暴排トピックス

令和7年犯罪収益移転危険度調査書を読み解く~実態を「より深く」知るということ

2025.12.02
印刷

首席研究員 芳賀 恒人

動画版暴排トピックス「暴排の日」を毎月配信!最新号はこちら

1.令和7年犯罪収益移転危険度調査書を読み解く~実態を「より深く」知るということ

国家公安員会が毎年公表している「犯罪収益移転危険度調査書(NRA)」の令和7年版が(2024年と同じく11月に)公表されました。NRAは、犯罪収益移転防止法に基づき、国家公安委員会が、特定事業者等が行う取引の種別ごとに、マネー・ローンダリング(マネロン)等に悪用される危険度等を記載したものです。NRAの内容は、本コラムのすべての項目にリンクしており、大変興味深い指摘がたくさんあります。今回のNRAは、従来に比較しても記載ぶりが充実しており、とりわけ「トピックス」として特定のテーマを深堀りするコラムや、事例が圧倒的に多く記載されており、実務上も役立つ内容だと評価したいと思います。

令和6年版NRAとの主な変更点として、「現下の犯罪情勢等に鑑み、匿名・流動型犯罪グループの記載順を見直し。資金獲得犯罪に関する記載を更新」、「オンラインカジノに関するトピックを追加」、「マネロンを専門に請け負う犯罪グループによる法人や法人名義の預貯金口座等の悪用事例を分析」、「非対面取引の記載の更新、インターネットバンキングに関するトピックの追加」、「外国との取引の記載の更新、貿易を利用したマネロンや東南アジアを拠点とする詐欺の脅威等に関するトピックの追加」、「テロ資金供与に関する危険度を章立て」といったことが挙げられます。暴排トピックス2025年10月号で取り上げた「トクリュウ・シフト」の影響からか、全体的にトクリュウの動向が手厚く、新たな「トピック」でも詳細な分析がなされています。筆者はこの「暴排トピックス」を通じて、これらのテーマの動向を継続的に注視していますが、だからこそ、NRAによって犯罪や犯罪組織の最新の実態を「より深く」知ることができること、それが脅威に立ち向かう「力」を与えてくれるということをあらためて実感しています。

新たな気づきも多く、例えば「オンラインカジノ」については、「オンラインカジノは、運営する者、利用する者のほか、決済手段に関与する者、宣伝・誘引する者等、様々な形で関与する者が存在し、決済手段に関しても、クレジットカード決済、暗号資産、銀行送金等、様々な手段が用いられる。スマホ等からアクセスして賭博を行う「無店舗型」のオンラインカジノについては、アクセス数の大幅な増加及びこれに伴う依存症の問題が指摘されているほか、我が国の資産の外国への流出、マネロンへの悪用等が懸念されている。また、オンラインカジノに係る賭博事犯には、実質的な運営者として、又はその背後で、暴力団や匿名・流動型犯罪グループが関与しているケースもみられる」との指摘がありました。また、「暴力団構成員等が関与した主なマネロン事犯」として、以下が紹介されています(大きくは変わっていませんが、あらためて確認できました)。

  • 元暴力団構成員が、インターネットバンキングへの不正アクセスを行い、第三者の口座から被疑者が管理する架空・他人名義口座に不正送金した上、現金を払い出した。
  • 暴力団構成員が、ヤミ金融の返済口座として、他の債務者に開設させた口座及び親族名義の口座を利用した。
  • 元暴力団構成員が、共犯者に指南して架空の事業資金借入名目で金融機関から融資を受けて金銭をだまし取り、親族名義及び知人名義の口座を利用した。
  • 暴力団構成員が、違法賭博を主催した上で、同人が管理する親族名義の口座に、利用客からの賭金を振り込ませた。
  • 暴力団構成員が、窃盗により得た物品を、虚偽の氏名等を申告するなどして他人になりすまして買取業者に売却して現金化した。
  • 暴力団構成員が、風俗営業の無許可営業により、客のクレジットカード決済を用いて得た売上金を、クレジットカード決済代行事業者から当該暴力団構成員が管理する架空・他人名義口座に振り込ませた。
  • 暴力団構成員が、違法賭博事犯や売春事犯、風俗営業の無許可営業等により得た犯罪収益と知りながら、いわゆるみかじめ料等の名目で現金を受領した。
  • 暴力団構成員が、特殊詐欺により架空・他人名義口座に振り込ませた現金を払い出した上、自己名義の口座に預け入れ、更に同口座から同人らが管理する別の口座に送金した

また、「マネロンの手口では、特定事業者の商品・サービスを利用せずに行われる手段も多く認められる。特定事業者の商品・サービスを介さない事例」として、以下が紹介されています。

  • 特殊詐欺や窃盗の犯罪収益をコインロッカー等に物理的に隠匿する。
  • 特殊詐欺等の犯罪収益である現金を受領した上で、更に他の者に引き渡す。
  • 犯罪収益を他人になりすまして郵送するほか、郵送された犯罪収益を空き部屋や宅配ボックスを利用した上、他人になりすまして受け取る。

アジア・太平洋地域のFATF非参加国・地域におけるマネロン等対策を強化・促進するために設置された期間である「APG」が毎年公表しているレポートから「APG Yearly Typologies Report 2024」では「法人の悪用」が特集されており、以下のような指摘があり、参考になります。

  1. 法人の悪用の目的
    法人が悪用される目的は様々であり、次のようなものが挙げられる。

    • 犯罪に関与する者らが、犯罪行為から距離を置いているように見せ掛けること
    • 資産(重要な公的地位を有する者(PEPs: Politically Exposed Persons)が所有するものを含む。)の真の所有者を隠すこと
    • 多額の資金の移転について、正当な商取引上の理由を付けること
    • 犯罪収益を正当な資金と混ぜ合わせること
    • 犯罪収益を消費又は投資すること
    • 汚職、詐欺及び脱税を可能にすること
    • 賄賂や横領した公金を移転すること
    • 犯罪収益を使用して獲得した資産を保護すること
  2. 法人の悪用に関する近時の傾向
    • 多くのAPG参加国・地域から、共通して、電子メールや電話での詐欺、投資詐欺、ビジネスメールの不正アクセスを使用した詐欺(BEC: Business E-mail Compromise)等の詐欺や脱税といった犯罪の実行に法人が悪用されていることが報告されている。
    • また、法人の悪用がみられたその他の前提犯罪としては、窃盗、横領、贈収賄・汚職、証券・市場操作、密輸、薬物取引、わいせつ物の頒布等が報告されている。また、マネロン、特に貿易を利用したマネロン(TBML: Trade-Based Money-Laundering)に法人が悪用されていることが報告されている。
    • 法人の悪用の手法としては、シェルカンパニーの利用、ノミニーと呼ばれる名義上のみの取締役等の利用、事業用口座を用いた資金の移動・混合や貸付取引の設定が挙げられる。
  3. 実質的支配者(Beneficial Ownership)について
    • 実質的支配者を隠す目的は単純であり、資産や収益の真の所有者が、その資産や収益源に結び付かないようにすることである。実質的支配者を隠すことは、課税所得の不申告や、没収・追徴等の手続の阻害につながる。これは、全ての前提犯罪やマネー・ローンダリングに共通して当てはまる。
    • また、会社や信託を利用した複雑な法的構造は、多くの場合複数の法域にまたがっており、これは、租税犯罪やそれに関連するマネロンのスキームではよくみられる特徴である。例えば、違法漁業に使用される船舶や会社の実質的な支配者を不透明にするために、こうした法的構造が利用される。

厚生労働省地方厚生局麻薬取締部の把握した最近の犯罪事例・傾向等として以下が紹介されています。

  • 薬物購入代金を電子ギフト券で支払わせ、当該ギフト券を買取業者へ売って現金化する事例がみられた。
  • 薬物密売等で得た犯罪収益を、日本に取引所がない暗号資産に換えていた。
  • 違法薬物の代金を振り込ませる際に、客に「ヘンサイ」という名前で振り込みさせるなどし、虚偽の原因(借金の返済)のための振り込みであるかのように仮装する行為がみられた。
  • 日本に密輸した薬物を密売して得た犯罪収益で自動車を購入して、本邦から輸出し、外国で自動車を売却して現金化していた。
  • SNSを利用した薬物密売事犯において、依然として代金振込先に借名口座の利用が多くみられる。
  • SNS上で個人間の商品売買を行う際、決済サービスを悪用し違法薬物を密売する事例があるが、一部の決済サービス事業者は任意で設定された電子マネーのアカウントに紐づけられた登録情報の回答を拒むケースがあり、マネロンに悪用されるリスクが懸念される。
  • 違法薬物の譲渡人が代金を受領するために、インターネットオークションサイトを利用して架空商品を出品して譲受人に落札させる方法で正規の取引を装い、代金(同サイト上で利用可能なポイント)を受領していた。

以下、令和7年NRAの概要について紹介します。

▼国家公安員会 令和7年 犯罪収益移転危険度調査書
  • 令和7年犯罪収益移転危険度調査書の概要
    1. 危険度調査の方法等
      • 調査書は、犯罪収益移転防止法第3条第3項に基づき、毎年公表しているものである。平成26年に公表した「犯罪による収益の移転の危険性の程度に関する評価書」の内容を踏まえ、国家公安委員会が平成27年以降、毎年継続して公表しているものであり、特定事業者におけるリスクベース・アプローチに当たって、その前提となるものとして位置付けられている。調査書における危険度調査は、FATFのリスク評価に関するガイダンスを参照した上で、我が国の独自の方法で実施している。
    2. 我が国の環境
      1. 地理的・社会的・経済的環境
        • 我が国は島国であり、他国との間での人の往来や物流は、海空港を経由して行われている。総人口は少子化の進行に伴い長期的な減少傾向にある一方で、在留外国人の数は増加傾向にある。また、我が国は高度に発達した金融セクターを有しており、全国に展開された金融機関の店舗やATM網を通じて、金融サービスへのアクセスが広く確保されている。現金流通残高は他国に比較して依然として高い水準にあるが、キャッシュレス決済の比率は堅調に上昇している
      2. 犯罪情勢
        • 令和6年の刑法犯のうち、財産犯の被害額は約4,021億円に上り、平成元年以降で最も高かった平成14年当時の水準を超えた。特に詐欺による被害額が約3,075億円に達し、深刻な状況が続いている。特殊詐欺の被害額は718.8億円、SNS型投資・ロマンス詐欺の被害額は1,271.9億円で、いずれも過去最高を記録した。サイバー空間をめぐる脅威については、フィッシング報告件数が令和6年に約172万件に上り、依然として増加傾向が続いているほか、クレジットカード不正利用による被害額は約555億円で過去最多となるなどの状況が見受けられた。また、ランサムウェアによる被害が依然として高水準で推移し、令和6年には、北朝鮮を背景とするサイバー攻撃グループにより、国内の暗号資産交換業者から約482億円相当の暗号資産が窃取される事案等が確認された。
    3. マネロン事犯等の分析等
      1. 主体
        • 我が国における主なマネロンの主体として、「匿名・流動型犯罪グループ」、「暴力団」及び「来日外国人犯罪グループ」を挙げている。特に、SNS等を通じた募集等により犯罪の実行者が流動化し、中核的人物が匿名化されている匿名・流動型犯罪グループが獲得した犯罪収益についてのマネロンの多様な手口がみられる。匿名・流動型犯罪グループによる資金獲得活動は、特殊詐欺、SNS型投資・ロマンス詐欺、組織的窃盗、繁華街・歓楽街での資金獲得活動、オンライン上で行われる賭博事犯等多岐にわたる。また、犯罪によって獲得した資金を新たな資金獲得活動に充てるなど、その収益を還流させながら、組織の中核部分が利益を得ている構造がみられる。さらに、これらの資金の一部が暴力団に流れているとみられる事例や、暴力団の構成員が匿名・流動型犯罪グループの首領やメンバーとして関与する事例も確認されている。
      2. 前提犯罪等
        • 令和6年のマネロン事犯の検挙事件数は、組織的犯罪処罰法違反及び麻薬特例法違反の合計で1,283件であり、警察による取締りの強化等により増加傾向にある。過去3年間の前提犯罪別検挙事件数の合計では、詐欺と電子計算機使用詐欺が全体の約5割を占め、特殊詐欺やSNS型投資・ロマンス詐欺等を背景とした検挙が増加している。
      3.  マネロンに悪用された主な取引等
        • 過去3年間の合計では、預金取扱金融機関が取り扱う商品・サービスが、マネロンに悪用された取引の約6割を占めている。近年はクレジットカードの悪用が増加しているほか、前払式支払手段、暗号資産、資金移動サービス等の悪用もみられる。
      4.  疑わしい取引の届出
        • 我が国全体のマネー・ローンダリング等対策への意識の向上等を背景として、増加傾向にある。令和6年の疑わしい取引の届出の警察庁に対する年間通知件数は約85万件となった。
    4.  取引形態、国・地域及び顧客属性の危険度
      1. 危険度の高い取引形態
        1. 非対面取引
          • 取引の相手方や本人確認書類を直接確認できないため、対面取引と比較して、本人確認書類の偽造や改ざん等を通じた本人特定事項の偽装等による架空名義又は他人名義の口座の開設等が容易となる。また、取引時確認手続の完了後に、契約者以外の第三者が取引を行うおそれもある。実際に、特殊詐欺やSNS型投資・ロマンス詐欺において、インターネットバンキングによる振り込みが被害金の交付手段の一つとなっているほか、偽造書類による口座の開設事例も確認されている。
        2. 現金取引
          • 匿名性が高いことに加え、捜査機関等による資金移転の追跡が困難となりやすく、マネー・ローンダリング等に悪用されやすい。キャッシュレス比率の上昇により現金の利用は減少傾向にあるが、依然として現金取引が悪用される事例がみられる。
        3. 外国との取引
          • 国内の取引と比較して捜査機関等による資金移転の追跡が困難となりやすく、近年では暗号資産を含む多様な手段で外国への資金移転が行われている。「匿名・流動型犯罪グループ」による外国への資金移転も確認されている。
      2.  危険度の高い国・地域
        • FATF声明を踏まえ、犯罪収益移転防止法及び犯収法施行令では、イラン及び北朝鮮を犯罪収益の移転防止に関する制度の整備が十分に行われていないと認められる国・地域として規定している。
        • また、ミャンマーとの取引は、犯収法規則における「犯罪収益移転危険度調査書の内容を勘案して犯罪による収益の移転の危険性の程度が高いと認められるもの」に該当する。
      3.  危険度の高い顧客属性
        1. 暴力団
          • 財産的利益の獲得を目的として、集団的又は常習的に犯罪を実行する、我が国における代表的な犯罪組織である。
        2. 非居住者・外国の重要な公的地位を有する者
          • 本人特定事項等を確認する顧客管理措置が制約的であり、顧客管理が困難である。
        3. 法人(実質的支配者が不透明な法人等)
          • 法人は、取引上の信頼性が高く、法人名義口座であれば多額の資金移動が可能であるといった特性がある。この特性を悪用し、実体のない法人の設立や休眠法人の買収等を通じて、法人名義口座を第三者が支配し、これを用いて、特殊詐欺やSNS型投資・ロマンス詐欺、オンラインカジノの運営等によって得た犯罪収益を隠匿・移転する事例がある。
    5. 商品・サービスの危険度
      • 特殊詐欺、SNS型投資・ロマンス詐欺、サイバー事案等に係る犯罪情勢、マネロンの主体や前提犯罪で悪用された商品・サービス、高リスクとされる非対面取引・現金取引・外国との取引といった取引形態、各業態の規模や各商品・サービスの脆弱性等を総合的に勘案すると、預金取扱金融機関が取り扱う商品・サービス、暗号資産、資金移動サービス及び電子決済手段は、他の業態よりも相対的に危険度が高い取引と認められる。
    6. 危険度の低い取引
      • 取引の危険度を低下させる要因には、資金の原資が明らかであること等が挙げられる。また、危険度の低い取引の種別には、金銭信託等における一定の取引等が挙げられる。
    7. テロ資金供与に関する危険度
      • 我が国におけるテロ資金供与リスクは他国と比較して相対的に低いと評価される。これまで国内において、国際連合安全保障理事会が指定するテロリストによるテロ行為は確認されていない。一方、国内で資金が収集され、国外に送金される可能性は排除できず、特に、イスラム過激派等との関係が疑われる者との取引は、テロ資金供与の危険度が高いと認められる。
▼概要版
  • 犯罪情勢等【トピック】オンラインカジノの実態、特徴等
    • 国内からオンラインカジノが利用されている実情や、オンラインカジノの仕組みを利用してマネー・ローンダリングが行われている実態あり。
    • 警察庁では、オンラインカジノの利用実態やサイトの情報を把握するため民間事業者に業務委託し、令和7年3月「オンラインカジノの実態把握のための調査研究の業務委託報告書」を公表
      1. 国内からの利用が確認されたオンラインカジノサイト
        • 調査対象のサイトは、外国で取得されたライセンスに基づき運営
        • キュラソー島でのライセンスが、対象40サイト中過半数を占める。
      2. オンラインカジノへの入金方法
        • 入金方法には多様な選択肢あり。クレジットカードや電子的な決済サービス等があり、入金が即時反映される点が特徴。暗号資産も広く採用されている。
      3. オンラインカジノに関連する収益構造の例
        • 決済代行・収納代行業者を自称する業者(常習賭博や組織的処罰法違反で検挙された事例もある)の口座を通じ、オンラインカジノサイト運営会社に資金が流れている。
      4. オンラインカジノをめぐる資金の流れのイメージ
        • 決済代行・収納代行業者を自称する業者の複数の法人名義口座を経由し、最終的に外国にある口座に資金が移転される例もある。
  • 匿名・流動型犯罪グループ
    • 現下の犯罪情勢や健全な経済活動に与えている影響等に鑑み、主体の記載順を見直し、「匿名・流動型犯罪グループ」を冒頭に配置。資金獲得犯罪に関する記載を更新
      1. 特徴
        • 中核部分の匿名化と犯罪実行者の流動化
        • 多様な資金獲得活動と犯罪収益の還流
        • 暴力団と何らかの関係を持つ場合があるところ、両者の間で結節点の役割を果たす者も存在する。
      2. 資金獲得犯罪
        • 匿名・流動型犯罪グループが様々な事案に関与し、多様な資金獲得活動を行う。
        • 組織的な強盗等
        • 特殊詐欺
        • SNS型投資・ロマンス詐欺
        • 組織的窃盗・盗品流通事犯
        • 悪質ホストクラブ事犯や風俗関係事犯
        • オンライン上で行われる賭博事犯
        • インターネットバンキングに係る不正送金事犯等
        • 悪質なリフォーム業者等による特定商取引等事犯
      3. マネー・ローンダリング事犯の手口
        • 匿名・流動型犯罪グループが特殊詐欺によって獲得した犯罪収益についてマネロンを行う場合、資金の流れのイメージは、下図(省略)のとおりである。
        • 資金は最終的に、首謀者等の中核的人物の下に至る。
        • 中核的人物が外国の拠点に所在している場合もみられる。
        • 外国送金、暗号資産、キャッシュ・クーリエ等の手段による犯罪収益の外国への移転の実態もあり。
  • 前提犯罪、マネロンに悪用された主な取引等
    1. 預貯金口座の悪用を助長する犯罪への対策
      • マネロン事犯では、架空・他人名義口座が主要な犯罪インフラとなっている。警察は、預貯金口座の悪用を助長する犯罪を積極的に取り締まっている。
      • 被疑者の国籍等は日本が最も多く、続いてベトナム、中国が多い。
      • 帰国する在留外国人から不正に譲渡された口座を悪用する手口あり。
      • 口座を譲渡する方法以外に、他人に口座情報を伝え、自分の口座に振り込まれた資金を指定された別の口座に振り込む手口もある。
      • 譲渡された口座数は検挙件数を大きく上回ることがうかがわれる。
      • 警察は、特殊詐欺等の被害を認知した場合、口座を管理する金融機関に口座凍結依頼を実施。この凍結口座に対し、虚偽内容の支払督促や公正証書を基に裁判所に債権差押えの申立てを行い、強制執行により資金を引き出した事案あり。債権差押えの申立を行った法人代表者らが詐欺及び公正証書原本不実記載・同行使の罪で起訴されている。
    2. マネロン事犯の前提犯罪別の検挙事件数
      • 詐欺と電子計算機使用詐欺で全体の約5割を占める。
      • 特殊詐欺等の発生が増加しており、同犯罪を前提犯罪とするマネー・ローンダリング事犯の検挙件数が増加
    3. マネー・ローンダリングに悪用された主な取引等
      • 預金取扱金融機関が取り扱う商品・サービス(内国為替取引・預金取引)が約6割
      • 現金取引の悪用事例としては、盗品等の犯罪収益を買取業者に売却して現金化する手段が多くを占める。
      • クレジットカードが悪用される手口の多くが不正利用に起因
  • 疑わしい取引の届出
    • 疑わしい取引の届出は、マネロン等対策への意識の向上や、特定事業者におけるモニタリング体制の高度化等を背景として増加傾向にある。
    • 宅地建物取引業者、宝石・貴金属等取扱業者、郵便物受取サービス業者といった非金融分野の特定事業者については、届出件数自体は増加しているものの、全体に占める割合は依然として低い。
    • 疑いを抱いた理由を具体的に記載し、取引明細等の資料が添付された届出は、分析・捜査の参考として有用。質の高い届出と考えられる。
    • 国家公安委員会・警察庁では、疑わしい取引に関する情報の集約、整理及び分析を行い、マネロン事犯等の捜査等に資すると判断されるものを都道府県警察とそれ以外の捜査機関等に対して提供
    • 捜査等において、疑わしい取引に関する情報が幅広く活用されている。
    • 疑わしい取引に関する情報は、マネロン事犯の捜査等に有効活用されている。都道府県警察が実際に疑わしい取引の届出を端緒として検挙した事件例(17事件)、その他の捜査機関等が疑わしい取引の届出を活用した事件例(5事件)について記載
      1. 詐欺事件
        • 届け出た業態 預金取扱金融機関、暗号資産交換業者
        • 対象口座 日本人名義口座及び同名義人の親族名義口座
        • 届出理由 預金取扱金融機関
        • 一定期間取引のない口座に、突如多数の法人や個人からの振り込みあり
          • 法人からの振り込みを含む多数回の振り込みがあり、その後多数の口座へインターネット送金又はATMから現金出金
          • 銀行アプリに従来と異なる外国語でのログイン情報あり、譲渡口座の機能確認と疑う操作
        • 届出理由 暗号資産交換業者
          • 他の金融機関から、対象口座が不正取引に利用されているとの報告あり
        • 捜査結果 口座名義人が第三者に利用させる目的で口座を開設し、複数の口座を当該第三者へ有償譲渡していたことが判明し、同名義人を検
      2. 賭博事件(オンラインカジノ)
        • 届け出た業態 預金取扱金融機関、暗号資産交換業者
        • 対象口座 日本人名義口座
        • 届出理由 預金取扱金融機関
          • IPアドレス及び取引相手の口座からオンラインカジノ利用者と判断
          • 銀行アプリに名義・住居が異なる他口座と同一のIPアドレスからの利用があり、口座の第三者利用の疑いあり
        • 届出理由 暗号資産交換業者
          • 短期間で頻繁に暗号資産の受領や現金入金があり、暗号資産を売買した上、登録口座への現金出金や外部の同一アドレスに宛てた暗号資産の移転を行っていた。受領した暗号資産の一部は、一度も売買することなく外部アドレス宛てに移転しており不自然
        • 捜査結果 口座名義人がオンラインカジノを通じた賭博を行っていた事実が判明し、同人を検挙
  • 非対面取引
    1. マネー・ローンダリング等に悪用される固有の危険性
      • インターネット等を通じた非対面取引が急速に拡大
      • 容貌、言動等を通じて本人の同一性等を確認することが困難
      • 取引時確認の精度は対面に比べ低下しやすい傾向
      • 非対面環境では、預貯金口座やアカウントが第三者に譲渡や貸与され、契約主体とは異なる者が取引を実行していたとしても、特定事業者は容易にはその事実を把握できない。
    2. 事業者の措置
      • 取引時確認の完了後、第三者による不正取引の可能性を踏まえた継続的なモニタリングを実施
      • (対応例)
        • ログイン時のIPアドレス、アクセス元所在地、ブラウザ言語、端末情報等の整合性の確認
        • 顧客の電話番号、メールアドレス等の登録情報の確認
        • 24時間365日の取引モニタリング
        • 登録済みの連絡先情報や振込限度額等の変更の検知
        • 異常なログイン頻度や不自然な資金移動等の兆候に着目した取引のモニタリング
    3. 法令上の措置
      • 非対面での本人特定事項の確認方法のうち、本人確認書類の偽変造等によるなりすまし等のリスクが高い方法を廃止 → 犯収法規則の一部改正 令和7年6月公布・令和9年4月施行予定
      • 対面においても偽変造された本人確認書類が悪用されている実態あり → 対面での本人特定事項の確認方法について、ICチップ及び写真付き
      • の本人確認書類の提示を受けるとともにICチップ情報を読み取る方法を原則とする犯収法規則の関係規定の改正を検討
  • 【トピック】IBを悪用した不正送金、特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺
    1. 特殊詐欺
      • 令和6年中、被害額が500万円以上の振込型(認知件数1,673件、被害額307.7億円)の調査
      • IB利用の割合:認知件数の約6割、被害額の約7割 認知件数・被害額共に増加傾向
      • 被害者が被害前にIB機能設定済みの口座利用が約7割
      • 被疑者の指示で被害者がIB口座の開設やIB機能を追加で設定するケース、被疑者が被害者名義で開設するケースがみられる。
    2. SNS型投資・ロマンス詐欺
      • 令和6年中、振込型(認知件数8,349件、被害額1,074.3億円)の調査
      • IB利用の割合:認知件数の約6割、被害額の約7割
    3. IBの利用限度額は非対面で変更可能
    4. 連日にわたる振り込みにより被害の高額化がみられる。
    5. 特定事業者のリスク低減措置】
      • IBの初期利用限度額を適切に設定
      • 利用申込みの際や利用限度額引上げ時の利用者への確認や注意喚起
  • 外国との取引
    1. マネロン等に悪用される固有の危険性
      • 外国との取引は、国内の取引に比べて、資金移転の追跡を困難とする性質を有する。
      • IT技術の発展によって決済手段や外国に資金を移転する方法は多様化
      • 銀行の外国為替取引に加え、資金移動業者を通じた外国送金・暗号資産等を用いた即時性の高い資金移転方法も利用されている。
    2. マネロンの手口
      • 国内外の金融機関等を悪用し(外国送金等)、送金目的や受取目的を偽る。
      • 正規の貿易(物品の輸出入等)を装う。
      • 実際に資金移動をすることなく、国内外への実質的な送金・支払を請け負う(地下銀行)。
      • キャッシュ・クーリエ(現金の輸送)
      • 暗号資産の移転を悪用
  • 【トピック】貿易を利用したマネロンの分析
    • 特殊詐欺の被害金が、被疑者らが管理する複数の銀行口座を経由した後、中古車販売業者に中古自動車の対価として入金されていた事例
    • 特徴
      • 高額な被害金が短時間に複数の銀行口座を経由し、中古自動車販売業者に振り込まれる。
      • 特殊詐欺の被害から同事業者への入金まで約30分で行われた事例がある。
      • 主に外国人名義の銀行口座が利用。特にベトナム国籍の割合が比較的高い。既に帰国した者の銀行口座が利用された事例もある。
      • 中古自動車販売業者への入金時、名義を別の外国人名・数字の羅列等に変更することも多くみられる。
  • 【トピック】東南アジアを拠点とする国際的な詐欺及びマネロンの脅威等について
    • UNODCが令和7年4月に公表した報告書を紹介
      • 東南アジアに存在する詐欺拠点が、人身取引や強制労働、暗号資産、地下銀行等を組み合わせた構造の下、400億米ドル規模に上る巨額のマネロン拠点として機能している実態を明らかにしている。
      • 東南アジアのオンライン犯罪産業が拡大するにつれ、拠点となる専用のビジネスパークが開発されている。
      • 特徴として機動性がある。法執行や紛争を含む外部要因によって、事業と労働者は国内または国境を越えて移動する。
  • 【トピック】法人を利用してマネロンを行う犯行グループに係る分析
    • 法人の悪用に係るマネロン事例では、以下のような例が確認されている。
      • 実体のない法人を新たに設立して法人名義の口座を取得し、短期間で資金の入出金を行う。
      • 休眠法人や法人口座を買い取って利用する。
      • 合法的な事業を営む法人の収益に犯罪収益を混在させる。
      • 決済代行・収納代行業者を通じて資金の移転を請け負う。
      • 還流していた資金には、特殊詐欺、SNS型投資・ロマンス詐欺、オンラインカジノの利用に関する犯罪収益あり
    • 法人の設立や口座の管理が実際には別人によって行われていることや、法人の活動内容や資金の流れが不明確であることがリスク要因となり得る
    • 近年、他の犯罪グループが実行した特殊詐欺等による犯罪収益のマネロンを請け負う犯罪グループの存在が明らかとなっている。これら犯罪グループが利用している法人、口座、取引の特徴等を分析している。
      1. 口座に係る分析結果
        • 1法人に対して複数の銀行で口座開設(指南役あり)
      2. 送金取引に係る分析結果
        • 犯罪収益が入金される口座(1次口座)の資金を、早期に別の口座(2次口座)に移転。更に複数の中継口座(3次口座)を経由し、最終的に外国送金を行う口座(4次口座)に移転させる。
        • 暗号資産交換業者の金融機関口座への送金やATMでの現金出金を行っているものもある。
        • RPAを活用し、送金処理を自動化する例もある。
        • 3,000万円未満の外国送金を繰り返す。
  • 危険度を高める要因 暗号資産交換業者が取り扱う暗号資産
    1. 暗号資産を悪用したマネロン
      • 被害者からだまし取った金銭を暗号資産に交換し、別ウォレットに移転させた上で現金化した事例(法人名義口座の悪用)
    2. 相対屋(あいたいや)を通じた暗号資産の現金化のイメージ
      • 相対屋:証券取引所等の市場を通さずに、売手と買手が当事者同士で価格や売買数量等を決めて行う取引を行う者
      • 犯罪収益である現金を暗号資産に交換して複数の暗号資産ウォレットを経由させた上、相対屋を通じて現金化した事例
  • 宅地建物取引業者が取り扱う不動産
    1. 宅地建物取引業者を利用したマネロン
      • 犯罪収益を原資として、親族・知人・第三者名義で宅地・建物を購入した事例
    2. 特殊詐欺の被害金が銀行口座を介して宅地建物取引業者に送金された事例
      • 特殊詐欺の被害金が、不正に開設された銀行口座を介して被害金が宅地建物取引業者に送金され、その後、不動産に換えられた疑いのある事例
  • 危険度の低減措置
    1. 預金取扱金融機関が取り扱う商品・サービス
      • 令和6年8月、預貯金口座の不正利用等防止に向け、業界団体等に対し各種対策を要請
      • 犯罪の手口が巧妙化・多様化し、インターネットバンキングの悪用ともあいまって、特殊詐欺等の詐取金が暗号資産交換業者や資金移動業者の金融機関口座宛に送金される事例が発生している状況に鑑み、令和7年9月に前回の要請の内容を含め、次のような対策を要請
        1. 口座開設時における不正防止及び実態把握の強化
        2. 利用者側のアクセス環境や取引の金額・頻度等の妥当性に着目した多層的な検知
        3. 不正の用途や犯行の手口に着目した検知シナリオ・敷居値の充実・精緻化
        4. 検知及びその後の顧客への確認、出金停止・凍結・解約等の措置の迅速化
        5. インターネットバンキングに係る対策の強化
          • 利用申込みの際の確認・注意喚起
          • 初期利用限度額の適切な設定
          • 利用開始後及び利用限度額引上げ時の確認・注意喚起
        6. 振込名義変更による暗号資産交換業者及び資金移動業者への送金停止等
        7. 不正等の端緒・実態の把握に資する金融機関間での情報共有
        8. 警察への情報提供・連携の強化
          • 警察庁は金融機関28行と「情報連携協定書」締結(令和7年9月末時点)
          • 44の都道府県警察が515の金融機関と連携
          • 令和6年6月に策定された「国民を詐欺から守るための総合対策」のうち「犯罪者のツールを奪うための対策」の一つとして、令和6年12月、金融機関を所管する関係省庁に対して、在留期間が満了した外国人名義の預貯金口座の悪用を防止するための以下の具体的措置が各金融機関において行われるよう、通知文書を発出
            1. 在留期間が満了した外国人名義の口座から現金出金や他口座への振り込みが行われる場合には、当該口座の名義人本人が口座を使用しているか、取引時確認を実施
            2. 在留期間満了日の翌日以降、上記の確認がなされるまでは、当該口座からの現金出金及び他口座への振り込みを制限
    2. 金融商品取引業者等及び商品先物取引業者が取り扱う有価証券の取次ぎ等
      1. オンライン証券口座への不正アクセスを受け、令和7年7月、金融業界全体に不正アクセス及び不正取引への対策強化を要請
    3. 資金移動業者が取り扱う資金移動サービス
      • 令和7年9月、金融機関に対し、振込名義変更による資金移動業者の金融機関口座宛ての送金停止等、対策の強化を要請
    4. 暗号資産交換業者が取り扱う暗号資産
      • 令和7年9月、金融機関に対し、振込名義変更による暗号資産交換業者の金融機関口座宛ての送金停止等、対策の強化を要請
  • テロ資金供与に関する危険度
    • テロ資金供与に関する危険度について、記載の明確化を図る観点から、独立した章として整理
    • 脅威:ISIL、AQ等のイスラム過激派をはじめとするテロ組織、テロ資金供与関係者等
    • 脆弱性:テロ資金の合法・非合法な出所及び供与手段
      1. テロ資金供与の特性
        1. 資金の出所の多様性と偽装性
          • テロ組織による支配地域内の取引等に対する課税等のほか、企業等による合法的な取引を装って得られる。
        2. 少額・断片的な取引形態による検知困難性
          • 事業者等が日常的に取り扱う多数の取引の中に紛れてしまう危険性がある。
        3. 送金先・経由地の特徴
          • 供与先としてイラク・シリア・ソマリア等が挙げられるほか、トルコ等の周辺国を経由する例がある。
        4. 暗号資産の利用
          • 暗号資産の寄付を呼び掛ける実態がある。
        5. SNS等の利用
          • SNS等の利用増加、寄附を呼び掛ける動画が用いられる。
        6. 伝統的な手法
          • ハワラのほか、現金を直接受け渡す
      2. 疑わしい取引の届出【届出にあたっての主な留意点】
        • 顧客の属性 資産凍結対象者の氏名、生年月日等と照合
        • 取引国・地域 取引先がテロ組織が活動する国等又は周辺国等か。
        • 取引形態 送金理由が寄附等であっても、活動実態が不透明な団体や個人を送金先としていないか。
      3. 危険度の評価
        • 我が国においては、テロ資金供与に関する法令上の措置等が整備されており、他国と比較してテロ資金供与リスクは相対的に低いと評価
        • 一方、以下の懸念が存在することを認識する必要あり
          • イスラム過激派等が外国人コミュニティに潜伏し悪用
          • 外国人戦闘員による資金調達
          • 紛争地域に渡航する者
          • 国内団体・企業等による合法的な取引の偽装
          • 特定事業者の監視を免れて商品・サービスを悪用
  • 【トピック】非営利団体のテロ資金供与への悪用リスク
    • 我が国の非営利団体に関する実態や制度的な対応について法人類型ごとに分析を行いリスク評価を実施
      • NPO法人、公益法人、社会福祉法人、医療法人、学校法人、宗教法人、その他の団体
    • 我が国においては、非営利団体がテロ資金供与に悪用されたとして摘発された事例は確認されておらず、外国で活動する非営利団体の割合も限定的であること等から、総合的に見て、現時点におけるテロ資金供与に関するリスクは低いと評価

