クレーム対応・カスタマーハラスメント対策トピックス
執行役員(総合研究部担当)主席研究員 西尾 晋

1.はじめに
フジテレビ(以下、CX)における出演者(以下、N氏)と同社の元女性アナウンサー(以下、女性A)との間で生じた問題について、2025年3月31日、第三者委員会は、調査報告書を公表し、調査委員を務めた弁護士らが、記者会見を行った。
その後、N氏が別の代理人を立てて、第三者委員会の認定や性暴力の定義に対して、反論と情報開示を求める事態に至っている。このような状況を受けて、巷でも、第三者委員会の性暴力認定の問題性や第三者委員会によるN氏への人権侵害を指摘して、第三者委員会を批判する論調が出ている。
今回のフジテレビ問題における第三者委員会報告書は、取引先から従業員に対する言動、すなわち「カスハラ」に対するCXの対応に問題があったかどうかを検証しており、従来の社内でのハラスメントに関する案件の調査とは異なる特殊性を有している。カスハラが社会問題化し労働施策総合推進法改正により企業の対策が義務化された中で、今回の第三者委員会報告書は、時代を先取りして、カスハラ事案における調査実務の在り方を示しており、カスハラ対策が義務化される中で、今後の企業における調査実務やカスハラ対策にも大いに参考になる。
そこで、本稿では、「フジテレビ案件における第三者委員会報告書の意義~カスハラ対策義務化に伴う調査・対応の構図と必要な意識・認識改革」と題して、第三者委員会の報告書やN氏ら(同氏代理人による発信を含む)の発信内容、それに対する第三者委員会の対応等を参考にしながら、カスハラ事案における調査実務における難しさや実務対応について、考察・解説する。
2.第三者委員会による認定
(1)性暴力の認定
調査報告書では、
- 守秘義務を負う前も女性AのCX関係者への被害申告(本事案における具体性のある行為態様が含まれる)
- 女性Aに生じた心身の症状(本事案直後から重篤な症状が発生して入院に至り、PTSDと診断された)
- 本事案前後の女性AとN氏(※第三者委員会書では匿名化されていない。以下同様)とのショートメールでのやりとり(本事案における具体性のある行為態様及び女性Aの認識が含まれる。なお、N氏は、女性Aとのショートメールでのやりとりは削除済みと述べた)
- CX関係者間の報告内容、関係者のヒアリング、客観資料、CX関係者からの被害申告に対するヒアリング結果、両者の守秘義務解除要請に対する態度(女性Aは当委員会に対する全面的な守秘義務解除に同意したが、N氏は守秘義務の解除に応じなかった)
- 女性AとN氏の当委員会のヒアリングにおける証言内容・証言態度
などをもとに、」「2023年6月2日に女性AがN氏のマンションの部屋に入ってから退室するまでの間に起きたこと(本事案)について、女性AがN氏によって性暴力による被害を受けたものと認定した」としている(第三者委員会調査 報告書(公表版)26~27ページ)。
また、別の個所では、女性A氏の申告や時系列に基づく事実、それを踏まえたCX社内での認識・対応などを詳細に積み上げて、「本事案には性暴力が認められ、重大な人権侵害が発生した」とし、以下のような評価(事実認定)を行っている(第三者委員会調査 報告書(公表版)52ページ)。
(2)性暴力の定義について
そして、第三者委員会は、性暴力の認定に当たり、世界保健機構(WHO)が公表している「性暴力」の定義を引用し、その定義を規範として、今回の事案が、性暴力に当たると認定している。
第三者委員会報告書に記載された性暴力の定義等については、以下の通りである(第三者委員会調査 報告書(公表版)27ページ)。
第三者委員会報告書では、このWHOの定義を引用しつつ、
としている。
そして、注記として、「福岡県における性暴力を根絶し、性被害から県民等を守るための条例」に基づく「性暴力根絶に向けた対応指針」(令和7年3月策定)の解説を引用し、補足している。この指針は非常に重要な意味を持つので、ここで、第三者委員会報告書記載の注記をそのまま引用する(重要部分には、私の方で、下線を引いている)。
