暴排トピックス

取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

向かい合う2人の男性

1.「2つの山口組」と「暴力団」のこれから

暴力団対策法に基づき六代目山口組と神戸山口組が「特定抗争指定暴力団」に指定されてからこの1月7日で1年が経過しました(指定自体は3カ月ごとに更新されています)。本コラムで取り上げているとおり、特定抗争指定後も各地で事件が相次いでおり(警察庁によるとこれまでに9件発生しているといいます)、抗争争終結の兆しは見えません。組織力、資金力をはじめ戦闘力や戦略など総合的・客観的な情勢としては六代目山口組が圧倒的に優位な状況といえますが、「2つの山口組」が併存する状況(ともに山口組の代紋を掲げる状況)をいつまでも許すはずもなく、神戸山口組が解散するまで追い込む構えとの見方が大勢を占めています。本コラムで取り上げているとおり、神戸山口組においては、山健組などの主力団体の離脱といった内部分裂や主力幹部の引退、移籍、六代目山口組からの切り崩しにあって混乱が続いているようです。しかしながら、年末の「事始め」では組の指針として「金剛不壊」(非常に堅固で決して崩れないこと)を掲げて、今後も戦い続けることを表明しています。一方の六代目山口組は、ここ数年同様「和親合一」(三代目田岡組長の五箇条の「山口組綱領」に記された言葉で、組織の結束を図る意味)を掲げています。

警察当局もまた、抗争が簡単に終結するとは考えておらず、むしろ警戒を強めており、「分裂や離脱は認めていない。一時的な内紛かもしれないし、元に戻る可能性もある。いずれの組織についても現行の暴力団対策法(暴対法)の規制の対象」と強い姿勢を示しているといいます。もちろん、その背景には、分裂や離脱による「指定逃れ」を招きかねない暴力団対策法の限界があります。特定抗争指定自体は強力な規制ですが、「2つの山口組」がともに全国に拡がる「広域暴力団」であるがゆえに、その規制の「抜け穴」が存在しています(六代目山口組の勢力範囲は43都道府県、神戸山口組は32都道府県に及んでいます)。すなわち、警戒区域外に事務所を(次々と)移転する動きが見られている状況であり、警戒区域を当初は6府県10市だったものが、昨年12月末時点で10府県18市町にまで拡大しており、規制の網を拡げざるを得ないこと自体が、抗争封じ込めに至らない現状を物語っているといえます(一方で、警戒区域内で発砲事件も発生するなど、もはやどこで抗争事件が発生するか分からない、緊迫した状況になっているのも事実です)。また両組織の神戸市内の本部事務所は使用を禁止されたものの、ともに拠点を警戒区域外に移し、飲食店で会合を開くなどして規制をかいくぐっている実態も明らかになっています(なお、コロナ禍で経営の苦しい飲食店が、暴力団の会合と知って場所と提供をするケースも増えており、それに伴って、全国の暴力団排除条例で禁止されている「利益供与」に該当するとして、指導や勧告の事例が増えている状況にあります。具体的には、後述する暴排条例に基づく勧告事例を参照願います)。いずれにせよ、「2つの山口組」は、ともに抗争相手と警察当局という両面での戦いを強いられている状況です。

さて、「2つの山口組」の抗争事件の関係者の逮捕や再逮捕、起訴等が相次いでいます。兵庫県尼崎市で昨年11月、神戸山口組系組長と配下の組員が路上で銃撃された事件で、神戸地検は、2人に対する殺人未遂と銃刀法違反の罪で、六代目山口組系組員を起訴しています。男は六代目山口組系組幹部=殺人未遂罪などで起訴=と共謀し、尼崎市内の路上で、神戸山口組系組長に拳銃で弾丸2発を発射して太ももに重傷を負わせ、発砲音を聞いて駆け付けた組員に1発を撃ち、左手にけがを負わせたとされます。また、昨年12月、倉敷市の暴力団事務所で起きた発砲事件で、岡山県警は銃刀法違反の疑いで逮捕していた暴力団組員の男2人を殺人未遂などの疑いで再逮捕しています。殺人未遂と銃刀法違反の疑いで逮捕されたのは、六代目山口組傘下の野内組組員ら2人で、倉敷市内にある神戸山口組傘下三代目藤健興業の事務所にいた組幹部に向け、殺意を持って拳銃で複数発発砲した疑いが持たれています。さらに、本発砲事件を受け、岡山県公安委員会は、暴力団対策法に基づき、この事務所と同市内の関係先2カ所について使用を制限する本命令を12月25日に出しています。六代目山口組と神戸山口組の対立抗争とみて、県警が抗争事件の拡大を防ぐ目的で12月7日に仮命令を出していたものです。なお、事務所と関係先がある倉敷市については、組員らが5人以上で集まることなどを禁じる「警戒区域」へ指定されています。

次に、「2つの山口組」以外の観点から、暴力団の動向について、いくつか紹介します。

家宅捜索時に機密情報の入った記録媒体を握りつぶしたとして、六代目山口組弘道会の高山組幹部が逮捕された事件で、県警捜査4課は、新たに同会系組員を証拠隠滅容疑で逮捕しています。当時、事務所で寝泊まりして雑務を行う「部屋住み」と呼ばれる見習い組員で、組幹部のから指示され、隠した実行役とみられています。報道によれば、高山組事務所で刑事事件の証拠品である記録媒体を組所有の車のトランクに隠したとしています。トランクにあったリュックサックにはノートパソコンのほか、USBメモリー10個、SDカード6枚、フラッシュメモリー1枚が見つかっています。なお、組幹部が握りつぶそうとしてまで守ろうとしたのは、用心棒代を支払った店のリストだったと報じられています。名古屋市のクラブから用心棒代を受け取ったとして、愛知県暴力団排除条例違反に問われた六代目山口組弘道会の高山組若頭、石原被告ら2人の初公判が名古屋地裁で行われ、今回の事件は、県警が別事件で組事務所を家宅捜索した際に記録媒体が見つかったのが端緒となったものですが、この日の公判で検察側は、捜索に立ち会った組幹部が握りつぶそうとした記録媒体の中身を明らかにし、2人はいずれも起訴内容を認めています。かつては別の組幹部が用心棒代を回収していたが、警察の取り締まりが厳しさを増したため、2016年10月ごろから組員ではない会社役員の男性被告に回収を依頼するようになったということです。

稲川会、住吉会の組員がそれぞれ2日連続で病院前に血だるまになって放置され死亡した事件がありましたが、関係したのは、それぞれの二次団体にあたる稲川会・山川一家と住吉会・幸平一家ということです。山川一家は川崎のソープ街、幸平一家は新宿の歌舞伎町と、いずれも大きな花街を根城にする武闘派組織で、幸平一家は、昨年7月に歌舞伎町で発生した「スカウト狩り」でも注目された組織です。そもそも両組織は過去から犬猿の仲で、今回も九州に拠点を持つ別の組織が仲介して「手打ち」が行われたようですが、今後も抗争が続く可能性が否定できないところです。関連して、甲府市で暴力団組員の乗用車が発砲された事件で、県警組織犯罪対策課と南甲府署などは、静岡市駿河区の稲川会系組事務所を銃刀法違反と器物損壊容疑で家宅捜索しています。事件を巡っては、山梨県警が、自称・稲川会系元組員を逮捕しています。甲府市内の路上で駐車してあった組員の乗用車に拳銃を数発発砲し、後部ドアを壊したとしていいます。現場近くには別の稲川会系組事務所があり、2019年9月に静岡市の組事務所が発砲される事件があり、県警は暴力団抗争とみて捜査しているということです。さらに、稲川会は、傘下組織に対し、新型コロナウイルス対策を理由に幹部らが多数集まる年末年始の行事を中止するとの文書を出したということです。報道(2020年12月23日付朝日新聞)によれば、文書は、新型コロナウイルスの感染者が再急増しているとして、2020年12月27日と28日の「納会」、2021年1月7日の「年頭挨拶」を感染拡大防止のため中止すると明記、「皆様に於かれましては感染に充分留意、自覚して過ごされます様精進して下さい」と呼びかけているということです。昨年12月22日付で、「稲川会総本部発」と記され、ファクスなどで傘下組織の事務所に送信されたといいます。「暴力団は不摂生の高齢者が多く、事務所への出入りを減らしたり、飲み会自粛を呼びかけたり、一般の人以上に厳しく対策をとっている印象がある」との捜査関係者の話は大変興味深いものです。

厚木市にある六代目山口組弘道会系三次団体「吉田総業」の組事務所が一般の私人に売却され、土地と建物の所有権が組側から移転されたということです。住民側が事務所の使用禁止を求めて申し立てた仮処分を巡る訴訟が、横浜地裁小田原支部で和解が成立、建物を明け渡した上で、解決金350万円を支払う組側の提案内容で合意に至ったものです。2003年から組事務所として使用されていたといいます。この訴訟では、山口組分裂による対立抗争に巻き込まれる恐れがあるとして、神奈川県暴力追放推進センター(暴追センター)が組事務所の使用禁止を求めた2016年11月の仮処分申請の一環で、同支部は2017年3月に使用禁止を命じ、さらに違反した場合は組側に制裁金が科される間接強制を同9月に認めていました。このような形で暴排が履行されることは今後の実務にとっても良い前例となるものと評価したいと思います。

こちらも望ましい形で暴排が実現した事例ですが、北九州市は、特定危険指定暴力団工藤会の本部事務所跡地で福祉拠点の整備に取り組む同市のNPO法人「抱樸」を、ふるさと納税制度を活用して支援することを明らかにしています。北九州市に1口1万円を寄付すると、抱樸は3割を受け取るもので、ふるさと納税サイト「ふるさとチョイス」で募っています。市北九州はふるさと納税制度のうち、社会貢献活動を対象とした「思いやり型返礼品」の事業者として抱樸を登録、抱樸は「希望のまちプロジェクト」と銘打ち、跡地に障害者など日常生活が難しい人を受け入れる「救護施設」を整備する予定で、寄付金は7億円と見込む施設建設費などに充てるとしています。また、北九州市は、この旧本部事務所跡地の売却益約4,360万円が、工藤会が関与したとされる事件の被害者への賠償金や和解金として全額支払われたと発表しています。これで本部事務所撤去に関する一連の手続きが完了したことになります。2020年12月18日付毎日新聞によれば、売却益は福岡県暴力追放運動推進センターが管理、工藤会側から弁済の申請を受けたセンターが、被害者に受け取りの意思を確認した上で支払い、工藤会側と売却益の管理を終えることを確認したというものです。市は支払い対象になった事件を公表していないが、工藤会トップで総裁の野村悟被告らに計約1,620万円の支払いを命じた判決が確定した2012年の元県警警部銃撃事件の他、2014年に起きた歯科医師刺傷事件の被害者側に支払われたもようです。また、工藤会の関係では、組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)などの罪に問われたナンバー3の菊地被告が、一般人襲撃事件について無罪を主張しています。菊地被告は2012年の元福岡県警警部銃撃、2013年の看護師襲撃、2014年の歯科医襲撃、暴力団排除を示す「標章」を掲げたスナック経営者の襲撃などの事件で、指示や関与があったとして起訴されています。一連の市民襲撃事件では、殺人と組織犯罪処罰法違反罪などに問われた野村被告と同会ナンバー2、田上不美夫被告も別の公判で無罪を主張、この2人の実質的審理は終結し、今年1月に論告求刑、3月に最終弁論があり結審する見通しとなっています。さらに、工藤会のトップらが関与したとされる事件の公判に証人として出廷した男性を脅したとして、証人威迫の罪に問われた同会系組長の公判が福岡地裁であり、検察側が懲役1年を求刑して結審しています。判決は20日の予定で、検察側は論告で「組織の地位を背景にした悪質な犯行で、刑事司法作用を害する恐れが高い」と主張、その上で「今後の工藤会に関する公判で証言予定の証人が、出廷に消極的になる可能性もある」と述べています。

福岡県久留米市に拠点を置く道仁会の資金獲得活動について、県警が実態解明に本腰を入れていると報じられています。2020年12月26日付朝日新聞によれば、これまで工藤会の捜査に注力してきたが、その間に道仁会の活動が活発化、地元業者から「みかじめ料」を徴収しているとの情報も得ており、資金源根絶を目指すということです。ご存知のとおり、福岡県内には道仁会や工藤会を含め、5つの指定暴力団が拠点を置いており、工藤会による市民襲撃事件が相次ぎ、県警はトップらを逮捕する「頂上作戦」を展開、組員と準構成員らはピーク時から半減するなど工藤会の弱体化が進む一方で、活発化の兆しを見せるのが道仁会だということです。組織の金集めの実態として、地元の建設業者や飲食店を対象に、みかじめ料を求めていることが明らかになっています。興味深いものとして、業者などによると、みかじめ料の相場は工事の受注額に対し、建築が1%、土木が2%、解体が5%で、主に公共工事が対象であり、飲食店の相場は月数万円ということです。工藤会同様、弱体化に向けた福岡県警の取組みを期待したいところです。

また、同様に福岡県に本拠を置く浪川会については、道仁会会長射殺事件など前身の九州誠道会から抗争を繰り返してきました(なお、この2つの団体が、2012年10月に初めて特定抗争指定暴力団の指定を受けています。その後、抗争が沈静化したため2014年6月に解除されてました)。その浪川会について、大牟田市上官町にある浪川会本部事務所の周辺住民から委託を受けた福岡県暴力追放運動推進センターが、事務所の使用差し止めを求め福岡地裁に提訴しています。報道によれば、住民は生命の安全など人格権が侵害されるとして事務所の使用禁止を訴え、昨年11月、福岡地裁が仮処分命令を出していたものです。これにより組員らは事務所への立ち入りが禁止され、目立った動きはないということですが、その後、撤去や和解の呼びかけもなかったことから提訴に踏み切ったものです。

暴力団関係者による詐欺や薬物事犯への関与を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 新型コロナウイルス感染拡大で打撃を受けた中小企業や個人事業主を対象にした国の持続化給付金の不正受給が全国で問題となる中、税理士の立場を悪用し、多額の手数料を得たとみて、沖縄県警特別捜査本部は、昨夏から容疑者の男をマークしており、反社会的勢力との関係や売上金の流れなど全容解明に向け、捜査は本丸へ進むことになりそうで、今後の展開を注視したいと思います。持続化給付金関連では、静岡県警がキャバクラ店経営者の男ら2人を再逮捕していますが、女性をそそのかし自らの経営する店でホステスとして働いていたように見せかけ、不正受給を行ったと見られています。なお、この2人は、店のホステスについても虚偽の書類で申請を行い、給付金を騙しとったとしてすでに起訴されていて、警察は余罪を追及するとともに暴力団の資金源になっていた可能性もあるとみて調べを進めているということです。また、神戸地検姫路支部は、暴力団員であることを隠して持続化給付金をだまし取ったとして、兵庫県警が11月に詐欺容疑で逮捕した六代目山口組系の幹部を不起訴処分としています(理由は明らかにしていません)。なお、この幹部は別の貸付金20万円をだまし取った疑いでも逮捕され、詐欺罪で起訴されています。
  • 特殊詐欺の受け子が詐欺に失敗したため、受け子に因縁をつけて現金を脅し取ったとして、極東会系暴力団組員の男らが逮捕されています。報道によれば、昨年5月、雇った特殊詐欺の受け子が詐欺行為をする前に職務質問をされ失敗したため因縁をつけて、埼玉県越谷市内のコンビニエンスストアの駐車場で現金約19万円を脅し取った疑いが持たれており、当時10代の受け子の少年に、準備した携帯電話代などをあげ、「使った分の経費15万円を払え」、「払えないなら親のところ行って催促するぞ」などと恐喝したということです。また、埼玉県入間市の男性からキャッシュカードをだまし取るなどしたとして暴力団幹部の男らが逮捕された事件で、埼玉県警捜査4課と所沢署の合同捜査班は、窃盗の疑いで、六代目山口組傘下組織幹部を再逮捕しています。不正に入手した神奈川県小田原市の79歳の女性名義の通帳を使って、川口市内と東京都新宿区内の金融機関に設置されたATMで現金計75万円を引き出して盗んだ疑いがもたれています。さらに、特殊詐欺でだまし取った金と知りながら、傘下の暴力団から金を受け取ったとして逮捕された六代目山口組弘道会の組員ら6人について、東京地検は不起訴としています。2018年7月から12月にかけ、オレオレ詐欺などの特殊詐欺でだまし取った金と知りながら、傘下の暴力団から9回にわたって現金およそ240万円を受け取った疑いで警視庁に逮捕されていたものです。
  • 北海道・苫小牧警察署は、建造物侵入と大麻取締法違反の疑いで住居不定・無職の容疑者を逮捕しています。昨年4月から6月にかけて、安平町にある閉鎖されたゴルフ場内に侵入し、大麻を栽培した疑いが持たれています。報道によれば、ゴルフ場内にある建物のベランダから大麻の鉢植え23鉢が見つかったほか、ゴルフコース内からも大麻を栽培していたとみられる空の鉢が見つかったといい、この事件では昨年8月以降、暴力団員ら男4人が逮捕・起訴されています。

最後に、ますます存在感を増している半グレ集団(半グレ/準暴力団)を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。半グレ集団については、一応全国で約60グループが存在し、その構成員は約4,000人と推定されています(ある週刊誌での警察関係者の話によれば、「警察としては、約4,000人の半グレのメンバーに対してナンバリング登録を行っている。そしてリーダー格と構成メンバーについての基礎的な情報収集、さらに活動実態、資金源などの解明に力を入れている」ということです)。しかしながら、暴力団対策法の枠外であり規制の網をかけられない存在であるうえ、組織性がなくバラバラ(緩い横のつながりなど)に事件を起こすこと、基本的には事務所もなく定期的な会合もないことから、その実態を把握するのが困難で、(あらゆる法令を駆使するしかなく)取り締まることも極めて難しい「厄介な存在」といえます。また、半グレ集団は暴力団の下請けのような存在から単独で犯行を繰り返す者まで自ら資金源を有し、暴力団に一定の上納金を支払っている実態があり、暴力団とは敵対関係というより「奇妙な共存関係」があるとも言われています。

  • 沖縄県の竹富町と八重山署は、町発注の公共工事の入札から暴力団だけではなく「半グレ」などの反社会的勢力を排除するための連携協定を結んだと沖縄タイムスが報じています。報道によれば、町は2011年に暴力団排除条例を制定し、同署と関連協定書を結んでいるが、新興の半グレにも対象を広げて排除措置を一層強めるとしています。同町長は、歓楽街で半グレが進出していることを挙げ「みかじめ料詐取などが社会問題化している。隣のわが町においても半グレへの対応が急務になっていた。取り締まり強化と並行して、暴力団などの追放運動の推進にも努めたい」と決意を語っています。入札参加者や契約先相手が暴力団や反社会的勢力であるかどうかについて、警察が町からの照会に回答することや、排除措置によって町が不法行為を受ける恐れがある場合、警察が必要な支援や協力をすることなどを定めたといい、入札参加業者についても情報共有し、委託先なども含めて反社勢力との関係の有無を調べるとしています。さらに、反社会的勢力と飲食を共にしたケースでも厳しく対処し、入札から排除するとしています。非常により取組みと評価したいと思いますが、警察から半グレに関する情報提供が行われることを前提としており、一方、現状の情報提供に関する内部通達では半グレはその対象とされていないと認識しており、情報提供がどのような立て付けになっているのか、もう少し詳しく知りたいところです
  • 知人の男性を車で連れ去り、金属バットで殴ってけがを負わせたなどとして、警視庁組織犯罪対策2課は逮捕監禁と傷害の疑いで、住吉会系組員と準暴力団「チャイニーズドラゴン」メンバーの両容疑者ら計5人を逮捕しています。組員が犯行を指示し、4人に実行させたとみられています。組対2課は、組員と男性の関係者の間で投資をめぐる金銭トラブルがあり、男性に何らかの因縁をつけたとみているということです。

さて、「暴力団のこれから」を考えるうえで、半グレと暴力団の関係をどう整理するか、今後の両者の関係性がどうなるのか、法的規制のあり方をどうすべきかなど難しい問題が横たわっています。反社会的勢力という概念においては両立・併存する両者ですが、属性から捉えようとすると、その境目や役割などが相互にグラデーション化し溶け合っている部分もあり、一方で相互に明確に線引きがなされている部分などもあり、一般人との境目も不透明になっている部分もあり、正に「多様な属性を含む総体としての反社会的勢力」として排除していくとして言いようのないカオスな状態となっています。また、反社会的勢力を「社会不安を増大する存在」として捉えた場合、離脱者支援の問題は極めて重要なテーマとなります。この点について、「元暴アウトロー」の問題を追及している作家の廣末登氏の「ヤクザ辞めても「元暴アウトロー」しか道がない現実」と題するコラム(JB PRESS)から、少し長くなりますが、一部引用して紹介します。

犯罪の認知件数自体は減少している。コロナ禍でも、日本の安心・安全は崩壊していない。ただ、そうであっても、将来的にみると危惧される問題がある。それは、「裏社会のカオス化」である。筆者は、2003年から今日まで裏社会の取材を続けてきた。名誉か不名誉か分からないが、マスコミから「暴力団博士」という肩書まで頂戴した。犯罪社会学の学究、更生保護就労支援員、保護司として17年間、裏社会を見てきた筆者は、2010年の暴排条例施行以降、どうも裏社会に地殻変動が生じ、カオス化しているのではないかと考えるに至った。…真正離脱者(更生の意思をもって離脱した者)としての元暴が社会復帰しづらいケースは、現代社会で散見される。暴力団離脱者(と、その家族)は「反社」と社会からカテゴライズされ、社会権すら極端に制限されている現状がある。だからと言って、暴力団員歴を隠して、履歴書や申請書に記載しないと、虚偽記載となる可能性があるのだ。暴力団組員の宿泊を断るホテルに泊まっただけで、詐欺扱いされる。こうした極端な社会権の制限は、暴力団や暴力団の枠から外れて犯罪活動に従事する偽装離脱者を念頭に置いた対策であることは理解できる。しかし、真正離脱者には柔軟な対応が求められると考える。なぜなら、折角、更生しようと思って離脱した真正離脱者が、カタギとして生き直しができず、生活困窮の挙句、生きるために「元暴アウトロー」として犯罪に従事せざるを得なくなる可能性があるからだ。…日々を生きるために、暴力団離脱者とて稼がなくてはいけない。とりわけ、家族を養う必要がある暴力団離脱者は必死だ。合法的に稼げないで追い詰められれば、背に腹は代えられず非合法的な稼ぎに走る。彼らが組織に属していた時には「掟」という鎖があり、表向きのタブー(麻薬・強盗・泥棒、オレオレ詐欺などの特殊詐欺はご法度など)が存在した。しかし、離脱者は、そうした掟にもタブーにも縛られず、法律遵守の精神が強いとはいえないから、金になることならどのような悪事にでも堂々と手を染める。正真正銘の元暴アウトロー(掟に縛られぬ存在)の誕生である。元暴アウトローの増加は、わが国の組織犯罪の性質を一変させ、より悪いものへと変質さているのかもしれない。…多発する強盗や特殊詐欺も、暴力団では忌み嫌われる犯罪である。それらをこなす元暴アウトローのシノギは「犯罪百貨店」と呼んでも過言ではない。シノギに窮した暴力団組織は、こうした元暴アウトローにあえて盃を与えず(組員に登録せず)、任侠界では認められないシノギをさせていると聞く。犯罪のアウトソーシング化である。

同じく廣末氏の論考「ゼロからわかる「半グレの正体」裏社会を17年間取材してわかった…!」(現代ビジネス)から、「多様な属性を含む総体としての反社会的勢力」をイメージできる部分を、こちらも少し長くなりますが、一部引用して紹介します。

連日、マスコミ等の事件報道に接するうち、多くの方は「体感治安」の悪化を知覚しておられるのではなかろうか。この体感治安とは、人々が感覚的・主観的に感じている治安の情勢のことで、犯罪認知件数などの客観的な数字に基づく「指数治安」とは異なる。…(半グレの)低年齢化が進んでおり、現在では10代の若者も含まれる。さらに、必ずしも暴走族出身者ではなく、単なる地縁の先輩後輩関係の延長線上など、半グレ加入のハードルが低くなっているように思える。なお、半グレメンバーは、合法的なビジネスに従事しているケースも多い。半グレは様々な団体が組織されたり、解散したりと、目まぐるしく離散集合を繰り返している。…半グレという団体は、暴力団と異なり、部屋住みなどの修行期間がないため「おれ、今日から半グレはじめます」で名乗れてしまう。だから、半グレは様々な団体が組織されたり、解散したりと、目まぐるしく離散集合を繰り返している。…半グレの変化は、簡単にいうとシノギの多様化と暴力団の下請け化である。…暴力団組織が盃を与えず、若者に半グレのような活動をさせるケースもある。いわゆる非組員化。これは、半グレの手先とはなっていないが、暴力団の半グレ化とみることができる。…現在、筆者が見る限り、裏社会は暴力団、暴力団離脱者、半グレ、不良少年、不良外国人がメルトしてきている感を否めない。従来の半グレから、より質の悪い犯罪者集団(マフィア化)になる可能性が予想される。彼らの武器は匿名性だから、一般人の中に紛れ、より分かり難くなることが予想される。

さて、すでに述べたとおり、今年の組指針として、六代目山口組は「和親合一」(組織の結束を図る)を、神戸山口組は「金剛不壊」(非常に堅固で決して崩れないこと)をそれぞれ掲げました。現状は、圧倒的な組織力を背景に六代目山口組が攻勢をしかけ、統制に苦しむ神戸山口組が徹底抗戦する構図となっていますが、当局の包囲網が狭まる中、「2つの山口組」が併存する状況はそう長くは続かないのではないかと考えます。そして、今後到来する「2つの山口組」の終焉は、「今ある暴力団」の終焉の始まりともなると考えています。廣末氏の論考でも指摘されているとおり、すでに反社会的勢力は、暴力団、暴力団離脱者、半グレ、不良少年、不良外国人とそれらと共生する周辺者らが溶け合い、属性で捉えるこれまでの実務では(このように不透明化・潜在化した反社会的勢力を見極めることほぼ困難となりつつあり、それで良しとする考えでは)もはや危険とさえ言える状況となっています。今こそ、暴力団対策法のあり方、暴力団排除のあり方を「グレートリセット」すべき時期であり、今後は、反社会的勢力を「社会不安を増大させる多様な属性を含む総体」として捉え直し、厳格なコンプライアンス・リスク管理の文脈から、反社会的勢力との関係を重大な「経営リスク」と認識し、徹底的に排除していくべきではないでしょうか。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

金融庁は、「マネー・ローンダリング(マネロン)及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」の一部改正(案)を取りまとめています。今回の改正は、「これまで実施してきたモニタリングの中で把握した課題等を整理し、金融機関等のマネロン・テロ資金供与対策の更なる実効的な態勢整備等を図るもの」と説明されていますが、全体を通して、「経営陣が、主導性を発揮して」との文言がさまざまなところに追加されている印象があり、AML/CFTにおける現行の取組みへの経営陣の関与がいまだ不十分であることを示唆するとともに、それ故に実効性が十分確保できていないことを示すものとして、危機感を強くもつべきだと思われます。また、各行のこれまでの具体的な取組み内容を反映して、より具体的な手法の参考例などを盛り込んでいることも、今後の実務の参考になるものと思われます。なお、以下は、改定内容を記載した「別紙」より、新たに追加された部分や修正等が加えられた箇所を中心にピックアップしたものとなります。

▼金融庁 「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」の一部改正(案)について公表しました。
▼別紙
  • 前記の管理態勢の構築に当たっては、マネロン・テロ資金供与リスクが経営上重大なリスクになり得るとの理解の下、関連部門等に対応を委ねるのではなく、経営陣が、管理のためのガバナンス確立等について主導性を発揮するなど、マネロン・テロ資金供与対策に関与することが不可欠である。
  • 包括的かつ具体的な検証に当たっては、社内の情報を一元的に集約し、全社的な視点で分析を行うことが必要となることから、マネロン・テロ資金供与対策に係る主管部門に対応を一任するのではなく、経営陣が、主導性を発揮して関係する全ての部門の連携・協働を確保する必要がある。
  • 新たな商品・サービスを取り扱う場合や、新たな技術を活用して行う取引その他の新たな態様による取引を行う場合には、当該商品・サービス等の提供前に、当該商品・サービスのリスクの検証、及びその提供に係る提携先、連携先、委託先、買収先等のリスク管理態勢の有効性も含めマネロン・テロ資金供与リスクを検証すること
  • マネロン・テロ資金供与リスクについて、経営陣が、主導性を発揮して関係する全ての部門の連携・協働を確保した上で、リスクの包括的かつ具体的な検証を行うこと
  • リスク評価の全社的方針や具体的手法を確立し、当該方針や手法に則って、具体的かつ客観的な根拠に基づき、前記「(1)リスクの特定」において特定されたマネロン・テロ資金供与リスクについて、評価を実施すること
  • 上記の評価を行うに当たっては、疑わしい取引の届出の状況等の分析等を考慮すること
  • 疑わしい取引の届出の状況等の分析に当たっては、届出件数等の定量情報について、部門・拠点・届出要因・検知シナリオ別等に行うなど、リスクの評価に活用すること
  • 金融機関等においては、これらの過程で確認した情報、自らの規模・特性や業務実態等を総合的に考慮し、全ての顧客について顧客リスク評価を実施するとともに、自らが、マネロン・テロ資金供与リスクが高いと判断した顧客については、いわゆる外国PEPs(Politically Exposed Persons)や特定国等に係る取引を行う顧客も含め、リスクに応じた厳格な顧客管理 (Enhanced Due Diligence:EDD)を行う一方、リスクが低いと判断した場合には、リスクに応じた簡素な顧客管理(Simplified Due Diligence:SDD)を行うなど、円滑な取引の実行に配慮することが求められる。
  • 顧客及びその実質的支配者の氏名と関係当局による制裁リスト等とを照合するなど、国内外の制裁に係る法規制等の遵守その他リスクに応じて必要な措置を講ずること
  • 顧客の営業内容、所在地等が取引目的、取引態様等に照らして合理的ではないなどのリスクが高い取引等について、取引開始前又は多額の取引等に際し、営業実態や所在地等を把握するなど追加的な措置を講ずること
  • マネロン・テロ資金供与リスクが低いと判断した顧客については、当該リスクの特性を踏まえながら、当該顧客が行う取引のモニタリングに係る敷居値を上げたり、顧客情報の調査範囲・手法・更新頻度等を異にしたりするなどのリスクに応じた簡素な顧客管理(SDD)を行うなど、円滑な取引の実行に配慮すること
  • 各顧客のリスクが高まったと想定される具体的な事象が発生した場合等の機動的な顧客情報の確認に加え、定期的な確認に関しても、確認の頻度を顧客のリスクに応じて異にすること
  • 継続的な顧客管理により確認した顧客情報等を踏まえ、顧客リスク評価を見直し、リスクに応じたリスク低減措置を講じること。特に、取引モニタリング・フィルタリングにおいては、継続的な顧客管理を踏まえて見直した顧客リスク評価を適切に反映すること
  • 団体の顧客についてのリスク評価に当たっては、当該団体のみならず、当該団体が形成しているグループも含め、グループ全体としてのマネロン・テロ資金供与リスクを勘案すること
  • 【先進的な取組み事例】外国PEPsについて、外国PEPsに該当する旨、その地位・職務、離職している場合の離職後の経過期間、取引目的等について顧客に照会し、その結果や居住地域等を踏まえて、よりきめ細かい継続的顧客管理を実施している事例
  • 疑わしい取引の届出につながる取引等について、リスクに応じて検知するため、以下を含む、取引モニタリングに関する適切な体制を構築し、整備すること
  • 自らのリスク評価を反映したシナリオ・敷居値等の抽出基準を設定すること
  • 上記の基準に基づく検知結果や疑わしい取引の届出状況等を踏まえ、届出をした取引の特徴(業種・地域等)や現行の抽出基準(シナリオ・敷居値等)の有効性を分析し、シナリオ・敷居値等の抽出基準について改善を図ること
  • 制裁対象取引について、リスクに応じて検知するため、以下を含む、取引フィルタリングに関する適切な体制を構築し、整備すること
    • 取引の内容(送金先、取引関係者(その実質的支配者を含む)、輸出入品目等)について照合対象となる制裁リストが最新のものとなっているか、及び制裁対象の検知基準がリスクに応じた適切な設定となっているかを検証するなど、的確な運用を図ること
    • 国際連合安全保障理事会決議等で経済制裁対象者等が指定された際には、遅滞なく照合するなど、国内外の制裁に係る法規制等の遵守その他リスクに応じた必要な措置を講ずること
  • 疑わしい取引の該当性について、国によるリスク評価の結果のほか、疑わしい取引の参考事例、自らの過去の疑わしい取引の届出事例等も踏まえつつ、外国PEPs該当性、顧客属性、当該顧客が行っている事業、顧客属性・事業に照らした取引金額・回数等の取引態様、取引に係る国・地域その他の事情を考慮すること
  • 疑わしい取引の届出を契機にリスクが高いと判断した顧客について、顧客リスク評価を見直すとともに、当該リスク評価に見合った低減措置を適切に実施すること
  • ITシステムの的確な運用により、大量の取引の中から、異常な取引を自動的かつ迅速に検知することや、その前提となるシナリオや敷居値をリスクに応じて柔軟に設定、変更等することが可能となるなど、リスク管理の改善が図られる可能性がある
  • 経営陣は、マネロン・テロ資金供与のリスク管理に係る業務負担を分析し、より効率的効果的かつ迅速に行うために、ITシステムの活用の可能性を検討すること
  • マネロン・テロ資金供与対策に係るITシステムの導入に当たっては、ITシステムの設計・運用等が、マネロン・テロ資金供与リスクの動向に的確に対応し、自らが行うリスク管理に見合ったものとなっているか検証するとともに、導入後も定期的に検証し、検証結果を踏まえて必要に応じ改善を図ること
  • 外部委託する場合や共同システムを利用する場合であっても、自らの取引の特徴やそれに伴うリスク等について分析を行い、必要に応じ、独自の追加的対応の検討等を行うこと
  • 【先進的な取組み事例】 顧客リスク評価を担当する部門内に、データ分析の専門的知見を有する者を配置し、個々の顧客情報や取引情報をリアルタイムに反映している事例
  • コルレス先や委託元金融機関等について、所在する国・地域、顧客属性、業務内容、マネロン・テロ資金供与リスク管理態勢、現地当局の監督のスタンス等を踏まえた上でリスク評価を行うこと。コルレス先や委託元金融機関等のリスクが高まったと想定される具体的な事象が発生した場合には、コルレス先や委託元金融機関等を監視して確認した情報等を踏まえ、リスク評価を見直すこと
  • コルレス先や委託元金融機関等の監視に当たって、上記のリスク評価等において、特にリスクが高いと判断した場合には、必要に応じて、コルレス先や委託元金融機関等をモニタリングし、マネロン・テロ資金供与リスク管理態勢の実態を確認すること
  • 他の金融機関等による海外送金等を受託等している金融機関等においては、当該他の金融機関等による海外送金等に係る管理手法等をはじめとするマネロン・テロ資金供与リスク管理態勢等を監視すること
  • 送金人及び受取人が自らの直接の顧客でない場合であっても、制裁リスト等との照合のみならず、コルレス先や委託元金融機関等と連携しながら、リスクに応じた厳格な顧客管理を行うことを必要に応じて検討すること
  • 輸出入取引等に係る資金の融通及び信用の供与等
  • 輸出入取引は、国内の取引に比べ、実地確認が困難なケースもあることを悪用し、輸出入取引を仮装したり、実際の取引価格に金額を上乗せして支払うなどして犯罪による収益を移転したりすることが容易である。また、輸出入関係書類の虚偽記載等によって、軍事転用物資や違法薬物の取引等にも利用される危険性を有している。金融機関等においては、輸出入取引等に係る資金の融通及び信用の供与等がこうしたリスクにも直面していることを踏まえながら、特有のリスクの特定・評価・低減を的確に行う必要がある。
  • 【対応が求められる事項】
    • 輸出入取引等に係る資金の融通及び信用の供与等に係るリスクの特定・評価に当たっては、輸出入取引に係る国・地域のリスクのみならず、取引等の対象となる商品、契約内容、輸送経路、利用する船舶等、取引関係者等(実質的支配者を含む)のリスクも勘案すること
  • 【対応が期待される事項】
    • 取引対象となる商品の類型ごとにリスクの把握の鍵となる主要な指標等整理することや、取扱いを制限する商品及び顧客の属性をリスト化することを通じて、リスクが高い取引を的確に検知すること
    • 商品の価格が市場価格に照らして差異がないか確認し、根拠なく差異が生じている場合には、追加的な情報を入手するなど、更なる実態把握等を実施すること
    • 書類受付時に通常とは異なる取引パターンであることが確認された場合、書類受付時と取引実行時に一定の時差がある場合あるいは書類受付時から取引実行時までの間に貿易書類等が修正された場合には、書類受付時のみならず、修正時及び取引実行時に、制裁リスト等と改めて照合するこ
    • 輸出入取引等に係る資金の融通及び信用の供与等の管理のために、ITシステム・データベースの導入の必要性について、当該金融機関が、この分野において有しているリスクに応じて検討すること
  • リスク低減措置を講じてもなお残存するリスクを評価し、当該リスクの許容度や金融機関等への影響に応じて、取扱いの有無を含めたリスク低減措置の改善や更なる措置の実施の必要性につき検討すること
  • マネロン・テロ資金供与リスク管理態勢の見直しや検証等について外部専門家等のレビューを受ける際には、検証項目に照らして、外部専門家等の適切性や能力について、外部専門家等を採用する前に、経営陣に報告しその承認を得ること。また、必要に応じ、外部専門家等の適切性や能力について、内部監査部門が事後検証を行うこと
  • マネロン・テロ資金供与対策の方針・手続・計画等の策定及び見直しについて、経営陣が承認するとともに、その実施状況についても、経営陣が、定期的及び随時に報告を受け、必要に応じて議論を行うなど、経営陣の主導的な関与があること
  • 研修等の効果について、研修等内容の遵守状況の検証や職員等に対するフォローアップ等の方法により確認し、新たに生じるリスク等も加味しながら、必要に応じて研修等の受講者・回数・受講状況・内容等を見直すこと

