暴排トピックス

「令和3年版警察白書」から見えてくるもの、そして見えないもの

2021.08.17
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取締役副社長 首席研究員 芳賀恒人

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1.「令和3年版警察白書」から見えてくるもの、そして見えないもの

警察庁が「令和3年版警察白書」を公表しています。本編に先立ち、今回は特集として、「特集1 東日本大震災から10年を迎えて」、「特集2 サイバー空間の安全の確保」、「特集3 新型コロナウイルス感染症をめぐる警察の取組」、「特集4 クロスボウの規制に向けた警察の取組」の4本が組まれています。特集2については、本コラムの「犯罪インフラを巡る動向」で取り上げますが、以下、組織犯罪に関わる事項(暴力団犯罪、特殊詐欺、薬物事犯、AML/CFTなど)を中心に抜粋して引用します。警察白書はその性格上、「これまで」の事案の状況を集約・分析し、「事実」を重ねていくものですので、「現状」が明確に映し出されるものといえます。一方、暴排・反社会的勢力排除の実務は、常に社会の目線との戦いに晒されており、必ずしも警察白書からだけでは分からないリスク対応を迫られますし、その多くは警察白書に取り上げられることもありません。警察白書から見えてくるものをベースに、しかしながら、そこからは見えてこないところに実務があり、あらためて「社会の目線」を強烈に意識すること、「リスクセンス」を発揮していくことが重要だと考えさせられます

▼警察庁 令和3年警察白書
▼概要版
  • 組織的に敢行される特殊詐欺に対する警察の取組
    1. 特殊詐欺の特徴
      • 特殊詐欺の犯行グループは、中枢被疑者の下、「受け子」及び「出し子」と呼ばれる現場実行犯のほかに、被害金等の回収・運搬役等が役割を分担し、組織的に特殊詐欺を敢行している。また、各役割にある者は、お互いの素性を明かさず連絡の痕跡を残さないようにするなど、徹底した秘匿工作を行っている。
    2. 暴力団等の関与実態と効果的な取締り等の推進
      • 特殊詐欺の検挙人員のうち、暴力団構成員等の人数は、近年は減少しているものの、その割合は、刑法犯・特別法犯総検挙人員に占める暴力団構成員等の割合と比較して、依然として高い割合となっている。
      • 警察では、各部門が連携した多角的な取締りを推進するとともに、こうした犯罪者グループ等の活動実態や特殊詐欺事件への関与状況等の解明を推進している。
    3. 指定暴力団の代表者等に対する損害賠償請求訴訟の支援
      • 暴力団対策法では、指定暴力団の代表者等は、当該指定暴力団の指定暴力団員が威力利用資金獲得行為により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負うと規定しており、警察では、特殊詐欺事件の被害者の被害回復に資するため、指定暴力団の代表者等に対する損害賠償請求訴訟に関して、積極的な支援を行っている
  • 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた諸対策
    1. 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の情勢
      • 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「2020年東京大会」という。)は、国際的にも最高度の注目を集めて開催される行事であり、その安全かつ円滑な開催に向けて、情報収集・分析、警戒警備、交通対策等の諸対策に警察の総力を挙げて取り組む必要がある。
    2. 警察における諸対策
      • 警察では、様々な課題に対し関係省庁と連携して取り組み、関係機関、民間事業者等と連携したテロ対処訓練の充実等、官民一体となったテロ対策を深化させているほか、2020年東京大会をめぐるサイバー攻撃及び攻撃者に関する情報収集・分析等を推進するとともに、大会期間中におけるサイバー攻撃の発生を想定した共同対処訓練を実施している。
      • また、大会関係者等の安全かつ円滑な輸送と都市活動の安定を両立させる観点から、関係機関・団体等と連携しながら、高速道路における本線料金所での開放レーン数の制限等の各種交通対策に取り組むこととしている。
▼本文 第3章 組織犯罪対策
  • 暴力団犯罪の取締り
    1. 検挙状況
      • 暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者(以下「暴力団構成員等」という。)の検挙人員は、近年減少傾向にある。暴力団構成員等の総検挙人員のうち、覚醒剤取締法違反、恐喝、賭博及びノミ行為等(以下「伝統的資金獲得犯罪」という。)の検挙人員が占める割合は3割程度で推移しており、特に覚醒剤取締法違反の割合が大きく、依然として覚醒剤が暴力団の有力な資金源となっているといえる。他方、平成2年以降の検挙人員の罪種別割合をみると恐喝、賭博及びノミ行為等の割合が減少しているのに対し、詐欺の検挙人員が占める割合が増加傾向にあるなど、暴力団が資金獲得活動を変化させている状況もうかがわれる
    2. 対立抗争事件等の発生
      • 暴力団は、組織の継承等をめぐって銃器を用いた対立抗争事件を引き起こしたり、自らの意に沿わない事業者を対象とする、報復・見せしめ目的の襲撃等事件を敢行したりするなど、自己の目的を遂げるためには手段を選ばない凶悪性がみられる。
      • 近年の対立抗争事件、暴力団等によるとみられる事業者襲撃等事件等の発生状況は、図表3-5(略)のとおりである。これらの事件の中には、銃器が使用されたものもあり、市民生活に対する大きな脅威となるものであることから、警察においては、重点的な取締りを推進している
    3. 資金獲得犯罪
      • 暴力団は、覚醒剤の密売、繁華街における飲食店等からのみかじめ料の徴収、企業や行政機関を対象とした恐喝・強要のほか、強盗、窃盗、特殊詐欺、各種公的給付制度を悪用した詐欺等、時代の変化に応じて様々な資金獲得犯罪を行っている。
      • また、暴力団は、実質的にその経営に関与している暴力団関係企業を利用し、又は共生者と結託するなどして、その実態を隠蔽しながら、一般の経済取引を装った貸金業法違反、労働者派遣法違反等の資金獲得犯罪を行っている
      • 警察では、巧妙化・不透明化する暴力団の資金獲得活動に関する情報を収集・分析するとともに、社会経済情勢の変化に応じた暴力団の資金獲得活動の動向にも留意しつつ、暴力団や共生者等に対する取締りを推進している
  • 地方公共団体における暴力団排除に関する条例の運用
    • 各都道府県は、地方公共団体、住民、事業者等が連携・協力して暴力団排除に取り組む旨を定め、暴力団排除に関する基本的な施策、青少年に対する暴力団からの悪影響排除のための措置、暴力団の利益になるような行為の禁止等を主な内容とする暴力団排除に関する条例の運用に努めている。
    • 各都道府県では、条例に基づき、暴力団の威力を利用する目的で財産上の利益の供与をしてはならない旨の勧告等を実施している。令和2年中における実施件数は、勧告が54件、指導が6件、説明等の要求を拒んだことによる公表が1件、中止命令が10件、再発防止命令が2件、検挙が33件となっている
  • 暴力団員の社会復帰対策の推進
    • 暴力団を壊滅するためには、構成員を一人でも多く暴力団から離脱させ、その社会復帰を促すことが重要である。警察庁では、平成29年に閣議決定された「再犯防止推進計画」等に基づき、関係機関・団体と連携して、暴力団関係者に対する暴力団からの離脱に向けた働き掛けの充実を図るとともに、構成員の離脱・就労、社会復帰等に必要な社会環境及びフォローアップ体制の充実に関する効果的な施策を推進している。
    • 社会復帰アドバイザー:警察では、暴力団から離脱した者及び離脱する意志を有する者の円滑な就労を支援するため、暴力団からの円滑な離脱や離脱希望者の生活環境の調整改善等について知識や経験を有する元警察職員を社会復帰アドバイザーに任命しており、暴力団員の社会復帰対策の様々な場面で活躍している
    • 警察の支援による暴力団からの離脱者が、就労支援を希望したことから、社会復帰対策協議会において受入れ企業を選定し、社会復帰アドバイザーによる採用面接の同行等の支援を行った。令和2年10月、同人は希望する企業に就労した。
    • 準暴力団等の動向と警察の取組
      1. 準暴力団等の動向と特徴
        • 暴走族の元構成員等を中心とする集団に属する者が、繁華街・歓楽街等において、集団的又は常習的に暴行、傷害等を敢行している例がみられるほか、特殊詐欺や組織窃盗等の違法な資金獲得活動を活発化させている。こうした集団の中には、暴力団のような明確な組織構造は有しないが、犯罪組織との密接な関係がうかがわれるものも存在しており、警察では、こうした集団を暴力団に準ずる集団として「準暴力団」と位置付けている
        • 準暴力団等は、犯罪ごとにメンバーが離合集散を繰り返すなど、そのつながりが流動的である点で、明確な組織構造を特徴とする暴力団と異なる。準暴力団等には、暴走族の元構成員や地下格闘技団体の元選手等を中核とするものがみられるほか、暴力団構成員や元暴力団構成員がメンバーとなっている場合もある
        • 準暴力団等の中には、特殊詐欺や組織窃盗等の違法な資金獲得活動によって蓄えた資金を、更なる違法活動や自らの風俗営業等の事業資金に充てるなど、活発な資金獲得活動を行っていることがうかがわれる集団が数多くみられる。また、資金の一部を暴力団に上納するなど、暴力団と関係を持つ実態も認められるほか、暴力団構成員が準暴力団等と共謀して犯罪を行っている事例もあり、このような準暴力団等の中には、暴力団と準暴力団等との結節点の役割を果たす者が存在するとみられる。
      2. 警察の取組
        • 警察では、準暴力団等の動向を踏まえ、繁華街・歓楽街対策、特殊詐欺対策、組織窃盗対策、暴走族対策、少年非行対策等の関係部門間における連携を強化し、準暴力団等に係る事案を把握等した場合の情報共有を行い、部門の垣根を越えた実態解明の徹底に加え、あらゆる法令を駆使した取締りの強化に努めている。
    • 暴力団による薬物事犯
      • 令和2年中の暴力団構成員等による薬物事犯の検挙人員は4,387人と、前年より189人(1%)減少した。このうち、覚醒剤事犯の検挙人員は3,577人と、前年より161人(4.3%)減少したものの、覚醒剤事犯の総検挙人員の42.2%を占めていることから、依然として覚醒剤事犯に暴力団が深く関与していることがうかがわれる。また、暴力団構成員等による大麻事犯の検挙人員は751人と、総検挙人員の14.9%を占めており、前年より29人(3.7%)減少したものの、大麻栽培事犯の検挙人員は46人と前年より4人(9.5%)増加していることなどから、暴力団が大麻事犯への関与を強めていることがうかがわれる
    • 来日外国人による薬物事犯
      • 令和2年中の来日外国人による薬物事犯の検挙人員は525人と、前年より224人(9%)減少した。このうち、覚醒剤の営利目的輸入事犯の検挙人員は50人であり、国籍・地域別でみると、ベトナム及び香港の比率が高く、合わせて全体の48.0%を占めている。また、令和2年中の来日外国人による覚醒剤の密売関連事犯の検挙人員は18人と、前年より15人(45.5%)減少した。国籍・地域別でみると、ベトナム及びブラジルの比率が高く、合わせて全体の55.6%を占めている。
    • 薬物密輸入事犯の検挙状況
      • 令和2年中の薬物密輸入事犯の検挙件数は218件と、前年より245件(9%)減少し、検挙人員は235人と、前年より263人(52.8%)減少した。
      • 覚醒剤密輸入事犯の検挙状況の推移は、図表3-9(略)のとおりである。令和2年中は、薬物密輸入事犯の検挙件数・検挙人員が前年に比べ大幅に減少したが、薬物事犯全体の検挙状況に大幅な変動はみられず、薬物に対する根強い需要が存在しているものと考えられる。
    • 薬物事犯別の検挙状況
      1. 覚醒剤事犯
        • 令和2年中、覚醒剤事犯の検挙人員は前年より減少したが、全薬物事犯の検挙人員の2%を占めている。また、押収量は437.2キログラムと、前年より1,855.9キログラム減少した。
        • 覚醒剤事犯の特徴としては、検挙人員のうち約4割を暴力団構成員等が占めていることのほか、30歳代以上の検挙人員が多いことや、他の薬物事犯と比べて再犯者の占める割合が高いことが挙げられる
      2. 大麻事犯
        • 大麻事犯の検挙人員は7年連続で増加し過去最多となっており、覚醒剤事犯に次いで検挙人員の多い薬物事犯である。近年では、面識のない者同士がSNSを通じて連絡を取り合いながら大麻の売買を行う例もみられる。大麻事犯の特徴としては、他の薬物事犯と比べて、検挙人員のうち初犯者や20歳代以下の若年層の占める割合が高いことが挙げられる。
    • 疑わしい取引の届出
      • 犯罪収益移転防止法に定める疑わしい取引の届出制度により特定事業者がそれぞれの所管行政庁に届け出た情報は、国家公安委員会が集約して整理・分析を行った後、都道府県警察、検察庁をはじめとする捜査機関等に提供され、各捜査機関等において、マネー・ローンダリング事犯の捜査等に活用されている。
        • 疑わしい取引の届出の年間受理件数は、図表3-21(略)のとおりであり、おおむね増加傾向にある
    • マネー・ローンダリング関連事犯の検挙状況
      • マネー・ローンダリングとは、一般に犯罪によって得た収益を、その出所や真の所有者が分からないようにして、捜査機関による収益の発見や検挙を逃れようとする行為である。我が国では、組織的犯罪処罰法及び麻薬特例法において、マネー・ローンダリングが罪として規定されている。
      • マネー・ローンダリング事犯の検挙件数は、令和2年中は600件(前年比+63件、+7%)であった。前提犯罪別にみると、主要なものとしては窃盗に係るものが227件、詐欺に係るものが194件、電子計算機使用詐欺に係るものが73件、ヤミ金融事犯に係るものが28件となっている。
      • 令和2年中におけるマネー・ローンダリング事犯の検挙件数のうち、暴力団構成員等が関与したものは58件で、全体の7%を占めている。前提犯罪別にみると、主要なものとしては詐欺に係るものが15件、ヤミ金融事犯に係るものが11件、賭博事犯に係るものが10件、窃盗に係るものが9件あり、暴力団構成員等が多様な犯罪に関与し、マネー・ローンダリング事犯を敢行している実態がうかがわれる。
      • また、令和2年中における来日外国人が関与したマネー・ローンダリング事犯は79件で、全体の3%を占めている。前提犯罪別にみると、主要なものとしては詐欺に係るものが34件、窃盗に係るものが23件、入管法違反に係るものが8件、電子計算機使用詐欺に係るものが6件あり、日本国内に開設された他人名義の口座を利用したり、偽名で盗品等を売却するなど、様々な手口を使ってマネー・ローンダリング事犯を行っている実態がうかがわれる。

前回の本コラム(暴排トピックス2021年7月号)などで、福岡県、福岡市、北九州市において「排除措置」(福岡県の場合、福岡県建設工事競争入札参加資格者名簿に登載されていない業者に対し、一定の期間、県発注工事に参加させない措置で、この期間は、県発注工事の(1)下請業者となること、(2)随意契約の相手方となることができない)を講じられた会社があっという間に倒産に追い込まれた事例を紹介しました。以下も、その事例を取り上げた記事(2021年8月2日付西日本新聞)からの抜粋となります。あらためて反社リスクが企業存続にかかる重大なリスクだという点を認識いただき、社内研修等にも活用いただきたいと思います。なお、以下の記事からは、厚生労働省の「公正な採用選考の基本」に抵触しかねない就職差別的な対応をしている企業もあることがうかがえ、その点についてもあらためて社内で対応要領の検討・確認などをしておくべきだと感じました。なお、以前の本コラム(暴排トピックス2016年10月号11月号)において、社内暴排の取組みにおける留意点について記載していますので、あわせて参考にしていただければと思います。

福岡県警は、同社を含む8社の代表者らが指定暴力団幹部と「密接交際」していたと公表。これに対し社長は、社員向けの配布文書で「相手が暴力団関係者とは知らなかったが、警察の取り調べに知っていたと答えてしまった」と釈明した。一部の業者から取引が停止されるようになり、社員に動揺が広がった。テレビ会議から約2週間後の日曜の朝、社員が再び集められた。「会社は倒産します」と幹部。…「おたくの会社、反社(反社会的勢力)じゃないですか。あなたはヤクザじゃないですよね」。声を荒らげて否定すると「何ですか、その態度は。反社の会社の人はそんな感じなんですね」。別の会社も「コンプライアンス上、暴力団と付き合いがあった会社の方は面接できない」と断られた。十数社に履歴書を送ったものの、書類選考で不採用が続いている。別の元社員も、知人から「暴力団とずぶずぶだったから業績が伸びてたんじゃないですか」と皮肉を言われたという。「密接交際が事実なら、社長の個人的な行動で全てが台無しになってしまった。社員まで偏見の目で見られて納得できない」。…九州弁護士会連合会民事介入暴力対策委員会の元委員長堀内恭彦弁護士は「福岡県では地元の同級生など身近に組員がいることも多く、暴排意識が浸透しきれていない。利益供与がなくても付き合うだけで暴力団の活動を支えることになる」と指摘する。…広末登・久留米大非常勤講師(社会病理学)は「暴力団と関係のない人たちまで影響を受けるのは理不尽だ。悪質性の程度によっては指導や警告など段階を踏んで通報に至る方法を取り入れてもいいのではないか。やり直そうという経営者や失業した従業員を支える仕組みも整えるべきだ」と強調した。

なお、参考までに以前の本コラムでは、例えば、「採用時に応募者本人に対して、「現在、反社会的勢力でないかどうか」「過去、反社会的勢力であったかどうか」質問してもよいかという点については、原則として、現時点の状況については許されるものの、過去については、一定期間の加入歴等の質問にとどめるべきではないかと思われます。企業内に反社会的勢力が侵入することの危険性や企業内秩序の維持の観点などから、「反社会的勢力でないこと」や「密接交際者でないこと」は本人の「適性」に関する事項であって、違法なプライバシー侵害にはならないと考えられます。また、暴排条例の主旨(関係者が暴力団関係者でないことを確認するよう努めるものとする、などの努力義務)からも、労働契約の締結に先立ってこれらの確認をすることが求められていると解釈できると思います。一方で、過去については、(離脱者支援の問題が顕在化している中)そもそも更生を妨げるおそれや、関係を断ってから相当の期間が経過しているような場合にまで、本人の「適性」として質問することは認められ難いものと考えます。したがって、質問の範囲も限定したものにとどめるべきということになります」との考えを示しています。このケースの場合、本人とは無関係のところで、所属先企業(さらには代表者個人)が反社会的勢力排除と関係をもってしまったというケースであり、(そのような事実を認識していないとはいえ)それを理由として採用を拒否することは公正な採用選考とは言えないはずであり、「おたくの会社、反社じゃないですか。あなたはヤクザじゃないですよね」といった対応は論外、「コンプライアンス上、暴力団と付き合いがあった会社の方は面接できない」も就職差別という観点からは問題があるといえます。結論からいえば、「あなたは反社会的勢力に属している、もしくは関係はありますか」という質問か書面での回答を求めればよく、最終的にはその他の要素とともに総合的に判断のうえ、選考することになります。

最近の企業危機管理における重要なテーマの一つが「サプライチェーン」や「人権問題」です。企業にとって労働環境の把握など、人権尊重への流れは世界に広がっており、英国やフランス、豪州、米カリフォルニア州などでは情報開示の徹底を求める法律が相次いで施行されています。それに対し、政府は8月にも、上場企業などを対象にサプライチェーン上の人権問題に関する大規模な調査を行う方向と報じられています。欧米では企業に対応を義務づける法整備が進んでおり、日本企業が適切な対応を取れなければ、国際競争力を失いかねないとの懸念が出ているところ、東京証券取引所の1部、2部に上場する約2,600社と、調査の必要があると判断した企業が対象となる見込みだということです。経済産業省が人権問題に関する社内の体制や政府に求める支援策について、アンケートや聞き取りを行うことが想定されており、9月には調査結果の中間取りまとめを行い、課題を整理するとのことです。その上で、企業に対応を義務づけるルールや法整備が必要かどうかを検討する方向だといいます。実務的には、自社の取引先にとどまらず、取引先の取引先など確認の範囲を拡げて、「自社の商流の中に人権問題に絡む取引がないこと」を示していくことが求められることになります。これは反社リスク対策に置き換えれば、本コラムで以前から指摘している「KYC(Know Your Customer)からKYCC(Know Your Customer’s Customer)へ」、「自社の商流の健全性の確保(商流からの暴排)」と全く同じ構図だといえます。反社リスク対策においても、自らの直接・間接の関係先の健全性を確認していないがために、レピュテーションリスクに晒されて企業価値を毀損してしまう事例もたくさんあります。当社としては、以前から指摘してきたことですが、反社リスクや人権問題に限らず、例えばAML/CFTやテロリスク、北朝鮮リスクなど、あらゆるリスクについて、「サプライチェーン・リスクマネジメント」の取組みを強化していくべき状況になったと認識する必要があります。

もう一つ、最近問題となったものがあります。東京五輪の開会式で、演出に参加するクリエーター2人が直前に辞任・解任された問題です。20年以上前の雑誌や公演での言動が問題視されたものですが、こうした動きは海外で「キャンセルカルチャー」と呼ばれており、今回の件は日本での本格的な第1号といえます。法律上の犯罪ではないが倫理的に許されないことについて、現在の行為だけでなく過去にさかのぼって追及されることが特徴だといえます(人権問題としてみれば、「当然」とする評価と「行き過ぎだ」とする評価があると考えられます。本来は、冷静に双方の立場からの議論を熟成させていく必要がある問題だと思います)。これも実は反社リスク対策においては常に念頭に置いておくべき重要なリスクです(筆者は「後追いリスク」と名付けています)。「取引開始時点で、反社チェックを行い問題ないと判断したとしたものが、後日、実は代表者が反社会的勢力と密接交際していたことが発覚し、当社もまた「反社会的勢力と取引をしていた」として、各方面から批判を浴びる(あるいは契約を解除される)こととなった」といったイメージです。したがって、企業としては、常にその時点でできうる最大限の努力によって反社リスク対策を講じておくべきことが求められることとなり(後々の説明責任を果たすために必要)、それ以外にこのリスクへの有効な対応方法はないといえます。さらには、過去の過ちを一生許されないものとされるのか、更生や立ち直りの機会を与えない「一発アウト」の社会でよいのか、という意味では、暴力団離脱者支援の問題とも同じ構図だといえます。本コラムでもいつも指摘しているとおり、いったん暴力団等反社会的勢力に属した者の更生の困難さから、リスク管理の観点から「高リスク」と見做すことはありうるとしても、現時点で必死に更生しようとする者まで排除することは「行き過ぎ」であって、廣末登氏の指摘する「元暴アウトロー」による社会不安の増大を招くことにもなりかねません。もちろん、「社会的包摂」の観点からも、もっと寛容さをもった適切な判断のあり方が別にあるのではないかと感じています。キャンセルカルチャーが今のあり方で社会の総意なのか、それとも「行き過ぎ」として、社会的包摂の観点も交えながら、社会が窮屈にならない形で新たなあり方探るべきなのか、日本の社会が今、岐路に立っていると感じます。

次に、組事務所の使用制限等に関する話題がいくつかありましたので、紹介します。

  • 道仁会系組長が無許可でキャバクラを営業したとして風営法違反などの罪に問われた事件で、福岡地検が店の売り上げ約2億9,000万円を犯罪収益として追徴するため、組織犯罪処罰法に基づき組事務所の仮差し押さえを請求し、福岡地裁が認めたということです。同法に基づいた暴力団事務所の仮差し押さえは極めて異例だといいます。なお、有罪判決が確定し追徴金を支払えない場合、組事務所は国の所有になることになります。組織犯罪処罰法は、犯罪収益を没収できない場合、同じ価値の土地や物品などの財産を追徴することができると規定、裁判所は、追徴を逃れるために財産が処分されないよう、判決確定前に追徴保全命令を出して仮差し押さえすることができることになっています。専門家は「組事務所が組長名義になっていたからこそ仮差し押さえができたケースではあるが、暴力団の資金源を断つだけでなく活動拠点の封じ込めにもつながる事例だ」と指摘していますが、新たな手法として高く評価したいと思います。
  • 福岡県公安委員会は、特定危険指定暴力団工藤会の新たな活動拠点に定めた北九州市小倉北区宇佐町1の同会系組事務所について、暴力団対策法に基づき構成員の出入りを禁止する使用制限命令を出しています。命令の期間は8月6日から11月5日までの3カ月となります。工藤会の拠点を巡っては、2020年2月に小倉北区神岳1の旧本部事務所が解体されたあと、同年6月、同区三郎丸の組事務所が「主たる事務所」として公示されましたが、土地、建物の売却が確認されたため、福岡県公安委員会は2021年7月、宇佐町の事務所を新拠点として官報公示していたものです。工藤会の活動を封じ込めるという点で、当局の迅速かつ適切な対応を評価したいと思います。
  • 福岡県大牟田市にある浪川会の本部事務所について、福岡県暴力追放運動推進センター(暴追センター)が暴力団対策法に基づき、住民に代わって浪川会トップらに使用差し止めを求めた訴訟が福岡地裁で終結、弁論準備手続きで、浪川会側が請求を全て認める「認諾」を行っています。本コラムでも取り上げましたが、この訴訟では6月、浪川会側が本部事務所を解体することで双方が合意、現在、3階建ての建物は取り壊され、ほぼ更地になっています。なお、土地の所有者は浪川会関係者のままで、同会の代理人弁護士は今後の対応について、「コメントできない」としています。
  • 静岡地裁は、静岡県暴追センターが富士宮市の六代目山口組良知二代目政竜会を対象に申し立てた「間接強制」について、認める決定を下しています。同暴追センターは富士宮市北山に事務所を構える同組に対し、事務所の使用を禁じ違反した場合に制裁金の支払いを求める「間接強制」を、6月に静岡地裁に申し立てていました。静岡地裁がこれを認める決定を下し、事務所として使用した場合1日につき100万円の制裁金を支払うよう暴力団に命じています。なお、同暴追センターによれば、「間接強制」が決定してから、暴力団員の出入りは確認されていないということです。

「2つの山口組」の間での表立った抗争が表沙汰になっていなかったところ、8月5日、神戸市の路上で、神戸山口組傘下組織の与組長が何者かに拳銃のようなもので撃たれ軽いけがをしたと兵庫県警に情報提供がありました。犯人は拳銃を持って逃走しているとみられ、県警が兵庫署内に捜査本部を設置し、殺人未遂容疑で捜査しています。報道によれば、与組長は自宅付近で、別の男性が運転する車の後部座席に乗り込もうとした際、拳銃のようなもので撃たれたとみられています。弾は左ふとももをかすめ、軽傷だったといいます。与組長をめぐっては2019年4月、神戸市内の商店街で、対立する六代目山口組傘下組織の組員に包丁で襲われる事件が発生、実行犯ら組員2人は先月、神戸地裁で有罪判決が言い渡されています。県警は今回の発砲事件について、対立抗争の可能性も視野に調べているといいます。六代目山口組から神戸山口組が2015年8月に分裂して間もなく7年目を迎えることになります。ここにきて神戸山口組の劣勢が伝えられていますが、いまだ「2つの山口組」が存在しており、六代目山口組としても神戸山口組を壊滅(解散)させるところまで目指すところ、警察としても「1つの山口組」になるまで「特定抗争指定」を外すことはないと考えられます。抗争事件の発生と8月末の節目を機に事態がどう展開していくのか、あらためてその動向を注視していきたいと思います。

その他、暴力団等反社会的勢力を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 物流会社のサービスを不正に利用して、風俗店の売上金を系列店に送金していたとして、運営会社の社長と従業員が逮捕されています。店の売上金などの現金を系列店に運ぶ目的を隠して、物流会社の配送サービスを不正に契約した詐欺の疑いが持たれています。報道によれば、容疑者は「違法とは思わなかった」と容疑を否認しています。容疑者の風俗店グループは、コロナ禍の前には月に1億6,000万円ほどの売上があったとみられ、警察は金融機関を使わずに現金を移動させることで金の流れを隠すとともに、暴力団の資金源にもなっていたとみて、詳しく調べているということです。
  • 京都府社会福祉協議会は、新型コロナウイルスの感染拡大が原因で失業したり収入が減ったりした人向けの生活福祉資金貸付制度で、暴力団組員が現役の組員ではないと偽って申請したとして、京都府警に詐欺容疑で刑事告発したと発表しています。京都府警右京署は、詐欺未遂容疑で組員の男を逮捕しています。報道によれば、同資金の緊急小口資金と総合支援資金を計65万円申請、その際、元組員のため振り込みに必要な銀行口座を使用できないと説明したため、府社協が府警に照会したところ、現在も暴力団の幹部組員と判明、貸付を不承認とし、被害はなかったということです。告発した理由について、府社協は「虚偽申請であり、極めて悪質な行為。公金を使った制度の信用失墜につながりかねず、厳格な態度で臨む」としており、毅然と暴排に取り組む姿勢として評価できるものです。
  • 沖縄県警特別捜査本部は、国の持続化給付金100万円をだまし取ったとして、飲食店従業員の男を詐欺容疑で逮捕しています。6月から7月にかけて、知人に勧誘され持続化給付金を申請し、中小企業庁から100万円をだまし取った疑いがもたれています。別の持続化給付金詐欺事件で逮捕された知人は暴力団とつながりがあり、暴力団の資金源になった可能性があるとみて捜査を進めているということです。なお、持続化給付金を巡る県内での詐欺事件で、逮捕者は18人となったといいます。同じく持続化給付金をだまし取ったとして、神奈川県警暴力団対策課は、詐欺の疑いで、無職の容疑者を逮捕しています。自身が給付対象となるサービス業を営む個人事業者であるかのように装って中小企業庁の持続化給付金申請用ホームページに事業収入が減少したとする虚偽の内容のデータを入力、現金100万円を入金させ、だまし取ったというものです。報道によれば、容疑者は指定暴力団の周辺関係者とみられ、別の事件の捜査中に詐欺に関与した疑いが浮上、同課は背後に嘘のデータ入力を指南した人物がいなかったかなど、捜査を進めているということです。さらに、準暴力団「チャイニーズドラゴン」のメンバーの中国籍の男が、持続化給付金をだまし取った疑いで警視庁に逮捕されています。報道によれば、総額は600万円に上るとみられているということです。他人名義で「コロナで会社の売り上げが落ちた」と、うその申請をして持続化給付金100万円をだまし取った疑いがもたれています。容疑者は今年5月に大麻取締法違反の疑いで逮捕されていて、警視庁が自宅などを捜索したところ、他人名義の免許証や通帳の写しなどが見つかり事件が発覚したということです。
  • 新型コロナウイルスの影響で収入が減少した世帯に貸し付ける生活福祉資金計65万円を、暴力団員であることを伏せて受け取ったとして、警視庁駒込署は、詐欺の疑いで、六代目山口組系組員で飲食店従業員を逮捕しています。報道によれば、「新型コロナの影響で勤め先の飲食店の給料が減り、生活資金に困っていた」と供述しているということです。貸し付けが認められていない暴力団員であることを隠し、東京都社会福祉協議会に虚偽の申請をし、緊急小口資金20万円と総合支援資金45万円の計65万円を自身の口座に振り込ませたというものです。署が暴力団員の不正受給を調べる中で、同協議会に照会し容疑者が浮上したということで、警察の地道な捜査からの摘発ということで高く評価したいと思います。また山梨県警は、同じく「緊急小口資金」などを暴力団員であることを隠してだまし取ったとして、詐欺の疑いで、稲川会系組員ら暴力団員6人を逮捕したと発表しています。報道によれば、いずれも「暴力団員ではない」などと否認しているということです。暴力団員であることを隠し、山梨県内の社会福祉協議会に申請書類を提出し、それぞれ10万円から110万円(計475万円)の貸付金を詐取したというものです。
  • 覚せい剤を使用したとして、警視庁は、「KENNY―G」の名前で活動するラッパーで、住吉会系暴力団組員の男を覚せい剤取締法違反(使用)容疑で再逮捕しています。調べに「自宅で使った」と容疑を認め、「覚せい剤は20歳から、大麻は14歳から始めた」と供述しているということです。また、乾燥大麻などをアメリカから密輸しようとした疑いで、無職の容疑者と六代目山口組傘下の暴力団組員ら男女11人が逮捕されています。容疑者ら7人は、乾燥大麻約3,940グラムを輸入しようとした疑いが、組員ら4人は、液状大麻約7,910グラムを輸入しようとした疑いが持たれています。なお、いずれも税関職員や麻薬探知犬が見つけ摘発されたということです。さらに、甲府市内で、営利目的で覚せい剤を所持したなどとして山梨県警組織犯罪対策課などは、稲川会系組幹部ら組員3人を覚せい剤取締法違反(営利目的共同所持)の疑いで逮捕しています。同課は3人の顧客らとみられる男女14人を同法違反(使用)などの疑いで逮捕し、計約89グラムの覚せい剤を押収、覚せい剤取引が繰り返されていたとみて捜査しているといいます。
  • 六代目山口組系暴力団の構成員が、身元を隠してホテルを利用し、逮捕されています。事件を受けて、警察は札幌の六代目山口組系福島連合の事務所を家宅捜索しています。
  • 旭琉会構成員の男らがインターネットバンキングに不正アクセスし、現金5,000万円以上をだまし取ったとして、不正アクセス禁止法違反などの容疑で逮捕された事件で、県警サイバー犯罪対策課は、旭琉会三代目丸良一家構成員を不正アクセス禁止法違反、電子計算機使用詐欺、窃盗の容疑で逮捕しています。報道によれば、容疑者は犯行グループ内で、不正アクセスで詐取された現金の送金先口座を準備する役割を担っていたということです。容疑者は知人から銀行口座を譲り受けていたといいます。犯行グループは不正アクセスした口座から、容疑者が用意した口座に300万円を送金。県内のATMで200万円が出し子によって引き出されたといい、事件に関与したとして逮捕されたのは18人目となります。県警は被害金が暴力団の資金源になっていた可能性を視野に捜査しているということです。
  • 公園のあずまやの屋根を盗んで換金していたとして金沢市の六代目山口組系組幹部と18歳の少年の2人が窃盗などの疑いで逮捕されています。2人は今年4月19日未明に、石川県かほく市高松の公園であずまやの屋根に使われている銅板、およそ234キロを剥がして盗んだ疑いが持たれているといいます。暴力団の男はこの銅板を金沢市内のリサイクル業者に対して偽名を使って換金し、およそ24万円を得ていたということです。
  • 埼玉県の大宮署は、詐欺の疑いで、住吉会傘下組織組員を逮捕しています。北海道千歳市内のレンタカー営業所で、暴力団員であることを隠して、それぞれレンタカー1台を借りた疑いがもたれています。営業所では暴力団構成員らと契約を結ばない約款を設けており、口頭でも説明したものの、男は暴力団員と名乗り出なかったということです。
  • 暴力団組員が入居する目的を隠して住居の賃貸契約をしたとして、佐賀県警組織犯罪対策課などは、詐欺の疑いで、道仁会系組員ら4人を逮捕しています。4人の逮捕容疑は市内の賃貸物件を契約する際、不動産会社に組員が住むことを隠して不正に賃借権を取得した疑いがもたれています。さらに、市役所に虚偽の住民異動届を提出したとして電磁的公正証書原本不実記録・同供用の容疑、唐津署に虚偽の自動車運転免許証の変更届を提出した免状不実記載の疑いでも逮捕されています。なお、組員の2人は、貸金業法違反(無登録営業)と出資法違反(超高金利)の疑いで逮捕されていました。
  • 恐喝事件の被害届を取り下げさせたとして、京都府警組対2課と山科署などは、強要と証人威迫の疑いで、神戸山口組系の組長ら6人を逮捕しています。報道によれば、共謀して昨年10月、京都市東山区のキャバクラを経営していた男性が東山署に出した組員らによる恐喝事件の被害届について、中京区の飲食店に男性を呼び出して「被害届なんか出したら京都で仕事はできないぞ。取り下げろ」などと約5時間にわたって脅迫、同区の法律事務所で示談書を作成させた上で、東山署で被害届を取り下げさせた疑いがもたれています。京都府警は、男性から225万円を脅し取ったとして、恐喝容疑で組員ら4人を今年7月に逮捕していました。

その他、暴排の取組みを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 本コラムでもたびたび取り上げてきましたが、中高生らに暴力団の恐ろしさなどを伝える福岡県警の「暴力団排除教室」が今年で丸10年となったということです。「暴排先生」と呼ばれる講師が身近に潜む暴力団との接点や組織の実態について教えた生徒は延べ190万人にも上り、この間、福岡県内の暴力団情勢は若年層の比率が大幅に低下、若者の加入阻止に一定の効果を上げているとみられます。2021年7月21日付毎日新聞によれば、現在は20~60代の暴排先生8人が活動し、少年院などでも講演、暴排先生の一人は「映画などの影響で、いまだに暴力団に好意的なイメージを持っている子は少なからずいる」と話しており、活動の意義を認識させられます。なお、10年前は約3,000人いた福岡県内の暴力団勢力は2020年末には1,530人と半減、組織の弱体化とともに高齢化も進んでいるとみられ、2013年末に8歳だった平均年齢も2020年末に50.1歳となり、20~30代の若手組員の構成比は40.5%から16%へと大幅に減ったということです。また、実際に教室への参加経験者が勧誘を受け、組に入ることを断ったケースもあるといいます。一方、ここ数年県警が警戒を強めるのは、若年層が特殊詐欺や違法な薬物の売買に関わり、知らないうちに暴力団関係者との接点を持つ危険性であり、暴排教室では特殊詐欺グループに関与して逮捕された少年の実例を紹介、そのグループの背後に暴力団がいたことを示して注意を喚起しているということです。他の自治体にもぜひ拡がってほしい取組みであり、全国の若者もぜひ受講してほしいものだと思います。
  • 暴力団の構成員を辞め、組織から離脱した人の就職を支援している警察の活動で、愛知県警で初めて元暴力団組長の男性の就職が決まったということです。報道によれば、愛知県警の支援で就職が決まったのは、指定暴力団傘下の元組長で70代の男性で、長年、暴力団の構成員として活動していましたが、取り締まりにより賃貸契約ができないことや家族のために、警察に離脱支援を求め、暴力団を辞めたということです。その後、離脱者の受け入れ先として登録している企業の中から愛知県内の人材派遣業で働くことが決まり、男性は7月から主に工場のダクトを清掃する仕事に就いているということです。なお、愛知県警では、暴力団の離脱者を雇用した企業への給付金制度を設けているほか、今年4月に社会復帰を支援する係を新設するなどしていて、就職が決まったのは初の事例となります。なお、昨年、愛知県警にはおよそ60人から離脱支援の要請があったということです。
  • 香川大の学生団体が、刑務所などの出所者の再犯を防ぐ活動に取り組んでいると報じられています(2021年8月1日付毎日新聞)。多くの受刑者が何度も犯罪に手を染める背景には、服役後も身寄りがなく安定した職にも就けず、社会から孤立してしまう「生きづらさ」があるとのことです。官民協働運営の刑務所・島根あさひ社会復帰促進センターでは受刑者同士が対話することで犯罪の原因を探り、更生を促す「Therapeutic Community(TC=回復共同体)」というプログラムを導入しているといいます。窃盗や詐欺、強盗傷害などの罪で服役する受刑者が車座になり、「子どもの頃、抱きしめられた記憶がない」「親を恨めなかったが、社会には恨みがある」などと幼少期に受けた虐待やいじめについて振り返っているといいます。TCの先進地である欧米では、出所後の再犯率が低下したという成果も報告されているといいます。一方、国内で導入しているのは同センターだけという状況です。法務省によると2019年の刑事事件の検挙者約192,600人のうち、再犯者は8%に上っており、香川県内でも2020年に県警が検挙した1,592人のうち、49.7%が窃盗などの再犯者となっている現状があります。家族や安定した収入、住居がないため出所しても孤立・困窮し、万引きや無銭飲食などを繰り返してしまうケースが多いことが、再犯率が高止まりする原因とされています。SDGsやESGなど「社会的包摂」が叫ばれる中、暴力団離脱者支援と「元暴アウトロー」と同様、再犯者支援に本腰を入れることも社会的に重要かつ喫緊の課題であるとあらためて指摘しておきたいと思います。

2.最近のトピックス

(1)AML/CFTを巡る動向

今年7月に金融庁長官に就任した中島淳一氏が報道各社のインタビューに応じており、AML/CFTについても言及がありました。2021年8月4日付朝日新聞では、「マネロン対策を強化するため、金融機関の利用者に経済制裁の対象者が含まれるかどうかや、不正が疑われる取引を判断する共同システムの実用化をめざすという。中島氏は「それぞれの銀行につくるのは大変なので、共同化で金融機関の負担軽減につなげたい」と述べた。日本では以前からマネロン対策の遅れが指摘され、特に地域金融機関にとって重荷になっている。中島氏は、政府と各金融機関がどんな形でかかわって開発を進めるのか、枠組みを来年6月までに固める考えも示した。システム稼働の時期は未定という」と紹介しています。また、同日付の産経新聞では、「地方銀行を中心に遅れが指摘されるマネー・ローンダリング対策を強化する方針を明らかにした。中島氏は「令和6年3月末までに万全の対応を行うことを各金融機関や業界に求めている」と指摘。対策強化に向け検査要員を確保するほか、日本銀行と連携して月内にも地銀や信用金庫への一斉調査に乗り出す。犯罪資金の出所を分からなくするマネロンの対策をめぐっては、日本の対応を審査中の国際組織「金融活動作業部会」(FATF)の第4次審査の報告書が今月下旬にも公表される見通し。対策の不十分さから厳しい結果が予想されるため、国内金融機関に対応を急がせる。また、中島氏はマネロン対策の一環として、不正が疑われる取引を判断する政府と金融業界の共同システムを来年6月までに構築する方針を強調。システム構築の金銭的負担を軽減し、対策の加速につなげる」としています。さらに、同日付の日本経済新聞では、「金融は数字を使うのでデジタルと非常に相性が良い。金融庁としてもフィンテックの人たちが身近に感じて相談に来てもらえるようにしていく。一方、デジタルの世界はシステムトラブルもある。インターネットにつながっているもので絶対安全なものはないので、サイバーセキュリティに気をつけないといけない。マネー・ローンダリングも同様だ。既存の業者であれば既存の法律を使って対応してきたが、フィンテックは既存の法律だけでは対応できないかもしれない。機動的に法律をつくり、必要があれば改正していく」としています。