その他、NRA本文から、筆者が個人的に気になったところをいくつか紹介します。

  • 近年、不法滞在外国人グループ等により、組織的な金属盗や自動車盗、大量万引きが実行され、盗品が外国へ不正に輸出されるなどの事案が発生しており、治安上の課題となっている。令和6年中におけるこれらの認知件数については、太陽光発電施設からの金属ケーブル窃盗が7,054件(前年比+1,693件、+31.6%)、自動車盗が6,080件(同+318件、+5.5%)、衣料品店やドラッグストアにおける大量万引きが981件(同-246件、-20.0%)となっている。検挙件数については、太陽光発電施設からの金属ケーブル窃盗が868件(前年比+552件、+174.7%)、自動車盗が2,683件(同+221件、+9.0%)、衣料品店やドラッグストアにおける大量万引きが281件(同-24件、-7.9%)となっている。
  • インターネットバンキングに係る不正送金事犯の状況
    • 令和6年におけるインターネットバンキングに係る不正送金事犯の発生件数は4,369件、被害額は86.9億円に上っており、その手口の約9割がフィッシングによるものと考えられる。令和6年のインターネットバンキングに係る不正送金事犯には、次のような特徴がみられた。
    • ボイスフィッシング(音声通話を利用したフィッシング)による法人名義口座の不正送金被害が急増
    • フィッシング以外の手口としては、マルウェア感染を契機とする事例、SIMスワップによって本人確認を突破する手口を確認
    • 被害額のうち、32.1億円が暗号資産交換業者への送金に利用
  • 令和5事務年度における金地金密輸による処分(検察官への告発又は税関長による通告処分)の件数は102件であり、前事務年度と比べて18%の減少となった。一方で、脱税額は約3億6,000万円に上り、前事務年度の約2.1倍に増加している。平成30年に金密輸に対する罰則が大幅に引き上げられて以降、金密輸による処分件数及び脱税額は共に減少傾向にあったが、金価格の上昇に加え、新型コロナウイルス感染症対策として実施されていた水際措置が終了し、訪日外国人旅客数が急増したこと等を背景として、令和4事務年度には再び増加傾向に転じている。さらに、令和5事務年度には脱税額が大幅に増加していることから、今後の動向についても注視が必要な状況にある。
  • 近年、外国で運営されるオンラインカジノサイトへの国内からのアクセス数の増加が指摘されている。国内の賭客が自宅や違法な賭博店等のパソコン等からオンラインカジノサイトにアクセスして賭博を行う状況がうかがわれ、実際、オンラインカジノを通じて行われるものをはじめとするオンライン上で行われる賭博事犯が検挙されている。
    • オンラインカジノをめぐっては、決済代行・収納代行業者を自称する業者の口座を通じ、賭客からオンラインカジノサイト運営会社に資金が流れており、また、アフィリエイターが報酬を得てオンラインカジノの広告・宣伝を行う収益構造がみられる。また、決済代行・収納代行業者を自称する業者の口座を通じた資金の流れについては、複数の法人名義口座を経由し、最終的に外国にある口座に資金が移転される例も認められる。
    • オンラインカジノは、運営する者、利用する者のほか、決済手段に関与する者、宣伝・誘引する者等、様々な形で関与する者が存在し、決済手段に関しても、クレジットカード決済、暗号資産、銀行送金等、様々な手段が用いられる。スマホ等からアクセスして賭博を行う「無店舗型」のオンラインカジノについては、アクセス数の大幅な増加及びこれに伴う依存症の問題が指摘されているほか、我が国の資産の外国への流出、マネロンへの悪用等が懸念されている。また、オンラインカジノに係る賭博事犯には、実質的な運営者として、又はその背後で、暴力団や匿名・流動型犯罪グループが関与しているケースもみられる。
  • 令和4年から令和6年までの来日外国人によるマネロン事犯の検挙状況を分析すると、以下が認められた。
    • 国籍等別では、中国及びベトナムが多く、特に中国が検挙件数全体の半数以上を占めていること
    • 前提犯罪別では、詐欺が最も多く、次いで窃盗、電子計算機使用詐欺の順となっており、取引等別では、内国為替取引が最も多く、次いでクレジットカードが多いこと
    • 来日外国人に使用された口座をみると、架空・他人名義口座が約7割を占めていること
    • 中国人の検挙事件数を前提犯罪別にみると、詐欺が41.2%と最も多く、次いで窃盗が37.4%、電子計算機使用詐欺が12.6%の順となっており、悪用された取引等別にみると、クレジットカードが23.6%と最も多く、次いで内国為替取引が11.8%と多いこと
    • ベトナム人の検挙事件数を前提犯罪別にみると、詐欺が36.4%と最も多く、次いで窃盗が20.3%、電子計算機使用詐欺が14.4%の順となっており、悪用された取引等別にみると、内国為替取引が39.7%と最も多く、次いでクレジットカードが11.1%と多いこと
  • 我が国の薬物事犯については、次の特徴が挙げられる。
    • 押収量及び密輸入押収量をみると、薬物の密輸・密売が依然として多額の犯罪収益を生み出している。
    • 令和6年中の覚せい剤の密輸入事犯の検挙件数は101件であり、前年から減少している。
    • 薬物事犯別営利犯検挙状況(図表41参照)をみると、営利目的の覚せい剤事犯における検挙人員のうち、暴力団構成員等の割合は約4割、外国人の割合は約2割であり、暴力団や外国人犯罪組織等の関与がうかがわれる。
    • 薬物の密輸・密売により得られた犯罪収益が、法制度や金融取引の仕組みが異なる国の間で移転されているおそれがある。
    • 令和6年中における麻薬特例法に基づく起訴前の没収保全命令の発出件数は27件であり、対象となった財産には、総額約2,391万円の金銭債権等のほか、外国通貨が含まれている。過去には、自動車、土地、建物等が対象となっており、犯罪収益が現金から他の資産形態へ変換される実態がみられた。
  • 令和4年から令和6年までの3年間に検挙されたマネロン事犯の事例及び疑わしい取引として届出が行われた情報を分析した結果は次のとおりである。
    • 内国為替取引が1,128件、預金取引が89件で、預金取扱金融機関が取り扱う商品・サービスがマネロンに悪用された取引等の約6割を占めている。
    • 迅速かつ確実な資金移動が可能な内国為替取引を通じて、架空・他人名義口座に犯罪収益を振り込ませる事例が大幅に増加している中、実体のない又は実態が不透明な法人名義の口座を悪用する事例も増加傾向にある。
    • 内国為替取引により口座に入金された犯罪収益が現金化されるほか、暗号資産に交換されるなどして、その後の追跡が困難になることが多い。
    • 現金取引の悪用事例については、盗品等の犯罪収益を買取業者に売却して現金化する手段が多くを占めている。
    • クレジットカードがマネロンに悪用された件数は、全体で3番目に多く、高い水準で推移している。クレジットカードがマネロンに悪用される手口の多くがなりすまし等によるクレジットカードの不正利用に起因したものである。
    • 前払式支払手段、暗号資産及び資金移動サービスの悪用も依然として確認されていることに加え、令和6年からは電子決済手段の悪用が確認されるなど、決済手段の多様化を受けて新たな商品・サービスが悪用される実態が認められる。
    • 架空の人物や他人へのなりすまし又は第三者利用の疑いのある取引に着目して届け出られた非対面取引に関する疑わしい取引の届出理由は、次のとおりである。
      • 名義人の異なる多数の口座が同一の端末(IPアドレス)から開設されており、なりすましによる口座開設の疑いがある。
      • 取引時確認の際に確認した本人確認書類の偽造が疑われる口座について、登録メールアドレスが過去に不審な取引をしていた個人と同じである。
      • 口座の開設直後に振込限度額を引き上げた上、ATMから複数回入金した後、証券会社口座に送金している。また、ATMに設置された防犯カメラにより撮影された画像を確認したところ、本人確認書類の顔写真とは異なる容貌の人物が操作しており、第三者利用が判明した。
      • 口座名義人は日本国籍であるにもかかわらず、取引アクセス時のブラウザの言語設定が外国語であり、IPアドレスのロケーションも届出住所とは異なる遠方を示しているなど、第三者利用の疑いがある。
      • 口座の開設以降、取引のない口座について、振込依頼人名を「数字+個人名」等に変更した当該口座への振込入金が多数あるほか、ATMを利用して現金出金や法人名義口座への振り込みを行っている。
      • 法人名義口座から個人名義口座に複数の振り込みがあった後、振込依頼人名を大手ECサイト名に変更して当該個人名義口座から資金移動業者へ送金しており、不自然な態様の取引である。
      • 資金移動サービスのアカウントにATMを利用して現金が入金された後、即座に遠方のATMで出金されており、第三者のアカウント利用の疑いがある。
  • 令和6年におけるインターネットバンキングに係る不正送金被害は、依然として高水準で推移している。インターネットバンキングに係る不正送金は、大きく分けて、(1)準備、(2)攻撃、(3)不正送金、(4)マネロンの4つの段階を踏んで行われる。関東管区警察局サイバー特別捜査部の分析によると、近年、各段階において手口の変化が見られ、被害件数増加の要因となっていると考えられている。
    1. 準備段階
      • 不正送金の受皿となる銀行口座や、暗号資産に換金するための暗号資産取引所のアカウントが、匿名性の高いメッセージアプリ等を介して不正に売買されており、入手が容易になっている。
    2. 攻撃段階
      • 令和元年頃からリアルタイム型フィッシング*2により二段階認証を突破する手口が横行している。
    3. 不正送金段階
      • 一般家庭のインターネット回線や、第三者のモバイル通信を踏み台として悪用することで、通信元の隠蔽(匿名化)に加え、利用者による一般家庭からの正規のログインを偽っている事案が多数確認されている。例えば、外国で放送されているTV番組やインターネット配信の動画を視聴するためのIoT機器がマルウェアに感染しており、踏み台として使われるケースも確認している。
    4. マネロン・現金化段階
      • いわゆる「出し子」がATMから現金を引き出すという従来の手口に代わり、暗号資産への換金によるマネロンが主流となっている。不正送金の受け皿となる銀行口座や、暗号資産に換金するためのアカウントを売買により入手し、犯罪収益を、ATMからの現金出金のほか、暗号資産への換金によってマネロンする手口がみられている。
  • 特殊詐欺及びSNS型投資ロマンス詐欺におけるインターネットバンキングの利用実態
    1. 特殊詐欺
      • 令和6年中の、被害額が500万円以上の振込型(認知件数1,673件、被害額307.7億円)について、調査を実施したところ、結果概要は以下のとおりであった。
      • インターネットバンキング利用の割合が認知件数の約6割、被害額の約7割を占める。
      • インターネットバンキング利用の認知件数・被害額共に増加傾向
      • 被害者が被害前にインターネットバンキング機能の設定を行った口座を利用したものが約7割に上る。
      • 被疑者の指示で被害者がインターネットバンキング口座を開設したり、インターネットバンキング機能を追加で設定したりするケースや、被疑者が被害者名義で同口座を開設するケースがみられる
    2. SNS型投資・ロマンス詐欺
      • 令和6年中、振込型(認知件数8,349件、被害額1,074.3億円)について、調査を実施したところ、インターネットバンキング利用の割合が認知件数の約6割、被害額の約7割を占めることが判明した。
      • 外国との取引が悪用された事例では、匿名・流動型犯罪グループや来日外国人犯罪グループ等の国内の犯行主体のみならず、国際犯罪組織の関与や外国の犯行拠点にいる首謀者の存在も認められている。手口としては、主に以下のものがみられる。
        1. 国内外の金融機関等を悪用し(外国送金等)、送金目的や受取目的を偽るもの
        2. 正規の貿易(物品の輸出入等)を装うもの
        3. 実際に資金移動をすることなく、国内外への実質的な送金・支払を請け負うもの(いわゆる地下銀行)
        4. キャッシュ・クーリエによるもの
        5. 暗号資産の移転を悪用するもの
          • 国内外の金融機関等を悪用し(外国送金等)、送金目的や受取目的を偽る手口のマネロン事犯では、以下において、正当な資金のように見せ掛け、真の資金の出所や資金の実態を隠匿しようとする実態がみられる。
            • 日本で行われた特殊詐欺やSNS型投資・ロマンス詐欺による詐取金、オンラインカジノに係る賭金等の犯罪収益の送金
            • 外国で行われたBEC等の犯罪収益の受取
          • また、以下のような特徴がある。
            • 1回当たりの送金額を抑えて分割して送金しているとみられること
            • 実態のない役務提供(コンサルティング契約料、広告料、ソフトウェア使用料等)を送金又は受取の目的としていること
            • 受取人と送金人で送金の理由が異なること
            • 送金を受けた額のほとんど全額を現金で引き出すこと
            • 送金元から後日組戻し依頼がなされること
  • 令和6年の疑わしい取引の通知件数の上位5か国についての主な届出理由は次のとおり。
    1. 中国
      • 届出の8割以上は、「経済合理性ない他国から多額送金」である。次いで、「経済合理性ない他国へ多額送金」、「虚偽情報提供海外送金」の順である。また、個人名義の口座からの送金が届出の9割以上を占めており、特に「経済合理性ない他国から多額送金」において多い。
    2. 香港
      • 届出の主な理由は届出件数が多い順に、「経済合理性ない他国から多額送金」、「経済合理性ない他国へ多額送金」、「虚偽情報提供海外送金」であり、「虚偽情報提供海外送金」においては法人名義の口座からの送金が届出の7割以上と多い。
    3. 米国
      • 届出の主な理由は届出件数が多い順に、「経済合理性ない他国から多額送金」、「経済合理性ない他国へ多額送金」、「虚偽情報提供海外送金」であった。
    4. ベトナム
      • 届出の主な理由は届出件数が多い順に、「経済合理性ない他国から多額送金」、「真の受益者説明・資料提出拒否」、「経済合理性ない他国へ多額送金」である。また、中国に次いで個人名義の口座の割合が高く、「真の受益者説明・資料提出拒否」においては、大半が個人名義の口座からの送金である。
    5. フィリピン
      • 届出の主な理由は届出件数が多い順に、「経済合理性ない他国から多額送金」、「虚偽情報提供海外送金」、「真の受益者説明・資料提出拒否」である。また、「真の受益者説明・資料提出拒否」においては、全て個人名義の口座からの送金である。
  • 【トピック】東南アジアを拠点とする国際的な詐欺及びマネロンの脅威等について
    • 国連薬物・犯罪事務所(UNODC)は、令和7年(2025年)4月に公表した報告書「Infection Point: Global
      • Implications of Scam Centres, Underground Banking and Illicit Online Marketplaces in Southeast Asia(分岐点:東南アジアに存在する詐欺センター、地下銀行及び違法オンラインマーケットプレイスがもたらす国際的影響)」で、東南アジアに存在する詐欺拠点が、人身取引や強制労働、暗号資産、地下銀行等を組み合わせた構造の下で、400億米ドル規模に上る巨額のマネロン拠点として機能している実態を明らかにしている。報告書では、以下のように指摘している。
      • 東南アジア等の経済特区では、独立・散在する詐欺集団に代わり、サイバー技術等を有する大規模な詐欺集団が勢力を拡大。詐欺拠点を工業団地やカジノ、ホテル等を装って活動している。
      • 各国政府の危機意識が高まる中、犯罪組織は脆弱性の高い近隣地域に活動地域を拡大させており、年間数百億ドルの利益を生み出す数百の大規模な詐欺事件が発生している。東アジアと東南アジアの国々は令和5年(2023年)中にサイバー関連詐欺により推定最大370億米ドルを失っており、世界的にはより大きな推定損失が報告されている。
      • 東南アジアのオンライン犯罪産業が拡大するにつれ、拠点となる専用のビジネスパークが開発されている。カンボジア、フィリピン、ラオス、ミャンマー及びタイの主要拠点については、近年法執行機関による対応も行われている。
      • 東南アジアのオンライン犯罪産業の特徴は、その機動性にある。法執行や紛争を含む外部要因によって、事業と労働者は国内で、又は国境を越えて移動する(報告書では、メコン地域で認知又は報告されている詐欺センターの所在地を掲載)。
      • 詐欺拠点の建設といった物理的なインフラ整備にとどまらず、オンラインギャンブルプラットフォームやソフトウェアサービス、テレグラムベースの暗号化されたプラットフォーム等の犯罪インフラの整備も確認されている。
      • 特に、カンボジアをルーツとする最近Haowangと改名されたHuione Guaranteeは、ユーザー数及び取引量において世界最大級の違法オンライン・マーケットプレイスとして台頭し、東南アジアにおけるサイバー詐欺を推進する重要なインフラとなっている。同プラットフォームとそのベンダーが使用する暗号資産ウォレットは、過去4年間で少なくとも240億米ドルを受け取っており、更に60億米ドルが主に違法なオンラインギャンブル関連のテレグラムボットを経由しており、マネー・ローンダリングに悪用されている可能性がある。
      • 日本は、東南アジア地域のサイバー関連詐欺とオンラインギャンブル産業の拡大から深い影響を受けており、両者の間で資金が不正に出入りしている。
      • 近年、世界中の法執行機関が、アジアのマネー・ローンダリング組織と、南米の麻薬カルテル、イタリア・アイルランドのマフィアといった世界中の犯罪集団との間で、協力関係、パートナーシップ及び相乗効果が拡大していると指摘している。ミラー取引、国際的なマネー・ミュール、いわゆるモーターケイドのネットワーク(組織的なマネー・ミュールのネットワーク)、カジノ・ジャンケット*5、オンラインギャンブルを利用したもの等、中国やその他のアジアの犯罪ネットワークによるマネロン手法の多様化が進んでいる。
  • 法人固有の特性
    1. 構造上の特性
      • 自然人は、その有する財産を法人の財産とすることで、他の自然人の協力を得なくとも財産の帰属主体を変更することが可能。
      • 法人は、一般に、その財産に対する権利・支配関係が複雑であり、会社であれば、株主、取締役、執行役、更には債権者が存在するなど、会社財産に対して複数の者がそれぞれ異なる立場で権利等を有する。
    2. 取引上の特性
      • 法人格を有することで取引における信頼性を享受し得る。
      • 事業の名目で多額の財産の移動を頻繁に行うことができる。
      • 個人と比べて取引停止による影響が大きい。
    3. 会社形態別の特性
      • 法人設立に際して必要となる定款の作成について、株式会社の場合には公証人による認証が必要であるが、持分会社の場合は不要である。
      • 株式会社設立に際しては、実質的支配者の確認が必要であるが、持分会社設立に際しては不要である。
      • 株式会社は、設立手続等が厳格であり、一般的な信用が高く、株式の譲渡がしやすい。
      • 持分会社は、設立手続等が総じて簡易であって、維持コストが安価である。
    4. その他
      • いわゆる「住所貸し」といわれる事業上の住所や設備、通信手段及び管理上の住所を提供するレンタルオフィス・バーチャルオフィス事業者が存在し、その中には郵便物受取サービス、電話受付代行、電話転送サービス等の附帯サービスを提供している事業者もある。
      • 外国法人や非居住者に対して低い税率で金融サービスを提供する、いわゆるオフショア金融センターと呼ばれる国・地域があり、それらの国・地域は、金融規制が緩く、様々な投資スキームが組成しやすいといわれている。
      • プライバシー保護を目的として法人の役員や株主を第三者名義で登記できるノミニー制度が採用されている国・地域もある。
    5. マネロン等対策上の脆弱性
      • 財産を法人へ流入させれば、法人特有の複雑な権利・支配関係の下に当該財産を置くことになり、その帰属主体が不明確になり、犯罪収益の追跡が困難となる。
      • 合法的な事業収益に犯罪収益等を混在させることで、違法な収益の出所を不透明にすることができる。
      • レンタルオフィス等のサービスを利用することにより、実際には占有していない場所の住所や電話番号を自己のものとして外部に表示することができるほか、法人登記を用い、事業の信用、業務規模等に関し架空の又は誇張された外観を作出することが可能となる。
      • オフショア金融センターとされる国・地域において、実体のない法人が設立され、当該法人が犯罪収益の隠匿等に悪用される危険性がある。
  • 法人を悪用したマネロン事犯の国内での検挙事例等をみると、次の実態がみられた。
    1. 悪用された法人の形態
      • 実体のない法人を新たに設立し、短期間で資金の受入れ・送金に利用する。
      • 第三者が所有する既存の法人を取得し、代表者名義のみを変更して使用する。
      • 登記上の代表者と実質的管理者が異なり、いわゆる「名義貸し」をしている。
      • 正規に事業を営む法人が、第三者の依頼により、犯罪収益の送金及び入金に協力する。
    2. 法人の登記の特徴
      • 登記されている資本金の額が数万円から数十万円と少額である法人が多く確認されたが、最近では資本金が比較的高額である法人も利用されている。
      • 所在地や役員の登記変更が頻繁である。
      • 登記された事業目的が多数にわたり、かつそれぞれの関連が低い。
      • 現物を伴わないサービス業等、資金の流れの正当性を外形的に説明しやすい内容へ事業目的が変更されている。
    3. 設立形態の傾向
      • 合同会社は、株式会社に比べて設立が簡易であり、短期間で悪用される傾向がある。中には設立から数か月以内に悪用されている法人もあった。
      • 最近では、新規に株式会社を設立した上で、当該法人の口座を悪用するケースも多数確認されている。
      • 新規法人を設立するに当たっては、同一の司法書士法人に複数の法人設立を依頼しているケースもある。
      • 法人設立そのものが犯罪収益の移転手段の一部として活用されており、法人名義口座はいわゆるトンネル口座として悪用されるケースもある。
  • 【トピック】法人を利用してマネロンを行う犯行グループに係る分析
    1. 法人に係る分析結果
      • 以下に挙げた悪用された法人の特徴については、飽くまで一部の犯罪グループを対象にした分析結果であり、こうした特徴を持つ法人の大部分は、健全な事業活動を行っている。そのため、これらの特徴を持つからという理由だけで全ての法人が疑わしいわけではないという点を踏まえ対策を講じていくことが重要である。
        • 法人格では、株式会社の悪用が多数を占めた。
        • 住所地では、大都市圏が多く、また、法人の住所地は、被疑者や法人代表者の居住地等の属性に関連しているものと認められる。
        • 法人の住所地の建物種別では、集合住宅が最も多く、次に戸建て住宅となっており、住宅と比較してビルやレンタルオフィスは少ない。
        • 新規に設立された法人では、資本金の額は、200万円から300万円が最も多い。資本金は法人設立のための見せ金であり、法人設立後引き出している状況も認められた。
        • 一方、新規設立ではなく、既存の法人を悪用しているとみられる事例では、資本金が数千万円となる例もあった。
        • 登記簿上の目的欄の筆頭に、IT関連の内容(インターネットを用いた広告・宣伝・コンテンツの企画・設計・開発、ウェブサイトの制作等、アプリ・ソフトウェア等のシステム開発、RPA*1等)を記載している法人が最も多かった。そのほか、会社・経理の処理代行といった事務代行に関わるもの、知的財産権の保有・利用許諾及び管理といった知的財産権の保有に関わるもの、営業・マーケティング業務の代行や広告代理業といった営業やその代行に関わるもの、コンサルティング業務に関わるもの、建設業、清掃業、各種サービスの決済代行・収納代行といったものが認められた。
        • 業務目的数は、4から6個の記載があるものが多数を占めた。
        • 役員数は、1人(代表取締役と取締役を兼ねる者)である法人が最も多い。
        • 同一の代表者が複数の法人の代表となっているケースや、同一の住所地で法人が設立されているケースは少数であった。
    2. 口座開設の謝絶理由例
      • 本分析対象の犯罪グループは、1法人に対し複数の銀行での口座開設を行っていたが、銀行によっては口座開設を謝絶している実態も確認された。本分析により判明した口座開設の謝絶理由例は次のとおりである。
      • 法人設立後日が浅く、事業実態が不明。他行で法人名義の口座開設済みであり、口座開設の必要性が乏しい。
      • 法人設立後日が浅く、会社所在地がバーチャルオフィスに該当。申告のあった事業目的に不自然な点がある。
      • 法人設立後日が浅く、当該法人のウェブサイトが簡素な作りで、事業実態を十分に把握することができない。
      • 事業内容がイベント等の運営で、ウェブサイトに掲載されているが、法人設立後間がなく実績等が不明であることに加え、会社所在地と代表者の住所が同一オフィスビル内であることから、不審である。
      • 事業内容は防水工事であるが、アパートの1室が本社であり、資材置場がある様子が無い。
    3. 送金取引に係る分析結果
      • 犯罪収益のマネロンを請け負う犯罪グループにおいては、犯罪収益が入金される口座(1次口座)の資金を、早期に別の口座(2次口座)に移転させた後、更に複数の中継口座(3次口座)を経由し、最終的に外国送金を行う口座(4次口座)に移転させるといった特徴もみられた。また、その過程において、暗号資産交換業者の金融機関口座への送金やATMでの現金出金を行っているものもみられた。
    4. 1次口座に係る取引の中でみられた主な特徴
      • 「数字のみ」や「数字+個人名」から多数の振込入金(オンラインカジノの利用が疑われるもの)。
      • 振り込まれた資金が一定金額に達すると、ほとんど全額を同一法人名義の別金融機関の口座へ送金。
      • 1日に数回の送金を実施。
      • オンラインカジノの賭金とみられる振り込みのほか、詐欺事件等の犯罪収益とみられる振り込みも認められる。
      • RPAを活用して、送金処理を自動化する例もある。
    5. 2次口座に係る取引の中でみられた主な特徴
      • 同一法人名義の別金融機関口座からの多数回の振込入金。
      • 多数回の振り込みを合算して別法人名義の別金融機関口座に送金。
      • 送金金額は、多くがラウンド数字ではなく、一桁代まで数字が付された金額
      • RPAを活用して、送金処理を自動化する例もある。
    6. 3次口座に係る取引の中でみられた主な特徴
      • 特定の法人名義口座から数百万円の振込入金後、即日、別法人名義の別金融機関口座へ同額を送金
      • 特定の法人名義口座からの高額(数千万円)振込入金後、数千万円から数億円のまとまった金額を別法人名義口座に振り込み。
      • 外国送金用口座に送金する場合、別法人名義の別金融機関口座に3,000万円未満の送金。
      • 送金金額は、多くがラウンド数字ではなく、一桁代まで数字が付された金額
    7. 暗号資産口座に係る取引の中でみられた主な特徴
      • 特定の法人名義口座からの数百万から数千万円の振込入金後、都度全額を暗号資産交換業者の金融機関口座へ送金。
    8. 外国送金
      • 主な取引目的:デジタルコンテンツ利用料、ウェブサイト管理費用、システムサービス関連費用、広告マーケティング料、市場調査費用、弁護士費用等の役務の提供に関するもの。
      • 主な取引相手先(国・地域):フィリピン、シンガポール、台湾、イギリス、ドイツ及び香港。
      • 取引の主な特徴(取引金額・頻度等)
        • 3,000万円未満の送金を繰り返す。
        • 原資は特定の法人名義口座からの振込入金であり、入金後、当日中又は3日程度以内に同額を外国送金。
        • 頻度は1日に1回、月に多くても10回程度で、同日中の複数回の送金はなし。
  • FATFでは、いわゆるステーブルコインのマネロン等上の脆弱性について、次のとおり指摘している。
    • 匿名性が高いこと、国境を越えて取引を行うことができること、瞬時に移転が可能で追跡が困難になること等、暗号資産と同様のマネー・ローンダリング等に悪用される脆弱性を有している。
    • 前記の脆弱性は、当該サービスが流通すればするほど高まるおそれがある。既存の暗号資産よりも価値が安定しているため、今後、社会の決済手段として広く流通する可能性がある。
    • 特にアンホステッド・ウォレットを利用したいわゆるP2P取引が容易に行われる場合、重大な脆弱性が生じる可能性がある。
    • 危険度を低減させるためには、その発行者や取引の仲介者は、金融機関や暗号資産交換業者と同様のマネロン等対策上の義務を負う必要がある。
    • 直ちに世界規模で利用可能となり、複数の国の法域にまたがって流通するため、マネロンリスクに適切に対処するためには、国際協力が不可欠である。
  • 暗号資産がマネロンに悪用された主な事例は、次のとおりである。
    • FX取引の勧誘でだまし取った資金の運用を装うために、無登録の暗号資産交換業者を通じて暗号資産を購入し、被疑者が管理する暗号資産ウォレットに移転させた後、金融機関口座を経由して現金化した。
    • 電子計算機使用詐欺によって得た暗号資産を、匿名での開設が可能な外国の暗号資産交換業者の暗号資産ウォレットに移転させた。
    • 暗号資産の取引を業とする法人の従業員に、当該法人名義の口座に振り込まれた詐欺等による犯罪収益で暗号資産を購入させ、自己の管理する暗号資産ウォレットに移転させた後、ほとんど同額の暗号資産を当該法人アカウントの暗号資産ウォレットに移転し、金融機関口座を経由して現金化させた。
    • 詐欺により得た犯罪収益で暗号資産を購入して複数の暗号資産ウォレットを経由させた後、同暗号資産を売却して現金化し、被疑者が管理する法人名義口座に入金させ、更に被疑者名義の口座に送金して払い戻し、現金を犯人グループに交付した。
    • 詐欺により得た犯罪収益を、被疑者が管理する暗号資産交換業者の金融機関口座に送金し、換金及び送金の自動化プログラムを用いて暗号資産に交換した上で、複数の暗号資産ウォレットを経由して被疑者が管理する暗号資産ウォレットに移転させた。
  • FATFや、エグモント・グループ等による指摘・分析結果を踏まえた、テロ資金供与の特性は、次のとおりである。
    1. 資金の出所の多様性と偽装性
      • テロ資金は、テロ組織によるその支配地域内の取引等に対する課税、薬物密売、詐欺、身代金目的誘拐等の犯罪行為又は外国人戦闘員に対する家族等からの金銭的支援により得られるほか、団体、企業等による合法的な取引を装って得られること
    2. 少額・断片的な取引形態による検知困難性
      • テロ資金供与に関係する取引は、テロ組織の支配地域内に所在する金融機関への国際送金等により行われることもあるが、マネー・ローンダリングに関係する取引よりも少額であり得るため、事業者等が日常的に取り扱う多数の取引の中に紛れてしまう危険性があること。
    3. 送金先・経由地の特徴
      • テロ資金の供与先として、イラク、シリア、ソマリア等が挙げられるほか、それらの国へ直接送金せずに、トルコ等の周辺国を経由する例があること。
    4. 暗号資産の利用
      • ISIL-Kは、関連メディアである「ホラサンの声(Voice of Khurasan)」において、暗号資産の一種であるモネロによる資金提供を呼び掛け、実際に数万米ドル単位の資金を調達しており、資金調達の手段が従来の身代金目的誘拐等の犯罪行為から暗号資産を利用したISIL-K支援者からの寄附へと移行していること。
    5. SNS等の利用
      • テロ資金調達等において、SNS、クラウドファンディング及びモバイルアプリの利用が増加しており、併せて過激主義を助長したり、寄附を呼び掛けたりする動画が用いられること。
    6. 伝統的な手法
      • ISILは、ハワラのほか、現金を直接受け渡すといった伝統的な手法を広く利用し続けているとされ、移転の経路として各地の金融ハブを利用している
      • 我が国においては、以下のような特性を有する非営利団体について、テロ資金供与に悪用される危険度が相対的に高まると考えられる。
        • テロ行為が行われている地域やその周辺で活動している非営利団体
        • 相当量の資金を取り扱い、外国への送金や現地での現金取扱いを行っている非営利団体
      • 休眠状態にあるなど、法人としての実体が不明確な非営利団体これら団体が関与する金融取引については、我が国が国際金融市場の一翼を担っていることを踏まえ、国際機関による指摘等についても考慮する必要がある
      • 一方で、我が国においては、非営利団体がテロ資金供与に悪用されたとして摘発された事例は確認されておらず、また、外国で活動する非営利団体の割合も限定的であること等から、総合的に見て、現時点におけるテロ資金供与に関するリスクは低いと評価される。
      • ただし、近年、国際的に非営利団体を悪用したテロ資金供与リスクに対する懸念が高まりつつあることから、我が国においても引き続き非営利団体に関するリスク評価の適切な見直しを行い、所轄庁等においては、危険度に応じたモニタリングの実施が求められる。あわせて、危険度の高い地域で活動する非営利団体については、その活動の健全性が確保されるよう、テロ資金供与に係る危険度とその対策に関するアウトリーチを継続的に実施することが重要であると考えられる

マネロンをはじめ金融犯罪対策において、法人の実態を深く知ること、実質的支配者を正しく把握することが極めて重要あることは論を俟ちません。法人口座を悪用した詐欺や犯罪収益のマネロンが繰り返されている状況にあって、主導役は登記簿には載らず姿は見えにくい実態があります。2025年11月28日付日本経済新聞の記事「登記簿に載らない「支配者」 野放しの法人口座、マネロン跋扈を許す」では、「甘いルールが、企業という殻に隠れた「ヤドカリ型」犯罪の跋扈を許している」と指摘しています。国内には少なくとも約360万の会社があり、1法人が開設できる銀行口座の数に原則上限はなく、法人口座数はその何倍にもなります。近年広がるのが、トクリュウらによるマネロンへの悪用です。詐欺の被害金をマネロンしたとして大阪府警が2024年に摘発した「リバトングループ」は事業実態のないペーパーカンパニーを約500社設立し、約4千の法人口座を作り、詐欺の被害金約700億円のマネロンを請け負っていたとみられています。国家公安委員会の分析によれば、犯罪に悪用されるのは大都市圏にある法人が多く、資本金200万~300万円の新設企業が目立ち、役員は代表取締役1人のみのケースが最も多いといいます。口座を使われた金融機関は不審な出入金を自動で検知する「アンチマネロンシステム」のアラートに対応、不正の疑いが強まれば口座を凍結し、警察などへ情報提供を行いますが、凍結の是非は最終的には人の目で判断するものの、法人口座の見極めには特有の難しさがあります。個人口座であれば顧客の職業や年齢を踏まえ、日常の取引とは異なる資金移動を網にかけやすい一方、法人口座は商品の売買や社員の給与支払いなど様々な出入金があり、正当な事業活動と犯罪収益の移動との区別がつきにくく、さらに「法人の代表者=法人の支配者」ではないという側面が、企業の実態をより分かりづらくしています。法人登記簿を見れば代表取締役らは判明しますが、犯罪に悪用された法人は、その背後にいる大株主や指示役が実質的な支配者となっていたケースが少なくなく、警察幹部は「会社を操る勢力が見えにくい状況が監視や捜査の壁になっている」と述べています(リバトングループの法人は闇バイトで代表を募集し、自ら会社を設立し、銀行口座開設の手続きまで行う手口であり、正に実質的支配者が表面的にはまったく見えない点が巧妙だったといえます)。FATFの第4次対日相互審査(2021年)では、「法人について正確かつ最新の実質的支配者情報は一様に得られていない」と指摘され、「重点フォローアップ国」(実質的には不合格)となった経緯があります。国際テロ組織の脅威に強くさらされている各国は対策で先行しており、英国は実質的支配者名簿の作成と政府機関への登録を会社法で義務化しており、ドイツも支配者情報について政府が指定する機関に通知するようマネロン法で義務付けています。日本も2022年、議決権ベースで50%超の株式を保有する株主らのリストを商業登記所に任意で届け出る仕組みを設けましたが、欧米と比べ危機感や実効性は弱く、負担増を敬遠する向きもあり、2024年末時点で提出されたリストは約1万7千件にとどまっています。一方、リストの作成・提出は透明性の証明に向けた企業側のメリットもあり、政府の規制改革推進会議は2023年7月、支配者を巡る情報を一元的に把握できるようにする制度整備が必要と提言しています。FATFは勧告で、実質的支配者を巡る情報提供を法人に義務化するよう日本側に求めており、関係省庁は対応を検討しています。国民の金融資産が狙われる状況に歯止めはかかっていない状況の中、FATFによれば、支配者情報を巡る制度を整備した国では法人の犯罪利用を抑止する効果がみられたといいます。専門家が「支配者リスト提出の義務化や、捜査機関が必要に応じて迅速にアクセスできる体制の構築は有用な対策になる」と指摘しているとおり、日本も実効性ある仕組みを構築、運用すべきフェーズにあると感じます

2013年に「餃子の王将」を展開する王将フードサービスの社長だった大東隆行さん(当時72歳)を射殺したとして、殺人罪などに問われた工藤會傘下組織組幹部、田中幸雄被告(59)の初公判が京都地裁で始まり、田中被告は無罪を主張しています。起訴状では、田中被告は氏名不詳者らと共謀し、2013年12月19日早朝、京都市山科区の王将本社前の駐車場で、拳銃を発射し、大東さんを殺害したとしています。田中被告は罪状認否で「私は決して犯人ではありません。決してが付きます。任侠道を志す者として、ぬれぎぬの一つや二つは甘んじて受け入れます。しかし、センセーショナルな事件までぬれぎぬを着せられるのは承服できるものではありません」と訴えました。検察側の冒頭陳述では、事件現場近くで見つかったたばこの吸い殻から検出されたDNA型が被告と一致したことなどを説明しました。ただ、被告が殺害したことを示す直接証拠はなく、検察側は今後、30人超の証人尋問を行い、有罪を立証していく方針です。一方、弁護側は冒頭陳述で「(検察側の証拠は)いずれも決め手ではない」と反論、事件当日、被告が福岡県にいた可能性があることを証人で立証すると主張しています。殺人罪は裁判員裁判の対象ですが、裁判員の安全への配慮から今回は裁判官のみで審理され、公判は全12回で、判決は2026年10月16日に言い渡される見通しです。

検察側は冒頭陳述で、被告は事件当日、王将本社の別館東側の通路でたばこ2本を吸いながら待ち伏せし、出勤した大東さんに至近距離から4発発砲した後にバイクのカブで逃走したと主張しています。現場近くで押収された吸い殻2本に付着していた唾液のDNA型が被告と完全一致(吸い殻は水にぬれ、発見場所は王将従業員が日常的に清掃している場所でした。当時の降雨の状況と合致し、検察側は事件当日、被告が現場で大東さんを待ち伏せていたことを裏付ける証拠と位置付けています)、カブは現場から1.4キロ離れたマンション駐輪場付近で発見され、ハンドルからは、銃撃した際に残る「射撃残渣」が検出され、現場付近のタイヤ痕とも一致したと指摘しています。駐輪場近くからはミニバイクも発見されており、2台は事件の約2か月前に京都府内で盗まれたものでした。ミニバイクが盗まれた現場周辺の防犯カメラには、被告が幼なじみから借りていた軽乗用車が映っていたといいます(被告と幼なじみの間には金銭のやりとりがあったと指摘されています)。さらに検察側は、2014年6月に「逃走車両か バイク押収」などと報道されると、被告は自分の携帯電話のメモに「警戒を解いてはならない。だからといって怯えすぎないこと。息を潜めて行動しろ。深海魚のように人知れず泳ぎ回れ」などとメモが残っていたことも明らかにしました。さらに、2016年6月に「福岡ナンバーの軽自動車を京都府警が押収」と報道されると、被告は幼なじみに警察が訪ねてきたかを確認、被告は事件当時、工藤會傘下組織に所属し、組長に次ぐ立場で毎日のように福岡の組事務所に出入りしていましが。2013年12月17~19日、組員に「旅行に行く」「電話も出られない」と連絡、事件前日の12月18日には、被害者の自宅前の防犯カメラで、フルフェースをかぶり傘を差した人物が立ち去る姿が確認されており、この人物の身長と体格は被告と似ているといいます。さらに、翌2014年の1月14日より前の時期には、知人からの電話に「いま京都にいる、忙しい」と言い、電話を切ったとされます。ただ、被告が大東さんを殺害した動機や、暴力団の組織的関与については言及がありませんでした。また、襲撃に用いられた自動式拳銃は今に至るまで見つかっておらず、犯行現場の目撃証言やカメラ映像、強力な間接証拠(凶器に付着した指紋など)もありませんでした。

一方、弁護側は、「被告は犯人ではない。事件当日は福岡にいた可能性がある。可能性がある、というのは、当日が被告にとって特別な日ではないからだ。冤罪が生まれる大きな原因の一つとして、被告とされたものにとって事件当日が特別な日ではないため、確実なアリバイを主張できないことがある。これは最大の困難であり、不幸だ。もう一つは、被告が捜査機関から見て目立つ人物、排除すべき人物である場合だ。弁護人も、被告が捜査機関から見てそのような人物であることは否定しない。しかし、犯人ではない。弁護人は、証人によって被告が事件当日に福岡にいた可能性を立証する」、「世間の耳目を集める本件の審理について、弁護人が追及するのは検察官の公正さであり、裁判所の公平さだ。同じ立証テーマについて、後から出てくる証人の証言が詳しくなるなど、不意打ち的な立証がなされるようなことが仮にあれば、これを許さない。適正手続きの貫徹を求める」、「検察官の科学的立証が本来の意味での科学的立証となっているか」と疑問視し、「『ジャンクサイエンス』を徹底的に排除していく」などと主張、全面的に争う姿勢を示しています。

状況証拠による有罪立証を巡っては、2010年の最高裁判決が「被告が犯人でなければ合理的に説明ができない事実関係が含まれていることが必要」との基準を示した。今回の事件も、被告が殺害したことを直接示す証拠はなく、検察が状況証拠でどの程度立証できるかが焦点となります。大東さんと田中被告の接点は確認されておらず、京都府警は、田中被告が何者かに指示を受けた組織的犯行とみています。本コラムでも以前取り上げましたが、王将フードサービスの第三者委員会は2016年3月、反社会的勢力との関係を調査した報告書を公表、反社会的勢力との関係は確認されなかった一方、同社が05年頃までの10年間に特定の企業グループ側と不適切な取引を繰り返し、約170億円が回収不能になったと指摘しています。大東さんは取引の解消に取り組んでいたといいます。この不適切取引を巡る不良債権処理では、大東さんが「俺じゃなきゃできない」と清算に奔走、調査報告書が完成した約1カ月後に射殺されました(被告と面識はないが、事件の数カ月前から周囲に「殺されるかも」「ヤクザが……」という発言をしていたといいます。また、公判ではありませんが、京都新聞で社員が取材に対し、「他の店長も同席した直前の会議では「矢でも鉄砲でも持って来い。俺は怖くないんや」と、意図を測りかねる言葉を口にしていた。「何かあったんですか」。退室間際、理由を尋ねた。「『殺したるぞ』って電話で脅されてるんや」大東さんは吐き出すようにこう口にし、その後は言葉を続けなかった」と話しています)

筆者としては、被告が「現場にいた」ことはおそらく事実である一方で、被告が発砲に何らかのかかわりがあるとしても、大東さんに向けて発砲したことを立証するには弱く、無罪の可能性も否定できないとの印象を持ちました。そして何より、動機や指示役に関する説明が十分でなく、不適切取引解消と事件の関係性などもまだわかっていません。以前の本コラム(暴排トピックス2025年11月号)において、筆者は、「本件や逮捕に至った経緯、不適切な取引に関する状況、暴力団との接点などについて、さまざまな報道がなされる中、事件の真相解明は緒に就いたばかりです。「事実は小説よりも奇なり」、「事実は1つだが、真実は人の数だけある」とは危機管理を行ううえで重要な心構えです。2016年に公表された第三者委員会報告書は、反社会的勢力との関係は確認されなかったとした一方、「経緯や経済合理性は明らかではない」260憶円もの取引(うち176憶円が未回収)の不透明さが問題視されました。現時点においては、報告書が示唆する不適切取引の当事者を黒幕とする流れにありますが、当事者の主張や別の側面からの情報はそれを否定するものとなっています。両者は自らの立場から見える(見せたい)「真実」を「事実」であるが如く語っているに過ぎず、「事実」は意外な姿を見せることもあることを念頭に置く必要があります。今後、「事実」に辿りつく道のりを私たちは見守ることになります。今回の逮捕は真相解明に向けた序章に過ぎません」と指摘しました。残念ながら、第1回公判からは真相解明に向けた新たな「事実」はあるものの、まだまだ緒に就いたばかりとの印象は変わりません。

前回の本コラム(暴排トピックス2025年11月号)で取り上げた、反社会的勢力に資金提供していたとして金融庁から業務改善命令を受けたいわき信用組合の問題では、2004年以降で計10億円前後が提供され、さらに反社会的勢力の関係者らに対し、少なくとも10件で計約31億円の融資が実行されたことが認められています。問題を受けて、同信組は金融庁に業務改善計画を提出しています。「反社会的勢力遮断への取り組みプラン」を具体策として示し、今後、一連の不正に関わった旧経営陣に加え反社会的勢力にも法的責任を追及するとしています。プランでは、まず2025年11月中から反社会的勢力に対する金融機関の債権を預金保険機構が買い取る「特定回収困難債権買取制度」を活用し、融資取引の解消に取り組むとし、12月末までに旧経営陣に対し民事訴訟を起こすほか、刑事告訴の準備も進めるとしています。また、2026年1月には役員らへの指導のため警察OBを採用するとしています。いわき信組は10月末に金融庁が出した業務の一部停止命令と業務改善命令を受け、6月に提出した計画を見直してきました。命令により新規顧客への融資業務を停止する11月17日~12月16日に全役職員を対象に研修を実施することなどを加えています。外部の法律事務所を窓口とした通報制度を設ける方針も盛り込まれました。第三者委員会と特別調査委員会による調査でも明らかにならなかった不正の経緯について、内部調査を続けるとしました。また、現職の常勤理事が反社会的勢力への融資に関わっていたため、辞任したことも明らかにしています。旧経営陣の指示のもと職員時代に関与があったといい、理事長は、常勤理事が辞任しなければ「世間に加え内部に対しても示しがつかない」と話しています。なお、別の常勤理事は不正融資に携わっていたとして懲戒処分としています。一方、金融庁は同信組への刑事告発に踏み切る方針です。金融庁が金融機関を刑事告発するのは極めて異例で、信組や信用金庫などの協同組織金融機関のガバナンス(企業統治)をどう働かせるかは業界全体の課題で、再発防止も焦点となります。早ければ2025年中にも東北財務局が同信組の元役員らの刑事告発に踏み切る方向で調整しているといいます。当局による立ち入り検査で虚偽の内容を答えたことなどが「協同組合による金融事業に関する法律」に違反する虚偽答弁・虚偽報告にあたるとみています。ただ、虚偽答弁や虚偽報告にあたるかどうかは、答弁などの内容が事実と異なっていたかどうかに加えて、悪質性の有無が判断基準になるといいます。金融庁では20年に及ぶ不正融資や反社会的勢力との関係は「過去に例を見ないほど悪質」(幹部)だという見方が強く、立ち入り検査や報告徴求命令への回答で当局をだましたり、嘘をつこうという意思があったりしたかを慎重に見極めた上で判断するとしています。一方、ガバナンス不全の問題については、信金・信組の場合理事長の在任期間が長くなりがちで業界全体の課題と認識されています。金融庁によれば、2025年7月時点で理事長の在任期間が10年以上なのは信金が38、信組が24、20年以上も10信金、4信組あるほか、預金総額が50億円以上などの一定規模以上の信金・信組は、組合員以外の外部から選ぶ「員外監事」を1人以上置く必要があるところ、2人以上の員外監事を選任しているのは理事長在任期間が10年以上の信金・信組で2割にとどまっています。いわき信組の不正には「長期にわたり理事長・会長を務めてきた前会長が組合内で絶対的な存在となっていた」(東北財務局)という背景がありました。さらに、「不正がもし起きてしまってもそれを把握し、改善を図るしくみや企業風土」(金融庁)も重要と認識され、内部通報制度が整備され、機能しているかどうかなどもモニタリングで確認していく方針としています。「地域経済にとって重要な金融機関」であることに鑑み、いわき信組の再出発だけでなく、業界を挙げた信頼回復も急務だといえます。

関連して、金融庁は公的資金を注入した金融機関の経営体制への監視を強化するとしています。不祥事が発覚した場合、再建計画の変更を金融庁が命令できるようにするほか、信用金庫や信用組合の外部から経営を監査する役員も1人以上置くよう義務付けるものです。公的資金注入を受けながら悪質な経営体質が発覚したいわき信用組合の事案を踏まえ、不正の早期発見と是正につながる体制をつくる狙いがあります。2025年中に金融庁が策定する「地域金融力強化プラン」で、資本参加先の金融機関の適切な経営管理を柱のひとつにするといいます。いわき信組は東日本大震災の影響で業績が低迷したため、2012年に175億円の公的資金を受けました。しかし、資金注入の前から不正融資を繰り返し、不正の口止めなどの名目で反社会的勢力に流用資金の一部計約10億円を支払っていたことが明らかになりました。新たな規制では、信金・信組も金融機能強化審査会の審査を受けることを義務化し、経営体制のチェックを強化、公的資金を受けた場合は、経営を監視する「員外監事」の独立性を担保するよう求めるとしています。員外監事はこれまで取引先の社員や顧問弁護士が就くケースがみられ、独立性が疑問視されていましたが、今後は地方銀行の行員や信金・信組の経営と関わりのない弁護士など独立性が認められる人物を員外監事に充てるよう求め、独立性が担保されていないと判断されれば、行政処分の対象にすることも検討するといいます。

六代目山口組二次団体「山健組」の中田浩司組長と、関東の最大勢力である住吉会のNo.2である小坂聡会長代行が盃を交わすという情報を巡り、やや混乱が見られました。注目は大きかったものの、この大々的な盃事が突如中止になったといいます。関係者の話を総合すると、「盃を交わす予定だった六代目山口組の二次団体である山健組のトップ・中田浩司組長と、住吉会のナンバー2で次の会長と目される小坂聡会長代行では、組織同士の格が対等ではなく、中田組長は、六代目山口組の序列でいえば司組長から数えて序列が8位程度で、そんな中田組長と住吉会のナンバー2が『5分の盃』となれば、組織全体で見た時に六代目山口組の方が『格上』ということになる。六代目山口組内部で見れば、山健組の発言力が増すことになる。なぜなら東京の巨大組織・住吉会と強い結びつきを持つため。そうなると、現時点の最大派閥の弘道会とのパワーバランスが変わる可能性を秘めている。弘道会はこの盃事を警戒していた可能性もある。また、いくら当事者同士の仲が良かったとしても、外部から見れば住吉会が下に見られる形になる盃事が、建前を重んじる暴力団にとって気持ちが良い話ではない。住吉会と盃を交わせば住吉会内部で血の気の多い人間が『オレ達は山口組より下なんかじゃない』と騒ぐ可能性もある。六代目山口組内部でも弘道会と山健組の内部抗争が激しくなる可能性もある。暴力団組織は傘下に多くの組織を抱えていて、大なり小なりの遺恨がある。盃が血縁関係よりも重要視される世界であるため、そう簡単には組織間友好は実現し得ない。山口組分裂抗争が一方的に終結したと考えられるが、対立組織は健在で、稲川会、住吉会のなかにはその分裂組織と親しい最高幹部も少なくない。たった一つのトラブルで再び緊張関係に陥る危険性を孕んでいる。日本統一の動きが活発になり過ぎれば警察のマークが厳しくなる可能性もある。山健組の中田組長は、六代目山口組系の組員を銃撃した殺人未遂の罪に問われている、神戸地裁では無罪だったが、検事が控訴しており、暴力団の裁判は高裁でひっくり返されることが多く、中田組長が有罪、刑務所に収監となれば、組長が長期不在になってしまう。そうしたこともあるので警察・検察に対して、印象が悪いことは止めておくという判断が出たのではないか」といったところです。

神奈川県横浜市にある曹洞宗の大本山・總持寺に、稲川会の故清田総裁の墓が新たに建てられたといいます。總持寺は、福井県にある永平寺と並ぶ曹洞宗の大本山で、全国に約1万4000ある曹洞宗寺院のなかで、最高の格式を有する寺院です。暴力団員は暴力団排除条例などの影響もあって、さまざまな経済取引を規制されていますが、そのような中、清田総裁が格式ある大本山に墓を建てたことに疑問の声があがっているといいます。清田氏は、總持寺内に墓を建てただけではなく、亡くなったときに、總持寺から戒名をつけてもらっており、清田氏の葬儀には總持寺が関わっているといいます。「ヤクザの葬儀に関わってはいけない」という不文律がある中での関係が疑問視されているものです。暴力団の世界において、葬儀とは故人を見送る儀礼であると同時に、「義理かけ」と呼ばれる示威行為の場でもあり、特に、後継の組長などが先代の葬儀を華々しく執りおこなうことは、「ニューリーダー」としての顔見せであり、組織固めの重要な手段として認識されるほか、一般人の葬儀の場合と同じく香典収入は非課税で処理できることから、過去、暴力団の葬儀では巨額の香典がマネロン的に動いてきたともいわれており、警察は以前から、寺院や葬儀社などに対して「暴力団の葬儀は手がけないように」と要請してきた流れもあります。宗教界の問題としてだけでなく、暴排条例はじめ暴力団排除の理念に反する行為である疑いがあるといえます。

工藤會トップの野村悟被告(79)=二審で無期懲役、上告中=が所有する土地について、親族へ「信託」したのは強制執行を妨害する目的で無効だとして、事件の遺族が所有権移転登記の抹消などを求めて福岡地裁に提訴しています。原告は2011年に工藤會傘下組織組員に射殺された建設会社役員の男性(当時72)の遺族2人です。遺族は、組織の代表者である野村被告らに損害賠償を求める民事訴訟を2021年に起こし、計3850万円の賠償を命じる判決が最高裁で確定しています。工藤會が関与した市民襲撃事件をめぐる損害賠償では、この訴訟を含めて3事件で野村被告側に計約1億1600万円の賠償を命じる判決が確定、他に、金銭を支払うことによる和解が成立したものや、審理が続いている訴訟もあります。賠償金の支払いの一部について野村被告は工藤會本部事務所の売却益を充てるなどしていましたが、弁護団によると今回の原告らに対しては支払う姿勢が見られないといいます(賠償金は遅延損害金を含めて6525万円(2025年10月19日時点)に上りますが、現在まで1円も支払われていないといいます)。野村被告はこうした訴訟が係争中だった2020年、所有する北九州市小倉北区の駐車場などの少なくとも7000平方メートル超の土地を親族2人に信託し、所有権が移されました。信託法の定めでは、信託された土地は原則として強制執行や差し押さえができなくなります。原告側は信託された土地のうち約1200平方メートルについて処分禁止の仮処分命令を申し立て、福岡地裁小倉支部が2025年5月に認める決定を出していましが、今回の訴訟で遺族らはこの土地の所有権移転登記の抹消を求めていて、勝訴すれば、強制競売にかけるなどして賠償金を得る方針といいます。原告側弁護士は、「(野村被告は)遺族らが損害賠償を求めることを当然予想できた。将来の強制執行を逃れるための虚偽の信託登記だ」と主張、「指定暴力団のトップがこういうことをするのはなかなか無い。泣き寝入りという選択肢はなく、被害者の権利救済に取り組みたい」などと述べる一方、野村被告の信託登記に関与した弁護士は「親族が土地などを運用して生活費にあてるための正当な信託で、賠償逃れの目的はない」と説明しています。

前回の本コラム(暴排トピックス2025年11月号)で取り上げましたが、住宅ローン「フラット35」の融資金をだまし取ったとして、北九州市小倉北区、会社役員の容疑者ら男5人が逮捕された事件を巡り、福岡県警は、会社役員の容疑者ら2人を詐欺容疑で再逮捕し、新たに男2人を同容疑で逮捕しています。4人は共謀して、本来、融資を受けられない福智町の男が通称名に改名した上で虚偽の源泉徴収票などを作成し、2022年8月、金融機関の代理店従業員だった福岡市城南区の男を介し、職業や所得を偽ってフラット35に申し込み、融資金計約4640万円をだまし取った疑いがもたれています。福岡県警は、詐取した金が暴力団に流れた可能性も視野に捜査を進めています

名古屋を拠点とするトクリュウ「ブラックアウト」のメンバーら34人が、大阪府警に相次いで逮捕・書類送検されています。きっかけは2025年4月、敵対する大阪の半グレグループを襲撃しようと、凶器を持って東大阪市のマンションに侵入したことでした。襲撃は失敗に終わりましたが、グループ同士の抗争が発覚したことで捜査が本格化したものです。ブラックアウトは2024年秋に結成、当初は10人ほどだったが、SNSを通じて半年で100人ほどに膨れ上がったとされます。多くは20歳前後の若者で、中には高校生もいました。一方、全国の警察が2024年にトクリュウが関与した事件として摘発した1万105人のうち、首謀者や指示役らとみられる人物は1割にすぎず、大阪府警がブラックアウトの摘発に躍起になったのは、背後に暴力団の存在が見え隠れするからで、府警はブラックアウトの捜査に関連して2025年7月、六代目山口組の中核組織・弘道会の傘下組織の三重県内の事務所を家宅捜索、ブラックアウト幹部が調べの中で「暴力団が後ろ盾になっていた」という趣旨の説明をしたといいます。過去には大阪で別のトクリュウと暴力団の接点が確認されており、両者はトラブルを抱えた時に双方で協力し合う「用心棒関係」を築いています。府警はブラックアウトが犯罪で得た資金が暴力団に流れていた疑いがあるとみて、実態解明を進めています。府警の捜査幹部は「半グレと呼ばれる粗暴な若者が暴力団の構成員になるケースは少なくない。トクリュウも放置していたら同じ道をたどる可能性がある」と危機感を強めています。

国内最大級のスカウトグループ「ナチュラル」に警察の捜査情報を漏らしたとして、警視庁暴力団対策課の警部補が、地方公務員法(守秘義務)違反容疑で警視庁に逮捕されました。捜査が始まったのは5年以上前で、容疑者は捜査チームの一員でした。身内の「裏切り」に、警視庁内に衝撃が走っています。ナチュラルは2009年、東京・歌舞伎町を拠点に活動を始めましたが、警察が警戒するきっかけは、2020年6月に歌舞伎町で起きたナチュラルと暴力団組員らによる乱闘事件でした。その後に警視庁は、組織内での暴行事件などで数回にわたってメンバーを立件、2025年1月には、売春目的で女性を性風俗店に紹介した容疑で、8月には暴力団にみかじめ料を支払った容疑で、それぞれメンバーを逮捕しています。ナチュラルは暴力団と対立する粗暴さや、メンバーが約1500人という組織性、年間売り上げ約45億円という資金力があり、高度に組織化され、スカウト部門と運営部門に分かれており、数千万円をかけてスマホのアプリを独自に開発し、メンバーを管理、警察を「ウイルス」と呼んで敵視し、捜査員の顔写真を共有していたとされます。警視庁は2022年12月、暴力団対策課を中心に、風俗店を担当する保安課なども加わり、部門を超えた捜査チームを発足、異例の重点捜査を進めてきました。2025年1月下旬、ナチュラルのメンバーの男らを逮捕する方針が決まり、予定日が数日後に迫っていたタイミング、スカウトの違法性に切り込む捜査の節目に向けて警視庁の捜査員は、男らに気付かれないように「コウカク」(行動確認)していましたが、1人が姿を消したといい、警視庁のある捜査員は当時、「絶対に内部にスパイがいる。情報が漏れた」と悔しがったといいます。逮捕の数日前。それだけ不審なタイミングだったといい、捜査チーム内では、捜査情報が漏れてメンバーが逃げたと考える捜査員が徐々に増えていったといいます。警視庁ではこうした状況の中、監察部門などによる内部の調査がひそかに始まり、警察官らの事情聴取などを進めた結果、地方公務員法違反容疑で逮捕したのが容疑者でした。逮捕容疑は、4月下旬~5月上旬に計2回、ナチュラルのメンバーに対し、メンバーの関係先が捜査用カメラにどう映っているかがわかる画像を送信したというもので、送信には、ナチュラルが独自に開発したスマホアプリが使われたといい、メンバーの逃走との関係は不明だといいます(警部補宅からは現金約900万円が押収され、出所を捜査中といいます)。なお、ナチュラルをめぐっては、大阪府警捜査4課の警部補と巡査部長が2025年8月、拠点を家宅捜索中に捜査対象者の男性に暴行を加えたなどとして、特別公務員暴行陵虐罪で起訴されています(男性を殴ったり、ソファに押し倒して蹴ったりしたとされます)。ナチュラルのような違法な性風俗犯罪だけでなく、特殊詐欺やSNS型投資詐欺などを資金源とするトクリュウを、警察庁は治安上の脅威としています。そうした環境下での情報漏洩は国民への重大な背信行為です。警察は10月から警視庁を核に組織編成を「トクリュウ・シフト」といえる体制に変え、仮装身分捜査など新たな捜査手法も導入した。国を挙げてトクリュウを壊滅しようとしているのに、肝心の捜査員がトクリュウに取り込まれ、捜査情報を流すようでは壊滅など難しいと指摘せざるを得ません。産経新聞は「ひるんではいけない。ともすれば警察は不祥事防止を捜査より優先させるきらいがあるが、この不祥事にひるまずトクリュウ捜査に邁進しなければならない。再発を恐れるあまり相手の懐に飛び込む果敢な捜査に腰が引けては、それこそ被害者である国民への背信だ。恐れず、正々堂々とトクリュウを追い、摘発し、解明し、壊滅して被害をなくす。それこそが、国民からの負託である」と指摘していますが、正に正鵠を射るものといえます。また、田村正博・京都産業大教授(警察行政法)のコメントも参考になります。具体的には、「トクリュウのような組織犯罪の捜査では、情報がとても重要です。個別の事件を捜査して逮捕しても、それだけでは解決しない。組織の中心部をたたかない限り、いつまでも犯罪を減らすことができません。組織の中を知る人からの情報がとても大事になります。トクリュウ対策では、まずはターゲットを定めるところから始めないといけません。そのため、どんなメンバーがいて誰とつながりがあるのかといった情報がとても大事です。事件とは関係ない交友関係やお金の流れなどの別の情報と合わせて、新たな事実が分かることもあります。今回の捜査対象に関しては、手探りで長く捜査して、やっと少しずつ解明が進んでいる中だったと思います。また、一般的に40代の警部補というのは、現場の最前線で捜査にあたる中心的な立場で、脂の乗りきった主軸メンバーです。事件の捜査への具体的な影響は分かりませんが、トクリュウと戦う組織として、あってはならない事態といえます。ただ、組織犯罪の情報を得るための適切な手段が確立されていないという課題があります。相手もタダでは情報をくれません。そんな中で、漏洩をせずに情報を取れるかどうかが、個人の力量に左右されています。現場に無理を強いているとすれば課題だと感じます」との指摘は考えさせられます。

関連して、暴力団組員に捜査情報を漏らしたとして、石川県警は、県警本部刑事部の30代の男性巡査部長を地方公務員法(守秘義務)違反容疑で金沢地検に書類送検しています。巡査部長は県警の調査に、組員から現金を受け取ったことも認めましたが、県警は「情報漏洩と結びついてはいない」と説明しています。県警は同日、懲戒免職処分としました。2025年6月下旬、私用スマホのメッセージアプリの音声通話で、暴力団組員に捜査情報を漏らしたというもので、容疑に先立つ6月中旬には県内の焼き肉店で同じ組員から1万円相当の飲食の提供を受け、タクシー代として現金5万円を受け取っていたといいます。巡査部長は、県警の聞き取り調査に対し「組員との個人的な関係を築き、今後の捜査に役立てたいと思った」と説明したといいます。7月ごろに「巡査部長が捜査情報を漏らしている」との通報があったといいます。巡査部長のコメントが真実かどうかはわかりませんが、前述の田村氏の指摘に重なるものがあります。