その他、AML/CFTを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 米司法省と米連邦捜査局(FBI)は、米国のマネー・ローンダリング規制に違反した疑いがあるとして、スウェーデンのSEBとスウェドバンクのほか、デンマークのダンスケ銀行に対する捜査で協力を要請しています。現地の報道によると、バルト地域でのマネロン疑惑の捜査を進めている米当局がスウェーデン当局に協力を要請、捜査にはニューヨーク連邦検察も関与しているとしていうことです。
  • スイスの連邦検察当局は、金融大手クレディ・スイスをブルガリアの元顧客によるマネー・ローンダリングを「大規模に」ほう助した疑いで刑事訴追しています。報道によれば、スイス連邦刑事裁判所に提出した起訴状で検察は、マフィアや元トップレベルのレスラーたちが欧州への大量のコカイン密輸などの違法行為で得た1億4,000万スイスフラン(約160億円)以上の取引を同行が決済したと主張しているといいます。営業担当幹部だった女性が2004年から08年にかけてマネー・ローンダリングに関する報告義務を系統的に無視または回避して犯罪組織を手助けしたというものです。なお、同行は無実を主張する、顧客監視義務を怠ったとの検察の主張は「該当時期には存在しなかった規則や原則に基づいている」としています。
  • オランダの高等裁判所は、同国の大手銀行INGグループのトップだったラルフ・ハマーズ氏が同行内で行われていたマネー・ローンダリングを放置した疑いがあるとして刑事捜査を命じています。同氏は1カ月前に、スイス金融大手UBSのCEOに就任したばかりであり、UBSはマネー・ローンダリングと脱税を巡る不祥事からの建て直しを図っているところです。報道によれば、UBSは、検察当局による捜査の間、同氏が職務にとどまると発表、オランダの反マネー・ローンダリング問題に関する独立した評価を含む広範なデューデリジェンスを同氏の採用前に行ったと説明しています。INGは2018年、顧客によるマネー・ローンダリングやその他の犯罪行為を摘発しなかったことを巡り、7億7,500万ユーロ(約9億4,000万ドル)を支払うことでオランダの検察と合意しています。

(2)特殊詐欺を巡る動向

手口が巧妙化する特殊詐欺などの被害から愛媛県民を守ろうと、愛媛県警が罰則規定を盛り込んだ「愛媛県特殊詐欺等撲滅条例」の制定を目指していることが分かりました。特殊詐欺に利用される恐れがある場合、建物の貸し付けや個人情報の提供などを禁止する、建物をアジトとして使用した場合には最大で1年以下の懲役を科すなど強制力を強める狙いがあるとされます。特殊詐欺防止の条例に罰則を設けるのは全国初となるということです。特殊詐欺の実態をふまえた規制のあり方が工夫されている印象があり、暴排条例の立て付けと大変よく似ているともいえます。「特殊詐欺等と知りながら」といった規定については、「暴力団等と知りながら」と同じく、その認定や運用のあり方が実効性を左右するのではないかと考えます。

▼愛媛県 愛媛県特殊詐欺等撲滅条例(案)の概要

まず、条例制定の趣旨として、「悪質な手口や被害の深刻さなどから社会問題となっている特殊詐欺等は、県内においても、平成27年に被害額が過去最高となる約5億6,800万円に上り、その後、官民一体となった各種抑止対策により減少傾向に転じたものの、現在も高い水準で推移し、年々その手口は多様化、巧妙化の一途を辿っています。また、令和2年10月には、県内において初めて特殊詐欺の架け子アジトの摘発が行われ、これまで存在が確認されていなかった特殊詐欺の犯行拠点が県内にも潜在していることが明らかとなり、特殊詐欺等に対する更なる対策の必要性が認識されるようになりました。そこで、特殊詐欺等の被害から県民の生活を守るため、特殊詐欺等の撲滅に向けた関係各所の役割を定めるほか、架け子対策、受け子対策、リクルーター対策に係る罰則を設けた条例を作成するに至ったものです。」と説明されています。

条例の概要としては、以下のとおりです。

  1. 総則
    • 特殊詐欺等を定義(第2条):特殊詐欺等の定義について、相手方を電話等により対面することなく欺き、指定した預貯金口座への振り込みその他の方法により、財物を交付させ、又は財産上不法の利益を得、若しくは他人にこれを得させるもの等と規定します。
    • 「特殊詐欺」のほか、特殊詐欺と同視しうる窃盗、いわゆるアポ電強盗、類似手口の恐喝についても条例の対象としています。
    • 財物等の取得段階において、キャッシュカード等を相手方の隙を見るなどしてすり替えれば窃盗、暴行や脅迫を用いて強奪すれば強盗、脅迫による畏怖に基づいて財物等を交付させれば恐喝と罪名が変わりますが、こうした特殊詐欺と同視しうる手口で行われる犯行全てを本条例の対象にします。
    • 県、県民、事業者、青少年の育成に携わる者の責務(第3条~第6条):県、県民、事業者、青少年の育成に携わる者に対し、関係者が特殊詐欺等の被害に遭わないよう被害の防止対策に努めるなど、特殊詐欺等の撲滅のために適切な措置を講じるよう規定します。
    • 特殊詐欺等の被害防止に向けた施策を総合的かつ計画的に推進する責務が県(知事部局、教育委員会、公安委員会)にあることを明記します。
    • 県民及び事業者に対し、特殊詐欺等に関する知識及び理解を深め、自治体の施策に協力することや、家族などの身近な者に対する被害防止に努めること、事業活動が特殊詐欺等に利用されないための措置を講ずることを努力義務として規定します。
    • 青少年の育成に携わるものが、青少年やその家族の被害防止について指導、助言し、また、青少年に対して、犯行に加担しないための指導、助言等を行うよう努力義務を規定します。
    • 特殊詐欺等の被害防止に関し、県及び市町との連携を規定(第7条):県が特殊詐欺等の被害の防止に関する施策を効果的に推進するため、より地域の実情に精通した市町との連携を図ることや、県が市町の施策への支援等を積極的に行うことを規定します。
    • 市町がより地域に密着した情報を保有していることや自治会等の地域コミュニティに精通していることから、県との間において、特殊詐欺等の被害防止に関する必要な情報の共有を行うなど相互の連携を図ることにより、真に効果のある施策を推進していくこととします。
  2. 被害の防止に関する基本的施策
    • 必要な広報啓発活動(第9条):県は、県民が被害に遭わないよう、被害防止に関する県民等の関心と理解を深めるために、必要な広報及び啓発を行っていくことを規定します。
    • 特殊詐欺等の発生状況、犯行手口等被害の未然防止を図るために必要な広報や、自身や家族、近隣住民等が被害に遭わないための具体的な被害防止方法等を広報、啓発することとします。
    • 県民等の自主的な支援活動(第10条):特殊詐欺等の被害防止に関する重要な柱である県民等による自主的な活動を一層活発かつ効果的に促進するため、県が積極的に支援を行っていくことを規定します。
    • 街頭キャンペーン等の広報啓発活動や年金支給日におけるATMへの警戒活動等の県民等による自主的な活動が促進されるよう、必要な情報の提供や関係機関との連絡調整等、専門的な立場からの助言等の支援を行うこととします。
    • 青少年育成に係る支援(第11条):第6条に規定する青少年の育成に携わるものの指導、助言等が円滑に行われるようにするため、県が、青少年の育成に携わるものに対して必要な支援を行うことを義務付けます。
    • 特殊詐欺等に詳しい講師の派遣や青少年の育成に携わるものに対する研修会等青少年の育成に携わるものに対して必要な支援を行うこととします。
    • 特殊詐欺等発生状況の情報提供(第12条):県に、特殊詐欺等の被害の防止を図るため、県民等及び市町に有意な情報をタイムリーに発信することを義務付けます。
    • 警察本部で認知した、発生して間もない被害(不審電話)の情報等について、特殊詐欺被害防止アラートや、警察が配信している安全安心メールマガジン等あらゆる媒体を活用し、広く県民に情報提供します。
    • 県民等による適切な通報等の推進(第13条):県民や事業者に対して、特殊詐欺等の被害に遭ったおそれがある者又は遭いかけているおそれがある者を発見したときは、警察官へ積極的に通報すること等を努力義務として規定します。
    • 金融機関での現金の振り込みやコンビニエンスストア等での電子マネーの購入等に際し、だまされている可能性が高い方等について、警察官への通報を積極的に行うことを規定します。
    • これにより、被害の水際阻止の効果が高まることが期待されるほか、事業者に対しては、事業活動を通じて、犯人と思われる者を発見したときも積極的に警察官へ通報するよう努力義務を規定します。
    • 特殊詐欺等の被害者に対する支援(第14条):県に対し、特殊詐欺等の被害者が財産及び心身に深刻な被害を受けることに鑑み、被害者に対して真摯に相談に応じ、被害者救済に係る制度について情報提供、適切な機関の紹介など必要な支援を行うこととして規定します。
    • 「犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払い等に関する法律」や「犯罪被害財産等による被害回復給付金の支給に関する法律」に基づく被害回復給付金支給制度の教示等被害回復のための助言を行うことを規定します。
  3. 被害の防止のための必要な措置
    • 建物の貸付け等に係る規制(第15条~第18条):特殊詐欺等に利用されるおそれがある場合の建物の貸付けや宿泊施設の提供の禁止、契約時の特殊詐欺等での利用でないことの確認等を規定します。
    • 建物を特殊詐欺等の犯行拠点(アジト)として利用することを禁止するほか、愛媛県内に所在する建物の所有者(家主)が、当該建物が特殊詐欺等の用に供されるおそれがあることを知りながら貸し付けることを禁止します。
    • 貸付契約の締結前に相手方より建物を特殊詐欺等の用に供しないことを確認した誓約書を徴収すること、特殊詐欺等の用に供されることが判明したときに催告することなく契約が解除できる旨の特約を設けることなどを努力義務として規定します。
    • 県内に所在する建物の貸付けの代理又は媒介をする者(不動産業者等)が、建物が特殊詐欺等の犯行拠点(アジト)として利用されることを知りながら、媒介等することを禁止することを努力義務として規定します。
    • 旅館営業者等に対して、特殊詐欺等の用に供されるおそれがあることを知りながら宿泊させることを禁止するとともに、宿泊施設が特殊詐欺等に利用されていることが判明した場合は、当該宿泊サービスの提供に係る契約の解除を求めることを努力義務として規定します。
    • 個人情報の提供等に係る措置(第19条・第20条):特殊詐欺等に利用されるおそれがある場合の個人情報、個人データの提供を禁止することを規定します。
    • 多量の名簿等の個人情報が特殊詐欺等のだましの電話等に使用されている現状に鑑み、犯人グループに名簿等を渡さないようにするため、何人も名簿等の個人情報が特殊詐欺等の用に供されるおそれがあることを知りながら、第三者に個人情報を提供することを禁止します。
    • 健全な事業活動から特殊詐欺等に加担する第三者を排し、県民の被害の防止に資するため、個人情報取扱事業者に対して、個人情報保護法第25条第1項に規定する記録の作成を要する第三者提供で、かつ、初めての提供先である場合等に、運転免許証等の公的証明書で厳格な本人確認を行い、確認に係る記録を一定期間保存することを義務付けます。
    • 特殊詐欺等への加担防止のための必要な措置(第21条):正当な理由なく、個人情報等及びマニュアルを所持等することを禁止します。正当な理由なく、公共の場所等において国等が発行する身分証明書に係る偽造品を携帯することを禁止します。特殊詐欺等へ勧誘・強要することを禁止します。
    • 特殊詐欺等を行う犯行グループにおいて、架け子が相手方に架電する際に参照するための欺罔文言や役割(市役所職員、警察官、家電量販店店員等)をまとめたものをマニュアルとして組織内で共有していることが多いことから、正当な理由なく、架電先を参照するための個人情報等(いわゆる名簿)及びマニュアルを所持又は電磁的に保管することを禁止します。
    • 特殊詐欺等の受け子については、警察手帳等偽造した身分証を所持している場合が多いことから、正当な理由なく、公共の場所において国等が発行する身分証明書の偽造品を携帯することを禁止します。
    • 特殊詐欺等のリクルーターについては、SNS等を通じて受け子等を勧誘するほか、旧来の知人やグループを離脱しようとする者に対し、威圧等を用いて参加を強要することも想定されることから、特殊詐欺等に加担するよう勧誘するほか、加担を強要することを禁止します。
  4. その他
    • 一定の行為に対する罰則を規定(第24条~第27条):建物を特殊詐欺等に利用した違反:1年以下の懲役又は50万円以下の罰金。正当な理由なく個人情報等及びマニュアルを所持等した違反及び正当な理由なく身分証明書に係る偽造したものを携帯した違反:50万円以下の罰金。特殊詐欺等に勧誘・強要した違反:30万円以下の罰金
    • 条例に規定する、建物のアジト使用(第15条第1項)、名簿及びマニュアルの所持等(第21条第1項)、公的な身分証明書の偽造品を公共の場において携帯(第21条第2項)、特殊詐欺等への勧誘・強要(第21条第3項)について、所要の罰則を設けます。
    • これらの行為については、行為者のほか、その行為者と一定の関係にある法人又は自然人も処罰することを規定します。

さて、新型コロナウイルスワクチンに絡む詐欺がインターネット上で急増しています。2021年1月6日付ロイターによれば、価格150ドルのワクチンを数日以内に配達することをうたう詐欺やコロナワクチンを早期に接種できる秘密リストへのアクセスを約束する電子メールなど手法は多様で、欧米政府当局者が注意を呼び掛けているということです。詐欺は、コロナ感染症の急拡大が続く中、計画よりも緩慢なペースでの展開となっているワクチン接種を巡る不安に付け込んでいるとみられており、ロイターが調べたところ、匿名性の高いネット空間「ダークウェブ」やチャットアプリのテレグラム上で、コロナワクチン販売をうたう投稿が7件見つかったといいます。日本でも、東京都の福祉保健局などをかたり、「高齢者が優先的に新型コロナのワクチン接種などを受けられる」と持ち掛けて、現金の振り込みを求める詐欺の電話が都内の高齢者に相次いでいることがわかりました。報道によれば、都の福祉保健局などをかたって、「高齢者を対象にPCR検査とワクチンを受けることができます」、「接種後は1泊してもらいます」、「10万円の予約金が必要なので、指定の口座に振り込んでください」などと現金の振り込みを求める電話が相次いで確認されたということです。電話はいずれも目黒区に住む80代の女性3人にあててかかってきたといいますが、いずれも被害はなく、ワクチン接種名目の詐欺の電話が確認されたのは初めてだということです。

昨年1年間の特殊詐欺の状況については、警察庁からの集計結果はまだ発表されていませんが、各地の報道から、エリア内の状況の暫定値や傾向が報道されているものもあり、以下にいくつか紹介します。

  • 兵庫県内では、特殊詐欺の被害が急増しているようです。兵庫県警は昨夏、「特殊詐欺警戒アラート」を発令したばかりですが、12月に入って約200人体制の「特殊詐欺総合対策本部」を設置しています。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため外出自粛で、特殊詐欺の被害確率が高い高齢者の在宅率が上がり、被害そのものは全国的に減少傾向にある一方で、兵庫県内の特殊詐欺による被害が、発生件数・被害額ともに前年の同期間と比べて2倍近いペース(いずれも約7倍)に増えているということです。特に還付金に関する詐欺が急増していて、認知件数は昨年の同時期の約32倍だということです。報道によれば、兵庫県警本部長は、「兵庫県が特殊詐欺のターゲットとされ、犯行を許している状況は極めて憂慮すべき。対策の正念場を迎えている。事件の背後にある暴力団などを視野に入れ、突き上げ捜査やアジト(犯行グループの拠点)の摘発により、実態解明を推進してほしい」と訓示したと報じられています。兵庫県がターゲットとなっている理由は今後、精緻な分析が行われると思いますが、「2つの山口組」の抗争激化とも何らかの関係があるのではないかとも考えらえるところです。
  • 2020年に大阪府内で発生した特殊詐欺被害の総額は約9億円に上り、去年1年間の被害額(約4億1,000万円)の2倍以上に増加したということです。隣の兵庫県も前年に比べて被害額が2倍近く急増していることと同様の構図となっていることが考えられます。
  • 岡山県警は、県内で今年認知された特殊詐欺の被害総額が5億円を超えたと発表しています。前年同期の2倍超に達しており、高齢者が被害に遭うケースが目立っているといいます。報道によれば、昨年の被害は12月17日現在で98件・約5億1,310万円となり、認知件数・被害額は前年同期(101件・約2億1,660万円)の3倍にも上り、年に5億円を超えたのは2017年以来の水準となりました。1,000万円以上の高額被害も14件に上っているということです。とりわけ、65歳以上の被害が90件・約4億6,870万円で件数、金額とも9割以上を占めています。手口として多いのはキャッシュカードを狙ったもので、全体の約6割を占めているほか、犯行のきっかけの約9割は自宅の固定電話で、行政や金融機関などの職員を名乗って電話をかけて言葉巧みに会話し、その後、自宅を訪れてキャッシュカードをだまし取る手口が目立つようです。なお、これだけ被害が深刻化した理由を今後精査する必要がありますが、兵庫県・大阪府・岡山県が同様の傾向を示している点は、「2つの山口組」の抗争との関係性の疑いをより濃厚にするものといえます。
  • 広島県内の昨年1年間の特殊詐欺の被害額が3年連続で過去最少を更新したということです。報道によれば、昨年1年間の特殊詐欺の認知件数は136件、被害額は前年よりおよそ8,000万円少ない約2億4,100万円で、統計を取り始めた2011年以来、過去最少となったといいます。これまで最も多かったのは2014年の約16億3,400万円で、同県警は被害を減らそうと3年前には、特殊詐欺事件の捜査室を設けるなど、対策をとってきということです。。さらに、金融機関の窓口やコンビニの店員からの「声掛け」といった、「水際対策」で昨年は209件の被害を未然に防いだということです。一方で、身に覚えのない料金の支払いを求められる架空請求詐欺の被害額は1億円を越え、キャッシュカードなどをだまし取る預貯金詐欺も前の年より約2,000万円被害額が増えており、被害者は高齢者が6割以上を占めるなど、注意を呼び掛けています。
  • 神奈川県警本部長は、2020年の印象深い出来事として、新型コロナウイルスの感染拡大を挙げ、感染防止のため「警察の業務運営も見直しを図らねばならなかった」としつつ、特殊詐欺の摘発件数の増加など「社会生活が変わる中で一定の成果を上げることができた」と総括しています。神奈川県警は特殊詐欺対策を最重要課題に位置付けて摘発と抑止を強化しており、同県警によると、昨年11月末時点の認知件数(暫定値)は前年同期比913件減の1,624件(▲36%)だった一方、検挙件数は同136件増の606件となったということです。ただし、同県警では、「摘発の9割近くが組織の末端といわれる受け子や出し子、突き上げ捜査で組織の中心人物を検挙したい」などとしています。
  • 福島県警察本部によると、福島県内で昨年発生した、なりすまし詐欺の被害件数は135件で、前年から31件増加し、被害総額も約2億2,795万円と、前年から5,299万円も増加したということです。過去10年の年間被害額は2014年の4億7,079万円をピークに減少し、2019年は1億7,496万円となっていたところであり、同県警は「深刻な状況にある」との認識を示し、注意を呼び掛けています。なお、報道によれば、警察官や金融機関の職員などになりすまし、キャッシュカードを騙し取る手口が全体の約7割を占め、前年より37件増加して61件となり被害の半分を占めて、件数増加の要因となったほか、被害者の85%が65歳以上の高齢者で、地域別では福島市と郡山市での被害が多くなっているといいます。
  • 福岡県内で昨年発生したニセ電話詐欺のうち、キャッシュカードや通帳を狙った手口や、架空の料金を請求する手口が9割を占めているということです。報道によれば、同県内で昨年被害が確認されたニセ電話詐欺は、11月末現在で191件で、被害総額は3億000万円あまりに上っています。このうち、キャッシュカードや通帳をだまし取る手口と架空料金を請求する手口は、認知件数と被害額ともに全体の9割を占め、警察官を名乗って電話する手口が多いということで、同県警は「警察官が暗証番号を聞くことは絶対にない」と注意を呼びかけています。

また、新型コロナウイルスの影響で収入が減った中小事業者を支援する政府の持続化給付金を巡る不正受給の問題については、本コラムでも詳しく取り上げていますが、報道によれば、不正が疑われる申請が少なくとも約6,000件あり、既に不正受給された疑いのある事例の総額は少なくとも約30億円に上ると報じられています。警察による不正の摘発が全国で相次いでおり、給付金の申請期間は今年1月までとなっているとから、実際の被害規模はさらに膨らむ可能性があります。経済産業省によると、一般的な補助金を給付する場合、申請書類以外にも、事業設立の経緯や内容、取引先などを詳細に聞き取っていますが、今回、新型コロナウイルスの緊急対策として「数日を争うので、審査を簡素にして性善説で運用すべきだと与野党から強く言われた」経緯もあり、こうした手続きを省略、「事務局の審査では基本的に書類に不具合がないかをパッと見て、問題がなければ通していた」という実態だったようです(もちろん、昨年5月の制度開始当初からこのような事態は懸念されていました)。対策として、2次補正予算で事務を受託したコンサルティング会社は、これまでの不正と似ている申請に注意喚起のマークが表示されるよう、審査システムを変更したとも報じられています。一方、不正受給について、全国の警察が詐欺容疑(未遂を含む)で検挙した人が昨年12月18日時点で279人(立件総額約2億1,200万円)に上ることが、警察庁のまとめで分かったといいます。検挙した警察は39都道府県で、不正が全国的に横行していた実態が明らかになっています。SNSを利用して申請者を募り、不正を指南した会社役員のほか、元税理士や税務署職員、国立印刷局職員を逮捕したケースがありました。なお、暴力団がみかじめ料を支払わせている店に、一定の手数料を渡した上で申請を行わせていたという情報もあり、一時的にカネに困った組織の末端の犯行が多いのではないかとも考えられています。また、「軽い気持ちでやってしまった」など、不正受給をした人らからの相談は、全国の警察に計約2,800件あったといいます。

なお、不正受給で詐欺罪に問われた者の公判も進んでいます。例えば、アルバイトの男性(24)の判決公判では、神戸地裁は、懲役1年6月、執行猶予4年(求刑懲役1年6月)の判決を言い渡しています。報道によれば、裁判長は判決理由で「制度が経済的支援のために迅速な手続きであることに付け込んだ大胆かつ巧妙な犯行だ」と指摘したといいます。検察側は論告で「コロナによる経済的打撃とは無縁だった。国難を利用した卑劣な犯行だ」と非難していました。また、別の被告(21)と共謀の上、知人にウソの申請をさせ、国の持続化給付金あわせて200万円をだまし取った詐欺の罪に問われている愛知大学の男子学生は、初公判で起訴内容を認めています。冒頭陳述で、検察側は被告が知人に対し「何か聞かれたら『個人事業主だって言えばいい』と話し勧誘していた」としたうえで、「不正申請1件につき4万円から8万円の報酬を得ていた」と指摘したといいます。さらに、同じく詐欺罪に問われた愛知県尾張旭市の会社役員ら3人の名古屋地裁での初公判では、いずれも起訴内容を認めています。検察側の冒頭陳述によると、税理士事務所での勤務経験から確定申告の手続きに詳しい会社役員に虚偽申請の代行を持ちかけ、「ばれないよう申請者の所得額をばらつかせよう」と応じたということです。愛知県警は、3人が約400人に不正受給の指南や代行をし、被害額は4億円に上る可能性があるとみているといいます。このように、公判が各地で進むことで、さまざまな手口や動機が明らかになっていくものと思われます。一方で、厳罰に処されることが周知されることによって、犯罪の抑止につながることも期待したいところです。

では次に、例月どおり、直近の特殊詐欺の認知・検挙状況等について確認しておきます。

▼警察庁 令和2年11月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和2年1月~11月における特殊詐欺全体の認知件数は12,291件(前年同期15,403件、前年同期比▲20.2%)、被害総額は245.7憶円(286.8憶円、▲14.3%)、検挙件数は6,736件(6,171件、+9.2%)、検挙人員は2,427人(2,585人、▲6.1%)となっています。ここ最近同様、コロナ禍の状況もあり、認知件数・被害総額ともに減少傾向にあることに加え、検挙件数が大幅に増加、検挙人員も認知件数や被害総額ほどが落ち込んでいないことから、摘発が進み、特殊詐欺が「割に合わない」状況になっていることを示しているのではないかと考えることも可能です。なお、後述しますが、直近の犯罪統計資料によれば、暴力団犯罪のうち、詐欺の検挙件数1,413件(2,167件、▲34.0%)、検挙人員は1,099人(1,346人、▲18.4%)となっており、新型コロナウイルス感染拡大や特定抗争指定などの影響により、暴力団の詐欺事犯への関与が激減していることがより際立つ対照的な数字となっています。

類型別では、オレオレ詐欺の認知件数は2,013件(6,161件、▲67.3%)、被害総額は55.3億円(62.3億件、▲11.2%)、検挙件数は1,759件(3,022件、▲41.8%)、検挙人員は594人(1,499人、▲60.4%)などとなっています。また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は2,649件(3,378件、▲21.6%)、被害総額は36.9憶円(52.5憶円、▲29.7%)、検挙件数は2,294件(1,456件、+57.6%)、検挙人員は664人(422人、+57.3%)などとなっており、分類の見直しもあり、前期との比較は難しいとはいえ、キャッシュカード詐欺盗の被害の深刻化が顕著であることは指摘できると思います。さらに、預貯金詐欺の認知件数は3,792件、被害総額は0.2憶円、検挙件数は1,504件、検挙人員は824人(従来オレオレ詐欺に包含されていた犯行形態を令和2年1月から新たな手口として分類)、架空料金請求詐欺の認知件数は1,791件(3,192件、▲43.9%)、被害総額は67.7憶円(79.2億円、▲14.5%)、検挙件数は466件(1,241件、▲62.4%)、検挙人員は154人(560人、▲72.5%)、還付金詐欺の認知件数は1,581件(2,292件、▲31.0%)、被害総額は21.6憶円(29.1憶円、▲25.8%)、検挙件数は418件(296件、+41.2%)、検挙人員は60人(27人、+122.2%)、融資保証金詐欺の認知件数は266件(297件、▲10.4%)、被害総額は3.5憶円(4.5憶円、▲22.2%)、検挙件数は199件(86件、+131.4%)、検挙人員は55人(25人、+120.0%)、金融商品詐欺認知件数は55件(25件、+120.0%)、被害総額は3.9憶円(1.8憶円、+116.7%)、検挙件数は30件(28件、+7.1%)、検挙人員は29人(20人、+45.0%)、ギャンブル詐欺の認知件数は92件(35件、+162.9%)、被害総額は2.0億円(2.6憶円、▲24.2%)、検挙件数は35件(12件、+191.7%)、検挙人員は14人(11人、+27.3%)などとなっています。これらの類型の中では、「金融商品詐欺」などが増加している点に注意が必要な状況です。

犯罪インフラの状況については、口座詐欺の検挙件数は631件(869件、▲27.4%)、検挙人員は435人(514人、▲15.4%)、盗品等譲り受け等の検挙件数は5件(5件、±0%)、検挙人員は3人(4人、▲25.0%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,324件(2,275件、+2.2%)、検挙人員は1,892人(1,859人、+1.8%)、携帯電話端末詐欺の検挙件数は193件(264件、▲26.9%)、検挙人員は152人(195人、▲22.1%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は29件(42件、▲31.0%)、検挙人員は25人(28人、▲10.7%)、組織犯罪処罰法違反の検挙件数は95件、検挙人員は18人などとなっています。これらのうち、犯罪収益移転防止法違反の摘発が増加しているのは、金融機関等におけるAML/CFTの取組みが強化されていることの証左ではないかと推測されます。

また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では、特殊詐欺全体では、男性26.4%:女性73.6%、60歳以上89.6%、70歳以上79.4%、オレオレ詐欺では、男性19.6%:女性80.4%、60歳以上95.2%、70歳以上92.0%、融資保証金詐欺では、男性68.4%:女性31.6%、60歳以上29.1%、70歳以上11.0%、特殊詐欺被害者全体に占める高齢(65歳以上)被害者の割合・女性の割合については、特殊詐欺 85.8%(76.9%)、オレオレ詐欺 94.6%(79.9%)、預貯金詐欺 98.3%(83.9%)、架空料金請求詐欺 45.3%(54.2%)、還付金詐欺 87.5%(64.5%)、融資保証金詐欺 20.7%(14.3%)、金融商品詐欺 74.5%(70.7%)、ギャンブル詐欺 23.9%(36.4%)、交際あっせん詐欺 19.0%(0.0%)、その他の特殊詐欺 34.5%(80.0%)、キャッシュカード詐欺盗 96.7%(80.0%)となり、類型によってかなり異なる傾向にあることが分かりますが、概ね高齢者被害の割合が高い類型では女性被害の割合も高い傾向にあることも指摘できると思います。このあたりについては、以前の本コラム(暴排トピックス2019年8月号)で紹介した警察庁「今後の特殊詐欺対策の推進について」と題した内部通達で示されている、「各都道府県警察は、各々の地域における発生状況を分析し、その結果を踏まえて、被害に遭う可能性のある年齢層の特性にも着目した、官民一体となった効果的な取組を推進すること」、「また、講じた対策の効果を分析し、その結果を踏まえて不断の見直しを行うこと」が重要であることがわかります。

次に、特殊詐欺を巡る最近の報道から、少し変わった手口や話法などを中心にいくつか紹介します。特殊詐欺の被害防止策のひとつが、「手口をよく知る」ということです。類型的には同じでも、話法などがたますます多様化している実態もあり、参考にしていただければ幸いです。

