフテッド軌道」で行われてきたため、弾頭の大気圏再突入を含む主要技術は検証されていないといいます。
北朝鮮の核問題をめぐる様相はこれまでとは異なりつつあります。2026年9月2日付朝日新聞で、南山大の平岩俊司氏は、現状を解くキーワードは「覚悟」だと語っています。「北朝鮮の核保有を前提にした交渉の必要性を訴える声は、核の番人であるIAEA(国際原子力機関)のグロッシ事務局長はじめ、いろいろなところから出ています。米国のトランプ大統領は繰り返し北朝鮮を核保有国だと言っていますし、日本や韓国でも現実的な対応を求める声は多い。ただ注意すべきは、NPT(核不拡散条約)体制下で認められた核保有国ではなく、事実上の核保有国という点です」として、日本などが北朝鮮の核保有リスクを過小評価してきたことこそが、今のこの北朝鮮を生み出してきたのではないかと指摘しています。「三つの過小評価があったと考えています。『北朝鮮の権力体制の強靱(きょうじん)性』『技術力』そして『プライド』。あんな貧しい国の独裁体制が長続きするはずなどない、との思い込みがあった。北朝鮮の核開発凍結などを盛り込んだ94年の米朝枠組み合意も、核保有を止めるチャンスでした。しかし、当時の米国は北朝鮮の体制が続くはずがないと考え、真剣に向き合いませんでした」、「核ミサイルを開発する技術もないと見ていた。そしてプライドは『覚悟』と言い換えてもいいでしょう。どんな厳しい圧力も、北朝鮮の核開発の野心をくじくことはできませんでした」との指摘は考えさせられます。
国際原子力機関(IAEA)は北朝鮮が新たに稼働したとして2026年6月に写真を公開した核物質の生産工場について、北西部寧辺で建設していたウラン濃縮施設と同一だと結論付ける報告書をまとめました。寧辺で二つ目のウラン濃縮施設としています。北朝鮮は施設の場所など詳細を公表していません。IAEAは北朝鮮が2021年以降、ウラン濃縮能力を拡大させているとして「深刻な懸念」を表明していますが、報告書によれば、新施設は2階建てで、2024年12月に建設開始を確認、2025年6~10月に電力供給が始まり、同11月までに全ての建物の外装工事が完了したとみられています。IAEAは新施設の衛星画像と、北朝鮮が公開した施設の写真を比較し、同一だと断定しました。北朝鮮メディアは2026年6月、金総書記が現場を視察し、「兵器級核物質の生産能力が従来の2倍超に達した」と述べたと報じ、多数の遠心分離機が並ぶ写真も公開しました。北朝鮮は2009年にIAEAの査察官を追放し、IAEAは北朝鮮で検証活動を実施できない状態が続いています。
韓国国防省は、北朝鮮が南北軍事境界線の北側で進める地雷埋設などの「要塞化」の工事が2028年頃に終わるとの見通しを示しました。小型核弾頭を搭載できるとされる短距離弾道ミサイルの前線配備の準備も進んでいるとし、韓国軍が警戒を強めています。北朝鮮は、金総書記が2023年12月に韓国を「敵対国」と位置づけた後、2024年4月から軍事境界線付近で地雷埋設や鉄条網設置などを進めてきました。同年10月には、南北を結ぶ線路や道路の北朝鮮側を爆破、韓国に軍事的圧力を加えるとともに、脱北を防ぐ狙いがあるとみられています。報道によれば、北朝鮮は軍事境界線(約250キロメートル)のうち、約90%で視界確保のための樹木伐採作業を終え、30~60%で地雷埋設や鉄条網設置などを完了、前線では、北朝鮮が小型核弾頭「火山31」を搭載できると主張する短距離弾道ミサイルの一種で、600ミリ口径の新型多連装ロケット砲を配備する準備も進んでいるといいます。射程は約400キロメートルで、前線に配備されれば、離島を除く朝鮮半島全域が射程圏となります。韓国軍はAIを活用した警戒システムや多連装ロケットシステム「チョンム」の配備などで備えを進めており、国防省は、北朝鮮の要塞化工事が休戦協定に反するとみて、在韓国連軍司令部と共同調査する方針を示しました。また、北朝鮮外務省は、トランプ米政権が韓国へのミサイルおよび関連装備品売却を承認すると決定したことを非難し、さまざまな分野での敵対行為に対し「強力かつ直ちに」対応すると表明しています。