暴排トピックス

「匿名・流動型犯罪グループ」の捉え方~見極めは企業の責務だ

2023.12.05
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首席研究員 芳賀 恒人

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1.「匿名・流動型犯罪グループ」の捉え方~見極めは企業の責務だ

「匿名・流動型犯罪グループ」(通称「トクリュウ」)に関する報道が目立ち始めました。過去最多ペースで増加する特殊詐欺や闇バイト、組織的なスカウトグループや悪質ホストクラブなど、その犯罪撲滅に向け、警察庁が大号令を発していることがその背景にあります。以前の本コラム(暴排トピックス2023年7月号)で、「匿名・流動型犯罪グループ」をどう位置付けるかについて、「そこに内包されることになる「準暴力団」については既に整理したとおりである一方、「緩やかな結びつきで離合集散を繰り返す犯罪グループ」あるいは「現在準暴力団として把握されていないものを含め、治安対策上問題のある犯罪グループ」と表現している点をふまえれば、「暴力団と何らかの関係がうかがわれ」という点は必ずしも必須の要件ではないと考えることができそうです。また、筆者が注目したいのは「治安対策上問題のある」という表現です。公表された通達では個別具体的なところまでは定義されていませんが、こうした存在は事業者にとっても「関係を持つべきでない「相手」であることは明確であり、事業者が「個別に見極めて、排除していくべきもの」に他なりません。つまり、事業者として手を尽くしてさまざまな情報を収集し(今後、匿名・流動型犯罪グループの事件がどのような形で警察発表がなされ、具体的に報道されるかはわかりませんが、可能な限り情報を収集し、分析するスタンスはますます重要になります)、暴力団の関係の有無も注視しつつ、主に「治安対策上問題となりそうな相手」であれば関係をもたないと捉えていくべきということになります。このような考え方は何も反社リスク対策に特有のものではなく、社会経済情勢をふまえれば、「繁華街の中の暴力団関係企業が所有するビルに入居している店舗のため、取引可否の判断は慎重にすべきだ」、「人権侵害に加担する(放置する)ような企業との取引をすべきではない」、「クラスター弾を製造しているメーカーに巨額の融資をしている金融機関との取引は慎重に考えるべきだ」、「電話転送サービス事業者として、特殊詐欺グループと密接な関係があるとの信ぴょう性の高い情報があるため、取引すべきではない」、「北朝鮮系の企業と密接な取引をしている事実があるため、取引は避けた方がよい」、「日本ではコンプライアンス上疑義のあるオンラインカジノを運営していることから、取引はすべきではない」なとの取引可否判断(リスク評価)と同様のものと考えてよいものと思われます。つまり、今回、新たに「匿名・流動型グループ」が反社会的勢力のカテゴリーの一つとして追加されたとはいえ、実務としては大きく変わるものではなく、社会経済情勢をふまえて、また、自らが置かれている立場をふまえて、「関係をもってよいのか」をコンプライアンス・リスク管理の観点から正しく判断し、対応していくことに他ならないとの捉え方でよいものと考えます」と整理しました。

また、さまざまな報道等から「匿名・流動型犯罪グループ」については、「自分たちでグループ名を名乗らずに、匿名性の高いSNSで実行役を集めるため、指示役を特定しにくい」、「メンバーが良く入れ替わり、実行役を使い捨てるなど流動性が高い」といった特徴があり、想定するメインターゲットとしては「特殊詐欺グループ」や「闇バイトを使った強盗・窃盗」だとする意見も目にしました。また、「実行犯に関しては、SNSで素人をかき集めるため、前科がない人間も入っていたりすると、捜査で引っ掛かりにくいという特徴もある」との指摘もあり、その通りだと思います。さらに、「匿名・流動型犯罪グループ」として対策強化している「特殊詐欺」や「強盗・窃盗」などに加えて、最近新たに「悪質ホストクラブ」も取り締まりを強化しています。これまでは、モラルの低いホストが独自にやっていると思われていたものが、実はビジネスモデルとしてバックに反社会的勢力がいることが解明されてきたためでもあり、やはり、こうした連中も「匿名・流動型犯罪グループ」として捉えていくことが重要だと考えます。なお、報道によれば、「匿名・流動型犯罪グループ」はホストに、売掛金の回収を持ちかけ、ホストが回収を依頼すると「匿名・流動型犯罪グループ」は女性への取り立てを代行し、回収できた場合はホストから手数料をもらいますが、女性が売掛金を払えない場合は、「匿名・流動型犯罪グループ」が女性に風俗店などをあっせんして、その仲介料が「匿名・流動型犯罪グループ」に入るというシステムだといいます。一方、歌舞伎町の中に「匿名・流動型犯罪グループ」は存在するものの、実態はなかなかつかめず、指揮系統や勤務時間などがなく、本名すら知らないこともあり、ただ利害関係でつながり、みな協調しあうとの指摘もあります。また、闇金、違法薬物などで女性をコントロールするなど、様々な反社会的勢力の犯罪が関わってくることになり、結局、ホストからの金銭も「上納金」として吸い上げられるという構図が考えられます。なお、犯罪ジャーナリストの石原行雄氏によれば、3つのポイントがあり、一つ目は、「売掛金がたまり困ったホストを「匿名・流動型犯罪グループ」が捜して取り込む」もの、二番目に「店の経営に「匿名・流動型犯罪グループ」が入り込み、事実上店を乗っ取っている形」のもの、三番目として「「匿名・流動型犯罪グループ」の末端がホストとして業界に送り込まれる」ものだと指摘、さらに、「「匿名・流動型犯罪グループ」の背後には指定暴力団の影も見え隠れし、指示や支援をしているのではないか」と指摘しています。こうした分類も「半グレ」(準暴力団)のものと近いと言えますが、大変参考になります。そもそも、暴力団対策法や暴排条例により、暴力団は追い詰められており、水面下に潜るなど潜在化・不透明化を進めているのはよく知られていますが、「半グレ」や「匿名・流動型犯罪グループ」を間に挟むことは好都合だといえ、結局、相互にメリットのある依存関係が成立しているのではないかと考えられます。なお、石原氏は、「売掛金」の流れが犯罪行為の資金源となっているとも指摘しています。一部が「匿名・流動型犯罪グループ」に流れ、その金を「匿名・流動型犯罪グループ」が車の購入や部屋の賃貸料にあて、その車や部屋が、強盗や特殊詐欺に利用される。海外にアジト(犯行拠点)を構える際の資金となるという「犯罪収益による犯罪への投資、犯罪の再生産」が行われているとの指摘であり、すべてではないものの、一部はその可能性があるものと考えてよいと思われます。

「匿名・流動型犯罪グループ」については、報道の中で、明確にされることはあまりないのではないかと考えられるところ、2023年11月16日付NHK NEWS WEBの記事「資金源か 暴力団工藤会幹部を不正FX取り引きの疑いで逮捕」において、それが明確に示されているものがありました。具体的には、「特定危険指定暴力団・工藤会の48歳の幹部が、投資運用業の登録を受けずに14人の顧客と契約を結んで、外貨を売買する「FX」の取り引きをしたとして金融商品取引法違反の疑いで逮捕されました。ほかにも取り引きを繰り返して5000万円以上の報酬などを得ていたとみられ、警察は工藤会の資金源になっていた可能性もあるとみて詳しく調べています。逮捕されたのは、北九州市の特定危険指定暴力団・工藤会の幹部で別の事件で服役中の緒方容疑者(48)です。警察によりますと4人の共犯者とともに、平成30年からおととしにかけて投資運用業の登録を受けずに、14人の顧客と投資を一任する契約を結び、外貨を売買する「FX」の取り引きをしたとして金融商品取引法違反の疑いが持たれています。共犯者4人はすでに有罪判決を受けていて、その捜査の過程で、幹部が顧客の勧誘や口座の管理などを指示していた疑いがあることがわかったということです。警察によりますと、ほかにも300件近い契約が結ばれ、取り引きに伴う報酬など少なくともおよそ5600万円が幹部のもとに渡っていたとみられるということです。また、共犯者4人は離合集散を繰り返しながら犯罪行為に及ぶ、いわゆる「匿名・流動型犯罪グループ」にあたるということで、警察は、暴力団対策法の規制が及ばないこうしたグループの犯罪収益が工藤会の資金源になっている可能性もあるとみて詳しく調べています」というものです。意味あいとしては、「半グレ」に近い位置づけと考えられますが、こうした形で報道されれば、企業実務としてもありがたいといえます。

次に、最近報道が増えている「悪質ホストクラブ」について考えます。歌舞伎町で支援に当たっている関係者の「ホストは仕方なく風俗で働いてもらうのではない。初めから『落とす』ことが狙いなんだ」という言葉がその本質を突いていると思われますが、同様に最も的確にその実態と悪質性、解決に向けた課題等を表したものとして、2023年11月21日付産経新聞の記事「立民・塩村文夏氏、悪質ホストは裏組織が「売春させるビジネス」被害防止法案を準備 上下」がよいと思われます。例えば、「若い女性がはまりやすい犯罪スキームが作られている。悪質さは政治が看過できるレベルを超えている」、「《悪質ホストの『スキーム』の背景に、警察庁の露木康浩長官は「匿名・流動型犯罪グループ」(旧準暴力団)の存在を示唆している》「ホストに陥らない利用客もいるので、そうした考え方もあるだろう。ただ、悪質ホストに一度関わってしまえば、抜け出すのは容易ではない。利用客の同情心や愛情をくすぐる色恋営業をかけられ、親が保護しても、連れ戻して売掛金回収のため、風俗店などで働かせる。ホストにはまらせるマニュアルの存在も指摘されている。どう考えてもだます方が悪い」、「悪質ホストクラブは証拠を残さない無法地帯となっている。青伝票(未収金の覚書)には明細が書かれていない。店名すら記入していないケースもある。この問題は警察庁や消費者庁など関係省庁もまたがっているので『ワンストップ支援センター』の設置などを盛り込んだ被害防止のための法案の提出を考えている」、「梅毒の感染者拡大、シングルマザーの売春問題などに取り組み、売春で検挙された女性の4割がホストにはまっていることが明らかになった。衝撃だ」、「健全な店は優良店として認めればいい。悪質ホストがターゲットにする家庭はシングルマザーが多い。組織立って行われ、シングルマザーの若い女の子をターゲットに最終的に風俗で働かせ、売春させるビジネスモデルだ。現行法では対応しにくい考え抜かれた犯罪スキームだ。政治権力が商売に介入するのは極力避けるべきと考えているが、悪質ホストの問題は看過できるレベルを超えている。自己責任問題でもない」、「職業選択の自由も確保すべきだろう。ただ選択の自由がないような所に落とし込んでいく道を作っていく大人たちが悪い。日本の女性を売春エージェントが海外に送っている実態も明らかになっている。さすがに見逃すことはできない。日本として恥ずかしい話だ」といった内容です。なお、岸田首相も衆院予算員会の答弁で、返済のために海外での売春を勧められる事例があると承知している」、「ホストクラブやその従業員に違法行為がある場合、捜査機関において法と証拠に基づき、厳正な取り締まりが行われる」と述べています。また、露木康浩警察庁長官はSNSを通じた「匿名・流動型犯罪グループ」に触れて「背後で不当な利益を得ている可能性がある。取り締まりを強化したい」と言及したほか(さらに、長官自ら歌舞伎町を視察しています)自見消費者担当相も衆院消費者特別委員会で、「非常に問題がある。(売掛金は)消費者契約法に基づいて取り消せる可能性がある」との見解を示しています。さらに、東京都新宿区の吉住区長は、臨時の記者会見を開き「高額請求被害は消費者問題で、犯罪的行為もみられる」と述べ、業界団体に対して売掛金による支払いの自主規制と、そのための業界ルールを設けるよう求めています。また、歌舞伎町に約300店のホストクラブがあり、ほぼ全店が売掛金の仕組みを設けていると説明、その上で、借金を背負った女性客が、返済のために風俗店や路上での売春行為に及ぶケースが多数あるとの認識を示し「未成年者を含め、この街にたどりついた人の人生が破滅していく事態は地元自治体として避けたい」と話し、さらに「お客様へ」と前置きしたうえで「恋愛感情がある相手の女性を性風俗(産業)に従事させる男性は『恋愛詐欺師』です」と注意を呼びかけています。一方、ホストクラブにおける売掛金を禁止する条例制定など法規制については、「契約自由の原則などに照らして現実的には難しい。消費者契約法など現行法の徹底で対処可能だと思う」と述べるにとどめています。一方、大阪府警も、大阪市北区、中央区のホストクラブ計約110店舗を対象に、営業実態の把握やトラブル防止のための指導を目的とした一斉立ち入りを実施しています。女性客が売掛金返済のために売春を強要されるなどのトラブルが多発していることから、風営法に基づいて、警察官が事前予告なしで各店舗を訪問。メニューで分かりやすく料金を表示しているかどうかなどを確認し、「客に売春をさせた従業員の摘発が増え、社会問題化している」などと書いたチラシを店舗責任者らに手渡し、注意喚起しています。報道で大阪府警保安課の西川管理官は「法の順守はもとより、売掛金による問題が起きないよう、適切な対応を指導し、違反があれば厳正に対処する」と述べています。

関連して、特殊詐欺で現金引き出し役を引き受けたとして、警視庁調布署は、札幌市東区の職業不詳の容疑者(26)を窃盗容疑で逮捕していますが、容疑者は事件当時、東京・歌舞伎町でホストをしていたものの、客がツケ払いした売掛金を巡るトラブル(客と連絡がつかなくなり、売掛金を自分で背負うことになった)で勤務先のホストクラブに借金があり、「返済のためにやった」と容疑を認めているといいます。違法なヤミ金融に融資を申し込んだところ、特殊詐欺でキャッシュカードを受け取り、現金を引き出すよう誘われたと説明しているといいます。悪質ホストクラブの問題はこうした問題にまで波及しているということです。

前回の本コラム(暴排トピックス2023年11月号)でも取り上げたスカウトグループについても考えます。警視庁暴力団対策課はグループのメンバーを制裁と称して監禁したなどとして、監禁と強制わいせつ致傷の疑いで全国最大の風俗スカウトグループ「ナチュラル」幹部ら男14人を逮捕しています。「ナチュラル」には約1500人が所属し、年商は約50億円とも言われ、待遇でスカウト同士を競わせ、暴力を背景にして徹底的に管理する手法が採られているといいます。週刊誌情報となりますが、「「ナチュラルは5つの班に分かれており、幹部は約700人を率いる最大の班のトップ。逮捕された他の13人も被害者も全員、この班所属でした」、「実際に稼働しているスカウトは登録者数より少ないと見られているが、街中でめぼしい女性に声をかけては風俗店での勤務を勧誘し、紹介先の店から女性の売り上げのマージンをもらうのがスカウト業だ。最近、実入りはよかったという」、「「新型コロナウイルス禍では風俗店も軒並み閑古鳥でスカウト業界もかなり仕事が減っていたとみられますが、最近はすっかりコロナも明けて風俗店も繁盛し始めた。それに伴い、スカウトも息を吹き返し始めているようです」、「捜査対象になったのは実は今回が初めてではなく、警視庁がマークし始めたのは数年前に遡る。きっかけは2020年6月に表面化し、歌舞伎町を恐怖に陥れた「スカウト狩り」事件だった。「ナチュラルが別のスカウトグループからメンバーを引き抜いたことでトラブルが起き、指定暴力団住吉会系の組が収拾に動いたが、話し合いが決裂。これがきっかけで『メンツを潰された』として組員らがナチュラルのスカウトをみつけては袋だたきにする『スカウト狩り』が発生した」、「一時期は歌舞伎町からスカウトが姿を消すという事態にまで至ったこの事件。暴対課の前身の組織犯罪対策四課が同年10月、ナチュラル側と組員側双方を逮捕し解決を見た。だが、その後も警視庁が監視を続けてきたとみられる」ということです。また、2023年11月21日付朝日新聞によれば、「捜査関係者は「会社組織のように役割分担されている」と話す。警察の摘発への対策もとられていた。しつこい勧誘行為などで警察に逮捕された場合は、「フリーのスカウト」だと名乗り、組織性を口外しないよう約束させた。資金の流れが残ることを避けるため、銀行口座は多用せず、定期的に全国各地の幹部が集まり、売り上げは現金で分配していたという。他のグループに移ることは禁じられ、違反すれば数百万円の罰金や暴力による制裁が科されることもあった」、「「店と女性、スカウトの3者が一見ウィンウィンの関係になっており、違法行為が表面化しにくい」。ある捜査関係者はナチュラルをとりまく構図をこう解説する。店にとっては、難しい採用をナチュラルに外注できる。店側と女性がトラブルになった時は、ナチュラルが間に入る。店でのトラブルを恐れる女性にとっては、働く心理的ハードルを下げる効果もあるという」、「職業安定法では、風俗店など「有害業務」の紹介を禁じている。キャバクラなどの紹介は許可が必要。ナチュラルは無許可だったという。警視庁は、不正に得た収益の一部が全国の複数の暴力団に流れていた可能性があるとみて、実態解明を進める。スカウト行為を黙認させる目的とみている」、「警視庁は、スカウトの引き抜きを巡るナチュラルと指定暴力団住吉会系組織の対立とみて捜査。20年10月、同会系組員の男4人と、ナチュラルの男3人を傷害容疑などで逮捕した。捜査関係者によると、この捜査の過程でナチュラルに関し、暴力団と対立し得る粗暴さや、全国規模の組織性が浮上した。暴力団を捜査する暴力団対策課に加え、風俗店を担当する保安課など部門を超えた態勢で捜査を続け、今回の逮捕に踏み切った。ある捜査関係者は、20年の乱闘事件を機に、暴力団とナチュラルが互いの存在を容認する「共存共栄路線」に変わってきたとみる。別の捜査関係者によると、警察の取り締まりで暴力団の力がそがれたことも、ナチュラル台頭の背景にある。空白を埋めるように、暴力団でない集団が常習的に違法行為に関与するようになったという。ナチュラルについて「暴力団との関係を維持したまま、頼ることなく独自に勢力を広げている」と指摘する。警察庁は、暴力団以外の犯罪集団の一部を「匿名・流動型犯罪グループ」と呼び、警戒を強めている」などと報じられています。さらに、2023年11月24日付朝日新聞では、「グループが独自にアプリを開発し、捜査への対策を取っていたことが捜査関係者への取材でわかった。警察を「ウイルス」と呼んで敵視。約1500人のメンバーの管理もアプリで行っていた。警視庁の捜査関係者によると、違法スカウトグループ「ナチュラル」は数千万円をかけ、独自のアプリを開発した。メンバーはアプリを米アップル社製のiPhone上で使っていた。アプリは、暗証番号を入力して立ち上げると「ウイルス3か条」と書かれた画面が表示される。警察に対し、アプリの暗証番号は言わない▽契約する店の名前は言わない▽逮捕されても「フリーのスカウト」だと言う―の三つだった。アプリ内では「ウイルス対策」として、歓楽街を巡回する私服警察官の顔を投稿し、メンバー間で共有していた。メンバーの出欠報告や、メンバー同士の文字や音声での連絡などもアプリ内で実行。スカウトの方法を説明した動画や、警察当局に逮捕された時の対応方法の動画も共有されていた」。「捜査を逃れるため、メンバーが逮捕された場合は遠隔操作で起動できないようにすることも可能だった」、「アプリは、メンバーの「支配」にも使われた。ナチュラルの「規約」に違反し、連絡がつかなくなるなどしたメンバーの情報が共有され、見つけると報奨金が出る時もあったという。規約では、グループを辞めてスカウト行為をしたり、契約した店以外に女性を紹介したりすると500万円以下の罰金が科せられるとも決められていた。ナチュラルにはスカウトが集まる班以外に運営部門があり、アプリの不具合対応などは「アプリ課」が、捜査への対応は「ウイルス対策課」が担っていた。ナチュラルは首都圏のほかにも仙台や大阪、熊本など全国の繁華街で広域に活動しており、警視庁は、アプリを使ってメンバーを統制していたとみて調べている」といった実態が詳しく報じられています。こうした「匿名・流動型犯罪グループ」の実態とあわせ、暴力団との関係性も明確となりつつあり、やはり「匿名・流動型犯罪グループ」として位置付けるべきだと考えます

関連して、無許可でキャバクラ店を営業したとして、警視庁は、中国籍の飲食店経営者ら5人を風俗営業法違反容疑で逮捕しています。男らは「ベストグループ」と呼ばれ、東京都大田区のJR蒲田駅東口付近で複数のキャバクラ店を経営しており、男はグループの代表だということです。暴力団対策課によると、代表の男ら4人は共謀して2021年8月~23年10月、東京都公安委員会の許可を得ずに、大田区蒲田5丁目のキャバクラ店「honeyで、女性従業員に酒を含む接客をさせた疑いがもたれています。もう1人の男は営業許可の名義を貸して4人に店を営業させた疑いがもたれています。報道によれば、ベストグループは2018年ごろの結成で、メンバーは約30人、JR蒲田駅東口付近で複数のキャバクラ店を経営しており、客引きやぼったくりなどの110番通報が相次いでいたといいます。警察庁は、暴力団以外の犯罪集団の一部を「匿名・流動型犯罪グループ」と呼んで警戒しており、警視庁はベストグループもその一つとみて実態解明を進めています(この報道でも、ベストグループが「匿名・流動型犯罪グループ」に該当すると報じている点も有意義です)

「ルフィ」と名乗ってフィリピンから広域強盗事件を指示したとされる今村容疑者が、容疑者と接見した加島弁護士の手助けで、勾留中にもかかわらず外部と通話したとされる事件で、その通話先とされるのは、フィリピン拠点の犯罪グループ「JPドラゴン」の幹部だったことが明らかになっています。JPドラゴンは日本人の元暴力団組員らがフィリピンで立ち上げたとされ、現地のニセ電話詐欺グループ幹部の今村疑者と接点を持ち、詐欺などの犯罪に関わっていた疑いがありますが、はっきりとした組織構成は分かっていません。現地を知る関係者によると、「彼らがケツ持ち(後ろ盾)だと、摘発を免れられる」とささやかれているといい、現地当局に賄賂を渡すなどして、影響力を強めているとされます。今村容疑者は摘発前に配下の「かけ子」たちをJPドラゴン側に移したとされ、JPドラゴンはかけ子たちを使い、新たに詐欺を始めたとされ、今も続けているとの証言もあるようです。JPドラゴンについては、後述する特殊詐欺の項でも詳しく取り上げますが、日本ではないにせよ、「匿名・流動型犯罪グループ」に該当するものと考えてよいと思われます。

SNSで「闇バイト」を募った投稿者に対し、警視庁が2023年1~10月にSNS上で警告した件数が、1万1829件に上ったことが、警視庁生活安全総務課のまとめで分かったといいます。2022年同期より9349件多く、悪質な約1400件のアカウントはSNSの運営者に削除を求めたといいます。警告は、警視庁のアカウントから「犯罪に加担する不適切な書き込みの可能性があります」などと送っているといいます。闇バイトに絡む広域強盗事件などが相次いだことを受け、警戒を強化、闇バイトに関連し、応募した本人や家族などからの相談件数は2022年同期に比べ約4.7倍に急増、内容は「銀行口座を開設する高額バイトに応募して報酬を受け取ったが怖くなった」、「秘匿性の高いアプリでパスポートのコピーを送ってしまい、連絡を無視していたら自宅に男が来て不安になった」などがあったということです。関連して、現金を奪うため、路上で女性を襲ったとして、警視庁少年事件課が、ブラジル国籍の派遣社員ら男性3人を強盗傷害容疑で逮捕した事例がありました。3人は「闇バイトをするために上京、取りやめたものの、帰りの交通費が無かった」などと供述しています。報道によれば、女性は肩や膝を打ち、全治2週間といい、3人はSNSなどで犯罪の実行役を募る闇バイトに加わるため、関西地方から上京、途中で「内容が割に合わない」と参加をやめたといいます。

▼警察庁 正規の求人サイトに掲載されている有害求人情報に注意!!~そのバイト、受け子かも~
  • 正規の求人募集を装って、募集した人を受け子等として特殊詐欺などの犯罪に加担させる手口があります。このような場合は、連絡を続けること無く、警察に相談して下さい。
    • 応募又は契約時に匿名性の高い通信アプリ[1]をインストールするように指示される。
    • 本人だけでなく、家族、友人等の個人情報を執拗に要求[2]される。
    • 勤務地や業務実態を教えてくれない[3]など、実態が確認できない。
    • 募集内容と実際の仕事内容が異なる。
    • 示された仕事内容と報酬金額が釣り合わない。[4]
      1. 正規のバイトでこのようなアプリは必要ありません。匿名性の高い通信アプリとは、「Telegram、Signal」など、一定期間が経過すると通信履歴が消去されるなどの機能を有する通信アプリを指します。
      2. 家族等に危害を加える等の脅しにより、受け子等と分かってもやめることができません。
      3. 会社が実在しない、所在する住所表示そのものがないこともあります。インターネットで検索してみたり、ご自身の目で直接確認してみてください。
      4. 高額な給料を示し、「運搬するだけ」、「物を受け取るだけ」などと、誰にでもできて、簡単に高額を稼げるという仕事は存在しません。

ここまで見てきたとおり、「匿名・流動型犯罪グループ」については、明確な定義がなく見極めが難しいとはいえ、半グレ・準暴力団に加え、特殊詐欺や闇バイト、スカウトグループや悪質ホストクラブ、ベストグループ、JPドラゴンなども含まれると考えてよいと思われます。とりわけ「ナチュラル」に代表されるスカウトグループや悪質ホストクラブの背後に反社会的勢力がおり、相互依存関係が認められるうえ、悪質ホストクラブに至っては「ホストは仕方なく風俗で働いてもらうのではない。初めから『落とす』ことが狙いなんだ」との指摘のとおり「看過できないレベル」の悪質さが顕著です。企業は、こうした連中を関係をもってはならず、だからこそ、社会の公器として「匿名・流動型犯罪グループ」を見極める目利き力を磨く必要があるといえます。

市民を襲撃した4事件で殺人罪などに問われた特定危険指定暴力団工藤会トップで総裁の野村悟、ナンバー2で会長の田上不美夫両被告の控訴審第3回公判が福岡高裁であり、弁護側は一審判決について「『推認』の名のもとで適格な理由なく共謀と殺意を認めている」と批判、野村被告については、「犯行を裏付ける積極的な証拠も動機もない」として全面無罪とし、田上被告に関しては2事件は無罪、他の2事件については指示はしたが殺意はなかったと主張、検察側は「一審判決は論理則、経験則に違反する不合理な点はない」として控訴棄却を求め、結審しています。判決は2024年3月12日となります。両被告は〈1〉元漁協組合長射殺(1998年)〈2〉福岡県警の元警部銃撃(2012年)〈3〉看護師刺傷(2013年)と〈4〉歯科医師刺傷(2014年)の4事件で、殺人罪や組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)などに問われています。1審・福岡地裁判決は4事件とも野村被告を首謀者と認定し、野村被告に死刑、田上被告に無期懲役を言い渡しています。弁論で弁護側は、〈1〉は元工藤会系組幹部の中村数年受刑者が個人的動機で起こした事件で両被告の指示によるものではないと強調、〈2〉はナンバー3だった菊地敬吾被告(1審で無期懲役、控訴中)が「過去に元警部に逮捕された恨み」などから独断で組員に指示したとしています。一方、〈3〉、〈4〉については、田上被告が看護師に怒りを感じたり、漁協の人事を巡り漁協幹部だった歯科医師の父親に「なめられた」と感じたりして、菊地被告に指示したものの、殺意はなかったとし、傷害罪成立にとどまると主張、野村被告は4事件とも無関係として1審判決破棄を求めています。一方、検察側は、2事件への関与を認めた田上被告の供述も、〈1〉を実行したとする中村受刑者の証言のいずれも変遷しているなどとして「不自然、不合理で信用できない」と反論、「1審の認定は全く揺るがず、弁護側の控訴には理由がない」としています。なお、二審では、多くの死刑求刑事件を担当した経験がある安田好弘弁護士ら3人が弁護人に就いており、組関係者の陳述書や、両被告の共謀を認めた一審判決を批判する法学者や元裁判官らの意見書、弁護人が事件現場を調査した報告書など140点以上の証拠調べを求めたものの、裁判長は大半を退け、採用したのは1998年の元漁協組合長射殺事件で実行犯として無期懲役が確定し服役している工藤会系の元組長の証人尋問や、被告人質問などわずかとなりました。刑事訴訟法は二審での新たな証拠調べに関し、一審で請求できなかった「やむを得ない理由」がある場合に限ると規定しています。

愛知県豊橋市の露天商組合「愛知県東部街商協同組合は、名古屋市内で記者会見し、六代目山口組傘下組織平井一家に対し、2020万6千円の損害賠償を求め、名古屋地裁に提訴したと明らかにしています。組合側の代理人弁護士によると、支払ってきたみかじめ料の返還を求める内容で、露天商組合がこうした訴えを起こすのは「全国初」としています。代理人によると、組合は長年の慣習として、イベントなどに出店する際、豊橋市に本部を置く平井一家にみかじめ料を支払ってきており、訴訟で返還を求めるのは証拠で立証できる額とし、約4年間のみかじめ料に限定、「祭礼などの売り上げから違法に収奪された」と主張しています。取り立ては組織的で、「ここは組のシマ(縄張り)だと脅され、場所の使用料として売上金の多くを奪われてしまっており、会場で暴れられ、屋台を壊される恐れがあり、支払わざるを得なかった」とし、薄葉総裁には改正暴力団対策法上の「使用者責任」があるとしています。原告側の弁護団は「一つひとつの屋台は弱い立場。暴力団を訴えるのは難しい」と指摘、露天商側がこうした訴えを起こすのは今回が全国で初めてだといい、「組合として提訴すれば闘うことができる。祭りなどに不当に介入する暴力団を排除するきっかけにしたい」としています。組合は2023年2月、愛知県公安委員会から愛知県暴排条例に基づく組合名の公表処分を受け、出店先が限定される状況が続いており、2023年7月の総会で、組との関係断絶を決定、1000万円の返還を求める通知書を送ったが、組から反応がなかったため、提訴に踏み切ったということです。本件について、龍谷大犯罪学研究センター嘱託研究員の廣末登氏は「関東の指定暴力団のような例外を除けば、大多数の露天商は組員と関係ない」と前置きした上で、「1960年代以降、各地の暴力団が広域化する中、地方の一部の露天商を傘下に収めていった。こうした組織はテキヤと暴力団の顔を使い分けてきた」、一般の露天商は立場が非常に弱いため、「イワシが群を成すように束になる」(廣末氏)といい、主に地域ごとに設立される組合に加入、場所代や電気代に充てられる会費を納めなければならないが、組合に在籍しなければ、出店時の場所割りに参加できないとされ、愛知のみかじめ料は、露天商個人ではなく、組合の各支部が支払わされていたといい、「露天商のグループは出所者など行き場のない人々の受け皿になっている側面もある」、「ただ、時に威圧的な行動が目立つなど、暴力団色を感じさせる点もある。今回の訴訟によって、暴力団と完全に決別する契機になれば望ましい」と語っています。一方、暴力団事情に詳しいライターの鈴木智彦氏は「暴排条例が整い、テキヤとのつながりを表に出さない暴力団が増えている」とし、実質的に構成員であっても、名簿に載せなかったり、襲名式に参加した事実を隠したりするケースがあるといい、、みかじめ料を巡る今後の見通しについて、鈴木氏は露天商の立場をくみ取りながら、「組員の報復が恐ろしいが、露店の出店を許可するのは各地の都道府県警。暴力団と距離を置けるかどうかは、警察のバックアップの手厚さによるのではないか」と指摘しています。なお、廣末氏が「威圧的な行動が目立つなど、暴力団色を感じさせる点もある」と指摘したとおり、この露天商組合の副理事長ら男4人が、組合を辞めた男性に暴行を加えてケガをさせて店の営業を妨害したとして、愛知県警に逮捕されています。容疑者らは2023年10月に刈谷市の神社で開かれた祭りで、組合を辞めた露天商の男性に対し、「お前、縄張りで何を勝手に商売やっとるんだ」、「すぐに片付けて帰れ」などと怒鳴って営業を妨害し、暴行を加えてケガをさせた疑いが持たれています。組合名が公表された後、祭りの主催者側が男性に屋台の出店に関する仕切りを任せていたということで、容疑者らが利権を取り戻そうとしてトラブルになったとみて調べています。

三栄建築設計については、創業者一族との関係を完全に断ち、オープンハウス社による買収により「ホワイト化」を実現しましたが、朝日新聞が2023年11月27日、28日に4本にわたる、創業者への取材に基づく記事を掲載しています。詳細は記事に譲るとして、暴力団側への利益供与について「指示も了承もしていない」、工事の紹介を知ったのは「工事が終わった後の21年1月」とし、退社する担当社員に打ち明けられたと説明。業者への代金の支払いは把握していたが、「暴力団へ利益が流れるとは思わなかった」、組長との会食は「ここ数年で数回あった」と認め、「何度も誘われ、断りきれずに応じてしまった。どこかで断ち切るべきだった」、刑事は『容疑のとおりでしょ』『知ってたでしょ』と繰り返すが、具体的な話はなく、1時間くらいで終わった。めちゃくちゃな容疑で、調べれば疑いが晴れるだろうと思いました」、「久しぶりに電話があって『家に不具合があった』『メンテナンスをやってくれ』と言われたが、そのときははっきり断ったんです」、「おそらく担当社員のAも、最初は断ったと思います。それでも『何とかしてくれ』と頼まれ、職人だけを紹介した。職人にも嫌がられ、結局、Aが間に入り、そのうち取り込まれていったんだろうと思います」、「Aがいた子会社と本社の幹部が集まる会議が2週間に1度あって、僕はそこで『(組長のもとへ)絶対に行くな』『もう仕事はするな』と2度くらい言った。第三者委にも説明したが、そういうことは報告書には書いてくれない」、「第三者委は結論ありきだったとしか思えません。6月に出た(東京都)公安委員会の勧告に沿って事実認定せざるを得なかったのでしょう」、「今となっては軽率だった。何度も誘われて断ったが、断りきれずに何度か応じてしまった。どこかで断ち切るべきだった」、「社内で起きたクーデターを挽回したいという思いだった。そのために荒井さんの力を借りたいと思ったわけです。自分の株を売る気などなかったんですよ」、「オープンハウスの公表内容には『おい、話が違うだろ』と思うところがあります」などと述べており、第三者委員会の報告書と異なる主張も多く、何が正しいのかは、もう少し精査する必要があると感じます。

高齢女性5人が住吉会トップらを相手に起こした特殊詐欺被害に対する「使用者責任」を問う控訴審において、週刊誌情報にはなりますが意外なところが論点となりそうです。裁判では、詐欺グループのリーダーとされるAが関与した特殊詐欺が「暴力団の威力を利用した資金獲得行為」に当たり、暴力団対策法第31条の2に基づく「代表者への使用者責任」が問われ、一審審判決では福田元会長らに賠償責任があると認めていますが、住吉会側が「判決は不服」として2023年5月に控訴、控訴理由書のなかで、一審判決で「Aが住吉会の構成員」であると認定した点につき、その根拠が「(一緒に逮捕された)共犯者の供述」などしか示されておらず、Aを暴力団員と認定したこと自体に誤りがあると主張、もしAが構成員でなければ「使用者責任」も及ばなくなる可能性があるということになります。なかなか興味深い論点を含んでいることもあり、今後の裁判の行方に注目したいと思います。

同じ使用者責任を巡る裁判では、暴力団員から要求されたみかじめ料の支払いを巡って、京都市東山区の元キャバクラ店経営の20代男性が使用者責任を問い、上部の組長ら3人に損害賠償を求めた訴訟の判決が京都地裁であり、裁判長は、示談を強要し被害届を取り下げさせるなどした行為を違法と認定し、慰謝料110万円の支払いを命じています。地裁は、弁護士が作成した示談書であっても、背後に暴力団の「威力」があれば、その効力は否定されると判断しています。一方、みかじめ料自体は任意で支払ったものとみなし、不法行為とは認定されませんでした。裁判長は判決理由で、示談の強要について「暴力団員であり加害行為を実行しかねないことを前提にしており、意思決定の自由や財産権を侵害した」として違法性を認め、その上で、金銭の返還を免れるために「指定暴力団員の地位を利用した」とみなし、使用者責任もあるとしたものです。

松葉会が本部事務所を置く東京都台東区のビルの敷地について、地権者側が、松葉会側に対して明け渡しを求める訴訟を東京地裁に起こしています。弁護団によると、東京都内に指定暴力団の総本部事務所は4カ所ありますが、他府県では明け渡しを求めた事例があるところ、東京では初めてということです。この事務所では、2020年に暴力団同士の抗争とみられる火炎瓶の投げ込み事件が発生しており、地権者側は「危険な攻撃を招いており、土地を貸し続けることは困難だ」とし、実質的に本部の立ち退きを求める意向を示しています。地権者側は、このビルの所有企業は、松葉会の幹部が役員を務める関連企業(フロント企業)であると主張、1995年にこの企業と土地の賃貸借契約を結んだが、当時はフロント企業であることも、暴力団事務所として使われることも知らなかったとしています。訴訟では「反社会的勢力に使用されることを想定して貸したわけではなく、契約の解除事由になる」と主張する方針です。ビルは1996年に建てられ、遅くとも1997年から本部事務所として使われているといいます。地権者側は「(ビル周辺は)建物の密集した地域で、延焼で周辺住民が巻き込まれる可能性があった」と指摘、ダンプカーが突っ込んだ六代目山口組傘下組織の事務所は、足立区による使用禁止の仮処分申請が東京地裁で2020年3月に認められており、こうした状況の中で、地権者側は訴訟で「六代目山口組関係者らが、組織の威信を回復するため報復しかねない」と訴えています。東京地裁は2023年9月、地権者側の申し立てを認め、今回問題となっているビルの譲渡などを禁止する仮処分を決定しており、地権者側には、松葉会側が訴訟に備えて所有権を第三者に移転するのを防ぐ目的があったとみられます。

2013年に起きた「餃子の王将」社長射殺事件で、京都地裁は、殺人などの罪で起訴された工藤会傘下組織組幹部の田中幸雄被告について、裁判官と検察側、弁護側が争点を絞り込む公判前整理手続きの第1回期日を2024年2月7日に指定したと明らかにしています(初公判の時期は未定)。起訴状などによると、氏名不詳者らと共謀し、2013年12月19日午前5時45分ごろ、京都市山科区の王将フードサービス本社前で、社長だった大東隆行さん(当時72歳)の腹や胸を拳銃で撃ち失血死させたとされます。いよいよ法廷の場に移ることになり、今後の動向を注視したいと思います。

岡山、兵庫、愛知、三重の4県の公安委員会は、六代目山口組と池田組の特定抗争指定暴力団への指定を3カ月間、延長すると発表しています。抗争が終結していないと判断したもので、延長後の指定期限は来年3月7日までとなります。また、岐阜県公安委員会は、特定抗争指定暴力団の六代目山口組と神戸山口組の対立抗争に関わる「警戒区域」に大垣市を追加したと発表しています。これにより、組員らは暴力団対策法に基づき、区域内で事務所の新設や対立組員へのつきまとい、多数の集合などが禁じられ、違反すれば警察が逮捕できることになります。期間は2023年12月6日から3カ月間で、延長できます。岐阜県内では岐阜市が2020年1月7日に指定されており、2市目となります。六代目山口組と神戸山口組の対立抗争を受け、同委員会は大垣市橘町にある六代目山口組三代目弘道会傘下組織の事務所2カ所に暴力団対策法に基づく使用制限命令を出していましたが、同命令は12月5日で撤回となります。

以前の本コラムで取り上げましたが、住吉会の本部事務所について、東京都公安委員会は、新宿区のマンションに移転したと官報に公示しています。住吉会の本部事務所は港区のビルにありましたが、老朽化に伴い、関連企業が2021年に本部事務所として使われていた部屋を売却し、活動拠点が不明となっていたものです。移転先は新宿区新宿のマンションで、住吉会の関連企業が1992年に5階の2部屋を購入しています。当初は組幹部が住居に使っていたが、2018年ごろ、「事務局」が置かれたといいます。東京都都公安委員会はこの部屋を他団体の幹部が度々訪問していることや、住吉会が本部事務所として文書に記載していることから、移転先として認定したとみられます。住吉会の本部事務所が置かれていた港区赤坂のビルは1966年築、関連企業が2021年12月に区分所有権を売却して以降、住吉会は他団体との会合場所や郵便物の受取先などを、都内の複数の傘下団体事務所に分散させていたといいます。移転先のマンションには住民ら約50世帯が入居し、近くには学校や地下鉄の駅など公共施設もあり、警視庁は市民生活に影響が出る恐れもあるとして、動向を注視しているといいますが、近隣住人らが立ち退きを求める可能性も考えられるところです。一方で、他にも複数箇所で会合を開くなど実態把握が難しくなっており、暴力団対策課は警戒を強めています。なお、警察庁によると、住吉会は2022年末時点で、六代目山口組に次ぐ2番目の規模となる構成員約2400人を抱え、17都道府県に勢力を持つとされます。

週刊誌情報となりますが、六代目山口組は、2023年11月1日からLINEの使用をいっさい禁止したといいます。LINEは同日から、反社会的勢力に対しての利用制限を発表、10月1日にヤフーと統合したことに伴い、LINEヤフー共通利用規約を新たに設けたもので、規約には、「当社は、反社会的勢力の構成員(過去に構成員であった方を含みます。)およびその関係者の方や、当社サービスを悪用したり、第三者に迷惑をかけたりするようなお客様に対してはご利用をお断りしています」、「アカウントが反社会的勢力またはその構成員や関係者によって登録または使用された場合、もしくはそのおそれがあると当社が合理的に判断した場合」にも、通知することなくデータやコンテンツを削除できることにしています。報道である弁護士が「これまでも、暴力団組員であることを隠してゴルフ場を利用したことが、詐欺罪に当たるとの判決が出されたり、暴力団組員であることを隠して航空会社のマイルを貯めたことが、電子計算機使用詐欺に当たると逮捕されたりした事例があり、LINEは無料で使用できるため、欺罔行為(人を欺きだますこと)により財産上の利益を得たと言えるかという点にやや疑問はあるものの、暴力団組員であることを隠して通信サービスの提供を受けること自体が、詐欺であると言われる可能性は考えられる」あるでしょう」と指摘していますが、筆者もその可能性はあると考えています。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