  • 日本に住む中国人を狙った特殊詐欺事件が相次いでいるといいます。大阪府警は、大阪市に住む中国人留学生の20代女性が、約1,700万円をだまし取られる被害にあったと発表しています。詐欺グループは警察官などを装って流暢な中国語で言葉巧みに現金を要求していたということです。報道によれば、大阪府内で在日中国人を狙った詐欺事件は昨年3月に初めて確認され、12月までに22件計約3,744万円の被害が確認されており、電話の主は中国の政府機関や大使館員などを名乗り、「強制送還される」「在留資格を失う」などと不安をあおって現金を要求してくるという手口のようです。なお、埼玉県内に住む中国人たちに、中国語で在日中国大使館や警察などを装い、「強制送還」をちらつかせて不安をあおる電話が相次いでいるという報道もありました。昨年10月と11月には多額の現金をだまし取られる被害も埼玉県内で発生しています。なお、電話は最初に中国語の音声ガイダンスで始まる場合が多く、「緊急公文書がある」「在留カードが間もなく失効する」などと流れる。音声の最後に「『9』を押すと、担当者が説明をします」と流れ、その後、中国語で話す人物が出てきて個人情報を聞き取ったり、口座へ振り込むように誘導したりするということです。
  • 神戸市北区の92歳の無職女性が、警察官を名乗る男に現金や通帳とキャッシュカード各1点を盗まれたとして、神戸北署に届け出ましたが、女性の口座からは現金約50万円が引き出されていたということです。警察官を名乗る男が「詐欺の犯人を捕まえた。あなたの口座にお金が振り込まれている」などと電話の上、女性宅を訪問、「偽札が出回っているので現金を確認したい」と言われ、手渡した約2万8千円をだましとられたといいます。また、男の指示に従い、通帳1通とカード1枚を封筒に入れて卓上に置いていたところ、紙とトランプが入った別の封筒にすり替えられていたということです。
  • コロナ禍でネット通販などの宅配便増加を悪用し、宅配業者を装った「詐欺メール」が横行しています。偽サイトにアクセスすると不正なアプリをインストールするように誘導され、自身のスマホから自動的に偽メッセージが大量送信されて、身に覚えのない通信料を請求されるケースが多いようです。また偽サイトに入力したIDやパスワード、暗証番号、認証コードなどが携帯電話会社のキャリア決済などに不正利用され、請求を受けるケースもあるといいます。「私の電話番号から海外宛てにSMSが100回以上、送信されており、通信料を1万円以上請求された」、「約11万円がキャリア決済され、電子マネーが購入されていた」などの相談が国民生活センターに寄せられているといいます。
  • 新型コロナウイルス感染拡大の影響で売り上げが減った個人事業主らを対象にする国の「家賃支援給付金」をだまし取ったとして、警視庁捜査2課は、美容師を詐欺容疑で逮捕しています。同給付金の不正受給とみられる事例は複数確認されていますが、逮捕者が出るのは全国初となります。逮捕容疑は8月、新型コロナの影響で収入が減ったとする虚偽の売り上げ台帳や偽の賃貸借契約書などを中小企業庁に提出し、家賃支援給付金約170万円をだまし取ったというもので、アパートの管理会社に給付金の振り込み通知が届いて不正の疑いが浮上し、警視庁が捜査していたものです。なお、本件では、この美容師の女が「ネットの情報を参考にした」と供述しているということです。
  • 1人暮らしの女性方に広島県警の警察官を名乗る男から「特殊詐欺が多発している。変な電話があれば連絡を」と電話があり、翌日には孫を名乗る男から「金が必要で困っている。2,000万円送って」と電話、女性は孫の声と違うのを不審に思い、前日に伝えられた番号に電話すると「だまされたふりをして捕まえるので協力してほしい。支払った金は全額返金する」と言われたといいます。すると翌日、再び孫を名乗る男から「300万円でいいので送って」と電話があり、女性は「だまされたふり作戦」と信じて指定された県外の住所にコンビニから宅配便で現金300万円を送ったということです。翌日、(ご丁寧にも)警察官を名乗る男から「現金が届き、犯人を逮捕した」と連絡があったといいます。
  • 三重県伊賀市の女性が身に覚えのない請求を受けて現金およそ730万円をだまし取られる被害にあいました。60代の保育士の女性が、携帯電話に送られてきた「NTTファイナンス」を騙るメールにあった電話番号に連絡したところ、男から「30万円の未払いがある」と言われました。女性は、その後も別の団体職員を名乗る男から電話で、「振り込んだ現金は後日返金される」、「あなたの携帯からウイルスが拡散されて損害賠償が必要だ」などと、約700万円を請求されたということです。女性は、複数回にわたって約730万円を振り込んだということです。
  • 大分県警大分南署は、大分市の一人暮らしの80代の女性が約1,300万円をだまし取られたと発表しています。男から、「10年前にあなたはやってはいけないことをした。お金で解決するしかない。お金は必ず戻ってくる」と電話があり、女性は指示通りにATMで金を下ろし、自宅近くの路上で現金を手渡したといいます。報道によれば、女性は「10年前のやってはいけないことに身に覚えはないが、支払ってしまった」と話しているということです。
  • 埼玉県警狭山署は、入間市の60代の無職男性が、インターネットサイトの未納料金名目などで現金と電子マネー計1,180万円をだましとられたと発表しています。男性は、サイト利用料金の未納を知らせるメールを受け、記載された連絡先に電話、通信会社職員を名乗る男らから「刑事問題になる。逮捕される」などと言われ、計7回にわたり、指定された電子マネーを購入し、口座に現金を振り込んだといいます。男性が、「私は逮捕されると聞いたが、捜査は進んでいるのか」などと自ら同署に相談し、詐欺であることが判明したということです。
  • 埼玉県警浦和東署は、さいたま市緑区の70代の自営業男性が現金約4,800万円と電子マネー約50万円分をだまし取られたと発表しています。報道によれば、男性のスマホに、記載の番号に電話をするよう書かれたメールが届いたため男性が電話をしたところ、通信販売会社の社員などを名乗る男らから「会費が未納になっている。すでに裁判の判決が出ており、賠償を求められている」などと言われたことから、男性は複数回、電子マネーを購入し、指定された口座に現金を振り込んだというものです。
  • 20代の運送業の容疑者は、名古屋市中川区の71歳の女性に「自宅の現金が偽札にすり替えられているので、警察官が預かる」などとうその電話をした男に代わり、警察官を装って、女性から現金950万円をだまし取った疑いで愛知県警に逮捕されています。容疑者から「詐欺グループ内のトラブルで脅されている」と警察に通報があり、その後の調べで、詐欺の事実を供述したため、逮捕したということです。警察は、詐欺グループ内で何が起きているのかなど、組織の解明を進めるとしています。
  • 大分県警宇佐署は、50代の男性会社員が、競馬の必勝法を教えるといわれ1,400万円をだまし取られる特殊詐欺被害に遭ったと発表しています。報道によれば、男性は昨年10月、スマホで競馬の必勝法を教えるとうたったサイトにメールアドレスや電話番号を登録、「八百長レースを仕込み、投資した人はレースでもうける」とのメールを受け取り、電話をかけてきた男の指示通りに計20回にわたって金融機関の口座に計1,400万円を振り込んだということです。
  • 国際ロマンス詐欺の被害も多発しています。SNSで自称49歳の外国人の男と知り合い、交際や結婚を求められた女性が、男から「軍医としての功労でイエメンから3億円の報奨金が出たので受け取ってほしい」と連絡があったといい、そのうえで「1億円が入った小包を受け取るため」の関税や手数料の名目で現金を要求され、昨年5月上旬から8月下旬に計9回、指定された金融機関の口座に振り込んだということです。女性は男と一度も会ったことはなく、その後、男と連絡が取れなくなり、同署に相談したというものです。また、北海道警札幌西署は、札幌市西区の30代の女性がロシア人の宇宙飛行士を名乗る男らに約600万円をだまし取られる詐欺被害にあったと発表しています。報道によれば、女性は昨年12月上旬から中旬にかけて、インスタグラムで知り合った宇宙飛行士を名乗る男らから「引退したら日本に住みたい。先に送る荷物の代金を代わりに払ってほしい」などと英語でメッセージを受け取り、3回にわたって指定口座に現金を振り込んだということです。

本コラムでは最近、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。

  • 長崎県警対馬南署は特殊詐欺被害を未然に防いだとして、「ファミリーマート対馬厳原大手橋店」の従業員に感謝状を贈っています。同店による被害防止は2017年2月以降で7回目となり、被害を防いだ金額は計約75万円に上るといいます。今回の事例は、60歳代の女性客が携帯電話で通話しながら30万円分の電子マネーを購入しようとしたことを不審に思い、「詐欺かもわかりませんよ」と説得。その後の警察の捜査で特殊詐欺と判明したというものです。「そもそも不審に思う」、「不審に思って声をかける勇気」などが功を奏したものといえます。なお、(まったくの想像ですが)このお店では、店長などから特殊詐欺に関するさまざまな情報を日頃から共有していたのではないかと考えられます。また、同じく長崎県警諫早署は、特殊詐欺被害を未然に防いだとして、ファミリーマート西諫早ニュータウン店のパート従業員に感謝状を贈っています。70代男性が「15万円を振り込みたい」と同店で申し出たため理由を尋ねると、「アダルトサイトに誤って登録し、退会費の支払いを求められた」と話したため、詐欺を疑い、同署に通報、男性は被害を免れたというものです。ほかにも、北海道警旭川東署は、東旭川郵便局とローソン永山十八丁目店のスタッフら4人に感謝状を贈っています。東旭川郵便局では12月8日、80代女性が約30万円の送金に訪れ、女性の様子を不審に思った局員らが警察に通報し特殊詐欺の被害を防いだといいます。女性は知らないアドレスから届いたメールに書かれていた番号に電話し、架空請求を受けたということです。また、コンビニでは、ウェブサイトで4万5,000円分の電子マネーを架空請求された70代男性を従業員と店長が説得し、購入を思いとどまらせたというものです。店長は「うちの店で詐欺はさせない」と話したということで、そのような強い使命感もまた被害防止につながるものだと痛感させられます。それ以外にも、6万5,000円分のプリペイドカードを購入しようとした男性に「詐欺ではないか」と声を掛け110番通報するなど対応したローソン緑鴨居町店(神奈川県)の事例、特殊詐欺被害を防いだとして長崎県の大村署は21日、ファミリーマート大村小路口町店の店長と従業員に感謝状を贈った。同店に来店した80代男性が4万円分の電子マネーを購入しようとしたため従業員が理由を聞くと、「コンピューターウイルス除去のための費用」と答えたため、詐欺を疑い店長に相談、店長は男性に詐欺の可能性を伝え、警察に連絡して被害を防いだファミリーマート大村小路口町店(長崎県)の事例、80代の男性がパソコンの修理代として4万円分の電子マネーを購入しようとした際、購入を思いとどまらせて被害を未然に防いだセブンイレブン宮崎薫る坂店(宮崎県)の事例、電子ギフト券を購入しようとした70代の男性に声をかけ、ニセ電話詐欺の被害を未然に防いだ神埼市(佐賀県)のコンビニエンスストアの事例、80代男性が携帯電話で話しながら28万5,000円分の電子マネーを買おうとしたため、来店中の客が高額の購入を不審に思い、使い道を質問、男性が「分からん」と答えたため詐欺を疑い、店員2人もやめるよう促したところ、男性が通話したまま店を出たため、2人が後を追い、近くのコンビニで購入していたところを再度説得し、110番したファミリーマート岡山上道駅前店とその客の事例(相当なお節介で被害を防いだものと高く評価したいと思います)、有料サイトの未納料金があるとの虚偽のメールで架空請求をされ、30万円分の電子マネーを購入しようとしていた60代女性に理由を尋ね、不審な点があったため、警察に通報し被害を防いだセブン-イレブン筑後大和塩塚店の事例、メモと電話の子機を持った70代女性が来店、聞いたことがないカード名を尋ねられ、女性のメモに電話番号と「5万円分」の走り書きを見つけたため購入理由を聞くと、「PCのウイルス解除に必要」、「片言の日本語を話す人に指示された」などと答えたため、「詐欺かもしれない」と助言、警察に通報し、被害を防いだファミリーマート長崎住吉店(長崎県)の事例(なお、女性の自宅のPCにはウイルス感染の表示があり、解除するために「050」から始まる番号に電話をかけるよう記されていたといい、女性は別のコンビニで、カードが分からなかったため同店に来ていたものです)などがありました。
  • 高齢者からキャッシュカードを盗み、現金を引き出すなりすまし詐欺の受け子が犯行後、すぐに福島県警に逮捕されています。スピード逮捕の裏にはベテランのタクシー運転手の違和感と、内勤のオペレーターの機転と連携があったといいます。運転手は後部座席に乗せると、「郡山駅まで、とにかく早く」と言われたルートを尋ねたところ、男は「わからないから、早い方で」と答えため、「土地勘がないらしい」と思ったといいます。運転手歴は約40年だが、指定された30キロ以上を高速道路を使って移動する客は多くないうえ、この地域の客は常連の高齢者が多く、若い男の利用に違和感も覚えたといいます。さらに、「駅じゃなくてコンビニで」と突然言われ、近くのコンビニで停車、男は高速料金を含め1万4,000円を現金で払って降りたあとも様子を見ていたといいます。会社に電話したところ、警察から詐欺の被害の電話がありその男だと確信、警察と連携して逮捕につなげたということです。「タクシーを使う詐欺の犯人がいるということを意識して、今後も被害を防ぎたい」と話していますが、確かに受け子などは、土地勘がなければタクシーを利用するケースが多いといえ、今後の被害防止につながってほしいものです。
  • 埼玉県の大宮署は、詐欺未遂の疑いで派遣社員の男を逮捕した。氏名不詳の者と共謀し、無職の80代の女性方においなどを名乗り、「病院で自分のかばんがなくなった」、「かばんが見つかり、財布にカードがあったが現金がない」、「中の小切手の期限も切れた。補填に1,000万円かかる」などと電話をかけ、現金をだまし取ろうとした疑い。電話を不審に思った女性がだまされたふりをしながらも110番、女性方付近を警戒していた署員が男を発見し、職務質問したところ犯行が分かったというものです。また、同じ大宮で、氏名不詳の者と共謀し、70代の無職女性方に数回、長男や金融機関職員を名乗って「子どもの入学金のために積み立てた600万円をお母さんの口座に入れたい」などと電話をかけ、女性から現金をだまし取ろうとした疑いで男が逮捕されています。女性が現金を準備しようと金融機関を訪れた際、職員に詐欺の可能性を指摘されたため、同署に通報、県内に住む長男にも確認し詐欺と分かったうえで、女性宅付近を警戒していた署員が男を発見し、事情を聴いて逮捕したというものです。さらに、架空請求で現金200万円を詐取するなどしたとして、青森県警は、詐欺容疑などで、無職の容疑者を逮捕しています。被害者の1人がだまされたふりを続けて偽札を送り、昨年11月に東京都内で受け取った容疑者を捜査員が取り押さえたということです。容疑者のグループによる詐欺被害は4,000万円超に上るとみられています。
  • 札幌・豊平警察署は、特殊詐欺被害を未然に防いだとして東月寒郵便局の局長と局員に感謝状を贈っています。局員は「電話をしながらATMを操作しようとしている客がいる」と別の客から知らせをうけたため確認すると、70代の女性客が電話をしながらATMで現金35万6,000円を振り込もうとしていて、金額が大きいことから不審に思い局長らと女性を説得して警察に通報したものです。同じ区金融機関の事例としては、京都府警京丹後署などが、高額の振り込みをしようとした高齢女性が詐欺被害に遭うのを防いだとして、JA京都間人支店と窓口担当職員の女性(27)に感謝状を贈った事例もありました。報道によれば、職員は、同支店を訪れた市内の70歳代女性客に応対、「米国ドルで4,100ドルを振り込みたい」という女性の話を不審に思った職員は、女性が持参した印刷物に書かれていた日本語の不自然さにも気付き、「本当に大丈夫ですか。確認された方がいいんじゃないですか」と税関や家族に相談するよう助言、女性の家族が警察に相談して被害を未然に防いだということです。さらに、兵庫県警豊岡南署は、但馬銀行日高支店の支店長代理に感謝状を贈っています。同支店を訪れた70代の女性客が「特別持続化給付金で4億円が支払われるとのメールを受け取り、手数料として1,000円を振り込みたい」と申し出たため、顔見知りだった支店長代理が話を聞き、警察への相談を勧めたということです。
  • 特殊詐欺事件の犯人逮捕に決定的な目撃情報を提供したことで、静岡の県立高2年の男子生徒と別の男子生徒に、静岡県警熱海署の本間章浩署長から感謝状が贈られています。ホームに近づく制服姿の警察官の姿が見えると、容疑者の男が靴の中から何かを取り出し、背後の草むらに投げたといいます。その不審な男に目を向ける警察官に、2人は「あの男の人が何か投げましたよ」と伝えたところ、キャッシュカードが見つかったというものです。カードは80歳代の女性がだまし取られたもので、男は詐欺容疑で緊急逮捕、早期の逮捕で男がATMから引き出した現金50万円も無事だったということです。また、同じ高校生の活躍した事例としては、特殊詐欺被害防止を呼びかける動画を制作した高知市の高校生に、警察から感謝状が贈られたというものもありました。生徒たちは、特殊詐欺被害防止を呼びかけるオリジナル動画を制作し、警察の広報活動に貢献したというものです。動画は高知県警のHPなどですでに公開されているほか、四国銀行本店と同県内の支店合わせて66店舗でも流される予定だといいます。

最後に、特殊詐欺防止の取組みを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 前述の特殊詐欺被害を防止した事例でも取り上げたタクシー運転手ですが、大阪市内でも特に件数が多い平野区内の特殊詐欺被害を食い止めようと、大阪府警平野警察署がタクシーを使った防止対策を始めています。警察はこれまでATMのある銀行や郵便局、コンビニへの啓発活動は行ってきましたが、それでも被害があとを絶たないことから、高齢者が移動手段としてよく使うタクシーでの防止対策に乗り出したというものです(前述の事例は受け子がタクシーを利用する想定ですが、こちらは、高齢者が利用する想定となります)。特殊詐欺とみられる電話が発生すると、大阪府警からタクシー会社に連絡がいき、タクシー会社からすぐに無線で各運転手に連絡、ATMに向かおうとする高齢者の客を乗せた場合、だまされていないか運転手が警戒し、疑わしい場合は客に説明した上で110番通報するという仕組みだといい、実効性のある取組みが期待できそうであり、同様の取組みが拡がることを期待したいと思います。
  • 静岡県内の金融機関がキャッシュカードの1日の利用限度額を引き下げています。報道によれば、清水銀行は2月、これまで100万円としてきた限度額を、70歳以上であれば20万円、70歳未満の個人の磁気カードなら50万円に減額するということです。不正利用を防止するためで、信用金庫でも同様の動きが広がっているといいます。70歳未満の個人顧客で対象となるのは普通預金と貯蓄預金のキャッシュカードとローンカードで、ICカードは対象外ということです。
  • 税金や医療費が戻ると偽り送金させる「還付金詐欺」の被害が各地で後を絶たず、とりわけ警察が警戒を強めようとしているのが、常駐する金融機関職員や警備員がいない無人ATMです。金融機関の職員らと接触する機会が少なく、高齢者らの送金操作を人に見られにくいという“隙”を狙っているとみられるためです。大阪府警は無人ATM周辺にランダムに警察官の配置を始めたほか、警視庁も無人ATMに携帯電話の電波妨害装置を導入しています。報道によれば、増加する還付金詐欺被害において、営業中の金融機関内は2%ほどで、ほとんどは営業時間外の金融機関内や無人のATMコーナーなど職員のいない場所だったことから、取組みが強化されるということです。こちらも実効性の高い取組みとなる可能性があり、無人ATM対策の深化を期待したいと思います。
  • 高齢者を狙った特殊詐欺の相次ぐ被害をなくすため、愛知県警が、注意をする電話機や録音する装置の設置を呼びかけています。だまされないと思っていた被害者は「相手の話が上手だったので全部信用しちゃって」などと話していることが多く、警察は、登録されていない番号からかかってきた電話に注意を呼びかける電話機や、通話を自動で録音する装置の設置を呼びかけています。同県警によれば、特殊詐欺の犯人からの電話の8割以上は、携帯ではなく固定電話にかかっていて、通話前に警告が流れるなどの防犯機能付きの電話機を設置することで、不審な電話のおよそ9割を減らせるとしています。特殊詐欺被害にあわないためには、そもそも不審な電話に出ないこと、直接会話をするのではなく留守電設定にしておきメッセージを確認する方法にしておくこと、親族等とは事前から合言葉や連絡方法を決めておくこと、などが重要だといえます。

(3)薬物を巡る動向

前回の本コラム(暴排トピックス2020年12月号)で詳しくとりあげた「令和2年版犯罪白書」の特集「薬物犯罪」では、昨年の薬物犯罪全体の摘発者数は約13,800人で、2019年に比べ▲3.2%となった一方で、大麻に限ると前年比+21.5となる4,570人に上っています。このうち20代は+28.2%となる1,950人、20歳未満の未成年は+42.0となる609人で、大麻が若者の間で急速に浸透している実態がうかがえる数字となっています。なお、後述する最新の犯罪統計資料(令和2年1~11月)における薬物犯罪関連のデータとしては、麻薬等取締法違反の検挙件数は942件(843件、+11.7%)、検挙人員は485人(403人、+20.3%)、大麻取締法違反の検挙件数は5,375件(4,876件、+10.2%)、検挙人員は4,537人(3,895人、+16.5%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は10,867件(10,743件、+1.2%)、検挙人員は7,604人(7,634人、▲0.4%)などとなっており、大麻事犯の検挙が、コロナ禍で刑法犯・特別法犯全体が減少傾向にあるにもかかわらず、令和元年から継続して増加し続けていること、さらに、覚せい剤事犯については、減少傾向が続いていたところ、検挙件数・検挙人員が横ばい(あるいは微増)となりつつあり、薬物が確実に蔓延していることを感じさせる状況です(依存性の高さから需要が大きく減少することは考えにくく、外出自粛の状況下でもデリバリー手法が変化している可能性も考えられるところです。なお、参考までに、令和元年における覚せい剤取締法違反については、検挙件数は11,648件(13,850件、▲15.9%)、検挙件数は8,283人(9,652人、▲14.2%)でした)。さらに、昨年上半期(1~6月)でみれば、大麻事犯の検挙人員は2,261人に上り、同時期では過去最多を記録、とりわけ20代未満の若者の検挙人数は前年同期の約1.5倍となる428人、20代も約1.2倍となり1,129人人となっています(ちなみに、大学生は前年同期から56人増の116人、高校生は36人増の87人、中学生は前年同期と同じ4人という数字です)。あわせて、財務省発表の「令和2年上半期の全国の税関における関税法違反事件の取締り状況」によれば、不正薬物全体の摘発件数、押収量はともに減少、覚せい剤も減少しているものの、大麻草の摘発・押収量ともに減少した一方で、大麻樹脂の押収量は+32%の増加、コカインの押収量も前年同期比2.2倍と大きく増加、MDMA等も押収量が前年同期比で2.3倍も増加していることが判明しています。なお、航空便での密輸は激減した一方で、海上貨物で密輸するケースが増えているといいます。また、2020年12月29日付産経新聞によれば、大麻密輸事件の摘発が増加している一方で、その手口が巧妙化しており、「荷物や衣服に大麻草を隠し持った場合、空港内のX線検査や探知犬に発見されるリスクがある。大阪税関によると、近年はクッキーやケーキ、バター、グミといった食料品に大麻成分を忍ばせるなど」の巧妙化の実態、「財務省によると、全国の税関が昨年(2019年)摘発した大麻の密輸件数は、過去10年で最多の241件(計78キロ)。内訳を見ると、液体や食料品などに加工して密輸されたケースが131件で、植物の状態で持ち込まれたのは110件だった」とする実態が取り上げられています。さらに、「不安定な気持ちが、大麻や薬物の摂取を後押しすることは多い。経験するとやめるのは難しく、絶対に手を出してはならない」と専門家が警告していますが、先に紹介したコロナ禍における数字は、残念ながら危惧した結果となっていることを示唆しています。

本コラムでは、このような若年層への大麻の蔓延を防ぐために、「依存性がない」「たばこより害毒が少ない」といった誤った情報が流布していることをふまえ、正しい情報を根気強く周知し続けることが重要だと指摘してきましたが、最近は、警視庁が大学生に講義を始めています。コロナ禍でも「リモート講義」の形で継続されているといい、大変意義のある取組みだと評価できると思います。2020年12月13日付朝日新聞でその様子が報じられていましたが、講師の警部補は大麻について「有害で危険。決して安全ではない」と指摘、覚せい剤使用などへの「入り口」になっている実態や、約10年の薬物捜査の経験から、実際の事件を紹介して「大切な人を不幸にする。誘われてもNOと言える意思と勇気を持って」と訴え、受講した大学生が「知らないことが多かった。絶対に使ってはいけないと改めて感じた」と述べているように、確実に届いていることが分かったことが印象的です。なお、関連して、以前の本コラム(暴排トピックス2020年4月号)でも取り上げましたが、「令和元年における組織犯罪の情勢」の中の特集「大麻乱用者の実態に関する調査結果」をあらためて紹介しておきたいと思います。

警察庁では、大麻乱用者の実態を把握するため、令和元年10月1日から同年11月30日までの間に大麻取締法違反で検挙された者のうち、違反態様が単純所持のものについて、都道府県警察の捜査過程において明らかとなった事項を調査し、631人分のデータを集約した。これを、平成30年10月1日から同年11月30日までの間に実施した同様の調査(716人分)と比較した結果は次のとおりであった。

  • 対象者が初めて大麻を使用した年齢は、「20歳未満」が最多であり、最年少は10歳以下(1人)、最高齢は60歳以上(1人)であった。初回使用年齢層の構成比の傾向は、30年調査と大きな変化は認められなかった。
  • 大麻を初めて使用した経緯は、「誘われて」が最多であり、初めて使用した年齢が若いほど、誘われて使用する比率は高く、その傾向は30年調査と同様である。
  • また、その時の動機については、「好奇心・興味本位」が最多であり、初めて使用した年齢が若いほど「その場の雰囲気」の割合が高く、「誘いを断れなかった」との回答もあった。30年調査と比較すると、初めて使用した年齢が30歳代の対象者の動機は、「ストレス発散・現実逃避」の割合が低くなり、20歳未満・20歳代の傾向に近くなった。
  • 大麻に対する危険(有害)性の認識は「なし(全くない・あまりない。以下同じ)」が9%であり、覚せい剤の危険(有害)性と比較して大麻の危険(有害)性の認識は低い。また、30年調査と比較すると、「なし」の割合が8ポイント増加した
  • 犯行時の年齢層別で大麻に対する最も危険(有害)性の認識が低いのは20歳代であり、30年調査と比較すると、「なし」の割合が3ポイント増加した。
  • 大麻に対する危険(有害)性を軽視する理由は、「大麻が合法な国がある」が最多である。また、「依存性はない(弱い)」といった誤った認識を持つ者も多い。また、大麻に対する危険(有害)性を軽視している情報の多くは、「友人・知人」や「インターネット」から入手している状況が確認できた。

この実態調査からは、本コラムでもたびたび指摘しているとおり、若年層に対する「正しい知識」の周知徹底の重要さが浮き彫りになっています。本レポートでも、「若年層は友人・知人等から誘われるなど、周囲の環境に流されて大麻に手を出す傾向がうかがわれるほか、検挙被疑者については、大麻に対する危険(有害)性の認識が低下していることが判明した。青少年(18歳未満)は大麻が脳に与える影響を受けやすく、学習や記憶、注意力等の認知機能により深刻な影響をもたらし、精神的症状の発現リスクを高めるほか、大麻には依存性があり大麻の使用を制御できなくなることなど、大麻の危険(有害)性を正しく伝え、大麻を勧められても断る勇気を持つように乱用防止の広報啓発活動を一層強化する必要がある」と指摘していますが、正にその通りだと思われます。

さて、薬物事犯の摘発等を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 東京都内のホテルで覚せい剤を所持したとして、警視庁麻布署などが覚せい剤取締法違反容疑で、人気ファッションブランド「Supreme(シュプリーム)」代表取締役を現行犯逮捕しています。報道によれば、「自分で使うために持っていた」などと容疑を認めているということです。付近を巡回中だった同庁自動車警ら隊が、ホテルの近くにいた容疑者を発見、急にホテルへ入っていくなど挙動が不審だったことから、ホテル内まで追尾し、所持品検査などを実施したところ、袋に入った状態の覚せい剤のほか、注射器なども見つかったといいます(使用容疑でも追送検されています)。
  • 大麻取締法違反(所持)の罪に問われた俳優の伊勢谷友介被告に対し、東京地裁は、懲役1年、執行猶予3年(求刑は懲役1月)の判決を言い渡しています。以前も取り上げたとおり、東京・目黒区の自宅で乾燥大麻4袋(計約17グラム)を所持したというものです。なお、芸能界での薬物蔓延は深刻だと言われており、(伊勢谷被告も含め)ストレスで使用が増え、コロナ禍で買いだめするなど、証拠を挙げやすい状況ともなっているといいます。
  • 公務員による薬物事犯も多く報じられています。大麻取締法違反の疑いで北海道警察の20代の元巡査の男性が書類送検された事件で、札幌地検岩見沢支部は、男性を不起訴処分としています。本件は、以前の本コラムでも紹介しましたが、元巡査の男性は10月北海道内で大麻を知人から譲り受けた疑いで、11月に書類送検されていたものです。当時の捜査で男性は「警察官になる前から大麻を吸っていた」なとと供述、北海道警は11月、男性を懲戒免職処分としています。なお、札幌地検は不起訴の理由を明らかにしていません。また、大麻を所持していたとして、京都府警中京署は、大麻取締法違反(所持)の疑いで、海上自衛隊舞鶴地方総監部の海士長(20)を現行犯逮捕しています。報道によれば、「自分が吸うために持っていた」と容疑を認めており、巡回中のパトカーを見て容疑者が立ち去ろうとしたため、警察官が職務質問をしたところ、上着の内ポケットから大麻が入った袋や吸引用のパイプが見つかったということです。さらに、大麻栽培などで逮捕、起訴された元札幌国税局職員の男が、実質経営する会社の不動産取引に絡んで消費税など392万円の不正還付を受けたとして、札幌地検特別刑事部は、消費税法違反などの疑いで、容疑者を逮捕しています。実質経営者として統括していた不動産賃貸2社で、建物の取得価格を水増し申告し、2018年3月までの2年間に消費税と地方税の不正還付を受けた疑いがもたれているということです。この容疑者については、昨年6~7月、管理するマンションなどで大麻を栽培し密売したとして北海道警に3回逮捕され、懲戒免職されています。
  • 若者への教育・啓蒙という重要な役割を担うべき教員の摘発も散見されます。覚せい剤を所持していたとして、兵庫県警尼崎南署は、覚せい剤取締法違反(所持)容疑で、小学校の校長を現行犯逮捕しています。報道によれば、「自分が使うために持っていた」と容疑を認めており、自宅で覚せい剤が入ったチャック付きポリ袋1袋を所持していたといいます。別の覚せい剤事件を捜査中、容疑者が浮上したというものです。また、警視庁神田署が、埼玉県所沢市立中学校の男性教諭を覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで逮捕しています。報道によれば、男性教諭は、同署から任意同行を求められ、尿検査後に同容疑で逮捕されたもので、男性教諭は音楽を担当していたが、2018年秋から病気のため休職中で、逮捕前には今年限りでの退職意向を示していたということです。
  • 企業の従業員が逮捕された事例としては、乾燥大麻を所持していたとして、警視庁が、JR東日本社員を大麻取締法違反(所持)の疑いで現行犯逮捕したというものがありました。東京都渋谷区の路上で、財布の中から巻紙にまかれた乾燥大麻(5グラム)が見つかったもので、街中をパトロールしていた自動車警ら隊の隊員から職務質問を受け、明らかになったといいます。本コラムでたびたび指摘しているとおり、薬物事犯はあくまで個人の犯罪であるとはいえ、企業名も報道されてしまうことになります。ましてや本件は旅客輸送をメインの事業とする企業であり、他の事業者以上に従業員の薬物事犯報道は避けなければならないものといえます。また、自宅マンションで大麻を栽培し、植物片約800g、末端価格480万円相当を営利目的で所持した疑いなどで、大麻取締法違反の疑いで35歳の会社員が逮捕されています。報道によれば、パトロール中の警察官がビニール袋を持って不審な動きをする容疑者に職務質問をしたところ、大麻を所持していたことが判明、その後、容疑者の自宅を捜索した結果、大麻草の栽培キットなどが見つかったということです。さらに、福岡県警は、覚せい剤取締法違反(営利目的所持、使用)の疑いで、医療機器販売会社社員と、同社代表で妻を逮捕しています。報道によれば、2人は福岡県や関東、関西の客に覚せい剤を販売していたとみられ、自宅の寝室から注射器1,200本を押収したといいます。また、自宅でポリ袋入り覚せい剤約155グラム(末端価格約992万円)を営利目的で所持するなどした疑いがもたれているということです。
  • 若者の摘発事例も後を絶ちません。乗用車の中で大麻を所持したとして、兵庫県警尼崎南署が、大麻取締法違反の疑いで、いずれも大阪府内の私立大4年ら3人を逮捕、送検しています。報道によれば、尼崎市内で、乗用車内で乾燥大麻が入ったポリ袋2袋(計約1グラム)を所持したというもので、3人は高校時代からの友人で、同市内を車で走行中に職務質問を受け、運転席の下と容疑者の下着の中から大麻が見つかり、現行犯逮捕されたものです。さらに、覚せい剤使用などの疑いで、神奈川県警は、25歳の男を再逮捕しています。報道によれば、同県およびその周辺で、覚せい剤を使用したうえ、自宅で大麻3袋を所持していたということです。息子を装って高齢女性から現金をだまし取った詐欺事件の捜査で、神奈川県警瀬谷署が容疑者宅を捜索したところ、大麻が発見されたうえ、その後の任意の尿検査で覚せい剤の反応も確認されたということです。薬物事犯にも特殊詐欺にも関与していたという点で、最近の若者の犯罪への関与の実態が垣間見えた事件だといえます。さらに、愛知県警は、大麻所持の疑いで漁師ら男女3人を逮捕しています。報道によれば、営利目的で乾燥大麻約80グラムを所持していた疑いがもたれているといい、これまでに同じグループの男3人が大麻所持の疑いで逮捕されており、知多半島の若者グループの間で大麻が蔓延しているとみて調べているといいます。
  • 違法薬物MDMAの液体(末端価格約1,000万円分をワインボトルに入れて国際郵便で密輸しようとしたとして、28歳の男が逮捕・起訴されています。報道によれば、大阪税関のX線検査で発覚したといい、MDMAが液体で密輸されることは珍しく、今回摘発された量は錠剤にすると約2,600錠分になるということです。近畿厚生局麻薬取締部は、量が多いことから、組織的犯行の可能性もあるとみて調べているといいます。また、横浜市中区で覚せい剤や大麻などを販売する目的で所持していたとして、神奈川県警は、会社員の男性と無職の女性の2人を再逮捕しています。報道によれば、2人は末端価格にしておよそ1,080万円もの違法薬物を取り扱っていたとみられているといいます。容疑者らは昨年9月、横浜市中区の駐車場に止めていた車の中で、覚せい剤や大麻のほかMDMA、コカインなど販売目的で所持した疑いが持たれています。また、車からは売上金など現金110万円が見つかっており、男女100人以上に違法薬物を販売していたとみて、県警が慎重に調べを進めているということです(当然ながら、背後に犯罪組織の存在も疑われるところです)。
  • 以前の本コラムでも取り上げた、部員2人の大麻使用が確認された東海大硬式野球部に対し、全日本大学野球連盟は、2020年10月から2021年1月まで3カ月の対外試合禁止処分を科しています。東海大の報告書によると、4年生部員2人が7月ごろから寮内で常習的に大麻を使っていたといい、部員128人への聞き取りで約4割が使用のうわさを耳にし、2人は目撃したといいます。大学側は同部を無期限活動停止としたほか、この部員2人を無期停学、同部監督も辞任することが明らかとなっています。なお、同大学は2020年12月21日付でサイトに「本学湘南キャンパス硬式野球部の不祥事に関する最終報告とお詫び」を掲載しています。それによると、「本学は、違法薬物の使用を認めた2名の学生に対しては「無期停学」、部長・監督・コーチなど指導者全員に対しては「厳重注意」といたしました。また、日本学生野球協会審査室会議の決定を真摯に受け止め、硬式野球部全員に対して、薬物の乱用を未然に防止するための啓発活動を行うほか、日常生活や学業、クラブ活動において、学生としての誠実な取り組みを徹底するよう指導してまいります。この度の件では、広く東海大学を支えてくださっているすべての皆様の信頼を裏切る形となりましたこと、心から深くお詫び申し上げます。これまでも本学では、学生に対して薬物の危険性を訴え、決して手を出さないよう指導してまいりましたが、このような事態が起きてしまったことは誠に遺憾であり、責任を痛感しております。今後このようなことが二度と起こらぬよう、改めて全学生を対象に薬物の危険性を伝える啓発活動を実施し、再発の防止に全力を挙げて取り組んでまいる所存です。」としています。

