SPNの眼

企業として押さえるべき、カスタマーハラスメント対策~VOL.1

2019.10.09
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1.はじめに

 カスタマーハラスメント。厚生労働省の職場のハラスメントに関する研究会報告書でも提言された概念である。昨今、顧客によるわがままな行為、自己主張のごり押し、従業員への暴言・暴行等の行為により、対応する従業員が心身ともに傷つけられる事態が相次いでいる。相変わらず跡をたたない、悪質・危険な煽り運転の事例なども同様の文脈で理解できるが、自己主張・自己中心的な反社会的行為が目にあまる状態になり、企業としても、これらの事態への対策に頭を悩ましている。

 先日、AERAの取材でもテーマとなった電凸や何かあればSNSや掲示板のコメント欄にけしからんと投稿したり、無関係の人を名指して犯人と決め付けてSNSで拡散させたりと、似非正義を振りかざしながらの傍若無人な書き込み等をみると、日本人のリテラシーの低さに呆れるばかりであるが、このような人々が、インターネット空間だけではなく、実生活の中で、同様の感覚で理不尽・不当・頓珍漢な主張や要求を繰り返し、俺は客だと見栄を張る困った人たちによるカスタマーハラスメント等について、今回から3回にわたり、企業として取るべき対策等について紹介していきたい。

 なお、今回のSPNの眼では、不当要求にも負けないための危機管理ノウハウである危機管理的顧客対応指針5か条の解説よりも、組織体制の整備の問題に重点をおいて、解説する。

当社のカスハラ対応サービス

当社のカスハラ実態調査報告レポート

2.危機管理・ロス対策としてのクレーム対応:クレームと不当要求の区別の重要性

(1)クレームと不当要求

 「お客様は神様です」。日本企業では昔からこのスローガンが浸透し、店舗等の現場では、少々のお客様のわがままや理不尽な要求に対応してきた。その伝統が、未だに多くの企業や組織で浸透しており、企業や組織にとってロスでしかないカスタマーハラスメント等の不当要求に耐えている企業が多い。

 クレーム対応に関しても、従来、クレームはお客様の声として、企業経営に生かして顧客満足度の向上につなげていくことの重要性が強調されてきた。SNSの普及・浸透により、レビューサイトやまとめサイト、コメント欄の表示等により、お客様の声が様々な形で見える化されている現代においては、お客様の声としてのクレームを、サービスや商品の改善につなげていくことの重要性は以前に増して高まっている。

 一方で、前記したような困った人たちによるカスタマーハラスメント等の不当要求も激増している。当社が本年5月に実施したアンケート調査でも、カスタマーハラスメントがここ3年間で増えていると回答した顧客対応の担当者は5割を超えており、現場の肌感覚として、カスタマーハラスメントのような不当要求が企業にとっての大きなリスクとして顕在化している。

 当社では、5年以上前から、クレームと不当要求を区別することを提唱している。

 クレームは、サービス商品の改善すべきポイントをお客様が指摘してくれるもので、これに適切に対応することで、顧客満足度や競争力が増し、企業の収益の向上に繋がっていく、分かりやすく言えば、企業にとって「+」(プラス)になるものである。

 一方で、不当要求は不当・過剰・法外な要求、犯罪等に近い行為により自らの要求をごり押ししようとするなど、企業に必要以上の対応を迫るものである。不当要求は、企業の視点でみれば、ロスしか生みません。延々と長時間対応を強いられることによる時間的ロス(機会損失を含む)、払わなくてよい金品を渡してしまうこと、あるいは本来はお支払いいただくべき代金を免除させられる等の金銭的ロス、従業員が理不尽行為を強いられることによるストレス等に起因する精神的ロス、もともとクレーム産業はなかなか人が定着しないと言われるが、カスタマーハラスメントのような不当要求対応を強いられ職場や仕事から解放されたいと担当者が辞めてしまう人材ロス等、企業経営上も看過できないロスを生む。さらに、時間的ロスは、それにより業務遅延や業務遅延による残業の発生、特定のお客様の対応に数時間かかってしまうことで別のお客様をお待たせすることで、それが新たなクレームを生む等の間接的なロスをも生起する。また、ストレスフルな状態のまま顧客対応を強いて従業員がストレスでうつ病等を発症すれば安全配慮義務違反の問題にも発展していく。不当要求は、ロス、すなわち企業にとって「-」(マイナス)になるものである。