金融庁は定期的にFATF声明を取り上げて公表しています。直近では、FATF2023年10月会合において、資金洗浄・テロ資金供与対策において非協力的な国・地域を特定する「行動要請対象の高リスク国・地域」及び「強化モニタリング対象国・地域」に関する文書が採択及び公表されていますので、以下、紹介します。

▼金融庁 FATF声明の公表について
▼行動要請対象の高リスク国・地域
  • 高リスク国・地域は、資金洗浄、テロ資金供与及び拡散金融の対策体制に重大な戦略上の欠陥を有する。高リスクと特定された全ての国・地域に関して、FATFは、厳格な顧客管理を適用することを加盟国・地域に要請し、かつ全ての国・地域に強く求める。そして、極めて深刻な場合には、各国・地域は、高リスク国・地域から生じる資金洗浄、テロ資金供与及び拡散金融のリスクから国際金融システムを保護するため、対抗措置の適用を要請される。このリストは対外的に、しばしばブラックリストと呼ばれる。すでにFATFの対抗措置の要請に服していることに鑑み、新型コロナウイルスのパンデミックに照らして、2020年2月以降、FATFはイラン及び北朝鮮に対するレビュープロセスを一時休止している。イランは自身のアクションプランの状態に重要な変更が無いことを2023年7月に報告した。従って、FATFは、2020年2月21日の声明に含まれるこれらの高リスク国・地域に対する対抗措置の適用を改めて要請する。
  • 北朝鮮(DPRK)[2020年2月以降声明変更なし]
    • FATFは、DPRKが資金洗浄・テロ資金供与対策の体制における重大な欠陥に対処していないこと、及びそれによってもたらされる国際金融システムの健全性への深刻な脅威について、引き続き憂慮している。FATFは、DPRKが資金洗浄・テロ資金供与対策の欠陥に対して直ちにかつ意義ある対応を講じることを強く求める。さらに、FATFは大量破壊兵器の拡散や拡散金融に関連したDPRKの違法な行為によってもたらされた脅威について深刻に憂慮している。
    • FATFは、2011年2月25日の加盟国への要請を再確認するとともに、全ての国・地域が、DPRK系企業・金融機関及びそれらの代理人を含めたDPRKとの業務関係及び取引に対し、特別な注意を払うよう、自国の金融機関に助言することを強く求める。FATFは、強化された監視に加え、DPRKより生じる資金洗浄・テロ資金供与・大量破壊兵器の拡散金融リスクから金融セクターを保護するために、効果的な対抗措置を適用すること、及び適用される国連安保理決議に基づく、対象を特定した金融制裁を加盟国に要請し、かつ全ての国・地域に強く求める。各国・地域は、関連する国連安保理決議が要請するとおり、領域内のDPRK系銀行の支店、子会社、駐在員事務所を閉鎖、及びDPRK系銀行とのコルレス関係を終了するための必要な措置をとるべきである。
  • イラン[2020年2月以降声明変更なし]
    • 2016年6月、イランは戦略上の欠陥に対処することにコミットした。イランのアクションプランは2018年1月に履行期限が到来した。2020年2月、FATFは、イランがアクションプランを完了していないことに留意した
    • 2019年10月、FATFは、イランに本拠を置く金融機関の支店・子会社に対する強化した金融監督の実施、金融機関によるイラン関連の取引に係る強化した報告体制又は体系的な報告の導入、イランに所在する全ての支店・子会社に対して金融グループが強化した外部監査を行うことを求めることを加盟国に要請し、かつ、全ての国・地域に強く求めた。
    • そして今、イランがFATF基準に従った内容でパレルモ条約及びテロ資金供与防止条約を締結するための担保法を成立させていないことに鑑み、FATFは勧告19に則し、対抗措置の一時停止を完全に解除し、効果的な対抗措置を適用するよう加盟国に要請し、かつ、全ての国・地域に強く求める。
    • イランは、アクションプランの全てを完了するまで、行動要請対象の高リスク国・地域についてのFATF声明にとどまる。イランがFATF基準に従った内容でパレルモ条約及びテロ資金供与防止条約を批准すれば、FATFは、対抗措置を一時停止するかどうかを含め、次のステップを決定する。同国がアクションプランにおいて特定されたテロ資金供与対策に関する欠陥に対処するために必要な措置を履行するまで、FATFは同国から生じるテロ資金供与リスク、及びそれが国際金融システムにもたらす脅威について憂慮する
  • 対象となる国・地域から生じるリスクに見合った厳格な顧客管理措置の適用が要請される国・地域
  • ミャンマー
    • 2020年2月、ミャンマーは戦略上の欠陥に対処することにコミットした。ミャンマーのアクションプランは2021年9月に履行期限が到来した。
    • 2022年6月、FATFは、ミャンマーに対し2022年10月までにアクションプランを速やかに完了させるよう強く求め、それが適わない場合は、FATFは、ミャンマーとの業務関係及び取引に厳格な顧客管理を適用するよう加盟国・地域に要請し、全ての国・地域に強く求めることとした。アクションプランの履行期限を1年過ぎても進展がなく、アクションプランの大半の項目が対応されていないことを踏まえると、FATFは、手続きに沿ってさらなる行動が必要となり、加盟国・地域及び他の国・地域に対し、ミャンマーから生じるリスクに見合った厳格な顧客管理の適用を要請することを決定した。厳格な顧客管理措置を適用する際は、各国は、人道支援、合法的なNPO活動及び送金のための資金の流れが阻害されないようにする必要がある。
    • ミャンマーは、不備に対応するため下記を含めたアクションプランを実施する取組を続けるべきである。
      1. 重要な分野における資金洗浄リスクについて理解を向上したことを示すこと
      2. オンサイト・オフサイト検査がリスクベースであること、及び「フンディ」を営む者が登録制であり監督下にあることを示すこと
      3. 法執行機関による捜査において金融インテリジェンス情報の活用を強化したことを示すこと、及び資金情報機関(FIU)による対策の執行のための分析及び分析情報の配信を増やすこと
      4. 資金洗浄が同国のリスクに沿って捜査・訴追されることを確保すること
      5. 国境を越えて行われた資金洗浄の事案の捜査を国際協力の活用で行っていることを示すこと
      6. 犯罪収益、犯罪行為に使用された物、及び/又はそれらと同等の価値の財産の凍結・差押え、及び没収の増加を示すこと
      7. 没収されるまでの間、差し押さえた物の価値を保つために、差し押さえた資産を管理すること
    • FATFは、ミャンマーに対し、資金移動業者(MVTS)のモニタリング及び監督が、正当な資金の流れに対する過度な審査を低減するために、文書化され、且つ資金洗浄・テロ資金供与リスクの健全な理解に基づいていることを示すことを含め、資金洗浄・テロ資金供与の欠陥に完全に対応するよう取り組むことを強く求める。
    • 同国がアクションプランを完全に履行するまでは、行動要請対象国のリストに引き続き掲載される。
▼強化モニタリング対象国・地域
  • 強化モニタリング対象国・地域は、資金洗浄、テロ資金供与及び拡散金融の対策体制における戦略上の欠陥に対処するためにFATFと活発に協働している。ある国をFATFが強化モニタリング対象に据えることは、その国が、特定された戦略上の欠陥を合意した期間内に迅速に解決することにコミットし、強化モニタリング対象に服することを意味する。このリストは対外的に、しばしばグレイリストと呼ばれる。
  • FATF及びFSRB(FATF型地域体)は、以下の国・地域が戦略上の欠陥への対処に関して達成された進捗の報告を行う中で、これらの国との協働を継続する。FATFは、これらの国・地域に対し、アクションプランの迅速かつ合意した期間内での履行を要請する。FATFは、これら国・地域のコミットメントを歓迎し、進捗状況を注意深く監視する。FATFはこれらの国・地域に対する厳格な顧客管理措置の適用を求めない。FATF基準では、リスク回避が行われること、又は顧客全体を(取引関係等から)断ち切ることは想定しておらず、リスクベース・アプローチを適用することを求める。従って、FATFは、加盟国及び全ての国・地域に対し以下に提示するリスク分析に関する情報について考慮することを慫慂する。
  • FATFは、資金洗浄、テロ資金供与及び拡散金融の対策体制における戦略上の欠陥を有する、更なる国・地域を特定する。未だ多くの国・地域が、FATF及びFSRBによる検証を受けていないが、追って検証は実施される。
  • FATFは、期限がすぐに到来しない国・地域に対し、自主的に進捗を報告させて、ある程度の柔軟性を与えている。次の国・地域(アルバニア、バルバドス、ブルキナファソ、ケイマン諸島、コンゴ民主共和国、ジブラルタル、ハイチ、ジャマイカ、ヨルダン、マリ、モザンビーク、ナイジェリア、パナマ、フィリピン、セネガル、南アフリカ、南スーダン、タンザニア、トルコ、UAE、ウガンダ)は2023年6月以降FATFによって進捗をレビューされた。これらの国・地域に関し、最新の声明は以下に提示されている。カメルーン、クロアチア、シリア、およびベトナムは報告を延期することを選択した。したがって、この対象国に対して先般採択された声明は以下に含まれているが、これは対象国のAML/CFT体制の直近の状態を必ずしも反映したものではない。レビューを受けて、FATFは今回ブルガリアも特定した。

金融庁と主要行等との間の定期的な意見交換会の状況について、直近のものを抜粋して紹介します(AML/CFTに関するものが中心ですが、それ以外の領域についても一部含んでいます)。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
  • 中国を背景とするサイバー攻撃グループBlackTechによるサイバー攻撃について
    • 9月27日、警察庁及び内閣サイバーセキュリティセンターから、中国を背景とするサイバー攻撃グループBlackTechによるサイバー攻撃に関する注意喚起が発出された。
    • この注意喚起では、BlackTechの手法への具体的な対処方法が推奨されているが、推奨されている対処方法は、BlackTechに限らず、一般的に有効な対策である。
  • マネロン対策等に関する半期フォローアップアンケートについて
    • マネロン等リスク管理態勢の整備については、2024年3月末の態勢整備期限に向けて、取組を進めていただいていると承知している。
    • 期限まで残り半年を切る中、マネロンガイドラインに記載の「対応が求められる事項」の全項目について適切に対応いただくよう改めてお願いしたい。
    • また、金融庁としては、各行の9月末時点の進捗状況を確認すべく、先日、半期フォローアップアンケートを発出したところ。回答への協力をお願いしたい。
▼全国地方銀行協会/第二地方銀行協会
  • システムリスク管理の重要性について
    • システムリスク管理の重要性について、先日、全銀システムにおいてシステム障害が発生し、一部の金融機関における振込みが遅延したことなどにより、国民生活等に影響が生じる事態に至った。
    • 各行においては、重要な外部サービスの利用に当たって、
      • システム更改等を外部サービスの提供者に一任することなく、自行においても適切なシステム上の対応・対策がなされているか評価・確認していただきたい。
      • また、万が一、外部サービスの提供が途絶した場合でも、銀行業務に大きな支障が生じないよう対応するためのコンティンジェンシープランを予め策定し、外部サービス提供者との連携や顧客対応も含めて訓練等で検証しておくこと

      などの重要性について、今一度、認識を新たにしていただきたい。

  • マネロン対策等に関する半期フォローアップアンケート等について
    • マネロン等リスク管理態勢の整備については、2024年3月末の態勢整備期限まで半年を切る中、各行において、経営陣のリーダーシップのもと、対応いただいているものと承知している。
    • また、当庁としては、各行の9月末時点の進捗状況を確認すべく、先日、半期フォローアップアンケートを発出したところ。回答へのご協力をお願いしたい。
    • 本取組において、これまで、まずは規程等について8月末までに協会のコンメンタールと点検し、12月末までに整備を終えるよう要請してきたところ。
    • 今回のアンケートは、各行においてコンメンタールとの点検が行われていることを前提として発出しているので、改めて当該コンメンタールを踏まえた詳細な点検が行われたかを確認する機会としても活用いただきたい。
    • 経営陣においては、当該アンケートも活用しつつ自行の規程等の整備の現状を把握のうえ、今後の作業ボリュームに合わせた必要な人材の配置や、対応スケジュールの策定および確実な実行の確保など、12月末までに規程等の整備が完了するよう適切な対応をお願いしたい。
    • なお、銀行持株会社及び銀行子会社を保有する銀行の経営陣においては、グループ傘下の銀行が8月末までの点検を適切に実施していたか、規程等の整備の進捗に遅れが認められている場合には12月末までに完了するための計画を策定・実行できているか、十分な目配りをお願いしたい。
    • アンケート結果については、内容を確認・分析したうえで、規程等の整備に遅れが見られる先については、速やかな対応を促すべく、協会と連携して経営陣の方々にもお声がけさせていただく。
    • 金融庁としては、今後も協会と連携し、各行の取組状況を適時に把握しつつ、ニーズに沿った勉強会を開催するなど、きめ細かい支援を行っていく。また、各行の課題や悩みを共有し、解決策を検討する場として、財務局とも連携の上、近隣地域毎にマネロン担当役員を対象とした業態横断的なフォーラムを開催するなど、サポートしてまいりたい。
▼日本暗号資産取引業協会
  • 令和6年度税制改正要望(暗号資産関係)について
    • 令和6年度税制改正要望において、第三者が継続的に保有する暗号資産について、法人税の期末時価評価課税の対象外とすることを税務当局(財務省・総務省)に要望しているところ。
  • 2024年3月末までのマネロン等リスク管理態勢整備等について
    1. 2024年3月末までのマネロン等リスク管理態勢整備について
      • 2024年3月末の態勢整備期限まで半年を切る中、各社においては、態勢整備に向けて必要な取組を進めていただきたい。
      • また、当庁としては、各社のマネロンガイドラインに基づく態勢整備の進捗を把握すべく、フォローアップアンケートを発出する予定としている。各社には、アンケートの回答にご協力いただきたい。
      • 経営陣におかれては、当該アンケートも活用しつつ自社の態勢整備の現状を把握のうえ、今後の作業ボリュームに合わせた必要な人材の配置や、対応スケジュールの策定および確実な実行など、適切な対応をお願いしたい。
      • 当庁としては、今後も協会と連携し、各社の取組状況を適時に把握しつつ、ニーズに沿った勉強会を開催するなど、きめ細かい支援を行っていく。
    2. 特殊詐欺事案の被害増加を踏まえた態勢強化について
      • 本年2月以降、フィッシングによるものとみられるインターネットバンキングに係る不正送金事犯のほか、特殊詐欺の被害金が第三者への資金移動が可能な暗号資産交換業者の金融機関口座に送金される被害が増加している。各社においては、こうした情勢に鑑み、更なる態勢強化に取り組んでいただきたい。
    3. マネロンレポートの公表について
      • 2022事務年度版の「マネーローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策の現状と課題」(通称、マネロンレポート)を6月30日に公表した(これまで2018年、2019年、2022年に公表しており、今年で4回目)。
      • レポートでは、検査やモニタリングを通じて把握した金融機関等の共通課題や、取組みの好事例、FATFにおける議論の状況等について記載している。
      • 各社におかれては、本レポートも参考に、自らのマネロン等リスク管理態勢の改善や業界全体の底上げに向け、取り組んでいただきたい。
        ※レポート概要
        • 技術の進歩による決済手段の多様化や取引のグローバル化等が進行し、金融取引が複雑化する中、コロナ禍における非対面取引の拡大等も要因として、金融機関等が直面するマネロン等に関するリスクも変化。特に、特殊詐欺やサイバー空間での犯罪件数が増加するとともに、暗号資産や資金決済(収納代行)等についても引き続きリスクが内在しており、金融機関等は、マネロン等リスクの変化に応じた継続的なリスク管理態勢の高度化が求められている
        • マネロンガイドラインで求める事項についての態勢整備の期限としている2024年3月末に向け、金融機関の全体的な態勢水準は高度化しているものの、包括的かつ具体的なリスクの特定・評価の実施や、態勢高度化に向けた行動計画の検討に時間を要し、実際の取組に遅れが認められる金融機関が存在。
        • 金融庁は、検査やヒアリングを通じて、引き続き、金融機関等のリスクベースでの取組みの高度化を促していくため、ガイドラインで対応が求められる事項とされる取組みに関するギャップ分析の正確性、2024年3月末に向けた行動計画の進捗状況について検証を行っていく。
    4. マネロン対策等に係る広報について
      • 当庁は、本年7月より、金融機関による継続的顧客管理の重要性・必要性を訴求した国民向けインターネット広告の配信(ユーチューブ広告やバナー広告)を開始した。配信期間は来年3月中旬までを予定している。
      • 各金融機関におかれては、例えば、当庁ウェブサイトに掲載されているURLのQRコードリンクを顧客宛ての確認書面に記載するなど、顧客に対してのご説明・ご案内の際に積極的に活用いただきたい。
      • 今後も、より多くの一般利用者にマネロン対策等について理解と協力をいただけるよう、引き続き広報に力を入れていきたい。
  • ドメイン管理の徹底について
    • 最近、ある資金移動業者が保有していたドメイン(ウェブアドレス)がオークションに出るケースが発生し、悪意の第三者に渡れば、そのドメインを悪用して偽サイトに誘導するような詐欺が生じるおそれがあった。一度取得したドメインを手放すことにはセキュリティ上の懸念が伴うため、十分留意いただきたい。
    • ドメイン名(ウェブアドレス名)の登録、利用、廃止にあたっては、自社のブランドとして認識して管理する必要がある。また、管理の仕組みがあっても全社的に徹底されなければ、今回のようなケースを防ぐことはできないし、レピュテーションリスクにもつながる。委託業者に管理を任せているものについても漏れがないようにする必要がある。セキュリティ部署や管理部署だけではなく、各業務所管部まで徹底していただきたい。

広域地銀連携「TSUBASAアライアンス」参加行の千葉銀行、第四北越銀行、中国銀行は2023年11月、共同でAML/CFTを行う新会社TSUBASA-AMLセンターを設立しています。新会社には3行と共に出資する野村総合研究所が開発するシステムを導入するということです。AML/CFTの銀行の手間や費用の負担が高まるなか、人材やシステムを集約し効率化、経費削減を図る狙いがあります。銀行は振り込め詐欺やヤミ金などを防ぐためあらゆる取引を監視、通常はモニタリングシステムが、各行が設定した一定の基準をもとに不正のリスクがある取引を検知、その後、画像や書類などで検知された取引が不正かどうかを検証、こうした手続きを経て金融当局に届け出ています(各行の基準の違いにより、届け出率が10%を超えるところもあれば1%という場合もあるとされます)。悪質な取引を見逃さないよう基準はゆるめに設定するのが一般的とされますが、一方で誤検知も膨大な数となっており、日々犯罪者の手口が高度化し、金融庁からの求めもあるなかで銀行の負担は高まっていることが背景にあります。

暗号資産(仮想通貨)交換所大手バイナンスのチャンポン・ジャオCEOが米国の資金洗浄規制違反を認めて退任し、同社は当局(司法省のほか、商品先物取引委員会(CFTC)や財務省など)に総額43億ドルル(約6400億円)を支払うこととなりました。米国における企業への制裁金としては過去最大級で、ジャオ氏も個人的に5000万ドルを支払うことになるといいます。2022年11月の交換所大手FTXトレーディングの経営破綻に続き、暗号資産業界がまた大きな痛手を受けた形となります。報道によれば、米当局の捜査で、バイナンスのマネロンを検知・防止するプログラムが有効に機能していなかったことや、米国の制裁対象国であるイランやシリアの個人が米国民と取引できるようにしていたことが判明したほか、イスラム組織ハマスの軍事部門やイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国(IS)」などのテロ組織やランサムウエア、児童ポルノなどに関与した疑いがある10万件を超す取引の報告を故意に怠ったとも指摘されています。バイナンスは米国を除く地域で「バイナンス・ドット・コム」と呼ぶ暗号資産交換所を展開していますが、VPN(仮想私設網)などを通じて米国でも事実上サービスを利用できる状況にありました。今回の合意でバイナンスは当局による5年間の監視や米国からの完全な事業撤退も求められたほか、合意の順守を監視するため、当局はバイナンスの帳簿や記録、システムへのアクセスを維持し、合意違反があった場合は追加の罰金を科すとしています。なお、同社が今回合意に至った当局の中に米証券取引委員会(SEC)は含まれておらず、2023年6月にバイナンスを証券法違反で訴えたSECとの係争は続くとみられています(一方、未登録のまま米国在住の投資家を仮想通貨デリバティブ取引に勧誘していたとして2023年3月にバイナンスを提訴していたCFTCは今回の合意に含まれています)。

米政府は、北朝鮮傘下のハッカー集団「ラザルス」が盗み出した巨額の暗号資産のマネロンを支援したとして、暗号資産の匿名性を高める「ミキシング」を提供する業者「シンドバッド」を制裁対象に指定し、米国内の資産を凍結したと発表しています。2023年11月21日に軍事偵察衛星を打ち上げ、12月1日から本格稼働させるとしている北朝鮮に圧力をかけ、核・ミサイル開発への締め付けを強める狙いがあるようです。報道によれば、国務省は「開発資金調達で暗号資産の窃取が不可欠な役割を果たしている」と指摘しています。ミキシングは、他の暗号資産に変換した上で他人の暗号資産と混ぜ、資金経路を見えにくくするプログラムで、財務省によると、シンドバッドは、ラザルスが2022年3月にオンラインゲーム「アクシー・インフィニティ」のネットワークから盗んだ約6億2000万ドル(約913億円)相当の暗号資産の一部のマネロンに使われたとされます。関連して、アデエモ米財務副長官は、暗号資産企業が違法な資金の流れを遮断・報告しない場合、米経済から切り離すと表明しています。ブロックチェーン協会主催のイベントで講演し、暗号資産企業は違法な資金の流れを遮断するために追加の対策が必要だと主張、業界全体で対策が不足しており、米国のリスクになっていると述べた上で「過去1年のわれわれの行動は、明確なメッセージを送っている。国家安全保障を守るためなら、政府全体で手段を講じるということだ」と語っています。報道によれば、バイデン政権は、米政府が違法と見なす組織が利用する暗号資産市場を監督する権限を財務省に付与する新法を導入するよう議会に書簡で求めたといいます。米財務省は2023年10月、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスの資金源を根絶することを目的に、ガザを拠点とする暗号資産取引所などに制裁を科すと発表しています。

本コラムでも動向を注視していましたが、2019年に200億円以上を詐取した国際ロマンス詐欺組織のマネロンに、日本の小さな企業が加担した疑いが浮上、名古屋市の会社代表の男はタイから送金された5億円超を引き出し、還元したとされています。追跡を困難にする現金化が目的で、組織側は報酬を餌に経営難の企業を勧誘、国内複数社が応じたといいます。多額の商取引を装っても疑われにくい法人口座が悪用され、不正送金阻止の限界も露呈した形となります。報道(2023年11月6日付毎日新聞)によれば、発端は、タイの女性に届いた「米国の軍医」からのメッセージで、女性はSNSでやりとりを重ねるうちに、実在しない軍医に恋心を抱き、指示通りに新居の購入資金などの名目で指定口座に次々と送金、女性はフランスの光学製品メーカーがタイに置く法人の経理責任者で、会社資金を着服し、200億円以上が十数カ国の資金洗浄ルートに流れたといい、シンガポールや香港などの100以上の口座が使われ、愛知県警によると、男が代表を務めるコンピューター関連会社の複数の口座には2019年10~12月、6回にわたり計約5億5000万円が送金されています。愛知県警は2023年10月、「パソコン輸出関連の商取引」と銀行にうその説明をして金を引き出したとして詐欺などの疑いで男を2度逮捕、男は日本にいる組織メンバーに引き出した金を手渡した疑いがもたれています。組織側は、さまざまな「経営不振」に悩む人物を誘い、「日本でも複数人が報酬目当てに飛びついた」という。捜査幹部は「報酬は送金額の1割でも十分。双方に利益があった」とみています。金融機関が不正送金を完全に阻止する難しさも露呈しており、普段から付き合いのある地元銀行は男の説明が虚偽と気がついて送金を断ったものの、取り扱いが多いメガバンクは審査を通したといいます。同社に高額の商取引をする経済的余力がないことを見抜けるかが明暗を分けた形となりました。こうした事例から、AML/CFTに厳格に取り組むことの難しさがあらためて痛感させられます。

本人確認に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 政府は、マイナンバーカードを持つのが不安な高齢者らを想定し、暗証番号の設定が不要な「顔認証マイナンバーカード」を近く導入するとしています。マイナ保険証の導入に当たっては暗証番号に対する高齢者らの不安があるほか、介護施設などの入所者のカードを職員がやむなく預かる場合、暗証番号をどう管理するかも課題でしたが、通常のマイナカードには、本人であることを示す電子証明書が搭載され、4桁の暗証番号の打ち込みや専用機器での顔認証により情報が呼び出されるところ、顔認証カードでは、顔認証または目視による顔確認に限定し、暗証番号は不要とするというものです。顔認証カードは保険証として、あるいは券面の本人確認書類としての利用に限り、住民票などのコンビニ交付サービスは対象外で、カードの個人向けサイト「マイナポータル」も閲覧できないということです。
  • 2023年11月20日付日本経済新聞の記事「ミッション:本人確認社会を揺さぶる「あなた本物?」」は大変興味深いものでした。「デジタル社会の進展でオンライン、画面越しのサービスが急増している。すぐ目の前にはいない相手が正当な利用者なのかどうか。サービス提供時の本人確認ニーズが爆発的に膨らむ。一方で、実在する組織をかたってパスワードや暗証番号などを盗んで悪用するフィッシングは巧妙さを増す。生成AI(人工知能)が台頭し、偽の画像や音声というディープフェイクも氾濫する。「これは本物の人間なのか」「間違いなく本人か」―。社会活動の土台をなす情報が不確かとなり、懸念が渦巻く環境になった」との問題意識は正に筆者と同じものです。さらに、「グーグルはパスワードの終焉をきっぱりと宣言した」という点も衝撃的でした。「「60年以上にわたりコンピューターで使われてきたが、もはやデータを守るのに十分ではない」との判断に基づいている。代わりに推すのは「パスキー」だ。スマートフォンやパソコンで設定し、対応するサービスにパスワードではなく指紋や顔の生体情報などで入る。利用者がグーグルアカウントにログインするときの標準にすると表明した」というものです。また、以前の本コラムでも紹介しましたが、AnchorZ社が、「スマホのセンサーで顔や声といった情報を適宜収集して分析し、いまスマホを使っているのは本人だと確認する「バックグラウンド認証」を開発した。継続的に認証し、本人だけが各種アプリやサービスを使える状態を保つ」という点も注目されるところです。ビジネスにおいて本人確認がすべてのベースであるはずですが、その正確性を常に担保することがいかに大変なことかを痛感させられます。そして、それは、非対面取引に限らず、対面取引でも同様であり、前述の問題意識は対面取引においても言えることです。
  • 北陸銀行は20日、セブン銀行のATMで北陸銀の口座を開設できるサービスを始めています。住所や電話番号も変更できるといい、セブン銀ATMで口座開設が可能になるのは、全国の地方銀行で初めてといいます。セブン銀が新型ATMを通し、提携先の金融機関などに2023年9月から提供しているサービス「+Connect」を活用、マイナンバーカードや運転免許証を読みとり、顔認証などを経て手続きが完了、手数料は無料だということです。
  • NECは、米クレジットカード大手マスターカードと提携し、個人の顔をスキャンするだけで支払いが完了する「顔認証決済サービス」をアジア太平洋地域で展開する計画だといいます。顔認証はNECの技術を活用、個人のスマホで顔を撮影し、システムに登録すれば、専用端末を導入したマスターカード加盟店で、「顔パス」で支払いができる仕組みといい、紛失や盗難、不正利用のリスクがあるクレジットカードやスマホ決済に比べ、安全性が高いのがメリットだということです。NECとマスターカードは、生体認証決済での提携を先に発表しており、早ければ今後数カ月以内に新サービスを始めるとしています。

特殊詐欺対策との関連からの報道もいくつか紹介します。

  • 秋田銀行は、2023年12月1日から70歳以上の預金者を対象にキャッシュカードでATMから現金を引き出せる限度額を引き下げています。過去1年間にキャッシュカードで1回30万円を超えて現金を引き出していない場合、1日30万円までにしています。だまし取られたキャッシュカードで不正に現金が引き出されるなど、秋田県内で特殊詐欺被害の件数が高止まりする傾向にあり対策を取るもので、70歳以上の預金者を対象に、秋田県内の他の金融機関にも同様の動きが広がっていると報じられています。秋田県信用組合は11月25日から、ATMで過去3年間引き出していない場合、1日20万円までに引き下げるほか、フィデアホールディングス傘下の北都銀行は2024年1月9日から実施、過去2年間にATMで1回に30万円以上引き出していない人は1日30万円に引き下げるとしています。さらに、条件は異なるものの、秋田信用金庫と羽後信用金庫は実施済みで、秋田県内に本店を置くこれら5金融機関は金融犯罪を防ぐため連絡会を設置、情報共有や共通の対策を通して、マネロンや特殊詐欺の被害拡大を食い止めるとしています。
  • 特殊詐欺の犯罪収益と知りながら暗号資産のビットコインを受け取ったとして、愛知県警緑署は、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益収受)容疑で、20代の容疑者を逮捕しています。報道によれば、2021年10月、特殊詐欺の収益で購入された約50万円相当のビットコインと知りながら、自身が管理するアドレスに送信させて受け取ったというもので、2021年10月、さいたま市の70代男性がキャッシュカード5枚を盗まれ、計511万円を引き出される特殊詐欺被害に遭ったうちの50万円相当が、特殊詐欺グループから容疑者に渡ったとみられています。フィリピンから中部国際空港に到着した際に容疑者を逮捕しています。
  • 特殊詐欺でだまし取られた電子マネーをマネロンしたとして、福岡県警に組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿など)容疑で逮捕された男女3人が、競輪投票サイトを悪用して現金化を繰り返していたことが判明しています。報道によれば、14都府県で24人が詐欺の被害に遭い、詐欺に関与した人物から依頼を受けた3人が、計約1億6000万円分を現金化したことを確認。うち約1億1200万円分が現金化された7件を立件しています。報道によれば、電子マネーはオンライン上で決済が可能なプリペイド式の「ビットキャッシュ」で、現金化する際に身元が分からないようにするため、電子マネーで賭けられる競輪投票サイトを悪用、的中率が高く、オッズの低い「1.0倍」の車券に絞って大量購入していたといいます。サイトでは1レースの賭け金の上限が1人4万9900円に設定されているため、実際の購入は数十人でつくる競輪予想グループに依頼、的中後の払戻金のうち2割を予想グループに渡し、残る8割を被告が受領、このうち一部を報酬として差し引いた上で、残りを依頼者らに渡していたとみられています。

その他、AML/CFTに関連する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • カタールの企業から詐取した現金約300万円をマネロンしたとして、警視庁犯罪収益対策課は、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益仮装)と詐欺の疑いで、タクシー運転手ら3人を逮捕しています。3人は同じ企業から詐取した約3300万円をマネロンしたとして、2023年9~10月に同容疑で逮捕されています。報道によれば、何者かが、カタールにある海洋機器の製造販売会社に、日本の取引先に成り済ましたメールを送信、船舶部品の売買を持ちかけ、前払いの代金を容疑者が代表を務めていたピアノ輸入会社の口座に送金させたとみられています。
  • 外国為替証拠金取引(FX)への架空投資で詐取した約1900万円をマネロンしたとして、警視庁捜査2課は、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)の疑いで、会社役員を再逮捕しています。架空投資を巡っては2022年3月、架空の証券会社代理店「オーシャンプロジェクト」の社員を名乗る別の複数の男らを詐欺容疑で逮捕しており、捜査2課が詐取金の流れを捜査していたものです。報道によれば、容疑者は換金グループの指示役とみられ、2023年10月に詐欺容疑で逮捕されていたものです。詐取金をビットコインにし、再び現金化するよう仲間の男2人=同法違反罪で起訴=に指示していたといい、2021年8月、だまし取った約1900万円をビットコインなどを介して現金化し、収益を隠したものです。
  • 米金融大手モルガン・スタンレーの富裕層向け事業が米連邦準備制度理事会(FRB)の調査を受けており、マネロン防止のために十分な管理体制を敷いていなかった疑いが浮上しているといいます。報道によれば、FRBは2020年にモルガン・スタンレーのリスク管理体制の不備を発見、当初は定期的な調査の一環として調べていたものの、モルガン・スタンレー側の対応が不十分だったため、調査が長期化しているといいます。FRBはモルガン・スタンレーが新たに外国の顧客と取引する際、どのように身元や資金源を審査していたか調査を進めており、FRBは管理体制とプロセスの改善を同社に求めているといいます。

(2)特殊詐欺を巡る動向

「ルフィ」を名乗って強盗事件を指示したとして起訴された今村磨人被告に接見した弁護士の事務所が、証拠隠滅容疑で警視庁の家宅捜索を受けています。今村被告は同事務所の加島弁護士と2人だけでいた警察署の一室で、口裏合わせの電話(スマホでのビデオ通話)をしたとされ、憲法に基づく「接見交通権」が悪用された恐れがあります。一般の面会と異なり、警察官が立ち会いすることができないため、接見室内は「ブラックボックス」化している側面(犯罪インフラ化)もあり、言動に外の目は届かないといえます(警視庁は面会人を対象に配布している「面会人の心得」という文書で、接見室内でのスマホ通話の禁止などを明示していますが、受け付け時に一般の面会人からは携帯電話やボイスレコーダーなどを預かるものの、弁護士は任意であり、「預ける弁護士は多くない」との指摘もあります)。接見交通権は、身体を拘束されている容疑者らが外部の人物と面会などをする権利で、犯罪や証拠を隠す疑いがある場合、容疑者らは裁判所の判断で外部との面会を禁止されることがありますが、憲法34条は容疑者らの弁護人依頼権を保障し、刑事訴訟法は弁護人が警察官などの立会人なしに接見できると定めています。報道によれば、日本弁護士連合会の関係者は、事件関係の調べ物をするため、接見時に携帯電話を持ち込むことはあると説明、それでも「外部と会話させることは弁護活動の範囲を逸脱している」としています。また、報道で刑事弁護に詳しい若狭勝弁護士が「仮に家宅捜索容疑の通りなら、現在の制度や弁護士への信頼を大きく損ね、弁護士倫理として許されない」、「弁護士たる者が証拠隠滅の疑いを持たれること自体が資質に欠ける」とする。若狭氏は「弁護士一人一人が、高い倫理観の元、このようなことをやってはいけないと胸に刻むべきだ」、「同じような問題で処分を繰り返し受けるような資質に欠けた弁護士は厳しく処分すべきだ」と指摘していますが正にその通りだと思います。警視庁は、特殊詐欺や強盗事件の捜査の過程で、弁護士と接見中の今村被告が電話で会話した事実を把握、会話の内容が特殊詐欺事件に関する証拠隠滅行為にあたると判断し、家宅捜索に踏み切ったものです。警視庁の捜査幹部は接見交通権を尊重しつつ、「許される行為ではない」と指摘しています。接見をめぐっては、特殊詐欺事件で逮捕された暴力団組員の男が、接見に来た弁護士の携帯電話を使って事件関係者に「何も答えないで欲しい」と迫ったとする証人等威迫容疑で2023年3月、警視庁に逮捕された事例もあります。この弁護士は容疑者にスマホを貸し、「これ以上聞かれても何も答えないでほしい」などと関係者へ電話させたほか、容疑者が「調書のサインしたでしょ」などと書かれた書面を持つ画像もスマホで送信していましたが、いずれも容疑者が留置されていた警視庁の警察署の接見室で行われていたといいます。

「ルフィ」が統率するグループによる連続強盗・特殊詐欺に絡んで、「指示役」とされる4人が、2023年2月にフィリピンから強制送還されましたが、特殊詐欺では60億円以上が奪われたことが明らかにされ、強盗事件では被害者が殺害されるなどしており、これまで犯罪規模の大きさやグループ幹部の状況などから本コラムにおいても暴力団の関与が疑ってきたところですが、その見方を強める動きが出てきています。本件での通話相手については、フィリピンで「JPドラゴン」と呼ばれる組織の幹部とみられ、ビデオ通話で「余計なことを話すな」と今村被告に伝えたといいます。JPドラゴンは、闇バイト強盗や詐欺の上部組織で、元暴力団組員らで構成されているとされます。今村被告は当時、弁護士以外の第三者との接見が禁止されており、加島弁護士は今村被告の弁護人ではなく、警視庁はJPドラゴン幹部の意向を伝えるために複数回にわたり接見していたとみているといいます。加島弁護士については、2022年6月、新型コロナ対策の持続化給付金などをだまし取った詐欺容疑で広島県警に逮捕され、その後、起訴されており、今村被告と接見した際は保釈中で、2023年6月に広島地裁で懲役3年6月の実刑判決を受け、控訴中であり、広島弁護士会が懲戒処分を検討しているといいます。なお、JPドラゴンについて、2023年11月30日付デイリー新潮の記事では、「一味の特殊詐欺の実態をよく知っていた人物が語ったところによると、グループを統率するさらなる上役として、序列の順にA、B、そしてCがいるそうです。Cは4被告のうち渡邊被告と親しく、同じ北海道出身で本名以外に”板井”とか”今野”といった名前も使っていたと聞きました。六丁目山口組の3次団体の幹部と深い間柄だということですから、ヤクザとのつながりが強く推認させられる話」、「2月に今村被告が原宿署でLINEと通話した人物こそ、このCなのだという」、「なお、序列トップのAは徳島県出身の50代前半の男で、表向きフィリピンで日本料理店のオーナーを務める一方で特殊詐欺に手を染めていて、収入の大部分はそちらだという。特筆すべきは反社との関係だ。「神戸山口組の井上邦雄組長と盃をかわしているということでした。Aのフィリピンの自宅には結構な大きさに拡大された井上組長のポートレイトが飾られており、見た者はAと神戸山口組とは一心同体だとの認識を持つことでしょう。神戸の威を借りてビジネスを進めてきたように映ります」、「ナンバー2のBについての、「彼も50代の男で、フィリピンで日本食レストランを経営しています。かなりの金満家で、Bの兄弟分がフィリピン・日本間のカネの運び役をしていたとのこと。その兄弟分は、福岡に本部を置く神戸山口組傘下の2次団体に籍を置いていたことがあるそうです。ある事件を起こしたが不起訴になり、その後、フィリピンに渡ったと言っていました」といった関係者の指摘があります。また、2023年12月1日付FRIDAYデジタルの記事では、「ルフィ」グループについて、「こうした指示から、今村被告ら指示役が犯行現場を事前に詳しく調べていたことがわかります。ショーケースの位置や高級時計の置き場所まで把握しているんです。おそらく〈3分以内〉という犯行時間も適当に指示したわけではなく、通報を受けた警察が駆けつけることから逆算して導き出した数字でしょう」、「応募者は、顔写真と運転免許証など身分証明書の画像を送るよう求められていたようです。一旦画像を送ると〈逃げたら酷い目に遭うぞ!〉という趣旨のメッセージが。家族構成まで伝えていたため、親族にまで危害が加えられるのを恐れ簡単には抜けられなかったのでしょう。実際『いきなり自宅に見知らぬ男が訪ねてきた』『監視されていると思った』と、供述している実行犯もいます。中には、報酬をまったく受けとれなかった実行犯もいるそうです」などと紹介されています。

特殊詐欺の三種の神器の一つが「名簿」ですが、その悪用のルートの一つが「情報漏えい」であり、「社内関係者による持ち出し」です。例えば、NTT西日本の子会社から約900万件の個人情報が流出した問題で、名簿の一部が東京都内の名簿業者に売却され、さらに貴金属販売業者に転売されて商品勧誘に使われていたといい、名簿業者らは、不正に持ち出されたものとは知らなかったと説明しているようです(個人情報保護法違反を問われないための決まり文句です)。男は名簿を複数の業者に売却して計1000万円以上を受け取っていたとされ、岡山県警が不正競争防止法違反容疑で事情を聞いています。本名簿が実際に特殊詐欺に悪用されたという事実は現時点ではありませんが、その可能性は十分にあり、注意が必要です。なお、社内関係者による個人情報の持ち出しでは、特殊詐欺に悪用する目的で行われるものもあるとされ、やはり企業における情報漏えい対策が極めて重要であるといえます。

カンボジアの首都プノンペンを拠点とした特殊詐欺事件でクローズアップされた、老人ホームなどの入居権を巡り不安をあおって現金をだまし取る手口の電話が、国内で急増しています。警察官や弁護士ら複数人が次々と電話口に登場する「劇場型」で、約10年前にも横行した手口ですが、国民生活センターは「資産を有する70~80代の高齢者世帯が再び狙われている」として注意を呼びかけています。同センターによると、入居権を巡る詐欺電話(未遂を含む)に関する相談件数は、2013年度に990件だったところ、2014年度には3倍超の3322件に急増、ただ同年度をピークにその後は減少傾向となっていましたが、2022年度になると1378件と2021年度の約9倍に跳ね上がり、2023年度も10月時点で715件と増加傾向を示しているといいます。その手口は不安をあおり、高齢者の親切心につけこむのが特徴で、同センターの担当者は「『名義を貸して』『権利を譲って』などと持ちかけてくるのは詐欺。留守番電話や発信者番号表示の機能を活用し、心当たりのない電話には出ないようにしてほしい。やり取りしても絶対にお金を払わずに、警察や家族に相談してほしい」と呼びかけています。また、こうした手口において、宅配便を使って現金を送らせるものも。2023年、和歌山県内で急増しているとの報道がありました。和歌山県警が2023年10月末までに認知した宅配便利用の被害総額は約1億4700万円(11件)に上り、特殊詐欺全体における被害総額の約半数を占める危機的状況だといい、送付先として空き家などを指定し、悪用するケースが多いことも分かっているといいます。宅配便で現金は送れないため、伝票の品名には「書類」と書くよう指示されることになりますが、こうしたやり取りによって「相手方も内密に対処してくれている」などと思い込ませる効果もあるとされ、「周囲に相談せず進めてしまう要因の一つ」とみられています。玄関先で住人のふりをして配達員から受け取る手口は、2010年代に広がりましたが、近年は下火になっていたところ、2021年は0件だったこうした手口は、2022年には3件、2023年は10月までですでに11件と急増しているといい、2023年に確認された和歌山県内の1件あたりの平均被害額は約1300万円となり、特殊詐欺全体の約380万円に比べて高いのも特徴です(ATMや銀行窓口からの振込みは様々な制限がある一方、宅配便を悪用する方法では「タンス預金」などから制限なく送付させることが可能となります)。さらに、特殊詐欺の犯罪グループは足が付かないよう、送付先の住所に空き家や、マンション・アパートの空き部屋を選んでいるといい、報道によれば、警察が実際に「だまされたふり作戦」で東京都内の送付先に先回りしたところ、「内覧OK」とされているマンションの空き部屋だった事例もあったといいます。和歌山県警では被害の急増を受け、ヤマト運輸や佐川急便など県内の宅配業者と連携した水際対策の強化にも乗り出しているとのことです。老人ホームの入居権名目の「劇場型」の手口、宅配便を悪用する手口などは、いずれも過去に流行ったものであり、特殊詐欺の手口は、こうした流行り廃りの繰り返しであることをあらためて認識させられます。

