クレーム対応・カスタマーハラスメント対策トピックス

改正法に伴う企業の法的責務の全容

2026.07.14
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CS企画推進部 星 智樹

2026年10月1日の改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)の施行に関連する指針の強化を背景に、カスタマーハラスメント(以下、「カスハラ」といいます。)対策は日本企業にとって、持続可能な経営を実現する上で「最優先の経営課題」へと定義づけられました。改正法の施行まで時間は限られており、日本企業が長きに渡り貫いてきた「過剰なサービス(おもてなしの心)」については、国内外から議論の的となっています。しかしながら、今回の法改正は、オーバーサービスをあらため、従業員の尊厳を見直すための大きな転換点でもあります。

では、なぜ今、法改正が必要だったのかは、エッセンシャルワーカー(社会の維持に不可欠な仕事に従事し、特に災害時や感染症流行時にも業務継続が求められる労働者)例えば、「医療、介護、物流、公共交通、保育、インフラ、販売」などの労働者不足は、単なる労働人口の減少ではなく、「カスハラによる心理的・物理的な現場の崩壊」が大きな要因となっています。顧客による暴言や理不尽な要求によるメンタルヘルス不調が労災認定基準において、「強い心理的負荷」としてより厳格に評価されるほど深刻化しています。さらに、現場のトラブルがSNSで瞬時に拡散され、企業ブランドの毀損や従業員個人が晒し者にされるといった二次被害を招くリスクが急増しており、エッセンシャルワーカーの労働環境はかつてない危機に直面しています。

1.安全配慮義務の範囲拡大

今回の法改正では、企業に対し「顧客からの著しい迷惑行為」(カスハラに関する厚生労働省の部会は、当初、カスハラについて、「顧客からの著しい迷惑行為」という言葉を用いていた)から従業員を保護するための具体的な措置の実施を義務付けています。これを怠ることは、もはや単なる不手際ではなく「法令違反」とみなされます。対策を怠った結果、従業員がメンタルヘルス不調に陥った場合、企業は多額の損害賠償請求(安全配慮義務違反)に直面するリスクが飛躍的に高まりました。法改正後の枠組みでは、テレワークのような目に見えない働き方であっても、企業は従業員の健康状態を把握し、適切な業務量を割り当てる、高度な管理責任を負うことになり、「知らなかったでは済まされない(責任を問われる)」時代が到来しています。

2.雇用管理措置義務の具体化

これまで事業主が何をすべきか曖昧であった基準が改正法では細かく定められています。事業主は、カスハラ被害が発生した際、相談窓口を設置するだけではなく、その窓口が実際に機能していることを証明しなければなりません。カスハラ被害を受けた従業員に対し、一方的に「顧客対応に問題があったのではないか」といった二次被害を与える言動は、企業側による新たなハラスメントと認定されかねません。

他方、三重県など一部の自治体では、悪質な行為(強要・恐喝)などを「特定のカスハラ」と定義し、禁止命令に違反した場合に罰則(罰金など)を科す条例案の検討が進んでいますが、その背景には、既存の法律(刑法)や他自治体の条例(による刑罰)では解決できない、長時間の拘束や執拗なクレーム、人格否定、暴言など、深刻な被害実態が関係しています。

3.改正労働施策総合推進法 第33条(事業主の義務)

この条文では、今回の改正で新設・強化された「カスハラ」に対する事業主の雇用管理上の措置義務を定めています。

  • カスハラの定義
  • 「顧客や取引先等(施設の利用者等を含む)からの言動であり、社会通念上許容される範囲を超えたものによって労働者の就業環境が害される」ことを定義しています。

  • 措置義務の発生
  • 事業主は、カスハラによって労働者の就業環境が害されないよう、相談体制の整備や必要な措置を講じなければなりません。

  • 不利益取扱いの禁止
  • 労働者がカスハラの相談をしたことなどを理由に、解雇や降格といった不利益な取扱いをすることを禁じています。

4.具体的に求められる措置

  • 方針の明確化
  • 「カスハラは許さない」という企業の姿勢を社内外に宣言(トップメッセージ、ホームページ掲載、ポスター掲示など)従業員に啓発・周知する。

  • 相談体制の整備
  • 専用の相談窓口を設置し、従業員が被害を報告しやすい体制と適切に対応できる担当者を教育・トレーニングなどを実施し、配置する。

  • 事後の迅速な対応
  • カスハラ被害が発生した際、事実確認(ヒアリング)の徹底と被害者のメンタルケア、悪質な顧客への組織的な対応(複数人対応、出入り禁止措置、弁護士、警察通報など)を行う体制を整える。

5.改正労働施策総合推進法 第34条(関係者の責務)

第34条では、事業主だけでなく、国や労働者、さらには「他の事業主」との協力体制について規定しています。

6.条文のポイント

  • 国の責務
  • カスハラ防止に向けた広報・啓発活動を行い、事業主が適切な対応が行えるようノウハウ(知識・知見)の提供や体制構築などの取り組みを支援すること。

