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「カスハラ対応、相談窓口を設置したら大丈夫!」と思っていませんか?

2026.03.30
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総合研究部 研究員 田中 博美

人材を守るイメージ

2025年6月、労働施策総合推進法が改正され、2026年10月からカスタマーハラスメント(以下、「カスハラ」といいます)の対策が企業に義務付けられます。
各企業においては、カスハラに関する相談窓口の設置やマニュアル作成等、体制の整備が急務となります。
さて、「マニュアルも作成したし、相談窓口も設置したからうちは大丈夫」、そうお考えの担当者の方、本当にそれだけで大丈夫と言い切ってよいのでしょうか。いいえ、それだけでは十分とは言えません!
本稿では、相談窓口設置だけではなぜ十分ではないのか、十分ではないなら何が必要なのか、以下の項目で考察していきます。

 

1.カスハラの影響

厚生労働省の「職場のハラスメントに関する実態調査報告書(令和5年度)」(以下、「実態調査」といいます)によれば、顧客等からの著しい迷惑行為を受けての心身への影響は、最も高いのが「怒りや不満、不安などを感じた」(63.8%)、2番目に「仕事に対する意欲が減退した」(46.1%)、3番目に「眠れなくなった」(16.7%)とする結果が示されました。令和2年度と比較しても同様の順序です(経験頻度別(図1)のオレンジ(全体)が令和5年度の調査結果と同様)。

経験頻度別(図1)においても、心身への影響は同様の順序ですが、割合に差が見られました。「一度だけ」経験した者の回答は、いずれの項目も他の回答に比較して低いです。注目すべきは「何度も繰り返し」経験した者の回答で、全体的に数値が悪化しています。「職場でのコミュニケーションが減った」(21.8%)と対人関係への影響や、「眠れなくなった」(26.4%)、「通院したり服薬をした」(9.2%)と身体への深刻な影響が窺えます。

【図1】 顧客等からの著しい迷惑行為を受けたことによる心身への影響(経験頻度別) 出典:厚生労働省HP
(2026年3月18日閲覧)

 

このような状態が続くと、うつ病や不安障害、適応障害などの精神疾患を発症するリスクが高まります。また、眠れない日々が続くと集中力は持続せず、業務に差し支える状況が生じます。
同時に、睡眠不足では気持ちがイライラする頻度も高く、顧客対応がスムーズにいかない、従業員同士の人間関係にも悪影響を及ぼすことがあります。これらのことから、カスハラによる心身への影響は看過できないものと言えるでしょう。同時に、「これはケアが必要だ」と本人は勿論、周囲が早期に気がつくことも大切です。

 

2.従業員はケアを求めている!

実態調査によれば、「顧客等からの著しい迷惑行為を受けた後の行動(令和2年度調査結果との比較)」(図2)では、令和2年度に実施した同調査と比較して、「何もしなかった」の割合は24.3%(令和2年度)→35.2%(令和5年度)に増加しました。一方、「社内の上司へ相談」(48.4%%→38.2%)、「社内の同僚へ相談」(34.6%→26.8%)、「人事部等の社内の担当部署(相談窓口を除く)への相談」(4.3%→3.0%)の結果から、社内への相談行動は減少していることが分かります。「社内の産業保健スタッフに相談した」のみ(2.0%→3.0%)僅かな増加が見られますが、社内への相談は全体として減少傾向にあります。

この調査では、相談先の設問項目に社外(労働組合や会社とは無関係の弁護士や社労士等)も含んでおり、その中で「会社とは無関係の医師やカウンセラーなどに相談した」が(2.5%→3.6%)で僅かに増加していました。

社内・社外、いずれにおいてもケアを求める行動が微増傾向にあるといえます。相談以外の行動では、「しばらく会社を休んだ」(2.2%→3.7%)、「会社を退職した」(2.9→4.5%)がいずれも僅かに増加しました。これらのことから、社内に相談する行動が減少し、ケアを求める傾向が増加している状況が窺えます。

【図2】 顧客等からの著しい迷惑行為を受けた後の行動(令和2年度調査結果との比較) 出典:厚生労働省HP
(2026年3月18日閲覧)

 

令和2年度と令和5年度の結果を比較すると、「相談しにくい雰囲気があったから」が増加(7.9%→10.2%)しました。この結果も、社内への相談行動が減少し、何もしない人が増加したことに関係していると考えられます。せっかく設置した相談窓口ですから、是非とも利用してほしいところです。

 