米国務省は最近、韓国に対し空対空戦術ミサイル「AIM─9Xサイドワインダー」および関連装備品1億2500万ドル相当を売却する方針を承認、北朝鮮外務省報道官は、これが自国の安全保障環境に対する「新たな脅威」になると指摘、「米国が常に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に対して敵対的であることをあらためて明確に認識した」と述べています。また北朝鮮の人権状況の記録や情報収集の活動に米国が資金を提供する計画について、社会システムの不安定化を狙った工作の一環だと批判しました。報道官は、米政権が今年、韓国に戦闘能力強化を促す一方で、最新鋭の空対空ミサイル、海軍用ヘリコプター、攻撃用ヘリコプター、精密誘導爆弾など、さまざまな兵器システムの売却を承認したと指摘し、「アジア太平洋地域で米国とその同盟国の軍事的一体化が加速する中、米の韓国への武器売却が地域の安全保障環境に与える悪影響を見過ごすことはできない」とし、北朝鮮はこうした脅威を認識しており、さまざまな領域における敵対行為に対して「深刻かつ即時的、強力な対応」を取るとしています。
防衛省は2026年8月20日、北朝鮮から弾道ミサイルの可能性があるものが発射され、すでに落下したとみられると発表しました。首都平壌付近から短距離弾道ミサイル10発余りが発射され、東海(日本海)に向けて約300キロメートル飛行したといいます。韓国国防相は、短距離弾道ミサイルは600ミリ多連装ロケット砲「KN―25」とみられると説明、韓国との事実上の国境である軍事境界線付近に配備される可能性があり、以前から動向を注視していたといいます。「KN―25」について、北朝鮮は戦術核弾頭を搭載できると主張、国防相は、北朝鮮が核弾頭を80─120発保有するとの見方を示しました。韓国の専門家は今回の発射について、前日に金与正氏が発した警告が「言葉だけではない」と強調する狙いがあったようだとの見方を示しました。米韓合同軍事演習への反対や、北朝鮮の核兵器を巡る最近の議論への不満、北朝鮮の安全保障問題を外部勢力が臆測することへの警告など、複数の目的があった可能性が高いと指摘、「北朝鮮の安全保障に関する問題は北朝鮮が決定するというメッセージだ」と述べ、改良したミサイルシステムの試験も目的だった可能性があるとしています。
北朝鮮が日本への批判を激化させています。2026年8月に入り、国営の朝鮮中央通信(KCNA)で日本を直接的に批判する報道は既に10回にのぼり、金与正氏も2度にわたり対日批判の談話を出しています。日本と対立を深める中国の習近平指導部と連携する狙いがあるとの見方も出ています。北朝鮮は外務省局長や報道官の談話、朝鮮中央通信の「論評」などの形で、高市早苗政権を繰り返し批判しています。問題視しているのは主に、防衛費増額や武器輸出の解禁のほか、「非核三原則」の見直しの検討や安全保障関連3文書の改定への動きなどで、。金与正氏は談話で、こうした点を踏まえ「日本の無分別な軍事的膨張の企てを潜在的な脅威として深刻に注視している」と指摘、北朝鮮軍が日本の脅威を抑止し、制圧することを「軍事戦略の一環と見なし始めている」と踏み込みました。北朝鮮は以前から日本の安保政策や歴史問題などで日本を批判してきましたが、それが激化した契機は、習国家主席が2026年6月、7年ぶりに北朝鮮を訪問したことだとみられています。習氏は訪朝に際して朝鮮労働党機関紙「労働新聞」に寄稿し、日本を念頭に「軍国主義の復活」に反対すべきだと強調、平壌での金総書記との会談で戦略的な協力関係を発展させることで一致しました。北朝鮮の対日批判の激化には、中国との連携を深める狙いがあるとみられています。韓国の専門家は「(北朝鮮は)中国と同じ船に乗っていると誇示することが軍事的、外交的に実益があると判断している」と指摘しています。一方、金与正氏は、トランプ米大統領の指示で米韓合同軍事演習の縮小が決まったことに関し、韓国を嘲笑する談話を発表しました。「最もやりたかった『戦争遊び』ができず(韓国が)ぶざまな姿になった」と言及、韓国の李在明大統領が、トランプ大統領の演習縮小の決定に敬意を表しながらも、「自主国防」を唱えているとして、行動と発言が一致していないと批判しています。
その他、北朝鮮リスクを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。
