SPNの眼
総合研究部 上席研究員 宮本知久
11月17日、いわゆる改正労働施策総合推進法(以下「改正労総法」という)の施行日について、令和8年(2026年)10月1日を案として協議が行われている。厚生労働省の労働政策審議会が資料を公表。施行日は決定ではないが有力であろう。
あわせて、同審議会からは、カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」という)に関して事業者等が雇用管理上講ずべき措置等の指針の素案(以下「指針案」という)も公表された。施行に向け、企業や団体でいち早く準備を進めるべきだろう。
そこで、今回のレポートでは、指針案の要点を読み解いたうえで、カスハラ対策組織の案と準備スケジュールの案を紹介する。
皆さまの会社での顧客対応体制強化、危機管理強化の一助になれば幸いである。
1.改正労総法の概観
本稿では、改正労総法のうちカスハラ対策を中心に説明するが、同法および関連法の改正は、国内の労働者がこれまで以上に活躍できる就業環境の整備のために行われるものである。このため企業は、カスハラ対策だけを試行日までに実施すればよいわけではない。そして、“多様な労働者が活躍できる就業環境の整備を図る”という目的とゴールを適切に捉えて、各企業、団体内で施策をすみやかに実行していくことが重要である。
改正の趣旨
多様な労働者が活躍できる就業環境の整備を図るため、ハラスメント対策の強化、女性活躍推進法の有効期限の延長を含む女性活躍の推進、治療と仕事の両立支援の推進等の措置を講ずる。
改正の概要
(1)ハラスメント対策の強化【労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法】
- カスタマーハラスメント(※)を防止するため、事業主に雇用管理上必要な措置を義務付け、国が指針を示すとともに、カスタマーハラスメントに起因する問題に関する国、事業主、労働者及び顧客等の責務を明確化する。
※ 職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより当該労働者の就業環境を害すること - 求職者等に対するセクシュアルハラスメントを防止するため、事業主に雇用管理上必要な措置を義務付け、国が指針を示すとともに、求職者等に対するセクシュアルハラスメントに起因する問題に関する国、事業主及び労働者の責務を明確化する。
- 職場におけるハラスメントを行ってはならないことについて国民の規範意識を醸成するために、啓発活動を行う国の責務を定める。
(2)女性活躍の推進【女性活躍推進法】
- 男女間賃金差異及び女性管理職比率の情報公表を、常時雇用する労働者の数が101人以上の一般事業主及び特定事業主に義務付ける。
- 女性活躍推進法の有効期限(令和8年3月31日まで)を令和18年3月31日まで、10年間延長する。
- 女性の職業生活における活躍の推進に当たっては、女性の健康上の特性に配慮して行われるべき旨を、基本原則において明確化する。
- 政府が策定する女性活躍の推進に関する基本方針の記載事項の一つに、ハラスメント対策を位置付ける。
- 女性活躍の推進に関する取組が特に優良な事業主に対する特例認定制度(プラチナえるぼし)の認定要件に、求職者等に対するセクシュアルハラスメント防止に係る措置の内容を公表していることを追加する。
- 特定事業主行動計画に係る手続の効率化を図る。
(3)治療と仕事の両立支援の推進【労働施策総合推進法】
事業主に対し、職場における治療と就業の両立を促進するため必要な措置を講じる努力義務を課すとともに、当該措置の適切・有効な実施を図るための指針の根拠規定を整備する。
改正労総法によるハラスメント防止等の施策のねらいが“多様な労働者が活躍できる就業環境の整備を図る“ということを捉えれば、カスハラ対策について、物販店舗、飲食料品提供店舗、お客様相談室、取引先営業部門など、直接、顧客の対応を行う部門のみならず、労務人事部門や総務部門と一体となった対策、そしてこれらを指揮する経営トップによる関与と明確な指示が必要であることはいうまでもない。
なお、経営トップによる主導的な指揮が重要である点については、別のコラムも参照いただきたい。
▼今こそ必要な経営陣のリーダーシップ 株式会社エス・ピー・ネットワーク
2.指針案の概観
指針案の構成と概要は次のとおりである。
指針案の構成と概要 ~もくじ~
| もくじ | 主な記述 | |
|---|---|---|
| 1 | はじめに | 指針案の適用範囲、指針案のうちカスハラについて事業者に講ずべき措置を課す理由の説明など |
| 2 | 職場におけるカスハラの内容 | 「職場」「労働者」「顧客等」「カスハラ言動とされる例」「労働者の就業環境が害される状況の例」など |
| 3 | 事業主等の責務 | 事業主の責務、労働者の責務の説明など |
| 4 | 事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関し雇用管理上講ずべき措置の内容 | (1)事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発 (2)相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備 (3)職場におけるカスハラに係る事後の迅速かつ適切な対応 (4)職場におけるカスハラへの対応の実効性を確保するために必要なその抑止のための措置 (5)(1)から(4)までの措置と併せて講ずべき措置 |
| 5 | 他の事業主の講ずる雇用管理上の措置の実施に関する協力 | 他社から「当社の従業員が貴社の従業員からカスハラ被害を受けた」と事実確認等の実施に際し必要な協力を求められた場合の措置など |