その他、暴力団等反社会的勢力を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 架空の暗号資産投資事業を無登録で行い、得た収益を隠したり受け取ったりしたとして、組織的犯罪処罰法違反の疑いで、金沢市の六代目山口組傘下組織幹部ら7人が富山県警に逮捕されました。この事件では「Genio」と称した架空の暗号資産投資事業を無登録で行い、およそ540人から不当に利益を得ていたとして、富山市の会社役員の男らが金融商品取引法違反の罪で、すでに逮捕・起訴されています。これに関連して今回は、違法な事業で得た現金およそ2900万円を隠そうと別の口座に移した疑いで3人が、また、違法な収益と知りながら合わせておよそ1185万円を受け取った疑いで、滝本組幹部など4人が逮捕されました。富山県警は、受け取った金が暴力団の資金源になっていた可能性を含め、金の流れや余罪を調べています。
  • トクリュウへの対策を強化するため、警察庁は、生成AIで中核人物の特定を進める分析システムの整備費として2025年度補正予算案に2億5700万円を盛り込みました(本コラムでも取り上げましたが、今回の「トクリュウ・シフト」の目玉施策の1つです)。殊詐欺の被害が過去最悪を更新するなど深刻で、警察当局は2025年10月に設けたトクリュウ対策の新部署を軸に、組織撲滅に向けた中核的人物の摘発を最優先課題としています。分析システムは各地の警察が作成した捜査報告書や把握情報を集約してAIに分析させ、人物相関図やリポートの形にまとめるというもので、わずかな関係性も見落とさず、摘発の端緒をつかむのが狙いとされます。
  • 次期学習指導要領の改定に向けた道徳の作業部会で、文部科学省は検討課題の一つとして、10代の若者が巻き込まれている「闇バイト」の問題を挙げています。道徳の指導要領でいじめや自殺の増加を除き具体的な社会問題が盛り込まれたことは珍しく、今後部会で議論するといいます。また、生成AIの発達などにより急激に変化する現代社会で、児童生徒が人としての生き方や自己を見つめる道徳教育がより重要だとの方向性を示しています。文科省が作成した資料によると、道徳教育に関係する現代的課題として「いわゆる『闇バイト』に安易に応募した子どもが、特殊詐欺や強盗などの重大な犯罪に加担してしまうことが社会問題となっている」と例示、また、生成AIの進展でリアルな動画や画像の作成が容易になったことによるフェイクニュースの問題を指摘。SNSで自分と同じような価値観の意見にばかり触れるようになるフィルターバブル、エコーチェンバー現象が価値観に与える影響なども盛り込んでいます。文科省の担当者は「闇バイト」を挙げた狙いについて「10代の若者が巻き込まれる事態を政府や警察も重くみている。逮捕されて初めて大変なことをしたと自覚する若者の事例も多く報道されており、道徳的価値観にも深くつながる問題として論点に例示した」と説明しています。「闇バイト」や薬物、オンラインカジノの問題など、筆者としては、若者に対してどのように啓蒙・啓発していくかが重要な課題だと認識していたところ、このような取り組みが実現することを強く期待したいところです。

海外の犯罪組織や国際的な犯罪の動向について、最近の報道から、いくつか紹介します。

  • タイ国籍の12歳の少女が2025年9月、東京出入国在留管理局に助けを求め、保護されました。少女は東京・湯島の個室マッサージ店で違法に働かされ、男性客に性的サービスを行っていたとされます。少女は6月、母親と来日し、店に預けられ、母親は翌日に姿を消し、台湾当局に別件で身柄を拘束されました。警視庁は店の経営者の男を労働基準法(最低年齢)違反容疑で逮捕し、母親についても児童福祉法違反の疑いで逮捕状を取っています。タイ警察も人身取引などの容疑で母親の逮捕状を取り、台湾からの母親の移送先は日本を優先する考えを示しています。どれだけつらい思いで東京での日々を送ったかは、想像を絶するし、店や、娘を置き去りにした母親への怒りを強く覚えるとともに、少女のサービスを受けた客の存在もおぞましいものです。犯罪の背景にあるのはおそらく貧困であり、それを狙い撃つ人身売買ブローカーや反社会的な組織の存在が必ずあります。全容を明らかにし、厳罰に処してもらいたいと切に願っています。産経新聞が紹介しているとおり、2005年には、刑法に人の売買を処罰する「人身売買罪」が新設され、未成年者の売買は7年以下、わいせつ目的の売買は10年以下の拘禁刑に処せられますが、労働基準法(最低年齢)の1年以下と比しても重い罰則だが、立証には困難が伴い、適用例はまだ少ないといいます。より積極的な運用をお願いしたいところです。国連は2000年に「女性及び児童に特別の考慮を払いつつ、人身取引を防止し、戦う」ことを目的に「人身取引議定書」を採択、これを受けて政府は「人身取引対策行動計画」を策定、2022年の改定では「『世界一安全な国、日本』を実現するため、人身取引対策の充実、強化を図る」とうたっています。今回の事件処理は、国際的にも注目されていると銘記すべきといえます。
  • 前述の事件はブローカーが絡む人身取引だった疑いがもたれています。性的搾取や強制労働を目的とする人身取引は世界で急増しており、かねて犯罪組織の関与が指摘されています。警視庁は背後に取引を仲介する国際ネットワークが存在するとみてタイの警察当局とも連携し、全容解明を目指すとしています。2024年の国連報告によれば、コロナ禍で被害者は2020年にいったん減ったものの、その後増加に転じ、2022年は2019年を25%上回りました。被害者の内訳では成人女性が39%と最も多く、成人男性(23%)、少女(22%)、少年(16%)の順となっています。増加幅は少女が2019年比38%増と顕著で、女性は売春など性的搾取を目的とした取引が多く、男性は強制労働に従事させられたり、詐欺などの犯罪行為に加担させられたりするケースが目立っています。人身取引を招く背景として指摘されているのが貧困や紛争、気候変動による自然災害で、生活に困窮した社会的弱者を狙って被害者と加害者を結びつけるブローカーが暗躍、今回の事件のような国境をまたいだ人身取引ではリクルート役や入国方法の指南役など国際的な犯罪組織が関わっているケースも少なくないとみられます。タイ現地にも日本への渡航を勧誘する組織が存在する可能性があり、国際的な人身取引のネットワークの解明を進めるとみられています。警察庁の楠芳伸長官は「少女の人権を踏みにじる悪質な事案であり厳正に対処する。人身取引は重大な人権侵害であり、今回の事案を踏まえて関係国との国際協力や取り締まりなどを進める」と述べました。日本国内で確認された人身取引の被害者は2005年の117人をピークに2009年には17人まで減りましたが、近年は増加傾向にあり、2024年は66人となりました。うち58人は日本人と今回のような国境をまたいだ取引は少なく、国内での売買が目立ちます。米国務省は各国の対策を4段階で評価する報告書を毎年公表していますが、日本は2018年に最高の評価を得たものの、2020年以降は上から2番目の評価に下がっています。加害者の多くが執行猶予付き判決にとどまるなど行為に見合った処罰を受けておらず、捜査当局が人身取引の兆候を十分に審査できていないとも指摘しています。報道で千葉大の佐々木綾子准教授(国際社会福祉論)は「人身売買罪の新設やビザの審査厳格化など一定程度の対策は進んだが、国際的に見ると十分とは言えない」と指摘、ブローカーや売春の相手方など人身取引に加担した人物を包括的に規制する法律の整備を訴えていますが、正にそのとおりかと思います。
  • 非政府組織「国際的犯罪対策イニシアチブ」は、国際的な犯罪集団が数十億ドル(数千億円)規模の犯罪ネットワークを構築する上で、東南アジアの無法地帯や活発な闇市場が最適な環境を提供しているとする報告書を公表しています。「国家関与型のアクター」がこうした活動を支配する世界の傾向とは異なる動きといいます。同イニシアチブが発表した報告書「世界組織犯罪指数2025」は、アジアで「外国アクターの広がりが最も顕著に見られた」国として、カンボジアとミャンマー、ラオスの3か国を挙げ、「(これらの国々が地域の犯罪率の)平均を引き上げる主因となった」といいます。報告書は、東南アジア諸国連合(ASEAN)で活動する外国のマフィア組織が、11カ国からなるこの地域を「世界的に際立った存在」に押し上げたと指摘、「外国アクターのなかでは、中国系組織が現地の犯罪者と連携してミャンマーの違法取引を強く支配し、影響下に置いている」と分析しています。報告書が有害な組み合わせとして警鐘を鳴らしたのが、同地域における「国際的な人身売買市場と金融詐欺の強い関連性」で、「組織犯罪グループが地域内外から数万人を誘い出し、大半を本人の意思に反していわゆるサイバー詐欺行為に従事させていると伝えられている」と指摘しています。同イニシアチブのアジア太平洋ディレクターは、ミャンマーとラオス、カンボジアにおける外国犯罪ネットワークの拡大は、地域の「犯罪を助長する環境」によって後押しされていると解説、「外国人アクターは犯罪を容易に実行しやすくするため、現地の犯罪ネットワークや国家関与型のアクターを頼りにしており、民間セクターへの依存も強めている」と指摘しています。同氏によれば、中国が東南アジアに地理的に近いことも、中国の国際犯罪組織のトップを地域に引き寄せる要因となっており、「中国の法律の適用を回避したり、中国と東南アジア諸国との間に存在する法制度上の大きなギャップを悪用したりするために中国の犯罪組織が東南アジアに流入している」と指摘しています。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

特殊詐欺でだまし取った暗号資産をマネロンしたなどとして、広島県警と警察庁サイバー特別捜査部は、会社役員の谷沢直樹容疑者と六代目山口組傘下組織組員の小林雄輝容疑者を、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)と詐欺の疑いで逮捕しています。警察は、国に無登録で暗号資産を個人間で違法に取引する業者を「相対屋(あいたいや)」と呼んでおり、違法なビジネスモデルを支えているとみて取り締まりを強化、広島県警などによれば、谷沢容疑者は「相対屋」で、特殊詐欺グループの小林容疑者からの依頼に応じ、暗号資産を現金化していたとみられ、容疑者らは20人ほどと約280回にわたり計22億2000万円相当の取引をし、手数料として約4000万円を受け取っていたといいます(被害金は追跡を困難にさせる「ミキシング」の手法で匿名化されていましたが、警察庁サイバー特別捜査部が流れを解析し、谷沢容疑者が管理するウォレットに入ったことを突き止めたといいます)。2人はトクリュウとみられ、犯罪収益の1.5~3%程度を得ていたとみられています。なお、相対屋の摘発は異例のことで、警察庁幹部は「偽装した金の流れを解明し逮捕できたことは、トクリュウの弱体化やビジネスモデル解体に大きな意味を持つ」と話しています。2人の逮捕容疑は、共謀して2022年11月、特殊詐欺の被害金である暗号資産を現金約500万円に換えたなどというもので、この被害金は5府県の50~80代の男女5人からだまし取った約1億6千万円の一部とみられています。被害者は暗号資産を指定の口座に送るよう、電話で指示されていたといい、広島県警が特殊詐欺事件を捜査し、警察庁が暗号資産の送り先を調べた結果、谷沢容疑者が浮上、谷沢容疑者は2024年3~10月、国に無登録で暗号資産の売買の依頼を受け、現金化して計約5400万円を依頼者に渡すなどした資金決済法違反容疑でも逮捕されています。2024年の特殊詐欺の被害額は過去最悪の約720億円に上り、2025年は9月末時点でそれを既に上回っています。こうした被害金は犯罪組織によってマネロンされ、出どころがわかりにくくなっており、その役割の一端を担っているのが「相対屋」とされます。暗号資産交換業は、資金決済法で国への登録が義務づけられており、現金化するには登録された暗号資産交換所で口座を開設しなければならないところ、本人確認が必要なため犯罪組織にとってはリスクがあり、犯罪組織は捜査機関の追跡を逃れるため、相対屋を利用しているとみられています。犯罪組織は被害金を相対屋に依頼して現金化するほか、闇バイトで集めた複数の口座を転々とさせるなどして、マネロンしており。10月には愛知県警と警察庁サイバー特別捜査部などが、口座を調達するブローカーグループを摘発、警察は犯罪組織にとっての「ツール」を奪う取り締まりを続けています。警察庁の有識者検討会では、近年増えている他人に口座から口座へと被害金を移動させる「送金バイト」への規制や、警察などの管理下に置いた「架空名義口座」を犯罪組織側に提供する手法の導入も検討されています。

金融庁は、証券会社の口座が乗っ取られた問題で、2025年10月に発生した株式などの不正売買の金額が約190億円になったと発表しました。急減した9月に比べ78%増え、証券各社が対策を進めているものの、被害は長引いている状況です。10月に不正取引が発生した証券会社数は8社で、9月から2社増え、不正アクセス件数は693件となりました。最も多かった4月からは87%減ったものの、303件だった9月からは2倍以上となりました。1月からの累計の不正売買額は約7110億円にのぼり、日本証券業協会は10月15日、乗っ取り問題を受けて不正アクセス防止に関するガイドラインを改めました。偽サイトに誘導して個人情報を盗む「フィッシング」に耐性のある高度な多要素認証をログイン時などに必須とするもので、金融庁も同様の内容を盛り込んだ新たな監督指針を公表し、対策を急いでいます。

▼金融庁 インターネット取引サービスへの不正アクセス・不正取引による被害が急増しています
  • 実在する証券会社のウェブサイトを装った偽のウェブサイト(フィッシングサイト)等で窃取した顧客情報(ログインIDやパスワード等)によるインターネット取引サービスでの不正アクセス・不正取引(第三者による取引)の被害が急増しています。
  • ログインID・パスワード等の窃取、不正アクセス・不正取引の被害はどの証券会社でも発生し得るものであるため、こうした被害に遭わないためには、証券会社のインターネット取引サービスを利用しているすべての方において、改めて次のような点にご留意ください。
    1. 見覚えのある送信者からのメールやSMS(ショートメッセージ)等であっても、メッセージに掲載されたリンクを開かない。
    2. 利用する証券会社のウェブサイトへのアクセスは、事前に正しいウェブサイトのURLをブックマーク登録しておき、ブックマークからアクセスする。
    3. インターネット取引サービスを利用する際は、各証券会社が提供しているセキュリティ強化機能(ログイン時・取引実行時・出金時の多要素認証や通知サービス)を有効にして、不審な取引に注意する。
      • 多要素認証:認証において、知識要素(PW、秘密の質問等)・所持要素(SMSでの受信や専用トークンで生成するワンタイムコード等)・生体要素(指紋、静脈等)のうち二以上の要素を組み合わせること。同一要素を複数回用いる多段階認証よりもセキュリティが強いとされる。
    4. パスワードの使いまわしをしない。推測が容易な単純なパスワードを用いない。数字・英大小文字・記号を組み合わせた推測が難しいパスワードにする。
    5. こまめに口座の状況を確認(※)するとともに、不審なウェブサイトに情報を入力したおそれや不審な取引の心配がある場合には、各証券会社のお問い合わせ窓口に連絡するとともに、速やかにパスワード等を変更する。
      • ログインする際は2.に留意し、ブックマークから正しいウェブサイトにアクセスする。
  • また、フィッシング詐欺のみならず、マルウェア(ウイルス等)による情報窃取の被害を発生させないためには、PC・スマホ等のソフトウェア(OS等)を最新の状態にしておくとともに、マルウェア(ウイルス等)対策ソフトを導入し、常に最新の状態に更新することが有効な手段となります。

証券口座乗っ取り事件で、警視庁などが、中国籍の男2人を不正アクセス禁止法違反と金融商品取引法違反(相場操縦)容疑で逮捕しています。株価をつり上げた上で、乗っ取った証券口座で保有株を購入する手口で、不正に利益を得たとみています。問題発覚後、不正取引の摘発は初めてとなりますが、捜査当局は「相場操縦にサイバー攻撃の手法を組み合わせた新たな形態の犯罪。非常に複雑で組織的な犯行の可能性が高い」として、サイバー攻撃と証券犯罪の手口を融合させた「前代未聞の犯罪」の解明を進めるとしています(乗っ取られた証券口座では、主に中国や日本などの低価格で売買の少ない株が大量に購入されていたといいます。また、正規の証券口座のIDやパスワードは、証券会社の偽サイトに誘導するフィッシング詐欺や、ウイルスを添付したメールなどによって盗み取られたとみられています。トレンドマイクロなど複数のセキュリティ団体は、中国語を使う組織が関与した可能性を指摘、パスワードを盗むためにつくられた証券会社の偽サイトを同社が分析したところ、サイトを構成する文字列に中国語の簡体字が含まれていました。今後の捜査は容疑者グループの指示系統や犯罪収益の流れの解明が焦点になり、捜査当局は今回逮捕した2人が使っていた通信機器の履歴を調べるなどして、首謀者の特定や摘発をめざすとしています)。

今回逮捕された貴金属輸出入会社「L&H」の経営者と、職業不詳の男の2人は仲間と共謀して2025年3月17日、東京スタンダード上場の人材開発会社の株式について、大量の買い注文を連続して出す「買い上がり」の手法で、計約70万株を購入、乗っ取った10都府県の男女10人の証券口座を使い、売りと買いの注文をほぼ同時に出して株価を不正につり上げ、高値で約70万株を売り抜けた疑いがもたれています。経営者の男らのグループは、不正に入手したIDとパスワードで10人の証券口座を乗っ取り、名義人が保有していた株を売却。その売却益で、人材開発会社の株を買い付けており、購入時には、大量の買い注文を出す「下値支え」で、株価の下落を防いでいたといいます。また、株価をつり上げるため、法人口座と乗っ取った口座との間で、同じ価格で売りと買いの注文を同時に出す「なれ合い売買」もしていたとみられています。こうした一連の取引で同社の株価は84円から110円に値上がりし、同庁は、2人が計約860万円の利益を得たとみています(容疑者らに標的とされた銘柄の2025年に入ってからの出来高は最大約80万株で、1万株を下回る日もあったところ、相場操縦があった疑いがある3月17日の出来高は400万株を超えており、取引量としても特異な1日でした)。なお、被害にあった証券口座にはもともとの保有株があり、ひも付いた銀行口座には現金があり、不正取引5日前の3月12日以降、合計約7000万円分の保有株が売られ、ひも付いた銀行口座から約3000万円の入金があり、いずれも口座の持ち主が気付かぬうちに勝手に操作されたとみられ、ひそかに合計約1億円分の株を買える状態になっていました(さらに、不正取引に使われた10口座の一部は、取引の11日前から乗っ取られていた疑いがあることもわかっています)。

乗っ取られた証券口座で不正に株が売買される事案は2025年1月頃から、楽天証券やSBI証券、野村証券など大手証券会社で確認され、被害は準大手や中堅証券会社にも広がっています。同庁は各社から被害の相談を受け、捜査を開始、証券取引等監視委員会の協力を得て、大量の株を売買していた口座を特定、6月に経営者の男の自宅を不正アクセス禁止法違反容疑で捜索し、押収したパソコンなどの解析を進めていました。当初、証券会社に残るアクセス元のIPアドレス(ネット上の住所)から、契約者を調べたところ、プロバイダーに照会をかけても、行きつくのは一般住宅やスマホで事件とは無関係で、犯罪グループが自身のIPアドレスの特定を避けるため使う「踏み台サーバー」の可能性が高い(以前の本コラムで取り上げた「セットトップボックス(STB)」と呼ばれるIoT機器は、テレビに接続するとネットを通じて動画などを視聴できるものですが、そこにマルウエア(悪意あるプログラム)が仕込まれ、犯罪集団は海外からのアクセスを日本国内の通信のように偽装し、攻撃の「踏み台」となっていました)と考えられます。プロバイダーからの回答を得るのに時間がかかるうえ、海外も含めて複数の「踏み台」を経ているケースばかりとみられ、本当のアクセス元の特定は難しいとみられていたところ、乗っ取られた口座からの注文で価格が急騰した株を、売り抜けた口座はないかとの視点で並行して動いていたのが、「市場の番人」とも呼ばれる証券取引等監視委員会でした。株取引は売り手と買い手がいて成り立つ。こうした取引のすべては、時間や銘柄とともに記録されており、監視委は最終的に数十の口座に目をつけ、口座の情報を警視庁と9府県警に提供、警視庁は、このうち約10口座の持ち主について、関係先を家宅捜索したり、事情を聴いたりしたといいます。ただ、特殊詐欺で使われる被害金の送金先の銀行口座のように「闇バイト」として、自分の証券口座を提供したり、指示を受けて口座を開設したりした人で、「知り合いからもうけ話があるから口座を貸してと言われただけ」と話す人もおり、残ったのが、逮捕された中国籍の男が代表取締役を務める会社名義の口座だったといいます。同社は、貴金属の輸出入や証券の売買を手がけており、この口座では、東証スタンダード上場の1銘柄について、3月17日午後、乗っ取られた複数の証券口座との間で、数時間にわたって売買を繰り返し、買い付けにかけたお金の10%を超える売却益を得ていたことが判明、警視庁が捜査を進めると、男がこの銘柄をめぐる不正な株取引で利益を得られるとあらかじめ知っていた疑いが強まり、面識のある中国籍の男の関与も浮上し、押収した資料などから、金融商品取引法違反容疑(相場操縦)などで逮捕できると判断したというものです。ただ、警視庁は、男らが一連の口座乗っ取りを主導したとはみていません。全国の警察には、乗っ取りに関して約3600件の相談が寄せられており、今回の事件は、その一部にすぎず、手口の違いなどから、複数の犯罪グループが関与している可能性が考えられています(本コラムでも当初から指摘していたとおりです)。それでも、今回の事件の捜査で、不正に入手したID・パスワードで多くの人の証券口座を同時に乗っ取り、保有株を売ったお金で低位株を買い、別の証券口座であらかじめ買っておいた、同じ低位株の値上がりを待って売り抜ける、という構図が明らかになったことは大きな意味があります。報道で、ある警察幹部は「サイバー犯罪と証券犯罪を組み合わせた新たな手口」や「ネットバンク口座を乗っ取った不正送金の亜種とも言える」と表現、別の捜査幹部は捜査を振り返り、「踏み台が海外にあれば、捜査権は及ばない。悔しいが、現時点では、これが刑事司法制度の限界。金融庁や証券会社が口座の乗っ取り対策を徹底することが重要だ」と述べており、筆者も官民挙げての取り組みが重要であることを改めて痛感させられています。

実は今回の容疑者が使ったとされる手口は難しいものではなく、本コラムで当初から指摘していたとおり、多数の犯罪グループが模倣を重ねることで、被害が拡大したと考えられています。サイバー捜査の関係者は、一連の証券口座乗っ取り事件の背景を「大規模犯罪組織によるものというより、いろんな集団が同じスキームを使ってバラバラにやったのだろう」と推察していますが、比較的簡単な手口が多数の犯罪グループ間で共有され、一気に広まった可能性があることを示唆しています。トレンドマイクロによれば、乗っ取りの多くは、メールで誘導した偽のウェブサイトにIDやパスワードを入力させて盗む「フィッシング」による可能性が高く、今回の事件でも、口座を乗っ取られた10人の一部は、フィッシング被害に心当たりがあったといいます。メールや偽サイトは近年、生成AIにより、巧妙かつ簡単に作れるようになっており、ある捜査関係者は「手法として難しくなく、海外でも既に起きていた犯罪。日本では比較的セキュリティの甘い証券会社が狙われたということだろう」と指摘していますが、筆者も正に同感で、あるサイバーセキュリティの専門家も、「日本はまだ、自社の基幹システムに関わる大規模サイバー攻撃への防御策を講じている段階。証券口座のような個人顧客を守るためのセキュリティの優先順位は低かったはず。今回はそれが攻撃側に露呈してしまった」と述べ、日本が証券口座乗っ取りの「狩り場」になったとの見方を示しています。今回逮捕された中国籍の男性2人は、不正アクセスして口座を乗っ取ったとされ、その後、勝手に名義人が所有する有価証券を売ったり、口座にひも付けられた銀行口座から入金したりして1億円超を用意し、株を買い付けるための資金にしたとみられています。そのうえで、乗っ取った口座を使って株の売買を繰り返し、株価を不正につり上げていました。被害口座には、買い付けた後で値下がりした株が残され、今回は10口座で計1100万円の損失が生じたといいます。一方、被害が広がった背景には、今回の不正取引が、IDなどを盗むハッキングと株価操縦を組み合わせた「Hack Pump&Dump」という日本でほとんど知られていない「想定外」(大手証券)の内容だったことも証券業界の対応が後手に回った要因といえます(。海外では10年以上前から同様の被害が確認されていましたが、今回ほどの規模の被害が発生したケースは初めてとなります)。従来、証券口座から直接資金が盗み出されるケースを念頭に対策を進めており、今回のように不正アクセスで株価操縦されることを想定していませんでした。証券口座とひも付いた銀行口座のパスワードも必要なため、セキュリティ突破は困難でしたが、今回は認証の「緩い」証券口座だけが狙われた形となります。日本証券業協会の日比野隆司会長も「資金流出には対策を講じていたが、一般的には想定できない手口だった」と釈明していますが、そうであるにしても、前述のとおり海外ではすでに発生していた手口であり、「想定外」とするのは(筆者には)言い訳に近く聞こえます。対策はいたちごっこの様相を呈しており、サイバーセキュリティの専門家は、「彼らがIDを盗み取った具体的な手法が分からないと効果的な対策は打ちづらい」と指摘しているとおり、背景には犯罪組織の国際的な分業化があります。IDをだまし取った組織と今回の容疑者の組織が別だった場合、犯罪手法がパッケージとして確立している可能性があります

あらためての確認となりますが、「相場操縦」とは、株式などの金融商品が売り買いされる証券市場で、価格をわざと変動させたり、固定させたりすることで、金融商品取引法で禁止されており、利益目的の場合は、10年以下の拘禁と3千万円以下の罰金が科されることになります。こうした規制があるのは、証券市場の信頼が崩れてしまうためであり、「市場の番人」と呼ばれる証券取引等監視委員会が監視の目を光らせています。手口としては、売買する意思がないのに、一人で株式の売り注文と買い注文を同じ価格で出す「仮装売買」や、複数人で示し合わせて注文を出し合う「馴合(なれあい)売買」などがあり、これらは取引が活発で、人気のある株式だと投資家に誤解させる行為です。また、特定の株式を高値で買い続けることで価格をつり上げる「買い上がり」という行為や、逆の「売り崩し」もあります。通常の取引か相場操縦行為かの主な分かれ目は、他の投資家を取引に巻き込もうとする「誘因目的」があるかどうかになりますが、誘因目的は人の心のなかで思うことなので、立証が難しいとされます。なお、本コラムでも以前取り上げましたが、昭和から平成初期にかけては「仕手筋」と呼ばれる職業的な投資家たちが跋扈し、株価操作事件を起こしました。インターネットが普及した平成後半以降は、個人投資家がグループをつくり、大規模な相場操縦を行うケースも見られ、近年では、大手証券会社「SMBC日興証券」の幹部たちが、特定株式の終値を安定させる操作をしたとして、2022年に相場操縦の罪で逮捕・起訴される事件もありました。今後、AIや生成AIの活用でその手口がさらに巧妙化・高度化することが予想されます。

事件後の証券会社対応ついては、2025年11月19日付日本経済新聞の記事「ネット証券口座保護「第一級の経営マター」 不自由でも安全優先」ほかに詳しいですが、「金融庁は10月、オンライン取引のログイン時や出金時にパスキーなどの高度な多要素認証を必須とする新たな監督指針を決定した。パスキーは文字を入力せず、顔認証などの生体情報に基づいて端末内に暗号鍵を生成する方式で、現状は乗っ取りへの最大の防御策となる。楽天も同月26日に取り入れた。同18日に採用した野村証券でコンプライアンス担当の常務を務める水野晋一は「利便性を重視してきたネット取引は、乗っ取り事件を機に多少不自由でも安全を最優先にする方針に転換した」と言明する。野村で顧客の行動データをマーケティングに活用してきた担当組織は、安全対策へ業務の軸足を移す。普段と異なるブラウザー(閲覧ソフト)からのログインや、同一のIPアドレス(ネット上の住所)から複数アカウントへのログイン試行など不自然な動きを捕捉・分析し、予防的に取引を遮断できるようにした。9月末時点で年内のパスキー導入は大手を中心に7社に広がるが、金融庁が求める全顧客への義務化の時期は各社ともまだ決めきれていない。パスキー利用はスマホやパソコンでの顔認証など、高齢顧客らにはなじみが薄く、手間が増えるとの不満も残る。だが犯罪組織は新たな不正アクセスを次々仕掛けてくる。安全と自由のはざまで証券会社のサービスは見直しを問われている」との指摘のとおりといえます。

偽の刻印が施された金地金8本を正規品と偽った証明書を示して売却したとして、警視庁特別捜査課は、詐欺と有印私文書偽造・同行使の疑いで、中国籍の会社役員ら男女9人を逮捕しています。昨今の金価格の高騰に乗じたとみられています。容疑者のグループは、海外から密輸したり、特殊詐欺でだまし取ったりした金塊を複数のチームに分かれて業者に転売していたとみられ、同様の手口で2025年3~7月、計約95億円を詐取したとみて捜査しています。2025年に入り、都内で発生した金塊を買わせる特殊詐欺事件を捜査する過程で、容疑者らが偽造刻印の入った金塊を販売している疑いが浮上、輸入する際に必要な消費税を納付せずに利益を得たほか、特殊詐欺で得た金を売却することでマネロンしようとしたとみられています。警視庁によると、警察官をかたり捜査名目などで金地金などを買わせて回収する手口による被害額は2025年1~9月、都内で約2億6000万円に上りました。刻印が偽造されれば、だまし取られた金地金の追跡も難しくなります。グループは複数の法人口座を管理、このうちの一つに金地金の売却代金を集めた後、暗号資産に交換していたといいます。金の価格上昇などを背景に、金地金の密輸の摘発は増えており、財務省によると2024年の摘発件数は前年比2倍超の493件、押収量は同約4倍の約1200キロとなりました。金を含む宝石・貴金属は運搬や現金化が容易で、マネロンに用いられるリスクが高いとされます。このため犯罪収益移転防止法は取り扱う業者を「宝石・貴金属等取扱事業者」と定義し、マネロンが疑われた場合に当局への報告などを義務付けています。

関連して、金地金を韓国から密輸したなどとして、警視庁は、職業不詳の容疑者と会社役員を関税法違反(無許可輸入)などの疑いで逮捕しています。2023年3月~24年8月に韓国から約1トンの金を密輸し、主に都内の買い取り店で、約108億円で売却、日本と韓国を200回以上往復していたといい、金を売却して消費税分の利益を取得する狙いだったとみられています。容疑者らは運び役だったとみられ、同庁は韓国に指示役がいる可能性もあるとみて経緯を詳しく調べています。また、10月にも、2024年7月に香港から下着に隠して砂状の金約8キロを密輸したとして、同容疑などで男女4人を逮捕しています。金塊がこのように犯罪に利用される背景には、近年の金価格の高騰があります。ウクライナや中東情勢の緊迫化などを受け、「安全資産」とされる金の需要は増加、価格も上昇しているため、もうけとなる消費税額も膨らみ、不正の「うまみ」が増している状況にあります。警視庁幹部は「金価格は上昇が続き、現金と比べてかさばらず、口座を介さないなど金融機関のチェックにもかかりづらい。取り締まりを強めていく必要がある」としています

財務省は、2025年12月から金の密輸に対する取り締まりを強化すると発表しています。税関への申告なく無許可で輸入した場合、没収の対象とするもので、これまで密輸の罰則としてきた罰金についても、基準となる金額を時価相当に見直すことで事実上引き上げるとしています。財務省によれば、金の輸出金額は2024年に過去最高となる一方、輸入量や国内生産量は横ばいで推移、金を正規に輸入する際の消費税の支払いを逃れて、国内の業者に消費税込みの価格で売却して不正な利益を得る「組織的な密輸スキーム」が広がっていると財務省は警戒しています。2024年に全国の税関が摘発した金の密輸件数は前年比2.3倍の493件となりました。水際対策として輸入時の集中的な取り締まりの実施や検査の強化に取り組むほか、輸出時も現物確認を実施するなど審査や検査を強化するとしています。金の密輸の手口は巧妙になっており、粉末の金を着用する下着の中に隠したり、地金をシャワーヘッドに隠したりといった事例が摘発されています。

特殊詐欺などの被害金の受け皿に、売買された口座が使われているため、全国銀行協会など金融関係団体と金融庁、警察庁が連携して、国民に注意を呼びかける広報啓発のショート動画を作成、2025年11月28日から公開されています。連続ドラマ仕立ての計30秒のショート動画で、「口座を売った、それだけで、前科と損害賠償を背負った」「口座売買は犯罪です。人生を守るために絶対にやめましょう」などと呼びかける内容です。全銀協などのウェブサイトに掲載され、今後、ユーチューブやXなどSNSでも配信されます。オレオレ詐欺など特殊詐欺の被害は深刻で、警察庁のまとめでは今年の被害は9月までに2万57件、被害額は既に2024年1年間を上回る約965億3千万円に上っています。指定した口座に振り込ませる手口が約6割を占めており、犯罪グループは口座を転々とさせたり暗号資産に換えたりして被害金をマネロンしており、バイト感覚で安易に売ったり貸し出したりした口座がこうした犯罪やマネロンに利用されている実態があります。預貯金通帳や口座などの売買や譲渡は犯罪収益移転防止法で禁止され、1年以下の拘禁刑や100万円以下の罰金などが科されます。警察庁によれば、これらの同法違反での摘発が2024年は4362件あり、10年間で2.7倍に増加しています。こうした現状をふまえ、本コラムでもたびたび取り上げているとおり、警察庁は罰則の引き上げや、口座から口座へ被害金を移動させる「送金バイト」と呼ばれる行為を新たに禁止することなどを検討しています。筆者としても、こうした動画を通じて、安易な気持ちで口座を売買すると、その後の人生に大きく影響を及ぼすことをしっかり認識してほしい、そうした恐れのある若者にこそ届いてほしい、と切に願っています

▼金融庁 口座売買の抑止に係る官民一体・業界横断的な広報について
  • 令和6年の特殊詐欺、SNS型投資・ロマンス詐欺の被害総額は過去最悪となっており、令和7年においても、引き続き増加傾向にあり、深刻な情勢が継続しています。こうした詐欺などの被害金の送金先として、不正に売買・譲渡・貸与された預貯金口座が悪用されています。
  • このような口座の悪用を止めるため、今般、銀行・信用金庫・信用組合・労働金庫と金融庁・警察庁が連携し、口座の売買等が違法であることを国民の皆さまに周知するため、全国銀行協会が中心となり、官民一体・業界横断的な広報コンテンツを作成しました。
  • 口座の売買等を防ぐことが詐欺等の犯罪の被害防止、ひいては国全体の安心・安全を守ることにつながることから、金融庁においても、今般の広報コンテンツを積極的に発信してまいります。

金融機関と金融庁の間の意見交換会における主な論点について、直近の資料が公開されています。主要行等との会合で示された論点から一部紹介します。今回は、いわき信用組合の暴力団への利益供与事件をふまえたと思われる「特定回収困難債権買取制度の活用促進」なども取り上げられています。

▼金融庁 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点
▼主要行等
  • 2025事務年度の金融行政方針、監督・検査の方針について
    • 2025事務年度の金融行政の基本的な方針を示した「金融行政方針」を 2025年8月29日に公表した。
    • 本方針に掲げた内容を含め、2025事務年度の主要行等に対する監督・検査の方針等について、2点御説明する。
      1. 監督・検査に係る体制の見直し等
        • 2025事務年度、金融庁は、従来の監督各課と横断モニタリング部局を、より一体的・効果的に運用するほか、主要行等と証券会社の監督は同一の審議官に担当させ、大手金融グループ全体を俯瞰した監督・検査を実施する体制とした。
        • 具体的には、まず、大手銀行グループに対するモニタリングを担当する大手銀行モニタリング参事官を、銀行第一課長の指揮下に置くことで、銀行監督とモニタリングの一体的な運用をすることとする。
        • さらに、大手銀行グループ全体を俯瞰する観点から、銀行第一課が中心となって証券課等の関係課室ともよく連携し、グループ全体のビジネスやガバナンスに影響を与えるような情報が、銀行第一課長に集約される体制とした。
        • こうした体制の下で、銀行毎のリスクプロファイルに基づき、対応すべき課題に優先順位を付け、関係課室のリソースを柔軟に投じることで、オンサイトの立入検査を含め、より実効性のある監督・検査を計画的に実施していく。
        • 多数の金融機関が共通して直面しているリスクや課題に関しては、金融庁より、これまで同様、様々な発信をすることになるが、金融機関の対応がより円滑なものとなるよう、発信に際しては、その位置付けが当局として特にお願いしたい要請なのか、一般的な注意喚起なのか、参考にしていただければよい情報提供なのかなど、性格を明確にすることに留意したい。性格が分からないなどの疑問やお気づきのことがあれば、金融庁に直接御連絡いただきたい。
      2. 監督・検査の着眼点
        • 大手金融グループのモニタリングの2025事務年度の重点事項としては、足もと、「金利ある世界」への移行や各国の通商政策など、経済・市場環境の変化が見られる中、
          • これらの変化がビジネス及び各種リスクに与える影響について、どのように分析しているか、
          • それらの分析・リスク認識を踏まえた、資本の活用方法や今後の戦略について確認する。
        • また、近年、買収や出資によりグループ構造が複雑化する中で、買収・出資の段階に応じた、グローバル拠点を含むグループ全体の管理に課題がないか、についても確認していく。
        • こうした点について、経営陣や社外取締役を含む各階層との対話を通じて、グループ・グローバルガバナンスが実効的なものとなっているか確認したい。
        • また、これまでと同様、取引先等の実態把握の状況を含む信用リスクの管理態勢や、市場リスク、マネロン等の業態横断テーマも確認していく方針である。
  • 特定回収困難債権買取制度の活用促進について
    • 2011 年5月の預金保険法改正により、債務者又は保証人が暴力団員である等の特定回収困難債権、いわゆる反社債権の買取りを預金保険機構が行う「特定回収困難債権買取制度」が導入された。
    • 制度開始以降、2025年6月末までに、金融機関101先から累計331件、約81億円の債権買取を決定しており、多くの金融機関に本制度を積極的に活用していただいているものの、近年は活用実績が低調であり、また、未だに活用実績がない金融機関も存在している。
    • 各金融機関においては、引き続き反社会的勢力との関係遮断に努めていただくとともに、仮に、反社債権の保有が判明した場合には、積極的に本制度の活用を検討していただきたい
  • インターネットバンキングの利用を含む預貯金口座の不正利用等防止に向けた対策の強化に係る要請文について
    • 預貯金口座の不正利用等防止に関しては、各金融機関において対策を進めていただいているところだが、特殊詐欺等の金融犯罪被害は足元高止まりしている状況にある。
    • 特に、振込を悪用した特殊詐欺等においては、被害額の過半(注)がインターネットバンキングを利用した振込によるものであり、こうした手口へのさらなる対策の強化が急務である。
    • こうした状況を踏まえ、2024 年8月に警察庁と連名で要請した「法人口座を含む預貯金口座の不正利用等防止に向けた対策の一層の強化について」に関して、インターネットバンキングの利用申込時及び利用限度額引き上げ時の確認等を追加し、改めて対策の強化を要請した。
    • 金融機関においては、要請内容も踏まえ、金融犯罪対策に関して、引き続き主体的・積極的な取組をお願いしたい。
    • (注)2025年上半期のインターネットバンキングを悪用した振込型詐欺の被害額(暫定値)
      • 特殊詐欺:220.2億円(振込型全体の被害額 369.8億円)
      • SNS 型投資詐欺:200.1億円(振込型全体の被害額 266.4億円)
      • SNS 型ロマンス詐欺:97.3億円(振込型全体の被害額 142.1億円)
  • 金融業界横断的なサイバーセキュリティ演習(Delta Wall 2025)について
    • 金融業界全体のインシデント能力向上のため、2025年も10月にサイバーセキュリティ演習(DeltaWall(デルタウォール)2025)を実施予定である。
    • 参加予定の金融機関においては、IT/サイバーセキュリティ担当部署だけではなく、経営層も積極的に参加していただきたい。また、演習が終わった後は、演習で得られた教訓を活かし、自社のサイバーインシデントマニュアルを改訂するなど、具体的な対応につなげていただきたい。具体的には、経営者が適切な意思決定を行えたか、組織として顧客対応、業務復旧などのコンティンジェンシープランが有効であったかなどを振り返り、できなかったことを可視化し、改善するにはどうすればよいか、体制、業務プロセス、予算、人材を含めて考えていただきたい

証券口座乗っ取り事件をはじめ、フィッシングメールやフィッシングサイトを介したフィッシング詐欺被害が高止まりしており、各省庁から注意喚起が出されています。以下、国民生活センターの啓発キャンペーンを紹介します。

▼国民生活センター フィッシング啓発キャンペーン
  • フィッシングに注意!メールのリンク先から安易にクレジットカード番号を入力してはいけません!
  • 官民11団体共同「フィッシング啓発キャンペーン」メールのリンク先から安易にカード番号を入力してはいけません!
  • 国民生活センターは、日本クレジットカード協会(以下「JCCA」)が実施する「フィッシング啓発キャンペーン」に参画しています。
  • 日本国内では、フィッシング詐欺の手口は日々巧妙化しており、2024年のクレジットカード不正利用被害額は約555億円(前年比+14億円)と過去最悪を更新しています。特に、番号盗用による非対面取引での不正利用被害額は全体の約93%を占めています。
  • こうしたフィッシング詐欺の被害を防止するため、今回、JCCAを含む官民11団体が、連携してWEB動画を中心とした啓発キャンペーンを展開しています。
  • キャンペーンメッセージ
    1. フィッシングにご注意を。
    2. メールのリンク先から安易にクレジットカード番号を入力してはいけません。
    3. フィッシングサイトでクレジットカード番号を入力してしまったら、カード会社に連絡を。
▼【動画】JCCA公式YouTubeチャンネル
▼今すぐチェック!フィッシングを学んで防ぐ!(JCCA)
  • フィッシングとは?
    • フィッシングとは、クレジットカード会社や、大手有名企業などを詐称した電子メールを送りつける、偽の電子メールから偽のホームページに接続させる等の方法で、クレジットカード番号、アカウント情報(ユーザーのID、パスワード)、住所、氏名、口座番号等の個人情報を詐取する行為のこと。
  • フィッシングの手口とは?
    • 典型的な手口としては、クレジットカード会社、大手ECサイト、電力会社からのお知らせのふりをしたメールをユーザに送りつけます。「情報確認のため」などと称して巧みにリンクをクリックさせ、あらかじめ用意した本物のサイトにそっくりなフィッシングサイトにユーザを誘導します。そこでクレジットカード番号や口座番号などを入力するよう促し、入力された情報を盗み取ります。
    • 最近ではお知らせの文面だけでなく、「個人情報の漏えい」、「不正アクセス検知」、「取引の停止」等、切迫感を煽り、フィッシングサイトへ誘導させようとするものも多数確認されています。
      1. お知らせのふりをしたフィッシングメール
        • クレジットカード会社、大手ECサイト、電力会社を名乗り、件名に「重要」、「要確認」など不安や焦りを感じさせる表現が使われているのが特徴です。
      2. SMSを悪用したフィッシングメール代表例
        • 電子メールでのフィッシングサイトへの誘導だけでなく、携帯電話の電話番号宛に送信可能なSMSを悪用し、宅配業者、電力会社、銀行をかたって本物そっくりの偽サイトへ誘導、または不正アプリのインストールへ誘導される事例も多数確認されています。
    • フィッシング被害にあわないために
      • フィッシングメールや偽サイト等によりクレジットカード情報を含む個人情報が不正に盗まれ、通販サイト等でクレジットカードが不正利用される被害が後を絶ちません。
      • 不審なメールを受けた場合、不審なサイトに誘導された場合には個人情報の入力や送信はしないでください。
    • フィッシング対策5ヶ条
      • 第1条 パソコンやモバイル端末は安全に保ちましょう。
        • フィッシング対策やスパムメール対策用のソフトウエアを使えば、危険なサイトにアクセスしたときや、
        • 怪しいメールを受け取ったときに警告が表示されます。
        • また、インターネットブラウザには、最新の修正プログラムを導入しておきましょう。
      • 第2条 不審なメールに注意しましょう。
        • 銀行やクレジットカード会社が、メールを通じてお客さまの口座番号やクレジットカード番号、
        • IDやパスワードを確認することはありません。
      • 第3条 電子メールにあるリンクはクリックしないようにしましょう。
        • メール本文中のリンクはフィッシングサイトに誘導される危険があります。
        • URLを直接入力して、サイトを開くようにしましょう。
      • 第4条 不審なメールやサイトは報告しましょう。
        • 本物ではないと思われるメールを受け取ったり、フィッシングサイトを発見したら、
        • 「フィッシング対策協議会」に報告してください。
      • 第5条 銀行やクレジットカード会社の連絡先リストを作りましょう。
        • 怪しいメールやフィッシングサイトを見つけた際に問い合わせる電話番号や、メールアドレスを控えておきましょう。
        • 少しでもおかしいな…と思ったら、すぐに連絡して確認すれば安心です。
    • そのメール本物ですか?
      • 偽メールや偽サイトを通じ、カード情報や個人情報を盗み取られる被害が多発しています。
      • フィッシング対策協議会と共同で、注意点をまとめたツールを作成させていただきました。
      • ご一読の上、周囲の方々にも気を付けるように情報共有をお願いいたします。

フィッシング対策として、総務省のWGで興味深い資料が公開されていましたので、以下、紹介します。

▼総務省 不適正利用対策に関するワーキンググループ(第12回)
▼資料12-2「敵」を知る 生成AIにより崩壊した言語壁と日本を狙う詐欺メールの急増(日本プルーフポイント株式会社 増田氏)
  • 年末から相次ぐ日本への異様なDDoS攻撃
    • 攻撃ボリュームは過去最大規模
    • レイヤ3/4 (Syn/Ack/UDP/GRE Fllod) とレイヤ7 (HTTP/HTTPS) のDDoSが時間によって切り替わる
    • 経路にCDNがないIPアドレス直打ちでオリジンサーバーを直接攻撃
    • 攻撃元は世界中に分散(英国、香港、日本、シンガポールなど)(参考:アカマイテクノロジーズ社)
    • レイヤ3/4についてはMiraiボットネット活用の疑い(参考:トレンドマイクロ社)
    • 通常のリフレクションDDoSと比較するとコストをかけた柔軟性の高い洗練されたDDoS攻撃しかも犯行声明がない
    • 日本へのスキャンも急増
  • 2025年10月:全世界のメール攻撃のうち80%が日本をターゲットに
    • グローバルで合計712の新種のメール攻撃キャンペーンを観測
    • うち136の攻撃キャンペーンが日本をターゲット
    • ボリューム数TOP10のうち8つが日本を標的にしたキャンペーン
    • CoGUIフィッシングキットを用いた攻撃が急増
    • 多要素認証をすり抜けるAiTMであるEvilginxも使われている
  • 多要素認証導入の影響で攻撃者が戦術を変更
    • CoGUIでは、情報送信時にAPIエンドポイントを用いていたが、新種のCoAceVではWorksocket APIを使うように
    • さらにCoAceVとも異なる新種も現れており、JSコードは似通っているものの、ユーザープロファイルのために、ネットワーク通信方式が変更されている(6/4現在)
  • 今、日本が狙われる理由 AIによって変わる攻撃先
    • DDoSは単なる陽動作戦であり、DDoSで注意をそらしている間に、本丸の攻撃(ランサムウェア、内部への侵入)を展開している可能性
      1. AIにより言語の壁が消失したことにより、日本への攻撃が可能に
      2. 防御が薄くなった日本企業の知的財産は価値が高く、日本人の個人情報はアンダーグラウンドで高値で売れる
      3. 不気味なDDoSのタイミングと合わせると、外国政府主導による軍事的/戦略的な攻撃である可能性:
        • 中国による台湾有事を見据えての準備攻撃、ロシアへの経済制裁に対する報復…
        • 外国政府インシデント対応プロセス、ネットワーク機器やサーバーの冗長構成などの技術詳細、システム切り替えのタイミングの把握する準備活動である可能性
  • メールはただのやりとりのツールではない 今やSSO(シングル・サイン・オン)のIDとしてあらゆるシステムの入口に

その他、AML/CFT等を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 福島県会津若松市のパチンコ店で2025年8月、現金約2670万円が盗まれた事件で、福島県警は、盗んだ現金の一部を経営する会社の口座に入金し、事業収入のように装ったとして、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益隠匿)の疑いで、東京都豊島区の会社役員=窃盗罪などで起訴=を再逮捕しています。県警は、マネロンをしたとみています。このほか、容疑者の口座に現金を振り込んだとして同容疑で、新たに相模原市の会社員ら3人を逮捕しています。4人の逮捕容疑は、強盗を装ってパチンコ店から盗んだ現金の一部を容疑者が東京都内で3人に手渡し、それぞれの口座から同容疑者が経営する法人名義の口座に計約1400万円を入金、架空の請求書を作成するなどし、犯罪収益を隠匿した疑いがもたれており、一連の事件で逮捕者は13人となりました。
  • 滋賀県警は、銀行を装う自動音声電話に対応した県内の中小企業9社が不正送金の被害に遭い、総額2億円超をだまし取られたと発表しています。滋賀県警は電話で情報を聞き出して誘導する「ボイスフィッシング」による詐欺事件として捜査しています。滋賀銀行を名乗る自動音声電話があり、ガイダンスに従って対応した社員が操作すると、担当者を名乗る男が電話に出て、男は「更新しないとインターネットバンキングが使えなくなる」などと企業のメールアドレスを教えるよう要求、送られてきたメールにあったURLからフィッシングサイトに誘導し、口座情報を入力、インターネットバンキングで不正送金させたもので、被害総額は約2億100万円、1社で7000万円超の被害もあったといい、滋賀銀行には現在までに40件ほど相談があったということです。
  • パリのルーブル美術館から宝飾品が盗み出された事件(被害総額は8800万ユーロ(約158億円)にのぼる)で、フランスの検察当局は、4人目の実行犯とみられる男を拘束、これで実行犯4人全員の身柄が確保されましたが、盗まれた宝飾品の行方はまだわかっていないといいます。なお、事件の数時間後、ベルギー警察がフランス当局から「盗まれた宝飾品を売ろうとする人物がいないか警戒してもらいたい」と要請を受けたといいます。実はアントワープは16世紀以来、世界のダイヤモンド取引の中心地で、2024年だけで約250億ドル相当に及ぶ宝石の取引が行われました。しかし過去30年間、アントワープは盗品を売買する「地下世界」の拡大封じ込めに苦慮、主にジョージア(グルジア)系の人びとが経営する数百の金・宝飾店の一部は欧州全域の犯罪者らに対し、盗んだ金(ゴールド)や宝飾品の売買、すなわち「フェンシング」のルートを提供しているとされます。ロイターの報道によれば、欧州第2の港湾都市アントワープはコカインの密輸組織とも闘っており、違法な宝飾品取引がその苦闘に輪をかけているといいます。市は2021年、ダイヤモンド・宝飾品業界を監視する専門警察部隊を正式に設立、市長室は当時の報告書で「不正な宝飾業者と犯罪的な麻薬環境との強い結びつき」を警告しました。警察官らによると、多くのジョージア系宝飾業者やインド系ダイヤモンド業者の間にある「オメルタ(沈黙の掟)」が捜査を困難にしており、アントワープでは盗品の販売は迅速かつ容易で、宝飾業者は金や宝石、時計を査定し、価格を提示して未申告の現金で支払い、購入されたが最後、品物は姿を消すことになります(裏部屋にある溶解炉はプリンターほどの大きさで、金は溶かされて携帯電話サイズの1キロの延べ棒に変わるといいます)。しかし今回のルーブルの盗品は、アントワープの宝飾業者でさえ危険過ぎて取り扱えない代物の可能性が指摘されているといいます。

