SPNの眼

危機管理おやじのつぶやき コンプライアンス最前線~2013年の企業不祥事から学ぶこと~(2013.12)

2013.12.04
印刷

はじめに

 2013年もあと残すところ一か月となりましたが、アベノミクス効果もあって、緩やかながら経済が景気回復に向かう中、今年も多くの企業不祥事が発生(あるいは発覚)しました。

 最近の不祥事事案の特徴としては、「不作為型」のコンプライアンス違反である点が挙げられます。そして、その「不作為」の背景には「やるべきことをやらない」「見て見ぬふりをする」といった土壌(企業風土・社風)が大きく影響しているように思われます。今回はこの「不作為」によるコンプライアンス違反について、つぶやいてみたいと思います。

1.2013年不祥事事案の検証

 今年発生(発覚)した主な企業不祥事とその背景・要因については、次のようなものが挙げられると考えています。

(1)化粧品会社の白斑問題

 顧客や医師から端緒情報の提供があったものを、組織的に「放置」したことが、事態の早期把握や対策の遅れ、被害の拡大を招いてしまったものと評価できます。

(2)鉄道会社による一連の安全を揺るがす問題

 保守管理現場において、慣習・慣行にどっぷり浸かり、運用の改善を怠ってきたことや、国土交通省の監査に対して「会社のため」としてデータの改ざんなども行われるなど、(複雑な組織の生い立ちが背景にあるため)健全なコンプライアンス意識が組織に定着していない状況が放置されてきたことが根底にあると考えられます。

(3)金融業界における反社会的勢力への融資問題

 難しい論点が多々ありますが、反社会的勢力との関係を認知していたにもかかわらず、「結果的に」「放置」してきたと見なされてしまってもやむを得ない点があります。

(4)有名ホテル等のメニュー誤表示・表示偽装問題

 それ(偽装)が問題だという意識が関連業界や各組織内において低かったこと(社会の目をふまえた自己批判・改善をしてこなかったこと)、また、この問題の背景にある、調理場等の現場における慣習・慣行に何らメスを入れてこなかったことも問題と言えます。さらには、一流といわれているホテルですら、社内で問題把握しながらそれを公表せず、取材に対しても「ありえない」と回答するなど、意図的な隠ぺいの疑いすら持たれており、経営トップ以下組織全般におけるコンプライアンスの機能不全が顕著なケースも見受けられました。

(5)バイトテロ(SNSへの不適切投稿)問題

 SNSを巡る同様の事例が数年前から多発し、リスクとして認識していたにもかかわらず、組織内でSNS利用ルールの明確化や注意喚起、研修等のリスク低減策を行ってこなかったものと考えられます。

 さらに、これらの不祥事は、各企業の「本業(生業)」に関わり、また、「安心・安全」に関わるコンプライアンス違反であり、「致命的」なダメージにもなりかねない事案である点も共通しています。

 今回は、これらの事案から、金融機関における反社会的勢力への融資問題について、当社の得意分野でもありますので、もう少し具体的に検証してみたいと思います。

 まず提携ローンの窓口であるクレジット・信販事業者にあっては、「疑わしい場合は確認すべき」とする暴力団排除条例(暴排条例)の要請すら、「日常的な消費を妨げる(日常用品の小さな買い物であれば暴力団が利用しても問題ない)」「一部の不良顧客の問題なのに、問題のないその他大多数の人間に迷惑がかかる」との(意図的とも取れる)縮小解釈・問題のすり替えに基づき、反社会的勢力の関与について特段の注意を払うことなく、業務を促進してきた現実があります。これらは、もっともそうな理屈にも聞こえますが、明らかに自己都合(不作為の正当化)に過ぎる解釈であり、社会情勢の変化をふまえ、やらなければならないことをやらずに(意図的に避けて)「放置」してきた不作為に他なりません。

 一方、某メガバンクも、当初は暴排条項もなく「(約定弁済している正常な債権であり)即刻解除は難しい」「継続監視」との取引可否判断を行っていたと推測されますが、本来は、関係排除に向けて、例えば「暴排条項がない」「正常債権(約定弁済)」「警察への照会結果もほとんど該当がない」などの法的根拠が希薄であることや「属性認定(今現在も反社会的勢力に該当するか)の正確性」、「期限の利益の喪失の適法性」といった訴訟リスクなど、あらゆるリスクや社会の要請をふまえて排除に踏み込むべきかを常に検討し続けるべきであったと言えます。また、関係省庁に対する報告や開示・公表等において、「レピュテーション」を意識した「高度な説明責任」が求められるにもかかわらず、それらが欠落した対応により、意図的な「放置」とみなされかねない状況になってしまったように思われます。