薬物事犯対策として、注目される取組みも紹介したいと思います。まず、アルコール検知器製造の東海電子は、子会社のネクストリンク社で「皮脂をふき取るだけ、15種類の違法薬物検査ができる~薬物スクリーニング検査『採用パック』販売開始」をリリースしています。リリースによれば、「薬物検査のご提案を通してヒアリングを行っていく中で、運輸旅客事業者様では、採用のタイミングが突発的に発生するパターンが多くある事が分かりました。既に薬物検査を取り入れている事業者様では、採用時に薬物検査を行い、検査で陰性が確認できたドライバーから乗務を開始されるため、従来の検査では時間のロスが懸念点となっておりました。この問題を解消するため、採用パックでは、事前にまとまった人数分の検査キットをご購入頂き(検査キット1名分:税抜¥200)、採用で検査が発生する度に検体をご提出頂けるプランとなっております。後日、人数分に応じて検査分析料金をその都度お支払い頂きます(薬物検査サービス1名分:税抜¥6,300)」というものですが、対象者の首もとの皮脂をガーゼでふき取って検体を採取する、国内でも珍しい手法であり、通常は3~4日前までしか薬物の使用を追跡できないが、新手法では1カ月前まで遡れるといい、依存性の強い薬物の使用を長期間我慢するのは難しいため、検査で不正やごまかしがきかず検査の精度を高められるともいいます。さらに、1回の検査で麻薬、覚せい剤など十数種類の薬物を同時に検査できるのも特徴だということです。従業員らの違法薬物使用を防ぐとともに、早期発見や治療を推進することで経営リスク管理に役立ててもらう狙いがあるとしていますが、まさに「薬物事犯は経営リスク」であり、このようなツールを活用したリスク管理を導入してほしいものだと考えます。また、週刊誌情報となりますが、大手芸能事務所のジャニーズ事務所が、異例の「年末一斉薬物取り締まり」を決行したようだと報じられています。「女性自身」が伝えたもので、記事によれば、ジャニーズ事務所は昨年11月末から、約400人の所属タレント全員について薬物検査を実施しているということです。検査は簡易検査ではなく、立会人監視の下で行う厳正な方法で、ほとんどのデビュー組は検査を終えているということです。芸能界は薬物汚染が進んでいるとされ、反社リスクの高い業界ですが、芸能事務所が所属タレントに、これらに関するコンプライアンス研修を実施する、薬物検査を行う事例はこれまでもありました(その結果、有名タレントが「重大な契約違反があった」として契約解除となった事例もあります)が、これだけの規模で実施したことは、正に「薬物問題を重大な経営リスク」と捉え、事件が起こる前に悪い芽は摘んでおこうという強い意志を感じさせるものといえます。結果は現時点で明確ではありませんが、同様の取組みが芸能界で拡がることを期待したいと思います(なお、小規模の事務所等では、タレントの管理が野放しとなっているところも多いと言われており、業界全体で考えるべき問題、時期に来ていると思います)。

その他、薬物を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 2021年1月8日付毎日新聞で、伝統農作物としての大麻を取り上げた興味深い記事が掲載されていましたので、いくつか引用します。「大麻と聞くと、ネガティブな印象を持つ人も多いけれど、本来は日本人の生活に密着していた農作物なのです」、「日本では大麻を「麻」と呼び、げたの鼻緒や蚊帳、釣り糸、漁網などに用いてきた。特に神事との関わりが深いらしい。現在でも神社の鈴緒や大相撲の力士がつける「横綱」にも使われている。全国各地には、赤ちゃんの産着に麻の葉の模様を使う風習もあり、生活に根ざしていた」、「現在は、都道府県知事から免許を発行された農家だけが大麻を栽培している」、「大麻の生産だけでなく、加工技術も衰退しているという」、「大麻から収穫するのは向精神作用が含まれる葉や花ではなく、茎とその皮、種子の3種類だ。栃木県では、大麻の盗難被害が相次いだことから、向精神作用がほとんどない品種を栽培している。一方、マリフアナをめぐっては、ウルグアイやカナダ、米国の一部の州で合法化されている。海外では産業や医療用大麻などのビジネスの拡大が「グリーンラッシュ」と呼ばれ、注目を集めている」、「日本では大麻がマリフアナと混同され、大麻を語ることに忌避感がある。しかし、世界で大麻が注目を集めているなか、日本でもフラットな議論をしたい。そのために、日本に昔からある農作物としての大麻について正確に伝えていきたい」
  • 米司法省は、米小売り大手ウォルマートを相手取り、処方鎮痛剤に含まれる医療用麻薬「オピオイド」中毒を全米にまん延させる一翼を担ったとしてデラウェア州の地裁に民事訴訟を起こしました。2020年12月23日付ロイターによれば、ウォルマートは「規制物質に関する数千もの不正な処方箋に従い違法に薬を調合した」ほか、「不審な注文の適切な検出・報告ができないと分かっているシステムを数年間にわたり使い続けた」と指摘、ウォルマートは規制物質法に違反していると訴えたものといいます。オピオイド中毒については、本コラムでも以前から取り上げていますが、例えば暴排トピックス2020年9月号では、「世界の人口の4%を占めるに過ぎないアメリカで世界のオピオイド消費量のおよそ30%が消費されている事実、過去15年間で30万人のアメリカ人がオピオイドの過剰摂取で死亡していている事実、2016年に薬物の乱用が原因で最低でも6万7,000人が死亡し、オピオイド関連はこのうち4万2,000人と6割近くに上る事実(ヘロインの乱用者数が100万人、鎮痛薬として処方されたオピオイドの乱用者数が1,100万人超ともいわれています)、オピオイド依存症が蔓延したことで、全米で巨大な「リハビリ産業」が勃興、その市場規模は年間350億ドル(約3兆8,500億円)にも上るとされる事実など不可解な点も多く、(医師が処方していることをふまえれば)「防げる死」に徹底して取り組まないアメリカの闇を感じさせなくもありません」と指摘しました。
  • 2020年12月14日付ロイターによれば、米国における大麻の販売額は昨年の感謝祭の週末、過去最高の水準に達したといいます。業界内では、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)による不安感と合法化へのトレンドが重なったことで、需要の恒常的な拡大が始まったのではないかとの見方が生まれていると指摘されています。ここ数年、公式の販売統計が伸び悩んでいた大麻については、昨年3月上旬と4月には購入が急増、ロックダウン(都市封鎖)が始まった時期で、供給途絶を懸念したユーザーが買いだめに走ったためとされています。こうしたパンデミック初期の販売急増はいずれ落ち着くとの見方が大勢だったところ、月間の販売額は過去最高を更新し続けているといいます。なお、関連して、カナダの大麻生産業者アフリアは、米同業ティルレイと経営統合すると発表した。売上高で世界最大の大麻生産会社が誕生し、アフリアは急成長する米国に足場を築くとしています。昨年、カナダで大麻が全面的に合法化されたものの、アフリアなど北米の大麻生産業者は期待されたほど成長できていない現状があります。しかし、バイデン氏の米大統領選勝利により、米国で大麻産業成長期待が再び台頭、ハリス次期副大統領が、選挙戦中に大麻の非犯罪化を約束していたことが大きく影響しているといいます。このように、米では今後、大麻の合法化あるいは非犯罪化が連邦レベルで検討される流れが規定路線となっており、大麻業界のさらなる活況につながる可能性があります(本コラムの立場としては、あくまで大麻の有害性や依存性の高さは否定できないというものであり、このような状況は極めて残念であり、日本へ悪影響が及ぶことを危惧しています)
  • 太平洋の島国マーシャル諸島の警察は、環礁に漂着した無人のボートから649キロものコカインが見つかったと明らかにしています。末端価格で8,000万ドル(約82億円)以上に相当し、中南米から1~2年かけてたどり着いた可能性があるといいます。メキシコ沿岸から西に約9000キロ離れたマーシャル諸島にかなりの確率で漂着するとの研究結果があり、2014年にはメキシコ沿岸から14カ月間漂流した漁師がマーシャル諸島に着いたことがあったということです。
  • 薬物依存症の問題も深刻化していますが、参考までに依存症として新たなものも指摘されています。例えば、少し前から、薬物依存から抜け出すために頑張っている患者が、薬物の代わりにアルコール度数が9%以上の「ストロング系チューハイ」に手を出して失敗するケースが増えているとの報道(週刊誌)がありました。そもそもアルコールは、大麻や覚せい剤といった違法薬物と比べても、酩酊時に暴力を誘発する力が強いほか、内臓の損傷や脳の萎縮も、アルコール依存症患者のほうが、違法薬物の依存症患者よりひどいといい、「ストロング系チューハイは、アルコールの良くないところだけを集めて、誰でも簡単に飲めるようにした「薬物」といっても過言ではない。何らかの対策が必要だ」と指摘しており、大変興味深いものです。コロナ禍における巣ごもりや在宅勤務の定着化により「宅飲み」が増加、「ストロング系チューハイ」依存者が増えているといった報道も目にするようになっていますので、「経営リスク」「従業員の健康管理」という観点からも注意が必要な状況です。また、ゲーム依存症の問題も社会問題化していますが、新作オンラインゲームの動画CMの描写をめぐり、「ゲーム依存症を美化、助長しないか」と懸念する声が依存症の当事者から上がっているといいます(2021年1月8日付朝日新聞)。ゲームなどのネット依存の恐れがある人は国内で推計90万人以上ともいわれる中、アルコールのような広告の自主規制はなく、現状のままでいいのかという問題提起は重要であり、ネットやSNS、ゲーム等に関連する事業者にとっても、対処すべき新たなリスクを提示されたものと捉える必要があると考えます。さらに、2021年1月4日付毎日新聞では、強い依存性を意味する「スマホ脳」の問題が取り上げられており、こちらも大変興味深いものです。以下に引用して紹介します。こちらも「経営リスク」「従業員の健康管理」「テレワークの効率化」という観点から重要な示唆に富む内容となっています。

「スマホをポケットに入れているだけで学習効果が著しく下がる」、「1日2時間を超えるスマホ使用は、うつのリスクを高める」―。脳科学に関する世界中の研究結果をもとに、スマホなどデジタルメディアの悪影響を告発する「スマホ脳」(アンデシュ・ハンセン著)が話題だ。本書によると、スマホは依存性が高く、脳内のシステムを支配してしまうという」、「スマホは『最新のドラッグ』と言っていいほど依存性が高いものです。これは脳内の報酬システムと関係しています。脳は元々、生き延びるために周囲の新しい情報を取り入れることによって、報酬としてドーパミンという快楽を感じる物質が放出されるようになっています。現代はスマホやパソコンが新しい情報を運んでくるため、クリックする度にドーパミンが放出されるのです。さらにドーパミンは、新しい情報を得られるかもしれない、という不確かな状況の方がより多く放出されます。チャットやメールの着信音が鳴ると『大事な連絡かもしれない』とスマホを手に取りたくなるのはそのためです」、「大人のテレワークも同様です。人間の脳は複雑な作業を同時に行う「マルチタスク」が苦手です。例えばパソコンで難しい書類を作成している時に、頻繁にメールやチャットをチェックして返事をすることは効率的ではありません。能率よく働きたいならマルチタスクはやめることです。メールチェックは30分か1時間ごとと決めた方がいいでしょう」

(4)テロリスクを巡る動向

警察庁は、国内外の治安情勢をまとめた令和2年版「治安の回顧と展望」を発表しています。新型コロ感染への警察対応として、便乗犯罪の取り締まり徹底やパトロール強化などを挙げ、引き続き「不測の事態に対処する」と強調しているほか、中国が尖閣諸島周辺で今後も領海侵入を繰り返し「既成事実化を図っていく」と予測、ロシアの情報収集活動にも触れて「厳正な取り締まりを行う」と表明しています。国内情勢では、オウム真理教の後継団体「アレフ」が新型コロナ感染拡大を受け、昨年2月から大規模行事を中止したものの、5月の緊急事態宣言解除後は勧誘活動を再開、「組織の拡大、統制を図っていくとみられる」と分析しています。以下、本レポートから、テロに関する記述を引用して、紹介します。

▼公安調査庁 内外情勢の回顧と展望(令和3年1月)の公表について
▼「内外情勢の回顧と展望(令和3年1月)」全文
  • 令和2年(2020年)は、「イラク・レバントのイスラム国」(以下「ISIL」と表記)が、新最高指導者アブ・イブラヒム・アル・ハシミ・アル・クラシの指導下においてもテロ及び宣伝活動を継続し、世界各地で関連組織や支持者らによるテロが発生するなど、ISILによるテロの脅威が続いた。ISILは、新型コロナウイルス感染症について、西側諸国等は感染症対策に追われているとの認識を示し、同諸国等に対するテロの準備を行うよう戦闘員や支持者らに呼び掛ける(3月)など、感染の拡大を宣伝活動等に利用する動きを見せた。各地のISIL関連組織は活動を継続し、特に、アフリカのサヘル地域、モザンビーク等において活発な活動を展開した。欧州諸国では、引き続き、ISIL支持者とされる者によるテロが発生したほか、シリア等のISIL幹部と連絡を取っていたとされる者によるテロ計画が摘発されるなど、ISILによるテロの脅威が続いた。ISIL以外のテロ組織では、「アルカイダ」が、宣伝活動を継続し、米国等でのテロを呼び掛けた。アフガニスタンで同組織を支援しているとされる「タリバン」は、米国との間で和平合意に署名した(2月)。同合意では、米国側は米軍の段階的撤退、「タリバン」側は「アルカイダ」等に米国及びその同盟国の安全を脅かすことを目的にアフガニスタンの領土を活用させないことなどが規定された。しかし、「タリバン」と「アルカイダ」は依然として緊密な関係にあるとの指摘もなされるなど、同合意が「アルカイダ」に及ぼす影響については不透明なまま推移した。
  • フランス・パリで平成27年(2015年)1月に発生した週刊紙「シャルリーエブド」社襲撃テロ事件(編集者ら12人が死亡したほか、実行犯2人も死亡)をめぐり、共犯の疑いがある14人に対する裁判が開始された(9月)。同社は、裁判開始日の特別号で過去に掲載した預言者ムハンマドの風刺画を再掲載し、同社編集長は紙面で「我々は絶対に屈しない」などと決意を表明した(9月)。これに対し、同テロ事件について犯行を自認した「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)は、同社社員に対する報復を呼び掛ける声明を発出した(9月)ほか、「アルカイダ」も機関誌に、預言者を侮辱した報いは耐え難いものとなるであろうなどとする最高指導者ザワヒリの主張を掲載した(9月)。こうした中、預言者ムハンマドの風刺画に関連するテロ事件がフランスで相次いで2件発生した。1件目は、「シャルリーエブド」旧本社前(現在は移転し、住所は非公開)で、パキスタン出身の男が、刃物で男女2人を襲撃し負傷させた事件である(9月)。AQAPによる呼び掛けに呼応したか否かは不明であるが、実行犯の男は、同社による預言者ムハンマドの風刺画再掲載に不満を募らせ、同社を標的としていたことを自認した。しかし、男は、同社移転の事実を知らずにテロを実行したとされ、被害者の男女2人も同社社員ではなかった。2件目は、パリ郊外コンフランサントリーヌの中学校付近で、チェチェン系難民の男が、同校の男性教員を刃物で襲撃し、首を切断して殺害した事件である(10月)。同教員は、表現の自由に関する授業の中で、「シャルリーエブド」社が過去に掲載した預言者ムハンマドの風刺画を生徒に見せ、これを知った生徒の父親が同教員を非難する動画を配信するなどしていた。実行犯の男は、事件の数日前から同動画に関心を示していたとされる。男性教員殺害事件後、パリ等フランス各地では、同教員に対する連帯や表現の自由を訴えるデモが行われた。また、フランスのマクロン大統領が「我々は表現の自由を諦めない。我々は風刺画をやめない」と主張したことなどから、アラブ諸国等で反発の声が上がった。こうした中、フランス南部・ニースの教会で刃物による襲撃テロが発生し、3人が死亡した(10月)ほか、サウジアラビアでは、西部・マッカ州ジッダで行われたフランス総領事が参加する式典で、爆弾テロが発生し、2人が負傷し、ISILが犯行声明を発出するとともに、同組織と関連を有する「アーマク通信」が、「風刺画を掲げ続けようとするフランス政府の総領事を第一の標的とした」と報じた(11月)。今後も、フランス国内のほか、海外の同国民及び権益を標的としたイスラム過激主義者らによる更なるテロの発生が懸念される。
  • ニュージーランド南部・クライストチャーチのモスクで平成31年(2019年)3月、イスラム系移民の受入れ反対を主張する男による銃乱射テロ事件(51人死亡)が発生した。同男のように人種差別を正当化し、外国人排斥等を主張する極右主義者については、近年、テロの実行や奨励、軍事訓練キャンプの運営等、テロに関連した動向が明らかとなっている。国際刑事警察機構(ICPO)のストック事務総長は、欧米諸国では過去2,3年で極右関連事案が320%増加したと述べた(2月)ほか、国連テロ対策委員会執行事務局(CTED)も極右主義者による攻撃の頻度や被害が近年増加傾向にあると言及する(4月)など、その脅威の高まりが指摘されている。その背景の一つには移民の流入があるとみられ、これに反発する極右主義者がインターネットを通じて同志とつながりを持ち、思想を共有しているとされる。こうした中、欧米各国では極右関連事案が相次ぎ、ドイツでは、中部・ハーナウのシーシャ(水たばこ)バー2か所で、外国人排斥思想を有するとされる男による銃撃事件が発生し、9人が死亡した(2月)。また、ドイツ軍の一部にも極右思想が浸透しているとされ、極右主義者とされる特殊部隊兵士の自宅から武器や爆発物が発見される事案が発生した(5月)ほか、国防省は、極右主義者の存在を理由に特殊部隊の一部部隊を解体した(7月)。英国では、米国のネオナチ組織とされる「アトムヴァッフェン・ディビジョン」(AWD)と関連を有するとされる「ゾネンクリーク・ディビジョン」(SKD)及び「フォイエークリーク・ディビジョン」(FKD)がテロ組織に指定された(2月、7月)。また、テロを計画したとされる17歳のネオナチ思想を有するとされる少年に有罪判決が下される(1月)など、極右思想を有する若者の存在がうかがわれた。米国では、AWDやネオナチ組織とされる「ザ・ベース」メンバー複数人が脅迫や殺人未遂容疑で相次いで逮捕された(1月、2月)ほか、白人警察官による黒人男性殺害事件に対する抗議デモに際し、「ブーガルー」と称される極右運動関係者複数人が、警察官の射殺、暴力行為の扇動等を行ったとして逮捕された(5月、6月)。同運動支持者とされる者らが、北部・ミシガン州のウィットマー知事の誘拐を計画したとして逮捕される事案も発生した(10月)。また、米国国務省は、白人至上主義組織として初めて、ロシアを拠点とする「ロシア帝国運動」(RIM)を特別指定国際テロリスト(SDGT)に指定した(4月)。こうした取締りの中、AWDは解散を宣言した(3月)ものの、元メンバーが新たな組織を設立した(7月)ほか、「ザ・ベース」がオンライン上で若者の勧誘を続けているとされる。また、RIM幹部は、ロシアで民兵訓練センターを運営し、オンライン上で講義も実施しているとされ、これら組織の影響を受けるなどした極右主義者の動向に関心が集まっている。
  • ISILは、令和元年(2019年)10月に、シリア北西部・イドリブ県での米軍特殊部隊の作戦によって最高指導者バグダディ(当時)が死亡し、新最高指導者にアブ・イブラヒム・アル・ハシミ・アル・クラシが就任した後も、アラビア語週刊誌「アル・ナバア」等を通じて各地の戦果等を発信するなど、宣伝活動を継続するとともに、世界各地でテロを実行した。新最高指導者クラシの就任後、世界各地の関連組織は、クラシへの忠誠を誓う声明を発出し、令和2年(2020年)に入ってからも、ラマダン時期等に合わせて、治安当局等を疲弊させることを目的とした「消耗戦」を標ぼうし、攻撃実行を主張する犯行声明を相次いで発出するなど、ISIL及び関連組織が依然として一枚岩であること及び勢力を維持していることをアピールした。宣伝活動において、ISILは、新最高指導者クラシによる声明を未だ発出していないものの、新報道担当アブ・ハムザ・アル・クラシとされる者が、散発的に音声声明を発出した。1月の音声声明では、イスラエル権益を標的とするテロの実行を呼び掛けた。また、新型コロナウイルス感染症の流行は西側諸国等に対する「神の罰」であるなどと言及するとともに、同感染症の流行によって疲弊している西側諸国等の「信仰者の敵」に対する攻撃を準備するよう呼び掛けた(5月)。さらに、ISILは、かつて「ダービク」、「ルーミヤ」等のオンライン外国語機関誌を発出していた広報機関「アル・ハヤート・メディア・センター」による宣伝活動を1年2か月ぶりに再開させ(3月)、西側諸国等に居住する同組織支持者らに対して、「一匹狼」型テロの実行を呼び掛け、その手法として放火を推奨する英語及びアラビア語の動画を配信した(7月)。
  • ISILは、シリア及びイラクにおける支配地を喪失し、最高指導者が交代した後も、シリア及びイラクに同組織戦闘員約1万人を擁しているとされるほか、約1億ドルの資金も保持しているとされる。また、シリア北東部等の「シリア民主軍」(SDF)が管理する刑務所等では、外国人戦闘員(FTF)を含む同組織戦闘員約1万人のほか、これら戦闘員の家族約7万人の拘束が続いている。ISILは、これら戦闘員等の奪還を度々主張しており、これを目的とするテロの発生、奪還成功後におけるISILの勢力回復、FTF及びその家族の母国又は第三国への拡散等の脅威が懸念される。シリアでは、各地で一定の勢力を維持しており、SDFやアサド政権軍等が支配する東部・デリゾール県のユーフラテス川沿いのほか、中部・ホムス県を中心に広がる砂漠地帯において、SDFやアサド政権軍等に対するテロを実行している。イラクでも、クルド自治政府とイラク中央政府との間で領有権を争う東部・ディヤーラ県、北部・キルクーク県等のほか、西部・アンバール県においても、イラクや地元部族の治安部隊等に対するテロを実行するなど、広範囲にわたって活動を継続している。特に3~5月にかけては、両国で活動するISIL戦闘員が、新型コロナウイルス感染症の世界的流行に伴い、両国の治安部隊が同感染症対策への対応に追われ、治安対策が緩んだ結果生じた治安の空白を好機と捉え、同治安部隊等に対するテロの数を増加させたほか、爆破装置や小火器等の多種多様な攻撃手段を用いた高度なテロを実行した。ISILは、かねてよりシリア及びイラクでの復活を企図していると指摘されていることから、国内情勢が安定しない両国において、今後も治安部隊等に対するテロを継続しながら、様々な宣伝活動を通じて存在感をアピールしていくものとみられる。
  • イエメンでは、ISIL関連組織が、軍事作戦を実行する能力や財政面で弱体化しているとの指摘がある中、イエメン中部・アル・バイダ州でシーア派系武装勢力「フーシ派」に対するテロを継続し、8月には、同組織の戦闘員約60人を死傷させたなどと主張した。エジプトでは、ISIL関連組織が、北東部・北シナイ県で、軍に対する襲撃テロ(2月)のほか、治安当局の検問所に対する自動車を使用した自爆テロ(7月)を実行するなど、軍・治安当局に対するテロを継続した。リビアでは、対立する2つの政治勢力が停戦に向けて協議する中、ISIL関連組織が、南西部・フェザーン地方でリビア国民軍(LNA)部隊に対する自爆テロを実行した(9月)。サヘル地域では、ISIL関連組織が、ブルキナファソ北部・ウダラン県での軍部隊襲撃テロ(2月)、マリ中部・モプティ州での軍基地襲撃テロ(2月)、ナイジェリア北東部・ボルノ州での村落襲撃テロ(6月)、ニジェール南西部・ティラベリ州でのフランス援助団体職員殺害テロ(8月)等、広範囲にわたって軍及び一般市民に対するテロを継続し、高いテロ実行能力を誇示した。ソマリアでは、ISIL関連組織が、北東部・プントランド、首都モガディシュ及び南部・下シャベレ州で一定の勢力や訓練施設を保持しているとされ、「消耗戦」の一環として、軍の車両を標的とした爆破テロを実行した(5月)。コンゴ民主共和国では、ISIL関連組織が、国内各地で軍に対するテロを継続したほか、北東部・北キブ州においてキリスト教徒の村を襲撃し(5月)、さらに、同州にて国連コンゴ民主共和国安定化ミッション(MONUSCO)の部隊を襲撃する(6月)など、テロを継続した。モザンビークでは、ISIL関連組織が、北部・カーボデルガード州モシンボア・ダ・プライア市の市庁舎を破壊した(3月)ほか、軍基地を襲撃した後に同市の拠点港を占拠した(8月)。同港は、日系及び欧米の企業が権益を有する天然ガス開発事業の対象地域に近いことから、今後の同組織の動向に注意を要する
  • フィリピンでは、同国南部のスールー諸島やミンダナオ島の一部を拠点とするISIL関連組織が、マギンダナオ州における軍に対する襲撃テロ(3月)、スールー州ホロ島における軍との衝突事案(4月)等、治安当局を標的としたテロを継続した。さらに、同組織は、スールー州ホロ島市街地において女性2人による連続自爆テロを実行した(8月)。同国においては、平成30年(2018年)以降、自爆テロが毎年発生しており、自爆がテロの手法の一つとして浸透しつつある可能性が指摘されている。また、同国では、複数の外国人戦闘員(FTF)が潜伏し、ISIL関連組織と連携しているとの指摘もあり、同組織によるテロの脅威が引き続き警戒される。インドネシアでは、治安当局が、ISIL関連組織等に対する摘発を強化する中、1月から7月までの間に同国各地でテロ容疑者70人以上を逮捕するなど、多くのテロの阻止に成功している。しかし、ISIL関連組織は、治安当局による取締りを受けながらも、農民殺害テロ(4月、8月)、警察官刺殺テロ(6月)等の小規模なテロを継続している。アフガニスタンでは、駐留外国軍、アフガニスタン軍等の掃討作戦強化により、ISIL関連組織は、同国東部・クナール州に戦闘員の大半が追い込まれる状況となり、勢力は、平成31年/令和元年(2019年)の最大規模4,000人から2,200人規模へと縮小したとされる。首都カブールでは、シーア派指導者追悼集会に対する襲撃テロ(3月)、シーク教徒施設に対する襲撃テロ(3月)、シーア派住民が多い地区の教育施設に対する自爆テロ(10月)等を相次いで実行した。パキスタンでは、ISIL関連組織が、南西部・バルチスタン州クエッタのモスクに対する自爆テロを実行した(1月)。モルディブでは、南アリ環礁・マヒバッドホー島で、警察船舶等が放火されるテロが発生し、ISILが、アラビア語週刊誌「アル・ナバア」を通じ、同国での最初の攻撃として、犯行を主張した(4月)。
  • 欧米諸国では、英国・ロンドン南郊ストリーサムで、刃物を持った男による襲撃テロが発生し、ISILと関連を有する「アーマク通信」がISILの犯行と主張した(2月)。また、オーストリア・ウィーンでは、北マケドニア系の男による銃撃テロが発生し、ISILが犯行声明を発出した(11月)。同国におけるISIL関連テロの発生は初めてとみられる。このほか、ISIL関連の摘発事案も相次いで発生し、ドイツでは、シリア及びアフガニスタンのISIL幹部と連絡を取り、ドイツ駐留米軍基地等を標的としたテロを計画したとしてタジキスタン人4人が逮捕された(4月)ほか、スペインでは、シリアのISILメンバーと連絡を取り、テロを計画していたとされるモロッコ人が逮捕された(5月)。さらに、米国では、ホワイトハウス等を標的としたテロの実行を謀議していたISIL支持者とされる2人が逮捕される(9月)など、依然としてISILの影響力は継続しているとみられる。他方、ISILに参加した外国人戦闘員(FTF)の帰還をめぐっては、スペインで、シリアから帰還した英国出身のFTFが同組織に参加した容疑で逮捕された(4月)ほか、FTFを欧州へ帰還させるための資金の移送を行っていたとされる者が逮捕された(6月)。ISIL及びISIL支持者は、引き続き、インターネット上で欧米諸国に対するテロを呼び掛けており、今後もこれに呼応したテロの発生が懸念されるほか、帰還するFTFの動向にも注意が必要である。
  • アフガニスタンの旧支配勢力である「タリバン」は、依然として同国の軍・治安当局等に対するテロを継続している。「タリバン」の支配下とされる行政区域は、全国407郡中75郡(11月時点)となり、令和元年(2019年)11月から7郡増加した。「タリバン」の戦闘員数は5万5,000~8万5,000人、非戦闘員を合わせると10万人規模に達し、年間収入は3~15億ドルに上るとされる。「タリバン」は、依然として現政権を正統な政権とみなしておらず、国内で勢力を徐々に盛り返している現状下、現政権との和平交渉が進展するかは不透明である。「タリバン」は、アフガニスタン国内で、複数のテロ関連組織に活動基盤を提供しているとみられる。なかでも、「アルカイダ」については、平成8年(1996年)以降の「タリバン」政権期同様、「タリバン」から同国内で支援を受けつつ、「タリバン」に対し戦闘の計画及び訓練で協力しているとされるなど、特別な関係を有するとみられる。「タリバン」内の強硬派である「ハッカーニ・ネットワーク」(HQN)は、主に同国南部・ヘルマンド州等で「アルカイダ」幹部と接触しており、その中には「アルカイダ」最高指導者のアイマン・アル・ザワヒリも含まれるとの指摘がある。パキスタンに起源を有する「パキスタン・タリバン運動」(TTP)、「ムハンマド軍」(JeM)及び「ラシュカレ・タイバ」(LeT)は、アフガニスタン及びパキスタン両政府の統制が弱い両国国境付近を中心に活動しているとされる。中でも、TTPは、アフガニスタン国内で「タリバン」の支援を受け実戦経験を積み、パキスタン国内に戻ってテロを実行することで知和平交渉を進めつつも、テロ組織との関係が不透明な「タリバン」られる。「ウズベキスタン・イスラム運動」(IMU)、「東トルキスタン・イスラム運動」(ETIM)等の中央アジア系組織は、テロ対策が厳しい中央アジア諸国等では水面下で活動し、アフガニスタン、シリア等の紛争国では活発に活動する傾向にある。アフガニスタン国内では、これら組織は、ウズベク人、トルクメン人等同民族が多い北部を主たる拠点とし、「タリバン」内の同民族系戦闘員の支援を受けているとみられる。2月末に締結された米国と「タリバン」との和平合意では、米国が、段階的に駐留米軍を撤退させ、「タリバン」が、「アルカイダ」等に米国及びその同盟国の安全を脅かすことを目的にアフガニスタンの領土を活用させないこと等が規定された。しかし、同国内では、米軍を含む駐留外国軍に対する犯行主体不明のテロが引き続き発生しており、その背後には「アルカイダ」を含むテロ関連組織が暗躍しているのではないかとの疑念が、国際社会に生まれている。

さて、仏の週刊新聞「シャルリーエブド」の風刺画をきっかけに、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)がパリの劇場や飲食店などを襲撃し、130人が死亡した2015年の同時多発テロから5年が経過しました(仏裁判所は昨年12月、本テロの実行犯を支援した共謀などの罪で、被告14人に禁錮4年から終身刑を言い渡したています)。事件は発生から6年近くでいったんの区切りを迎え。直近では、同紙が風刺画を再度掲載したこと、仏マクロン大統領が「冒涜の自由」を掲げて、全面的に擁護したことからイスラム世界からの猛反発に遭い、世界各地でのテロ発生リスクが高まっている状況にあります(暴排トピックス2020年11月号を参照ください)。マクロン大統領は、「仏がイスラムを敵視しているというのは誤解で、問題なのはイスラム過激主義者である」、「彼らは善良なイスラム教徒の敵ですらある」と主張の正当性を述べていますが、やはり預言者ムハンマドの風刺画を容認していることが前提にあり、「共闘」にまで高まっていない現実があります。2020年11月22日付時事通信において、「各国は例外なく暴力的過激主義との戦いを余儀なくされている。ただ、それはイスラムだけの専売特許ではない。むしろ、イスラム恐怖症や「ゼノフォビア」といった排外主義、ヘイト、偏見に基づく暴力も存在するし、また、その反動としてイスラム過激主義が伸張することが問題なのである。(略)人口の9%、約600万人のイスラムコミュニティは、今や仏社会と不可分であるのに、融和を図らず、「風刺画を容認せよ」というのはいかにもまずい。それは、文明の価値の保護ではなく、ヘイトの扇動に過ぎない」との有識者の指摘がありましたが、正に正鵠を射るものと考えます。筆者としても、マクロン大統領の「冒涜の自由」の主張は、イスラム教徒に対してあまりに「不寛容」で乱暴に映ります。有識者の主張に加え、イスラム教徒としての自分を社会で認められない疎外感が過激化につながっている事実も直視する必要があるのではないかと考えています。その意味では、カナダのトルドー首相が、「表現の自由は常に守っていかなければならないが、限度がないわけではない」、表現の自由の行使は「相手への敬意を保ち、同じ社会、地球に暮らす人々を故意に、あるいは不必要に傷つけないよう、自ら戒める責任を負う」、「多元的で多様な社会では、他者への発言や行動の影響に配慮する責任を負う。特に今なお差別を経験している人々に対してはそうだ」と指摘したことは、全く正しいと考えます。

ただ、現実はなかなか厳しく、仏政府はイスラム過激派対策として、個人を標的としたインターネット上の憎悪発言を取り締まり、イスラム教団体に外国からの資金流入の透明化を求めるといった、共和国の理念に反する行為を罰することなどを盛り込んだ法案を閣議決定しています。相次ぐテロを背景に、男女平等や、政治と宗教の分離といった仏の価値観を徹底させて同化を迫る狙いがあるといいます。同法案はマクロン大統領が昨年10月、過激なイスラム主義がフランスの一体性を損ないつつあるとして、「分離主義者」を取り締まるために必要だと訴えていたもので、具体的には、宗教施設の監視の強化や自宅での義務教育を認める基準の厳格化などのほか、個人や住所を特定し、攻撃の危険にさらすような情報の拡散を禁じ、違反者には最高で禁錮3年、罰金4万5,000ユーロ(約560万円)が科されること、公務員が標的とされた場合、刑罰は加重されること、「一夫多妻婚」「児童を就学させない」「当事者の意思に反する結婚強制」など、移民社会に残る習慣を禁じること、国や自治体の補助金を受ける団体には、男女平等、自由の尊重などの「共和国の原則」の順守を求めることなどが規定されています。ただ、「フランス共和国の原則と、信教の自由を同時に守るのが狙いだ」と仏首相が述べていますが、これらの具体的な施策内容を見ると、イスラム過激思想の取り締まりを超えて、イスラム教徒を狙い撃ちにした規制強化の様相を呈しているように思えてなりません。筆者は、この法案がさらなる「分断」を拡大してしまうことを危惧しますが、このあたりの仏社会の抱える「分断」の構図について、2020年12月17日付日本経済新聞で言及がありましたので、以下に一部引用します。

フランスは欧州最大のイスラム教社会を持つが、同教徒の人口が大きく増えたのは第2次大戦後だ。経済成長を支える労働力として北アフリカなどから移民を呼び寄せたほか、70年代にはその家族がフランスに来ることを許した経緯がある。仏AFP通信によると、2016年時点の同教徒の人口は全体の9%に当たる570万人にのぼるとの推計がある。人口が増えるにつれて、フランスが掲げる政教分離(ライシテ)の原則とイスラム教の価値観がぶつかる場面が目立ってきた。握手を避けたり、プールの授業で男女を分けるよう求めたりする一部のイスラム教徒が文化的な摩擦を起こすようになる。ライシテは本来、強大なカトリック教会の影響を政治から切り離すために生まれたものだ。それが次第にイスラム教の価値観を抑えこむために使われるようになった。公の場で宗教色を出すべきではないとの解釈に変わり、例えば11年には女性の全身を覆う同教の衣装「ブルカ」を禁止した。だが現在に至るまで、ライシテや表現の自由などを巡り、あつれきは続いている。