(3)カスタマーハラスメント事案としての認定
そして、第三者委員会は、本事案が以下の通り、取引先からのカスタマーハラスメントに該当すると認定している(第三者委員会 調査報告書55~56ページ)。
また、取引先から社員に対する人権侵害であるため、カスタマーハラスメントとして位置づけられる。カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」という)は、顧客や取引先などからのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境を害するものをいい、典型的には、顧客や消費者からの過剰なクレーム等である(BtoC)。しかし、2022年以降、徐々に、取引先役職員からのパワーハラスメントやセクシャルハラスメント(BtoB)についてもカスハラとして捉え、企業が社員を守るべきであるとの共通認識が形成されつつあり、本事案もその一類型と位置づけられる。」
しかし、港社長ら3名には本事案がCXにおける人権問題であるとの認識がなく、人権方針に基づく対応を行う発想も、人権対応の専門家に助言を仰ぐという発想もなかった。」
3.N氏側代理人の反論
このような第三者委員会の認定に対して、N氏は、第三者委員会の調査に応じていた時とは別の弁護士を代理人に選任、その代理人らは「中立性・公平性を欠いている」として、中居氏の人権救済の為として、次のような反論と情報開示要求を行った。
※以下は、日刊スポーツ 2025年5月12日20時51分配信記事を参考に引用・加筆・編集を行っている
- 調査報告書作成のために用いられた一切のヒアリング記録及びその他の証拠
- 性暴力があったとの認定は、どのような証拠に基づいてされているのか、その証拠と、認定と証拠との対応関係が分かる資料
- 上記の証拠の一部ないし全部の開示ができない場合は、その理由
そして、日本弁護士連合会(日弁連)の「企業不祥事における第三者委員会のガイドライン」(GL)では、基本原則として、調査のターゲットは対象会社とされており、調査に協力した個人ではないのに、N氏の行為の評価をしていること、調査委員会の調査項目は調査報告書1ページにある通り、「本事案への当社の関わり」「本事案を認識してから現在までの当社の事後対応」「当社の内部統制・グループガバナンス・人権への取組み」「判明した問題に関する原因分析、再発防止に向けた提言」であるのに、「N氏と女性との関係について、公正な証拠原則に基づかずに一方的に伝聞証拠等を基に詳細に事実認定して」いるが、「これはGL違反ではないでしょうか。中立性・公平性に反していないでしょうか」と反論している。
また、性暴力の定義についても、WHOの極めて広義な定義を使用しているが、「性暴力」という言葉は、「普通の日本人にとっては肉体的強制力を行使した性行為として、凶暴な犯罪をイメージさせる言葉」だが、「貴委員会は」「日本語の凶暴な言葉の響き・イメージとは大きく異なるハラスメント行為まで性暴力に含めるWHOの広義な定義を何らの配慮もないまま漫然と使用した」「具体的行為は明らかにされないまま、「性暴力」という言葉が一人歩きして」いるとして、性暴力の定義及びそれに基づく事実認定を問題視している。
4.第三者委員会の回答とその後
上記のN氏側代理人からの反論について、第三者委員会は、性暴力の定義については、客観的な基準が必要である上、CX及び親会社が、国際的に活動する株主に対する説明責任を果たす意味で、WHOの定義を用いることは正当であると回答した。
また、性暴力の事実認定についても、女性Aの被害申告やN氏とのメールのやり取りなど前後状況を客観的判断しての認定で、問題なく、中立性・公平性に反しない趣旨の回答をした。