(2)特殊詐欺を巡る動向

本コラムでこれまで注視してきた国際的に甚大な被害をもたらしているオンライン詐欺の本丸の1つに切り込む動きが世界中で本格化しています。直近でカンボジアの特殊詐欺組織に対する国際的な摘発の動きが加速、カンボジアはカジノなどを拠点とする組織が国家中枢と密接に結びついているとされ、国際的な摘発がそうした構造に切り込めるか、日本における特殊詐欺やSNS型投資詐欺、ロマンス詐欺などの被害の抑止につながるか、大変注目されるところです。

米財務省と英政府は2025年10月、カンボジア最大の複合企業の一つ「プリンス・ホールディング・グループ(PHG)」のチェン・ジー会長を含む18人や関連企業128社に経済制裁を科しています。米当局は100億ドル(約1兆5700億円)以上に相当する暗号資産を没収、中国出身の創業者チェン氏を通信詐欺およびマネロンの共謀の罪で刑事訴追しています。PHGは「アジア最大級の国際犯罪組織」(米当局)とされ、事業はエンタメや金融、不動産など多岐にわたり、日本にも関連企業を持っています(登記簿によれば、東京都千代田区などに少なくとも3社の存在が確認でき、登記簿上の住所から、チェン氏が港区北青山に高級物件を所有していることも判明しています。なお、関連会社は一時、日本の元大使が会長を務める「日本カンボジア協会」にも法人会員として名を連ねており、協会が2023年にプノンペンで開催した国交70周年記念の花火大会では、グループが主要スポンサーを務めています。協会は2025年10月、米財務省などの制裁を受けて会員資格を解除、退会届も受理しており、現在は「一切の組織的な関係はない」としています)。未成年者に性的画像を送らせた上で金銭を脅し取る「セクストーション」や特殊詐欺や投資詐欺など「オンライン詐欺を通じて世界中の人々を食い物にし、国際的な犯罪帝国を築いてきた」と米財務省はPHGを「国際犯罪組織」に指定した上で、世界30カ国以上にある関連企業や幹部など146の団体・個人に制裁を科すと発表し、悪行を厳しく断罪しています。同時に米司法省はPHGに対し、約12万7千ビットコイン(約1.8兆円相当)の没収を求める訴訟を起こしたと発表、現在は米政府の管理下にあるといいますが、秘匿性の高い暗号資産で詐欺の犯罪収益を隠蔽し、巧妙に資金を洗浄していたとされ、司法省は「史上最大の没収額だ」としています。司法省はまた、中国出身でカンボジア国籍のチェン氏を「人々の苦しみの上に築かれた詐欺帝国の首謀者だ」と糾弾し、刑事訴追しています。チェン氏は現在逃亡中で、米当局が行方を追っています(一部報道では、チェン氏の保有資産は約600億ドル(約9兆4千億円)に上るとの推定もあります)。英当局も同時にグループが所有するロンドン市内の高級不動産などを差し押さえ、「英国の金融システムから締め出す」と公表しています。PHGはカンボジアで少なくとも10カ所のオンライン詐欺拠点を運営していたといい、米財務省は「カンボジアの詐欺経済における支配的な存在だ」と批判、実際の拠点数はさらに多い可能性があります。米財務省は、グループがカンボジアの首都プノンペンの中核企業を中心に世界各地に拠点を置き、特殊詐欺や投資詐欺、マネロンなどで莫大な収益を得たと指摘しています。チェン氏は中国からの移民で、不動産開発などでグループを成長させ、カンボジア国籍も取得し、フン・セン前首相や長男フン・マネット首相の私設顧問を務めたとされます。関係者は「過去に詐欺拠点の摘発現場からPHGの関連物品が見つかったこともある。だがカンボジア政権と関係が近いこともあり、詐欺への関与がなかなか表面化してこなかった」と明かしています。米財務省は、米国で2024年、東南アジアを拠点とする詐欺行為で少なくとも100億ドル(約1兆5000億円)の被害があったとし、前年比66%増加したと指摘しています。グループは疑惑を否定する声明を出していますが、シンガポールや台湾、韓国でも拠点の摘発や資産の押収が進み、国際的な圧力が強まっています。

米当局によれば、カンボジアの詐欺拠点は主に中国系犯罪組織が運営、PHGの詐欺拠点では、人身売買などで集められた人々を監禁・暴行し、強制労働させていたとされるほか、高収入につられて世界中から集まった若者らが暗号資産で利益が出るなどとうたう投資詐欺や、美男美女を装って被害者の恋愛感情につけこむロマンス詐欺に従事させていました。米当局のチェン氏に対する起訴状によると、PHGは数百万件の携帯番号を入手し、特殊詐欺の「かけ子」を行う「電話ファーム」を設立、ある施設には約1250台の携帯電話が並び、詐欺を目的とした約7万6千のSNSの偽アカウントが管理されていたといい、詐欺拠点の周りには有刺鉄線や監視カメラが張り巡らされ、逃れようとした人間が拷問、殺害されたケースも確認されているといい、米財務省は「現代の奴隷制度」だと非難しています。起訴状では、チェン氏らが詐欺拠点への捜査を阻止するため、カンボジアや中国の公務員に賄賂を贈った疑いがあるとも指摘、賄賂台帳が作られており、ある外国の高官に300万ドル相当のヨットを購入したとの記録も見つかっています。国連機関によると、東南アジアには少なくとも数百のオンライン詐欺拠点があり、数十万人以上が強制労働させられているとされます。近年はAIの発達などもあって詐欺手法が高度化し、世界中で詐欺被害が深刻化、こうした事態を受けて、各国・地域の政府は捜査を活発化させています。シンガポール警察は2025年11月、PHGに関連する約180億円相当の資産を押収したと発表、銀行口座や不動産、ヨットが含まれ、台湾当局もマネロンの疑いでPHGの関連企業9社を捜索し、25人を逮捕、総額約230億円相当の資産を押収しています。カンボジアでは、同11月4日に南東部バベットで日本人13人が、5月に北西部ポイペトで29人が拘束されるなど、特殊詐欺に関与した日本人が続々と逮捕されており、多くの詐欺拠点を運営していたPHGとつながりを持つ日本人がいる可能性もあり、広範な捜査が待たれるところです。複数の国・地域で捜査が進む中、カンボジア政府は「証拠が示されれば協力する」としつつ、太子集団の摘発に動いていなません

また、これらの動きに呼応してフン・セン氏の側近らの捜査を続けるのが隣国タイで、タイ当局は2025年11月、特殊詐欺と関連したマネロンの疑いで、カンボジアの上院議員リー・ヨン・パット氏の逮捕状を取っています。関連先としてタイ国内の邸宅やコンドミニアムなど計36か所を一斉捜索し、不動産や車など日本円で20億円近い資産を押収しています。リー・ヨン・パット氏は、カジノなどを経営する大物実業家で、フン・セン氏の側近として知られています。与党・人民党の最高指導部にあたる党中央委員会常任委員にも任命され、党中央委財政委員長にも選ばれ、党の資金源とも言われています。フン・セン氏のもう1人の側近と言われるのが、タイと国境を接するカンボジア北西部を拠点とする実業家コック・アン上院議員で、タイ当局は2025年7月、特殊詐欺などに関与したとして、逮捕状を取っています。タイ当局による捜査強化は、国境を巡るカンボジアとの対立が引き金となっており、2025年に入って両国の対立が激化すると、タイのペートンタン・シナワット首相(当時)が摘発強化に乗り出し、ペートンタン氏の失脚後も警察の捜査は続いています。ただ、9月に就任したアヌティン・チャーンウィラクン首相の政権内には、特殊詐欺との関連を指摘される政治家もおり、野党などからは捜査が手ぬるいとの批判も受けています。2026年春までに総選挙が行われる予定で、今後もタイが捜査に本気で取り組めるかどうかは国内政治にも左右されることになります。また、2025年5月、国際調査団体「ヒューマニティ・リサーチ・コンサルタンシー」が公表した報告書は、詐欺組織がカンボジア政府や党とつながり、保護の下で摘発を逃れる「国家ぐるみ」の構造があると指摘しています。さらに、国際犯罪を研究するジェイコブ・シムズ氏は2025年5月、同国を拠点とする詐欺犯罪の世界の被害額は、国内総生産(GDP)の最大6割に相当すると分析、同国政治が専門のアジア経済研究所の初鹿野直美研究員は日本経済新聞で「桁違いに膨れた国際犯罪組織の撲滅は難しいが、中長期で見ればカンボジアの投資環境が改善する可能性がある」と指摘していますが、今後も問題が続けば「取引停止を迫られるなど日系企業の事業活動に支障が出る恐れがある」(日系金融機関)ほか、将来の投資に向けた現地視察の中止も出ており、当面はこの問題が尾を引くことが予想されます。カンボジア政府は表面上は摘発をする姿勢を見せながら、実際には見せかけの捜査が行われてきたとされ、読売新聞紙上でカンボジア情勢に詳しい新潟国際情報大学の山田裕史教授は「カンボジア政府が協力姿勢を見せても、権力中枢に近い部分が不可侵の『聖域』となる懸念は拭えない。各国はカンボジア政府と連携しつつも、特定の利権構造が捜査の障壁とならないよう厳しく注視し続けることが求められる」と指摘しています。

その他、国際的なオンライン詐欺等への対応を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • ミャンマー軍事政権が、東部にある国際的な特殊詐欺の拠点を相次いで摘発しています。軍政はミャワディの詐欺拠点「KKパーク」や近郊の拠点「シュエコッコ」にある建物の捜索や破壊を行っており、2025年末から実施予定の2021年のクーデター後初となる総選挙を前に、政権の統治能力を国際社会にアピールする狙いがあるとみられています。現地報道によれば、当局は、「シュエコッコ」で不法入国者計1746人を拘束、オンライン詐欺に使用されていた2万1750台の携帯電話などを押収、ロイター通信によれば、特殊詐欺の被害者が出ている米中両国は軍政に対し、取り締まりを強化するよう圧力をかけています。これを受け、軍トップのミンアウンフライン総司令官が総選挙前に摘発を実行するよう現場に指示したといいます。米国は、米国人を標的とした詐欺を支援したとして、ミャンマーの武装勢力や指導者らに制裁を科しています。
  • マニラの裁判所は、人身売買に関与した罪に問われたフィリピン北部ルソン島バンバン市の前市長アリス・グオ被告に対し、終身刑と罰金200万ペソ(約530万円)の判決を言い渡しました。裁判所は2025年6月、グオ被告が中国人であるにもかかわらず国籍を偽り、違法に市長になったと認定していました。AP通信によると、被告と共謀したフィリピン人と中国人の7人も終身刑を言い渡されています。グオ被告は2024年9月、中国系オンラインカジノ施設の運営に関与したとして逮捕され、施設は特殊詐欺の拠点で、同3月に摘発され、外国人ら約700人が保護されていました。保護された外国人らは監禁され、強制的に詐欺に加担させられていたとみられています。その後の捜査で、グオ被告の中国籍疑惑が浮上、裁判所は指紋などから、9歳だった1999年に両親と入国した中国人と同一人物だと結論付けています。
  • マレーシアで特殊詐欺に関与した疑いで、日本人計14人が現地当局に拘束されています。首都クアラルンプールにある日本大使館によれば、現地当局から、北西部ペナン州で日本人14人を拘束したとの連絡を受けたといい、ペナンの日本総領事館を中心に、事実関係の確認などに当たっているといいます。東南アジアでは2025年に入り、ミャンマー東部やカンボジア北西部に位置する詐欺拠点で、日本人を含む多数の外国人が犯罪行為に従事させられていたことが明らかになっていますが、マレーシアでは2025年5月、日本人を狙った特殊詐欺に関わった疑いで日本人13人が拘束されたと現地メディアが報じていました。

シンガポールの警察は、アップルとグーグルに対し、メッセージアプリ上での政府機関へのなりすましを防止する措置を取るよう命じています。2025年9月、シンガポール政府は、メタに対し、フェイスブック上の政府要人になりすました詐欺の防止策として顔認証などの導入を求め、順守しなければ罰金を科すと警告しています。シンガポール警察は、両社のメッセージアプリ、iMessageやGoogle Messagesで、郵便事業会社シンガポール・ポスト(シングポスト)を語った詐欺を確認したことを受け、国のオンライン犯罪被害法に基づき対策を命じたものです。シンガポールの政府機関は現地のSMSレジストリに登録し、「gov.sg」というIDを付けてメッセージを送信できるようにしていますが、iMessageとGoogle Messagesには現在適用されておらず、両アプリ上で送信されたメッセージはSMSと一緒に表示され、SMSと見分けがつきにくいため、「gov.sg」になりすましたメッセージを正当なものと思い込む可能性があると警察は指摘しています。命令により、グーグルとアップルはアカウントやグループチャットで「gov.sg」やその他のシンガポール政府機関になりすました名前を表示しないようにするか、そのようなメッセージをフィルタリングする必要があります。内務省によると、アップルとグーグルはこの命令を遵守することを約束し、両社は国内のユーザーに対し、アプリを更新し、最新の保護策を有効にするよう呼びかけています。

総務省は増加する特殊詐欺の被害を防ぐため、電話番号の取得を巡る規制を強化、6カ月以上事業を続けている事業者でないと、通信会社などから電話番号を購入できないようにして、詐欺に加担する不正事業者に番号が渡るのを防ぐとしています。固定電話、携帯電話、インターネット回線を使ったIP電話の番号を対象に、2025年度中に省令を改正する見込みです。電話番号は国際的なルールに基づいて割り当てられ、最大15桁と決まっているため、数に限りがあります。電話番号を使う電気通信サービスの事業者は総務相から番号の使用計画の認定を受け、国の認定を受けた通信事業者は、認定を受けた別の事業者に電話番号を卸売りできますが、電話番号の販売を手掛ける事業者の中に、詐欺グループへ番号を売る会社があり、犯罪に加担する事業者の中には、短期の廃業を前提にした会社も多いとみられ、総務省はこういった事業者を排除するため、電話番号を卸売りする場合、売り先は6カ月以上事業を継続しているかなどの確認を義務付けるものです。また、過去に不正などで、電話番号を巡る国の認定を取り消された法人の役員がいる場合も売り先から外すこととしています(取り消しを受けた事業者が直後に別会社を立ち上げて番号を取得するのを防ぐ狙い)。なお、上場企業などのグループの組織再編で新会社を設立した場合は事業期間によらずに継続性を認めるほか、スタートアップ企業で設立間もない場合、通信事業に一定の従事経験がある役員がいる場合は継続性があると判断、短期で廃業する事業者を減らし、番号を有効活用できる効果も期待されます。

本コラムで継続的に注意喚起しているとおり、警察官を名乗り、捜査の名目で現金などをだまし取る「ニセ警察詐欺」が急増しています。2025年11月、三重県内で初めて生成AIを使った手口が発覚するなど、巧妙化しており、さらに注意が必要な状況です。報道によれば、四日市北署は、40代男性会社員が現金1244万円をだまし取られたと発表していますが、男性は、警察官を名乗る男から「あなたの銀行口座が詐欺に使われた」などと電話があり、LINEのビデオ通話をするようになり、男性は男に「あなたに逮捕状が出ている」と言われ、検事を名乗る男の指示で、2回にわたって指定された口座に現金を振り込んだといいます。不審に思った男性が署に相談し、発覚したものです。男性は、警察官だという男の名前を調べたところ、実在する他県の警察の刑事部長と類似、「インターネットで調べた顔と同じでだまされた。本物が話しているみたいだった」と話しているといい、警察は、写真から生成AIで動画を作成し、ビデオ通話で男性をだましたとみています。総務省の2024年度情報通信白書によると、生成AIが犯罪に利用されるケースも増えており、実在する人物の顔や声から、本当に話しているかのようなウソの動画を簡単に作成することができるようになっています。2023年11月には岸田文雄元首相が性的な発言をしたように見せかける動画がSNSなどで流され、物議を醸しました。ほかにも、被害者の携帯電話などに県警の電話番号を偽装表示させて、インターネットで番号を調べてもばれないようにする(スプーフィングと呼ばれる手口)など、手口は多様化・巧妙化しています。

その他、最近の手口や摘発の動向からいくつか紹介します。

  • 特殊詐欺事件に関与していたとして、栃木県警は、中国籍で住居不定、無職の少年(17)を詐欺未遂の疑いで逮捕、少年はカンボジアを拠点とする国際的なトクリュウのメンバーで日本と海外を行き来していたといいます。栃木県警はグループが複数の詐欺事件に関与しているとみて全容解明を進めています。少年は何者かと共謀し、通信会社の社員や「サイバー局」の警察官になりすまし、岐阜県内の50代の女性にカンボジア国内から電話やLINEのビデオ通話で連絡、「(被害者名で作られた)口座には不正なお金が入っており、あなたも報酬を受け取ったことになっていて、逮捕状が出ている」などとうそを言い、保釈金名目で金をだまし取ろうとした疑いがもたれていますが、保釈金の話や、警察官役の男の横柄な態度を不審に思った女性が即座に通話を切り、岐阜県警に相談したことで事件が発覚したといいます。少年は2025年5月、別の事件でも県警に検挙されており、所持していたスマホを解析したところ、犯行拠点とみられる写真や日本語の犯行マニュアルなどが見つかり、詐欺事件への関与が疑われていました。少年の所属するグループは、タイと国境を接するカンボジア北西部ポイペトを拠点にしており、同地では2025年5月、現地当局により特殊詐欺グループの日本人29人らが摘発され、その後、愛知県警が逮捕していますが、少年のグループはこれとは別組織とみられています。
  • 本コラムでたびたび取り上げているとおり、金塊を買わせる特殊詐欺は近年急増しており、2024年には少なくとも10都府県で計21件(約9億円)の被害が確認されましたが、2025年7~10月には、仙台市の高齢女性が、警察官をかたる電話にだまされ、約3億4800万円相当の金塊をだまし取られています。直近でも高齢者に金塊を買わせてだまし取ったとして、埼玉県警が日本人と中国人の5人を詐欺容疑などで逮捕、トクリュウの可能性もあるとみられますが、金塊を買わせる詐欺グループの摘発は全国的にも珍しいといいます。男性は容疑者らの話を信じて電話で金塊を注文、時価4600万円以上の金塊27個を購入させられ、その後、外国籍の受け子が男性宅を訪れて金塊を受け取ったということです。金塊は都内の買い取り店に売却され、さらに加工業者に持ち込まれていたのを県警が発見しています。警察はトクリュウとみられるこのグループによる被害総額は4億円に上るとみています。現金ではなく金塊をだまし取る理由について、ある捜査関係者は「現金ほどかさばらず、運びやすいのでは」と推測していますが、警察や事業者が警戒を強める金融機関を避けている可能性も考えられます。こうした状況を受けて、警察庁は金塊を扱う業者に向けて、顧客に購入理由を確認するよう呼びかけています。
  • 詐欺で得た収益だと認識しながらマネロンに関わったとして、福岡県警は、愛知県一宮市の30代の男性会社員を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益の収受)容疑で逮捕しています。この会社員はもともと特殊詐欺の被害者でしたが、指示役の命令に従ううちにマネロンに加担するようになった疑いがあるとみられています。口座には計数千万円が振り込まれた形跡があり、別の口座に移したり、引き出して電子マネーに交換したりした疑いもあるといいます。会社員は2024年12月、「サイバーセキュリティセンター」の職員を名乗る人物から「あなたのスマホがウイルスに感染し、情報が流出し、多くの人が被害を受けている」、「救済の補償を受けるには30万円が必要」などと言われ、だまされていました。
  • 暗号資産の投資話を信じ296万円を振り込んだ80代男性が、振込先口座の名義人だった20代の若者を相手取り、全額の損害賠償を求めた訴訟の判決が大阪地裁でありました。この口座は、副業詐欺に遭った被告が、身元不明の相手に個人情報を送ったためにつくられたもので、双方の「不注意」が認められています。判決によれば、原告男性は、出会い系サイトで知り合った人物に「暗号資産で相当な利益が出る」と誘われ、指示されたアプリを使うなどして2023年9月、296万円を送金、その後、「追加保証金が必要」などと告げられたが、返金は受けられず、だまされたことに気づきました。一方、岐阜県高山市の被告は、その約半年前に「マッチングサイトで男性とメッセージのやりとりをするだけで報酬がもらえる」とうたう副業詐欺で189万円をだましとられ、被告は消費者金融で限度額まで借り入れをした末、SNSで見つけた「#個人融資」のアカウントのリンクから借金を申し込んだところ、「口座が必要」と言われて運転免許証の画像などの個人情報をLINEで何者かに送信、融資は受けられないまま連絡が途絶え、警察に経緯を説明していたものです。裁判官は、20代の被告には、口座が原告の詐欺に利用される認識はなかったとしつつ、「振り込め詐欺などで他人名義の口座の悪用が大きな問題となっていることは報道などで明らか。不注意の程度は大きい」と指摘した一方、80代の原告にも「出会い系サイトで知り合った身元不明の人物の説明を軽信した不注意があった。疑いをもつことが困難だったとまではうかがわれない」と判断、振込額の2割の過失相殺を認め、請求額から減額、そのうえで、80代被告への236万円の支払いを20代の被告に命じています。
  • SNSで架空の投資話を持ちかけ現金約50万円をだまし取ったとして、大阪府警は詐欺容疑で男2人を逮捕、府警は容疑者を、福岡市を拠点とする詐欺グループのトップとみているといいます。関与した被害額は数千万円分とみられています。共謀して2025年2月、SNSで知り合った長崎県の40代女性に、為替相場の変動などを予想する「バイナリーオプション」の情報商材として、架空の商品を販売し、現金52万円をだまし取ったもので、府警によれば、グループのアジトは福岡市博多区のマンション一室で、20~30代の男十数人の出入りが確認されています。府警は同9月、バイナリーオプション詐欺に関わった男4人を摘発、関係者の1人が容疑者の拠点にも出入りしていたため、府警が家宅捜索し、携帯電話27台やパソコン7台を押収したものです。
  • 警察庁は、著名人らを装ったインターネットの「バナー広告」を入り口とするSNS型投資詐欺被害が2025年1~9月、暫定値で計2229件発生し、被害額が約310億円に上ったと発表しています。7月以降の被害が目立ち、同庁が注意を呼びかけています。警察庁によれば、偽のバナー広告は「ユーチューブ」やインスタグラムなどのSNSに多数掲載されており、経済評論家らを装って「爆上げ投資銘柄をGET」などと宣伝し、閲覧者をLINEのグループチャットに誘導して投資話を持ちかけるのが主な手口で、被害者の約半数は50~60代で、「株投資」などの名目でネットバンキングでの送金を要求されるケースが目立つといいます。バナー広告を入り口とする手口の詐欺被害は2024年上半期に多発した後、いったん落ち着いたが、2025年春頃から再び増え始め、7月以降急増、8月は467件、9月は546件に上っています。偽のバナー広告を出された経済アナリストの森永康平さんは12日、警察庁を通じて「私がLINEを通じて投資の話をすることはありません」などと注意を促すコメントを発表しています。
  • 発生件数や被害額が近年増加傾向にある特殊詐欺について理解を深めてもらおうと、秋田県警の警察官が改めて状況を説明する対策講座が、秋田市の県ゆとり生活創造センター「遊学舎」で開かれました。被害の抑止にあたる担当者は最近起きている事例として「LINE上などで警察官になりすまし、口座の資金を確認する名目で別の口座に振り込ませようとする詐欺」、「スクリーンショットの画像を投稿することで簡単に報酬がもらえると思い込ませ、手数料などの名目でだまし取る「副業詐欺」」、「有名人をかたり、偽の投資に誘導する「SNS型投資詐欺」」、「会ったことがない異性からの「あなたが好き」「一日中想っている」といったSNSなどのメッセージを信じ込ませた上で、投資や振り込みに誘導する「ロマンス詐欺」」を挙げ、担当者は、2024年から新NISA(少額投資非課税制度)が始まり、投資で簡単に資産を増やせるという意識が広がってきたことや、QRコード決済やネットバンキングの普及でインターネット上での金銭のやりとりに対する抵抗感が薄れてきていることが被害増加の背景にあると指摘、防止策として「投資で簡単に利益は得られないことを理解する」、「もうけ話をすぐに受け入れない」、「知らない相手と接触しない」、「警察や県の発信する情報を理解し、新聞やニュースをこまめに見る」ことを呼びかけています。
  • ミャンマーを舞台にした国際的な詐欺事件で、当時16歳の少年ら3人を「かけ子」として紹介したなどとして、職業安定法違反などの罪に問われた被告に対し、名古屋地裁は、「特殊詐欺組織の人員確保に必要不可欠で重要な役割を果たした」などとして、懲役4年(求刑懲役5年)の判決を言い渡しています。判決によれば、被告は海外で特殊詐欺を行っている人物の依頼を受け、共謀のうえ、2024年11~12月に少年(当時16)=少年院送致=と男2人から顔写真などのデータを提供させ、3人をかけ子として雇用させ、2024年12月、少年を渡航させるため、中部国際空港へ車に乗せて誘拐したものです。判決は「日本の捜査権が及びにくく、紹介された人が脱出しにくい海外で特殊詐欺を行わせようとし、組織的、職業的、常習的な犯行だ」と指摘、被告が少年の渡航を入念にサポートするなど、主導的に犯行を進めていたことなどを踏まえ、実刑判決が相当だとしています
  • 茨城、宮城、富山、滋賀、奈良5県警の合同捜査本部は、カンボジア拠点の特殊詐欺事件で、富山市の女性から現金160万円をだまし取ったとして、詐欺の疑いで横浜市青葉区あざみ野の自称建設作業員の容疑者を逮捕、電話をかける「かけ子」を集める勧誘役とみて捜査しています。合同捜査本部は、2024年10月に詐欺の疑いでかけ子の男12人を、2025年4月には勧誘役とみられる少年と男2人を逮捕していました。
  • フィリピンを拠点に「ルフィ」を名乗り広域強盗を指示したとされる特殊詐欺グループの幹部で、強盗致傷ほう助罪などに問われた小島智信被告の控訴審初公判が東京高裁で開かれました。弁護側は懲役20年とした2025年7月の一審東京地裁判決が重過ぎると訴え、検察側は被告の控訴棄却を求め、結審しています。一審判決によれば、小島被告は2022年10~12月に山口県岩国市などで起きた強盗致傷事件や強盗未遂事件で、別の幹部藤田聖也被告に実行役を紹介、また2019年に、ルフィを名乗ったとされる幹部今村磨人被告と共謀し、金融庁職員などに成り済まし、うそをつき窃取したキャッシュカードで計約1500万円を不正に引き出したほか、現金約3800万円をだまし取ったものです。
  • 中国の拠点から特殊詐欺の電話をかけたとして、愛知県警は、中国籍の男ら男女3人を詐欺容疑で再逮捕しています。中国籍の男は詐欺電話をかける「かけ子」を勧誘し、中国の拠点まで連れて行く案内役を担っていたといいます。中国籍の男に勧誘された愛知県稲沢市のアルバイトの男は2025年、中国で拘束され、日本に強制送還されています。この男はかけ子として中国にある複数の拠点を一定期間ごとに移動しており、詐欺グループ側の中国人ら約20人が開いた酒宴に参加したこともあったほか、東南アジアの特殊詐欺拠点へ行く計画もあったと説明しているといいます。
  • 静岡県に住む60代女性名義の口座を開設し、現金110万円をだまし取ったとして、道仁会傘下組織組員らが再逮捕されています。男らは愛知県に住む80代の男性から400万円をだまし取ったとして先月逮捕されています。男らは2024年6月から7月にかけて、静岡県に住む60代女性に対し、「暴力団員が逮捕された。あなたにも疑いがかけられ捜査している」「被害者のお金を持っていないか確認する必要がある」「本当に関係ないならこの話を誰にもしてはいけない」などと警察官などになりすまし複数回電話をかけ、やり取りの中で男らは、口座開設に必要な情報を女性から聞き出し、女性名義の口座を開設、その口座などに110万円を送金させだまし取ったというものです。

最近の特殊詐欺等を巡る報道からいくつか紹介します。報道自体はこれ以上されていますが、被害の大きい事件を中心に取り上げます。

  • 大阪府警は、府内の60代の自営業男性が金の投資名目で現金など約4億4000万円分をだまし取られるロマンス詐欺の被害に遭ったと発表しています。1人あたりの被害額としては2025年の最高額といいます。発表では、男性は7~9月、SNSで女性と称する人物から接触され、金への投資を勧められ、現金や暗号資産を相手が指定する口座に送ったほか、貴金属店で金を購入して相手が指定する人物に渡し、だましとられたものです。利益分として返金を受けたこともあり、相手を信用したといいます。女性は「あなたと会えるのを楽しみにしている」などと恋愛感情を装うメッセージも送ってきていました。9月下旬、投資金の払い戻しができないと告げられたことを不審に思い、府警に届け出、被害が発覚したものです。
  • 愛知県警は、名古屋市中川区の60代の女性会社役員が、証券会社関係者を名乗る人物らから投資話を持ちかけられ、現金計1億1200万円をだまし取られたと発表しています。女性は2025年9月中旬ごろ、LINEの投資グループで、証券会社関係者を名乗る人物らから株への投資を勧められ、アプリをダウンロード、アプリ上で利益が出たように見えたため、同16日~10月31日、利益を現金化するための手数料などとして、指定された複数の口座に計12回、振り込みをしたといい、手数料をさらに払うよう求められ、不審に思って警察に相談し、被害が発覚したものです。
  • 言語学習アプリで知り合った人物からネットショップの運営を依頼され、山口県周南市の30代女性が現金約1億2千万円と暗号資産2200万円相当をだまし取られるロマンス詐欺の被害に遭ったと山口県警周南署が発表しています。言語学習アプリで外国籍を名乗る男性と知り合い、メッセージや電話でやりとりを重ね、ネットショップの運営費などの名目で送金を依頼され、恋愛感情から応じると、利益として5万円が振り込まれたといい、女性は7月から10月にかけて指定された口座などに計25回にわたり現金約1億2千万円と暗号資産を送金、女性が署に相談し発覚したものです。
  • 徳島県警は、徳島市の70代女性が、投資名目で計約1億3千万円相当の暗号資産「イーサリアム」をだまし取られる被害に遭ったと発表しています。2024年4月、女性の携帯電話に投資会社社員を名乗る男から電話があり、暗号資産投資を勧められ、LINEなどでやりとりし、投資アプリのアカウントを作成、指示通り投資するとアプリ上の残高が増えたといいます。2024年4月~10月、17回にわたり計約1億3千万円相当のイーサリアムを、男が指定した暗号資産の口座に当たる「コインアドレス」に送ったといい、アプリに表示される残高は一時約8億円になったものの、2024年11月ごろから減り始め、男とも連絡が取れなくなったことから、消費生活センターに相談し詐欺の恐れを指摘されたものです。
  • 架空請求をして現金をだまし取ったとして、警視庁特別捜査課は、IP電話回線レンタル会社「ボイスオーバー」元代表と、職業不詳の男の両容疑者を詐欺容疑で逮捕しています。2021年12月~22年1月、NTTファイナンスなどになりすまして愛知県の50代女性に「有料サイトの未納を振り込む必要がある」とうその電話をかけ、現金2200万円を振り込ませたとしています。特殊詐欺の被害金をマネロンしたとされる樋口拓也被告(37)=組織犯罪処罰法違反で起訴=らのグループを捜査する過程で関与が浮上、2021年秋、ボイス社は実質的にこのグループの手中に渡ったとみられています。樋口被告の自宅は「ルフィ」を名乗る指示役らによる広域強盗事件で、一部被害金の届け先になったとされています。
  • 和歌山北署は、和歌山市の60代女性が警察官などをかたる人物らに約1760万円相当の金塊をだまし取られる特殊詐欺被害にあったと発表しています。女性宅に厚生労働省の職員を名乗る人物から「保険証が不正に使用された」と電話があり、転送された電話で、大阪府警の警察官という人物から「今からでも逮捕できる。身の潔白を証明するには資産の調査が必要」となどと言われ、口座の残高情報を伝えたところ、その後、「通帳のお金を金塊に換え、裁判所に提出する。現金で返還する」と言われ、女性は金塊を購入、指示通りに自宅前に置くと、約30分後になくなっていたといいます。返金予定日になっても口座に入金されなかったため、同署に届け出たものです。
  • 金地金をだまし取ったとして、青森県警八戸署などは、台湾籍で住居不定の男を詐欺容疑で再逮捕しています。静岡県の50代男性が所有する携帯電話に、警察官を名乗る人物から「資金調査のため、金地金を購入してもらい、金融庁の職員に預けなければならない」という趣旨の電話があり、男性は、金地金600グラム(時価約1300万円相当)を購入し、同県内の集合住宅敷地内に置き、だまし取られたものです。男は、青森県内の70代男性から金地金をだまし取ろうとしたとして、同署などが詐欺未遂容疑で現行犯逮捕していました。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニや金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体・地域全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。また、最近では、一般人が詐欺被害を防止した事例が多数報道されています。特殊詐欺の被害防止は、何も特定の方々だけが取り組めばよいというものではありませんし、実際の事例をみても、さまざまな場面でリスクセンスが発揮され、ちょっとした「お節介」によって被害の防止につながっていることが分かります。このことは警察等の地道な取り組みが、社会的に浸透してきているうえ、他の年代の人たちも自分たちの社会の問題として強く意識するようになりつつあるという証左でもあり、そのことが被害防止という成果につながっているものと思われ、大変素晴らしいことだと感じます。一方、インターネットバンキングで自己完結して被害にあうケースが増えており、コンビニや金融機関によって被害を未然に防止できる状況は少なくなりつつある点は、今後の大きな課題だと思います。以下、直近の事例をいくつか紹介します。

  • 警察官をかたる男からかかってきたニセ電話詐欺の電話を録音して警察に提供し、被害防止に貢献した長崎県の女性に、長崎警察から感謝状が贈られています。阿比留さんは浦上警察署に勤務する警察官の妻で、2025年10月、自身のスマホにかかってきた電話を詐欺だと見抜き、やり取りを録音して県警に提供、電話をかけてきたのは福井県警の警察官をかたる男で、不審に思い録音を始めたところ次第につじつまが合わない話をし始めたといい、西彼杵郡(にしそのぎぐん)が読めなかったことも決め手となりました、阿比留さんが県警に提供した犯人の音声は、報道などを通して実際に詐欺被害防止に役立てられています。
  • 来店客が詐欺に遭うのを防いだとして、山口県警光署は、光市木園のセブン―イレブン光市木園店に勤める蔵重さんに感謝状を贈っています。不審な「うそ電話」で指示されたプリペイドカード購入を思いとどまらせ、光署に通報したといいます。心配ごとを抱えている様子だったので、プリペイドカードの使途を尋ねると、女性は「パソコンでインターネットを利用中、警告音が鳴り、画面に表示された番号に電話したら『修理のためカードを買って番号を入力して』と言われた」と説明したといいます。
  • 特殊詐欺被害を未然に防いだとして、愛知県警緑署は、碧海信用金庫鳴海支店の従業員、近藤さんらに感謝状を贈呈しています。来店した70代女性が窓口で引き出し限度額を93万円に引き上げるよう求めたため、不審に思った近藤さんが丁寧に声をかけると、女性は区職員を語る男性から電話で「医療費の還付手続きをしないといけない」などと言われたと説明したといい、近藤さんの説得を受け女性が警察に相談したことで、電話は詐欺だと発覚したものです。近藤さんは「地域に根ざす金融機関の使命として、詐欺を未然に防ぐことができてよかった」と語っています。
  • 著名人をかたる偽広告で投資を募り、金をだまし取るSNS型投資詐欺の被害が急増していることを受けて、警察庁は「ホンモノからのメッセージ」として、公式Xに名前を使われた本人のコメントを載せるなどし、注意を呼び掛けています。同庁によれば、SNS型投資詐欺の認知件数は2025年9月末時点で5942件、被害額は773億円と前年同期比で約70億円増えています。株価高騰に伴う投資熱の高まりもあってか、8、9月は連続で件数、被害額とも月別の過去最多を更新、被害の多くはユーチューブの視聴中に流れる広告動画やバナー広告を入り口に、偽投資グループのLINEなどに誘導し、インターネットで金銭を送らせる手口で、広告は、投資家や経済評論家が正しい資産運用を指南するなどとうたって投資を勧誘する内容で、AIによるとみられる偽動画もあります。被害の半数を50~60代が占めるといい、警察庁は対策として、名前を悪用された本人に協力を依頼。経済アナリストの森永康平氏の「私がLINEを通じて投資の話をすることはありません」、経済評論家の三橋貴明氏の「私が投資を呼びかけることは絶対にありません」など、承諾を得た3人のメッセージを公式Xに掲載しました。広報啓発に生かすほか、本人の関連サイトでも発信してもらうとしています。3人の他には投資家のテスタ氏や実業家の前沢友作氏、堀江貴文氏らをかたる被害が多いといい、引き続き協力を要請しています。
  • 東京都内に本店を置く地方銀行3行が、特殊詐欺の被害根絶に向けて警視庁と協定を締結しています。詐欺で使われた口座情報を直後に共有してもらい、同じ口座に振り込む顧客がいないか確認するなどの対策を講じるといいます。協定を結んだのはきらぼし銀行、東京スター銀行、東日本銀行の3行で、協定の締結で、犯罪に使われたことが疑われる口座を見つけたり、詐欺被害に遭ったとみられる顧客に気づいたりすれば3行が警視庁に速報することになりました。警視庁側は、詐欺に使われた口座情報のほか、所有者の氏名や住所、生年月日などを共有して、被害防止に役立ててもらうといいます。関係者は「大事なお金が悪い人に行ってしまうことを腹立たしく思っている」とし、「警視庁との連携を通して、詐欺をやれば必ず捕まるということを示し、なんとか被害を縮減したい」などと述べています。また、警視庁の鎌田副総監は「特殊詐欺対策はトクリュウ対策の一丁目一番地」と位置づけ、「3行のお力添えを心強く思う」とあいさつしています。
  • 三重県松阪市は、「松阪市民を特殊詐欺等から守る条例」案などを市議会本会議に提案しています。携帯電話やスマホで通話しながら市内のATMを操作することを禁止し、事業者にも周知徹底を求めるもので、市民にとどまらずATMの全利用者を対象としており、市などによれば、条例化は全国でも初めての見通しといいます。市議会の議決を経て2026年1月1日施行を目指すとしています。罰則規定はないものの、市は効果について「市民が特殊詐欺への警戒心を持ち、金融機関などが注意喚起しやすくなる」と期待しています。松阪警察署と松阪市によると、同市では2024年、オレオレ詐欺などの特殊詐欺被害が46件、総額1億6400万円に上り、SNS型投資・ロマンス詐欺は23件、総額1億8162万円の被害が発生、最近も、市内の70代の無職女性が、計3870万円相当の現金と金地金をだまし取られる詐欺被害が発生しているといいます。

(2)特殊詐欺を巡る動向

2025年6月中旬、キャンパス内の学生寮で麻薬を含有する液体0.293グラムを所持したとして、麻薬取締法違反の罪に問われた元国士舘大男子柔道部員の被告(20)に、東京地裁立川支部は、拘禁刑1年6月、保護観察付き執行猶予3年(求刑拘禁刑1年6月)の判決を言い渡しています。裁判官は判決理由で、被告が自己使用などの目的で密売人から乾燥大麻や大麻リキッドを購入しており「経緯、動機に酌むべき事情はない。大麻などへの親和性を指摘せざるを得ない」と述べたていますが、一方で反省し、実名報道され大学を退学処分になるなど「相応の社会的制裁を受けている」として執行猶予を付けています。本件のように、大学スポーツ界で大麻所持など違法薬物問題が続いています。警察庁の2024年の調査で、大麻を使うきっかけは6割以上が「誘われて」であり、寮という一種の閉鎖空間で薬物が広がる傾向があることは本コラムでも指摘してきたとおりです。こうした状況に対し、拓殖大レスリング部が民間検査を活用するなど、自主的に対策へ乗り出す動きも出てきています。報道によれば、レスリング部員21人は2025年9月に大麻や覚せい剤などの使用を判別する尿検査を受け、25分足らずで終了、同部監督は、SNSなどで簡単に薬物に接触できる状況を案じ「選手の安全を守り、抑止力にもなる」と狙いを説明、自身が目の前で結果を直接確認し「学生に不安な時間を与えることもない」と述べており、他の運動部にとっても参考となる取り組みといえます。なお、費用は1人につき1200円で、同部ではOBが負担したといいます。検査を手がける担当者は「摘発が目的ではなく、啓発活動が重要」と強調、関東の一部の大学ボクシング部や日本プロサーフィン連盟も既に導入したといいます。欧米では、高校生などに対して薬物スクリーニングが実施されていますし、特定の職業につくと定期的な薬物スクリーニング検査が実施されたり、他国籍の社員が派遣されてくる場合、新入社員を採用する場合などに薬物検査の結果を提出することが求められるなど、薬物使用の防止に対する意識が高いといえます(一方、最近は大麻解禁の動きと相まって取りやめる企業も増えているといいます)。実は日本企業でも定期的な薬物スクリーニング検査を実施する企業が増えているといい、例えば公共交通機関などは以前から実施していると聞きますし、自衛隊では抜き打ち検査などで実際に発覚した事例も数多くあります。薬物に対する啓もうの重要性については、本コラムでも以前から繰り返し述べていますが、企業や組織のレピュテーションの棄損につながる、貴重な従業員を失うことになるなど、企業や組織を守るためにさらに踏み込んだ取り組みも検討すべき状況にあるといえます。

営利目的で相当量の覚せい剤を所持したとして、神奈川県警などは、イラン人の男3人を覚せい剤取締法違反の疑いで再逮捕、静岡県富士市にある建物を家宅捜索し、大量の薬物を押収しています。神奈川県警薬物銃器対策課によれば、捜索では錠剤約5万錠や結晶など、大量の違法薬物を押収、錠剤の一部は覚せい剤の成分が含まれているといい、スパイダーマンやスーパーマリオブラザーズなどの人気キャラクターが刻印されていたり、カラフルに色づけされたりしているものもあるなど、覚せい剤への抵抗感を薄め、販路を拡大しようとした可能性があるとみられています。なお、建物内から錠剤のほかに、覚せい剤約40キロ、アヘン約10キロ、大麻リキッド約200本、コカイン約10キロなどを押収したといいその量に圧倒されます。なお、覚せい剤は末端価格で20億円以上に相当する量であり、総額では数十億円にのぼるとみられるほか、国内で一度に大量のアヘンが押収されるのは珍しいといいます。倉庫は富士市の田園地帯にあり、周囲は高い塀で囲われていたといい、建物の中には、はかりや器具などもあり、男らがこの建物内で薬物の製造や加工に関わったとみられています。さらに、3人は別のイラン人グループと連携しながら薬物の密輸や密売にも関与した可能性があるとみて、実態解明を進めています。国内での若者への大麻をはじめとする薬物の蔓延の背景には、このような外国人犯罪グループが関与している実態をあらためて実感させられます。

静岡市の清水港で2025年7月、着岸中だった貨物船の船底部から大量のコカインが見つかった事件で、第3管区海上保安本部は、ブラジル国籍の男ら4人を麻薬及び向精神薬取締法違反(営利目的輸入未遂)容疑で逮捕しています。乗組員に気付かれることなく薬物を船に隠す「パラサイト型」と呼ばれる手口でコカインを密輸入しようとした疑いがあり、同手口による逮捕者は全国で初めてといいます。4人は2024年1月、静岡県富士市の田子の浦港に着岸していた貨物船の船底部の「海水取入口」に隠していたコカイン約20キロ(末端価格約5億円)を回収して密輸入しようとした疑いがもたれています。逮捕された4人とは別の男が潜水してコカインを回収しようとしたが失敗、男は溺れて死亡し、2024年2月に静岡市の清水港沖で遺体が見つかり、遺体はウェットスーツを着た状態で、工具を所持するなど不審点があったことから、海保などが捜査を進め、2025年7月に清水港に寄港した貨物船からコカインを発見したものです(驚くべき手口ですが、乗組員も全く知らない状況で、どうやって認知できたのか不思議でしたが納得しました)。

沖縄県警は、指定薬物「エトミデート」を含有する液体約63.84グラムを販売目的で貯蔵していたとして、医薬品医療機器法違反(販売目的貯蔵)容疑で福岡市の無職の男=同罪で起訴済み=を逮捕しています。男はトクリュウで違法薬物密売組織の「69(シックスナイン)」のトップで、グループに未成年が含まれる疑いがあることも判明しています。沖縄県内ではエトミデート所持容疑の摘発が相次いでおり、大規模な密売組織が、若年層を中心に薬物を蔓延させている実態が浮き彫りになりました(本コラムでも流通経路に注目していましたが、トクリュウの関与が判明したことは予想とおりでもあり、大きな成果だといえます。一方、首都圏で売りさばいた疑いがあり、全国で蔓延する可能性もあるとも指摘しましたが、その通りの状況になっており注意が必要です。捜査関係者も「当初は局地的な広がりと思っていたが、その後の捜査などで、日本にもエトミデートの市場ができつつあることが分かった」と危機感を示しています)エトミデートの販売目的での貯蔵による摘発は全国初といいます。以前の本コラムでも取り上げましたが、若年層を中心に指定薬物「エトミデート」の乱用が広がりつつあります。海外の麻酔手術などに使われる鎮静剤で、脳の中枢神経に働きかけて神経の働きを抑えるもので、意識を失ったり、立っていられなくなったりする場合もあり、日本では2025年5月に指定薬物として規制され、使用や所持、輸入などが原則禁止されました。過剰摂取すると手足がけいれんすることなどから「ゾンビたばこ」「笑気麻酔」とも呼ばれます。このグループはXや口コミなどで客を募り、匿名性の高い通信アプリに誘導し複数の薬物を密売していたとされ、メンバーは10~20代が中心で最大約100人、県内のエトミデート流通の大半がこのグループを介したものとみられています。沖縄県警は暴力団が関与している可能性も視野に捜査を進めています(暴力団の関与についても予想とおりです)。男は読谷村で発生した薬物の取引が原因とみられる恐喝未遂事件に関与したとして2025年3月に逮捕され、当時住んでいた浦添市の自宅を捜索したところ、エトミデートを含有する液体が入った約30個のカートリッジが見つかり、その後、釈放された男は福岡市のアパートに拠点を移しましたが、福岡市内のアパートで男2人と共謀し大麻を所持していたほか、合成麻薬MDMAを摂取したとして麻薬取締法違反容疑で2度逮捕されています。

暴力団等反社会的勢力が関与した薬物事犯について、いくつか紹介します。

  • 覚せい剤およそ184グラム(末端価格約1200万円相当)を営利目的で所持したとして、覚せい剤取締法違反の疑いで太州会傘下組織組幹部が逮捕されています。別の覚せい剤事件の関係先として警察が容疑者の自宅を捜索した際に覚せい剤のほか、注射器683本なども発見したということです。警察の調べに対し「密売するために所持していた」という趣旨の供述をし、容疑を認めています。福岡県警が2025年に押収した覚せい剤の量としては、密輸事件を除いて最多となります。
  • タイから大麻草約350グラムを密輸したとして、京都府警は、大麻取締法違反(営利目的輸入)の疑いで、タイ国籍の容疑者を含む3人を逮捕、3人はトクリュウのメンバーで、1人が指示役、1人が闇バイトのリクルートを担当し、タイ国籍の容疑者はタイから大麻草を発送したといいます。互いに面識はなく、秘匿性の高い通信アプリを使って勧誘や情報共有などを行っていたとみられています。うち1人の容疑者について、京都府警は大麻草由来のCBDからTHCを含む液体を製造したとして、麻薬取締法違反(営利目的製造)の疑いで逮捕していました。
  • 愛知県警が稲川会傘下組織幹部とその妹を覚せい剤取締法違反などの疑いで逮捕・送検しています。横浜市の自宅で覚せい剤0.629グラム、末端価格3万7000円相当を所持した疑いが持たれています。また、妹は自宅で乾燥大麻2.093グラム、末端価格1万円相当を販売する目的で所持したとして逮捕・送検されています。妹の自宅からは栽培中の大麻194株などが押収されていて、警察は、2人が共同で大麻を栽培していた可能性も視野に、違法薬物の流通ルートなど調べを進めています。