さらに、イマーム(イスラム教指導者)養成学校の開設を通して、イスラム教徒の置かれている立場を示した報道(2020年12月17日付日本経済新聞)も極めて興味深いものでしたので、以下に一部引用します。

イスラム過激派による襲撃事件の続発を受けて、フランスやオーストリア、ドイツは、欧州の世俗的価値観に反する教えを広め、イスラム教徒の過激化につながる恐れがあるとして外国からの資金援助に照準を合わせた。欧州連合(EU)のミシェル大統領は11月、「憎悪の思想」と戦ううえで欧州にイマーム養成機関を設立する構想を打ち出した。ただ、思想をめぐる論議が熱を帯びる一方で、聖職者の間では自分たちの草の根の活動に対する支援が対テロ作戦として扱われ、欧州のイスラム社会に背を向けられる結果になりかねないとの懸念が広がっている。「イスラム過激主義によって、欧州のイスラム教徒は二重の打撃を受けている。非イスラムの欧州人にとって、私たちは敵の味方になっている。だが狂信的な人たちから見ると、私たちは魂を売った非真正なイスラム教徒なのだ」。…フランスの法学者リム・サラ・アルアン氏は、同国で提出された「共和国原理強化法案」は名指しこそしていないがイスラム教徒を標的にしていると指摘する。「この法はフランスのイスラム教徒でなく過激派を対象とするものだと政府は繰り返しているが、私たちは普通のイスラム教徒たちに『あなたは私たちの仲間なのか、敵なのか』と問い続けている」と語る。欧州がイスラム教徒に対する姿勢を強めるなか、ドイツではイスラム教徒への嫌がらせが広がっている。独イスラム教徒中央評議会のアイマン・マチェック氏は、イスラム教徒から毎週3~4件の嫌がらせや破壊行為が報告されており、イスラム教徒が「ドイツ人という自己意識」を持つことは困難になっていると話す。オブール氏は、欧州での議論は「臨界期」を迎えたとみている。「人々の議論を感情が覆い込んでいる。今、理性的な声は聞き入れられていない。『何が起きてもおかしくない』局面に入っている」と嘆いている。

その他、テロリスクを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • オーストリアの憲法裁判所は、小学校で児童に髪を隠すスカーフの着用を禁じた法律について違憲との判断を示しています。イスラム教徒を狙い撃ちしており平等の原則に反すると認定したということです。この法は2019年に施行されたもので、オーストリアには2015年の難民危機以降、多くのイスラム教徒らが流入したといいます。イスラム教徒の女性の中には、公共の場所でスカーフなどを使って頭部を隠す人がいることは知られており、前述のとおり、仏では、ライシテが「公の場で宗教色を出すべきではない」との解釈に変わり、例えば2011年には女性の全身を覆う同教の衣装「ブルカ」を禁止したということがありました。
  • 米財務省は、テロリズムに関与した疑いがあるとして、イランの駐イエメン大使と、イランのアルムスタファ国際大学に対する制裁措置を導入しています。財務省によると、同大使はイラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」の幹部であり、同氏がこのほどイエメンに着任したことは、イスラム教シーア派の武装勢力フーシ派への支援を拡大させるイランの意向を反映しているとし、イエメン内戦の収束が一段と困難になるとの見方を示しています。また、アルムスタファ国際大学はコッズ部隊運営のほか、国外での人材確保に関与している疑いがあるとしています。このほか、中東地域と米国でコッズ部隊の活動を支援した疑いがあるとして、イランに本拠を置くパキスタン国籍の人物も制裁対象としています。
  • 北マケドニア(旧マケドニア)の警察当局は、ISとのつながりが疑われる8人を首都スコピエと北部クマノボで逮捕したと発表しています。数カ所の捜索で武器や銃弾、爆発物を発見、1人はシリアでISのために戦ったことがあるとされ、インターネット上の会話で計画を共有、自爆攻撃のための爆発物を仕込んだベストの製造に関する情報も含まれていたといいます。また、在英のシリア人権監視団によると、シリア東部デリゾール県で、ISがアサド政権軍の兵士らの乗ったバスに待ち伏せ攻撃を仕掛け、37人が死亡したということです。バスはデリゾールと中部パルミラを結ぶ道路を移動していたといい、監視団は声明で、支配領域を持つ疑似国家としてのISが崩壊した2019年3月以降で「最大規模の攻撃」と指摘しています。さらに、西アフリカのニジェールでは、イスラム過激派とみられる武装集団が2カ所の村を同時に襲撃し、住民ら少なくとも計70人が殺害されたと報じられています。襲撃は西方に接するマリとの国境付近で発生、周辺では近年、国際テロ組織アルカイダやISに忠誠を誓う勢力が台頭しており、マリやブルキナファソでもテロ被害が急増しているといいます。
  • イエメン南部の主要都市アデンの空港で爆発や銃撃戦があり、少なくとも16人が死亡、60人が負傷しています。空港には、このほど発足したアブドルマリク暫定内閣の閣僚らが航空機で到着した直後で、閣僚らを狙ったテロの可能性があるということです。さらに閣僚らが移動した大統領宮殿周辺でも爆発がありましたが、同新首相は大統領宮殿周辺での爆発前、自身も含めた閣僚は無事だったと表明しています。イエメンでは、サウジアラビアの支援を受けるハディ暫定大統領の政権と、親イラン武装組織フーシ派が内戦を繰り広げている状況にあります。
  • アフガニスタンの旧支配勢力タリバンと国連児童基金(ユニセフ)は、タリバンが支配したり影響力を持ったりしている地域で、4,000の非公式の学校を設けることで合意しています。タリバンとアフガン政府の和平協議が進む中、タリバンには国際社会と協働する姿勢を示すことで、将来政権に参加する場合に重要な役割を担えるとアピールする狙いがあるとみられています。なお、ユニセフによると、アフガンでは推定で370万人に上る子供が学校に通っておらず、今回の合意で、女子を含む12万人以上の子供の就学が期待されています。なお、タリバン政権(1996~2001年)下では女子の教育が制限され、タリバンは国際社会から批判を浴びた経緯があります。
  • 米ニューヨークの連邦地検は、旅客機をビルに激突させる米中枢同時テロのようなテロを計画した罪で、ケニア国籍の容疑者が起訴されたと発表しています。ソマリアを拠点とするイスラム過激派アルシャバーブのメンバーだといい、同被告はアルシャバーブ幹部の指示を受け、民間機をハイジャックする準備として警備の弱点や操縦室の扉を破る方法、米国の査証(ビザ)取得方法を調査していたといいます。米国の大都市で最も高いビルについても情報収集していたということですが、どの大都市かを明らかにされていません。
  • ナイジェリア北東部でイスラム過激派組織「ボコ・ハラム」が攻勢を強めており、昨年11月にはボルノ州の州都マイドゥグリ近郊の村を襲撃するなどしており、ボコ・ハラムの活動を抑え込めない政府への批判の声も高まっているといいます。また北部カツィナ州では、寄宿学校が武装集団に襲われ男子生徒300人以上が連れ去られる事件があり、ボコ・ハラムは、「非イスラム教的な行為を戒めるため」などとする犯行声明を出しています。ナイジェリア北部では犯罪組織による身代金目的の誘拐事件も多発しており、ボコ・ハラムは2014年にも同国北部の学校を襲い、女子生徒約270人を拉致しています。ボコ・ハラムの勢力は根強く、政府が対応に苦慮している状況がこの事件でも浮き彫りになっています(なお、数日後、男子生徒らは解放されましたが、政府側が身代金の支払いに応じた可能性が指摘されています)。そのようなナイジェリアはすでに政府が機能不全に陥ったという意味で「破綻国家」寸前だと指摘した報道(2020年12月25日付日本経済新聞)によれば、「国庫からかすめ取られた石油収入が無為無策で慢心した政治エリートに横流しされてきたナイジェリアでは、公人の職権乱用や不正利得が国の実情を映すシンボルと言わざるを得ない。脆弱なのは治安だけではない。世界銀行が定めた国際貧困ライン(1日当たり9ドル)未満で暮らす貧困者の数はインドを上回り、世界最多の水準だ」ということであり、このような人心・国土の荒廃がテロを生む土壌となることをあらためて感じさせます
  • 在スーダン米大使館は、トランプ政権がスーダンに対するテロ支援国家指定を正式に解除したと明らかにしています。国外からの投融資を制限するテロ指定は経済再建の足かせとなってきたため、スーダンにとっては大きな後押しとなります。スーダンは昨年10月下旬、米国の仲介でイスラエルと国交正常化に合意、米国はスーダンの悲願だったテロ指定解除を見返りに正常化を促したとみられています。2019年4月、約30年間続いたバシル政権が崩壊し、民政移管に向けて発足した暫定政権が、米国に指定解除を働き掛けていたものです。
  • ドイツの裁判所は、2019年10月に東部ハレのシナゴーグ(ユダヤ教会堂)近くで市民2人を射殺し殺人罪などに問われた20代の極右思想の男に終身刑を言い渡しています。男はユダヤ教徒51人が礼拝中のシナゴーグに、信者を殺害する目的で侵入を試み、爆発物でドアを破壊しようとしたが失敗、その後、周辺で通行人女性と飲食店員男性の非ユダヤ系市民2人を射殺し、逃走中にも数人を負傷させたものです。なお、男は犯行をインターネットで中継し、公判中にホロコースト(ダヤ人大量虐殺)を否定する発言を繰り返していたということです。このあたりも、前述の「内外情勢の回顧と展望」において、「人種差別を正当化し、外国人排斥等を主張する極右主義者については、近年、テロの実行や奨励、軍事訓練キャンプの運営等、テロに関連した動向が明らかとなっている」と指摘されている点に符合します。
  • 東南アジアのイスラム過激派組織ジェマ・イスラミア(JI)創設者のアブ・バカル・バシル受刑者(82)が、刑期満了のため、インドネシアの首都ジャカルタ南方ボゴール県の刑務所を出所しています。報道によれば、高齢で体調を崩すことも多いが、国家テロ対策庁は一定の影響力を保持しているとみて、動向を注視していく方針だといいます。JIは、日本人2人を含む202人が死亡した2002年のバリ島爆弾テロなどを実行、同氏は2016年1月のジャカルタ連続爆弾テロや、2018年5月にジャワ島スラバヤ一帯で起きた連続自爆テロの実行犯らに影響を与えたとされます。
  • 1978年の成田空港開港から警備にあたっている千葉県警成田国際空港警備隊は昨年10月、組織再編により750人体制に縮小されました。長く1,500人体制が維持されてきましたが、空港を狙ったゲリラ活動が沈静化したことなどから、2019年度から段階的に削減されていたものです。一方で、銃や生物・化学兵器などを使ったテロに対応する専門部隊が強化されているといい、グローバル化に伴うテロなどの脅威への対応の重要性はますます増しているといえます。

(5)犯罪インフラを巡る動向

新型コロナウイルスのワクチン使用が初めて承認された数日後には、犯罪者たちが世界的な予防接種の需要につけ込んで利益を得ようと闇サイトで暗躍し始めていることが確認され、すでにワクチンが売りに出されていたといいます。報道によれば、国際刑事警察機構(ICPO)と欧州刑事警察機構(ユーロポール)は昨年12月、オンライン詐欺やサイバー犯罪から窃盗、偽物または基準を満たさないワクチンの販売まで、新型コロナワクチンに関する犯罪の「激増」が見込まれると警告を発しています。ユーロポールによると、悪用できる空の薬瓶も狙われる恐れがあるほか、「効果がないばかりか最悪の場合には有毒」な偽ワクチンは、公衆衛生上の重大な脅威だとしています。さらに、ワクチンが盗まれて闇市場に横流しされる恐れがあることから、製薬業界は史上最大の世界的なワクチン接種を前に警戒を強めている状況にあります。正に闇サイトがワクチンを巡るさまざまな犯罪の場となることが見込まれており、その監視や摘発、注意喚起等に注力すべき状況にあります。一方、コロナ対策という点でいえば、シンガポール政府は、新型コロナウイルスの感染経路を追跡するアプリが蓄積したデータを犯罪捜査に利用することがあるとの見解を示したことが物議を醸しています。この追跡アプリは既に同国民の8割弱に配布されていますが、昨年3月の導入当初から、政府に個人情報が把握されることにつながるとの警戒感が強かったところ、こうした懸念が国民の間でさらに高まる可能性があります。同国政府はこれまでデータが新型コロナの感染経路の追跡のために使われると強調し、犯罪捜査に使われる可能性について周知徹底してきませんでした。これだけ普及すれば、行動の監視や犯罪の摘発にも役立つことは予想できるものの、プライバシー保護の観点からは慎重な運用も求められるところであり、日本のCOCOAをはじめ他の国々での各種取組みへの懸念の拡がり、新型コロナ対策の効果を減じてしまわないか、憂慮される状況です。

また、コロナ禍において確実に拡がりを見せることが予測されていた「ヤミ金」ですが、やはりジワリと多くの事業者や個人を蝕んでいるようです。昨年12月、警視庁は、新型コロナで倒産の危機に苦しむ経営者を食い物にし、違法な高金利でカネを貸していた男たち8人を出資法違反(高金利)で逮捕しいます。報道によれば、逮捕事案は、都内で企業を経営する70代男性に対し法定の30~75倍にあたる金利で金を貸し付け、利子として計319万円を受け取った疑いで、年利に換算すると600~1,500%の高金利にあたるといいます。逮捕された男たちは20~40代で、闇金グループを構成していたと見られています。中小企業の名簿をもとに、ファックス、DM、電子メールで「コロナ対策費が出るまでのつなぎとして1,000万用意できます」などと言葉巧みに勧誘、被害者の多くがコロナ禍で困っていた人たちで、一都9県の広い範囲にわたっているといいます。さらに、支払いが滞れば個人情報をネットで公表されてしまうといった悪質な手口まで存在するようです。通常であれば怪しんで接触を避けることができるとしても、背に腹は代えられない状況に追い込まれている経営者は「藁をもすがる思い」で手を出したものと推測されます。なお、コロナ禍で追い込まれた事業者が手を染めることも考えられる「取り込み詐欺」(事業者から商品をだまし取り、代金を支払わずに逃げる手口)の増加も懸念されるところです。2021年1月5日付産経新聞によれば、取り込み詐欺は詐欺グループだけではなく、経営難の一般企業が行う場合もあること、コロナの影響で苦境に陥った会社が取り込み詐欺や計画倒産などに手を染めている可能性もあること、被害を受けた企業も信用をなくすことを懸念して警察に相談しないことが多いことなどから、水面下で多くの取り込み詐欺が起きていることが危惧されるといいます。そして、被害を防ぐには取引先の入念な調査が不可欠であり、例えば手間はかかるものの、最新の登記だけではなく何年か遡ってみると、頻繁に役員や本社所在地、事業目的が変わっているなど不審な点が見つかることもあり、チェックしていくことが重要です。

当社は、従来から反社チェックの一つの手法として、「商業登記情報の精査」を行うことをおすすめしています(反社チェックに限らず、取引先調査の手法としては極めて有効です)。望ましいチェックの方法としては、対象企業の登記情報を取得するなどして「現在の商号と取締役・監査役」等を把握し、それを過去の記事検索や自社のデータベース、外部の公知情報DB等と照合して、該当事項がないか確認することですが、反社会的勢力や犯罪集団は、そのような手法を見越して、すでに巧妙に実態を隠しており、表面的な情報だけで相手の素性を見極めることは困難となっています。したがって、実効性あるチェックを行うためには、履歴事項全部証明書や閉鎖された登記情報を取得するなどしてチェック対象を拡大し、「隠したい過去」を導き出す(見つけにいく)といった取組みの深度が必要になります。なお、望ましいチェック範囲としては、対象企業の現時点の状況に限定することなく、以下のような過去の関係者や周辺の関係者にまで拡げることが重要です。経験則上も、とりわけ外から見えにくい部分に反社会的勢力や犯罪組織が潜んでいることやその手掛かりが得られることが多いといえます。

  • 退任した役員
  • 子会社や関係会社
  • 主要な取引先
  • 主要な取引先等の紹介者(仲介者)
  • 主要株主
  • 主要な従業員(取締役以外の執行役員、中途入社した部長など)
  • 顧問や相談役、コンサルタント、アドバイザー
  • 外部から招聘した取締役・監査役およびその経歴先企業
  • 投資先や融資先!・法人所有不動産や役員個人所有不動産の債権者など

また、登記情報分析においては、「内容に整合性があるか」という視点が最も重要となります。具体的には、「商号、本店所在地、役員を変更する理由は何か」、「事業目的が大きく変わった理由は何か」などを確認することになるが、実際のチェックにあたっては、以下のような点を踏まえて分析し、当該会社の来歴、経緯の把握に努める必要があるといえます。

  • 主要事業の変更(業態転換)がある
  • 事業目的間の関連性が低い
  • 事業目的が多岐にわたりすぎている、大幅に変更されている
  • 短期間での大規模な増資や小口の増資、減資などが続いている
  • 商号、本店所在地、役員が頻繁に変わっている
  • 複数役員が一斉に退任している、「解任」された役員がいる
  • 会社の合併、分割がある
  • 債権譲渡などが登記されている
  • 商業登記簿謄本が存在しない
  • 登記内容の変更手続きが常態的に法定期間を超えている

さて、前回の本コラム(暴排トピックス2020年12月号)でもとりあげた休眠宗教法人(不活動宗教法人)の問題については、直近では、死去した住職に後継ぎがおらず、休眠状態になっている島根県の寺の境内地と建物を国有化する手続きが進められているといい、近く完了する見通しという情報がありました。脱税など不正の温床になるのを防ぐためで、文化庁によると1951年の宗教法人法施行後、初めてのケースとなるといいます。実際に、文化庁が把握する不活動宗教法人は2018年時点で3,528あり、税が優遇されることから、過去には反社会的勢力などが法人の代表役員につき脱税や資産隠しに悪用する問題も起きています。以前の本コラム(暴排トピックス2014年12月号)では、「宗教法人は、寄付金やお布施、お守り販売といった宗教に関する事業や幼稚園の経営などによる収入は非課税となるほか、収益事業の法人税率も一般の法人と比べて優遇されていることから、そもそも悪用される可能性が高いと言えます。直近でも、開運商法で得た所得を隠したとして、大阪市の開運グッズ販売会社(解散)の元実質経営者ら5人が逮捕された脱税事件で、同社が休眠状態の宗教法人を買収し、同法人から開運グッズを仕入れていると装って経費を架空計上していた事例が報道されています」と指摘しています。本来なら活動再開や他の寺との合併を目指す方が望まく、安易な国有化は避けるべきではあるものの、不活動宗教法人の解散を促す解決策として、文化庁は国有化の事例を広めたい考えだとしており、反社会的勢力の隠れ蓑とならないためにも、同様の取組みが拡がることを期待したいと思います。

2020年12月14日付日本経済新聞によれば、高級車の盗難を巡り、盗みの痕跡を消す巧妙な手口が警視庁の捜査で明らかになったと報じられています。車両1台ずつに与えられた「車台番号」を実在した輸出車のものと偽り、再輸入を装って車検に合格させるという「車の“戸籍”のローンダリング」は盗難車の売買を活発にさせかねず、国土交通省も警戒を続けているということです。報道の中で、中古車業界の関係者が、「車台番号が改ざんされ、車検証も発行されていれば、盗まれた車と見抜くのは難しい」と述べており、盗難車のローンダリングは既に水面下で広がっている可能性が高いとも指摘されています。本コラムでも取り上げてきたように、これまで盗難車はヤードなどで解体後に部品を海外で売却したり、犯罪組織が使用したりするケースが多かったといえます(ヤードの犯罪インフラ化を阻止する条例等も各地で制定されています)。直近でも、新車価格が1,000万円を超えるトヨタの高級車「レクサスLX」の盗難被害が愛知県内で急増しており、昨年11月末時点で100台に達したと報じられています。同型車の愛知県内の登録台数は557台(2019年3月末時点)で、およそ5台に1台が盗まれている計算となります。電子キーの電波を増幅・中継してドアを解錠する「リレーアタック」などの手口で盗まれているとみられ、解体されて海外に持ち出されていると考えられています。しかし、国内で盗んだ車をそのまま売りさばくことが容易になれば、盗難車の売買市場が拡大し、需要に合わせて車の窃盗自体が増える恐れも考えられるところです。国交省も既に対策を講じており、2019年12月には、各地の運輸局に対し、輸入車の車検を厳格化するよう通達を出し、各運輸局は提出された通関証明書が偽造されていないかどうか、発行元の税関に確認することとしています。

SNSの犯罪インフラ化については、本コラムでも毎月のようにその多面的な様相について取り上げていますが、最近ますますその深刻さを増しています。トランプ米大統領(共和党)の支持者が連邦議会議事堂に乱入した事件では、SNSを使って扇動したとしてトランプ大統領のアカウントが永久に停止される事態を招いていますが、それとは別に「パーラー」と呼ばれるSNSの存在も注目されています。2021年1月9日付日本経済新聞によれば、「言論の自由」を掲げるパーラーは内容を検閲しないのを売りに保守層を中心に利用者を増やしており、数百万人のユーザーがツイッターなどからパーラーなど保守系SNSに移ったといいます。そこには、白人至上主義者や「プラウドボーイズ」など極右集団も含まれています。トランプ氏のつぶやきに反応するかのように、パーラーなどでは武装デモ計画の議論も活発に繰り広げられたといい、6日に連邦議会議事堂に詰めかけた群衆には金属バットやこん棒、小銃で武装した姿もあり、SNSのやりとりが暴力行為を増幅させたとの見方もあります(なお、米アマゾン・コムは、パーラーの暴力的な投稿への対応が不十分として、同社サイトの管理サービスを打ち切り、現在は利用できなくなっています)。SNSで自分と同じ意見の人の主張を見て確信を深める現象は「エコーチェンバー(共鳴室)」と呼ばれ、その典型例が今回の事件ともいえ、ニュースの情報源をSNSに頼る層は偽ニュースや陰謀論にさらされるリスクも大きいことも指摘されています。いわば、SNSの特性が人々を誘きよせ、SNSを通じて確信を深め、SNSで計画を練りあげ、SNSから飛び出しリアルの場で事件を起こす-というSNSの犯罪インフラ性の一面を浮き彫りにしたものといえます。また、SNSの犯罪インフラ性として注目されたのは座間市の9人殺害事件です。SNSを使って被害者を誘きよせるという「犯罪ツール」としての活用は社会に大きな衝撃を与えましたが、「SNSには偽善者もいる」こと、SNSとリアルの関係についての「ネットでの出会いの危険性を教えてあげる機会と、若い子が気持ちを打ち明けられるリアルな居場所が必要だ」(2020年12月15日付日本経済新聞)との指摘は正に正鵠を射るものといえます。さらに、コロナ禍で不法滞在するベトナム人を結びつけているSNSのあり方も考えさせられるところです。2020年12月29日付毎日新聞では、「失踪したい人、仕事をあっせんします」「偽造在留カード売ります」など、日本に住むベトナム人向けに開設されたFBなどSNSには、不法残留や犯罪を誘発する投稿が後を絶たないと紹介されています。警察当局はSNSが「不法滞在のベトナム人が日本で生活を続けるための欠かせないツールになっている」と警戒を強め、違法な書き込みに対する捜査を強化しているといいます。また、SNS上には違法薬物の取引なども散見されており、県警はサイバーパトロールの強化や、外国人コミュニティ向けの情報発信を増やすなどして犯罪の未然防止に力を入れているといいます。SNSはコミュニティの連帯・絆を深める重要なツールである一方で、さまざまな犯罪に関与し、容易に犯罪者を仕立て上げることのできる犯罪ツールでもあり、SNSを正しく使いこなすことの困難さを感じさせます。

前回の本コラム(暴排トピックス2020年12月号)でも取り上げましたが、NTTドコモの電子決済サービス「ドコモ口座」を使った預貯金の不正引き出しが起きた問題で、ドコモは、一部の利用者を対象に携帯電話番号の登録の義務付けを始めています。銀行口座からドコモ口座への送金サービスを実施するソニー銀行など6行を利用し、ドコモと回線契約をしていないユーザーが対象で、携帯電話のSMSを使った2段階認証を実施することになります。ドコモ口座はこれまでメールアドレスがあれば他人になりすまして口座を作ることが可能だった脆弱性を突かれて不正に引き出されるという問題が発生したことを受け、本人確認の強化に乗り出したものです。なお、本人確認の強化としては、運転免許証などをスマホ経由で送る「eKYC」と呼ぶオンラインでの本人確認も既に導入しています。また、この問題等を受けて、全国銀行協会(全銀協)は、「預金者の口座情報等を不正に入手した悪意のある第三者が、銀行口座と連携して利用する決済サービスを提供している事業者(資金移動業者等)を通じて、銀行口座から不正な出金を行う事案が複数発生したことを契機として、各銀行が資金移動業者等と連携して決済サービスを提供するに際しての考え方・例示等を取りまとめ」たガイドラインを公表しています。そして、金融庁からは、資金移動業者の提供する決済サービスを悪用した不正出金事案が多発したことを踏まえ、預金取扱金融機関に対して、銀行口座と連携する決済サービスに係るセキュリティの状況や被害発生状況について実態把握をするため、全銀協と連携して調査を実施し、その結果が公表されました。一定割合の金融機関の本人確認手続きの甘さ、資金移動業者等任せ、無関心などの脆弱性が存在し、今回の不正出金問題の本質は、その脆弱性が招いたことであることがよくわかる調査結果となっています

▼金融庁 「銀行口座と決済サービスの連携に係る認証方法及び決済サービスを通じた不正出金に係る調査」の調査結果について
▼「銀行口座と決済サービスの連携に係る認証方法及び決済サービスを通じた不正出金に係る調査」の調査結果について

本調査は、資金移動業者の提供する決済サービスを悪用した不正出金事案が多発したことを踏まえ、預金取扱金融機関に対して、銀行口座と連携する決済サービスに係るセキュリティの状況や被害発生状況について実態把握をするため調査を実施したもの。

  • 190金融機関のうち117金融機関(62%)が、銀行口座と連携する決済サービスを導入している。
  • 金融機関と資金移動業者等との間の決済サービスに係る契約件数は699件。うち62%は資金移動業者との契約。
  • 口座連携時の認証方法として多要素認証を導入している契約数は全699件のうち483件(69%)、多要素認証を導入していない契約数は207件(30%)
  • 全699件の契約のうち、336件(48%)の契約において他の事業者への依拠による取引時確認(犯収法上の取引時確認義務を負わない事業者が行う本人確認を含む。以下同じ。)が行われている
  • 資金移動業者等が行う取引時確認の実施状況について、金融機関において把握していないとする契約数は全699件の契約のうち86件(12%)。
  • 全699件の契約のうち104件(15%)の契約に係るサービスにおいて、不正出金が発生している。銀行口座と連携する決済サービスを導入する全117金融機関のうち44金融機関(38%)で不正出金が発生している
  • 不正出金に用いられた個人情報の流出原因が「不明」となっている不正出金被害は、過去5年間で計948口座で発生。総被害金額は1億8,758万円。
    • (注)本調査では、銀行口座と連携して利用する決済サービスを提供している事業者を通じて、銀行口座から不正な出金が行われた事案の被害状況の把握を目的としているため、不正出金の原因が「不明」となっている事案を分析対象とした(不正出金の原因が明らかな事案(フィッシングサイトに口座情報等を入力してしまった、犯罪者に口座情報等を伝達してしまった(顧客過誤)等)は分析対象から除外。)。
  • 不正出金被害が発生した948口座・1億8,758万円のうち資金移動業者が提供する決済サービスにおける被害口座数は641口座(68%)、被害金額は1億6,170万円(86%)。次いで多かったのは、銀行が提供する決済サービスで、被害口座数は254口座(27%)、被害金額が2,017万円(11%)。不正出金被害の発生時期について、被害金額が最も多かったのは2019年4~6月、被害口座数が最も多かったのは2020年7~9月であった。

また、本コラムでは犯罪インフラの問題の大きな課題の一つである「サイバー攻撃への対応」についても、その動向を追っています。まずは、前述した公安調査庁「「内外情勢の回顧と展望(令和3年1月)」」から、サイバー攻撃を巡る動向についての記述を引用して紹介します。

  • 業務の妨害、機密情報の窃取、金銭の獲得などを狙ったサイバー攻撃は、国内外で常態化するとともに、その手口も巧妙化している。加えて、技術の進展や社会構造の変化により、サイバー空間の社会への拡大・浸透がより一層進む中にあって、サイバー空間における悪意ある主体の活動は、社会・経済の持続的な発展や国民生活の安全・安心に対する深刻な脅威となっている。さらに、国家が政治的、軍事的目的を達成するため、諜報活動や重要インフラの破壊といったサイバー戦能力を強化しているとみられており、安全保障の観点からも、サイバー攻撃の脅威は重大化している
  • 令和2年(2020年)は、我が国で機密情報の窃取を狙ったとみられるサイバー攻撃、とりわけ防衛産業を標的としたサイバー攻撃事案の発覚が相次いだ。防衛装備品の調達先である大手電機メーカーは、平成31年/令和元年(2019年)に発生した不正アクセス事案を公表し(1月)、別の大手電機メーカーも、同社の防衛事業部門のサーバが平成28年(2016年)以降数年にわたって外部から不正アクセスを受けていたことを公表した(1月)。前者の事案については、内部調査の結果、同社の中国拠点のサーバに対するゼロデイ攻撃(未知のぜい弱性を悪用した攻撃)が発端であったとされ、防衛省の指定する「注意情報」を含む情報が流出した可能性があることが判明した(2月)。また、防衛関連事業も行う大手通信会社は、シンガポール拠点のサーバへの侵入をきっかけとした不正アクセスによる情報流出の可能性を公表した(5月)ほか、大手重工メーカーも、在宅勤務中の職員に対するSNSでのソーシャル・エンジニアリング(人間の心理・行動の隙を突くことで情報を不正に取得する手段)を発端とする不正アクセス事案を公表した(8月)。これらの事案からは、国内に比べてセキュリティが手薄になりがちな海外拠点が攻撃の踏み台とされているほか、コロナ禍で利用が進むテレワーク環境が新たな攻撃の機会として狙われている傾向がうかがわれる。
  • 国外においても、SNSを用いて、米国、欧州及び中東などの国防・航空宇宙産業からの機密情報窃取などを企図したサイバー攻撃事案が報じられた(6月、7月)。イスラエル国防省は、同国の国防産業に対するサイバー攻撃がSNSでの接触を端緒として仕掛けられ、その攻撃が「Lazarus」と呼ばれる国家が支援するサイバー主体(ハッカー集団)によるものと判明した旨発表した(8月)。また、イスラエルの水道関連施設制御システムへの侵入を企図したサイバー攻撃(4月)、イランにおけるサイバー攻撃による港湾システムの障害(5月)、ニュージーランド証券取引所に対する分散型サービス妨害(DDoS)攻撃(8月)など、重要インフラを狙ったサイバー攻撃も報じられた。我が国においても、重要な情報やインフラをサイバー攻撃の脅威から守るため、引き続き警戒が必要である。
  • サイバー攻撃の中でも、特に国家の関与・支援が想定されるような、洗練された攻撃を特定の標的に対して執ように行うサイバー主体は、APT(Advanced Persistent Threat:高度で持続的な脅威)集団と呼ばれている。世界中のセキュリティ企業では、その活動を検知・追跡するため、各APT集団にそれぞれ独自の識別名を付与している。一方、サイバー攻撃の特性上、攻撃源が自明ではなく、その特定(アトリビューション)は容易ではない。このため、国家の関与の下APT集団とアトリビューションで行われた攻撃であっても、加害国が否認しやすいことから、伝統的な軍事的脅威に比べて抑止が難しい
  • 米英政府などは、このようなサイバー攻撃が持つ匿名性・秘匿性を相殺することで、抑止及び対応を図る一環として、攻撃事案に関与したAPT集団とその背後にいる国家機関を特定した上で、公開の場(起訴や制裁を含む)で当該国を名指しで非難する「パブリック・アトリビューション」と呼ばれる取組を強化している
  • 中国については、軍や情報機関による大規模なサイバー諜報への関与のほか、当局とサイバー犯罪者がいわば共生関係にあることも指摘されている。米国司法省は、大手信用情報会社「エクイファクス」へのハッキング(平成30年〈2017年〉)で米国民約1億4,500万人分の個人情報などを窃取したとして、中国人民解放軍「第54研究所」に所属する4人の起訴を発表した(2月)。また、同省は、米国内外の政府、民間組織、人権活動家などを標的に、機密情報の窃取を狙ったサイバー攻撃を10年以上にわたり繰り返したとして中国人2人の起訴を発表した(7月)。起訴状では、新型コロナウイルス感染症ワクチンの開発に従事する米国バイオ企業も標的とされたことや、被告人らが自己の金銭的利得のためだけでなく、中国国家安全部の協力、支援及び黙認を得た上で、その利益となる情報窃取活動を行っていたことが指摘された。さらに、同省は、「APT41」と呼ばれるサイバー主体による、IT企業など世界中の100以上の標的を狙った一連の攻撃に関与したとして、中国人ハッカー5人らの起訴を発表した(9月)。ローゼン司法副長官は、被告人の1人が中国国家安全部との親密な関係を自慢していたと指摘しつつ、中国政府が、外国からの知的財産の窃取に役立つ国内のサイバー犯罪者を意図的に野放しにしていると批判した。
  • ロシアについても、治安機関とサイバー犯罪者との協力関係のほか、サイバー攻撃への軍や情報機関の関与が指摘されている。米国財務省は、金融機関を狙うロシア拠点のサイバー犯罪組織「Evil Corp」に対する制裁を発表した(令和元年〈2019年〉12月)。同省は、組織のリーダーとロシア連邦保安庁(FSB)が直接の協力関係にあり、ロシア政府がサイバー犯罪者を利用していることの証左であると指摘した。英国、米国、ジョージア等は、政府機関ウェブサイトの改ざん・停止、国営放送の中断など一連の破壊・混乱を引き起こしたジョージアに対する大規模サイバー攻撃(令和元年〈2019年〉10月)を、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)によるものと断定し、非難声明を発表した(2月)。米英両国政府は同事案のほか、主にウクライナを狙った過去の重大な破壊型サイバー攻撃を実行したのは、「Sandworm」などの呼称で知られるサイバー主体を隷下に持つGRUの「特殊技術総センター(GTsST)」(74455部隊)であると特定した。さらに、両国政府は、GRUの同部隊が、ドーピング問題によりロシア代表選手団が排除された平昌冬季オリンピック競技大会(平成30年〈2018年〉2月)の妨害を狙い、北朝鮮による攻撃を装ったサイバー攻撃を実行したと断定し、米国政府が同部隊所属の6人の起訴を発表した(10月)。また、英国政府は、GRUの同部隊が東京オリンピック・パラリンピック競技大会の関連組織を狙ったサイバー偵察も実施したと指摘した。英国、カナダ及び米国の各政府は、サイバー主体「APT29」について、ロシア情報機関の一部であることがほぼ確実であるとした上で、新型コロナウイルス感染症ワクチンの開発組織に対して、情報窃取を狙ったとみられる攻撃を仕掛けていると警告した(7月)。
  • 国際連合安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネルは、年次報告書(9月公表)で、「Lazarus」と並んで北朝鮮偵察総局の傘下にあるサイバー主体「Kimsuky」が、国連安保理の外交官や専門家パネル委員に偽のセキュリティ警告を装った標的型メールを送り、情報窃取を狙ったサイバー攻撃を実行しているとみられると指摘した。