このような第三者委員会からの回答に対して、N氏側代理人は、回答になっていないとして再度の開示・説明要求を行ったが、第三者委員会は、すでに回答済であるとした上で、N氏側代理人らとやり取りすることが「被害女性の二次被害を助長しかねない」として、「今後のやり取りを差し控える」旨、回答した。
5.考察~本事案の特殊性と事例から学ぶべき教訓
(1)論点の整理とそれについての評価
第三者委員会報告書の事実認定とそれに対するN氏側の反論は、主に以下の点に集約される。
①性暴力の定義について
一つ目の論点は、第三者委員会が、性暴力に関してWHOの定義を用いたことへの是非である。WHOの定義は、N氏代理人がいうように、一般的な日本語の定義からすれば、広範なように思えるが、注意しなければならないのは、今やハラスメントについては、従来の昭和的な考え方では時代遅れであり、まして「人権」として論じるのであれば、グローバルスタンダードに従った対応が重要になる。
その観点からいえば、WHOの定義を用いることは何らおかしな話ではない。性犯罪という言葉を用いて「犯罪者認定」したわけではなく、定義の要件を踏まえて性暴力に当たると認定したにすぎない。
N氏側代理人は、一般的な日本語のイメージと違うと言っているが、第三者委員会報告書が注記に記載している通り、すでに国内でも、福岡県の条例に関する指針において「刑法その他の法律や条例で性犯罪と規定される不同意性交等、不同意わいせつ、児童買春、盗撮、痴漢のほか、セクシャルハラスメントなど同意なく行われる性的な行為や発言も性暴力に含まれる。」と記載されていて、セクハラを含めて「性暴力」という言葉を使っているのであって、「性暴力=性犯罪」と決めつけて「普通の日本人がイメージする凶暴な言葉」であるというN氏側代理人の立論は、論理破綻と言える。
また、同様に代理人らの「日本語の凶暴な言葉の響き・イメージとは大きく異なるハラスメント行為まで性暴力に含めるWHOの広義な定義を何らの配慮もないまま漫然と使用した」という指摘についても、すでに国内の条例に絡んで、ハラスメント行為に対しても性暴力という言葉を用いていることからしても、的を射たものではないことは明白である。
以上の通り、人権の問題として考えても、性暴力の定義の問題として考えても、第三者委員会の立論・認定方法には問題なく、上記のような福岡県の条例等の国内の動向に鑑みてみも、N氏側代理人の主張は、国際社会から見れば嘲笑されかねない内容であると言ってよい。代理人側の立論に賛成する論調は、人権意識やハラスメント意識の面で、現代社会が求める水準と乖離があり、コンプライアンスの観点からも到底受け入れられるものではないことを認識すべきである。
②性暴力の認定について
次の論点は、第三者委員会のN氏の行為の「性暴力」認定の妥当性についてである。
上記でも解説したように、福岡県の条例における「性暴力」には、指針によると、「同意に関する判断が困難な状況で行われる性的な行為等も含む」とされている。とすれば、守秘義務を盾にヒアリングに支障があったり(守秘義務解除の部分については見解が割れているため真偽はわからないが、調査実務上の制約が大きい方の立場に立脚して記述)、N氏側が女性Aとのメールを削除していてその内容が確認できなかったりしたことを考慮すると、同意の有無に関する判断が困難であっても、福岡県の条例指針に基づき「性暴力認定」することは、不当な事実認定とは言えないであろう。
また、第三者委員会が積み上げているエビデンスや経緯・時系列等を見ても、通常、企業内で同様の案件(セクハラ案件)が発生した場合の社内調査であれば、「セクハラ認定」されかねない内容である。WHOの定義や福岡県の条例でいう「性暴力」には一般的なセクハラも含まれる以上、包括的にセクハラ的な行為を「性暴力」と認定することも、被害者側の被害の大きさや両者間の立場の違いを勘案すると、調査実務上も不当な事実認定とは言い難い。
このように、第三者委員会が報告書に記載している福岡県の条例に関する注記の内容や通常のセクハラ案件への調査・対応の実態、実務の観点から見てみても、N氏側代理人の立論にはやはり無理があり、支持しがたいものであることは明白である。