- 北朝鮮は、米国の敵視政策に変わりはないと指摘し、核戦力を引き続き強化すると表明しました。外務省報道官の談話は、米国が北朝鮮の「完全な非核化」に固執し、同国の人権状況を批判し、日韓との合同軍事演習を計画していることなどを通じて対決姿勢を維持していると非難、「トランプ政権は、北朝鮮の主権、政治体制、安全保障上の利益を不当に侵害する不変の敵視政策を完全に再確認した」とし、北朝鮮の核兵器は「主権を防衛するための絶対的な保証」であり、米国の度重なる非核化要求によって核保有国としての地位が弱まることはないとし、地域の緊張緩和を期待するのは「無意味」だと述べました。また、北朝鮮の対米政策にも「変更はない」としました。韓国軍によれば、日米韓は9月上旬、核・ミサイルの脅威に対する連携強化を目的とした演習「フリーダム・エッジ」を実施する予定としています。
- 北朝鮮の朝鮮労働党の中央軍事委員会は重要会議を開き、党軍事委員会副委員長に朴正天氏を充てる人事を決めました。党軍事委の委員長は金総書記が務めており、副委員長はナンバー2として軍を統括する役割を担います。朴氏は2026年2月の党大会で引退したとの見方が強かったところ、要職に復帰しました。金総書記は7月に汚職を摘発したと明らかにするなど軍の引き締めを図っており、朴氏の復帰もこうした動きと関係している可能性があります。また重要会議では努光鉄国防相を解任し、後任に金成基軍総政治局長を任命、努氏は党軍需工業部の第1副部長となりました。7月に軍の総政治局組織副局長による「特大型不正・腐敗事件」が発覚、問責された可能性があります。組織副局長は権限を悪用した不正蓄財や収賄の罪に問われ、裁判所で刑罰を言い渡されたといい、金総書記は「規律建設路線に挑戦した政治的犯罪だ」と糾弾し綱紀粛正を求めていました。
- 北朝鮮外務省は、公式ホームページで声明を発表し、駐英国大使を代理大使級に格下げしたと明らかにしました。英政府は2026年5月、ロシアのウクライナ侵攻にからんで北朝鮮のキャンプ場を制裁対象に加えており、これへの対抗措置とみられています。英国政府は、ロシアがウクライナの占領地から連れ去った若者らを北朝鮮南東部の「松濤園国際少年団キャンプ場」での行事に参加させ、思想教育を受けさせている疑いがあるとして、このキャンプ場を制裁対象にしました。北朝鮮は「事実無根だ」と激しく反発、直後に駐英大使を召還し、臨時代理大使が代わりを務めてきました。北朝鮮外務省は声明で、制裁措置に対して「政治的な挑発行為だ」と主張しています。
- 韓国の情報機関・国家情報院傘下の国家安保戦略研究院は、北朝鮮・朝鮮労働党の規約改正について、金総書記の下でより中央集権的な統制の基盤を築くものだとする報告書を公表しました。2026年2月に開催された第9回党大会で採択されたこの改正により、金総書記の権限が強化され、国家および軍に対する党の統制がさらに制度化されたといいます。同規約は党総書記に対し、政治局および政治局常務委員会の招集・主宰、主要幹部の任命・解任、党員の入党・除名、党組織や部門の解散といった明確な権限を付与、報告書によれば、これにより、金総書記は党の集団意思決定機関に依存することなく、より直接的に統制できるようになりました。また、金総書記の祖父である金日成氏や、父である金正日氏の功績に関して残っていた文言が削除され、金総書記の中心的な役割が強調されているといいます。また、今回の規約改正では、序文にあった「統一」に関する記述が削除されており、金総書記が進める「二つの国家」路線が反映されたことが判明しています。3月の最高人民会議(国会に相当)での憲法改正で、「祖国統一」や「民族大団結」など南北統一に関する記述は削除されていましたが、憲法より上位の統治規範とされる党規約での削除が確認されたのは初めてとなります。
戦後の北朝鮮帰還事業を巡って北朝鮮政府への損害賠償が確定したことに伴い、原告側が、北朝鮮資産の差し押さえを横浜地裁に申し立てました。原告側によれば、横浜市中区の海上保安資料館にある工作船や遺留品は国が保管しているため、北朝鮮政府の所有権に基づく国への返還請求権を差し押さえるという申し立て内容です。帰還事業を巡っては、北朝鮮に渡り過酷な生活を強いられたとして、脱北者ら4人が北朝鮮政府に計4億円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁が2026年1月、計8800万円の賠償を命じました。地裁は事業の違法性を認め、北朝鮮が「地上の楽園」などと虚偽の情報で渡航させ、出国を許さなかった一連の行為を「継続的不法行為」と判断、北朝鮮側は訴訟で答弁書などを提出せず、判決も双方が控訴せず確定しています。