その他、最近の薬物事犯を巡る報道から、いくつか紹介します。とりわけ直近では教職員や公務員による摘発事例が相次ぎました

  • 大麻を所持したなどとして、秋田県警は2025年9月から11月までに中学校教諭や僧侶ら5人を麻薬取締法違反などの疑いで逮捕しています。秋田市の男は同9月、自宅で大麻約1キロを営利目的で所持した疑いのほか、麻薬成分を含むキノコ(マジックマッシュルーム)約2.3キロを押収、ともに県警が単独で検挙した事件としては最大の押収量といいます。同容疑者は自宅で大麻草11株を栽培したとして、大麻取締法違反(栽培)の容疑でも逮捕されています。この男の逮捕を起点に捜査を進めた結果、他の容疑者を自宅で大麻を所持した疑い、秋田市の男から大麻を譲り受けた疑いなどで逮捕、湯沢市の男は横手市内の中学校教諭で、学校によると、2025年4月に赴任し、担当教科は英語で「勤務態度には問題なかった」といいます。
  • 近畿厚生局麻薬取締部は、自宅などで大麻を所持したなどとして、麻薬取締法違反(所持)の疑いで、当時大阪府立高の教員だった容疑者を現行犯逮捕しています。2025年9月、出勤時に持っていた鞄や自宅で大麻クッキー548グラムのほか、乾燥大麻とマジックマッシュルームを所持したとしています。麻薬取締部がSNSを利用した大麻クッキーなどの密売事件捜査の一環で調べていたということです。
  • 北九州市教育委員会は、大麻を所持していたとして麻薬取締法違反(大麻所持)容疑で逮捕・起訴された市立若松中央小の常勤講師を懲戒免職処分にしています。2025年9月、小倉南区のホテルで大麻を含む植物片を所持したとして逮捕、起訴されたものです。「軽はずみな行動で迷惑を掛けた」と話しているといいます。
  • 奈良市は、大麻リキッドを所持、使用したとして麻薬取締法違反罪で起訴された市保健衛生課の20代の男性職員を懲戒免職処分にしています。2025年8月、自宅で大麻リキッドを所持したとして奈良県警奈良署に逮捕され、9月に起訴されたものです。8月下旬頃から9月10日までの間に実家または周辺で大麻リキッドを使用したとして再逮捕され、10月に追起訴されています。
  • 事故を起こして酒酔い運転容疑で逮捕された男性の車から大麻が見つかったとして、警視庁神田署は、千葉市美浜区の20代の会社役員を麻薬取締法違反(所持)容疑で逮捕しています。容疑者は一般道を200メートル逆走してタクシーと正面衝突しており、神田署は今後、自動車運転処罰法違反(危険運転致傷)容疑も視野に捜査するといいます。調べに「ハロウィーン前日で祭りのようだったので陽気になった。運転し始めた時の記憶はない」と話したといいます。
  • 東京・歌舞伎町で「大麻リキッド」を所持したとして、麻薬取締法違反の疑いで警視庁に逮捕された大相撲の元十両について東京地検は、不起訴処分としています。地検は理由を明らかにしていませんが、男性は、2025年5月中旬に大麻成分が入った液体約0.1グラムを所持した疑いがあるとして、10月に逮捕され、「合法だと思った」と供述していました。

若者を中心に市販薬の過剰摂取(オーバードーズ)が社会問題化していることを受け、厚生労働省の専門部会調査会は、2026年5月の改正医薬品医療機器法(薬機法)施行で規制強化される「指定乱用防止医薬品」に、新たな2成分を含め8成分を指定する意見を取りまとめています。厚労省研究班の2024年度の調査では、過去1年間にせき止め薬や解熱鎮痛薬などの市販薬を乱用目的で使った経験がある中学生は推定1.8%(約55人に1人)に上り、背景には孤立や「生きづらさ」があると指摘されています。また、10代の薬物依存症患者が使った薬物のうち、市販薬の割合は年々増え続け、2024年度は7割を超えています。薬局などで手に入る市販薬について、厚労省は2014年、依存性のあるコデイン、エフェドリンなど6成分を「乱用の恐れのある医薬品」に指定、販売には若年者の氏名や年齢確認、「原則1人1箱」などの規制があります。さらに改正薬機法で「指定乱用防止医薬品」に呼び名を変え、薬剤師らに書面での説明を義務付けるなど販売を厳格化、18歳未満には対面かビデオ通話で説明をし、小容量の販売のみが認められることになります。この日の調査会では、従来の6成分に加え、新たにせき止め成分の「デキストロメトルファン」とアレルギー薬成分の「ジフェンヒドラミン」を追加して指定する意見がまとめられ、また、複数店舗での買い回りを防ぐ対策や教育との連携の必要性などが指摘されました。報道で研究班調査を担った国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の嶋根卓也研究室長は「市販薬についてはSNSを通じて情報が拡散している。自殺対策としても取り組む必要があり、相談先の情報提供も必要だ」と述べていますが、正にそのとおりだと思います。

関連して東京・歌舞伎町の支援団体「日本駆け込み寺」は、オーバードーズ撲滅に向けた関係者向けの勉強会を開き、過去に依存したことのある女性が登壇、女性は「舌が青くなるのがかわいいなど、一種のファッション感覚の人もいる」「飲むと、良い思い出まで消えてしまう」とデメリットを強調し、かつての自身と同じ境遇の人たちに警鐘を鳴らしています。例えば、「以前は万引きした薬を配っている人がいた。最近は(万引き対策で)店頭に置かれているのは空箱になった。(購入量などの)規制もかかって入手が難しくなっているようだ。そのため、よく調べずに『なんでもいいから飲んじゃえ』みたいに飲むようになった子が多くなった」「売っている人がいる。薬事法違反だろう。病院で処方される薬をより高い価格で売っている。それでも買っている人が散見される」「錠剤を粉にし、甘い飲料に混ぜているようだ。3年ほど前、私自身もそれで救急搬送されたことが10回以上あった」「オーバードーズに憧れて歌舞伎町にやってきている子がたくさんいる。口の色が変わるのがかわいいとか、一種のステータス、ファッションみたいに思われてしまっているのが現状だ」「もともと借金を背負っていたとか、目を背けたい現実があってオーバードーズしている人が少なくない。高いところが怖くなくなるといった状況が作られてしまっているのではないか」「オーバードーズは北海道や九州などの繁華街でも流行しているし、行為自体もヒートアップしていると感じる。SNSを通じ、興味を持つ子も増えているようだ。興味本位の中年男性も現れている。行政が対応するのは難しいだろう」「私自身は脳みそが溶けたような感覚になっていた。ずっとピアノをやってきて、楽譜が読めず、弾けなくなってしまった。友達の名前も思い出せない、自分の名前も書けない、住所も分からない。それがきっかけでオーバードーズをやめた。みんな若いのに、いい思い出も記憶も消えるのはもったいない」「緊急搬送されたり、怪我をしたりすれば医療費もかかる。良いことはない。私は薬を買うくらいなら同じ値段のカラーコンタクトを買おうとか、そういう風に考えを変えるようになったら、やめられた。お金がもったいないと思えればいいかもしれない」「関わる人を選ぶことだと思う。自分がしっかりしていないと、やめるのは難しい。また、流されやすい子は手を染めやすい。ただ、なかなかやめられるものではないのも現実だ」といった話はオーバードーズの危険性をリアルに物語るもので、参考になります。

海外における薬物事犯や犯罪グループの動向を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • マレーシア国内に総額240万リンギ(約9千万円)相当のコカインを密輸しようとした疑いで、日本人3人が首都クアラルンプール近郊の国際空港で拘束されていますマレーシアでは麻薬の密売や関連する行為に対して、死刑などの厳罰が科される可能性があります。3人は、隣国タイの首都バンコクから空路でマレーシアに渡航、到着時の検査で、スーツケースの中からコカイン計12キロが発見されたといい、コカインは、干しエビなどに偽装され、真空パックにして荷物に隠されていたといいます。
  • 米連邦捜査局(FBI)のパテル長官は、中国当局が合成麻薬「フェンタニル」の原料生産を阻止する計画に合意したと発表しています。「中国がフェンタニル製造に使用される全13種類の前駆体物質を指定し、リスト化した」と明言、「致死性のある麻薬生産に利用されている化学関連の7社を直ちに管理下に置くことに同意した」と述べました。トランプ米大統領は治安悪化につながるフェンタニルの国内流入を食い止めるため、原料の輸出国である中国に対応を迫っており、2025年10月の米中首脳会談の「(議題の)リストのトップ」と位置づけていました。中国の習近平国家主席は会談でトランプ氏にフェンタニル対策を講じると約束、トランプ氏は見返りとして、フェンタニルを理由に2025年3月に課した対中関税の税率を20%から10%に引き下げました。フェンタニルは手軽で安価に入手できる合成麻薬として乱用が広がっており、米国で社会問題になっていることは本コラムでも取り上げてきました。メキシコの麻薬カルテルが中国から原料を買いつけ、違法製造したフェンタニルを米国に密輸している構図が指摘されています。2024年は10万人近くが過剰摂取で死亡したと説明、米政府は中国製の原料が使われ、国境を接するメキシコやカナダから米国に密輸されていると主張、2025年1月に発足した第2次トランプ政権でFBIが押収したフェンタニルは前年同期比3割増の1900キログラムに達し、1億2700万人の致死量に相当するといいます。米疾病対策センター(CDC)によれば、フェンタニルの過剰摂取による死者は2021年に全米で7万人を超え、18~49歳の死因では銃や交通事故を上回っています。2021年の米政府報告書で中国は「米国に密輸されるフェンタニルと関連物質の主な原産国」と位置づけられました。一方、別の報告書では、中国は2019年以降、メキシコ企業への原材料輸出へと転換したとも指摘されています。
  • 南米コロンビア当局は、太平洋沿岸の港で14トンのコカイン(約360億円相当)を押収したと発表しています。コカイン増産を助長しているとしてトランプ米政権がペトロ大統領を制裁対象とするなど米コロンビア関係の緊張が高まる中、ペトロ氏は「過去10年間で最大規模の摘発」と成果を強調しています。ペトロ氏によると、摘発はコロンビア西部ブエナベントゥラで行われ、同国国防省はXで、数十枚の袋に詰められた状態で倉庫から発見されたと明らかにしています。隠蔽のため、石灰と混ぜられていたといいます。コロンビアは世界最大のコカイン密造国。2023年の国連最新統計によれば、麻薬原料の栽培地は25万3000ヘクタールに達し、少なくとも2600トンのコカインが生産されました。トランプ政権は、麻薬流入阻止のためだとして、カリブ海や東太平洋で密輸を疑われた船を攻撃、ペトロ氏はこれを「超法規的な処刑」だとして非難しています。
  • 中米パナマの捜査当局は、太平洋を航行していた船から大量の麻薬を押収し、乗組員10人を逮捕したと発表しています。地元メディアによれば、押収したのは約12トンのコカインで、時価は2億ドル(約310億円)相当に上り、米国が最終目的地とみられ、捜査当局は「記録的な押収量」と強調しています。前述のとおり、米国は2025年9月以降、麻薬対策として東太平洋とカリブ海で密輸船を攻撃、南米から欧米に密輸される麻薬の中継地となってきたパナマも、当局が監視を強化しています。
  • スペインの警察当局は、ジブラルタル海峡を挟んだモロッコから手製ドローンで大麻樹脂を空輸していた疑いで9人を逮捕し、密輸グループを壊滅させたと発表しています。200キロ以上航行可能な高性能な機体を使用していたといいます。当局によると、ドローンはスペイン南部を出発しモロッコで麻薬を積載、再び海峡をまたぎ、南部カディス県で投下する運びだったといい、夜間の回収のため、麻薬の包みには蛍光マーカーや発信装置が備えられていたといいます。グループはほぼ毎晩活動し、最大10機のドローンを同時に運用。一晩で約200キロの大麻樹脂をスペインに持ち込んでいました。当局は、このグループが「市販品をはるかに超える航続距離、精度、積載能力を持つドローンを開発した」と指摘しています。モロッコは麻薬の主要生産国で、スペインとモロッコは海峡を挟み最短14キロで、スペインは欧州への大麻の流入拠点となっている実態があります。
  • 米紙ワシントン・ポスト電子版は、中央情報局(CIA)がアフガニスタンで2004~15年ごろ、ヘロインの原料となるケシの栽培を妨害するために秘密工作を実施していたと報じています。ヘロイン製造に使われる化学物質をほとんど含まないケシができる種子を上空から散布したといいます。アフガンはケシの生産が盛んで、イスラム主義組織タリバンは麻薬取引を資金源にしてきたとされる。麻薬の生産を抑え込むため、異例の手段で介入していた形となります。同紙によると、秘密工作はブッシュ(子)政権で始まり、オバマ政権にも引き継がれたとい、発覚を避けるため夜間に実施され、当初は英国の輸送機を使用、ケシが栽培されている畑に、特別に改良された大量の種子を散布、在来種と交雑させ、ヘロインの製造量を減らす狙いがあったといいます。作戦は一時的に成果を上げたものの、膨大な費用がかかったことなどから中断、時間がたつにつれて効果が薄れたといいます。
  • 南西アジアで麻薬取引が拡大、アヘンの栽培がアフガニスタンから周辺国へと広がる一方、地域内ではアヘン系薬物やメタンフェタミンの大規模な密輸が続いており、アフガニスタンの麻薬取引は米主導で始まったアフガニスタン戦争中に急成長したものの、タリバンが政権を掌握した後の2022年に全て禁止されました。 禁止措置は厳格に施行され、アヘンの原料となるケシの栽培量は劇的に減少しています。しかし戦争中にアフガニスタン人が蓄積した大量の備蓄からアヘンの取引は依然として行われており、これにより代替の収入源を持たずともより広い土地を持つ農民たちは禁令下でも生き延びることができています。国連薬物犯罪事務所(UNODC)が発表した報告書によれば、アフガニスタンでのアヘン用ケシの栽培は2025年も低水準にとどまり、栽培面積は1万200ヘクタールで2024年から20%減少、英国内に拠点を置く地理空間情報の提供・分析を専門とする大手企業「アルシス」は、ケシの栽培面積は1万2800ヘクタールで74%の増加とやや異なる推計を示していますが、いずれも禁止措置前に20万ヘクタール以上が栽培されていた時期と比べると、アフガニスタンでのアヘン栽培が依然としてごくわずかであることを示しています。一方、より重要なのは隣国パキスタンでの栽培面積の大幅な拡大で、パキスタンでは25年前にアヘンがほぼ根絶されましたが、タリバンによる禁令以降再び栽培が復活、「同地での栽培拡大は、タリバンによって疎外されたアフガニスタンの農民たちが自らの知識や経験を国境を越えた土地所有者と共有していることが要因だ」とアルシスは指摘しています。アルシスはパキスタン・バロチスタン州のわずか2つの小さな地区だけで8000ヘクタール以上のケシが栽培されていると推定、タリバンの麻薬禁止令はパキスタンほどではないものの、イランの一部地域への栽培拡大も促しているといい、禁止措置によりアフガニスタン産アヘンの価格は上昇、イラン側はより安価な供給源を自国に近い場所で求めている可能性があります
  • トランプ米大統領は、南米ベネズエラからの麻薬について、陸路での流入阻止に向けた取り組みを近く開始すると表明しています。米政権は2025年9月以降、ベネズエラ周辺で「麻薬運搬船」とみなす船への爆撃を繰り返し、地上攻撃の可能性も取り沙汰されています。トランプ氏は「ベネズエラは米国に毒を送り年間で数十万人を殺害している」と主張、カリブ海や東太平洋での攻撃で、麻薬の流入が大幅に減少したと強調した上で「陸路でも止める。(海よりも)簡単だ。間もなく始める」と語りました。米国務省は同11月、ベネズエラの犯罪組織「カルテル・デ・ロス・ソレス(太陽のカルテル)」を外国テロ組織に指定、「マドゥロ大統領が組織を率いている」と主張しています。これに対しベネズエラ政府は、存在しない集団をテロ組織に指定する計画は「ばかげている」と指摘しています。ベネズエラのギル外相は「存在しないカルテル・デ・ロス・ソレスをテロ組織と指定するというルビオ米国務長官による新たな馬鹿げたでっち上げを断固拒否する」と表明、「(テロ組織指定は)米国の典型的な政権転覆戦略のもと、ベネズエラに対する不当かつ違法な介入を正当化するための、悪名高く卑劣な嘘を復活させるものだ。この新たな策略は、わが国に対する、これまで繰り返された侵略と同じ運命をたどり、失敗に終わるだろう」と述べています。米財務省は2025年7月にカルテル・デ・ロス・ソレスを「特別指定グローバル・テロリスト(SDGT)」に指定しています。米政権は麻薬対策を名目に、「非合法な政権」(ルビオ国務長官)と位置づけるベネズエラのマドゥロ政権に対する退陣圧力を強めており、米軍は最新型の原子力空母「ジェラルド・フォード」を中心とする空母打撃群をカリブ海に展開し、周辺に約1万5000人の兵士を配備しています。なお、ロイター通信は、米国での世論調査で、トランプ政権が2025年9月以降にカリブ海などで続ける「麻薬運搬船」攻撃を巡り、司法手続きを経ずに麻薬密輸の容疑者を殺害することを支持するとの回答が29%にとどまったと報じています。反対は51%に上りました。政権は麻薬の流入阻止を掲げ強硬姿勢を貫いていますが、手法の正当性に対する疑念が浮き彫りになっています。調査によれば、共和党支持層は58%が支持し、27%が反対、民主党支持層の支持は8%で、反対は76%に上りました。また、マドゥロ大統領を排除するために軍事力を使うことに賛成したのは21%で、反対は47%となりました。

(2)特殊詐欺を巡る動向

安倍晋三・元首相(当時67歳)が2022年に奈良市で演説中に銃撃されて死亡した事件は、厳密にいえばテロといえるかどうか意見の分かれるところですが、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を巡る主義主張に基づき、要人を標的にしたことで政治的な混乱を生み、社会的な影響を与えたという点ではテロといってよく、日本におけるテロ対策上の課題を炙り出した事件でもあり、しっかりと検証していく必要があります。奈良地裁で山上被告に対する裁判員裁判の被告人質問が行われ、その動機の一端や経緯などが明らかになってきています。母親に対する不信感が激しい怒りに変容したこと、周囲への影響を最小限にしつつ幹部だけを確実に仕留めるために自作銃を選択したこと、材料集めや作り方などができたこと、安倍氏をターゲットにしたのは直前であることなどが判明しています。筆者は、宗教に絡む主義主張に基づき結果的にテロといえるものの、「旧統一教会関係の要人」(結果的に安倍氏)を狙った私怨に基づく復讐の要素が強いこと、周囲を大きく巻き込まないための配慮をするなどとても冷静にことを進める姿に震撼するとともに、犯行を可能にした「犯罪インフラ」が簡単に手に入る社会の恐ろしさなどが大変印象に残りました。また、今後の「ローンオフェンダーによるテロ」への対策を考えるうえで、重要な示唆を含むものと感じます。

  • 2025年11月25日付毎日新聞の記事「教団幹部から「安倍氏は我々の味方」 山上被告、公判で語った動機」によれば、安倍氏と旧統一教会が関わりを持つことで、教団が問題がない団体とされてしまうことを恐れたとし「非常に悔しく、絶望と危機感があった」と説明しています。被告が海上自衛隊に入隊していたころ、援助を求める母親からの電話を無視したといい、「自分が期待に応えなかったことで、母親が宗教的、経済的にも挫折した」と指摘、自身の自殺未遂の理由を「父親としての役割を押し付けられることに嫌気が差した」と説明しています。また、自殺未遂を受け、教団から一部返金が始まったことには「全額返金を求められるよりは、困らない程度に出し、請求されないようにするのが統一(教会)だ」と批判しました。その後、2015年に兄が自殺、「母親に金銭援助していれば家族は困らなかったのではないか。兄は自分が殺したようなものではないか」と被告は兄の死に強いショックを受け、自らを責め、兄の血で染まった服が「自分の罪悪の象徴」のように感じたといいます。母親に対する不信感が激しい怒りに変容したのはこの頃で、兄の死は、教団と母親にとっては「ハッピーエンド」の結末になっていたといい、「自分が悔やんで兄妹への責任を考えている時に、母はまったく違う所にいると分かりました」と述べています。
  • 兄の死後、それまで漠然と頭にあった教団幹部への襲撃計画を実行に移すため動き始めています。1度目は2018年、ナイフと催涙スプレーを手に教団のイベントに出向き、2度目は2019年で火炎瓶を持参、しかし、いずれも実行に移すことができず、失敗に終わります。被告には、他者の命を奪うことへのためらいがあり、「対象と距離を取れば心理的に負担なく(相手を殺害)できる。例えばナイフで刺すのは最も心理的抵抗が高いので、どう距離を取るかと考えていました。そして、それは銃だろう、と」(被告)という結論に至ります。これまでの公判で、被告が2020年10月に、インターネットで銃の「密売人」に接触し、暗号資産で約20万円を送金していたことが分かっています。しかし、銃は届かず、被告は相手に「お前と遊びたいんじゃないんだよ」とメッセージを送っていました。
  • こうして被告は2020年12月から手製の銃の製造を始めることになります(なお、被告は海上自衛隊の訓練射撃で隊の動機でトップの成績であったことも影響していると思われます)。「爆弾を使用すると被害の範囲が広がるので、ある程度限定したほうがいいと」、「幹部を確実に仕留めつつ、周囲に被害を広めないようにということだったと思います」という理由も明らかになりました。材料はホームセンターやネットを通じてかき集め、弾の速度を測る機器も購入(銃や火薬の材料を計847点(約60万円)購入していたとされます)、模型や無線操縦装置が好きで、はんだごてを操っていた兄のことを思い出しながらの作業だったといいます。完成した手製銃は「半分おもちゃみたいな、ごみのような」完成度だったとはいえ、人を殺傷するには十分な威力を備えていました。なお、手製銃は「威力が心もとないので、銃身の長さを変えて威力が上がればと思った」として、1丁では足りず、銃撃事件までに約10丁の手製銃を完成させていました。教団幹部を襲撃する際には計3丁が必要だと考えていたといいます。また、手製銃はインターネット上の情報のほか、アメリカのゲームも参考にしたといい、休日は銃の製造に充てていたということです。手製銃で確実に命中させたいとの意向があったといい、「(散弾が広がり過ぎると)周囲の人に被害を広げることになる」、「散弾銃の作り方」とするファイルもまとめていたといいます。火薬も自作しており、被告は「人けのない駐車場で材料を混ぜる作業をしていた。混ぜる作業は静電気が出ると爆発する可能性があり、万が一爆発しても被害が出ないようにするためだった」と述べています
  • そして、被告は法廷で安倍氏が官房長官だった2006年ごろ、奈良の教団幹部から「安倍氏はうちの教義を知っている。我々の味方だ」と言われたことがあると振り返り、教団と安倍氏の結びつきについてアンテナを張り、ネットで情報を集めていたと明かしています。安倍氏は2021年、教団の関連団体が主催したイベントにビデオメッセージを寄せ、教団トップに敬意を表するという内容で、被告は捜査段階時に、この動画を知って安倍氏を狙ったと供述していたとされます。なお、安倍氏を標的としたのは事件直前で2022年7月に入ってから(銃撃事件は2022年7月8日)だったと明らかにしています。「非常に長い期間、首相だったので、社会的に教団が認められていくのではないか、問題ないと認知されていってしまうのではないかと思いました。被害に遭った側からすると非常に悔しいと言いますか、受け入れられない状況だと思いました」とし、その感情を「絶望と危機感かと思う」と述べています。
  • 公判には、旧統一教会の被害救済に取り組む全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)の弁護士2人が証人出廷、被告のような「宗教2世」の存在を遅くとも20年前には把握していたものの、たなざらしになっていたと明かしています。これまでの公判で、教団の信者である被告の母親は自己破産するまで献金を続け、子どもより教団活動を優先したとみられています。自身もかつて信者だった弁護側証人の神谷慎一弁護士は「信者にとっては献金が救い。神の意思に反することは罪で、永遠の地獄にいくと信じ込まされている」と指摘、親の信仰で経済的、心理的に苦しむ宗教2世の問題は1990年代からあり、2000年代には一部で知られていましが、研究が深まらず、光が当てられてこなかったといいます。同じく弁護側証人の山口広弁護士も「(教団にとって)信者の子は『カモ』。教団の活動を担っていく信者の卵だ」とし、「20年くらい前から問題の深刻さを認識していた。『どうにかしないと』と思っていたが、教団に対抗するための活動で精いっぱいだった」と説明、全国弁連や国が救済窓口を設けて対策を講じていれば、安倍晋三元首相銃撃事件も「防ぐことはできた。努力が足りなかったと今更ながら思っている」と述べています。宗教2世の存在は潜在化し、教団の活動実態にも社会的注目は集まらず、その裏で教団は政治との距離を急速に縮め、山口弁護士は「政府や国会議員が(教団に対して)動きにくくなると思った。安倍氏に抗議文を送ったが、受け取りを拒否された」と述べています。

その他、国内外のテロやテロリスクを巡る最近の動向について、いくつか紹介します。

  • 富山県高岡市は、全国瞬時警報システム「Jアラート」の受信機の修繕中に、大規模テロ情報を誤発信したと発表しています。同システムは、弾道ミサイルの飛来など緊急事態に関する情報を、受信機を介し住民に瞬時に伝えるものですが、同市の公式ラインや防災情報メールなどの登録者計12万8000人に対して、「当地域にテロの危険が及ぶ可能性があります」などとの情報が配信され、市は国や県へ情報の事実確認を行い、約30分後に誤報だったと訂正したものです。市の受信機は2週間ほど前に故障が判明していたといい、同日は富山県内外の委託業者2社が修繕作業中で、外部との通信を遮断し、テストメールを送って受信機から住民へ情報を発信できるかを確認していたといいます。その際、テストメール1通が完全に送信できていない状態で通信を接続したため、誤発信されたとものです。内容が内容だけに誤配信は問題ですが、(故障に気づかない自治体も多い中)システムの故障を把握して速やかに改修している点は評価できます。
  • イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)に感化された若者らがパリの劇場や飲食店を襲撃し、130人が死亡した同時多発テロから10年が経過しました。本コラムでも当時からテロの動向を注視しており、パリ同時多発テロに前後してイスラム過激派やその支持者などによる「テロの嵐」が吹き荒れていた状況をお伝えしてきました。最近は世界を震撼させる大規模なテロ事件は起きていませんが、その脅威が消えたわけではありません。フランスでは2015年1月、風刺週刊紙「シャルリーエブド」の本社とユダヤ人向けのスーパーが襲撃されて17人が死亡、2016年7月にも南部ニースでトラックが群衆に突っ込み、86人が犠牲となりました。また、2016~17年にかけてドイツや英国でも自爆や車によるテロ事件が起きています。一方で、テロを扇動してきたISは米国の掃討作戦を受けて弱体化し、最近は、組織に属さず単独でテロを実行する「ローンオフェンダー」が主流となり、大がかりな事件は少なくなっています。欧州刑事警察機構(ユーロポール)が2025年6月に公表した報告書によれば、EU域内で2024年に確認されたテロ事件は58件で、うち34件が実行され、24件が未然の摘発などで失敗しているといいます。イスラム過激派による事件は6件が実行され、5人が死亡、失敗は18件あり、テロ関連の容疑で289人が拘束されています。こうした数字から治安当局によって水際で阻止されているものの、テロの脅威は依然としてくすぶっている状況がわかります。報告書は、パレスチナ自治区ガザ地区での戦闘で反イスラエルや親パレスチナの感情が高まっていると言及、こうした状況を「ISなどが悪用し、攻撃をあおって暴力をエスカレートさせようと試みた」と指摘しています。また、ISを支持する未成年者のグループがオンラインでネットワークを築き、テロを計画する事例もあるなど、ユーロポールは、イスラム過激派による事件が「最も犠牲者が出るテロであり続けている」と指摘しています。筆者も、本コラムで指摘し続けている「人心や国土の荒廃」がテロの土壌となること、そうした状況が世界中で現出していることに強い危機感を覚えます。
  • ベルギーの首都ブリュッセルのモレンベーク地区は、パリ同時多発テロやベルギー同時テロ(2016年)で、実行グループの多くのメンバーの出身地や潜伏先だったことから注目されました。同地区は、住民の約3割が、モロッコをはじめとしたイスラム教徒の多い北アフリカ出身で、ベルギーは1960年代、鉄鋼業などの労働力不足を補うためモロッコなどから大量の移民を受け入れ、その多くが住み着いたのが同地区で、やがて産業構造が変わり、工業が衰退すると地域の貧困が進んだといいます。一方、ISは当時、薬物の売人をしていた若者らに狙いを定めて接触、「死後に天国へ行ける」「多額の報酬が得られる」と持ちかけて支配地域だったシリアなどに渡航させ、訓練をしてテロリストに仕立てていました。リクルートした若者らが生活や将来の展望に不安があることに加え、もともと犯罪組織に関与しており、銃器の扱いに慣れている点に注目したとみられています。専門家は「二つのテロは、地区が抱える問題とISが結びついた結果だ」と指摘していますが、大変説得力があります。今、社会に不満を抱えた若者がSNSを通じて先鋭化する事例は、欧州各地で報告されており、貧困がテロの土壌となることも以前と変わらぬ真理だといえます。
  • パリ同時多発テロの実行犯10人は1人を除いて死亡し、唯一の生存者とされる男は終身刑が確定しています。テロをきっかけにイスラム過激派と穏健なイスラム教徒の人々を同一視して差別する風潮が強まり、その後も過激派によるテロが繰り返し起きており、国外から入り込む脅威への恐れは今も根強いものがあります。現地紙フィガロは、テロ実行犯が難民にまぎれて入国したと指摘し「事件の発生前、ジャーナリストや専門家、政治家はこうしたリスクを軽視し、時には否定さえした」と非難しています。マクロン大統領がパレスチナ国家の承認を決めるなどフランスが中東政策に力を入れる理由の1つは、中東情勢が国内の安定を左右するためで、ISのような過激派が勢力を増せば、再びフランスを標的とした大規模なテロが起きかねないとの懸念が常にあります。政治面でもテロは反移民感情が高まるきっかけの1つとなり、極右勢力が勢いづく要因ともなりました。新たな事件が起きればその傾向が加速することも考えられ、中東情勢の安定はマクロン政権にとっても喫緊の課題となっています。移民問題や排外主義が極度に高まる「人心の荒廃」がテロの土壌であることを忘れてはならないと思います。
  • 米国務省は、極左組織として知られる「アンティファ(反ファシスト)」に関連しているとして、ドイツ、イタリア、ギリシャの3か国を拠点に活動する4団体を20日付で「外国テロ組織(FTO)」に指定すると発表しています。指定対象は、ドイツ国内で「ファシスト」と見なした個人らへの攻撃を繰り返す「アンティファ・オスト」や、2003年以降、政府機関などに爆弾を送りつけているイタリアの「非公式アナキスト連盟」などで、「アンティファ」は、暴力行為も許容する個人やグループの集まりとされています。トランプ米政権は、2025年9月に米ユタ州で起きた保守活動家チャーリー・カーク氏の射殺事件を機に国内で「過激な左派」へ圧力をかけており、今回のFTO指定は、締め付けの対象を「世界中のアンティファ組織」(ルビオ米国務長官)に拡大させた形となります。
  • 2025年11月26日付日本経済新聞の記事「サヘル地域、イスラム過激主義とロシアの危険な融合」」はフィナンシャルグループタイムズの社説ですが、大変示唆に富む内容でした。「西アフリカ・マリの軍事政権は3年前、フランス軍を撤退に追い込んだ。この旧宗主国に対する侮辱的な行為は多くの国民から称賛を集めた。代わりに現れたのは、軍政の保護とイスラム反政府勢力の掃討を約束するロシアの傭兵だった。現在、国際テロ組織アルカイダ系の「イスラム・ムスリムの支援団(JNIM)」が首都バマコを包囲し、さらなるクーデターもうわさされる。世界がほとんど気づかないうちに、サヘル地域(サハラ砂漠の南に広がる半乾燥地帯)は世界的なテロの震源地となっている」との指摘にはハッとさせられました。記事では、国際シンクタンクの経済平和研究所(IEP)がまとめた「グローバル・テロリズム・インデックス」によれば、2024年にテロに関連する死亡の半数以上がサヘル地域で発生しており、その大半はISやアルカイダの関連組織によるものだったことを取り上げています。そのうえで、「サヘル諸国はある種の帝国主義が別の帝国主義にすり替わる危険に直面している。当初は民間軍事会社ワグネル、現在はその後継組織であるロシア国防省傘下の「アフリカ部隊」に所属する傭兵で、人権侵害への関与が指摘されている。ベナン、コートジボワール、トーゴ、ガーナといった比較的繁栄しているギニア湾沿岸諸国は、イスラム過激派が南へ勢力を拡大させることを懸念している。欧米は要請に応じてインテリジェンス(情報収集・分析)や訓練、軍事協力を提供すべきだ。過激主義が広がれば、絶望した若者がより良い未来を求めて国外脱出する理由になりかねない。欧州が有益な形で関与できる分野の一つは、若者の不満を反欧米感情や軍事行動への支持に結び付けているロシアの偽情報工作に対抗するオンライン戦略を見いだすことだ。もう一つはリスク資本の提供を拡大することだ。雇用機会の提供は過激主義に対する最善の予防策になる。結局のところ、イスラム過激主義とロシアの介入という危険な融合に対する唯一の長期的な解決策は、効果的な政府の確立だ。諸外国が建設的な支援を提供できるなら、それは支援する側の利益にもかなう」との指摘は正に正鵠を射るものと思います。
  • シリア政府は、IS掃討を進める有志連合に参加すると発表しました。シャラア暫定大統領とトランプ米大統領が協議(シリア首脳によるホワイトハウス訪問は史上初)、米国はアサド政権崩壊後の新生シリアを取り込み、中東情勢の安定につなげる狙いがあり、有志連合への参加は政治的な協力が中心で軍事支援は含まないといいます。シャラア氏はアサド政権の打倒後、親米欧の姿勢を鮮明にし、アサド政権下で科された経済制裁の解除を欧米に求めています。米財務省は、シリアと取引する外国企業などに対する制裁の一時停止措置を延長すると発表しています。
  • インドの首都ニューデリーの旧市街で車が爆発し、実行犯1人を含む11人が死亡し、32人が負傷したテロが発生しています。当局は簡易爆発装置(IED)を使った自爆攻撃の可能性があるとみて、武装組織との関わりも含めて捜査しています。地元紙などによれば、車に乗っていたとみられる男は、インドがパキスタンと領有権を争う北部ジャム・カシミール州プルワマの医師で、ハリヤナ州のアルファラ大で教えていたといいます。警察は医師ら7人を逮捕、大学などのネットワークを使い、パキスタン系の武装組織「ジャイシェ・ムハマド(JeM)」や、カシミールに拠点を置く「アンサル・ガズワトル・ヒンド(AGH)」と関わり、大規模なテロを計画していた疑いがあるとみています。知識層が過激派活動に関わっていた可能性があることから、現地メディアのテレグラフインディアは「ホワイトカラー過激派」の疑いがあると報じています。インド政府はパキスタンを名指しで批判していませんが、同国の関与を慎重に捜査しているといいます。インド北部カシミール地方では2025年4月、観光客ら26人が殺害される銃撃テロ事件があり、パキスタンの関与を主張するインド政府は5月、カシミール地方のパキスタン支配地域やパキスタン国内のテロ拠点を攻撃しています。今回のテロにパキスタンの関与が明らかになれば報復攻撃を行う可能性があります。
  • パキスタンの首都イスラマバードの裁判所前で自爆テロが発生しました。当局はテロに関与したとして、イスラム過激派の男4人を逮捕、いずれもイスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動(TTP)」と関係があるとみられています。自爆テロでは、民間人など12人が死亡し、TTPが犯行声明を出しており、逮捕された4人は、TTPの指示を受けて爆発物の運搬などを手伝った疑いが持たれています。当局は、自爆テロの実行犯はアフガニスタン国籍の男とみて調べています。パキスタンの国境地帯では近年、テロが頻発していますが、首都でのテロは異例で、パキスタン政府は、アフガンのイスラム主義勢力タリバン暫定政権が、TTPを保護しているとして批判しており、2025年10月に軍事衝突があった両国間の対立が深まる恐れがあります。

(5)犯罪インフラを巡る動向

警察庁などは、実在する警察署などから発信されたように装う手口の特殊詐欺の電話に、国内の通信事業者が提供するIP電話の回線が悪用されていたと発表しています。会社側のシステム設定のミスが原因とみられ、回線は2025年2~3月に約197万件の詐欺電話に利用され、少なくとも11事件、約2800万円以上の被害があったといいます。悪用された回線は通信サービスを手がけるプライム上場企業アイ・ピー・エス子会社の「アイ・ピー・エス・プロ」が提供していました。警察庁と総務省は、同社に再発防止などを要請、同社は、警察署などと同じ番号から電話を受けた人向けに問い合わせ窓口を開設しています。警察庁によれば、同社は2月、海外の事業者との間で「050」から始まるIP電話回線の利用契約を締結、同時に500件の発信が可能なコールセンター向けの回線で、この事業者が詐欺グループ側に回線を提供したとみられています。IP電話はインターネット回線を使って音声通話する電話サービスで、発信者は受信者側のスマホなどに、本来とは異なる番号を表示させることができ、実在する警察署などの番号を表示させる特殊詐欺の手口は「スプーフィング」と呼ばれ、全国で被害が確認されています。通信業界では偽装番号の発信を拒否したり、非通知にしたりするなどの対策指針をまとめていますが、アイ・ピー・エス・プロ社のシステム設定に誤りがあったため偽装電話を制御できず、今回、同社が提供した回線で新宿警察署、警視庁、総務省などが発信元として偽装されていたといいます(スプーフィング」による発信は、2025年2月8日~3月14日に計約197万件に上り、内訳は新宿警察署の代表番号など下4桁が「0110」の発信が約11万件、総務省の代表番号の発信が約5万5000件などです)。同社が対応を取った後の4月以降、実在する番号を偽装した発信は確認されていませんが、「+」から始まる国際電話番号を悪用して警察署に似せるなどした詐欺電話は現在も相次いでおり、警察庁は、国際電話の着信を規制するアプリなどの活用を呼びかけています。問題を巡っては、警察庁のほかトクリュウ対策の司令塔として10月に警視庁に新設された「トクリュウ対策本部」が中心となって解析を担当しています。なお、関連して、特殊詐欺に関与したとして、警視庁は、会社役員の男、職業不詳の男の両容疑者を詐欺容疑で逮捕、2人がそれぞれ代表を務めていたIP電話回線販売会社2社が、詐欺グループに計208回線を提供し、2021年11月~23年12月に発生した特殊詐欺被害計約450件(被害額計約15億7000万円)に悪用されたとみています。発表によると、2人は氏名不詳者と共謀して2021年12月~2022年1月、通信事業者を装って、愛知県豊田市の50代女性に「有料サイトの未納料金がある」とうその電話をかけ、現金計2200万円を詐取した疑いがもたれており、詐取金は暗号資産に交換され、2025年4月に同庁に逮捕されたマネロングループ幹部の男(組織犯罪処罰法違反で起訴)が管理する暗号資産口座に送金されていたといいます。同庁は、マネロングループ幹部の男のグループが事件に関与したとみて背後関係を調べています。

前回の本コラム(暴排トピックス2025年11月号)でも取り上げましたが、日本国内の防犯カメラなどのライブ映像が海外サイトに公開されている問題で、海外サイトを経由せずに、外部から直接見られる状態にある日本の屋内・敷地内のカメラ映像が少なくとも約3000件あることが判明しています。読売新聞とトレンドマイクロの分析で、海外サイトに公開された映像数(計約500件)の6倍に上り、無防備なカメラがより多く存在する実態が浮き彫りとなりました。両社は日本国内のカメラ映像などを公開している海外の7サイトを特定、7サイトに公開された日本の屋内・敷地内の映像は2025年10月時点で、保育園や食品工場など計約500件確認されており、今回は、7サイトに公開された映像以外に、外部から見られる状態の国内のカメラ映像がないか、インターネットにつながったIoT機器の情報を全世界で収集する海外の検索サービスを利用し調査、その結果、約4100件が抽出され、うち屋内とみられる映像は約750件、敷地内(屋内以外)は約2200件あったといいます。屋内ではマンションのエントランスが最も多く、子ども関連施設、高齢者施設、医療機関、住宅、オフィス、大規模商業施設、食品工場も複数あり、敷地内は駐車場や駅のホーム、港湾施設、牛舎などがあったといいます。カメラのIPアドレス(インターネット上の住所)から割り出された設置地域は、屋内・敷地内を合わせ、東京都が約700件と最多で、福岡県約290件、大阪府約220件、北海道約210件と続き、カメラの多くは、パスワードを入力する認証の手続きが設定されていないため、公開状態になっているとみられています(公開状態のカメラには、国内大手のパナソニック、キヤノンがそれぞれ約10年前まで生産・販売していた事業者向け機種が多く含まれていることも判明、当時のカメラは、観光地のライブカメラや河川カメラなど、公開して使うのが多かったため、初期設定の段階でパスワード入力による認証手続きが「オフ」になっていたといいます)。読売新聞紙上で専門家は「検索サービスに収録されていない映像も相当数あるはずで、調査結果は氷山の一角と言える」と指摘、「ネットの検索機能の向上で設置場所が特定され、犯罪被害につながるリスクは高まっている」として、利用者に設定の確認の徹底を呼びかけています。

大分県が県内の小中高生を対象にインターネットの利用状況について尋ねたアンケート調査で、高校生の約半数が「(自分は)ネットに依存していると思う」と回答していたといいます。スマホの普及などに伴ってネット利用の長時間化が指摘されており、県は利用ルールなどを家庭で話し合うよう呼びかけています。県が毎年実施している「青少年のネット利用実態調査」で、2025年度は小学2年、小学5年、中学2年、高校1年の計約1500人を対象に実施、私生活でネットを利用するかを尋ねた設問では、全体の94.4%が「使っている」と回答、高校生に限ると100%となりました。接続に使う機器はスマホを挙げた児童生徒が最も多く、使い道は動画視聴(84.5%)、SNS(67.7%)、オンラインゲーム(65.5%)などが目立ちました。一方、中高生では平日のネット利用が長時間に及ぶ傾向が強まり、「2時間以上」と答えた生徒は中学生で60.4%(前年度58.7%)、高校生で61.2%(同56.5%)となりました。また、自分自身がネットに依存していると感じている割合は、中学生が32.7%、高校生が51.2%に達しています。ネット利用に伴う生活の変化を中高生に尋ねたところ、「分からないことを自分で調べるようになった」(58.9%)「友達が増えた」(44.4%)と前向きな回答の一方、「睡眠不足」(24.3%)「成績が下がった」(15.1%)など悪影響を挙げる生徒も少なくなかったようです。県生活環境企画課は、ネットの安全な利用に必要だと思うことを尋ねた項目で、「保護者と話し合う」を挙げた中高生が62.3%に上った点に着目、「利用のルールについて家庭で話し合う機会を設けることが重要だ」と指摘しています。

EUの欧州議会は、EU加盟27カ国でSNSを利用できる最低年齢を16歳とする決議案を賛成多数で採択しました。子どもをインターネット依存や、有害コンテンツから守る狙いがあります。案はEUの行政府である欧州委員会に早期の法案提出を求めるもので、SNSの年齢制限の実現を急ぐことになります。採択された決議では、16歳を最低年齢とする一方、13~16歳は保護者の同意があればSNSを利用できるとしています。また、年齢制限を徹底するために、確認を怠ったSNS運営会社は責任者などが処分を受ける規定を提案、依存性への対策として、自動再生や無限スクロール、未成年への「おすすめ」表示などを禁止する規定もあわせて求めています。欧州議会は法案の提出権を持たないため、今回の決議はあくまで欧州委員会への要求に相当、オーストラリアなどで先行しているSNS規制の事例を踏まえ、議論を本格化させ、EU域内での早期実現をめざすとしています。欧州議会によると、13~17歳の78%が少なくとも1時間ごとにスマホなどのデバイスを確認しており、未成年者の4人に1人がスマホの利用に「問題がある」または「機能不全」に近い状態にあるとの調査結果があるといいます(前述の大分県の実態とも通ずるものがあります)。EUの個人データ保護規則「一般データ保護規則(GDPR)」では、16歳未満の子どもの個人データを収集・処理する場合、保護者の明確な同意が必要と定めており、現状では、このGDPRをもとに一部の加盟国が未成年者のSNS利用に制限を設けていますが、EU全体で一律に縛る規則はありません。EUのフォンデアライエン欧州委員長は2025年9月、EU全体でSNSの利用年齢を制限することを検討すると発表、2026年にも欧州委員会が関連法案を提出する見通しとなっています。

未成年のSNS規制が欧米に広がっており、オーストラリアや欧州で先行、米国でもルイジアナやユタなど少なくとも16州で保護者の同意を求めるなどの関連法が成立しています。SNS企業に対し、未成年がアカウントをつくる際に年齢確認や保護者の同意を得ることを義務付けるといった内容が多くなっています。背景には、米メタなどSNS企業が若年層を取り込みたい一方で、依存を招いていることが挙げられます。うち6州では、裁判所から差し止め命令などが出ており、ミシシッピ州ではSNS企業に対し、利用者の年齢確認と、18際未満の利用には保護者の同意を得ることを義務付け、違反時は1人あたり最大1万ドル(約150万円)の罰金を科す可能性もあります。メタやXなど米テクノロジー大手らの業界団体ネットチョイスは「年齢確認は未成年者のプライバシーや言論の自由を侵害する」と反発し、裁判所に差し止めを要請しています。その米連邦最高裁は2025年8月、州法が違憲である可能性は指摘しつつ、差し止め要請については立証不十分だとして却下しています。差し止めの却下を受け、Xの共同創業者、ジャック・ドーシー氏が立ち上げた米新興SNS「ブルースカイ」は8月、同州からの全てのアクセスを遮断、州内に住む人はブルースカイを利用できなくなっています。ブルースカイは「州法で求められる認証システムや保護者の同意を得る手順の構築には多大なリソースが必要で、我々の小規模なチームでは対応できない」と説明しています。子どものSNS利用を制限する規制は世界的な潮流で、オーストラリアでは国家として初めて16歳未満の利用を禁止する法律が成立し、12月に施行されます。デンマークは2026年にも、15歳未満の利用を原則禁止する方針です。EUはこうした動きを参考にSNS規制の制度設計を進めています。SNS依存は子どものメンタルヘルスに深刻な悪影響を与えてきたことが背景にあり、米疾病対策センター(CDC)の調査によると、高校生の77%がSNSを頻繁に利用しており、依存度が高いほどいじめや自殺願望などが増える傾向にあるほか、SNS企業にとって、10~20代は新サービスを積極的に試す「アーリーアダプター」であり、流行を仕掛ける「トレンドセッター」であり、彼らの利用を増やそうと、コンテンツに夢中になるアルゴリズムや新機能の強化に注力してきましたが、その一方で安全対策などが後手に回ってきました。SNS企業側は、法律で未成年のSNS利用を制限することは「米国憲法が保障する言論の自由を侵害する」と主張、実際に複数の訴訟でこうした主張が認められ、オハイオなど6州で施行が差し止められるなどし、実効性を伴っていない状況にあります。未成年の詳細な個人情報の追跡を求める州もあり、プライバシー侵害への懸念もあります。これに対し、メタは10月から18歳未満の利用者に対し、インスタグラムで不適切なコンテンツの表示制限を厳しくしており、例えば大麻(マリフアナ)関連の投稿や、「流血」といった言葉の検索結果が表示されなくなりました。インスタ責任者は「スマホの基本ソフト(OS)を提供する米アップルや米グーグルは、アプリストアのアカウント作成時に利用者が入力した誕生日を把握している。年齢確認の規制対応では連携すべきだ」と、SNS側だけでの対策には限界があると強調しています。いじめや犯罪を誘発するリスクが高いデジタル空間は、SNSにとどまらず、米国では対話型AI「ChatGPT」に悩みを相談した子どもが自ら命を絶つ痛ましい事件も起きています。専門家は「州法による規制は抑止力にはなるが、オンライン上の子どもたちが抱える問題を完全には解決しない」としています。

2025年11月21日付日本経済新聞の記事「SNSから子どもを守れ 動かぬ企業、各国は法制化を」では、重要な指摘がありました。「テック業界はこれまでもこうした規制に抵抗し、SNSの恩恵を声高に主張してきた。一部は社内で、こうした懸念は新技術が誕生するたびに生じる道徳的危機感で、一時的なパニックに過ぎないと判断しており、社会から抱かれている懸念を依然として軽視している。SNS各社は対外的には子どもに有害なコンテンツや言動に対処すべく努力しているとするが、その一方でコンテンツモデレーション(不適切な投稿の監視・削除)から撤退しつつある」というものです。SNS事業者の利益第一主義に基づく倫理観の欠如には疑問をもつことが多い筆者ですが、やはりそうかと残念に思いました。また、記事では、「SNSの利用は北米を除いてはピークを打った可能性があることを示すデータがある。特に若者がSNS以外のことに自分の時間を使うようになったためだという。だが、多くの子どもが依然、中毒性の高いSNSにはまって抜け出せずにいる実態が、英シンクタンクのデモスが9日に発表した報告書で明らかになった。報告書はSNSやスマホを使う利点も多く記している。子どもが学び、他者とつながり、ニュースを知る機会を提供し、自宅にすぐ連絡できることで安全性の向上にも貢献していると。だが同時に子どもの関心があまりにもSNSに向いてしまうため、SNSを通じてポルノやミソジニー(女性嫌悪)、ネット上のハラスメントにさらされていることも明らかになった。10代の子どもにとって最大の課題の一つがSNSを遮断する方法を知ることだ。ある子どもは執筆者に「いつもつながっていられるし、何もSNSを抜きには考えられない」と答えた。報告書は「彼らは『不安の世代』と言われるが、実際に不安を抱えている」と結論づけた。執筆者2人は当初、学校でスマホの使用を禁じる有効性に懐疑的だったが、報告書では16歳未満の子どもを「中毒性の支配」から解放するためSNS利用を禁じるべきだとの結論に達した」と紹介しており、参考になります。さらに、「政治家らはSNSの問題では15年間も事態を放置したが、AIについてはその教訓を生かし、今すぐに迅速に行動する道徳的義務があると指摘する。欧州の一部の政治家は、強い影響力を持つ米テック各社に厳しい対応を求めると、トランプ政権内のリバタリアン(自由至上主義者)らを怒らせるのではないかと尻込みするかもしれない。だが、Xの創業者ジャック・ドーシー氏は24年の「オスロ自由フォーラム」で、言論の自由に関する議論の多くは「完全に本質からはずれている」と指摘し、「(SNSのアルゴリズムが人々の意思決定を操作している現状では)言論の自由を巡る議論の本質としては、いかに自分で考えて選択するかという意志について話すべきだ」と主張した。デンマーク政府のように各国政府は、若い世代のSNSの利用を禁じることで子どもたちの「自由な意志を守る」ために立ち上がるべきだ。シリコンバレーの無責任な人たちに、自分たちに「注意義務」があることを受け入れさせるには、各国が協調して行動を起こす必要がある」との指摘は正に正鵠を射るものと思います。