また、犯罪収益移転防止法違反に係る是正命令の事例もありました。対象となったのは、電話転送サービス事業者で「確認記録の作成義務違反」が認められたというもので、概要等が総務省から公表されています。相変わらず電話転送サービス事業者の取組の甘さ、認識の甘さが顕著であり、犯罪インフラ化が食い止められない状況が続いています。

▼総務省 犯罪収益移転防止法違反に係る是正命令
総務省は、犯罪による収益の移転防止に関する法律※(平成19年法律第22号。以下「法」といいます。)に違反した電話転送サービス業を営む個人事業者(屋号:トラスト)に対し、法第18条の規定に基づき、確認記録の作成義務に係る違反行為を是正するために必要な措置をとるべきことを命じました。

※同法では特定事業者に対し、一定の取引について顧客等の取引時確認等を行うとともに、その記録を作成する等の義務を課しており、電話転送サービス事業者は、同法の特定事業者として規定されています。

  1. 事業者の概要
    • 名称:トラスト
    • 代表者:水川 哲時
    • 所在地:東京都葛飾区
  2. 事案の経緯
    • 個人事業者である水川哲時が法に定める義務に違反していることが認められたとして、国家公安委員会から総務大臣に対して法に基づく意見陳述が行われました。
    • これを踏まえ、総務省において当該事業者に対して報告徴収を行った結果、法違反が認められたため、当該事業者への処分を行うものです。
  3. 違反行為の内容
    • 国家公安委員会による意見陳述を踏まえ、総務省において報告徴収を行った結果、水川哲時において、平成25年4月1日以降に締結した電話転送サービスに係る契約について、法第6条第1項に基づく確認記録の作成義務違反が認められました。
  4. 命令の内容
    • 法違反を是正するため、令和3年7月12日付けで、水川哲時に対し、法第18条の規定に基づき、関係法令に対する理解・遵守の徹底、再発防止策の策定等必要な措置をとるべきことを命じました。
▼(参考)総務省「犯罪収益移転防止法について(電話受付代行業・電話転送サービス事業者向け)」

国内外のAML/CFTに関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 暗号資産(仮想通貨)の口座を他人に譲渡する目的で不正に開設したとして、京都府警は、詐欺容疑で、20代の契約社員を逮捕しています。暗号資産口座の不正開設を詐欺容疑で摘発するのは全国的にも珍しく、報道によれば、容疑者はツイッターで知り合った相手にIDとパスワードを教えて口座を売却したといい、他府県警が捜査している別の不正送金事件で送金先として使われていたことから、容疑が浮上したものです。本コラムでもこのような「犯罪インフラ」を厳しく取り締まることが、特殊詐欺に限らず犯罪の実行を難しくすることにつながると指摘し続けていますが、京都府警は、暗号資産の口座が特殊詐欺による犯罪収益のマネー・ローンダリングなどの犯罪のツールとして悪用される可能性があるとし、取り締まりの強化を図っているといいます。
  • ニュージーランド(NZ)準備銀行(中央銀行)は、豪銀大手ウエストパック銀行のNZ法人に対し、マネー・ローンダリングおよびテロ対策法の報告義務を違反した取引が8,000件近くあると警告しています。報道によれば、同中銀は、オーストラリア当局が2019年に、児童搾取に関与した人々などの資金のやりとりを可能にしたとしてウエストパックをマネロン防止法違反で訴えたのを受け、NZ国内の銀行に関する調査に着手、今回、調査結果を発表したものです。NZのマネロンおよびテロ対策法では、企業は国際電信送金などの取引を警察の金融情報部門に報告する義務があるところ、中銀は、ウエストパック内の報告システムの不備によって報告の必要があるすべての国際電信送金が検知・報告されなかったと指摘しています。本件は、「犯罪収益が児童搾取に関わること」であること(最近の「人権侵害」を巡る社会の目線の厳格化という視点からもあらためてリスクを認識する必要があること)、AML/CFT上の脆弱性が「報告システムの不備」によるものであること(なお、同社広報は、「非常に深刻に受け止めている。当社の報告システムの意図せぬ不備に起因する問題だったが、既に修復した」と説明)」について、自社における再点検すべき事項として参考にしていただきたいと思います。
  • 世界の中央銀行でつくる国際決済銀行(BIS)は、巨大IT企業の金融事業について、当局の監督や規制強化を提言する報告書を公表しています。報道によれば、膨大な利用者やデータを持つ巨大ITが金融分野で急速に存在感を高める可能性を指摘、金融安定上のリスク要因になりうるとして「中央銀行や金融規制当局は監督と展開の把握が急務だ」と強調したといいます。さらに、巨大ITの金融参入は「市場支配力の集中やデータ統治をとりまく新たな課題を突きつけている」と記し、金融当局者として危機感をあらわにしたうえで、現状では手掛ける金融事業の内容により、銀行業や資金移動業といった業種ごとの許認可の枠組みが適用されていることをふまえ、巨大ITへの規制にあたっては、一律に同じ網をかける「アクティビティーベース」は十分な機能しない恐れがあり、個別の特性に応じた「エンティティーベース」の視点が求められるとしています。ただ、監督規制機関として金融当局だけで巨大IT企業と正面から向き合えるのかは不透明で、報告書は当面の対応として「金融と非金融の規制機関が国や世界レベルで緊密に連携する必要がある」と説明しています。当然ながら、巨大ITの金融事業についてもAML/CFT規制を遵守することが求められていますが、(銀行業に限らず、広く資金移動業を含む)伝統的な金融機関とは異なる規制のあり方、例えば、ゴールとしては同一の到達点を目指すべきとしつつも、その手法については柔軟に事業者の自主的取組みを尊重しながらその状況を注視していくという、「ゴールベース・アプローチ」の採用といった考え方も検討してよいのではないかと考えます。

(2)特殊詐欺を巡る動向

まずは今年上半期(1月~6月)における特殊詐欺の認知・検挙状況について確認します。過去10年で最少となったものの、依然高水準で推移しており、引き続き十分な警戒が必要な状況です。認知件数は37件減の6,840件で、うち65歳以上の高齢者の被害は約9割の6,018件に上ったほか、埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪、兵庫の7都府県で4,879件(71.3%)を占めています。手口別では還付金詐欺が1,733件(前年同期比+970件)、オレオレ詐欺が1,418件(+373件)で増加傾向にあり、預貯金詐欺は1,379件(▲774件)、キャッシュカード詐欺盗は1,164件(▲555件)などとなっています。新型コロナウイルス感染拡大に乗じた給付金交付詐欺などは29件あり、計9,260万円の被害が確認されています。

▼警察庁 令和3年6月の特殊詐欺認知・検挙状況等について

令和3年1~6月における特殊詐欺全体の認知件数は6,840件(前年同期6,877件、前年同期比▲0.1%)、被害総額は128.8億円(132.9憶円、▲3.1%)、検挙件数は3,028件(3,466件、▲12.6%)、検挙人員は1,102人(1,174人、▲6.1%)となりました。特に、認知件数・被害総額が減少し続けている点、一方で検挙件数の増加が続いていたところ、あらためて減少傾向に転じた点が注目されます(詳しくは分析していませんが、コロナ禍における緊急事態宣言の発令と解除、人流の増減等の社会的動向との関係性が考えられるところです)。うちオレオレ詐欺の認知件数は1,418件(1,045件、+35.7%)、被害総額は39.1億円(31.2憶円、+225.3%)、検挙件数は637件(1,013件、▲37.1%)、検挙人員は326人(288人、+13.2%)と、認知件数・被害総額ともに大きく増えている点が懸念されるところです。これまでは還付金詐欺が目立っていましたが、そもそも還付金詐欺は自治体や保健所、税務署の職員などを名乗るうその電話から始まり、医療費や健康保険・介護保険の保険料、年金、税金などの過払い金や未払い金があるなどと偽り、携帯電話を持って近くのATMに行くよう仕向けるものです。被害者がATMに着くと、電話を通じて言葉巧みに操作させ(このあたりの巧妙な手口については、暴排トピックス2021年6月号を参照ください)、口座の金を犯人側の口座に振り込ませます。直近では新型コロナウイルスを名目にしたものが目立ちます。一方、警察庁によると、ATMに行く前の段階の家族によるものも含め、声かけで今年上半期は6,774件、約26億9,000万円と昨年同期を大きく上回る水準で特殊詐欺の被害を防いだといいます。報道によれば、警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、対策をかいくぐるケースも後を絶たず、後述するように、警察庁は6月から、大手金融機関ごとに被害の情報を提供する取り組みを始めています。なお、最近では、本コラムでも毎回紹介しているように金融機関やコンビニでの被害防止の取組みが浸透しつつあり、ATMを使った還付金詐欺が難しくなっているのも事実で、そのためか、オレオレ詐欺へと回帰している可能性が疑われます。最近では、コロナ禍の影響もあり、闇バイトなどを通じて受け子のなり手が増えたこと、詐欺グループにとって受け子は「使い捨ての駒」であり、仮に受け子が逮捕されても「顔も知らない指示役には捜査の手が届きにくことなどもその傾向を後押ししているものと考えられます。特殊詐欺は、騙す方とそれを防止する取り組みの「いたちごっこ」が数十年続く中、その手口や対策が変遷しており、流行り廃りが激しいことが特徴です。常に手口の動向や対策の社会的浸透状況などをモニタリングして、対策の「隙」が生じないように努めていくことが求められています。

また、キャッシュカード詐欺盗の認知件数は1,164件(1,719件、▲32.3%)、被害総額は16.6億円(26.0憶円、▲36.2%)、検挙件数は868件(1,278件、▲32.1%)、検挙人員は269人(351人、▲23.4%)と、こちらは認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます(上記の考え方で言えば、暗証番号を聞き出す、カードをすり替えるなどオレオレ詐欺より手が込んでおり摘発のリスクが高いこと、さらには社会的に手口も知られるようになったことか影響している可能性があります)。また、預貯金詐欺の認知件数は1,379件(2,153件、▲35.9%)、被害総額は17.7億円(27.5憶円、▲35.6%)、検挙件数は1,123件(483件、+132.5%)、検挙人員は370人(387人、▲4.4%)となり、こちらも認知件数・被害総額ともに大きく減少している点が注目されます(理由はキャッシュカード詐欺盗と同様かと推測されます)。ちなみに、警察庁の特殊詐欺対策ページからこの2つの手口について紹介します。

▼警察庁 特殊詐欺対策ページ キャッシュカード詐欺盗

最近非常に被害が増加している詐欺で、警察官などと偽って電話をかけ「キャッシュカード(銀行口座)が不正に利用されている」「預金を保護する手続をする」などとして、嘘の手続きを説明した上で、キャッシュカードをすり替えるなどして盗み取る手口です。電話での説明後に「キャッシュカードの確認に行く」などの名目で私服警察官や銀行協会職員等になりすました犯人が自宅を訪れ、被害者が目を離している隙に、あらかじめ用意しておいた偽のカードと本物のカードをすり替え、被害者が気づかない内に口座から現金を引き出してしまいます。具体的なやりとりは、「特殊詐欺グループを捜査しているのですが、あなたのキャッシュカード(銀行口座)が不正に悪用されていることが分かりました。」「え!困ります…。」「大丈夫です。保護申請の手続きがありまして、そのためにキャッシュカードを確認したいので、ご自宅に伺ってもよろしいですか?」「よろしくおねがいします。」…ニセ警察官・ニセ銀行職員が自宅に来訪…「手続きを行いますので、この封筒にキャッシュカードと暗証番号を書いたメモを入れてください。」「はい、こちらです。」「封筒に割印が必要ですので印鑑を持ってきてください。」「少しお待ちください。」…室内に印鑑を取りに戻るなど、目を離した隙に偽物のカードが入った封筒と本物のカードが入った封筒をすり替えられてしまいます。…「割印ありがとうございます。手続完了の連絡がくるまで、封筒を開かず大事に保管してください。」「これで、安心だわ…。」といったもので、偽物のカードが入った封筒を受け取ったと気付いていない点が特徴です。

▼警察庁 特殊詐欺対策ページ 預貯金詐欺

県や市区町村などの自治体や税務署の職員などと名乗り、医療費などの払い戻しがあるからと、キャッシュカードの確認や取替の必要があるなどの口実で自宅を訪れ、キャッシュカードをだまし取る詐欺です。キャッシュカードの確認・取替が必要だと信じ込ませた上で、その後、銀行協会等を名乗る犯人から電話があり、「キャッシュカードを取りに行く」「手続きのため暗証番号を教えてほしい」などと情報を要求してきます。他にも、大手百貨店や家電量販店の店員などを名乗り「あなた名義のキャッシュカードで買物をした犯人がいます」という場合や、自治体職員を名乗り「コロナウイルスの関係で給付金が支給されます」などと電話をかけてくることもあります。いずれも自宅を訪れ、キャッシュカードをだまし取る手口です。具体的なやりとりは、「医療費(保険料)の払戻しがありまして、振り込みのためには今お使いのキャッシュカードを変更する必要があります。」「どうすればよいですか?」「のちほど、銀行協会の方から手続きについてお電話でご案内いたします。」「ありがとうございます。」「新しいキャッシュカードを作るので、今からキャッシュカードを自宅に取りに行きます。手続きのため暗証番号も教えていただけますか?」「わかりました。XXXXです。」といったものです。

その他、架空料金請求詐欺の認知件数は987件(899件、+9.8%)、被害総額は32.0憶円(32.3憶円、▲1.0%)、検挙件数は128件(315件、▲59.4%)、検挙人員は63人(75人、▲16.0%)、還付金詐欺の認知件数は1,733件(763件、+127.2%)、被害総額は19.7億円(10.4憶円、+89.4%)、検挙件数は243件(244件、▲0.4%)、検挙人員は51人(23人、+121.7%)、融資保証金詐欺の認知件数は85件(193件、▲56.0%)、被害総額は1.3億円(2.1憶円、▲38.1%)、検挙件数は11件(86件、▲87.2%)、検挙人員は8人(26人、▲69.2%)、金融商品詐欺の認知件数は18件(35件、▲48.5%)、被害総額は1.1億円(2.0憶円、▲50.0%)、検挙件数は7件(15件、▲53.3%)、検挙人員は8人(14人、▲57.1%)などとなっており、特にコロナ禍の社会情勢をふまえて「非対面」で完結する還付金詐欺の認知件数・被害総額ともに大きく増加している点がやはり懸念されます。

犯罪インフラ関係では、口座開設詐欺の検挙件数は342件(340件、+0.6%)、検挙人員は194人(222人、▲12.6%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,061件(1,237件、▲14.2%)、検挙人員は830人(1,021人、▲18.7%)、携帯電話契約詐欺の検挙件数は91件(111件、▲18.0%)、検挙人員は72人(94人、▲23.4%)、携帯電話不正利用防止法違反の検挙件数は11件(14件、▲21.4%)、検挙人員は6人(12人、▲50.0%)、組織的犯罪処罰法違反の検挙件数は63件(46件、+37.0%)、検挙人員は14人(13人、+7.7%)などとなっています。また、被害者の年齢・性別構成について、特殊詐欺全体では、男性26.5%:女性73.5%、60歳以上91.5%、70歳以上75.4%、オレオレ詐欺では、男性:女性=19.3%:80.7%、60歳以上97.2%、70歳以上94.6%、融資保証金詐欺では、男性:女性=75.0%:25.0%、60歳以上25.0%、70歳以上11.8%などとなっており、類型によってかなり異なる傾向にあることが分かりますが、概ね高齢者被害の割合が高い類型では女性被害の割合も高い傾向にあることも指摘できると思います。このあたりについては、以前の本コラム(暴排トピックス2019年8月号)で紹介した警察庁「今後の特殊詐欺対策の推進について」と題した内部通達で示されている、「各都道府県警察は、各々の地域における発生状況を分析し、その結果を踏まえて、被害に遭う可能性のある年齢層の特性にも着目した、官民一体となった効果的な取組を推進すること」、「また、講じた対策の効果を分析し、その結果を踏まえて不断の見直しを行うこと」が重要であることがわかります。なお、参考までに特殊詐欺被害者全体に占める高齢被害者(65歳以上)の割合について、特殊詐欺被害者全体に占める高齢(65歳以上)被害者の割合について、オレオレ詐欺96.6%(男性18.9%、女性81.1%)、預貯金詐欺98.6%(17.3%、82.7%)、架空料金請求詐欺47.1%(54.6%、45.4%)、還付金詐欺95.0%(25.1%、74.9%)、融資保証金詐欺15.8%(75.0%、25.0%)、金融商品詐欺55.6%(30.0%、70.0%)、ギャンブル詐欺29.7%(72.7%、27.3%)、その他の特殊詐欺33.3%(25.0%、75.0%)、キャッシュカード詐欺盗98.2%(19.3%、80.7%)などとなっています。

次に、特殊詐欺に限らず、国民生活センターに寄せられた消費生活相談の2020年の状況について紹介します。

▼国民生活センター PIO-NETにみる2020年度の消費生活相談の概要
▼報告書本文
  • この概要は、「全国消費生活情報ネットワークシステム(PIO-NET:パイオネット)」によって収集した2020年度の消費生活相談情報をまとめたものです(対象データは、2021年5月末日までにPIO-NETに登録された苦情相談)。
  • PIO-NET(パイオネット:全国消費生活情報ネットワークシステム)とは、国民生活センターと全国の消費生活センター等をオンラインネットワークで結び、消費生活に関する相談情報を蓄積しているデータベースのこと。2008年度以降は、消費生活センター等からの経由相談は含まれていません。
  • 2020年度の傾向と特徴
    • 2020年度の相談件数は939,343件で、2019年度(939,575件)とほぼ同じ件数であった。
    • 「架空請求」の相談は、2017年度と2018年度は20万件を超えたが、2019年度は9万件、2020年度は2.8万件と大幅に減少した
    • 2020年度は新型コロナウイルスに関連する相談が79,839件寄せられた。
    • 2019年度と比較して増加が目立ったものとして、インターネット通販で商品が届かないなどのトラブルがみられる「他の保健衛生用品」(マスク)、「他の医療機器」(体温計やパルスオキシメーター)、「紳士・婦人洋服」、定期購入などのトラブルがみられる「健康食品」や「化粧品」、火災保険で住宅修理ができると勧誘する火災保険申請サポートなどのトラブルがみられる「他の役務サービス」、水回りの修理において広告表示を大幅に上回る高額な料金を請求されたなどのトラブルがみられる「修理サービス」がある。
    • 新型コロナウイルスの影響で、特別定額給付金などの申請、手続きなど行政サービスに関する相談、結婚式の解約や延期による解約料などの請求に関する相談がみられる。
    • 70歳以上の相談の割合は1%と依然として全年代で最も多い一方、20歳未満、20歳代、30歳代、40歳代、50歳代の割合が増加している。
    • 販売購入形態別では、「通信販売」に関する相談の全体に占める割合が最も高く、2013年度以降同様の傾向にある。2019年度の9%から大幅に増加し、2020年度は39.7%で、「インターネット通販」に関する相談が多くみられる。
    • 「訪問販売」「電話勧誘」「訪問購入」は70歳以上の相談が多く、「マルチ取引」では20歳代の相談が多かった。
    • 契約購入金額は合計金額3,401億円、平均金額73万円であり、既支払金額は合計金額1,120億円、平均金額29万円であり、2019年度に比べ合計金額、平均金額ともに減少した。
    • 販売方法・手口別にみると、増加傾向にある「テレビショッピング」では70歳以上の高齢者から健康食品、化粧品、医薬品類に関する相談、「ネガティブ・オプション」では海外から注文した覚えのないマスクが届いたという相談、「代引配達」では洋服やかばんに関する相談がみられる。

本コラムでは、コロナ禍における事業者救済のための「持続化給付金」制度の悪用について継続的に取り上げています。2021年7月15日付毎日新聞によれば、不正受給の疑いがある申請が1万件を突破する見通しだといいます。大半はフリーランスを含む個人事業主による申請で、経済産業省は悪質なものについては原則全てを詐欺容疑で刑事告発するほか、返還に応じない人などは氏名や所在地を公表していくということです。不正の大半が個人事業主による申請で、申請に添える確定申告書を偽造したり、架空の売り上げ台帳を作成したりする手口が中心で、警察庁によれば、7月10日時点ですでに1,306件を摘発し、被害額は約13億円に上るといいます。経産省は警察庁と不正受給の手口や申請者情報を共有するなどして、不正が疑われるケースを洗い出してきた結果、不正受給が濃厚な件数が1万件を超える見通しとなり、今後さらに増える可能性もあるということです。善意の制度を悪用し税金を詐取したことは極めて許せない犯罪であり、軽い気持ちで加担した者も含め厳格な対応を求めたい一方で、「性善説」に基づいた申請やチェック体制が脆弱性なまま制度を運用したさまざまな不備が犯罪を助長したともいえます。迅速な対応が求められる場面とはいえ、今後は、より厳格な手続きで効率よく処理できる方法を早急に確立する必要があります。また、2021年8月5日付毎日新聞では、「補助金ビジネス」について取り上げられていました。持続化給付金の悪用ビジネスとは異なりますが、悪質な事業者の存在など、その構図等について、以下に抜粋して引用します。

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、政府は中小企業向けの補助金事業に巨額の予算を投入。企業の補助金申請をサポートして報酬を稼ぐ民間コンサルタントや中小企業診断士などは、この機を逃すまいと補助金獲得を競っている。採択を勝ち取った6件の中には、大手のコンサル会社の下請けとして引き受けた案件も含まれる。補助金バブルで実績のある大手には、さばききれないほどの依頼が殺到しており、一定額の報酬で中小企業診断士らに下請けに出している。「2次、3次と下請けに回され、それぞれ報酬が中抜きされる」という。こうしたビジネスの広がりを後押ししているのが、中小企業庁による補助金の制度設計だ。再構築補助金では、企業が「認定経営革新等支援機関」とともに事業計画を策定することを申請要件としている。中小企業が独力で詳細な計画を作り上げるのは難しいためだ。中小企業庁によると、一部には「私に頼まないと絶対に受からない」などと強引な勧誘をする悪徳業者も存在するといい、窓口を設置して悪質な事例について報告を求めている

持続化給付金等の給付金や支援金の不正受給を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 新型コロナウイルスの影響を受けた中小企業などを支援する国の家賃支援給付金詐欺事件で、東京地検は、詐欺罪で、いずれも経済産業省キャリア官僚を起訴しています。報道によれば、虚偽の内容で給付金を申請し、今年1月ごろに約549万円を詐取したとして2人を逮捕、神奈川県の実家など計3カ所を「新桜商事」の事務所として給付金を申請したといいます。同社はペーパーカンパニーとみられ、家賃として月額計約200万円を支払っていると申告、被告が申請の実務を担当し、2人は申請に使用した可能性がある電子データの一部を給付金受領後に廃棄していたようです。給付金の大半は被告が高級時計やブランド品の購入などに使ったとみられています。さらに、2人が設立した2法人の口座に、ほかにも給付金計約800万円が振り込まれていたことが判明しています。前述の新桜商事と同じ2019年11月設立のコンサルティング会社の口座にも今年初めごろ、家賃支援給付金約600万円が入金されていたものです。同社には給付金以外にも出入金があるといいます。なお、経済産業省は、逮捕・起訴された2人を懲戒免職処分にしたと発表しています。
  • 持続化給付金をだまし取ったとして、岐阜県警捜査2課と関署などは、詐欺の疑いで、自称仲介業の男と自称無職の男を逮捕しています。容疑者は事件当時、同県内の消防本部の消防士として勤務していたといい、給付金の受給資格がない容疑者の名義で、中小企業庁がインターネット上に開設した同給付金申請HPに虚偽の内容を入力し、容疑者名義の口座に100万円を振り込ませた疑いがもたれています。2人は高校の先輩後輩の関係で、自称無職の男が消防士に申請方法を教えていたということです。無職の男は別の持続化給付金詐欺事件に絡み、すでに詐欺容疑で逮捕されていました。

次に特殊詐欺を巡る最近の報道から、新たな手口などを中心にいくつか紹介します。

  • 80代の女性から現金700万円などをだまし取ったとして特殊詐欺グループの「現金回収役」の男が逮捕され、報道によれば、「60回くらい現金を運んだ」と供述しているということです。容疑者は、仲間と共謀し埼玉県三郷市に住む80代の女性に警察官を装って電話をかけ、「自宅にある現金に偽札が混ざっているので警察官に渡す必要がある」などとうそを言って現金700万円などをだましとった疑いがあり、容疑者は特殊詐欺グループの現金回収役で、別の事件で逮捕されていた「受け子」の捜査から関与が浮上したということです。
  • 今年上半期に高知県内で発生した特殊詐欺は11件(昨年同期比▲6件減)、被害総額は約1,458万円(▲約1,269万円)に上るといいます。件数・金額ともに前年同期より減少したものの、手口は年々巧妙・多様化しており、予断を許さない状況が続いているといいます。報道によれば、手口別の内訳は、架空料金請求詐欺5件(被害総額約536万円)、融資保証金詐欺4件(457万円)、還付金詐欺(200万円)1件、キャッシュカード詐欺盗(266万円)1件で、被害者の年齢層は10~80代と幅広いということです。多くの詐欺で入り口となるのが、携帯電話宛てに届く不審なメールや自宅の固定電話などにかかる予兆電話で、上半期に高知県内で認知された予兆電話は92件、不審なメールは79件に上っており、高知県警は「電話でもメールでも、金銭を要求されたら極めて詐欺の可能性が高い。不審な電話やメールはすぐに警察に相談してほしい」と注意を呼びかけています。
  • 2019年にフィリピンで日本人の特殊詐欺グループの拠点が摘発された事件で、警視庁捜査2課は、いずれも住所・職業不詳の23~58歳の日本人8人を窃盗容疑で逮捕し、日本に移送しています。これで同年11月にフィリピン入管当局が不法滞在の疑いで拘束した日本人36人すべてが逮捕・移送されたことになるとのことです。報道によれば、この詐欺グループはビルの2フロアを電話の「かけ場」として使っていたといい、役割ごとにランク分けされ、立場は下から「一線」「二線」「三線」と呼ばれていたようです。一線と二線は警察官や財務省職員を装って被害者に詐欺の電話をかけ、三線は、キャッシュカードを被害者宅などに取りに行く「受け子」に電話で指示する役割だったといいます(コンプライアンス・リスク管理における「三線管理(スリーライン・ディフェンス)」を想起させますが、意味合いは全く異なるものの、詐欺グループの組織性の高さの一端をうかがうことができます)。なお、成果を上げれば、フィリピン国内のリゾート地への旅行がプレゼントされたほか、上位の階級に上がることができる仕組みだったといい、摘発を免れるため、フィリピンで拠点を変えながら電話をかけていたようです。
  • 4か月で元本が5倍になると偽り、暗号資産の運用名目などで現金をだまし取ったとして、愛知県警は、投資ファンド「OZプロジェクト」の中心的運営者ら同ファンドに関係する男4人を詐欺容疑で逮捕しています。ファンド関係者を相手取った民事訴訟の資料によると、全国の約2万人から約70億円を集めたようです。報道によれば、4人は2017年、人工知能(AI)で複数の暗号資産を運用するとうたい、「4か月後に元本の2.5倍を暗号資産として還元する」、「月利は最大62.5%」などと偽って騙し取っていたものです。暗号資産を巡るトラブルは現在も相次いでおり、国民生活センターなどが安易な出資に注意を呼びかけています。同センターによると、暗号資産に関する相談は、ビットコインなどの暗号資産の価値が高騰し、会社員や学生などに投資が広がった2017年度に2,910件と前年度の847件から急増、2020年度も3,337件と高止まりが続いています。特に若者からの相談増加が目立ち、全相談件数に占める30歳未満の割合は、2017年度の12.6%から、2020年度は24.7%に倍増、マッチングアプリなどのSNSを通じた勧誘がきっかけで、暗号資産の投資運用を始める若者が増えたとみられています
  • 銀行口座を不正に開設し、キャッシュカードを他人に譲り渡したとして、宮城県警は、古川署地域課巡査長を詐欺と犯罪収益移転防止法違反の疑いで逮捕しています。県警はカードが詐欺グループに渡った可能性があるとみて調べているということです。第三者に譲渡する目的を隠して3銀行の口座を開設し、キャッシュカード3枚を東京都内に郵送したというもので、容疑者はSNSで現金の配布をうたうキャンペーンを見つけて応募したところ、SNSを通じ口座開設を依頼されたということです。口座には1回あたり数十万円の取引が数回あったといいます。警察官が特殊詐欺などの犯罪に悪用されることを知らないはずもなく、犯罪行為である口座の売買に手を出すこと自体、大変由々しき問題だといえます。
  • 福岡都市圏の高齢者宅に大手家電量販店の従業員や警察官をかたり、預金通帳などをだまし取ろうとする不審な電話が20件相次ぎ、うち3件は実際に被害が出ており、福岡県警が注意を呼びかけているといいます。報道によれば、不審電話はいずれも県警春日署と東署の管内で確認され、どの電話も最初は、ヨドバシカメラの従業員をかたる男が「(あなたは)店で40万円の商品を購入したことになっている。購入していなければ被害に遭った可能性があるので警察に届け出る」と連絡、その後、警察をかたる別の男が「(被害に遭っているので)通帳の口座番号と暗証番号を教えて。警察官を自宅に向かわせる」と伝える手口ということです。
  • 兵庫県加古川市の70代の男性が、「弁護士費用の名目で約3,560万円をだまし取られた」と加古川署に届け出ています。男性の携帯電話に「サイト利用料の未払いがある」とメールが送られてきたため、記された番号に電話すると、電話会社の社員を名乗る男が「あなたの携帯電話から他人の個人情報が漏れた。その人たちが裁判を起こそうとしている」などと話し、弁護士費用を要求、男性は指示に従い、同市内の金融機関のATMから約2カ月間で56回に分けて計約2,560万円を振り込んだほか、実在しない個人データ保護協会の職員を名乗る男にも、同じ名目で2回に分けて計約1,000万円を手渡していたといい、電話会社を名乗る男と連絡が取れなくなり、だまされたことに気付いたという。
  • 仲間と共謀して架空請求の電話をかけ、岐阜市の高齢女性から現金1,550万円をだまし取った疑いで男が逮捕されています。被害者にかかってきた電話は、「あなたがお客様番号を他人に教えたことで問題になっている」、「問題を解決するためには保証金を払ってもらわないといけない」、「後でお金は返ってくる」などという虚偽の内容だったといいます。
  • 米国籍の女性を装い、SNSで知り合った男性2人から現金約240万円をだまし取ったとして、大阪府警が会社役員ら男女3人を詐欺の疑いで逮捕しています。交際相手のように振る舞って恋愛感情を抱かせ、金銭を要求する手口は「国際ロマンス詐欺」で、3人は各地の男女55人から総額約1億2,000万円を詐取していた疑いがあることも判明、このうち6,000万円超はアフリカのガーナを拠点とする国際犯罪グループに送金された形跡が確認されており、府警は実態解明を進めているといいます。国際ロマンス詐欺によって不正に収奪された犯罪収益が日本の金融機関によってマネー・ローンダリングされたともいえ、二重の意味で問題の深刻さを痛感させられます。
  • 大分県警別府署は、別府市の80代の女性がオレオレ詐欺で200万円をだまし取られたと発表しています。報道によれば、息子をかたる人物から「オレオレ。喉の手術で声が変わった。財布を盗まれた」と電話があり、財布に入っていたキャッシュカードが無断で使われているとだまされ、自宅前に来た女に金を手渡したといものです。別居する長男が女性宅を訪れて発覚したということです。別府署は「『声が変わった』は詐欺の手口。まずは警察に相談してほしい」と呼びかけています。

さて、還付金詐欺の被害が急増する中、ATMの操作方法を犯人が携帯電話で指示することに着目した対策に警視庁が乗り出しています。報道によれば、昨年10月、警視庁が東京都内5カ所の無人ATMに、全国で初めて微弱な電波を発して携帯電話の通話を遮断する装置を設置、通話そのものをできなくさせることで、犯人と被害者との連絡を絶つのが狙いだといいます。なお、実際、この装置で被害を防いだ例も複数出ており、今年7月には70代女性が詐欺グループから現金を振り込むよう指示されたが、ATMコーナーでは携帯電話がつながらず、コーナーを出たり入ったりしていたところ、この様子を不審に思った通行人が110番し、被害を免れたということです。警視庁は「コロナ禍の経済対策で国から現金が振り込まれるケースが多くなり、還付金詐欺が増えた可能性がある」と指摘、「病院などと同様、ATM付近でも通話しないという認識が浸透するよう周知を図る」と話しているといいます。

本コラムでは、特殊詐欺被害を防止したコンビニエンスストア(コンビニ)や金融機関などの事例や取組みを積極的に紹介しています(最近では、これまで以上にそのような事例の報道が目立つようになってきました。また、被害防止に協力した主体もタクシー会社やその場に居合わせた一般人など多様となっており、被害防止に向けて社会全体の意識の底上げが図られつつあることを感じます)。必ずしもすべての事例に共通するわけではありませんが、特殊詐欺被害を未然に防止するために事業者や従業員にできることとしては、(1)事業者による組織的な教育の実施、(2)「怪しい」「おかしい」「違和感がある」といった個人のリスクセンスの底上げ・発揮、(3)店長と店員(上司と部下)の良好なコミュニケーション、(4)警察との密な連携、そして何より(5)「被害を防ぐ」という強い使命感に基づく「お節介」なまでの「声をかける」勇気を持つことなどがポイントとなると考えます。まずは、金融機関の事例を紹介します。

  • 「国際ロマンス詐欺」を未然に防いだとして、北海道警旭川中央署は、北洋銀行旭川中央支店の佐藤さんと同支店に感謝状を贈っています。市内の60代女性が「友達の男性のためにATMで15,000ドル(約150万円)を振り込みたい」と支店の窓口を訪れたところ、ドル建ての振り込みなのに、指定された振込先の口座が国内の金融機関のものだったことから、佐藤さんは疑念を抱いたといいます。そこで、女性をATMに案内して順番を待つ間、この振り込みを頼まれた経緯などを尋ねると、女性が「フェイスブック(FB)でイラクにいる軍医を名乗る外国人男性と知り合い、ラインでやり取りする中で現金を送るよう頼まれた」と話したため、佐藤さんは「これは詐欺ではないか」と思い、上司に相談、支店が警察に通報し、女性は被害を免れたというものです。「ドル建て送金」「国内口座」「FB」「軍医」など国際ロマンス詐欺に関連するキーワードが並んでおり、すぐに詐欺を疑い、適切な対応ができたものと評価できます。
  • 茨城県警筑西署は、ニセ電話詐欺を防いだとして、筑西市の常陽銀行明野リテールステーションと係長の木村さんに感謝状を贈っています。60代の女性客がATMの前でインターホンを取ろうとした様子に気付き、「どうかなさいましたか」と声を掛けたところ、「市役所から電話で、介護保険の戻り(還付金)があるのでATMで受け取ることができると言われた」という女性の話を聞き、木村さんは詐欺と確信して「市役所に一緒に確認しましょう」と説得、報告を受けた上司が署に通報したものです。還付金詐欺の典型ですが、「市役所に一緒に確認しましょう」という説得は、(詐欺ではないですか?確認してはどうですか?とするよりも)頑なな高齢者に対して有効ではないかと感じます。
  • 宝くじの当選情報提供をうたった特殊詐欺被害を防いだとして、富山県警黒部署は、富山第一銀行黒部支店と同店の職員3人に感謝状を贈っています。70代の男性が同店を訪れ、「24万円を振り込みたい」と申し出たため、窓口係の行員が詐欺の可能性が高いと判断し、上司らに報告、3人で連携して男性を説得するとともに同署に通報し、被害を未然に防いだというものです。男性はロト7の高額当選情報を受け取るために24万円が必要だという内容が書かれた郵便物を受け取り、振り込みをしようとしたとみられるといいます。こちらも典型的な手口となりますが、「宝くじの当選情報」という平時ではおかしいと気付くようなことでも、思い込みというバイアスによって正常な判断ができなくなる怖さもあらためて痛感させられます
  • 栃木県警那須烏山署は、特殊詐欺を未然に防いだとして、栃木銀行烏山支店の支店長代理の男性に感謝状を贈っています。支店長代理は、60代の男性に応対、男性が「SNSで知り合った人から3億円が送られてくるので、口座を開設したい」と話したため、詳しく聞くと「『海外の病院に入院し余命が少ない親友から託された。慈善のために使ってほしい』と書いてあった」と説明したといいます。男性は後日再度来店し、「3億円を手にするためには追徴課税412万円が必要」などと話したことから詐欺を疑い、同署に通報したというものです。最初の話の時点である程度疑いが生じたものと思われますが、口座開設の理由として妥当だったかどうかはやや悩ましいところです。ただし、後日の来店実際の被害を防止できたという点ではこのような対応も適切だったと評価できると思います(実際、この支店長代理は、「最初の段階で怪しいと思ったが、一般的な特殊詐欺のケースとは違うので慎重に対応した。対話の重要性を感じた」と話しているということです)。
  • 福岡県警大牟田署は、大牟田柳川信金の支店次長と職員を「ニセ電話気づかせマイスター」に認定したということです。報道によれば、今年4月と7月、言葉巧みに現金などをだまし取る「にせ電話詐欺」を未然に防いだといいます。マイスターは、詐欺防止に取り組む企業や団体「ニセ電話気づかせ隊」のうち、実際に2回、詐欺を防いだ人を県警が任命し、指導役を果たしてもらうものだといいます。2人を含め県内に60人、大牟田署管内では7人となっています。本コラムでも、複数回被害を防止した行員が登場しますが、リスクセンスが鋭敏な方の着眼点など共有することは、全体の底上げにつながるよい取組みだといえます
  • 高齢女性の特殊詐欺被害を連続して防いだとして、熊本県警熊本南署は、郵便局職員らに感謝状を贈っています。貯金窓口業務が終了する午後4時になる直前に、高齢女性が郵便局に駆け込んできて、電話番号を書き留めたメモを手に「市の職員から電話があり、『介護保険料の還付金を振り込むから、ATMに行って』と言われた」と話したため、応対した職員は上司から「詐欺だ」と指摘を受け、女性にATM操作をしないよう説得したということです。2日後の窓口が閉まる直前にも、別の70代女性が電話番号を書いたメモを持参して同じ話をし、「『今日中にATMに行って』と言われた」と語ったため、説得して思いとどまらせたというものです。同じ手口のため同一詐欺グループの犯行と推測されますが、「業務終了間際のATM」がポイントで、「急がせ、慌てさせることで、冷静を失わせる狙い」があるのではないかと考えられます。
  • 高齢女性が詐欺被害に遭うのを未然に防いだとして、大阪府警都島署は、都島内代郵便局に感謝状を贈っています。大阪市城東区の80代の女性が携帯電話で話しながら訪れたのを不審に思った女性職員が声をかけたところ、医療費などの返還をかたって金をだまし取る「還付金詐欺」と判明、別の男性職員が電話を代わり、被害を食い止め、同署に通報したというものです。「電話を代わり」という一歩踏み込んだ対応がポイントとなりますが、やはり勇気ある行動だと評価したいと思います(筆者もかなり前ですが、詐欺電話に直接対応した経験があります。怒鳴られるなどかなり恐怖を感じました)