日本本土への弾道ミサイル攻撃を想定した住民避難訓練は開始から約10年が経ちますが、大都市部では実施が進んでおらず、有事に備えた実効的な体制構築に課題が残っています。訓練実施をためらう背景には、「いたずらに危機感をあおるべきではない」との批判や、地域ごとの複雑な事情があるとされます。例えば米軍基地のある政令指定都市では、基地問題を巡る地元の反発や住民の忌避感が強く、住民を巻き込む避難訓練を行えない状況が続いています。近隣自治体がJアラートのサイレン再生訓練を計画した際に地元議員が抗議に訪れるなど、政治的・社会的摩擦も訓練実施の障害になっているため、当面は図上訓練で職員の技能向上を図るにとどめる自治体もあります。東京23区では2025年4月1日までに地下の緊急一時避難施設(シェルター)が都内で国内最多の821カ所に指定された一方、住民を対象とした実地避難訓練は国との共同・単独を合わせても2025年度末時点で8区にとどまり、千代田区など中枢部では単独・共同いずれの訓練経験もない状況です。千代田区では「頑丈な建物に勤務する人が多く、別の場所に避難する必要性が薄いのでは」といった認識が示されるなど、職場や施設の性格も訓練の実施状況に影響しているようです。対照的に江戸川区は国や都と共同で訓練を行い、模擬Jアラート音声やエリアメールで住民に通知して屋外の約60人が地下駐車場へ避難する実動を行い、ノウハウの共有や住民啓発の必要性を確認しています。国と自治体の共同訓練は2016年度に開始され、北朝鮮の核実験やミサイル落下を受けてJアラートへの理解を深める必要性が高まったことがきっかけでした。2024年5月までにJアラートは計11回発令され、主に北海道・東北・沖縄の地域が対象となり、沖縄県は6回と最多となりました。国は自治体とともに年間30~40件程度の訓練を行っていますが、訓練の理解や参加は十分とはいえず、産経新聞の調査では、2016年度~2025年度に計147件の共同訓練が実施される一方、東京23区と政令市計43自治体のうち約7割に当たる29自治体で共同訓練の実施経験がなかったといいます。うち一部は単独で訓練を実施した事例もあるものの、首相官邸や国会が集中する地域での訓練実績はありませんでした。訓練の法的位置づけも課題を助長しています。シェルター指定は国民保護法に基づいていますが、訓練の実施は法的拘束力のない努力義務であり、参加も任意であるため、自治体や住民にとって優先度が低くなりやすいのが実情です。都市部ではシェルターの分かりやすい周知や施設側の協力確保が重要となりますが、限られた人員や予算、地域特有の政治・社会的事情のため本格的な訓練に割ける余力がない自治体も多く、ある政令市の担当者は、自然災害に比べてミサイル被害の現実感が乏しい点を挙げ、小規模都市が人的資源を割いてまで訓練を行うのは難しいと述べています。専門家は訓練義務化の難しさを指摘しつつ、国主導の訓練強化と自治体が自主的に取り組める環境整備の必要性を訴えています。元東京都危機管理監の田辺揮司良氏は、訓練は個人や組織の対応能力向上が目的であるため現段階での義務化は難しいものの、国の訓練強化に加えて自治体が自主的に動きやすい体制づくりが急務だと述べ、海外の例を参考にして広く国民が参加する一斉で短時間の実践的訓練の導入や、都市部でのシェルター周知と施設側協力の確保を求めています。有事における民間側の「民間防衛」体制の構築は自衛隊など軍事的対応に加え不可欠であるものの、現状では法的裏付けの乏しさ、地域ごとの政治社会的障害、住民の危機意識不足、自治体の人手や資源制約などが重なり、特に大都市部での実効性ある避難訓練の普及には依然として大きな課題が横たわっているのが実情です。
3.暴排条例等の状況
(1)暴力団排除条例の改正動向(山口県)
