SPNの眼

従業員による商品窃取

2021.06.08
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総合研究部 研究員 吉田 基

レジに立つスーパーの店員

1.はじめに

従業員による商品窃取はロスの原因の9.2%を占めるといわれている。被害額という視点では、「万引き」1件あたりの被害額の15倍におよぶという数字もあり、決して軽視できない(小売業における従業員を起因とするロス(1))。当社が支援している企業様においても、安価な商品窃取によっても、発見が遅れることで、相当額の被害が発生している。当社で取扱うケースは様々であるが、約半年間従業員が換金性の高い化粧品を窃取していた事案で数百万円の損害を発生させたケースもある。

本稿では、従業員による商品等の窃取にフォーカスをあてていきたい。多くの小売業において従業員不正対策をお手伝いしている当社の知見がお役に立てば幸いである。

2.従業員不正

すでに述べたとおり、従業員による商品窃取などの不正は、一定数存在する。ここでは、増加傾向にある手口を紹介しておきたい。まず、いわゆるレジスルーというもので、例えば、商品10点をレジに持ち込み、うち8点のみレジ操作を行い、2点は行わず、共謀者に商品を渡すというものである。これは従来より存在する手口で、友人や家族と結託し行われている。しかし、近時ではセルフレジの普及に伴い、従業員が1人でも商品を購入することが可能となる。すなわち、共謀者が不要となる。そして、増加傾向にある理由として、クレジットカード決済や交通系ICの普及により、金銭の授受がなく外形上普通の買い物と同視でき、発見が難しいためと考えられる。従来であれば、商品数と金額が合わず、他の一般顧客から指摘されるケースもあり、端緒情報として有力な情報源であった。

また、「App Store & iTunesギフトカード」や「Google Play ギフトカード」等のゲーム、サブスクリプションサービス、ギフトとさまざまな商品やサービスに利用できるプリペイドカードを窃取する事案も増加傾向となっている。詳細な手口は明らかにすることはできないが、端的にカードとして、支払い機能を維持しながら、売上げの取消操作を行うことである。これにより、会計上、売買はなかったこととなるが、有効に利用できるカードを、不正を犯した従業員は、保有し続けることが可能となる。

以上2つの増加傾向にある手口を簡易ながら紹介したが、小売業における従業員不正の手口や手法は、おおよそ同じである。そのため、その他の小売業の管理者においても上記の手口はなじみのあるものではないだろうか。いずれも定期の棚卸により数量差異(ロス)が発生するので、事後的に不正として発覚することには変わりがない。ただ、発覚が遅れると結果的に原因不明となるケースが増加する。また、不正を犯す側も研究し、その手口の高度化・巧妙化をはかってくる。したがって、店舗側としては常時リスクを想定して対策を検討していくことが必要となり、そのために専門家と連携し対策を講じておくことも一つの手段であろう。それでは、不正はなぜ起こるのか。

(1)不正の多い店舗環境

総じて、従業員による不正が多い店舗は、持ち物検査を行うといったルールが形骸化していたり、商品管理が杜撰であることが、多く見受けられる。

一般論として、監視されているという認識が従業員にある場合には、不正の機会が制限されるので、不正を抑止することが可能となる。しかし、相当数のカメラにより店内の死角をなくし、常時監視している、という店舗においても従業員による不正は発生しているのが現状だ。当然、従業員は防犯カメラが設置されていることを認識しており、見張られているという認識がある。ちなみに、弊社で不正を犯した従業員にカメラの存在について、確認したところ「知っています」との回答をしており、むしろ、このような回答を行うケースが大半である。それにもかかわらず、あの手この手で物品の窃取を試みたり、金銭の窃取を試みる。ここで述べておきたいことは、防犯カメラは、不正の有無の確認や事実確認を行うためには有用であるとしても、従業員による不正を抑止する効果はさほどないということである。抑止効果が乏しい理由はさまざま考えられる。おそらく、複数回にわたり窃取を繰り返しても、直ちに発覚せず、処分がなされることはないので、不正実行者も監視カメラで見張られていたとしても、「ばれない」と考えてしまうのではないかと思われる。