滋賀県警近江八幡署は、近江八幡市の50代の無職男性が、恋愛感情を抱かせ金銭をだまし取る「ロマンス詐欺」の手口で、計約1億4700万円を詐取されたと発表しています。報道によれば、男性はマッチングアプリで知り合ったものの、一度も実際に会ったことはなかったといい、2021年10月、台湾人女性を名乗る人物と知り合い、メッセンジャーアプリでやりとりする中で女性に好意を抱き、その後「暗号資産の取引をしてみませんか」などと投資話を持ちかけられ、指定された口座に入金すると、サイト上では値上がりしていたように表示されていたといい、2022年5月中旬までに計33回にわたり、計約1億4700万円をだまし取られたものです。2022年7月ごろ、出金できず怪しいと思い、女性に聞いたところ連絡が取れなくなり、2023年10月になり署に相談したものです。こうした「ロマンス詐欺」は、全国的にも被害が高止まっている状況にありますが、人間の心理を巧みに操る手口だといえます。2023年11月15日付産経新聞で、「ロマンス詐欺の本当の恐ろしさは、相手への恋愛感情が入り交じり、被害そのものを認識しにくい点といえる。被害者の大半は、家族らに促されて半信半疑で警察に来るという。捜査関係者によると、被害届を出した後でも相手に連絡を取ろうとする被害者も珍しくない。「彼が幸せなら」「だまされてもいい」。恋愛感情が根底にあると、なかなかだまされたと認めたくない心理も働きやすい」、「なぜ人は直接会ったこともない人物をこうも信頼してしまうのか。インターネット関連トラブルに詳しい成蹊大の高橋暁子客員教授が挙げるのが、SNSを通じた出会いの一般化だ。「最近の調査では婚姻のきっかけの5分の1がマッチングアプリ。コロナ禍もあり、ネットで知り合うことが当たり前になって抵抗がなくなっている」と話す。信頼感や好意の醸成をめぐっては、現実のやり取りよりもネットのほうが有利との指摘もある。「リアルではいきなり悩みや秘密を打ち明けることは難しい。それがネットだとしがらみがない。自己開示効果が働き、心理的な距離が近くなると、相手が大切な存在に思えてくる」(高橋氏)」、「考えられる対策の一つが、日ごろからニュースに接する機会の確保だ。「ニュースで典型例を知っていれば『これもそうかも』と気づける」と高橋氏。もちろん親から子供への対話も有効といえる。「親御さんがニュースを見て、『こういうのがあるが大丈夫か』と子供に話す。これも効果的です」といった指摘がなされています。「恋愛感情によって被害を認識しにくくなる」、「SNSの自己開示効果が働き、心理的な距離が近くなり、相手が大切な存在になっていく」といったメカニズムが「ロマンス詐欺」にあること、その被害を防止することの難しさが分かります。また、国際ロマンス詐欺の被害者が、被害金の回収を依頼した弁護士に業務を放置される「二次被害」が相次いでおり、弁護士事務所が「必ず回収できる」といった誇大広告を出し、高額の着手金を請求するケースが目立つということです。こうしあ二次被害の背景には、弁護士に「業務提携」を持ちかける業者の存在があるとされます。なお、国際ロマンス詐欺は犯人が海外にいることが多く、弁護士ができることはほとんどなく、まずは警察に被害届を出すことが重要だといいます。

2024年3月に北陸新幹線が福井県の敦賀駅まで延伸すると特殊詐欺被害が増える恐れがあり、注意が必要な状況です。2023年1月からの福井県内での特殊詐欺被害額は約6000万円に上っていますが、2015年に北陸新幹線が金沢駅まで延びた石川県では、特殊詐欺被害が前年から急増しています。

海外を拠点とする特殊詐欺の摘発も進んでいます。カンボジアを拠点に日本の高齢者を狙った架空請求詐欺事件(弁護士や介護施設の職員を装い、老人ホーム入居に関する名義貸しのトラブル解決名目で、札幌市の70代女性から現金を詐取したなどとしたもので、同様の被害は北海道や長野、京都など8道府県で確認されているといいます)で、詐欺容疑などで逮捕された、20~40代の日本人グループの男25人が滞在していたプノンペンの8階建てのマンションから、うその電話をかけるための名簿や、やりとりで聞き出した家族構成などの個人情報を書き込んだとみられるメモが発見されていたといいます。拠点のマンションの部屋には事務机が並べられ、詐欺の電話をかける際の手順などが記載されたホワイトボードも置かれており、電話応対用の「マニュアル」も見つかったほか、水溶性の紙でできた約2万6000人分の名簿には、高齢者のものとみられる氏名や電話番号などが記され、メモには「仕事」「口座の数」といった欄に聞き出した情報が書き込まれていたといいます。なお、メモも水に溶ける特殊な紙を使用し、名前や家族構成、銀行口座数などを記入する欄があり、一部は溶けた状態で見つかり、証拠隠滅を図ろうとした可能性があります。さらに、男らは「050」で始まるIP電話回線を使って、あるいは個人情報の登録が不要なプリペイドカードで携帯電話を使用するなどして被害者に電話したとみられており、拠点からは100台以上の携帯電話や数台のパソコンも見つかっており、海外からの通話であることを隠そうとしたとみられています(なお、携帯電話は約20台が破壊されてもいたようです)。このグループによる被害は少なくとも8道府県で2億円以上に上るといいます。男らは2023年3~8月にカンボジアに入国、マンション内には複数のパスポートが1か所にまとめて置かれていたといい、指示役らに逃げ出さないよう管理されていた可能性があり、男らは毎日午前9時から午後7時まで詐欺の電話をかけるなどし、休みは月に1日のみで、外出は許されなかった、「2~3か月の滞在のつもりだったが帰れなかった。逮捕されて正直ほっとした」と供述した容疑者もいるということです。なお、25人もの日本人が暮らしていたというのに、マンションの周囲でその姿を見た人はほとんどおらず、マンションの門扉や玄関、窓は常時閉められ、警備員や番犬もおり、住民が日本製の高級ワゴン車で出入りするのを見かけてはいるものの、「詐欺集団だと聞いて驚いた」といい、近くに住む40代の男性も「外国人が住んでいるとは聞いていたが日本人とは知らなかった」と話すなど、外部とは隔絶された環境であったことがうかがえます。こうした状況において端緒となったのが、「カンボジアを拠点にする特殊詐欺グループが、ある店から弁当を届けさせている」といった情報を埼玉県警などがつかんだことで、カンボジア現地当局は日本側の依頼を受け摘発に動いたとされます。近年、東南アジアなどを拠点にする特殊詐欺グループの検挙が相次いでおり、カンボジアを拠点とした詐欺事件では、2023年4月に警視庁が日本人19人を逮捕したほか、8~9月に佐賀県警が3人を逮捕しています。こうした背景にカンボジアの長期滞在が容易な入国管理の甘さを指摘する声もあるといいます。「国際化」する特殊詐欺に対応するため、警察当局は現地の捜査当局と連携、現地で拘束後に身柄を送還し、日本で逮捕するという流れを確立しつつあります。また、報道によれば、特殊詐欺には暴力団など反社会的勢力も関わっているところ、「現地で日本人の経営する飲食店が、みかじめ料(用心棒代)をとられている」との情報もあり、ある暴力団関係者は「国内の暴力団は利益供与などを禁じる暴力団排除条例で、資金獲得活動(シノギ)が難しくなっている」として、「東南アジアは日本よりも活動がしやすい。トラブルがあって組織を抜けた人間や半グレなども含めて、日本の反社会的勢力が東南アジアに集まっているのだろう」と推測しています。本件については、闇バイトを使ったリクルーティング、さまざまな犯罪インフラの悪用、国際捜査連携、反社会的勢力の関与などがよくわかる事例といえます。

その他、海外を拠点とした特殊詐欺の摘発に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 岐阜県警は、無職の40代の男を詐欺容疑で、拠点を摘発したタイの警察から引き渡しを受け、日本に向かう航空機内で逮捕しています。報道によれば、男は2023年9月中旬頃、複数人と共謀、信販会社や銀行協会の職員などになりすまし、同県多治見市の70代男性に電話で「カードがスキミングされている可能性がある」などウソを言ってキャッシュカードや通帳を郵送させ、だまし取った疑いがもたれており、男性の口座から10万円が引き出されていたといいます。この男ら日本人2人と台湾籍の2人がタイで摘発されています。
  • タイ警察は、首都バンコク近郊の拠点から日本に電話をかけて特殊詐欺を行っていたとして、日本人2人と台湾人2人の男計4人を逮捕したと発表しています。主犯格の台湾人らは長期間にわたり多数の被害者から金をだまし取っていた疑いが持たれており、タイ警察は日本の捜査当局と協力し、他にも関与した容疑者がいるとみて行方を追っているといいます。報道によれば、拠点の住宅から携帯電話やパソコン、被害者との会話マニュアルなどが押収されています。
  • マレーシア警察は、首都クアラルンプールで家宅捜索を行い、特殊詐欺グループのメンバーとみられる23歳から41歳までの日本人の男7人を拘束したと発表しています。国営ベルナマ通信が報じたところによれば、警察当局は2023年11月13日、在マレーシア日本大使館の通報を受けて市内の住宅を捜索、携帯電話11台や携帯通信端末1台なども押収したといいます。グループは銀行員になりすまし、インターネット電話「スカイプ」を利用して日本人に電話をかけ、口座のトラブルを解決するとの名目で金をだまし取る手口を用いていたということです。

闇バイトに加担し摘発された若者らの公判が始まっており、その実態が垣間見えてきました。最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 時間を持て余した20代の男は、短期的に稼げる出稼ぎのような感覚でSNSを使って「裏バイト」「闇バイト」などと検索、指示役と連絡を取り、相手の指示でアプリ「テレグラム」を使い、個人情報などを送付、さらに秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」をダウンロードし、やりとりを始めたといいます。指示を受けてスーツ、ネクタイを着用、ビジネスバッグを持ち、大津市内で待機、シグナルで高齢女性の名前や住所、生年月日、なりすます金融機関名などが送付され、タクシーで女性の自宅に向かい、女性とやりとりし、キャッシュカード2枚が入った封筒を受け取ったものです。男は被告人質問で「(自分は)スーツを着て、相手は高齢者。だまされている人も多いし、捕まらないだろうという変な自信があった。悪いことは分かっていた。被害者のことは何も考えていなかった」と淡々と述べたということです。
  • フィリピンを拠点とした特殊詐欺事件で「かけ子」として窃盗罪に問われた20代の被告の公判で、大学のミスコンテストに出場するなど華やかな日々を送っていた被告が詐欺に手を染めたきっかけは、知人の誘いだったこと、かけ子仲間との交際、出産、そして逮捕、裁判など述べています。知人は「海外で1カ月間のアルバイトがある」「月に50万~100万円稼ぐ人もいる」「電話をかける仕事」などと勧め、「まあ大丈夫か」と考えフィリピンへ渡航、しかし、取り返しのつかない事態に巻き込まれたと気づいたのは、到着翌朝で、「職場」の廃ホテルを訪れると、電話で「警察です」と話す声が聞こえたほか、マニュアルも手渡され、「詐欺ということは明らかだったと気づくことになります。組織では役割分担が定められており、警察官や役所の職員をかたり高齢者から資産状況を聞き出す「1線」▽財務局職員などをかたってさらに電話する「2線」▽日本国内の共犯者に指示を出す「3線」の3つに分かれており、被告が担当したのは1線だったといいます。「(日本の)住所は分かっているんだぞ」と脅されたというものの、フィリピンでの暮らしぶりについての説明では、快適さもうかがわせたといいます。
  • 当時18歳の少年は、「1カ月で100万円稼げる」そう書かれたツイッター(現X)の投稿があると知人に教えられ、掲載されていた秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」のIDに、「稼げる仕事がしたい」とメッセージを送信、すぐに返信があり、「荷物を受け取る簡単な仕事」「警察には捕まらない」といった説明と、「エントリーカード」として、健康保険証と自分の顔を一緒に撮った写真の送信も求められたといいます。

暴力団等反社会的勢力が関与する事例も多数報じられています。以下、いくつか紹介します。

  • 全国の高齢者から多額の現金をだまし取ったとして、京都府警組対2課と東山署は、詐欺の疑いで、千葉県習志野市の稲川会傘下組織組員を逮捕しています。京都府警は特殊詐欺グループの首謀者とみており、被害は計約3億9000万円に上るといいます。報道によれば、息子を名乗って高齢者宅に電話をかけて現金をだまし取る手口で、2022年6月以降、京都を含む20都道府県の高齢者77人が被害に遭ったといい、暴力団の資金源になっていたとみられています。逮捕容疑は、氏名不詳者らと共謀し、2022年10月、札幌市の90代の女性宅に息子らを名乗って「会社の支払いが間に合わない」などとうその電話をかけ、700万円をだまし取った疑いがもたれています。京都府警はこれまでに特殊詐欺グループに関わった19~61歳の男女17人を逮捕、高齢者から現金を受け取り、コインロッカーに預けて回収する役割を分担していたとみられ、犯行の末端となる現金を受け取る「受け子」は、SNSで高額な報酬をうたって犯罪に加担させる「闇バイト」で集めていたといいます。さらに、氏名不詳者らと共謀し、2022年12月、三重県鈴鹿市の70代の女性宅に息子や医師を名乗り「カードをなくし、至急現金が必要」「息子さんが喉のがんになった」などとうその電話をかけて200万円を詐取、同様の手口で、京都市上京区の80代の女性から140万円をだまし取った疑いで再逮捕されています。
  • オレオレ詐欺を行ったとして、北海道警など5道県警の合同捜査本部は2023年10月、六代目山口組傘下組織組員ら10~20代の男女6人を詐欺容疑で逮捕しています。報道によれば、全国で5000万円以上の被害があるといいます。容疑者ら6人は茨城県内の地元の知り合いで、リーダー、現金回収の取りまとめ役、受け子からの現金回収役など、役割を分担、その上で、受け子を闇バイトで募っていたとみられています。北海道警では、各警察署の担当者がパトロールを実施、報告を受けた道警本部が必要性を判断し、「北海道警特殊詐欺対策室」のアカウントから警告を行っており、2023年は10月末までに約800件警告、その後8~9割で、投稿が削除されたりアカウントが凍結されたりするなど、一定の抑止効果を発揮したということです。
  • 高齢女性にATMを操作させ、現金を不正に盗んだとして、警視庁暴力団対策課などは、電子計算機使用詐欺と窃盗の疑いで、六丁目山口組傘下組織幹部を逮捕しています。報道によれば、既に逮捕されている8人らと共謀して2022年6月、神奈川県内に住む70代の女性に電話をかけ、介護保険料の還付を受けられると虚偽の説明をして郵便局のATMに誘導、幹部らが管理する口座に約50万円を振り込ませ、引き出して盗んだというものです。グループは東京都世田谷区のマンション一室で、被害女性らが掲載されたリストをもとに電話をかけていたといい、幹部は指示役だったとみられており、2022年3~6月、30都道府県で計118件の被害が確認され、被害総額は約1億円に上るとみられています。
  • 息子などになりすまし、高齢の男女からあわせて350万円以上をだまし取ったとして、北海道警は、詐欺の疑いで、六代目山口組二代目竹中組構成員ら18歳から28歳の男女6人を再逮捕しています。報道によれば、6人は、2022年10月、香川県の70代の男性に、息子を装って電話をかけ、「電車でカバンをなくした。契約のためにお金を用意できないか」などとうそをついて、現金150万円をだまし取るなど、高齢の男女3人からあわせて356万5000円をだまし取った疑いが持たれています。暴力団員は詐欺グループのリーダーで、グループによる被害総額は、道内も含め数千万円に上るとみられています。
  • 特殊詐欺グループのリーダー格とみられる暴力団幹部の男が逮捕され、京都府警が千葉県の組事務所を家宅捜索しました。京都府警が捜索に入ったのは、千葉県船橋市にある稲川会傘下組織の組事務所で、同組織の幹部が、札幌市の80代の女性に息子をかたってうその電話をかけ、現金約700万円をだまし取った疑いで逮捕されています。幹部は特殊詐欺グループのリーダー格とみられており、被害者は20の都道府県で77人と全国で被害が相次ぎ、被害総額は3億9000万円に上るということで、だまし取った金が暴力団の資金になっていたとみて組織的な関与がないか調べているといいます。
  • 千葉県の高齢女性から現金2000万円をだましとったとして、甲府市の稲川会4代目山梨一家橋本組幹部ら4人が詐欺の疑いで逮捕されています。報道によれば、4人は2022年9月、共謀して千葉県に住む80代女性の家に親族を装い「大事なものをなくした。すぐにお金が必要」などと電話をかけ、現金2000万円をだまし取った疑いがもたれています。今回の事件の受け子が逮捕され、取り調べの供述などから4人の関与が明らかになったということです。

その他、最近の特殊詐欺の報道から、いくつか紹介します。

  • SNSを使って女性2人から現金をだまし取ったとして、佐賀県警は、大阪府警西成署刑事課巡査(25)を詐欺容疑で逮捕しています。佐賀県警は詐欺グループの受け子役だったとみて調べを進めているといいます。逮捕容疑は共犯者と共謀し、カナダ人男性医師を名乗って2023年7~8月にSNSで佐賀県小城市の50代女性に「イエメンの病院で患者の世話をしているが、母が入院している」などとうそのメッセージを送信、イエメンからカナダへの航空代金名目で現金20万円を管理する口座に振り込ませ、だまし取ったというものです。また、8~9月にも、男性モデルを名乗って埼玉県川越市の60代女性にSNSで「タイにいて、個人的なコンテストで優勝して賞金5億円を手に入れた。配送料を払ってほしい」などとうそのメッセージを送り、管理する口座に現金70万円を送金させてだまし取ったといいます。さらに、他人に譲り渡す目的で銀行からキャッシュカードをだまし取ったなどとして、群馬県警は、埼玉県警巡査(20)を詐欺容疑で逮捕しています。当時19歳だった2023年3月、群馬県に住む中学時代の後輩の少年(19)と共謀し、インターネットで少年名義の口座開設とキャッシュカードを申し込み、交付されたカードをだまし取った疑いがもたれています。2023年6月、少年から伊勢崎署に「先輩から言われて口座を開設し、先輩に渡した」と相談があり、口座は別の詐欺事件の振込先として使われていたといい、群馬県警が経緯を調べているといいます。若手警察官が特殊詐欺に関与するというあきれる事件が続く由々しき事態といえます
  • 兵庫県と和歌山県の男女から現金計750万円をだまし取ったとして、宮崎、奈良両県警は、詐欺などの疑いで、茨城県筑西市の男子高校生(18)と栃木県小山市の男子高校生(17)を逮捕しています。報道によれば、2人は高校の同級生で特殊詐欺グループの受け子とみられ、共謀する何者かが内閣サイバーセキュリティセンターの職員になりすまし、保険に加入する必要があるなどと電話でうそを言い、茨城の高校生が兵庫の40代女性から500万円を、栃木の高校生が和歌山の50代男性から250万円を、それぞれ荷物として東京都内に送らせ詐取したとしています。また、若者が関与した事例としては、高齢女性からキャッシュカードをだまし取ったとして、福岡県警南署が、日本経済大学の男子大学生(19)と無職少年(19)を詐欺容疑で再逮捕したというものもあります。2人は同大の別の男子大学生(19)と、住居不詳の無職少年(19)、氏名不詳者らと共謀、福岡市南区の80代の女性宅に、金融機関職員などを装って「キャッシュカードが古く、還付金を振り込むことができない」などと電話、女性宅を訪れてキャッシュカード1枚をだまし取った疑いがもたれているほか、女性からだまし取ったカードで同区のコンビニ店のATMから40万円を引き出したとして窃盗容疑でも逮捕されています。さらに、保険の還付金を受け取れるなどと偽り、現金約199万円をだまし取ったとして、警視庁少年事件課は、電子計算機使用詐欺と窃盗の疑いで、無職の容疑者(21)を逮捕しています。した。容疑者は現金の回収役で、「出し子」の無職少年(15)から現金を受け取っていたとみられています。少年は60代以上の男女7人から総額約1000万円をだまし取ったとみられ、自宅から他人名義のキャッシュカードが20枚見つかったといいます。若者が安易に特殊詐欺に加担する実態が垣間見えます。
  • 民事訴訟の保険料をかたり現金をだまし取ったとして、警視庁暴力団対策課などは、詐欺の疑いで、40代の会社員を逮捕しています。報道によれば、極東会系組幹部の男が指示する詐欺グループの一員で、だまし取った現金などを受け取る「受け子」の役割だったといい、共謀して2022年9月、東京都内に住む60代の女性に電話をかけ、「あなたの携帯電話が別の人の携帯にウイルスを感染させた」などと嘘を言い、民事訴訟にかかる保険料として現金200万円を都内のマンションに郵送させ、だまし取ったものです。同課は、詐欺グループが2022年8~10月、この女性から9回にわたって計1250万円をだまし取ったとみています。
  • 兵庫県警西宮署は、兵庫県西宮市の80代の無職女性が警察官をかたる男からインターネットバンキングを通じて計5000万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、2023年11月、女性宅に警視庁の警察官を名乗る男から「押収した物の中に、あなた名義の通帳と携帯電話があった」「口座にお金を入れておくと危険なので、この口座にお金を振り込んでください」などと電話があり、女性は指示に従い、インターネット上で自身の口座から指定の口座に1000万円を5回にわたって振り込み、計5000万円をだまし取られたというもので、女性宅に金融機関から口座の取引金額に関する封書が届き、内容を不審に思った女性が110番したといいます。
  • パソコンがコンピューターウイルスに感染したと偽り、修理費名目で金銭をだまし取る「サポート詐欺」が増えており、全国の警察には2023年上半期に1214件の相談が寄せられたといい、特に最近は、コロナ禍で普及が進んだ遠隔操作ソフトの悪用が目立ち、注意が必要な状況です。具体的な事例としては、女性が指示通りに遠隔操作ソフトをインストールし、IDとパスワードを男に伝達、すると画面が勝手に動き始め、男は「マウスには触れないで」と何度も念押し、まもなくして警報音や警告画面は消えたものの、男は「修理代をもらう」と言って操作を続け、女性のクレジットカード情報が登録された通販サイトを通じて2万円分の電子マネーの購入手続きを行ったといいます。女性は「おかしい」と気づいて電話を切り、警察に相談、電子マネーの購入はキャンセルできたが、遠隔操作中に個人情報を抜き取られたのではないかと不安に駆られているというものがありました。
  • 大阪府内の70代の男性が「もうすぐがんで亡くなるので現金を譲渡したい」という嘘のメールを受け取り、「本人確認の費用」などの名目で、約5000万円をだまし取られる被害に遭ったと大阪府警特殊詐欺捜査課が発表しています。同様の被害は全国で18件確認されているといい、同課が注意を呼びかけています。2022年11月ごろ、男性のスマホ宛てに「自分はがんで亡くなるので手元にある現金を支援金として譲渡したい」というメールが送られてきたため、男性が記載されていたサイトにアクセスすると、「譲渡主」をかたる人物から「本人確認の費用」「受け取り証明費用」などの名目で現金を要求され、2023年1~8月、計約5000万円を指定の口座に振り込み、だまし取られたというものです。
  • 警察官をかたって高齢者からキャッシュカードを盗んだとして、徳島県警は、松山市の無職の女を窃盗容疑で逮捕しています。休日だった本物の警察官が偶然、被害者と女のやり取りを耳にして、犯行を見破ったものです。休暇中だった県警の警察官が、自宅付近で見慣れない女が歩いているのを発見、その後、近所の女性宅の玄関先から「キャッシュカード」「封筒」といった声が聞こえたため、不審に思って確認したところ、「警視庁」と書かれた顔写真付きの偽の身分証を首からさげた女が、女性と話していたため、女性から事情を聞いた警察官が110番し、犯行が発覚したものです。女は容疑を認めた上で、「闇バイトの募集に応募した」という趣旨の供述をしているといいます。
  • 長野県警茅野署は、同県茅野市の70代の男性が計8631万9972円をだまし取られる特殊詐欺被害に遭ったと発表しています。著名人の顔写真や名前を使った投資関連のインターネット広告にアクセスすると、外国為替証拠金取引(FX)の投資話を持ちかけられたといい、指定の口座に計20回入金、利益の払い出しができないことを不審に思った男性が消費生活センターに相談したものです。また、山梨県警捜査2課は、同県内の70代の女性がSNSで知り合った投資家を名乗る人物に投資話を持ちかけられ、約9930万円をだまし取られたと発表しています。スマホのSNSの広告をきっかけに投資家を名乗る人物と知り合い、SNS上の投資講座のグループに招待され、その中で金取引による資産運用を勧められ、指定された「取引アプリ」をダウンロード、取引を始め、2023年8月~9月の間に、1回に最大1800万円など計14回、指定された複数の口座に振り込んだといいます。利益が出金されないことなどから、不審に思い、警察などに相談し被害届を出したものです。
  • 秋田県の大仙市と横手市で架空請求詐欺の被害が相次いでおり、大仙市の60代女性は2023年10月下旬、スマホで「7億円の無償支援が受けられる」との広告を見つけ、メールで連絡、相手の要求を受け、にコンビニ店で電子マネーを数十回購入して利用に必要な番号を伝え、約91万円分の利用権をだまし取られたといいます。また、横手市の20代男性は、スマホに届いたメールの指示に従って電子マネーを購入し、約5万円分の利用権をだまし取られたといいます。また、電子メールや無料通信アプリ「LINE」で「50億円を受け取れる」などのメッセージを送り、電子マネーを詐取したとして、警視庁捜査2課は、詐欺容疑で、会社役員ら都内の38~41歳の男計5人を再逮捕しています。共謀し2023年10月、千葉県の40代女性に「支援金50億円を振り込む」とする電子メールを送り「確定反映費用」という名目で計220万円の電子マネーを詐取、また、愛知県の80代男性にラインで「資産の名義変更で5000万円を受け取れる」とのメッセージを送り、費用として60万円相当の電子マネーをだまし取ったとしています。5人はいずれも新宿区内の同じオフィスを拠点とし、同様の被害は3000件以上に上るとみられ、計約1億2千万円の被害があるとみて調べを進めています。
  • 福岡県警城南署は、アルバイト男性が総額8260万円の架空請求詐欺に遭ったと発表しています。福岡県警把握分では2023年最大の被害だといいます。報道によれば、携帯電話会社員や内閣セキュリティーセンター職員をかたる男らに「サイトにアクセスした未納料金が30万円ある」「サイバー保険に入れば補填される」などと言われ、電子マネー86枚(860万円相当)の使用権をだまし取られたほか、警視庁警察官を名乗る男から「(電話してきた)男が逮捕された。あなたも逮捕される」などと言われ、計7400万円を宅配で送ったり振り込んだりしたというものです。岐阜県警が別の特殊詐欺事件を捜査する過程で、被害が発覚したといい、被害金は相続した遺産などで、男性は「逮捕されるのが怖くて従うしかなかった」と話しているということです。
  • 茨城県警は、茨城県稲敷市の60代の会社員女性が架空料金請求詐欺の被害に遭い、1か月で計38回にわたり計約1410万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、女性は2023年10月、携帯電話に「料金の未納があります」とSMSを受け取り、記載された電話番号に連絡したところ、「NTTファイナンス」を名乗る男から「9万9600円払う義務があります」などと言われ、指定された口座に現金を振り込んだところ、その後も女性は電話で指示を受け、市内の銀行やスーパーなどのATMから計38回にわたって現金計約1410万円を振り込み、だまし取られたものです。約1か月後に会社の上司に相談し、詐欺だと気づいたといい、その間、男に「守秘義務がある」などと言われ、誰にも相談していなかったということです。
  • 区役所職員になりすまし、還付金が受け取れると嘘を言って現金を振り込ませたとして、警視庁葛西署は電子計算機使用詐欺と窃盗の疑いで、住所不定、無職の30代の容疑者を逮捕しています。共謀の上、東京都江戸川区の80代男性方に区職員や銀行員を装って電話をかけ、「保険の還付金を受け取れる」などと嘘を言ってATMを操作させ、振り込ませた現金約93万円を引き出して盗んだというものです。容疑者は現金を引き出す「出し子」で、防犯カメラの映像などから浮上、男性が現金を振り込んだ後に詐欺を疑い、銀行員に相談して発覚したものです。
  • 佐賀県警佐賀北署は、佐賀市の40代女性がニセ電話詐欺の被害に遭い、約1800万円をだまし取られたと発表しています。中国の公共機関の職員を名乗る男から電話で「あなた名義の荷物が上海の税関で止められた。警察に通報する」などと言われた。その後中国の警察官を名乗る別の男から「あなたを国際的犯罪者の共犯として取り調べる。日本に残るためには保釈金が必要だが、無実と分かれば返金する」などと言われたため、指定された国内口座に7回にわたり、計約1800万円を振り込んだというものです。家族に相談して被害が発覚したものです。
  • 特殊詐欺事件に関与したとして、警視庁は15日、俳優の池田純矢容疑者を窃盗容疑で再逮捕しています。池田容疑者は2006年にデビューし、「海賊戦隊ゴーカイジャー」などのテレビ番組や舞台に出演していたといいます。報道によれば、東京都江東区の60代男性のキャッシュカード3枚を使い、同区内の銀行などのATMから現金計150万円を不正に引き出した疑いがもたれており、2023年10月、この男性からカードをだまし取ったとして詐欺容疑で逮捕されていました。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されています。直近でも、高齢者らの特殊詐欺被害を一般の人が未然に防ぐ事例が増加しており、たとえば、銀行の利用者やコンビニの客などが代表的です。埼玉県警によると、こうしたケースは2023年1~8月で104件にのぼり、すでに2022年1年間(103件)を超えたといいます。県警は、街頭での啓発活動や金融機関でのポスター掲示などが一定の効果を上げているとみています。また、被害を未然に防げた「水際防止」は2022年に全体で2215件となり、1888件だった2021年を上回って過去最多を更新しています。警視庁犯罪抑止対策本部によると、2023年1~10月に警視庁が認知した特殊詐欺は2337件(前年同期比▲347件)、摘発人数は548人(▲137人)に上りますが、詐欺被害を未然に防ぐことができた件数は2307件と、前年同期比で82件増加、摘発件数と同じく、未然防止件数も2013年以降、最多だった2022年を上回るペースとなっています。特殊詐欺では、犯人側が携帯電話をつながせながらATMやコンビニエンスストアに被害者を誘導、現金を振り込ませたり、プリペイドカードを購入させたりしてだまし取っており、警視庁は、金融機関やコンビニなどに高齢者らへの声掛けの協力を求めているところ、「スタッフの方のこうした声掛けの効果が出てきているのではないか」と指摘しています。なお、大多数は家族やコンビニ店員、金融機関職員が詐欺と気づいて声をかけたものですが、居合わせた一般の人による声がけや警察への通報は2022年同期(64件)の1.6倍に増えているといいます。特殊詐欺の被害防止は、何も特定の方々だけが取り組めばよいというものではありませんし、実際の事例をみても、さまざまな場面でリスクセンスが発揮され、ちょっとした「お節介」によって被害の防止につながっていることが分かります。このことは警察等の地道な取り組みが、社会的に浸透してきているうえ、他の年代の人たちも自分たちの社会の問題として強く意識するようになりつつあるという証左でもあり、そのことが被害防止という成果につながっているものと思われ、大変素晴らしいことだと感じます。一般人によるものとしては、特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、群馬県警館林署が、明和交通のタクシー運転手、内田さんに感謝状を贈った事例があります。乗客の女性はタクシーの常連で、過去に受けた被害と同じパターンだったことに気づいて金融機関に迅速に通報したものです。報道によれば、2023年8月、普段から金融機関や親族の送迎で指名される女性から「板倉町の金融機関に振り込みに行きたい」との依頼を受け、道中で話をしているうちにATMでは対応できない金額だと判明し、特殊詐欺ではないかと直感、金融機関に到着後、係員に「女性は以前も多額の詐欺に遭っている。適切に対応して」と告げたといいます。係員は請求書などの提示を求めたが、女性が対応できなかったため、不審に思って館林署に通報したもので、同署が詐欺未遂事件として捜査しているといいます

次にコンビニの事例をいくつか紹介します。

  • ニセ電話詐欺の被害を防いだとして、岐阜北署は、岐阜市のローソン岐阜福光東店、岐阜石谷店の2店舗と、それぞれの店員に感謝状を贈っています。岐阜石谷店では、市内の80代男性が訪れ、レジで30万円分の電子マネーカードを買おうとしたところ、隣のレジにいた店員(17)が声をかけると、男性は「孫に渡す」と話したことから、「孫にそれだけ渡す? え?ってなりました」として、店から110番通報したといいます。レジで対応した新人店員は不審に思わなかったといい、「新人に教えていきたい」と話しているといいます。岐阜福光東店でも、4万円分のカードを買おうとした70代男性に店員(29)が声をかけたところ、男性は、自宅のパソコンで地図検索をしていると突然アダルトサイトにつながって警告音が鳴ったため、表示された番号に電話したところカードの購入を指示されたということです。同署長は「店長や先輩の日ごろの教育を、店員にしっかり守ってもらっている」と述べていますが、正にその通りだと思います。
  • 特殊詐欺の被害を未然に防いだとして、大分県警別府署はコンビニ「ローソントキハ別府店」のパート従業員(27)に感謝状を贈っています。2022年7月にも特殊詐欺防止に貢献しており、同様の感謝状を受け取るのは2回目だといいます。報道によれば、2023年11月、別府市内の80代女性が5000円分の電子マネーを買いに来店、不審に感じて購入目的を聞くと、女性が「1億5000万円が受け取れる」という内容のメールを見せたため、詐欺の可能性があることを伝え、同署に連絡したというものです。普段から電子マネーをあまり理解せずに購入しようとする人に気を付けているといい、「これからも、少しでもおかしいと思ったら、ちゅうちょせずに声をかけたい」と話しています。
  • 大阪府交野市の「セブン―イレブン交野天野が原町2丁目店」のオーナーが、「パソコンからアラーム音がして番号が表示されて……」とスマホを手にする80代男性に代わりスマホの電話に応じると、相手は片言の日本語だったといい、来店した男性に聞くと「電話をかけるとアップルカード2万円分を買うよう指示された」と話したため、「詐欺の手口かも」と購入を待ってもらい、大阪府警交野署に通報したものです。スマホの相手は一方的に指示を繰り返していたといいます。オーナーは「啓発チラシのおかげで詐欺と気づけた」と話しています。このチラシは、交野署が防犯指導の一環で2023年から詐欺の手口をまとめ、コンビニ各店に配布していたものだといいます。大阪府内では2023年10月末現在、サポート詐欺を含む「架空料金請求詐欺」で7億9830万円の被害が出ているといいます。

次に金融機関の事例をいくつか紹介します。

  • 医療費の還付金名目で高齢女性からキャッシュカードなどをだまし取ろうとしたとして、兵庫県警灘署は、住所不定、無職の容疑者(29)を詐欺未遂の疑いで逮捕しています。直前に地元郵便局に不審な電話があり、局員が女性宅に様子を見にいったことで被害を防いだということです。何者かと共謀し、神戸市灘区の80代の女性に区役所職員を装って「医療費の還付金がある」などとうその電話をし、キャッシュカードや通帳を詐取しようとしたとしたもので、「受け子」役だったことを認めているといいます。郵便局に女性のキャッシュカードについて問い合わせる不審な電話があり、女性と顔見知りの局員が女性宅を訪れたところ、還付金に関する電話を受けている最中だったため、局員の指摘で女性は電話を切り、110番通報し、駆け付けた署員が近くの公園でスーツ姿の容疑者を職務質問し、指示役からの連絡を待っていたことを認めたため、逮捕したということです。
  • 特殊詐欺を未然に防いだとして、愛知県警豊田署は、JAあいち豊田猿投支店の3人に感謝状を贈っています。店のATMコーナーで女性の話し声がするのに気づき、「着いたよ」との声、1人だけの様子からピンときたといい、見に行くと、携帯電話で話をしており、手には2枚のカードを持っていたことから、支店長に報告、支店長が「大丈夫ですか」と声をかけ、女性の顔見知りだった職員と一緒に話を聞くと「還付金があると電話がかかってきた」といい、「なに言ってるのか分からないから電話を代わって」と頼られたといいます。そのやり取りについて支店長は「焦って電話を切るのかと思っていたが、なんと言ってもひるまない。とにかく、しつこかった」といい、危険を恐れない犯人の執着心に驚いたということです。電話が切れた後、女性は特殊詐欺の被害は重々承知していながら、女性は騙されそうになっていたと気づいた様子だったといいます。

その他、国内外の特殊詐欺防止などに関する報道から、いくつか紹介します。

  • 高齢女性からキャッシュカードをだまし取ったとして富山県警魚津署は2023年10月に東京都中野区の20代の会社員を詐欺容疑で逮捕していますが、身柄の確保は富山県警が事件を覚知してからわずか約2時間半後だったといい、スピード逮捕につながったのは、複数の防犯カメラ映像を追う「リレー方式」の捜査だったと報じられています。さらに、「カードを受け取る『受け子』は、首都圏から来て帰るのが一般的」と富山県警は見立て、北陸新幹線・黒部宇奈月温泉駅に捜査員を向かわせ、ここでも防犯カメラを確認すると、男が東京方面行きのチケットを購入していたため、別の捜査で東京にいた捜査員に連絡し、警視庁の協力も得て東京駅で待ち伏せしたといいます。男の乗った新幹線は駅に到着、男の映像を送られていた捜査員がすぐに男を発見して確保、被害金も無事に全額回収できたといいます。報道で県警組織犯罪対策課は「金融機関からの早期の情報提供があり、被害者の記憶も明瞭だったことが幸いした。お金を渡した後でも、『おかしい』と思ったらすぐ通報してほしい」と話していますが、こうしたスピーディな捜査が行われることを知れば、なおさらそうすうべきだと感じます。
  • 人の行動を説明したり予測したりする「行動経済学」を活用し、犯罪被害を減らしたいとして、滋賀県警と大阪大学社会経済研究所が、相互連携の協定を締結しています。特殊詐欺の被害が増加の一途をたどるなか、滋賀県警は「県民に行動を変えてほしい」と期待しています。行動経済学とは、心理学を用いた経済学で、人間は可能な限り最善の選択肢をとると思いがちだが、時として非合理な行動をすることに注目し、適切な対応を考えていくものです。例えば、特殊詐欺の被害を減らすには、電話を留守番電話に設定しておくことが有効である一方、2022年、特殊詐欺の被害に遭った人のうち52人に滋賀県警が聞いたところ、電話を留守電に設定するなどの対策をしていなかった人が8割を占めたといいます。県警と同研究所は2022年の5カ月間、約600人の高齢者を対象に社会実験をした結果、留守電の設定が「大切だ」と強調するより、「お友達も留守番電話の設定をするきっかけになる」と呼びかけた方が、割合で見ると2倍近く留守番電話になっていたといいます。特殊詐欺は、人の「騙されるメカニズム」を知り尽くした悪意ある者の犯行であり、より深い心理面・行動面に着目した取り組みに期待したいと思います。
  • 特殊詐欺の被害防止のため、埼玉県内で事業を展開する企業が立ち上がり、ATMなどでお年寄りに声をかけて被害を防いだ人を対象に、カラオケ店や温泉施設、飲食店など約190施設で利用料を無料にしたり、割り引いたりする取り組みを始めています。報道によれば、「怪しい」と思った場面で尻込みせずに、被害者への積極的な声かけを促すのが狙いで、全国初の取り組みだといいます。特殊詐欺を防いだ人に県警が感謝状を贈る際に、「証明書」を発行、もらった人が今回の企画と提携する県内の施設でこの証明書を示せば、計3回好きなサービスが受けられるというものです(ただし、金融機関の職員やコンビニの店員らは対象外)。一般の人が特殊詐欺を防ぐケースはまだ少なく、2022年、埼玉県内であった水際での防止事案は2215件あったところ、金融機関やコンビニの関係者以外で貢献した人は153人にとどまっています。心配して被害者に声をかけても「だまされていると言うのか。バカにするな」「放っておいてくれ」などと怒鳴られることも少なくないため、警察官の到着まで粘り強く説得を続けるのが難しいことが多いといい、それがハードルの高さにつながっている現実があります。今回の取り組みは、こうした実態を知った企業の協力で実現、カラオケ「BanBan」を運営する「シン・コーポレーション」の田中氏は、埼玉県警本部であった会合の後、「水際防止が広がるよう周知していく。他の都道府県でも話があれば協力したい」と話したといい、特殊詐欺防止に企業ができることは何かを筆者としても考えてきましたが、ちょっとした勇気と「お節介」を後押しするような、こうした取り組みが拡がることを期待したいところです。