次にコンビニの事例を取り上げます。

  • 「詐欺ではない」と信じ切って電子マネーを購入しようとした高齢女性に粘り強く声を掛け、架空請求詐欺の被害を防いだとして、兵庫県警西宮署は、セブン-イレブン西宮マリナパーク店に署長感謝状を贈っています。報道によれば、70代くらいの女性が来店し、レジの従業員に「仮想通貨のビットキャッシュを買いたい」と申し出たため、店長が「詐欺がはやっているみたいなので、念のために警察に相談してみますね」と110番したというものですが、実はこの1週間で女性が電子マネーを買いに来るのはこれで3度目、3万円分の電子マネーを2回購入した女性だったからだといいます。前日、警察官が店に買い物に来た際に「こんな女性がいまして。詐欺じゃないか心配なんです」と相談すると、警察官は「次来られたら、念のため110番してください」と応じてくれた経緯があり、「何度も『詐欺じゃない』と否定され、3度目となれば尻込みしかねなかったけど、警察に相談しやすい状況があって助かった」と話しています。さらに、記事によれば「駆け付けた西宮署員から説明を受け、初めて詐欺と気付いた女性は、ショックを受けた様子で「ありがとうございました」とだけぽつり。とぼとぼと店を出て行った」ということです。また、同じような事例として、高齢者の特殊詐欺被害を防いだとして兵庫県警三田署は、JA兵庫六甲藍支店の支店長と窓口担当職員に署長感謝状を贈ったものがありました。報道によれば、同店の窓口に80代の利用者男性がやってきて、「定期預金を解約して、200万円を現金で持って帰りたい」と。「男性は通帳だけを持ち、違う方向を見ていて目が合わない。動揺した様子に職員はぴんときた。「息子が病院で、仕事の大事な書類を入れたかばんを盗まれた。会社への損害賠償のためにお金が必要なんや」確信に変わった。すぐに支店長を呼んだ。「詐欺かもしれません。息子さんに携帯で確認しましたか」と尋ねても「してる、分かってる」を繰り返すばかり。「詐欺?わしはそんなんかからへん。息子が待っとんねん、はよせえ」と。何にもなかったらそれはそれでいい、と覚悟を決めて告げた。「警察を呼ばせてもらいます」…という事例です。いずれも、詐欺だと気付けない当人に対して、詐欺だと気付いた周囲が毅然と、勇気ある行動を取ることの重要性と、警察に説明されるまで気付けない高齢者への対応の難しさも感じさせる事例です。
  • 徳島県警徳島中央署は、コンビニで架空料金請求詐欺を未然に防いだとして、アルバイト店員の県立高3年の17歳の女子生徒2人に感謝状を贈っています。女子生徒の1人は、徳島市のファミリーマート徳島幸町店で、70歳代男性が慣れない様子で6万円分の電子マネーを購入しようとするのを不審に思い、事情を聞き、話を聞いた女子生徒が警察に通報する間、もう一人の女子生徒が男性を説得して思いとどまらせたというものです。報道によれば、通報した女子生徒は「他のお店でも同じようなことがあったと聞いていたので気付くことができた」とコメントしており、本人の意識の高さはもちろん、特殊詐欺に関する情報をアルバイト店員に至るすべての関係者に共有することの重要性も痛感させられます
  • ニセ電話詐欺の被害を防いだとして、茨城県警は結城市と阿見町のコンビニ店長と店員に感謝状を贈っています。いずれも2度目の「お手柄」だといいますが、阿見町の店員は感謝状を受け取った日に再度、被害を防いだということです。報道によれば、ファミリーマート店員の女性は、80代の男性から電子マネーカードの購入方法を尋ねられたため、用途を確認したところ、男性が「パソコンのサポートサービス代に使う」などと答えたことから詐欺の手口を説明した上で、牛久署に通報したといいます。女性は7月に高齢男性の詐欺被害を防いだとして、約2時間前に同署から感謝状を受け取ったばかりだったといいます。同店では詐欺被害防止に向け、来店客への注意喚起を徹底しており、女性は「話を聞いて前回と手口が全く一緒だと気付いた。お客さんの話に耳を傾けたことで未然に防げた」と話しており、日頃からの情報共有や注意喚起、高い防犯意識を持った接客が未然防止につながったものと評価できます。

最後に、一般人の見事な対応の事例を取り上げます。違和感を感じとることができるリスクセンス、お節介なまでの意識の高さと行動力など、大変参考になります。前述のとおり、警察庁は「ATMでたまたま居合わせた一般の人も、気になるお年寄りがいたらぜひ声をかけてほしい」と訴えていますが、ATMに限ったことではなく、特殊詐欺の被害者となるのが圧倒的に高齢者が多いという事実をもっと広く周知し、「気になるお年寄りには声をかけてみる」動きを拡げていきたいものです

  • 2021年8月9日付朝日新聞の記事で、「神戸市長田区の商業施設にある2台のATMの一方を、70代の女性が操作していたところ、順番待ちの列にいた2人は、互いに面識はなかったものの、同じお年寄りの女性が気になっていたといいます。女性はまごついた様子で、かばんの中をごそごそしており、手元では携帯電話が何度も鳴り、たまに電話に出ては、会話をしている。女性が電話で伝えたのは、口座の残高。相手が家族であっても、残高のやりとりをするのはおかしい。女性の電話を手に取り、電話の相手に「いくら振り込むのですか」と聞いた。すると、若い男の声が返ってきた…ATMに備え付けの電話で、2人は銀行を通じて警察に通報。駆けつけた警察官の姿を見て、女性はやっと状況をのみこんだようだった」というものがありました。面識のない2人の連携の見事さもさることながら、その背景には「困っている老人を助けたい」という共通の気持ちがあったものと考えられます。
  • 詐欺被害を防いだとして埼玉県警川越署は、いずれも川越市のギター職人の男性と内装業の男性に感謝状を贈っています。ギター職人の男性が自宅アパート2階の廊下で仕事をしていたところ、路上で紙袋を持った80代の女性が携帯電話を若い男に渡すところを目撃、不審に思った男性が近づいて女性に声をかけると、男は逃走、そばで作業をしていた内装業の男性に男を追いかけるよう依頼し、ギター職人の男性が110番したというものです。男は見つからなかったものの、2人が事情を尋ねたところ女性は「息子が金が必要と言っていて、渡してもらうことになっていた」と話し、袋には現金1,200万円が入っていたといい、被害を防ぐことができたということです。なお、内装業の男性は「身近に詐欺被害に遭った人がいたので、詐欺は許せないと思っていた」と話しており、やはり面識のない2人の連携の見事さと「騙されている老人を助けたい」という強い思いが未然防止につながったといえます。
  • 特殊詐欺の被害者から現金を受け取る「受け子」を務めたとして、警視庁は住居・職業不詳の容疑者を詐欺容疑で逮捕しています。被害者がスマホで撮った写真が容疑者特定につながったといいます。被害男性は、1度は現金を男に渡したものの、弟との関係や現金の使い道があいまいだったため取り返し、直後にスマホで男を撮影、男は逃げたといいます。警視庁は写真を店周辺の防犯カメラの映像と照合、さらに沿道のカメラ映像で逃げた男を追い、特定したということです。被害者自身のとっさの機転の見事さと、写真と防犯カメラ映像との照合で犯人を特定していく警察の捜査手法の確かさなどを痛感させられる事例です。

(3)薬物を巡る動向

コカインを使用したとして、警視庁麻布署は、いずれも東京五輪・パラリンピックのために来日していた22~46歳の電気技師で米国籍と英国籍の男4人を麻薬取締法違反容疑で逮捕したと発表しています。報道によれば、4人は産業用発電機を扱う企業の同僚で、東京五輪・パラリンピックの競技会場で使用する発電機の設置や保守業務のため今年2~5月に入国していたといいます。大会組織委員会は、「事実であれば、決してあってはならず、大会をも傷つけるもので、誠に遺憾」とコメントしています。

近畿大学は、部員の大麻使用問題が発覚し、昨年10月から無期限活動停止となっていたサッカー部について、8月からの活動再開を発表しています。大学は昨年10月に問題を公表して活動停止とした上で、今年2月、自ら購入して他の部員に広めた部員1人を退学、他に使用した部員7人を停学にするなどしています。大麻を使用していない学生やスタッフが早く活動再開できるよう求める3,000人の署名が昨年、集まっていました。以下、同大のリリース文から抜粋して引用します。

▼近畿大学「本学体育会サッカー部の活動再開について」(2021年7月30日)
本学体育会サッカー部は、部員による大麻使用が発覚したことで令和2年10月1日から無期限で活動を停止しておりましたが、この度、令和3年8月1日付で活動を再開することをご報告いたします。

活動停止期間中には、薬物の危険性をあらためて理解し、再び同じ事態を起こさないために、部員全員に対して様々な研修を実施するとともに、部員たち自らの発案で本学附属高等学校・中学校サッカー部の練習サポート活動などを行いました。こうした取り組みを通じて、部員全員が今回の件を十分に反省していることを確認しました。

大学としては、学生たちの真摯な反省を受けとめ、活動再開に備えた努力に応えるべく、サッカー部の活動再開を認めることといたしました。

本学は「近畿大学体育会スポーツ憲章」の中で、大学スポーツにおけるアスリートのあるべき姿を、「競技者たる品位と礼節を重んじ、種々の法令を遵守し、モラルを尊重する姿勢の下に、すべての学生の範となることを目指します」と定めています。今後、サッカー部がクラブ活動はもちろんのこと、日々の生活態度においても他の学生の模範となるように努力し続けることで、本事案で失われた信頼を取り戻し、再びサッカーファンをはじめ多くの方々から愛される存在となれるよう、引き続き研修等を通じて指導してまいります。

また、参考までに、最近の薬物の末端価格について紹介しておきます。2021年1月25日付日本経済新聞によれば、「末端価格は警察庁で決めている」とのことであり、「警察庁薬物銃器対策課の担当者によると、末端価格算出の基にするのは、検挙した薬物事件の容疑者が供述した購入価格。各都道府県の検挙で得られた価格情報を1年ごとに警察庁が集約し、その平均値を末端価格としているという。毎年、警察庁が3月中旬~同月末頃に最新の末端価格を各都道府県警に通達し、各地の捜査機関などはこれを基準にして押収薬物を「末端価格○万円相当」などと発表している」ということです。ちなみに主な薬物の最新の末端価格(1グラムあたり/MDMAとLSDは1錠あたり)は、覚せい剤64,000円、ヘロイン30,000円、コカイン20,000円、大麻樹脂7,000円、乾燥大麻6,000円、MDMA4,000円、LSD4,000円となっています。

では、最近の薬物に関する国内の報道から、いくつか紹介します。

  • 2020年の大麻取締法違反容疑による山口県内の検挙者数が15人(前年比+11人増)と過去10年間で最多となっており、検挙者は近年増加傾向で、特に20代以下の若者が目立つといいます(15人のうち20代以下は11人(前年比+8人)で、多くはSNSを通じて大麻や栽培に使う種を購入していたようです)。SNSの普及で入手しやすい状況があり、また大麻に関する誤った情報が流れていることが背景にあることは本コラムでも指摘しているところですが、報道によれば、山口県は若者の利用が多いツイッターで大麻の違法性を警告する動画の配信を始めています。山口県内でツイッター利用時に「大麻」などの言葉や、「野菜」(大麻)や「手押し」(対面取引)などの隠語を使って投稿や検索した人を対象に自動的に約20秒の動画が流れるものだといいます。
  • 昨年、福井県内で大麻取締法違反の疑いで摘発された人数は22人に上り、過去10年で最多だったといいます。報道によれば、30代以下の若年層が6割超を占めており、「仲間外れ」を恐れて誘いを断れないケースも目立ち、県警は「どんな理由であっても、必ず検挙する。誘われても絶対に断って」と呼びかけています。また、専門家は、「大麻は依存性や、幻覚作用がある」と危険性を指摘、海外で合法となっている国があることについては、「大麻の使用が横行し、医療や警察に費やすコストを減らすために仕方なく解禁している地域もあり、安全だから合法なのではない」と警鐘を鳴らしています。このあたりは、本コラムで以前から指摘した内容でもあり、より広くこのような「正しい知識」が若年層の間で浸透することを期待したいところです。
  • アメリカから大麻を密輸入しようとしたとして、愛知県警は、大麻取締法違反(営利目的輸入)などの容疑で計11人を逮捕し、名古屋地検に送検したと発表しています(うち7人は起訴済み)。また、中部空港税関支署は、11人のうち8人を関税法違反容疑で同地検に告発したと発表しています。密輸量は、中部地区で過去最大級ということです。報道によれば、7人は今年3月、アメリカから航空郵便で、乾燥大麻約3,940グラム(末端価格約2,360万円)を密輸入しようとした疑いがあり、また、暴力団組員ら4人は5月、関西空港着の航空貨物で、液状大麻約7,910グラム(末端価格約4,750万円)を密輸入しようとした疑いがあるといいます。愛知県警は、両事件は同一人物が指示したとして、同容疑で指示役の逮捕状を取り、行方を追っているといいます。
  • 覚せい剤を密輸したとして、警視庁は、群馬県伊勢崎市の職業不詳の男らベトナム人の男2人を覚せい剤取締法違反(営利目的共同輸入)容疑で再逮捕したと発表しています。報道によれば、2人は、ナッツ缶12缶に隠した覚せい剤計約10キロ(末端価格約6億4,000万円)を米国から東京都台東区のビル一室に航空便で送らせ、営利目的で輸入した疑いがもたれています。税関検査で見つかり、警視庁が7月に麻薬特例法違反(規制薬物としての所持)容疑で逮捕していたもので、警視庁は背景に米国のベトナム人組織が関与しているとみて、調べているということです。
  • 日本相撲協会は、十両貴源治関=常盤山部屋=が大麻を使用したことが判明したと発表しています。「『貴源治が大麻を使用しているのではないか』といううわさ話が力士らの間で交わされている」という情報が協会事務所に入り、コンプライアンス部長が面談した際には、大麻成分が含まれるオイルやグミを摂取していると説明し、「そういったことから、うわさ話が出たのではないか」と述べ、使用を否定したものの、尿検査で陽性反応が出て、大相撲名古屋場所中に大麻たばこ1本を吸ったと認めています。八角理事長(元横綱北勝海)は協会コンプライアンス委員会に事実関係の調査と処分意見の答申を委嘱、警察の捜査に全面的に協力しながら、処分を検討するとしています(その後、賞罰規定で最も重い解雇処分を科しています)。なお、角界での大麻事案は、2008年に検査で陽性反応を示し、解雇処分を受けた元小結露鵬らの例があります。
  • 公務員の逮捕事例も後を絶ちません。(1)大麻とみられる違法薬物を譲り受けたとして、岩手県警は、県警事務職員を麻薬特例法違反(譲り受け)容疑で逮捕しています。密売人からインターネットで購入した違法薬物を自宅で受け取ったというもので、他県警からの情報提供で発覚しています。首席監察官は「社会を挙げ薬物乱用防止に取り組む中、県民の信頼を損ない誠に申し訳ない」と謝罪しています。また、(2)名古屋地検豊橋支部は、自宅で覚せい剤を使用したなどとして、覚せい剤取締法違反の罪で、元愛知県警巡査部長を起訴しています。愛知県警が昨年10月、知人に覚せい剤を所持させて事件をでっち上げたとして、懲戒免職処分にしていました。報道によれば、愛知県豊橋市の自宅で、覚せい剤約6グラムを所持、使用したというものです。被告は愛知県警岡崎署地域課で勤務していた昨年2月、知人2人に微量の覚せい剤が付着した袋を所持させ摘発、適切な捜査だったとする虚偽の報告書を作成するなどしていました。さらに、(3)青森県警青森署と県警機動捜査隊は、むつ市の中学校教諭の男を覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで現行犯逮捕しています。報道によれば、青森市内のインターネットカフェの駐車場に止めた自家用車内に、ビニール袋に入った覚せい剤を所持した疑いがあり、車内からは注射器も見つかったといいます。署員が職務質問して発覚したものです(その後、使用も認め、懲戒免職処分となっています)。また、(4)勤務先の病院内で違法薬物を所持したとして、大阪府警が聖隷横浜病院の救急救命士の男を覚せい剤取締法違反(所持)と大麻取締法違反(所持)などの疑いで逮捕しています。男は、病院内の自分のロッカーに、覚せい剤約3グラム(末端価格約19万円)のほか、乾燥大麻と合成麻薬「MDMA」を隠し持った疑いがもたれており、「自分が使うために持っていた」と容疑を認めているということです。別の薬物事件の捜査で、関係先として男が浮上し、府警が病院内を捜索していたものです。
  • 大麻の栽培事例も複数ありました。(1)高知県黒潮町内の借家で大麻を繰り返し栽培・販売していたとして、麻薬特例法違反(業としての栽培・同譲渡)などに問われている夫婦の裁判員裁判が高知地裁で始まり、2人は初公判で起訴事実を認め、検察側は、大麻の販売で生計を立てていたなどと指摘しています。報道によれば、冒頭陳述で検察側は、2人は2015~2020年、計約4キロを約1,340万円で販売し、売り上げで生活していたことなどにふれて、悪質性を強調、一方、2人の弁護側はそれぞれ「更生しようとしている」などと主張しています。証拠調べでは、借家の2階の2部屋でそれぞれ、タイマー式の照明を用意したり、成長を促すCO2を発生させる薬剤も使ったりして明るさや環境を綿密に管理していたことを、検察側が説明しています。また、(2)自宅で大麻草を栽培したとして、神奈川県警磯子署は、大麻取締法違反(栽培)の疑いで、スタイリスト=同法違反(所持)容疑で逮捕、処分保留で釈放=を再逮捕しています。自宅室内で、大麻草15本を栽培したとしています。同署は容疑者を、大麻所持の疑いで現行犯逮捕しており、自宅を家宅捜索した際、大麻草と乾燥大麻約380グラム(末端価格約230万円)を押収したということです。容疑者は自らが使用する目的で栽培していたと供述、同署は大麻の入手ルートを含めて捜査を進めているということです。

最後に海外の薬物に関する報道から、いくつか紹介します。

  • 2020年の米国の薬物過剰摂取による死者が、過去最多の93,331人に達したということです。報道によれば、米疾病対策センター(CDC)の国立衛生統計センター(NCHS)が発表した暫定値で明らかになったもので、2019年の72,151人から約30%の増加となります。コロナ禍の中、感染抑制のためのロックダウン(都市封鎖)により治療が困難となったほか、社会的に孤立する人が増えたこと、合成オピオイドを配合したより強力な薬物が出回っていることなどが背景とみられています。昨年の薬物中毒死では、オピオイドが原因のケースが全体の7%を占め、2019年の50,963人から69,710人に増加したということです。フェタミンやコカインによる中毒死も増えており、薬物中毒死はコロナ禍発生の数カ月前から既に増加していたものの、最新の統計でコロナ禍によって増加が加速している状況が明らかになったといえます。1日当たりで見ると、現在は新型コロナより薬物過剰摂取による死亡のほうが多くなっている計算となり、「これは別種の危機であり、さほど速やかに終息することはない」と専門家は指摘しています。なお、オピオイド中毒に関して、米ニューヨーク州司法長官は、医療用麻薬「オピオイド」を含む鎮痛剤の中毒問題を巡る訴訟で、医薬品卸売大手3社が最大11億8,000万ドル支払い、同州および同州ナッソー、サフォーク両郡と和解することで合意したと発表しています。さらに、マッケソン、カーディナル・ヘルス、アメリソースバーゲンの3社と製薬大手ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)が計260億ドル(約2兆9,000億円)を各州や自治体に支払う和解案を公表しています。本コラムでも以前紹介しましたが、オピオイド系鎮痛剤は従来薬に比べ依存症の危険が少ないとして1990年代に売り出され、使用が急速に拡大したものの、その後、乱用による中毒問題が深刻化し、1999年~2019年の期間にオピオイド系の中毒による死者が50万人近くに達しています。危険性の周知を怠ったなどとして製薬各社の責任を問う訴訟が相次ぎ起こる中、医薬品流通各社も特定の薬局からの大量受注など、乱用が疑われる「不審な処方」を当局に報告する義務があるにも関わらず、それを怠ったなどの理由で訴えられていたものです。
  • 南米・コロンビア沖の太平洋上で、コロンビア海軍が潜水艇と対峙、軍の関係者が潜水艇の甲板を取り外し、中を確認したところ、100以上の袋に小分けされた大量の「コカイン」が発見され、その量はおよそ2トン、末端価格(日本円)で75億円に上るということです。麻薬を密輸していた潜水艇は中米方面へ向かっていたということです。
  • 南米コロンビアのドゥケ大統領は、38カ国が参加した麻薬摘発作戦で、わずか1カ月半の間に116トンのコカインを押収したと発表しています。コロンビアは世界最大のコカイン密造・密輸出国であり、報道によれば、ドゥケ氏は「国境を越えた麻薬密輸に立ち向かうに当たり、力を合わせれば無敵であることが示された」、「この協力がなければ、麻薬使用によって何百万人が死に至るところだった」と意義を強調しています。「オリオン7」と名付けられた作戦には米州と欧州の軍や捜査関係機関が参加、陸海空で行った摘発で539人を拘束し、69隻の船舶、3隻の半潜水艇、5機の航空機を押収したということです。
  • フィリピンのドゥテルテ大統領は、最後の施政方針演説を行い、自身が主導した麻薬犯罪撲滅作戦(麻薬戦争)によって犯罪が減少し、平和と秩序を回復したと主張しつつ、「麻薬まん延との戦いの道のりは長い」と訴えています。2021年7月27日付ロイターによれば、麻薬戦争は数千人の死者を出し、残忍で人道に反すると人権団体などが批判、国際刑事裁判所(ICC)の検事が公式調査の開始を申し立てています。以前、ICCに自分を裁判にかけるよう言い放ったこともあるドゥテルテ大統領は演説で、「わたしは一度も否定したことはない。ICCは以下を記録してよい。わが国を破壊する者、わが国の若者を破壊する者を、わたしは殺す。わたしはこの国を愛している」と指摘しています。
  • メキシコの治安当局と麻薬組織による「麻薬戦争」に関する最新の動向がレポートされています(2021年8月4日付毎日新聞)。正に「戦争」とでも言うべき状況など大変興味深いものでもあり、以下に抜粋して引用します。
メキシコの治安当局と麻薬組織による「麻薬戦争」で、麻薬組織が商用の小型無人機・ドローンの利用を多様化させている。これまでは運搬や監視などに使うことが多かったが、爆発物による攻撃で、治安当局者を負傷させる事件が起きるなど、新たな脅威になりつつある。メキシコの麻薬組織は、国内で生産されたり南米諸国から運ばれてきたりした麻薬を、長い国境を接し、世界最大の麻薬消費国とされる米国へ密輸する活動に関与している。…専門家は、アギリヤの事件について「新たな形態の戦争」と指摘する。ただ、数年前まで中東のシリアやイラクで影響力を維持したISが同様の手法を用いていることから、麻薬組織による攻撃も想定内で、「脅威は初期段階にある」と受け止める。一方、米シンクタンクは、商用の小型ドローンに加え、麻薬組織が軍用ドローンなど「より大きく、高性能化したドローンを入手」する事態への懸念を指摘する。…18年に就任したロペスオブラドール大統領は、過去の歴代政権の強硬な麻薬組織の掃討作戦が多数の犠牲につながったと主張。低所得者の減少が麻薬組織の弱体化につながるとして、貧困対策に力を入れる。「麻薬戦争は終わった」とも発言し、武力使用に消極的だ。だが、18~20年の年間の殺人事件件数は3万6000件超を記録。14年の2倍近い水準で、過去最悪レベルで推移する。治安悪化に歯止めがかからず、麻薬戦争は泥沼化している

(4)テロリスクを巡る動向

「平和の祭典」を掲げ、8日に閉幕した東京五輪に合わせた「五輪休戦」の期間中もアフガニスタンやイラク、シリアなどで戦闘やテロによる犠牲者が相次ぎました。各国報道によると、国連決議による五輪休戦期間に入った7月16日から8月9日までに320人以上が死亡、実際の犠牲者数はさらに上回る可能性があるとされます。後述するように、アフガンでは駐留米軍撤退を受けて反政府武装勢力タリバンが猛攻撃をかけ、8月以降、少なくとも市民ら173人が死亡したほか、イラクでは35人が死亡する爆弾テロが発生、オマーン沖ではイランの関与が疑われるタンカー攻撃があり2人が死亡、内戦中のシリアはアサド政権軍の砲撃や戦闘などで30人以上が死亡、南スーダンでは戦闘で30人超が死亡、マリでは武装勢力が三つの村を襲撃し、村人ら少なくとも51人が殺害された事件も発生しています。

そのような中、東京五輪は、テロ対策も重要なテーマとなりました(もちろん、これから開催されるパラリンピックも同様です)。世界の注目を集めるスポーツイベントを狙ったテロの脅威は確実に増しており、1996年のアトランタ五輪では屋外コンサート会場で爆破事件が発生、2013年のボストンマラソンの際はゴール付近で爆発し、3人が死亡する惨事となりました。今回、テロの標的として最も懸念されていたのは、観客で混雑する最寄り駅と競技会場を結ぶ区間「ラストマイル」と、競技会場外で大会を楽しむことができる「ライブサイト」やパブリックビューイング(PV)(いわゆるソフトターゲット)で、いずれも人が密集することから、被害が大きくなる恐れがあったところ、都内の競技会場は無観客となり、ライブサイトやPVは全て中止となったことから、実際はリスクの低減につながったといえます。一方で、いかに不審者を早く発見するかの難題に対し、警視庁は高性能カメラを搭載した警備用バルーンなど新技術を駆使、東京五輪では競技会場が集中する臨海部エリアで、約100メートル上空から目を光らせました。不審なドローン(小型無人機)の侵入を防ぐジャミング(電波妨害)装置も取り入れました。サイバー攻撃への備えも最大限の警戒が求められた分野です。過去の五輪でもウイルス感染や情報漏えいが続発しており、2012年ロンドン大会では2億回ものサイバー攻撃が確認され、開会式では会場の電源システムを狙った異常な大量通信を感知したほか、2018年平昌大会でも準備期間中に約6億回、大会中に約550万回の攻撃が確認されたといいます。東京大会でも重点的な警戒体制が敷かれ、(直前には大会を狙ったサイバー攻撃も確認されていましたが)現在のところ、「大きなテロのようなものはなかった」(梶山経産相)状況です。また、24時間体制で情報収集を進めるサイバー空間だけではなく、当初計画から規模を縮小したとはいえ、競技会場がある9都道県では過去最大級の約6万人の警察官が、パラリンピック閉幕まで緊張を張り巡らせています(競技会場などの警備を行う民間警備員は1日最大1万8,100人で、こちらも過去最大規模となりました)。東京五輪が8日に閉幕したことで、2024年夏に開催予定のパリ五輪においても準備が本格化、テロ対策も大きな課題となっています。報道によれば、パリ五輪組織委員会は、パリ中心部を流れるセーヌ川の水上や川岸での開会式を検討するなど、市民参加型の開かれた大会を目指す意向だといいます。しかしながら、開放と市民参加にはテロ対策上課題も多いといえます。さらに、本コラムでも取り上げているとおり、フランスではイスラム過激派によるテロ攻撃がたびたび発生しており、セーヌ川で開会式を行う場合、大勢の一般客が集まる中でどうテロを防ぐのかが難しい壁として立ちはだかることが予想されます。東京五輪のテロ対策をレガシーとしてパリ五輪に引き継ぐことも極めて重要なことだと思われます。

さて、国内では、小田急線の車内で乗客10人が刃物で切られるなどして重軽傷を負う事件が発生しました。容疑者は、車両内にサラダ油をまき、ライターで火をつけていたといい、燃え広がらなかったものの、無差別殺傷を狙った疑いがあるとみられています(動機は個人的なものの可能性が高く、何らかの思想的背景をもったテロではないと考えられます)。鉄道各社は2016年にガソリンなどの可燃性液体の車内持ち込みを禁じたほか、2019年には梱包していない刃物の持ち込みも禁止、国交省は今年6月に省令を改正して、鉄道会社による乗客への手荷物検査のほか、検査を拒否した乗客を車内や駅構内から退去させることができるようにしています。しかし、警備の強化は利便性を損なうことにつながることから、東京五輪期間中、JR東日本などは首都圏の新幹線や在来線の主要駅で手荷物検査を実施したものの、防犯カメラなどで絞り込まれた不審者に限っての実施となりました。走行中の車内で事件の起きた小田急電鉄も、利用者が多い新宿駅やオリンピック会場の周辺駅など計11駅で警備員を増やし警戒を強化していたものの、手荷物検査などは実施しておらず(報道によれば、容疑者はバッグに包丁やハサミを入れていたようです)、「利便性や検査の方法などの課題があり、具体的な検討はこれから」と同社は説明しています。今後は駅員などの巡回を強化し、防犯カメラの映像を確認する頻度を増やす対策を取る方針ということです。事件を受け、警察庁は、鉄道事業者との連携を強化してテロなどの防止対策に万全を期すよう、都道府県警に指示していますが、正に利便性と安全の確保のバランスに交通事業者が真摯に向き合うこと、工夫を凝らしていくことなどがより一層求められるようになったといえます。そして、もう1つテロ対策上看過できないのが、容疑者が包丁を取り出して女子大学生に切りかかるまでの間、周囲の乗客らが異変に気づいていなかった点です。多くの人がスマホを見ていたといい、容疑者も「電車は皆が油断しているので、大量に人を殺せると思った」と供述しているなど、電車の中が「いかに無防備な空間であるか」が明らかになったことです。テロリストや通り魔的な犯行を企図する者にとって、電車の中での無差別殺傷がさほど困難ではないことを示したともいえ、これも鉄道事業者がこれまで以上に厳格に安全管理に取り組むべき理由だと指摘しておきたいと思います。

さて、アフガン情勢については、本コラムでも継続的に注目してきましたが、ここ数日でかなり目まぐるしく状況が変化し、直近ではついに、「アフガニスタンの旧支配勢力タリバンは15日、複数の方角から首都カブールに進攻し、大統領府を事実上占拠した。アシュラフ・ガニ大統領は国外退避した。米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は「アフガン政府は崩壊した」と伝えた。英BBCなどによると、タリバンの進攻に伴い、目立った戦闘は起きなかった。治安部隊は統制を事実上失ったものとみられる。タリバン報道官は15日の声明で、戦闘員に「住民生活の維持と財産保護」を命じた。外国大使館員は退避を進めている。AP通信によると、米国大使も退避した。米大使館によると、空港付近で「火の手が上がっている」との報告もある。陸路の国境検問所は全てタリバンが押さえており、大使館員らの退避は難しくなる恐れがある。タリバンの支配地拡大は6日に急加速し、15日までに国内全34州中32州都を完全制圧した」(2021年8月16日読売新聞)、さらに、「タリバンはカブールを包囲する形で待機していた戦闘員に対し、市街地に入るよう命じた。地元メディアによると、アフガンの内相代行は15日、「平和的な(権力の)移行が行われる」と説明。詳細は不明だが、タリバン主導の政権運営が始まる可能性が高まっている」(2021年8月15日付毎日新聞)といった最悪の事態を迎えました。原稿執筆時点でも事態は流動的ですが、今回のコラムでは、ここに至る経緯や背景について、各紙の報道を整理し、下記にいくつか抜粋して引用することとします。数的・装備的に圧倒的に優位だった政府軍の堕落、規律や統制のなさ、対照的にタリバン側の狡猾なまでの用意周到さ、米が国内世論を受けて冷徹なまでにアフガン政府を見限った真相、周辺諸国の駆け引きなどのパワーゲーム、さまざまな切り口は大変興味深いといえます。

2021年8月14日付日本経済新聞「アフガン首都緊迫 タリバン、隣接州も制圧」
アフガニスタンの反政府武装勢力タリバンが13日までに、第2の都市の南部カンダハルなどを制圧した。米メディアによると8月末の米軍撤収を控え、早ければ1カ月以内に首都カブールが陥落する可能性があると米当局はみている。米英、カナダは大使館員らの退避のため軍の部隊を派遣する。タリバンは全34州都のうち過半数の18州都を支配した。首都のあるカブール州に隣接する東部ロガール州などを含み、首都から約50キロメートルまで迫っている。カンダハルはタリバン発祥の地で、2001年12月に最後の拠点だった同地が陥落し当時のタリバン政権は崩壊した。カンダハル奪還でタリバン兵の士気が一段と高まる公算が大きい。アフガン政府軍は孤立しつつある。12日にタリバンは第3の都市である西部ヘラートと、カブールから約130キロメートル南西の東部ガズニを制圧した。カンダハルや北部クンドゥズと合わせて幹線道路が通る要衝を押さえ、物流網の掌握を狙う。…わずか2日で情勢は大きく悪化した。バイデン政権は12日、在カブール米大使館の人員を削減する方針を決めた。米国務省のプライス報道官は「慎重を期した措置だ」としたが、カブール陥落のリスクが高まったと判断したのは明白だ。米軍は約3000人をカブールの国際空港に派遣し、外交官らの国外退避を支援する。…米欧や中国、パキスタン、インドなどは12日、カタールでのアフガン情勢を巡る協議後に議長声明を発表し、武力を通じて樹立した政府を承認しないことで合意した。だがタリバンと近い関係にあるとされるロシアやイランは協議に参加していない。アフガンの混乱収拾の道筋は見えない。
2021年8月11日付日本経済新聞「アフガン政府軍、組織力にもろさ タリバンの伸長許す」
アフガニスタンの反政府武装勢力タリバンの攻勢が止まらない。アフガン政府軍を軸とする同国の治安部隊は兵力でタリバンの5倍程度とされる。米国製兵器を導入しており、物量ではタリバンを圧倒できるはずだ。劣勢はアフガン治安部隊の団結や組織力のもろさを浮き彫りにする。…アフガン治安部隊の最大の弱点にあげたのが団結の弱さだ。「タリバンはアフガン治安部隊よりも戦う意志が強い」とも指摘した。米紙ワシントン・ポストが19年に入手した米政府内部文書はアフガン治安部隊のモラルの低さを浮き彫りにしている。団結力の弱さは「離職率」にも表れる。部隊規模を維持しても年間で3割前後の兵士が入れ替わっている可能性があり、軍事作戦の熟度が高まりにくい。専門家は、タリバンがSNSなどを通じて戦闘を優勢に進めていることを示す写真や映像を発信し、忠誠心の低いアフガン治安部隊の戦意を下げる戦略をとっていると分析する。米メディアによると、5月以降にアフガン治安部隊がタリバンと戦わずに降伏するケースが相次いでいる。
2021年8月13日付毎日新聞「アフガンで支配地域広げるタリバン 米軍撤収で力の空白、軍閥も呼応」
米軍の撤収開始前は「政府側対タリバン」の戦闘だったが、現在はこれに軍閥が加わる構図に変化した。政府側の和平活動にも参加してきた元タリバン幹部はこう指摘する。「米軍の早急な撤収は力の空白と混乱を招いた。政府とタリバン双方が妥協の意思を示さない中、軍閥を巻き込んで戦闘が激化するという悪夢が現実となっている」タジキスタンやイランなどとの国境地帯も支配下に収めた。交易ルートを遮断し、政府に経済的な圧力をかけている。国境貿易の関税や、支配地域では税金も徴収し、資金は豊富だ。また、これまで否定することが多かった、政府の閣僚や政府高官を標的にしたテロや暗殺についてもタリバンは認めるようになった。幹部は「政府側も我々の重要メンバーを暗殺し、大げさに宣伝している。我々も対抗しなければいけない」と話す。
2021年8月13日付産経新聞「雌伏20年のタリバン猛攻 首都進撃に現実味」
「カブール政権(アフガン政府)は政治的、軍事的に孤立しており、生き残るチャンスはない」。タリバンは12日の声明で軍事的に優位に立つ現状を踏まえ、ガニ政権関係者や政府軍兵士らに投降を呼びかけた。タリバンの攻勢について、アフガン国防省筋は産経新聞の取材に「想像以上の速度だ」と話した。特にかつてタリバン政権に抵抗した組織「北部同盟」の拠点だった北部一帯が陥落したことは政府に衝撃を与えた。雌伏したタリバンを支援したのは隣国パキスタンとされる。宿敵インドと対峙する上で、戦略的後背地のアフガンに親パキスタン政権を有したいとの思惑があるようだ。ロシアもタリバン支援に乗り出していると報じられている。専門家は「タリバンは海外支援を受けながら、駐留米軍との闘いを約20年続け、統制のとれた軍事組織としての態勢を整えていった」と分析。そのことが「電撃的な侵攻を可能とした」と話した。ガニ政権は、各地で民兵を率いる有力者と連携して反転攻勢に出たい考えだが、戦況好転は見通せない状況だ。
2021年8月12日付産経新聞「アフガン情勢 タリバンの復権は悪夢だ」
昨年2月の米政府とタリバンとの合意には、タリバンとアフガン政府の対話による和平実現が含まれる。支配地拡大のための武力行使は認められない。タリバンは戦闘をやめ、政府側との交渉の席に着くべきだ。米国は2001年、米中枢同時テロの首謀者をかくまったとしてアフガンのタリバン政権を攻撃し、打倒した。そのタリバンが20年の歳月を経て、何の反省も改革もないまま復権するのなら、それは悪夢というほかない。タリバン政権は、統治に極端なイスラム法を適用し、女性の教育、就労を否定した。人権軽視は現在の支配地でも変わらない。タリバン政権下、アフガンには国際テロ組織が入り込み、「テロの温床」となった。そもそもタリバン自体がテロに深く関与している。アフガンでは今も、政府や駐留軍、女子学校などを標的とした爆弾テロが絶えない。大きな懸念は、中国やロシアを含む周辺国がタリバン復権を想定したかのような動きをみせていることだ。中国にとってアフガンは「一帯一路」構想の要の一つと位置付けられる。同時に、新疆ウイグル自治区と国境を接するアフガンから国際テロ組織が入り込むことも警戒する必要がある。だからといって、反政府勢力を一国の代表であるかのように遇して肩入れするのはおかしい。今は、戦闘をやめさせることが急務であるはずだ。

その他、アフガン情勢を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • タリバンが急速に勢力を拡大し、首都カブールに迫る中、欧米各国による文民退避や大使館閉鎖が相次いでいます。報道によれば、タリバンは進撃を続けており、同国第2の都市カンダハルと第3の都市ヘラートを制圧、米政府高官によると、タリバンが数日以内にカブールに到達する可能性があるという懸念も台頭しているといいます。ドイツのマース外相は、カブールの独大使館の職員を最小限に減らし、セキリュティを強化すると発表、さらに、大使館職員や現地の支援スタッフらの国外退去に向けて月末に計画していたチャーター機の派遣を前倒しする方針を示しています。フランス外務省もアフガンに滞在する仏国民に対し、できる限り早い時期に出国するよう改めて要請しています。デンマークとノルウェー両国は、現地の治安情勢悪化を踏まえ、カブールの大使館を閉鎖し、職員らを退避させると発表、米国と英国も12日、大使館職員ら文民の退避のため数千人の軍部隊を派遣すると発表しています。
  • グテレス国連事務総長は、米軍の完全撤収を前に攻勢を強めているタリバンに対し、「攻撃を即時停止し、アフガンと国民の利益のために誠意をもって交渉するよう求める」と訴えています。グテレス氏は「アフガンは制御不能になっている」と警告、軍事力での権力掌握は「内戦の長期化かアフガンの完全な孤立につながるだけだ」という明白なメッセージを国際社会が示すよう促しています。また、民間人への攻撃は「国際人道法の深刻な違反であり、戦争犯罪に相当する。加害者の責任は問問われなければならない」と述べ、全当事者に民間人の保護を求めています。さらに、国連安全保障理事会は、タリバンによる攻撃を非難する声明案について協議を始めています。アフガンでは国連関連施設も標的になっており、安保理は懸念を強めているといいます。声明案は安保理非常任理事国のノルウェーとエストニアが起案、タリバン政権の復活は認めないと改めて強調し、「アフガニスタン全土の市や町への武力攻撃で、多数の民間人が犠牲になっていることを最も強い言葉で非難する」と表明しています。
  • EUのジョセップ・ボレル外交安全保障上級代表(外相)は、タリバンに対し、アフガン政府との和解協議を直ちに再開し、戦闘を停止するよう要求しています。「支配地域などでの人権侵害の増加を非難する」と訴え、タリバンが武力で権力を掌握すれば「孤立や国際支援の欠如に直面する」と警告しています。
  • 米国務省は、アフガニスタンで米軍などに協力したアフガン人について、特別ビザの取得資格がなければ難民として受け入れると発表しています。現地でタリバンが勢力を急速に拡大させる中、報復される恐れがある協力者の安全確保を加速させる必要があると判断したものです。米軍などに一定期間協力するといった特別ビザの取得要件を満たさない人が多数おり、対応を求める声が上がっていました。受け入れ対象も、米軍に限らず、北大西洋条約機構(NATO)軍や、米国拠点のメディアや非政府組織(NGO)への協力者などにも広げるということです。ただ、米国への難民認定申請は、自力でアフガンを出国してから行う必要があるとしており、相応の困難さが伴います。特別ビザの申請者については、米政府が出国便を手配するなどの支援を行っており、ビザが発給されるまでの待機場所として、米軍施設や第三国への退避が始まっているともいいます。
  • 既に陥落した北部地域の住民は「タリバン政権復活」を見据え、早くも恐怖の感情にさいなまれていると報じられています。複数の人権団体はアフガンで現在、戦争犯罪が起きている恐れがあるとして調査を要求しています。国連の国際移住機関(IOM)は、アフガン国内の戦闘で今年だけで35万9,000人超が避難民となったとする調査結果を公表しました。
  • ドイツやベルギーなどEUの6カ国は、アフガニスタン情勢が悪化する現況下でも、難民申請を却下されたアフガン人を強制送還する政策を続けるよう要求する書簡をEU欧州委員会執行部に送っています。報道によれば、「送還を停止すれば誤ったシグナルを送ることになり、さらに多くのアフガン人が故郷を離れEUに向かう動機となる可能性がある」と警告しています。100万人以上が流入した2015年の欧州難民危機が再来するとの懸念をEU諸国が強めていることが背景にあります。一方、EU当局者は、現状で強制送還は困難との認識を示しています。
  • 民間人の死傷者が増えているため、アフガニスタンから難民の流出が加速しているといいます。難民が増え続ければ、地域が一気に不安定化するリスクを孕んでおり、過激思想の拡散を恐れる中国とロシアはタリバンと協議し、撤収後に備え始めています。また、難民の多くは欧州入りを目指しており、アフガン難民の流入を食い止めたいトルコはイランとの国境地帯で「壁」の建設を急いでいます。アフガンの隣国タジキスタンの非常事態委員会は「最大10万人のアフガン難民を受け入れることができる」と表明、4,000万人前後と推定されるアフガン人口の約3割がタジク系で、基本的には「同胞」を受け入れる考えだとみられます。一方、アフガンと長い国境線を共有するパキスタンは一時、国境を閉鎖しました。
  • パキスタンのユスフ国家安全保障担当首相補佐官は、隣国アフガニスタンで激化する政府側とタリバンとの戦闘に関し、「今後3~6カ月が極めて重要な時期になる」との認識を示したうえで、「米国が指導力を発揮する必要がある。政治的な解決が戦闘の長期化を防ぐ唯一の方法だ」と述べています。報道によれば、アフガンでは2020年9月に始まった政府とタリバンの和平協議が暗礁に乗り上げており、「アフガンのすべての政治指導者が一つの部屋に集まり、政治的な解決策を見つけることが必要」と説明、「パキスタンは既にアフガンから200万人の難民を受け入れており、これ以上受け入れる余裕はない。(2001年に始まった米国の対テロ戦争で)パキスタンは多くの犠牲者を出し、経済的な被害も甚大だった。アフガンの不安定化はパキスタンにも波及する。戦闘の長期化は悪夢だ」と語り、地域の安定化が急務との考えを示しています。一方、パキスタンは隣国アフガンへの影響力を保持するため、長年にわたりタリバンを支援してきたとされます。ただし、同氏は、パキスタン側もタリバンに対する影響力が低下しているとも説明、アフガン国内で支配地域を拡大し、攻勢を強める現在のタリバンにとって、パキスタンは既に頼る必要性が薄れている可能性もあります。
  • ロシア国防省によると、ロシアと中央アジアの旧ソ連構成国タジキスタン、ウズベキスタンの3か国は、約2,500人規模の合同軍事演習をアフガニスタンとの国境付近で開始しています。アフガン情勢が、駐留米軍撤収完了を前に不安定化しており、治安悪化が周辺国に波及する事態に備えるのが狙いだとされます。ロシアが「勢力圏」と位置付ける中央アジア諸国との軍事面での連携を誇示し、米国の浸透をけん制する思惑もあるようです。ロシアは、米国が中央アジアに単独行動で軍事拠点を確保しないようにするため、駆け引きを展開、プーチン露大統領が6月にジュネーブで開催された米露首脳会談で、タジキスタンとキルギスにある露軍基地の使用を提案したとも報じられています。
  • アフガニスタンの反政府勢力タリバンの幹部が、時事通信の取材に対し、日本政府が育成を支援してきた女性警官を含め、女性の政府職員についてアフガン社会に「必要だ」と認める見解を示しています(2021年8月2日付時事通信)。外出など女性の権利を制限してきたとされるタリバンの幹部が、女性の社会進出に関し肯定的反応を示すのは異例です。アフガン政府とタリバンは昨年9月から、米国の後押しで、長期的停戦やタリバンを取り込んだ暫定政権の在り方などを話し合う和平交渉を続けている。ただ、女性や少数派の権利をめぐる両者の意見の隔たりは大きいとみられてきたところ、今回のタリバン幹部の発言には、タリバンが女性の社会進出にも一定の理解を示していることを強調し、国際社会の印象を良くすることで交渉を優位に進めたい思惑があるとみられます。一連の「柔軟姿勢」の背景には、タリバンが暫定政権に組み込まれた場合でも国際社会から認められ得る存在だと誇示したい意図があると考えられます