オーストラリアで16歳未満のSNS利用を禁止する法律の施行が迫る中、インターネット上の権利擁護団体が憲法違反だと主張して最高裁に差し止めを申し立てています。禁止法は12月10日に施行される予定で、ユーチューブやインスタグラム、TikTokなどが対象となっています。訴えを起こした「デジタル・フリーダム・プロジェクト」は声明で、この禁止法は若者から政治的な対話の自由を奪うものであり、「著しく行き過ぎている」と批判、原告は、この法律は若者がネット上で意見を表明することを禁じるものだとし、「私のような若者は明日の有権者であり、沈黙させられるべきではない。まるでジョージ・オーウェルの『1984年』のようで恐ろしくなる」、政府は包括的に禁止するのではなく「子どもの安全を守るプログラムに投資するべきだなどと述べています。それに対しウェルズ通信相は議会で、脅迫や法的な異議申し立てには屈しないと強調し、プラットフォーム側ではなく保護者の側に立ち続けると述べています。一方、SNS運営企業に課せられた年齢確認などの「抜け穴」を探る動きもあり、実効性には疑問が残る点が大きな課題となっています。仮想プライベートネットワーク(VPN)を使って国外からの接続を装う方法やアカウント凍結を避けるため親との共同名義に切り替えるなどが試行されているようです。また、SNS事業者は対策を練っているものの、VPN経由と検知できても、場所の特定は難しく、法律は年齢確認で公的身分証明書の提示を強制できないと定めていることから、顔認証はこれまでの官民の実験で誤判定が多いことが判明、利用状況のデータに基づく推論は有力な手段でも企業は判定と実年齢の「不一致のリスク」を懸念、大人びた思考の子供の利用を見逃したり、子供向けコンテンツを好む大人を誤って排除したりする可能性があり、不完全な形での出発となりそうです。こうした状況で、メタは対象者にアカウント停止の通知、投稿内容を14日以内に保存や削除するよう警告を始めています。16歳の誕生日を迎えた後に申請すれば、再びアカウントを利用できるといいます。一方、メタは「安全なオンライン環境作りの目標には賛同するものの、10代の若者を友人やコミュニティから切り離すことは、解決策ではないとの懸念も表明しています。専門家は法律によって「子どもたちは広く活用してきたSNSから突然切り離され、交流を絶たれる」と指摘、SNSの正しい扱い方や危険性などに関する「確固たる教育」を実施しない限り、法律の効果は得られないとの見方を示しています。

欧米以外では、マレーシア政府が、16歳未満の子どもを対象としたSNS利用制限を、2026年をめどに導入する方針を示しています。いじめや詐欺、性犯罪など、インターネットでのやりとりを通じた被害に子どもが巻き込まれるのを未然に防ぐ狙いがあるとしています。現地報道によれば、マレーシアのファミ・ファジル通信相は、16歳以下のSNSアカウント保有禁止を「政府が決定した」と明らかにしました。ファミ通信相は利用制限の具体的な手法について、オーストラリアなどで進む先行事例を参照しつつ、検討を進めるとしています。SNSを利用する際に金融機関などで用いられる、公的文書などを用いた電子認証を必要とするシステムを導入するようSNS事業者に求める見通しだといいます。マレーシアでは近年、オンライン賭博や人種、宗教などの問題に関する有害な投稿が増えているとして、SNS事業者への監督を強化してきました。2025年1月には、SNS事業者に免許の取得を義務づける制度を導入、16歳未満の子どもに対する今回の利用制限の動きは、2026年1月に施行される、オンライン上の有害コンテンツを規制する法律の一環と位置づけられます。仏世論調査会社イプソスが2025年8月に公表した調査で、「14歳以下の子どもに、学校内外でのSNS利用を禁じるべきか」との問いに「賛成」と答えた割合が、マレーシアでは72%となり、調査対象30カ国の平均(71%)を上回っており、日本の63%も上回っています

日本企業を狙ったサイバー攻撃が猛威を振るっています。デジタル化の進展で、あらゆるものがインターネットにつながる時代で、業種や規模にかかわらず、企業や団体は攻撃のリスクにさらされています。被害は世界中で増えており、日本も深刻です。業務のデジタル化やオンライン化が進む一方、セキュリティ対策が追いついていない企業が少なくありません。また、会計、販売、人事といった業務を一元的に管理するシステムの導入も広がっています。仕事はしやすくなりますが、ネットにつながる機器やデータが一気に増えたことで、ハッカー集団にとっては攻撃の機会が増えました。また、革新的な生成AIの登場が、サイバー攻撃を「質」「量」ともに拡大させているとの指摘もあります。サイバー攻撃が「サービス化」し、攻撃する側が収益を得やすくなったことも挙げられます。「ランサムウェア・アズ・ア・サービス(RaaS)」と呼ばれる集団が、ランサムウェア自体や攻撃のノウハウを第三者に提供し、攻撃を役割分担することが近年は主流となっており、高度な専門知識がない人でも攻撃に加われるようになり、効率も飛躍的に上がっている状況です。したがって、あらゆる企業がターゲットになりえますしかしながら、警察庁によれば、2024年に全国で確認されたランサムウェア被害のうち6割超は中小企業で、子会社や関連企業への攻撃を起点に、取引先全体に被害が拡大する「サプライチェーン(供給網)攻撃」も相次いでいます。サイバー攻撃はどんな企業や組織でも起こる可能性があり、事前にサイバー攻撃への備えと対応手順を整えておくことの重要性が増しているといえます。以下、サイバー攻撃やサイバーセキュリティを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 不正ログインの犯罪行為は金融に限った話ではなく、「IDとパスワードのセット、3000ドル(約46万円)」など闇サイトでは金融サービスや電子商取引(EC)サイトで使うアカウントの漏洩リストが売買されています。セキュリティ大手ソリトンシステムズの2024年調査によると、末尾が「.jp」の日本人のものとみられるIDとパスワードは主要な闇サイトだけで713万件見つかったといいます。顧客情報だけでなく、自社従業員のアカウントも狙われています。アサヒグループHDやアスクルでは、個人端末のデータが攻撃者によって盗まれ、免許証や社員証の画像までも断続的に暴露され、アスクルの被害では攻撃者集団が「あなた方の機密情報を売却・漏洩する」と経営陣を脅迫しています。ネットバンクなどの個人情報が拡散すれば、第三者による不正アクセスという二次被害を招くことになります。攻撃者側は楽に金を稼ぐ手段としてサイバー攻撃を続けています。「どの企業サイトが脆弱か、それすら闇サイトが教えてくれる。誰もが「次の標的」になり得る時代となった」との日本経済新聞の指摘は深いものがあります。
  • ランサムウェア攻撃の侵入経路として目立つのは、組織内ネットワークに接続するための「VPN機器」や、職場のパソコンを遠隔で操作する「リモートデスクトップ」とされます。国内のこうした機器のうち、悪用されるリスクのあるものが少なくとも5万台あることがセキュリティ会社「マクニカ」の調査でわかりました。同社は「攻撃者側からすると、『侵入経路の供給過多』ともいえる状態で、(攻撃先を)選びたい放題になっている」と指摘しています。リモートデスクトップの認証画面に外部から誰でも接続できるものが国内で8万3497台見つかり、うちインターネット上の住所にあたるドメイン名などから判断して、企業・団体が使っているとみられるものが4万6418台あったといいます。認証を突破すれば、社内システムにアクセスすることができるといい、「窃盗が多発する中で防犯対策をしていない状態に近い」と指摘しています。一方、VPN機器では、これまでのサイバー攻撃で悪用されたことがあるような脆弱性が修正されないまま、外部に公開されているものが4901台見つかったといいます。警察が被害にあった企業や団体などへの2025年上半期のアンケートでは、有効回答45件のうち、VPN機器からの侵入が28件、リモートデスクトップが10件でした。同社は「今すぐ被害に遭わなくても、気付かない間に侵入され、後々大きな被害につながることもある。自分たちが使っているパソコンやサーバーが誤って外部に公開されている状態になっていないかや、VPN機器の脆弱性が放置されていないかを確認してほしい」と指摘していますが、正にそのとおりかと思います。
  • アサヒグループHDは、ランサムウェアによるシステム障害の調査結果を公表、サイバー攻撃を防ぐためのセキュリティ監視機能を整えていたものの、想定を上回る巧妙な手口でシステムの脆弱性を突かれたことが浮き彫りになりました。システムの復元を急ぎ、2026年2月以降の正常化を目指すとしています。攻撃者は障害発生の約10日前、グループ内の拠点にある、外部から社内ネットに接続するVPN(仮想私設網)機器を経由し、アサヒのデータセンターに侵入したことを確認、攻撃者は、パスワードの脆弱性を突いて管理者権限を盗み取り、アカウントを不正利用してネットワーク内を探索し、主に業務時間外に複数のサーバーへの侵入と偵察を繰り返していたとみられています。結果として、パソコンなどの端末でセキュリティ上の脅威を検出するEDR(エンドポイント検知・対応)を導入していたものの、今回受けたサイバー攻撃については検知できなかったことになります。勝木社長ら経営陣は「米国立標準技術研究所(NIST)のガイドライン『サイバーセキュリティフレームワーク』を使用し、システムの成熟度に対する診断に従来から取り組んできた。一定レベル以上のアセスメントができていた。外部の専門家による模擬攻撃も実施し、リスク対策を打っていたので、サイバーセキュリティは必要かつ十分な対策を取っていた」「今回の攻撃は私どもの認識を超えるような高度で巧妙な攻撃であった。安全性を高めることに限界はないので、経験を今後に生かす。まだ完成はしていないが、より高度なセキュリティ体制やガバナンス(企業統治)から始め、検知ができる体制を取れるよう頑張っていきたい」、「ゼロトラスト(性悪説のサイバー対策)の通信環境をきちんと整えることはあらかた完了しているが、一つ一つのシステムや仕組みについて、迅速に強靱(きょうじん)な形で回復できる対策を取っていく」、「改善点もある程度見えてきた。BCPによる早期復旧は投資やコスト、その効果をきちんと見極めながらやっていかないといけない。できる対策は前倒しで実施していきたい」「今後の課題だ。業界内の非競争領域になっていく。自然災害も同じ状況を想定できる。業界の課題として、よりコラボレーションしていく領域になるだろう」などと述べていますが、やるべきことをやっておかなければ説明責任を果たすことが極めて難しいレベルになっていることを痛感させられます。なお、復旧の過程において、複数媒体でバックアップを取っており、その内容が健全な状態で保たれていたことが役立ったとの説明ができたことについては大変すばらしいと思いました。アサヒGHDの被害事例からわかることは、サイバー攻撃を完全に防ぐのは不可能に近いということです。攻撃を受けることを前提として平時から復旧策を講じておく必要があること、自然災害と同様にサイバー攻撃の対策と訓練を定期的に行うこと、被害を受けることを前提に、事業継続計画(BCP)とデータのバックアップを用意し、復旧訓練を実施すべきことなどを強く認識させられます。バックアップデータが無事だったアサヒGHDでも攻撃者の侵入を受けたサーバーやパソコンを完全に初期化してシステムを再構築しており、復旧のための作業量は膨大なためシステム再開には時間がかかり、企業の損失は膨らむ傾向にあります。ランサムウェア対策を企業に助言する山岡裕明弁護士は日本経済新聞紙上で「対応策の一つ一つが経営に直結する。情報システム部門や1人の責任者に判断を委ねるのはリスクがある」と指摘、経営者が主導して組織全体で復旧手順を定めて、社員が迷わず行動できる体制づくりが必要とし、「経営者が迷って判断が遅れると復旧がさらに遠のく。会社の機能が全停止するランサムウェア攻撃への対策は経営問題であることを改めて意識すべきだ」と指摘していますが、正に正鵠を射るものといえます。
  • ITベンダーが、サイバー攻撃を受けた顧客に解決金を支払う事案が相次いでいます。NTT東日本が前橋市に敗訴した前橋地裁判決をきっかけに、賠償のハードルが下がったとの指摘がある一方、双方に過失があった場合、責任割合の判断が複雑で、基準を整備する必要があるとの声も上がっています。今後、ベンダー側が委託費を引き上げる可能性も考えられるところです。立命館大の上原哲太郎教授(情報セキュリティ)は日本経済新聞紙上で「クラウド移行や複数のベンダーとの契約でシステムが複雑化する中で、ベンダー1社が全体を見渡すのは難しくなっている。顧客側はベンダーに丸投げする体質を改め、専門家を内部で育成する必要がある」と説明しています。組織内にセキュリティの知見がなければ対策が適切か、金額が見合っているかを判断するのも難しく、顧客側は自立的・自律的な取り組みの強化も欠かせません。また、前述の山岡裕明弁護士は「保守運用の責任や義務の範囲を契約書に明示したり、顧客側の役割の説明を記録に残したりするなど、訴訟に備えた証拠の準備が必要になる」、「交通事故のように過失割合の基準を整理し、社会的にリスクとその分担の予見可能性を高めるべきだ」と指摘していますが正にそのとおりかと思います。これまでの訴訟はサイトの脆弱性で個人情報を盗まれるといった単純な攻撃事例が多く、ベンダー側の責任が主な議論となりましたが、ランサムウェア攻撃などシステム内を攻撃者が動き回る場合、複数の過失が被害を広げる形になるため、ベンダーと顧客の責任の分担の判断は難しくなります。
  • 英ジャガー・ランドローバー(JLR)へのサイバー攻撃を巡る混乱が英国経済に影を落としています。同社工場が1カ月超、停止する事態となり下請けなど供給網を含むと英経済に4000億円近い損失が発生したとの見方があります。大企業でもサイバー攻撃を防ぎきることは難しく、多発する攻撃が国家経済にも影響を及ぼし始めたという点で大変考えさせられます。車業界で1カ月を超える生産停止は異例であり、なぜここまで影響が大きくなったのかについて、専門家は「単に工場の操業や在庫を管理するシステムだけを対象としたものでなく、財務システムにまで入り込む会社全体への攻撃だったからだ」と指摘しています。多数のシステムが相互に接続する車企業の事業の複雑性を挙げた上で、「様々な問題を同時に修復することは難しく復旧に時間がかかった」との見立てです。また、攻撃したと主張する集団が10~20代の若者中心という特徴があり、こうした年代では金銭よりも仲間内で称賛を得ることを求める層がいるのであり、「名の知れた企業が標的になりやすくなっている」可能性があり、世界的な傾向として注視していく必要があると感じます
  • 米国、オーストラリア、英国は、ロシアを拠点とするウェブ企業メディアランドがランサムウェア攻撃を支援しているとして、制裁を科すと発表しました。米財務省は声明で、同省の外国資産管理局がメディアランドの幹部3人と姉妹会社3社も制裁対象に指定したと発表、ハーレー米財務次官(テロ・金融情報担当)は「メディアランドのようないわゆる防弾ホスティングサービス(ランサムウェアを使ったサイバー攻撃や偽サイトに誘導するフィッシング攻撃を可能にするため、違法性のあるコンテンツに秘匿性の高いサーバーを提供するサービス)プロバイダーは、サイバー犯罪者が米国や同盟国の企業を攻撃するのに不可欠なサービスを提供している」と述べています。英国は、今回の制裁は「世界中でサイバー攻撃を可能にしている違法なロシアのネットワーク」を露呈するもので、ロシアの悪質なサイバー犯罪に対する英国の最新の取り締まりとなるとしています。オーストラリアは、病院、学校、企業を攻撃しているランサムウェアネットワークを混乱させる必要があるとして、パートナーと足並みをそろえるために同様の措置を講じると述べています。なお、同社は、世界各国でサイバー攻撃を仕掛けているロシア拠点のハッカー集団「LockBit(ロックビット)」などの犯罪グループとも協力してきたといいます。

AI新興の米アンソロピックは、中国のハッカー集団が自社のAIをサイバー攻撃に利用していたと発表しています。データを流出させるためのソースコード(ソフトの動作指示)の生成など作業の8~9割をAIが実行していたといい、人間が関与せず、AIで自動化したサイバー攻撃が増える可能性があると警告しています。自社のAIが使われた2025年9月のサイバー攻撃についてまとめた報告書によれば、IT企業や金融機関、政府系機関など世界の約30の組織が標的で、パスワードなどの機密情報が流出した例が数件あったといい、アンソロピックは悪用を検知してハッカーが使用したAIサービスのアカウントを停止し、被害企業や当局と連携して対策にあたったとしています。攻撃主体は中国の国家的支援を受ける集団だと「強い確信」があるとしています人間がほとんど介入せずに大規模なサイバー攻撃が仕掛けられた事例が明るみに出るのは初めてで、攻撃するデータベースの特定や脆弱性を突くソースコードの生成、ネットワークへの侵入などをAIが実行、AIによるサイバー攻撃は「人間のハッカーが追いつくのは不可能な速度」だったといいます。人間の作業は攻撃対象の組織を選び、サイバー攻撃であることを隠してAIに指示を伝えることなどに限られ、実行段階ではAIの作業を承認し、監督する役割を担ったとされます。自律的にコンピューター上の作業をこなすAIは「AIエージェント」と呼ばれますが、アンソロピックは、AIエージェントの悪用によって大規模なサイバー攻撃を簡単に仕掛けられるようになるリスクがあると指摘、一方、サイバー攻撃を防ぐためにも自社のAIが役立っていると説明、悪用事案の情報を広く公開してAI業界全体で対策を強化しつつ、AIエージェントの研究開発を進めるとしています。アンソロピックは犯罪などが目的の指示にAIが従わないよう「ガードレール」と呼ぶ安全機能を備えており、ハッカーらはサイバーセキュリティ企業の社員を装ったほか、作業を小分けにしてサイバー攻撃の全体像をAIから隠して悪用に成功したといいます。筆者はサイバー攻撃やリアルの戦争でさえ、最終的には「AI対AI」の戦いになると以前から主張してきましたが、正にそれが現実のものとなりつつあり、恐怖を覚えます。

高市政権は2025年12月中に、新たな「サイバーセキュリティ戦略」を閣議決定する方針です。原案によれば、中国、ロシア、北朝鮮など「国家を背景としたサイバー脅威が増大」していると指摘し、外国勢力による選挙干渉に「必要な対応を行う」と明記、サイバー攻撃を未然に防ぐ「能動的サイバー防御」導入法が成立したことを踏まえ、「国が要となる防御と抑止」に取り組む方針を打ち出しています。新戦略は「サイバー攻撃による重要インフラの機能停止、他国への選挙干渉、機微情報の窃取が、国家を背景とした形でも平素から行われている」と危機感を表明、生成AI技術の進展に伴い、「外国からの偽情報拡散を含む影響工作の脅威の増大が懸念され、健全な民主主義の基盤に影響を及ぼす可能性がある」と指摘しています。 政府が取り組む施策として、国家サイバー統括室(NCO)が中心となり、事業者からの被害情報の収集・分析機能を強化する方針を示したほか、憲法が保障する「通信の秘密」に配慮しつつ、安全保障上重大な事案には「警察と防衛省・自衛隊が共同で攻撃への無害化措置を実施する体制を構築する」と記載、警察や防衛省・自衛隊の能力を「大幅に強化する必要がある」としています。また、事業者の対策徹底を目指した「重要インフラ統一基準」を2026年度に作成、重要インフラ防護の対象拡大も検討するほか、情報共有や対処能力強化の面で、同盟国・同志国との連携拡大を図る、国内のサイバー対応に当たる人材育成の必要性も盛り込んでいます。

総務省は生成AIを狙ったサイバー攻撃を防ぐための指針をつくる方針で、悪意のある指示によってデータ漏洩や誤作動を起こさせる攻撃を想定し、技術的な対策を示し、AI開発や関連サービスの提供を担う企業の対処能力を高めるとしています。指針案では「脅威を生じさせる要因等を完全に排除することは困難である」と指摘、AI関連企業に対し、「新たな脅威や技術の進展に応じた対応を不断に検討していくことが重要」と明記しています。また、指針に沿った対策を講じれば、攻撃によって営業秘密を漏洩した企業が法的保護を受けやすくなると明示するほか、十分な対策をとっていれば、不正競争防止法の保護を受ける要件の一つである秘密管理性を満たしていると考えられるとの見解を盛り込みます。また、データ漏洩や誤作動を引き起こす命令文「プロンプトインジェクション」と、膨大な処理が必要な指示によりAIの応答の遅延や停止を引き起こす「DoS攻撃」の2種類の攻撃について優先的に対策を促すほか、生成AIの基盤となる大規模言語モデル(LLM)に安全基準を学習させるようAI開発者に求めるとしています。指示の優先度を明確にし意図しない出力を防ぐほか、サービス提供者には「ガードレール」と呼ぶ安全機能を備えるように要請、不正や犯罪などが目的の指示にAIが従わないようにする機能が悪意のある指示を検知した場合、応答を拒んだり、指示を無効にしたりするとしました。さらに、外部サイトやデータベースを参照するAIは、データ内に不正な指示が含まれていないか検証するように促すとしています。生成AIへの攻撃は多発しており、米自動車専門メディアは米ゼネラル・モーターズ(GM)のディーラーが運用していたチャットボットが悪意のある命令文により「新車を1ドルで販売する」と誤った回答をしたと報じたほか、航空大手のエア・カナダもチャットボットの割引に関する誤った回答により顧客への損害賠償が生じています。指針はチャットボットへの攻撃の想定シナリオを取り上げ、対策を複合的に組み合わせるべきだと提起しています

▼総務省 AIセキュリティ分科会(第5回)
▼資料5-1 AIセキュリティ分科会取りまとめ骨子・論点整理(案)
  • ガイドライン案の位置づけ
    • 「AI事業者ガイドライン」(総務省・経済産業省)で示された共通指針、「AIセーフティに関する評価観点ガイド」(AISI)で示された「AIセーフティにおける重要要素」及び「AIセーフティ評価の観点」を踏まえ、AIの「セキュリティ確保」に関するものを取り扱うこととする。
    • AIの「セキュリティ確保」として、「不正操作による機密情報の漏えい、AIシステムの意図せぬ変更や停止が生じないような状態」に対する脅威への対策を主な対象とする。
    • この観点から、脅威への技術的対策例を整理する
  • 対象とするAI
    • 社会実装が進み、脅威が顕在化し始めている大規模言語モデル(LLM)及びLLMを搭載したシステムを主な対象とする。
    • 画像等の入力データを取り扱うマルチモーダルなLLM(VLM)が多く登場しつつあり、このようなLLMに対しては画像識別AI(CNN)に対する攻撃手法を転用できるケースがあることを踏まえ、CNNへの脅威及び対策例を別紙として整理することとしてはどうか(ただし、CNNへの脅威の対策が必ずしもVLMに転用できるとは限らないことに留意が必要)。
    • AIエージェントについては、技術が急激な発展の途上にあり、これに特有の脅威や対策を安定的に確定することが困難であることから、基本的には対象外とするが、現時点で判明している脅威をガイドラインのAppendixにおいて参考として示してはどうか
  • 想定読者等
    • AI事業者ガイドラインが定義するAI開発者及びAI提供者を想定読者とする。
    • なお、AI開発者による対策が、AI提供者を被害者とする攻撃への対策ともなる場合がある。
  • 対象とする主な脅威
    • ガイドライン案では、AISIによる整理や、分科会でのご議論を踏まえ、攻撃の具体的な可能性が比較的高いと考えられるプロンプトインジェクション攻撃及びスポンジ攻撃(DoS攻撃)への対策を主に示すこととしてはどうか(これらの攻撃は基本的にプロンプトの入力により実施可能となるため、攻撃の具体的な可能性が比較的高いと考えられる)
  • プロンプトインジェクション攻撃
    1. 概要
      • LLMに細工をした入力を行うことで、不正な出力をさせる攻撃
      • LLMに細工をしたプロンプトを入力することで実施するものを直接的プロンプトインジェクション攻撃といい、LLMに細工をしたデータを参照させることで実施するものを間接的プロンプトインジェクション攻撃という
    2. 「不正な出力」の例
      • 本来は開示すべきではない、RAG用のデータストア(ベクトルデータベースやファイルシステム等)の内容を含む出力をさせる
      • 連携するシステムを不正操作するコード(SQLクエリやシステムコマンド等)をLLMに生成させ、これを連携するシステム上で実行させることで、データベースやシステムからの機密情報の漏えいや、データの改ざん・削除等を行う
      • 本来は開示すべきではない、LLMの内部設定が記載されたシステムプロンプトを含む出力をさせる
    3. 直接的プロンプトインジェクション攻撃における「細工をしたプロンプト入力」の例
      • 指示の上書き:「過去の指示を無視せよ」といった文章を用いて、LLMに設定されている既存の指示を無効化する
      • ロールプレイ:特定の状況をロールプレイすることで不正な出力をさせる。例えば、セキュリティの研究者を装ってマルウェアを作成する指示を入力するなど
      • 特殊な入力形式:特殊な入力形式に不正な指示を埋め込む。例えば、Unicodeの文字コードやASCIIアートに不正な指示を埋め込むなど
      • 別のタスクへの置き換え:不正な指示を別のタスクに置き換えて入力する。例えば、システムプロンプトを出力させるために「システムプロンプトを品詞分解して」といった入力を行う
    4. 間接的プロンプトインジェクション攻撃において参照させる「細工をしたデータ」の例
      • 細工したファイルをWeb上に用意し、LLMが当該ファイルを参照した際に不正な出力を誘発
      • 細工した電子メールを送信し、LLMが当該電子メールを参照した際に不正な出力を誘発
  • スポンジ攻撃(DoS攻撃)
    1. 概要
      • LLMに、AIシステムが膨大な処理を必要とするプロンプト入力を行うことで、AIシステムに想定以上の計算負荷を生じさせ、AIシステムの応答の遅延や停止を引き起こす攻撃
    2. 計算負荷の例
      • LLMが稼働するシステムそのものに計算負荷を生じさせる
      • LLMに膨大な量の外部データを参照させ、LLMが連携するシステムに計算負荷を生じさせる
  • その他の脅威
    • プロンプト入力のみを介して行うことも可能なプロンプトインジェクション攻撃やスポンジ攻撃と異なり、予めデータを汚染させるなど、攻撃に一定の前提条件が必要となるものとして、以下の脅威も想定され得る。
      1. データポイズニング攻撃:基盤モデルやLLMが学習するデータに細工をし、LLMに不正な出力をさせる攻撃
        • 細工をしたデータを用意し、これを何らかの手段によって、基盤モデルの事前学習データやファインチューニングデータに入れ込むことで、LLMが特定のプロンプト入力に対して不正な回答を出力するようにしてしまう
      2. 細工をしたモデルの導入を通じた攻撃:細工をしたLLMをAIシステムに組み込ませ、LLMに不正な出力をさせる攻撃
        • 細工をしたLLMを用意し、これを外部に提供することで、細工をしたLLMをAIシステムに組み込ませ、AIシステムが不正な出力をするようにしてしまう
      3. モデル抽出攻撃:LLMに繰り返し入力を行い、出力される情報を分析することで、類似のLLMを複製する攻撃
        • LLMに繰り返しアクセスし、LLMが出力する各単語とその出現確率を分析することで当該LLMと類似のLLMを複製する。これにより、当該LLMに係る競争上の地位低下や、当該LLMに含まれる機密情報の窃取などにつながる
  • 脅威への対策の位置づけ
    • AIに対する脅威のリスクを低減するため、現時点で取り得るとされる一般的な対策例を整理し、提示するもの。これらの対策例を実装した場合においても、AIの性質上、脅威を生じさせる要因等を完全に排除することは困難である点について留意が必要。
    • また、対策例は、単独の実施により脅威を生じさせる要因を排除することは困難な場合があることを前提に、複数の対策を講じることでリスクを低減していくことを想定している。AI開発者・提供者それぞれにおいて、対策を適切に講じリスクを低減していくことが重要だと考えられる。
  • AI開発者における対策
    • AI開発者における主な対策は、LLMが外部への意図しない出力を行わないようにする安全基準等の学習による頑健性の向上を挙げることができるのではないか。
    • これは、AIセキュリティの確保よりも広範な「AIセーフティ」の確保のために用いられているものであり、AIセーフティの確保を目的としてこの対策を講じることが、AIセキュリティの確保にもつながるものと言えるのではないか。
    • ただし、AIセキュリティの確保の観点では、悪意ある攻撃者は、一般ユーザによる入力よりも巧妙な入力等を用いて、意図しない出力を行わせることも想定される。このため、LLMの開発目的・用途に応じ、想定される脅威によっては、より高度な対策や、より重層的な対策が必要となり得ることに留意が必要ではないか。
    • AIセーフティの確保の達成度合いを確認するためのツールやデータセットとして、例えば以下のものがあり、活用してくことが有用ではないか。このうち、AISI「AIセーフティ評価ツール」については、セキュリティ確保に関するデータセットも含まれている。また、現在、AISI・NIIにおいて、LLMの安全性ベンチマークを構築する取組が進められている。
      • AISI「AIセーフティ評価ツール」
      • NII「AnswerCarefully」
      • また、NICTにおいて、プロンプトインジェクション等の攻撃に対する基盤モデルの安全性を評価するための研究や、LLM同士の議論や関連情報を確認できる技術を応用して評価用プロンプトを自動生成し、能動的にAIの信頼性を評価可能な評価基盤の構築が進められている。
  • AI提供者における対策
    1. システムプロンプトによる頑健性の向上等
      1. システムプロンプトに制約事項やセキュリティ上の注意事項などを設定することで、LLMが意図しない出力を行わないようにする
      2. システムプロンプトには、出力を意図しない機密情報(例:APIキー)等を直接記述することを避け、LLMが必要に応じて参照できるよう別個に管理することも重要
    2. ガードレール等による入出力や外部参照データの検証
      1. 入力プロンプトの検証
        • LLMに入力されるプロンプトに意図しない出力を行わせる指示が含まれていないか検証し、そのような指示を検知した場合には、応答を拒否したり、フィルタリングや変換を行い、無効化する
      2. 外部参照データの検証
        • 例えばWebサイトや外部のデータベースなど、外部データを参照する場合には、これらに意図しない出力を行わせる指示が含まれていないか検証し、そのような指示を検知した場合には、フィルタリングや変換を行い、無効化する
        • LLMに、入力プロンプトと外部参照データを明確に区分させ、外部参照データに高い注意を払わせる
    3. 出力の検証
      • 出力を意図しない情報が出力に含まれていないか検証し、検知した場合には応答を拒否する
      • 単語の出現確率など、攻撃者に悪用され得る情報を応答から除外するとことで、モデル抽出攻撃への対策となる
    4. オーケストレータやRAG等の権限管理
      • LLMや連携システムを操作するオーケストレータに係る権限を必要最小限とすることで、LLMが攻撃を受けた場合の被害拡大を抑制する(最小権限の原則)
      • RAG用のデータ及びデータストアへの参照権限をユーザや役割に応じて適切に設定する
  • AI開発者・提供者に係るその他の基本的な対策等
    • AIシステムのセキュリティを確保するためには、LLMに特有の脅威への対応だけでなく、情報システムのセキュリティ確保に必要とされる基本的な対策を行うことが重要ではないか。対策としては、例えば、監査ログの保存によるトレーサビリティの確保や、システムへの膨大なアクセスによる攻撃を抑制するためのレートリミットの導入、開発環境における開発者の適切な権限管理、システムの構成要素のセキュリティに係る信頼性の確認などが考えられるのではないか。
    • AIシステムの用途・目的や提供条件などにより、監査ログの保存の可否や、保存されたログを参照することができる者の範囲等は異なり得ることに留意が必要。
    • システムの構成要素のセキュリティに係る信頼性の確認に関して、AI提供者は、基盤モデルの作成者が開示している情報等を踏まえ、セキュリティに係る信頼性を確認することが重要ではないか※。また、開発・提供するシステムの目的・用途に応じて、ファインチューニングデータなどAIが学習するデータについて、出力を意図しない機密情報を用いないことや、データの出所・加工履歴等により信頼性を確認することが重要な場合もあるのではないか。
    • この際、「AI開発者における対策」で言及したツールやデータセットを用いて検証することも考えられるのではないか。
    • これらの対応の一部は、2.2で示した「その他の脅威」への対策にも資すると考えられるのではないか。
    • なお、対策については継続的な見直しが必要と考えられるが、見直しのタイミングは、基盤モデルに係る変更があった段階や、AIモデルが新たな学習をした段階などが考えられるため、具体的頻度を一律に示すことは困難ではないか。見直しに当たっては、高頻度での実施が望ましい場合もあり得る中で、コストとの関係も考慮しつつ、AIシステムの目的・用途に応じてその頻度や内容を決定していくべきではないか。
  • AIサービスの想定事例に応じた脅威・対策
    • プロンプトインジェクション攻撃やスポンジ攻撃から、AIシステムのセキュリティを確保するに当たっては、AIシステムにおけるデータの流れ、主に想定される脅威・対策を明らかにすることが必要と考えられる。
    • そのため、サービスの公開範囲や、RAG・外部システム連携の有無といった特徴も踏まえつつ、AIサービスの想定事例をいくつか示し、主な脅威・対策を示してはどうか。(次頁以降)
    • これにより、読者において提供しようとするAIシステムに即して、想定される主な脅威や講じ得る対策を一定程度、具体的に検討することができるのではないか。

政府は経済安全保障上の重要性が高い技術を「国家戦略技術」として新たに指定、AIやバイオ、核融合といった6分野を指定し、研究予算の配分や税制上の優遇措置を重点的に講じることとし、国際競争が激しい技術領域への投資を促し、起業から実用化まで後押しするとしています。高市早苗内閣は「新技術立国」の実現を政策の柱の一つに掲げており、経済成長や危機管理に不可欠な分野を政府が支援することで企業や研究機関の民間投資を引き出す「成長・危機管理投資」の一環となります。最重点技術と位置づける国家戦略技術は(1)AI・先端ロボット(2)量子(3)半導体・通信(4)バイオ・ヘルスケア(5)核融合(6)宇宙の6分野とする方向です。AIなどの新興技術や宇宙といった研究分野は経済成長に重要な領域で、デュアルユース(軍民両用)技術の高さは安全保障上の危機管理にも直結することになります。各国が「戦略技術」を定めて支援に乗り出しており、日本も官民が協力して取り組む必要があります。米国は国家科学技術会議や国家安全保障会議(NSC)が中心となり「重要・新興技術リスト」を作成、半導体やAI、機械学習を指定し、2024年に米政府の支援案をロードマップとして公表しています。EUは2023年に10の「重要技術領域」を公表、半導体、AI、量子、バイオテクノロジーの4の技術領域を特に重視する方針も盛り込んでいます。

政府は、AIの安全確保を担う政府系機関「AIセーフティ・インスティテュート(AISI)」の体制を大幅に強化する方針を固めました。約30人いる職員数を段階的に100人規模に増やし、AIに関する評価システムを独自開発することを目指すとしています。不正侵入が可能になる「バックドア(裏口)」の有無など、国家安全保障面からAIを評価、分析できる体制も整える方針です。職員は新規公募以外に、産業技術総合研究所といった国立研究開発法人にいる研究者の採用や、関係省庁からの出向を増やすことで増強、米中など海外製AIの利用が広がる中、AIの安全性を自国で評価する体制を築く必要性が高まっています。海外製AIの安全上の問題を早期に把握する狙いがあります。同機関はAIの安全性を評価する機関として2024年2月、経済産業省が所管する情報処理推進機構に設立されましたが、人員や予算が十分ではなく、現在の活動はAIの安全性を評価する際の観点を記した手引の提供などで、英国の安全機関のように自らツールを作ってAIを評価することなどはできていない状況にあります。

AI/生成AIを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • PwCジャパングループは、国内におけるAIの責任者に関する実態調査を発表、売上高500億円以上の企業・団体のうち、計6割が最高AI責任者(CAIO)のような幹部級の役職を設置していたといいます。未設置の組織はAIの活用も遅れがちで、同社は「AIに期待する成果に即したCAIO人材を配置すべきだ」としています。業務や技術といった領域ごとにAI活用の度合いを聞いたところ、未設置組織は設置組織に比べて約20ポイント近く活用に遅れが生じていました。また、CAIOにリスク管理やガバナンスの専門知識がある場合、AI活用が直近3年間で後退した割合も少なかったといいます。AIを安全に利用するためのルール整備が奏功したためとみられています。CAIOの入社形式では「新卒のプロパー採用」が69%に上り、「外部からの中途採用」は31%、組織への在籍年数も「20年以上」が52%で、業務内容や企業文化を深く理解している人材が任命されている傾向が浮き彫りになりました。PwCジャパングループのCAIOを務める藤川琢哉氏は「CAIOはAIによる大胆な経営変革の指揮を執るのが役割だ。技術的な知識よりも、ビジネス全体の知識や自社内のネットワークの方が重視されている」と話しています。
  • 米国で、AIで代替できないブルーカラーの高額収入が注目されており、職業訓練校への入学者が増えているといいます。「ブルーカラービリオネア」を目指す動きではあるものの、若者の雇用の受け皿になり得るかは不透明な状況です。AIが普及すれば、若者が担っていたような補助的な作業は代替され、若年雇用に影響が出るとの懸念はかねてよりありました。現状、「AIによる雇用喪失の初期段階を目撃している可能性」(セントルイス連銀)が意識され始めています。若者の雇用をどう確保していくかはAI時代の重い課題で、日本には就職氷河期世代を放置したために少子化を加速させ、成長の機会を失った苦い経験があります。中高年にとっても人ごとではなく、AIを使うことで自らの生産性を上げれば報酬増も見込めるものの、自分が淘汰される側に回らないとも限りません。第一線を退いた後も補助的な仕事について長く働こうと考えていた人は、AIとの競合で老後のプランの変更を迫られる可能性もあります。AIとの因果関係は不明ですが、米国では若者だけでなく65歳以上の失業率が1年前と比べて上昇しているといいます。
  • 公認会計士の間でAIを業務上の脅威と考える傾向が強まっていることが分かったといいます。会計士専門の転職支援事業のピー・シー・ピー(PCP)が2025年に実施した調査で、AIに仕事を奪われる可能性が「あると思う」と回答した比率は43%となり「あると思わない」の38%を上回りました。若い年代ほど危機感が強かったといい、2019年調査では明確な傾向は見られなかったといいます。PCPによれば、AIに奪われかねない会計士業務に企業向け助言があり、例えば決算業務の改善やM&A(合併・買収)時のデューデリジェンス(資産査定)、新規株式公開(IPO)に向けた取引所の審査対応などで、企業は会計士に助言を求めることがありますがが、こうした業務は既にAIが高い水準の回答を出せるようになっているといいます。
  • 就職活動中の大学生らの4割が、生成AIの普及を見越して志望職種を変えたことが、日本経済新聞の調査で分かりました。生産性向上などAIがもたらすプラスの面を評価しつつも、雇用の一部は失われるとみて、仕事を選ぶ重要な要素に位置づけたと考えられ、企業はAIを使う側に立つビジョンを示せるかどうかが問われています。
  • AIが社会や経済の根幹を変える中、リスクが急速に顕在化している。偽情報の拡散や軍事への過剰な利用、著作権侵害など、リスクに対処するため、AIの利活用に規制が必要だとの主張に「ノー」を突き付けるのが、米国のトランプ政権です。2025年9月24日の国連安全保障理事会では、多くの国が、人間の関与なくAIが攻撃目標を設定する「自律型致死兵器システム(LAWS)」の禁止など、国際的な規制を支持しましたが、トランプ大統領の補佐官マイケル・クラチオス氏は「過剰な規制は技術革新を阻み、むしろ危険だ」と異を唱えました。トランプ政権の根底には、規制が自国のAI技術の優位性や競争力を損なうとの考えがあります。実際、米国は技術革新のトップランナーで、グーグルやオープンAIなど先駆的企業が集中、2024年の民間投資は約1091億ドル(約16兆円)に上り、米経済の原動力となっています。トランプ政権は減税・歳出法案の中に、州議会による独自のAI規制を10年間禁じる条項を盛り込もうとしました。規制に積極的な州議会の動きを封じる狙いでしたが、2025年7月4日に成立した法案では反発に配慮し、条項は削除されました。米国がルール作りに背を向ける中、改めて国連の存在意義が問われているといえます。ロシアによるウクライナ侵略や中東情勢への対応で「機能不全」を非難されましたが、AIを巡るルール作りで国際協調をリードしようとする姿勢が垣間見えています。
  • AIの利用を巡り、技術革新を優先する米国に対し、EUは安全規制を優先し、国際的なルール作りで先行しています。一方、中国も国際ルール作りの主導権を狙って動き出しており、AI技術やルール作りを通じて新興・途上国「グローバル・サウス」と接近していく可能性もあります。EUは2024年5月に世界で初めてAIを包括的に規制する「AI法」を成立させました。本コラムでも取り上げましたが、AIのリスクを〈1〉容認できない〈2〉高い〈3〉限定的〈4〉最小限に分類し、リスクに従って規制をかけました。個人の信用評価の点数化、人種や政治的見解の推測などでのAI利用は〈1〉に該当するため、禁止、入試や採用試験での評価、重要インフラなどでのAI利用は〈2〉とし、事業者にリスク管理の徹底義務などを課しています。違反企業は最大3500万ユーロ(約62億円)か売り上げの7%のうち、高い方を罰金として科されることになります。段階的に運用を始め、2026年8月に全面適用する方針です。2025年9月にはイタリアで、AI法に基づき、規制の具体策が盛り込まれた国内向けの法案が可決されるなど、今後もEU加盟国で同様の動きが続くとみられています。人権や環境問題などEUの厳しい法規制や基準は、世界標準として波及することが多く、EU本部の所在地にちなみ、「ブリュッセル効果」と呼ばれていますが、規制推進の方針には欧州内でも疑問の声があります。欧州中央銀行(ECB)前総裁のマリオ・ドラギ前伊首相は、AI法が欧州の競争力を損なう「不確実性の源」だと批判、マクロン仏大統領も米CNNに対し、AI開発で「米中との差を埋めなければならない」と危機感を示しています。EUの執行機関・欧州委員会は10月にAI開発を加速させる複数の戦略を相次ぎ公表し、開発にも重点を置く姿勢を示しましたが、近年は規制を緩める方向に転じている傾向にあります。一方、中国の李強首相は、中国・上海で開かれた「世界AI大会」の演説で、中国主導の国際組織「世界AI協力機構」の設立構想を打ち上げ、「情報のオープンな共有と平等なアクセスを維持し、多くの国が恩恵を受けるべきだ」と述べ、グローバル・サウスにおけるAI開発協力を宣伝して売り込みました。ただ、本部は上海に設置する方針で、国際ルールを主導する狙いは明らかです。中国主導のルールは、中国産の安価な商品・サービスが浸透する新興・途上国では受け入れのハードルが低く、経済分野の存在感が、ルールの広範な普及を勢いづかせる可能性はあります。国際的な規制がない中、軍事領域のリスクは高まっています。戦場はAI搭載兵器の「実験場」となり、標的識別や発射の自動化などAIによる攻撃が可能になっています。戦闘員と民間人を誤る恐れもあります。核兵器でも、指揮系統のハッキングや偽の攻撃警報でAIが誤情報を事実と認識すれば、誤発射につながりかねません。リスク回避のためには、米国に協議のテーブルに着いてもらうことが欠かせず、国連はAIの誤作動やエスカレーション防止の重要性を説明し、ルール作りが米国の利益にも資することを粘り強く訴えていく必要があります
  • EUの執行機関、欧州委員会は、デジタル・AI規制の緩和案を公表しました。自動車などに使われる「高リスク」のAIに関する規則の導入時期を予定より最大16カ月遅らせるといいます。欧米IT)大手は厳しいAI規制が技術革新を遅らせると主張し、規制の緩和を求めていました。EUはAIの安全性を重視してきましたが競争力の確保を重視する企業の要望を受け入れる方向です。AI規制は米欧の対立点にもなっていました。ザッカーバーグ氏はトランプ米政権と関係を深め、EUの規制に対抗してきましたが、EUが規制を一部見直す姿勢に転じたことで、トランプ政権や米テック企業との対立が緩和する可能性があります。規制案ではこのほか、個人情報の厳格な管理を求める一般データ保護規則(GDPR)も一部の内容を緩和するとしています。
  • シンクタンクの公的通貨金融機関フォーラム(OMFIF)の調査によれば、世界の中央銀行の多くは、中核業務にAIを導入しておらず、デジタル資産も投資対象外としているといい、これまで積極的にAIを導入してきた中銀ほど、AIのリスクを警戒しているといいます。最大の懸念事項は、AI主導の行動が「将来の危機を加速」させる恐れがあるという点で、作業部会のある参加者は「AIで視野は広がるが、意思決定は今後も人間が行う必要がある」と述べています。回答者の60%以上は、AIツールがまだ中核業務をサポートしていないと回答、報告書は「初期のアプリケーションの大半は、リスク管理やポートフォリオ構築ではなく、定型的な分析タスクに集中している」と指摘、大半の中銀は、データの要約や市場の監視といった基本的な業務にAIを利用しているといいます。また、中銀の93%がデジタル資産に投資していないことも明らかになり、「トークン化には関心が寄せられているが、暗号資産には慎重な見方が多い」といいます。
  • 欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁は、欧州がAIに絡む機会を逃し、自らの将来を危険にさらしていると警鐘を鳴らし、AIの普及を妨げる障害を早急に排除する必要があるという見解を示しました。ラガルド総裁は「米国と中国がこの分野で先行し、欧州はすでにAIの先駆者となる機会を逃している」と述べ、「われわれは前回のデジタル革命で導入が出遅れ、依然その代償を背負っている」と指摘、「AI導入の波に乗り遅れ、欧州の未来を危うくするリスクがある」と釘を刺しています。既存のプロバイダーからAIソリューションを購入するだけでは不十分で、域外企業への依存が深まることになるとし、「AIサプライチェーンの重要な部分を多様化させ、半導体やデータセンターに基づくコンピューティング能力といった基盤で最低限の能力を維持する必要がある」と述べています。さらに、EUは競争促進に向けた相互運用性やオープンスタンダードを確立するほか、より安価なエネルギー、より統一された規制、さらにリスクを分散させる統合資本市場が必要だという認識を示しています。

生成AIのリスクを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • ベネッセが小学3~6年の児童とその保護者の計1032組を対象にした調査で、約6割が「分からないことがあったとき、人に聞く前にまずAIに聞く」と回答したといいます。急速に利用が広がっている生成AIが、子どもたちの間でも身近な存在になっている実態が浮き彫りになりました。ChatGPTやジェミニなどの対話型の生成AIを知っているかを尋ねたところ、「知っている」「聞いたことがある」と答えた小学生が合わせて74.7%に上り、過去の同様の調査では、2023年が47.8%、2024年が57.1%で、年々認知度が上がる傾向にあることもわかりました。「知っている」と答えた小学生に利用頻度を聞いたところ、一度でも使った経験のある小学生が8割を超えました。また、「生成AIと話すと、楽しい・安心すると思うことがありますか」との問いに、「よくある」(13・6%)、「たまにある」(34・8%)が合わせて約半数を占めています。さらに、生成AIを頼りにする子どもが多い一方で、その回答が「間違っている」と気づいたことがあるという小学生も約6割いたといいます。
  • ChatGPTが公開されてから3年が経過しました。1週間あたりの利用者は8億人を超え、生成AIブームの象徴的な存在となった一方、利用者の自殺や著作権侵害など課題も山積しています。ChatGPTの利用で他者との交流が減り、若者を中心に精神的な依存や孤立感が助長されるリスクがあるとの懸念が高まっています。また、オープンAIは著作権侵害を巡って、記事が無断でAIの学習に利用されたなどとして米紙ニューヨーク・タイムズやカナダの大手報道機関から提訴されています。また、10月には、2015年12月の創業以来維持してきた非営利組織主導の形態から、営利組織主導の組織体制に転換、利益追求の姿勢が強まり、安全性などが軽視される恐れも指摘されています
  • 米国で、対話型AIの利用者が自殺するケースが相次いでいます。遺族はChatGPTを開発したオープンAIなどを相手取り、訴訟を起こしていますが、競合するグーグルが新しいAI製品を発表するのに対抗するため、安全性の検査期間を大幅に短縮したなどと主張しています。また、原告側弁護人は、「(対話型AIは)利用者を引きつけ、共感や賛同で(相手が)聞きたいことを聞かせるようにデザインされている。そうすることで心理的に囲い込み、依存状態するためだ」と指摘、熾烈なAI開発競争がこうした傾向に拍車をかけていると指摘しています。この提訴を契機の一つとして、米国では、AIが利用者の精神状態や判断能力に及ぼす危険性を巡る議論が急速に高まっています。11月にはChatGPTの利用が17~48歳の4人の自殺に影響し、3人の精神疾患につながったなどとする集団訴訟が起こされ、オープンAIは、保護者が子供のChatGPT利用を管理できる機能を導入したと発表していますが、抜本的な対策には遠い状況です(なお、オープンAI社は「自殺はChatGPTが原因ではない」と否定しています)。こうした中で共和党のトランプ大統領は、テック産業を牽引する経営者らとの関係を深め、AI開発の加速を後押し、民主党のバイデン前政権で導入された、利用者の偏見や差別を助長しかねないAI技術の制限や、AIによる労働環境の激変緩和に向けた措置を撤廃、各州が独自の権限で行うAI関連の規制を実質的に禁じることも目指しています。企業側に強く肩入れするトランプの姿勢に、民主党だけでなく、共和党の「MAGA(米国を再び偉大に)派」と呼ばれるトランプ支持勢力からも懸念の声が上がっています。テック産業を巡る訴訟経験が豊富なウェードスコット氏は「AIで社会が大きく変容する中で法整備が後手に回ることは許されない」と、超党派での規制強化を訴えています。
  • 携帯大手「楽天モバイル」のシステムに不正接続し、通信回線を契約したとして、兵庫県警は、無職の少年(16)ら2人を不正アクセス禁止法違反容疑などで再逮捕しています。少年は「生成AIを使って自動で回線を契約できるプログラムを作った」と供述したといいます。2人は2024年春、他人の楽天IDとパスワード(PW)でシステムにログインし、楽天モバイルの通信に必要な「eSIM」の計10回線を契約した疑いがもたれています。県警は2025年10月、同様の手口で楽天モバイルのシステムに不正接続し、10回線を契約したとして、2人を同法違反容疑などで逮捕、少年のパソコンなどを押収し、解析した結果、回線を自動契約できるプログラムのほか、約150万件の他人のIDやPWが見つかり、少年はIDとPWについて「海外のサイトで約50ドルで購入した」と説明したといいます。少年は当初、IDとPWを手入力して回線の不正契約を繰り返していましたが、秘匿性が高い通信アプリ「テレグラム」などで得た情報を参考に、ChatGPTを悪用し、IDとPWを自動入力して回線契約を行うプログラムを作成したといいます。事件当時、楽天モバイルは一つの楽天IDで最大15回線まで契約でき、本人確認書類を登録している楽天IDで回線を契約すれば、書類の再提出は不要でした。楽天モバイルの通信回線を巡っては、生成AIを悪用して自作したプログラムでシステムに不正接続して契約したとして、警視庁が2月以降、三つの少年グループを摘発しています。
  • 過去2年間に米国では、テキストや画像を生成するAIツールによって作られたコンテンツをめぐり、少なくとも6件の名誉毀損訴訟が提起されています。原告側は、こうした最先端技術が、個人や団体に関する虚偽の有害な情報を生成・公開しただけでなく、多くの場合、AIモデルを開発してそこから収益を得ている企業が問題を認識した後も、そうした情報を発信し続けていたと主張しています。ほかの名誉毀損訴訟と異なり、これらのケースは、人間が作成したのではないコンテンツを誹謗中傷に当たると見なすことを目指すもので、この新しい概念は一部法律専門家の注目を集めています。
  • 米著名投資家ウォーレン・バフェット氏(95)が率いる投資会社バークシャー・ハサウェイは、AIが生成した偽のバフェット氏が語りかける動画が動画投稿サイト「ユーチューブ」に出回っていると警告しています。動画では、バフェット氏本人が発言したことが全くない内容が語られていると説明しています。バークシャーは、動画で流れる音声は「明らかに」バフェット氏の声ではないと指摘、ユーチューブに投稿された「ウォーレン・バフェット:50歳以上の人向けの投資情報(必見)」と題する動画では、バフェット氏になりすまして投資の助言をしているといいます。バークシャーは「バフェット氏をあまり知らない人は、これらの動画を信じて、コンテンツによってだまされるかもしれない」と指摘、「バフェット氏は、こうした類いの偽動画が拡散するウイルスと化しつつあることを憂慮している」と強調しています。
  • 日本民間放送連盟(民放連)は、会員企業のコンテンツを無許諾で学習している生成AIサービスの開発者に対策を求める声明を発表しました。米オープンAIが2025年9月末に公開した動画生成AI「Sora2」によって、会員企業が権利を持つアニメなどと酷似する映像がインターネット上に流通していることを受けての対応です。対策を求めるのは生成AI開発者のうちソラ2に限定しておらず、声明では流通している映像が「コンテンツを学習した結果と考えられる」とし、会員企業のコンテンツを無許諾で学習対象としないように対策をとるように生成AIの開発者に要請しています。生成された映像の削除もあわせて求め、著作権の侵害についても指摘しています。生成AIサービスの学習には権利者の事前の許諾が必要だとした上で、会員企業から著作権侵害に関する申し立てがあった場合は真摯に対応することも要請しています。