前回の本コラム(暴排トピックス2023年11月号)でも取り上げましたが、ミャンマーを拠点にSNSや電話を使って中国人らを標的にする詐欺集団の犯罪が目立っており、中国公安省は現地当局と連携し、これまで4600人以上の容疑者を中国に移送、さらにミャンマーでは、少数民族武装勢力が国軍への攻撃を始めるにあたって「オンライン詐欺の撲滅」も大義名分に掲げています。報道(2023年11月18日付け朝日新聞)によれば、「ゲーム関係の仕事がある」と四川省の10代の男性はそんな話を信じ、車に乗せられ、雲南省経由で隣国ミャンマーに不法入国させられたところ、現地で強いられたのは、チャットアプリで裕福な男性のふりをし、金を巻き上げるために女性たちをだますことで、博士号を持つ中国人男性は、ミャンマーで監禁状態に置かれ、1年にわたって働かされたといいます。英語ができたため、1日に十数時間、監視下で英語圏向けの詐欺に従事させられたという実態が明らかになっています。中国からミャンマーに拠点を移したとみられる犯罪集団などが中国人らを狙う詐欺事件で、大々的な取り締まりが続いており、コーカン自治地域では不法滞在の中国人ら377人が逮捕され、2023年10月には同地域の実業家ら11人が中国で当局に逮捕されていますが、オンライン詐欺や賭博に関わった疑いがあるといいます。ミャンマー側の国境地帯は長らく政府の統制が及ばず、2021年のクーデターで国軍が全権を握った後も統治できていない地域が多く、中国系詐欺集団の拠点も置かれてきた経緯があります。中国国境に近いシャン州北東部では2023年10月末、同州拠点のタアン民族解放軍(TNLA)、ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)、西部ラカイン州拠点のアラカン軍(AA)の三つの少数民族武装勢力が国軍の複数の拠点を同時に攻撃し、国軍の拠点を占拠、3勢力は声明で「国軍による独裁の終結」を宣言し、さらに「オンライン詐欺の撲滅」を軍事作戦の目的に挙げています(3勢力には、利権確保や自治権拡大という本来の目的があるとみられています)。報道で米国平和研究所は、地域に影響力を持つ中国の反感を買うことを避けるため、「オンライン詐欺の撲滅」を目的に掲げることで「中国の暗黙の支援を得る必要があった」と分析、さらに根本敬・上智大名誉教授(ビルマ近現代史)は、「UWSAを通じて中国の武器が3勢力に流れているとみられ、中国が黙認していることには、国軍に『お灸を据える』意味合いがあるのだろう」と指摘しています。

(3)薬物を巡る動向

本コラムでその動向を追ってきた大麻取締法などの改正案が衆院本会議を通過し、参院に送付され今臨時国会で成立する見通しです。改正案は大麻草から抽出した成分を含む医薬品を医療現場で使えるようにすることを柱としていますが、この医療用大麻の解禁で、大麻自体が解禁されたとする誤った認識が広がり、深刻化する若者の大麻乱用に拍車をかける恐れも懸念されるところです。それに対し、新たに大麻の使用罪が設けられています。大麻成分には、幻覚などの有害作用を引き起こす「テトラヒドロカンナビノール(THC)」のほか、リラックス効果があるとされる「カンナビジオール(CBD)」などがあり、THCが規制対象になる一方、CBDは、海外では難治性のてんかん症候群の治療などで活用され、CBD成分を含むサプリメントやグミも流通、日本でも、CBD食品などが広まっているところ、現行法では大麻から製造された医薬品の使用は認められておらず、医療分野の解禁を求める声が出ていました。厚生労働省はCBD製品の中には、THCが検出され、販売中止となったものもあることをふまえ、CBD製品に残留するTHCの上限値を設け、監視を強化する方針としています。こうしたCBD製品の検査強化や(大麻グミ等で問題となっている)HHCHを医薬品医療機器法の指定薬物に指定し、2023年12月2日から規制していますが、近年はTHC類似成分を含む製品の流通が続き、厚生労働省は2022年3月にHHC(ヘキサヒドロカンナビノール)、2023年8月にTHCH(テトラヒドロカンナビヘキソール)を指定薬物に追加していますが、次から次に新たな成分が作られる現状を打開するため、HHCHに似た構造をまとめて規制する包括指定も検討するとしています。また大麻も麻薬取締法の対象にし、他の規制薬物と同様に使用を禁止する「施用(使用)罪」を設けることになります。この使用罪創設の背景の一つには、より強い違法薬物を使用する入り口となる「ゲートウエー・ドラッグ」と呼ばれる大麻の若者への蔓延があり、2022年の大麻事件の摘発者は5546人で、うち約7割が10~20代となっており、使用に罰則がないことで大麻や大麻グミなどへの抵抗感を下げているとされます。さらに、若者への大麻蔓延に拍車をかけているのが、SNSの存在です。2022年10~11月に大麻所持で摘発した911人への調査で、30歳未満が大麻の入手先を知った方法として、3分の1がインターネット、半数以上が友人・知人と回答、SNS上では、大麻に「害はない」とする誤った情報も散見されています。一方、海外では大麻の規制緩和が進んでおり、厚生労働省などによれば、大麻から製造された医薬品の使用を認めている国は、英国、ドイツ、フランス、イタリア、米国、韓国など20カ国以上に上り、嗜好品目的を合法とする国は、カナダとウルグアイなど数カ国で、ドイツでも認める法案を2023年8月に閣議決定、税収増や、流通を透明化することで犯罪組織の資金源を断つ狙いなどがあるとされます。米国も国としては嗜好品目的を禁じているものの、20州以上では合法化されています。ただ、こうした国などでも依存性が高くなる若者の使用は禁止され、販売や使用場所などについて厳しい規制があり、カナダでは個人の所持量などを明確に規制し、一定年齢以下の若者への販売や譲り渡しなども14年以下の懲役としています。なお、本コラムでもたびたび指摘しているとおり、日本における違法薬物の生涯利用率は、諸外国と比べて格段に低く、現時点で嗜好用大麻解禁といった議論は不要です。また、大麻に含まれるTHCの量は年々増加しており、米国立薬物乱用研究所のデータによると、その濃度は1995年以降、約4倍に増えているといいます。報道で神谷教授は「海外で嗜好品として大麻が合法化されつつある中、『大麻は安全で無害』という考えが広まっており、若者による大麻使用が増加している。医療用大麻が医薬品として有効である一方で、THCが思春期における脳神経発達や認知機能に悪影響を与えることが今回の研究で示された。若い世代における大麻乱用を防ぐことは、メンタルヘルスの観点から重要だ」と指摘していますが、正にその通りだと思います。

大麻に似た有害成分「ヘキサヒドロカンナビヘキソール(HHCH)」を含む「大麻グミ」による健康被害が相次いだことを受け、武見厚生労働相は、早ければ年明け(2024年)以降にも類似成分を包括的に規制する方針を明らかにしています。前述したとおり、HHCHを含む製品は2023年12月2日から、販売や所持、使用が禁止されています。厚生労働省は、2023年11月17~29日、17都道府県66カ所の店舗や事業所に医薬品医療機器法(薬機法)に基づく立ち入り検査を実施、HHCHを含む製品が確認された43カ所に販売停止命令を出しています。製品はグミのほか、クッキーや電子たばこのリキッドなどもあったといいます。HHCHは大麻草の成分であるカンナビノイドの一つで、人工的に合成した物質だとみられますが、カンナビノイドは100種類以上が天然に存在し、さらに人工的に合成してつくるものは無数にあります。THCは、服用すると陶酔感を得られますが、大量摂取すると体がよろめいたり手足の動きがにぶくなったりなど身体機能を低下させ、吐き気やパニック障害、幻覚症状を引き起こすとされ、構造がよく似ているHHCHについても、THCと同様の効果があると考えられています。また、大麻由来や大麻類似の成分を含む食品は「エディブル」と呼ばれ、クッキーやチョコレート、グミなど、子供から大人までなじみのある形で販売されており、普段見慣れたものだけに、口にする抵抗感が低く、危険性が認識されにくいこと、口から摂取した場合、効果を実感するまでに時間がかかるため、食べ過ぎてしまい大変危険な状況に陥る場合もあること、強い毒性を含んでいるケースがあり、人体実験を受けるようなものとの専門家らの指摘があります。厚生労働省は11月22日に省令を改正し、HHCHを薬機法の指定薬物に追加、HHCHを含む製品について、購入を控えるよう呼びかけており、改正省令が施行される12月2日からは、販売や所持、使用が禁止されました。これまでも、一つの成分を規制すると、また別の成分を含む製品が流通する「いたちごっこ」が続いており、厚生労働省は「HHCHに代わる成分はすでに出てきている」とし、年明け以降にも類似成分を指定薬物として「包括指定」する方針で、武見厚労相は「類似化合物の出現傾向を予測し、科学的知見の収集を進めている。迅速に手続きを進めたい」と述べています。

▼厚生労働省 危険ドラッグの成分1物質を新たに指定薬物に指定~指定薬物等を定める省令を公布しました~
  • 厚生労働省は、本日(2023年11月22日)付けで危険ドラッグに含まれる別紙の1物質を新たに「指定薬物」として指定する省令を公布し、令和5年12月2日に施行することとしましたので、お知らせします。
  • 新たに指定された1物質は、昨日(11月21日)の薬事・食品衛生審議会薬事分科会指定薬物部会において、指定薬物とすることが適当とされた物質であるため、早急に指定を行うこととなります。
  • 施行後は、この物質とこの物質を含む製品について、医療等の用途以外の目的での製造、輸入、販売、所持、使用等が禁止されます。
  • この物質は、以下の参考情報のとおり、国内の店舗やインターネットで販売されていることから、消費者の皆様には、購入・使用することがないよう注意喚起いたします。なお、海外でも流通している物質であり、厚生労働省は危険ドラッグが海外から輸入され、乱用されることのないよう水際(輸入)対策を強化していく方針です。今後、インターネットによる販売も含め、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律に基づく無承認無許可医薬品としての指導取締りも強化していく方針です。危険ドラッグについては、事業者の皆様には、販売、購入、輸入等をしないよう強く警告いたします。
  • 参考情報
    • 令和5年9月以降、新たに指定された1物質を含むことが疑われる製品を摂取したとされた後に救急搬送された事例が少なくとも全国で8件報告されています。地方厚生局麻薬取締部は警察や自治体と連携して、令和5年11月20日までに、健康被害に遭った方々が摂取したとされる製品を製造・販売した販売店舗等8カ所に対して、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律に基づく立入検査と該当製品に対する検査命令・販売等停止命令を行いました。
  • (別紙1)新たに指定された指定薬物の名称
    • [物質1]省令名:3-ヘキシル-6a,7,8,9,10,10a-ヘキサヒドロ-6,6,9-トリメチル-6H-ジベンゾ[b,d]ピラン-1-オール 通称等:HHCH、HHC-H、Hexahydrocannabihexo

大麻に似た成分を含むグミを食べた人の健康被害が相次いだ問題を受け、兵庫県議会の自民党、維新の会、公明党、ひょうご県民連合の4会派の議員団は、大麻グミなど危険薬物対策について斎藤元彦知事に申し入れを行い、知事は2014年に制定した「薬物の濫用の防止に関する条例」を活用し、県内の販売店などの規制を強化する方針を示しています。申し入れでは、医薬品医療機器等法に基づく指定薬物への早急な指定を国に強く要望し、青少年に対して危険薬物を使用することがないよう、正しい知識を普及・啓発するよう求めています。兵庫県の条例は、中枢神経に作用し健康被害を生じる恐れがあるものを広く「危険薬物」とし、国の指定がない類似成分も規制できる立てつけとなっており、製品から危険薬物の成分が検出された販売店は「知事監視店」の指定ができ、購入者の氏名、住所の確認など販売手続きが義務化されるとし、斎藤知事は知事監視店の指定など「規制強化をしていきたい」と述べています。鳥取県の平井伸治知事も、「いたちごっこをやっているとしか思えない」と国の対応を批判、鳥取県は2014年、薬物乱用防止条例を改正、健康被害を及ぼす恐れがある物質を、成分を特定することなく包括的に「危険薬物」とみなし、製造などを全面的に規制しており、平井知事は「鳥取県では(大麻グミを)販売することはできない」と強調、製造や販売、購入、所持、譲渡、使用などが禁止されるほか、県外からのインターネット販売にも適用され、知事の中止命令に従わない場合は2年以下の懲役または100万円以下の罰金など、罰則もあります。こうした自治体の柔軟な規制のあり方が今回は良いように思われます。今後、打ち出される国の包括規制のあり方も、同様に柔軟なものとして、「いたちごっこ」を防ぐような内容となることを期待したいところです。

一方、グミを製造・販売する大阪市北区の「WWE」の松本社長が、報道陣の取材に応じ、「グミには大麻に近い成分が含まれているが、合法なものなので継続して販売する。今後は注意喚起を今まで以上にしていく」と説明、松本社長は、グミには大麻成分と構造が似ているが、法律で規制されていない合成化合物HHCHが含まれていると説明、厚生労働省の許可を得た輸入業者から仕入れ、成分入りのグミは2023年4月からインターネットや店舗で販売しているといい、グミによる体調不良者の続出については「このようなことが起きたのは遺憾。用法・用量を超えた過剰摂取が原因だろう」とし、今後は20歳未満への販売禁止の徹底や、子供が開けられない包装にするなどの対策を施す予定としています。また、厚生労働省が、指定薬物として流通禁止を検討していることについて、「規制すればするほど、新しい成分が開発される。規制は愚策だ」と訴えていますが、こうした考えを持つ者が流通させているのかと、筆者としては大変憂慮しています。

本コラムでもその動向を注視してきた日本大学アメリカンフットボール部員による違法薬物事件をめぐり、日大は、文部科学省に改善計画を報告し、公表しています。ガバナンス(組織統治)の抜本的な見直しや、学生寮の規律の確立などを打ち出し、「失った社会的信頼や声望を回復することを目指す」としています。改善計画は、一連の問題の原因として日大に「ウチのことはウチで収める」という「強固なムラ社会の意識」が「幾層に」わたって存在したと指摘、法人内での情報伝達を阻む「秘密主義」「排外主義」につながり、虚偽の報告が繰り返される結果などを生んだとしています。その上で、一連の問題の対応に法人のガバナンスの不備があったと認め、理事長や学長などの権限と責任を明確化し、報告体制を含めたガバナンスを強化する仕組みを設けると明記、理事長や学長を直接補佐する部署も設けること、役員に対する懲戒処分の規程も新たに定めること、違法薬物事件がアメフト部の学生寮内で起きたことから、寮の規律を維持し、学生の生活状況などを定期的に大学に報告する「寮監」を新たに置くこと(寮生活について、「生活の場が部と同じ狭い人間関係の中にあり、限りなく閉鎖的。部外の人の目が入ってくることもなく、問題があった時に防ぎようがない」という指摘が識者から出ています)、競技部学生の学力の担保を明確に把握できるよう選抜方法も見直し、2025年度入試からの導入を検討すること、薬物の乱用防止のため、全競技部の学生を対象にコンプライアンス研修や定期的なアンケートを実施し、違法薬物に関わらないとする誓約書の提出も求めること、廃部の方針を決めた(最終判断は保留、継続審議)アメフト部については、在学生や入部希望者に対して不利益が生じないよう対策を審議していくことなどが明記されています(「対応の不備で事態を悪化させた大学側が経緯の詳細を説明せず、一足飛びに最も重い「廃部」を決めたことには強い違和感を覚える」「理事長の減給や学長、副学長の辞任と併せて、11月中とされた期限内に廃部の結論を急いだのだろう」「学生の不利益をもって大学の体面を保とうとしたように映り、何がなんでも学生を守るという気概はみえない」(産経新聞)といった厳しい指摘も多く出ているところです)。また、新たに「日本大学競技スポーツセンター(仮称)」の設置を検討し、競技部学生のサポート体制などを構築するほか、国内の大学スポーツの統括組織である大学スポーツ協会(UNIVAS〈ユニバス〉)に加盟申請するとしています。本コラムで指摘してきましたが、「大麻蔓延をもたらした構造的要因(濃密な人間関係など)」への対応も盛り込まれており、一定程度評価できるのではないかと思いますが、直近で、3人目・4人目の逮捕者を出しており、アメフト部の存続問題とあわせ、「構造的要因」をどこまで根本から変えられるのか、残念ながら抜き打ちの薬物検査等の導入もせざるを得ないかもしれないなど、まだまだ改善状況を注視していく必要があると考えます。

本事件については、警視庁が、同部員で同大3年の男(21)を麻薬特例法違反(規制薬物としての譲り受け)容疑で新たに逮捕、同部員の逮捕は3人目となりました。男は2023年、東京都内で友人から2回、違法薬物と認識した上で大麻などの薬物を買ったり、無償で受け取ったりした疑いがもたれています。さらに、警視庁は、麻薬特例法違反の疑いで3年生の男性部員(21)を書類送検し、立件は4人目となります。さらに本事件で、麻薬取締法違反(所持)に問われた同大3年の被告(21)の初公判が東京地裁であり、被告は起訴事実を認め、検察側は「高校3年のころから大麻を使用するようになった。自ら密売人に接触して薬物を入手するなど依存性は顕著で、再犯のおそれは否定できない」と懲役1年6月を求刑、弁護側は執行猶予を求めて即日結審しています(判決は2024年1月9日)。報道によれば、被告は2023年7月6日、東京都中野区にある同部の学生寮で、覚せい剤0.198グラムを合成麻薬のMDMAだと誤認して所持したとしています。検察側の冒頭陳述などによると、被告は密売人を通じて受け取った覚せい剤の錠剤をMDMAと思い込み、学生寮の自室ロッカーで保管していましたが、錠剤は7月6日に沢田康広副学長らによる持ち物検査で発見され、大学関係者が同18日に警視庁に通報しています。一連の事件で初めて摘発された被告は、被告人質問で「部活と大学の関係者に大変迷惑をかけ、申し訳ない」と謝罪、弁護側の質問に、高校3年の3月頃から大麻を使い始めたと明かし、同部内で大麻を使用していたのは「10人程度だった」と述べたほか、SNSで購入し、複数の部員で一緒に使うこともあった(月1回、多くて週2回程度の頻度)といい、「大麻使用について大学側に打ち明けて指示を待っていたが、警察に行くよう言われたことなどはなかった」とも述べています。さらに、持ち物検査の際には、同部監督から「沢田副学長に見つかってよかったな」と言われたとし、「もみ消すのだと思い、少し安心した」と話しています。10人の使用者の存在、「もみ消し」を仄めかす内容など、興味深いものですが、いずれも、これまで公表されている実態以上の「ひどさ」を示唆するものであり、本事件の徹底的な解明のもと、構造的要因の解消に取り組んで欲しいと思います。

その他、大学スポーツや若者への大麻の蔓延の状況について、いくつか紹介します。

  • 早稲田大学の相撲部員が大麻取締法違反(譲り受け未遂)容疑で逮捕された事件で、福岡県警が、部員が住む学生寮を家宅捜索しています。報道によれば、部員が売人とみられる知人(およそ5年前に福岡で知り合ったといいます)に電話で「大麻を送ってほしい」と依頼したとみられることも新たに判明、福岡県警はこの部員を送検しています。押収したスマホなどを解析し、経緯を調べています。なお、早大は、相撲部に対して11月14日付で、全容が判明するまで当面の間、活動停止を命じたと発表しています。また、早大は他の相撲部員への聞き取り調査を行っており、「捜査に全面的に協力するとともに、事実関係を早急に確認し、改めて情報を開示する」としています。
  • 福岡大学の同級生と共謀して大麻を所持したとして、福岡県警城南署は、同市城南区、福岡大スポーツ科学部3年の容疑者(21)を大麻取締法違反(共同所持)容疑で逮捕しています。報道によれば、「(同級生と)お金を半分ずつ出し合って大麻を購入した」と容疑を認めているといいます。この事件で逮捕された福岡大生は2人目となりますが、福岡県警は、他にも関与した学生がいないか解明を進めるとしています。容疑者のスマホを押収して解析したところ、SNSで連絡を取り合っていた容疑者の関与が浮上したものです。
  • 若者の間で大麻の乱用が深刻化、誤った知識を基に軽い気持ちで手を出してしまうとみられ、奈良県警は啓発活動を強化しており、使用経験者がインタビューで語った「後悔」を盛り込んだチラシを中学・高校に配布し、「青春を台無しにしないために大麻に手を出さないで」と呼び掛けています。このうち男性の1人が大麻を初めて使用したのは、13歳の時で、年上の知人から「飯がうまくなるし、音楽の聞こえも良くなる」と勧められたのがきっかけだったといい、それまでは「大麻は怖い」と思っていたが、使い出すとやめられなくなったといいます。「(大麻は)スマホで簡単に入手できた」と振り返り、「頭の中が大麻のことでいっぱいになった。もう歯止めがきかなくなってしまった」と、依存を強めていった当時の状況を語っています。もう一方の男性は大麻ほしさから、購入費用を捻出するため特殊詐欺に手を染めたといいます。「頭では『大麻はアカン』って分かっていたけど、やめられなかった」とし、少年院で過ごす今、「家族や大切な友人からの信用を失うのは一瞬だった」と打ち明けています。

覚せい剤など違法薬物の密輸が急増しており、東京税関が2023年1~9月に押収した違法薬物は約1.5トンで、すでに2022年1年間の約583キロの3倍近くになっているといいます。東京税関は、取り締まりに関し警察などとの連携を確認する連絡協議会を開き、関東の警察や検察、麻薬取締部など12機関66人が参加、最新の密輸手口を共有しています。報道で税関の正海調査部長は「航空機の旅客はコロナ禍前の8割まで回復しており、密輸も増えている」と話しています。税関によると、2023年9月までに押収した違法薬物は約1.5トン(うち覚せい剤約1.4トン)で、1985年以降で押収量が最多だった2019年の約1.9トン(同約1・8トン)に迫る勢いといいます。なお、違法薬物以外では金の密輸事件も増えており、2023年1~6月に67件を摘発し、計約38キロの金を押収したといいます。なお、筆者としては、覚せい剤の密輸がこれだけ増えている一方で、覚せい剤取締法違反の検挙件数屋検挙人数がここ数年、大きく減少している点が気になります。覚せい剤は依存性が高く、そう簡単に需要が減ることは考えにくく、摘発されにくくなった何らかの要因があるのではないかと危惧しています。

自宅で大麻を所持したとして、警視庁三田署は、大麻取締法違反(所持)の疑いで、東証グロース上場のコンサルティング会社「サーキュレーション」の前代表取締役社長の40代男性を書類送検しています。報道によれば、「自分で使う目的だった」と容疑を認めているといいます。2023年4月、警視庁が自宅を家宅捜索して大麻を発見し、任意で捜査していたものです。同社は、男性が捜査を受けた4月18日に会社に報告し、代表取締役社長を辞任したと公表していました。同社の4月20日付のプレスリリース「代表取締役退任の開示に関する経過報告及び新経営体制に関するお知らせ」では、「4月18日(火)に違法薬物所持の疑いにより捜査を受けたとの申出及び辞任の意思表示がありました。これを受けて、全取締役及び全監査役からそのような本人の申出が事実なのであれば速やかに退任すべき旨の勧告があり、取締役会決議により新たな代表取締役社長を選定した上で、まずは、同日18日17時00分に上記適時開示を実施いたしました。その後、弊社は、速やかに事実関係の把握に努めるとともに、罪質上捜査に密行性が要求されることから、顧問弁護士を通じて捜査機関に対して当該捜査がなされたことについて適時開示をすることが捜査妨害とならないことについての確認を求めたところ、本日、その確認が取れましたので、本適時開示のとおり、上記の経過をお知らせいたします」と公表されています。上場企業の代表が薬物事件で書類送検されること自体、由々しき事態であり、薬物の購入によって反社会的勢力に資金が流れた可能性も否定できないところです。

次に、暴力団等反社会的勢力が関係した薬物事犯に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 福岡県柳川市で、営利目的で大麻の成分を含んだ紙巻植物片を10代の女に譲り渡したとして、大麻取締法違反(営利目的譲渡)の疑いで六代目山口組傘下組織の組員が逮捕されています。報道によれば、2023年7月、熊本県芦北町のホテルで、当時10代だった女2人に営利目的で大麻を含む紙巻植物片3本を6000円で譲り渡した疑いが持たれています。事件翌日の6日午前4時ごろには、この女2人を含む男女4人が乗った軽乗用車を、パトロール中の警察官が職務質問し、その際、車内の後部座席の下から乾燥大麻が見つかったため、4人を大麻取締法違反の疑いで逮捕、この事件から容疑者が浮上したということです。容疑者は女性の1人に対し、数年前から大麻を譲り渡していたということですが、容疑を否認しているといいます。
  • 愛媛県松山市の郊外で覚せい剤の製造工場が摘発され、男女10人が検挙された事件で、新たに覚せい剤営利目的製造の疑いで住吉会傘下組織の組員が逮捕されています。報道によれば、ほかの共謀者と2023年5月下旬、松山市の郊外で覚せい剤103グラムを製造した疑いがもたれています。容疑者の逮捕により、この事件の検挙は11人になり、警察は覚せい剤密造の暴力団の関与や資金の流出も視野に捜査を進めているといいます。
  • 静岡県東部地域の複数の別荘で六代目山口組傘下組織幹部らが大量の大麻を営利目的で栽培していたとされる事件で、伊豆中央署と静岡県警薬物銃器国際捜査課は、大麻取締法違反(営利目的共同栽培)の疑いで、自称飲食店従業員の男、無職の男の両容疑者を再逮捕しています。
  • 富士署と静岡県警薬物銃器国際捜査課は、覚せい剤取締法違反の疑いで稲川会大場一家幹部と同組員を逮捕しています。2023年6月中旬、富士市の男性に覚せい剤約0.3グラムを代金1万円で譲り渡した疑いがもたれています。
  • 2023年5月、大阪・西成区の倉庫で覚せい剤約100グラムを所持した疑いで、二代目東組の幹部ら5人が逮捕されています。容疑者らは、東組が物置として使用している西成区の倉庫内において、営利目的で覚せい剤約100グラムを所持した疑いが持たれています。報道によれば、覚せい剤はビニール袋や食品保存容器に小分けにして保管されていたということです。また、容疑者は2023年5月、東組の内紛にかかわった男性の車のフロントガラスに「豚の生首」を置いて脅迫したなどの罪で逮捕・起訴されています。

その他、国内の薬物事犯に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 密売目的で大麻や覚せい剤を所持していたとして、大阪府警薬物対策課は、大麻取締法違反(営利目的共同所持)などの疑いで、密売グループリーダーと、密売人とみられる18~24歳の男女12人を逮捕しています。グループは口コミで10~20代の若者に違法薬物を密売し、利益を得ていたとみられています。13人の逮捕容疑は2023年3~6月、大阪市内の集合住宅などで、営利目的で大麻を所持したなどというものです、報道によれば、2023年1月に情報提供があり、6月にグループが拠点としていた大阪市天王寺区の民泊や同市浪速区のマンションを摘発、大麻約8キログラム、覚せい剤約730グラムなど末端価格で計約8700万円相当の違法薬物や現金約740万円を押収しています。グループは、リーダーの容疑者の地元の後輩や知人らで構成されていたといいます。
  • 福岡県大牟田市内の空き地で大麻草を栽培したとして、大牟田署は、同県みやま市の会社員を大麻取締法違反(営利目的栽培)の疑いで再逮捕しています。「自分で吸うために栽培していた」と容疑を否認しているといいます。報道によれば、西鉄天神大牟田線の線路わきの空き地で、大麻草88株を営利目的で栽培した疑いがもたれています。現場は西鉄銀水駅から約500メートル南西の住宅などが立ち並ぶ地域で、電気設備の点検中だった西鉄の関連会社の作業員が2023年6月、「大麻のようなものが植えられている」と署に通報、現場にあった肥料や殺虫剤、手袋などの購入元を捜査し、容疑者が浮上したものです。男は空き地付近のアパートを借り、自宅とアパートから計1キロ以上の大麻を含む乾燥植物片が見つかったといい、自宅で乾燥大麻16.55グラムを所持したとして、2023年10月末に同法違反(所持)の疑いで現行犯逮捕されていました。
  • 東京都内で大麻を所持したとして、大麻取締法違反(所持)の罪に問われた「CHEHON」名のレゲエ歌手の初公判が、名古屋地裁岡崎支部で開かれ。被告は起訴内容について、生活する部屋から発見された大麻は自身のものと認めた一方、別の大麻は「僕のものではない」と否認しています。検察側は冒頭陳述で、生活する集合住宅の通路で、捜索に当たっていた警察官に持っていたポーチを調べられた際、中から大麻が見つかったと指摘、さらに、部屋からも、大麻を含む植物片などが見つかったと述べましたが、被告人質問で被告は、ポーチの大麻は直前にいたライブ会場の楽屋で誰かに入れられたか、警察官が入れたと主張しています。神奈川県警葉山署は、同県逗子市沼間、スケートボード選手を大麻取締法違反(所持)の疑いで逮捕しています。報道によれば、容疑者は、同県葉山町堀内の海岸で大麻約0.4グラムを所持した疑いがもたれています。海岸にいた容疑者の行動を近隣住民が不審に思い、交番に相談、駆けつけた署員が荷物を調べたところ大麻が見つかったもので、同署は使用目的だったとみています。動画共有サイトに投稿する目的で、男性に覚せい剤を持ってくるようにそそのかしたとして、警視庁薬物銃器対策課は、ユーチューバーの両容疑者を覚せい剤取締法違反(所持)の教唆容疑で逮捕しています。2人は「犯罪撲滅」と称し、一般人が痴漢や盗撮などをしたとする動画を、ユーチューブに繰り返し投稿していたといいます。報道によれば、2人は2023年8月上旬ごろ、女性を装いネット掲示板に覚せい剤の共同使用を誘う書き込みをし、男性と連絡を取り合うようになり、男性が実際に覚せい剤を持ってきたところを動画で撮影し、その場で110番したといいます。男性は、覚せい剤の所持容疑で警視庁に現行犯逮捕されています。2人は2023年1月ごろ、「ユーチューブ」に「ガッツch」の名称でアカウントを開設、電車の駅や路上で、居合わせた人が盗撮や痴漢をしていると主張し、警察に連行する様子を撮影する「私人逮捕系」ユーチューバーとして活動していました。
  • 福岡県警博多署は、長崎県立高校の事務職員を覚せい剤取締法違反(使用)容疑で逮捕しています。2023年10月下旬頃から11月4日までの間、覚せい剤を使用した疑いがもたれています。男は旅行で福岡県内を訪れていた4日、同署住吉交番に「覚せい剤を使った」と出頭、尿検査をした結果、陽性反応が出たということです。
  • 大阪府警は、覚せい剤取締法違反(使用)の罪で起訴された岸和田署生活安全課の巡査部長を懲戒免職処分としています。被告は2023年7月、少量の覚せい剤を使用したとされますが、2020年10月から休職していました。また、防衛省は、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地の中央基地システム通信隊に所属する男性陸士長を免職の懲戒処分としています。報道によれば、陸士長は2022年10~11月、複数回にわたり、千葉県柏市の友人宅で大麻を使用、後輩隊員に使用をほのめかしたことで発覚したものです。同省の調査に陸士長は「安易に薬物に手を出したことを深く反省している」と話したといいます。
  • 大麻を営利目的で少年に譲り渡したとして、大阪府警は、大麻取締法違反(営利目的譲渡)の疑いで、堺市堺区宿屋町東の建設作業員と大阪府富田林市のアルバイトの男を逮捕、送検しています。共謀し、堺市堺区協和町の駐車場で、営利目的で少年に大麻約5グラムを譲り渡したというものです。別の事件の捜査過程で、大麻を譲り受けた少年の自宅を家宅捜索したところ、大麻のような植物片が見つかり、発覚、両容疑者の関与が浮上したものです。
  • メキシコから覚せい剤を密輸したとして、近畿厚生局麻薬取締部と大阪税関関西空港支署は、埼玉県在住の男2人を麻薬特例法違反(規制薬物としての所持)と覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)容疑で逮捕し、地検に起訴されたと発表しています。押収した覚せい剤は約30キロ(末端価格約18億4400万円相当)で、関空では、1994年の開港以来、最多となります。報道によれば、逮捕されたのは同県川越市、会社役員、同県鶴ヶ島市、トラック運転手の両容疑者で、2人は氏名不詳者らと共謀し、台座部分に覚せい剤約30キロを敷き詰めて隠したプラスチックや木材を加工する工作機械をメキシコから香港経由で、2023年7月3日、関空まで航空貨物便で密輸入するなどした疑いがもたれています。機械に電気コードが見当たらず、不自然な加工の跡もあったことなどを職員が不審に思い発覚したといいます。2人はいずれもメキシコへの渡航歴はなく、組織的な密輸グループの関与も視野に捜査を進めています。また、タイから日本に向けた国際宅配便で覚せい剤約1.6キロを密輸しようとしたとして、タイ警察が日本人の容疑者を逮捕しています。警察と税関は2022年11月、埼玉県に向けた宅配便の中に覚せい剤が隠されているのを発見、原容疑者がバンコクで配送を依頼したことが判明し、2023年3月に逮捕状を取り、容疑者は日本に帰国していたが、タイに戻ることが分かり、警察は10月にバンコク近郊の空港で待ち構えて逮捕したものです。他にも関与した日本人がいるとみて捜査しています。

覚せい剤をスーツケースに隠して密輸しようとしたとして覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)と関税法違反(密輸未遂)に問われたインド国籍の男性に対する裁判員裁判の判決で、福岡地裁は、無罪(求刑・懲役10年、罰金400万円)を言い渡しています。男性は覚せい剤の運び屋として起訴されましたが、裁判長は「違法薬物が隠匿されているかもしれないという、具体的で深い疑念を男性が有していたとは認められない」と判断したものです。判決によると、男性は氏名不詳者らと共謀し、2023年2月、覚せい剤約1.9キロをスーツケースに隠して韓国・仁川国際空港から福岡空港に持ち込んだとして起訴、税関職員がスーツケースを解体して覚せい剤を見つけたものです。男性側は公判で「スーツケースを入念に確認したが、違法薬物は見つけられず、故意はなかった」などと無罪を主張、判決は、男性が依頼者から「日本でATMカードを受領し、銀行の出金担当者にギフトを渡してほしい。ギフトの中身は洋服だ」と言われてスーツケースを運んだとし、その上で、男性が不審物がないかスーツケースの中身を点検していたことや、以前に運搬を依頼された荷物に違法薬物が入っているのを見つけて運ぶのを拒否していたことなどから「密輸の故意を認めるには合理的な疑いが残る」として、無罪と結論付けています。

映画の出演者が不祥事を起こした場合、その作品の扱いをどう考えるべきかについて、芸術作品への行政の助成というケースを通じてではありますが、最高裁が一つの考え方を示しています。出演俳優の薬物事件を理由に、映画に内定していた助成金を不交付にした日本芸術文化振興会(芸文振)の決定を、最高裁は違法とし取り消しを命じています。最高裁は、今回の薬物事件は「助成で薬物許容の態度が一般に広まるとの根拠は見当たらない」とし、「薬物乱用の防止という公益が害される具体的な危険」は認められないと、芸文振の不交付主張を退けました。曖昧な行政基準が表現者の萎縮を招かぬよう、公益の具体的定義を求めた初判断ではあるものの、最高裁は、助成判断に公益を考慮する考え方には理解を示しており、個々のケースを実態に即し判断するよう求めています。事案によっては公益を優先させることもあり得るのであり、「あいちトリエンナーレ」のような事例を無条件に「表現の自由」と認める判断ではない点に注意が必要だといえます。最高裁判決は争いの対象となった行政助成の他は判示していませんが、不祥事の際の作品の扱いの議論を促す可能性はあり、その場合、「芸術支援」を目的とする行政助成と、一般的な作品公開可否などの判断とでは、公益の意味合いや比重がおのずと異なることもあり、「表現の自由」を毀損しているのは、薬物使用など不祥事を起こす俳優たちだとの考えも成り立ちます。行政助成の判断がどうあれ、知名度ある俳優の薬物使用が与える社会的影響は大きく、「作品に罪はない」議論が、薬物犯罪の免罪符になってはいけないということをあらためて認識する必要があります。

東京・歌舞伎町の一角「トー横」で、未成年者らに無許可でせき止め薬を販売したとして、警視庁少年育成課は、医薬品医療機器法違反(無許可販売)の疑いで、男女4人を逮捕しています。報道によれば、4人はトー横に集う未成年者らに、「オーバードーズ(過剰摂取)」のためとして、せき止め薬40錠を定価の半額以下となる1千円で販売していたといい、同課は容疑者らの自宅などからせき止め薬2千錠を押収、「パクった(盗んだ)薬を売ろう」などとSNSでやりとりしていることなどから、万引など不正な手段で入手していた可能性もあるとみて解明を進めているといいます。本コラムでもたびたび取り上げているとおり、オーバードーズは、体調不良を引き起こすなど人体に有害なだけでなく、違法薬物への入り口となる危険性を指摘されていますこうした若者を中心に市販薬の乱用が広がっていることを受け、厚生労働省は乱用の恐れがあるせき止め薬やかぜ薬の販売規制を強化するとしています。20歳未満には、大容量の製品や複数個の販売を禁じるほか、小容量を販売する際も、対面やビデオ映像・音声によるオンラインでの販売とするとしています。薬局やドラッグストアなどで医師の処方箋なしに購入できる、せき止め薬やかぜ薬の市販薬には、依存性のある成分を含み、乱用されやすいものがあり(例えば、せき止めの有効成分コデインは、化学構造が医療用麻薬のモルヒネと似て、使い続けると、自分でやめられなくなる薬物依存になりうるといいます)、厚生労働省はこれら6成分を含む製品を「乱用のおそれのある医薬品」とし、特別な販売ルールを設けてきたところ、販売は原則1人一つとし、中学生や高校生の子どもに売る場合、店側は氏名と年齢を確認しなければならないとしていますが、覆面調査員が薬局などを訪問して販売状況を調べる厚生労働省の2022年度の調査では、24%の店舗で質問もされずに複数個を購入できたといいます。若年者による乱用も深刻で、厚生労働省研究班の2021年度の調査では、高校生の60人に1人(1.6%)が過去1年に市販のせき止め薬やかぜ薬を「ハイになるため、気分を変えるため」に乱用した経験があったとされます。ただ、乱用のおそれがある医薬品に指定されていない市販薬でも近年、乱用が問題となっており、今回の案で乱用に歯止めがかけられるのかは不透明な状況です。

バイデン米大統領はアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせ、合成麻薬「フェンタニル」の原料を生産する中国や麻薬密売の拠点を抱えるメキシコの両首脳とそれぞれ会談し、取り締まり強化の協力を取り付けています。フェンタニル(オピオイド中毒)は、米国で多数の死者が出る社会問題となっており、一定の成果を上げた格好です。米国とメキシコは、フェンタニルの米国への密輸防止強化で協力することで一致したほか、フェンタニルが、中国企業が原料を生産してメキシコに輸出し、メキシコの密売組織・麻薬カルテルが加工して米国に密輸していることをふまえ、米中は原料を製造する中国企業の取り締まりで合意しています。フェンタニルの原材料の主要な供給国とされる中国、中継地のメキシコ、消費地の米国が一致して不法な流通を抑えこむ方針を確認したのは一定の成果といえます。フェンタニルは、がん患者の苦痛緩和などに使われる鎮痛剤の麻薬オピオイドの一種で、薬が効く強さはヘロインの50倍、モルヒネの100倍とされ、2ミリグラムで致死量となります。フェンタニルが大半を占める合成オピオイドの過剰摂取による米国の死者は2021年に7万人を超え、麻薬の過剰摂取が18~49歳の死因のトップとなっています。フェンタニルの原料は、医薬品原料などとしてメキシコに持ち込まれ、麻薬カルテルなどによって錠剤に加工され、米国に流入していますが、コカインやヘロインなど従来の違法薬物に比べ、生産量が天候に左右されないため、カルテルの資金源として急速に台頭しているほか、不法移民によって米国に流入するケースも多いとされます。一方、フェンタニルの国内流入阻止に向け、中国の一段の協力を得る取り組みの一環として、米バイデン政権は、中国公安省の法医学研究所を貿易制裁対象から除外しています。米政府は2020年、ウイグル族やその他の少数民族に対する不当な扱いを巡る疑惑に関連し、同研究所を制裁対象に加えていたものです。

駐日エクアドル大使モンターニョ氏が報道機関に麻薬組織への対抗について寄稿しています。具体的には、「エクアドルは麻薬取引の中継国であり続けている。麻薬の流通を手がける国際カルテルが国内の地域犯罪組織を支配しており、国民はこうした犯罪組織から暴力の被害を受けている。国内で発生する犯罪の多くは、麻薬カルテル間の争いから発生しているのが実情だ。エクアドル政府は、人権を尊重した法的な手段で犯罪組織と戦い、一定の効果を上げている。国連薬物犯罪事務所(UNDOC)によると、警察当局が押収した違法薬物の総量は世界3位だ。前政権下で502トンに達した。欧州の末端価格で360億ドル(約5兆3300億円)に相当する。これらの国際カルテルは、コカインをはじめとする麻薬の流通だけでなく、移民の仲介や鉱物の違法採掘、武器密売など他の犯罪行為も行っている。政府は毅然とした態度で犯罪組織に立ち向かっているが、豊富な資金力を持つ犯罪組織に対抗するのは限界がある。ある国で需要が伸び続ける限り、ある国からの供給も同じ速度で伸びていく。薬物の取引はいくつもの国境を超えて行われており、我が国で繰り広げられている戦いも国際協力なしに解決できない。国連安全保障理事会で現在、非常任理事国として共に参画し、友好関係を維持する日本からの協力を切に望んでいる」というものです。

(4)テロリスクを巡る動向

パレスチナ自治区ガザで続くイスラエル軍とイスラム原理主義組織ハマスの戦闘の行方がきわめて不透明な中、日本国内でも過激な動きが出ている点が危惧されるところです。治安の悪化や凶悪テロの発生の懸念が高まっている一方で、警察・治安当局の備えは万全か、あらためて総点検が急務といえます。2023年11月16日には、東京都千代田区のイスラエル大使館近くで、軽乗用車が侵入防止用の柵に突っ込み、警戒中の警察官が大けがをする事件が発生、運転していたのは右翼団体構成員で、公務執行妨害で現行犯逮捕されましたが、事件前にこの男のものとみられるSNSのアカウントでイスラエルを批判する投稿があったといいます。警視庁は、男がガザの戦闘を巡ってイスラエルに反発し、大使館に突入しようとしたとみて、団体の指示や関与など背後関係を調べるとしていますが、安倍元首相銃撃事件や岸田首相襲撃事件など、特定の組織に属さないローンオフェンダーと呼ばれるテロリストによる犯行への対策を強化しているところ、(傾向としてあるとされる)「犯行の事前予告」などの予兆を把握する取組みが十分成果があがっているのかも気になるところです。今回の件も含め、警戒しなければならないのはイスラエル関係施設などを標的にしたテロ行為であり、パレスチナ問題は長く日本の極左過激派が闘争テーマにしてきた課題で、テロやゲリラ事件が多発しているほか、今回のように右翼も反イスラエルのテロに及ぶ可能性があります。また、標的にされるのはイスラエル関係とは限らず、日本の政府関係者も対象になり得ます。その意味で、警察当局は情報収集に全力を挙げる必要があります。