さて、防衛省から「令和3年版防衛白書」が公表されました。以下、主だった内容とテロリスクに係る部分を中心に、(箇条書きとなりますが)抜粋して引用します。

▼防衛省 防衛白書
▼第1部 わが国を取り巻く安全保障環境 第1章 概観
  • 現在の安全保障環境の特徴として、第一に、国家間の相互依存関係が一層拡大・深化する一方、中国などのさらなる国力の伸長などによるパワーバランスの変化が加速化・複雑化し、既存の秩序をめぐる不確実性が増している。こうした中、自らに有利な国際秩序・地域秩序の形成や影響力の拡大を目指した、政治・経済・軍事にわたる国家間の競争が顕在化している。
  • このような国家間の競争は、軍や法執行機関を用いて他国の主権を脅かすことや、ソーシャル・ネットワークなどを用いて他国の世論を操作することなど、多様な手段により、平素から恒常的に行われている。こうした競争においては、いわゆる「ハイブリッド戦」が採られることがあり、相手方に軍事面に止まらない複雑な対応を強いている。また、いわゆるグレーゾーンの事態が国家間の競争の一環として長期にわたり継続する傾向にあり、今後、さらに増加・拡大していく可能性がある。こうしたグレーゾーンの事態は、明確な兆候のないまま、より重大な事態へと急速に発展していくリスクをはらんでいる。
  • 第二に、テクノロジーの進化が安全保障のあり方を根本的に変えようとしている。情報通信などの分野における急速な技術革新に伴う軍事技術の進展を背景に、現在の戦闘様相は、陸・海・空のみならず、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域を組み合わせたものとなっている。各国は、全般的な軍事能力の向上のため、また、非対称的な軍事能力の獲得のため、新たな領域における能力を裏付ける技術の優位を追求している。さらに、各国は、人工知能(AI)技術、極超音速技術、高出力エネルギー技術など将来の戦闘様相を一変させる、いわゆるゲームチェンジャーとなり得る最先端技術を活用した兵器の開発に注力している
  • 軍事技術の進歩は、民生技術の発展に依るところも大きく、民生技術の開発や国際的な移転が、各国の軍事能力向上に大きな影響を与える可能性が考えられる。今後のさらなる技術革新は、将来の戦闘様相をさらに予見困難なものにするとみられる。
  • 第三に、一国のみでの対応が困難な安全保障上の課題が顕在化している。まず、宇宙・サイバーといった新たな領域の安定的利用の確保が国際社会の安全保障上の重要な課題となっている。近年、各国においては、国全体としてのサイバー攻撃対処能力の強化が進められているほか、国際社会においては、宇宙空間やサイバー空間における一定の行動規範の策定を含め、法の支配を促進する動きがみられる
  • また、海洋に関しては、既存の国際秩序とは相容れない独自の主張に基づいて自国の権利を一方的に主張し、行動する事例がみられるようになっており、公海における航行の自由や上空飛行の自由の原則が不当に侵害されるような状況が生じているほか、各地で海賊行為などが発生している。
  • さらに、核・生物・化学(Nuclear, Biological and Chemical)兵器などの大量破壊兵器とそれらの運搬手段である弾道ミサイルなどの拡散や国際テロの問題は、依然として、国際社会にとっての大きな脅威の一つとして認識されている
  • また、2019年末以降中国で発生した新型コロナウイルス感染症の対応にあたって各国は、流行当初から医療機関とともに軍の衛生機能や輸送力、施設なども活用して自国の同感染症への対応に努めた。一方で、軍の中でも感染者が発生し、訓練や共同演習の中止・延期を余儀なくされるなど、軍事活動などにも様々な影響・制約をもたらした。その後、ワクチンの開発が進むと、米国などにおいては、ワクチン接種に関する業務に軍が動員される事例がみられた。
  • 新型コロナウイルス感染症に関しては、偽情報の流布を含む様々な宣伝工作やいわゆる「ワクチン外交」など、自らに有利な国際秩序・地域秩序の形成や影響力の拡大を目指した動きも指摘されている。例えば、ロシアと中国は、自国で開発したワクチンを世界中で集中的に宣伝し続けており、いわゆる「ワクチン外交」は、欧米製ワクチンなどに対する信頼を損なうための偽情報や工作活動と結びついている旨指摘されている。また、中国は、周辺国の軍へワクチンを提供しており、最近の南シナ海をめぐる中国の動きに対する警戒感への懐柔を図っているとの指摘もある。このように、今後、新型コロナウイルス感染症への対応をめぐって国家間の戦略的競争が一層顕在化していくと考えられることから、安全保障上の課題として重大な関心をもって引き続き注視していく必要がある
  • わが国周辺には、質・量に優れた軍事力を有する国家が集中し、軍事力のさらなる強化や軍事活動の活発化の傾向が顕著となっている。また、わが国を含むインド太平洋地域の各国は、政治体制や経済の発展段階、民族、宗教などの面で多様性に富み、また、安全保障観、脅威認識も様々であることなどから、安全保障面の地域協力枠組みは十分制度化されておらず、地域内における領土問題や統一問題といった従来からの問題も依然として残されている。
  • 朝鮮半島においては、半世紀以上にわたり同一民族の分断が継続し、南北双方の兵力が対峙する状態が続いている。また、台湾をめぐる問題のほか、南シナ海をめぐる問題なども存在する。さらに、わが国について言えば、わが国固有の領土である北方領土や竹島の領土問題が依然として未解決のまま存在している。
  • これに加えて、近年では、領土や主権、経済権益などをめぐる、純然たる平時でも有事でもない、いわゆるグレーゾーンの事態が国家間の競争の一環として長期にわたり継続する傾向にあり、今後、さらに増加・拡大していく可能性がある。こうしたグレーゾーンの事態は、明確な兆候のないまま、より重大な事態へと急速に発展していくリスクをはらんでいる。
▼国際テロリズムの動向
  • 世界各地において、民族、宗教、領土、資源などの問題をめぐる紛争や対立が、依然として発生又は継続しており、これに伴い発生した人権侵害、難民、飢餓、貧困などが、紛争当事国にとどまらず、より広い範囲に影響を及ぼす場合がある。
  • また、政情が不安定で統治能力がぜい弱な国において、国家統治の空白地域がアルカイダや「イラクとレバントのイスラム国」(Islamic State in Iraq and the Levant)をはじめとする国際テロ組織の活動の温床となる例も顕著にみられる。こうしたテロ組織は、不十分な国境管理を利用して要員、武器、資金などを獲得するとともに、各地に戦闘員を送り込んで組織的なテロを実行させたり、現地の個人や団体に対して何らかの指示を与えたりするなど、国境を越えて活動を拡大・活発化させている。さらに近年では、インターネットなどを通じて世界中に暴力的過激思想を普及させている。その結果、欧米などの先進国において、社会への不満から若者がこうした暴力的過激思想に共感を抱き、国際テロ組織に戦闘員などとして参加するほか、自国においてテロを行う事例がみられる。ISILやアルカイダなどのテロ組織は、支持者に向けて、機関誌などを通じてテロの手法を具体的に紹介し、テロ実行を呼びかけている。こうした中で、テロ組織が拡散する暴力的過激思想に感化されて過激化し、居住国でテロを実行する、いわゆる「ホーム・グロウン型」テロが引き続き脅威となっている。特に近年では、欧米などにおいて、国際テロ組織との正式な関係はないものの、何らかの形でテロ組織の影響を受けた個人や団体が、単独又は少人数でテロを計画及び実行する「ローン・ウルフ型」テロが発生している。「ローン・ウルフ型」テロの特徴としては、刃物、車両、銃といった個人でも比較的入手しやすいものが利用されることや、事前の兆候の把握や未然防止が困難であることがあげられる。また、2019年3月には、ニュージーランドのクライストチャーチにおいて、テロ事件(銃乱射事件)の実行犯が犯行時の様子をソーシャルメディア上でライブ配信し、その映像が瞬時に拡散されるという、これまでにない事案が発生した。同事件ではイスラム教の礼拝所であるモスクが白人至上主義を信奉する者により襲撃を受けたが、こうした極右思想を背景とした特定の宗教や人種を標的とするテロについても欧米諸国で特に顕著となっている。
  • さらに、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行に伴い、テロ組織などが各地で勢いを増す可能性が危惧されている。2020年9月、グテレス国連事務総長は、テロリストが新型コロナの感染拡大で生じた社会的、経済的苦境につけ込み新たな支持者の獲得を試みていること、また、ネオナチや白人至上主義者がコロナ禍に乗じて社会の分断を扇動しているなどと警告し、国際社会が結束して対応することが緊要であると訴えた。国連の報告書によれば、テロ組織や暴力的過激主義者はソーシャルメディアを介して新型コロナウイルスに関する偽情報や陰謀論を流布し、政府に対する信頼の失墜、自らの思想の正当化、リクルート活動の強化などを目論んでいるとされる。こうしたオンライン上でのリクルート活動に対しては、新型コロナの蔓延によって通学や雇用の機会を失い、インターネットの使用時間が増える若者が特に脆弱であると指摘されており、新たな課題となっている。
  • このように、国際テロ対策に関しては、テロの形態の多様化やテロ組織のテロ実行能力の向上などにより、テロの脅威が拡散、深化している中で、テロ対策における国際的な協力の重要性がさらに高まっている。現在、軍事的な手段のみならず、テロ組織の資金源の遮断、テロリストの国際的な移動の防止、暴力的過激思想の拡散防止などのため、各国が連携しつつ、様々な分野における取組が行われている。
  • ISIL系国際テロ組織の動向
    • ISILは独自のイスラム法解釈に基づくカリフ制国家の建設やスンニ派教徒の保護などを組織目標としている。2013年以降、宗派間の対立や内戦により情勢が不安定であったイラク、シリアにおいて勢力を拡大し、2014年1月以降、シリア北部・東部、イラク北部などを制圧して、同年6月には、バグダーディーを指導者とする「イスラム国」の樹立を一方的に宣言した。
    • これを受け、米国が主導する有志連合軍は、同年8月以降イラクにおいて、また同年9月以降はシリアにおいても空爆を実施するとともに、現地勢力に対する教育・訓練や武器供与、特殊部隊による人質救出などにも従事している。こうした軍事作戦との連携により、イラク治安部隊やイラク及びシリア現地勢力が、米国などの支援を受けつつ、ISILの拠点の奪還を進めた。その結果、2019年3月、トランプ米大統領が声明で有志連合とともにシリア及びイラクにおけるISILの支配地域を100%解放したと宣言するに至った。また、シリアのアサド政権は、ロシアの支援を受け、主にシリア南部や東部におけるISILの拠点を制圧し、2017年12月、ロシアはISILからのシリア全土の解放を宣言した。さらに、2019年10月、米国は「イスラム国」の指導者バグダーディーをシリア北西部で殺害したと発表した。
    • このように対ISIL軍事作戦に進展がみられる一方、依然として約1万人の戦闘員がイラク及びシリアで活動しているとの指摘もある。この点、両国内の様々な地域で、ISILの戦闘員によるものとみられる治安部隊、有志連合軍、市民などを標的としたテロが発生しており、ISILは、依然活動を継続しているとみられる。特にシリアにおいては、シリア北東部で米軍の一部が撤収し、2019年10月にトルコ軍がクルド人勢力に対する軍事作戦を開始したことを利用して、ISILがシリアにおける能力及び資産の再構築と国外で攻撃を計画する能力の強化を図り、勢力を盛り返す可能性が指摘されている。さらに、ISILは、欧米諸国が新型コロナウイルス対策に傾注している状況に乗じて、テロの準備を行うよう支持者に呼び掛けている。ISILがコロナ禍で経済的苦難に喘ぐ若者を標的としたリクルート活動を行っているとの報告もある。
    • 一方で、ISILが「イスラム国」の樹立を宣言して以降、イラク、シリア国外に「イスラム国」の領土として複数の「州」が設立され、こうした「州」が各地でテロを実施している
    • 東南アジアにおいては、ISILを支持する組織が存在し、治安部隊や市民を標的としたテロ攻撃を実施している。また、南アジアにおいては、2019年4月、スリランカで邦人の犠牲者を出す大規模な同時爆破事件が発生した。スリランカ当局は、現地のイスラム過激派組織を実行犯として摘発する一方、同組織が海外のテロ組織の支援を受けた可能性に言及している。事件後、ISILが犯行声明を発出しており、米国は、今回のテロについて、ISILに感化された犯行の可能性があると指摘している。ISILは、ソーシャルメディアなどを通じて暴力的過激思想を拡散させており、その脅威がこうした地域にも浸透していることが懸念される。また、アフリカ地域におけるテロも深刻化しており、特に西アフリカでは、ISILに忠誠を誓うテロ集団による襲撃が相次ぎ、犠牲者や避難民が急増している。
    • このほか、欧米諸国などでは、イラク、シリアに流入する外国人戦闘員が両国で戦闘訓練や実戦経験を積んだ後、本国に帰国してテロを実行する懸念が引き続き存在している。欧州では、2015年11月にパリで発生した同時多発テロや、2016年3月にベルギーで発生した連続爆破テロのように、シリアでの戦闘に参加したISILの戦闘員が関与したとみられるテロが発生している。こうした外国人戦闘員をめぐっては、2019年11月、トルコが拘束していた1,200人に上るISIL戦闘員を本国へ送還すると発表したことを受け、欧米諸国が一部受け入れを開始しているものの、今後も外国人戦闘員によるテロを防止するため、国際社会による様々な取組が求められる。
  • ISIL系国際テロ組織以外の動向
    • 主にパキスタンやアフガニスタンで活動するアルカイダは、多くの幹部が米国の作戦により殺害されるなど弱体化しているとみられる。しかしながら、北アフリカや中東などで活動する関連組織に対して指示や勧告を行うなど、中枢組織としての活動は継続している。また、現在の指導者であるザワヒリは欧米へのテロを呼びかける声明を繰り返し発出しており、アルカイダによる攻撃の可能性が根絶されたわけではない。
    • このほか、アルカイダに関連するイスラム教スンニ派の過激派組織として、イエメンを拠点に活動する「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」、アルジェリアに拠点を置き、近隣のマリ、チュニジア、リビアなどでも活動する「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」、ソマリアを拠点に活動する「アル・シャバーブ」も引き続き活動を行っている。
    • また、アフガニスタンを拠点に活動しているイスラム教過激派組織タリバンは、アフガニスタン各地で武力活動を継続している。2020年2月、米国とタリバンとの間で、駐アフガニスタン米軍の条件付き段階的撤収及びアフガニスタン人同士の交渉開始などを含む合意が署名され、9月にはアフガニスタン政府とタリバンによる和平交渉が開始されたものの、その後もタリバンはアフガニスタン治安部隊への攻撃を行っており、政府や外国人を標的とした自爆攻撃や銃撃などを継続する可能性は否定できない。
▼気候変動が安全保障環境や軍に与える影響
  • 2013年9月、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、大気と海洋の温暖化、雪氷の融解、海面水位の上昇、温室効果ガス濃度の増加の観測により、気候システムの温暖化には疑う余地がないとする報告を公表した。こうした気候変動の影響は、地域的に一様ではなく、また気象や環境の分野にとどまらず、社会や経済を含む多岐にわたる分野に及ぶものと考えられており、2016年11月には温室効果ガス排出削減などのための新たな国際枠組みであるパリ協定が発効している。こうした中、国連安全保障理事会は、近年、アフリカにおける国連の安定化ミッションや支援ミッションを中心とした10を超える決議において、水不足、干ばつ、砂漠化、土壌の劣化、食料不足といった例をあげ、気候変動による安全保障への負の影響を指摘するなど、気候変動問題を安全保障上の実体的な課題としてより積極的に取り扱う姿勢を見せている。
  • 気候変動を安全保障上の課題と捉える動きは各国にも広がっており、たとえば、気候変動による複合的な影響に起因する水、食料、土地などの不足は、限られた土地や資源を巡る争いを誘発・悪化させるほか、大規模な住民移動を招き、社会的・政治的な緊張や紛争を誘発するおそれがあると考えられている
  • また、広範にわたる気候変動の影響は、国家の対応能力にさらなる負荷をかけ、特に、既に政治・経済上の問題を抱えている脆弱な国家の安定性を揺るがしかねない旨指摘されている。そして、こうして不安定化した国家に対し、軍の活動を含む国際的な支援の必要性が高まるものと見込まれている。
  • このほか、温室効果ガスの排出量の規制やジオエンジニアリング(気候工学)の活用をめぐり、国家間における緊張が高まる可能性も指摘されている。
  • さらに、北極海では、海氷の融解により航路として使用可能となる機会が増大するとともに、海底資源へのアクセスが容易になるとみられることなどから、沿岸国が海洋権益の確保に向けて大陸棚の延長を主張するための海底調査に着手しているほか、北極海域における軍事態勢を強化する動きもみられる。また、雪氷の融解に関しては、黄河、長江、メコン川、インダス川、プラマプトラ川など、アジアにおける多くの大河の源流であるチベット高原において氷河の融解が及ぼす影響についても注目を要する旨が指摘されている。
  • 気候変動による各国の軍に対する直接的な影響として、異常気象の増大は大規模災害の増加や感染症の拡大をもたらすと考えられており、災害救援活動、人道復興支援活動、治安維持活動、医療支援などの任務に、各国の軍隊が出動する機会が増大することが見込まれている。また、気温の上昇や異常気象、海面水位の上昇などは、軍の装備や基地、訓練施設などに対する負荷を増大させると考えられている。このほか、軍に対しても、温室効果ガスの排出削減を含むより一層の環境対策を要求する声が高まる可能性が指摘されている。
  • 各国は、気候変動が安全保障環境や軍に与えるこのような影響について検証し、これに対応していく考えを政策文書などで示している。
  • 世界規模で活動し、国家水準の温室効果ガスを排出するとの指摘もある米軍を擁する米国は、米軍の施設や活動などに対する影響を検証するとともに、その影響への対応や温室効果ガスの排出量抑制に向けて積極的に取り組む方針を示している。
  • 米国防省は、オバマ政権期の2010年2月に公表された「4年ごとの国防計画の見直し」(Quadrennial Defense Review)を気候変動への対応に関する政策の基盤として位置づけている。この中で、気候変動及びこれと不可分の関係にあるエネルギーの問題は、将来の安全保障環境の形成にあたって重要な役割を担うものとされ、国防省は気候変動が及ぼす影響に対応するとともに、この影響を緩和するための取組を促進するとの方針が示されている。この一環として、国防省は、核動力に加えてバイオ燃料との混合燃料を活用した米海軍の「グレート・グリーン・フリート」をはじめとした温室効果ガスの排出削減にも資する代替燃料の導入に向けた取組を進めていた。
  • トランプ政権期においても、国内外における米軍の施設や活動を対象として気候変動に対する脆弱性の評価を継続しており、このうち、2019年1月に公表された国内施設に関する調査報告書においては、水害、干ばつ及び山火事の3項目が主要な懸念事項とされ、特に、調査対象である79の主要施設のうち、60施設が将来的な水害に対して脆弱であるとされている。また、同報告書は、国家の不安定化、軍のロジスティックス、北極圏の問題、人道支援・災害救援など米軍の活動に関する項目についても評価を実施しており、気候変動は米軍の一部の任務に影響を及ぼしかねないとされている。
  • こうした認識も踏まえ、バイデン大統領は政権発足後の2021年1月、気候変動に関する大統領令を公布した。この中で、「気候変動と国家安全保障」と題したオバマ政権期の大統領覚書を復活させる条項を設け、同政権の政策との継続性を示している。また、気候変動は気候危機に変化したとの認識を示したうえで、気候危機を同政権の対外政策及び国家安全保障の中心に位置づけるとし、国防長官に対して、気候変動が安全保障に及ぼす影響の分析や、国家防衛戦略をはじめとする各種戦略・政策文書の策定においてこの影響を組み込むよう指示している。これを受け、オースティン国防長官は気候変動に関する声明を発表した。この声明において、増大する水害、干ばつ、山火事及び異常気象による米国内の施設に対する影響を既に毎年受けているほか、砂漠化がもたらした社会の不安定化や、北極を経由して敵対国が米本土に接近する脅威、そして世界各地における人道支援の要求といった諸要因に起因する作戦を実行してきており、国防省は気候変動が任務、計画及び施設に劇的な影響をもたらすことを認識しているとした。そのうえで、バイデン大統領の指示のもと、気候変動を国家安全保障上の不可欠の要素として捉え、その影響を戦略の策定や計画の指針などの中に組み込むとの方針を示している。この声明では、気候変動に関連する技術の開発を促し、温室効果ガスの排出にかかるアプローチを見直す旨も合わせて言及されている。
  • 気候変動にかかる国際的な取組を主導する国の一つであるフランスは、気候変動を数あるリスクの中でも最前線のものと位置づけ、広大な海域を擁する海外領土の観点からも、軍による作戦上の適応と持続可能な開発に向けた貢献が必要であるとの考えを示している。フランス国防省は、2018年に公表した気候変動に関する政策文書において、異常気象の激化は人道危機の数を増やし深刻度を高め、より大規模な軍の動員が必要になるとしている。また、「グリーン・ディフェンス」政策を掲げ、軍の装備については環境に配慮した設計を選好するとともに、軍の施設のエネルギー効率を高め、再生可能エネルギーを用いることで、温室効果ガスの排出量を抑制するとの方針を示している。
  • 気候変動の影響に対して最も脆弱な場所の一つと考えられている大洋州島嶼国と関係の深いオーストラリアは、気候変動を一因とする近隣諸国の脆弱性を自国の戦略環境を形成する主な要素の一つと位置づけ、地域の不安定化を防止するため積極的に取り組む方針を打ち出している。オーストラリア国防省は、2016年2月に公表した国防白書において、気候変動は近隣諸国にとっての主要課題であり、近隣諸国の不安定化はオーストラリアに重大な影響をもたらすため、これらの国を支援していくことが極めて重要であるとの考えを示している。また、海面水位の上昇は海軍基地に影響を及ぼし、頻発する異常気象は国防関連施設に損害を与えかねない旨指摘したうえで、国防省は気候変動に対して適切な態勢を築くとしている。
  • 同じく大洋州島嶼国との関係が深いニュージーランドは、気候変動への備えと対応は軍の最優先事項に該当すると位置づけて対応していく方針を示している。ニュージーランド国防省は、2019年11月に公表した政策文書において、自国の領土と周辺地域において作戦の遂行が可能な能力を最優先するとしているが、気候変動への対応はこれに該当すると位置づけている。そのうえで、特に自国の周辺地域において、将来的に災害救援・人道支援任務が増加するとし、こうした気候変動に由来する任務の増加に適応していく必要性があるとしている。また、気候変動によって海上での活動が増加すると想定しており、海上輸送や空輸、海洋哨戒などの能力を強化するとともに、6,000人規模を増員する防衛力整備計画を通じてこうした活動の所要に対応していくとの考えを示している。このほか、将来的な排出抑制につなげるために、まずは温室効果ガスの排出量の測定手法の確立に取り組むとしている。
  • このように、気候変動が安全保障環境や軍にもさまざまな影響を与えうるとの認識が急速に共有される中、2021年4月には、米国主催の気候変動サミットの中で気候安全保障セッションが開催された。同セッションは、オースティン米国防長官が司会を務め、岸防衛大臣をはじめ、米国家情報長官、米国国連大使、北大西洋条約機構(NATO)事務総長、イラク・ケニア・スペイン・英国の国防相およびフィリピンの財務相が参加して、気候変動がもたらす世界的な安全保障上の課題とこれに対する取組について議論が交わされた。この中で各国国防相は、国防省が災害対応を求められる機会が増えており、災害への備えと対応の強化の必要性が高まっていることに言及するとともに、気候変動リスクを共有する各国国防省の協力が利益になると説明している。国防当局が対応を検討し、対策に乗り出す中、気候変動を安全保障上の課題として重大な関心をもって注視していく必要がある。

その他、テロリスクを巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 西アフリカ・ニジェールのバズム大統領は、西側諸国はサハラ砂漠の南縁のサヘル地域各国への軍事情報や装備品の提供を増強する必要があるとフィナンシャル・タイムズ(FT)に語っています。フランスが同地域に展開する対テロ部隊を半減させると決定したことを受けたものです。世界最貧国の一つであるニジェールは国境の管理が緩く、活動を活発化するイスラム過激派との戦いの最前線に立たされています。ニジェールはフランスの2倍以上の国土面積があり、イスラム過激派の拠点があるブルキナファソ、チャド、リビア、マリやナイジェリアなど7カ国と国境を接しており、フランスがマリ北部の基地から部隊を撤収しイスラム過激派掃討作戦「バルカン」を終了させた後は、ニジェールの首都ニアメに新たな部隊の司令部が置かれる予定となっています。本コラムでも取り上げましたが、マクロン仏大統領は7月、サヘル地域に派遣している軍事要員を現在の5,100人から半減させ、同地域に展開する他の欧州各国の部隊と共同で活動すると発表しています。
  • 米司法省は、今年9月で20年となる米同時テロに関し、機密指定されている文書の開示を検討する考えを明らかにしています。遺族らは、開示に応じない限り、9月11日の追悼式典に出席しないようバイデン大統領に求める書簡を公表、同時テロには、サウジアラビア政府が資金面などで関与したとの疑惑があり、遺族らは真相解明のために文書開示を求めています。歴代政権は「国家安全保障を守るため」などとして拒んできたところ、バイデン氏は昨年の大統領選で、当選したら開示に取り組む姿勢を表明しています。「私の政権は法の下で最大限の透明性を確保することを約束する」と強調しています。また、米国土安全保障省は、テロ警戒情報を更新し、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う社会不安に乗じ、過激派が国内で行動を活発化させる恐れがあると警鐘を鳴らしています。また、米同時テロから20年を迎えるのを前に、国際テロ組織の動向にも警戒を呼び掛けています。2021年8月14日付時事通信によれば、米国では、新型コロナ感染者が再び増加する中、各地でワクチン接種やマスク着用を義務化する動きが広がる一方、これに反発する人々との対立も伝えられています。国土安保省は、過激派が健康分野での規制発動を「攻撃を正当化する根拠と見なす可能性がある」と指摘、また、国際テロ組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」が最近、4年以上中断していた英語版の機関誌を出したことに言及し、「暴力的過激思想に感化されやすい米国在住者に対し、外国テロリストが引き続き影響を及ぼそうとしていることを示している」と警告しています。
  • フランス南部ニースで86人が犠牲となったトラック突入テロから5年が経過しました。現場近くで追悼式典が行われ、カステックス首相が「分断や憎しみ、暴力の種をまきたい人の居場所はない」と演説し、テロ対策を継続する姿勢を改めて強調しています。同氏は、「フランスはイスラム過激派の掃討に向けた有志連合に積極的に参加している」、「テロの準備に使われかねないインターネット上での憎悪表現との戦いにも取り組んでいる」と述べています。
  • 欧州司法裁判所は、イスラム教徒が職場で髪を覆うスカーフ(ヒジャブ)を着用することについて、企業は一定の条件の下で禁止することができるとの判断を示しています。「政治的・哲学的・宗教的信念を職場で目に見える形で表明することを禁止するのは、顧客に対する中立的なイメージを示すことや社会的な論争を避ける上で正当化されることがある」との見解を示しています。ただ正当化されるのは企業側が真剣に必要としている場合でなければならないとし、権利や利益と調和させる際に各国の裁判所は自国の状況、特に宗教の自由を保障するより有利な国内規定を考慮することが可能と指摘しています。本コラムでも取り上げましたが、ヒジャブの着用については数年前から欧州で論争を呼んでおり、イスラム教徒の社会統合を巡る意見の対立を浮き彫りにしています。欧州司法裁判所は2017年にもヒジャブを含む宗教的シンボルの着用を企業は条件付きで禁止できるとの判断を示し、宗教関係者から激しい反発を招いています。

(5)犯罪インフラを巡る動向

東京地検は、生物兵器に転用可能な精密機械を不正輸出したとする外為法違反などに問われた「大川原化工機」と同社社長、元取締役の男性について、東京地裁に起訴の取り消しを申し立てました。検察側による起訴の撤回は異例で、地検は「再捜査の結果、規制の対象外の製品だった可能性を排除できなくなった」としています。報道によれば、スプレードライヤーは、高性能の製品に限って輸出が規制されており、地裁で弁護側と争点などを整理する過程で、製品の性能水準に疑義が生じたといい、再捜査しても証拠が集まるか不確実なため、起訴を維持して公判を続けるのは2人の負担になると判断し起訴を取り消したということです。ただ、証拠内容がどう影響して取り消しにいたったのかについては「詳細の回答は控える」としています。なお、大川原社長らは、「起訴ありきだった」と捜査を批判、弁護人も「捜査段階から一貫して規制に該当しないと主張してきた。地検が十分に法令を確認していれば、起訴することは無かったはずだ」と指摘(捜査当局が規制の解釈を誤り、装置の性能についての十分な実験も行わなかったとしています)、警察の捜査も強引だったとして、刑事補償の請求や国家賠償訴訟を検討するということです。さて、同様の事案では、前回の本コラム(暴排トピックス2021年7月号)でも、経済産業省が、外為法に違反し、無許可で輸出しようとした疑いで、有限会社利根川精工を警視庁に告発した事例を取り上げました。同省は、告発の理由として、「被告発人は、サーボモータ(型番:SSPS-105)150個の輸出に関して、輸出貿易管理令別表第1の16の項に該当する貨物として、経済産業大臣から外為法第48条第1項の規定による許可が必要となる旨の通知を受けていたにもかかわらず、許可を受けずに輸出しようとしたため」と公表しています。さらに、本コラムでは「「国連の専門家パネルが昨年1月に公表した報告書によると、利根川精工は2018年11月、イエメンの企業にモーター60個を輸出したが、経由地のアラブ首長国連邦(UAE)で押収された。同じモーターは16年にアフガニスタンで墜落したイランの無人機の残骸からも見つかっていた。専門家パネルは、モーターがイランと関係の深いイエメンの反政府武装勢力「フーシ」の支配地域に出荷され、爆発物を積む軍用ドローンや、軍用ボートに使われる予定だったと分析した」とのことであり、「イエメンでは15年以降、サウジアラビアが支援する暫定政権軍とフーシによる内戦が泥沼化。死者が20万人を超えるなど人道被害が深刻化しており、専門家パネルはモーターの輸出について、「紛争を助長している」と非難している」(同)といいます。なお、90歳の男性社長は「イエメンに何度か輸出したが、農業用と聞いていた。経産省の規制は把握していたが、中国のどの企業がダメなのか、よく確認していなかった」と話したということです。男性社長の言い分がどこまで正しいかまでは分かりませんが、紛争を助長する「犯罪インフラ」となる危険性があり、規制を認識していた以上、「犯罪インフラ」化を阻止するために、相当慎重な対応が必要だったことは間違いありません。」と指摘しました。それに対し、2021年8月6日付毎日新聞では、以下のような社長の説明が掲載されていましたので、抜粋して引用します。

「性能に注文をつけたり、家族連れで会社に来たりするのは珍しいと思ったが、不審な様子はなかった。軍事利用の話も出なかった」と社長は振り返る。同じ性能のモーターは中国でも製造・販売されているが、「中国で調達するより安い」と言われたという。「代理店を挟まず直販していることから価格が安いのは確か。でも、性能に特段の強みはないので不思議だった」その後、この商社とは何度もメールでやり取りをした。試作品のモーターを数回にわたって送り、要求に沿って性能を改善させた。商社を介してモーターを買う中国企業のパンフレットや登記の写しも受け取り、無人ヘリを製造している会社であることを確認した。社長は部品が兵器などに利用される恐れがある場合、輸出規制を受けることを知っていた。万一のことを考慮し、経済産業省に登記などの資料を送ってその可否を尋ねた。その結果、「経産省への許可申請は必要ない」との回答があり、2020年3月にモーター200個を商社経由で輸出し、計660万円を受け取った。…経産省は翌4月、この商社を含む複数の中国企業に同じモーターを輸出する際、経産相の許可が必要だと社長の会社に通知した。…経産省からの通知を受け取った社長はまず、商社を通じて「ヘリ製造会社」にモーターが軍事利用されないか問い合わせた。メールでの返信には「『軍事用には輸入品を使わない』という中国の法律がある」などと記されていた。…取引先の言い分を信じるうち「通知の存在を忘れていた」という。「輸出したらだめじゃないですか」。すぐに経産省から連絡があり、東京税関の検査で発覚したことを伝えられた。この2回目の輸出未遂が今回の書類送検の容疑になった。社長によると、経産省からは許可申請を促すファクスが複数回届いていたが、輸出しようとした時点では気づかなかったという。…社長は「ドローンの制御には使えないはずで、国連の報告書はうそだ」と主張するが、同社のモーターが中東などで軍事転用されていたことを中国側が何らかの形でつかみ、同社にアプローチした可能性は残る。

本記事でも指摘されていますが、「政府は近年「経済安全保障」を掲げ、国際競争力のある先端技術や製品の海外流出防止を企業や研究機関に呼びかけている。今回の事件を受け、加藤勝信官房長官は「安全保障に関わる不正な事案に対しては厳正に対処する」と強調した。ただ、汎用性の高い製品をつくる町工場が、どこまで危機感を抱いて輸出管理に取り組むかは不透明だ。」という点は正にその通りであり、そこが「犯罪インフラ化」につながる真の要因だといえます。また、記事では、専門家が「中小企業が法規制をすべて認識するのは難しいが、法治国家の中においては知らなかったで済まされるものではない」と指摘、中小企業を対象に輸出管理に関するアドバイザーを派遣する事業を経産省が2019年から実施していることを挙げ、「こうした公的支援制度の周知をもっと図るべきだ」と訴えている点は、もっと認識されるべきだといえます

さて、究極の犯罪インフラとでもいうべき「銃」ですが、メキシコ政府が、米国を拠点とする銃器メーカーや流通会社11社を米マサチューセッツ州ボストンの連邦地裁に提訴するという驚くべきニュースがありました。報道によれば、各社がメキシコへの違法な銃の流入を助長し、治安悪化につながったなどと主張しているということです。メキシコ政府は、メキシコで密売される銃の70%が米国産と推定され、2019年だけで少なくとも17,000件の殺人事件に関係していたと主張、賠償額は100億ドル(約1兆1,000億円)に上る可能性があるといいます。一方、(当然ながら)これに対し米国の業界団体は、「メキシコ政府の主張には根拠がない。密輸された銃器を悪用しているのはメキシコの犯罪組織であり、メキシコ当局はその摘発に力を注ぐべきだ」などと反論しています。前述したとおり、メキシコでは麻薬組織間の抗争が激化しており、昨年は36,000件以上の殺人事件が発生、市民が巻き込まれるケースも相次いでいる現実があります。なお、関連して、メキシコが発表した政府統計で、昨年末時点における同国の貧困率が約44%に達していたことが判明、コロナ禍に伴う大幅な財政削減と企業閉鎖、レイオフによる経済低迷が事態を悪化させたということですが、貧困率の高さが治安の悪化をもたらし、銃犯罪の犠牲者も増加するという悪循環が予想されるところであり、銃規制のあり方を(銃の流通自体のあり方も含め)あらためて考える必要があるともいえます。