最後に、AIの恐ろしさを感じる最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 2025年11月24日付日本経済新聞の記事「スマホとAIが個人情報奪う恐れ 通話の振動で盗聴、持病や体重も」では、スマホが音声を出す時の振動を手掛かりに通話が盗聴されたり、対話型AIが使用者の持病や体重を聞き出したりする可能性を指摘する科学研究が現れたと紹介しています。まだ目立った被害は出ておらずリスクを検証している段階ですが、今後は企業や個人が対策を求められる可能性があります。報道によれば、通話で音声を出す時にスマホはわずかに揺れ、その揺れ幅は約100分の1ミリメートルで目に見えませんが、自動車などに使う「ミリ波レーダー」で検出できるといい、レーダーで捉えたスマホの振動をAIで分析したところ、音声の周波数に応じた揺れ方の違いを手掛かりに、通話の相手が話す内容を解読できたといいます。3メートル離れれば4%しか読み取られないものの、50センチメートルだと6割の単語を盗聴されるという精度であり驚かされます。ミリ波レーダーは小さく作れ、壁越しでも通話を盗聴できるといい、研究チームはレーダーの性能などが今後向上すれば、より遠くから単語を読み取られるなどして被害が広がる可能性があると指摘しています。さらにAIは、楽しくやりとりをするAIに親しみを抱き、問われるままに自分の持病や体重、体形に対する満足度などの個人情報を明かしていたという研究もあります。スマホやAIなどの先端技術は今後も進歩を続けると考えられるところ、従来型のサイバー攻撃の枠を超えた新たなリスクとの戦いが始まる可能性があるという点で、正に目から鱗が落ちる思いです。
  • 人間の脳や神経の活動を読み取る「ニューロテクノロジー(脳神経技術)」について、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の総会は、思考の自由の尊重や不当な干渉からの保護が欠かせないとする初の倫理勧告を採択しています。AIの進化で読み取り技術が急速に発展しており、悪用の懸念が高まっていることが背景にあります。この技術は、脳につけた電極やfMRI(機能的磁気共鳴断層撮影)などで脳活動を読み取るもので、病気で体が動かなくなった患者の意思伝達を支援しようと技術開発が進んでいます。頭皮に付けたセンサーでも、脳の動きに伴う電気的な活動(脳波)の微弱な情報を読み取り、心の動きが推定できることを示す研究報告もあるといいます。医療用途だけでなく、ヘッドホンのような機器で検知でき、商品を見た消費者の印象を探ったり、運転中の眠気を感知したりする技術も実用化されています。一方で、他者から心を読まれたり、干渉されたりするおそれが出てきたことから、ユネスコは倫理上の留意点について脳神経学や法学の専門家らの意見もふまえて勧告をまとめたものです。勧告は、まず脳神経技術が病気の治療やリハビリなどで革新的な解決策になりうることを強調、その上で、プライバシーや思想の自由が脅かされ、差別など尊厳や人権上の新たな問題になるおそれがあるとしています。具体的には、脳神経データによって精神状態を推し量れる可能性が高まるため、データの取得前の同意が重要だと指摘、取得後も、本人が望めば消去や利用停止ができることが望ましいとしています。特に脳や神経が発達途上の18歳未満の子どもは留意が必要で、利用は科学的な意義が十分に証明された用途に限るべきだとしています。ユネスコの専門委員は「望まない形で考えを読み取られたり、自分の脳神経データが先進国や巨大企業に一方的に利用されたりすることへの懸念が強まっている。この倫理勧告によって、より安全で安心な形で技術開発が進むのではないか」と語っています。こちらもこれまで想定されていなかったリスクの存在を示され、大変驚かされました。

(6)誹謗中傷/偽情報・誤情報等を巡る動向

JR東日本は、問い合わせ窓口「JR東日本お問い合わせセンター」のオペレーターが、業務用端末から電話番号検索サイトにアクセスし、口コミ欄に、利用客に関する不適切な投稿を繰り返していたと発表しています。具体的には明らかにされていませんが、利用客を誹謗中傷するような内容が含まれていたほか、電話番号を無断で公開していたといいます。報道によれば、列車の時刻や運賃、空席情報などに関する問い合わせ窓口のオペレーターが、2024年3月~25年8月、電話番号検索サイトに計290件の投稿をしていたといい、投稿は削除され、他に同様の事案はなく、氏名などの個人情報は含まれていなかったといいます。無断で電話番号を公開された利用者の家族からの問い合わせで発覚、オペレーターは業務委託先の従業員で2008年から勤務、「業務上のストレスから衝動的にしてしまった」と話しているといいます。ある意味、会社の業務に起因して行われた誹謗中傷行為であり、従業員の誹謗中傷対策、メンタルヘルス対策の必要性を示唆するものといえます。

上級生にデマを拡散されて部活動を強制退部させられた甲南大学2年生の男性が自殺したのは、大学が適切な対応をしなかったからだとして、男性の母親が、学校法人甲南学園に対し、約8473万円の損害賠償と謝罪を求める民事調停を神戸簡裁に申し立てています。母親が上級生2人に対して起こした訴訟では、大阪高裁が2025年3月、上級生が男性について「学園祭の売上金を横領した」とするデマを流し、名誉を毀損したとして賠償金の支払いを命じ、判決は確定しています。自殺した男性には、大学の仲介で上級生の1人から謝罪文が手渡されたほか、関係者にはデマを否定する趣旨の文書も配られたといいますが、デマは消えなかったといいますが、大阪高裁は「大学の関与で一定の名誉は回復された」とも認定していました。報道によれば、母親は申立書で、息子は繰り返し大学に相談しており「大学側が早く対応していれば拡散は防げた」と指摘、すでにデマが広がっているのに、経緯を公表するなどの積極的な措置をとらなかったと主張しているほか、学内のハラスメント委員会が、今回の件をハラスメントと認定せず「第二の名誉毀損だ」と訴えています。こちらも、組織として誹謗中傷やデマ等にどこまで対応すれば「適切」と認められるのか、平時から検討をしておく必要性を感じさせます。

立花孝志被告が名誉棄損罪で逮捕されて以降、亡くなった元兵庫県議の竹内さんや遺族を批判する内容の匿名投稿が、SNSで再燃しており、遺族側の代理人弁護士は「無自覚な発信が遺族を追い詰めてしまう」、「立花氏の誹謗中傷が原因で人の命が失われた。すべてのSNSの利用者に、無自覚な発信が遺族を追い詰めると自覚してほしい」と危機感を訴えています。2025年11月28日付毎日新聞の記事「「無自覚な発信」 逮捕契機に、元兵庫県議への中傷がSNSで再燃」において、毎日新聞がユーザーローカル社のSNS分析ツール「ソーシャルインサイト」を使い、Xで関連した投稿を調査、竹内さんを非難する文脈で使われてきた「逃げる」などの言葉が使用されたものを抽出したところ、被告が逮捕される直前は1日数十件だったものの、逮捕された日は2000件超となり、翌日には4000件を超えたといいます。SNSの投稿から読み取れる感情について研究する、兵庫県立大の土方嘉徳教授(ソーシャルメディア論)は「SNSは既存の枠組みの中で声を上げられない人が個人の意見を発信できる有効なツールだ。攻撃的な書き込みの一部にもマスコミや議会など、既存組織への不満が表れている」、「匿名だと、少し感じたことでも発信する傾向がある。内容が誹謗(ひぼう)中傷に当たらないかを吟味せず、投稿しているのかもしれない。過激な表現が受けやすいというSNSの特徴と合わせ、匿名性と拡散性が、誹謗中傷に当たる投稿を増やしている可能性がある」と指摘、「SNSの誹謗中傷は今後、一層深刻化する懸念がある。教育の中で、発信を受ける側の心境などを考える機会を設けることが大切だ」と指摘しています。なお、立花氏については、不動産営業のトラブルに関する動画を「ユーチューブ」に投稿されて名誉を毀損されたとして、不動産会社の元社員が同氏らに損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は、立花党首に44万円の支払いを命じています。動画内で元社員の実名を挙げ「犯罪者」などと呼んだ発言が名誉毀損に当たると判断したものです。報道によれば、元社員の実名を挙げた上で「脅して不動産を売ろうとしたのかな、買おうとしたのかわかりませんが、いろんな犯罪の疑いがある」「犯罪者がこだわったのは、証拠の隠滅」などと発言する動画をユーチューブに投稿していました。判決は、立花党首の発言について「元社員が脅迫して不動産売買をしようとした旨を指したと解されるが、重要な部分が真実であると裏付ける証拠はない」と指摘、元社員の社会的評価への影響は軽視できないとしています

誤・偽情報を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 国連教育科学文化機関(UNESCO)などは、気候変動に関する偽情報対策の強化をめざす宣言に国連気候変動会議(COP30)の議長国ブラジル、カナダ、フランス、ドイツなど12カ国が署名したと発表しました。偽情報は対策の妨げになるとして、すべての人が正確な情報にアクセスできる体制構築をめざすとしています。世界の科学者らでつくる国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、温室効果ガスの排出といった人間活動が地球温暖化を引き起こしたのは「疑いの余地がない」と断定していますが、気候変動を「史上最大の詐欺」などと発言したトランプ米大統領をはじめ、誤った情報の発信はやまず、宣言では、偽情報が気候変動対策を妨げ、社会の安定を脅かすと指摘、署名国の約束として、気候変動に関する正確で信頼性の高い報道を確保するための支援や、正確な情報へのアクセス促進を通じた気候変動対策の推進、気候変動の報道や研究をする人たちを保護するための協力と体制づくりなどを盛り込んでいます
  • 外国政府による国内選挙への干渉が懸念される中、欧州諸国は偽情報対策や民主主義の促進で、オンラインプラットフォームやインフルエンサーに注目しています。アルファベット傘下グーグル、マイクロソフト、メタ・プラットフォームズ、実業家イーロン・マスク氏のX、短編動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」などのオンラインプラットフォームは、2022年に施行されたEUのデジタルサービス法(DSA)に基づき、違法で有害なコンテンツへの対策を一層強化することがすでに義務付けられています。「欧州デモクラシー・シールド(民主主義保護)」戦略はこれらの企業に一段と踏み込んだ対応を求めており、欧州委員会はDSAに関連する問題・危機対応プロトコルを設定し、当局間の調整を促し、大規模な情報操作などに迅速に対応できるようにするとしています。グーグル、マイクロソフト、メタ、TikTokなど、偽情報に関する自主行動規範に署名した企業は自社のプラットフォーム上でAIによって生成・操作されたコンテンツを検出し、ラベル付けするための一層の努力を求められる可能性があります。欧州委はまた、オンラインでの政治キャンペーンにおけるインフルエンサーの役割についても言及し、関連するEU規則の認知度を高めるためにインフルエンサーの自主的なネットワークを立ち上げると述べています。
  • Webマーケティング企業のLiKGの調査によれば、生成AIの活用で最も多い失敗事例の1位は「誤情報をうのみにしたまま業務で使用してしまった」(30.0%)だったといいます。業務で生成AIを活用して失敗した経験があるか聞いたところ、「はい」が30.0%に上り、3人に1人がしくじり経験を持っていることが分かったといいます。さらに、AIのうそを信じてしまったエピソードとして「新規事業のアイデア発表でAIに頼りすぎて自分の知識になっておらず、説明がうまくできなかった」「誤った情報を基に資料作成してしまった」「データの出所が不確かで実態を反映していなかった」などの声が寄せられています。今後も積極的に生成AIを使いたいか尋ねたところ「使いたい」が91.7%に上り、同社は「失敗を経験しても、AIは使い方次第で強力な武器になるという実感を得ている人が多い」と分析しています。
  • 宮城県女川町が公式Xに投稿したクマの出没情報に関する画像が生成AIによるフェイク画像だったことが明らかになりました。投稿後に画像の提供者から申し出があり、町が確認したところ、偽情報だったことが判明したものです。町は、「クマ出没のお知らせ」と題し、住宅街でクマが目撃されたとする注意喚起をXに投稿、1頭のクマが道路の真ん中で、立ち止まった様子が撮影された画像も掲載され、「クマを誘引するものは屋外に置かないようお願いします」などと呼び掛けたといいます。目撃された場所の近くには保育所もあり、町は「茂みに潜んでいる可能性もある」と重ねて注意を呼び掛けました。町が投稿した画像は、数時間で380万回表示され、一部の地元メディアは「女川町で15年ぶりの目撃情報」などと伝えていました。クマによる被害が相次ぐ中、この事例以外にも生成AIで作成されたとみられる偽動画がSNS上で拡散しています。クマに餌付けをしたり、子グマを抱きかかえたり。不自然な場面があっても、スマホで短い動画が次々と流れると判断しづらいとみられます。産経新聞紙上でSNS問題に詳しい国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授は、「動画の拡散で地域住民に過剰な不安感や誤った対応をもたらすほか、問い合わせ増加による自治体の業務圧迫などが生じる懸念がある」と指摘、「人の目だけでは真偽の判断が難しい。AIでつくられた動画にラベル付けする取り組みを拡大するなど、SNS運営側による対策が求められる」としています。なお、クマの研究者らでつくるNGO「日本クマネットワーク」(JBN)は根拠がある情報を伝えようと、クマをめぐる現状の知見をまとめた見解を公表しています。JBNはこの文書で、「これまでに分かっていること」として、「農山村から都市部への人口移動に合わせて、2018年までの40年間でクマ類の分布が約2倍に拡大した」「鳥獣行政の中でクマ類の捕獲上限が定められ、過剰に捕獲しない状況が続いてきた」「クマの主食であるドングリ類が不作になった」などと列挙、こうした点は「事実と言える」との立場を示しました。その上で、現状で分かっていない点として挙げたのが、「人身被害の急増の背景」で、2006年度以降、クマによる死者数で過去最多だったのは、2023年度は6人でしたが、2025年度はすでに13人(2025年11月18日現在)に達しており、この理由についてJBNは「クマの人間への警戒心が低下しているなどのクマ側の特性なのか、人間側の行動に起因するのか」は分かっていないと指摘、加えて、2025年の特徴である市街地への多数のクマの出没についても、どんな年齢のクマがどんな理由で市街地に現れたのかなどの背景は「ほとんど分かっていない」と言及し、原因を安易に断定することに注意を促しています。また、朝日新聞紙上でJBN代表を務める東京農工大学の小池伸介教授(生態学)は「クマに関する偽情報や根拠のない情報があふれている前提に立ち、複数の情報源から情報の真偽や信頼性を確認する意識を持ってほしい」と指摘しています。筆者もJBNのように「正しいこと(事実)」をしっかりと示していくことが偽情報への対応として重要であり、受け手である私たちも「正しい情報(事実)」の発信元を認識し、確認することが重要だと感じます。
  • クマへの関心が高まる中拡散されている偽動画は、すべて生成AIで作られているとみられますが、動画の多くには、OpenAIが開発したAI動画生成ツール「Sora」や、テキストから動画作成が可能な編集ソフト「Vrew」のロゴが入っており、投稿者自身が「AIで編集した」と明示するラベルを付けたケースもありますが、透かしが入っていても、投稿を見た人全員がフェイク動画と気づくわけではありません。さらに、こうしたフェイク動画が、根拠不明な情報の拡散に加担してしまう実態も生じています。結局、動画のロゴ自体を簡単に消す技術が生まれる可能性もあり、透かしの有無でAI生成かを判別する手法は役に立たなくなる可能性もあります。本コラムで以前から指摘しているとおり、SNSは、人々の注目を集めて対価を得る「アテンションエコノミー」の影響を強く受けており、流れてくる投稿が真実とは限らないと認識し、信頼できる一次情報を確認するなどの努力を続けるしかないということです。
  • 本コラムでもたびたび指摘しているとおり、SNSでの偽情報が特に脅威となるのが災害時であり、過去には虚偽の救助要請により警察や消防が対応に追われる、偽の募金や義援金を募る投稿も確認されるなど、問題となってきました。一方でSNSに寄せられたリアルタイムの情報を使って住民避難に役立てようとする取り組みも進んでいます。2025年10月下旬に北海道北斗市で行われた、巨大地震を想定した防災訓練では、IT企業「Spectee」のシステムを活用、SNS投稿のうちAIが信憑性が高いと判断したものを基に、防災対策本部の職員が市民の避難や津波の到達状況を把握し、指示を出すことが行われています。生成AIや過去の災害映像の使いまわしなどによる偽情報を、AIが自動的に判別するシステムを導入、さらに情報確認に習熟したスタッフが、公的機関の情報などと整合性をチェックすることで「より早く正確性が担保された情報提供ができる」とし、すでに約1200の自治体・企業などが導入しているといいます。ただ、SNSの情報を災害対策にどう生かすかは、自治体職員の能力にもかかってくることから、訓練などで体制やマニュアルを整備していくことが重要だといえます。
  • 衆院憲法審査会は、高市政権で初となる討議を行い、偽情報対策や外国勢力介入対策について議論しています。偽情報などが選挙や憲法改正国民投票に影響を与えるのを防ぐため、SNSなどを運営するプラットフォーム事業者に対する規制強化が必要だとの声が与野党から相次ぎました。審査会では立憲民主党の枝野幸男前審査会長が、英国やドイツなどを2025年9月に訪問した結果を報告、欧州の対策の現状について「『表現の自由』との関係で非常に難しいとの共通認識があり、明確な答えが出ていない」とした上で、プラットフォーム事業者に対処義務を課すEUの取り組みに触れ、「『表現の自由』との兼ね合いをしっかり見据えたものと評価できる」と指摘しています。自民党の山口壮氏も、EUの規制の在り方に関し「制裁金を含め、日本の参考になる」と指摘、立民の大串博志氏は「プラットフォームビジネスへの規制強化は不可避ではないか」と訴えています。また、日本維新の会の和田有一朗氏は「既存メディアが果たす役割は重要だ」と強調、国民民主党の浅野哲氏は国会議員とプラットフォーム事業者が継続的に意見交換する場を設けるよう求めました。公明党の河西宏一氏は「外国勢力の介入を未然に防ぐ体制整備が急務だ」と力説、共産党の赤嶺政賢氏は「多様な情報に接することが情報の吟味につながる」と立会演説会復活などを提唱しています。いずれの意見もそのとおりであり、表現の自由とプラットフォーマーの規制のバランスをどうとっていくか、より精緻に議論を重ねてほしいものだと思います。

日本におけるCBDCの準備状況について、片山さつき財務相は衆院財務金融委員会で、CBDCに対する米トランプ政権による監視法案の検討について、米国の懸念は理解しており動向に注意が必要だと述べています。財務相は政府・日銀による検討状況を解説したうえで、「(ビットコインなどの暗号資産の)完全な匿名性や分散性がない段階のCBDCについては、(利用者の)情報集約が米共和党政権の高官の間でも懸念されている」と指摘、片山氏は日本の取り組みに関してトランプ政権関係者に、懸念は理解した上で整理・研究していると説明したと紹介しています。トランプ政権は発足時に匿名性のあるビットコインなど暗号資産の普及促進を掲げると同時にCBDCの検討中止を表明しています。

(7)その他のトピックス

①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産を巡る動向

法定通貨に連動させて価値を安定させるデジタルマネー「ステーブルコイン」を巡る各国の動向などについて、最近の報道からいくつか紹介します。

  • イングランド銀行(英中央銀行)は、ステーブルコインの発行者が裏付けとなる資産の最大60%を短期国債に投資することを認める提案を発表しています。英中銀は2023年にステーブルコインの発行者に対し全資産を無利子で中銀に預けるよう求める案を示しましたが、暗号資産業界から強い批判が出ていたものです。今回の提案では、発行者は資産の40%を中銀に預ける一方、最大60%を短期国債に投資できるとしています2026年の英国におけるステーブルコイン制度導入に向けて業界などからの意見を踏まえ、発行者と中銀の連携方法を含め従来案を修正しています。中銀は決済に広く利用されると見なされるステーブルコインのみを監督する方針で、従来は金融行動監視機構(FCA)の監督下にあった発行者について、裏付け資産の最大95%を当面は投資することを認める暫定措置も示しています。個人や企業が保有できるステーブルコインに一時的な上限を設ける方針は維持しましたが、一部の大企業は必要に応じて免除される可能性があります。さらに市場にストレスが生じた局面では、システム上重要なステーブルコイン発行者に対し、中銀の流動性供給ファシリティーの適用を検討するとしました(これは市場で資産を売却できない場合の最後の手段となります)。暗号資産の売買など、決済以外の用途で用いられるステーブルコインは中銀の制度の対象外となり、FCAの監督下に入ることになります。なお、ブリーデン英中銀副総裁(金融安定担当)は、法定通貨の価値に連動するデジタル通貨であるステーブルコインのさらなる規制緩和は金融の安定性を脅かし、信用収縮を引き起こすリスクがあると警告、その上で、英国は米国とは異なるアプローチが必要だとの見解を示しました。ブリーデン氏は40%に設定したのは、過去に起きた金融ストレスに「根拠がある」と指摘、一例として2023年の米シリコンバレー銀行(SVB)の経営破綻や、サークルが発行するステーブルコイン「USDC」が米ドルとの1対1のペッグを失った出来事など、預金者やステーブルコイン保有者が一斉に引き揚げた事例を挙げて、「SVBやサークルで起きた事態を見れば、この数値はおおむねそれに沿ったものだ。だからこそ、私たちはより低い数値ではなく、40%を提案している」と強調しています。
  • 欧州中央銀行(ECB)は最新の「金融安定性レビュー」で、ステーブルコインについて、いったん資金流出が起きれば世界の金融システムに重大な影響を及ぼしかねないと警告しています。ステーブルコイン取引は拡大の一途をたどり、現在の時価総額は2800億ドルを超えており、絶対額としてはまだ小さいとはいえ、発行者が準備資産として大規模に米国債を購入している点で注目度が高いといえます。ECBは、ステーブルコイン取引の著しい増加によって、ユーロ圏の銀行の個人預金からの資金流出をもたらし、銀行にとって大事な資金源が縮小して調達構造全体が不安定になる恐れがあると指摘しています。ただ最大のリスクは投資家による「取り付け」で、その理由は最も時価総額が大きい2つのステーブルコインは準備資産としての米財務省短期証券(Tビル)の保有高が世界屈指であるほか、準備資産規模はトップ20のマネー・マーケット・ファンド(MMF)に匹敵する点にあります。ECBは「これらのステーブルコインで取り付けが発生すれば、準備資産の投げ売りを引き起こし、米国債市場の機能に影響を及ぼす可能性がある」と述べています。EUの法人と第三国の法人が共同で代替可能なステーブルコインを発行した場合を考えれば、投資家が償還の際により規制が厳しいEUのステーブルコインを選択しがちなので、取り付けにおいてユーロ圏に負荷がかかる事態もあり得ます。ECBは「EU(のステーブルコイン)発行者は、域内および域外双方の保有者からの償還請求を履行するための準備資産が不足し、取り付けリスクを増幅させる恐れがある」と付け加えています。
  • 関連して、ECB理事会メンバーであるスレイペン・オランダ中銀総裁は、ステーブルコインの取り付け騒ぎが発生して経済に衝撃を与えた場合、ECBが金融政策の調整を余儀なくされる恐れがあるとの見解を示しています。「米国のステーブルコインが、これまでと同じペースで増加を続ければ、ある時点でシステム上、重要になるだろう」と発言、ステーブルコインにより欧州の金融安定・経済・インフレに対するリスクが生じ、ECBが対応を迫られる可能性があると述べています。
  • S&Pグローバルは、流通規模が世界最大級のドル連動型ステーブルコイン「テザー(USDT)」の格付けを、下から2番目の「4(制約されている)」から最低の「5(弱い)」に引き下げています。裏付けとなる準備資産で高リスク金融商品の比率が高まっていることや、情報開示が不十分な点を理由に挙げています。S&Pグローバルは2023年からステーブルコインの格付けを始めていますが、USDTについては、準備資産において過去1年間にビットコインや金(ゴールド)、担保付きローン、社債など高リスクの商品が増えたと指摘、情報開示も限定的で、「与信、市場、金利、外為などのリスクにさらされている」としています。ただ暗号資産市場が不安定な局面でも「顕著なレベルの価格安定」を維持したとも指摘しています。USDTを発行するテザーの広報担当者は、S&Pは「デジタル世代生まれのマネーの性質や規模、マクロ経済面の重要性を捉えることができない旧来の枠組みを使っており、USDTのレジリエンス(耐性)、透明性、世界的な有用性を明確に示すデータを見落としている」と反論、USDTは市場がショックに見舞われた際も安定性を維持し、新興市場国の一部では重要な金融インフラになっていると主張しています。
  • 金(ゴールド)市場で中央銀行に並ぶ新たな大口の買い手として、ステーブルコインの発行企業が浮上しています。米投資銀行ジェフリーズはステーブルコイン発行最大手テザーが2025年7~9月期に24トン購入したと試算、中銀で最大の買い入れ額だったカザフスタン中銀(18トン)を上回っています。テザーは同社が発行する「USDT」の裏付け資産として金を保有しているとみられ、テザーの金保有量はジェフリーズの推計で116トン(2025年9月末時点)と、韓国やハンガリー、ギリシャの中銀に匹敵する規模となっており、金価格は10月に最高値を更新し、前年末比7割高まで上昇する場面がありました。ステーブルコイン市場の拡大は今後、金価格の上昇要因になる可能性があります。一方、2025年7月には米国で包括的なステーブルコイン規制となる「GENIUS法」が成立し、ステーブルコインの準備資産に金を充てることは禁止されました。GENIUS法成立後にテザーがなぜUSDTの準備資産として金を活発に購入したのかは今一つ判然としていません。ステーブルコインの価値の根拠は、完全に裏付けられ、即座に換金可能なデジタルドルにあります。暗号資産に重大なストレスが周期的に発生するのはもはや避けられませんが、何らかの理由でステーブルコインの需要が急激に減少へと転じた場合、その圧力は必然的に裏付け資産にのしかかり、現在、裏付け資産にはかなりの規模の金が含まれています。ジェフリーズは、ステーブルコイン市場に由来するさらなる金需要を予想していますが、暗号資産の不確実性が、本来「安全資産」である金に、投機的な値動きを呼び込んでしまった懸念が拭えません。

金融庁は、金融審議会の作業部会を開き、暗号資産規制の方向性を盛り込んだ報告書案を議論、インサイダー取引や情報開示を巡り、従来の有価証券を想定した厳格な規制を適用することで合意しています。暗号資産は近年、投資目的での取引が増えていることから金融商品取引法(金商法)に位置づけることとしたほか、未公開情報をもとにした取引を禁じるインサイダー規制に加え、暗号資産の発行者には年1回の情報開示などを義務付ける(ビットコインのように特定の発行者がいない暗号資産取引については今まで業界団体の自主規制で交換業者に情報開示を求めていましたが、法的に義務付ける)としています(国内の交換業者は現在、ビットコインやイーサリアムなど105銘柄の暗号資産を取り扱っています。暗号資産は数万種類あるともいわれますが、金融庁はこの105銘柄について交換業者に情報開示を義務づけることとしました。資金調達目的で発行された暗号資産は発行直後に投機的な売りが増えやすく、新規販売価格から値下がりするものが多く、中には最初の発行時点から9割程度下落したケースもあります。金融庁は暗号資産の発行事業者に情報開示を義務付け、発行に一定の制限をかけることで、投資家が多額の損失をこうむるリスクを減らしたい考えです。また、EUも暗号資産の発行者への情報開示規制に乗り出しており、事業内容などを記載したホワイトペーパーの作成と公表を求めています)。一方、暗号資産業界は金商法への移行に合わせて暗号資産の売却益にかかる税率を最大55%の総合課税から20%の金融所得課税の対象にすることも求めており、税制が変われば株式などと同様に投資対象の商品として扱うことになります。また、金融商品として位置づけることで、事業者による投資家保護の責任の重みが増すことになります。DMMビットコインで2024年に約482億円相当のビットコインが流出した事案などを受けて規制が強まった面もあり、不正流出時の補償に備えた準備金の積み立てや、システム業者向けの届け出制の導入などについて、業界からは、準備金の積み立てで「セキュリティに対応する資金が足りなくなる」「体力のない交換業者は耐えられない」との懸念も出ています。作業部会では委員から「国内市場が縮小しては本末転倒」などの指摘がありましたが、金融庁幹部は「金商法に入れるうえで当然予測できた厳しさだ」としており、筆者も同感です(厳格な規制に対応できない事業者は退場すべきではないでしょうか)。暗号資産は当初、支払い手段としての利用を見込み、資金決済法で規制してきましたが、最近では暗号資産の稼働口座数が800万口座を超え、投資目的での取引が目立つことから、金融庁は金商法での規制に移行、同法は株式や投資信託などの有価証券を対象に投資家保護を図るのが目的で、暗号資産も同法での規制が適切と判断したもので、当然の流れと理解できるところです。また、銀行・保険会社が投資目的で暗号資産を保有することを認め、分散投資の手段を提供する観点から、現在は監督指針で事実上禁じられている暗号資産への投資を解禁、銀行や保険会社のグループ傘下の子会社が暗号資産の売買などに携わることも認めています。一方で、銀行・保険会社の本体による交換業や仲介業への参入については、マネロンに使われるリスクや詐欺的な勧誘によるトラブルや、ハッキングによる流出でテロ資金になる懸念、銀行顧客がリスクを理解せずに取引する懸念があると指摘し、解禁を見送られました。暗号資産は価格変動が激しく、金融システムへの影響を最小限にできるかが課題で、報告書案では銀行経営の健全性を保つ観点から、十分なリスク管理や体制整備を前提に投資を認める方向ですが、具体的な制度設計はこれからとなります

▼金融庁 金融審議会「暗号資産制度に関するワーキング・グループ」(第6回)議事次第
▼資料3 金融審議会 暗号資産制度に関するワーキング・グループ報告(案)
  • 暗号資産に係るこれまでの法制度の整備について
    • 我が国では、マネロン・テロ資金供与対策に関する国際的要請や、国内における暗号資産と法定通貨の交換等を行う事業者の破綻を受け、2016年、資金決済に関する法律(以下「資金決済法」という。)等が改正され、世界に先駆けて暗号資産(当時は暗号資産)に関する規制が導入された。これにより、暗号資産と法定通貨の交換等を行う事業者について登録制とするとともに、口座開設時における本人確認義務等のマネロン・テロ資金供与規制や、利用者への説明義務、利用者資産の分別管理義務等の利用者保護の枠組みが整備されることとなった(2017年4月施行)。
    • その後も、暗号資産交換業者(以下「交換業者」という。)の内部管理態勢の不備や、利用者から管理を受託した暗号資産や金銭の流出・流用事案の発生、過度な広告等が行われているなどの様々な問題が指摘されたことを踏まえ、2019年に資金決済法及び金融商品取引法(以下「金商法」という。)等の改正が行われた(2020年5月施行)。当該改正では、交換業者が取り扱う暗号資産を変更する場合の届出の時期を事後から事前に変更するほか、広告・勧誘規制の整備、利用者の暗号資産を原則としてコールドウォレット等で管理すること等が義務付けられた。また、暗号資産を用いた新たな取引や不公正な行為への対応として、暗号資産のデリバティブ取引に係る規制を整備するとともに、収益分配を受ける権利が付与されたICO(Initial Coin Offering)トークンについて金商法の規制対象となることを明確化し、暗号資産の不当な価格操作等を禁止する不公正取引規制等の整備も行われた。
    • さらに、2022年には、金融活動作業部会(Financial Action Task Force。以下「FATF」という。)。の勧告を受け、犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯収法」という。)等が改正され(2023年6月施行)、利用者からの依頼を受けて暗号資産の移転を行う交換業者は、移転元と移転先の本人特定事項等を移転先が利用する交換業者に通知しなければならないという、いわゆるトラベルルールが導入されている。
    • 直近では、2025年6月に資金決済法を改正し、交換業者等の破綻時等の資産の国外流出防止のため、交換業者等に対する資産の国内保有命令の発出を可能とし、また、暗号資産等の売買・交換の媒介のみを業として行う新たな仲介業を創設するなどの規定が整備されることとなった(公布の日から起算して1年を超えない範囲内で施行予定)。
  • 暗号資産の投資対象化の進展を踏まえた今般の見直しについて
    • 暗号資産については、こうした利用者保護やマネロン対策等を図るための累次の制度整備を行ってきたところであるが、暗号資産を巡る技術の進展や環境の変化を踏まえ、金融庁は、暗号資産に関連する制度のあり方等について検証を行い、2025年4月10日にその結果をディスカッション・ペーパーとして公表した。その中では、国内外の利用者において暗号資産が投資対象と位置付けられており、詐欺的な投資勧誘等も行われている状況に鑑み、利用者保護のための更なる環境整備を行う必要性が指摘されている。その方向性についてはディスカッション・ペーパーに対して寄せられた意見でも概ね賛同があったところである。
  • 暗号資産の取引の現状
    • 暗号資産は、ブロックチェーン技術を基盤とし、インターネット上で移転できる財産的価値であり、取引等の検証方法や中央集権的管理者の有無、特定のプロジェクト等に関連したユーティリティの有無等に応じ、その種類や性質は多様である。
    • 現在、暗号資産については、資金決済法において、決済手段の観点から利用者との売買や暗号資産の管理等に関する規制が設けられている。一方、足下の暗号資産を巡る状況を見ると、例えば、国内の交換業者における口座開設数は延べ1,300万口座を超え、利用者預託金残高は5兆円以上に達している(いずれも2025年9月時点)。また、暗号資産保有者の約7割が年収700万円未満の所得層であり、個人口座の預かり資産額は8割以上が10万円未満であるなど、個人の利用者においても暗号資産の保有が身近なものとなってきている
    • こうした中、決済手段としての利用も一部に見られるものの、以下のように、国内外で暗号資産の投資対象化が進展している。
      • 国内の個人向けアンケート調査によると、投資経験者のうち暗号資産の保有者の割合(7.3%)はFX取引や社債等よりも高くなっており、また、利用者の取引動機のほとんど(86.6%)は長期的な値上がりを期待したものとなっている。
      • 国際的にも、米国やカナダ等の多くの国・地域でビットコイン等の暗号資産の価格に連動するETF等が上場され、それらを通じた暗号資産への資金流入が続いている。
      • 米国では、長期投資を行う年金基金を含め、ビットコインETF等に投資する機関投資家が増加していることが指摘されており、分散投資の一環として暗号資産が位置付けられつつある。
      • 国内機関投資家においても、暗号資産を分散投資の機会と捉え、投資意欲が高まっているとの調査結果が公表されている。
    • 一方、足下では、金融庁「金融サービス利用者相談室」には月平均で350件以上の暗号資産に関する苦情相談等が寄せられており、その大半は詐欺的な暗号資産の投資勧誘や取引等に係るものとなっている。こうしたトラブルは、逆説的ではあるが、一般の個人の間において、暗号資産が投資対象として認識される状況が進展しているために生じているものと考えられる。これはまた、利用者の保護を図る必要性が増していることを示しているものと考えられる。
    • 加えて、組織的な詐欺等の犯罪収益の移転手段として暗号資産が利用されていることも指摘されており、交換業者がハッキングを受けて暗号資産が流出することによりテロ資金の供与につながる懸念も存在する。
  • 喫緊の課題
    • 国民が安心して暗号資産取引を行うには、その前提として適切に取引環境が整備され、利用者保護が図られる必要がある。暗号資産の投資対象化が進展している中で、以下のような暗号資産を巡る喫緊の課題が指摘されており、これまでも利用者保護の枠組みを整備してきたところであるが、利用者保護と取引環境整備の観点から更なる対応を行っていくべきである。
      1. 情報提供の充実
        • 暗号資産発行時に提供されるホワイトペーパー(説明資料)等の記載内容が不明確であったり、記載内容と実際のコードに差があることが多いとの指摘がある。また、こうした情報提供は自主規制の中であくまで交換業者に対して求められているものにとどまり、分かりやすく正確な情報提供が確保されておらず、各銘柄間の比較可能性が乏しいとの指摘もある。このため、利用者が暗号資産の機能や価値について正しい情報に基づき合理的に取引判断ができるよう、暗号資産に関する情報提供を強化する必要がある。
      2. 適正な取引の確保・無登録業者への対応
        • 近年、海外所在の事業者を含め、暗号資産交換業の登録を受けずに(無登録で)暗号資産取引への勧誘を行う者が現れているほか、金融庁にも詐欺的な勧誘に関する相談等が多数寄せられている状況にある。暗号資産については、匿名性が高く、不正な取引が行われた後の救済は難しいことや、犯罪行為者の資金源となることを防止すべきことを踏まえると、より厳格な規制により無登録業者による違法な勧誘等を抑止する必要がある。
        • また、暗号資産は伝統的な金融商品と比較すると、相当にボラティリティが高いこと等を踏まえると、個人のリスク許容度や経済的な余力に見合った取引が行われるようにする必要がある。
      3. 投資運用等に係る不適切行為への対応
        • 暗号資産取引についての投資セミナーや情報提供名目のオンラインサロン等も出現しており、中には利用者から金銭を詐取するなど悪質な行為が疑われるものもある。こうした状況を踏まえると、利用者保護を図る観点から、暗号資産の投資運用行為(アセットマネジメント)やアドバイス行為について適正な運営を確保する必要がある。
      4. 価格形成・取引の公正性の確保
        • 諸外国でビットコインETF等が上場され、国際的に個人や機関投資家による暗号資産投資が進んでいる状況を踏まえると、そうしたETF等の投資対象でもある暗号資産について、価格形成や取引の公正性を確保する必要性が高まっている。加えて、証券監督者国際機構(International Organization of Securities Commissions。以下「IOSCO」という。)より暗号資産に関しインサイダー取引も含めた詐欺・市場濫用犯罪への対応強化等が勧告されている。また、欧州や韓国ではインサイダー取引規制等に関する法制化が行われているほか、米国においては暗号資産を対象とするインサイダー取引への法執行事案が生じていることを踏まえると、我が国においてもインサイダー取引について対応強化の必要性が高まっている。
      5. セキュリティの確保
        • 交換業者がサイバー攻撃を受けて暗号資産が流出する事案は国内外で後を絶たない。近年の事案では、ソーシャルエンジニアリングが用いられるなど、手口が巧妙化しており、コールドウォレットであるから安全という状況ではなくなっている。攻撃者がテロ資金確保や兵器開発目的の国家であるケースも見られ、スタートアップを中心とした一般事業会社が単体で対処できる水準ではなく、政府による公助に加え、暗号資産業界横断的な情報共有・分析による共助が不可欠となっている。この前提の下、我が国の国富をテロ資金確保等を目的とした攻撃者の手に渡すことなく、また、国民の利益を損なうことのないよう、業界が適切なサイバーセキュリティ管理体制を確保することが求められる。この際、交換業者が利用者資産の流出リスクに関する適切なマネジメントと技術の進展等に応じた継続的見直しを行っていく必要があり、最低限度のサイバーセキュリティリスク管理態勢の確保だけでなく、各社がセキュリティの高度化に向けて切磋琢磨していくことを求めていくことが不可欠である。
  • 根拠法令の見直し
    1. 金商法の規制枠組みの活用
      • 上述の暗号資産を巡る喫緊の課題は、伝統的に金商法が対処してきた問題と親和性があると考えられる。
      • 例えば、金商法は、有価証券の発行者と投資者との情報の非対称性を解消するため、有価証券の募集・売出し等について発行者に対する開示規制を設けている。
      • また、投資者保護の観点から、有価証券等の売買の媒介・取次ぎ等や投資運用、投資アドバイスについて種々の業規制を設けるとともに、顧客から預託を受けた資産の適切な管理を義務付けている。その他にも、不公正取引規制を設け、公正で透明な市場の確保及び投資者保護を図っており、その規制の実効性を確保するため、刑事罰や課徴金制度が設けられているほか、証券取引等監視委員会(以下「証券監視委」という。)による犯則調査等が行われるとともに、無登録業者に対する緊急差止命令といったエンフォースメントが設けられている。
      • 金商法は投資性の強い金融商品を幅広く対象とする横断的な投資者保護法制の構築を理念としているところ、暗号資産取引の多くが価格変動によるリターンを期待した取引であることは、金商法制定時に議論されていた、金商法の規制対象とすべき投資性の考え方とも整合的と考えられる。こうした金商法の規制枠組みを活用し、暗号資産を巡る喫緊の課題に対応することが適当と考えられる。
      • なお、暗号資産の他にも金やトレーディングカード等の投資性があり得る商品もあるものの、投資性があるものを全て金商法の規制対象とする必要はない
      • 規制の適用には様々なコストがかかるが、当該コストを上回る便益が生じる場合に限り規制が正当化されるものであり、金商法の目的である「国民経済の健全な発展及び投資者の保護」の観点から規制を及ぼすべき必要性と相当性を踏まえて政策的に考えるべきである。
      • そうした観点から、暗号資産については、投資目的での取引の実態や投資者被害の発生状況、金商法以外での産業・資源政策等との関係等を総合勘案すると、政策的に金商法の規制を及ぼす必要性・相当性において、金やトレーディングカード等とは異なる面があるものと考えられる。
    2. 暗号資産の金商法における位置付け
      • 金商法上の有価証券は、配当や利息といった形で収益分配等を受ける法的な「権利」を表章するものが対象となっており、この点、暗号資産は一般に何らかの法的な権利を表章するものではなく、また、収益の配当や残余財産の分配等は行われない等、その性質は金商法上の有価証券とは異なるため、有価証券とは別の規制対象として金商法に位置付けることが適当である。
    3. 金商法で規制対象とする暗号資産の範囲
      • 金商法で規制対象とする暗号資産の範囲については、以下を踏まえ、現行法上の暗号資産とすることが適当である。
        • 資金決済法上の暗号資産に該当しないトークン(いわゆるNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン))は、利用の実態面に着目すると、何らかの財・サービスが提供されるものが多く、また、そうしたNFTの性質は様々であるため、一律の金融法制の対象とすることには慎重な検討を要する。
        • いわゆるステーブルコイン(デジタルマネー類似型)は、法定通貨の価値と連動した価格で発行され、発行価格と同額での償還を約するもの(及びこれに準ずるもの)を念頭に、資金決済法において電子決済手段として規制されており、広く送金・決済手段として用いられる可能性がある一方、投資対象として売買されることは現時点において想定しにくい
    4. 資金決済法における暗号資産の規制
      • 金商法に基づく金融商品取引業(以下「金商業」という。)に関する規制内容は、資金決済法に基づく暗号資産交換業に関する規制に相当する規制が概ね整備されている。また、現行法に設けられている暗号資産の不正流出のリスクが大きい性質等を踏まえた安全管理措置等に関する特別の規制については、金商法に新たに同様の規制を設けることで、暗号資産に関し必要な規制は金商法において整備することが可能である。このため、規制の複雑化等を避ける観点からも、暗号資産に係る規制は資金決済法から削除することが適当であると考えられる。
      • なお、現状、資金決済法で規制されている暗号資産が投資目的で多く取引されているように、金商法で規制することとしたとしても、決済目的での利用が制限されるものではない。今般の規制見直しによって利用者保護のための規制やエンフォースメントが強化されることは、決済目的の利用者にとっても、より安心して取引を行うための環境整備となるものと考えられる。
  • 情報提供規制
    • 利用者が行う暗号資産の取引は、有価証券の取引と類似し、新規に暗号資産が販売される場合と、既に流通している暗号資産の売買等の場合がある。いずれの場合においても、利用者に対し取引判断等にとって必要な情報が提供されることが重要である。そうした観点から、以下に記載のとおり、利用者に対し新規販売時の情報提供及び継続的な情報提供が適切に行われる必要がある。
  • 業規制
    • 暗号資産には、セキュリティトークン(有価証券をトークン化したもの)と同様の流通性があることを踏まえ、暗号資産の売買等を業として行う場合、基本的に第一種金融商品取引業(以下「第一種金商業」という。)に適用される規制と同様の規制を適用すべきである。金商法では法令レベルで定められている規制が、現行法の下では自主規制で義務付けられているものもあるが、普遍性の高い規制については法令レベルに引き上げることが適当である。なお、暗号資産に関連する技術やビジネスは変化の速い分野であるため、法令と実態に即して柔軟に対応できる自主規制との適切な組み合わせにも留意する必要がある。また、(第一種金商業には相当する規定がなく)現行法に設けられている暗号資産の性質に応じた、例えば安全管理措置等の特別の規制については、金商法に新たに同様の規制を設けることが適当である。
  • 暗号資産取引に係るリテラシーの向上等
    • 利用者がリスクと商品性を十分に理解し、リスクを許容できる範囲で取引を行うことができるようにするため、交換業者に対し、(1)暗号資産の価格推移の実績や将来予測を殊更強調するなど、リスクを正しく認識することを妨げ、投機的な取引を誘引するような表示を禁止するとともに、(2)顧客がリスク負担能力の範囲内で取引を行うことを確保するための確認を行う体制の整備や、(3)自主規制規則に基づく取引開始基準や取引・保有限度額の設定等に係る運用の徹底等を求めることが適当である。
  • サイバーセキュリティに関する取組み
    1. サイバーセキュリティに関する取組みの基本的な方向性
      • 暗号資産に係るサイバーセキュリティ対策は、攻撃者が常に高度化することに加えて、技術革新により自身のシステム構成も動的に変化するため、法令では必要な体制の確保に係る義務を規定し、技術や運用の要件等については柔軟に環境変化に対応できるようにガイドライン等で定めることが適当である。暗号資産に係る利用者財産の保護は、特に、サイバーセキュリティの高度化を通じて得られるとの考えに立って、適切なセキュリティ投資の下で各社のリスクマネジメントのPDCAが実効的に行われることが重要である。交換業者におけるこうした投資を行うインセンティブ付けとフィージビリティに留意して法令・ガイドラインの規定は検討されるべきである。
    2. 業界の共助や金融庁における取組み
      • 金融庁では、これまで、交換業者を含めた金融業界全般に対して、「金融分野におけるサイバーセキュリティに関するガイドライン」等のガイダンスの提供、モニタリングの実施や演習(Delta Wall)等、公助の取組みを進めており、こうした取組みについて今後も着実に実施していくことが重要である。
      • また、全世界で暗号資産の流出に繋がるサイバー事案が数多く発生しており、直近の事案では手口がより巧妙化しているため、交換業者等におけるサイバーセキュリティ体制の継続的な強化に向けた官民の対応が不可避となっている。
      • 個社が国家レベルの攻撃に日々さらされる中で、サイバーセキュリティ対応は、自助・共助・公助の組み合わせで対処すべき課題であり、特に業界共助の取組みの発展が不可欠であることから、JPCrypto-ISACをはじめとする情報共有機関が適切に機能することが期待される。当局としてもそうした取組みを後押ししていくべきである。
  • 市場開設規制
    • 金商法においては、有価証券又はデリバティブ取引に関する市場開設規制が設けられているが、金商法の規制対象である暗号資産デリバティブ取引(証拠金取引)について、一部の業者は利用者同士の注文のマッチング(板取引)を行っているものの、「金融商品市場」とまでは評価される状況にないと考えられるため、金融商品取引所の免許を求めていない状況にある。
    • 暗号資産(現物)取引においては、資金決済法上、市場開設規制はないが、交換業者の中には、顧客同士の注文のマッチング(板取引)を行う、いわゆる『取引所』を運営している交換業者も生じているところ、現行の暗号資産『取引所』について市場開設規制の対象とするか否かが論点となる。
    • この点、多数の当事者を相手方とする集団的な取引の場を提供する以上、価格形成や業務運営の公正性・中立性を確保するための適切な取引管理及びシステム整備は必要であるものの、個々の暗号資産『取引所』の価格形成機能は暗号資産の性質上限定的なものであり、金融商品取引所に係る免許制に基づく規制や金商業者に係る認可PTSの規制のような厳格な市場開設規制を課す必要性は低いと考えられる。
    • 他方、既存の金融商品取引所が暗号資産(現物)を上場することについては、暗号資産取引の場を顧客に提供するために、交換業者と同様に、オフチェーンで顧客の暗号資産を保管し、売買当事者間の口座で暗号資産を移転させる方式をとる場合、金融商品取引所がハッキング等により顧客資産の流出リスクを負うことになる。この場合、市場規模によっては、巨額のリスクを金融商品取引所が負うことになり、当該金融商品取引所による有価証券又はデリバティブ取引市場の運営に重大な影響が生じかねないため、現時点において、金融商品取引所による暗号資産(現物)の上場を可能とすることは慎重に考えるべきである。
  • 不公正取引規制
    • 暗号資産の不公正取引規制については、2019年の金商法改正により、上場有価証券等の不公正取引規制と同様に、不正行為の禁止に関する一般規制、風説の流布や偽計、相場操縦行為等の禁止規制が整備されている。他方、「内部者」の特定や、「顧客の取引判断に著しい影響を及ぼす未公表の重要事実」を予め特定することは困難な面があることを踏まえ、インサイダー取引を直接規制する規定は設けられていない。また、不公正取引に係る刑事罰は設けられているが、課徴金制度や証券監視委の犯則調査権限は整備されておらず、違反行為への抑止力が不十分との指摘がある