  • 事業主の責務
  • 自社の労働者が「他社の労働者」に対してカスハラを行わないよう、研修など教育訓練を通じて適切な言動の徹底に努めること。

  • 労働者の責務
  • ハラスメント問題への理解を深め、他の労働者の権利を侵害しない「これくらいなら大丈夫」という思い込みを捨て、周りの人が安心して働けるよう注意すること。

  • B to B(企業間)での協力義務
  • さらに34条に関連し、取引先からカスハラ行為が発生した場合、被害側の企業が加害側の企業に対して事実確認や再発防止の協力を求めた際、加害側の企業はこれに協力するよう努める義務が生じます(33条3項で、協力すべき努力義務を規定)。

7.東京都条例との関係(東京都)性

東京都におけるハラスメント防止の枠組みは、従来から全企業に義務付けられている「パワハラ防止法(労働施策総合推進法)」による職場内のハラスメント対策を土台としつつ、全国に先駆けて2025年4月に施行された「東京都カスタマーハラスメント防止条例」によって、顧客や取引先からの著しい迷惑行為を禁止し、事業者に就業者を保護するための具体的な体制整備を求めるなど、働く人の尊厳を守るための法的指針がより包括的かつ強固なものへと進化しています。

そして、条例と法律の二段構えで対策が強化され、条例では法律が主に「会社が従業員を守る義務」に焦点を当てているのに対し、条例では「消費者、都民全体への啓発」や「何がカスハラにあたるかのガイドライン提示」など、社会全体のルール作りが特徴となっています。

8.実践的な現場対策(具体的なアクション)

ネームプレート表記の抜本的見直し(プライバシー保護)の観点からフルネーム名札の廃止を標準化するなど、「名字のみ」、「イニシャル」、「従業員番号」などへの変更が推奨され、SNSでの個人特定リスクを避ける正当な防衛措置として東京都など多くの自治体のガイドラインで標準的な対策となっています。

9.録音・録画による事前告知と証拠保全

顧客対応(対面・非対面)を問わず、応対冒頭に「正確な記録とサービス向上」を目的とした録音・録画の告知を行うことは、感情的な暴言を未然に防ぐ心理的抑止効果を発揮します。また、実店舗においては、防犯カメラの監視範囲内で応対することで、不当な要求に対する証拠保全と、毅然とした対応の両立が可能となります。

10.不当要求(カスハラ)の線引きを明文化

不当要求やカスハラ行為に対する法改正における企業の取組として、「現場任せ」から脱却し、組織全体で防御体制を速やかに構築することが求められています。
“お客様は神様”ではないというスタンスを明確にするため、カスハラ対応指針を策定し、店舗に掲示することやホームページに掲載することが重要です。

これにより、不当要求やカスハラ行為があった際、「自社の対処方針に基づき、場合によっては対応を打切ります」という、現場担当者の判断で終了できる「デッドライン」をマニュアル化することで、悪質なクレーマーに対する強力な抑止力となるばかりか、不当な居座りや執拗な拘束は、刑法上の威力業務妨害罪や不退去罪に該当する可能性があります。また近年、善意を装う「説教型」ハラスメントが比較的多く見受けられ、特に高齢者が若年層の従業員に対し、「君のことを思って教育している」など、体裁を取りながら長時間にわたって拘束する、指導とハラスメントの境界が曖昧になりがちなことです。

11.生成AI活用による現場防衛

人手不足が深刻化する中、従業員のメンタルを守るためにコールセンターなどを中心に生成AIを導入する企業が急速に増加しています。導入コストも比較的安価で中小企業でも導入しやすい水準まで下がってきているのが特徴で、これからは「法律で守り、AIで防御し、毅然とお断りする」というフェーズに移行しています。

12.おわりに

これからの「顧客満足」とは、改正法運用開始により、日本のサービス業は過剰なまでの忍耐を美徳とする時代から終止符を打ち、「従業員の安全・安心を確保できない企業に質の高いサービスを提供する資格はない」という認識こそが、これからの企業経営のスタンダードとなるでしょう。

不当要求(カスハラ)に対して毅然と「No」を突きつけることは、決して顧客軽視ではありません。むしろ、良識ある大多数の顧客と懸命に働く従業員の双方を守るための、最も誠実な経営判断なのです。改正法運用により、日本社会から“お客様は神様である”という言葉の誤用が消えつつあります。顧客の声(Voice of Customer:VOC)は、従業員の声(Voice of Employee:VOE)と安全・安心が確保されて初めて成立するものです。不当な要求に毅然と立ち向かうことは、単なる自己防衛ではなく、「良質な顧客」に対して最高のパフォーマンスを提供し続けるための責任ある決断といえます。

企業は、自社のマニュアルが従業員を犠牲にしたサービスになっていないか、法改正を機に従来の「顧客満足」の定義を再考し、過剰なサービス提供による労働環境の悪化を防ぎ、従業員の心理的安全性の確保と企業の社会的責任は果たしていくため、施行までの期間、実効性のある体制づくりに向けて、多様な人材が安心して能力を発揮でき、思考を妨げることなく自由にアウトプットできる職場環境を創り上げていきましょう。

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