最近の事例や事件から、犯罪インフラに関する報道を、いくつか紹介します。

  • 車に近づくだけでカギが開く電子キーの電波を悪用した「リレーアタック」と呼ばれる手口で高級車を盗んだとして、兵庫県警が貴金属取引業の被告(公判中)ら男女15人を窃盗容疑で逮捕、送検しています。被害は兵庫、大阪、京都など6府県で計約160台(総額約7億円相当)に上るといいます。被告らは昨年5月、堺市中区の民家で、トヨタの「アルファード」(約700万円相当)を盗むなどした疑いがもたれており、他にも「ランドクルーザー」や「レクサス」などが盗まれているといいます。被告らは、盗んだ車に同車種の車体番号を付け替え、不正に車検登録して正規の中古車に偽装、暴力団関係者らに売却していたといいます。正に、「高級車」「リレーアタック」「ヤード」「不正車検」「暴力団」というキーワードで犯罪インフラが連鎖している点に驚かされます。
  • インターネットの会員制コミュニティー「オンラインサロン」で、「副業や投資のノウハウを学べる」などと勧誘し、トラブルになるケースが増えているといいます。「新たな会員を強引に勧誘させる」との報告も多く、国民生活センターが注意を呼び掛けています。主催者と会員が気軽に交流できるオンラインサロンは、新型コロナウイルス禍で人のつながりが希薄化する中、帰属意識を求める人などの間で人気が高まっていますが、国民生活センターによると、オンラインサロンをめぐるトラブルの相談は2020年度に約200件に上り、前年度の3倍に急増、主催者の連絡先や解約方法などを記載した契約書類を交付されず、退会手続きすら取れない事例もあるといい、国民生活センターの注意喚起によれば、「オンラインサロンを人に紹介すると報酬がもらえると言われた」「オンラインサロン経営のセミナーで、さらに高額なセミナーの勧誘を受けた」「オンラインサロン経営の副業を契約したが、書面を交付されなかった」「オンラインサロンを解約したいが、住所や電話番号等がわからない」などの相談事例が寄せられているようです。「オンラインサロン」というプラットフォーム自体が「犯罪インフラ化」している状況でもあり、注意が必要です
  • 業務委託を受けていた広告会社のHPを改ざんし、閲覧できなくしたとして、埼玉県警は、神奈川県の会社員の男を電子計算機損壊等業務妨害容疑などで再逮捕しています。被害者と加害者の端末でインターネット上の住所「IPアドレス」の規格が異なり、加害者の特定が難しいとされているケースだということです。IPアドレスは端末ごとに割り振られ、会社側のサーバーはアドレスが約40億個の「IPv4」に対し、男のパソコンは実質無制限のアドレスがある「IPv6」で、通信の規格が違うため、不正アクセスなどの被害を受けると加害者にたどり着くのは困難だったということです。男は同社のサーバーに不正アクセスしたとして6、7月、不正アクセス禁止法違反容疑で逮捕されています。
  • NTTドコモが提供する「dポイント」を不正利用し食品を買ったとして、京都府警は、私電磁的記録不正作出・同供用と詐欺の疑いで、派遣社員を逮捕しています。「不正にdポイントカードを登録していない」と容疑を否認していますが、容疑者は当時、KDDI(au)の販売員として家電量販店の携帯電話売り場に勤務、訪れた60代女性客にドコモ店員の代わりに対応した際、dポイントのアカウント情報を聞き、自身のdポイントカードとひもづけていたということです。アカウント情報を入手できればこのような犯罪は容易に行われてしまうという意味では、あらためて情報管理の重要性(簡単に「変わりに対応する」ことが情報管理上許容されうるのか等)を痛感させられます。また、三重県警は、携帯電話のSMSを利用した本人確認システム「SMS認証」を代行して不正にアカウントを取得させたなどとして、無職の容疑者Aを私電磁的記録不正作出・同供用容疑で逮捕、会社員のB容疑者を同容疑で再逮捕しています。SMS認証代行の検挙は、全国で4例目だといいます。報道によれば、共謀のうえ3回にわたって、ゲームアカウント売買サイトでB容疑者のアカウントを登録する際、「SMS認証」では本人の電話番号を入力しなければならないにもかかわらず、A容疑者から提供された電話番号や認証コードを入力して偽名アカウントを登録したというものです。A容疑者は、身分確認が不要で匿名で購入できるデータSIMを多数契約し、SNSなどに「SMS認証代行します」などと投稿、B容疑者から売買サイトに偽名アカウントを作りたいと依頼され、認証用の電話番号や認証コードを提供し、B容疑者が売買サイトに偽名アカウントを作成したということです。本コラムで以前から指摘していますが、データSIMの匿名性が犯罪インフラ化していることの証左といえます。
  • 昨年11月から始まったイッターの付加機能「フリート」が8月3日に終了しています。「フリート」はインスタグラムの「ストーリー」に似た機能で、テキストや画像、動画をアップロードできるものの、24時間で消去される仕組みで、自分の書き込みがずっとネット上に残るのが心配な人にも書き込みやすく、より多くのツイッター参加者を増やそうと導入したが、実際には自分のツイートの拡散、宣伝に使われることが多く、フリートによるツイッター参加者の増加はほとんどみられなかったといいます。本コラムでは、犯罪インフラ化している匿名性の高い通信アプリ「テレグラム」や「シグナル」などのように犯罪に悪用される可能性を指摘していたもので、サービス終了とのことで安心しました。
  • 違法な高金利で金を貸したとして、警視庁は、埼玉県川口市の経営コンサルタントの男を貸金業法違反(無登録営業)と出資法違反(超高金利)の疑いで書類送検し、発表しています。男は女性客相手に貸し付けの見返りに性行為などを求めていた(いわゆる「ひととき融資」)といい、調べに対して「金を貸すことで優越感に浸れた。女性との出会いが目的だった」と話しているということです。男は2014年10月~2017年7月、無登録で東京都内の30代女性2人に計4回、総額で約20万円を法定金利(1日0・3%)の約4~2.7倍で貸し付け、利息計2万円を得た疑いがあります。ひととき融資をはじめ個人間の融資は近年になって急増しており、厳格な審査のない手軽さなどが背景にあるとみられるものの、「ヤミ金の新たな手口」として注意が必要です。さらには、個人から借りたと思い込んでいるうちに、個人情報がほかの業者に悪用されたり、保証金名目で現金をだまし取られたりする被害に遭うこともあり、泣き寝入りやさらなる被害の拡大も懸念されるところです

さて、パスワードは本人確認・本人認証に不可欠なものと考えられていますが、現在の技術(しかもオープンソースで誰でも利用できる無償の解析ツールを使った結果)では、「パスワードは6ケタなら1秒未満、8ケタでも20秒、数字と英語を組み合わせても数分で突破可能、解析ツールの技術が進化し、数字と英語のみの単純な構成なら、どんなに字数を増やしても、手当たり次第に入力を試みる総当たり攻撃(ブルートフォースアタック)で突破できるようになっているといいます。つまり、解読や漏えいのリスクからパスワード管理は「オワコン」(終わったコンテンツ)化しつつあるといいます(2021年7月18日付日本経済新聞)。内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)は(従来の定期的な更新よりも)「英大文字と小文字+数字+記号で10ケタ以上」なら安全と推奨してはいますが、複雑な文字列をサービスごとに使い回さず設定・管理するのは困難だといえます。一方、報道によれば、米アップルなど大手IT企業は生体認証や物理キーなどへの移行を進めているというものの、実は生体認証も万全ではないことが指摘されています。実際、米FBは2019年に、人工知能(AI)によって動画を加工する「ディープフェイク(偽動画)」で顔認証をだます技術を発表、技術がさらに進めば、顔認証の突破も容易になる懸念が払しょくできなくなります。依然として9割以上が自社のシステムへのログイン方法について「ID・パスワードのみ」としている実態においては、(容易に突破されて悪用され放題のリスクがあるにもかかわらず放置されているという状況といえ)もはやパスワードの「犯罪インフラ化」といえると思います。

プライバシー情報もまた悪用の危険に晒されているという意味では、「犯罪インフラ化」の側面が否定できません。例えば、2021年8月5日付毎日新聞では、世界最強のプライバシー保護活動家が「米軍がイスラム教徒の礼拝用アプリの運営企業から利用者のデータを買い、ドローンによるテロ容疑者の殺害に利用している疑いがあるとの報道もあります。つまり、あなたが携帯電話にそのアプリをインストールすれば、間接的にあなたはドローン攻撃のための情報を米軍に提供していることになるのです」と指摘していることは、大変驚かされます。また、関連記事においても、「議会では13年、第三者企業が「レイプ被害者」や「アルコール依存症患者」などのリストを販売していたとされる問題が報告されている。また、人種や収入などに応じた差別的な広告配信についても批判の声が強い。問われているのは、広告のあり方だけではない。プロファイリングを利用して格付けや選別が行われ、本人は気が付かないうちに人生を左右される恐れがある。…民主主義がゆがめられる危険すらある。18年に発覚した英データ分析会社「ケンブリッジ・アナリティカ(CA)」の事件では、同社がフェイスブックから個人データ約8700万人分を不正に入手し、16年の米大統領選で有権者の投票行動を操作するために政治広告などに利用、トランプ前大統領の勝利に貢献したとされている。」との指摘があり、プライバシー情報の「犯罪インフラ化」に大きな危惧を覚えます。

前述した令和3年(2021年)版警察白書では、被害が深刻化するランサムウエアを取り上げ、「世界的に問題となっている」と指摘しています。攻撃側は盗み出した機密情報を暴露しない代わりに、高額の金を求めるものですが、他にも横行する背景にコンピューターウイルス、身代金を要求する手口に関する情報が闇サイト上で売買されている実態があると分析しています。さらに、手口が巧妙化するなか、捜査技術と解析力を高める必要性も指摘しています。本コラムでも紹介しましたが、すでに警察庁は2022年度にも重大なサイバー犯罪を直接捜査する「直轄隊」とそれを指揮監督する「サイバー局」を新設すると発表しています。そこでは、人工知能(AI)を駆使した不正プログラムの分析や、海外機関などと連携強化を進めるとしています。また、サイバー空間の脅威について「国内外で政府機関、重要インフラ事業者等を標的としたサイバー攻撃が激しさを増している」と指摘、警察の捜査によるアトリビューション(攻撃者や手口の特定)で「国家レベルの関与を明らかにしたサイバー攻撃事案」を紹介、2016~17年の宇宙航空研究開発機構(JAXA)などへのサイバー攻撃を取り上げ、関係者の供述や証拠によって中国人民解放軍が関与した可能性が高いと結論付けたと記載している点も興味深いところです。さらに、不正アクセスなどのサイバー犯罪の摘発件数は年々増加し、昨年は9,875件に上ったこと、サイバー攻撃の予兆・実態を把握するための警察庁の検知システムでは昨年、不審なアクセスを1日平均6,506件観測、5年間で4倍近くに増えていることなどを紹介しています。また、サイバー犯罪の犯人を追跡する捜査での課題を、警察庁が都道府県警に聞き取った調査結果として紹介、「通信匿名化技術等の悪用」が37%で最も多く、「海外サービスの悪用」(30%)、「通信履歴等の保存期間の経過」(27%)などが続いています。以下に、その概要版からサイバー犯罪を中心に重要と思われる部分を抜粋して引用します。

▼警察庁 令和3年警察白書
▼概要版
  • サイバー空間の脅威をめぐる情勢
    • 近年、サイバー犯罪・サイバー攻撃はその手口を深刻化・巧妙化させつつ多数発生しており、サイバー空間における脅威は極めて深刻な情勢となっている。
  • サイバー犯罪の情勢
    1. 令和2年(2020年)中のサイバー犯罪の情勢
      • 令和2年中の警察によるサイバー犯罪の検挙件数は、過去最多となった。また、インターネットバンキングに係る不正送金事犯の発生件数・被害額も、引き続き高水準で推移している。これらの被害の多くは、金融機関を装ったフィッシングによるものと考えられる。このほか、スマートフォン決済サービスの不正振替事案や、いわゆる「SMS認証代行」を用いて不正にアカウントを取得させる事案が確認されている。
    2. 新型コロナウイルス感染症に関連するサイバー
      • 新型コロナウイルス感染症に関連するサイバー犯罪であると疑われる事案として、令和2年中に都道府県警察から警察庁に報告のあった件数は887件であった。
    3. サイバー犯罪の検挙状況
      • 令和2年中の不正アクセス禁止法違反の検挙件数は609件と、前年より207件(4%)減少し、コンピュータ・電磁的記録対象犯罪の検挙件数は563件と、前年より127件(29.1%)増加した。サイバー犯罪の検挙件数は増加傾向にあり、令和2年中は9,875件と、前年より356件(3.7%)増加した。
    4. インターネットバンキングに係る不正送金事犯の状況
      • 令和2年におけるインターネットバンキングに係る不正送金事犯の被害額は前年に比べて大幅に減少したものの、発生件数はやや減少という状況であり、引き続き高水準で推移している。その被害の多くは、フィッシングによるものと考えられるが、コンピュータ等に感染した不正プログラム「Emotet」が、インターネットバンキングの情報窃取等を目的とした別の不正プログラムを、感染した端末にダウンロードし、ID・パスワード等を窃取したと疑われるものが確認されている。
    5. キャッシュレス決済サービスをめぐるサイバー犯罪の状況
      • キャッシュレス決済の普及が進む中、スマートフォン決済サービスと銀行口座の連携時における本人確認方法のぜい弱性を悪用した事例や、サービス利用時の本人認証として広く用いられているSMS認証を不正に代行し、第三者に不正にアカウントを取得させる事例等が発生している。
  • サイバー攻撃の情勢
    • サイバーテロやサイバーインテリジェンス(サイバーエスピオナージ)といったサイバー攻撃は世界的規模で発生しており、令和2年中は、ソフトウェアやシステムのぜい弱性を悪用した攻撃や、標的型メール攻撃を通じて不正プログラムに感染させるなどの事案が多数発生した。こうした事案の中には国家の関与が疑われるものもみられるなど、国内外でサイバー攻撃が激しさを増している。
    • また、警察庁が国内で検知した、サイバー空間における探索行為等とみられるアクセスの件数についても増加の一途を辿っており、サイバー攻撃の準備行為とみられる活動が広がりをみせている状況がうかがわれる。
    1. 新型コロナウイルス感染症に関連したサイバー攻撃の情勢
      • 新型コロナウイルス感染症に関連した特徴的なサイバー攻撃としては、国内外で医療機関や研究機関等に対する攻撃が確認されている。
      • また、標的型メール攻撃についても、新型コロナウイルス感染症に関連しただまし文句を用いる事例が報告されているほか、テレワークに用いるオンライン会議システム等のぜい弱性を悪用したとみられる事例も確認されている。
      • 一部の事業者においては、十分なセキュリティ上の措置が講じられていないシステムや端末が用いられていたり、テレワーク等によりシステム監視の体制がぜい弱となり社内システムに対するサイバー攻撃被害への対応が遅れたりするなどの状況が生じているものとみられる。
    2. 警察のアトリビューションにより国家レベルの関与を明らかにしたサイバー攻撃事案
      • 中国共産党員の男(30代)は、平成28年9月から平成29年4月までの間、合計5回にわたり、住所、氏名等の情報を偽って日本のレンタルサーバの契約に必要な会員登録を行った。警視庁公安部は、令和3年4月、同男を私電磁的記録不正作出罪・同供用罪で検挙した。
      • 本事件の捜査を通じ、警察では、同男が不正に契約したレンタルサーバがJAXAに対するサイバー攻撃に悪用されたこと、同一の攻撃者が関与している可能性が高いサイバー攻撃が約200の国内企業等に対して実行されたことを把握し、被害企業等に対して個別に注意喚起を実施した。また、これらのサイバー攻撃がTickと呼ばれるサイバー攻撃集団によって実行されたものであり、このTickの背景組織として山東省青島市を拠点とする中国人民解放軍第61419部隊が関与している可能性が高いと結論付けるに至った。
  • サイバー犯罪への対策
    1. 不正アクセス対策
      • 警察では、不正アクセス行為の犯行手口の分析に基づき、関係機関等とも連携し、広報啓発等の不正アクセスを防止するための取組を実施している。
    2. インターネットバンキングに係る不正送金事犯への対策
      • 警察では、手口が巧妙化しているインターネットバンキングに係る不正送金事犯に対し、早期の実態解明と必要な取締りを推進しているほか、効果的な広報啓発、ウイルス対策ソフト事業者等に対するフィッシングサイト情報の迅速な共有等を行っている。
    3. キャッシュレス決済サービスをめぐるサイバー犯罪への対策
      • 警察庁では、身に覚えのないスマートフォン決済サービスを通じて銀行口座から不正に出金される手口に関し、金融庁等と連携し、警察庁ウェブサイト等で被害防止のための注意喚起を実施したほか、金融機関等に対し、犯罪捜査の過程で判明した手口等について情報提供するとともに、それらを踏まえた被害防止対策の強化について要請した。
    4. インターネット上の違法情報・有害情報対策
      • 警察庁では、違法情報、自殺誘引等情報等に関する通報を受理し、サイト管理者への削除依頼等を行うインターネット・ホットラインセンター(IHC)を運用している。また、効率的な違法情報の取締り及び有害情報を端緒とした取締りを推進し、合理的な理由もなく違法情報の削除依頼に応じないサイト管理者については、検挙を含む積極的な措置を講じている。
    5. サイバー犯罪捜査における犯人の事後追跡上の課題
      • サイバー犯罪捜査における犯人の事後追跡可能性について調査したところ、右図(省略)のとおりであった。
      • こうした課題に対処するため、警察では、関係事業者等に対し、総務省の「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」を踏まえた通信履歴の適切な保存、適切な本人確認・認証等の実施を要請している。
    6. 日本サイバー犯罪対策センターとの連携
      • 警察では、捜査関連情報等を一般財団法人日本サイバー犯罪対策センター(JC3)において共有し、サイバーセキュリティに関する取組に貢献するとともに、JC3において共有された情報を警察活動に迅速・的確に活用している。
      • 警察庁では、IC3と連携して、犯行手口等から犯行グループを分類し、各犯行グループの詳細な分析により、犯罪の実態解明を進めている。
  • サイバー攻撃への対策
    • 警察庁及び各都道府県警察では、サイバー攻撃対策を担当する組織を設置しているほか、関係機関等と連携し、サイバー攻撃の実態解明や被害の未然防止等を推進している。
    • 警察では、各都道府県警察、重要インフラ事業者等とで構成するサイバーテロ対策協議会を全ての都道府県に設置し、サイバー攻撃の脅威や情報セキュリティに関する情報提供のほか、サイバー攻撃の発生を想定した共同対処訓練等を行っている。また、先端技術を有する事業者等との間や、ウイルス対策ソフト提供事業者等とで構成する協議会において情報共有等を行っている。
  • 技術支援と解析能力の向上
    1. サイバー攻撃対策におけるサイバーフォースの役割
      • 警察では、警察庁及び全国の情報通信部に都道府県警察のサイバー攻撃対策部門へ技術的な面から支援を行う部隊であるサイバーフォースを設置している。
      • さらに、警察庁のサイバーフォースセンターは、全国のサイバーフォースの司令塔の役割を担っており、全国のサイバーフォースに対する指示等を行っている。
    2. サイバー攻撃の予兆・実態等の把握
      • サイバーフォースセンターでは、リアルタイム検知ネットワークシステムを運用し、24時間体制でサイバー攻撃の予兆・実態等を把握し、分析結果を重要インフラ事業者等へ情報提供しているほか、広く一般に公開している。
      • 令和2年中、同システムの一つのセンサー当たり約3秒に1回という高い頻度で世界中から不審なアクセスが行われていることを観測した。
    3. サイバー攻撃への対処のための不正プログラムの解析
      • サイバーフォースセンターでは、不正プログラムの動作解析や不正プログラム解析の高度化・効率化に取り組んでおり、特に、産業制御システムに対するサイバー攻撃への対処能力の強化を図るため、大規模産業型制御システム模擬装置を整備し、実際に不正プログラムを実行させ、その動作を検証することなどにより、事案発生時に迅速な原因特定・対処ができるようにしている。
  • 国際連携の推進
    • 警察庁では、サイバー犯罪条約、刑事共助条約(協定)、ICPO、サイバー犯罪に関する24時間コンタクトポイント等の国際捜査共助の枠組みを活用し、国境を越えて行われるサイバー犯罪・サイバー攻撃に対処している。また、警察庁では、多国間における情報交換や協力関係の確立等に積極的に取り組んでいる。
  • 警察におけるサイバーセキュリティ戦略及び人材育成の推進
    • 警察では、「警察におけるサイバーセキュリティ戦略」に基づき、組織基盤の更なる強化を図るなど、総合力を発揮した効果的な対策を推進している。
    • また、サイバー空間の脅威への対処のための人的基盤を強化するため、警察では、職員の採用・登用、教育・研修、キャリアパスの管理等を部門横断的かつ体系的に実施している。
  • 今後の取組
    • 近年、新型コロナウイルス感染症に関連するサイバー犯罪の発生や「Emotet」のような感染力の強い特徴的な不正プログラムの出現など、日々新たな手口のサイバー犯罪が登場しているほか、国内防衛関連企業等から機密情報が流出した可能性のあるサイバー攻撃事案が発生するなど、サイバー空間における脅威は極めて深刻な情勢となっている。
    • その一方で、サイバー空間は国民の日常生活の一部として重要な社会経済活動が営まれる公共空間へと変貌を遂げており、サイバー空間の安全安心の確保は、国民にとって安全安心なデジタル社会の実現のためにこれまで以上に重要かつ必要不可欠なものとなると考えられる。
    • 警察では、これまでもサイバー犯罪・サイバー攻撃の取締り、不正プログラムの解析をはじめとした情報解析技術の活用、外国捜査機関等との連携等、サイバー空間の脅威への対策を講じてきたところである。
    • 今後、デジタル社会が進展し、サイバー空間の役割が拡大していく中、国民の安全安心な暮らしを守る責務を担う警察は、サイバー空間の安全安心の確保に向けた取組においても、これまで以上に中心的な役割を果たすことが求められている。
    • 警察庁では、サイバー空間の脅威が極めて深刻な情勢にあること、包括的なサイバーセキュリティ対策の必要性等についてサイバーセキュリティ政策会議から提言を受けたことなどを踏まえ、サイバー犯罪・サイバー攻撃への対処能力の向上を図るため、警察の組織体制の在り方等について必要な検討を行っている。今後、令和4年度を目途とした警察組織の見直しも視野に入れた上で、令和3年度末までに一定の方向性を示すこととしている。

さて、サイバー犯罪が国家レベルで行われている者も含まれるとすれば、それはもはや「サイバー防衛」の領域の問題となります。日本の防衛は「専守防衛」が大原則となっていますが、サイバー空間における戦闘においてもそれでよいのか、そもそもどのように防衛すべきなのか、日本ではいまだ議論が成熟していない状況にあります(すでに国家レベルの攻撃を日々受けているにもかかわらず、ということです)。その辺りの問題意識については、やや過激なものも含め、以下の3つの記事が参考になります。重要と思われる部分について、抜粋して引用します。

2021年8月2日付産経新聞「サイバー防衛 自衛のため攻撃力保有を」
米国と日本、北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)、英国やカナダなど機密情報共有の枠組み「ファイブアイズ」構成国が7月19日、サイバー空間での中国の無法行為を一斉に非難した。…日本は外務省報道官談話で米英などの声明を「強く支持」した。「自由、公正かつ安全なサイバー空間」を民主主義の基盤と位置づけ、国家安全保障の観点から悪意あるサイバー活動に対処していくと表明した。サイバー攻撃の問題で初めて、主要国やNATO、EUが中国一国を名指しして批判したのは妥当だ。東京五輪の開幕に先立ち、サイバー攻撃を行わないよう牽制する意味合いもあったとされる。中国政府は「強烈な不満と断固たる反対」を表明したが説得力はない。米政府は、中国政府系ハッカー集団が米国やその同盟国を標的にした50以上のサイバー攻撃の手口を暴き、それらへの対策を発表している。英国のシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)は6月の報告書で、サイバー、デジタル分野の総合力で日本を主要国の最下位グループに位置付けた。日本政府のサイバー防衛の能力はあまり優れていないとした。サイバー攻撃への対処で日本は弱い環になってはいけない。…原案は一定の場合にはサイバー攻撃が国際法上の武力の行使、武力攻撃となり得るとし、「相手方によるサイバー空間の利用を妨げる能力」の活用を打ち出した。日進月歩のサイバー分野で相手の手の内を予想して攻撃を防ぐにはこれだけでは足りない。抑止効果を生む攻撃能力も培う必要がある。攻撃能力の保有なしに自衛は困難だ。憲法に反しないと早急に位置付け、取り組むべきだ。
2021年7月26日付日本経済新聞「サイバー防衛、議論不足の国会 米は超党派で協力」
サイバー空間は現代の新たな「戦争」の主戦場になりつつある。時代に適した体制づくりに超党派で取り組む米欧とは対照的に、日本の国会は議論を尽くしていると言いがたい状況にある。…米国は平時から潜在敵国のネットワークを監視したり侵入したりして、攻撃を事前に察知すれば潰す行動に出る。日本は現状の法制度で同様の対応ができない。「通信の秘密」を定める憲法21条や電気通信事業法4条、不正アクセス禁止法などが壁になる。サイバー攻撃が国際社会の「戦争」になった以上、自衛権の行使という論点を早急に整理する必要がある。…専門家は「サイバー空間での防衛が日本の生存に死活的に重要だとの認識が政治家を含む多くの日本人に欠けている」と指摘。「地政学的に米国と中国、ロシアのサイバー戦の最前線に位置しているにもかかわらず、丸裸だ」と断じる。大規模なサイバー攻撃を受け、経済・社会活動に甚大な打撃を受けた場合、日本が報復に踏み切るかどうかを判断するのは首相らである。「サイバー戦争」という静かなる有事にどう備えるのか。秋までにある衆院選を与野党が安保政策の柱として意見を戦わせる好機にすべきだ。
2021年7月21日付日本経済新聞「サイバー防衛、仮想空間の「グレーゾーン」憲法も壁に」
サイバー空間は米国が陸海空、宇宙に続く「第5の軍事領域」と定義付けるほど安全保障上の重みが増してきた。重要インフラや政府機関が攻撃を受けるリスクへの対処を巡り、日本では憲法の壁が立ちはだかる。護憲か改憲かという旧来の議論を超えて現実の脅威に向き合う局面に入っている。…政府は2018年策定の防衛計画の大綱でサイバーを「新領域」と位置付け、「積極的な防衛体制(アクティブ・ディフェンス)」を取ると打ち出した。サイバー攻撃による混乱を防ぐため、先に相手のネットワークを妨害する考え方を指す。…サイバーの世界は「攻撃が最大の防御」とされるが、憲法9条に基づく専守防衛の日本で先制攻撃できるかどうか議論は整理されていない。敵の行為を「武力攻撃」と認定するまで攻撃を実行できないとの解釈がある。「グレーゾーン」が多く、攻撃主体を断定するのも難しい。国連憲章は武力攻撃が発生した場合、加盟国が自衛権を発動した武力行使を認める。多くの国はサイバー攻撃も武力攻撃と同等だとの立場を取る。専守防衛で対処しようとすると後手に回る恐れがある。…サイバーディフェンス研究所の名和利男専務理事は「日本は米欧のようにサイバー防衛の任務を法律上付与された組織主体がない」と唱える。自衛隊法にサイバー防衛の任務を入れれば自衛隊が官民全体の防衛にあたることができると話す。

(6)誹謗中傷対策を巡る動向

東京五輪は、アスリートから多くの問題提起がなされた大会になりました。メダル期待の過度な重圧、SNSによる誹謗中傷、真夏の開催による負担など、「莫大な放送権料や協賛収入を集め、アスリートにも恩恵をもたらしてきた「五輪ブランド」成長の歯車が逆回転し始めたともいえる。メンタルヘルスや多様な生き方を尊重する考えが広がる中、五輪のあり方も再考を迫られている」(2021年8月8日付日本経済新聞)という点は衆目の一致するところだといえます。誹謗中傷対策については、日本オリンピック委員会(JOC)は東京五輪の開催に合わせて、SNSでの悪質な書き込みへの監視を開始、悪質な内容は記録に残しており、警察への通報も辞さないとする姿勢を示しました。また、ジャーナリストの津田大介氏が、朝日新聞デジタル上で、誹謗中傷した匿名の投稿主を「特定」するための費用が裁判で全額認められるケースが増えていることや、今年の通常国会でプロバイダー責任制限法が改正され、発信者特定のプロセスが簡素化されたことを指摘しつつも、それでも本質的解決にはならないとし、「SNSを運営するプラットフォーム事業者が自主的に取り組みを行うほかありません。五輪でアスリートや著名人への誹謗中傷問題が深刻化したいまだからこそ、プラットフォーム事業者にはより高い社会的責任、実効力のある対策を提示する責任が求められます」と指摘しています。さらに、エッセイストの犬山紙子さんも「批判と誹謗中傷は違うものであること。そして誹謗中傷は『心の持ちよう』くらいで無効化することもできない。無効化できるということは、心を麻痺させるということだからだ。アドバイスのつもりで『スルーしたら』という声もよくあがるがそれも相手を追い詰めてしまう言葉になる」と指摘しています。また、国際大学の山口真一准教授は「五輪が愛国心を刺激するビッグイベントである以上、誹謗中傷は避けられない面もある。SNSは誰でも自由に発信できる「人類総メディア時代」をもたらしたが、極端な意見を持っている人が相手を直接攻撃できてしまう問題が顕在化したといえる。しかし「炎上」に加担しているのはごく一部の人だという点が重要だ。SNSはファンとのコミュニケーションや競技の裾野を広げるという利点があり、炎上を恐れるがために選手が利用を萎縮しなければならないのは、社会のあり方として間違っている。…SNSは誰もが加害者になりうる。「本当にそれを世界に向けて発信するのか」、SNSを使う私たち自身が留意するべきだ。」と指摘しています。そして、五輪のあり方と絡め、「五輪は社会が抱える問題を可視化する。4年に一度「絆」を確かめ、社会の影の部分をも再認識する-五輪が存続してきた理由なのかもしれない。困難と向き合うことの大切さを改めて認識した17日間。「東京」に灯された聖火は消えるが、示された問題と向き合っていかねばならない。今後も続くであろうコロナ禍に負けないためにも。」(2021年8月8日付産経新聞)との指摘もまた正鵠を射るものといえます。

さて、SNSなどネット上の誹謗中傷や偽情報を議論する総務省の有識者会議が中間提言案をまとめています。米IT大手などによる国内の実態把握が進んでいないとして取り組み状況の開示など透明性の確保や、自主的取り組みを前提としつつも、改善されない場合は法的枠組みの導入など行政の関与を求めています。さらに、誹謗中傷の削除基準の共有や、第三者が真偽を確認する「ファクトチェック」の推進などを促す内容ともなっています。また、誹謗中傷の報告水準のばらつきを防ぐため、官民が協力する仕組みの検討も必要としています。誹謗中傷対応ではヤフーやLINEが削除要請の件数や削除件数を公表する一方、米フェイスブックや米ツイッターは国内の具体的な取り組みを公表しておらず、「フェイクニュース」など偽情報は、すべての事業者が実態把握や結果分析を実施していなかったことも指摘されています。また、ネット上の誹謗中傷に関する相談件数は高止まりし、新型コロナウイルスに関する真偽不明の予防法や人工知能(AI)などで加工された偽画像なども流通する実態があります。以下、中間とりまとめ案から重要と思われる部分を(箇条書きとなりますが)抜粋して引用します。

▼総務省 プラットフォームサービスに関する研究会 中間とりまとめ(案)についての意見募集
▼別添1 プラットフォームサービスに関する研究会 中間とりまとめ(案)
  • 総務省が委託運営を行っている「違法・有害情報相談センター」で受け付けている相談件数は高止まり傾向にあり、令和2年度(2020年度)の相談件数は、受付を開始した平成22年度(2010年度)の相談件数の約4倍に増加している。総務省は、令和3年(2021年)2月に、相談(作業)件数の事業者別の内訳を公表した。令和2年度(2020年度)における相談件数の上位5者は、Twitter、Google、5ちゃんねる、Facebook、LINEとなっている。
  • 法務省におけるインターネット上の人権侵害情報に関する人権侵犯事件は、平成29年(2017年)に過去最高(平成13年(2001年)の現行統計開始以降)の件数を更新し、令和2年(2020年)についても、引き続き高水準で推移している。法務省は、インターネット上の人権侵害情報について、法務省人権擁護機関による削除要請件数と削除対応率について、事業者別の数値(個別の事業者名は非公表)を令和3年(2021年)2月に公表した。平成30年(2018年)1月~令和2年(2020年)10月の期間内に、5,223件の事案が人権侵犯事件として立件された。法務局においては、これらについて当該情報の違法性を判断し、そのうち1,203件について削除要請を実施したところ、プロバイダ等による削除対応率は68.08%であった。さらに、法務省は、投稿の類型別(私事性的画像情報、プライバシー侵害、名誉毀損、破産者情報、識別情報の摘示)の削除要請件数及び削除対応率についても公表を行った、有識者の分析結果によると、2020年4月のネット炎上件数は前年同月比で3.4倍であり、2020年の炎上件数は1,415件となっている。
  • インターネットのような能動的な言論空間では、極端な意見を持つ人の方が多く発信する傾向がみられる。過去1年以内に炎上に参加した人は、約5%であり、1件当たりで推計すると0.0015%(7万人に1人)となっている。書き込む人も、ほとんどの人は炎上1件に1~3回しか書き込まないが、中には50回以上書き込む人もいるなど、ごく少数のさらにごく一部がネット世論を作る傾向が見られるとの指摘がある。
  • また、炎上参加者の肩書き分布に特別な傾向は見られない。書き込む動機は「正義感」(どの炎上でも60~70%程度)となっている。社会的正義ではなく、各々が持っている価値観での正義感で人を裁いており、多くの人は「誹謗中傷を書いている」と気付いていないという分析結果が挙げられた。
  • モニタリングの結果、プラットフォーム事業者の誹謗中傷等への対応に関する透明性・アカウンタビリティ確保状況には差異が見られた。ヤフー・LINEは、我が国における誹謗中傷への対応について、具体的な取組や定量的な数値を公表しており、透明性・アカウンタビリティ確保に向けた取組が進められている。Googleは、一部、我が国における定量的な件数が新たに示されているが、構成員限りで非公開となっている情報も残されており、部分的に透明性・アカウンタビリティ確保に向けた取組が進められている。Facebook・Twitterは、グローバルな取組や数値は公表しているが、我が国における具体的な取組や定量的な数値を公表しておらず、我が国における透明性・アカウンタビリティ確保が果たされていない。
  • すべての事業者において、誹謗中傷を含む一定の類型について禁止規定を定めており、削除・警告表示・アカウント停止等の対応を規定し公表している。
  • ヤフー・LINEについては、2020年7月の本研究会(第19回)でのヒアリングシートと比較して、我が国における一般ユーザーからの申告に関する定量的な件数が新たに示されているなど、透明性・アカウンタビリティ確保に向けた取組を進めている。Googleは、2020年7月の本研究会(第19回)でのヒアリングシートと比較して、一般ユーザーからの申告に関する件数など、一部、我が国における定量的な件数を新たに示しているが、構成員限りで非公開となっている情報も残されており、現在、日本向けデータ公表のフォーマットについて検討中である。Facebook・Twitterは、2020年7月の本研究会(第19回)でのヒアリングシートと比較して、新たな情報を示していない。グローバルでの数値は公表しているものの、我が国における一般ユーザーからの申告に関する定量的な数値は示していない
  • 各事業者において、積極的にAIを活用した削除等の取組が進められている。ヤフーは、「Yahoo!ニュースコメント」において2014年から機械学習による不適切投稿への対応を開始した。AIによる検知を通じて、1日平均約29万件の投稿のうち、約2万件の不適切な投稿(記事との関連性の低いコメントや誹謗中傷等の書き込みなど)の削除を実施している。Facebookは、AIを活用して不適切なコンテンツを検出している。AIは、コンテンツレビュアーがレビューするケースに優先順位をつけて、最も有害で時間的な問題のあるコンテンツを最初に処理できるようにしている。Googleは、機械学習を活用して不適切なコンテンツを検出している。
  • 有害なコンテンツのほとんどがシステムによって一度も視聴されずに削除されている。LINEは、機械的なチェックにより、禁止用語やルールと照合し、規約や法令に反した投稿かどうか確認し、自動で非表示化している。全サービスにおいて、わいせつ、出会い系、不快画像等について、AIを活用した「違反画像」を検知している。Twitterは、テクノロジー(PhotoDNA、社内の独自ツールなど)を活用し、違反コンテンツを特定している
  • 一部事業者から不正な申告や削除要請への対策の方法・仕組みについて回答があった(ヤフーは、すべて人の目で内容を確認、Facebookは、システムの悪用(大量の報告)を防ぐため重複報告を認識する技術を導入)。濫用的な報告に関する定量的な件数については、LINEのみが数値を公表している
  • 各社の具体的な取組は以下のとおり。
    • ヤフー:自身の選択により書き込みや利用者の非表示・ブロック、低品質投稿の機械的検出と折りたたみ表示(知恵袋)、AIを活用した投稿時における注意メッセージの掲出(ニュースコメント、2020年度開始)、一度投稿停止措置を受けたユーザーが再度アカウントを作成した場合の投稿制限等
    • Facebook:自身の選択により書き込みや利用者の非表示・ブロック、タグ付けや返信等を許可する相手を選択する機能、ブロックした人の別アカウントによる望まないやりとりの自動検知・防止、ポジティブなコメントを固定、不適切なコメントを自動的に非表示するフィルタ機能
    • Google:利用規約上ボーダーライン上のコンテンツ等をおすすめ機能に表示しない機能
    • LINE:自身の選択により書き込みや利用者の非表示・ブロック、18歳未満のユーザー検索機能制限、誹謗中傷やスパムなどについてAIを活用して検知し投稿前に警告する機能を開発中(2021年下半期までに全てのサービスに実装予定)、一般社団法人全国心理業連合会と連携した無料相談窓口(心のケア相談)の開設
    • Twitter:自身の選択により書き込みや利用者の非表示・ブロック、返信できるユーザーの範囲を選択する仕組み、センシティブな内容を非表示にするフィルタ機能(セーフサーチ)
  • 2021…年3月の調査結果によると、直近1か月での偽情報への接触率は75%であり、3割程度の人は、偽情報に週1回以上接触している。偽情報を見かけることが多いジャンルは、新型コロナウイルス及びスポーツ・芸能系関連となっている。特に、直近1ヶ月の間での新型コロナウイルス関連の偽情報に接触した層は半数程度であり、拡散経験層は3割弱程度となっている。
  • 偽情報と気づいた割合は、新型コロナウイルス関連が9%だが、国内政治関連は18.8%と、ファクトチェック済みの偽情報でも多くの人が偽情報と気付けていない。情報リテラシー(読解力・国語力)が高い人は偽情報に騙されにくい。他方、ソーシャルメディアやメールへの信頼度が高いと偽情報に騙されやすい。また、マスメディアへの不満や自分の生活への不満が高いと偽情報に騙されやすい(特に、国内政治関連の偽情報)。
  • 偽情報の種類によって有効な行動は大きく異なる。新型コロナウイルス関連では「1次ソースを調べる」「情報発信者の姿勢やトーン、感情を考える」が有効、国内政治関連では「情報の発信主体を確認する」「情報が発信された目的を考える」が有効となっている。また、「ネットで他の情報源を探し、確認する」も全体的に有効となっている。
  • 拡散手段として最も多いのは「家族・友人・知り合いに直接話した」が3%。次いでメッセージアプリが多く、身近な人への拡散が多い。Twitterは3位の4.3%となっている。大量の人に拡散した「スーパースプレッダー」は全体で1%以下しかいないが、拡散数では約95%を占めるなど、ごく一部の拡散者が偽情報拡散の大部分を広めていた。一方、スーパースプレッダーはソーシャルメディアからの訂正情報で考えを変えやすい傾向にある
  • 人間の非合理性が、偽情報の拡散に寄与するとの指摘がある。
    • 確証バイアス:先入観の影響により、自らに都合のいい情報に触れると真実だと信じてしまう。
    • 認知的均衡理論:人間には、好きと嫌いとの均衡状態を維持したいという心理があり、自分が好きな人が好きなものを好きなことは安定状態、その逆が不安定な状態となる。偽情報に触れた際、真実性よりも認知的均衡を保つために、自分が好きな人の発言が偽情報であってもそれを信じてしまうことがある。
    • ソーシャルポルノ仮説:コンテンツを消費して快感を得ることが目的であり、ニュース等を見るときに、情報を得ようという観点よりも楽しもうという観点を重視する態度。この観点により、偽情報が消費・拡散されることがある。

上記の最後にある「確証バイアス」については、さらに、新たなジャンルや分野に関心を持つ機会が奪われる(自らに都合のいい情報に触れると真実だと信じてしまう確証バイアスをさらに強化してしまう)ものとして、「フィルターバブル」の問題が指摘されています。2021年8月1日付日本経済新聞の記事が参考になりますが、SNSやアクセスを解析できる電子媒体は、検索やクリックした履歴をアルゴリズムが学び、「見たいはず」の情報をオススメとして示しています。このアルゴリズムの精度が上がるほど、自分の考えや価値観にそぐわない情報は表示頻度が下がっていくことになり、泡(バブル)の中に閉じ込められるような状態になり、新たな分野などの情報を入手できる機会がますます減じていくことになります。フィルターバブルは2016年の米大統領選挙を機に広く知られるようになったもので、トランプ氏の支持者がみるフェイスブックの画面にはトランプ氏支持を伝える投稿が繰り返し表示され、人々は影響を受けたとされます。もはや「表示情報がどれだけ偏向しているか、もしくは客観的なのかわからない」、「自分で選んだフィルタではなく、避けようにも避けられない」といった状況を創り出してしまいます。一方、ある調査では、新型コロナの話題が続いているにもかかわらず、関心が一定の水準を超えた集団は突如、その後の情報収集に対する意欲が低下するという結果がもたらされたといいます。関心が強く感度が高いがゆえに大量の情報を集めることになり、おのずと情報を取捨選択する機会が増え、その状態で大量の情報にアクセスを続けると「熱しやすく冷めやすい」心境が一定の割合で現れるのではないかと考えられていますい。今後の研究を待たないと結論は出せないものの、好みの情報から目をそらすような作用がフィルターバブルを修正する働きなのか、膨大な情報提供への拒否反応なのかは重要な論点だといえます。