その他、海外における暗号資産を巡る最近の動向から、いくつか紹介します。

  • ブラジルは国際決済における暗号資産の利用に課税することを検討しています。財務省が金融取引税(IOF)について、暗号資産やステーブルコインを使った一部の国境を越えた送金に拡大することを検討しているといいます。中央銀行は2025年11月、こうした送金を外国為替取引に分類すると発表、暗号資産取引は現在IOFの対象外でした。投資家は暗号資産からのキャピタルゲインが月々の免税額を超える場合、所得税を支払う必要があります。この措置は規制の抜け穴を塞ぐためのものといいますが、ブラジルが財政目標の達成に苦慮する中、歳入の増加につながる可能性もあると考えられます。
  • 4年前に禁止された中国での暗号資産ビットコインの採掘(マイニング)活動が足元で静かに復活していると報じられています(2025年11月25日付ロイター)。個人と法人の採掘業者が、エネルギーの豊富な一部地域でのデータセンターブームに便乗したり、安価な電力を活用したりしているといい、採掘業者の話や業界データで明らかになりました。中国政府が2021年に暗号資産の取引と採掘を全面的に禁止するまで、同国は世界最大の暗号資産採掘国でした。禁止措置の結果、世界のビットコイン採掘市場における中国のシェアはゼロに低下しましたが、ビットコインの採掘活動を追跡するハッシュレート・インデックスによると、2025年10月末時点における中国のシェアは14%に回復したといいます。中国でのビットコイン採掘活動の復活は、ビットコインの需要と価格を下支えする可能性があり、ビットコインの価格は10月に過去最高を記録、トランプ米大統領の暗号資産寄りの政策やドルに対する信頼感の低下が背景にありますが、暗号資産の採掘事業は収益性が高まり、中国でのビットコインの採掘活動復活につながったといえます。大量の電力を消費するビットコインの採掘活動は特に、新疆ウイグル自治区など電力が豊富に供給される地域で活発だといい、ビットコイン価格の値上がりに加え、中国のいくつかの地方政府がデータセンターに過剰投資して電力が供給過剰となった上、コンピューターの稼働率が低迷していることも、採掘活動の復活を煽る要因となったとされます。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

北海道は、カジノを含む統合型リゾート(IR)の「基本的な考え方」を改定するとし、骨子を道議会で報告しています。北海道観光の現状や大阪府など先行自治体での整備状況などを記載、IRによる宿泊施設の需要動向や道内全域への送客機能などを論点とし、改定に向けた有識者懇談会を新たに設置するとしています。「基本的な考え方」は2019年に策定され、優先候補地と位置づける苫小牧市の取り組み状況に加え、北海道らしいIRを実現するための候補地の条件や立地自治体のまちづくりなどとの整合についても明記するといいます。北海道のIR整備については(本コラムでも取り上げましたが)2025年8月、道内179市町村を対象に意向調査が実施され、苫小牧市と函館市が「自らの市町村内にIRを整備することに関心がある」と答えています。

オンラインカジノで賭博をしたとして中高生ら未成年が摘発される事件が相次いでいます。ゲーム感覚で始めて抜け出せなくなることが多く、規範意識の薄さから賭け金を求めて別の犯罪に及ぶケースも出ており、専門家はスマホのアクセス制限のほか、保護者が異変を早期に察知できるように、日常から話し合う必要性を訴えています。本コラムでも取り上げましたが、警視庁が2025年10月に常習賭博の非行事実で児童相談所に通告した中学1年の少年は、小学6年だった2025年1月ごろからオンラインカジノに賭け始め、約7000回にわたり計約700万円を賭けた形跡が確認されています。少年の賭博は同庁の一斉取り締まりで発覚、少年はニュースを見てオンラインカジノに興味を持ち、始めたとみられています。親のメールアドレスを使用してアカウントを作成していたといいます。また、こちらも本コラムで取り上げましたが、恋愛感情を抱かせて金銭を詐取する「ロマンス詐欺」で約130万円をだまし取ったとして同庁が10月に逮捕した少年は「オンラインカジノを続けるためたくさんのお金が欲しかった」と供述、オンラインカジノを始めるきっかけはスマホのゲームアプリで、パズルゲームに熱中し、よりレベルが高いデータを購入する資金を求めてカジノを始め、カジノ仲間とのグループチャットで誘われ、詐欺にも手を出したとみられています。また、警視庁は2025年2月以降、オンラインカジノで賭博をしたとして、13~21歳の15人を常習賭博などの疑いで書類送致や児相通告したといいます。(こちらも本コラムで取り上げましたが)警察庁の調査では国内のオンラインカジノ経験者は約337万人に上ると推計、年代別では20代が約33%、30代が約27%と続き、10代も約5%を占めました。10代で始めた人への聞き取りでは、始めた理由は「話題作り」が目立ち、誘われて始めたケースでは「友人・知人」「ネットの友人・知り合い」が多く、身近な人物に誘われ安易に手を染める姿が浮かびます(このあたりは若者への大麻の蔓延と酷似しています)。日本経済新聞紙上で慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究所の花田経子所員は「青少年にとってオンラインゲームの課金とオンラインカジノの賭博は同じ感覚。カジノで使用する暗号資産もネット上で調達できるため、親が把握する機会が損なわれている」と警鐘を鳴らしていますが、正に正鵠を射るものと思います。さらに「フィルタリングは効果的だが、安易に制限を強めすぎると反発する。普段から家庭内での意思疎通を綿密にし、年齢に応じて利用時間や閲覧範囲を変えるなど柔軟な対応が求められる」と指摘、青少年のインターネット利用に詳しい上沼紫野弁護士はフィルタリングに加えて「子どもが使用中のアプリやサイトを確認することも効果的。一律に制限するのではなく、家庭内で利用上のルールを作ることが重要だ」と指摘していますが、いずれもそのとおりと思います。

総務省は、違法なオンラインカジノ利用の抑止策を検討する有識者会議の第9回会合を開きました。オンラインカジノの危険性についてギャンブル依存症の専門家らが報告し、予防策の必要性を強調した。サイトへの接続を強制的に遮断する「ブロッキング」が有効だとの見方も示されています。国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦氏はギャンブル依存症について「ストレスにうまく対処できない若者ほど依存症になりやすい」とし、若年層の依存症リスクが高いと指摘、カジノ事業者が利用パターンを分析し、依存症の疑いがある人に対して集中的に情報提供して依存度を高めているとし、「医者や自助グループがどんなに頑張っても対応には限界がある。何らかの予防策を考える必要がある」と訴えています。ブロッキングについて、別の専門家は「依存性のある物に触れさせないことが最強の防御になる」と有効性を指摘、海外でのブロッキングの実施状況についても報告があり、野村総合研究所によれば、フランスやスイスで実施され、フランスでは2024年に1300件超あったといいます。スイスでは国民投票で賛成多数となり、ブロッキングを含む新しい規制法が導入され、約2600件実施されたといいます。日本では「通信の秘密」が争点になっていますが、スイスの国民投票では主に経済的自由の観点からブロッキングの是非が議論されたとしました。以下、同会合の資料から、「行動科学的観点からの考察」について紹介します。

▼総務省 オンラインカジノに係るアクセス抑止の在り方に関する検討会(第9回)
▼資料9-3 オンラインカジノを巡る行動科学的観点からの考察(岸本参考人)
  • 依存形成を促進する認知科学のメカニズム
    1. ランダム性の誤認
      • 偶然の出来事を人が“パターン”として誤って認識する認知バイアス「ギャンブラーの誤謬」
    2. コントロールの錯覚
      • 偶然でしかない結果(たとえばサイコロ、スロット、宝くじ)に対しても、「自分のタイミング」 「儀式的行動」が結果を左右すると錯覚
    3. 選択的記憶
      • 都合の悪い情報を忘れやすい、自分に都合のいい記憶を残す
  • ギャンブルの深刻化に関連がある行動経済学的メカニズム
    1. サンクコスト(埋没費用)
      • 人は損失を確定したくないため、取り戻したい、と強く思う「賭けたお金を取り返す」「今やめたら全部無駄になる」
    2. メンタルアカウンティング、ハウスマネー効果
      • お金を心の中で区分けする仕組み
      • 勝ち分のリスク許容(「儲けたお金だから失ってもよい」)
    3. Monetary Decoupling(支払の脱貨幣化)
      • チップ、仮想コインを用いることで支払いの痛みが弱まる
  • 依存形成に関わる環境要因
    1. アクセスの容易さ
      • だれでもどこでも24時間アクセス可能
      • 匿名性を保てる、羞恥心なくプレイできる
      • マイクロトランザクションの普及
    2. ゲームからギャンブルへの移行
      • ゲームとギャンブルの境界が曖昧に
      • ギャンブルの手法(報酬変動性・視覚刺激等)がゲームに
      • ビデオゲームのルートボックス(中身がランダムなアイテム・キャラクター)への支出と問題のあるギャンブルの程度との間に相関
    3. フィルターバブル・エコーチェンバー
      • 自分の趣味嗜好に沿った情報のみが流れ込む
      • 似た人につながる、類似情報がたくさんあり、自分は普通と感じる
  • 依存のリスクとなる精神医学的・心理学的背景
    • 若年層・思春期
    • 男性
    • 未婚・結婚してから5年未満
    • 独居
    • 短い教育歴
    • うつ、不安、PTSD、薬物依存症
    • 衝動性、刺激追及傾向、実行機能障害
    • 経済的に苦境にあること
  • AIによる個別化された戦略?
    • AIは、プレイヤーの行動データを解析可能
      • 「反応しやすい刺激」「再プレイを促すタイミング」
      • 賭け履歴(回数,金額)、純利益、賭け金変更、プレイ時間、勝敗パターン、ベット頻度など参照
    • AIは、「離脱しそうな瞬間」や「損失が続いている状況」を検知
      • そのタイミングで即時に報酬設計を調整可能
      • ボーナスや無料クレジット、限定オファー等を報酬
    • AIによって依存が強化されたことの証拠は限定的
      • しかし、AIによる個別化技術と行動強化構造の融合は重大な倫理的懸念
  • Key Messages
    1. ギャンブル(依存)に関連する行動科学的・神経心理学的メカニズムを紹介
      • ギャンブルで生じる心身の反応は、誰もが有する脳の報酬メカニズム
      • 掛け金を増やす直接的・間接的な仕組みが多数存在
      • これらはギャンブル特有の設計要素として利用されるものから、日常の購買行動やマーケティング戦略に応用されるものまでさまざま
    2. スロットマシン等のElectronic Gambling Machine(EGM)は、これらのメカニズムを巧みに利用し、個別化された様々なアプローチを用いて、より依存を助長しやすい設計になっている
    3. インターネットは、アクセスを容易にしたり、心理的抵抗を下げたりするなど、ギャンブルへの接触機会やリスクを拡大させている

朝日新聞が2025年11月22日~24日にギャンブル依存症の特集を組んでいました。大変参考になる内容でしたが、依存症専門医の辻本士郎医師のコメントが秀逸でした。具体的には、「依存症は脳が物質の摂取や行動をコントロールできなくなる病気です。ギャンブル依存症になると、「1万円勝ってうれしい」が「10万円勝っても満足できない」になり、しだいに賭け金が増えて賭ける時間も長くなります。これを「耐性ができる」といいます。ギャンブルをしていないとイライラや無気力などの離脱症状が表れ、頭の中がギャンブルでいっぱいになります。「渇望」という状態です。そうなると1人でやめるのは難しいです。耐性、離脱症状、渇望はアルコールや薬物の依存症でも共通しています。ギャンブルの場合は巨額の借金、勤務先での横領や「闇バイト」などの犯罪、自殺にもつながることがあります」、「ギャンブル依存症の人には、考え方が現実離れしてしまう特有の「認知のゆがみ」がみられます。「借金を返すためにはギャンブルに勝つしかない」「負けが続いたから次は絶対に勝てる」などは典型的です」「社会問題になっている海外の違法カジノだけでなく、競馬や競艇など国内の公営ギャンブルが目立ちます。依存症になるまでの期間が短く、1年足らずで高額な借金を抱えるケースも珍しくありません。オンラインなら24時間できるし、出かける必要もない。決済もスマホですからお金の動きに現実感が伴いません。サイト側も最初にポイントをたくさん出して気持ちをあおっています。依存症になりやすい条件がそろっているうえ、若年層はもともとスマホでゲームに慣れ親しんできた影響もあるでしょう。ストロング系缶酎ハイがアルコール依存症のリスクを高めるといわれていますが、オンラインはストロングのようなものです」、「治療方針は「断ギャンブル」のみです。「減ギャンブル」はありません」、「ギャンブルを再発させないために、自己破産など借金の法的整理は本人の回復が軌道に乗った後で進めなければなりません。本人にも家族にも、私はよく「ギャンブルや借金で命はとられません」と言います。ギャンブル依存症は回復できる病気です。本人あるいは家族で抱え込まず、まずは相談して一歩を踏み出しましょう」といったものです。そのほかにも、「「追い詰められるほど『勝って返済しなければ』と考える。『やめよう』は頭に浮かばない」と説明する。その発想は、わずかな成功体験が支えになっているという。オンラインギャンブルでは実際に200万~300万円勝った時もあり、高揚感が今も鮮明に残っているという」、「ギャンブルを楽しんだときなんて、一度もなかった。むしろ苦しくてたまらなかった」との当事者の生の声はもっと広く知られるべきだと感じました。また、多重債務問題に取り組む司法書士のグループが「ギャンブルに限らず、依存症は「否認の病」と呼ばれ、本人は問題を認めたがらない傾向がある。家族だけが相談に姿を見せることも少なくないが、その場合も本人への適切な対応方法を伝える貴重な機会と位置づけている」、「自助グループへの参加が定着したのを確認して、引き受けている。あくまで治療が優先」、「(相談の85%で家族らが本人の借金を代わりに返済していたが)依存症治療では、本人に問題に向き合ってもらうために借金の肩代わりはしないことが原則」としていることの重要性、「(相談者を対象とした会のアンケートでは、オンラインギャンブルが82%(リアルとの併用を含む)にのぼる。会によると、そのうち海外の違法カジノは一部にすぎず、国内の公営競技が目立っているという。年齢別では30歳以下が30%を占めた。「今やスマホの中に賭博場がある。被害がさらに深刻化する恐れがある」」との危機感ももっと広まってほしいと思います。一方で、「公営ギャンブルのオンライン投票が広がっている。購入の8~9割はスマホなどからとみられ、その手軽さから「短期間でギャンブル依存症になる恐れがある」として、依存症の支援団体からは「規制が必要だ」という声も上がる」との記述には大きな衝撃を受けました。「ギャンブル等依存症対策推進本部(内閣府)によると、2023年度の公営ギャンブルでオンライン購入の割合が最も高かったのは地方競馬の90.0%だった。中央競馬83.0%(23年)、競輪81.4%、オートレース80.9%、ボートレース78.5%とほとんどで8割を超えた。いずれも19年と比べて10~20ポイント以上も上昇。コロナ禍で外出が制限されたことが要因とみられる」こと、「公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」(東京都)は今年5月、オンライン投票をきっかけに依存症になった当事者193人にアンケートをした。のめり込んだ理由として一番多かったのが「早朝から深夜までレースがあった」という回答だった。ほかにも「クレジットカードで入金できた」「スマホのキャリア決済などで払えた」という回答が多かった。田中紀子代表は「クレジットやスマホ決済は、借金してギャンブルするようなもの。禁止にしてほしい」と話す。また、「公営ギャンブルは管轄省庁が異なるため、それぞれが省益のため売り上げ拡大に力を入れている」と指摘。売り上げの一部を依存症対策に回すことや、公営ギャンブル全体を監視する組織の設立を訴える」といった指摘には、筆者は大きな危機感を覚えましたが、一方で「内閣府のギャンブル等依存症対策推進本部担当者は「収益の一部は社会福祉や公共事業に使われ、公益性は高い。依存症対策は必要だが、多くの人は問題なくレジャーとして楽しんでいる」と話した」とのことであり、違和感が拭えません。

ブロッキングを巡る総務省の有識者検討会での議論については、2025年11月20日付朝日新聞の記事「検討進むカジノサイト接続遮断 「通信の秘密」犠牲に何を守るのか」が大変詳しく解説しており、参考になります。主な指摘は以下のとおりです。

  • ブロッキングはカジノで遊ぼうとする客だけでなく、全てのインターネットユーザーの通信の秘密を侵害する手法だ。それが許容されるかどうかについて、検討会では「通信の秘密と引き換えに何を守ろうとするのか」「効果があるのか」「他に手段はないのか」の三つの視点から検証している。
  • ブロッキングは問題があるサイトのドメイン名の登録を解除して閉鎖させたり、問題ある投稿を削除したりする手法とは根本的に異なる。問題のサイトには手をつけずに、インターネット接続事業者(ISP)がそこにアクセスしようとするユーザーの通信を遮断するのが、ブロッキングである。だが、その通信を見つけるには、全てのユーザーの全ての通信を把握する必要がある。つまり、ブロッキングは問題サイトとは無縁のユーザーの通信の秘密を犠牲にすることによって、はじめて成り立つ手法だということになる。通信の内容や宛先を知られたり利用されたりしない通信の秘密の権利は、憲法で保障されている。それを具体化する形で、電気通信事業法は通信の秘密の侵害行為を禁じており、ISPが勝手にブロッキングすれば重い罰則を科されることになる。それでも、児童ポルノサイトに限っては2011年からブロッキングが実施されている。児童ポルノの流通は、被害児童の心身に生涯回復不能な傷を与える深刻な人権侵害であり、それを止めることは「緊急避難」として、違法性が阻却されると判断されたからだ。一方、漫画を無断掲載していた「漫画村」などの海賊版サイトについては、政府が18年にISPにブロッキングを要請したものの、批判を受けて断念。ブロッキングの法制化も検討されたが、法律自体が違憲で無効となるおそれが指摘され、実現には至らなかった。児童ポルノと海賊版サイトの結果の違いは、ブロッキングによって守ろうとする「法益」の重さの差にある。前者は個人の尊厳、後者は著作権者の経済的利益だ。児童の尊厳を守るためには通信の秘密を一定程度犠牲にしてもやむを得ないが、経済的利益のために犠牲にすることは許されない
  • 刑法が専門の橋爪隆東大教授は検討会で「賭博罪の保護法益は社会から勤労の美風を失わせないという観念的な利益にすぎず、海賊版サイトで侵害される経済的利益よりも一段下がる」と指摘。検討会が9月にまとめた中間論点整理でも賭博罪の保護法益だけでは通信の秘密の侵害を正当化することは困難と記載された。
  • 次に、依存症被害者の権利も保護法益となるが、こちらは中間整理では十分検討されていなかった。今後、これが通信の秘密と比較されていくことになりそうだ。しかし、政府が依存症被害者の権利をもとにブロッキングを正当化しようとすることには、一貫性がないとの見方もある。海外カジノの依存は問題としながら、政府は国内ではカジノを中核とした統合型リゾート計画を進めてきた。…生活圏に近い場所にあり依存症の入り口になりやすいといわれるパチンコ、パチスロも風営法上の「遊技」として扱われ、賭博罪の適用は受けない形になっている。その対応からは、依存症被害者の人権を重く受け止めてきたとはとても見えないのである。
  • 検討会の中間論点整理の中でも「検討の背景」として触れられていた「巨大な国富の流出」にあるのではないか。警察庁は海外カジノサイトへの送金を年間で約1兆2400億円と推計する。ギャンブル等依存症対策基本法の改正に関わった国会議員らもこれに強く反応し、衆議院内閣委員会の決議では依存症への懸念とともに「国富」損失への懸念が第一項目に掲げられた。…国内のギャンブルに金を使うことは妨げないが、海外に国富が流出するのは問題だというのであれば、ブロッキングの真の保護法益は、国内ギャンブル産業の経済的利益とみることもできそうだ。ギャンブル産業の経済的利益が通信の秘密を上回るものだとしてブロッキングの法制化が認められれば、影響は他にも広がるだろう。権利侵害情報である誹謗中傷や、著作権侵害、あるいは景品表示法や医薬品医療機器法などの法令違反の情報など、様々な分野について可能だとなりかねない
  • ブロッキングには広く知られた簡単な回避策がある。ブロッキングでは主に、DNSという「インターネットの地図」をISPが改ざんすることでユーザーを虚偽の「住所地」に誘導する手法が用いられる。しかし、端末やルーターの設定を変更すれば、ISPのDNSサーバーを経由せずに海外事業者などが提供する無料のDNSサーバーを使って目的のサイトに接続できる。VPN(仮想プライベートネットワーク)を使って接続ルートを暗号化することでも、ブロッキングは簡単に回避できる。「こうした手法をとるのは一部の利用者だけで、軽い気持ちでカジノサイトに接触することは防げるはずだ」との意見もある。ただ、無料で簡単な回避策が広く知られているのなら、それを使ってみようと思うのが自然ではないか。カジノサイト運営者が登録ドメイン名を頻繁に変更する(ドメインホッピングと呼ばれる)ことも予想される。その場合、ブロッキングはイタチゴッコになるだろう。
  • ブロッキング以外の手段の有無もポイントになる。個人の権利利益に対する副作用がより小さな手段があるなら、まずそちらで対応すべきだからだ。一番の特効薬は教育、そして賭博罪の摘発による違法性の周知だろう。
  • また、カジノサイト運営者に日本の客に賭けさせることが違法であると伝え、日本国内のIPアドレスからのアクセスを拒否するよう要求していくことも重要だ。これはユーザーがいる地理的な場所に基づいてアクセスを制限する「ジオブロッキング」という手法だ。警察庁はカジノサイトの許認可権限をもつ7カ国の政府を通じて日本向けサービスを停止するよう要請したという。今春に日本向けに配信されていた40サイトのうち7サイトは、11月10日時点で閲覧できなくなっていた。要求には一定の効果があるとみるべきだろう。無視が続くようであれば、海外の捜査当局と連携して検挙を検討すべきである
  • カジノサイトを宣伝するブログやSNSの投稿を削除するようプラットフォーム事業者に要請することも急がれる。今年9月に施行された改正ギャンブル等依存症対策基本法により、こうした投稿などが明確に違法情報に位置づけられた。削除対応がしやすくなったはずだが、現時点では検索すればこの種の情報はたくさん出てくる。
  • 決済の流れを止めることも効果が期待される。警察庁の調査ではオンラインカジノ利用者の55%は賭け金の入金にクレジットカードを使っていたという。特に大きな効果が期待できそうなのが、CDN(コンテンツ・デリバリー・ネットワーク)事業者による対応である。CDNとはエンドユーザーの端末に近いところにコンテンツのコピー(キャッシュ)を一時的に記録したサーバーを置くことで、高速表示を可能にするサービスだ。大容量コンテンツの安定的な配信には不可欠とされる。日本向けの40のカジノサイトについて一般社団法人日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)が調査したところ、すべてがCDN事業者と契約し、その大半が日本国内に設置されたキャッシュサーバーから配信されていたことが分かっている。調査に当たった同協会の山下健一氏は「CDN事業者が日本国内のキャッシュサーバーでの配信契約を中止すれば、カジノサイトはほぼ配信不可能になる」と指摘する。
  • カジノサイトの配信に不可欠な役割を果たしているCDNは、賭博場開帳図利罪の責任を負わないのだろうか。漫画の海賊版サイトを巡っても、大量の海賊版サイトのデータをキャッシュサーバーから配信するCDN事業者の存在が悩みの種になってきた。講談社や集英社など出版4社が米国のCDN大手クラウドフレアに損害賠償を求めた訴訟では、東京地裁が19日、クラウドフレアの行為は著作権侵害にあたると認めて計約5億円の支払いを命じた。クラウドフレアは出版社側から再三、データの削除を求められていたが、応じていなかった。このような裁判所の考え方を前提にすれば、カジノの配信についても、CDN事業者がそれを知りつつ配信を続ける場合は、CDN事業者自身も賭博場開帳図利罪の共犯とされる可能性もあり得るだろう。
  • 欧州では一部の国でブロッキングが認められている。ただ、憲法が専門の宍戸常寿東大教授は、欧州と日本では人権保障へのアプローチが異なり、通信の秘密が担う役割も異なると指摘する。宍戸教授によれば、それぞれの国は異なる歴史的背景や哲学的基盤から、人権保障のために重視する「ツール」を異にしているという。「欧州はプライバシーやデータ保護、米国は表現の自由、そして日本は通信の秘密を重視することによって全体としての人権保障を支えてきた」という。欧州は表現の自由や通信の秘密の価値については米国や日本ほど重視していないが、プライバシーを厚く保護することで全体としての人権保障のレベルを上げている。日本では個人データ保護法制は弱いが、通信の秘密によってプライバシーと情報流通の自由を守ってきたという。「人権保障に厚い欧州で認められているのだから日本でもできる、と単純に考えるのは危険だ。全体の法体系を考慮せずに通信の秘密を弱めれば、デジタル時代の人権保障の『底』が抜けてしまう」と警鐘を鳴らす
③犯罪統計資料から

例月同様、令和7年(2025年)1月~10月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和7年1~10月分)

令和7年(2025年)1~10月の刑法犯総数について、認知件数は647511件(前年同期614421件、前年同期比+5.4%)、検挙件数は243539件(229311件、+6.2%)、検挙絵率は37.6%(37.3%、+0.3P)と、認知件数、検挙件数がともに増加している点が注目されます。刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数が増加していることが挙げられ、窃盗犯の認知件数は432141件(418811件、+3.2%)、検挙件数は140461件(132798件、+5.8%)、検挙率は32.5%(31.7%、+0.8P)となりました。なお、とりわけ件数の多い万引きについては認知件数は認知件数は87879件(81481件、+7.90%)、検挙件数は59180件(54788件、+8.0%)、検挙率は67.3%(67.2%、+0.1P)と大幅な増加が継続しています。その他凶悪犯の認知件数は6073件(5817件、+4.2%)、検挙件数は5221件(4956件、+5.3%)、検挙率は86.0%(85.1%、+0.9P)、粗暴犯の認知件数は51778件(48264件、+7.3%)、検挙件数は40427件(38864件、+4.0%)、検挙率は78.1%(80.5%、▲2.4%)、知能犯の認知件数は62740件(50324件、+24.7%)、検挙件数は16540件(14891件、+11.1%)、検挙率は26.4%(29.6%、▲3.2P)、とりわけ詐欺の認知件数は58626件(46513件、+26.0%)、検挙件数は13834件(12350件、+12.0%)、検挙率は23.6%(26.6%、▲3.0P)、風俗犯の認知件数は16852件(15286件、+10.2%)、検挙件数は13716件(11799件、+16.2%)、検挙率は81.4%(77.2%、+4.2P)などとなっています。なお、ほとんどの犯罪類型で認知件数が増加しているほどには検挙件数が伸びず、検挙率が低調な点が懸念されます。また、コロナ禍において大きく増加した詐欺は、アフターコロナにおいても増加し続けています。とりわけ以前の本コラム(暴排トピックス2022年7月号)でも紹介したとおり、コロナ禍で「対面型」「接触型」の犯罪がやりにくくなったことを受けて、「非対面型」の還付金詐欺が増加しましたが、コロナ禍が明けても「非対面」とは限らないオレオレ詐欺や架空料金請求詐欺なども大きく増加しています。さらに、SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺では、「非対面」での犯行で、(特殊詐欺を上回る)甚大な被害が発生しています。

また、特別法犯総数については、検挙件数は52480件(51861件、+1.2%)、検挙人員は40481人(41194人、▲1.7%)と検挙件数は微増、検挙人員は減少する結果となりましたが、検挙人員がわずかにでも増加してことは特筆すべき点といえます。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は4381件(4961件、▲11.7%)、検挙人員は2940人(3335人、▲11.8%)、軽犯罪法違反の検挙件数は4999件(5270件、▲5.1%)、検挙人員は4914人(5329人、▲7.8%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は4007件(4654件、▲13.9%)、検挙人員は2845人(3340人、▲14.8%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は3745件(3494件、+7.2%)、検挙人員は2823人(2641人、+6.9%)、銃刀法違反の検挙件数は3716件(3693件、+0.6%)、検挙人員は3126人(3132人、▲0.2%)などとなっています。減少傾向にある犯罪類型が多い中、犯罪収益移転防止法違反等が大きく増加している点が注目されます。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は9021件(1610件、+460.3%)、検挙人員は6010人(940人、+539.4%)、大麻草栽培規制法違反の検挙件数は125件(5722件、▲97.8%)、検挙人員は108人(4534人、▲97.6%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は7302件(6758件、+8.0%)、検挙人員は4844件(4569件、+6.0%)などとなっています。大麻の規制を巡る法改正により、前年(2024年)との比較が難しくなっていますが、大麻事犯の検挙件数がここ数年、減少傾向が続いていたところ、2023年に入って増加し、2023年7月にはじめて大麻取締法違反の検挙人員が覚せい剤取締法違反の検挙人員を超え、その傾向が続いています(今後の動向を注視していく必要があります)。また、覚せい剤取締法違反の検挙件数・検挙人員ともに大きな減少傾向が数年来継続していたところ、最近、あらためて増加傾向が見られています(覚せい剤は常習性が高いため、急激な減少が続いていることの説明が難しく、その流通を大きく支配している暴力団側の不透明化や手口の巧妙化の実態が大きく影響しているのではないかと推測されます。言い換えれば、覚せい剤が静かに深く浸透している状況が危惧されるところです)。なお、麻薬等取締法違反が大きく増加している点も注目されますが、2024年の法改正で大麻の利用が追加された点が大きいと言えます。それ以外で対象となるのは、「麻薬」と「向精神薬」であり、「麻薬」とは、モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除いたものをいいます。前述したとおり、コカインについては、世界中で急増している点に注意が必要です。また、「向精神薬」とは、中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称で、主として精神医学や精神薬理学の分野で、脳に対する作用の研究が行われている薬物であり、また精神科で用いられる精神科の薬、また薬物乱用と使用による害に懸念のあるタバコやアルコール、また法律上の定義である麻薬のような娯楽的な薬物が含まれますが、同法では、タバコ、アルコール、カフェインが除かれています。具体的には、コカイン、MDMA、LSDなどがあります。

また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員対前年比較について、総数456人(399人、+14.3%)、ベトナム94人(56人、+67.9%)、中国59人(69人、▲14.5%)、フィリピン32人(24人、+33.3%)、ブラジル23人(26人、▲11.5%)、スリランカ23人(17人、+35.3%)、インド22人(16人、+37.5%)、インドネシア21人(8人、+162.5%)、韓国・朝鮮18人(19人、▲5.3%)、パキスタン14人(16人、▲12.5%)、バングラデシュ14人(10人、+40.0%)などとなっています。ベトナム人の犯罪が中国人を大きく上回っている点が最近の特徴です。

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、、、検挙件数は6434件(8121件、▲20.8%)、検挙人員は3518人(4194人、▲16.1%)となりました。犯罪類型別では、強盗の検挙件数は66件(73件、▲9.6%)、検挙人員は124人(138人、▲10.1%)、暴行の検挙件数は307件(358件、▲14.2%)、検挙人員は271人(323人、▲16.1%)、傷害の検挙件数は570件(716件、▲20.4%)、検挙人員は702人(874人、▲19.7%)、脅迫の検挙件数は207件(227件、▲8.8%)、検挙人員は188人(226人、▲16.8%)、恐喝の検挙件数は240件(277件、▲13.4%)、検挙人員は288人(295人、▲2.4%)、窃盗の検挙件数は2817件(4104件、▲31.4%)、検挙人員は491人(579人、▲15.2%)、詐欺の検挙件数は1276件(1355件、▲5.7%)、検挙人員は681人(873人、▲22.0%)、賭博の検挙件数は52件(61件、▲14.8%)、検挙人員は132人(96人、+37.5%)などとなっています。とりわけ、詐欺については、2023年7月から減少に転じていたところ、あらためて増加傾向にありましたが、ここにきて減少に転じている点が特筆されます。ただし、資金獲得活動の中でも活発に行われていると推測される(ただし、詐欺は薬物などとともに暴力団の世界では御法度となっています)ことから、引き続き注意が必要です。

さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯について、特別法犯全体の検挙件数は3322件(3665件、▲9.4%)、検挙人員は2030人(2450人、▲17.1%)となりました。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は14件(22件、▲36.4%)、検挙人員は10人(22人、▲54.5%)、軽犯罪法違反の検挙件数は35件(46件、▲23.9%)、検挙人員は25人(41人、▲39.0%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は30件(74件、▲59.5%)、検挙人員は24人(74人、▲67.6%)、暴力団排除条例違反の検挙件数は28件(40件、▲30.0%)、検挙人員は46人(62人、▲25.8%)、銃刀法違反の検挙件数は55件(57件、▲3.5%)、検挙人員は42人(36人、+16.7%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は840件(224件、+275.0%)、検挙人員は396人(91人、+335.2%)、大麻草栽培規制法違反の検挙件数は19件(655件、▲97.1%)、検挙人員は11人(385人、▲97.1%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は1841件(2056件、▲10.5%)、検挙人員は1110人(1351人、▲17.8%)、麻薬特例法違反の検挙件数は140件(84件、+66.7%)、検挙人員は73人(40人、+82.5%)などとなっています(とりわけ覚せい剤取締法違反や麻薬等取締法違反については、前述のとおり、今後の動向を注視していく必要があります)。なお、参考までに、「麻薬等特例法違反」とは、正式には、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」といい、覚せい剤・大麻などの違法薬物の栽培・製造・輸出入・譲受・譲渡などを繰り返す薬物ビジネスをした場合は、この麻薬特例法違反になります。なお、法定刑は、無期または5年以上の懲役及び1,000万円以下の罰金で、裁判員裁判になります。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

韓国最大の暗号資産取引所アップビットを標的としたハッキングがあり、445億ウォン(約47億円)の暗号資産が不正に引き出され、指定されていない不明な口座に送金される事件がありました。韓国当局は、北朝鮮の情報機関と関係のあるハッカー集団「ラザルス・グループ」が関与している可能性があるとみています。ラザルス・グループは近年、数々の暗号資産窃盗に関与したと非難されており、米連邦捜査局(FBI)は北朝鮮のサイバー活動は「最も高度で持続的な脅威の一つ」と指摘しています。報道によれば、アップビットで発生したハッキングは2019年にラザルスが関与した580億ウォン(約62億円)の暗号資産窃盗と特徴が似ているといいます。なお、日本でも2024年5月に、北朝鮮を背景とするサイバー攻撃グループ「TraderTraitor」(トレイダートレイター)によって、暗号資産関連事業者「株式会社DMM Bitcoin」(DMM)から約482億円相当の暗号資産が窃取される事件がありました。TraderTraitorは、北朝鮮当局の下部組織とされるラザルス・グループの一部とされており、手法の特徴として、同時に同じ会社の複数の従業員に対して実施される、標的型ソーシャルエンジニアリングが挙げられます

韓国国防省傘下の韓国国防研究院のイ・サンギュ核安保研究室長が、北朝鮮が最大150発の核弾頭を保有しているとの分析結果を明らかにしています。従来の推定を大きく上回る規模で、2040年には約430発に増加するとの見通しも示しています。北朝鮮の非核化を巡る議論に影響を与える可能性があります。北朝鮮北西部・寧辺や首都平壌近郊・カンソンにあるウラン濃縮施設とみられる建物の衛星画像などから、「核物質の生産能力を拡大するため関連施設を増設、新設している」と指摘、北朝鮮が現在保有する核弾頭数について、ウラン型が115~131発、プルトニウム型が15~19発だと推計したものです。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が推計した2025年1月時点の核弾頭保有数50発を大きく上回り、インドの180発、パキスタンの170発に次ぐ規模となります。米国のトランプ大統領は、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記との会談に意欲を示していますが、金総書記は2025年9月、最高人民会議(国会)で非核化の要求がなければ、「米国と向き合えない理由はない」と述べ、会談実現に含みを残しています。しかしながら、こうした分析結果が事実であれば、非核化への懐疑論が一段と強まることになります。

防衛省防衛研究所は、中国の外交戦略や軍事動向をまとめた年次報告書「中国安全保障レポート2026」を公表、中国とロシア、北朝鮮の連携に着目し、「不均衡なパートナーシップ」と分析、それぞれの二国間関係に基づく連携が、インド太平洋における安保環境の不確実性を高めているとして警鐘を鳴らしています。2025年9月に北京で開かれた軍事パレードでは、中国の習近平国家主席、北朝鮮の金総書記、ロシアのプーチン大統領がそろい踏みしましたが、報告書は、中朝ロ関係はそれぞれの二国間関係を基礎とし、「3者関係が形成されているわけではない」と指摘、一方、「『日米韓』vs『中露朝』という陣営化対立の構図が北東アジアで強まることになるかも知れない」との見方を示しています。中ロについては、両軍関係における「戦略的協力」を進展させてきた一方で、中国がロシアの軍事作戦やロ朝接近からは距離を置こうとしていると分析、またロシアによるベラルーシへの核兵器配備を挙げ、「ロシアが中国の意向や合意事項と異なっても危険な行動を起こすことに留意が必要」と指摘しています。ウクライナ侵攻を続けるロシアが、核兵器のエスカレーションのリスクを認識させる「恐怖カード」を用いてきたと指摘、北朝鮮とロシアについては、事実上の同盟関係となったものの、朝鮮半島の有事の抑止のあり方について、ロ朝間で齟齬がある可能性も指摘しています。また北朝鮮が長期的には、「核保有国」としての立場で米国との直接交渉に臨むことを模索している、とも言及しています。

北朝鮮は、米国と韓国が先週発表した米韓首脳会談の成果文書「共同ファクトシート」について、米韓の北朝鮮に対する対決姿勢を強固にするものだとし、対抗措置を取ると表明しました。国営の朝鮮中央通信(KCNA)は論評記事で「米韓で体制変更が起きて以来初めて公表された共同合意文書は、米韓がわれわれに対し対決姿勢を維持することを示唆している。また、米韓同盟がより危険な状態へと進化し、地域の安全保障状況がより不安定になることを示唆している」と述べています。KCNAは、両国が北朝鮮の非核化へのコミットメントを繰り返したことを非難、両国の合意は、韓国が「米国第一」主義に従属していることを示しており、米国はこの地域の支配を目指していると主張、特に、韓国に原子力潜水艦の保有を認める計画は、韓国の核武装への道につながると批判しています。トランプ米大統領は金総書記と会談する用意があると述べていますが、韓国政府系シンクタンク、統一研究院の洪ミン研究委員は、KCNAの論評は米国が北朝鮮を核保有国と認めない限り、北朝鮮は米国との対話に応じるつもりがないことを示唆すると指摘しています。一方、韓国国防省の金国防政策室長は、「南北間の偶発的な衝突を防ぎ、軍事的緊張を緩和するため、韓国軍は軍事境界線の基準線を設定することについて協議する軍事対話を北朝鮮に正式に提案する」との談話を発表しています。北朝鮮が国境の自国側に地雷を敷設し、道路を建設し、有刺鉄線のフェンスを設置する一方、一部の北朝鮮兵士が韓国側に繰り返し侵入しており、衝突の可能性が懸念されていると指摘、韓国軍は警告放送や警告射撃などで対応しているとして、「軍事衝突につながる可能性も懸念される」と強調しています。国防省関係者によれば、北朝鮮軍の侵犯は2025年1月以降、約10回発生しているといいます。李政権は北朝鮮との対話に意欲を見せており、これまで軍事境界線付近で北朝鮮に向けて行っていた宣伝放送を中止するなど秋波を送り続けています。聯合ニュースによれば、韓国軍と北朝鮮軍の間の直接的な対話チャンネルは全て遮断されているため、会談の提案は国連軍司令部を通じて北朝鮮に伝えられる見通しだといいます。

北朝鮮の金総書記の10代の娘(キム・ジュエ氏)について、最近露出が増えていることもあり、金総書記の後継者かどうかさまざまな見解が出ています。2025年11月25日付日本経済新聞の記事「北朝鮮・金総書記の娘 プリンセスは後継者か」では、朝鮮中央テレビを分析する日本大学の川口智彦教授は、「後継者として暗示させる演出といえる。歌詞と画像をシンクロさせ、彼女の存在を国民に印象付けている」と分析、韓国の世宗研究所の鄭成長(チョン・ソンジャン)副所長は「娘が外交舞台に登場するなかで、崔氏は先生役となる可能性がある」とし、北朝鮮体制を研究する南山大学の平岩俊司教授は、「最高指導者の地位は、権力と権威の両方で成り立っている。娘にはまだ権力がない。まずは権威づくりが進んでいる」と指摘、娘をプリンセスとして扱い、世襲体制を永続化しようとする金総書記の意図が透けるとしています。一方、韓国の統一研究院の洪ミン先任研究委員は「北朝鮮では父の姓を受け継ぐため、娘の子供は白頭血統ではなくなり、金一家の世襲体制は終焉を迎える。だから(娘が継承するのは)あり得ない」と指摘しています(とはいえ、「彼女をあえて海外に連れていったことから、(金正恩氏は)後継者としてみているのではないかと感じた。家父長的な社会だが、金正恩氏が決心すれば何でもできるのが北朝鮮だ」とも指摘しています)。また、2025年11月21日付朝日新聞の記事「娘の名「キム・ジュエ」の漢字は 北朝鮮元外交官が語る金正恩氏親子」では、韓国に亡命した北朝鮮の劉現祐元駐クウェート臨時代理大使は、「北朝鮮は儒教の影響が色濃く残る家父長制度の社会です。女性の幹部は、ほんの数パーセントに過ぎません。男性の立場が非常に強いのです。そして、金正恩が最高指導者になれたのは、世襲独裁だったからです。金正恩は政治も知らず、党や国家への業績は何もない状態で最高指導者になりました。祖父の金日成(主席)、父の金正日(総書記)の直系だったからです。でも、ジュエが男性と結婚したら、彼女はその瞬間、金氏一家を出るため、「白頭山血統」ではなくなります。北朝鮮住民が忠誠を尽くす根拠や名分がなくなります」と指摘しています。

なお、同氏は朝日新聞紙上で今後の体制について、「金正恩もスイスに留学した経験があり、改革開放を行い、AIなど国際社会の流れに沿って政策を進めないと取り残されることを知っています。しかし、国際社会の流れに沿えば、世襲体制は倒れます。権力を維持するためには改革開放はできないというジレンマに陥っているのです」と述べたほか、今後の米朝関係について、「北朝鮮はこれ以上、譲歩しないでしょう。対価がなければ何もしません。北朝鮮にとっては、制裁の解除や核保有国としての認定などが実現しなければなりません。トランプ氏は第2次政権発足後、しばしば北朝鮮を「核保有国」と呼んでいます。でも、金正恩を会談に誘うための方便で、北朝鮮は米国が本当に核保有国と認めると思っていないので、10月も米朝首脳の接触は実現しませんでした。米国にも日韓という同盟国があります。北朝鮮の核保有を認めるのは難しいでしょう。ただ、米国が制裁を解除することはできると思います。北朝鮮は来年初め、党大会で新たな5カ年計画を発表するでしょう。自力更生では限界があります。(経済支援や国際社会での後ろ盾が)中国とロシアだけでは限界があるのです。北朝鮮の輸出品の90%が制裁による取引禁止品目です。北朝鮮も制裁解除を求め、米朝首脳会談が来年には開かれるとみています」と述べており、大変興味深いものです。

北朝鮮の人権侵害を巡る最近の動向から、いくつか紹介します。

  • 北朝鮮による拉致問題で、民間団体「特定失踪者問題調査会」は、拉致の可能性を否定できない「特定失踪者」のうち、国連人権理事会の作業部会が北朝鮮に安否確認を求めるリストに追加した12人の氏名を明らかにしました。家族への確認などが済んだことから今回、全員の氏名を公表、代表は「特定失踪者は国際的に知られていないので、なんとか変えていきたい」と強調しています。
  • 国連総会第3委員会(人権)は、北朝鮮による人権侵害を非難し、改善を求める決議案を議場の総意(コンセンサス方式)により投票なしで採択しています。同様の決議案採択は21年連続で、年内に総会で正式に採択される見通しです。決議案はEUが提出し、日本や韓国など約60カ国が共同提案国に加わりました。北朝鮮における深刻な人権状況に深い懸念を表明し、拉致問題については「緊急性と重要性がますます高まっている」と指摘、全ての拉致被害者の即時帰国を求めています。

3.暴排条例等の状況

(1)暴力団排除条例に基づく逮捕事例(千葉県)

千葉県警は、千葉県暴力団排除条例(暴排条例)違反の疑いで、いずれも稲川会傘下組織幹部ら2人を逮捕しています。報道によれば、2人の逮捕容疑は共謀し2021年11月~2024年12月ごろ、保育園の周囲200メートル以内にある市原市内の2階建て建物に暴力団事務所を開設し、運営した疑いがもたれています。別事件でこの建物を捜索した際に、暴力団事務所として運営されている疑いが生じたといいます。

▼千葉県暴力団排除条例

千葉県暴排条例第十九条において、「暴力団事務所は、次の各号に掲げる施設の敷地(これらの用に供するものと決定した土地を含む。)の周囲二百メートルの区域内においては、これを開設し、又は運営してはならない。」として、「三 児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第七条第一項に規定する児童福祉施設又は同法第十二条第一項に規定する児童相談所」が規定されています。そのうえで、第三十条では「第十九条第一項の規定に違反して暴力団事務所を開設し、又は運営した者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」と規定されています。

(2)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(京都府)

京都府公安委員会は、六代目山口組傘下組幹部に、暴力団対策法に基づく用心棒行為の防止命令を発出しています。同命令の発出は府内で初めてといいます。報道によれば、男性は組員や知人ら3人と共謀し2024年10月~2025年4月、京都市東山区の祇園地区でバーを営む男性に対し、「トラブルがあった時のために会長へ会費を払え」「毎月10万円、盆暮れは15万円や」などと言い、用心棒の役務を提供したといいます。なお、京都府警は、用心棒代を要求したとして、六代目山口組傘下組員ら2人にも、同法に基づく中止命令を発出しています。

▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)

暴力団対策法第九条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「五 縄張内で営業を営む者に対し、その営業所における日常業務に用いる物品を購入すること、その日常業務に関し歌謡ショーその他の興行の入場券、パーティー券その他の証券若しくは証書を購入すること又はその営業所における用心棒の役務(営業を営む者の営業に係る業務を円滑に行うことができるようにするため顧客、従業者その他の関係者との紛争の解決又は鎮圧を行う役務をいう。第三十条の六第一項第一号において同じ。)その他の日常業務に関する役務の有償の提供を受けることを要求すること」が規定されています。そのうえで、第十一条(暴力的要求行為等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。

(3)暴力団対策法に基づく中止命令発出事例(神奈川県)

神奈川県公安委員会は、暴力団対策法に基づき、自称建設業で稲川会傘下組織組員に再発防止命令を発出しています。報道によれば、「車の金、50万払えよ」などと不当に要求したといいます。

暴力団対策法第九条(暴力的要求行為の禁止)において、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」として、「二 人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求すること」が規定されています。そのうえで、第十一条(暴力的要求行為等に対する措置)において、「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」と規定されています。

(4)暴力団関係事業者に対する指名停止措置等事例(岡山県)

岡山県において、「岡山県建設工事等入札参加資格者に係る指名停止等要領」に基づき指名停止を行った業者が公表されています。

▼岡山県建設工事等指名停止業者・指名除外業者一覧

同社については、「代表取締役が、暴力団幹部と共謀して、会社役員に対し、暴力団幹部の名前を使って脅迫をしたとして、令和7年10月29日に暴力行為等処罰法違反の疑いで逮捕された」ことを理由に、指名停止期間は「令和7年11月12日~令和8年5月11日」となっています。本コラムでは、福岡県・福岡市・北九州市の指名停止措置等事例を紹介することが多いのですが、理由に対する指名停止期間の18か月は福岡県・北九州市と同じレベル感となります(福岡市のみ12か月となる事例多くなっています)。

Back to Top