(2)クレームと不当要求を区別することの重要性と意義

 日本の企業では、まだまだ、企業にとってプラスとなる「クレーム」と、マイナスを生む「不当要求」を区別せずに、両者を「クレーム」という言葉でまとめしまっている現状がある。この状況だと、そもそもそこに「ロスを生む」等、要求を断る理由がないことから、「クレーム」として、「お客様第一」とか「顧客満足」というスローガンのもと、結局お客様の言いなりになって、本来受け入れてはいけない不当要求に応じてしまう。言いかえれば、不当要求を受け入れてしまうことで、対応すればするほど、ロスを生んでいるという皮肉な状況になっているのである。結局は、言ったもん勝ちのお客様にだけ特別対応をしていることであるから、全体的顧客満足度は向上しておらず、やればやるほどロスを出しており、何のために対応しているのか、ということになってしまう。

 「ロス」を生み出す「不当要求」概念を明確化する意味は、断ることの理由付け、意識付けにある。カスタマーハラスメントが問題化する現代においては、クレームと不当要求を明確に分け、ロスしか生まない不当要求は、効率的に対応し、受け入れないように徹底していくことこそ、企業の危機管理として極めて重要である。

 カスタマーハラスメント対策として、最優先でやるべきことは、経営者や経営幹部が、不当要求は種々のロスを生み、一度受け入れてしまうと、不当要求がどんどんエスカレートして図りしれないロスに繋がることをしっかりと認識すること、そしてそのような不当要求には断固として対応し、受け入れないことを社内で明確に宣言することである。

 私も、クレーム対応のセミナー等において、経営層や管理職が参加する場合、不当要求はロスを生むことを強調し、お客様の言いなりになって不当要求を受け入れてしまうことを戒めている。

(3)先達の英知

 実は、同趣旨のことは、すでに我々の先達が述べている。経営の神様と呼ばれた故松下幸之助氏は、「お客様は王様」という風潮に対して、行きすぎたお客様を諌めていくことの重要性をかなり昔に説いているのである。

 以下、引用する(PHP文庫「商売心得帖」(「名君と忠臣」より))。

 「今から二十二年前、私が初めてヨーロッパへ行ったときのことです。ある大きな会社の社長さんからこんな話を聞きました。

 「松下さん、私は消費者というものは王様であり、われわれの会社はその王様に仕える家来だと考えています。だからわれわれは、王様である消費者が言われることは、たとえどんな無理でも聞かなければならない。それがわれわれの務めである。そういう方針で仕事をしているのです」

 “消費者は王様”という言葉は今でこそわが国でもよく言われますが、なにしろ二十二年も前のことです。私の耳には非常に新鮮に響きました。“なるほど、確かにそのとおりだ。非常に徹した考え方だな”と感心しました。

 しかし、それと同時に、私はつぎのように考えました。昔から王様が家臣や領民のことを考えないと、家臣や領民は喜んで働く意欲を失ったり、ときには窮乏に瀕したりする。その結果、国も困窮してしまった例も少なくない。結局、王様がほしいままに行動すれば、やがては王様ご自身もお困りになるということになります。

 だから、王様の言われることを、何でもご無理ごもっともと聞くことも一つの忠義の現れかもしれませんが、真の家臣であるならば、王様が間違ったことをしないように、ときには忠言を呈しつつ忠勤を励まなければならない。そのためには、ときには王様のご立腹を覚悟の上で苦言を申さなければならないこともあると思います。そのように王様に思いやりのある名君になっていただくように努めてこそ、ほんとうに王様のためを思う忠臣であり領民だと言えると思います。

 最近は、特に消費者としての立場が、ますます重視されるようになってきて、まことに好ましいことだと思いますが、それだけに、ここでいま一度、“消費者は王様である”ということのほんとうの意味を味わってみたいと思います。そして、ともどもに名君となり忠臣となって、国家社会の真の繁栄をはかっていきたいものだと、そう思うのです。」

 まさに卓見である。逆に言うと昔から、王様であるお客様がほしいままに行動するという事例は多々あり、それに企業としてどのようなスタンスで臨むかが、商売の心得であるということをこの当時、既に示唆しているのである。温故知新、「王様の言われることを、何でもご無理ごもっともと聞くことも一つの忠義の現れかもしれませんが、真の家臣であるならば、王様が間違ったことをしないように、ときには忠言を呈しつつ忠勤を励まなければならない。そのためには、ときには王様のご立腹を覚悟の上で苦言を申さなければならないこともある」という一説こそ、経営者が過去の先達から学び実践すべき、カスタマーハラスメント対策の肝であることを改めて認識しなければならない。