③N氏に対する人権侵害なのか~第三者委員会が社外の人のハラスメント認定をしてはいけないのか
本事案におけるN氏側代理人の主張の核心はこの論点に集約される。この論点は、労働施策総合推進法改正によるカスハラ対策の義務化に関しても重要な示唆を含んでいる。結論から言うと、第三者委員会によるN氏の人権侵害と批判している論調は、本件の特殊性がこの論点に集約されていることに気づいていない(意識や考え方が現代の世相に対応できていない)のではないかと思われる。
本事案は、第三者委員会も認めている通り、取引先から自社社員に対する「カスハラ」案件である。カスハラ案件である以上、通常の社内におけるセクハラ案件とは異なり、「相手方(調査対象者・関係者)は社外の人物」となる。N氏側代理人は、N氏は調査協力者にすぎないとしているが、カスハラ案件である以上、単なる調査協力者ではなく「当事者」なのである。N氏側代理人が主張する、調査のターゲットは対象会社とされており、調査に協力した個人ではないのに、N氏の行為の評価をしているという立論は、カスハラの本質やカスハラ案件に対する調査実務に対する理解不足と言わざを得ない。
第三者委員会報告書でも言及されているとおり、現代の世相では、取引先から自社社員に対するセクハラも「カスハラ」に該当しうる以上、当該行為への会社としての対応過程を検証プロセスにおいて、あるいは安全配慮義務の履行の状況を精査する上で、そもそも取引先(N氏)の行為が「カスハラ」に当たるのかどうかの判断は不可欠である。すなわち、社内でのセクハラやパワハラがあった場合の対応に経営者の判断やガバナンスが問題になるように、カスハラが行われた場合には、その被害を回避するための対処をしたか、被害防止のために取引先に取引停止を言い渡す等の経営判断やアクションをしたのか、そのような判断が行われていない場合に社内でガバナンスが効いていたのかが問題になる。
「カスハラ」である以上、社外の人の行為(本件ではN氏)の行為の判断(カスハラに当たるのか)なくして、会社側の事後対応の是非や人権やコンプライアンスに関する対応の是非は判断できない。今回の第三者委員会は、この点を検証するのが、役割なのである。フジテレビの第三者委員会だとしても、社外の人の行為を評価することは、カスハラ事案の特殊性に鑑みれば、中立・公正な調査ということができる。むしろ、カスハラ案件である以上、社外の人の行為の評価をしないと、企業や経営陣の判断・対応に瑕疵があったかどうかの判断はできないのであって、今回の案件でいえばN氏の行為がカスハラに当たるかどうかの判断をしないと、それこそ中立・公正な調査とは言えなくなってしまう。第三者委員会が、カスハラに対するCX社の事後対応、経営判断、内部統制の状況を判断するに当たっては、社外の個人(=取引先)であるN氏の行為の評価せざるを得ない以上、第三者委員会がN氏の行為の評価をしたことは全くもって問題ないといえる。
被害女性はPTSDを発症して退職を余儀なくされ一時は自死の危険すらあったことは、第三者委員会報告書に記載の通りであり、通常のセクハラのように、社内の幹部等により、同様の行為が女性Aに行われていれば、社内におけるセクハラとして行為者側の人権が問題視されることは通常ない。それにも関わらず同じ行為が取引先によって行われたら、被害者の保護や二次被害の防止よりも、セクハラを行った側の人権を擁護するとは、いかにも奇妙な論理と言わざるを得ない。このような奇妙な論理になるのは、「カスハラ」に対する理解やカスハラによる被害の深刻さ対する理解、カスハラ案件の特殊性についての理解が乏しいことが原因であると思われる。
(2)カスハラ案件に関する特殊性
カスハラは社外の人から自社の従業員に対して行われるため、当該従業員を守るためにも、本来は所属企業が自ら、自社のカスハラの定義にしたがって、要件該当性を吟味し、要件を満たす場合には「カスハラ認定」して、取引を打ち切る等、カスハラ被害を防止するための対応を行う必要がある。