(2)従業員の認識

従業員による不正が多い店舗というのは、来店客の多い店舗である。一見、来店客数と店舗側の人間による不正の数は因果関係が無いように見える。しかし、取り扱う商品量・物流量が多くなるので、商品管理が不十分となりがちである。当然、来店客の多い店舗であれば、店舗スタッフが多くなり管理が適切にされるものと予測されるものの、スタッフの統制をうまく取れず不正を抑止できず増加するケースもある。

また、店長になりたての経験の浅い人材が運営を担う店舗も従業員による不正が多い。あくまでご支援している企業様に見られたケースではあるが、経験値が浅いため、店長が店のルールの運用の維持していくことがおろそかとなり、次第にルール自体が形骸化していく。反対に責任者が末端にまでルールの落とし込みがなされていると従業員による不正の数は減少する。したがって、店舗ルールや不正に関する研修を行うことは、従業員による不正を抑止するための1手法である。ただ、弊社で不正を犯した従業員に研修に関して、入社時の研修を受けたかを確認すると、大半が「受けていない」あるいは「覚えていない」と回答する。したがって、研修を単に実施すればよいというわけではなく、定着させる必要がある。

(3)店舗責任者の認識

もう一つ、店長をはじめとする店舗責任者が、「不正はないだろう、従業員を疑いたくない」と考えている場合、経験則上、不正の発生率は高くなる。従業員を疑いたくないというのは心理的に共感するものではあるが、企業において不正は生じ得るという認識を持つことは必要である。このような認識を持っていないと異常値を見過ごし、ひいては不正を見過ごすことにもなりかねない(不正への認識が低い店舗では不正を見過ごしがちである)。

(4)まとめ

上記の通り、従業員による不正は、商品管理体制が甘く容易に窃取ができる環境があることや店舗責任者・従業員の不正への認識の低さが要因といえる。

3.動機

動機については、単にスリルを味わいたいというものから生活の困窮に端を発するものまでさまざまである。直接的動機も換金目的から自己使用目的と様々である。換金目的でも、自己使用目的でも、最初は見つからないと思いつつも申し訳なさから、手始めに少額の物から窃取を行うケースが多い。また、貧困を端緒とする場合の例では、最初は少額で生活レベルを少し豊かにするために窃取を行い、窃取を繰り返すうちに額や回数がだんだん増えていく。そして、生活レベルの若干の向上を埋めたいという当初の動機が拡張し、複数回の窃取行為を、危険を冒してまで行うようになるのである。すなわち、ケースとして多くはないが、常態化していく従業員もいる。このようなケースがいる可能性も視野に入れておく必要がある。

4.事実確認

自己申告による不正の発覚は全体的な割合において多くはない。商品窃取に関しては、定期の棚卸の結果で発覚することが多い。また、全件確認したわけではないが、弊社で対応を支援した事案の端緒情報源を確認する限りにおいては、これと同じ割合で多かった要因は、被害者、従業員、来店中の一般顧客などからの通報である。

通報の場合、対象者(窃取等を疑われている人物)といきなり面談やヒアリングを行おうとする店舗責任者などがいるが、これは避けたほうが良い。端緒情報が誤った情報である可能性があるためである。したがって、多面的に事実確認を行い、できるだけ客観的証拠を集めたうえで面談に臨むことが必要となる。また、先入観の排除も大切な視点であり、例えば、店舗責任者は対象者をよく知っていることが多く、仮に同人の素行が悪い場合には、犯人と決めつけてしまう場合もあるため注意が必要である。