3.企業・組織で行うべきカスタマーハラスメント対策の重要事項(まとめ)

(1)「不当要求=ロス」意識の徹底

 カスタマーハラスメントは不当要求でしかない。カスタマーハラスメント対策を進める上で重要なのは、経営トップが、不当要求は「ロス」であることを認識し、そのロスを低減させるために、「不当要求には応じないこと」、「効率的に対応すること」を、社内に明確に宣言することである。

 そして、それを受けて、管理職がクレーム対応の現場で、それを実践することである。「上司出せ」といわれて出て行って、従業員と同じように理不尽なカスタマーハラスメント行為に耐えていては、カスタマーハラスメントは対策は進まない。上司ないし責任者として出て行ったのであれば、「お客様、当社の従業員に対して酷い暴言があったようですので、我々は、これ以上、お客様と話をすることはありません。お客様の行為が度を越えるのであれば、当社は従業員を守ります」と宣言して、断固たる対応をすることだ。

 もちろん、それでお客様が激高して手を上げたりすれば、その時点で止めるように警告し、止めなければ速やかに110番通報して構わない。このようにして、断固としてカスタマーハラスメントに屈しないスタンスで対応することが、重要である。

 断固たる対応をすれば、カスタマーハラスメントを行う者は、態度や行動をどんどんエスカレートさせ、犯罪行為等を行って一線を越えて自滅する。自分で墓穴を掘ってくれるのであるから、焦る必要はない。

(2)不当要求対応の研修の実施

 そして、もう一つ重要なのは、きちんと、不当要求への対応要領を従業員にレクチャーすることだ。カスタマーハラスメント等の不当要求は、前述のように大きなストレスを担当者にもたらす。ストレスフルな業務について、合理的かつ効率的な対応要領を教えず、ただ現場任せにしているようでは、それこそ担当者がメンタル不調になれば、企業としてのやるべきことをやっていなかったとして、安全配慮義務違反が問われる可能性がある。また、そのような職場で働きたいスタッフはほとんどいないことから、ますます人材確保が難しくなり、そもそもその店舗等の運営自体が立ち行かなくなる。これは明らかに経営サイドの失策である。

 不当要求対応は、その勘所を押さえてしまえば決して難しくはない。ただ、あまり多く遭遇しない場面のケーススタディーを数多くやっても、なかなか使いこなせるものではないし、警察OBがよくやるような押さえ込みに近い対応は、SNS全盛のこの時代は、逆にSNSで拡散され、企業価値を大きく損ねる。このような対応は目には目を歯には歯を的な対応にすぎず、コンプライアンスの観点からは大きな問題があるからである。そして、このようなテクニック論は、簡単に使いこなせるものではなく、使い方を間違えれば足元を救われる。まさに「生兵法は大怪我のもと」なのである。

 原理原則を押さえ、相手の手口やロジックを踏まえた合理的な対応方法を従業員にしっかりと研修し、訓練し、さらに実際の対応の際は磐石のサポート体制を組むこと、実はこれが最も合理的かつ効率的にカスタマーハラスメントに対応できる方法論なのである。

(3)危機管理対策費用は、単なるコストにあらず

 不当要求対応の研修しかり、クレーム対応マニュアルの作成しかり、コストがかかるとして、専門家等に頼まず、自社のみで対応しようと企業も依然として、少なからず存在している。担当部門等の現現場が悲鳴を上げているのに、経営層の無理解で内製化し、結果として十分な対策を取れないようでは、カスタマーハラスメントには対応できない。

 カスタマーハラスメントや不当要求を繰り返す人たち、すなわち「敵」は様々な状況で、多くの企業に言いがかりやいちゃもんをつけ、慣れている人が多い。そして多くの企業が、それに対して腫れ物に触るように過剰な対応をし、あるいは目先の対応、その場しのぎの対応で乗り切ろうと不当要求に応じていることで、よけいに彼らに付け入る隙を教え、企業の対応時の弱みを知らせてしまっている。