 このように、何が何でも反社会的勢力との関係は絶つべしとする「社会の要請」と、法的リスクや反社会的勢力の不透明化といった点を踏まえれば一定の限界があるとする「反社会的勢力排除の本質的意味」、さらには、限界があると説明しうるだけの民間として出来る最大限の努力を講じてこなかった「企業実務」との間には大きなギャップがあるのが現実です。

 したがって、まずは、「経営判断の原則」に基づき、経営陣は「経営判断の前提となる事実認識の過程における不注意な誤りに起因する不合理がないか」「事実認識に基づく意思決定の推論過程および内容の著しい不合理がないか」についても十分配慮した判断が必要であり、事実認識に「手を尽くしたか」(十分な調査をしたか)、「正しい判断をしたか」(議論のあり方等含む)に真摯に取り組むべきだと言えるのです。

 しかしながら、その判断が適正かどうかを判断するのは、判断した時点(過去)の社会の目ではなく、時系列的に後となる「現時点の社会の目」と言えます。言い換えれば、将来の社会動向を読んで判断せよということではなく、その時々の「社会的要請」や「社会的使命」を踏まえて、過去の判断が現在でも妥当するものなのかどうか、現時点における過去の判断の正当性評価を絶えず行っていくジャッジメント・モニタリングが、社会的要請への適合性を求める「コンプライアンス」の本質として内在化されているのです。過去の判断の正当性の検証を「行わず」あるいは「正当化して」、現時点における修正・改善・対応をしなかったことが「不作為(=問題の放置)」と評価されるのです。

 見方を変えて社会から企業への視点から言い換えると、その間の社会情勢の変化に対しての「不作為」(現時点のあるべき論に基づき、これまで何故それをしてこなかったのかとの不作為)といった形でマスコミをはじめとする社会の批判に晒されることまで認識(保有リスクとして)して、その判断のあり様が、常に適切かどうかを自己批判し続ける姿勢、すなわち、不作為とは真逆の企業姿勢が問われるのであり、そうしない限りは「説明責任」を果たすことができないという点についても認識する必要があると言えます。

 その結果、「社会の要請に応える=レピュテーションを守る」ことが、一時的な損失(反社会的勢力融資の問題で言えば、正常債権の棄損=株主等ステークホルダの利益に反する結果)より優先させる場面もあること、とはいえ、最終的には「ステークホルダの利益に資する」ことを、丁寧かつ説得力のある説明すること(会社としての改善・修正力があることをアピールすることを含めて)が求められるのです。

2.不作為を乗り越える

 このように、社会情勢の変化に適合すべく努力をしてきたか(手を尽くしたか)が問われる中、常に当事者意識と危機意識をもって、その判断やこれまでの取組みが十分なものであったかをモニタリングしていくことが必要となっています。

 社会情勢の変化をふまえた適切な対応をしてこなかった不作為については、取締役の忠実義務・善管注意義務違反ともなりかねない極めて重要なリスク管理事項であり、最後に、この不作為を乗り越える組織のあり方について考えてみたいと思います。

 コンプライアンスを重視する経営は今や当然のことではありますが、実は、「不作為」の背景には、「やってはいけないことはやらない」という、厳格なコンプライアンス意識・組織風土があったのではないかと思われます。意図的でなく「誤ってやってしまったこと」「よかれと思ってやったこと」までが処罰の対象になってしまうような運用(厳罰主義)は「やらない方がまし」「そんなリスクを冒す必要はない」「言われた通りにやっていれば問題ない」「余計なことはしない」いった意識を生みだし、それが組織全体に蔓延すること(コンプライアンスの徹底により委縮した状態)となり、その結果として「不作為」を生む土壌を生成させてしまうのではないでしょうか。