ローンオフェンダーの問題に関連して、過去、自らのテロ行為をネットを通じてライブ配信した事例もたくさんあります。事件の関連で、世論の厳しい非難が向けられたのが英語圏の匿名掲示板「4chan」をはじめとするウェブサイトや通信アプリで、2022年5月のNY州バファローでの銃乱射事件の犯人ジェンドロンは事件直前、ネット上に180ページに及ぶ犯行声明を投稿、その中で動機につながる人種間の「真実」を4chanで学んだと明かしたほか、アプリ上の日記にも「黒人が知的、感情的に劣っているという事実」を、4chanで与えられたと書いています。アプリで行った犯行当時のライブ配信は、開始から2分以内で強制停止されたものの、生中継で20人程度が視聴、無数のコピーがネット上に拡散される事態となりました。NY州司法当局が2022年10月に公表したジェンドロン事件に関する報告書は、複数のサイトを名指ししながら、特に4chanが「人種差別的なヘイトスピーチと過激化の温床となっている」と批判しています。さらに、ライブ配信については「他者がリアルタイムで視聴する」という状況に、犯人自身が奮い立たされていたと指摘しています。つまりオーディエンスの存在が凶行を幇助したともいえます。2019年にニュージーランド南部クライストチャーチのモスクで起きた銃乱射事件で、51人を殺害した白人至上主義者、ブレントン・タラントもまた襲撃時の様子をライブ配信しましたが、このときの動画の切り抜きを4chanで見た無数の人間の一人にジェンドロン自身もいたといいます。2023年11月4日付産経新聞の記事「恐怖拡散の系譜 ライブ配信で「犯罪共有」 ネットが教化する過激思想」で、「コンテンツ適正化の取り組みが不十分なこうしたサイトが陰謀論を広め、感化された一部の人間がテロに走る。そこに残虐な映像がアップされ、恐怖を拡散するとともに、新たなテロリストを育てるための苗床にもなるのだ」と指摘されていますが、正に正鵠を射るものであり、テロ発生メカニズムを的確に言い表したものといえます。さらに、「バージニア州立大のサミュエル・ウェストは「社会的孤立は防御因子としての他者の視点を欠落させ、より有害な思想や行動に傾倒しやすくなる」と分析している。孤独であるがゆえに、仮想空間での支えや共感を欲するのは、単独のテロ犯「ローンオフェンダー」に特徴的な傾向といえる。ジェンドロンもした犯行声明のようにネットやSNSに、事件前に犯意を「漏洩する行為はローンオフェンダーの6割に及ぶとの事例研究もある。・・・虚実どころか、虚に虚が積み重ねられるネットの闇。36人の命が無残に奪われたという事実だけが、厳然とそこにある」と指摘しており、そうした事実を直視することが重要だと痛感させられます。

パレスチナのイスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃後、米国で反ユダヤ主義やイスラム嫌悪のヘイトクライム(憎悪犯罪)が急増しているといいます。さらに、身辺に不安を抱えるユダヤ教徒やイスラム教徒の間では、銃で武装するなど自衛の動きも広がっているといいます。連邦捜査局(FBI)のレイ長官は「最も差し迫った懸念は、中東の出来事に刺激された個人や集団が米国内で攻撃を実行することだ」と警戒感を示しています。報道によれば、イスラム系の人権団体「米イスラム関係評議会」(CAIR)によると、10月7日からの約1カ月でイスラム嫌悪に関する1283件の相談・報告が寄せられ、中西部イリノイ州で6歳のパレスチナ系男児が刺殺された事件のほか、殺害予告、銃や車での威嚇、個人情報を公開する嫌がらせなどが含まれています。この件数は2022年の1カ月平均の3倍超で、「前例のない増加幅」だといいます。また、ユダヤ系団体「名誉毀損防止連盟」(ADL)は、一部の過激主義者らが生成AI(人工知能)で作成した偽情報を拡散し、「混乱と憎しみを増幅させている」と危惧しています。また、国際NPO「反デジタルヘイトセンター」は、イスラエルとイスラム主義組織ハマスの衝突を巡り、ヘイトスピーチに関連するX(旧ツイッター)の200件の投稿のうち98%が削除されず放置されていたとの調査結果を公表しています。同NPOは、戦闘が始まった10月7日以降に投稿された反ユダヤなど200件のヘイトスピーチを調査、適切に対処するよう10月末にX側に求めたものの、11月7日になっても196件が未対応のままだったといいます。同NPOは「Xではヘイトスピーチを自由に投稿できるようだ」と批判、一方、Xは、これまでにハマスを含む3000超のアカウントを削除したと発表しています。また、ヘイトスピーチを含む32万件超の投稿についても適切な対応を取ったと強調しています。Xでは偽情報を含む不適切な投稿が拡散しているとして、欧州委員会も調査を始めています。このようにXで、反ユダヤ主義的な投稿の広がりが問題になっている中、イーロン・マスク会長自身もX上で偏見を助長しかねない発言をし、批判が集まっています。一連の問題を受け、米ウォルト・ディズニーや米IBM、米ウォルマートがXへの広告出稿を停止しています。報道によれば、IBMは「当社はヘイトスピーチや差別を全く容認しない」とコメントしています。Xのリンダ・ヤッカリーノCEOは「Xは反ユダヤ主義や差別と闘うために取り組むことを明確にしてきた」と投稿して火消しを図っていますが、マスク氏の奔放な言動が混乱を生む事態となっています。

アフガニスタンの情報機関元トップが、タジキスタンで開かれたシンポジウムで、イスラム主義組織タリバンが核兵器の入手を検討しているとの情報があると述べています。報道によれば、民主政権下の2010~15年、解任を挟んで国家保安局(NDS)の局長を務めた同氏は「(核兵器を保有する隣国)パキスタンを通じてか、技術者に金を払うかは別として、タリバンのグループが戦術核の入手を考えていることを示す報告がある」と述べ、懸念を示しています。事実であれば、いまだ国として承認を得られていないアフガニスタンの不安定な状況とあいまって、かなり危険な状況をもたらすものと危惧されます。一方、国連薬物犯罪事務所(UNODC)は、アヘンの最大製造国アフガニスタンで、今年のアヘンの推定製造量が昨年に比べ約95%減少したと発表しています。タリバン暫定政権による2022年4月の麻薬禁止令を受けて激減したと考えられます。アフガン産のアヘン推定製造量は2022年、世界の約80%を占めており、2022年の製造量は6200トンだったところ、2023年は333トンと大きく減少する見込みです。全土でアヘンの原料となるケシの栽培面積が急減(全土のケシ栽培面積は2022年の23万3000ヘクタールから2023年は1万800ヘクタールに減少)し、小麦への転作が進んでいます。小麦はケシよりも安価なため農家の収入が著しく減っており、UNODCは、農家がケシ栽培を再び始めないよう、農業支援の強化が必要と指摘しています。また、アヘンの減少により、世界で代替薬物の使用に拍車がかかる恐れがあるとも警告しています。暫定政権は2022年4月にケシの栽培や麻薬の使用を禁止し、取り締まりを強化しており、各国の求めに応じる形で麻薬対策に力を入れ、政権の国際承認につなげる狙いがあるとみられています。また、タリバン暫定政権が女性の大学教育を停止してから12月で1年となりますが、女性の中等学校(日本の中学・高校に相当)教育も停止され、女性たちは小学校までの教育しか受けられない状況が続いでいます。教育のための国連国際基金「教育は待てない(ECW)」によると、アフガンでは学齢期の女子の8割に当たる約250万人が学校に通えていない現実があるといいます。こうした状況では、タリバン暫定政権を承認する国が出てくるはずもなく(その結果、アフガンの国民の困窮も深刻化することになり)、国際社会はあらためて強力に圧力をかけていく必要があるといえます。一方、タリバン暫定政権は、ビラル・カリミ氏を新しい駐中国大使として派遣したと発表しています。正式な大使の任命は他国を含めて2021年8月の政権掌握後初めてとなります。タリバン暫定政権を承認した国はなく、カリミ氏の派遣が中国による承認に向けたものかどうかは不明です。中国は、2023年9月に正式な駐アフガン大使を派遣し、信任状を暫定政権に提出していました。2021年8月のアフガン駐留米軍撤退後、中国は影響力拡大を図りタリバン暫定政権との友好関係を深めており、暫定政権も中国の巨大経済圏構想「一帯一路」への参加に意欲を示しています。

東京電力柏崎刈羽原子力発電所で2023年10月、東電社員が核燃料を扱う「防護区域」に入る際、薬物検査で陽性反応が出たのに見逃していたといいます。原子力規制委員会事務局によると、東電社員は、防護区域に入る際、同社が自主的に実施する薬物検査で「陽性」の反応が出たものの、検査担当の社員は「陰性」と見誤り、入域を許可したといいます。他の社員が誤りに気づき、入域した東電社員は数十分後に域外に出されたといいますが、その後、東電社員は新潟県警の検査を受け、結果は陰性だったということです。東電の検査で使われた検査キットで誤った結果が出ていた可能性があるものの、手続き上の不備は認められ、同原発は、テロ対策の不備が相次いだため事実上の運転禁止命令が出され、規制委が東電の取り組みを検査している中、あらためて対策の徹底が求められるところです。

南米ブラジルの連邦警察は、国内のシナゴーグ(ユダヤ教会堂)などを標的にテロを計画した疑いで、ブラジル国籍の男2人を最大都市サンパウロで逮捕しています。イスラエル首相府は、テロ阻止のため、対外諜報機関モサドなどがブラジル側と協力したと発表、同首相府は、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラがテロを計画し、同組織を支援するイランが資金提供などをしたとしています。報道によれば、容疑者の一人はレバノンから到着した際に逮捕され、この容疑者がもう一人と情報を共有し、テロを実行しようとしたとみているといいます。南米では、以前からヒズボラの拠点があると指摘されており、1994年7月には、南米最多のユダヤ系住民を擁するアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで、ユダヤ人協会本部ビルが爆破され、85人が死亡しています。この事件の首謀者は処罰されていません、米国務省は、イランの支援を受けてヒズボラが実行したとの見方を示しています。

シリア人権観測所(英国)は、シリア北部ラッカ近郊の砂漠地帯で、ISがアサド政権軍や親政権の民兵組織の拠点を襲撃し、兵士ら少なくとも34人が死亡したと明らかにしています。死者の多くは民兵組織側から出たといいます。本コラムでその動向を注視しているISはシリア内戦の混乱の中でシリアやイラクで台頭、米軍主導の掃討作戦で壊滅状態となりましたが、残存勢力が散発的に攻撃を続けており、2023年8月にはシリア東部デリゾール近郊の砂漠で政権軍のバスが襲撃され、多くの兵士が死亡しています。

(5)犯罪インフラを巡る動向

国内外で被害が多発しているランサムウエアについて、ウイルス開発者や攻撃実行役などの「分業制」が敷かれている実態が、警察庁と各国捜査機関による国際共同捜査で浮かんでいます(2023年11月29日付読売新聞)。大企業だけでなく中小企業も標的になっており、対策強化が欠かせない状況にあります。ウイルスの開発や販売がビジネス化しており、専門知識がなくても、ウイルスを購入すれば攻撃を行えてしまう状況がすでに現出しています(RaaSの犯罪インフラ化)。警察庁は2022年4月に同庁初の直轄捜査部隊「サイバー特別捜査隊」を創設し、海外の捜査機関と連携してランサムウエアの解明に力を入れており、これまでの捜査で、被害企業のサーバーに残された通信記録の解析などを進めた結果、「ウイルス開発者」「侵入用のIDやパスワードを盗むハッカー」「攻撃実行役」の3者が別々に存在することが判明したといいます。ウイルス開発者はウイルスを販売しているほか、ランサムウエアで盗んだデータを暴露する際に用いる「リークサイト」も運営、ハッカーは、盗んだIDやパスワードを攻撃実行役に販売しています。攻撃実行役が被害企業の内部ネットワークに侵入する手口は、機械的な試行を繰り返してパスワードを破る「辞書攻撃」のほか、標的が頻繁に接続するサイトとそっくりの偽物サイトを作ってウイルスに感染させる「水飲み場型攻撃」などが確認されています。専門家は、攻撃を受けないためには、サーバーに接続する際の「認証手段」の強化が欠かせないと指摘、例えば、いったん確認メールを受信してから接続する「2段階」システムなどを導入すれば、IDなどが流出しても不正ログインを防げることになるほか、ソフトの更新も重要で、パソコンなどの端末は自動更新する機能があるものの、VPN機器やルーターなどは自動更新ができない場合が多いことから、更新を怠らず、脆弱性を放置しないようにする必要があります。万一攻撃を受けても、データのバックアップがあれば被害を最小限に抑えられる点も重要です。ただし、攻撃者側のマニュアルには「バックアップも狙え」との記載があるといい、同時にデータを盗まれないよう外部媒体などにバックアップした方が安全であることは言うまでもありません。

▼警視庁 マルウエア「ランサムウエア」の脅威と対策(脅威編)
  • まず、ランサムウエアによる犯行の特徴として、「RaaS(ラーズ、Ransom as a Service)」と呼ばれるビジネスモデルが使われていることです。これは、ソフトウエアを利用する期間に応じて、料金を支払うことで使うことができるパッケージの「SaaS(サーズ、Software as a Service)」のランサムウエア版です。具体的には、「メールなどを使って端末に侵入」、「端末や端末が繋がっているネットワーク内に保存されているファイルの暗号化」、「暗号化したデータを使えるように復号するための身代金を要求」といったランサムウエア攻撃に必要なものをパッケージ化し、利用期間に応じた料金を支払うことで利用できるサービスのことです。RaaSの提供者に利用料を支払えば、マルウエアや不正アクセスに関する知識や技術が未熟な者でも、簡単にランサムウエアを使うことが可能となり、犯罪者からすればとても便利な商品が用意されているという状況になっています。
  • 次に、「二重恐喝」を仕掛けてくるということです。「二重恐喝」は、2019年末ころから見られるようになった比較的新しい手口です。それ以前の「データの暗号化し、金銭を要求する」という手口では、ランサムウエアによる被害を受けた企業が、暗号化されたデータと別にバックアップデータを保管していた場合、犯罪者は復号に要する身代金の支払いを受けられなくなります。そこで犯罪者が考え出したのが、企業が保有する機密データや個人情報データを事前に盗み出し、暗号化したデータを復号のための身代金を要求するのに加え、支払われない場合には盗んだデータを公開するという脅迫行為を行う手口です。二重恐喝は、金銭の支払いを要求するだけでなく、企業の保有データを盗むことから、そのRaaSには、ランサムウエアというメインの「データ暗号化マルウエア」の他に「情報窃取型マルウエア」等も同封されており、複合的に犯行が実行でき、金銭を得るための犯行用具まで整った犯罪になっていると言えます。

こうした状況は、ランサムウエア攻撃に限ったことではなく、直近でも不正なプログラムを作成し、対話アプリ「ディスコード」上でゲームの攻略情報を提供すると偽って、利用者の個人情報を抜き出したとして、奈良県警が、北海道の10代の男子高校生を電子計算機使用詐欺や不正指令電磁的記録作成・同供用などの疑いで書類送検しています。報道によれば、男子高校生は2023年4月、長野県のディスコード利用者に対して、ゲームの攻略を容易にさせる「チートツール」とうたって自作した「マルウエア」(悪意のあるプログラム)をダウンロードさせ、アカウントにログインするために必要な情報を抜き取った疑いがもたれていますが、インターネット上にある情報を組み合わせ、自らマルウエアを作成したとみられています。男子高校生は2023年1月にゲームアカウントを売買するサイトで、利用者のアカウントを使い不正アクセスをした疑いも持たれており、そのアカウントで、ゲーム内でアイテムなどを購入するために使われるポイントをショッピングサイトのギフト券に交換していたといいます。専門家は、マルウエアの中には感染したことに気づかないものもあるといい、知らないうちに自分のパソコン内のファイルや個人情報がだだ漏れになってしまう危険性があると指摘しています。また、近年は知識が少なくても容易にマルウエアを作れてしまうことから、若年層を中心に犯罪が広がる傾向にあるといいます。そのため、プログラミングの教育現場で「リテラシーの教育が必要だといえます。最近では小学校でもプログラミングを教えていますが、「何をすると違法になるのか」といった倫理教育もするべきだといえます。

本コラムでも関心をもって注視していた外国人技能実習制度の見直しに関する最終報告書には、受け入れ先企業などから別の所に移る「転籍」の条件緩和が盛り込まれています。実習生や支援者からは劣悪な労働環境の改善につながると期待する声のほか、新制度創設に向けた課題や懸念を指摘する意見も聞かれます。現在の制度では、1か所で計画的に技能を身につけるべきだとの観点から、人権侵害行為があるなど「やむを得ない場合」を除き、技能実習中の3年間は原則転籍できず、この転籍制限は、暴力や低賃金に耐えかねた実習生が失踪する背景の一つとされます(技能実習制度の犯罪インフラ化)。2023年6月末時点の実習生は35万8159人いるものの、失踪者も2022年は9006人に上っており、一部は生切るために犯罪に走るなど、「治安上の脅威」になりつうあります。有識者会議では転籍条件が大きな焦点となり、最終的に基礎的な技能・日本語試験に合格すれば、同じ仕事の範囲内で「1年超」で転籍できるということでまとまりましたが、賃金の高い都市部への人材流出を懸念する地方や中小企業に配慮し、当分の間、転籍制限の期間を延ばせる規定も入れています。また、来日にあたり多額の借金を背負うケースもあるため、来日を希望する外国人労働者と、日本の受け入れ企業が手数料を分担する仕組みの導入も求めています。さらに、転籍には受け入れ先同士の調整が必要になりますが、最終報告書では受け入れ先を監督する「監理団体」を中心に、ハローワークなども連携して転籍を支援することが提言されています。しかしながら、実習生から人権侵害の訴えがあっても、受け入れ先の立場を重視して転籍を諦めさせる悪質な監理団体もあるとされ、そうした団体を排除した上で、転籍支援を適正に行う仕組み作りが求められるとの指摘も出ています。ただ、専門家は「新制度ではルールが厳格になることで、外国人の人権保護が向上し、負担減少の取り組みも進む。一方で企業の受け入れ負担の増加で、財務基盤が相対的に弱い地方の中小への影響は大きい。厳格化と現実のバランスをどうとるかが課題だ」と指摘しており、正にその通りだと思います。。

兵庫や大阪で主に高級車を狙った自動車盗を繰り返したとして、兵庫県警捜査3課などが窃盗の疑いで、住所不定の無職の被告=窃盗罪で公判中=ら男3人を逮捕、送検しています。報道によれば、被害はトヨタの「アルファード」や「レクサス」など計26台(1億4800万円相当)に上るといい、男らは車にGPSが搭載されているのを警戒し、盗んだ後はしばらくコインパーキングに止め、捜査が及ばないか様子を見ていたといいます。3人は2022年10月~2023年1月、兵庫や大阪で、高級車やバイクの窃盗を繰り返した疑いがもたれており、被告が実行役らに狙う車種などを指示、別の被告が盗難車を売りさばく役割を担っていたとみられ、兵庫県警は3人の関係性やほかの共犯者の存在など、グループの実態解明を進めています。被告は特殊な端末を車に接続して制御システムをハッキングし、エンジンを始動させる「CANインベーダー」という手口で車を盗み、離れたコインパーキングに駐車、数日間待って警察の捜査が及んでいないことを確認すると、別の被告が管理する神戸市内の自動車整備工場で車体番号を加工し、関東方面へ運んで転売するなどしていたとみられています。

消費者を焦らせたり、惑わせたりして消費者に最善とは言えない選択をさせるウェブデザイン「ダークパターン」に、「ひっかかったことがある」と答えた人が4割強いるという調査結果が発表されています。調査した会社は「そもそもダークパターンだと気づいていない人も一定数いると考えられ、この数値以上の人が不利益を被っている」と推定し、看過できない状況だとしています。「定期購入なのに1回だけの購入であるかのように表示されている」など、ダークパターンの代表的な種類七つを例示し、質問したところ、68.8%が、ダークパターンのいずれか一つでも「見たことがある」と回答、46.1%が「ひっかかったことがある」と答えたといい、これまでに「ダークパターン」という言葉を聞いた経験と理解を質問したところ、「まったく聞いたことがない」という人が55.2%を占める結果となりました。ダークパターン7種類の中で、見たり経験したりした事例が最も多かったのは、「商品を閲覧したいだけなのに会員登録を求められた」で、経験ある人が46.3%に上り、次いで「割引価格が適用されるには定期購入が必要など、重要なことが小さな文字で書かれている」のを見たことがある人が43.9%だったといいます。調査会社は「被害を未然に防ぐためには、ダークパターンというものがあることをまず認識して、気づけるようになることが消費者にとっては重要」としていますが、正にその通りだと思います

EUの執行機関である欧州委員会は、米アマゾン・ドット・コムの通販サイト運営を巡って調査に乗り出しています。偽造薬や児童ポルノといった違法商品が流通している(場ン健全性が担保されていない。犯罪を助長する犯罪インフラ化している)のを問題視し、消費者保護のために講じた措置を早急に報告するよう求めています。EUは2022年11月に施行したデジタルサービス法(DSA)で、大規模プラットフォーマーに偽情報や違法なコンテンツの拡散を防ぐために対処するよう義務付けており、対応を怠った企業には最大で世界売上高の6%の制裁金を科す規定があります。欧州委員会はアマゾンに対し、2023年12月6日までに違法商品の取り締まり状況を詳細に報告するよう要請、アマゾンの回答次第で次の対応を検討すると発表しています。期限までに回答しない場合も制裁すると警告しています。アマゾンはすでに社内に対策チームを設け、進出した国・地域の捜査当局とも連携して悪質な出品の排除を進めてきましたが、それでも欧州委は足元の取り組みが不十分だと判断したもようです。アマゾンに限らず通販サイト上の違法商品の販売は世界的な問題でもあり、コロナ禍でネット通販の利用が急速に増えた一方、偽ブランドなども含めた不正出品に関するトラブルは後を絶ちません。EUは強力なIT企業規制を活用し、アマゾンのような「取引の場の提供者」に責任を持って対策をとるよう迫っています。

SNSなどのインターネットを利用したサービスが子どもにどのような影響を及ぼしているかを解明し、運営企業に改善を求める動き(SNSの犯罪 インフラ化の無力化)が欧米で相次いでいます。日本でも若年層によるSNSの利用が増えており、心身への影響を把握して対策を急ぐ必要があるといえます。以前の本コラムでも取り上げてきたとおり、EUの執行機関である欧州委員会は2023年11月上旬、動画アプリのTikTokや動画共有サービス、ユーチューブなどの運営会社に対する調査を始め、子どもの心身を守るために講じている措置について報告を求めています。また、米国でも2023年10月、画像共有アプリのインスタグラムやSNSのフェイスブックを提供する米メタが児童オンラインプライバシー保護法などに違反したとして、42州・地域の司法長官が提訴しています。SNSはコミュニケーションの新たな基盤となる一方で、プライバシー侵害やいじめといった弊害がある(犯罪インフラ化)と指摘を受けていますが、海外には心身の発達状況を勘案し、一定の年齢以下のネット利用者を法律で保護する地域が多いほか、人工知能(AI)を活用し、利用者の興味を引くコンテンツを次々と表示する機能が高度化していることにも注意が必要な状況であり、子どもが依存を強め、自分を周囲と過度に比較することで拒食症や自傷行為、自殺につながったとされる事例が欧米では報告されています。日本でも利用増で心身の健康を害する子どもが増えていないかなど実態の把握を急ぐべきであり、調査には運営企業の協力が欠かせず、各社は子どもの利用者数や利用時間の推移といった情報を開示し、保護体制について積極的に説明する必要があると考えます。現時点では国や言語ごとの投稿監視体制などに関する説明は乏しく、対応は不十分であり、運営会社が自主的に有効な対策を講じないのであれば、強制力を伴う措置も検討すべきといえます

スマホで毎日のように送受信するメッセージが、政府に監視されるかもしれないとの危機感があります。具体的には「内密な連絡に使える手段がなくなってしまう」「世界中の人々を危険にさらす恐れがある」といったもので、「暗号技術」のあり方がポイントとなります。LINEなどメッセージアプリの多くは、エンドツーエンド暗号化(E2EE)という技術を使っており、メッセージは送信者と受信者以外は内容を見られない仕組みで、運営会社ですら暗号を解くことはできないもので、捜査機関から求められても「(技術的に)チャットの内容を開示することができない」とされ、暗号化技術が利用者のプライバシーを担保する役割を担っています。一方、この技術を制限する動きが先進国で目立っているといいます。英国では2023年10月、「オンライン安全法」という新法が成立、政府が判読可能な形で通信記録を提出するよう、アプリ事業者らに要求する権限を当局に与えたもので、同種の制度はEUでも提案されています。背景にあるのは、子どもの性的搾取に関連する画像などを取り締まるべきだという世論の高まりで、こうした動きに対し、メッセージアプリの事業者は激しく反発してきました。企業は暗号技術を活用して通信の信頼を確保する規格をつくり、ネットを通じた経済活動を飛躍的に広げることに成功する一方、2013年の「スノーデン事件」で発覚したのは、大手IT企業が米政府の情報収集に協力していた現実で、批判を浴びたアップルやグーグルは2014年、スマホを政府が介入できないよう強力な暗号で守ると宣言しました。ところが、SNSを通じた世論操作や偽情報の拡散、過激派組織によるテロの広がりなどでIT企業の責任を問う声が高まるなか、政府は暗号戦争の巻き返しを図っているとみられます(本コラムでも過去、論じたことがあります)。専門家は「暗号の制限は、デジタル社会のなかで人間的であるための能力を失わせてしまう。(影響は)一国の法域にとどまらない。同じシステムを使う全世界の人を危険にさらすことになる」と指摘しています。匿名化された通信手段である「テレグラム」や「シグナル」もまた同様で、犯罪者が犯罪のために使用する実態があるのであればそれを放置することなく、それを制限し、解析できる状態にすることが一定程度、公益に適うものでもあり、どこでバランスを取るかが大きな課題だといえます。

不正アクセスで40万件を超える個人情報が流出した可能性が発覚したLINEヤフーについては、前身のLINEはもともと韓国「ネイバー」の子会社で、今もネイバー関連会社と一部システムを共通化しており、ネイバー側の委託先企業が旧LINE社の社内ネットワークにアクセスできる状態になっていたといい、サイバー攻撃でその体制のすきを突かれた形となりました(LINEヤフーとネイバーは一部の社員向けシステムを使うための認証基盤を共通化しており、この認証基盤がLINEへのサイバー攻撃への糸口となったとみられ、まずネイバー子会社の取引先のパソコンがマルウエアに感染し、その後に共通の認証基盤が使われ、LINEヤフーのサーバーも攻撃を受けたというものです)。LINEヤフーではこれまでも情報管理を巡る問題が発覚しており、信頼性の向上が改めて求められることになります。旧LINEでは2021年3月にZホールディングス傘下に入った直後、利用者の個人情報が中国の現地法人から閲覧できる状態になっていた問題が発覚、また、2023年8月には旧ヤフーが検索エンジン技術を開発するため約410万件のユーザーIDの位置情報を利用者への周知が不十分なままネイバーに提供していたとして、総務省から行政指導を受けています。今回の問題について、LINEヤフーは「関係省庁には適宜状況の報告をしている」というものの、公表したのは不正アクセスの発覚から約1カ月後と、「社内調査で影響範囲を確定するまでに時間がかかった」と説明しているものの、利用者への周知などが後手に回った感は否めません。今回の情報流出のような海外の拠点や取引先などを踏み台にしたサイバー攻撃は「サプライチェーン攻撃」と呼ばれ、民間セキュリティ会社「トレンドマイクロ」によると、「どこの大企業や組織でも被害に遭う可能性がある。取引先や委託先のセキュリティーレベルを高めるしかない」と指摘しています。攻撃者にとって、高い防御態勢を敷いている大企業などを直接攻撃するのは難しいため、セキュリティの体制が比較的緩く侵入しやすい委託先などを狙うといい、2022年3月には、トヨタ自動車が取引先へのサイバー攻撃で国内全工場の稼働停止に追い込まれました。ただし、明らかになっているのは一部のケースとみられ「侵入されたこと自体に気付いていない企業もある」とみられている点も大きな課題です。サプライチェーンにおいては、「最も脆弱なリスク管理レベルの会社のレベルが、サプライチェーン全体のリスク管理のレベル」と認識し、サプライチェーン全体の底上げを図る必要があります

実在する事業者や公的機関の名前でメールを送り、URLへのアクセスを誘導してクレジットカード番号などの個人情報を不正に入手する「フィッシング詐欺」がいまだに猛威を奮っています。関連する相談が毎年1万件以上寄せられているとして、国民生活センターが対策のためのチェックリストを作成、「日頃の心構えが重要だ」と注意を呼びかけています。同センターによれば、2021年度のフィッシング詐欺に関する相談は1万2200件、2022年度はさらに増えて1万4352件に上り、2023年度上半期の件数も2022年度並みで、引き続き多くの相談が来ているといい、相談者は50~70代が多いといいます。チェックリストでは「まず疑う」「記載されているURLにはアクセスせず、正規サイトで情報を確認する」といった対策を紹介、個人情報を入力してしまった場合は「IDやパスワードを、使い回しているサービスを含めてすぐに変更する」などとしています。また、メールセキュリティの世界最大手、米プルーフポイントによると、フィッシング被害者の3分の1以上は複数の認証を使う多要素認証を実装済みだったといいます。攻撃者を支える仕組みが闇市場に登場していることが背景にあるといいます。2023年11月21日付日本経済新聞によれば、同社のティム・チョイ副社長はIDの管理を厳格化することが重要と提唱、「『多要素認証さえ入れておけば安心』という油断がある。2022年にダークウェブ上に多要素認証を回避する仕組みが登場し、急速に利用する攻撃が増えている」「有名なのが『エビルプロキシー』と呼ばれるもので、ユーザーとサーバーの間で通信を盗み取る中間者攻撃を代行する。多要素認証が終わった後の通信を盗むことで攻撃者がログインできてしまう」「(偽の警告画面を表示して、マルウエアのダウンロードなどに誘導する)サポート詐欺を支えるものもある。サイバー犯罪者の身元を確認せずに、サポート詐欺の電話対応を受託するコールセンターがフィリピンに多数見つかった。日本語での対応も請け負っている。こうした電話サポート詐欺は多い時で月間1300万件起きている」「2022年から目立つのがサプライチェーン攻撃だ。まず比較的小さな取引企業に攻撃を仕掛けてメールアカウントを乗っ取った上で、今度は取引先を装い本命の大企業に攻撃する。大企業でセキュリティ教育が定着してきたため、段階を踏んでフィッシングメールの信用度を上げようとしている。こうしたフィッシングの13%がマルウエアのダウンロードなど次の段階の攻撃につながってしまっている」「攻撃者はフィッシングで侵入した後、ランサムウエアなど被害範囲の大きい攻撃につなげるため、管理者IDを侵害することを目指す。こうした過程のどこかで攻撃を検知し、断ち切る体制が求められる。管理者の権限の発行を必要最低限にとどめ、周辺の監視体制を強めることが必要だ。攻撃者を検知するためのトラップを仕掛けるのも有用だろう」などと指摘しており、大変参考になります。なお、フィッシング詐欺については、大手旅行予約サイトの仕組みを悪用して宿泊施設のアカウントを乗っ取り、旅行客のクレジットカード情報を盗む手口が相次いでいます。正規のチャット機能を通じて旅行者にメッセージが来るため、詐欺と判別しにくいのが特徴で、新型コロナウイルスの行動制限が解除されたタイミングを狙っており、世界で数億円規模の被害があったとの試算もあるといいます。旅行サイトに登録して集客増を狙う宿泊施設は多く、「食事などのアレルギーをリストにしたのでファイルを確認してほしい」としてウイルスを仕込んだファイルを開かせるもので、ほかに「ホテルへの行き方が分からないので添付の地図を確認して」「同行者にサプライズをしたいので写真を確認して」などで複数の施設が感染、攻撃者は盗んだパスワードでブッキング・ドットコム上の宿泊施設のアカウントにログインし、予約客への連絡に使うサイト内のチャット機能を使い、約100人に対し「予約を確定させるためにクレジットカードの情報の入力が必要」とメッセージを送りつけ、偽サイトに誘導され、数人が実際に入力してしまったという手口です。専門家は「宿泊施設は不特定多数からメールが届く。高いホスピタリティーも求められるため、多少不審なメールでも放置しにくい」と分析、「宿泊客にとっては予約サイトの正規サービスを通じてメッセージが来るのでだまされやすい」と指摘しています。また、他人のクレジットカード情報を悪用し、JR西日本の予約サイト「e5489(イーゴヨヤク)」などで新幹線特急券と乗車券を不正入手したとして、大阪府警国際捜査課は、窃盗や私電磁的記録不正作出・同供用の疑いで、20~30代の中国籍の男4人と会社役員を逮捕、送検しています。グループは偽サイトに誘導し、個人情報をだまし取る「フィッシング詐欺」の手口でカード番号や氏名などを取得、府警は約780人のカード情報が悪用され、被害総額は3億円超に上るとみて実態解明を進めています。中国籍の男ら4人が不正購入の実行役で、会社役員が買い取って金券ショップで換金していたとみられています。不正購入されたチケットは、利用者の多い東京―新大阪間が大半で、カードの不正利用被害は多い人で300万円近くに及んでいたといいます。

全国的に普及している二次元コード(QRコード)を巡り、不正なサイトの広告が表示されたり、クレジットカード情報の入力を求められるなどの被害が相次いでいます。従来の「フィッシング」詐欺は、メールやショートメールから不正サイトにリンクさせて個人情報を入力させる手口ですが、メール内の不正サイトへのURLリンクをQRコードに置き換えたケースは「クイッシング」とも呼ばれ、情報セキュリティ会社は警戒を呼びかけています。トレンドマイクロは、QRコードが悪用される手口について「(QRコードを使うことで)見た目によるリンクへの違和感や、不正リンクであるという識別も難しくなる」と説明、また、「最近はQRコード決済サービスの普及により、ネット詐欺の中で金銭を受け取る方法としてQRコードを提示する手口も出てきた」として警戒を強めています。QRコードを利用した詐欺被害などから身を守るためには、(1)銀行、企業などのアカウントでは多要素認証を有効にして、ログイン情報の盗難を防ぐ、(2)URLに誤字脱字など疑わしい点がないか確認する、(3)知人や団体から送られてきたメールに記載されているQRコードを読み取る前に、再度安全性について確認することなどが対策として考えられます。

本物のサイトを悪用してカード情報を盗み取る「ウェブスキミング」と呼ばれる新たな手口で、京都府警が20代の男性を不正指令電磁的記録供用と割賦販売法違反の疑いで逮捕していますが、摘発は全国初とみられています。スキミングは、特殊な機械をクレジットカードに接触させて情報を盗み取る行為ですが、ネット上でのウェブスキミングは、商品の不正購入などに悪用される恐れがあります。男性は2022年、音楽コンサートのチケットやグッズを販売する通販サイトに何らかの方法で侵入、特殊なプログラムを仕掛け、利用客数人のカード情報を不正に抜き取った疑いが持たれているほか、カード情報が悪用された疑いもあるといいます。このプログラムは利用者がカードを使って商品を購入すると、カード番号や名義人の情報を抜き取り、仕掛けた容疑者側が閲覧できる仕組みで、プログラムが送り込まれていることはサイトの管理者、購入客それぞれが容易に気付かないよう細工されていたといいます。大阪府警は、ネット上の闇サイトに特定のカード情報が掲示されているのを見つけて捜査を開始、闇サイトへのアクセス記録などの解析を進めた結果、男性が関与した疑いが浮上したといいます。カード情報の抜き取りについてはこれまで、通販サイトなどを精巧に模した偽サイト「フィッシングサイト」に誘導して情報を入力させる手口が多かったところ、今回の事件では本物の通販サイトが悪用されていました(URL等で見極めることができません)。正規サイトを悪用するため利用者が気づきにくく、これまでに同様の手口で流出した恐れがある個人情報は少なくとも約20万件に上り、ECの安全性確保に向け事業者側の防御策強化が求められています。なお、トレンドマイクロ」が把握するウェブスキミングの被害件数は2022年8件、2023年は11月時点で26件と増加、カードが不正に使用されるまで被害に気づかないケースが大半で、把握できた被害は「氷山の一角」の可能性があり、衣服や育児用品などを販売する中小企業の販売サイトの被害が目立つといいます。コロナ禍の影響で対面販売が減り、知識が不十分なままサイトを新設した業者が狙われている可能性も考えられるところです。一方、利用者がウェブスキミングを未然に防ぐのは難しく、京都府警は、利用者ができることとして、カードの利用履歴をこまめに確認し、身に覚えのない履歴を見つけたらカード会社などに相談するよう呼びかけています。

サイバー犯罪集団に関する報道がありましたので、以下、紹介します。

  • サイバー犯罪集団「ロックビット」はここ数カ月、世界最大級の組織の一部にハッカー攻撃を仕掛けて機密情報を盗み出し、身代金を支払わなければ情報を流出させており、2023年11月には中国工商銀行に侵入したと明らかにしています。ロックビットの存在は2020年、同社の悪質なソフトウエアがロシア語のサイバー犯罪フォーラムで見つかった際に明らかになりました。ただし、拠点はオランダで、「政治には全く無関係であり、マネーにしか関心がない」と表明しています。米当局によると、ロックビットはわずか3年間で身代金要求型ウイルス「ランサムウエア」で攻撃を仕掛ける世界最大の犯罪集団となり、最も被害を受けた国は米国で、1700余りの米組織が標的となり、被害は金融サービスから食品に至るほぼ全業種に及び、学校や交通機関、官庁も攻撃を受けています。ロックビットは標的となる組織のシステムをランサムウエアに感染させ、身代金の支払いを強要、身代金は通常、暗号資産で支払うよう求めます。暗号資産は追跡が難しく、受取人の匿名性が確保されるためですが、米国など40カ国の当局は連携し、こうした犯罪に使われる暗号資産のウォレットのアドレスといった情報を共有することで、ランサムウエアによる世界的な被害を防ごうとしています。また、ロックビットの成功は、同集団の「デジタル強奪ツール」を使って攻撃を仕掛けるために採用された関連する犯罪集団に左右される面もあり、ロックビットのウェブサイトには、様々な組織へのハッカー攻撃の成功事例が掲載され、ロックビットと共犯するための「申請書」を提出するかもしれないサイバー犯罪者向けの詳しいルールも記載されており、ルールの1つは「(申請者の)身元を保証するよう、既にわれわれとともに働いたことがある友人や知人に依頼せよ」としています。こうしたサイバー犯罪集団間の連携の網のために、ハッカー攻撃と身代金要求の追跡は困難になっていいます。各集団の戦術や技術が攻撃ごとに異なる可能性があるためです。
  • 日米や台湾を狙うサイバー攻撃集団「Black Tech」について、警察庁は米捜査当局とともに中国が背景にいると認定し、日本政府として6例目の「パブリック・アトリビューション(非難声明)」を行っています。海外支社や子会社のネットワーク機器を乗っ取って経由地(踏み台)に使うなど、セキュリティの脆弱性を狙った独自の手法で機密情報を抜き取っています。ブラックテックによる被害が確認されるようになったのは2010年ごろで、日米や台湾の政府機関、学術機関、情報通信企業、製造業、メディア、エレクトロニクスなど幅広い分野を標的に、情報窃取を目的としたサイバー攻撃が繰り返されました。当初は台湾が攻撃対象となっていましたが、2018年ごろから日本での攻撃が観測され始めたといいます。攻撃の手口は、「スピアフィッシング」と呼ばれるもので、不特定多数にメールやSMSを送り付け、偽サイトへ誘導する「フィッシング」の一つに分類されますが、特定のターゲットを狙い撃つところから、「槍」を意味するスピアを冠しており、具体的には、2018年1月に文部科学省を装った偽メールが学術関係者へと送られ、その後2020年にかけて日本への攻撃が活発化していったといい、2019年に起きた三菱電機への攻撃もブラックテックの関連が指摘されています。遠隔操作ウイルスに感染させ、侵入した企業のサイバー空間を徘徊するといいます。LACによれば、一度ウイルスを排除しても時間を置いて再度攻撃するケースもあったといい、「明確な目的があり、一度狙った企業に長く潜伏し、しつこく攻撃を続けるのが特徴」ということです。もう一つの特徴は、ネットワーク設定の不十分さやサポートの切れた機器、ソフトウエアの脆弱性を狙い侵入する手法で、海外の支社や子会社などが使用しているルーターから侵入し、本社のネットワークに侵入し、情報を盗み出す手口で、LACは「海外の支社のセキュリティまで把握していないケースもあり、侵入に気付きにくい」としています。さらに、警視庁公安部が2023年3月に注意喚起した家庭用のルーターが乗っ取られ、サイバー攻撃の発信元となる手口についても、ブラックテックによる可能性が高いことも判明しています。攻撃者が、VPNを介して一般家庭のルーターに侵入、そこから企業にサイバー攻撃を仕掛ける手口です。