前述の通り、窃取等は繰り返し行われている可能性が高いため、過去の行動についても調査を行っていくことになるが、カメラ画像の確認には時間がかかるため、ある程度、確認する防犯カメラと確認する期間に目星をつける必要がある。目星を付けるためには、端緒となった情報の窃取等について、絞り込み、掘り下げて手口の分析を行う。これは通常、不正行為者は窃取等の手口を変えることは少ないので、おおよそ過去の窃取行為の手口も同じとなるケースが多い。したがって、端緒情報が、鞄を倉庫に持ち込み退勤時に盗むといった手口の場合には、過去の窃取行為も同様になされている可能性が高いため、これにより犯行時間や場所を推測・特定することが可能となり、確認すべき防犯カメラの映像の絞り込みが可能となる。

もう一点、ここで取り上げておきたいのは内部通報制度の有効性である。ACFE(公認不正検査士協会)の「2018年版職業上の不正と濫用に関する国民への報告書」によれば、内部不正が発覚する端緒は、「内部通報」が40%「内部監査」が15%となっており、2018年のデロイトトーマツの公表資料でも、不正を発見・発覚させるルートの1位が「内部通報」という結果が報告されている。当社ではリスクホットライン®(RHL)という名称で内部通報の外部窓口を17年以上にわたり運営している。寄せられる通報の内訳としては、パワハラに関連するものが常に4割以上を占めている状況である。一見するとパワハラは本稿のテーマである不正とは無縁のようにみえるが、実は、パワハラを訴える通報の中に不正に関する情報が含まれていることは少なくない。特に、悪質なパワハラをしていた上司が不正も行っていたというケースはしばしばあるため、こういった面から見ても、やはり内部通報制度は不正情報の吸い上げに有用なツールといえよう。なお、内部通報を端緒とした案件においても、事実確認を行う必要性があることに変わりはないが、通報者側の感情が証言を大袈裟にしたり、思い込みにより事実が歪められたりするケースも多いことから、被通報者をいきなり犯人扱いしないよう、慎重に仮説や戦略を立てながら対応を進めていく必要がある。例えば、「商品開発者が会社経費で購入した原材料を私的流用している」という通報があり、実際に被通報者が私用車に品物を積み込むカメラ画像もあったが、蓋を開けてみれば、被通報者の仕事が、新商品の試作品作成とその評価で、試作品を家族や友人に試してもらうために持ち帰っただけで、何のルールにも違反していなかったというケースもあった。通報を鵜呑みにして被通報者を犯人と決めつけて対応していたら、冤罪や不要なトラブルを生んでしまう可能性があったということである。

5.ヒアリング

事実確認を経た後にヒアリングを行うこととなる。ヒアリングにおいて自白を取得する必要がある。取得の方法も何でも許容されるわけではなく、事後的に自白の強制と言われないように留意しなくてはならない。したがって、用いる言葉には注意を要し、脅迫や害悪を示唆することはもってのほかである。また、ヒアリングの場所も鍵を閉めたり、ヒアリング対象者が立ち去ろうとした時に進路を防ぎ行動を制止するなどして、出入りの自由を奪うことはしてはならない。心理的強制により自白を強要されたと判断されてしまうことを回避するためである。

また、素直に自白をしてもらうための決まった言い回しはなく、相手を見て、合わせて諭していくこととなる。したがって、事前にどのような人柄なのかをできる限り、確認しておく必要がある。ヒアリング対象者が、どのような仕事に従事しているか、履歴書を確認することは有用である。

6.最後に

本稿では、従業員による商品窃取を中心に論じてきた。少額商品の窃取であっても長期間にわたり窃取が常態化、繰り返されることにより、損害額が大きくなる。したがって、店舗ロスの要因として軽視できないものである。このような従業員による不正の要因として、商品管理の脆弱性と店舗責任者の認識(従業員が不正をするわけがないという余談や先入観)を挙げたが、改めて、従業員による不正の可能性を念頭に管理体制の構築していただきたい。

参考

『コンプライアンス違反・不正調査の法務ハンドブック』吉川達夫、平野高志編著(中央経済社)
▼小売業における従業員を起因とするロス(1)
▼内部通報制度を実効性のあるものとするために ~担当部長インタビュー 第2弾~
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