さて、最近の誹謗中傷を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 山梨県道志村のキャンプ場で2019年9月に消息を絶った女児(9)の母親が、インターネット上のブログの記事で中傷されたとして、大阪市内のプロバイダ事業者に投稿者情報の開示を求めた訴訟の判決で、大阪地裁は、氏名や住所などの開示を命じています。報道によれば、裁判官は「記事で原告の名誉権が侵害されたことは明らかだ」と述べたといいます。母親は、今回の判決が確定した場合は投稿者に損害賠償請求訴訟を起こす方針だということです。
  • 「メンタリスト」のDaiGo氏が、動画投稿サイト「ユーチューブ」で、ホームレスの人や生活保護受給者を差別する主張をする動画を載せ、批判を集めています。ツイッターなどでは「生産性で命の価値をはかる優生思想に直結する発言」、「差別と攻撃をあおるもの」、「生まれながらの不公平を背負いながらも懸命に生きている背景がある。不公平をはね返すチカラのない人間には価値がないのか」などの批判が起こり、炎上状態になりました。それに対しDaiGo氏はさらに「赤の他人と自分の家族とどっちかの命しか助けられませんと言ったら、自分の大事な人とか家族を助けるでしょう。命は個人から見たら優劣がある」、「僕には猫の方が人より大事だから、ホームレスとか生活保護の人たちにお金が回るのは、ちょっとどうなのみたいな、僕にとっては別にいなくても関係ない存在だからって言っただけ」、「個人の感想を言っているだけなので謝ることではない」などと述べ、謝罪するつもりがないとの考えを示したことでさらに炎上することとなりました。それに対し厚生労働省が「【生活保護を申請したい方へ】生活保護の申請は国民の権利です。生活保護を必要とする可能性はどなたにもあるものですので、ためらわずにご相談ください」とし、自治体の福祉事務所に連絡するよう呼び掛ける投稿を行っています。その後、「ホームレスの人とか生活保護を受けている人は働きたくても働けない人がいて、今は働けないけど、これから頑張って働くために、一生懸命、社会復帰を目指して生活保護受けながら頑張っている人、支援する人がいる。僕が猫を保護しているのとまったく同じ感覚で、助けたいと思っている人、そこから抜け出したいと思っている人に対して、さすがにあの言い方はちょっとよくなかった。差別的であるし、ちょっとこれは反省だなということで、今日はそれを謝罪させていただきます。大変申し訳ございませんでした」と謝罪、北九州市で生活困窮者を支援するNPO法人「抱樸」の奥田知志理事長に会い、生活保護受給者の実態を学ぶ考えを示しました(さらに翌日、その謝罪を「自分が勝手に反省しているに過ぎなかった」として、あらためて自分の発言について「差別的でありヘイトスピーチであった」「何かからか抜け出すために努力をしている人は評価されるべきだと言っているにもかかわらず、その可能性すら否定するような発言」だったと認め、「自分の大事な人とか家族を否定される苦しみを理解した」と繰り返し、自分の言葉で傷つけたことを謝罪しています)。一連の騒動については、2021年8月13日付毎日新聞で、「つくろい東京ファンド」代表理事の稲葉剛さんやジャーナリストのコメントが、非常に説得力があったため、以下に抜粋して引用します。
稲葉さんは「こうした発言を許容すれば社会が壊れてしまう」と強く非難する。稲葉さんによると、生活保護受給者への偏見は根強くあり、支援者が、コロナ禍で所持金が数百円しかない人に制度の利用を勧めても「生活保護だけは勘弁して」と言われることも多いという。稲葉さんは「こうした社会状況の中で今回のような発言が影響力の大きいインフルエンサーによってなされれば、さらに制度の利用を遠ざける。間接的に人を殺しかねない発言だ」と指弾する。「『ホームレスの命はどうでもいい』という言葉は、ヘイトクライムを誘発しかねない」と批判。さらに「自分が共感できない人の生きる権利を否定するような考えの矛先は、今後、障害者や外国人などにも向きかねない。社会的に弱い立場にある人への差別を助長し暴力を誘発しかねない。社会全体で『許されない』という意思を示していくことが必要だ」と語った。…「人の命に優劣を付ける優生思想そのもの。このような動画を臆面もなく流してしまう、流してしまえる社会環境にものすごく愕然とした。差別以外の何物でもない」「DaiGo氏は生活保護、貧困に関する知識が欠落している。貧困に陥ったことを自己責任ととらえ、生活保護は貧しい人に国が施してあげている制度だと思っている。あれだけの影響力のある人が勉強せずに、偏見差別を先導することは許されない」、「差別・偏見をあおることが笑いになったりする現状が続いてきた。それを社会的に許容してきたことも大きな問題。日本社会は差別、偏見に非常に甘かった。問題が起きる度に『個人の問題』『差別の意図はなかった』という言葉で問題が矮小化されてきた」。
  • 北海道旭川市で3月、中学2年の女子生徒(当時14)が遺体で見つかり、遺族がいじめを受けていたと訴えている問題をめぐり、女子生徒と無関係の市内の兄弟が「死に追い詰めた張本人」と名指しされ、自宅や顔写真をインターネット上に公開されたり、別の高校生も「加害者」としてさらされるなど、ネット上の事実無根の誹謗中傷による被害が広がっているといいます。誹謗中傷を受けた被害者は、「ネットで一度拡散すると、消すことはできない。無責任な情報を流す人たちには、きちんと謝罪してほしい。その言葉を信じて拡散する人たちも、自分たちで正しい情報か確認してほしい」と訴えています。なお、この問題をめぐっては、「いじめの加害者」などと事実無根の投稿をされた市内の高校2年の男子生徒が、投稿の責任を問うため、発信者情報の開示をツイッター社に対して求める訴えを東京地裁に起こしています。
  • 大阪府大東市のマンション一室で4月、住人の大学4年生が殺害された事件で、大阪府警捜査1課と四條畷署は、殺人や現住建造物等放火などの疑いで、真下の部屋の住人で直後に死亡したビルメンテナンス会社社員を書類送検しています。事件後、インターネット上では、女子大生が騒音を立てていたとする誹謗中傷が相次ぎましたが、捜査の結果、騒音はなく、容疑者が被害妄想を膨らませ、犯行に及んだとみられています。報道によれば、女子大生は自身のSNSに、自宅で開いた誕生日会の様子などを投稿、ネットの匿名掲示板などではこれらを引用し、連日のように騒いでいた女子大生が階下の容疑者に殺害されたとする書き込みが相次いだものです。女子大生の人格を否定するような文言もみられたものの、マンション住人や友人らへの聞き込みでは、騒音トラブルは一切確認されなかったということです。
  • 広島大学大学院人間社会科学研究科の伊藤隆太特任助教(国際政治学)が、自身のツイッターに「道徳的に劣っている中国人をまともに相手にする必要はない」などと差別的な投稿をしていたことが分かったと報じられています。伊藤氏は、ツイッターに「偏見を増幅する可能性に対する配慮が足りませんでした。傷つけられた方々にお詫びいたします」と投稿し、謝罪したものの、広島大学は投稿を問題視し、8月10日に伊藤氏に口頭で注意したということです。「人権侵害になりかねない発言は許されない。今後はこのようなことが起きないように本人を指導し、できる限りの措置を取るよう検討する」としています。
  • 日本ボクシング連盟の内田会長は、TBS系情報番組「サンデーモーニング」内で、「女性およびボクシング競技を蔑視したと思わせる発言があった」としてTBSに抗議文を送りました。番組内で、野球評論家の張本勲氏が東京五輪女子フェザー級で金メダルを獲得した入江聖奈選手(日体大)に関し、「女性でも殴り合い好きな人がいるんだね。嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合って。こんな競技好きな人がいるんだ」などと発言したもので、内田会長は「ボクシングを愛している方々のため、女性ボクサーのためにも誤解されたくないという意味を持って抗議文を出した」と説明しています。それに対し、番組側は連盟側に謝罪文書を送付しました。

さて、前述の総務省「プラットフォームサービスに関する研究会 中間とりまとめ(案)」のとおり、偽情報の問題は深刻さを増していますが、それに関する国内外の報道から、いくつか紹介します。

  • 新型コロナウイルスの起源調査を巡り、中国メディアが米国を批判した記事の根拠が揺らぐ事態となっています。報道によれば、スイスの生物学者と称する人物がSNSに投稿したコメントを引用していたが、在中国スイス大使館が、この人物の存在自体を否定しています。中国共産党機関紙・人民日報など官製メディアは7月下旬以降、スイスの生物学者ウィルソン・エドワーズと名乗る人物が「米国がWHOに圧力を加えている」などとFBに投稿した内容を引用し、米国を批判する記事を流していますが、FBのアカウント開設が、記事に引用される直前の7月24日で、友人登録が3人だけだったことも指摘し、関連の報道は「誤り」として記事削除を求める事態となっています。それに対し、一部の報道機関は記事を削除しています。
  • SNS上での新型コロナウイルスをめぐる誤情報(デマ)の拡散がやまないことを受けて、バイデン米政権は、ワクチンを有害と主張する投稿を放置したことで接種のスピードが遅れたとFBを批判しています。米国では今、再び感染が拡大中で、デマへの踏み込んだ措置を求める声は強く、バイデン氏は「人々を殺している」と非難しています。SNSには「不妊になる」などとワクチンをめぐるデマがまん延、FBは、利用者の85%がワクチン接種を「終えた」か「望んでいる」と述べ、「FBは命を救うのに役立っている。事実に基づかない非難に惑わされることはない」と批判を一蹴、あわせて1,800万件のデマを削除したと公表しています。これを受けバイデン氏も、非難はSNS上で誤情報を広げる12人の中心的な人物に向けたものだと態度を修正しました。しかしながら、SNS企業には投稿の選別をさらに徹底するよう求めました。2021年8月12日付時事通信では。「FBは、世界の総人口の4割弱の29億人に毎月利用されている。言論空間としての公共性が高まる中、「表現の自由」と「秩序」のバランスを模索してきた。デマ投稿が多い利用者を警告表示する一方、投稿管理の適否を有識者が評価する仕組みで利用再開の機会を設けるといった具合だ。バイデン政権の要求には、共和党から「(表現の自由を保障した)合衆国憲法修正第1条への攻撃だ」と批判もある。しかし、感染力の強いデルタ株の感染が広がるにつれ、感染対策を阻害するデマへの視線は厳しくなっている。SNS企業も、より強力なデマ対策を模索している」と指摘していますが、デマがこと「人の生死」を左右しかねないものである以上、プラットフォーム事業者の社会的責任の観点からもう少し踏み込んだ対応を期待したいところです。
  • 米英が拠点のNGO「デジタルヘイト対抗センター(CCDH)」の調査によると、SNS上で新型コロナウイルスワクチンに反対し誤情報を広げる中心的な12人は少なくとも計3,600万ドル(約40億円)の収益を上げているということです。雇用も生み、産業の体を成してきたといい、こうした現象が、根強い米国内のワクチン忌避を支えているといいます。この12人は、SNS上で影響力を持つ代表的な「インフルエンサー」で、反ワクチン投稿の3分の2をこの12人が作成していると考えられているといいます。フォロワーは計6,200万人に上り、計266人の雇用も生んだうえ、さらに巨大IT企業にも広告収入など11億ドル(約1,200億円)の経済価値をもたらしたと計算されています。これだけ少人数で大きな世論?を創り出していることにまず驚かされるとともに、それに伴う動く金額の大きさも目を見張るものがあります。誤情報でさえ儲けの対象となっている点は考えさせられます。
  • 米ツイッターは、共和党の・グリーン下院議員のアカウントを一時的に停止したことを明らかにしています。投稿内容が、新型コロナウイルスの偽情報に関する同社のポリシーに違反したというものです。報道によれば、グリーン議員は、新型コロナは肥満していない人や65歳未満の人には危険ではないと投稿、米食品医薬品局(FDA)が承認していないワクチンの接種やマスクの着用を義務付けるべきではないと主張、ツイッターは、この投稿に「誤解を招く」とのラベルを付けました。同議員は6月にも、新型コロナ対策のマスク着用義務とワクチン接種をホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)にたとえ、謝罪に追い込まれています。
  • 2021年7月17日付毎日新聞で、社会心理学者の土田昭司・関西大教授がデマの拡散について解説しており、興味深い内容のため、以下に抜粋して引用します。
社会心理学の100年以上にわたるデマの研究から、社会的に重要な事柄であればあるほど、また、その事柄に関する情報が曖昧であればあるほど、デマが発生しやすいことが分かっています。新型コロナのワクチンは、国民にとって非常に重要な関心事です。加えて、ワクチンについて不明確なことがある曖昧な状態が、デマの温床になっています。デマが広まるのは、人々に不安な気持ちがあるときです。身に迫った明確な危険があれば、不安ではなく恐怖が生じます。不安は、危険があるかどうか言い切れないときに生じます。…不安の対象を「間違いなく危険だ」と見なしてしまう方法です。これによって、かなりのストレスを軽減できます。不安から恐怖に変われば、逃げれば済むからです。ワクチンが不安な人は、ワクチンを危険だと見なしてストレスを軽減するために、「ワクチンなんか打ってはいけないんだ」と言ってくれる人を信じたくなる。これがデマがどんどん拡散するメカニズムです。…デマに対して最も有効な手段は、誰かに話すことです。デマとか詐欺といったように、情報に踊らされる場合は、1人で抱え込まないのが一番です。…聞き手の心構えとしては、相手を頭から否定しないことが大事です。…打たない人がある程度いても大丈夫なのです。打たない人を受け入れるくらい、社会は懐が深くてもいいのではないでしょうか。
  • 2021年7月17日付日本経済新聞によれば、SNSを蝕む偽りや誤った情報はどこに潜んでいるのかについて、これまで膨大な数の個人がやり取りするネットワークにあって、その足取りをたどるのは不可能だと考えられてきたところ、筑波大学の佐野幸恵助教によれば、「フェイクニュースと正しい情報では情報拡散の『カタチ』が違う」という発見をしています。世界のSNS利用者は40億人を超えたとみられ、不正確な情報を信じる人が一定の割合で現れれば、いずれは「既成事実」となり「史実」になりかねない。情報発信を妨げると言論弾圧を招くが、多くの人に伝わる前に手を打たなければならない、として東京工業大学の笹原和俊准教授がたどり着いた解の一つが「無毒化」戦略だといいます。本物と見まがう偽の画像などを見つけ、改悪の手法を暴く。その手法を「化けの皮」をはがすのに利用し、正しい情報を取り戻すというもので、情報の転送時に警告や真偽の確認を促す表示を出すなど手間やコストがかかるようにするのが一案で、あえて煩わしさを持ち込み、これといった考えもなく他人に情報を広めてしまう行為に責任を持たせることも想定しているといいます。
  • ベトナム政府がSNSを対象にした新たな規制の検討に入ったと報じられています(2021年7月28日付日本経済新聞)。運営者に人気投稿者の個人情報を提供させるほか、「問題投稿」の削除も求める方針で、これまで比較的自由に発言できたSNSへの締め付けは、新型コロナウイルスの感染抑え込みでもたつく政府のいらだちも見え隠れしています。現地メディアはSNSでコロナに関する偽情報を流した人に罰則を科したケースを報じるようになっており、「政府は自分たちに批判的な情報に神経質になっており、監視が強まっている」(地元記者)ようです。規制強化の裏には、SNS利用者に対する課税強化という狙いも透けると指摘しています。また、世界のネット接続状況を監視する英ロンドンに拠点を置くネットブロックスによると、キューバではフェイスブックやワッツアップ、インスタグラムなどのSNSへのアクセスが制限されているということです。キューバでは、数十年ぶりの規模とされる反政府抗議デモが国内各地で起きていますが、社会主義国キューバでデモは異例で、ロドリゲス外相は、政府が意図的にインターネット接続を制限しているのではないかとの質問に対して、状況は「複雑だ」と答え、停電が通信サービスに影響を与える可能性があるとし、「キューバは自国を守る権利を決して放棄しない」と説明しています。
  • 米国でアジア系を狙うヘイトクライム(憎悪犯罪)がやまず、アジア・太平洋諸島系でつくる民間団体「ストップAAPIヘイト」が公開した直近の被害報告まとめによると、新型コロナウイルス流行が本格化した2020年3月から21年6月までの期間に寄せられた被害報告は、累計で9,000件を超えたといいます。2021年は前半6カ月で既に4,533件の報告があり、2020年(通年で4,548件)を上回るペースで増えているとのことです。被害者は中国系が5%と最も多く、韓国系(16.8%)、フィリピン系(9.1%)が続き、日系の被害報告は8.1%で、4番目に多くなっています。米国でのアジア系を狙った憎悪犯罪は、新型コロナの流行をきっかけに報告が急増しています。
  • 東京メトロが、新型コロナウイルスワクチンの危険性を主張する医師の著書の広告を、一度車内に貼り出した後、撤去していたと報じられています。東京メトロはマスクの着用を乗客に呼びかけているところ、書籍にマスクの感染予防効果を否定する記載があることから、誤解を与える可能性があると判断したようです。なお、書籍の内容で広告を撤去するのは異例の措置で、広告が車内に貼り出された後、マスクに新型コロナウイルスの感染防止効果がないとする趣旨の記載があることを指摘する声が乗客からあり、これを受けて東京メトロが広告の撤去を始めたといいます。
  • 日本でヘイトスピーチが顕著になったのは、2000年代に入ってからであり、排外主義的な主張を繰り返す団体が登場し、街頭でのデモやインターネット上での悪質な書き込みが相次ぐようになりました。近隣諸国、とりわけ朝鮮半島にルーツを持つ人たちが標的となり、2016年6月にヘイトスピーチ解消法が施行されてからも被害は続いている実態があります。排外主義に詳しい樋口直人・早稲田大教授(社会学)が2021年7月28日付毎日新聞で、「罰則のない理念法であっても、規範的な意味はあります。施行後、明らかに「ヘイトはいけない」という認知は進んだと思います。他方、排外主義に対する支持の広がりというのも同様にある。私の理解では、ヘイトスピーチというのは排外主義の結果でしかありません。要するに、ヘイトスピーチをいくら規制しても、排外主義を抑制しない限り、つまり原因がなくならない限りは異なる形で(同様の行為が)出続けることになる。ヘイトスピーチはいわば水面に浮かんでいる氷山に過ぎず、その下にある排外主義の部分を考えないといけません。だからある意味では、ヘイトスピーチを規制する法律を作っても対症療法にしかならない。」、「要因としてまず大きいのは、00年代以降急速に浸透したインターネットです。歴史認識などに関する誤った言説がネットを通じて大量に出回り、目に触れる機会が格段に増えました。前述した対韓感情などの悪化とも相まって、人々が排外的な思考を持ったり、デモなどの過激な行動に出たりしやすくなった。その意味では不満のはけ口を求めているといった需要ではなく、情報の供給の変化によって説明するのが正しいと考えています。社会的な階層に関係なく、ネット情報に感化される人たちはいるからです。」、「排外的な主張を繰り返す人たちが政治団体という形で公認され、持続可能で組織的な運動を展開している。しかもそれなりに固い支持がある。そんな現実がすでにあります。朝鮮半島で何か事があれば、一気に支持を広げる可能性もある、そんな怖さがあります」、「ある種の文明国として認められるには、差別禁止法は最低限必要なことだと私は理解しています。」などと指摘しており、大変考えさせられます。
  • 「表現の不自由展かんさい」が今月開かれた大阪府立労働センター「エル・おおさか」は、会場宛てにナイフのようなものや爆竹などを郵送されたとして、大阪府警に被害届を出したと明らかにしています。大阪府警は威力業務妨害や脅迫の疑いを視野に捜査しているといいます。展示は7月16~18日に開かれたものの、開催の是非や展示内容をめぐり、抗議と支持で対立が激化、センターには開催中止を求める脅迫文や「サリン」と書かれた文書と液体入りの袋、ペーパーナイフのようなものが届き、爆竹の入った会場宛ての不審物も郵便局に届いたということです。いずれもけが人はなかったものの、センターの指定管理者の主要組織である大阪労働協会の担当者は「職員が避難するなど業務が妨害された。卑劣な行為で、捜査に全面的に協力する」としています。なお、本企画について、国内外の現代アートを巡る事情に詳しいジャーナリストで京都芸術大大学院教授の小崎哲哉さんは、2021年8月2日付毎日新聞で、「いま起こっているのは、アーティストなど個の多様性を重んじる人々へのいわれのない中傷と攻撃にほかならない。米国と背景事情は違うが、文化戦争と言ってもいいのではないか」と危機感を表し、自身は不自由展の内容を現代アートとしては高く評価していないというものの、「このような企画が、妨害を受けてできなくなるということは、あってはならない。法律違反の妨害が行われそうで危険だというなら、それを防ぐのが政治家の役割だ」と指摘しており、説得力があります。

(7)その他のトピックス

①中央銀行デジタル通貨(CBDC)/暗号資産(仮想通貨)を巡る動向

金融庁は、暗号資産(仮想通貨)やデジタル通貨など、デジタル技術を使った新たな金融サービスのあるべき姿や、現行規制の過不足、国際的な潮流などを議論するための研究会を立ち上げました。デジタル金融は銀行など従来の金融機関の枠組みの外で発達する半面、マネー・ローンダリングなどの懸念が指摘されているところ、有識者や事業者を交えて対応のあり方を検討しています。日銀が4月に実証実験を始め、各国で導入の検討が進む中銀デジタル通貨(CBDC)も議論の対象となっています。また、暗号資産を巡っては投資家の裾野が広がっている一方、価格の乱高下などが課題になっており、暗号資産を使って、銀行や取引所などを介さずに融資などの機能を提供する「DeFi(分散型金融、ディーファイ)」と呼ぶ新サービスも広がっており、論点の1つになります。

▼金融庁 「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」(第1回)議事次第
▼資料2 事務局説明資料
  • 「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」の設置について
    • 社会経済全体のデジタル化が進む中、ブロックチェーン技術の活用を含め、金融のデジタル化が加速。
    • こうした中、民間のイノベーションを促進しつつ、あわせて、利用者保護などを適切に確保する観点から、送金手段や証券商品などのデジタル化への対応のあり方等を検討する。
  • 関連する声明や閣議決定
    1. 7か国財務大臣・中央銀行総裁声明(抄)(仮訳)(2021年6月5日於:イギリス・ロンドン)
      • デジタルマネー及びデジタル・ペイメントのイノベーションは、大きな利益をもたらし得る一方、公共政策及び規制上の問題を引き起こす可能性もある。G7の中央銀行は、中央銀行デジタル通貨(CBDCs)の機会、課題、通貨及び金融の安定へのインプリケーションを探求してきており、我々は、財務省及び中央銀行として、それぞれのマンデートの範囲内で、公共政策上の幅広いインプリケーションについて、協働することにコミットする。我々は、どのCBDCsも、中央銀行のマネーの1つの形態として、流動性のある安全な決済資産として、また、決済システムのアンカーとして機能しうることに留意する。我々の目的は、CBDCsが、透明性、法の支配、健全な経済ガバナンスに対する、公的部門の長年のコミットメントに基づくことを確保することである。CBDCsは、強靭で、エネルギー効率が高く、イノベーション、競争及び包摂を支えるべきであり、クロスボーダー決済を強化しうる。CBDCsは、適切なプライバシーの枠組みの中で運営され、波及効果を最小化するべきである。我々は、共通の原則に向けて作業し、年後半に結論を公表する。
      • 我々は、いかなるグローバル・ステーブルコインのプロジェクトも、関連する法律上、規制上及び監視上の要件が、適切な設計と適用可能な基準の遵守を通して十分に対処されるまではサービスを開始するべきでないことを再確認する。我々は、国際基準設定主体による既存の規制基準の見直しを支持することを含め、共通の基準を確保するための国際的な協力にコミットしており、特定されたあらゆるギャップに対処することの重要性を強調する。我々は、グローバル・ステーブルコインに係るハイレベル勧告の実施における規制、監督及び監視上の課題の検討に関する、FSBによる進行中の作業を支持する。我々は引き続き、クロスボーダー決済の改善に向けたG20ロードマップの野心的な実施を支持し、クロスボーダー決済の4つの課題への対処に向けた目標に関するFSBの市中協議文書の公表を歓迎する。
    2. 骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針2021)・成長戦略実行計画(抄)(2021年6月18日)
      • CBDCについて、政府・日銀は、2022年度中までに行う概念実証の結果を踏まえ、制度設計の大枠を整理し、パイロット実験や発行の実現可能性・法制面の検討を進める。
      • 非代替性トークン(NFT)やセキュリティトークンに関する事業環境の整備を行う。
▼資料3 松本メンバー説明資料
  • Blockchain利用のメリット
    • データ共有による透明性の高さ・改ざん検知の容易さから、手続きの検証コスト削減やデータを手元に持つことによるAPI連携を超えた効率的連携実現が上げられる。また、特定の権威的なものに依らない仕組みの運営を可能とする。
    1. 透明性の高さ
      • 全ての参加者の同じデータを手元に保有するため、各参加者のニーズに応じた利用が可能となる。 Public Blockchainでの特に全ての人へチェーン上のデータが公開され活用可能となっている。
    2. 改ざんの難しさと検証の容易さ
      • 悪意ある参加者による改ざんがあったとしても容易に検出され、またコンセンサスアルゴリズムの中で拒否される。それ故、手続きが正当であることの検証が効率的に行える。
    3. プロセスの統一と自律化
      • 参加者内で一度合意され運用開始されたスマートコントラクトは自律的に想定される挙動のもとで稼働し続け、それにより参加者間のやり取りの型が統一される。
    4. オープンなエコシステム
      • 特にPublic Blockchainでの、世界中の開発者から日々様々な仕組みが提案・議論・実験されている。結果としてNFTやDeFi、DAOなど多種多様な新たな仕組みが誕生した。
  • Blockchain活用にあたっての考慮事項・デメリット
    • データが共有されるゆえのプライバシーや鍵管理についてのセキュリティ、PoWなどの場合の環境負荷や運営コストの高さ、DBとしての処理性能、技術・サービス進化の速度に対する規制の難しさ、参加者のKYCなどデメリットを吟味した上で活用する必要がある。
    1. Blockchainの課題
      • データの全参加者や全世界に公開される前提。データ化範囲を絞る、ないし適切な暗号化・秘匿化が必要となる。
      • プライバシー:データは全ての参加者や全世界に公開される前提。データ化範囲を絞る、ないし適切な暗号化・秘匿化が必要となる。
      • 鍵管理とセキュリティ:鍵の漏洩はそのまま不正な操作へつながり、またPublicなものでは切り戻しも難しい。(DAO事件、コインチェック事件等)
      • 処理性能:現状使われる多くのDBと比べ処理性能は相当に落ちるため、利用方法に工夫が必要。また大量のデータを扱う場合にも考慮必須。
    2. Public Blockchain特有の課題
      • PoWのコスト:大量の計算資源が必要、かつ競争が進むゆえに、消費されるエネルギーが莫大、環境負荷。また、地域的偏りが見られる。
      • 技術・サービス進の速度と規制:新たな仕組みがオープンに議論・実装され、自律的に運営されていく(DeFiなど)ため、規制の考慮が後追いとなる。
      • KYC・AML:取引所以外での参加者に対するKYC等の仕組みはなく、またBCによっては完全な匿名化がなされており追跡できない。
  • Blockchain活用に向けて
    • 事業で活用するには、参加者自身のデジタル化戦略が大きく影響。単にBlockchainを使えば複数者間連携が効率化するわけではなく、法や規制との整合性、社内手続きや体制の変更など技術以外も含めた広い変化が求められる。またPublic Blockchainにおいては、その安全性・安定性にも考慮が求められる。
    • なぜBlockchainを活用すべきなのか?それ以外では不可能か?という問に向き合い、想定する効果を実現するために全ての参加者や社会に求められるデジタルな変化を理解した上で導入・検証することが必須
    1. デジタル化課題
      • 社内の手続き・組織文化をデジタルに作り変えなければ、企業間の接続点がデジタルになろうと活用されない・効果が発揮されない可能性がある。
      • 参加者間全体で一つのデジタルな手続きは型化に合意する難易度は高い。
    2. 法・制度との整合性
      • 検証コストの圧縮が可能な信頼されるタイムスタンプ付きのデータがあっても、法的な要件と整合しなければ効果は半減。
      • 例:STOにおける譲渡時の対抗要件等
    3. 安全性・安定性の課題
      • Public Blockchainでは、例えば51%攻撃やセルフィッシュマイニングといった手法が度々問題となっている。
      • 利用するBCの選択に注意が必要。
      • 秘密鍵の保護など要求されるセキュリティ的難易度は想像より高い。
▼資料4 栗田メンバー説明資料
  • 現行システムの特長と課題
    1. 特長
      • 利用者と攻撃者が物理的にアクセスできるものはセキュアな演算器により守られる
      • 様々な構成や利用の形態がある
      • 処理速度が速い(急がない処理は後から行う.取り消しもできる)
      • 分かりやすく使いやすいユーザインタフェースである
      • オフラインでも利用できる(たとえば故障や災害に強い)
      • スマートフォンのアプリの起動が不要である
      • ハードウェアとエコシステムによるセキュリティと安心感がある
      • 環境負荷が低い
      • セキュリティの第三者評価・認証や,機能・通信の互換性の検定に関する枠組みがある
    2. 課題
      • 利便性とのトレードオフで本人認証が難しい.スマートフォンのセキュリティに依存している
      • スマートフォンのアプリケーションやWebサービス,(店舗等の)端末等と連動すると,利用方法が統一されず,使いづらいと感じる利用者もいる
      • 利用者にとってサービス提供者のシステムはブラックボックスであり,利用者がサービス提供者を信頼するモデルである(利用者にとって契約の履行の確認のコストが高い)
      • 利用者にとって取り決めが分かりづらい.様々な形の契約をリアルタイムに合意形成することができない
      • 利用者のプライバシーの取り扱いはサービス提供者の考え方やシステム運用による
      • 暗号アルゴリズムや運用を含めて,システム全体を品質保証し続けることは難しい
▼資料5 意見書(井上メンバー)
  • 現在、こういった資産への金融規制としての対応は、資産や取引の類型毎にさまざまです。デジタルマネーのうち前払式支払手段には資金決済法に基づく規制が適用され、通貨を隔地者間で移動することを引き受けると為替取引として銀行法や資金決済法の適用があります。暗号資産については、その現物の販売業務とカストディ業務が暗号資産交換業として業規制の対象となり、暗号資産デリバティブの販売が第一種金商業として業規制の対象となり、暗号資産デリバティブへの運用業務が投資運用業として業規制の対象となりますが、暗号資産レンディングには形式上は暗号資産交換業や貸金業の規制が基本的に及ばず、暗号資産現物への運用業務は投資運用業には該当しません。また、電子記録移転権利については、第一項有価証券として株式・社債並びの開示規制が適用され、その販売が第一種金商業として業規制の対象となり、その自己私募・自己募集が第二種金商業として業規制の対象になります。これに対し、電子記録移転権利以外の電子記録移転有価証券表示権利等は、もともと第一項有価証券である社債等をトークン化したものと、流通性を制限する技術的措置を施すことで第二項有価証券と扱われるものとに分かれ、それぞれについての開示規制と業規制が適用されます。さらに、一般的に規制対象となるデジタルマネーやトークンであっても、その利用や取引の形態や場(プラットフォーム)によっては、規制の適用対象者や適用の有無が明らかでない場合もあります。
  • デジタル・分散型金融に適用される規制のあり方を考えるにあたっては、どの金融規制を考えるときもそうであるように、一定の切り口で資産ないし取引を類別し、それに見合った規制を定めていくことになります。しかし、デジタル・分散型金融については、動きの激しい分野ですから、技術の進展に応じ、あるいは規制の目的に応じて、そのような類別毎の規制がそれぞれの資産ないし取引に見合っているか否かを継続的に検討しこれを見直すとともに、類別自体が適切か否かについての継続的な検討ないし見直しが欠かせないと思います。
  • 本研究会においては、検討対象をどのように捉えるか、検討の目的や視点に応じて検討対象に対してどこから光を当て、それをどのように分類するのかといったことを、規制そのものの中身とともに、所与の前提を置かずに、考えてみたいと思います。
  • また、金融規制とは離れますが、ペイメントトークンの財産としての法的性格をどう捉えるかによって、暗号資産交換業者の破綻時の顧客の権利保護のあり方が変わりますし、セキュリティトークンの譲渡の有効要件と対抗要件をブロックチェーン上のトランザクションのみで備えられるかによって、その流通性を実際に向上させられるか否かが決まりますから、私法上の問題についても目配りしながら検討を深めたいと考えております。

暗号資産(仮想通貨)関連サービスを手がけるポリ・ネットワークは、サイバー攻撃を受け、暗号資産が外部に流出したと発表しました。流出額は6億1,000万ドル(約671億円)相当とみられ、2018年に日本国内の暗号資産交換業者「コインチェック」で起きた580億円相当の流出を上回り、過去最大規模となりました。国内のブロックチェーン(分散型台帳)関連の事業者で作る「ブロックチェーン推進協会」(BCCC)によると、ポリ・ネットワークは、第三者を介さずに暗号資産の売買や貸し借りなどをする「分散型金融(Defi)」と呼ばれる金融サービスを手がけており、日本の登録事業者ではありません。「分散型金融の市場では数億円規模の流出事故はよく起きているが、これだけの規模は珍しい」と専門家が指摘していますが、そもそも「数億円規模の流出事故」がよく起きること自体、金融サービスとして成り立つには大きな問題があると指摘せざるを得ません(実は、2021年7月末までにハッキングされた暗号資産のうち、76%に上る3憶6,100万円ドル分はDeFi関連で、2020年通年の1憶2,900万ドルを早くも上回っていました。多額の投機マネーが集まり、狙われやすくなっている状況があります)。さて、本件はその後、ほぼ全額がハッカーから返還されたことも明らかとなりました。ポリ・ネットワークは、回収されていないのはステーブルコイン「テザー」の3,300万ドル分のみとした上で、「返済の手続きはまだ完了しておらず、ユーザー資産を安全に回収するために、善意ある向きとのコミュニケーションを維持し、正確な情報を伝えていきたい」とツイッターに投稿しています。2021年8月12日付ロイターによれば、暗号追跡会社エリプティックの共同創業者、トム・ロビンソン氏がツイッターで公開したメッセージにおいて、ハッキングを行ったと主張する人物は、ポリ・ネットワークから盗んだ資産の返還と引き換えに50万ドルの支払いに加え、今回の事件について責任を問わないことを約束されたということです。攻撃を仕掛けたハッカーはまだ特定されていないものの、ブロックチェーンのアナリストは、ローンダリングするには規模が大き過ぎで困難と判断した可能性があると指摘しています。結局、ブロックチェーン基盤のもつ追跡可能性が、大規模なローンダリングは割に合わないとの判断をもたらした(大規模な暗号資産の窃盗が困難になっている)といえ、ブロックチェーンの犯罪インフラ性ではなく「犯罪摘発インフラ性」という点がクローズアップされた形といえそうです。

一方で、やはり暗号資産の「犯罪インフラ性」の側面がよくわかるデータもあります。2021年8月4日付ロイターによれば、ブロックチェーン分析会社チェイナリシスが発表した報告書で、暗号資産取引で、2019年4月から2021年6月の間に、中国のアドレスから、詐欺やダークネットなどの違法行為に関連するアドレスに22億ドル超のデジタルトークンが送金されたこと、さらに、これらの中国アドレスは違法な発信元から20億ドルの暗号資産を受け取ったことなどを指摘、同社は中国がデジタル通貨関連の犯罪で大きな役割を果たしていると述べています。一方で、同社は、中国の違法アドレスの取引量は、価値や他の国との比較で、2年間で大幅に減少したとも指摘しています。大きな理由としては、2019年にあった暗号資産のウォレットと取引所である「プラストークン」詐欺のような、大規模な出資金詐欺がなくなったことだといいます。暗号資産における中国の違法な資金移動の大部分は詐欺に関連しているが、それも減少しているといい、マネー・ローンダリングが、中国で過度に行われている暗号ベースの犯罪のもう1つの注目すべき形態だと指摘しています。

その他、暗号資産を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 前回の本コラム(暴排トピックス2021年7月号)でも取り上げましたが、中米エルサルバドルが9月に暗号資産のビットコインを法定通貨に採用する法律を成立させたことに関連して、同国の国営企業がビットコインの採掘事業(マイニング)にも参加するとしています。従来は民間ベースで進んできた暗号資産を国が積極的に活用する新たな試みといえそうです。マイニングにはイランや北朝鮮も力を入れているとされ、暗号資産が金融犯罪などへ不正利用されると懸念する主要国当局や国際機関は、法定通貨化をはじめ、既存の金融秩序を乱すような動きに神経をとがらせています。
  • マイニングを巡っては、中国が全面禁止しています。背景には世界的な普及を狙うデジタル人民元との競合を避けたい思惑があるとされます。中国の採掘業者はかつて世界全体のコインを生み出す能力のうち4分の3を占めるなど運営を牛耳ってきましたが、壊滅に追い込まれる可能性が出ています。地元当局との間でウィンウィンの関係だったはずの採掘事業を、中国当局が切り捨てるのは、豊富な電力資源を利用して手っ取り早く外貨を稼ぐという段階が終わり、デジタル人民元(の普及)に軸足を移すようになったためではないかと指摘されています。なお、中国の規制強化をきっかけに中国から採掘業者が一斉に離脱、採掘速度を示す数値は半減し、採掘業者の動向がビットコインやグラフィックボードの価格を乱高下させる一因になっています。
  • G20財務相・中央銀行総裁会議は「グローバル・ステーブルコインは法律、規制が整うまでサービスを開始すべきではない」との文言を声明に盛り込みました。世界の中央銀行ではデジタル通貨の導入機運が高まっていますが、一方で暗号資産や民間デジタル通貨が広がる現状に懸念を示しています。先進国はマネー・ローンダリング対策の観点から規制を強めています。ビットコインは取引の記録に実名を記入する必要がないので、犯罪絡みの送金に使われやすく、FATF(金融活動作業部会)は6月、監視強化対象のグレーリストにマルタやフィリピンを追加しています(実は、マルタ共和国は「ブロックチェーン・アイランド」と称されており、ブロックチェーン技術を自国の戦略に取り込むなど、欧州でも暗号資産規制を明確化している数少ない国の一つで、大手仮想通貨取引所など、多くのブロックチェーン企業がマルタ島に拠点を置いていますが、規制の監督が甘いことから、マネー・ローンダリングへの懸念が生じているといいます。フィリピンは2012にグレーリスト入りしたものの、資金洗浄防止法が施行されたことなどで2013年に除外されました。しかし、最近再び不十分との指摘を受けており、テロ防止法施行や資金洗浄防止、預金情報機密両法の改正案などが国会審議されていたものの、評価を覆すことはできませんでした)。とはいえ、グレーリスト自体、管理体制の不備を知らしめる効果はあるものの、法的拘束力を持たず、暗号資産の管理や規制を巡る国家間の溝が深まる可能性も考えられるところです。
  • EUの欧州委員会は、ビットコインなどの暗号資産送金時の規則強化を提案しています。報道によれば、当局の不正資金取り締まりを支援するため、暗号資産を扱う企業に対して送金時に送金者や受取人の詳細情報を収集することを義務付けるとしています。いわゆるFATFが求めている「トラベルルール」への対応を強化するもので、暗号資産を扱う企業は、顧客の名前、住所、生年月日、口座番号、および受取人の名前を記録する必要があり、受取人のサービスプロバイダーも必要な情報が欠けていないかを確認する必要があります。また、EUのマネー・ローンダリング対策として匿名の銀行口座が既に禁止されているのと同様に、匿名の暗号資産ウォレットの提供も禁止するとしています。欧州委員会は声明で、暗号資産の送金で完全な追跡が可能になり、暗号資産がマネー・ローンダリングやテロ資金の調達に利用されることを検知し、予防することが可能になると説明しており、EU圏内で暗号資産取引事業を行うには、より一層の体制強化が求められることになります(トラベルルールについては、日本でも金融庁が2022年4月を目途に導入を目指すよう、一般社団法人日本暗号資産取引業協会(JVCEA)に要請しています)
  • 米証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長は、暗号資産について、不正行為や投資家のリスクがまん延するなど「ワイルドウエスト(西部開拓時代の無法地帯)」の様相を呈しており、取り締まりの権限強化が必要と訴えたと報じられています。市場には未登録の可能性があるトークンが多数含まれており、価格が操作されやすく、何百万人もの投資家がリスクにさらされていると指摘、「この資産クラスでは、特定の用途において詐欺や不正、悪用がまん延しており、取引や商品、プラットフォームの規制逃れを防ぐために議会の追加権限が必要だ」と述べたといいます。暗号資産の時価総額は4月に2兆ドルと過去最高に到達したものの、市場の監視はなお完全には行き届いていないのが現実です。
  • 英国で暗号資産の広告や営業活動に規制をかける動きが広がっています。新たな投資対象として人気が高まるにつれ、価格変動リスクや詐欺などの犯罪行為から個人投資家を守る必要性も増してきたためです。金融商品としての規制や監督体制が追いついておらず、新たな金融分野での事業者と当局の攻防は激しくなっています。元はと言えば技術革新で生まれた無国籍の暗号資産ですが、今、各国が手探りでルールづくりに取り組んでいる状況にあります。関連して英国では賭博法制も見直されており、一部のサッカークラブ経営者は、イタリアやスペインに追随してギャンブル関連企業のスポンサーが禁止された場合に予想される収入減少についても警告していますが、その隙間を埋めようと名乗りを上げているのが、ビットコインなどのデジタル通貨の値上がりで利益を上げている暗号資産関連企業だといいます(なお、サッカーのリオネル・メッシ選手が、先日フランス1部のパリ・サンジェルマン(PSG)に加入することになりましたが、その契約金には暗号資産が含まれていると話題になりました)。一方で、暗号資産企業との複数年に及ぶスポンサー契約には持続可能性の点で疑問符が付いています。急成長後に新たな競合相手に敗北したり、サイバーセキュリティ上の脆弱性を突かれて暗号資産を盗まれたりする交換所があったことなどが指摘されています。
  • イランでは米国の制裁で経済低迷が続き、国民生活は厳しさを増しており、制裁回避の手段としてビットコインなどの暗号資産が注目を浴びているといいます。とりわけ若い世代では、1979年のイラン革命で樹立されたイスラム教シーア派の政教一致体制に対する不満も強まっており、就任したばかりの反米保守強硬派のライシ大統領は多難な船出を強いられています。
  • 「IEO」と呼ぶ暗号資産を通じた資金調達手法が広がっているといいます。暗号資産交換業者が審査に責任を持ち、発行体が勝手に資金調達して詐欺の温床になったICO(イニシャル・コイン・オファリング)との違いに特徴があり、累計調達額は世界で700億円を超えて、日本でも7月に初案件が登場しています。IEOは「イニシャル・エクスチェンジ・オファリング」の略で、暗号資産を使った資金調達を指し、ICOでは発行体自身が不特定多数の投資家に直接、トークンや暗号資産を販売・配布したのに対し、IEOでは暗号資産交換業者が金融当局と折衝しながら数カ月~1年かけて審査する点が大きく異なり、発行体が資金を手に入れて逃げる詐欺行為を排除するのが狙いだといいます。ICOと比較して信頼できそうな仕組みですが、いまだ創成期でもあり、その動向には注目していきたいと思います。
  • ビットコインの5月以降の急落に端を発して、暗号資産の関連銘柄の株価が大幅調整を余儀なくされています。ネクソンのように保有額が少なくても下げがきつい銘柄が散見されるのは、暗号資産を持っている事実だけに着目した仕掛け的な売りで株価が不安定化し、ESG(環境・社会・企業統治)を意識する中長期の投資家も手控えていることが要因ではないかともいわれています(すなわち、ビットコインを保有しているだけで企業のESG面のイメージが下がる可能性があるということです)。報道によれば、世界消費の5%に相当するともいわれる必要電力や、マネー・ローンダリングを助長する犯罪インフラ性、高リスク資産を保有するガバナンスへの疑念が渦巻いているという状況です。ネクソンはビットコインをあくまで長期保有し、当面は売却も買い増しもしない方針だといいますが、暗号資産への包囲網が強まるなか、保有企業は決算発表等で丁寧な説明が求められることになります。