このようなサイバー攻撃の多様化、高度化、国家の関与などの状況をふまえれば、サイバー攻撃に対する備えを強化すべきことは言うまでもないことですが、直近では、経済産業省が、経営者向けに注意喚起を行っていますので、以下に紹介します。

▼経済産業省 最近のサイバー攻撃の状況を踏まえ、経営者の皆様へサイバーセキュリティの取組の強化に関する注意喚起を行います
▼最近のサイバー攻撃の状況を踏まえた経営者への注意喚起(概要版)
  1. 新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年3月以降、インシデントの相談件数が増加。特に、電子メールを媒介に感染を広げるマルウェア「Emotet」による被害の相談が急増。サイバー攻撃は規模や烈度の増大とともに多様化する傾向にあり、実務者がこれまでの取組を継続するだけでは対応困難になっている。アップデート等の基本的な対策の徹底とともに、改めて経営者のリーダーシップが必要に。
    • 攻撃は格段に高度化し、被害の形態も様々な関係者を巻き込む複雑なものになり、技術的な対策だけではなく関係者との調整や事業継続等の判断が必要に。改めて経営者がリーダーシップを
    • ランサムウエア攻撃による被害への対応は企業の信頼に直結。経営者でなければ判断できない問題
    • 「二重の脅迫(攻撃者が、被攻撃企業が保有するデータ等を暗号化して事業妨害をするだけではなく、暗号化する前にあらかじめデータを窃取しておいて支払いに応じない場合には当該データを公開することで、被攻撃企業を金銭の支払いに応じざるをえない状況に追い込む攻撃形態)」によって、顧客等の情報を露出させることになるリスクに直面。日常的業務の見直しを含む事前対策から情報露出に対応する事後対応まで、経営者でなければ対応の判断が困難。
    • 金銭支払いは犯罪組織への資金提供とみなされ、制裁を受ける可能性のあるコンプライアンスの問題
    • 海外拠点とのシステム統合を進める際、サイバーセキュリティを踏まえたグローバルガバナンスの確立を。
    • 国・地域によってインターネット環境やIT産業の状況、データ管理に係るルール等が異なっており、海外拠点とのシステム統合を通じてセキュリティ上の脆弱性を持ち込んでしまう可能性も。
    • 拠点のある国・地域の環境をしっかりと評価し、リスクに対応したセグメンテーション等を施したシステム・アーキテクチャの導入や拠点間の情報共有ルールの整備等、グローバルガバナンスの確立が必要。
    • 基本行動指針(高密度な情報共有、機微技術情報の流出懸念時の報告、適切な場合の公表)の徹底を
  2. Emotet(エモテット)の手口
    • Emotetとは
    • Emotetと呼ばれるウイルスへの感染を誘導する高度化した攻撃メールが国内外の組織へ広く着信。
    • 実在の相手の氏名、メールアドレス、メールの内容等の一部を流用して正規のメールへの返信を装っていたり、業務上開封してしまいそうな巧妙な文面となっている場合があり、注意が必要。
    • 最近の傾向
    • 2020年7月末から国内外に向けてEmotetに感染させるメールの配信活動が再び活発化。過去に感染した被害組織から窃取された情報を使ってなりすまされたメールが配信されている状況
    • Emotetは、情報の窃取等の直接攻撃に悪用されることに加え、他のウイルス等による攻撃の侵入口として悪用されるウイルスでもあり、一度感染すると拡散していく傾向。
  3. ネットワーク貫通型:VPN機器の脆弱性を悪用したネットワークへの侵入
    • VPN機器の脆弱性が相次いで報告され、そうした脆弱性を悪用するコードが公開されるなど深刻な状況が発生。攻撃者はこうした脆弱性を通じて直接的に社内ネットワークへ侵入し、攻撃を展開。
    • 2020年8月、Pulse Secure製VPN機器の脆弱性が悪用され、国内外900以上の事業者からVPNの認証情報が流出。2020年11月、Fortinet製品のVPN機能の脆弱性の影響を受ける約5万台の機器に関する情報が公開。認証情報等が悪用されることで容易に侵入されるおそれ。
    • どちらのケースも既に悪用されている可能性があるため、機器のアップデートや多要素認証の導入といった事前対策に加え、事後的措置として侵害有無の確認や、パスワード変更等の対応が必要。
  4. ランサムウェア(Ransomware)とその手口の変化(二重の脅迫)
    • ランサムウエアとは
    • 「Ransom(身代金)」と「Software(ソフトウエア)」を組み合わせた造語。
    • 感染したパソコンのデータを暗号化するなど使用不可能にし、その解除と引き換えに金銭を要求する。
    • 新たな(標的型)ランサムウエア攻撃(二重の脅迫)とは
    • ターゲットとなる企業・組織内のネットワークへ侵入し、パソコン等の端末やサーバ上のデータを窃取した後に一斉に暗号化してシステムを使用不可能にし、脅迫をするサイバー攻撃。
    • システムの復旧に対する金銭要求に加えて、窃取したデータを公開しない見返りの金銭要求も行うので、二重の脅迫と恐れられる。窃取された情報に顧客の情報や機微情報を含む可能性がある場合には、被害組織はより困難な判断を迫られることになる。
  5. 海外拠点経由の攻撃
    • ビジネスのグローバル化に伴って、海外拠点とのネットワークを国際VPN等によりWAN(広域社内ネットワーク)に取り込んで構築しているケースが増加。海外とのビジネス効率化に寄与する一方で、海外拠点への不正侵入によって、即国内ネットワークまで侵入される危険も伴っている。
    • 海外拠点(海外支社の他、関連会社、提携先、取引先等を含む)においては様々な原因により、日本国内と同等なレベルのセキュリティ対策が十分に取れないケースが多い。
    • 安価だが品質管理が不十分なソフトウエアが利用されている(コピー版等の利用により最新の脆弱性管理が適用されない)
    • 本社のガバナンスが行き届かず、システムの脆弱性が放置され、インシデントの監視・対応体制も十分に確保できていない
    • 従業員教育が十分でなく、私用機器やソフトウエアなどが許可なくシステムに接続されている
    • 信頼性の低いプロバイダを利用せざるを得ない 等
    • このような国内環境よりも脆弱な海外拠点において不正侵入を許してしまい、そこを足掛かりに、国内システムの奥深くまで到達されるケースが増加。

また、本コラムでは、デジタルプラットフォームの犯罪インフラ化の阻止について以前から指摘してきました。現在、消費者庁でデジタルプラットフォーム企業が介在する消費者取引における環境整備等について議論がなされています。その検討会の報告書骨子(案)が公表されましたので、そのエッセンスについて、以下紹介します。ここでは、デジタルプラットフォーム企業が、リスクベースでの対応により自主的に取り組むことを大前提とし、客観的な評価のための仕組みづくりや、デジタルプラットフォーム企業の思い切った取組みを可能とするための責任免除や軽減の仕組みづくり、一企業での限界をふまえ連携していくための制度的枠組みづくりなどが方向性として示されています。

▼消費者庁 第11回デジタルプラットフォーム企業が介在する消費者取引における環境整備等に関する検討会(2020年12月24日)
▼デジタルプラットフォーム企業が介在する消費者取引における環境整備等に関する検討会 報告書(骨子)案
  • 論点整理においては、多岐にわたる分野のうち、違法な製品や事故の恐れがある商品等に係る取引による重大な消費者被害の防止等の特に必要性が高く優先的な取組が求められるものについて、各種の課題点に留意しつつ、必要な法的枠組みを含め優先的に検討を進めるべきとされた。
  • 論点整理において述べられたとおり、デジタルプラットフォームを利用した取引では、取引に不慣れな者や悪質な事業者であっても売主として参入が容易となるといった特性が消費者トラブルの原因の一つとなっていることは否めない。デジタルプラットフォームが消費生活の幅広い場面において頻繁に利用される「場」であることに鑑みると、消費者が不当にトラブルに巻き込まれることを防止するための対応が急務となっている。
  • 本年8月には、各企業の自主的な取組の強化等を目的として「オンラインマーケットプレイス協議会(JOMC)」が設立され、12月には加盟各社の「消費者保護のための自主的取組」が公開されるなど、利用者がより安心して取引できる環境整備に向けて、更に各企業による取組の機運が高まっている。
  • 一方で、デジタルプラットフォーム企業を介した取引は、売主側と買主側のいわゆる「両面市場」の性質を有している。各企業は、問題のある商品の削除や利用規約の変更等による消費者保護のための措置を行うにあたっては、売主に対する法的・契約上の責任との関係から、一定の制約条件のもとで対応せざるを得ないことも事実である。
  • さらに、デジタルプラットフォームはグローバルに提供されるものであると同時に、新規参入も活発である。海外に拠点を置くものやいわゆるアウトサイダーを含め、あらゆるデジタルプラットフォームにおける対応を早急に確保していくためには、先進的な企業による取組が慣行として定着し、水平的に広がっていくことを待つだけでは十分とは言えない
  • 「新しい生活様式」の下で、消費者がデジタルプラットフォームにおいて安全で安心して取引できる環境整備を加速化するためには、政策面での思い切ったテコ入れを図る必要がある。すなわち、(1)各デジタルプラットフォーム企業が消費者保護のために対応すべき事項について一定の範囲でルール化することにより、その創意工夫を生かした取組がステークホルダーの理解と協力を得つつ広がっていくことを促進するとともに、(2)各デジタルプラットフォーム企業が特に緊要な対応を躊躇なく講じることができるように後押しするための法的枠組みを整備すべきである。
  • 論点整理において必要な法的枠組みを含め優先的に検討を進めるべきとされた課題は、以下のとおりである。
  • 違法な製品や事故の恐れがある商品等に係る取引による重大な消費者被害の防止
  • 緊急時における生活必需品等の流通の確保
  • 一定の事案における取引の相手方の連絡先の開示を通じた紛争解決・被害回復のための基盤の確保
  • デジタルプラットフォーム企業の自主的な取組の促進と取組状況の開示を促すようなインセンティブ設計等
  • 新法は、以下の(1)~(3)を骨格としたものであることが望ましいと考えられる。
  • デジタルプラットフォーム企業が対応すべき画一的な義務を定めるのではなく、各デジタルプラットフォーム企業が創意工夫を生かしつつ、リスクベースでの対応を行うことを前提とする仕組みとし、かつ、それらの取組が客観的に評価可能なものとなるような仕組みを設けること。
  • より消費者被害のリスクが高い取引の防止や紛争解決の必要が高い事態への対応のために、デジタルプラットフォーム企業が思い切った対応を取ることができるよう、実質的に各企業の責任を免除したり負担を軽減する仕組みを設けること。
  • 消費者啓発や悪質事業者への対応などデジタルプラットフォーム企業だけでは対応しがたい問題について、各種の主体の連携による取組が確保されるよう、制度的枠組みを設けること
  • また、内外のイコールフッティングを図ること。
  • デジタルプラットフォーム企業が役割を果たすために実施すべき具体的取組を定める指針を設けることとしてはどうか。
  • デジタルプラットフォーム企業が役割を果たすために実施している取組の開示を促し、それらの取組を客観的に評価できるような仕組みが必要ではないか。
  • 違法・危険製品など重大な消費者被害をもたらしうる商品等が取引デジタルプラットフォームを利用して販売され、かつ、売主が特定できない等の理由により迅速な被害防止を図ることが困難な場合に、行政から、デジタルプラットフォーム企業に対して、売主による商品等の販売停止等の必要な措置を求めることができるようにしてはどうか。
  • 取引デジタルプラットフォームを利用した取引における紛争解決・被害回復のための基盤を確保するため、不当な利用の防止にも留意しつつ、取引の相手方の連絡先の開示に係る買主の民事上の請求権に関する規定を設けることとしてはどうか。売主が事業者でない個人である場合についても同様の規定を設けるべきか。その場合、売主にも同様の民事上の請求権を設けるべきか。
  • SNSを利用して行われる取引やデジタル広告、不正又は悪質なレビューに関する課題は、実態調査等を進めたうえで、いかなる主体に対してどのような規律を設けることが消費者の安全・安心確保のために実効的か等についても、今後の検討事項としてはどうか。またパーソナルデータのプロファイリングに基づく表示については、取引デジタルプラットフォーム以外のプラットフォームにおける実態調査も視野に入れつつ、パーソナルデータの管理や利活用についてどのように考えるべきかについても、今後の検討事項としてはどうか

その他、サイバー攻撃、情報セキュリティ等を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 医療機関に対するサイバー攻撃への備えを強化するため、厚生労働省は近く情報セキュリティのガイドラインを改定するということです。海外では医療機関がランサムウエアの被害に遭うケースも相次いでおり、国内でも医療機関のセキュリティ意識を高め、情報を集約して対策に生かすことが求められているといえます。過去、福島県立医科大付属病院では2017年8月にランサムウエア感染によってパソコンや医療機器が停止する被害が発生したものの、ガイドラインに報告義務がなかったことを理由として、病院は被害を公表せず、厚労省にも報告していなかったという事案がありました。同省は近く公開する最新版のガイドラインで従来より踏み込み、攻撃などで個人情報漏洩や医療提供体制への支障が生じる恐れがあれば厚労省への連絡を求めること、攻撃を受けた非常時の対応や原因調査についても「平常時から明確にする必要がある」と備えを促す構えだということです。なお、関連して、新型コロナウイルスのワクチン開発を進める製薬会社「KMバイオロジクス」のコンピューターシステムに対する不審なアクセスが、開発の公表後に急増していたことがわかったといいます。報道によれば、同社は対応を強化しており、情報の流出は確認されていないということですが、世界の企業がワクチン開発にしのぎを削る中で、最先端の情報が狙われていることがあらためて示された形となりました。専門家は、「システムに侵入しようとする動きは、本格的な攻撃の準備段階だ。攻撃者は執拗に攻めてくるが、社会全体で防御を固めなくてはならない」と指摘しているとおりの差し迫った状況であると認識すべきです。
  • 自動車や家電製品、決済システムなどが安全規格に適合しているかをチェックする民間の認証機関である米ULの日本法人は自動車のサイバー攻撃対策の支援サービスを強化するとし、技術者への講習や、製造現場が国際規格に適合しているかの試験を実施するといいます。通信機能を備えた「コネクテッドカー(つながる車)」と呼ばれる次世代車の登場でサイバー攻撃のリスクは高まっていることを受けたものです。例えばブレーキのソフトウエアに外部から不正アクセスし、車の走行に影響を及ぼすことなどが考えられるところです。そして、サイバー攻撃対策に不備があれば、リコール(改修・無償修理)や企業イメージの悪化につながり、業績へのダメージがますます大きくなることも予想されます。生活インフラの代表格である自動車のサイバー攻撃対策/犯罪インフラ化の阻止は極めて重要なテーマとなっています。
  • 東京オリンピック・パラリンピックの開会式を約半年後に控え、大会組織委員会がサイバー攻撃に対処する要員「ホワイトハッカー」を220人養成したと報じられています。大規模なシステム障害が起きた平昌冬季大会を教訓に世界が注目する開会式などへの攻撃を想定、育成した人材を中核に大会を守り抜く構えです。電力や交通など重要インフラのまひを狙ったサイバー攻撃も懸念されており、インフラ事業者も業界ごとに民間組織を結成、情報共有や攻撃に対処するための演習を行っています。なお、組織委のホワイトハッカーは、NTTやNECなど民間企業からの出向者が中心となっているとのことです。
  • 米連邦捜査局(FBI)や米国家安全保障局(NSA)などは連名で声明を出し、昨年12月に発覚した米政府や主要企業を狙った大規模サイバー攻撃が「ロシアを起点とした可能性が高い」としています。連邦政府機関がロシアの関与を認定したことで、米議会ではロシアへの風当たりが強まる可能性が出ています。そもそも軍事作戦と非軍事作戦の境界線を曖昧にするサイバー攻撃は、相手国の疑心暗鬼を生みやすく、報復の応酬につながる恐れがあります(なお、本声明の発出は、前述した「内外情勢の回顧と展望」において、「サイバー攻撃が持つ匿名性・秘匿性を相殺することで、抑止及び対応を図る一環として、攻撃事案に関与したAPT集団とその背後にいる国家機関を特定した上で、公開の場(起訴や制裁を含む)で当該国を名指しで非難する「パブリック・アトリビューション」と呼ばれる取組を強化している」と指摘している取組みそのものといえます)。なお、声明では、攻撃は「情報機関が結集して取り組んだもの」として、ロシアのSVR(対外情報局)によるものと示唆、今回の攻撃は米ソーラーウィンズ社のネットワーク管理ソフトを狙ったもので、国防総省や国務省、米エネルギー省傘下で核兵器を管理する国家核安全保障局など主要な政府機関に加え、民間企業ではマイクロソフトや半導体大手インテルも攻撃対象となりました(同社の顧客には、世界企業番付「フォーチュン500」に名を連ねる500社のうち400社以上が含まれているとされ、被害はさらに広がる可能性が高いと考えられています)。一方、米サイバー当局が攻撃を見過ごし、政府機関が広く侵入を許した衝撃は大きく、工作が半年以上も続いており、米大統領選への介入阻止を重視していた米当局のすきを突いた活動だった可能性が指摘されています。具体的にどれだけの情報が窃取されたかは不明ですが、一定程度攻撃が成功したという事実や、実際に窃取した情報などが今後の取引材料となるという点で、今後、中国を含め、サイバー空間が外交の駆け引きの場となりつつあることを実感します。なお、日本では、ゲームソフト大手「カプコン」がサイバー攻撃を受け内部情報が流出した問題で、ロシアや旧ソ連圏の犯罪グループが関与した可能性が浮上しています。報道によれば、発見されたウイルスにモスクワ市内の企業のデジタル署名が付与されていたほか、ロシアなど旧ソ連圏の言語で設定されたパソコンがウイルスに感染しないよう細工されていたためということです。いずれにせよ、ロシアのサイバー犯罪技術の高さは脅威だといえます。
  • ロシア銀行最大手ズベルバンクは、国内企業や個人は昨年、サイバー犯罪により最大3兆6,000億ルーブル(490億ドル)の経済損失を被るとの推計を発表しています。報道によれば、ロシア政府は、地下経済活動を取り締まるため、国民に対して現金使用を制限して銀行カードの利用を促していますが、内務省推計によると、ロシア国内の銀行カードに関連した犯罪は今年、500%増加する結果となりました。同行は、「国のセキュリティ対策がしっかりしているため、主に民間企業や個人がサイバー攻撃の標的となっている」、「民間企業が最も脆弱だ。顧客の口座から金融データ、入札情報など、あらゆるものが標的になっている。ロシア国内では230万もの不正口座があり、盗まれたデータのやり取りが行われている」、「銀行員になりすまして電話でカード情報を盗もうとする犯罪手口が増えている」と指摘しています。
  • 2021年1月5日付産経新聞で、闇サイトを介した不正アクセスの「分業化」が世界的に進展していると報じられています。つまり、(1)セキュリティ網を破ってネットワークに入ることを専門にする「侵入屋」がいる。彼らは機密内容に関心がなく、自らデータを盗んだり攻撃を仕掛けたりすることもない。いつでも不正侵入できるようにバックドア(裏口)を作るだけ。その上で、(2)ここにアクセスできる権利を闇サイトで売る。販売価格をつけたカタログのようなリストが闇サイトにあり、1件で数十万円以上の値をつけることがあるといいます。(3)買う側はここから攻撃対象を選べばいい、というもので、こうした「分業化」が進めば、犯罪・不正の全体像を掴むことはこれまで以上に困難になることが予想されます。「総じていえば、日本のセキュリティ対策は欧米よりも遅れている。国際社会では、ロシアや中国、北朝鮮などによるサイバー攻撃や機微技術などの窃取が警戒されている。経済安全保障の観点が重要性を増す時代に、日本がサイバー空間における不正の抜け穴になるわけにはいかない。この点も官民ともに意識しておくべきことである。」との指摘は、日本の現状を鑑みて、正に正鵠を射るものといえます。

(6)誹謗中傷対策を巡る動向

本コラムでは、昨年大きく社会問題化した「誹謗中傷」について取り上げています。最近では、インターネット上で企業や個人への批判が殺到する「炎上」が新型コロナウイルスの感染拡大に伴って増加したことが、ネットトラブルを研究する「シエンプレ デジタル・クライシス総合研究所」の調査で分かりました。

▼シエンプレ デジタル・クライシス総合研究所 「2020年の炎上事案を総括 研究データと事例分析から学ぶ2021年に向けた傾向と対策」

2020年1~11月で最も多かったのは緊急事態宣言が出された4月で、前年同月比3.4倍の245件で、炎上の多くはSNSが発生源だったといいます。また2019年と比較すると、「ネットニュース」が炎上の発生源となっている割合が10%から25%に増加、さらに「まとめサイト」やYoutube、TikTokといった「動画サイト」が炎上の発生源となっているケースも増加していることが明らかとなったといいます。2020年12月31日付日本経済新聞で、ネット炎上に詳しい国際大学の山口真一准教授が、「SNSの利用増加と社会不安の増大が、炎上増加の背景にある」、「ネットは極端で批判的な意見を持つ人がより頻繁に発信する傾向があり、対面でないことや手軽さが攻撃性を高める。他者をバッシングすることで不安を解消するメカニズムもある」、「(山口氏の研究では)炎上に参加している人は1事例当たりネットユーザーの0.0015%にすぎず、「ネット上の意見が社会の多数の意見ではないことを正しく認識する必要がある」と指摘している点は極めて興味深いものだと言えます。

昨年、誹謗中傷対策に官民挙げて本格的に取り組むきっかけとなったフジテレビの番組に出演していた女子プロレスラー(木村花さん)の自死事件では、警視庁が、ツイッターで木村さんを中傷したとして、大阪府の20歳代の男を侮辱容疑で書類送検しています。報道によれば、木村さんへの匿名の誹謗中傷は昨年3月末から自死まで1,200件件に上ったが、中でもこの男が特に悪質な投稿を繰り返していたといい、摘発して処罰の可否を問う必要があると判断したといいます(なお、男は昨年6月、「自殺に追い込んだ一人です」と遺族にメールを送って謝罪していました)。また、遺族は同7月、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会に人権侵害を申し立て、その後、審理入りが決まっています。一方で、侮辱罪の罰則は30日未満の拘留または1万円未満の科料にすぎず、木村さんの母は報道(2020年12月25日付時事通信ほか)で、「被害者が負う心の痛みと、加害者に科せられる罪のバランスが取れていない。犯人特定には時間もお金もかかるし、ハードルが高い」と指摘し、花さんを中傷した他の投稿者に法的措置を検討、SNS事業者などへの情報開示請求を進めているといいます。この点、SNS上で人を中傷する書き込みは深刻な結果を招くこともあるにもかかわらず、投稿者の処罰を直接定めた法令はなく、刑法の名誉毀損罪や侮辱罪もSNSを想定しておらず、政府は厳罰化も含めて検討を始めたが、表現の自由の制限につながる恐れがあり(書き込みは批評などの表現行動と区別しにくいことから、刑罰を重くできない)、SNS事業者による自主規制を強めるべきだとの考え方が多いようです。それに対し、捜査関係者が、「SNSの書き込みによって傷つけられた人が死に追い込まれる恐れもある中、刑罰とのバランスが悪くなっている。法定刑が軽ければ抑止効果も低い」と指摘していましたが、筆者としてはSNS事業者の自主的な取組みに委ねるだけでは十分な対策とならないのではないかと危惧しています。前述した山口氏の指摘した、「対面でないことや手軽さが攻撃性を高める」こと、「他者をバッシングすることで不安を解消するメカニズム」がある限り、そして、自分の意見が社会的に多数の意見であると誤認してしまう「フィルターバブル現象」、「エコーチェンバー現象」に陥りやすいこと、発した言葉に責任を厳格に問うたとしても、既に発せられた言葉は他人を深く傷つけ、深刻な事態を招くことをふまえれば、結局は「いたちごっこ」「もぐらたたき」でしかなく根本的な解決にはならないといえます。ただ、評論家でNPO法人「ストップいじめ!ナビ」代表理事の荻上チキさんが報道(2020年12月16日付毎日新聞)で、SNS事業者がとるべき対策として、(1)利用者が中傷の可能性がある投稿をしようとした際に再考を促す画面を表示(2)問題のある投稿について削除などの対応を迅速化(3)どのような投稿が問題になったのかを利用者に周知、の3点を挙げていましたが、最新の技術と組み合わせることによって機能する可能性を秘めているように思います(特殊詐欺対策で、犯罪者との会話を録音、リアルタイムでその内容をAIが危険度を解析して注意喚起するという対策が登場しはじめていますが、投稿前に内容をAIが解析して投稿を認めない/注意喚起する、あるいは投稿された瞬間にSNS事業者側で削除対策を行うといった対策も考えられるのではないでしょうか)。

とはいえ、現状、SNS事業者も自主的な取組みを加速しています。SNS事業者で構成する一般社団法人「ソーシャルメディア利用環境整備機構」は「名誉毀損や侮辱を意図した投稿を禁止し、違反者のサービスの利用停止を徹底する」と緊急表明しています。

▼Yahoo! JAPAN、個人に対する誹謗中傷などを内容とする投稿への対応や今後の方針を策定

リリースによれば、「ヤフー株式会社(以下、Yahoo! JAPAN)は、2020年6月に設置した「プラットフォームサービスの運営の在り方検討会」(以下、本検討会)より、個人に対する誹謗中傷などを内容とする投稿への対応について、プラットフォーム事業者による自主的取り組みの見直しと強化、取り組みの透明化などを促す提言書(以下、本提言書)を、2020年12月22日に受領しました。本提言書を踏まえてYahoo! JAPANでは、個人に対する誹謗中傷などを内容とする投稿への対応をより一層強化してまいります。」、「Yahoo! JAPANは、「Yahoo!ニュース コメント」や「Yahoo!知恵袋」など多数の投稿系サービスを提供しています。当社では、多くのユーザーに手軽にご利用いただける場を提供すると同時に、安心してご利用いただけるサービスであることがなにより重要であると考えています。そして、投稿系サービスの開始時より、個人に対する誹謗中傷投稿への対策をはじめ、投稿者の表現の自由とのバランスを取りながら不適切な投稿の排除に取り組んでまいりました。」、「しかしながら、サービスの発展と、昨今のサービスを取り巻く社会的な状況の変化などにより、あるべき対策の姿は大きく変容し、既存の取り組みの強化だけでは、誹謗中傷投稿の抑止や削減をしていくことは難しく、これまでインターネットを利用してこなかった利用者層へのアプローチも含めて、対象投稿の削除に限られない、複合的な対策が求められているものと考えられます。」、「Yahoo! JAPANでは、本提言書を踏まえて、今後各サービスのポリシーや削除基準の明確化、誹謗中傷投稿対策の強化およびその効果測定などに取り組みます。」。「また、行政における検討会において透明性レポートの策定について触れられているように、事業者による自主的な誹謗中傷投稿への対策については、削除基準やそれに基づく措置件数、AIを用いた措置に関するアルゴリズムや合理性を担保するための制度設計に関する説明など、世間に対し説明を尽くしていくことの重要性について、強く認識しています。Yahoo! JAPANでは、2020年度の取り組みについて取りまとめ、来年春以降に透明性レポートの作成および公表を進める予定です。」そのうえで、「誹謗中傷対策におけるエコシステムの構築と透明化」として、以下の対応方針を公表しています。

  • ポリシーと削除基準:知恵袋は12/7に利用ルールの見直しをリリース/Y!ニュースも削除例の追加等、随時見直し
  • AI/機械学習:さらなる積極的な活用と精度の向上/知恵袋でも本格導入検討開始/アルゴリズムの内容や生成方法、合理性を担保するガバナンス体制等の透明化
  • 措置ユーザーへの対応:削除に関する問合せ窓口の設置/措置理由の開示フロー検討
  • 透明性レポート:定期レポートの作成と公開(来春~)/誹謗中傷対策に関する特設ページの設置
  • 繰り返される違反投稿抑止に向けた施策
  • 優良な投稿を奨励する取り組み
  • ユーザーの選択に応じたコンテンツモデレーション

そのほかのSNS事業者では、ツイッターは昨年8月、投稿に返信できる人の範囲を自分で制限できる機能を追加、ネット掲示板を運営するヤフーが不適切な投稿を人工知能(AI)で検知し削除する取り組みを進めるなど、事業者は対応を強化しています。一方、報道によれば、誹謗中傷の投稿の削除が年間数十件程度の事業者もあるといい、事業者の取組みの濃淡から徹底しきれいていない現状もあるようです。また、国としても、本コラムで紹介してきたとおり、総務省の有識者会議が昨年11月、開示の手続きを簡略化する新たな制度案を提示、法制化に向けて動き始めています。なお、さまざまな報道を通じて、「匿名での発信であっても、重い責任が伴うことへの理解が社会に広がるきっかけとなってほしい」(山岡裕明弁護士)、「中傷は法規制だけでは対応できない。事業者の意識改革やネットリテラシー教育の充実といった総合的な対策が大切」(清水陽平弁護士)などと専門家が指摘していますが、最終的にはこれらの観点が最も重要であることを、「中傷は人の生きる気力を奪ってしまう」、「ネットリンチは、やっている人に加害者意識が全くない。SNSで他人を批判する前に、自分に向き合ってほしい」(木村花さんの母響子さん)としてSNS教育の拡充を訴える声とあわせ、よく認識する必要があります。

その意味では、群馬県議会は、「インターネット上の誹謗中傷等の被害者支援等に関する条例」を全会一致で可決(2020年12月22日施行)したことは特筆すべきものといえます。社会問題化しているSNSなどでの中傷に対応する条例の制定は全国で初めてとなりますが、「被害者の視点に立った支援」と「正しくインターネットを活用する知識と能力を身につける」ことを最大の主眼としており、まさにネットリテラシーの充実に向けた自治体の先進的な取組みだと言えると思います(もちろん、取組みの端緒に就いたばかりであり、今後、地道な活動を継続していくことが重要となります)。

▼群馬県 インターネット上の誹謗中傷等の被害者支援等に関する条例

同県のサイトでは、条例制定の背景として、「インターネットは、誰もがあらゆる場所で世界とつながり、様々な情報を瞬時に入手し、また、発信することができる素晴らしいツールです。一方で、インターネットには、匿名性や不特定多数性などに由来する誹謗中傷、プライバシー侵害などが安易に行われてしまうといった問題があります。不幸にして、傷ついた被害者が、自ら命を絶つといった悲しい事件も起きています。この問題に対処するためには、インターネット上の誹謗中傷等により被害を受けた方に寄り添い、被害者の視点に立った支援を行うとともに、県民が正しくインターネットを活用する知識と能力を身に着けることが重要となります。誰もがインターネットの恩恵を享受できる、安全で安心な社会の実現を目指し、令和2年12月、「インターネット上の誹謗中傷等の被害者支援等に関する条例」を制定しました」と説明されています。条例の前文では、「インターネットの普及は、私たちの社会に大きな恩恵をもたらしており、今や、世界中のあらゆるイノベーションは、インターネットの存在抜きには考えられない」こと、「しかし、インターネットにも光と闇が存在する。誹謗中傷等が安易に行われ、いじめの温床となる等の問題が世界各地で深刻化している」こと、「一度、インターネットに発信された情報は、消去することが困難であり、被害者に大きな負担を強いるほか、発信者自身が意図せず加害者となるような事態も頻発している」こと、「県民の誰もが被害者にも加害者にもなり得るという認識のもと、「被害者への支援」ならびに「県民のインターネットリテラシー向上」に向けた対策を講じていく必要がある」こと、「県民が被害者にも加害者にもなることなく、誰もがインターネットの恩恵を享受できる、安全で安心な社会の実現を目指す」ことが明記されています。さらに、具体的には、例えば第4条(県民の役割)では、「被害者が置かれている状況及び被害者支援の必要性について理解を深める」こと、「自らが行為者になることのないよう、インターネットリテラシーの向上に努める」こと、第6条(基本的施策)では、「県は、表現の自由に配慮しつつ、以下に掲げる施策に取り組む。-被害者の心理的負担の軽減を含めた相談体制の整備-県民のインターネットリテラシー向上に資する施策-その他、被害者を支援するための施策および行為者を発生させないための施策」、第7条(相談体制)では、「県は相談体制を整備し、以下の事項を行う。-相談内容に応じた情報提供及び助言-専門的知識を有する者の紹介-その他、被害者の相談対応として必要な事項」、第8条(インタネットリテラシーの向上)では、「県は、県民の年齢、立場等に応じたインターネットリテラシーを学ぶ機会を提供するため、必要な施策を講ずる。県は、青少年に対する施策を講じる際には、学校教育と連携するとともに、保護者の理解を得ながら取り組むよう努める。」、第9条(県民の理解の増進)では、「県は、誹謗中傷等に関する県民の理解を深めるため、啓発活動を行うものとする。」などが規定されています。

▼和歌山県 「和歌山県新型コロナウイルス感染症に係る誹謗中傷等対策に関する条例」について

まず、第1条(目的)において、「この条例は、新型コロナウイルス感染症に係る誹謗中傷等が行われていることを踏まえ、全ての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法及び全ての県民の人権が尊重される豊かな社会の実現を図ることを目的とする和歌山県人権尊重の社会づくり条例(平成14年和歌山県条例第16号)の理念にのっとり、新型コロナウイルス感染症に係る誹謗中傷等をなくすために必要な事項を定めることにより、新型コロナウイルス感染症に係る誹謗中傷等が行われない社会を実現することを目的とする。」としています。また、第2条(定義)で、「「新型コロナウイルス感染症に係る誹謗中傷等」とは、新型コロナウイルス感染症に感染したこと若しくは感染したおそれがあること又は新型コロナウイルス感染症の感染を防止するための対策を適切に講じていないことについて、これらの事実があることを理由として、その事実の有無にかかわらず誹謗中傷し、若しくはその事実を殊更に摘示することにより不当に名誉を毀損し、又は本人(当該本人が未成年者又は成年後見人の場合にあっては、その法定代理人)の同意を得ることなく公表されていない情報を不当に公表する行為をいう。」とされ、範囲が限定されている点が注目されます。さらに、第6条(事業者の責務)において、「事業者は、従業員に対し、新型コロナウイルス感染症に係る誹謗中傷等をなくすための正しい知識の普及、その他必要な取組を行うよう努めるものとする」、「事業者は、県及び市町村が実施する新型コロナウイルス感染症に係る誹謗中傷等をなくすための施策に協力するものとする」と規定されている点も大いに注目されるところです。そして、プロバイダ等の事業者に対して、第7条(特定電気通信役務提供者の責務)として、「…インターネット上において、その用いる法第2条第2号に規定する特定電気通信設備の記録媒体(当該記録媒体に記録された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を記録し、又は当該電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報が入力されることによって新型コロナウイルス感染症に係る誹謗中傷等が行われていることを確認したときは、当該提供されている情報(次条において「提供情報」という。)の送信を防止する措置を行うものとする」と規定されている点は大変興味深いところです(なお、プロバイダにも削除を求める条例は全国初だといいます)。また、第8条(新型コロナウイルス感染症に係る誹謗中傷等への取組)では、「4県は、第2項の規定により必要な説示を行い、促しても、これに従わない場合には、同項に規定する者に対し、新型コロナウイルス感染症に係る誹謗中傷等を行わないよう、勧告するものとする」などの規定があります(法的拘束力はないにせよ、指導だけでなく勧告まで踏み込める点が注目されるところです)。そして、第9条(教育及び啓発)として、「県は、国及び市町村との適切な役割分担を踏まえて、新型コロナウイルス感染症に係る誹謗中傷等が行われないようにするため、必要な教育及び啓発を行うものとする」と、群馬県同様に、教育及び啓発を重視した規定も設けられています。