相手方の行為がカスハラに当たるかどうかの立証責任は、企業側が負っている。行われた言動や要求内容等を記録・把握し、状況に応じて、相応のエビデンスに基づき、自社が定めたカスハラの定義に照らして、「カスハラ認定」をすることが求められる。第三者委員会報告書でも言及されているように、必要なカスハラ対策を怠れば安全配慮義務違反になりかねない以上、カスハラ認定は、カスハラ対応モードにシフトするために不可欠な重要なプロセスである。
しかし、本件においては、第三者委員会報告書記載の事実関係を読む限り、CXはN氏の女性Aに対する行為に対して、カスハラ(人権侵害)に当たるかの検討やそれを前提とした対応を行った形跡は見られない。カスハラ(人権侵害)に該当するならば、それに対する対応を怠った場合は、安全配慮義務違反にもなりかねず、経営責任も生じる。
第三者委員会としても、調査項目が、「本事案への当社の関わり」「本事案を認識してから現在までの当社の事後対応」「当社の内部統制・グループガバナンス・人権への取組み」「判明した問題に関する原因分析、再発防止に向けた提言」にある以上、カスハラへの対応懈怠による経営責任や事後対応、人権への取組みを検討する上では、前述のように、
- 本件事案がカスハラに当たるのか、人権侵害に当たるのか、
- 当たる場合にはCXはどのように認識をしていたのか、何らかの対応策を検討していたのか
を調査せざるを得ない。
まさに、カスハラ案件だからこそ、社外の個人(=取引先)の行為の内容についても調査・評価が必要なのであり、カスハラ案件だからこそ、社外の人物も調査対象になり、当該人物の行為評価(=カスハラに当たるのかどうか)がなされるのである。
これこそが、カスハラ案件における調査の特殊性である。仮に自社従業員が取引先からカスハラを受け、カスハラ被害の申告に基づき自社で調査する場合であっても、取引先の行為が「カスハラ」に当たるなら、社外の人物(取引先)のハラスメント行為(人権侵害行為)を認定し、それを根拠に取引先に是正を求めたり、取引停止を言い渡したりしなければならない。この場合、取引先からすれば一方的にカスハラ認定されたとして、人権侵害だの、権利侵害だの、契約違反だの主張し、企業側の認定にケチをつける場合が少なくない。また、相手方が個人顧客の場合も、カスハラ認定されると、カスハラ行為をした人たちは同様に、クレーマー扱いされただの、人権侵害だのと言い出す(カスハラをする人たちは、自分は正しいと思っていて、自分の行為がカスハラに当たるとは思っていない人がほとんどだから、当然、こういう反応になる)。今回と同じ構図になるのだ。カスハラ案件では、このような対立構造が内在的に生じることを知っておかなければならない。
6.カスハラ事案の調査実務に関する留意点
(1)本件事案に関する総括
ここまで論じてきたように、本件は、カスハラ事案であるが故の特殊性があり、第三者委員会としても、CX社の事後対応や経営責任を検証するためには、行為者である取引先(N氏)の行為について、カスハラ(人権侵害)に当たるかどうかの検証をせざるを得ず、その行為の評価もせざるを得ない状況であった。
しかも、カスハラに当たりかねない行為が性暴力(セクハラを含む概念)であったので、昨今の性加害問題に関する関心の高まりを踏まえ、カスハラとしてのN氏の性暴力を認定した。
このようなカスハラゆえの特殊性を見過ごしてしまうと、巷で騒ぐコメンテーターのような誤解を生じ、第三者委員会の調査報告書の意義を見誤ることになってしまう。
カスハラに関しては、厚生労働省が公表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」にも掲載されているように既に裁判で安全配慮義務違反が争われており、カスハラによる精神疾患等も労災認定の基準に組み込まれている。したがって、カスハラがあった場合に会社がどのような対応をするかは、コンプライアンス経営の観点からも重要であることから、今後、労働施策総合推進法の改正によりカスハラ対策の義務化、調査協力、不利益取扱いの禁止等の規定がおかれることに鑑みても、カスハラ案件への対応や調査を行う上での留意事項を理解しておく必要がある。