さて、2021年7月16日付日本経済新聞における英ワイズCEOのクリスト・カーマン氏の論考「国際送金の透明性を高めよ」は示唆に富む内容でした。それによれば、発展途上国にとって国際送金は重要なライフラインとして機能しており、世界で2億人以上の移住労働者が母国の家族に送金している事実があり、2015年に国連が定めたSDGs(持続可能な開発目標)には「30年までに送金コストを3%未満に引き下げる」という具体的な目標が掲げられており(現時点では6.51%、特に日本は10.02%と高い)、その成否は透明性向上にかかっていると指摘しています。「送金コストを総額表示することで、消費者は海外送金にかかる全ての費用を正確に理解し、比較検討できる。各国政府は国連タスクフォースの提言を受け入れ、隠れた手数料を撤廃してほしい。その結果、競争が活発化して市場全体の送金手数料が下がり、公平で透明性の高い海外送金が現実のものとなるだろう。」と述べている点は正にその通りだと感じています。なお、海外送金を巡っては、世界の銀行の送金システムを運営する国際銀行間通信協会(SWIFT)が2022年から導入する予定の新たな決済システムに世界的金融機関6行が協力することが決まったと発表しています。SWIFTと暗号資産、CBDCを巡る駆け引きについて、2021年7月28日付日本経済新聞で「暗号資産ドル覇権に挑む」との記事が掲載され、こちらも参考になりました。一部抜粋して引用すると、「暗号資産とそれを支えるブロックチェーン(分散型台帳)技術が、国内のみならず国境を越えた「金融の配管」にどのように使えるかだ。この問題は金融だけでなく、米国の地政学的な影響力をも一変させる可能性がある。現在のSWIFTは世界金融に欠かせない扇の要であると同時に、熟れて落ちる寸前の歴史の果実のようにもみえる。SWIFTは欧米の銀行が中継銀行業務を担う共有インフラとして設立し、1977年に業務を開始した。」「SWIFTの弱点は迅速を意味するその名と対極にあることだ。ザ・ペイオフによると、SWIFTは最近まで決済のスピードが遅い上に手数料が高く、官僚的な文化とガバナンス(組織統治)の弱さゆえに技術革新を積極的に取り込めない体質だったという。当然のことながら、この弱点につけ込んで、米リップルや米フェイスブックの「ディエム」など、ブロックチェーンなどの革新的技術を武器にSWIFTに挑戦しようというフィンテックのスタートアップ企業が相次いで登場した。」「イランなど米国の制裁対象国はSWIFTのネットワークから除外される場合があるため、ロシアと中国の両政府が独自の決済システムを構築しようとしているという報道もある。」「SWIFTは短期的に挑戦者を退けることができても、長期的な展望は不透明だ。米財務省は米国にとって地政学的に重要な意味を持つSWIFTの仲介機能がなくなることを許さないだろう。従って、SWIFTがライバルを蹴落とせるように、米国政府とウォール街には、手助けする共通のメリットがある。その手段は他者の技術革新を採り入れることだ。」「SWIFTが抱える問題は、技術的な課題(越境決済は電文でなければならないのか)や地政学上の重要性(米国はドル建て決済を覇権争いの武器とすべきか)に関することだけでなく、組織の存続にも関わってくる。現在独占的な地位にある組織が、挑戦者から効果的に「盗める」のだろうか。その答えが不確定であることは不安をかき立てる。暗号資産を巡る過剰な宣伝よりよほど重要な問題だ。」といった指摘がなされています。

さて、本コラムで継続的に取り上げている中央銀行のデジタル通貨(CBDC)については、その開発が世界で確実に拡がりを見せています。中国が実用化へ向け、実証実験を加速させているほか、慎重だった米国でも研究には着手してするなど、米調査機関によれば開発にかかわった国や地域は81に達し、国内総生産(GDP)に占める比率は90%を超える拡がりだといいます。中国や日本など14カ国がCBDCの実証実験を進めているほか、ユーロ圏など16カ国・地域は開発中、米英など32カ国は研究段階にあると整理されることに加え、2020年以降、バハマなど小国の一部で試験発行する例も出ています。ざっくりとメリデメでいえば、CBDCは個人や企業の決済の利便性が高まったり、当局が国全体のお金の流れが把握しやすくなったりするといった利点が挙げられている一方で、サイバー攻撃のリスクや銀行経営など金融システムが不安定になる可能性も指摘されているのが現状となります。今後、主要国間でも開発・実用に大きな差が開けば、貿易や金融取引でこれまで基軸通貨の役割を果たしてきたドルの地位が揺らぐとの見方もあるところです。以下、最近のCBDCを巡る報道から、いくつか紹介します。

  • 2021年7月12日付毎日新聞では、CBDCの開発に詳しい中島真志・麗沢大教授がコメントしており、「現金がやや不便で時代遅れの手段になっている」「小銭のやり取りなど結構面倒なので、通貨をデジタル化するニーズが高まっている」「技術面では、暗号資産のビットコインなどで使われるブロックチェーン技術がデータの偽造や二重使用を防げると分かり、多くの中銀が安心してデジタル通貨の研究に取り組むようになりました」「決済端末となるスマホが普及したことも大きな要因」「QRコードなどを使うキャッシュレス決済は決済額の1~3%を店舗が手数料として運営会社に支払っていますが、CBDCでは手数料はおそらく不要になる」「それを機にキャッシュレス化が急速に進む可能性があります」と述べています。
  • 2021年8月13日付日本経済新聞で、CBDCの検討を主導する国際決済銀行(BIS)イノベーション・ハブ局長のクーレ氏がコメントしており、「通貨に関してすべてを民間に委ねてはいけない。企業による(排他的な)『壁で囲まれた庭』となってしまう。通貨システムがバラバラになり、中銀が価格の安定や金融の安定を届けられなくなってしまう。デジタルになっても、中銀マネーがシステムの中心でなければならない」、「発表まで中銀はデジタル通貨を遠巻きにみていて、規模が小さく金融政策や金融の安定とは関係がないと見下すようでさえあった。そこに突然、利用者が何億人に広がる可能性を秘めたプロジェクトが現れた。中銀は金融システムの一部が私物化され、伝統的な決済システムから切り離されるという見通しに直面し、受け入れてはならないリスクだと感じた。多くの中銀が真剣にCBDCを考え始めたのは、デジタル通貨を(自ら)提供できなければならないと理解したからだ」、「経済規模でいえば、米ドル支配に挑戦しうる唯一の通貨は人民元だ。ただ、それには資本勘定を完全に開く必要がある。中国当局は金融の開放よりも国内の安定を優先している。そうであれば、近い将来にそれが起こるとは思わない」などと述べています。
  • 国際通貨基金(IMF)は公表した論文で、IMFはデジタル通貨への「広範囲かつ複雑な移行を監視し、助言し、その管理を支援する」ためにリソースを増強する必要があるとの見方を示しています。報道によれば、デジタル通貨は決済をより利用しやすく、迅速かつ安価にするとした一方、その実現には、政策当局者が重要な課題に取り組まなければならないと指摘、デジタル通貨は信頼できるものでなければならず、国内の経済・金融の安定を保持し、国際通貨システムの安定を維持する必要があるとしています。また、「IMFは、加盟国がデジタル通貨のメリットを享受し、リスクを管理できるように支援する重要な役割を担っている」とした上で、「各国が金融政策、金融情勢、資本勘定の開放、外為制度などの管理を維持できるように」デジタル通貨を規制、設計、提供することが重要としました。CBDC、ステーブルコイン(法定通貨を裏付け資産とする暗号資産)、電子マネー、ビットコインを含む暗号資産を区別したものの、どの形態のデジタル通貨が優勢であるかの見解は示されませんでした。「デジタル通貨の普及により、決済の効率性の向上やコストの低下、銀行口座を持たない人も金融サービスを利用できるようになる「金融包摂」などの利点が見込まれている。一方、消費者の安全やプライバシーの保護、マネー・ローンダリングなど犯罪への悪用防止といった課題も多い。国境を越えた利用が進めば、各国の経済政策運営に支障をきたす可能性もある。デジタル通貨を巡っては新興国の中央銀行が実際に発行したり、先進国中銀が実証実験を始めたりしているほか、民間企業の開発も進むなど動きが活発になっている。IMFは他の国際機関や各国当局、民間部門とも協力し、作業の重複を抑えたり、知識を共有したりする必要性も強調した」(2021年7月29日付日本経済新聞)との現状認識が正確だと思われます。
  • 米金融規制当局で構成するバイデン大統領直属の作業部会は、今後数カ月のうちに米ドルなど法定通貨の価値に連動するデジタル通貨「ステーブルコイン」に関する勧告をまとめることを決めたと報じられています。イエレン米財務長官は作業部会の会合で「米国での適切な規制の枠組みを早期に整備する必要がある」と強調しています。米国ではステーブルコインの急速な普及に伴い、規制強化が必要との声が強まっており、米連邦準備理事会(FRB)による独自のデジタル通貨発行の是非を判断する取り組み加速に向けた重要な一歩となるといえます。ところが、今後の動向に大きな影響を及ぼすであろうFRBの動きですが、FRB内ではいまだ一枚岩となっていない状況が露呈しています。まず、パウエル議長は、FRBがデジタル通貨を導入することで暗号資産やステーブルコインなど民間の代替通貨の必要性が低下する可能性があると述べています。「米国のデジタル通貨があれば、暗号資産やステーブルコインは特に必要ない。これがデジタル通貨を支持する力強い論拠の一つだ」としています。また、ブレイナード理事は、CBDCに関し、「他の主要国・地域が発行しようとする中、米国がしないのは理解できない」と述べ、「中国などの各国が(米国より)先行していることは、国際決済への潜在的な問題をはらんでいる」と指摘、デジタル人民元が普及する可能性に警戒感を示すとともに、CBDC発行競争が熱を帯び始める中で「米国は先頭にいる必要がある」と訴えています。さらに、「ステーブルコインの世界では、通貨からの移行が極めて急激な場合、家計と企業が、政府の裏付けのある安全な決済資産へのアクセスを失うことが想像できる。もちろん、政府の裏付けのある安全な決済資産とは、通貨が常に提供してきたものだ」とステーブルコインをけん制、あるいは、コロナ禍をきっかけに現金を使わない決済が広がり、銀行口座を持たない低所得世帯に政府の給付金が届かないという問題はデジタル化で対応できるとも語り、デジタルドル発行の環境が整いつつあるとの考えを示しています。一方、ウォラー理事は、CBDCについて、決済の迅速化や銀行取引業務のコスト削減に関しては、民間部門のイノベーションや他の政策のほうが良い結果をもたらす可能性があると指摘、「FRBがCBDCを創設する切実な必要性があるかどうか。私は大いに懐疑的だ」と述べています。すべての人に金融サービスを行き渡らせる「金融包摂」をCBDCが実現するとの考えに疑問を示し、「いま銀行口座を持たず、FRBのCBDC口座に興味を持つと思われるのは米国の1%強の世帯。1%強の世帯に到達するために最も簡単でコストがかからない方法がCBDCだとは信じられない」と語っています。また、対処すべき明確な「市場の失敗」がない限り、政府は経済に介入すべきではないとの考えを表明。CBDCによって民間銀行が中抜され、うまく機能している金融システムの崩壊につながる可能性があること、FRBのCBDCはサイバーセキュリティ上の脅威の標的になる可能性があること、FRBは議会の承認なしに国民が利用できるCBDC口座を作ることはできないだろうことなども指摘しています。さらに迅速で低コストの決済サービスはすでに広がっており、「FRBが民間企業より安価な技術を開発できる理由はない」とも述べています。一方、ボストン連銀も9月に2つの報告書を発表するといいます。CBDCのプログラミングに関する課題をまとめた報告書と、「デジタルドル」を発行した場合の民間金融機関への影響といった経済と制度設計の視点からの報告書で、詳細について口を固く閉ざしているが、それでもいくつかの興味深い点が明らかになっています。報道によれば、第1に、プロジェクトは、暗号資産イーサリアムの技術を活用したシンガポール金融通貨庁(MAS)のように民間の既存のブロックチェーン技術を応用するのではなく、全く新しいシステムを一から構築しようとしていること。第2に、ボストン連銀のローゼングレン総裁が5月、近々公表する報告書で「CBDCの基本的な処理方法について実現可能な目標を示す」とし、「無償公開のオープンソースでプログラムを公開する」とも発言。第3に、MITチームは個人向け金融を重視している。個人であれば誰もが使えるデジタル通貨を開発し、時がたっても進化する余地がある拡張性、安全性、高速性、柔軟性の4つの利点を備えさせたいと考えている-としています。FRBのパウエル議長は7月、「米国のデジタル法定通貨があればステーブルコインも仮想通貨も必要なくなる。このことは(CBDC開発を推進する)より強力な根拠になると考える」と発言しました。ボストン連銀の報告書が認められれば、「暗号」という怪しさは和らぎ、逆に反権威の象徴としての暗号資産の立場は揺らぐこととなり、既存の暗号資産の人気低下に伴う価格下落は、米証券取引委員会(SEC)による取り締まりの強化と同等かそれ以上の脅威になる可能性も考えられるところです。つまり、CBDCとりわけ「米CBDCがステーブルコインや暗号資産を飲み込んでしまう」という未来が示されようとしているということです。
  • 欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁は、独自のCBDC「デジタルユーロ」の発行に向けて2年間の調査を開始すると発表しています。。金融システムが混乱しないように慎重に準備を進めるため、発行は2026年以降となるとみられています。ECBのラガルド総裁は「ギアを上げ、デジタルユーロプロジェクトを開始する」と表明、使い勝手を高めながら、マネー・ローンダリングなどの不法行為を防ぎ、金融システムや金融政策に悪影響を与えないためのデジタル通貨の設計などを進める予定としています。資金洗浄や脱税などの犯罪への対策も欠かせないところ、当局が個人の資金のやり取りをすべて把握することには反発もあり、公益とプライバシーのバランスも課題となると考えられます。なお、ECBは十分に注意しながらも、FRBを追い越してCBDCを導入すべき理由があるとロイターが報じています。それによれば、ラガルド氏らECB理事にとっての主な問題は、デジタルユーロによって市中銀行の預金が減り過ぎるかどうかだといいます。銀行の預金は家計や企業への与信を仲介する重要な役割を担っており、市民の間でデジタルウォレットが普及すれば、政府は景気悪化の際に経済を活性化するため、資金を直接振り込むことが可能になります。ユーロ圏は米国よりも低成長とディスインフレが大きな問題であることを考えると、FCBの方がデジタル通貨導入に向けて大きく踏み出すべき理由は多いと指摘しています。
  • ベトナム中央銀行がデジタル通貨の開発に取り組み始めています。広義のデジタル通貨である暗号資産による決済を違法だと定める現状とは異なる動きとなっています。同国中銀は3月、暗号資産の取引が不安定で、犯罪に巻き込まれる可能性があると指摘、警告に従わなければ行政または刑事での処罰を受ける可能性があるとしました。ところが、多くの市民は投資対象として暗号資産を積極的に購入しており、ドイツの調査会社によると、人々の暗号資産の保有率で、ベトナムは国別のトップ3に入っているといいます。新興国では先進国がたどった段階的な発展過程を経ず、いきなり最先端の技術が普及する「カエル跳び(リープフロッグ)」と呼ばれる現象が起きやすいとされ、ベトナムでもすでに通信分野などでこうした動きがみられています。ベトナム中銀がCBDCを発行すれば、暗号資産の運営を当局が直接、管理できるようになることをふまえ、金融基盤の弱い新興国として秩序を保ちながら、日米欧がこぞって研究する最先端分野への参入を模索している状況です。
  • カンボジア国立銀行(中央銀行)は2020年10月にいち早くデジタル通貨「バコン」を導入しました。2021年8月4日付日本経済新聞で、バコン計画を主導するチア・セレイ統括局長がコメントし、「バコンは中銀が消費者に直接発行しない。各銀行が中銀からバコンを受け取って消費者が持ち込む自国通貨リエルや米ドルと交換する間接発行方式だ。金融機関同士の送金も容易で効率が高い。新型コロナウイルス禍でデジタル決済が身近になったことも普及を後押しした」、「これまでは米ドルの利用がカンボジア経済の安定につながってきた。だが、経済成長が進み米ドルへの依存を減らす段階に入っている。自国通貨の利用が少ないと紙幣の供給量や流通量のコントロールといった金融政策が実施できない。バコンの役目は利便性を高めて自国通貨の使用率を引き上げることにある」、「一方、ドルを使わなくなるとカンボジアへの投資を妨げる可能性もある。そのためバコンはドルの利用をやめるのではなく、あくまで自国通貨の利用促進が目的だ。もちろん長期的には自国通貨のみを使用することが目標であり、バコンが後押しするだろう」などと見通しを述べています。
  • IMFが暗号資産を法定通貨として利用することに警鐘を鳴らす論文を発表しています。中米エルサルバドルが世界で初めて、散髪から納税まであらゆるモノやサービスの支払いへのビットコインの利用を9月7日から認めるのをけん制した格好です。暗号資産が幅広い利用は「マクロ経済の安定性」を脅かし、不正に利用されれば財務の健全性にも危害を及ぼしかねないと警告しています。さらに、エルサルバドルを名指ししていないものの、同国はIMFと10億ドルの融資交渉を進めており、ブケレ大統領が今回の計画を強行すればIMFとの協議にも影響が出る可能性があります。前回の本コラム(暴排トピックス2021年7月号)でも取り上げましたが、エルサルバドルは20年前に米ドルを法定通貨として採用したものの、国民の70%は銀行口座を保有しておらず、ブケレ氏は暗号資産を全国的に採用すればこうした人々にも役立つと訴えています。また、中央銀行の準備金の一部を暗号資産にする可能性も排除していないとされます。なお、世界銀行はエルサルバドルによるビットコイン導入支援を拒否し、IMFは6月にも「マクロ経済、金融、法律上の問題を引き起こしかねず、非常に慎重な分析を必要とする」との警告を発していました。
  • インド準備銀行(中央銀行、RBI)のシャンカル副総裁は、CBDCの段階的な導入を検討しており、根本的な技術や発行方法などさまざまな問題を調査中だと明らかにしています。「CBDCは今後、あらゆる中銀の武器となるだろう。発行には慎重な調整と実施への微妙なアプローチが必要だ」と述べています。報道によれば、RBIは、長年にわたりCBDCの構想に取り組んでいるといい、インドでは近年、ビットコインのような暗号資産の人気が高まっており、非公式の推計によると、1,000億ルピー(13億4,000万ドル)以上の暗号資産を保有する投資家が国内に約1,500万人いるとされています。シャンカル氏は「CBDCは決済システムに利益をもたらすだけでなく、変動しやすい民間の暗号資産から一般市民を守るためにも必要かもしれない」とし、新興国におけるCBDCの必要性を強調しています。
  • 中国人民銀行(中央銀行)は、デジタル人民元に関する白書を公表しています。6月末までに飲食店や交通機関など132万カ所で実験し、試用した金額は345億元(約5,800億円)に達したといいます。中国人民銀行は2019年末から広東省深セン、江蘇省蘇州や2022年2月に開く北京冬季五輪の会場など5地域で実験を始めています。2020年11月には上海や山東省青島など6地域を加え、中国人民銀行法の改正など法整備を進めて、デジタル人民元の発行に法的根拠を与え、データセキュリティも強化、金融政策や金融システムに及ぼす影響への研究も加速させています。さらに、デジタル人民元のクロスボーダー決済を検討するほか、国際通貨システムの発展に向けたデジタル不換通貨に関するグローバル基準の設定について議論する意向を示しています。現在、デジタル人民元は主に国内の小売店での支払いに使用されていますが、国境をまたぐ決済に用いる試験プログラムも検討しているということです。デジタル人民元の国際的な地位(基軸通貨になりうるか等)を巡ってさまざまな議論がなされていますが、例えば、2021年8月10日付日本経済新聞で、復旦大学で国際金融を研究する孫立堅教授がコメントし、「新型コロナは古くからの問題を再提起した。基軸通貨ドルが米国の金融政策で変動するため、中国や日本など債権国の外貨準備が大きくぶれるという問題だ」、「ドルは本来、世界の公共物で金のように通貨価値を安定させる機能を持っていた。米国はその役割から身を引き、金融政策で自国の課題解決を優先するようになった。ドルの価格変動は時に相手国に不利益を与える。中国はこうした不利益を望まない」、「日本もかつて円の国際化をめざしたが、主に政府開発援助(ODA)を通じてだった。国家による対外援助だけでは不十分だ。日本のグローバル企業でさえ、円の国際化が一定水準で止まったとみて、今もドル決済が中心になっている。人民元の国際化が進むには、市場の取引を通じて人民元の決済を増やせるかがカギを握る」などと述べています。また、8月12日付日本経済新聞では、米カリフォルニア大学バークレー校のバリー・アイケングリーン教授がコメントし、「中国はまず資本規制を撤廃し、自国の政治体制が基軸通貨の地位にふさわしいかとの問いに答える必要がある。米、英、オランダ、イタリアのジェノバやベネチアなど歴史上、真の国際通貨は政治的な民主主義、権力の均衡と抑制を備えた国や共和制都市国家の通貨だった。中国共産党が無制限の権限を持つ限り、人々は資産の多くを上海で保有することに消極的だろう。10~20年で人民元が重要な国際通貨になるかは疑問だ」、「国際通貨体制のゲームチェンジャーにはならないだろう。中国人民銀行が保有者の金融ビジネスを観察できるようになる。外国人の匿名性や情報の安全性はどうなるのだろうか」、「世界的な覇権を握る合成通貨の後ろ盾となる世界政府はない。グローバルな政府がない限り、グローバルな通貨は存在しない」などと述べています。そして、日本経済新聞経済部長のコラム(2021年8月5日付)では、「中国はデジタル人民元で米ドルから基軸通貨の地位を奪うつもりではないか。そんな懸念をしばしば聞く。しかし、人民元はデジタルでも紙幣でも、厳しい資本規制がかかるのは同じだ。国境をまたぐ取引が自由でない以上、基軸通貨になる実力を備えているとはまだ言えない。それより警戒しなければならないのは、デジタル人民元が消費者にとって、より使いやすい通貨に育つことだろう。14億の中国人がみな利用するようになれば、コロナ後の世界でじわじわと影響力を増すのは必至だ。コロナ後に中国人客は必ず日本に戻ってくる。そのときに「現金しか使えません」ではもう遅い」と述べられており、デジタル人民元の真の恐ろしさを垣間見る思いがしました。
②IRカジノ/依存症を巡る動向

政府は、IR整備法のうち、国内でカジノを解禁し、ギャンブル依存症対策などを定めた条項を7月19日に施行しています(これにより、同法は全面施行となりました)。政府は今年10月~来年4月、自治体からの整備計画申請を受け付け、最大3カ所を選ぶ流れとなっており、開業は2020年代後半を掲げています。新たに施行される第39条は、事業者が国のカジノ管理委員会による免許を受けた場合、ゲームで金銭を賭けても刑法の賭博罪を適用しないと明記してます。なお、依存症対策として国内客の入場は7日間で3回、28日間で10回に制限するとされています。以下、当該条項を抜粋して紹介します。

第39条(免許等)認定設置運営事業者は、カジノ管理委員会の免許を受けたときは、当該免許に係るカジノ施設において、当該免許に係る種類及び方法のカジノ行為に係るカジノ事業を行うことができる。この場合において、当該免許に係るカジノ行為区画で行う当該カジノ行為(第三十条第二項の規定による設置運営事業の停止の命令若しくは第二百四条第一項若しくは第二項の規定によるカジノ事業の停止の命令又は第二百六条第八項の規定に違反して行われたものを除く。)については、刑法(明治四十年法律第四十五号)第百八十五条及び第百八十六条の規定は、適用しない
第69条(入場規制)カジノ事業者は、政令で定める場合を除き、次に掲げる者をカジノ施設に入場させ、又は滞在させてはならない。

一 二十歳未満の者

第四十一条第二項第二号イ(8)に掲げる者【注:暴力団対策法第二条第六号に規定する暴力団員(以下この(8)において「暴力団員」という。)又は暴力団員でなくなった日から起算して五年を経過しない者】

三 第百八十一条第一項又は第二項の規定に違反して、入場料(第百七十六条第一項に規定する入場料をいう。次号において同じ。)又は認定都道府県等入場料(第百七十七条第一項に規定する認定都道府県等入場料をいう。)を納付しない者

四 本邦内に住居を有しない外国人以外の者であって、カジノ施設に入場し、又は滞在しようとする日(次号において「入場等基準日」という。)から起算して過去七日間において第百七十六条第一項の規定により入場料を賦課されてカジノ行為区画(入場し、又は滞在しようとするカジノ施設以外のカジノ施設のカジノ行為区画を含む。)に入場した回数及び同条第三項の規定により入場料を再賦課され、又は同条第五項の規定により入場料を再々賦課された回数(同号及び次条第一項において「入場等回数」という。)が既に三回に達しているもの(直近の賦課入場時(第百七十六条第一項の規定により賦課された入場料の納付後初めてカジノ行為区画に入場した時をいう。)、再賦課基準時(同条第二項に規定する再賦課基準時をいう。)又は再々賦課基準時(同条第四項に規定する再々賦課基準時をいう。)(同号において「賦課入場時等」という。)からそれぞれ二十四時間を経過するまでの間にある者を除く。)

五 本邦内に住居を有しない外国人以外の者であって、入場等基準日から起算して過去二十八日間における入場等回数が既に十回に達しているもの(直近の賦課入場時等からそれぞれ二十四時間を経過するまでの間にある者を除く。)

第70条(入退場時の本人確認等)カジノ事業者は、入場者について、当該入場者がカジノ行為区画に入場しようとする時及びカジノ行為区画から退場しようとする時ごとに、当該入場者から行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(平成二十五年法律第二十七号)第二条第七項に規定する個人番号カード(本邦内に住居を有しない日本人及び外国人並びに本邦内に住居を有する外国人であって住民基本台帳法(昭和四十二年法律第八十一号)第三十条の四十五の表の上欄に掲げる者(以下この項において「中長期在留者等」という。)以外のものにあっては、旅券(出入国管理及び難民認定法(昭和二十六年政令第三百十九号)第二条第五号に掲げる旅券をいう。)その他の特定の入場者を識別することができるものとしてカジノ管理委員会規則で定めるもの)の提示を受け、当該入場者から当該個人番号カードに記録された署名用電子証明書(電子署名等に係る地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律(平 成十四年法律第百五十三号)第三条第一項に規定する署名用電子証明書をいう。)の送信を受ける方法その他の特定の入場者の識別及び当該入場者に係る入場等回数の確認をすることができるものとしてカジノ管理委員会規則で定める方法により、本人特定事項(氏名、住所等(本邦内に住居を有する日本人及び中長期在留者等にあっては住所を、本邦内に住居を有しない日本人にあっては本籍地都道府県名を、中長期在留者等以外の外国人にあっては国籍をいう。)、生年月日及び写真をいう。以下この条において同じ。)及び当該入場者が前条の規定によりカジノ施設に入場させ、又は滞在させてはならないこととされている者(以下この節において「入場禁止対象者」という。)に該当しないことの確認をしなければならない。この場合において、カジノ事業者は、カジノ管理委員会規則で定めるところにより、次に掲げる事項について記録を作成し、これを保存しなければならない。

一 当該確認をした日時及び当該入場者の本人特定事項(写真を除く。)

二 当該入場者が入場禁止対象者に該当するかどうかについての当該確認の結果

三 当該入場者がカジノ行為区画に入場したときは、その入場した日時及び当該カジノ行為区画から退場した日時

四 前三号に掲げるもののほか、カジノ管理委員会規則で定める事項

2 カジノ事業者は、入場者(本邦内に住居を有しない外国人を除く。次項において同じ。)が前条第四号又は第五号に掲げる者に該当するかどうか(以下この条において「入場等回数制限対象者該当性」という。)について前項の確認をするに当たっては、カジノ管理委員会規則で定める方法により、カジノ管理委員会に対し入場等回数制限対象者該当性についての照会(第五項において単に「照会」という。)をしなければならない。この場合において、カジノ管理委員会は、カジノ管理委員会規則で定めるところにより、直ちに、カジノ事業者に回答するものとする。

3 カジノ事業者は、入場者をカジノ行為区画に入場させたとき及び当該入場者がカジノ行為区画から退場したときは、カジノ管理委員会規則で定めるところにより、直ちに、当該入場者の本人特定事項その他のカジノ管理委員会規則で定める事項をカジノ管理委員会に報告しなければならない。

4 入場者は、第一項の確認を受けるときは、カジノ事業者に対し、当該確認に係る事項を偽ってはならない。

5 カジノ事業者及びその行う入場等回数制限対象者該当性についての確認に係る業務に従事する従業者は、当該確認以外の目的のためにカジノ管理委員会に対し照会をし、又は照会に対するカジノ管理委員会の回答により得られた情報(次項において「回答情報」という。)を当該確認以外の目的に使用し、若しくは第三者に提供してはならない。

6 カジノ事業者及びその行う入場等回数制限対象者該当性についての確認に係る業務に従事していた従業者は、当該カジノ事業者がカジノ事業者に該当しなくなった後又は当該従業者が当該業務に従事しなくなった後においては、回答情報を使用し、又は第三者に提供してはならない。

さらに、カジノ管理委員会が、「カジノ管理委員会関係特定複合観光施設区域整備法施行規則案」及び「特定資金移動履行保証金及び特定資金受入保証金に関する規則案」について実施していたパブコメの結果、120の個人及び団体より計1,134件の意見があったということです。以下、主にカジノ管理委員会の回答を中心に、本コラムに関連する部分を抜粋して紹介します。「支配的な影響を有する法人」、「社会的信用」、「反社チェック」等についての言及もありますが、いまだ具体的なところまでには触れておらず、今後、詳細を詰めていくと思われる「審査基準等」が出るのを待ちたいと思います。

▼カジノ管理員会 カジノ管理委員会関係特定複合観光施設区域整備法施行規則案に関する意見の概要及びそれに対するカジノ管理委員会の考え方
  • 支配的な影響力を有する者が法人の場合、当該法人の社会的信用の審査のために、その役員の質問票その他の資料の提出を求めることもあると考えますが、質問票の提出を求める対象者の範囲を含め、申請書の記載及び添付書類に関する事項その他の申請に必要な情報については、行政手続法の規定にのっとり、申請前にカジノ管理委員会事務局に相談し、確認することができるような運用を検討してまいります
  • 社会的信用の意義については、法案の国会審議において、「例えば、法令の遵守状況や、社会生活における活動の状況、経済的な状況、他者との社会的・経済的な関係に照らしてカジノ事業に関連して不正又は不誠実な行為を行うおそれがないか」を判断する旨の答弁をしているところであり、今後、こうした答弁も踏まえつつ、審査基準により対応することが適当であると考えています
  • 支配的な影響力を有する者に該当すると判断される場合等においては、背面調査の対象となることがあり、金融機関であっても、これについて異なるものではありません。また、調査の方法・深度については、個別具体的な状況により異なることとなるため、あらかじめ施行規則で特定の審査対象者について特定の書類の提出を免除すること等を規定することは適当ではないと考えており、御指摘の点については、審査対象者の事業内容や規模等に応じ、今後、運用により対応することが適当であると考えています。
  • 質問票は、国際標準に準拠して定めたものであることから、原案が適当と考えています。なお、外国における日本の暴力団に相当する組織との関係については、諸外国の例も踏まえ、有罪判決に関する質問等を通じて把握することとしています。
  • 特定カジノ業務に従事する従業者については、法第115条の確認申請に際し、施行規則第115条第3項により、年齢、一定の犯罪歴その他の欠格事由に該当しないことをカジノ事業者において点検し、その手法及び結果を記載した書類の提出を求めた上、カジノ管理委員会においても質問票の記載等を基に審査することになるため、原案が適当と考えています。
  • 入場禁止対象者については、法第69条各号に列挙されています。なお、カジノ事業者において、入場者が施行規則第112条第1項第1号の「犯罪行為、他人に対する迷惑行為その他の秩序を害する行為(以下この項において「秩序を害する行為」という。)をし、又は秩序を害する行為をするおそれがある者」に該当すると判断した場合には、同号に基づきカジノ施設への入場を禁止することとなります。
  • 法第70条第1項は、氏名、生年月日及び写真とともに、本邦内に住居を有しない日本人にあっては本籍地都道府県名を、中長期在留者等以外の外国人にあっては国籍を本人特定事項としていますが、これらの情報は旅券の記載内容から確認することが可能なものです。
  • 御指摘の「「入場時の本人確認等」について、カジノ施設内(あるいはIR施設内)においては、常時、生体認証の対象としてとらえられていること」の意味するところが必ずしも明らかではありませんが、入退場時の本人確認等において生体認証を活用することについては、法及び施行規則において、特段の規制を設けておらず、カジノ事業者の判断に委ねられています。なお、仮にカジノ事業者が生体認証を活用する場合は、個人情報保護法その他の関係法令の規定を遵守し、適切に生体情報を取り扱うことが必要となります。
  • 入場禁止対象者の情報については、顔写真付きリストを作成することを義務付けるものではありませんが、入場禁止対象者該当性の確認に関しては、カジノ事業者は入場者から個人番号カード等の本人確認書類の提示を受け、本人特定事項を確認するとともに、入場禁止対象者のいずれにも該当しないことの誓約を受け、暴力団員等の識別に資する情報と照合することが求められます。
  • 本邦内に住居を有しない外国人の返済能力に関する情報については、指定信用情報機関が保有していない可能性が高いため、海外の信用情報機関から得るものとしています。「カジノ管理委員会が適当と認める者」については、今後、審査基準等において考え方を示してまいります
  • カジノ事業者が締結する契約の基準適合性は、厳格な免許審査を受けたカジノ事業者が、業務方法書等の内部管理措置に基づき、自らの責任で点検するものであり、それらが適切に行われているかを契約の認可に係る審査においてカジノ管理委員会が審査・確認するものです。カジノ事業者による点検については、契約に係る内部管理措置(法第53条、第102条)において契約の種別ごとのリスク評価を行いそれに応じた点検方法や深度で点検を行うことを定め、それに基づいて個別の契約の点検を行うことが考えられます。
  • (IR整備法及びカジノ管理委員会規則は、「暴力団員」は定義しているが、「暴力団員等」の定義を置いていない。また、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律においても「暴力団員等」は定義されていない。「暴力団員等」の用語の定義を追記してほしい。)→いただいた御指摘を踏まえ、「暴力団員等」を「法第四十一条第二項第二号イ(8)に掲げる者(以下この号並びに法第五十四条第一項第二号イ及び第七号において「暴力団員等」という。)」に修正しています。【注】すなわち「暴力団対策法第二条第六号に規定する暴力団員(以下この(8)において「暴力団員」という。)又は暴力団員でなくなった日から起算して五年を経過しない者」となります。
  • (暴力団員か否かは容易に分からない可能性があるため、事業者がこれらの対策をどの程度実際に実施することが可能であるのか伺いたい。事業者としては、施行規則案(第12条、第51条、第54条及び第114条)に規定された具体的な措置を行っていれば、義務を適切に履行したものとし、責任を負わないものと理解してよいか)→施行規則第54条に基づき入場禁止対象者によるカジノ施設の利用の防止のためにカジノ事業者がとるべき措置の具体的内容については、今後、審査基準等において考え方を示してまいります。なお、法第237条第1項第6号の罰則の適用及び行政処分の実施については、個別具体的な状況に応じて検討されることになります。
  • (施行規則案第54条第1項に「暴力団員等の情報を得た場合は事業者は他の事業者とその情報を共有するように努めること」と追加してほしい。)→法第113条で「カジノ事業者は、カジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除その他のカジノ事業の健全な運営の確保に関し、相互に連携を図りながら協力しなければならない。」とされており、当該連携協力の一つとして、カジノ事業者間において必要に応じて情報共有を行うことが想定されています。したがって、御指摘の規定については、原案が適当と考えています。
  • (暴力団員情報については、民間企業等から得る場合、「その情報を提供する会社等は公的機関から情報の提供を受けていること」と規定してほしい。/入場禁止対象者については、カジノ管理委員会経由で公安・警察当局の公的データベースに各カジノ事業者が照会でき、一律・タイムリーな回答を得られる仕組みを提供すべき。/施行規則案第51条第2項、第54条第1項について、カジノ事業者から都道府県警察に対して、暴力団員等のチェック・照会が可能となることを規則で明記すべき。)→施行規則は、カジノ事業者が行うべき措置を具体化するものであるため、原案が適当と考えています。なお、施行規則第54条第1項第7号は、入場禁止対象者によるカジノ施設の利用の防止のためにカジノ事業者がとるべき措置として、「都道府県警察と密接に連絡すること」を規定しており、カジノ事業者は、当該措置の一つとして、暴力団員等であると疑われる者を発見したときに、必要に応じて都道府県警察に通報等をすることが求められます
  • マネロン・リスクに対応するため、犯罪収益移転防止法上、国内金融機関とコルレス契約(為替取引を継続して行うことを内容とする契約)を締結する外国金融機関であれば、取引時確認等の適切な対応がとられることが担保されることから、国内金融機関を介在する必要があります。
  • 施行規則第102条第1項第3号の規定に基づきカジノ事業者が収集すべき情報については、いずれの先から収集するかも含めて、顧客のリスク等を勘案し、カジノ事業者において個別具体に判断されることとなりますが、収集が求められる「必要な情報」としては、取引時確認の際に申告を受けた職業の真偽を確認するために必要な情報、外国PEPsであるか否かの情報などがあります。いずれにせよ、今後、審査基準等において考え方を示してまいります。また、同号の措置は、カジノ事業者に求められる措置であり、金融機関に対する法的義務を規定するものではありません。
  • 監視カメラによる監視については、状況を記録することに加え、不正行為を抑止する効果もあり必要な措置と考えています。カジノ事業におけるマネー・ローンダリング対策については、法により犯罪収益移転防止法の規制対象にカジノ事業者を追加する改正を行い、取引時確認等の義務付けを行っているほか、同法の枠組みへの上乗せとして、犯罪収益移転防止規程の作成を義務付け、これをカジノ管理委員会が審査すること、100万円超の現金取引の届出を義務付けること、他人へのチップの譲渡やカジノ行為区画外への持出しを禁止すること等の重層的な規制を講じており、さらにこの実施状況については、カジノ管理委員会が厳正に監督することによって、十分に実効性が確保されると考えています

さて、カジノを中核とする統合型リゾート(IR)を巡り、収賄罪と組織犯罪処罰法違反(証人等買収)に問われて公判中の衆院議員、秋元司被告は、東京地裁で開かれた公判で「国民全体の利益を目指すという政治理念に反して、海外の一企業のために便宜を図ることはあり得ない」と最終意見陳述しました。弁護側も最終弁論で「検察のストーリーは破綻している」と改めて無罪主張して結審、注目の判決は9月7日に言い渡される予定です。報道によれば、弁護側は、贈賄側から300万円を受け取ったとされる2017年9月28日の衆院解散当日について、スケジュール表やスマホの健康管理アプリなどの記録から、現金授受の場所とされる議員会館に「行っていない」と指摘、賄賂とされる金は贈賄側が着服したとしたほか、贈賄側が負担した旅費などについては「秘書から報告を受けていない」と賄賂性を否定、本贈収賄事件は「検察官のストーリーで秋元議員を犯罪者に仕立てた」と主張しています。さらに、贈賄側にうその証言をさせようとしたとする証人買収事件は「無実の罪を着せられる焦りが秋元議員にあった」としつつ、支援者らにうその証言を求めたことはなく「真実の証言を依頼しており罪は成立しない」としています。また、収賄罪の共犯に問われた元政策秘書についても無罪を主張し、捜査段階で容疑を認めた供述調書は「(入院中に)人権を無視して取られた。何の信用性もない」と述べています。