その他、誹謗中傷等を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 2020年12月17日付時事通信では、注目を集める事件などで、当事者や全く無関係の人をSNSを通じ中傷するケースが後を絶たないこと、思い違いによる投稿がほとんどで、逮捕者も出るなど問題化していることが指摘されています。例えば、山梨県のキャンプ場で行方不明になった小学生の母親のSNSアカウントに「お前が犯人だろ。殺すぞ」と投稿した事例、茨城県内の常磐道で2019年8月、乗用車の男性があおり運転をされた事件でも、被告の同乗者として無関係の女性がやり玉に挙がった事例などです。なお、後者では、女性を容疑者扱いするなどした投稿がSNSなどに多数書き込まれたといい、投稿者には愛知県豊田市議も含まれ、この市議は辞職に追い込まれ、「犯人が早く捕まればとの思いから、事実確認をしなかった」と釈明しています。なお、この市議については、東京地裁は昨年8月、女性の社会的評価を低下させたとして賠償を命じています。
  • 前述した木村花さんの事件について、誹謗中傷の問題を取材した毎日新聞の取材班によるオンラインイベントに関する報道(2020年12月15日付毎日新聞)では、ある記者は、加害者の共通点として、中傷をしているという意識がないという点を挙げ、「取材に応じた人たちは『どこにでもいる普通の人』という印象でした。誰もが誹謗中傷の加害者になり得るのだと感じました」と話しています。また、別の記者は、特定の人物を中傷する投稿や書き込みを誘発するマスコミの責任を指摘、「花さんのケースでは、フジテレビが話題作りを優先させた側面が否めません。マスコミや有名人が誹謗中傷を誘発したり、拡散したりしている」と指摘している点は大変興味深いといえます。
  • 2017年4月、京都市南区の京都朝鮮第一初級学校跡地近くの公園で拡声器を使い「この朝鮮学校は日本人を拉致した」などと発言し、撮影した動画をインターネット上で配信、同校を運営していた学校法人京都朝鮮学園の名誉を傷つけたとして名誉棄損で訴えられていた元在特会幹部の上告を最高裁が棄却しています。弁護側は、発言は朝鮮学校一般を指したもので、公益を図る目的だったと無罪を主張していたところ、2019年11月の1審京都地裁判決は「やや極端な表現を使った」としながらも、公益目的があったと判断したものの「発言内容が真実とは認められない」として名誉毀損の成立を認めていました。
  • 大手化粧品会社「DHC」が自社の公式ウェブサイトで、「サントリーのCMに起用されているタレントはほぼ全員が在日コリアン」など、朝鮮半島にルーツを持つ人々をおとしめるような文章を代表取締役会長名で掲載しています(執筆時点2021年1月10日現在でも掲載継続)。「社会的影響力のある大手企業による差別扇動であり、責任は大きい」といった批判の声があるだけでなく、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(いわゆる「ヘイトスピーチ解消法」)では、「不当な差別的言動」は許されないものであると宣言、「国民は不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない」(同法第3条)と規定されています。さらに、法務省のサイトでは、「第2条が規定する「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」以外のものであれば、いかなる差別的言動であっても許されるとの理解は誤りであり、本邦外出身者に対するものであるか否かを問わず、国籍、人種、民族等を理由として、差別意識を助長し又は誘発する目的で行われる排他的言動はあってはならないものです」と説明されていますので、あらためてその内容については、問題がないとは言えないことをふまえ、適切な対応が求められるものと思われます。
  • ヘイトスピーチを禁止する川崎市の条例成立から1年が経過しましたが、市内では今もヘイト街宣が繰り返されている状況です。条例が全面施行された昨年7月以降、川崎駅前では外国にルーツのある人々を標的に排斥や憎悪をあおる街頭宣伝が同一の団体により繰り返され、同11月末までに少なくとも8回確認されているといいます。川崎市は、事前に予告された街宣に対しては職員を派遣し監視していますが、街宣自体を非難するなど差別被害抑止のための具体的対策は取れておらず、団体は今年1月にも街宣を行うとネット上で予告しています。また、ヘイトスピーチを禁止する川崎市の条例に基づき、昨年11月までにインターネット上の掲示板運営者などに対して同市が削除要請した投稿47件のうち26件が削除されていないことが分かったと報じられています(2020年12月19日付朝日新聞)。なお、報道によれば、各社には、法的に市の要請を受け入れる義務はないことから、対応が分かれており、「5ch勢いランキング」とLINEが要請に応じて削除、ロキテクノロジーは「検討する」とした一方、ツイッター社とパケットモンスターは「応じられない」と回答しているといいます。ヘイト街宣の排除や削除対応において、より実効性の高い法的整備や取組みが求められています。
  • 前述した公安調査庁コ「内外情勢の回顧と展望(令和3年1月)」では、コロナ禍の中、人種差別に反対する抗議行動に過激派が連帯を主張として、世界の状況が報告されています。当該部分を引用すると、「米国中西部ミネソタ州ミネアポリス市で黒人男性が白人の警察官に押さえ付けられて死亡した事案(5月)を受け、米国のほか、英国、ドイツなど世界各国に「Black Lives Matter」と称する抗議行動が広がりを見せた。また、米国では、抗議行動の一部参加者が暴徒化したことに関し、トランプ大統領がTwitter上で「『ANTIFA』と極左の仕業」などと投稿したこと(5月)が大きく取り上げられた。この流れは我が国にも波及し、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が懸念される中、東京都のほか、大阪府、福岡県、愛知県など全国各地で抗議行動が実施されたところ、参加者の中には、「ANTIFA」の旗を掲げる者も見られた。こうした中、国内過激派は、機関紙「戦旗」(7月5日付け)で「アンティファ=反ファシズムをためらいもなく『テロ組織』と呼ぶことにトランプの反動的な歴史観を見てとることができる」とトランプ大統領のコメントを否定的に捉えているほか、米国での抗議行動について、米国人労働者との連帯を呼び掛けており、今後、差別問題への関与を通じて、各種運動及び勢力の拡大につなげていくおそれがある」と指摘しています。

(7)その他のトピックス

  • 中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

本コラムで紹介しているとおり、世界の中央銀行がデジタル通貨の発行を見据えた動きを加速しており、2021年は大きな転機となる可能性があります。中国では2022年の正式導入に向けた準備が本格化しており、日本や欧州も研究から実証実験段階へと進み始めています。2021年1月1日付日本経済新聞で現状や課題が分かりやすく整理されており、以下、いくつか引用しながら、あらためて考察を深めていきたいと思います。

  • 同報道では、中国の動向について、「中国は20年10月、深セン市で5万人を対象に1人あたり200元(約3200円)の「デジタル人民元」を配る大規模な実験を手掛けた。さらに実験の対象地域を北京市内や天津市、上海市など主要都市に広げている。22年の北京冬季五輪までの正式発行を目指し、準備の最終段階に入る。統制強化の狙いも透ける。利用履歴や資金の流れを捕捉しやすいデジタル通貨を当局が発行・管理すれば、マネーロンダリング(資金洗浄)などへの監視力も高まる。国際貿易や金融取引で米ドルへの依存を薄めつつ、新興国との貿易決済などに使って「人民元経済圏」を広げる思惑もちらつく」と指摘しています。なお、中国は、昨年12月11日から江蘇省蘇州市で市民ら10万人を対象に実証実験を始めています。さらに、中国は最近、これまで保護してきた巨大IT業界への統制を強めており、デジタル人民元を使って、電子取引データを握るなど金融システムを脅かし始めているアリババ集団の「支付宝(アリペイ)」と騰訊控股(テンセント)の「微信支付(ウィーチャットペイ)」を服従させる潜在力も指摘され始めています。さらに、2020年12月23日付産経新聞は、「香港の中央銀行、香港金融管理局が、中国の通貨・人民元をデジタル化した「デジタル人民元」を使った実証実験の検討に入った。香港は香港ドルが一般的な通貨として普及。香港の商品をデジタル元で買って代金を支払うなど越境決済を想定。中国の中銀である中国人民銀行と協議している。通貨の異なる香港との実験で国際決済や送金にも通用することを内外にアピールする思惑もありそうだ」と報じています。
  • CBDCの課題については、「一つがプライバシーの確保だ。先進国では国にお金の利用履歴という個人情報を細かく把握されることへの警戒感が強い。匿名性を高めると犯罪への利用防止が難しくなり、資金洗浄に使われれば国際問題にもなりかねない。金融システム不安につながる懸念もある。お金の引き出しが容易なデジタル通貨は経営不安が表面化した銀行からの急速な預金流出を招くとの指摘がある。保有額や取引額に上限を設けることが一案だが、使い勝手が悪くなれば普及の妨げになる。便利さと安全性を兼ね備えた未来の通貨を巡る検討はこれから本番となる」と指摘されています。
  • 「新型コロナウイルスが広がった20年、日本を含めて多くの国の政府が配った給付金は消費や投資に十分に回らなかったとの見方もある。デジタル通貨のデータを所得情報にひもづければ、政策効果を検証しやすくなり、効率的な分配につながる。複数の国のCBDCが互換性を備えれば、銀行の国際送金も安くなり競争力が高まる」としたうえで、日本については、「日銀は春にも実証実験を始める。3段階を想定し、まずはシステム上で実験環境をつくり発行や流通など通貨に必要な基本機能を検証する。電子上のお金のやり取りで不具合が起きないか調べたり、発行残高や取引の履歴を記録する方法を検討したりする。21年度中にも第2段階に進み、お金に金利をつけたり保有できる金額に上限を設けたりと、より複雑な条件下で機能するかを試す。最終段階の「パイロット実験」は民間の事業者や消費者も参加し、地域を限って実際の売買に使えるかどうかを検証する。ここまで来れば発行が現実味を増してくるが、日銀は「必要と判断すれば実施する」としている」と紹介しています。

さて、前回の本コラム(暴排トピックス2020年12月号)では、DeCurret(ディーカレット)が主催する「デジタル通貨フォーラム」について紹介しました。この取組みは、3メガバンクやNTTグループなど30社超が組み、小売りや電力、保険など10以上のグループに分かれ、順次実験を始めることとし、グループごとに2022年にもデジタル通貨の共通基盤の実用化を目指すというものです。実証実験で使用するデジタル通貨は、ディーカレットが、データを改ざんしにくくする技術「ブロックチェーン」を用いて設計、発行、管理は銀行が行い、実験のグループごとなどに複数のデジタル通貨を発行、ただし、基本的な枠組みは統一し、交換できるようにするということです。デジタル通貨は、個人や企業が持つ現預金を裏付け資産とし、銀行口座と同様の役割を持つウォレット(電子財布)に発行、送金や決済に使えるようにし、基盤を通じて既存のスマホ決済サービスや電子マネーとの交換も可能にするとしています。事業者間で決済サービスの相互利用を促し、利便性を高める狙いがあり、日本での構想が実用化されれば、世界でも珍しい企業主導のデジタル通貨となることが期待されます。そして、日本の企業の意欲的な取組みとして新たにGMOインターネット社のリリースが興味深いため、以下に紹介します。

▼GMOインターネット 世界初となる米銀行法規制を遵守した日本円ステーブルコイン「GYEN」と、米ドルステーブルコイン「ZUSD」の提供開始に向け米国・ニューヨーク州「特定目的信託会社」の許認可を取得

リリースによれば、「GMO Trustは、ニューヨーク州金融サービス局(New York State Department of Financial Services)による「特定目的信託会社(Limited Purpose Trust Company)」の許認可を受けて設立した法人で、日本円と連動したステーブルコイン「GYEN」および米ドルと連動したステーブルコイン「ZUSD」の発行主体となります。GMO Trustは2021年1月以降、世界初となる規制を遵守した日本円ステーブルコイン「GYEN」を、米国をはじめ海外に向けて提供開始する予定です。また、米ドルステーブルコイン「ZUSD」も同時に提供開始する予定です。なお、「GYEN」および「ZUSD」は、日本国外で流通するものであり、日本国内居住者への販売は対象外となります。」ということです。さらに、「ステーブルコインは、法定通貨と連動することで価値が裏付けられていますが、安心して利用していただくためには、提供元のセキュリティ面での信頼性も欠かせません。そこでGMOインターネットは、米連邦法上は銀行と同等の厳格な審査基準であるマネー・ローンダリング規制(AML)および経済制裁規制(OFAC)への対応や、サイバーセキュリティプログラムに関する厳格な審査基準を満たした「特定目的信託会社」として、ステーブルコインを提供することといたしました。そしてこの度GMOインターネットは、米国・ニューヨーク州金融サービス局からこれらの条件をクリアした「特定目的信託会社」として申請し、許認可を取得するに至りました」、「GMOインターネットが発行を予定しているステーブルコイン「GYEN」は、世界初となる、規制を遵守した円ペッグ通貨(法定通貨の日本円に担保された法定通貨担保型)です。また、「GYEN」と合わせて、米ドルペッグ通貨(法定通貨の米ドルに担保された法定通貨担保型)の「ZUSD」も発行する予定です。「GYEN」および「ZUSD」は、(1)価格の安定性(2)流動性の高さ(3)イーサリアム技術を採用、の3つを特徴としています。価値の裏付となる資産の証明は、公認会計士による監査レポートを通じて毎月開示するほか、GMO Trustが直接「GYEN」および「ZUSD」の発行・換金を行うことで手数料を抑えながらセキュリティと透明性の向上を図ります。GMOインターネットは、現時点で円ペッグ通貨が流通していないことや、世界的に円の通貨需要が非常に大きいものと考えていることから、現在準備を進めている「GYEN」の発行を通じて、暗号資産のボーダレスな決済・取引への利用を支援してまいります。また、今後多くの事業者や開発者が「GYEN」および「ZUSD」をオープンソースのプログラマブル・マネーとして、ご利用いただくことを期待しています。」としています。

その他の国のCBDCを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 報道によれば、ムニューシン米財務長官は、ドルのデジタル化には多くの課題があり、「近い将来にデジタルドルが発行されるとは思わない」と明言しています。電子決済の普及で実質的にお金がデジタル化していると指摘。デジタルドルを早期に導入する必要はないとの見方を示し、技術や法律、規制の対応を含め、中央銀行に当たる連邦準備制度理事会(FRB)と共同研究を続けているとも語っています。
  • カンボジア国立銀行(中央銀行)は、バハマに続き、昨年10月にデジタル通貨「バコン」を導入しています。2020年12月13日付日本経済新聞によれば、「カンボジア政府がCBDC発行に前のめりだった背景には「落ち目」の「リエル」の存在がある。カンボジアでは通常、あらゆる決済に米ドルが使われる。バコンが普及すれば、ドルに比べて流動性が低いリエルが利用しやすくなり、通貨としての価値は高まる」、一方、「気になるのはデジタル通貨に乗り遅れる農村部などの人たちが多数いることだ」などと指摘されています。なお、2021年1月1日付日本経済新聞では、「発展途上国では銀行の店舗やATMが十分に整備されず、預金口座はないがスマホは持っているという人も珍しくない。誰でも金融サービスを受けられる「金融包摂」の観点でCBDCを導入しており、他の途上国でも追随する動きが出てきそうだ」とも指摘されています。いわゆる「リープフロッグ」型発展の典型的な事例となる可能性があります。
  • 新型コロナウイルス感染拡大にあえぐ中欧チェコで近く、地方の中小事業者の支援策として、コロナとカレンシー(通貨)をかけた「コレンシー」と呼ばれる新たな電子マネーを一般市民に普及させる実証実験が開始されるといいます。報道によれば、対象地域は南東部の町キヨフで、ボランティアの住民2,000人に法定通貨400コルナ(約2,000円)と同じ価値を持つ400コレンシーを提供、プロジェクトに参画する事業者で使用でき、価格の半分をコルナで、もう半分をコレンシーで支払う。ということです。

さて、暗号資産(仮想通貨)を巡る動向としては、ビットコイン(BTC)の高騰が大きな話題です。BTCの相場が1月8日には、一時、1BTC=41,000ドル台に乗り、過去最高値を更新しました(さらに、BTCにとどまらず、暗号資産全体の時価総額も1兆ドルを突破しています)。昨年秋ごろから相場は上昇し、12月中旬に2万ドル、1月7日に4万ドルを突破。最近3カ月で約4倍になったことになります。各国による新型コロナウイルスへの対応によってもたらされた世界的な金融緩和を背景に、あふれる投資資金が流入したほか、インフレヘッジ手段としての性質、手早く投資利益を得られるとの期待感、将来的にBTCの決済利用が増加するとの見方(一時期の投機的というマイナスイメージが払しょくされつつあること)も後押ししています。また、取引の中心が東アジアから北米に大きくシフトしている傾向も指摘されています(2020年12月6日付ロイターによれば、「法令順守問題を重視する米投資家の多くは以前、仮想通貨市場の不透明性から参入を尻込みしていたものの、米国の業界を巡る監督体制が改善され、魅力を感じるようになっている」、「今年のビットコイン高騰の裏にあるもう1つの要素は、2017年の値上がりを主導したアジアの個人投資家が減ったこと」、「北米では多くのファンドが買いに動いている」ということです)。また、2021年1月8日付ロイターによれば、「JPモルガン・チェースは、ビットコインが金に匹敵する資産として台頭し始めており、安全資産と見なされた場合、価格は14万6,000ドルまで達する可能性があるとの見方を示した」、「ビットコインのボラティリティーが長期的に金のボラティリティーに収束することが値上がりの条件になる」としています)。

その他、暗号資産を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 史上最大規模の暗号資産ハッキング事件と言われる「コインチェックNEM事件」について、事件の被疑者への朝日新聞記者による取材内容が話題となっています。詳細は記事(▼盗難NEM交換「あれ僕がやった」 突然現れた男の告白を確認いただくとして、記者の取材に基づくセミナー報告によれば、「サイバー犯罪を犯すのは自分の行為を正当化して客観視できない若者が多く、やってみたら犯罪でしたというケースが多い」、「「取材した男性もいつかはばれると思いつつ、ここまできたらやってしまえとばかりに続けていた」、「自宅のパソコンの前でできてしまうため罪の意識が薄く、逮捕されて初めて事の大きさに気づかされる」、「若者にプログラミングの技術を教えるなら、情報モラルの教育もセットでもやってほしい」といった主張は大変考えさせられます。
  • 米国最大の暗号資産取引所のコインベースは、米証券取引委員会(SEC)による米フィンテック企業リップルの提訴を受け、同社が取り扱う暗号資産「XRP」の取引を停止すると発表しています。報道によれば、XRPについては、有価証券か暗号資産とみなすかで論争が続いており、SECはXRPを有価証券とみなし、投資家への情報開示を怠ったとしてリップルを提訴、一方のリップルは、XRPを暗号資産だと反論しています。
  • 暗号資産取引で得た所得を隠し、約7,770万円を脱税したとして、金沢国税局は、石川県小松市の会社役員の男性を所得税法違反の疑いで金沢地検に告発したと発表しています。報道によれば、国税当局が、暗号資産取引で得た利益を隠した事案を告発するのは全国初で、BTCなど暗号資産取引で得た利益を確定申告で申告せず、2017、2018年分の所得計約1億9,900万円を隠し、所得税約7,770万円を脱税した疑いがもたれているということです。同局が昨年3月に告発し、同地検が受理しています。
  • 南米ベネズエラのマドゥロ政権が2018年に発行を始めた暗号資産「ペトロ」の取引が低迷しています。報道によれば、マドゥロ政権は「国家が管理する世界初の暗号資産」とアピールして資金調達を狙ったものの、深刻な経済危機を招いた政権への不信感は根強く、金融界や一般国民からはほとんど利用されていない状況だといいます。米国が2018年3月にペトロの売買や利用を禁止する追加制裁を科した影響もあり、取引実績はほとんどないとみられています。
  • セキュリティ調査会社のIntezerは、暗号通貨を利用するユーザーを標的とするマルウェア「ElectroRAT」の拡がりを報告し、警告を発しています。
▼Intezer Hackers target cryptocurrency users with new ElectroRAT malware

同社によれば、ElectroRATは昨年1月から活動が見られ、暗号通貨を利用するユーザーに対し、トロイの木馬化したアプリをオンラインフォーラムやソーシャルメディアなどを介して感染を図っていたといいます。すでに感染者は数千人に昇るとの推定を出しているといい、同社は最近のBTCの急騰などを受け、ElectroRATによる被害拡大を懸念するとともに、マルウェア感染の疑いがある場合には、同社が提供しているEndpoint Scannerといったツールを利用することを推奨しています。

  • IRカジノ/依存症を巡る動向

本コラムで動向を追っているカジノを含む統合型リゾート施設(IR)事業をめぐる汚職に絡む証人買収事件で、衆院議員、秋元司被告=収賄などの罪で起訴=と共謀し、贈賄側に裁判での虚偽証言を求めたとして、組織犯罪処罰法違反(証人等買収)罪に問われた元会社役員に、東京地裁は、懲役1年、執行猶予3年(求刑懲役1年)の判決を言い渡しています。報道によれば、東京地裁は「執拗に虚偽証言を依頼し、収賄事件の正当な審判が妨害される可能性が高かった」と指摘、一方で、秋元被告の支援者から頼まれて安易に加担したとし、関与は従属的だったと述べたといいます。また、もう一方の贈賄側の証人に偽証を依頼したとして、組織犯罪処罰法違反(証人等買収)に問われた両被告について、東京地裁は、「社会の耳目を集める汚職事件の適正な審判を著しく損ないかねない悪質な司法妨害行為だった」と述べ、淡路被告に懲役1年2月、執行猶予3年、佐藤被告に懲役1年、執行猶予3年(求刑・いずれも懲役1年2月)を言い渡しています。2017年7月施行の改正同法で新設された「証人等買収罪」を有罪とした判決は初めてでした。日本型IRは「世界最高水準の厳格な規制」(世界一の清廉性/廉潔性)を掲げています。今回の一連の事件は国会議員が関与した贈収賄事件という最悪の事態を招いたという点で問題の根は深く、本件を踏まえてIR基本方針の改正が図られ、「厳格な接触ルール」を定めて「IR事業者の廉潔性確保」に「全般的なコンプライアンス確保」が求められることとなりました。IR事業(とりわけカジノ事業)は、そもそも社会から相当厳しい目で見られているところ、今回の事件で「世界一の廉潔性」はやはり画餅ではないかと冷笑されている事実を関係者はあらためて自覚し、それでもなお、自らを厳しく律しながら「世界一の廉潔性」を目指していくべきだと思います。

さて、その「IR基本方針」が、ようやく12月に決定しました。基本方針には、選定基準として経済効果やギャンブル依存症対策、施設内での感染症対策などが盛り込まれ、前述のIRを巡る国会議員の汚職事件を受け、公務員がIR事業者らと面談する場合、原則として庁舎内で複数の職員が対応するむねの接触ルールも明記されています。あらためてIRの意義として、「具体的には、(1)民間の活力を生かしてこれまでにないスケールとクオリティを有するMICE施設を整備することにより、これまでにないような大型の国際的な会議やイベント等を展開し、新たなビジネスの起爆剤となること、(2)世界に向けた日本の魅力の発信により、世界中から観光客を集め、全国各地の豊かな自然、固有の歴史、文化、伝統、食などの魅力を紹介すること、(3)IRへの来訪客に国内各地の魅力を紹介し、国内各地に送り出すことにより、世界と国内各地をつなぐ交流のハブとなることにより、国際競争力の高い魅力ある滞在型観光を実現することが、日本型IRの意義である。これにより、観光及び地域経済の振興に寄与し、更には日本全体の健全な経済成長につながるとともに、併せて、国及び地方公共団体の財政の改善に資することが期待される」と明記されています。そのうえで、「(1)観光や地域経済の振興、財政の改善への貢献を図る観点から、長期間にわたって、安定的で継続的なIRの運営が確保されるとともに、IRとしての機能が適切に発揮されるよう、IR区域及びIR施設に係る安全や健康・衛生が確保されること、(2)民間事業者の活力と創意工夫が生かされるとともに、カジノ事業の収益の適切な公益還元の観点から、カジノ事業の収益を活用したIR施設の整備その他IR事業の事業内容の向上や、都道府県等が行う認定区域整備計画に関する施策への協力が図られること、(3)犯罪防止、治安維持、青少年の健全育成、依存防止等の観点から、カジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除やこれと連携した都道府県等によるギャンブル等依存症対策、また、関係地方公共団体との連携協力による取組の充実が適切に行われること、(4)IRの整備に対する国民の信頼と理解を確保する観点から、収賄等の不正行為を防止するとともに、公正性及び透明性の確保を徹底するため、国や都道府県等において、IR事業者等との接触のあり方に関する厳格なルール(以下「接触ルール」という。)が策定されるとともに、IR事業者においてコンプライアンスが確保されることが極めて重要な前提条件である」としています。なお、今後のスケジュールとしては、新型コロナウイルス感染症の影響に伴う自治体の準備遅延、海外事業者の業績悪化などを理由に当初の予定より大幅に遅れ、2021年10月から2022年4月まで、政府は自治体の誘致申請を受け付け、全国で最大3か所の設置区域を選び、2020年代後半の開業を目指すこととなります(すでにご紹介しているとおり、現段階では、横浜市、大阪府・市、和歌山県、長崎県が誘致を表明しています)。関連して、税制改正大綱では、「IRの国際競争力を確保する観点から(国内)非居住者のカジノ所得について非課税とする」と定められました。米国などではカジノのスロットで一定額以上を稼ぐと勝ち金が課税対象になりますが、シンガポールなどは非課税で、事業者からは「非課税が国際標準だ」との声が多数出ていたものです。一方で、居住者については「公営ギャンブルと同様、課税」と盛り込まれることとなりました。報道(2020年12月10日付産経新聞)によれば、一部のIR事業者からは「訪日客が非課税なのは当たり前で、日本人のカジノ利用客も非課税としなければ、海外のカジノに収益を奪われてしまう」との声も出ているようです(もともと、日本のIRは他国と比べて収益のうち政府や自治体に支払う割合が高いなど、税制以外での投資へのハードルが高いとの指摘もあります)。

なお、「厳格な接触ルール」については、以下のとおり定められています。

▼特定複合観光施設区域整備推進本部におけるIR事業者等との接触のあり方に関するルール(案)
  • 第1条(目的)
    • IR推進本部は、IR整備法の施行状況について検討を加える等の立場にあることから、厳格な接触ルールを定め、公正性・透明性の確保を徹底する。
  • 第2条(定義)
    • 「本部員等」、「事務局員等」、「IR事業者等」、「面談」などについて定義。
    • 「面談」:儀礼的な挨拶にとどまらず、本部の所掌事務に関する具体的な話題に及ぶもの
  • 第3条(本部員等が行う面談)
    • 本部員等は、あらかじめ、面談に該当するかどうかについて確認し、該当するときは、面談に部下の職員を同席させる。
  • 第4条(事務局員等が行う面談)
    • 事務局員等が行う面談は、複数の事務局員等により対応することとし、事前事後に上司に報告する。
  • 第5条(面談における留意事項)
    • 面談は、原則として、庁舎内において行う。施設の視察等を行う必要がある場合は、この限りでない。
    • 特定のIR事業者等を優遇しているとの疑念を生じないよう留意するとともに、特定のIR事業者等に不当に有利又は不利にならないように、情報提供は、公平・公正に行う。
  • 第6条(面談の記録の作成及び公表)
    • 面談を行ったときは、面談の記録を作成し、区域認定日より10年後まで保存する。
    • 面談の記録は、情報公開法の規定に従い、不開示情報を除いて開示される。
  • 第7条(面談以外の接触における留意事項)
    • 電話、メール又はFAXのやり取りは、日程調整等の事務連絡等にとどめ、事務局員等は、そのやり取りを上司に報告する。
  • 第8条(適用期間)
    • このルールは、基本方針の決定日から適用する。(基本方針とあわせてIR推進本部において決定)

IR基本方針が決定したことを受け、大阪湾の人工島・夢洲に誘致を目指す大阪府の吉村洋文知事は、早ければ2021年夏に事業者を決定する考えを明らかにしています。本コラムでも紹介したとおり、大阪府と大阪市は2019年11月に事業者選定の条件を定めた実施方針案を公表、米国のMGMリゾーツ・インターナショナルとオリックスのグループが共同で参加申請していますが、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の影響で、MGM側との協議が進まず選定時期の見通しが立っていませんでした。また、他の誘致自治体より早くから準備を進めてきた和歌山県は、仁坂知事が「当初の予定より1年程度後ろ倒しになったとはいえ、決定されたことに大変安堵している」とした上で、「国に認定をいただける優れた区域整備計画を作成することに全力を挙げる」と意欲をみせたと報じられています。

一方、IR推進への反対運動が目立つ横浜市については、直近では、IR誘致の是非を問う住民投票条例案が否決されています(なお、横浜市長のリコールについては、必要な署名数を集めることができませんでした。ただし、今後、横浜市長選の大きな争点になることは避けられません)。なお、横浜市は、IR誘致に向け、IR施設の概要や事業者の役割などを示した「実施方針案」を公表しています。今後、同市がIR事業を関係者で議論する協議会で決定し、事業者公募などの手続きを進めることになります。実施方針案では、山下ふ頭を予定地として国際会議場や魅力増進施設、宿泊施設などをカジノ施設とともに民設民営で設置するものと規定、事業者には危機管理や観光・経済の活性化に努めることなどを求め、事業が困難となった際のルールなどを盛り込んでいます。

  • 犯罪統計資料
▼警察庁  犯罪統計資料(令和2年1~11月)

令和2年1~11月の刑法犯の総数は、認知件数は566,657件(前年同期688,242件、前年同期比▲17.7%)、検挙件数は258,256件(272,300件、▲5.2%)、検挙率は45.6%(39.6%、+6.0P)となり、コロナ禍により認知件数が大きく減少していることとあわせ、昨年からの傾向が継続される状況となっています。犯罪類型別では、刑法犯全体の7割以上を占める窃盗犯の認知件数は349,886件(445,386件、▲21.4%)、検挙件数は140,297件(146,349件、▲4.1%)、検挙率は40.1%(32.9%、+7.2P)であり、「認知件数の減少」と「検挙率の上昇」という刑法犯全体の傾向を上回り、全体をけん引していることがうかがわれます(なお、令和元年における検挙率は34.0%でしたので、さらに上昇していることが分かります)。うち万引きの認知件数は79,714件(85,980件、▲7.3%)、検挙件数は57,705件(60,760件、▲5.0%)、検挙率は72.4%(70.7%、+1.7P)であり、認知件数が刑法犯・窃盗犯ほどには減少していない点が注目されます。また、検挙率が他の類型よりは高い(つまり、万引きは「つかまる」ものだということ)一方、昨年から今年にかけて検挙率の低下傾向が続いていましたが、ここ最近はプラスに転じている点は心強いといえます。また、知能犯の知能犯の認知件数は30,965件(33,178件、▲6.7%)、検挙件数は16,655件(17,704件、▲5.9%)、検挙率は53.8%(53.4%、+0.4P)、そのうち詐欺の認知件数は27,638件(29,666件、▲6.8%)、検挙件数は14,002件(14,757件、▲5.1%)、検挙率は50.7%(49.7%、+1.0P)と、とりわけ刑法犯全体の減少幅より小さく、コロナ禍においてもある程度詐欺が活発化していたこと、一方で検挙率が高まっている点が注目されます(なお、令和元年は49.4%であり、ここ最近で昨年並みの水準に回復していきています)。

また、令和2年1月~11月の特別法犯総数について、検挙件数は67,152件(67,338件、▲0.3%)、検挙人員は56,535人(56,927人、▲0.7%)となっており、令和元年においては、検挙件数が前年同期比でプラスとマイナスが交互し、横ばいの状況が続きましたが、ここ最近は減少傾向が続いています(とはいえ、ほぼ横ばい・高止まりといってもよい状況です)。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は6,356件(5,706件、+11.4%)、検挙件数は4,679人(4,312人、+8.5%)、ストーカー規制法違反の検挙件数は933件(794件、+17.5%)、検挙人員は751人(659人、+14.0%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,496件(2,404件、+3.8%)、検挙人員は2,015人(1,990人、+1.3%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は584件(759件、▲23.1%)、検挙人員は130人(138人、▲5.8%)、不正競争防止法違反の検挙件数は55件(60件、▲8.3%)、検挙人員は66人(52人、+26.9%)、銃刀法違反の検挙件数は4,965件(5,009件、▲0.9%)、検挙人員は4,381人(4,401人、▲0.5%)などとなっており、入管法違反とストーカー規制法違反、犯罪収益移転防止法違反は増加したものの(これまでよりペースダウンしています)、不正アクセス禁止法違反や不正競争防止法違反がこれまで大きく増加し続けてきたところ、ここにきて大きく減少している点が注目されます(不正アクセス事案は体感的にまだまだ減っていないと思われているだけに数字的にはやや意外な結果となっています。引き続き注視が必要な状況だといえます)。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は942件(843件、+11.7%)、検挙人員は485人(403人、+20.3%)、大麻取締法違反の検挙件数は5,375件(4,876件、+10.2%)、検挙人員は4,537人(3,895人、+16.5%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は10,867件(10,743件、+1.2%)、検挙人員は7,604人(7,634人、▲0.4%)などとなっており、大麻事犯の検挙が、コロナ禍で刑法犯・特別法犯全体が減少傾向にあるにもかかわらず、令和元年から継続して増加し続けていること、さらに、覚せい剤事犯については、減少傾向が続いていたところ、検挙件数・検挙人員が横ばい(あるいは微増)となりつつあり、薬物が確実に蔓延していることを感じさせる状況です(依存性の高さから需要が大きく減少することは考えにくく、外出自粛の状況下でもデリバリー手法が変化している可能性も考えられるところです。なお、参考までに、令和元年における覚せい剤取締法違反については、検挙件数は11,648件(13,850件、▲15.9%)、検挙件数は8,283人(9,652人、▲14.2%)でした)。

なお、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯の国籍別検挙人員の総数総数511人(457人、+11.8%)、ベトナム95人(74人、+28.4%)、中国84人(90人、▲6.7%)、ブラジル53人(46人、+15.2%)、フィリピン25人(31人、▲19.4%)、韓国・朝鮮26人(27人、▲3.7%)、インド17人(9人、+88.9%)、スリランカ13人(18人、▲27.8%)などとなっており、昨年から大きな傾向の変化はありません。