(2)フジテレビ第三者委員会批判事例にみるカスハラ対応・対策・調査実務のポイント
①カスハラ対策に関して
Ⅰ.カスハラの定義の明確化
まず、重要なのは、自社におけるカスハラの定義を明確にして、カスハラに対する対応方針を策定し、社内外に公表することである。
前述のように、社外の人からの自社社員への行為がカスハラに該当するかどうかの立証責任は、各企業が負っている。実際に、フジテレビの案件のように、取引先から自社社員に対する様々な行為・アクションがカスハラに当たる可能性があるのに、それを認識できなければ、社員等が精神疾患を負った際には安全配慮義務違反になりかねないので、カスハラに当たるかどうかの基準・要件を明確にしておくことが重要である。
また、仮にカスハラに当たり得る行為があった場合でもその判断・認定が属人的・場当たり的では、カスハラ認定の合理性が担保できずに、それこそお客様(相手方)等の権利侵害、人権侵害に繋がりかねず、様々な風評被害にも晒されかねない。
カスハラ対策の義務化により、今後各企業がカスハラに対応していく上で、「カスハラ認定」が不可避である以上、意に沿わない対応をされた顧客等が、N氏のように人権侵害だの権利侵害だのと騒ぎたてる場面に遭遇することになる。
そのような場合に、自社の基準に照らしてカスハラ認定していること、それが合理性のある判断であること(対応プロセスも含めて)、を説明していかざるを得ない状況になることから、客観的で統一的な判断基準になりうる「(自社における)カスハラの定義」が重要になる。
なお、カスハラを定義する場合に厚生労働省の定義等をそのまま使ってしまう企業も少なくないが、そのまま使っても、現場の実情・組織の状況に合っていなければ、その定義は基準として機能しない。自社の状況、実情に合わせた定義を作成することが重要だ。
Ⅱ.カスハラ対応要領の標準化と記録の保存
次に重要なのが、カスハラへの対応要領の標準化とやり取りの記録化だ。
対応要領は複雑だと使えないことから、極力シンプルなもので標準化し、従業員に周知することが重要である。そして、日々の対応等については、メールやLINEを活用して文字として残して置いたり、メモ・録音・録画を徹底し、やり取りを記録することも忘れてはならない。
カスハラ案件においては、往々にして、相手方は都合が悪くなれば自分のメール等を削除する。したがって、企業側でやり取りを確保・保全しておかないと、カスハラの立証は難しくなる(調査委員会の報告書にも記載の通り、フジテレビの案件でも、N氏はメールを削除しており、調査委員会は女性Aから提示されたメールで、N氏の発言等を確認している)。最低でもメモを取るように指示・周知しておくことが重要だ。
更に、カスハラへの対応要領については、極力、相手方にカスハラだと言わない対応要領を整備しておくことが重要だ。なぜなら、パワハラやセクハラと同様、カスハラをする人は自身の行為がカスハラだとは思っていないケースがほとんどだからだ。そういう人たちに「カスハラ」だと言ってしまうと、彼らは「クレーマー扱いされた」、「人権侵害だ」と騒ぎだし、さらに泥沼化・長時間化する。
なお、上述したように、N氏側代理人は、第三者委員会の回答を受けて、自分たちに一方的な主張に基づき(主張が合理性を有していないことは、上記で解説の通り)再度の開示・回答要求をした。しかし、対応できないことや対応済の事項に対して、何度もしつこく要求を繰り返す行為は、それ自体が第三者委員会に対する「カスハラ」になりかねない。第三者委員会が、それに対して、女性Aへの二次被害に繋がりかねないとして、今後N氏側代理人との「やり取りを差し控える」と回答したことは、カスハラ行為への模範対応として参考にすべきである。第三者委員会が「逃げた」などという批判は、カスハラへの対応要領を理解していない全くの暴論である。