| 6 | 事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関し行うことが望ましい取組の内容 | 教育、研修、労働者の参画を得つつアンケート調査や意見交換等を行う、被害の実態に応じて必要な取り組みを行うなど |
| 7 | 事業主が職場において行われる自らの雇用する労働者以外の者に対する顧客等の言動に関し行うことが望ましい取組の内容 | 労働者を保護する方針を明確化し社外にも示すなど |
厚生労働省は令和4年(2022年)2月に「カスタマーハラスメント企業対策マニュアル」を組織で推奨されるカスハラ対策の内容を公開しているが、この約3年間で事業者の措置がより拡大されたうえ、例示によって方策が具体化されている。
カスハラが起きたときの適切な顧客対応はもとより、カスハラ被害者のフォローとケア、障がい者や認知症の人の権利保護、性自認の開示の強要禁止、法人取引先従業員から受けたカスハラ事案の対応方法、これらの方針の策定と開示など、事業者が行うべき措置については多岐に及んでいる。
3.企業が講じるべき対策の方向 ~7つの柱~
改正労総法と指針案を踏まえ、当社で提唱しているカスハラ対策に必要不可欠な対策「7つの柱」を紹介する。7つの柱に照らして、各対策の導入と強化を検討していただくことをおすすめする。
- 自社のカスハラ被害・実態の把握
- カスハラ対応ポリシーの制定・明確化
- カスハラへの対応要領の明確化
- マニュアルの作成
- カスハラに関する研修の実施
- カスハラ対応時のフォロー・サポート体制の整備
- メンタルケア、従業員の保護対策の整備と運用徹底
この7つはカスハラの対策のみならず、正当なクレームに対し誠実な対応を実現するための社内体制整備の項目ともいえる。カスハラ対策基本方針策定やマニュアル、研修など総合的な顧客対応力強化もあわせて検討してみてほしい。
7つの柱のより詳しい解説は、『クレーム対応・カスタマーハラスメント対策トピックス』のコラムで解説しているため、こちらもぜひご確認いただきたい。
▼実行性のあるカスハラ対策~7つの重要な柱~ 総合研究部 専門研究員 森田 久雄
4.カスハラ対策組織例の紹介
次に7つの柱のうち「6 カスハラ対応時のフォロー・サポート体制の整備」「7 メンタルケア、従業員の保護対策の整備と運用」を実現するにあたり、企業、団体でどのような組織体制を構築して臨むべきかについて紹介する。
特にポイントになるのは、次の3つを組織内で機能させることである。
| ① | エスカレーション対応者 の選任と明確化 |
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| ② | カスハラ対応相談窓口 の設置と実効性確保 |
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| ③ | カスハラ被害相談窓口 の設置と実効性確保 |
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これらの3つの機能を組織に組み込んだ例を2つ紹介する。
主な業態
食品メーカー・化粧品メーカー・家電量販・アパレル・自動車・住設機器メーカー
3つの機能の説明
| ① | エスカレーション対応者 の選任と明確化 |
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| ② | カスハラ対応相談窓口 の設置と実効性確保 |
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| ③ | カスハラ被害相談窓口 の設置と実効性確保 |
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主な業態
住宅・不動産・マンション管理・建設・建築・アプリ開発・運送・銀行・損保・専門商社(工具・機械・電材など)
3つの機能の説明
| ① | エスカレーション対応者 の選任と明確化 |
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| ② | カスハラ対応相談窓口 の設置と実効性確保 |
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| ③ | カスハラ被害相談窓口 の設置と実効性確保 |
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このように体制の整備により、的確にカスハラ事案を把握し、カスハラ事案への毅然とした対応、カスハラ被害者のフォロー、ケアの実現を図ることが望ましい。そのうえで“多様な労働者(従業員)が活躍できる就業環境の整備”に向かって、従業員一人ひとりと向き合い、改善を重ねることが肝要である。
5.改正労総法施行に向けた現実的な準備スケジュールの例
実際に社内体制の見直しや強化を進めていくうえで、施行日案10月1日をデッドラインに据えたスケジュール案を示す。弊社の経験上、7つの柱のそれぞれには社内関係各部署との調整や文書類の記述等により、1項目で3ヵ月程度はかかることから、“まさに今から”体制強化に取り組むべきである。
【スケジュール例】
また、東京都をはじめとしてカスハラ防止条例が施行されている自治体に本社、事業所を置く企業、団体では、すでに体制構築しているところも多いとみる。これらの企業等においては指針案を踏まえて、体制が指針に対応しているかの見直しをお願いしたい。