暴力団犯罪(刑法犯)総数については、検挙件数は12,092件(17,877件、▲32.4%)、検挙人員は6,894人(7,842人、▲12.1%)となっており、特定抗争指定やコロナ禍の影響からか、刑法犯全体の傾向と比較しても検挙件数・検挙人員ともに大きく減少していること、とりわけ検挙件数の激減ぶりは特筆すべき状況となっていること、とはいえ徐々に前年同期比の減少幅が縮小していることなどが指摘できます(なお、令和元年は、検挙件数は18,640件(16,681件、▲0.2%)、検挙人員は8,445人(9,825人、▲14.0%)であり、暴力団員数の減少傾向からみれば、刑法犯の検挙件数の減少幅が小さく、刑法犯に手を染めている暴力団員の割合が増える傾向にあったと指摘できましたが、現状では検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあるといえます)。また、犯罪類型別では、暴行の検挙件数は802件(859件、▲6.6%)、検挙人員は779人(819人、▲4.9%)、傷害の検挙件数は1,254件(1,450件、▲13.5%)、検挙人員は1,484人(1,690人、▲12.2%)、脅迫の検挙件数は418件(391件、+6.9%)、検挙人員は385人(374人、+2.9%)、恐喝の検挙件数は395件(463件、▲14.7%)、検挙人員は533人(592人、▲10.0%)、窃盗の検挙件数は6,043件(10,414件、▲42.0%)、検挙人員は1,078人(1,325人、▲18.6%)、詐欺の検挙件数は1,413件(2,167件、▲34.0%)、検挙人員は1,099人(1,346人、▲18.4%)、賭博の検挙件数は59人(139人、▲57.6%)、検挙人員は200人(153人、+30.7%)などとなっており、暴行や傷害、脅迫、恐喝事犯の減少が続く一方、これまで増加傾向にあった窃盗と詐欺が一転して大きく減少している点(さらに、暴行等の減少幅をも大きく上回る減少幅となっており、特定抗争指定や新型コロナウイルス感染拡大の影響がまさにこの部分に表れているものとも考えられます)は注目されます。

また、暴力団犯罪(特別法犯)の総数については、検挙件数は7,170件(7,595件、▲5.6%)、検挙人員は5,225人(5,439人、▲3.9%)となっており、こちらも大きく減少傾向を継続している点が特徴的だといえます(特別法犯全体の傾向より減少傾向にあるもおの、刑法犯ほどの激減となっていない点も注目されます)。うち暴力団排除条例違反の検挙件数は49件(22件、+122.7%)、検挙人員は114人(45人、+153.3%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は164件(176件、▲6.8%)、検挙人員は56人(53人、+5.7%)、大麻取締法違反の検挙件数は164件(176件、▲6.8%)、検挙人員は682人(712人、▲4.2%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は4,680件(4,912件、▲4.7%)、検挙人員は3,238人(3,345人、▲3.2%)などとなっており、令和元年の傾向とやや異なり、大麻取締法違反の検挙件数・検挙人員も大きく減少に転じている点が注目されます。一方、覚せい剤取締法違反については令和元年の傾向とは異なり、ここ最近は減少幅が小幅になってきている点も注目されます。いずれも、新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛の影響で対面での販売が減っている可能性を示唆していますが、(覚せい剤等は常習性が高いことから需要が極端に減少することは考えにくいこと、さらに対面型からデリバリー型に移行しているとの話もあり)、正確な理由は定かではありません(なお、令和元年においては、大麻取締法違反の検挙件数は1,129件(1,151件、▲1.9%)、検挙人員は762人(744人、+2.4%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は5,274件(6,662件、▲20.8%)、検挙人員は3,593人(4,569人、▲21.4%)でした)。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

5年ぶりとなる第8回朝鮮労働党大会が2021年1月5日、平壌で開幕しました。長期の制裁や新型コロナウイルス、自然災害の三重苦に直面する中、新たな経済発展の5か年戦略や党人事を発表しています。金正恩朝鮮労働党委員長は開会あいさつで、昨年までの経済5か年戦略について、「ほぼ全ての部門で、甚だしく未達成だった」と認めた一方で、「この大会を分水嶺とし、国家の復興発展と人民の幸福のための党の闘争は新たな段階へ移行する」、「正しい路線と戦略・戦術的方針を打ち出せば、朝鮮革命は新たな跳躍期を迎える」と強調しています。また、党人事については、大会執行部(39人)には金正恩党委員長の妹、金与正党第1副部長や、正恩氏の信頼が厚いとされる趙甬元党第1副部長が加わり、前回大会執行部メンバーのうち約4分の3が交代したといいます。また、大会参加者は前回の3,667人から5,000人に増加、軍人が減り、国家の行政経済担当者が増える構成となったようです。なお、出席者にマスク姿はなく、感染者「ゼロ」の建前をアピールする狙いがあると考えられるところ、参加者は昨年12月下旬には平壌入りしており、検査など事前対応に苦心し、時間を要した可能性も否定できないところです。本コラムでも取り上げてきたとおり、新型コロナの防疫に伴う中国との国境封鎖で、対中貿易総額は、昨年11月には前年同月比▲99.55%も急減、経済の生命線であるはずの中朝交易がほぼ停止した状態(北朝鮮が貿易のほとんどを依存する中国との2020年の貿易総額は昨年11月末時点で約5億3,400万ドル(約550億円)で、1年間の貿易額が約28億ドルだった前年の8割減となる見通しで、特に10月以降は以前にも増して国境封鎖が強化されたとみられ、前年同月比で1%にも満たない状況です)であることに加え、視察回数も低下、金正恩党委員長は軍や市民の慰労に気を配り、求心力の維持に苦心している状況もうかがえます。昨年10月の軍事パレードでは涙ぐみながら「ありがとう」と繰り返したほか、新年には敬語で「いつも支持してくださった心に感謝します」とつづった直筆の書簡まで公開しています。今年以降の「国家経済発展5カ年計画」については、「現実的な可能性を考慮して国家経済の自立的構造を完備する。輸入依存度を低くして、人民の生活を安定させるための要求を反映した」と説明しましたが、制裁解除や新型コロナの流行終息は見通しが立たず、当面は海外からの投資や貿易の多角化による経済発展も望めないと判断し、外部環境に関係なく、国内の団結を目指す「自力更生、自給自足」の方向性を打ち出したものといえます。さらに、北朝鮮に融和的な韓国の文在寅政権に対しては、2018年4月の南北首脳会談で合意した「板門店宣言」より前の関係に戻っていると批判、米韓合同軍事演習の中止も強硬に求めています。韓国統一省は、「南北合意を履行しようとする我々の意志は確固たるものだ」とコメントしたものの、文政権は、北朝鮮とバイデン米次期政権との間で難しい対応を迫られることになります。そして、「最大の敵」と規定した米国との関係については、バイデン次期大統領は、北朝鮮に対しては、実務レベルの交渉をまず優先するとみられているところ、金正恩党委員長は米大統領選の結果に公式な反応は示さず「米国で誰が政権に就いても対朝鮮政策の本心は変わらない」としていましたが、米国を「制圧・屈服させることに焦点を合わせるべきだ」と主張し、トランプ米政権との対話路線は終わり、敵対関係を前提にした米朝関係に回帰したことを内外に宣言しています。なお、昨年11月の米大統領選以降、金正恩党委員長が対米方針を明らかにしたのは初めてとなります。一方で、「新たな朝米関係樹立の鍵は(対北)敵視政策の撤回にある」とも述べ、バイデン新政権の出方をうかがう構えも見せています。国内情勢が盤石でない中、非核化を巡る米朝交渉再開の可能性を自ら摘むことは避けながら、強硬姿勢に転じる際には米国側に責任転嫁する余地も残しています。また、中国とは「切っても切れない一つの運命」で結ばれている「特殊な関係」にあると指摘、中国の習近平政権を後ろ盾にバイデン新政権と対峙していく意向とみられています。そして、核ミサイル開発関係については、「名実ともに世界的な核強国だ。核技術をさらに高度化し、核兵器の小型・軽量化、戦術兵器化を発展させていく」として、核戦力を充実させると強調しています。核兵器搭載の潜水艦や米本土を狙った核ミサイルのさらなる開発も表明し、非核化には応じない姿勢を鮮明にしています。核兵器開発について、「われわれの国家防衛力は敵対勢力の威嚇を領土外から先制的に制圧できる水準に上り詰めた」と強調、「核潜水艦」の設計研究を終え、最終審査段階にあると明らかにしたほか、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を念頭に、米本土を射程に収める「1万5,000キロ圏内の標的を打撃・消滅させる核攻撃能力を高度化させる目標」を示しました。また、戦術核兵器や超大型核弾頭の生産、超音速滑空兵器や固体燃料を使ったICBMの開発計画も掲げています。これらの姿勢が明確に示されたことをふまえ、党規約の改正を決定、規約序文に「強力な国防力で軍事的脅威を制圧し、朝鮮半島の安定と平和的環境を守護する」と新たに明記されました。

さて、ここまで新年に党大会に示された方向性を確認してきましたが、以下、公安調査庁「内外情勢の回顧と展望(令和3年1月)」から、「新型コロナウイルス感染症や風水害で更なる苦境に直面し、体制の安定維持に腐心する北朝鮮」と題する部分を引用し、昨年の情勢を確認したいと思います。

  • 北朝鮮は、中国での新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受け、1月末から国境を封鎖して、物流や人的往来を厳しく制限した。これにより、対外貿易の大半を占める中国との貿易が、ミサイル発射などを契機とした平成29年(2017年)の国連制裁によって大幅に減少した時から更に減少し、資材・原料を輸入に依存していた工場や企業の生産活動の低迷が伝えられた。また、注力してきた元山葛麻海岸観光地区や平壌総合病院の建設が遅滞し、目標期日内の完工が伝えられなかった。このほか、国連制裁の対象外である外国人観光客の受入れを中断したことにより、外貨収入も減少したとみられる。こうした中、北朝鮮は、「予想し得なかった挑戦が重なった」として、令和2年(2020年)が最終年となる「国家経済発展5か年戦略」の目標が達成できなくなったことを自認した(8月)。
  • 北朝鮮は、1月末に「国家非常防疫体系」を宣布して以降、施設の消毒や住民らの検温・隔離などを徹底するとともに、金正恩委員長が繰り返し防疫態勢の強化・引締めを指示した。北朝鮮は、こうした取組の成果として「一人の感染者もいない」ことを強調した。また、豪雨や台風(8月、9月)によって、農耕地や住宅などに大きな被害が生じると、金委員長ら指導部幹部が迅速に被災地を視察し、復旧を指示したほか、軍部隊だけでなく平壌市の朝鮮労働党員を多数被災地に派遣して、復旧作業に従事させた。さらに、金委員長が朝鮮労働党創建75周年慶祝閲兵式(10月)の演説で、住民らに対する慰労と謝意の言葉を繰り返して「人民重視」の姿勢をアピールしたほか、集中増産運動「80日戦闘」を実施して(10~12月)、防疫対策や災害復旧などに取り組んだ。
  • こうした中、朝鮮労働党は、政治局会議など各種会議を頻繁に開催して新型コロナウイルス感染症や災害復旧の対策を討議・決定し、各種政策が幹部間の討議を経て集団的に決定されていることを印象付けた。また、北朝鮮メディアは、政治局常務委員ら党幹部による経済施設や復旧現場の視察を度々大きく取り上げ、党幹部の存在感を高めた。その背景には、党の集団的な政策決定過程を公開し、決定に関与する幹部の役割や責任を明らかにすることによって、幹部の精励を促す狙いがあるとみられるほか、経済の発展が見通せない中、不振の責任を幹部に転嫁して、金委員長の権威を護持する側面もあるものとみられる
  • 北朝鮮は、令和3年(2021年)1月に朝鮮労働党第8回大会を開催する予定であり、指導部を改選し、新たに策定する「国家経済発展5か年計画」に基づいた経済建設に取り組むことになる。しかし、国連制裁に加え、新型コロナウイルス感染症の世界的流行が継続する場合には、経済環境が根本的に改善する可能性は低いとみられ、北朝鮮としては、引き続き「自力更生」に依拠せざるを得ず、住宅建設など「人民生活」向上に重点的に取り組むことで住民らの支持をつなぎ止めることに腐心するとみられる
  • 金正恩委員長については、4月、執権以来毎年欠かさなかった金日成生誕日(4月15日)に際する錦繍山太陽宮殿参拝が報じられず、また、海外メディアが「手術を受け重篤な状態」(CNN)、「中国が北朝鮮に医療専門家を派遣」(ロイター)などと報じたことにより、健康異変説が急浮上した。しかし、北朝鮮メディアが、5月2日、金委金正恩委員長の健康問題員長の肥料工場完工式への出席を映像とともに公開し、健康異変説を打ち消した。その後も、金委員長の活動は継続的に伝えられているが、金委員長については、近年、肥満が進行していることがうかがわれ、かねて持病を抱えているとも伝えられることから、同人の健康状態には引き続き留意を要する。
  • 北朝鮮の対中貿易(1~10月期)は、平成31年/令和元年(2019年)に比べ、金額ベースで約76%の大幅な減少となった。このうち、対中輸入では、特に、製造用資材(プラスチックや人造繊維、布地など)が大幅に減少し、北朝鮮の製造業の停滞につながったとみられる。また、肥料も大きく減少し、令和3年(2021年)の農業に影響を及ぼす可能性がある。一方、食用油、たばこ、小麦粉、砂糖及び医療用品は減少幅が小さく、住民らコロナ禍における中朝貿易の生活水準の維持や新型コロナウイルス感染症対策に努めている状況がうかがわれた。対中輸出では、ほぼ全ての品目が大きく減少したところ、国連制裁後の主力の輸出品目である時計やかつらの減少が顕著であり、外貨獲得の更なる減少につながったとみられる。世界的な新型コロナウイルス感染症の感染拡大が長期化する場合、国境管理の強化に伴う中朝貿易の低迷は当面継続するとみられ、経済建設にも支障となることが予想される。
  • 北朝鮮は、令和元年(2019年)12月、朝鮮労働党中央委員会全員会議において、同年10月の米朝実務協議の決裂を受けて米朝対立が長期化するとの見通しを示しつつ、「守る相手もいない公約に縛られる根拠が消失した」として、核実験及びICBM(大陸間弾道ミサイル)発射実験の再開を示唆したほか、「新たな戦略兵器」の登場を予告した。また、令和2年(2020年)も引き続き短距離弾道ミサイルを相次ぎ発射し(3月)、これらが実戦配備段階にあることを示唆した。さらに、党中央軍事委員会拡大会議(5月)において、「核戦争抑止力を一層強化して戦略武力を高度の撃動状態で運用する新たな方針」を提示し、戦略兵器の実戦的運用に向けた態勢の整備を進めていることを印象付けた。
  • 北朝鮮は、一部報道で米国大統領選挙(11月3日)前の米朝首脳会談説が取り沙汰されると、金与正党第1副部長が談話を発表し、「米国の決定的な立場の変化がない限り、朝米首脳会談は無益」としつつも、「両首脳の判断と決心による」として可能性を留保し、非核化には北朝鮮の行動と並行した米国の「重大措置」が必要であると主張して、対価を求める立場を強調した。また、米国独立記念行事のDVDの入手に意欲を示し、自ら米国側に接触する可能性を示唆した(7月)。同談話以降、北朝鮮は、対米交渉について言及せず、米韓合同軍事演習(8月)に際しても、これを口実としたミサイル発射等の軍事挑発も行わなかったほか、金正恩委員長がトランプ大統領の新型コロナウイルス感染に際して見舞電を送る(10月)など、トランプ大統領再選の可能性も踏まえて、米国の情勢を注視しているものとみられた。また、朝鮮労働党創建75周年慶祝閲兵式(10月10日)では、新型のICBMやSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)とみられる兵器を公開し、ミサイル開発を不断に進めていることを誇示したが、演説した金委員長は、これらの戦略兵器が「自衛的正当防衛手段」であり、「誰かを狙ったものではない」などと主張し、トランプ政権に対する過度な刺激を抑制している様子をうかがわせた。その後、バイデン前副大統領の当選確実が伝えられる中でも、北朝鮮は特段の反応を示さず、静観を続けた。
  • 新型コロナウイルス感染症の感染拡大以降、北朝鮮と中国の間では、高官の相互往来が途絶し、党創建75周年に際した中国要人の訪朝はなかった(10月)。他方、北朝鮮は、習近平国家主席に中国の防疫措置を称賛する親書を送り(2月、5月)、中国に対する友好姿勢をアピールした。また、中国が、「香港国家安全維持法制」の導入を決定すると(5月)、中国の対香港政策を支持する談話等を発表するなど、中国寄りの立場を示した。
  • 北朝鮮は、米国新政権の交渉姿勢を見極めつつ、自らの経済状況改善の必要性から、国連の制裁解除などに向け、交渉の再開を模索するものとみられる。その過程では、“核保有国”としての立場を堅持し、米国の交渉姿勢に揺さぶりを掛けるべく、短距離ミサイルにとどまらず、中・長距離弾道ミサイルの発射に踏み出す可能性がある。その場合には、北朝鮮が弾道ミサイルを我が国上空を通過させることで、我が国の安全保障環境にも影響を及ぼすことが懸念される。
  • 北朝鮮は、朝鮮労働党創建75周年慶祝閲兵式(10月)において、巨大なICBM(大陸間弾道ミサイル)や「北極星4」と表示されたSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)などの新型弾道ミサイルを公開した。新型ICBMは、11軸22輪のTEL(発射台付き車両)に搭載されており、北朝鮮がTELで運用するICBMとしては、これまでで最大の「火星15」(9軸18輪)に比べ、全長・直径ともに大型化されており、射程距離の延伸や多弾頭搭載型の可能性が指摘されている。また、新型SLBMとみられる「北極星4」は、固体燃料推進方式のSLBM「北極星1」や「北極星3」と同系列とみられ、北朝鮮が建造中の新型潜水艦との関連が注目される。今次閲兵式を通じ、北朝鮮は、ミサイル戦力の強化や多様化を追求して不断に開発を進めていることを示した。今後、これら新型ミサイルの試験発射に進むことが想定され、関連の動向には警戒を要する。
  • 北朝鮮は、短距離弾道ミサイルの発射を4回にわたり実施した(3月)。このうち、「超大型放射砲」とされる短距離弾道ミサイルについては、2発の発射間隔が平成31年/令和元年(2019年)時と比較して短縮されており、連続発射技術の向上をうかがわせた。また、北朝鮮が「戦術誘導兵器」と称する短距離弾道ミサイルの発射については、北朝鮮公式メディアが「誘導弾の命中性と弾頭の威力が明確に誇示された」などと精度・打撃力の向上をアピールした。また、北朝鮮は、朝鮮労働党創建75周年慶祝閲兵式(10月)で、大陸間弾道ミサイル(ICBM)及び潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を公開し、北朝鮮が大量破壊兵器等の開発を継続してきた可能性をうかがわせた。このほか、国連安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネルは、「北朝鮮は、現在も固体推進薬の材料、炭素繊維、誘導システム部品等を海外からの輸入に依存している」と報告した(3月)ほか、「過去6度の核実験を通じて弾道ミサイルに搭載可能な小型化した核弾頭を開発した可能性がある」、「高濃縮ウランの製造、実験用軽水炉の建設を含む核プログラムを継続している」旨指摘した(8月)。北朝鮮が大量破壊兵器の開発を追究していく中で、引き続き海外から物資・技術の調達を試みるおそれがあり、その動向には警戒が必要である。

その他、北朝鮮を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 在北朝鮮ロシア大使館は、ロシアが北朝鮮に対し、世界食糧計画(WFP)を通じて100万ドル(約1億円)分の追加支援を行うことを決めたと明らかにしています。同大使館は、北朝鮮の人道状況が、新型コロナウイルス対策の国境封鎖や経済制裁、自然災害による収穫減で悪化したと指摘、WFPによると、ロシアによる今年の北朝鮮支援総額は400万ドルとなるということです。なお、同大使館は、北朝鮮外務省が平壌駐在の外交官に対し、新型コロナウイルスの感染拡大予防を目的に「超特級の非常防疫措置」を通達し、雪遊びも慎むよう求めたことを明らかにしています。FBで、北朝鮮外務省は通達で、会食は10人以下とすることや外出時の検温やマスク着用などの対策を要求、降雪時の外出では防寒対策を徹底することも求めたということです。
  • 北朝鮮の公式メディアが伝えた昨年の金正恩朝鮮労働党委員長の動静は約50件で例年と比べて激減、年間の件数としては過去最少となりました(金正恩氏が最高指導者として実質的活動を始めた2012年以降、100件を下回ったのは初めてで、昨年は113件でした)。新型コロナウイルス感染を警戒し、活動を控えたとの見方が多いようです。分野別では、党会議や被災地視察など国内関係の34件(64・2%)が最も多く、兵器実験や訓練視察など軍関係は昨年から半減し15件でした。
  • 北朝鮮が昨年12月、発展途上国でのワクチン接種を支援する国際機関「Gavi」に新型コロナウイルスのワクチンの供給を求めていたことがわかったと報じられています。北朝鮮は「国内の感染者はゼロ」としていますが、昨年1月下旬、中国からの新型コロナ流入を防ぐため国境を封鎖し、経済的な苦境に直面しているのは、何度も紹介しているとおりです。なお、2021年1月6日付産経新聞によれば、北朝鮮で感染症の管理に携わった元医師は、自身の経験から統計のでっち上げは「公然の秘密」で、感染者は少なくとも3万人は超えると分析しています。本コラムでもたびたび紹介しているとおり、北朝鮮は海外のワクチン開発企業にハッキングを仕掛けているとされますが、ワクチンを入手したとしても予防に生かせない致命的な欠陥を抱えている実態も指摘しています。感染を確認するための診断キットは地方にまで行き渡らず、感染疑い例でも現場で数字のでっち上げが常態化していることから、「北朝鮮も正確な数を知らないはずだ」といいます。
  • 国連安全保障理事会は、北朝鮮の人権状況について非公開会合で討議、米国や英国など安保理メンバー7カ国に日本を加えた8カ国は、北朝鮮が世界的な新型コロナウイルス流行を「自国民への締め付けを強めるために利用している」と非難する声明を共同で発表しています。なお、当初は公開会合の討議を模索したが、北朝鮮の友好国の中国とロシアが反対したため開催できませんでした。声明は新型コロナに関し北朝鮮で処刑が増加していることや、厳しい移動制限を設けていることに憂慮を表明、拉致問題にも言及し、拉致被害者の即時帰還を要求しています。
  • 国連総会は、北朝鮮の人権侵害を非難するEU提出の決議を無投票で採択しています。同趣旨の決議採択は16年連続で、決議では「長年の組織的かつ広範囲に及ぶ著しい人権侵害を最も強い言葉で糾弾する」と北朝鮮を非難しています。日本人拉致問題にも触れ、「被害者と家族が経験している長年の苦しみへの重大な懸念」を表明し、被害者の安否や所在に関する情報提供とともに被害者の即時帰国を求めています。北朝鮮の金星国連大使は採択にあたり、「政治的動機に基づいた重大な挑発だ」として決議を拒否する考えを示し、「強力な対抗措置」を取ると述べたということです。
  • 2020年12月8日付朝日新聞で、韓国の専門家は、「バイデン氏は北朝鮮の核問題を、トランプ大統領のように指導者間の信頼を通じて解決しようと考えていない。オバマ政権の『戦略的忍耐』政策が北朝鮮に核開発の時間を与えてしまった。特に、国務長官への就任が予定されるブリンケン氏はオバマ政権で国務副長官などを歴任し、よく理解している。その反省を踏まえ、北朝鮮に実務交渉を求め、圧迫を強めるだろう」と指摘しています。さらに、「米朝の実務協議は2019年10月のストックホルムが最後で、北朝鮮側は当時、米国が生存権と発展の権利を阻害する敵視政策を撤回するまで、非核化交渉に応じない、と迫った。『発展の権利』は制裁解除を求めるもの。『生存権』は米韓合同軍事演習の中止に留まらず、在韓米軍の撤収まで迫るものだ。北朝鮮は協議再開の条件を上げすぎた。バイデン氏も、最優先課題に新型コロナウイルスや経済の対策を掲げており、北朝鮮問題は優先順位ではない」とも述べています。そして、「北朝鮮は経済制裁、コロナ、自然災害の三重苦に陥っており、制裁解除を求めて交渉を急ぎたいはずだ。揺さぶりをかけてくるだろう。もし来年3月(2021年3月)に米韓が合同軍事演習を行えば、対抗措置として挑発行動に出る可能性が高い」とも指摘しています。
  • 米財務省は、北朝鮮からの違法な石炭輸出に関与したとして、中国に拠点を置く複数の企業など6社と船舶4隻を制裁対象に追加しています。国連安全保障理事会は2017年、北朝鮮による核・弾道ミサイル開発の資金調達を阻止するため、同国の石炭輸出を禁止しています。報道によれば、ムニューシン財務長官は、「北朝鮮は大量破壊兵器計画の資金源となる石炭の禁輸を回避し続けている」などと指摘しています。独立監視機関が国連安保理に今年提出した報告書によると、北朝鮮は昨年、「石炭や土砂などの違法な海上輸出を通じて」数億ドルを稼いだといいます。
  • 北朝鮮の当局が最近、国内の市場での外貨の使用を禁止し始めているといいます。報道によれば、朝鮮労働党大会で新たな経済計画を打ち出すにあたり、外貨の流通を減らすことで市場への統制を強める狙いがあると見られています。北朝鮮に500余りあるとされる市場は市民の日常的な買い物の場で、価値の変動が激しい自国通貨ウォンより、米ドルや中国の人民元が使われてきたといいます。しかし、、市場では最近、ドルや人民元を使うなとの指示が当局から出ており、北朝鮮の関係者は「ウォン高はさらに進む。外貨使用禁止にはウォンの価値と信用を高める狙いがある」との見方を示しています。
  • 北朝鮮による洋上での違法な物資の移し替え「瀬取り」への対策として日米両国などが東シナ海で実施する警戒監視活動に対し、中国軍艦艇が牽制する動きを強めているといいます。報道によれば、自衛隊や米軍の艦艇それぞれに1隻ずつ張り付け、追尾する活動が常態化しているということです。また、これとは別に展開する艦艇を加えれば、多いときで中国艦10隻以上が東シナ海を航行しており、中国海軍の増強を裏付ける形となっています。中国艦が瀬取り監視を牽制しているのは、中国の船などに生じる不測の事態に備える一方、日米を中心とした中国包囲網の形成を牽制する思惑もあるとみられています。

3.暴排条例等の状況

(1)暴排条例に基づく勧告事例(愛知県)

暴力団と知りながら会合場所を提供したなどとして、愛知県公安委員会は、愛知県暴排条例違反で、県内の飲食店経営者の男性と六代目山口組系組長に勧告しています。報道によれば、この飲食店経営者は、高級車で来店したことや一部の客の指が欠けていたことなどから、暴力団組員と認識していたものの、「コロナ禍で、大人数の予約だったので喜んで受けてしまった」と話しているということです。なお、この飲食店は昨年6~10月、会合場所として計4回提供し、延べ約160人分の飲食代としてあわせて数十万円を受け取っていたということです。コロナ禍で経営が苦しい状況は理解できるものの、暴力団への利益供与は踏みとどまってもらいたかったところで、大変残念です。また、昨年11月に暴力団員が会合を開いているという情報提供が県警にあり、発覚したということですので、社会的な暴排意識の高まりや監視の目があることを感じさせます。

▼愛知県暴排条例

飲食店経営者については、愛知県暴排条例第14条(利益供与の禁止)「事業者は、第二十二条第二項に定めるもののほか、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない。」の「二 前号に掲げるもののほか、情を知って、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる利益の供与(法令上の義務又は情を知らないでした契約に係る債務の履行としてする利益の供与その他正当な理由がある場合にする利益の供与を除く。)をすること。」に抵触したものと考えられます。また、暴力団組長についても、同条第2項「暴力団員等は、情を知って、事業者から当該事業者が前項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は事業者に当該事業者が同項の規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与をさせてはならない。」に抵触したものと考えられます。そのうえで、第25条(勧告)「公安委員会は、第十四条、第十六条第一項、第十七条第一項、第二十二条第三項又は第二十三条第三項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる。」に基づき、双方に勧告が出されたものと考えられます。

(2)暴排条例に基づく指導事例(大阪府)

前項同様、暴力団に宴会場所を提供する利益供与行為があったとして、大阪府警は、府内でちゃんこ店を営む60代男性に対し、大阪府暴排条例に基づき、大阪府公安委員会が再発防止を指導したと発表しています。さらに、宴会を開いた六代目山口組直系団体「弘道会」の傘下団体の50代組長も指導しています。報道によれば、宴会は昨年5月下旬、他団体から移ってきた組員らと従来の組員らが親睦を深めるために開かれ、約60人が参加、会場となったちゃんこ店の経営者は、「コロナ禍で収入が減って経営が厳しく、暴力団とわかっていたが予約を受け入れた」と説明したということです(飲食代金は約30万円)。大阪府の飲食店の勧告事例は前回の本コラム(暴排トピックス2020年12月号)でも紹介していますが、やはり、コロナ禍で経営が苦しい状況は理解できるものの、暴力団への利益供与は踏みとどまってもらいたかったところで、大変残念です。

▼大阪府暴排条例

同条例第14条(利益の供与の禁止)第3項で、「事業者は、前二項に定めるもののほか、その事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる利益の供与をしてはならない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。」と規定されています。また、暴力団組長については、第16条(暴力団員等が利益の供与を受けることの禁止)第2項で、「暴力団員等は、事業者から当該事業者が第十四条第三項の規定に違反することとなる利益の供与を受け、又は事業者に当該事業者が同項の規定に違反することとなる当該暴力団員等が指定した者に対する利益の供与をさせてはならない」と規定されており、それぞれ抵触したものと考えられます。さらに違反した場合は、第22条(勧告等)において、「4 公安委員会は、第十四条第三項又は第十六条第二項の規定の違反があった場合において、当該違反が暴力団の排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該違反をした者に対し、必要な指導をすることができる。」と規定されています。

(3)暴排条例に基づく勧告事例(神奈川県)

暴力団員に現金を供与したとして、神奈川県警暴力団対策課は、神奈川県公安委員会が神奈川県暴排条例に基づき、県内の石油製品販売会社に利益供与をしないよう、また稲川会系組員に利益供与を受けないよう、それぞれ勧告しています。報道によれば、同社が経営するガソリンスタンドの店長の男性は、店内に設置されたスロットマシンの売り上げの一部である現金計約22,000円を組員に供与したというもので、店長の男性は、店でのトラブルの処理を男に任せる意図を持って現金を渡したなどと供述しているといいます。なお、この店では、男性が2019年8月に店長に就く以前から、暴力団に現金を渡すことが慣習になっていたといい、「ただで洗車をさせてくれ」とさらに利益供与を要求してきたことから、男性が警察に相談したということです。

▼神奈川県暴排条例

神奈川県暴排条例においては、事業者に対して第23条(利益供与等の禁止)第2項「事業者は、その事業に関し、次に掲げる行為をしてはならない」として、「(7)前各号に掲げるもののほか、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなるおそれがあることを知りながら、暴力団員等、暴力団員等が指定したもの又は暴力団経営支配法人等に対して金銭、物品その他の財産上の利益を供与すること。」という規定があり、これに抵触したものと考えられます。そして、(現金の提供行為については)同条第3項「何人も、前2項の規定に違反する事実があると思料するときは、その旨を公安委員会に通報するよう努めなければならない」との努力義務についても反する行為であったといえます。それに対し、第28条(勧告)「公安委員会は、第23条第1項若しくは第2項、第24条第1項、第25条第2項、第26条第2項又は第26条の2第1項若しくは第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる」との規定により、勧告がなされたものと考えられます。また、依頼した組幹部については、第24条(利益受供与等の禁止)「暴力団員等又は暴力団経営支配法人等は、情を知って、前条第1項若しくは第2項の規定に違反することとなる行為の相手方となり、又は当該暴力団員等が指定したものを同条第1項若しくは第2項の規定に違反することとなる行為の相手方とさせてはならない」との規定に抵触し、同じく第28条(勧告)の規定により勧告が出されたものと考えられます。

(4)暴力団対策法に基づく中止命令および再発防止命令発出事例(埼玉県)

複数の飲食店から用心棒料を回収することを依頼したとして、埼玉県公安委員会は、住吉会傘下組織の無職の組員と、入間市の建設作業員男性に暴力団対策法に基づく再発防止命令を出しています。報道によれば、組員は昨年3月ごろ、知人の男性に狭山市内の飲食店2店舗から、おしぼりや芳香剤の代金を回収してくるよう依頼し、男性は2店に1万円から1万5千円を要求したというものです。狭山署長が男性に中止命令を発出したほか、埼玉県公安委員会は今後も繰り返し同様の違反行為を行う恐れがあるとして、2人に再発防止命令を発出したものです。なお、組員は事実を認め、「頼んでやらせても駄目なんですね。もうしません」と話していると報じられていますが、再発防止命令まで出されていることをふまえれば、違法性の認識のなさ、思慮の浅さに呆れるばかりです。

▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律

第12条の3(準暴力的要求行為の要求等の禁止)「指定暴力団員は、人に対して当該指定暴力団員が所属する指定暴力団等若しくはその系列上位指定暴力団等に係る準暴力的要求行為をすることを要求し、依頼し、若しくは唆し、又は人が当該指定暴力団員が所属する指定暴力団等若しくはその系列上位指定暴力団等に係る準暴力的要求行為をすることを助けてはならない」に抵触したものと考えられます。さらに、第12条の4(準暴力的要求行為の要求等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が前条の規定に違反する行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して同条の規定に違反する行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、同条の規定に違反する行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。また、同条第2項「2 公安委員会は、前項の規定による命令をする場合において、前条の規定に違反する行為に係る準暴力的要求行為が行われるおそれがあると認めるときは、当該命令に係る同条の規定に違反する行為の相手方に対し、当該準暴力的要求行為をしてはならない旨の指示をするものとする」という規定があります。

(5)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(東京都)

飲食店に正月飾りを購入するよう要求したなどとして、東京都公安委員会は、六代目口組系組幹部と関係者の男に対し、暴力団対策法に基づく再発防止命令を出しています。報道によれば、男は2019年10~12月、江東区の飲食店10店舗に対し、正月飾り2点(計3万円)を買うよう要求、10店舗は、いずれも要求に応じて購入したということです。さらに、組幹部が、飾りを用意した上で飲食店に売りつけるよう男に依頼、後日、「また頼むな」などといい、報酬として計10万円を与えたとみられるということです。また、組幹部は2003年~2020年にかけて計10回、男は2020年4~10月に計26回、中止命令を受けていたということです。この事例も、前項同様、暴力団対策法の規定に抵触したものと考えられます。

(6)暴力団関係事業者に対する指名停止措置等事例(福岡県)

直近で、福岡県、福岡市、北九州市において、2社について、排除措置が取られています。

▼福岡県 暴力団関係事業者に対する指名停止措置等一覧表
▼福岡市 競争入札参加資格停止措置及び排除措置一覧
▼北九州市 福岡県警察からの暴力団との関係を有する事業者の通報について

2社ともに福岡県に「排除措置」(福岡県建設工事競争入札参加資格者名簿に登載されていない業者に対し、一定の期間、県発注工事に参加させない措置で、この期間は、県発注工事の、(1)下請業者となること、(2)随意契約の相手方となること、ができない)を講じられ社名が公表されています。2社ともに、「役員等又は使用人が、暴力的組織又は構成員等と密接な交際を有し、又は社会的に非難される関係を有している」(福岡県)として、18カ月の排除措置となっています。なお、福岡市では、2社ともに「暴力団との関係による」として、12カ月の排除措置となっているほか、北九州市では、2社ともに「当該業者の役員等が、暴力団と「社会的に非難される関係を有していること」に該当する事実があることを確認した」とし、「令和2年12月25日から18月を経過し、かつ、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態になるまで」の排除措置となっています。これまでも指摘しているとおり、3つの自治体で、公表のあり方、措置内容等がそれぞれ明確となってはいるものの、措置内容等は異なっており、大変興味深いといえます(特に、福岡市の「停止期間」のみ短くなっている点は、福岡県等との整合性が採れておらず、実務上どのように処理されるか興味深いところです)。

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