イスラエル軍とイスラム原理主義組織ハマスの大規模戦闘が続く中、親パレスチナや親ロシア、親イランのハッカー集団がイスラエルへのサイバー攻撃を強めていると報じられています(2023年11月5日付産経新聞)。攻撃の対象はイスラエルの自衛権を支持する欧米諸国や、イスラエルとサイバー協力を進める日本にも拡大、サイバー空間上の攻防が紛争の激化につながる恐れも懸念されています。ハマスが10月7日にイスラエルへの攻撃を開始した直後、イスラエルのミサイル警報配信アプリ「レッドアラート」に偽の警告通知が相次ぎ表示されたといい、偽の警報を送り付けたのは、親パレスチナのハッカー集団「アノンゴースト」で、同集団は100万人以上が利用するアプリの脆弱性をついたサイバー攻撃を仕掛け、イスラエルの航空機予約サイトや国防軍が使用するアプリもハッキングしたと主張しています。イスラエルのセキュリティ企業「チェックポイント」などの情報では、イスラエルへのサイバー攻撃は10月18日時点で戦闘開始前と比べ18%増加、イスラエル政府や軍へのサイバー攻撃の件数は52%増えたといいます。親露系や親イラン系のハッカー集団もイスラエルへのサイバー攻撃に加担しており、ハマスの攻撃開始以降、ウクライナや同国の支援国を攻撃していた親露の「キルネット」や「アノニマススーダン」が「イスラエル政府の全てのシステムを攻撃する」などと宣言、イスラエル英字紙エルサレム・ポストのサイトがダウンするなどしています。さらに、親パレスチナのハッカー集団は活動範囲を広げ、イスラエルの自衛権を支持する米国やフランス、イタリアなどへの攻撃も仕掛けており、フランスではウェブサイトの改竄など300件を超える攻撃が確認されたほか、日本でも、NTTの調査では、親パレスチナのハッカー集団が2023年11月1日午後1時ごろ(日本時間)に通信アプリのテレグラムで「まず日本から攻撃を始める」と投稿、攻撃する理由として、日本がイスラエル製のサイバーセキュリティーシステムを多くの企業や政府関係組織で利用しているからと主張、自民党や東京都、経団連などのサイトへの攻撃を宣言し、一部のサイトが一時的に閲覧できない状態になりました。サイバー安全保障に詳しいNTTチーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジストの松原実穂子氏は「紛争の長期化次第では、サイバー攻撃への反撃の度合いが激化する恐れがある」と指摘していますが、サイバー戦争は、リアルの戦争・紛争等と絡み、「ハイブリッド戦」として正に避けられない情勢となっていること、サイバー空間に国境がないことから日本も無縁でいられないことなど、大きな危機感を持つべきだと思います。

重大なサイバー攻撃を未然に防ぐ「能動的サイバー防御」の法整備が2024年の通常国会は見送りになるとの見方が浮上しています。世論の反発への警戒や危機感の薄さが影響したとの指摘があります。能動的サイバー防御は2022年末に決めた国家安全保障戦略で導入方針を明記、サイバー空間で平時から通信を監視し、社会生活が大きな打撃を受ける恐れがあれば攻撃者のサーバーへの侵入などを認める内容であり、「通信の秘密」に例外を認めることになるため法整備にあたっては憲法との整合性や政府に認める権限の範囲などを丁寧に詰める必要があります一方で、前述したとおり、脅威は迫っています。近年の武力衝突はサイバー攻撃を組み合わせるケースが多く、通信網やインフラなどの機能を阻害して戦況を優位に進めようとする「ハイブリッド戦」が現代戦の常とう手段となっており、イスラム組織ハマスが2023年10月7日にイスラエルを攻撃した直後、イスラエルの空襲警報アプリに「核攻撃が来る」との偽メッセージが表れたほか、ロシアは2022年2月にウクライナへ侵攻する40日ほど前から3波に及ぶ大規模なサイバー攻撃を仕掛けるなどすでに「ハイブリッド戦」はあちこちで開戦状態です。能動的サイバー防御は米国の元政府高官が「日米同盟の最大の弱点はサイバー防衛」と称した状況を変える取り組みであり、導入が遅れれば、それに比例してリスクは高くなることを認識する必要があります。大きな危機感をもって早急な検討を求めたいところです。

経済産業省は、サイバー攻撃を受けた企業が被害を迅速に共有するための指針をまとめています。被害を受けた企業を匿名化すれば、セキュリティ対策を担う企業の判断で情報共有ができると明記しています。サイバー攻撃は同じ手法で連続して受ける例が多く、セキュリティ会社間で素早く情報共有することが重要になることから、サイバー攻撃の全容把握や効果的な対策につなげやすくするのが狙いで、国によるサイバー攻撃の企業間の情報共有に関する指針の策定は初めてとなります。情報共有できる範囲を示し、積極的な情報共有を促しています。現在、サイバー攻撃の情報共有は被害を受けた企業に委ねられており、対応に追われている企業にとって大きな負担となっています。負担の大きさから、企業による情報共有が的確に行われないことなどに対する懸念もありましたが、指針は「攻撃の全容の把握や被害の拡大を防止する観点からサイバー攻撃に関する情報共有は極めて重要」と指摘、その上で、被害企業の特定につながる情報の匿名化を条件に、セキュリティ対策を専門とする企業同士が情報共有できることを示しています。共有の対象は、不正アクセスの通信元やマルウエアの種類などとなります。

生成AI(人工知能)やAIに関する議論が続いていますが、最近の報道から、そのリスクや脅威に絞って、いくつか紹介します。

  • 生成AIを利用した偽動画・画像は、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスとイスラエル軍とが対峙するパレスチナ紛争や、ウクライナ戦争でも悪用されるケースが目立っています。10月7日から始まったイスラエル軍とハマスとの大規模紛争では、膨大なフェイク動画やフェイク画像が氾濫していると指摘されています。ガザでは限られたメディアしか取材できず、偽情報がまことしやかに拡散される傾向が強いと考えられます。こうした偽動画・画像は、2022年2月に勃発したウクライナ戦争でも悪用されています。一方、米国でも2023年に入り、バイデン大統領が「第三次世界大戦」開始を告げる動画が拡散、政治活動家がAIで作成した旨を説明しましたが、多くの人が説明を付けずに動画を拡散し、社会問題化しました。
  • 英国のシェフィールド大学と中国の北方工業大学に所属する研究者らが発表した論文「On the Security Vulnerabilities of Text-to-SQL Models」は、ChatGPTなどのAIツールを操作してオンラインデータベースからの機密情報の流出させる、悪意のあるコードを作成するテストを行った研究報告で、自然言語処理(NLP)のアルゴリズムが意図的な攻撃に対して脆弱であることはすでに実証されているところ、これらの脆弱性がソフトウエアのセキュリティリスクとしてどのように影響するかについては、十分に調査されていませんでした。実験の結果、6つの商用アプリケーション全てで、AIが生成したコードにデータベース情報の漏えい命令を埋め込めることを示したといい、さらに、認証済みのユーザープロファイル、例えば名前やパスワードを含むシステムデータベースを削除する命令や、データベースをホストするクラウドサーバに対するサービス妨害攻撃を実行する命令も生成できることを確認したといいます。また、4つの言語モデルを用いた実験で、Text-to-SQLシステムへの直接的なバックドア攻撃がモデルのパフォーマンスに悪影響を与えることなく、100%の成功率で実行できることを確認したといいます。
  • 国内のサイトで、画像生成AIで作られたとみられる児童の性的画像が大量に出回っており、欧米では警戒が強まっているものの、、日本では議論が進んでいない状態にあります。「児童ポルノ」を巡っては、日本が「輸出国」になっているとして過去に国際的な批判を浴びた経緯があります。英国や米国などは2023年10月、AI開発企業とともに「犯罪行為を軽視する風潮を助長する重大リスクをもたらす」と共同声明を出しています。専門家は「現状のままでは日本で児童の性的画像が大量にAIで生成され、国際的な批判を招きかねない状態だ。現行法は、実物と区別できない性的画像が大量に作られる事態を想定したものではない。早急に議論を始める必要がある」と指摘しています。関連して、画像生成AIで作られたとみられる児童の性的画像が国内サイトに大量に投稿されている問題で、被害者が実在する児童ポルノ対策への支障が出始めている。AIによる児童の性的画像は児童買春・児童ポルノ禁止法の原則対象外ですが、ネット上で拡散すれば、そのリアルさゆえに被害児童が実在する画像と区別がつかなくなり、削除要請や捜査などが困難になるといいます。関係者は「法の根拠なく、AI画像の削除要請をすれば『表現の自由』の制限につながりかねない。慎重に判断する必要がある」と話す一方、「被害児童が実在する画像の削除要請が遅れれば、ネットにさらされ続けることになる」と危惧、西日本のある警察幹部も「AI画像が大量に出回れば、実際に被害児童がいる画像が埋没してしまい、被害の発覚や摘発が遅れかねない」と危機感を示しています。生成AIを巡っては、偽画像も問題となっており、そうした中、AI画像かどうか見抜く技術の研究も進んでいます。国立情報学研究所の研究チームは2021年、人の顔の画像や動画がAIで作られたものかどうかを判定するプログラムを開発、大量のAI画像を学習し、人の目ではわからない細かな特徴を検出し、高精度で判定可能ということですが、AIの進歩は著しく、結局「いたちごっこ」が続くことが予想されます。人権に関わる画像は、『AI生成』と明示したり、第三者が識別できるデータを埋め込んだりするよう義務づける法整備を検討するべきだとの意見も強くなっています。一方、判別が可能になっても、AI画像が拡散すると本物が埋没し、対策に支障が出る構図は変わらず、国際基準に沿って、児童ポルノ禁止法の改正を含め、規制の議論を進めることこそが重要だといえます
  • 警察庁は、金融機関のサイトなどを装った「フィッシングサイト」の識別に、生成AIの導入を検討していると明らかにしています。現在は、都道府県警を通じた通報・相談などを受け、警察庁職員が偽サイトと認定すれば、ウイルス対策ソフト会社などに情報提供していますが、業務の効率化や、増加する偽サイトへの対策強化が狙いです。偽サイトは、見た目は本物と似ていますが「ネット上の住所にあたるドメインが正規サイトと異なる」「ウイルスへの感染警告を表示させるといった不正なプログラムが埋め込まれている」といった特徴があり、AIはこうした特徴から総合的に判定するものです。警察庁によれば、偽サイトを通じてインターネットバンキング利用者のIDやパスワードが盗まれているとみられ、ネットバンキングで不正送金される被害は2023年1~6月に2322件あり、被害額は約30億円に上っています。件数は既に通年で過去最悪で、被害額も2015年の約30億7000万円に次ぐ規模となっています。偽サイトと認定された場合は、ウイルス対策ソフト会社などに情報提供され、ソフトの利用者が該当サイトを開くと、警告が表示されるようになりますが、偽サイトの多くは海外サーバーにあり、閉鎖させるなどの対応は難しいといいます。
  • ブラジル南部ポルトアレグレ市議会で、対話型生成AI「チャットGPT」を使って全文を作成した条例案が全会一致で可決、施行されています。条例案を提案した市議が、Xで明らかにしています。条例では、住民が水道メーターの盗難に遭った場合、交換費用の負担を免除すると定めたもので、市議の投稿などによると、チャットGPTは数秒で指示に沿った条例案を作成し、メーターを交換するまで水道料金支払いを免除するなど独自の提案も行ったといい、条例案を審議する委員会や本会議で反対意見はなかったということです。市議は投稿で「コストを削減し、仕事を最適化するのに役立つ」と称賛していますが、生成AIは著作権の侵害や偽情報の拡散につながると問題視されているのも事実であり、議長は生成AIが作成した条例の是非が議会で議論されていないと指摘し、「危険な前例だ」と警鐘を鳴らしています。

AIのChatGPTが2022年11月30日に一般公開されてから1年が経過し、かつてない生成AIムーブメントは世界に激震を与え、先端技術がもたらす社会の将来展望も大きく塗り替えました。この点について。2023年11月14日付日本経済新聞の記事「Chat GPT登場1周年 企業が経営判断を誤らない方策は」で、興味深い論考がありました。具体的には、「驚異的なのは、この熾烈なAI開発競争に挑む企業の経営陣の年齢は30歳代がほとんどだということです。未開の領域を開拓する生成AIの現場では、もはやスポーツ選手に近い年齢層の経営者が競う場面が増えています。「知的アスリート」とも呼べる才能あふれた人材が集まるAI業界では、「この道何年」といった経歴を重視しがちな日本企業は経営判断を誤る恐れが高いといえるでしょう。…確かに、爆発的な進化を遂げている生成AIが悪用されるようになれば、著作権や肖像権、商標権、プライバシー保護など、さまざまな問題が浮上することが予想されます。しかし、このような問題はインターネットの普及でも起きている問題であり、メリットとデメリットを考えた上でバランスを取らなければなりません。…コンピューターの演算方法であるアルゴリズムがより価値をもつ時代になりつつあるのです。蓄積されたデータをどう処理して活用するかは、企業での資料作成の効率アップにとどまりません。消費者全般に及ぶ大きな変化です。アルゴリズムの対義語はヒューリスティック(経験則)であり、日本の大企業の多くは経験則に偏り過ぎてきたといえるでしょう。意識的に経験則への依存を減らし、優れたアルゴリズムを構築できる希少な人材をビジネスに取り込まなければなりません」との指摘は、正にその通りだと思います。

G7は、デジタル・技術相会合をオンラインで開催、生成AIの規制のあり方などを議論する「広島AIプロセス」では、AIの開発者から利用者までの関係者を対象にする「国際指針」や、偽情報対策の推進などの包括的な成果を取りまとめ、閣僚声明を発出しています。閣僚声明には、企業や個人などの利用者を含む「全てのAI関係者」を対象にする国際指針を盛り込んだほか、偽情報の拡散などAIのリスクを認識し、AIを活用する能力の向上を図ることや、責任ある利用の促進などを明記しています。さらに、官民学の国際的な議論を行っている専門組織の東京事務所を新設し、偽情報の拡散を防ぐ技術の開発を推進することも盛り込んでいます。インターネット上の情報の発信元を識別する仕組みや電子透かしなどの技術にも言及しており、情報発信者を明示する技術「オリジネーター・プロファイル(OP)」を念頭に置いています。なお、国際指針は12項目あり、うち11項目は開発者向けの行動規範を引用しています。項目で今回新たに加わったのは情報共有とデジタル・リテラシーの向上で、AIの悪用につながる欠陥や、深刻な誤作動の特定・評価といった情報を関係者に広く共有するよう求め、AIからの情報には誤った内容や意図的に悪用したものが含まれる恐れがあることの理解を深めてもらうことを狙っています。本物と見分けるのが難しい画像や動画を生成AIが作成していることが問題になり、SNSなどを通じ偽情報が広がる要因になっており、中国やロシアなどによって拡散されるといった悪用が懸念されている中、日本が議長国として主導する広島AIプロセスは、包括ルールを世界に先駆けて示すことで、事実上の国際標準にすることを目指しています。

▼総務省 G7デジタル・技術大臣会合の開催結果
▼広島AIプロセスG7デジタル・技術閣僚声明(仮訳)
  • (附属書1)全てのAI関係者向けの広島プロセス国際指針
    1. 我々は、安全、安心、信頼できるAIを適切かつ関連性をもって推進する上での、全てのAI関係者の責任を強調する。我々は、ライフサイクル全体にわたる関係者が、AIの安全性、安心、信頼性に関して、異なる責任と異なるニーズを持つことを認識する。我々は、全てのAI関係者が、自らの能力とライフサイクルにおける役割を十分に考慮した上で、「高度なAIシステムを開発する組織の向けの広島プロセス国際指針(2023年10月30日)」を読み、理解することを奨励する。
    2. 「高度なAIシステムを開発する組織の向けの広島プロセス国際指針」の以下の11の原則は、高度なAIシステムを開発する組織にのみ適用可能な要素もあることを認識しつつ、高度なAIシステムの設計、開発、導入、提供及び利用をカバーするために、全てのAI関係者に対し、適時適切に、適切な範囲で、適用されるべきである。
      1. AIライフサイクル全体にわたるリスクを特定、評価、軽減するために、高度なAIシステムの開発全体を通じて、その導入前及び市場投入前も含め、適切な措置を講じる
      2. 市場投入を含む導入後、脆弱性、及び必要に応じて悪用されたインシデントやパターンを特定し、緩和する
      3. 高度なAIシステムの能力、限界、適切・不適切な使用領域を公表し、十分な透明性の確保を支援することで、アカウンタビリティの向上に貢献する
      4. 産業界、政府、市民社会、学界を含む、高度なAIシステムを開発する組織間での責任ある情報共有とインシデントの報告に向けて取り組む
      5. 特に高度なAIシステム開発者に向けた、個人情報保護方針及び緩和策を含む、リスクベースのアプローチに基づくAIガバナンス及びリスク管理方針を策定し、実施し、開示する
      6. AIのライフサイクル全体にわたり、物理的セキュリティ、サイバーセキュリティ、内部脅威に対する安全対策を含む、強固なセキュリティ管理に投資し、実施する
      7. 技術的に可能な場合は、電子透かしやその他の技術等、ユーザーがAIが生成したコンテンツを識別できるようにするための、信頼できるコンテンツ認証及び来歴のメカニズムを開発し、導入する
      8. 社会的、安全、セキュリティ上のリスクを軽減するための研究を優先し、効果的な軽減策への投資を優先する
      9. 世界の最大の課題、特に気候危機、世界保健、教育等(ただしこれらに限定されない)に対処するため、高度なAIシステムの開発を優先する
      10. 国際的な技術規格の開発を推進し、適切な場合にはその採用を推進する
      11. 適切なデータインプット対策を実施し、個人データ及び知的財産を保護する
    3. また、AI関係者は第12の指針に従うべきである
      1. 高度なAIシステムの信頼でき責任ある利用を促進し、貢献する。
  • AI関係者は、高度なAIシステムが特定のリスク(例:偽情報の拡散に関するもの)をどのように増大させるか及び/又は新たなリスクをどのように生み出すかといった課題を含め、自分自身そして必要に応じて他者のデジタル・リテラシー、訓練及び認識を向上させる機会を求めるべきである
  • 全ての関連するAI関係者は、高度なAIシステムの新たなリスクや脆弱性を特定し、それに対処するために、必要に応じて、協力し情報を共有することが奨励される。

(6)誹謗中傷/偽情報等を巡る動向

本コラムでもその動向を注視してきましたが、総務省の有識者会議は、SNS上の誹謗中傷投稿の対策に関する報告書を取りまとめました。SNSの運営事業者に対し、投稿の削除対応の迅速化を要請、対応の透明性を高めるため、削除に関する判断基準などを盛り込んだ指針を策定させる必要性も指摘しています。総務省はこれを受け、法整備に向けた手続きを進めることになります。報告書は、誹謗中傷などの投稿がSNS上で拡散されるのは「社会問題であり、その対策は急務」と指摘、利用者から投稿を募って広告で収入を得るSNS事業者は「迅速かつ適切に削除を行う責務がある」としました。そのうえで、具体的には、投稿の削除に関する透明性を向上させるため、削除に至る判断基準や手続きを盛り込んだ「削除指針」を策定すべきとし、対応の迅速化では、削除申請を受け付けた事業者が1週間程度で、その結果や理由を申請者に通知することを挙げています。報告書では、いずれも「法制上の手当て」の必要性を強調、総務省は速やかに法整備の検討を進めることになります。このほかネット中傷の被害者に適切な対応をするため、政府や自治体などの相談機関同士の連携を深めることも挙げています。また、主要なPFサービスを運営するのは海外事業者が多いことを踏まえ、日本語による対応が可能な申請窓口を設置するよう求めています。被害者が救済を求めやすい環境の整備が期待される一方、焦点の一つだった「削除請求権」の明文化の議論は先送りされました。投稿によってプライバシーなどが侵害された場合、被害者が投稿の削除を求める削除請求権は判例上認められているとされるものの、明文化された法律はなく、有識者会議でも削除請求権の認知度は3割ほどにとどまると報告されました。そのため、「明文化しないと世間に伝わらない」「立法がないと海外の事業者は動きにくい」など明文化を求める声があがった一方で、乱用されれば表現の自由に悪影響を与えかねないとの懸念も根強く、効果も不透明だとの指摘も出ていました。報道で京都大大学院の曽我部真裕教授(憲法学)は「海外事業者は法的枠組みがないと十分に対応しない。これまでは自主的な取り組みに委ねてきたので、法制化が実現すればフェーズが変わる」と指摘。削除請求権については「個々の投稿に対するミクロの対策はこれまでもやってきた。ただ、これだけSNSが社会全体に広がるなか、むしろ全体として違法な投稿を減らしていくために、炎上時のコメント欄の閉鎖などマクロの対策にシフトしていくべきだ」と指摘していますが、その通りだと思います。なお、本内容については厳しい意見もあり、例えば、「海外ではもっと踏み込んだ対応がとられている。規制の射程が狭く、かなりミニマムに思える。例えば、対象となる事業者は『不特定者間の交流を目的とすることに加えて、他のサービスに付随して提供されるサービスではないこと』などとしているが、これだとアマゾンやグーグルマップのレビューも外れかねない。そこに書かれる口コミは商売をする人にはかなり影響がある。迅速な削除を求める対象となる情報の範囲も、誹謗中傷などの権利侵害情報に限定されているが、個人を特定しないヘイトスピーチなども漏れることになりかねない。青少年に有害な情報や爆弾の作り方といった情報も外れる」、「さらに、規制を守らせるための担保措置が書かれていない。これまでも事業者の対応状況をモニタリングしてきたが、任意だったためうまくいかなかった。それを踏まえると、担保措置がなければ、規制をかけても守らない事業者が出てくる可能性がある」、「今回のとりまとめでは、削除請求権を明文化しても抽象的な規定になり、期待される効果は生じない、安易な削除請求の乱発を招き、表現の自由に影響を与える、削除請求の乱発の結果、裁判実務に混乱が生じる、著作権法など個別法における差し止め請求の規定と整合性に課題があるのでは、などとされた。削除請求が乱発されるとは思わないが、こうした慎重意見を押し切ってやるほどのメリットはない」といったものです。

▼総務省 誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ(第12回)配布資料
▼資料1 誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ とりまとめ(案)
  • プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律
    • 不特定の者が情報を発信しこれを不特定の者が閲覧できるサービス(以下、本「とりまとめ」においては、このようなサービスを指して「プラットフォーム」といい、このようなサービスを提供する者を「プラットフォーム事業者」という。)については、情報交換や意見交換の交流の場として有効であるものの、誰もが容易に発信し、拡散できるため、違法・有害情報の流通が起きやすく、それによる被害及び悪影響は即時かつ際限なく拡大し、甚大になりやすい。また、プラットフォーム事業者の中には削除対応等の取組が不十分である者もあるとの指摘もある。
    • このようなプラットフォームを提供する事業者については、誹謗中傷等を含む情報が現に流通している場を構築し広く一般にサービスを提供していること、投稿の削除を大量・迅速に実施できる立場にあること、利用者からの投稿を広く募り、それを閲覧しようとする利用者に広告を閲覧させることなどによって収入を得ていること等から、個別の情報の流通及びその違法性を知ったときやその違法性を知るに足りる相当の理由があるときは、表現の自由を過度に制限することがないよう十分に配慮した上で、プラットフォーム事業者は迅速かつ適切に削除を行う等の責務があると考えるのが相当である。
    • しかしながら、プラットフォーム事業者による利用規約等に基づく削除については、例えば、利用者にとって削除の申請窓口や申請フォームが分かりにくい、受付や判断結果について必ずしも通知がなされていない、事業者による削除の基準が不透明といった課題が指摘されている。
    • このような課題に対し、プラットフォーム事業者の誹謗中傷等を含む情報の流通の低減に係る責務を踏まえ、法制上の手当てを含め、プラットフォーム事業者に対して以下の具体的措置を求めることが適当である。
      1. 措置申請窓口の明示
        • プラットフォーム事業者に、削除申請の窓口や手続の整備を求めることが適当である。その際、被害者等が削除の申請等を行うに当たって、日本語で受け付けられるようにすること(申請等の理由を十分に説明できるようにすることを含む。)や、申請等の窓口の所在を明確かつ分かりやすく示すこと等、申請方法が申請者に過重な負担を課するものとならないようにすることが適当である。
      2. 受付に係る通知
        • プラットフォーム事業者が申請等を受けた場合には、申請者に対して受付通知を行うことが適当である。その際、「4.申請の処理に関する期間の定め」において、原則として一定の期間内に対応が求められることを踏まえ、プラットフォーム事業者が当該申請等を受け付けた日時が申請者に対して明らかとなるようにすることが適当である。
      3. 運用体制の整備
        • プラットフォーム事業者は、自身が提供するサービスの特性を踏まえつつ、我が国の文化・社会的背景に明るい人材を配置することが適当である。
        • 人材配置は、日本の文化・社会的背景を踏まえた対応がなされるために必要最低限のもののみを求めることが適当である。
      4. 申請の処理に関する期間の定め
        • 基本的には、プラットフォーム事業者に対し、一定の期間内に、削除した事実又はしなかった事実及びその理由の通知を求めることが適当である。その際、事業者による的確な判断の機会を損なわないよう、発信者に対して意見等の照会を行う場合や専門的な検討を行う場合、その他やむを得ない理由がある場合には、一定の期間内に検討中である旨及びその理由を通知した上で、一定の期間を超えての検討を認めることが適当である。なお、以下「5.判断結果及び理由に係る通知」のとおり、プラットフォーム事業者が一定の期間を超えた検討の後に判断を行った際にも、申請者に対して対応結果を通知し、削除が行われなかった場合にはその理由をあわせて説明することが適当である。
        • 「一定の期間」の具体的な日数については、アンケート結果によれば、プラットフォーム事業者による不対応が一週間より長い期間続いた場合に許容できないとする人の割合が8割超に上ること、誹謗中傷等の権利侵害について事業者が認識した事案においては実務上一週間程度での削除が合理的であると考えられること、等を踏まえれば、一週間程度とすることが適当である。
        • ただし、刻々と変化する情報通信の技術状況に鑑みれば、期間を定めるに当たっては、一定の余裕を持った期間設定が行われることが適当である。
      5. 判断結果及び理由に係る通知
        • プラットフォーム事業者が判断を行った場合には、申請者に対して対応結果を通知し、削除を行わなかった場合にはその理由をあわせて説明することが適当である。その際、申請件数が膨大となり得ることも踏まえ、過去に同一の申請が行われていた場合等の正当な理由がある場合には、判断結果及び理由の通知を求めないことが適当である。
      6. 対象範囲
        1. 対象とする事業者
          • 権利侵害情報の流通が生じやすい不特定者間の交流を目的とするサービスのうち、一定規模以上のものに対象を限定することが適当である。
          • 定性的な要件については、権利侵害情報の流通の生じやすさから、不特定者間の交流を目的とすることに加えて、他のサービスに付随して提供されるサービスではないことも考慮することが適当である。
          • アクティブユーザ数や投稿数といった複数の指標を並列的に用いて捕捉することが適当である。このような指標の具体的なデータの取得に当たっては、第一次的には事業者から直接報告を求めることが適当である。
          • 事業者からの報告が望めない場合等においては、他の情報を基に数値を推計することが適当である。
          • 内外無差別の原則を徹底する観点から、エンフォースメントも含め、海外事業者に対しても国内事業者と等しく規律が適用されるようにすることが適当である。
        2. 対象とする情報
          • 「プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」の対象となる情報の範囲には、誹謗中傷等の権利侵害情報を含めることが適当である。
          • 「プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」については、その対象となる情報の範囲を誹謗中傷等の権利侵害情報に限定することが適当である
  • プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律
    1. 削除指針
      • 削除等の基準について、海外事業者、国内事業者を問わず、投稿の削除等に関する判断基準や手続に関する「削除指針」を策定し、公表させることが適当である。また、新しい指針や改訂した指針の運用開始に当たっては、事前に一定の周知期間を設けることが適当である。
      • 「削除指針」の策定、公表に当たっては、日本語で、利用者にとって、明確かつ分かりやすい表現が用いられるようにするとともに、日本語の投稿に適切に対応できるものとすることが適当である。また、プラットフォーム事業者が自ら探知した場合や特定の者からの申出があった場合等、削除等の対象となった情報をプラットフォーム事業者が認知するに至る端緒の別に応じて、できる限り具体的に、投稿の削除等に関する判断基準や手続が記載されていることが適当である。
      • 過度に詳細な記載までは求めないことが適当である。
      • 個人情報の保護等に配慮した上で、実際に削除指針に基づき行われた削除等の具体例を公表することで、利用者に対する透明性を確保することが適当である。
    2. 発信者に対する説明
      • プラットフォーム事業者が投稿の削除等を講ずるときには、対象となる情報の発信者に対して、投稿の削除等を講じた事実及びその理由を説明することが適当である。理由の粒度については、削除指針におけるどの条項等に抵触したことを理由に削除等の措置が講じられたのか、削除指針との関係を明らかにすることが適当である。また、過去に同一の発信者に対して同様の通知等の措置を講じていた場合や、被害者の二次的被害を惹起する蓋然性が高い場合等の正当な理由がある場合には、発信者に対する説明を求めないことが適当である。
    3. 運用状況の公表
      • 「プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」並びに「プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律」のうち「1.削除指針」及び「2.発信者に対する説明」が利用者にとって重要性が高い事項について一定の措置を求めていることを踏まえ、これらの運用状況の公表を求めることが適当である。
    4. 運用結果に対する評価
      • 運用結果に対する評価に当たっては、個人情報や秘匿性の高い情報に対して配慮した上で、外部からの検証可能性を確保し、客観性や実効性を高めることが望ましい。
    5. 取組状況の共有
      • 違法・有害情報の全体の流通状況やプラットフォーム事業者をはじめとする各ステークホルダーにおける取組状況については、引き続き継続的かつ専門的に把握・共有することが望ましい。
      • その際、情報の取扱いについて、個々の投稿の内容を扱う場合、当該情報が個人情報保護法上の「個人情報」に該当する可能性があることや、その内容によってはプライバシーの問題が生じること等に留意する必要がある。
    6. 対象範囲
      1. 対象とする事業者
        • 「プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律」についても、上記「プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」の「6.(1)対象とする事業者」における整理が妥当することから、その対象事業者の範囲は「Ⅲ.プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律」と同じ範囲に限定することが適当である。
      2. 対象とする情報
        • 利用者のサービス選択や利用に当たっての安定性及び予見性を確保する観点からは、情報の種類如何に関わらず、プラットフォーム事業者が削除等の措置を行う対象となる情報について、プラットフォーム事業者の措置内容を明らかにすることが適当である。
        • 「プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律」において対象とする情報の範囲については、削除等の対象となる全ての情報とすることが適当である。
  • プラットフォーム事業者に関するその他の規律
    1. 個別の違法・有害情報に関する罰則付の削除義務
      • 個別の情報に関する罰則付の削除義務を課すことは、この義務を背景として、罰則を適用されることを回避しようとするプラットフォーム事業者によって、実際には違法・有害情報ではない疑わしい情報が全て削除されるなど、投稿の過度な削除等が行われるおそれがあることや、行政がプラットフォーム事業者に対して検閲に近い行為を強いることとなり、利用者の表現の自由に対する制約をもたらすおそれがあること等から、慎重であるべきである。
    2. 個別の違法・有害情報に関する公的機関等からの削除要請
      • この要請に応じて自動的・機械的に削除することをプラットフォーム事業者に義務付けることについては、公的機関等からの要請があれば内容を確認せず削除されることにより、利用者の表現の自由を実質的に制約するおそれがあるため、慎重であるべきである。
    3. 違法情報の流通の監視
      1. 違法情報の流通の網羅的な監視
        • 行政がプラットフォーム事業者に対して検閲に近い行為を強いることとなり、また、事業者によっては、実際には違法情報ではない疑わしい情報も全て削除するなど、投稿の過度な削除等が行われ、利用者の表現の自由に対する実質的な制約をもたらすおそれがあるため、慎重であるべきである。
      2. 繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントの監視
        • プラットフォーム事業者に対し、特定のアカウントを監視するよう法的に義務付けることは、「(1)違法情報の流通の網羅的な監視」と同様の懸念があるため、慎重であるべきである
      3. 繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントの停止・凍結等
        • 繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントへの対応として、アカウントの停止・凍結等を行うことを法的に義務付けることも考えられるが、このような義務付けは、ひとたびアカウントの停止・凍結等が行われると将来にわたって表現の機会が奪われる表現の事前抑制の性質を有しているため、慎重であるべきである。
    4. 権利侵害情報に係る送信防止措置請求権の明文化
      • 当該権利の明文化によるメリットとしては、(1)被害者が削除を請求できると広く認知され、請求により救済される被害者が増えること、(2)特に海外事業者に対して、削除請求に応じる義務の存在が明確化され、対応の促進が図られること、(3)人格権以外の権利利益(例:営業上の利益)が違法に侵害された場合であっても請求が可能であることが明確化されることが指摘されている。
      • 一方で、デメリットとして、(1)裁判例によれば、特定電気通信役務提供者が送信防止措置の作為義務を負う要件は、被侵害利益やサービス提供の態様などにより異なるため、請求権を明文化するとしても抽象的な規定とならざるを得ず、期待される効果は生じないのではないか、(2)安易な削除請求の乱発を招き、表現の自由に影響を与えるのではないか、(3)安易な削除請求の乱発の結果、削除請求の裁判の実務に混乱が生じるのではないか、(4)著作権法第112条や不正競争防止法第3条などの個別法における差止請求の規定との整合性に課題があるのではないかといった点が指摘されている。
      • なお、かかるメリット及びデメリットを示した上で実施したアンケートによれば、法律での明文化に対する考え方として、全体の半数弱(47.7%)は「メリット・デメリットがそれぞれに複数あることから、慎重な議論が必要である」との回答であった。
      • 権利侵害情報の送信防止措置を請求する権利を明文化することについては、引き続き慎重に議論を行うことが適当である
    5. 権利侵害性の有無の判断の支援
      1. 権利侵害性の有無の判断を伴わない削除(いわゆるノーティスアンドテイクダウン)
        • 既に、プロバイダ責任制限法3条2項2号の規定により発信者から7日以内に返答がないという外形的な基準で、権利侵害性の有無の判断にかかわらず、責任を負うことなく送信防止措置を実施できることや、内容にかかわらない自動的な削除が表現の自由に与える影響等を踏まえれば、ノーティスアンドテイクダウンの導入については、慎重であるべきである。
      2. プラットフォーム事業者を支援する第三者機関
        • これらの機関が法的拘束力や強制力を持つ要請を行うとした場合、これらの機関は慎重な判断を行うことが想定されることや、その判断については最終的に裁判上争うことが保障されていることを踏まえれば、必ずしも、裁判手続(仮処分命令申立事件)と比べて迅速になるとも言いがたいこと等から、上述のような第三者機関を法的に整備することについては、慎重であるべきである。
      3. 裁判外紛争解決手続(ADR)
        • 裁判外紛争解決手続(ADR)については、憲法上保障される裁判を受ける権利との関係や、裁判所以外の判断には従わない事業者も存在することも踏まえれば、実効性や有効性が乏しいこと等から、ADRを法的に整備することについては、慎重であるべきである。
    6. その他
      1. 相談対応の充実
        • 相談のたらい回しを防ぎ、速やかに迅速な相談を図る観点からは、違法・有害情報相談機関連絡会(各種相談機関ないし削除要請機関が参加している連絡会)等において、引き続き、関連する相談機関間の連携を深め、相談機関間の相互理解による適切な案内を可能にすることや知名度の向上を図ることが適当である。
      2. DMによる被害への対応
        • 現行の発信者情報開示制度は、情報が拡散され被害が際限なく拡大するおそれがあることに着目して不特定の者に受信されることを目的とする通信を対象とする規定となっているものであり、根本的な見直しを必要とする事情等があるか否かについて、生じる被害の法的性質も考慮しながら、引き続き状況の把握に努めることが適当である。
      3. 特に青少年にまつわる違法・有害情報の問題
        • 違法・有害情報が未成年者に与える影響を踏まえて、未成年者のデジタルサービス利用の実態(未成年者におけるプラットフォームサービスの利用実態、青少年保護のための削除等の実施状況や機能、サービス上の工夫等)を把握した上で、必要な政策を検討すべきとの指摘があった。
        • この点については、諸外国における取組のほか、日本における関連する機関や団体等における検討状況について、引き続き把握及びその対策の検討に努めることが適当である。
      4. その他炎上事案への対応
        • 個々の投稿に違法性はないものの全体として人格権を侵害している投稿群の事案(いわゆる「炎上事案」)に対応するニーズも存在しており、このような投稿は被害に甚大な影響を与えている。他方、炎上事案については、法解釈等の観点から課題が存在していることから、人格権侵害の成否を巡る議論の動向に注視しつつ、引き続きプラットフォーム事業者の自主的取組を促進することが適当である。

報道(2023年11月29日付け朝日新聞)で、木村花さん(当時22)の母・響子さんは、今回の内容について「ネットリンチのような特殊な状況におかれた人のための対策を進めてほしかった。命を落とさないためのケアの窓口や、代わりに証拠集めをする対策が必要だと思う」と述べたほか、今回、先送りとなった削除請求権の明文化についても「法律に入れてほしい」と考えるものの、「削除請求は対症療法であって、根本的な解決にはつながらない」と話し、誹謗中傷を減らすため、「メールアドレスだけでなく、せめて電話番号をアカウントとひもづけるなどの仕組みにしてほしい」と訴えています。また、誹謗中傷をめぐる削除請求を手がける中沢佑一弁護士は「これまでは(PF側が)そもそも対応しているのか分からないケースもあったので、統一ルールができれば、実務はやりやすくなる」ものの、削除指針を明示させることでPF事業者の対応が変わるかには懐疑的だとし、現状でも「死ね」など直接的な言葉は削除されやすいが、「不倫している」など事実関係の判断が難しい内容は削除されにくく、「違法性を判断できなければ事業者は対応できない。事業者の判断だけで改善できる範囲は限られるのではないか」、削除されない場合、発信者情報を開示させ、削除を求める裁判手続きが必要になるが、投稿者特定のための情報が消去されているケースが多く、「投稿者情報の保存を事業者などに義務づけることが必要だ」と指摘しています。

最近の報道から、誹謗中傷に関するものを、いくつか紹介します。

  • 旧ジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川氏(2019年死去)による性加害問題で、元所属タレントらでつくる「ジャニーズ性加害問題当事者の会」発起人の一人、中村一也さんが、SNSで誹謗中傷を受けたとして、埼玉県警に被害を相談、侮辱や名誉毀損の容疑で刑事告訴を検討しているといいます。報道によれば、Xで「うそをついて楽しいか」「お金目的か」などと2023年6月頃から20回程度投稿されたとする資料を武南署に提出、中村さんは相談後、報道陣に「精神的にもつらく、決して許せない。心の殺人とも言える」と述べています。また、旧ジャニーズ事務所の性加害問題を巡り、被害を訴える元所属タレントらでつくる「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の石丸志門副代表は、会のメンバーへの中傷が相次いでいるとして、警察に被害届の提出に向けた相談をしています。石丸氏自身に対するSNS上などでの中傷は、活動を始めた直後の約半年前から始まり、その中から名誉毀損や脅迫に当たると判断した78件について浦和署に相談、被害届の受理に向けて署側が相談内容を精査すると説明を受けたといいます。被害者への中傷を巡っては、会所属の40代男性が、2023年10月中旬に大阪府内で死亡していたことが判明、男性は性被害をメディアに告白したところ、「売名行為」「金がほしいだけだろ」などの中傷を受けたといい、遺書のようなメモが残されており、自殺とみられています。石丸氏は「ジャニーズ事務所の遅滞な行動と中傷により、会のメンバーが命を落とす結果になった。ご遺族の心痛は測りかねる」と話し、旧ジャニーズ事務所の対応を批判、「被害者救済の中身には中傷を食い止めることも含まれるだろう。事務所の対応は甘い。被害者が世間から中傷を浴びることはあってはならない」と訴えています。
  • 自民党の杉田水脈衆院議員は、Xに、アイヌ文化振興事業の関係者を「公金チューチュー」とやゆした自身の発言を正当化する趣旨の短文を投稿、民族差別だとする抗議の声に対し「公金チューチューではなく『不正使用』と言えば良かったのか」と書き込んでいます。アイヌ文化振興事業を巡り、政府は立憲民主党主催のヒアリングで「適正に執行され、不正経理はない」(内閣官房担当者)と説明し、杉田氏の主張を事実上否定しており、なおもアイヌ民族への偏見と憎悪をあおり続ける杉田氏の言動は、厳しい批判にさらされることになりそうです。
  • フィギュアスケート男子で冬季五輪金メダリストの羽生結弦さんが、Xで離婚を決断したと明らかにしていますが、誹謗中傷やストーカー行為、過熱報道などがあったとし、「相手に幸せであってほしい、制限のない幸せでいてほしいという思いから、離婚するという決断をいたしました」とつづっています。
  • 2012年、京都府亀岡市で起きた無免許暴走事故で娘を失った中江さんが2023年11月、京都市内で講演し、自らが受けた誹謗中傷の体験を踏まえ、傷心した被害者への二次被害について「幾度もやり場を失い絶望感から解き放たれることはない」とその苦しみを訴えています。事故後、中江さんは事故やその理不尽さを訴えたいとの思いから報道陣の取材に応じたところ、テレビや新聞で名前や顔が出ると「有名人やな」と心ない声をかけられたり、近隣住民から「マスコミからギャラをもらっている」と事実無根の噂を立てられたりし、「しんどくてたまらない。有名になろうなんて思ったことはない」と述べています。さらに家族の生活に危害が加わることを避け、孫の運動会に行くこともできず、「あの顔だから暴力団の組長」とのネット上の心無い書き込みを見た取引先から仕事を断られることもあったといいます。中江さんは「安易な書き込みかもしれないが、犠牲者なのに加害者のような扱いを受けた」と述べています。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の元2世信者を動画投稿サイトで中傷したとして、横浜区検は、侮辱罪で男性(46)を略式起訴しています。報道によれば、2023年5月、3回にわたって動画を投稿し、元2世信者を侮辱したというものです。横浜区検は投稿の内容を明らかにしていませんが、高額献金被害などの実態を訴えていたといいます。「毎日のようにSNS上で攻撃され、私や家族はずっと苦しんできた。中傷していた人物にしかるべき処分が下され、ようやく少しほっとしている。当事者が声を上げても攻撃的な書き込みが繰り返されないよう、警察や弁護士とも相談しながら今後も対応する」とするコメントを明らかにしています。
  • タクシーの乗務員の名前や顔写真などを記した「運転者証」を、車内に掲示するのを取りやめる動きが広がっていいます。法令に基づく規則が2023年8月に改正され、掲示義務がなくなったためで、乗務員への嫌がらせの防止や、女性ドライバーの不安解消につながると期待されています。
  • 香川県観音寺市議会の岸上政憲市議(自民新政会)が、自身のXのアカウントで、韓国を「乞食」、旧日本軍の慰安婦を「売春婦」と表現する投稿をしたとして、篠原和代議長(当時)が「ヘイトスピーチに当たる」と厳重注意していたといいます。岸上市議は一部の投稿を削除しています。篠原元議長は取材に「(岸上市議は)事の重大さがわかっていない。個人的には議員辞職勧告にあたる行為だと思っている」と話しています。観音寺市は2017年に公園条例を改正し、ヘイト行為の禁止条項を盛り込んでおり、厳重注意は条例の趣旨を踏まえた対応だったといいます。一方、岸上氏は取材に「ヘイトに当たる言葉なので、使用したことについては申し訳ない。ただ、歴史認識を変えるつもりはないし、これからも議員としての意見は発信していく」と話しています。
  • 米実業家イーロン・マスク氏は、反ユダヤ主義的な投稿に賛同したことについて繰り返し陳謝したものの、この問題で自身が所有する交流サイトXへの広告掲載を停止した企業には罵詈雑言を浴びせ、強気の態度を示しました。アナリストは「少なくとも短期的にはXへの広告掲載を取りやめる企業が増えるリスクがあると確信する」と述べています。米電気自動車(EV)大手テスラのCEOでもあるマスク氏は、広告掲載停止が拡大すればXを破産させる可能性があることを認めた一方で、そうなったとしても一般の人々が非難するのはマスク氏ではなく、広告主側になるとの考えを示唆しています。一方、フランスの首都パリのアンヌ・イダルゴ市長は、Xの利用をやめると表明しています。イダルゴ氏はこれまでパリ市の政策発表や政治的な意見表明などを投稿してきましたが、Xが「民主主義の大量破壊兵器になっている」として、近日中にアカウントを閉鎖する考えを示しています。現在のXについて「多くの人々による情報へのアクセスを可能にした当初の革新的なツールからはほど遠いものになっている」とした上で、「偽情報や憎悪の増幅、組織的な嫌がらせや反ユダヤ主義、明らかな人種差別が、善意を持って平和的な議論を望むすべての人々を攻撃している」と指摘、さらに、「このプラットフォームの所有者は、意図的に緊張と紛争を悪化させるために行動している」とし、2022年に旧ツイッターを買収した米国の起業家イーロン・マスク氏を批判、Xが「世界の巨大な下水道と化している」と述べています。