次に誘致を目指している主な候補地の状況を簡単に確認しておきます。まず、大阪府・大阪市については、大阪府の吉村知事がIRに関して、米MGMリゾーツ・インターナショナルとオリックスの共同事業体から事業内容の提案書を受理したと明らかにしています。報道によれば、投資金額は1兆円規模だということであり、新型コロナウイルスの感染拡大で事業者も経営的な打撃を受け投資余力が懸念されていたところ、大阪府市が「世界最高水準」と掲げ想定する総額9,300億円の投資規模を上回り、コロナ禍収束後の大阪・関西経済の成長に弾みがつくことになります(世界的に見れば、米国有数の観光地ラスベガスがコロナ禍による苦境を脱し、活況を取り戻しつつあることが注目されます。ネバダ州のカジノの売り上げは5月に早くも過去最高を更新したといいます。一方で、客足の急な回復でカジノやホテルの人手が追い付かない状況も出ているようです。背景には、米政権の手厚い失業給付があり、職場復帰に慎重な労働者が多いようです)。2020年代後半の開業を目指すとされ、大阪府市は9月ごろに同グループを正式な事業者に決定する予定としていますが、これだけの事業規模であるということは、競争相手はシンガポールやマカオの巨大IRと照準を合わせたということであり、歴史、文化など大阪独自の魅力を効果的に発信し、集客へつなげるといった戦略も求められることになります。吉村知事は「世界最高水準のIRにする提案になっている。コロナ後に多くの人が大阪を楽しめるIRを誘致する第一歩になった」と述べています。なお、すでに6月に運営事業者を選定済みの和歌山県は、カナダのクレアベスト・グループによる初期投資額は4,700億円で2027年秋の開業の計画を明らかにしています(なお、本コラムでも取り上げましたが、当初「本命」とみられていた「サンシティグループ」(マカオ)は5月に突然、撤退を表明しました。今年2月、サンシティがIRを手掛けるオーストラリアで、現地当局がマネー・ローンダリング疑惑を指摘する報告書を公表したことから、同社側は関与を否定したものの、県が有識者による審査と並行して実施してきた、事業者の適格性を調べる「予備調査」が長期化したという背景があります)。投資額が大幅に上回る大阪府市の計画が具体化したことは国の認可にも影響を与える可能性があります。また、長崎県も、同県佐世保市のテーマパーク「ハウステンボス」に誘致をめざすIRの運営事業者について、オーストリアの国営企業傘下の企業「カジノ・オーストリア・インターナショナル・ジャパン」を優先交渉権者に選んだと発表しています。8月中にも基本協定を結び、運営事業予定者として正式決定する方針だということです。報道によれば、長崎県は、応募のあった5社を審査委員会で3社に絞り込み、プレゼンテーションによる2次審査を実施、IR区域全体の整備方針や事業運営能力、ギャンブル依存症対策などを審査し、8月6日付で同社を選んだということです。長崎県は、同社が事業予定者に決まり次第、IRの区域整備計画を策定して来年4月28日までに国に提出し、整備認可をめざすことになります。なお、長崎県へのIR誘致については、九州の経済界など「オール九州」で後押しすることで固まっています。ハウステンボスは長崎空港や佐世保港に近いことから候補地となり、マリーナに面した約31ヘクタールの区画にカジノのほか、MICE施設やエンターテインメント施設などを整備する計画となっています。

任期満了に伴う横浜市長選が告示されました。最大の争点は、横浜市が進めてきたIR誘致の是非で、数年にわたって計画を進めてきたところ、この選挙で改めてその是非が問われることとなります。2021年8月10日付朝日新聞によれば、朝日新聞の実施した世論調査においてIRの誘致に賛成が20%、反対が68%という結果となりました。また、誘致に反対する人では、いずれも反対派の小此木氏に4割、山中氏に3割と支持が分かれる一方、賛成の人は半数が推進派の林氏を支持しているということです。横浜市のIR誘致については、現職の林市長が推進、今年1月に事業予定者の公募を開始、今夏にも決定し、共同でつくるIRの整備計画を来年4月末までに国に申請する予定となっています。本コラムでも取り上げましたが、横浜市がまとめた実施方針では、大規模な国際会議場や最高級ホテルを含めた3,000室以上の宿泊施設、劇場やショッピングモールといった施設の一体的な開発・運営を事業者に求める内容となっています(なお、横浜IRの運営事業者に意欲的だとされたセガサミ―社は、今年5月の決算説明会で、マイノリティ出資で参画する方針を決めたと明らかにしている点も注目されます)。今後の動向を大きく左右する選挙結果が注目されるところです。

最後に依存症に関する最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 2021年8月1日付毎日新聞で、ネット・ゲーム障害について、神戸大大学院の曽良教授が分かりやすく解説しています。ポイントをいくつか抜粋して引用すると、「WHOは2019年、国際疾病分類で依存症の一つに「ゲーム障害」を認定した。依存症は使用が制御できない状態。頻度や時間を制御できない▽ゲームが一番になる▽社会生活に支障が出ても止められない―といった状態が12カ月以上続くことなどが当てはまる」、「ネット・ゲーム依存の患者は少なく見積もって全国で男性の約3%、女性の約1%はいるとみられる。依存に陥るリスクがある人はもっと多い」、「兵庫県青少年本部の小中高生への調査で、依存傾向がない子どもでも1割程度が1日4時間以上、ネットを使用していた。帰宅、食事、風呂、宿題を考えると1日4時間は余暇のほぼ全て。依存傾向がある子どもでは約3割が1日4時間以上、利用する。ネット・ゲーム依存の予備軍となる問題のあるネット利用者は相当数いる」、診療ではいかに生活のリズムを保つかが重要で、通常なら順調に回復する子どもたちが休校などの影響で回復しなかった」、「ゲームのやり過ぎで学校についていけなくなるか、不登校でゲームしかやらなくなるのか、どちらが先であっても、悪循環で不登校とともにネット・ゲーム依存が深刻になるケースは多い。家庭、学校、仕事でうまくいかずに苦しい、満たされない、思うようにならないことから依存する。楽しいことにあふれて幸せな人は依存にならない。ある患者は「逃避している」と話した」、「楽しいことにあふれて幸せな人は依存にならない。ある患者は「逃避している」と話した」、「薬物やネット・ゲームなどの行動の依存症は慢性の再発しやすい病気で、特効薬はないことから、じっくりとした診療が必要だ。予防は、健康的な人が依存リスクのある段階になる時点から考える必要があり、精神科医だけでなく、教育、行政など、いろいろな業種が一緒になって対策を検討する必要がある」などと指摘しています。
  • 中国政府が、ネット通販大手アリババ集団や配車アプリ大手滴滴出行に続き、ネット企業への締め付けの一環として、IT大手テンセントへの圧力を強めており、主力のゲーム事業への包囲網を敷き始めているほか、メッセージアプリのウィーチャットなど他の事業にも影響が出ているといいます。報道によれば、国営新華社通信系の経済参考報が「『精神的アヘン』がこともあろうか数千億元(1元は約17円)規模の産業に成長」という見出しの記事を掲載したともいいます。「精神的アヘン」とは、ネット・ゲームのことを指し、他にも「電子麻薬」とも表現、ゲームが未成年の健康的な成長に影響を与えるとして痛烈に批判しています。確かに前述の「ネット・ゲーム依存」の状況をふまえれば、「精神的アヘン」という表現も言い得て妙だと感じます。
  • 2021年7月12日付読売新聞で、「幻想振動症候群(ファントム・バイブレーション・シンドローム)」が紹介されていました。デジタル環境の進展に伴い、従来の人同士のつながりが希薄化、長引くコロナ禍でそのリスクも高まっている中、「胸ポケットのスマホが、ブルッと震えた気がした。慌てて確認したが、着信も通知もない」といった錯覚が代表的な症状だといいます。報道によれば、「スマホにすぐに反応しなければという過剰な緊張状態が原因で起きる症状。身に覚えがある人も多いはず」と指摘されています。スマホを手放せなくなる理由について、専門家が、「「楽しい」「ワクワクする」といった「快楽」をもたらすうえ、「飽きにくい」という性質が依存物の条件」で、「SNSにゲーム、動画、様々なアプリ。スマホがあれば手軽にいつでもどこでも、そして制限なく楽しむことができる。」、「スマホは最強の依存物の一つだ」といいます。報道の中で「スマホ依存が疑われる兆候」というチェックリストがありましたので、以下に引用します。
  • スマホを1日中離さない。風呂場やトイレにも持ち込む。食事中も見てしまう
  • 歩きスマホがやめられない
  • 仕事、学業などに支障が出るほど熱中して長時間見る
  • ストレス発散や現実逃避で見てしまう
  • 動画サイトや情報サイトなどを目的がないのに見続ける
  • SNSの着信音がいつも気になる。着信音や振動音が鳴ったと錯覚する
  • 人との会話が減る。周囲に無関心になる
  • スマホ依存については、読売新聞が集中的に取り上げており、同7月13日付の記事では、「スマホ依存はSNSがきっかけになるケースも多い」との専門家の指摘、「総務省の2013年の調査では、ネット依存傾向の高い人の7%が、SNS利用時に悩んだり、負担に感じたりしていた。全体の56.9%よりも23.8ポイントも高い」こと、やめられない理由として、「「いいね!」に依存を誘引するしかけがある」、「オペラント条件付け」という概念があり、「どんなに投稿しても必ず返信があるわけではない。だから気になり何度もスマホを見てしまう。そして、『いいね!』をもらうと文字通り承認欲求が満たされ、絆を結べたと安堵し、また投稿する。スマホ依存は、きずな依存」との専門家の解説がありました。また、別の専門家は、「いつでもつながることができるから、つながっていないと強い孤立感を感じてしまう。スマホは私たちに快適さと利便性とともに『常時接続』と『疎外恐怖』をもたらした。スマホ依存の根っこにあるのは、どうしようもない不安だ」と指摘しています。さらに、同7月16日付の記事では、「依存から抜け出すには、ピアサポートと呼ばれる、同じ悩みを抱える人同士で語り合い相手の心に寄り添う支援が大切」との専門家の指摘もありました。その具体的な活動の一つとして「オフラインキャンプ」も注目されているといいます。依存症対策で最も重要なのが予防であり、デジタルデトックス(デトックスは「解毒」)と呼ばれる取り組みも目立つようになっており、「ストレスや不安からスマホに逃げ込む前に、スマホ以外の安全で頼れる確かな『依存先』を増やすことが大切だ」としています。
③犯罪統計資料

今年上半期(1~6月)に全国の警察が認知した刑法犯の件数は、前年同期より30,170件少ない277,300件(▲9.8%)となりました。戦後最少を更新した昨年をさらに下回るペースとなっており、路上強盗や自転車盗など屋外で起きた「街頭犯罪」については、▲16.7%となる82,904件、月別では、新型コロナウイルスの感染拡大が顕著だった今年1月が11,995件(▲35.1%)となるなど、本コラムで継続的に確認している限りでは、そもそも減少傾向にあったところ、外出自粛により街頭犯罪が減ったことも大きな影響を与えているものと考えられます。以下、警察庁の集計分析資料から抜粋して紹介します。

▼警察庁 令和3年上半期における刑法犯認知・検挙状況について【暫定値】
  • 主な特徴点
    1. 認知状況
      • 令和3年上半期における刑法犯認知件数は277,300件で、年間の認知件数が戦後最少であった令和2年(614,231件)の上半期(307,470件)を更に下回った(前年同期比で▲9.8%)。他方、重要犯罪の認知件数は前年同期比で2.0%の増加となった。
      • 刑法犯認知件数のうち、特に、街頭犯罪及び侵入犯罪の認知件数が大きく減少しており、前年同期比でそれぞれ▲16.7%、▲21.8%。
      • 包括罪種別に見ると、刑法犯認知件数の約7割を占める窃盗犯の認知件数が大きく減少しており、前年同期比で▲12.0%減(このうち、重要窃盗犯の認知件数は前年同期比で▲23.3%)。
    2. 検挙状況
      • 令和3年上半期における刑法犯の検挙率は46.5%、重要犯罪の検挙率は91.0%、重要窃盗犯の検挙率は74.5%であった。
      • 刑法犯、重要犯罪及び重要窃盗犯の検挙率はいずれも平成10年代半ば以降上昇傾向にあるが、本年上半期は、重要犯罪の検挙率のみ前年同期比で1.0ポイント下落している。
  • 令和3年上半期における人口千人当たりの刑法犯の認知件数は2.2件となり、戦後最少であった令和2年(年間4.9件)の上半期(2.4件)を更に下回った。
  • 令和3年上半期における街頭犯罪の認知件数は82,904件となり、前年同期比で▲16.7%(侵入犯罪の認知件数は23,571件となり、前年同期比で▲21.8%、街頭犯罪及び侵入犯罪以外の認知件数は17,825件となり、前年同期比で▲3.9%)。
  • 令和3年上半期における月別の街頭犯罪認知件数を見ると、1~3月が対前年同期比でそれぞれ▲35.1%、▲27.3%、▲23.4%となっており、昨年4月以降の減少傾向が引き続いている様子が伺える。
  • 令和3年上半期における重要犯罪の認知件数は4,277件と、前年同期比で2.0%増加した。
  • 令和3年上半期の重要犯罪の認知件数を罪種別にみると、略取誘拐が196件、強制性交等が682件、強制わいせつが1,994件となり、前年同期比でそれぞれ24.8%、7.9%、9.7%増加した。
  • 刑法犯認知件数の約7割を占める窃盗犯について、令和3年上半期の認知件数は185,956件と、前年同期比で▲12.0%となっており、近年の減少傾向が継続している。重要窃盗犯についても同様の傾向がみられ、上半期の認知件数は21,881件と、前年同期比▲23.3%。
  • 令和3年上半期における刑法犯検挙件数は128,979件、検挙人員は85,126人で、ともに令和2年の上半期(136,451件、88,336人)を下回った(それぞれ前年同期比で▲5.5%、▲3.6%)。少年の検挙人員は7,094人で、検挙人員全体の8.3%となった(令和2年上半期は全体の10.2%)
  • 令和3年上半期における検挙率は、前年同時期より1ポイント上昇し、46.5%となった。刑法犯の検挙率は平成10年代半ば以降上昇傾向にある。重要犯罪の検挙率、重要窃盗の検挙率も同様の上昇傾向にあったが、令和3年上半期における重要犯罪の検挙率は前年同時期より1.0ポイント下落し、91.0%となった。

次に、一部重複しますが、令和3年1~6月の犯罪統計資料(警察庁)について紹介します。

▼警察庁 犯罪統計資料(令和3年1~6月分)

令和3年1~6月の刑法犯総数について、認知件数は277,300件(前年同期307,400件、前年同期比▲9.8%)、検挙件数は128,979件(136,451件、▲5.5%)、検挙率は46.5%(44.4%、+2.1P)と、認知件数・検挙件数ともに減少傾向が継続している点が特徴です。なお、刑法犯全体の7割を占める窃盗犯の認知件数は185,956件(211,326件、▲12.0%)、検挙件数は79,283件(85,333件、▲7.1%)、検挙率は42.6%(40.4%、+2.2P)、うち万引きの認知件数は44,711件(43,044件、+3.9%)、検挙件数は31,824件(31,683件、+0.4%)、検挙率は71.2%(73.6%、▲2.4P)、知能犯の認知件数は17,111件(16,314件、+4.9%)、検挙件数は8,861件(8,414件、+5.3%)、検挙率は51.8%(51.6%、+0.2P)、詐欺の認知件数は15,570件(14,602件、+6.6%)、検挙人員は7,608人(7,123人、+6.8%)、検挙率は48.9%(48.8%、+0.1P)などとなっています。刑法犯全体の認知件数・検挙件数が減少傾向の中、万引きと知能犯、詐欺については増加傾向にあり、注意が必要な状況です。

また、特別法犯総数については、検挙件数は33,725件(32,630件、+3.4%)、検挙人員は27,823人(27,621人、+0.7%)と昨年は検挙件数・検挙人員ともに微減となったものの、反転して増加傾向を示している点が特徴的です。犯罪類型別では、入管法違反の検挙件数は2,564件(3,092件、▲17.1%)、検挙人員は1,872人(2,234人、▲16.2%)、軽犯罪法違反の検挙件数は3,994件(3,092件、+9.3%)、検挙人員は3,989人(3,602人、+10.7%)、迷惑防止条例違反の検挙件数は3,887件(3,428件、+13.4%)、検挙人員は3,065人(2,885人、+6.2%)、犯罪収益移転防止法違反の検挙件数は1,148件(1,327件、▲13.5%)、検挙人員は936人(1,096人、▲14.6%)、不正アクセス禁止法違反の検挙件数は146件(235件、▲37.9%)、検挙人員は53人(56人、▲5.4%)、不正競争防止法違反の検挙件数は41件(33件、+24.2%)、検挙人員は42人(41人、+2.4%)、銃刀法違反の検挙件数は2,411件(2,473件、▲2.5%)、検挙人員は2,108人(2,174人、▲3.0%)などとなっています。また、薬物関係では、麻薬等取締法違反の検挙件数は385件(413件、▲6.8%)、検挙人員は229人(209人、+9.6%)、大麻取締法違反の検挙件数は3,139件(2,598件、+20.8%)、検挙人員は2,493人(2,200人、+13.3%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は5,372件(5,321件、+1.0%)、検挙人員は3,590人(3,712人、▲3.3%)などとなっており、覚せい剤事犯と大麻事犯の検挙件数は前年に比べても大きく増加傾向を示しており(特に大麻事犯)、やはり薬物事犯の情勢はかなり深刻だといえます。また、来日外国人による重要犯罪・重要窃盗犯国籍別検挙人員については、総数290人(262人、+10.7%)、ベトナム100人(37人、+170.3%)、中国45人(48人、▲6.3%)、フィリピン18人(12人、+50.0%)、ブラジル17人(32人、▲46.9%)、インド9人(10人、▲10.0%)などとなっています。

一方、暴力団犯罪(刑法犯)罪種別検挙件数・人員対前年比較の刑法犯総数については、検挙件数は5,469件(5,777件、▲5.3%)、検挙人員は3,068人(3,401人、▲9.2%)と前回増加したものの一転して、検挙件数・検挙人員ともに減少している点が特徴です。以前の本コラム(暴排トピックス2021年3月号)では、「基礎疾患を抱え高齢化が顕著に進行している暴力団員のコロナ禍の行動様式として、検挙されない(検挙されにくい)活動実態にあったといえます」と指摘しましたが、一時活動が活発化している可能性を示したものの再度減少に転じたのは、緊急事態宣言等のコロナ禍の状況や東京五輪に向けた自粛(一般的に国民的行事の際には、暴力団は活動を自粛する傾向にあります)などの要素もあることも考えられ、いずれにせよ状況の流動化とともに今後の動向に注意する必要がありそうです。犯罪類型別では、暴行の検挙件数は345件(440件、▲21.6%)、検挙人員は321人(410人、▲21.7%)、傷害の検挙件数は532件(679件、▲21.6%)、検挙人員は638人(769人、▲17.0%)、脅迫の検挙件数は160件(198件、▲19.2%)、検挙人員は157人(177人、▲11.3%)、恐喝の検挙件数は189件(187件、+1.1%)、検挙人員は221人(227人、▲2.6%)、窃盗犯の認知件数は2,695件(2,663件、+1.2%)、検挙人員は462人(539人、▲14.3%)、詐欺の検挙件数は739件(753件、▲7.3%)、検挙人員は615人(532人、+15.6%)、賭博の検挙件数は16件(26件、▲38.5%)、検挙人員は67人(92人、▲32.3%)などとなっています。とりわけ、全体の傾向と同様、窃盗、詐欺については、昨年はコロナ禍の影響で大きく減少したところ、一転して増加傾向を示している点は注意が必要です。さらに、暴力団犯罪(特別法犯)主要法令別検挙件数・人員対前年比較の特別法犯総数について、3,283件(3,600件、▲8.8%)、検挙人員は2,172人(2,658人、▲18.3%)とこちらも昨年1年間の傾向同様、減少傾向が続いていることが分かります。犯罪類型別では、暴力団排除条例違反の検挙件数は19件(29件、▲34.5%)、検挙人員は50人(80人、▲37.5%)、銃刀法違反の検挙件数は43件(72件、▲40.3%)、検挙人員は32人(57人、▲43.9%)、麻薬等取締法違反の検挙件数は65件(77件、▲15.6%)、検挙人員は19人(23人、▲17.4%)、大麻取締法違反の検挙件数は554件(519件、+6.7%)、検挙人員は333人(363人、▲8.3%)、覚せい剤取締法違反の検挙件数は2,146件(2,354件、▲8.8%)、検挙人員は1,371人(1,634人、16.1%)などとなっており、薬事犯全体が大きく増加している中、暴力団犯罪については引き続き減少傾向を示している点が特徴的だといえます。

(8)北朝鮮リスクを巡る動向

北朝鮮に対する制裁決議の履行状況を監視する国連安全保障理事会(安保理)の北朝鮮制裁委員会・専門家パネルは、北朝鮮が経済難にもかかわらず、核・弾道ミサイルの開発を継続していると指摘する中間報告書をまとめています。報道によれば、安保理に提出された報告書(抜粋)は、北朝鮮が核やミサイルの開発に必要な物資や技術を「海外から入手しようとしている」と指摘、パネルは、北朝鮮によるサイバー攻撃のほか、核兵器など大量破壊兵器に応用できる研究を巡る北朝鮮と外国の協力についても調査しており、安保理決議に基づく制裁で禁じた石炭輸出や、上限を定めた石油精製品輸入は継続しているが、貿易量は減っているともしています。また、北朝鮮は外貨獲得のために出稼ぎ労働者の派遣を継続しているとも指摘しています。さらに、新型コロナウイルス対策の国境封鎖や洪水で経済状況が厳しく、金正恩朝鮮労働党総書記の「今年の収穫に多くがかかっている」という発言から「人道危機が深まりつつある」と指摘、「より幅広い国民が苦境にあるとみられる」と分析しています(直近で、韓国銀行(中央銀行)が、北朝鮮の2020年の実質国内総生産(GDP)が前年比▲4.5%だったとの推計を発表しています。食糧難で多数の餓死者が出たとされる「苦難の行軍」の時期だった1997年(▲6.5%)に次ぐ減少幅だということです)。なお、安保理の対北朝鮮制裁を巡っては、人道状況の悪化を受けて中国やロシアは制裁緩和を主張していますが、食料や医薬品は制裁対象には入っておらず、米国などは制裁が人道危機をもたらしているわけではないとして、緩和に否定的な姿勢を示しています。関連して、米司法省は、北朝鮮への石油製品密輸に関わったとして、シンガポール人の男が所有するタンカーの接収を明らかにしています。タンカーは国連安保理の北朝鮮制裁決議に違反し、洋上で物資を積み替える「瀬取り」を行っていたといいます。報道によれば、タンカーは2019年8月~12月にかけ、位置情報の伝達装置を違法に止め、150万ドル(約1億6,000万円)相当以上の石油を「瀬取り」で、制裁対象の北朝鮮の船に移した疑いがあり、カンボジア当局が2020年3月、米国の差し押さえ状に従って、タンカーを拿捕していたものです。米当局はシンガポール人の男を訴追し、行方を追っています。

北朝鮮で6月末にあった朝鮮労働党の政治局拡大会議で、解任や降格されたのが複数の軍首脳だったことが明らかになっています。金正恩総書記が異例の人事に踏み切った背景には、新型コロナウイルスの防疫対策や食糧不足といった事情に加え、軍をコントロールしていることを内外に示す狙いがあると考えられています。報道によれば、軍の一部がこの備蓄食糧を使ってしまい、中国からの密輸で穴埋めしようとしたことがばれて防疫問題に広がったといい密輸に携わった人たちに発熱があり、その地域が閉鎖されたとの情報もあります。専門家は「特別命令書を出したばかりで問題が見つかり、処分なしでは国民に示しがつかない。防疫徹底のためにも軍首脳部に連帯責任を取らせたのだろう」と見ているほか、「正恩氏は迅速に大幅な人事を敢行することで、軍を掌握しているとアピールした」とも指摘しています。一方、韓国の情報関係者は「正恩氏は自力更生という政策を進めようにもうまくいかず焦りから会議を連発しているようだ」とみているようです。

その金正恩総書記の健康状態に関する憶測が流れ続けています。最近では、140キロ近い体重を10~20キロあまり減量したと見られ、注目を集めましたが、その後も活発に活動を続けていることから、体調不良ではなく「ダイエット」との見方が大勢ですが、一方で最近、気になる映像が公開されています。平壌で開催された軍の講習会で、金総書記が後頭部に医療用と見られる巨大な絆創膏を貼っている姿が確認されました。とはいえ、健康状態には関係ないとの見方が大勢のようです。北朝鮮は現在、深刻な食糧難に見舞われ、地方に比べ恵まれている平壌でも慢性的に物資が不足しているといい、「人民大衆第一主義」を掲げる金総書記としては、住民の不満が自身に向かわないよう、自ら身をやつして対策にあたっていると宣伝する必要があったと考えられています(絆創膏の件は不確実ですが)。さらに、北朝鮮メディアは連日、「帝国主義者は新しいものに敏感な若者たちの特性を悪用して、頭の中に反動思想・文化を注入させようと狡猾に策動している」と青年層に警戒を呼びかけ、服装や髪型、言葉使いも北朝鮮らしくするよう指導しているとも言われています(携帯電話のメッセージを抜き打ちでチェックされ、韓国で使われる略語やスラングの使用を当局が確認するケースも出てきているといいます)。背景には青年層が韓流に染まってしまうと、北朝鮮式のやり方に疑問を持つようになり、金正恩体制が崩壊してしまうという強い危機感があるとされます。また、最近、北朝鮮では前例のない反金正恩勢力が、緻密に組織化され運動を展開しているとも言われています。首都・平壌の大学生たちの間をはじめ、全国各地で金正恩独裁体制への不満がマグマのように地下でうごめいているとされ、以前と違って国民の「恨みつらみ」をストレートに打ち出した横断幕やビラも確認されています。長引く国連制裁に加え、新型コロナウイルスの感染防止による境界封鎖、台風や干ばつなどの自然災害に伴う食糧難など、三重苦・四重苦にあえぐ北朝鮮で、金総書記は国民の不満を抑え込むために深謀遠慮、策をめぐらしていることは確実のようです。(なお、直近でも、北朝鮮東部・咸鏡南道で水害が起こり、朝鮮労働党中央軍事委員会は、道党軍事委員会拡大会議を緊急招集するとともに、道路などの復旧に当たる工兵部隊の派遣、道に駐屯する軍部隊の動員を指示、金総書記は「復旧用の資材を国家の備蓄分から緊急に使用し、中央が財政的、物質的に強力に支援せよ」と命令しています。北朝鮮では昨夏も大規模な水害があり、食料不足の一因になったと指摘される。今回の水害が経済的苦境に追い打ちをかける可能性があり、注視していく必要があります)。

そのような状況の北朝鮮が中国に接近する動きを見せています。金総書記は中朝友好協力相互援助条約の締結から60年に合わせ、対米政策での中朝協力への期待をにじませる祝電を打ちました(直近では、金総書記が、中国河南省の豪雨被害を受け、習国家主席に見舞いのメッセージを記した親書を送っています)。一方の中国も、習氏は条約について「両国の友好協力を永続的に進めるための重要な政治・法律的基礎をうち固めた」と評価、中朝と対立を深める米国を念頭に、「世界では、この100年でかつてない大きな変化が急速に進んでいる。(金)総書記同志と戦略的な意思疎通を強め、中朝関係を前進させたい」と述べ、北朝鮮との連携に意欲を見せ、経済支援をちらつかせて影響力を高めようとしています。北朝鮮が中国に接近するのは、米国のトランプ前政権との非核化交渉が決裂し、中国依存を強めざるをえなくなっている事情があります。前提条件なしの対話を求めるバイデン米政権から譲歩を引き出すには中国の支持が欠かせないとの判断があると考えられています。また、国内の食糧事情も厳しくなっていることも背景事情としては重要と推測されます。それを裏付けるかのように、中国税関総署は、北朝鮮との6月の貿易総額は1,413万6,000ドル(約15億6,000万円)だったと発表しています。貿易が急激に落ち込んだ5月の約4倍となり、北朝鮮は新型コロナウイルス対策で国境封鎖を続けているところ、中国からの物資調達を一部再開したようです。金総書記は6月中旬の党中央委員会総会で食糧事情が切迫していることを認め、対策を指示、農業物資や生活必需品を調達した可能性が考えられるところです。とはいえ、貿易総額は国境封鎖前の2019年6月と比べるとわずか約6%で、正常化にはほど遠い水準で、2021年1~6月の累計では前年同期比▲84%、国境封鎖前の2019年同期比では▲95%となっています。

中国との関係強化と対照的に、米国の人道支援を「悪意ある策略」と批判しています。米国と同盟関係にある韓国などが、新型コロナウイルスワクチンなどの支援は協力を促進する可能性があるとの見方を示したのを受けたもので、北朝鮮外務省が、公式ウェブサイトに批判文書を掲載しています。支援を外交政策上の目的や人権問題を巡る圧力とひも付ける米国の慣習を如実に表しているとし、世界での実例を列挙、「米国が『人道支援』と『人権問題』をひも付けるのは、主権国家への圧力を正当化し、悪意ある政治的な策略で目的を達成するという隠された意図があることを明確に示している」と記しています。関連して、北朝鮮が13カ月ぶりに韓国との連絡手段の復旧に応じました。背景には交渉決裂から2年を超えた米朝協議の再開に向けた機運の高まりを受け、対北制裁の緩和に積極的な韓国を利用し交渉を優位に進める狙いがあるようです。一方、米国は「完全非核化」のゴールについて譲歩する姿勢を示しておらず、南北の接近が非核化協議の進展につながるかは不透明な状況です。今年に入り、バイデン米新政権が「敵対関係の終結」などに言及した2018年の米朝共同声明を踏襲する立場を明らかにするなど、朝協議再開に前向きな姿勢を示したことに伴い、北朝鮮の対韓国政策にも変化が生じた形であるとともに、今後は任期終盤の「レガシー(政治的遺産)」作りに取り組む韓国の文在寅大統領と協調し、南北間でオンラインの首脳会談などに向けた動きが加速する見通しもあります。新型コロナウイルス禍の国境封鎖で経済の生命線である対中貿易が壊滅状態にある北朝鮮の状況を踏まえ、(前述のとおり批判はするものの大局では)経済協力や人道支援について議論が進むとみられています。なお、直近では、米韓合同軍事演習の実施に際して、「敵対勢力が執拗に侵略戦争演習を強化している」「いかなる軍事的挑発にも対処できるよう総力を集中する」(金総書記)、「侵略戦争演習を強行した米国こそ、地域の平和と安定を破壊する張本人だ」「信頼回復を望む北南の首脳の意思を損ない、前途をさらに曇らせる」(金与正朝鮮労働党中央委員会副部長)、「善意に敵対行為で応えた代価を分からせなければならない」「どれほど危険な選択をしたか、誤った選択によってどれほど大きな安保危機に近づいているかを時々刻々と感じさせる」「(米韓が)対決を選択した以上、我々も他の選択はできない」(金英哲朝鮮労働党部長)など相次いで厳しい批判を浴びせています。

米韓合同軍事演習が予定される中、前述したような激しい表面的な対抗とともに、米国との非核化協議再開に向け、米国と韓国に対して揺さぶりを強めている構図が明らかになっています。米国との対話が進展しなければ、再び軍事挑発に出る可能性も否定できないところ、韓国の情報機関・国家情報院は、非公開で開かれた国会の情報委員会で、北朝鮮の動向について報告を行い、それによれば、北朝鮮は、米国との対話に応じる条件として、(1)鉱物の輸出(2)石油製品の輸入(3)生活必需品の輸入、の3つを認めるよう求めているということです(高級酒やスーツなど高級品の輸入に関する制裁の緩和も求めているほか、約100万トンのコメを必要としているとの報道もありました)。米国が北朝鮮より先に譲歩する可能性は低く、バイデン政権は、北朝鮮の核・ミサイル問題の対話による解決を目指す方針を明確にしているが、圧力は堅持すべきだとの立場を崩していません。米国務省は、北朝鮮を含む27か国・地域が参加するASEAN地域フォーラム(ARF)の場で、「北朝鮮に対する国連決議の完全な履行」を各国に促しています。

その他、北朝鮮を巡る最近の報道から、いくつか紹介します。

  • 北朝鮮の駐ロシア大使は、米国に対抗するために北朝鮮はロシアとの協力を強化すると表明しています。朝鮮半島の平和は米軍が撤収しない限り実現しないとも述べています。報道によれば、米韓合同軍事演習は「戦争の予行演習」と非難し、状況を不安定にする責任が米国にあることを証明していると主張、「また、共通の脅威である米国に対抗するために北朝鮮とロシアの協力を深めていく」と語ったということです。
  • 北朝鮮は、年内に艦艇2隻をアジア太平洋地域に常駐させる英国軍の計画を「挑発行為」として非難しています。英国は、台湾などアジア太平洋地域で影響力拡大を狙う中国への警戒感を示し、同地域への関与を強化しています。報道によれば、北朝鮮は、艦艇常駐計画の発表時期が英軍空母クイーン・エリザベスの打撃群の南シナ海通過と重なっていると指摘、その上で、北朝鮮当局者は、北朝鮮と中国が日本と韓国を孤立させ、インド太平洋地域の航行の自由を脅かそうとしているとするウォレス英国防相の発言を非難しています。
  • オーストラリアの裁判所は最大都市シドニーに住む60代の男が北朝鮮のためにミサイル部品などの取引を仲介しようとしたとして、国連制裁違反で禁錮3年6月の有罪判決を言い渡したということです。報道によれば、韓国生まれでエンジニアのこの男は北朝鮮の代理人として2017年8~12月、ミサイル部品や他の軍装備品、石炭などを外国に売却しようとしたほか、イランから石油を購入しようとしたとされます。いずれも取引は成立しなかったものの、男は仲介に当たり金総書記との「つながり」も口にしていたといいます。男は同年12月に逮捕され、今年に入り罪を認めています。連邦警察は「武器が販売されていれば無数の人の命を危機にさらしていた恐れがある」と強調しています。
  • 北朝鮮は、韓国との関係改善に動き出した一方、東京五輪に絡み、日本が「五輪を政治的に悪用しようとしている」と非難しています。自国の不参加を正当化するとともに、「反日」共闘を仕向け、韓国を揺さぶる狙いもあるとみられています。「倭国(日本)は、朝鮮民族千年の宿敵であり、悪性ウイルスよりもさらに危険な平和の破壊者だ」と北朝鮮の対外宣伝サイトは、五輪の公式サイト上の日本地図に韓国や北朝鮮が領有権を主張する竹島が表記されていることなどに反発、日本が五輪を悪用して竹島領有権を国際的に認めさせ、再侵略策動を正当化しようとの下心が潜んでいるとし、批判しました。
  • 在日朝鮮人らの帰還事業で北朝鮮に渡った後、同国を脱出し日本に戻った脱北者5人が北朝鮮政府を相手取って総額5億円の損害賠償を求めた裁判で、東京地裁が10月中旬にも第1回口頭弁論を開く見通しとなりました。原告5人や専門家の尋問も認められそうだということです。訴訟では、北朝鮮が「地上の楽園」と宣伝し在日朝鮮人をだまして帰還事業に参加させ、抵抗すると弾圧して出国を許さないなど、基本的人権を抑圧したと主張、「帰還事業は北朝鮮による国家誘拐行為だ」と訴えています。北朝鮮政府を相手取った訴訟は異例で。国際法には「国家には他国の裁判権が及ばない」とする「主権免除」原則がありますが、原告側は、2010年施行の「対外国民事裁判権法」の国会審議などで政府が「未承認国に裁判権免除を認める法的義務はなく、主権免除の対象外」と述べたことに着目、「日本が国家承認していない北朝鮮には裁判権が及ぶ」と主張しており、地裁の判断が注目されます

3.暴排条例等の状況

(1)暴排条例の改正動向(大阪府)

前回の本コラム(暴排トピックス2021年7月号)でも取り上げましたが、暴力団事務所を新設できない区域を広げる大阪府暴力団排除条例の改正案についてパブコメが締め切られ、9月からの大阪府議会に提出され、11月ごろの施行を目指すとされています。現条例では、学校などの保護対象施設から200メートル以内の場所での事務所の新設や運営が禁じられているところ、改正案では、都市計画法が定める13の用途地域のうち、「住居」や「商業」など「工業専用」以外の12地域も新たに規制され、対象は府の総面積の約47%にあたる区域に広がることになります。違反が確認され、中止命令や府公安委員会の立ち入り検査に応じない場合は罰則が科される一方で、既存の事務所には適用されないとされます。大阪府公安委員会は大阪市と豊中市を暴力団対策法上の「警戒区域」に指定して事務所の使用を禁じていますが、大阪府警は条例改正によって区域外への移転や新設も封じる構えです。ただし、広域暴力団であることから、規制の及ばないエリアに実質的な活動の拠点をさらに展開すること(いたちごっこが続くこと)も予想され、一部の自治体の規制だけでは限界がある点には注意が必要です。

(2)暴力団対策法に基づく再発防止命令発出事例(沖縄県)

知人に金品を要求したとして、神奈川県警暴力団対策課は、神奈川県公安委員会が暴力団対策法に基づき、稲川会系組員に再発防止命令を発出したと発表しています。報道によれば、塗装工の男性に対し、半年間連絡が取れなかったことに激高して「ヤクザなめんなよ」、「30万円持ってこないと俺らのやり方でやるからな」などと言って金品を要求したほか、昨年12月にも知人の男性会社員2人に「お飾りを買ってくれ。1人15,000円で」などと記したメールを送信し、正月のお飾り代金名目で金品を要求したというものです。男は5月にこれら2つの事案で計2回、警察署長から中止命令を受けていたということです。

▼暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)

同法第9条(暴力的要求行為の禁止)では、「指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等(当該指定暴力団等と上方連結(指定暴力団等が他の指定暴力団等の構成団体となり、又は指定暴力団等の代表者等が他の指定暴力団等の暴力団員となっている関係をいう。)をすることにより順次関連している各指定暴力団等をいう。以下同じ。)の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない」と定め、うち「二 人に対し、寄附金、賛助金その他名目のいかんを問わず、みだりに金品等の贈与を要求することが明記されており、今回の事案はこの類型に該当するものと考えられます。そのうえで、第11条(暴力的要求行為等に対する措置)では、第1項で「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をしており、その相手方の生活の平穏又は業務の遂行の平穏が害されていると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該暴力的要求行為を中止することを命じ、又は当該暴力的要求行為が中止されることを確保するために必要な事項を命ずることができる」、続く第2項で「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる」と定めています。

(3)暴力団対策法違反に基づく逮捕事例(愛媛県)

愛知県名古屋市の暴力団事務所に貼られていた組員の立ち入りなどを禁止する標章を剥がしたとして、自営業と建設会社会社員の2人の容疑者が、暴力団対策法違反の疑いで逮捕されています。報道によれば、2人は、六代目山口組傘下組織の事務所出入口の扉に貼られていた標章1枚を引きはがした疑いがもたれているといい、付近の防犯カメラなどの捜査から2人が特定されたようです。なお、愛知県で標章を剥がしたとして逮捕されるのは2例目となり、警察は、暴力団との関係や動機について調べを進めているといいます。

なお、対立抗争時の事務所の使用制限等における標章については、暴力団対策法第15条(事務所の使用制限)において、「4 公安委員会は、第一項(前項において準用する場合を含む。以下この条において同じ。)の規定による命令をしたときは、当該事務所の出入口の見やすい場所に、当該管理者又は当該事務所を現に使用していた指定暴力団員が当該事務所について第一項の命令を受けている旨を告知する国家公安委員会規則で定める標章を貼り付けるものとする」との規定があります。そのうえで「6 何人も、第四項の規定により貼り付けられた標章を損壊し、又は汚損してはならず、また、当該標章を貼り付けた事務所に係る第一項の規定による命令の期限が経過した後でなければ、これを取り除いてはならない」との規定があり、本件は、この規定に抵触したものといえます。

(4)暴力団関係事業者に対する指名停止措置等事例(福岡県)

直近1カ月の間に、福岡県、福岡市、北九州市において、2社について「排除措置」が講じられ、公表されています(なお、本稿執筆時点では、福岡県のみ1社のみ公表されています)。

▼福岡県 暴力団関係事業者に対する指名停止措置等一覧表
▼福岡市 競争入札参加資格停止措置及び排除措置一覧
▼北九州市 福岡県警察からの暴力団との関係を有する事業者の通報について

福岡県における「排除措置」とは、福岡県建設工事競争入札参加資格者名簿に登載されていない業者に対し、一定の期間、県発注工事に参加させない措置で、この期間は、県発注工事の、(1)下請業者となること、(2)随意契約の相手方となること、ができないことになります。2社はともに、「役員等又は使用人が、暴力的組織又は構成員等と密接な交際を有し、又は社会的に非難される関係を有している」(福岡県)、「暴力団との関係による」(福岡市)、「当該業者の役員等が、暴力団と「社会的に非難される関係を有していること」に該当する事実があることを確認した」(北九州市)」として措置の対象となりました。また、排除期間については、「令和3年7月13日から令和5年1月12日まで(18ヵ月間)」(福岡県)、「令和3年7月6日から令和4年7月5日まで」(福岡市)、「令令和3年7月21日から18月を経過し、かつ、暴力団又は暴力団関係者との関係がないことが明らかな状態になるまで」(北九州市)と示されています。これまでも指摘しているとおり、3つの自治体で、公表のタイミグ、公表内容の詳しさ、措置内容等がそれぞれ異なっており、大変興味深いといえます(特に、排除期間が福岡市の「12カ月」に対し、福岡県と北九州市が概ね「18カ月」となっている点はやはり違和感があります)。なお、前回のコラム等でも紹介した社名公表措置を講じられた会社については、すでに倒産したものの、一覧表には掲載されています。また、当社で過去調べたところ、公表前に社名や役員を全て入れ替えるなどしている会社もあり、影響を免れようとした実態もうかがえます(本件では、自治体に情報を共有し、新社名も追加で公表されました)

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