 つまり、コンプライアンスを強化(厳格化)して仕組みやルールを強固にしていくことによって、それに安住・依存する体質、思考停止の状況が、「不作為の横行」「自浄作用が働かない」という「不作為の連鎖(ネガティブ・スパイラル)」を招き、企業不祥事の土壌を作り上げてしまっていると推測されるのです。コンプライアンスの本質が、過去の基準や判断が、現在の社会的要請に適合するのか、その正当性を評価し、改善・修正していく点にあることを正しく認識しておかないと、過去の判断の修正を躊躇して問題を放置し、より一層社会的要請との乖離を助長したり、古い価値観や判断基準に基づき作られた社内の仕組みやルール・マニュアルを金科玉条のごとく振りかざす「形式的コンプライアンス」の罠に陥るリスクを秘めているのです。

 コンプライアンスの本質を、現時点での価値判断で「正しいことを正しく行う」ことと言い換えれば、その意味は、組織の意思決定・行動が以下のような状態にあることだと言うことができます。

①個人の「常識」「良識」「見識」「知識」や「社会規範」にマッチして違和感がないこと

②個人のリスクセンスが社内で働くこと(社外の目を持ち続けられること=「世間の常識は社内(業界)の非常識」と麻痺していないこと)

③個人の自発性や感情・感覚が組織運営に反映されること

 そして、ここに見られる個人の自発性が健全に発揮されるためには、自己批判・相互批判も含め「多様性」や「柔軟性」を意識した組織作りの視点が必要となるのです。

 不祥事を未然に防ぐためには、常に手を尽くして(民間企業として最大限の努力をしながら)、「リスクの端緒の把握に努める」「問題を見つけにいく」「問題の解消を図ろうとする」姿勢、すなわち、「正しいことを正しく行う」という当たり前のことが重要となりますが、それを不断に実行するのは容易ではありません。

 不祥事発生後の第三者委員会等における調査結果を見ても、問題を「ルールや仕組みの脆弱性」や「当事者意識の欠如」に収斂させるケースが多いのですが、もう少し踏み込んで「やるべきことをやらない」「見て見ぬふりをする」といった「不作為」を許す土壌(社風)についても指摘し、「形式的コンプライアンス」至上主義についても警鐘を鳴らして欲しいものです。

 役職員の自発性を高めて、「正しいことを正しく行うこと」を通じて、不作為の連鎖(ネガティブ・スパイラル)の発生を未然に防ぐことや、不作為によって発生するリスクについても十分に意識した危機管理体制構築を押し進めて、不作為を乗り越えられる強い企業がたくさん出来ることを切に願っています。

 そして、今回のメガバンクの反社会的勢力への融資問題についても、「属性認定(今現在も反社会的勢力に該当するか)の正確性」「期限の利益の喪失の適法性」などの諸問題がある中、今すぐに取引が解除できない事情もあるとはいえ、それを理由に放置せず、アンテナを高くして多角的に反社情報の収集と適切な管理、解消への対応に向けた取り組み姿勢を明確に掲げ、実践し、「反社会的勢力を潜り込ませない」反社に強い組織を作ることこそが、不作為を乗り越えることにつながると信じています。

終わりに

 当社のミドルクライシス理論は、回避不可能なクライシスではない「(既に顕在化している、もしくは今正に顕在化しつつある)若干の危機の発生」を見逃すことなく対応し、あわせて「過去に発生した危機のうち、自然消滅した事象」を含めて再検証し、その危機が発生しないための回避行動をも含む概念ですが、その実践(ミドルクライシス・マネジメント)は、まさに不作為やその連鎖に陥っていないか、問題発見のための組織運用のあり方、言い換えればコンプライアンスの本質的な要請を踏まえたものです。これは、PDCAサイクルに代表されるマネジメントシステムにも共通するものですが(ミドルクライシス・マネジメントの考え方からは、モニタリング、すなわち「CHECK」のプロセスが基点になりますので、PDCAサイクルは、CAPDサイクルに言い換えられますが)、健全なる批判的思考をもち、社会の要請の変化を意識したミドルクライシス要因の抽出と対策が重要となるのです。

 私どもは、今後も、企業危機管理を弛まぬ自己研鑽を通じて企及し、微力ではありますが、皆さまのお役に立てればと思っております。

 2014年が皆様にとって素晴らしい一年となりますよう祈念いたしております。

危機管理おやじ

Back to Top