山口県は、暴力団を取り締まる山口県暴力団排除条例(暴排条例)を改正する方針です。山口県内6市の歓楽街を暴力団排除特別強化地域に定め、暴力団員へのみかじめ料の受け渡しなどを禁止するもので、2026年9月開会を予定する県議会定例会に条例改正案を提出し、12月施行を目指すといいます。報道によれば、暴力団排除特別強化地域には、岩国市のJR岩国駅西側の麻里布町の一部や周南市のJR徳山駅周辺の銀南街、山口市の湯田温泉1~4丁目などの歓楽街が対象として指定され、風俗や飲食店の営業者と暴力団員がみかじめ料や用心棒料を受け渡すことを禁じ、違反した場合、双方に罰則(1年以下の拘禁刑か50万円以下の罰金)を科すものです。また、暴力団事務所に対する規制強化では、学校や児童福祉施設などの現行の保護対象施設に加え、国や自治体が設置する都市公園の周囲200メートル区域内で事務所の開設、運営を禁止、さらに都市計画法で定められた住居、商業、工業の3用途地域を事務所の開設禁止区域とするほか、正当な理由なく18歳未満の青少年を事務所に立ち入らせることも新たに禁じるものです。本改正の内容は、全国で相次ぐ暴排条例改正の動きに準じており、全国の自治体の規制のあり方が統一される流れは評価できるものです。
(2)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(沖縄県)
沖縄県警那覇署は、指定暴力団の威力を示して不当債権取り立て行為を行ったとして、暴力団対策法に基づき旭琉会二代目功揚一家構成員に中止命令を出しています。また、不当債権取り立て行為を助勢したとして、構成員の男性と面識のある自営業の男性にも中止命令を出しています。
▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)
暴力団対策法第九条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「六次に掲げる債務について、債務者に対し、その履行を要求すること」が規定されています(本件では、そのうちどの類型に該当するか不明ですので詳細は割愛します)。
なお、自営業の男性については「準暴力的要求行為」と認められたものと推察されますが、準暴力的要求行為とは、指定暴力団員以外の者が、指定暴力団員の行う暴力的要求行為と同様に、暴力団の威力を示して暴力団対策法第9条に掲げる不当な要求行為(27類型)を行うことをいいます。暴力追放兵庫県民センターの解説によれば、準暴力的要求行為を行うことが禁止されているのは「暴力団対策法に基づく命令を受けた者等一定の暴力団周辺者」、「元指定暴力団員」、「指定暴力団への利益供与者等」であり、指定暴力団員が他人に対し、準暴力的要求行為を要求したり、依頼したり、唆したり(教唆)、助けたり(幇助)しても規制の対象となります。
(3)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(新潟県)
新潟県警組織犯罪対策課は、新潟県長岡市在住で六代目山口組傘下組織組長と、同市在住で会社員の男に対し、暴力団対策法に基づく中止命令を発出しました。報道によれば、組長は、長岡市内の飲食店で50代男性に対し、自身が所属する指定暴力団の威力を示して不当な要求を行い、会社員の男は現場でその行為を助勢したといいます。この事件を巡っては、2人が男性を暴力団が関与する露店で働かせようと、「俺の顔を潰す気か」「断るならお前の会社を潰すぞ」などと迫ったとして、2026年8月に強要未遂の疑いで逮捕されていました。男性が要求に応じず警察に届け出たため、未遂に終わったものです。
暴力団対策法第九条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「二人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること」が規定されています。そのうえで、第十一条(暴力的要求行為等に対する措置)において、「指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。なお、会社員の男については、前述のとおり「準暴力的要求行為」として中止命令が発出されたものと考えられます。