通信販売会社が自社ホームページ上で、競合企業の経営者の実名を挙げた上で「在日の疑い」「100%の朝鮮系」「元々は外国人の方に、日本人の心が理解できるのでしょうか」などの差別的な文章を掲載しています。この通販会社の代表者の吉田嘉明氏は、大手化粧品会社「ディーエイチシー(DHC)」の創業者で、吉田氏はDHC会長だった2020~21年、DHCのHPに会長名で在日コリアンを差別する文章を掲載したことが大きな問題となっていました。今回の差別発言をHPに掲載したのは、通信販売会社「大和心」で、2022年7月に設立され、食品やファッション雑貨、日用品などを扱っており、同社は11月にHPを開設、21日に吉田氏名で掲載した企業モットーでは「大手総合通販で、トップが純粋な日本人なのは、大和心だけのようです」と記載、さらに通販事業などを手がける大手企業数社の経営者の実名を挙げて「お顔の特徴から、しばしば在日の疑いがかけられていますが、ご自身自らが頑なに否定しておられるので、あなた自身でご判断ください」、「『在日通名大全』によると、100%の朝鮮系とされています」などと記述、「元々は外国人の方に、日本人の心が理解できるのでしょうか?疑問です」と、差別発言が連ねられています。筆者としては、社会から大きく批判を浴びた、誹謗中傷やヘイトスピーチに抵触するような発言を、一度ならずしてしまう見識を疑います。

これまで取り上げてきたとおり、身近になったネット掲示板やネットSNSへの気軽に投稿したことが、誹謗中傷につながることもあり、こうした批判の高まりを受け、LINEヤフーは投稿者に向けて禁止コメントや違反例を明示するなど「コメントポリシー」の改定を続けています。2014年にはAIを活用した対策も始めました。AIの処理能力は年々向上し、現在は(1)過度な批判や中傷、差別、わいせつ、暴力的などの「不適切投稿」に当たらないか、(2)自分の意見をもとに議論を喚起したり、客観的な根拠を示したりしている建設的発言か、(3)ニュースと関連しているか、の3基準でコメントを瞬時に点数化し、コメントを掲載する順番の変更や自動削除の判断に役立てているといいます。AIだけでなく、人の手も使っており、約70人の「パトロール部隊」が365日24時間態勢で投稿を監視しています。アクセス数を示す指標であるPVが多いニュースや、中国や韓国、ワクチンなど「コメントが付きやすい」と判断した分野などは念入りに監視しているといい、「透明性レポート」によると、投稿数全体の約3%に当たる約35万件を1カ月間で削除したといい、そのうち7割はAIが判定、3割がパトロールや利用者の指摘といった人の目で判断しているとのことです。LINEヤフーは2022年10月、さらに踏み込んだ対策を始め、AIが「不適切」と判断した投稿が一定数を超えると、コメント欄を丸ごと非表示にするという取り組みです。この対策を発表した時、専門家から評価する声があった一方、「判断基準を透明化すべきだ」との意見もあり、何をもって非表示とするのか不明なまま、有意義なコメントも投稿できなくなれば、「表現の自由が損なわれる」という懸念があります。そもそも中傷コメントを招きそうな記事をわざわざ掲載することを問題視する声もあります。専門家は「週刊誌の記事などの中には、芸能人や著名人らを中傷したり、プライバシーを侵害したりするものもある。ヤフーはこうした記事を掲載する責任とも向き合わなければ、中傷コメントはなくならないのではないか」と指摘していますが、筆者もそうした考えを以前から持ち続けています。アテンションエコノミーの弊害でもあるといえます。そして、スマホさえあれば、子どもも大人も世界中に情報や意見を発信できる時代です。その半面、簡単に人を傷つけたり、デマを広めたりできてしまいます。私たち一人一人の自覚と責任が問われているといえます。

次に、偽情報・誤情報・ディープフェイク等に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 経済協力開発機構(OECD)は、本部のあるパリで、ロシアなど特定の国や組織が流布する虚偽情報への対抗策を話し合う国際会議を開催、SNSなどを通じて他国の世論や選挙結果を操作しようとする悪意のある行為への危機感を共有し、官民協力や国際的な連携の重要性を確認しています。コーマン事務総長は冒頭のビデオメッセージで、インターネットの発展で多くの人が膨大な情報を入手できるようになったことを称賛しつつ「虚偽情報の拡散を助長するなど社会にとって新たなリスクや課題を生み出した」とも指摘、産官学が協力し、対策を講じるよう呼びかけています。また、AIに関する討論会では、利用者の指示で文章や画像、音声を簡単に生み出すことができる生成AIのリスクが話題に上り、研究者からは「真実の情報でさえも、世論を変えるための武器にされる可能性がある」と警戒する声が聞かれたといいます。
  • 生成AIを用いて顔や声などが加工された「ディープフェイク」と呼ばれる偽の動画や画像が混乱をもたらしており、2023年11月には岸田文雄首相の偽動画がインターネット上で拡散し話題となりました。技術の普及により精巧かつ簡易に作成できるようになり、犯罪に悪用されるケースもあるなど、社会の新たな「リスク」になりつつあります。ディープフェイク自体は数年前から問題視され始めていましたが、現在は文章や画像を自動で作成する生成AI「チャットGPT」の普及などもあり、素人でも簡単に偽動画をつくれる環境になっています。警視庁は2023年11月、女子陸上選手の上半身が裸に見えるように合成した画像を生成し、Xに投稿したとして、20代の男子大学生を名誉毀損容疑で書類送検しています。ただ、現行の著作権法は生成AIの学習過程で著作権者の許可なく著作物を収集することを原則認めており、日本新聞協会は11月、著作権者の権利保護の観点から「政府は著作権法の改正を早急に検討すべきだ」との見解を表明したものの、抜本的な対策は後手に回っているのが現状です。報道(2023年11月14日付産経新聞)で越前教授は「捏造されたものが警察などの事件捜査で証拠とされる可能性や、ネット銀行の顔認証で悪用される恐れもある」と、脅威は多岐にわたると指摘、「精巧なディープフェイクの真偽を検証するのは難しい。最終的な判断は人間がするべきだが、本物と偽物をAIに学習させて真贋判定を行うなど、AIでの『目利き』も重要になってくる」と述べています。また、報道(2023年11月11日付毎日新聞)でフェイクニュースに詳しい法政大の藤代裕之教授(ソーシャルメディア論)は、生成AIの登場により、誰もが容易に、短時間で、精巧な偽動画を大量に作り出せるという点で、「以前よりも大きな脅威になっている」とし、「政治家の偽発言が、ニュースの形で事実であるかのように選挙前や災害時に拡散した場合、社会の混乱は計り知れない」とした上で、「AI動画には、AI動画であることを示す統一マークが表示されるよう義務づけたり、それがなければSNSで公開できない仕様にしたり、発信側のルール作りに向けた議論が必要だ」として対策を求めています。さらに、死者のデジタルデータに詳しい関東学院大の折田明子教授(情報社会学)は「公人とはいえ、遺族の承諾なく声や姿を勝手に利用することには倫理的な問題がある」と指摘、「元首相の遺志としてメッセージを語らせ、視聴者の感情に訴えて政治行動を促すことも可能になる」とし、「本人が亡くなっていて、修正、訂正の機会がないため、『生前のデータが見つかった』として政治的な内容を語らせる偽動画が拡散すれば、社会の混乱を招きかねない」と警告しています。
  • 2024年1月投開票の台湾総統選の立候補受け付けが始まり、選挙ムードが高まる中、台湾では出所不明で中国の関与も疑われる偽情報が急増しているといい、8割を超える台湾市民が過去1年間に偽情報を受け取ったとの調査結果もあるようです。例えば、ディープフェイクボイスの問題も実際に発生しており、本人とされた人物が発言を否定、同党の告発を受けた治安当局は鑑別ソフトにかけた結果、AIを使ったディープフェイク技術によって作られた可能性が極めて高いと発表しています。何者かが足を引っ張ろうとした可能性が指摘されています。また台湾の警察当局は2023年11月、蔡英文総統と頼氏が暗号資産投資を勧めている内容の偽動画が拡散していると発表し、注意を呼びかけています。何者かがディープフェイク技術を使って、別の動画から取った2人の顔や声を合成したものだといいます。警察当局は、投資詐欺や中国による選挙介入の可能性があると見ています。台湾政府は多くの偽情報の発信や拡散の背後に中国の存在があると考え、選挙介入だと批判しています。安全保障分野を担当する国家安全局のトップは2023年10月、すぐに対応が必要な偽情報が2022年7月以降、約1700件に上ると発言、中国が偽情報を使って台湾社会に混乱を作り出そうとしているとの見方を示していますが、これに対し、中国は介入を認めていません。中国はネット技術の発展に合わせて台湾への影響力行使の手段を変えており、2016年ごろには自動ツールなどを利用してネット検索にかかりやすい文章を大量に作成する手法が中心でしたが、現在は世界的に流行する中国系動画投稿アプリ「TikTok」に代表される短時間動画が増えています。専門家は、中国系アプリでは新疆ウイグル自治区や香港などの人権問題はほぼ取り上げられないと指摘、「芸能人やかわいい動物など人気のコンテンツを入り口に、若者の政治的な考えに少しずつ影響を与えようとしている」と指摘しています。報道で台湾ファクトチェックセンターの邱家宜執行長は「偽情報が広がれば、人々のメディアなどへの不信感を増幅し、判断の基礎となるはずの情報に対する信頼を壊してしまう。投票直前まで何が起きるか誰にも分からないが、しっかりと準備を進めるしかない」と述べていますが、そうした緊迫した状況が選挙まで続くことになります。
  • 2023年11月27日付朝日新聞で、国際調査報道集団「ベリングキャット」でシニアリサーチャー(上級研究員)を務めるコリーナ・コルタイ氏のコメントが掲載されており、大変興味深いものでした。例えば、「速報が求められるような事件、事故や紛争が起きたとき、私たちは「何が起きたのか知りたい」と感じます。誤情報や偽情報は、そうした「情報量の空白」を埋めるようなものになりがちです。興味深いのは、すでに2カ月近く紛争が続いているにもかかわらず、誤情報や偽情報が減退する兆しが見られないことです。あまりにも多くのコンテンツがあふれるなかで、何が本当で何がウソなのか、見極めが本当に難しくなっています」、「確かにかなりの量のプロパガンダが見られます。(親パレスチナか、親イスラエルかという)二極化が事態を悪化させており、「どちらか一方を信じるべきだ」「どちらか一方を選べ」と迫るようなものも多く見られます。もう一つの特徴としては、複数の政府系アカウントから多くのプロパガンダが発信されていることです。特定の政府の人間による発信をそのまま信じてしまってはいけません。ただ、そのためには高いレベルの批判力、分析力が必要になります」、「Xでは偽情報の量、さらには、その拡散力が劇的に増強されてしまいました。私が誤情報や偽情報をチェックする際、Xの他にも、(ロシア発祥のSNSである)テレグラムを集中的に監視することもあります。ここ2、3年では、TikTokが大きなプレーヤーになってきました。もちろん、偽情報などがプラットフォームをまたいで拡散されることも珍しくなく、その場合、追跡するのが困難になります。古い画像や映像、あるいはまったく違う地域のコンテンツが誤情報や偽情報の発信に再利用されるケースもあります」、「今回の軍事衝突において特筆すべき点は、AIの存在が、「これは本物の写真、映像ではない」と正当性を認めないための手段になっている場合があることです。つまり、一方が「これはAIだ」と主張すれば、写真の真正性が打ち消されることがある、という懸念が出始めています」、「誤情報や偽情報は生み出すコストが非常に低く、一方でそれを否定するコストは非常に高い。また、打ち消す側の主張や情報が、誤情報や偽情報のように拡散することもほぼありません。なので、最初の一歩が大事です。「感情的な反応を引き出すものだ」と思ったら、それが一つの基準になります。そこでいったん立ち止まって、多くの情報源にあたるようにしてください。誤った情報というのは、ガザ地区で犠牲になっているパレスチナ人たちのように、最も弱い立場にある人たちを傷つけてしまうことがあります。時間がかかってもいいのです。立ち止まって答えが出るのを待って、それでも答えが出ないこともあります。「これには確信が持てない」「これはわからない」などと認めるのは難しいかもしれませんが、それでいいのだと、私は推奨したいと思います」といった示唆に富む指摘がなされています。

(7)その他のトピックス

①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

北朝鮮やロシアなど国際的な制裁対象に流入する暗号資産が年間2500億円に上ることが判明しています。暗号資産は匿名や越境の取引が容易で、マネロンへの悪用が懸念されていますが、米国の世界最大の交換所はイスラム組織ハマスの資金確保に関与したとして摘発されており、制裁の抜け穴をどう防ぐかが課題となっています。暗号資産はオンラインでユーザー同士が直接取引できるほか、暗号資産を管理するウォレット(電子財布)は匿名で作れ、国境の制限もないことから、ハマスも資金集めのためにウォレットを公開していました。一方、スムーズな取引のために現金と暗号資産を交換できる交換所を利用するユーザーは多く、交換所では原則本人確認の手続きが必要となります。2023年11月29日付日本経済新聞によれば、日本経済新と暗号資産取引の解析を手掛ける英エリプティックが、米国などから制裁対象に指定されているウォレットなどについて、流入した資金を調査したところ、米政府はテロ組織や犯罪組織、北朝鮮やロシアなど一部の国を制裁対象にして取引を制限しているものの、実際には制裁を回避する形で資金が流入していることが判明したと報じられています。2022年下半期(7~12月)から2023年上半期(1~6月)の1年間に流入額は計17億1084万ドル(約2536億円)に上り、2021年下半期~2022年上半期の31億2419万ドルから半減したとはいえ、同社で資金洗浄について研究するアルダ・アカルトゥナ氏は「暗号資産の値下がりで関連する犯罪が低調だった影響もあり、対策は十分とはいえない」と指摘しています。また、国際ルールに従わない交換所は少なくなく、今回の調査で流入量の上位3位は、ロシアの交換所であるガランテックス、スーエックス、チャテックスのウォレットだったといい、いずれもランサムウエア集団のマネロンに関与したなどとして制裁対象に指定されています。違法な資金の流れを隠すサービスもあり、今回の調査で流入量4位のヒドラマーケットは、複数の取引を混合することで取引の追跡を難しくするサービス「ミキシング」をダークウェブ上で提供、流入量5位だった北朝鮮系のハッカー集団ラザルスもミキシングを利用しています。制裁対象ではない交換所も、マネロンに悪用されている疑いがあり、前述のAML/CFTの項でも取り上げたとおり、世界最大の交換所であるバイナンスは2032年11月、米当局からAML/CFTが有効に機能していなかったことなどを指摘され、約6400億円の罰金を支払うことで合意、米司法省によると企業に科した罰金で過去最大となりました。さらに、創業者のチャンポン・ジャオ氏がCEOを辞任しています。米当局は、バイナンスがイスラム組織ハマスの軍事部門といったテロ組織などとの10万件超の取引の報告を故意に怠ったとしています。また、イスラエル警察は2023年10月、ハマスからの攻撃を受けた直後、ハマスに関連するバイナンスの口座を押収したと発表しています。なお、パレスチナ自治区のイスラム組織ハマスやレバノンのヒズボラなど、イランを後ろ盾とする武装組織の資金調達を阻止するため、イスラエルが暗号資産のブロックチェーン「トロン」への対策に力を入れているといいます。トロンは、代表的な暗号資産ビットコインに比べてコストが安いため急成長を遂げており、ハマスやヒズボラに関連する暗号資産の送金で、トロンはビットコインをしのぐ存在となっているとみられています。それに対し、イスラエルの国家テロ金融対策局(NBCTF)は2021年7月から2023年10月にかけてトロンのウォレット143件を差し押さえています(3分の2は2023年中に実行、39件はヒズボラ、26件はハマスの同盟組織「イスラム聖戦」が所有)。さらに、ハマスの攻撃から数週間後、イスラエルは知られている限りで過去最大の暗号資産口座差し押さえを発表、ガザ地区の両替会社ドバイ・コー・フォー・エクスチェンジに関連する約600口座を凍結したとしています。FATFは2023年10月、テロ組織が匿名の献金を増やそうとしており、トロン上でのテザー送金の人気が高まっていると指摘、法執行当局がビットコイン取引の追跡能力を上げたことから、テロ組織がトロンに流れていると考えられると関係者も指摘しています。また、かつてイスラエルで資金洗浄などの対策に当たったハーバード大のシニアフェロー、シュロミット・ワグマン氏は、トロンが当初、ブロックチェーン分析会社に注目されていなかった点を挙げて「これまでは盲点だった」と語っています。マネロンの問題に詳しい早稲田大学大学院法務研究科の久保田隆教授によれば、キプロスなど規制の緩い国で交換所として登録する「フォーラム・ショッピング」や、実質的な拠点を持たずに規制を回避する「レターボックス事業体」が横行しているといい、久保田氏は「規制内容は各国の裁量の幅が大きく、抜け穴がある。FATFや国際決済銀行など国際金融当局の旗振りで規制を徹底する必要がある」と指摘しています。ロシアの地元メディアは2023年1月、ロシアとイラン政府が経済制裁を回避するため新たな暗号資産を作成しようとしていると報じています。両国の銀行は現在、西側主導の国際送金システムである国際銀行間通信協会(Swift)から締め出されており、ロシアやイランは国際金融システムにおける西側諸国の覇権に対抗しようとしていると見られます。

2023年11月28日付日本経済新聞で、日銀出身でいまは周南公立大で教壇に立つかたわら、暗号資産の基幹技術であるブロックチェーンを活用したベンチャービジネスも手掛ける内田善彦氏は、「日本の法制度は資金決済(送金)の枠組みとして世界に先駆けて整備された。とはいえ、ピンポイントの面があり、必ずしも金融を包括的にとらえたものにはなっていない。一方、後に続いた欧州や米国では投資対象としての側面を含めた議論が進んでいる。後発の国には最新の技術や国際的な議論を踏まえて規制を考えられるといったメリットがある」、「日本に限らず、各国とも『無体物』に対する所有権や、暗号資産に関する会計基準は整備できていない。民法に変えるべきところが生じる大きな論点だ。金融の枠組みを超えて政治の問題にもかかわる話で、可能なら世界に先駆けて民法を改正するなど、抜本的な制度整備ができれば日本の国際競争力向上につながると思う」、「決済手段なら銀行預金でも暗号資産関連でもマネロンのリスクは常にある。政治家が新しい決済手段の暗号資産を国家の安全保障の観点や新しい技術の活用に対する不安を背景に、怪しいものとして選挙民に訴えるのは容易だ。ただマネロンの規模でいえば銀行預金が一番大きく、この点を、数字を使って明確に報道しないマスコミにも責任の一端があると考えている」、「食わず嫌いではいけない。ブロックチェーンなど新しい技術の仕組みを十分に理解したうえで安全保障を含めた視野の広い議論をすることが大事だ。暗号資産が健全に進化すれば資産の交換可能性や流動性が高まるのに、最初から否定的なスタンスで議論すると国際競争に負けてしまうし、人類の進歩を遅らせてしまいかねない」といった指摘は大変示唆に富むものといえます。

海外居住者の暗号資産の取引情報について、政府が国内取引業者に対し税務当局への報告を義務付ける方向で調整しているといいます。報告された取引情報を各国と交換し、国際社会全体で取引の透明性向上を図るといい、暗号資産市場の拡大に合わせ、「税逃れ」対策の強化を進めるのが狙いで、日本としても国内法を整備するとしています。銀行口座情報については、各国の税務当局が交換・共有する仕組み(共通報告基準(CRS))がありますが、暗号資産の場合は対策が十分でなかったことから、納税者番号などを含む海外居住者の取引情報を日本の税務当局が把握し、提供できるようにするものです。海外の税務当局からは日本人の取引情報を得ることになります。暗号資産の規制強化に関しては、2023年のG20で議長国を務めたインドが重要議題に据えており、2023年9月に採択した首脳宣言にも20、27年までに暗号資産の取引情報の交換開始を目指す方針が盛り込まれています。

インターネット上の新たな収入源として、ブロックチェーンを活用したオンラインゲームが注目されており、ゲーム内で獲得したアイテムなどを利用者間で売買して収入を得られるのが特徴ですが、新たなゲームにルール作りが追いついていないとの指摘もあり、専門家は「利用者はリスクを慎重に見極める必要がある」と注意を促しています。報道によれば、こうしたゲームは「ブロックチェーンゲーム」と呼ばれ、利用者が初期費用を払ってキャラクターやアイテムを購入してゲームに参加するものが多く、この販売益が会社側の収入となります。獲得したアイテムやキャラクターなどは暗号資産で売買できるほか、ステージをクリアしたり敵を倒したりすると報酬を得られ、それを日本円などの通貨に換金できるものです。ブロックチェーンゲームの市場規模は2022年9月時点で約6000億円、2025年には約3兆円と、5倍に拡大すると推測されています。日本ではコンピュータエンターテインメント協会などの業界団体が連名で、透明性の確保に向けたガイドラインを2021年に公表、利用者の依存症防止のため、「過度な射幸性を有することがないよう」各社に求めています。また、ゲームによってはアイテムなどが当たる有償のクジがあり、刑法の賭博罪に当たる可能性があるとして注意喚起しています。暗号資産が一般通貨のように価値が保証されていないという課題があり、暗号資産の価格が暴落して利益を得られないケースも確認されているほか、2022年3月には北朝鮮のハッカー集団がブロックチェーンゲームをハッキングして約800億円相当の暗号資産を盗む事件が発生しています。

その他、暗号資産、ステーブルコイン等に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 暗号資産交換業大手FTXトレーディングが米連邦破産法11条(チャプター11)の適用を申請して経営破綻し1年を経過しました。この間、暗号資産の取引量は4割減り交換業者への逆風は強まっています。背景には米当局の提訴ラッシュ、分散型金融(DeFi)への資金流出という2つの事情が浮かびあがります。交換業者のビジネスモデルを揺るがしそうなのが、ビットコインの現物ETF(上場投資信託)で、米ブラックロックが米証券取引委員会(SEC)に申請中で2024年1月にも判断が下される見通しで、承認されて投資家が証券会社などでETFを購入するようになれば、ビットコインの売買に使われてきた交換業者が中抜きされる懸念が強まっています。FTXの破綻は暗号資産が投資対象として未熟である現実をつきつけました。米当局がコモディティー(商品)とみなすビットコイン、決済手段として生き残りそうなステーブルコインなどを除けば、約2万ある暗号資産は淘汰が加速する可能性があります。交換業者は次世代ネットのWeb3を看板に掲げるなどで生き残りを模索するが、競争環境は厳しいのが現実です。
  • 米証券取引委員会(SEC)は、米暗号資産取引所クラーケンについて、当局に登録せずに取引所として運営しているとして提訴しています。SECはクラーケンが2018年以降、投資家を保護する法律を無視して暗号資産の売買を仲介するプラットフォームとして運営してきたと指摘、顧客資金を自社資金と混同していたとし、内部統制の不備と不適切な記録管理を問題視しています。SEC担当者は声明で「未登録だったことで投資家資金をリスクにさらす可能性の高い利益相反に満ちたビジネスモデルになった」と主張しています。
  • シンガポール金融通貨庁(MAS)は、暗号資産の事業者に対する規制案を公表しています。個人投資家の保護を主眼にクレジットカードでの購入や報酬の付与を禁止し、預かり資産の信託管理を義務付けるもので、個人投資家の投機的な取引を防ぐため、レバレッジをかけた取引や現地発行のクレジットカードでの暗号資産の購入を禁止しています。また、顧客獲得のために個人投資家へ割引や無料のトークンなどの報酬を付与することも禁止されています。事業者には顧客資産を分別して信託管理することを義務付け、貸し出しも認められていません。暗号資産を巡っては、EUや英国、香港なども規制の強化に動いており、世界の証券監督当局でつくる証券監督者国際機構(IOSCO)は、暗号資産事業者への規制に関する政策提言をまとめており、暗号資産は国をまたいで取引されることも多く、各国当局の連携も求められています。
  • イングランド銀行(英中央銀行)は、ポンドやドルなどの法定通貨や資産に裏打ちされた暗号資産「ステーブルコイン」を含む新しい形態の電子マネーを巡り、顧客が銀行破綻に対して保証されている通常の預金と混同するようなリスクを回避しなければならないと金融機関に伝えています。英中銀はステーブルコインを利用したシステミックな決済システムと、銀行や決済会社などの関連サービスプロバイダーに対する規制体制を提案、他のシステミックな決済システムと同様のリスクをもたらす限りにおいては同等の規制に従うべきとしています。英中銀と英金融行動監視機構(FCA)はまた、ステーブルコイン規制に向けた素案を公表、2024年2月6日まで意見を公募しています。FCAは「ステーブルコインは全ての人にとって決済をより迅速かつ安価にする可能性を秘めている」と指摘、こうしたイノベーションを安全に活用する狙いがあると説明しています。
  • 法定通貨と連動して安定した値動きをする海外のステーブルコインが日本に上陸することになりました。SBIHDが米サークル・インターネット・フィナンシャルと業務提携し、同社が発行するUSDコイン(USDC)を2024年にも国内で利用できるようにするほか、JPYCも円ベースのステーブルコインを発行し海外ステーブルコインと交換可能にするといいます。日欧の法整備をきっけにステーブルコイン市場が拡大することになります。また、国内ではステーブルコインの発行を目指す動きが加速しており、三菱UFJ銀行やオリックス銀行が検討に入ったほか、海外の暗号資産交換業者バイナンスHDも参入を狙っています。モノの受け渡しと代金の支払いをブロックチェーン上でひもづけたステーブルコインを使えば、決済が瞬時に完了するため、業務コストや時間を削減できるとみられています。ステーブルコインは元々、暗号資産の一種でしたが、日本やEUが法律を整備したことで、暗号資産から切り離して定義づけられるようになりました。一方、米国はステーブルコインの法律整備に手間取っており、ステーブルコインの発行元は法律にのっとった取引で信用力を高めようとしています。USDCのように米国発のステーブルコインが法整備で先行した日本や欧州で流通を広げようとする動きが増えることが予想されます。

本コラムでもその動向を注視していますが、いよいよCBDCを巡る制度論議が日本でも本格化しています。財務省の有識者会議は2023年内に制度設計に関する論点整理をまとめることとしています。「現金を補完するもの」と位置づけ、発行要件として現金のほか電子マネーなど民間決済と円滑に交換できるといった考え方を盛り込む見込みです。匿名性が高い現金と異なり、CBDCは誰がいつ何に使ったかを把握しやすくなることから、プライバシー保護への懸念に配慮し、政府・日銀が扱う個人情報は最小限にするといった方向性も示す見込みです。CBDCに関する研究・開発は海外が先行し、バハマやナイジェリアなどはすでに発行しているほか、欧州中央銀行(ECB)は2028年ごろの発行をめざして「準備段階」に入ると表明しています。日本は日銀が実証実験を進めているものの、制度論では財務省が論点整理をする段階にとどまり、現時点で発行する計画はないものの、将来的なニーズの高まりに備え、いつでも導入できるよう発行要件を先に固めるとしています。CBDCは中央銀行が電子的に発行する通貨を指し、スマホなどを使って通貨や紙幣と同じようにいつでもどこでも決済できるものが想定されています。有識者会議は論点整理で、CBDCを導入しても(1)需要がある限り現金の供給を続ける、(2)CBDCを現金と相互に補完するものと位置づける、との基本方針を明記する見通しです。決済手段として広く受け入れられるには今の通貨や紙幣と同じ法定通貨にするのが自然だとの認識も示すとしています。CBDCの実際のやりとりは銀行など民間の仲介機関が担うのが適当ではないかとも提起、すでにPayPayなど民間のデジタル決済手段が多様にあり、CBDCを発行する必要があるのかといった指摘は残されていますが、プライバシーの確保を前提に「利用者情報・取引情報の利用を通じ、追加サービスの提供など利便性の向上が図られることも考慮する必要がある」と提案、プライバシー保護の一方で、マネロンなど不正利用対策は不可欠で、財務省は既存の民間決済手段と同じような本人確認を求め、上限金額によって利用者が提供する情報の範囲を設定することを念頭に置いています。日米欧には先行する中国のデジタル人民元が国際化することへの警戒感があり、前述のとおり欧州ではECBが2023年11月から2年間、導入に向けた「準備段階」に入ると表明、2028年ごろの発行に向けて具体的なルールづくりやシステム事業者の選定、実証実験などを進めることとしています。米国もバイデン大統領が政権の最優先課題に位置づけ、対応を急いでいるところです。

その他、CBDCを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 国際決済銀行(BIS)は2023年11月29日に公表したCBDCに関する報告書で、盗難やハッキングといった問題が主要リスクになるとの見方を示しています。2023年央時点でCBDC発行を目指す中銀の数は130行に上り、過去3年で3倍に増えており、バハマやナイジェリアは既に導入しており、中国は2億人を対象にデジタル人民元の実証実験を進めています。ECBも2年間の調査に着手しています。BISは「CBDCの発行は中銀のビジネスモデルと直面するリスクに大きな影響を与え、そのリスクプロファイルを変更することになる」と指摘、ブロックチェーン技術のような新技術を使用するCBDCには現在適用されているようなサイバーセキュリティの枠組みがないため「独自のサイバーリスク」に直面するとの見方も示しています。
  • 国際通貨基金(IMF)のゲオルギエワ専務理事は、シンガポールでの講演で、各国はCBDCの開発に一段と積極的に取り組むべきだと訴えています。世界ではナイジェリアなど11カ国がCBDCを導入し、約120カ国が導入を検討していますが、進展や取り組みは国によって大きく異なり、導入を完全に断念した国もあります。同氏はCBDCを巡り「公共セクターが指針を提示しなければならない局面を迎えているのかもしれない」と指摘、「分断に対処しつつ、安全性と効率性を確保する触媒として行動する」必要があると強調しています。さらに同氏は、技術が極めて速いペースで進展する中、各国は将来窮地に追い込まれることを避けるため、今すぐに開発を推進する必要があると主張、導入へ向けた取り組みを航海になぞらえ、「速度を上げるために帆をもう1枚上げる必要がある。世界は大半の人々が想像しているよりも急速に変化している」と語っています。
  • インドがCBDCの展開を広げており、「デジタルルピー」として2022年に一部で試験導入を始め、用途や範囲を徐々に増やしてきましたが、インド準備銀行(中央銀行)は労働者の送金など国境を越えた利用も視野に入れています。インド中銀は2022年11月に試験利用を始め、まず銀行同士の決済向けとして用途を限定し、国営のインドステイト銀行や民間大手のHDFC銀行などが参加、1カ月後には個人や企業の利用を想定した試験運用も、利用者や事業者を限定して始まっています。銀行が提供するデジタルウォレット(電子財布)を通じてCBDCをスマホなどの携帯端末に保存し、取り組みに参加する店舗で表示されるQRコードを使って決済する仕組みで、大手財閥リライアンス系の一部店舗でも対応しているといいます。正式導入の時期などは未定ですが、試験利用で得たデータが「政策や行動指針を形作るのに役立つ」としています。CBDCが「国境を越えた決済をより安く、速く、安全にする上で重要な役割を果たすと信じている」とも指摘しています。インド中銀は2023年3月、アラブ首長国連邦(UAE)の中銀とCBDCの越境利用に向けた協力の覚書を交わしたと発表しています。中東にはインドからの出稼ぎ労働者も多く、国際送金や国境を越えた支払いなどの需要が見込まれ、CBDCの分野でもインドが国際的な存在感を高める可能性もありそうです
  • スイス国立銀行(中央銀行)は2023年12月から、CBDCを使った金融機関向けの試験プロジェクトを始めるとしています。金融大手UBSなど商業銀行6行が参加し、実際にスイスフラン建てのCBDCを初めて発行する方針です。欧州中央銀行(ECB)が発行準備を本格化するなか、金融立国スイスも対応を加速させています。一連の実験では分散型台帳技術(DLT)を使い、債券取引での決済を想定した「ホールセール型」のスイスフラン建てCBDCを初めて発行する予定で、スイス中銀のジョルダン総裁は声明で「国際的に先進的な役割を果たせることを誇りに思う」と述べ、安全で効率的な決済手段の実現に期待を示しています。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

前回の本コラム(暴排トピックス2023年11月号)でも取り上げましたが、海外事業者が運営するオンラインカジノの決済代行サービス運営責任者らが常習賭博罪で起訴された事件で、警視庁保安課などは、自身が実質的に管理する複数の会社の口座に賭け金を振り込ませるなど利用者に名義を装った口座に金を振り込ませたとして、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)の疑いで、運営責任者の被告=常習賭博罪で起訴=を再逮捕しています。決済代行業者を犯罪収益の隠匿容疑で摘発するのは全国初となります。報道によれば、容疑者が運営する決済代行サービス「スモウペイ」には国内で約42000人が登録し、少なくとも2022年2~6月、客から賭け金の入金を約40万回受け、賭け金計約200億円を代行していたとみられ、カジノサイト側から手数料約21億5000万円を得ていたとみられています。スモウペイは、利用者が入金した金を海外のカジノサイトで賭け金として使うポイントに変換したり出金したりできる決済代行サービスで、第三者名義の口座に入金させることで、金の流れを分かりにくくし発覚を免れる狙いがあったとみられています。

依存症に関する専門家等の講演内容から、以下紹介します。

  • 2023年11月24日付日本経済新聞によれば、国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦・精神保健研究所薬物依存研究部部長は、嗜好品や薬物を巡る問題に対し「供給規制だけではなく依存症を減らす対策や依存症患者へのケアと治療が重要」と訴えています。松本氏によると、「経済格差や虐待、差別や偏見など苦痛や困難を抱える人は依存症になりやすい。少数民族や先住民族、性的マイノリティー、親の離婚や自殺など子供時代に過酷な体験をした人はリスクが高い」、「依存症とは「安心して人に依存できない」病気だ。仲間との「つながり」からの孤立が背景にある」と指摘、さらに、「アルコールや薬物は苦痛から逃れる術であり「依存症は心の松葉杖として一瞬を生き延びるのに役立っている」」、「アルコール依存症が深刻化したアメリカ先住民の場合、伝統文化に立ち戻り家族や本人を含む相互扶助的なコミュニティーの中で治癒するプログラムが効果を上げた」、「治療で大事なのは孤立させないこと、排除しないこと。近年は欧州を中心にこの考え方が主流だ」、「違反者を厳罰に処す政策は依存症に苦しむ人を治療から遠ざける側面がある」、「大切なのは「つながり」、手を差し伸べることだ」、「アルコールや薬物、依存症イコール悪と考えず、その文化や歴史を含めてニュートラルに見てほしい」と強調しています。
  • 2023年12月1日付毎日新聞によれば、アイドルグループ「TOKIO」の元メンバー、山口達也さんが、アルコール依存症について語る講演会で、「友人との時間を楽しむツールだったお酒が、いつしか「酔っ払うため」のものになっていた。「明日も忙しいし、適当に飲んで寝よう」。そんな感覚で自宅で大量に飲酒するようになった。そのころは2~3時間しか眠れず、睡眠障害を発症していた」、「睡眠導入剤と一緒に酒を飲んでいた。仕事もできていたし、異常な飲み方だと気付いていなかった」、「2018年に飲酒中の強制わいせつ容疑で書類送検(起訴猶予)され、所属事務所を退所。その後はアルバイトをしながら一人で断酒していたが、「すごく苦しく、孤独」だった。20年のある夜、我慢していたはずの酒を飲んでしまった。翌朝、記憶のない中でバイクに乗り、事故を起こして逮捕された。「俺は一体どうなってしまったのか。初めて怖くなり、心の底からお酒をやめさせてくれ、助けてくれ、と病院に行きました」、「向かった先は、アルコール依存症の専門病院。自助グループと出合い、当事者の仲間らと語り合う中で、自分とも向き合えるようになった」、「あれだけ忙しかったのに、『この仕事、自分でいいのかな』『あいつの方がおもしろい』と、他人と比べていた」、「不安ばかりを募らせ、自分を受け入れていなかったことに気付かされた」などと話しています。
③犯罪統計資料

例月同様、令和5年1~10月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和5年1~10月分)

令和5年(2023年)10月の刑法犯総数について、認知件数は584,684件(前年同期491,823件、前年同期比+18.9%)、検挙件数は216,060件(202,201件、+6.9%)、検挙率は37.0%(41.1%、▲4.1P)と、認知件数・検挙件数ともに前年を上回る結果となりました。最近は、検挙件数が前年を下回る傾向にあったものの、ここにきて増加に転じています。その理由として、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数・検挙件数がともに増加していることが挙げられ、窃盗犯の認知件数は402,813件(333,807件、+20.7%)、検挙件数は125,862件(120,248件、+4.7%)、検挙率は31.2%(36.0%、▲4.8P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては、認知件数は77,040件(69,154件、+11.4%)、検挙件数は51,021件(48,307件、+6.2%)、検挙率は66.2%(69.5%、▲15.6P)と、最近減少していた認知件数が増加に転じています。また凶悪犯の認知件数は4,640件(3,676件、+26.2%)、検挙件数は3,797件(3,136件、+6.9%)、検挙率は81.8%(85.3%、▲3.5P)、粗暴犯の認知件数は48,955件(43,493件、+12.6%)、検挙件数は38,992件(35,461件、+10.0%)、検挙率は79.6%(81.5%、▲1.9P)、知能犯の認知件数は40,355件(32,239件、+25.2%)、検挙件数は15,563件(14,615件、+6.5%)、検挙率は38.6%(45.3%、▲6.7%)、とりわけ詐欺の認知件数は37,168件(29,527件、+25.9%)、検挙件数は13,289件(12,470件、+6.6%)、検挙率は35.8%(42.2%、▲6.4P)などとなっています。なお、ほとんどの犯罪類型で認知件数・検挙件数が増加する一方、検挙率の低下が認められている点が懸念されます。また、(特殊詐欺の項でも取り上げている通り)コロナ禍において大きく増加した詐欺は、アフターコロナの現時点においても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、必ずしも「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺なども大きく増加傾向にあります。

また、特別法犯総数については、検挙件数は56,573件(53,990件、+4.8%)、検挙人員は46,161人(44,259人、+4.3%)と2022年は検挙件数・検挙人員ともに減少傾向が続いていたところ、2023年に入って以降、ともに増加に転じ、その傾向が続いている点が大きな特徴です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は4,820件(3,255件、+48.1%)、検挙人員は3,394人(2,400人、+41.4%)、軽犯罪法違反の検挙件数は6,127件(6,223件、▲1.5%)、検挙人員は6,051人(6,178人、▲2.1%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は8,342件(7,809件、+6.8%)、検挙人員は5,356人(5,947人、+6.9%)、ストーカー規制法違反の検挙件数は1,009件(834件、+21.0%)、検挙人員は827人(653人、+26.6%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は2,668件(2,523件、+5.7%)、検挙人員は2,116人(2,111人、+0.2%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は412件(418件、▲1.4%)、検挙人員は121人(135人、▲10.4%)、不正競争防止法違反の検挙件数は44件(48件、▲8.3%)、検挙人員は52人(63人、▲17.5%)、銃刀法違反の検挙件数は4,027件(4,062件、▲0.9%)、検挙人員は3,378人(3,572人、▲5.4%)、火薬類取締法違反の検挙件数は95件(84件、+13.1%)、検挙人員は70人(58人、+20.7%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、入管法違反、軽犯罪法違反、迷惑防止条例違反やストーカー規制法違等が増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は1,082件(802件、+34.9%)、検挙人員は636人(467人、+36.2%)、大麻取締法違反の検挙件数は6,025件(5,123件、+17.6%)、検挙人員は4,902人(4,044人、+21.2%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は6,406件(6,862件、▲6.6%)、検挙人員は4,475人(4,720人、▲5.2%)などとなっており、大麻事犯の検挙件数がここ数年、減少傾向が続いていたところ、2023年に入って増加し、2023年7月にはじめて大麻取締法違反の検挙人員が覚せい剤取締法違反の検挙人員を超え、その傾向が続いている点が注目されます。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が数年来継続しており、その原因については少し気掛かりです(覚せい剤は常習性が高いため、急激な減少が続いていることの説明が難しく、その流通を大きく支配している暴力団側の不透明化や手口の巧妙化の実態が大きく影響しているのではないかと推測されます。言い換えれば、覚せい剤が静かに深く浸透している状況が危惧されるところです)。なお、麻薬等取締法の対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。