3.相談窓口設置以外に必要なもの

相談窓口の設置を社内で周知することが大前提ではありますが、周知をしてもなお、前述のとおり「相談しにくい雰囲気がある」場合や、周囲が心配していても「大丈夫だから」と相談につながらないケースが考えられます。

相談窓口は事後に利用されるものであり、一方で目の前にいるハードクレーマーにどのように対応するのか等については、現場でのスピーディーな決断力が求められることになります。つまり、相談窓口の対応だけでは後手になるケースも多いと考えられます。カスハラに関する企業の対応としては、事前の準備や研修が重要となります。

そして、それはケアの面でも同様で、相談窓口の設置だけでは後手になるケースが多くあります。例えば、ひどい暴言を浴びせられたり、執拗に何度も要求を繰り返されたりして疲弊した状態が続くと、不安な気持ちを抱え続けたり、眠れない状況が生じたりします。早々にケアができれば重症化するリスクを低減できますが、何のケアもせず放置すれば状態は悪化していきます。相談窓口を設置しても、利用につながらなければケアには至りません。必要な人にケアが届く、相談窓口を利用してもらうために、まず、「ケアが必要な人はどのような人か?」を知る必要があります。

 

4.メンタルヘルス不調の兆候(周囲の人が気づきやすいもの)

では、「ケアが必要だ」と感じる具体的な状況はどのようなものがあるでしょうか。周囲が気づきやすい不調の兆候としては、吉野・梅田を参考に、以下が考えられます。

  • 出勤状況
    遅刻、早退、欠勤の増加(会議を含む)
  • 業務内容
    集中力の低下、能率の低下、ミスの増加
  • 身なり
    “いつも”きちんと整えている人の髪がぼさぼさ、服がしわだらけ
  • 言動
    中々言葉が出てこない、話の内容がまとまっていない
  • 対人関係
  • 協調性の低下、もめごとの増加、孤立

「眠れない」「食欲がない」等も不調の兆候であり重要な確認ポイントですが、本人からの申告がないと中々気がつけないこともあります。

しかし、それらの不調が続くと、遅刻、早退、集中力の低下等の様子が見られ、周囲が異変に気がつきます。「“いつも”と違う」ことに気がついたら、注意深く本人の様子を観察してください。目安として2週間以上その状況が続き、明らかに以前と異なると感じるようであれば是非、心配している旨を伝えてください。

 

5.不調の兆候を発見したら

不調の兆候に気がついたらケアをする必要があります。自分自身でできるケアをセルフケアといいます。しかしセルフケアが十分でない時は、上司・管理職が行うラインケアが必要です。

上司・管理職の皆さんは、自分が気にかけている旨を部下に伝えてください。また、声をかける際は、本人に自覚がないことを想定し「誰が見ても明らかである、客観的な事実をベース」にして話すようにしてください。「4.メンタルヘルス不調の兆候(周囲の人が気づきやすいもの)」でご説明した、勤怠状況や業務内容、会議に遅刻・欠席することが増えたなどです。また、服装のみだれも分かりやすいポイントです。

加えて、相談しやすい環境を用意する必要があるため、以下を参考にしていただければと思います。

  • 相談する場
    静かな個室、周囲から話を聞かれることがない環境
  • 時間の余裕
    管理職自身がゆとり
    をもつ、相手を急かせることにならぬよう次にアポイントメントをいれることを避ける
  • 伝えるべきこと
    個人情報を厳守する、話した内容を元に不利益な取り扱いを行わない、話した内容の共有範囲を事前に確認する
  • 聴く姿勢
    話を途中で遮らない、相手や話の内容に関心を持つ、アドバイスは控える

 

吉野・梅田によると「人の悩みは、5分や10分で話せるような問題でないことがほとんです。ですから、聞く側にとって時間的にも精神的にもゆとりがない場合(たとえば大切な会議や商談が控えている日など)には、後日、あらためてゆとりをもって話を聞くことのできる時間を設定することが望まれます」とあります。筆者としても、静かに落ち着いて話せる空間を用意することは勿論ですが、時計を気にしている、「次の約束があるから早めに」等、急かすような場にならないことは心がけてほしいと考えます。

また、「不満や不安を口にしたら評価に響くかもしれない」と今後の自身への評価を憂いて本音を口にし辛い状況も考えられます。決して不利益な取り扱いをしないと伝え、話した内容の共有範囲を事前に確認しておくと安心につながります。