 昔から、「敵を知り己を知れば、百戦してあやうからず」と言われるが、自社の経験値だけで敵を知ろうとしても、限界がある。それでは結局、敵を理解できずに、「百戦して危うからず」の状況にはならないのである。改めて、不当要求がもたらすロスの大きさに注目しなければならない。

 危機管理の対策では往々にして、当該リスクの本質を見誤り、「コスト」を理由に十分な(あるいは最低限の)対策が行われず、結果として事故やトラブル、ロスとして顕在化させていることが多い。そして、このような場合、その原因は、ほとんどが現場の管理職の管理能力や資質という個人的な問題に「すり替え」られ、管理職を変えるという処置が取られる。結局、抜本的な対策はなかなか取られない。同様に何人か管理職が代わり、一向に問題が改善されない現実を知り、ようやく問題の本質がどこにあるのかを認識するが、時すでに遅し、となる。

 危機管理対策では良くあるこの「悪循環のループ」は、クレーム対応体制の整備やカスタマーハラスメント対策においても同様の様相を呈している。改めて、不当要求はロスしか生まないこと、そして敵は場数を踏んだ熟練者が多く、自社も相応の専門的なノウハウ、知見を蓄積し、現場で戦うための体制を整備して、戦える武器としてのノウハウを使いこなせるように訓練しておくことの重要性を、特に経営層、経営幹部の方々には認識していただきたい。

4.余談:専門性と実践性

(1)玉石混交の専門家

 余談だが、先日、愛知県の表現の不自由展が電凸で中止に追い込まれたことを受けてその対応策について、AERAの取材を受けた。表現の不自由展の展示内容はともかく(そのような政治的・思想的な部分は、当社は一切関与・関知しない)、電凸は昔から行われてきた手法であり、当社でもこれまでその対応を多く支援していることから、当社の知見に基づき、電凸対策を紹介した。

 今回の案件では、税金が使われているのがけしからんというような電凸側の言い分もあり、それは一つの意見であるとしても、電凸は何も公的機関のみに行われるわけではなく、民間企業にも普通に行われる。従って、普遍的な対応方法があり、その一部を紹介したまでだ。

 また、別のマスメディア(現時点で報道前のため、報道機関名の明示は控える)には、カメラを持って企業等に押しかけ、企業の担当者の要旨や声を勝手に撮影して、自分のYouTube等で公表する手法に対する対応策も回答した。いずれも今に始まった話ではなく、古くて新しいテーマなのである。

 上記の取材とは直接関係ないが、このようなテーマの話をする際によく言われるのは、色々な専門家の話を聞いているが、明確な対応方法や腑に落ちる話をしてくれないという悩みである。

 クレーム対応の分野でも専門家は多いが、極めてハードな不当要求等に、民間の立場から正しい対応をしてきた専門家は実は多くはない。コールセンターの経験が長くても、拗れた案件は企業にエスカレーションして、実際には対応していなかったり、警察時代のノウハウや人脈をちらつかせながら対応したり、百貨店やテーマパークなど基本的には御用聞き的な基本方針がある企業等での経験値であったりと、彼らには様々な背景がある。

 専門家を選ぶ際は件数等の実績が重視されがちだが、背景や当時の環境等もしっかりと吟味しておかなければならない。

 こと、クレーム対応や不当要求対応については、当社でも多くの専門スタッフがいる。色々な専門家の話を聞いているが明確な対応方法や腑に落ちる話をしてくれないという悩みを持った方が、当社の話を聞き、それが氷解する場面に立ち会うことは我々としても専門家冥利に尽きる。

(2)危機管理ノウハウの更なる体系化を目指して

 井上ひさし氏の言葉に、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」というのがある。

 当社でも、現場で戦うためのノウハウとしての危機管理的顧客対応指針5か条(以下、「5か条」)を開発し、書籍にて紹介している。幸い多くの読者に指示され、2013年の刊行以降、昨年には新訂版出版することができたが、この5か条の開発は当社の膨大な対応事例を分析し、シンプルなエッセンスを5か条にまとめて整理・体系化したものである。

 クレーム対応に限らず、危機管理の実践ノウハウの体系化・公表についても、井上ひさし氏の言葉のように、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」を心がけ、今後もさらに進めていきたい。

 次回は、カスタマーハラスメント対策のもう一つの勘所、意見と要求の使い分の意義と有用性について、解説したい。

以上

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