また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯 国籍別 検挙人員 対前年比較について、総数543人(465人、+16.8%)、ベトナム168人(143人、+17.5%)、中国68人(73人、▲6.8%)、ブラジル37人(35人、+5.7%)、スリランカ26人(31人、▲16.1%)、フィリピン22人(18人、+22.2%)、韓国・朝鮮22人(17人、+29.4%)、インド15人(11人、+36.4%)、パキスタン12人(15人、▲20.0%)などとなっています。ベトナム人の犯罪が中国人を大きく上回っている点が最近の特徴です。

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数は7,538件(8,727件、▲13.6%)、検挙人員は4,709人(4,909人、▲4.1%)と、刑法犯と異なる傾向にありますが、最近、検挙件数・検挙人員ともに継続して増加傾向にあったところ、2023年6月から再び減少に転じた点が注目されます。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じていたことなど、アフターコロナにおける今後の動向に注意する必要があります。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は471件(513件、▲8.2%)、検挙人員は439人(499人、▲12.0%)、傷害の検挙件数は786件(853件、▲7.9%)、検挙人員は890人(949人、▲6.2%)、脅迫の検挙件数は256件(300件、▲14.7%)、検挙人員は240人(303人、▲20.8%)、恐喝の検挙件数は288件(282件、+2.1%)、検挙人員は363人(357人、+1.7%)、窃盗の検挙件数は3,347件(4,098件、▲18.3%)、検挙人員は647人(671人、▲3.6%)、詐欺の検挙件数は1,274件(1,483件、▲14.1%)、検挙人員は1,039人(1,113人、▲6.6%)、賭博の検挙件数は32件(42件、▲23.8%)、検挙人員は131人(105人、+24.8%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、増加傾向に転じて以降、高止まりしていましたが、2023年7月から減少に転じ、その傾向が続いている点が特筆されます。とはいえ、依然として高止まり傾向にあり、資金獲得活動の中でも重点的に行われていると推測される(ただし、詐欺は暴力団の世界では御法度となっているはずです)ことから、引き続き注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は3,890件(4,547件、▲14.4%)、検挙人員は2,705人(3,079人、▲12.1%)と、こちらも検挙件数・検挙人数ともに継続して減少傾向にあります(さらに減少幅も大きい点が特筆されます)。また、犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は16件(17件、▲5.9%)、検挙人員は13人(22人、▲40.9%)、軽犯罪法違反の検挙件数は58件(64件、▲9.4%)、検挙人員は45人(59人、▲23.7%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は55件(83件、▲33.7%)、検挙人員は55人(74人、▲25.7%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は16件(18件、▲11.1%)、検挙人員は31人(42人、▲26.2%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は168件(151件、+11.3%)、検挙人員は77人(59人、+30.5%)、大麻取締法違反の検挙件数は814件(839件、▲3.0%)、検挙人員は540人(486人、+11.1%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は2,174件(2,649件、▲17.9%)、検挙人員は1,469人(1,753人、▲16.2%)、麻薬等特例法違反の検挙件数は91件(126件、▲27.8%)、検挙人員は44人(69人、▲36.2%)などとなっており、最近減少傾向にあった大麻事犯について、2023年に入って増減の動きが激しくなっていること、覚せい剤事犯の検挙件数・検挙人員がともに全体の傾向以上に大きく減少傾向を示していることなどが特徴的だといえます(覚せい剤については、前述のとおりです)。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

北朝鮮による弾道ミサイル技術を使用した軍事偵察衛星を発射、公開されているデータによれば、軌道に進入したと見られています。北朝鮮は追加の発射も表明しており、政府は警戒を続けています。今回の発射については、予告期間より早く実施され、沖縄県で今年3回目となる全国瞬時警報システム「Jアラート」が発令されました(内閣官房は今回、沖縄県だけにJアラートを発令、2023年9月1日から上空通過が予想される地域の隣接都道府県にも出すことにしていましたが、北朝鮮が発射を通告した今回のケースでは沖縄上空だけの通過が見込まれると判断したものです)。沖縄県では発射の影響で、那覇市内などを走る「沖縄都市モノレール(ゆいレール)」が一時、全線で運行を見合わせたほか、那覇空港では旅客機が着陸後に誘導路で待機を余儀なくされるなどの影響が出ました。自衛隊は、ミサイルが日本の領域に落下する事態に備え、地対空誘導弾「PAC3」部隊を沖縄本島、宮古島、石垣島、与那国島の4か所に展開して警戒、報道で防衛省幹部は「不意打ちのような発射も含め、あらゆる事態に即応できるように警戒を緩めてはならない」と気を引き締めています。一方、北朝鮮の朝鮮中央通信は、金正恩朝鮮労働党総書記が軍事偵察衛星の保有について「敵対勢力の危険な侵略行動を主導的に抑止し統制するために譲れず、正当防衛権の行使になる」と発言したと報じています。日米韓に対抗する姿勢を示したとみられています。金総書記は軍事偵察衛星の打ち上げの成功に寄与したとする国家航空宇宙技術総局を訪れて科学者らを激励した際に述べ、記念写真を撮影しています。偵察衛星の打ち上げは、敵対勢力の軍事行動を常時把握するため「宇宙の監視兵を配置した驚異的な出来事」だと強調、戦争抑止力を画期的に向上させたと主張し「党が示した航空宇宙偵察能力の当面の目標に向かってまい進するものだ」と、科学者らに期待感を示しています。金総書記は娘を連れて同局を訪問、北朝鮮政府は、国家航空宇宙技術総局の関係者を招き、衛星打ち上げの成功を祝う宴会を開催、金総書記と娘、李雪主夫人、金徳訓首相、崔善姫外相、張昌河ミサイル総局長らが出席しています。また、米宇宙軍は、地球を周回する人工衛星などを登録する同軍のリストに、北朝鮮が打ち上げた軍事偵察衛星「万里鏡1号」を登録、その後、軌道に進入したと確認しています。高度は約500キロで、地球を1周するのに約95分かかり、赤道との角度を示す軌道傾斜角は約97・5度だといい、米国防総省のサブリナ・シン副報道官は「打ち上げの成否はまだ評価中だ」などと述べていました。その後、北朝鮮は、先に打ち上げた軍事偵察衛星が米国のホワイトハウスやペンタゴン(国防総省)などを撮影したと主張していますが、撮影したとされる画像は公開されていません。米バージニア州にあるノーフォーク海軍基地や造船所なども撮影、米原子力空母4隻と英空母1隻も確認したと伝えています。米国の動きを偵察衛星からリアルタイムで確認できることを誇示する狙いがあるとみられていますが、衛星からの画像解析の精度なども不明で、日韓防衛当局などには衛星の運用能力に懐疑的な見方も出ています。ただ、北朝鮮は今後、軍事衛星に相当注力していくことが予想され、高性能な各種の電子部品が多く必要になります。北朝鮮は制裁下にありますが、当分の間はロシアを通じて入手が可能になると考えられます。より高性能で高機能な衛星の設計も北朝鮮には経験がなく、ロシアが技術を与えると考えられます。ミサイル開発に注力してきた北朝鮮は今、監視、偵察という側面で第一歩を踏み出しました。兵器システムの効率性を高めるためには「目」を必要としています。目としての機能はまだ大した水準ではないとしても、一度作って運用するとその後は技術的な発展が速くなります。宇宙開発の長い歴史を持つロシアが支援すればさらに加速することになります。結局は、また新しい抑止戦略を立てなければならず、これまでの戦略を再検討する必要に迫られることになります。

北朝鮮は2021年からの「国防5カ年計画」に基づき、極超音速ミサイルや潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの開発を着々と進めており、国際社会がウクライナやパレスチナの情勢に注目している間に、北朝鮮が日本や韓国にもたらす安全保障リスクも高まっているといえます。2023年11月19日付毎日新聞で、千英宇・朝鮮半島未来フォーラム理事長の見解が掲載されていました。具体的には、「国防5カ年計画に沿って、兵器開発は相当な水準にまで到達している。韓国、そして日本にとって大きな脅威なのは、液体燃料型に比べ発射までの準備期間を短縮できる固体燃料型のミサイルをそろえた上で、その発射プラットフォームをどんどん多様化していることだ。以前は主に発射台付き車両(TEL)に依存してきた。しかし、いまは貨物列車、あるいは湖や海の中などさまざまな場所から発射できるようになっている。北朝鮮のミサイル攻撃に対する韓米の対応は、攻撃を事前に探知して先制打撃するか、飛んできたミサイルをミサイル防衛(MD)システムで撃ち落とすかの二つだ。北朝鮮は、この二つに対し、自らのミサイルの「生存率」を高めることを狙っている。特に危険なのは、貨物列車からの発射だと見ている」、「貨物列車はトンネルの中に隠すことができ、そこから出てすぐ、10分以内には撃つことができる。これが一番、探知するのが難しい。発射から韓国に到達するまでは6~7分だ。トンネルから出た瞬間に探知して手を出さなければ、発射を防げない。一方、SLBMも脅威ではあるが、北朝鮮の潜水艦は音が大きく発見しやすいうえ遠くには行けないので、対策は取れる」、「最も重要なことは監視能力を高めることだ。北朝鮮内の核・ミサイルに関する動きを24時間、常に監視することさえできれば、北朝鮮が攻撃に出るタイミングでの先制打撃の成功率が高まる」、「発射してもどうせ迎撃される、つぶされると考えれば、撃っても意味がないと考えるだろう。発射する理由がなくなり、相当な抑止効果をもたらす。また、抑止に失敗したとしても、我々が受ける被害を最小化しなければならない。そのためにも監視能力強化が必要だ」、「北朝鮮は打ち上げに使うロケットに関しては、技術をかなり確立できている。ロシアの助けは不要だろう。むしろ、偵察衛星そのものに関する技術、偵察用のカメラやデータ送信技術については、まだまだ未熟で、ロシアからの技術提供を受ける可能性がある。また、北朝鮮はいくら核兵器をたくさん持っても、(攻撃対象となる)米国の空母がどこにいるのかも、自分たちでは把握できない。ロシアが自らの衛星情報を北朝鮮に提供するような協力を進める場合、韓米側のリスクが高まることになる」などと指摘しており、今回の軍事偵察衛星の発射以前のコメントであるにもかかわらず、説得力があります。

北朝鮮は2023年11月に打ち上げた軍事偵察衛星について、12月1日から「正式に運用する」と主張しています。これまで再三にわたり米軍基地など日米韓の主要拠点を撮影したと発信、金総書記は空軍の現代化をめざす姿勢も表明しています。監視や空中戦の能力を誇示し、威嚇を続けています。北朝鮮メディアによると、北朝鮮の国家航空宇宙技術総局は地球の周回軌道に乗せた衛星を利用し、日米韓の様々な拠点を撮影、これまで撮影に成功した拠点として米ホワイトハウスや沖縄県の米軍嘉手納基地、米領グアム、韓国内の米軍基地などを挙げています。また、2回の失敗を経て、11月に軌道投入を成功させた背景として、ロシアの技術支援を受けたとされます。日米韓の軍事状況をリアルタイムで監視するとの目的を表明していますが、もともと北朝鮮空軍は軍用機の能力などで韓国軍と比べて劣っており、軍事境界線付近での緊張が高まった際、空からの偵察や攻撃の能力がより重要になります。衛星による偵察に加え、空軍も引き締めを図り、韓国に能力を見せつける意図がうかがえます。なお、現状、搭載しているカメラは商用を活用したもので、3~5メートル程度の解像度と見るのが妥当で、精密な軍事情報の入手には役に立たないとの指摘もあります。とはいえ、核攻撃を準備する北朝鮮としては、航空機や車両の詳細な情報まで必要なく、大きな建物など攻撃対象を選ぶことができればよく、北朝鮮の移動式発射台(TEL)の動きを逐一把握しなければならない米軍には衛星40機が必要だが、北朝鮮には4機もあれば十分、標的を狙えるといい、脅威は増しているとの指摘もあります。

中国との戦略的競争や中東情勢、ロシアのウクライナ侵攻への対応に追われる中、肝心の米国における対北朝鮮政策の優先順位は高いとは言えず、核・ミサイル開発の進展を食い止める道筋は見えていません。国連安全保障理事会では北朝鮮と関係が深い中国とロシアが北朝鮮への制裁強化を阻んでおり、独自制裁も効果は限定的です。バイデン政権は「外交のドアは閉ざされていない」(米国家安全保障会議のワトソン報道官)とのメッセージを送ることで、交渉によって核・ミサイル開発の進展を食い止める戦略も維持していますが、対話を呼びかけてから2年半以上が経過しても北朝鮮は応じる気配を見せておらず、北朝鮮は、ロシアとの軍事協力を強化するなど、米国と距離を置く国々との連携に活路を見いだしており、米国の「抑止力」はますます低下しているのが実情です。米国に安全保障を依存する日韓の立場も厳しさを増しているといえます。また、国連安全保障理事会については、北朝鮮による弾道ミサイル技術を使った「軍事偵察衛星」の打ち上げを受けた緊急会合を開き、米欧や日本などから批判が相次いだが、中露は米国が情勢を悪化させたと主張し、非難声明などの一致した対応はとれませんでした。米国のリンダ・トーマスグリーンフィールド国連大使は会合で、「北朝鮮の無謀で違法な行動は、周辺国と国連全加盟国を脅かしている」と述べ、衛星打ち上げにロシアの技術支援があったと指摘し、露朝の軍事的な接近への懸念を示しました。日本の石兼公博国連大使は、北朝鮮が自衛権を持ち出して正当化を図っていることを念頭に、「大量破壊兵器を追求する北朝鮮の野心を正当化するいかなる試みにも惑わされてはならない」と訴えましたが、ロシアのアンナ・エフスティグニエワ国連次席大使は米韓合同演習などに触れ、「北朝鮮が自衛のために可能な措置を講じるのは当然だ」と擁護、北朝鮮との軍事協力に関しては、「国際的な義務を順守している」と反発しています。北朝鮮の金星国連大使は、衛星打ち上げについて「米国や追従勢力の軍事的な動向を把握するためだ」と主張し、米国大使との非難の応酬が続く場面もみられました。

北朝鮮による軍事偵察衛星の発射に先立ち、日米韓3か国は、防衛相会合を開き、北朝鮮のミサイル関連情報の即時共有システムは「準備の最終段階」だとして、2023年内に本格稼働させることを改めて確認しています。3か国で情報の即時共有が可能となり、北朝鮮へのミサイル対応力が強化されることになります。システムが完成すると、日韓間で事後に行っていた情報共有が瞬時に可能となり、ミサイル発射地点や着弾地点などの情報が3か国で共有されることになり、北朝鮮に近い韓国から情報が即時に得られることで、日本の迎撃能力や警報システムの精度向上が見込まれます。会合では、今後数年にわたる3か国の共同訓練計画を年内に策定し、計画に沿って2024年1月以降、より体系的・効率的に共同訓練を行うことでも合意しています。2023年10月に日本の航空自衛隊と米韓両空軍が初めて合同空中訓練を行っていました。今回の発射で日米韓の連携にも変化が生じる可能性があり、より強固かつ速やかな対応を期待したいところです。

韓国軍によると北朝鮮が、非武装地帯(DMZ)に重火器を搬入して監視所を復元したということです。北朝鮮の軍事偵察衛星打ち上げの対抗措置として韓国が2018年9月の南北軍事合意の効力を一部停止したことを受けた動きで、韓国に圧力をかける狙いとみられます。北朝鮮は非武装地帯の計11か所で、木造の監視所を建てるなどの動きを見せています。重火器を運び込み、兵士が夜間も含めて警備を始めています。北朝鮮国防省は、前日、合意の事実上の破棄を宣言し、軍事境界線付近に「より強力な武力と新型の軍事装備を配備する」と主張していました。また、軍事境界線上にある板門店の共同警備区域(JSA)で、北朝鮮兵士が拳銃の携帯を再開、南北軍事合意ではJSAを「非武装化する」との取り決めがありました。また、元北朝鮮外交官で韓国統一相特別補佐役を務める高英煥氏が、北朝鮮が韓国へテロ攻撃を仕掛ける危険性が高まっていると警告する分析リポートを産経新聞に寄せています。2023年11月21日付産経新聞によれば、金総書記が、韓国哨戒艦撃沈や延坪島砲撃を総指揮したとされる側近の金英哲氏を党の要職に再起用した点に注目、新たな対韓テロを画策している可能性があると指摘しています。高氏は「対米交渉の失敗もあり、正恩氏の信任を取り戻そうと過去を上回る対韓挑発を画策している可能性がある」と警鐘を鳴らしています。北朝鮮によるとみられる韓国へのサイバー攻撃が増加傾向にあるなど、英哲氏の再登板の影響とみられる動きも観測されているといい、高氏は、イスラエルへのイスラム原理主義組織ハマスの奇襲攻撃も北朝鮮に影響を与えたとの見方を示しています。パラグライダーを使った奇襲に加え、潜伏や兵力移送に長大な地下トンネルを用いる戦術は「北朝鮮から伝授された可能性がある」と分析、韓国の情報機関も最近、「正恩氏が奇襲の重要性を再確認し、軍事的冒険に出ることへの執着が増す」との予測を国会に報告しています。シン・ウォンシク国防相は軍の会議で「北朝鮮が国内の経済難への不満を外に向けさせるため、直接的な挑発を敢行する可能性が高い」と危機感を示しています。

砲弾不足のロシアにコンテナ1000個分の軍事物資を輸送したとされる北朝鮮が、イスラエルを襲撃したイスラム原理主義組織ハマスにも多数の兵器を輸出していた疑いが浮上しています。韓国の情報機関によると、朝鮮労働党の金総書記はパレスチナへの「軍事支援」を指令したということです。北朝鮮は1960年代から中東の反米国家と軍事協力を深めてきた経緯がありますが、ロシアに加え中東への武器輸出特需で、北朝鮮の軍需工場はフル稼働しているとの情報もあります。イスラエル軍の発表によると、ハマスが2023年10月7日の奇襲で使用した武器は、イラン製と北朝鮮製がそれぞれ10%、残りはハマスの自主生産品だったといいます。北朝鮮製の兵器は対戦車ロケットランチャー「F7」などで、韓国軍は北朝鮮とハマスが奇襲戦術でも連携した可能性も指摘していますが、北朝鮮とハマスは歴史的には微妙な関係にあるのも事実です。

米財務省は、北朝鮮のハッカー組織「キムスキー」と工作員8人を制裁対象に加えたと発表しています。軍事偵察衛星を打ち上げたことに対抗する措置で、収入や武器の調達につながるルートを対象にしており、日本や韓国、オーストラリアと連携して実施しています。対象になった工作員のうち、北朝鮮の武器取引を担う「グリーン・パイン・アソシエーテッド」社の幹部らはイランを拠点として武器の輸出に関わったと認定、ロシアのウラジオストクで朝鮮貿易銀行の代表を務める人物は、大量破壊兵器や弾道ミサイル計画につながる資金取引を手掛けたとしています。米財務省によると、キムスキーは偽の電子メールを送る「スピアフィッシング」と呼ばれる手口などで情報を収集しており、日米韓のほか欧州やロシアで政府機関や学術機関、報道機関の勤務者を標的としているといいます。

北朝鮮のIT技術者が外貨獲得のため、偽名やSNSの偽プロフィール、偽造履歴書、模擬面接回答集を使うなど丹念に練り上げた策略を駆使し、西側ハイテク企業でリモートワークに就こうと暗躍していることが判明しています(2023年11月23日付ロイター)。米国、韓国、国連によると、北朝鮮政府は数百万ドルの核ミサイル開発資金を手に入れるべく数千人のIT技術者を海外に送り込んでおり、こうした取り組みはこの4年間で加速しているといいます。ロイターがリークされたダークウェブ(闇サイト群)のデータからさらに証拠を入手、北朝鮮の労働者がチリ、ニュージーランド、米国、ウズベキスタン、アラブ首長国連邦(UAE)など本国から遠く離れた国で職を得ようとする際に使用したツールやテクニックの一部が明らかになっています。こうした文書やデータから、資金不足にあえぐ北朝鮮指導部が、外貨獲得の生命線であるこの計画を成功させるために、多大な努力を払い、策略を巡らせてきたことが分かるといいます。米国の司法省と連邦捜査局(FBI)は2023年10月、北朝鮮のIT技術者が企業を欺き、150万ドルの資金を詐取するために使用していたとする17のウェブサイト上のドメインを押収、米司法省によると、米企業で働く北朝鮮の開発者は偽の電子メールやSNSアカウントを使い、制裁対象となっている北朝鮮企業に代わって年間数百万ドルを生み出しているといいます。企業としては、こうしたIT技術者に北朝鮮出身者が紛れ込まないよう、注意を払っていく必要があるということになります。なお、関連して、国際問題アナリストで、元国連北朝鮮専門家パネル委員の古川氏が講演で、ロシアによるウクライナ侵攻でこれまでの国際規範は揺らぎ、知らない間に日本企業が密輸やマネロンなどに関わってしまう恐れがあるとし、国連安保理決議で北朝鮮への輸出を禁じる高級車が、2018年に大阪経由で北朝鮮に密輸された事件の詳細な調査経緯を紹介、「国際情勢の動向は企業に直接的な影響を及ぼす。非合法な国際密輸ネットワークに巻き込まれないよう自ら調べて守ることは闇の武器輸出・拡散を防ぐことになる」と警鐘を鳴らしています。筆者としても、以前から同様の主張をしており、正に正鵠を射るものといえます。

北朝鮮と中国の間で、車両輸送による貿易の本格再開の兆しが見え始めています。2023年11月28日付日本経済新聞は、同社が11月中旬、両国間の最大の貿易拠点で大型トラックが国境を渡るのを確認したと報じています。新型コロナウイルスの流入を恐れ、貿易量を絞ってきた北朝鮮の物資不足解消につながる可能性があり、中国にとっては隣国の安定を下支えする狙いがあると考えられます。中国に滞在していた北朝鮮労働者の集団帰国だとの見方もありますが、中国側の貿易関係者は「(丹東からの車両輸送は)数日前に始まった」と明かしたといいます。報道で、新潟県立大学の三村光弘教授は「小規模であっても『ゼロ』から踏み出した意義は大きい」と指摘、「国境の開放により感染症がどれだけ広がるかなど、少しずつ影響を見極めるのだろう」と話しています。新型コロナの猛威が少しずつ収まり、いかに国境封鎖を解除するかが注目されてきたところ、まずは船の輸送を少しずつ再開、2022年9月には丹東―新義州間で貨物列車の運行が始まり、トラックなど車両による物品の輸送が焦点となっていました。車両輸送が本格化すれば、北朝鮮国内の物資不足解消に向けた大きな一歩となるほか、中国にとっても貿易再開を通じた北朝鮮の下支えには意味があり、食料や医療物資の不足が続けば同国内の不安定化を招きかねず、国境を接する中国自身への悪影響も避けられないと考えられているためです。中朝は歴史的に盟友関係にあるが、最近は北朝鮮がロシアにより接近するなど変化の兆しもあり、中朝貿易の本格再開に向けた道のりは、東アジアでの力関係を占う上でも重要になるといえます。

東京都と国などは2023年11月6日、海外からの弾道ミサイルの飛来を想定した住民避難訓練を練馬区の都営地下鉄練馬駅周辺で実施しています。訓練は、架空の近隣国から弾道ミサイルが発射され、日本に飛来する可能性があると想定、参加者は全国瞬時警報システム(Jアラート)の発令を受け、着弾した際に爆風などで危険となる窓ガラスから離れる行動や地下鉄駅構内への避難行動を確認しています。東京都は、ミサイル攻撃の爆風などから身を守る緊急一時避難施設として練馬駅の駅舎など計4200カ所を指定、弾道ミサイル発射から着弾までの時間は限られ、身を守るためには、迅速な避難が求められています。また、報道によれば、1億2000万国民の生命・財産を守り抜くシェルターの整備はまだまだ不十分であるのが実情です。日本人には、あまりなじみのないシェルターとは、C(化学兵器)、B(生物兵器)、R(放射能)、N(核兵器)、E(爆破物)攻撃や災害から一時的に身を守る空間で、汚染された外気を内部に取り込まないよう特別な換気装置で放射性物質や化学物質を濾過する装置で、爆風から守る耐爆・耐圧のドアや、シェルター内の気圧低下と空気汚染を防ぐためのエアーロック室を設けている施設のことをいいます。NPO法人「日本核シェルター協会」が2002年に公開した少し前の資料によると、諸外国の人口あたりの核シェルター普及率は、スイスとイスラエルが100%、ノルウェー98%、米国82%、ロシア78%、英国67%、シンガポール54%となっている一方、日本のシェルター普及率は0・02%しかなかったといいます。

3.暴排条例等の状況

(1)暴力団排除条例の改正動向(島根県)

島根県警察本部は、2011年に施行されてから初めて島根県暴排条例を改正する方向です。島根県暴力団排除条例の一部改正(案)について2023年11月30日までパブリックコメントを募集していました。島根県ないでは、依然として暴力団がいわゆる「みかじめ料」を求めるなどしているといい、さらに排除を進めようと、今回初めて条例を改正し、対策の強化を目指すものです。改正案では、暴力団員が18歳未満の青少年を事務所に立ち入らせることを禁止するほか、自治体が管理する公園の周囲200メートル以内での事務所開設の禁止などが新たに盛り込まれています。とはいえ、他の自治体の暴力団排除条例の内容から見れば、まだまだ十分とは言えないものであり、暴排の状況に応じて、今後も見直しをしていくことを期待したいと思います。

(2)暴力団排除条例の改正動向(兵庫県尼崎市)

兵庫県尼崎市は、市内全域で暴力団事務所の設置を禁止するための暴力団排除条例改正案を取りまとめています。自治体の全域で設置を禁じ、罰則を設ける条例は全国初で、2023年12月18日から条例改正案に対する市民の意見を募り、2024年2月議会への提出を目指しているといいます。改正の趣旨として、「現行条例では、県条例を踏まえ、市や市民等の責務を明らかにし、市の契約や補助金等の事務事業からの暴力団の排除といった基本的な事項のみを規定していました。今回の改正では、新たに暴力団事務所の運営禁止規定を設けるとともに、市民団体等による暴力団排除活動への支援や暴力団事務所の使用等の差し止め請求等市の具体的な取り組みを明文化することで、より効果的な暴力団排除活動を推進します」としています。兵庫県暴排条例では、都市計画法に定める「住居地域」や「商業地域」で事務所の運営を禁じていますが、「準工業」「工業」「工業専用地域」は規制されておらず、工業地が多い尼崎市は、市域の3分の1が同条例の対象外となっており、市が独自に規制する必要があると判断したとのことです。尼崎市暴排条例改正案は、工業地などを含む市域全域で事務所の設置を禁止、違反すれば中止命令を出し、禁錮1年以下もしくは罰金50万円以下の罰則を設ける内容となっています。本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、尼崎市内では六丁目山口組が2015年に分裂して以降、抗争事件が相次ぎ、2019年には神戸山口組幹部が銃殺される事件も起き、市民らは事務所の使用差し止めを求める仮処分申請を続けるなど暴排運動を展開、尼崎市も元事務所を買い取るなど支援し、2013年に市内に8か所あった事務所は2022年9月にゼロになりました。こうした取り組みがさらに拡がることを期待したいところです。

▼尼崎市 市町村では全国初の規制を検討中!条例改正に向けパブリックコメントを実施~尼崎に二度と暴力団事務所を作らせない!~
  1. 施策の概要
    • 尼崎市暴力団排除条例を改正することで、本市の暴力団排除の意志と暴力団の進出を許さない姿勢を示し、市民の安全で平穏な生活の確保、青少年の健全な育成の保護及び事業者や団体による社会経済活動の健全な発展に寄与する。
  2. 施策策定(見直し)に至った背景・問題点など
    • 平成25年に暴力団排除に係る基本的な考え方や取組を規定した尼崎市暴力団排除条例を制定し、事務事業からの暴力団の排除を推進してきた。
    • 平成27年には、暴力団の分裂騒動を契機に対立組織間の抗争状態に陥った。
    • 暴力団の抗争が激化したことを受け、平成30年に暴力団の排除を目的に市民を中心とした暴力団追放推進協議会が発足され、活発な排除活動が行われてきた。
    • 本市として、市民による暴力団排除活動の費用面を支援するため、平成31年に尼崎市暴力団排除活動支援基金を設置し、住民による適格団体訴訟に係る費用の一部等の支援を行ってきた。
    • 令和元年に発砲事件が発生したことを受け、令和2年に公安委員会が本市域全域を特定抗争警戒区域に指定した後、市内2カ所で相次いで発砲事件が発生したことから、県警察本部に対し対策強化を求める申入れを行った。
    • 当時暴力団事務所として認定されていなかった暴力団関連施設の買取りを実施するなど、官民一体となった暴力団排除活動に取り組んできたことで、令和4年9月には、本市内の暴力団事務所はゼロになった。
    • 令和2年から現在に至るまで特定抗争警戒区域の指定は解除されておらず、新たな取組を実施し暴力団排除活動を推進するには、既存の尼崎市暴力団排除条例を見直し、改正する必要がある。
  3. 目指す姿・対応策など
    • 市域全域における暴力団事務所の運営禁止や運営禁止への違反に対する罰則を市条例で設けることで、「市内に二度と暴力団事務所を作らせない」「将来にわたって地域の安全・安心を確保していく」との考え方を実現する。
  4. 施策の対象範囲・期間など
    • 対象:暴力団員
    • 始期:改正条例施行後(令和6年4月1日予定)
  5. 市民意向調査の概要(ステップ1、2省略の場合はその理由)
    • 市が取り組むべき暴力団対策について、広く市民の意見を募るため、令和5年9月22日から10月27日まで市民意向調査を実施し、条例改正に賛成とする意見が2件あった。
  6. 施策の検討経過
    1. 素案検討過程での主な論点
      1. 暴力団事務所運営禁止の区域規制を設けること
      2. 実効性の担保のため罰則等の規定を設けること
    2. 策定過程で比較検討した複数案の主な項目と反映理由
      1. 本市は住居系と工業系の用途が混在する特徴をもつこと、兵庫県暴力団排除条例の青少年の健全な育成を保護する目的に加え、事業者や団体による社会経済活動の健全な発展に寄与することも目的としていることから、市域全域を対象とする暴力団事務所の運営禁止の区域規制を設けることとした。
      2. 県条例と同様の手続きを踏み、同程度の量刑となる罰則規定を設けるとともに、罰則以外にも暴力団事務所に対する使用等の差止めの請求を行う規定を設けることとした。

(3)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(東京都)

東京都北区の赤羽地区で、キャバクラ店などから組合費名目でみかじめ料(用心棒代)を徴収したとして、警視庁暴力団対策課は、稲川会傘下組織組長、キャバクラ店経営の両容疑者ら男性4人を東京都暴排条例違反の疑いで逮捕しています。報道によれば、2021年12月からの約1年半で少なくとも18店舗から約1300万円を集め、暴力団の資金源となっていたとみられています。逮捕容疑は2022年12月20日、赤羽地区のキャバクラやガールズバー計9店舗からみかじめ料計約30万円を徴収したというものです。このキャバクラ店経営者は2021年12月ごろ、赤羽地区の飲食店経営者らが集まる会合で「地元を外的勢力から守るために組合を作る。金を払わなければ赤羽では商売できない」などと発言、4容疑者はこの頃から「組合費」や「花代」の名目で、みかじめ料の支払いを要求するようになったとみられており、組合費は月に1万5000円、花代は1回につき約2万~4万円だったといいます(組合の実態はないと見られています)。東京都暴排条例は、赤羽地区などの「特別強化地域」では、みかじめ料を支払った店側も罰則の対象としており、店舗経営者5人についても同条例違反容疑で書類送検される見通しです。

▼東京都暴排条例

事業者については、同条例第25条の3(特定営業者の禁止行為)第2項において、「特定営業者は、暴力団排除特別強化地域における特定営業の営業に関し、暴力団員に対し、用心棒の役務の提供を受けることの対償として、又は当該営業を営むことを暴力団員が容認することの対償として利益供与をしてはならない」と定められています。また、暴力団員に対しても、第25条の4(暴力団員の禁止行為)第2項において、「暴力団員は、暴力団排除特別強化地域における特定営業の営業に関し、特定営業者から、用心棒の役務の提供をすることの対償として、又は当該営業を営むことを容認することの対償として利益供与を受けてはならない」と定められています。そのうえで罰則として、第33条(罰則)において、「次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」として、「三 相手方が暴力団員であることの情を知って、第25条の3の規定に違反した者」、「四 第25条の4の規定に違反した者」が規定されています。

(4)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(岐阜県)

岐阜県大垣市の無許可営業の風俗店からみかじめ料を受け取ったなどとして、組織犯罪処罰法と岐阜県暴排条例に違反した疑いで逮捕された暴力団員について、岐阜地方検察庁は不起訴にしています。報道によれば、暴力団員は2023年7月、大垣市の無許可営業の風俗店からみかじめ料の名目で売上金など1万円を受け取ったなどとして逮捕されています。また、みかじめ料を渡していたとして同じく岐阜県暴排条例違反の疑いで逮捕された風俗店経営者についても不起訴としています。

▼岐阜県暴排条例

事業者については、同条例第二十四条(暴力団排除特別強化地域における特定接客業者の禁止行為)第2項において、「特定接客業者は、暴力団排除特別強化地域における特定接客業の営業に関し、暴力団員に対し、用心棒の役務の提供を受けること又はその営業を営むことを容認されることの対償として利益の供与をしてはならない」と定められています。また、暴力団員については、第二十五条(暴力団排除特別強化地域における暴力団員の禁止行為)第2項において、「暴力団員は、暴力団排除特別強化地域における特定接客業の営業に関し、特定接客業者から、用心棒の役務の提供をすること又はその営業を営むことを容認することの対償として利益の供与を受けてはならない」と定められています。そのうえで罰則として、第二十七条(罰則)において、「 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」として、「三 第二十五条の規定に違反した者」が規定されています。

(5)暴力団排除条例に基づく勧告事例(神奈川県)

神奈川県公安委員会は、神奈川県暴排条例に基づき、建築業で池田組傘下組織組員に暴力団員である事実を隠すために他人名義を利用しないよう、配送業の男性に暴力団員に名義貸しをしないよう、それぞれ勧告しています。報道によれば、組員は2019年8月、自身が住む目的で横浜市内のアパート一室を賃貸するにあたり、男性の名義で賃貸借契約を締結させたといい、2人は共通の知人を介し知り合ったといいます。神奈川県警は組員を2023年9月に詐欺容疑で逮捕、男性を2023年10月に同容疑で横浜地検に書類送検しています。

▼神奈川県暴排条例

第26条の2(名義利用等の禁止)において、第1項「暴力団員は、自らが暴力団員である事実を隠蔽する目的で、他人の名義を利用してはならない」、第2項「何人も、暴力団員が前項の規定に違反することとなることの情を知って、自己又は他人の名義を暴力団員に利用させてはならない」と定められています。そのうえで、第28条(勧告)において、「公安委員会は、第23条第1項若しくは第2項、第24条第1項、第25条第2項、第26条第2項又は第26条の2第1項若しくは第2項の規定に違反する行為があった場合において、当該行為が暴力団排除に支障を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、公安委員会規則で定めるところにより、当該行為をした者に対し、必要な勧告をすることができる」と規定されています。

(6)暴力団排除条例に基づく勧告事例(青森県)

青森県公安委員会は、飲食店経営者の男2人が暴力団組員の男に対して店が営業を容認してもらう対価で「みかじめ料」の現金を渡していたとして青森県暴排条例に基づく勧告をしています。暴力団組員への違反勧告は5年ぶり4例目、条例改正後初めてだということです。勧告を受けたのは、飲食店経営の男ら2人と稲川会傘下組織組員のあわせて3人で、報道によれば、2023年9月下旬ころ、飲食店経営者の男2人はが「みかじめ料」として暴力団組員の男にあわせて現金14万円を渡したというものです。青森県暴排条例は2019年の改正で金品などの供与を受けた人にも勧告できるようになっており、暴力団組員へ違反勧告は改正後初めてとなります。なお、飲食店経営者の男2人は暴力団組員に対して、数年前から毎月数万円ずつ渡していたと見られています。

▼青森県暴排条例

同条例第13条(金品等の供与の制限)において、「事業者は、その事業活動に関し、何人に対しても、暴力団の威力を利用する目的で、若しくは暴力団の威力を利用したことに関し金品その他の財産上の利益(以下「金品等」という。)の供与をし、又は暴力団の活動若しくは運営を支援する目的で相当の対価を得ない金品等の供与をすることのないようにしなければならない」と定められています。また、暴力団員については、第18条(金品等の供与を受けること等の禁止)において、「暴力団員は、事業者から次に掲げる金品等の供与を受け、又は事業者に当該暴力団員が指定した者に対し、当該金品等の供与をさせてはならない」として、「(3)事業者が、その事業活動に関し、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなることを知って、正当な理由がなく行う金品等の供与」が規定されています。そのうえで、第20条(勧告)において、「公安委員会は、次の各号のいずれかに該当する者に対し、書面により、必要な措置を講ずるよう勧告することができる」として、「(1)第13条第1項の規定に反して金品等の供与をした事業者」、「(4)第18条の規定に反して金品等の供与を受け、又は金品等の供与をさせた暴力団」が規定されています。

(7)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(栃木県)

栃木県公安委員会は、六代目山口組傘下組織幹部に、賞揚・慰労目的で金品などを受けることを禁じる賞揚等禁止命令(本命令)を出しています。栃木県公安委員会による発出は12年ぶり、5人目だということです。報道によれば、幹部は2003年4月にさくら市で発生した暴力団同士の対立抗争で、対立していた別の組員を射殺、殺人罪などで有罪判決を受けて服役していましたが、出所した2023年10月、仮命令を出して意見聴取を求めたものの男性が欠席したため、栃木県公安委員会が本命令の発出を決めたものです。今回の命令により、男性は出所後5年間、賞揚・慰労目的で金品や組内での昇格を受けることを禁止されることになります。

▼暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律

暴力団対策法第三十条の五において、「公安委員会は、指定暴力団員が次の各号のいずれかに該当する暴力行為を敢行し、刑に処せられた場合において、当該指定暴力団員の所属する指定暴力団等の他の指定暴力団員が、当該暴力行為の敢行を賞揚し、又は慰労する目的で、当該指定暴力団員に対し金品等の供与をするおそれがあると認めるときは、当該他の指定暴力団員又は当該指定暴力団員に対し、期間を定めて、当該金品等の供与をしてはならず、又はこれを受けてはならない旨を命ずることができる。ただし、当該命令の期間の終期は、当該刑の執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から五年を経過する日を超えてはならない」と規定されています。今回は、「二 当該指定暴力団等に所属する指定暴力団員の集団の相互間に対立が生じ、これにより当該対立に係る指定暴力団等の事務所(その管理者が当該対立に係る集団に所属しているものに限る。)又は当該対立に係る集団に所属する指定暴力団員若しくはその居宅に対する凶器を使用した暴力行為が発生した場合における当該暴力行為」に該当するものと考えられます。

(8)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(群馬県)

群馬県警桐生署は、暴力団対策法に基づき、稲川会傘下組織組長に対し、群馬県内に住む50代男性に自身の指を刃物で切り落とすことを要求しないよう、中止命令を出しています。報道によれば、組長は男性が組織からの脱退を申し出た際、「指持ってこい」と要求したといい、中止命令に対し、男は「分かった。連絡なんかしない」と話しているといいます。

暴力団対策法第二十条(指詰めの強要等の禁止)において、「指定暴力団員は、他の指定暴力団員に対して指詰め(暴力団員が、その所属する暴力団の統制に反する行為をしたことに対する謝罪又はその所属する暴力団からの脱退が容認されることの代償としてその他これらに類する趣旨で、その手指の全部又は一部を自ら切り落とすことをいう。以下この条及び第二十二条第二項において同じ。)をすることを強要し、若しくは勧誘し、又は指詰めに使用する器具の提供その他の行為により他の指定暴力団員が指詰めをすることを補助してはならない」と規定されています。そのうえで第二十二条(指詰めの強要等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が第二十条の規定に違反する行為をしている場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は当該行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。

(9)暴力団関係事業者に対する指名停止措置等事例(福岡県)

福岡県・福岡市・北九州市において、1社について「排除措置」が講じられ、公表されています。福岡県における「排除措置」とは、福岡県建設工事競争入札参加資格者名簿に登載されていない業者に対し、一定の期間、県発注工事に参加させない措置で、この期間は、県発注工事の、(1)下請業者となること、(2)随意契約の相手方となること、ができないことになります。

▼福岡県 暴力団関係事業者に対する指名停止措置等一覧表
▼福岡市 競争入札参加資格停止措置及び排除措置
▼北九州市 福岡県警察からの暴力団との関係を有する事業者の通報について

福岡県については、排除期間が「令和5年10月26日から令和8年10月25日(36ヵ月)」とされ、その理由については、「役員等が、暴力的組織の構成員となっている」とされています。また、福岡市については、排除期間が「令和2年10月19日から令和8年10月18日まで」、その理由が「暴力団との関係による」とされ、北九州市については、排除期間が「令和5年11月2日から36月を経過し、かつ、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態になるまで」、その理由が「当該業者の役員等が、暴力団構成員であることを確認し、「暴力団員が事業主又は役員に就任していること」に該当する事実があることを確認した」と公表されています。福岡市の公表内容からわかるとおり、当該事業者は、2020年に同様の理由で一度「排除措置」を講じられたものの、36カ月を経過してもなお、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態となっていないために、あらためて指定されたものと推測されます。一般的には、排除措置が講じられて社名が公表されれば、存続自体が危うくなることや役員等を完全に入れ替えるなどするものが多いところ、本件のような再指定は珍しいのではないかと思います。

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