もっと手前の話となりますが、お互いの関係性も話しやすさには大きく影響します。「この人になら話してもよい」と思ってもらうためにも、信頼関係を築く必要があります。是非、普段から意識してコミュニケーションをとっていただくことを推奨します。なお、上司に中々話しにくい様子がある場合は、本人が話しやすいと感じている人に聞いてもらうことも一案です。ここで重要なのは、ケアの必要な人が放置されない環境です。

そして、安心できる状況において、部下が現在の状況、「眠れていない状況が続いている」「食事が食べられていなくて体重が落ちた」等を話してくれたら、精神面の影響(具体的にはうつ病)を心配して「精神科を受診しては」と伝えたくなるかもしれません。しかしながら、一般的に、心の問題を指摘されることは強い抵抗を感じることが多いです。そのため、まずは身体の不調にフォーカスして相談を進めることを推奨します。具体的には、以下を参考にしてください。

  • 睡眠
    不眠、仮眠など睡眠時間の乱れ
  • 食事
    身体食欲の低下により食べる量が減る、あるいは逆に食べ過ぎる
  • 身体の違和感
    肩こり、頭痛、腰痛、便秘など
  • その他
    飲酒量や喫煙量の増加、趣味が楽しめないなど

 

眠れていない、食べられていない、というは“いつ”からであるか、“いつも”はどのくらいしていたものが現在までにどの程度変化しているのかも話してくれるようであれば、メモをとっておいてください。「一日一食の生活が1週間ほど続いている」、「2~3時間おきに目が覚める日が2週間ほど続いている」等です。上司がなんとかしよう、と一人で抱える必要はありません。本人の話を聞いた後、より適切な場でのフォローが必要であると感じたら、相談窓口等への橋渡し役をお願いします。「フォローが必要だから相談窓口に相談するべきだ」と言いきれず判断に迷う場合は、部下に情報共有してもいい内容を確認してから、社内の相談窓口担当や相談に関わる課に相談することも考えられます。例えば、「あなたが眠れていないことについて相談できる場がないか確認しようと思うのだけど、総務課の〇〇さんに今話してくれたことを話していいかな? 知られたくないことはある?」等、誰にどこまで話すか、です。
 

6.橋渡しをするのは第1線

ここまでの説明から、カスハラ対策は相談窓口設置や体制整備だけではなく、相談窓口へ適切につなげる人の存在も重要だとお分かりいただけたでしょうか。現場における「いつもと違う」に最初に気がつくことができるのは第1線の従業員です。そこでは、リスクオーナーシップが求められています。

リスク管理には3線モデル(IIAは「3ラインモデル」、金融庁は「3つの防衛線(3線モデル)」と称しています)があります。これは、組織体が目標達成を支援し、かつ強力なガバナンスとリスク・マネジメントを促進するような構造とプロセスを特定するのに役立つもので、どの組織にも適用できるものです。

第1線は現場をよく知る事業部のリスクオーナーであり、第2線は第1線に対する支援や専門知識の提供を行います。第3線は、第1線・第2線とは独立した立場で、組織のガバナンスやリスク管理が機能しているか評価・検証する役割を担っています。現在は、第1線の中に第2線の役割をもつ人員を配置する「1.5線」もあり、その活用もコンプアライアンス・リスク管理では重視されています。メンタルケアについても、ラインの上司に相談しにくいような状況があっても、1.5線にて相談を受けることができれば望ましいと言えます。

組織において、従業員の不調に早期に気がつくこともリスクマネジメントをするうえでは重要です。このモデルにおいて、あらゆるリスクに最初に気がつくことができるのが第1線あるいは第1.5線の人であることをあらためて認識していただきたいと思います。

第1線が適切に対応できるためにも、第2線の第1線、第1.5線に対する教育、支援は不可欠です!

適切なフォローにより然るべき相談窓口や相談先につなぐことでメンタルヘルス上のリスクは低減できます。カスハラ対策において、メンタルヘルスの知識は自身や組織を守る一助となります。当社にお手伝いできることがあれば是非、ご相談ください。
 

【参考文献・出典】

令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書(厚生労働省 令和6年3月):2026.3.18閲覧

健全な企業文化の醸成及びコンダクト・リスク管理態勢に関する対話結果レポート(金融庁 令和7年6月25日):2026.3.18閲覧

IIAの3ラインモデル 3つのディフェンスラインの改訂(IIA 2020年7月):2026.3.24閲覧

カスタマーハラスメント(カスハラ)とは?~対策とメンタルヘルスケアの関係(令和7年6月4日):2026.3.18閲覧

・〔4訂版〕 精神科産業医が明かす 職場のメンタルヘルスの正しい知識 著者/吉野 聡、梅田忠敬 監修/松崎一葉

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