②カスハラ案件への調査について
Ⅰ.調査の限界を知る
ここまで論じてきたように、カスハラ案件の調査は、社外の人に対して、意図や事実の確認を行わなければならない。調査に協力する努力義務は労働施策総合推進法の改正により導入されるが、だからといって、必ずしも他社や(社外の)当事者がカスハラの調査に協力してくれる保証はない。ヒアリングには応じてくれても、メール文面や資料等の提供は拒まれる可能性も高い。
実際のカスハラ案件の調査に当たっては、相手方次第では、今回のフジテレビの第三者委員会調査のように核心部分の事実確認ができない可能性を念頭においた、事実認定・事態評価にならざるを得ないことを理解しておく必要がある。この点が、社内でのセクハラやパワハラ案件の調査と決定的に違う。調査に限らず、是正措置の実施についても同様である。
厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」でも、次のように述べている。
カスタマーハラスメントにおいては、顧客等に対しハラスメント行為について未然防止の働きかけを行うことは企業内の対応に比べると容易ではなく、顧客等による行為が社内でハラスメントだと認定されても、会社と顧客等との間に雇用関係がないため、出入り禁止や行為の差し止めといった直接的な措置を取るには利用規約(定型約款)や裁判などが必要なケースもあり、一工夫が必要です。

(以上、厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」40ページ)
Ⅱ.風評対策及び広報体制の充実
社内調査の結果、カスハラの要件を満たすとしてカスハラ認定した場合、今回の事例のように社外の人のハラスメント行為として、出入り禁止や取引停止等の対応をせざるを得ない場合があるが、この場合、対象となった相手方から、今回の事例のように権利侵害の申し立てがSNS等を使ってなされる可能性が高い。
クレーマーの思考回路は、「責任転嫁」にあるので、このような場合は、自らカスハラをしたにも関わらず、自分は悪くないと主張し、企業側の判断・対応に問題があると申し立ててくる。それに対して、今回の第三者委員会のように回答していく必要がある場合もある。一方的にSNSで騒ぎ立てるようなら、SNS対策も含めた風評対策が必要になるし、会社の見解を公表する場合は、広報部門との連携が必要になる。
そして、広報を行う際は、どのような回答・対応をするのか、理論武装しておかなければならないことは言うまでもない。
7.さいごに
今回のフジテレビの第三者委員会をめぐるN氏との一件は、決して「他社の出来事」ではない。今後、各企業がカスハラ対策を推進し、カスハラ案件への対応・調査を行っていく上で、同様の事態に直面することを念頭においておかなければならない。
具体的には、カスハラが絡む案件の場合は、今回のように社外の人の行為評価を行い、その内容によってはハラスメント行為(カスハラ)と認定せざるを得ず、そうなると、相手方は、人権侵害や権利侵害を申し立ててくる可能性が高いことを認識し(カスハラ案件だからこそ、カスハラ行為者特有の思考回路に基づく行動になりやすい)、他山の石として、今後の推移を見守り、自社のカスハラ防止体制の整備・強化に活かしていくことが求められる。
最後に、カスハラ案件について、今後の調査の在り方を先取りした形で報告書を公表したにも関わらず、不当な批判にさらされているフジテレビ第三者委員会の委員の方々に、私としては敬意を払いたい。
以上
※本稿の内容・見解は著者の研究に基づく個人的見解であり、当社の公式見解ではございません。
(参考文献)
- (第三者委員会)調査報告書(公表版)
- 日刊スポーツ 2025年5月12日20時51分配信記事
「【全文】中居正広氏の代理人弁護士が送付した「受任通知兼資料開示請求及び釈明要求のご連絡」 - 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」